元スレ勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」
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551 = 1 :
少女「あの、みんなを連れてきたよ!」
武闘家「魔法使いさんはどちらへ……?」
側近「飛んでったわ」
盗賊「あわててね」
遊び人「紙の束を押し付けられました」
武闘家「は?」
少女「えっと……」
武闘家「そうしますと、どなたがここのまとめ役になるんですか?」
盗賊「そ、そうねぇ」
遊び人「魔法使いさんが中心でしたからね」
竜魔物「……俺は、力仕事しかできんぞ」
一同『……』
側近「……あ、じゃあ、私が」
竜魔物「……少女よ。お前が指揮を取れ」
少女「えっ」
552 = 1 :
竜魔物「あの魔法使いの人間とここへ来たのは、お前だ」
側近「いやほら、私、参謀役だったし……」
竜魔物「聞けば、人間の子どもたちを指揮するのもお前だろう」
少女「し、指揮って……」
竜魔物「……難しい事は大人を頼れ。だが、もともとここへは孤児院を建てるのが目的なのだろう?」
少女「……」
側近「ちょっと待ちなさいよ。私が一番、命令とか出し慣れてるっての」
竜魔物「……何か、嫌なことでもあったのか」
少女「そ、そんなんじゃないけど―――」
竜魔物「気にする事はない。いま成すべき事は、うつむくことではない」
少女「……」
側近「おい、私は?」
553 = 1 :
竜魔物「人間たちよ、それでどうだろうか?」
武闘家「えーっと……」
盗賊「別にいいわよ」
遊び人「指揮官は慣れてませんし」
武闘家「いやあの、そもそもどうして盗賊さんとか遊び人さんがいるのかとか、魔物が平然とうろついているのかとか―――」
ダダダッ
弟子C「……む! 魔物か!」チャッ
弟子D「こりゃあ、戦い甲斐がありそうな連中だ!」チャッ
竜魔物「ほう、威勢の良い連中が来たものだ」
側近「何々? 景気づけにやっちゃう?」
武闘家「あーもう」
男子1「着いたー!」
女子1「ちょっとぉ、荷物持ってよぉ」
女子2「ふぇぇぇぇん、男子2君がいじわるするのー!」
男子2「お、俺は悪くねーし!」
武闘家「あーもう」
ざわざわ―――がやがや―――
少女「……うん」
554 = 1 :
少女「はいはい! 注目!」 パンパン
一同『……はっ』
少女「とりあえず、自己紹介をしようよ、ね?」
竜魔物「……うむ」
武闘家「そ、そうですよ、みなさん!」
遊び人「これはいいまとめ役が出てきてくれましたね」
少女「まず、みんな荷物を置いて―――置いた人から、広場に集合して輪になりましょう!」
少女「それで、えっと……わ! こっちには、スライムさんがいっぱい!」
スライム隊『ぴっぴきぴー!?』(休憩時間でしょうか?)
スラ「ぴっきー!」(自己紹介の時間でござる!)
少女「よぉし、スラちゃん、ここにいる子たちは任せたよ!」
スラ「ぴーっ!」(合点承知の助!)
555 = 1 :
―――仮設「勇者の町」、広場にて。
少女「……はい、じゃあ、まずは私からね。北国から来ました少女です」
少女「えーっと、夢は勇者お兄ちゃんのお嫁さん、です」
勇者母「あらあら、重婚宣言かしらー?」
少女「え、えっと?」
武闘家「よ、よく分かりませんが! 話がこじれそうなので、僕も挨拶しますね!」
武闘家「僕は、魔法使いさんの事務所で働いていた武闘家と申します」
武闘家「その、今回は孤児院の皆さんの護衛として、働きまして……」
少女「また、無職だね」
武闘家「言わないでください……」
少女「じゃあ、次は魔物のみなさん」
竜魔物「……元魔王軍、王城警備担当の竜だ」
竜魔物「まあ、あれだ。魔王様も亡くなって、行き場がなくなった。ご厚意によって、ここで建築の仕事をやらせていただくことになった」
竜魔物「……それと、スライム隊の飼い主なので、何かあったら言ってくれ」
少女「ありがとうございます」
556 = 1 :
側近「元魔王軍、参謀の側近よ!」
側近「いいこと、私たちはあの魔法使いと取引して、同盟を結ぶことにしたのよ」
側近「つまりその、人間共にも私たちを食い物にしようとしている連中がいるわ」
側近「だからそういうやつらと戦うために、一時的に共闘しているだけ。分かったわね!?」
竜魔物「……スイーツの言う事は話半分に聞くっすよ」
スイーツ「スイーツじゃねぇよ!?」
少女「スイーツは置いといて、そちらの人たち」
スイーツ「おい、ふざけんな!」
遊び人「遊び人です。訳があって、南国の探検隊を逃げ出してきました」
遊び人「特技は手品かなー? ま、手わざ口技には自信があります」
遊び人「はい、盗賊さん」
盗賊「……あんた、その自己紹介で私に振るとかなんな訳?」
盗賊「まあいいわ。元冒険者の盗賊よ。探検隊に所属してたんだけど、南国が魔物と手を結ぶってんで逃げてきたわけ」
盗賊「これでいい?」
少女「……そうなんだ」
557 = 1 :
少女「えっと、後は勇者お兄ちゃんのお母さんと、酒場のマスターさん」
マスター「はい」
勇者母「うふふ」
少女「それから、戦士さんの村から、弟子Cさんと弟子Dさん」
弟子C「……戦えなくて残念だ」
竜魔物(……こっちを見るな)
弟子D「どうも」
少女「あと、孤児院のみんなです。男子1君と―――」
子どもたち『はーい!』
少女「あと、スライムさんたちもいます。えへへ、いっぱい集まったね」
武闘家「それで、お嬢さん」
少女「う、うん……えと、計画書、その、文字がいっぱいで読めませんけど……」
武闘家「僕が読んで聞かせますので」
少女「ありがとう、ございます」
558 = 1 :
少女「それで、ね」
少女「この町は、孤児院を追われた私たちに、お兄ちゃんが新しい土地を探してくれるって言って、見つけてもらいました」
少女「だから、お兄ちゃんが町長さんになる、はずです」
少女「でも、今は忙しくて、飛び回っているから―――」
少女「あの、孤児院っていうか、私たちが住むところが中心に、なると思うんです」
竜魔物「……ふむ」
マスター「そうなんだ……」
少女「だから、あのね、私、がんばります」
少女「お兄ちゃんが戻ってくるまで、私が町長代理、でもいいでしょうか……?」
少女「私、無茶したり、しません」
武闘家「……」
少女「みんなの意見も、がんばって聞きます」
少女「だから、その……」
559 = 1 :
側近「いいわよ」
少女「……!」
側近「つまり、あんたが魔法使いの代理でもある、と考えればいいのよね?」
少女「う、うん!」
側近「とりあえず、魔法のことは私も多少の知恵はあるわ。何なりと言いなさい」
竜魔物「……そっすね。魔法だけは得意っすからね」
側近「なぁんか、言いやがったか、このトカゲ野郎!」
竜魔物「俺は雇われの身だ。反対する理由もない」
少女「ありがとう、竜のおじさん!」
竜魔物「……スライムの育成法、まだ伝えきってないしな」
武闘家「お嬢さん、僕も全力でサポートしますよ」
少女「よ、よろしくお願いします」
盗賊「私の方こそ、何の役に立つか分かんないわ。よろしくね」
少女「はい、えっと……盗賊のおばさん」
盗賊「盗賊のお姉さんよ!」
560 = 1 :
勇者母「小さいのに、頑張り屋さんね~」
少女「あ、あの。お兄ちゃんの、お母さん」
勇者母「うふふ、困ったら誰でも頼りなさいね~」
少女「あの、ありがとうございます! あと、お兄ちゃんのことは……」ゴニョゴニョ
勇者母「分かったわ~。財産管理は任せて頂戴ね」
マスター「ちっちゃな町長さん、がんばってね」
少女「あ、よろしく、お願いします!」
弟子C「……ここに定住も良いな」
弟子D「俺もだ。よろしく頼んます」
少女「よろしくお願いします!」
遊び人「僕はあまり役に立たないかな」
少女「そんなことないです!」
遊び人「うん、まあでも、今後の計画も知りたいですし、計画書に書いてあったこと、聞いてもいいですか?」
少女「あ、そうですね。あの、魔法使いのおばさんが残した計画書にはですね……」ガサガサ
武闘家「あ、僕が読みますよ」
561 = 1 :
武闘家「魔法使いさんは、ええっと、今回の事件について、は置いといて、今後の僕らのですね」
―――どっずん。
武闘家が読み上げようとしたそのとき、何か重たい物が地面に振り下ろされる音がした。
―――どっずん、どっずん。
遠巻きの地響きに全員が目をやると、土煙が小さく小さく上がっているのが見えた。
目の良い者にもまだ遠い。
音が声をさえぎるほどではなかったため、武闘家の読み上げが続いた。
武闘家「町を作っていくのは当然なんですが」
武闘家「妨害が予想されるというわけで」
盗賊「……なんか、鉄っぽいものが見えるわ」
武闘家「……特に、盗賊さんと遊び人さんの証言から」
武闘家「探検隊のメンバーが追撃隊に変わりそうだと」
それが足音だと分かったのは、さらに近づいてから。
562 = 1 :
武闘家「人海戦術でやってくるか、あるいは―――」
その小さな影が、どうやら見上げるほどの巨大な鉄の塊だと分かるには、さらに近づいてから。
武闘家「遺跡を調査していたところから見ると―――」
その巨大な鉄の塊が、おそらく、お城一つぶんくらいの大きさだと分かるまでは、さらに。
武闘家「……おそらく錆びていたマシン兵を動かしてくるだろうと」
少女「でっけぇ……」
側近「久しぶりに見たわー、あれ」
盗賊「え? マジ、これ?」
遊び人「大きいですねぇ」
鉄の要塞が、一歩ずつこちらに向かってきていた。
563 = 1 :
今夜はここまで。
側近さんはロリ寄りなので、「お姉さん」呼ばわりされているとお考えください。
564 :
いいよいいよ!
565 :
盛り上がってまいりました!
566 :
1乙
スライム火を噴くのか……
高級ブランドスライムに調理道具にもなるとはマジ可能性は無限大だな
567 = 1 :
>>566
側近「ピンと来た。スライムにブレス覚えさせれば魔界スイーツ再現できるんじゃね?」
竜魔物「……」
側近「スライムの火炎ブレスでブレスガトーショコラ!」
竜魔物「……そっすか」
側近「『悪魔っ娘のスライムスイーツ店』とかどう?」
竜魔物「ご自分でやってくださいよ? スイーツ殿」
スイーツ「誰がスイーツだよ!」
※本編でのネタつぶしです。
569 :
乙
正直町おこしになりそうだな
571 :
追いついてしまった…
続きを待ち侘びる日々が始まるお
572 :
ああ・・・
おれも追いついちまったぜ・・・
574 :
正解!
期待を糧にしてね
575 :
待ってます!
577 = 1 :
北国、城内。
鳥魔物「虎。説明しなさい!」
虎魔物「うるせ。まだ口が変な感じすんだ」
鳥魔物「やはりお前ほどの魔物でも、魔王様の闇の力がなければ、勇者の仲間すら倒せませんか」
虎魔物「というか、勇者とやりあったからな」
鳥魔物「勇者がもうここに来ていると!?」
虎魔物「ああ。覇気のなさそうなやつだったが、なかなかどうして……」
鳥魔物「城の防備を固めましょう」
虎魔物「ずいぶん弱気だな。数千の兵が戦場にいるんだぜ?」
鳥魔物「やつらは少数精鋭主義です。いわばテロリスト。戦場を堂々と行くことはありえません」
虎魔物「しかし、アジトも分かってんだぜ」
鳥魔物「テロリストに対抗出来るのは警察力です。拠点を叩けば落ちるものではない……」
虎魔物「ふーん?」
578 = 1 :
鳥魔物「……我々の最大の失敗は、人類を相手に戦争をしようとしたことですよ?」
鳥魔物「やつらは異常に突出した少数に自由を与え、動き回る作戦をとりました」
鳥魔物「つまり、最初から多面展開ではなく、今度のように協力者を作って内部から崩壊させるべきだったのです」
虎魔物「お前の高説は後で聞く。俺はどこにいれば勇者と戦えるんだ?」
鳥魔物「虎、お前は勇者と戦うつもりなのですか」
虎魔物「当たり前だろ! あんなに強い人間と戦う機会、逃してどうすんだ」
鳥魔物「虎! もう、我々はお前と私しかいないかもしれないのですよ!?」
虎魔物「だからなんだよ」
鳥魔物「まともに戦って消耗してはなりません!」
虎魔物「やなこった」
鳥魔物「虎!」
579 = 1 :
虎魔物「いいから、勇者はどこにいれば会えるんだよ」
鳥魔物「ちっ……おそらく、この城を目指して来ることは間違いありません。やつらは追い詰められていますし」
虎魔物「来なかったらどうする?」
鳥魔物「来られなければそれまで。アジトを潰せば出て来ざるを得ない」
虎魔物「じゃあ、城で待ってりゃいいのか?」
鳥魔物「ええ。ですが、城内に侵入されても、堂々と出ないでくださいよ?」
虎魔物「なんでだよ」
鳥魔物「城内で姿を見せるのはまずいと言ってるでしょう! それに徹底的に消耗させてから叩かなければ、この作戦の意味はない」
虎魔物「つまらん」
鳥魔物「虎!」
虎魔物「分かったよ、うるせーな」
580 = 1 :
北国王「……おい、お前たち!」タタッ
鳥魔物「ここへは来るなと言ったでしょう……」バサッ
北国王「ひっ、い、いやそれどころではないぞ!」
虎魔物「……」スウッ
鳥魔物「何だというのです? 勇者が現れることは想定済みです」
北国王「そ、それだけではない! 南国が!」
鳥魔物「……あそこには勇者の実家があります。動くのも当然でしょう」
北国王「何を言っておる! 南国が『魔王の復活』を目論んでいるとのビラが撒かれておるのだ!」
鳥魔物「魔王様の……」
虎魔物「復活だと……!?」ヌウ
北国王「ひいっ、まだいたのかっ」
鳥魔物「詳しく話しなさい!」
北国王「お、お前たちの企みではないのか」
鳥魔物「……魔王様が復活なさるなら、お前などと手を組みません」
581 = 1 :
北国王「こ、これだ。大臣が持ってきていたのだが……」
鳥魔物「見せなさい……」
『南国は魔王の復活を目論んでいる!』
『他国が勇者の仲間を攻撃しているのも再び世界を混沌に陥れんがためである』
『志のあるものは、今すぐ戦争をやめよう! 軍を辞めて上司に抗議しよう!』
鳥魔物「……つまらない檄文ですね」
北国王「ど、どうすればよいのだ!」
鳥魔物「ほ、放っておきなさい」
北国王「お、お前たち、最初からこれが狙いだったのだな!?」
鳥魔物「そんなわけはないでしょう。勇者側の揺さぶりです」
北国王「だとしても……ああ、どうしたらよいのだ……」
鳥魔物「何を恐れるのです。勇者がお前の地位を脅かそうとしているのは事実ではありませんか」
北国王「く、ぐっ……」
鳥魔物(……魔王様の復活ですって!? 人間め、何を考えているのです)
582 = 1 :
北大臣「陛下っ? 陛下はお出でかっ」タタタッ
鳥魔物「!」
北国王「だ、大臣」
北大臣「陛下! 緊急事態ですっ……!?」
北国王「大臣! ここへは近寄るなと言ったはずだっ!」
北大臣「き、貴様らは、魔物かっ!」
鳥魔物「……」
虎魔物「そうだぜ」
北大臣「陛下……! お下がりくださいっ」
北国王「あ、ああ、うう……」
鳥魔物「おや、王よ。良いのですか、お前の奥方や息子は永遠に目覚めませんよ」
北国王「うぐっ」
583 = 1 :
北大臣「まさか、王妃や王子が眠り病についたのは……」
鳥魔物「他に何かありますか?」
北大臣「魔物め、我が国を裏から操ろうとしていたのかっ!」
鳥魔物「操るのではなく、協力を仰いでいるに過ぎません」
北大臣「ぬかせっ」
鳥魔物「……」
鳥の魔物は冷たく瞳を光らせると、さっと腕を振り上げた。
とたん、その腕から鋭い羽が噴射され、北大臣に突き刺さった。
北大臣「ぐあっ!」
腕で顔をかばったものの、北大臣は刺さったところから痺れが広がってくるのを感じた。
……これは、毒だ!
痺れ毒、いや先ほどから話に出ていた眠りの毒かもしれない。
北大臣は力を振り絞った。なんとか、自分の背に主君を隠そうと、前に出る。
北大臣「へい、か……お逃げ……」
584 = 1 :
北国王「……お、おお」
鳥魔物「……」
北国王「大臣……」
王が、がっくりと膝をつく。
呼吸はあるが、見る見る内に生気を失っていく部下を、北国王が抱きとめる。
鳥魔物「……虎」
虎魔物「なんだよ」
鳥魔物「私は南国に飛びます、後は任せましたよ?」
虎魔物「『魔王様の復活』か? ハッタリじゃないのか」
鳥魔物「単に我々の影に感づいただけなら、このような書き方はしないはず」
鳥魔物「……はっきりと書き付けたということは、やつらは何かをつかんでいるとみていい」
虎魔物「そうかねぇ」
鳥魔物「南国は私の支配下にはありません。この際、はっきりさせねば」
585 = 1 :
虎魔物「分かったよ」
鳥魔物「いいですか、必ず、勇者が疲れたところを狙うのですよ?」
虎魔物「へっ」
鳥魔物「虎!」
虎魔物「うるせ、そう思うんなら、二体で出迎えりゃ完璧だろうが」
鳥魔物「……私は、お前の強さを信頼していますからね」
虎魔物「そりゃうれしいね」
鳥魔物「では、行きます」バサッ
バサッバサッ――
虎魔物「……」
北国王「う、うう……」
虎魔物「おい、おっさん」
北国王「な、なんだっ」
虎魔物「あー、とりあえずそいつはまだ死なないから、ここで寝かせておけ」
北国王「ぐ、ぐっ……」
586 = 1 :
虎魔物「けっ。弱いくせに国主になろうとするからダメなんだよ」
北国王「だ、黙れ」
虎魔物「お? それとも、勇者を倒す前のトレーニング相手にでもなってくれるのかな?」
北国王「お、おのれ……」
虎魔物「いいから、あっち行ってろ。命令を待ってるやつらがいるだろうが」
北国王「く、くそっ」タッタッタ……
虎魔物「……」
虎魔物「一応、手当てしといてやるか」ひょいっ
虎魔物「……おっ、なんだこいつ、メスか」
虎魔物「さてはあの男の情婦かね」
虎魔物「ああ、つまらん。弱い男に仕えて何が楽しいもんかね」
虎魔物「ここ縛りつけとこ」
虎魔物「……勇者はまだかなー」
勇者「ここか?」ヒョイ
虎魔物「!」
587 = 1 :
虎魔物「念じてみるもんだな!」
勇者「うわっ、魔物かよ! 大当たりじゃん」
虎魔物「そうだろう。再戦を待ち望んでいたぜ、勇者」
勇者「へ、へっ、俺は望んじゃいねーよ」
虎魔物「とぼけた振りはやめろっ!」
勇者はほとんど無傷に近い状態だった。
なんという幸運だろう! と虎が考えたのも無理からぬ。
そういえばさっき飛び込んできたこの人間が、緊急事態だとわめいていたのを思い出した。
それはこのことだったのだ。
虎は全身に気を漲らせると、猪突して勇者に体当たりをしかけた。
勇者「ちょっと待―――」
勇者が何事か叫ぶ、それを遮って虎は勇者を跳ね飛ばした。
そこで、違和感を覚えた。
588 = 1 :
手応えがない。
いや、あった。あったが、先日対峙した感触とあまりにも違う。
見事に吹き飛ばされて壁に激突する勇者を見やり、虎が叫んだ。
虎魔物「貴様、勇者じゃないなっ!」
ぼうん、という音と共に、瓦礫に飛び込んだ男がよろよろと立ち上がる。
確かに勇者のように気迫のない男だった、が、勇者に遥かに劣る戦闘能力。
手にした「変化の杖」を支えにした商人に、僧侶が駆け寄った。
僧侶「大丈夫ですか!? 商人様! 癒しの力を、今!」
商人「も、もうダメ……この作戦、失敗……」
僧侶「おのれ、魔物めっ!」
貴族「なんて卑怯なっ!」
虎魔物「……いや、俺ががっかりしてんだよ」
589 = 1 :
虎魔物「なんだってんだ? 勇者はどこに行った」
僧侶「そんなこと、あなたには関係ないでしょう!」
虎魔物「関係あるわ。俺はもう、勇者と戦えればそれで良いんだからよ」
貴族「なんだとっ、勇者殿と戦ってどうするつもりだ」
虎魔物「だから、戦うのが目的って言うか、俺は鳥とも考えが違うし……」
商人「ああ、かわいい女の子に回復してもらうと、すごく効く感じがするわー」
僧侶「商人様!」
虎魔物(かなり勢いよくぶつかったつもりだったんだが、余裕ありそうだなこいつ……)
貴族「貴様、国王と手を結んでいたのか!」
虎魔物「だったらなんだよ」
貴族「許せん、成敗する!」
虎魔物「……」
僧侶「貴族様! お気をつけください!」
虎魔物「いや、いいんだけどよ……」
590 = 1 :
虎魔物「勇者はどうしたんだ?」
貴族「勇者殿は、敵をひきつける役を買って出られたのですぞ!」
虎魔物「……要するに、俺は外れを引いたってわけだ」
僧侶「神の裁きを受けなさい、魔物よ!」
虎魔物「うるせーな。とりあえず、お前、勇者の仲間だったな?」
僧侶「だったらどうすると言うのです」
虎魔物「とりあえず、だ。とりあえず、お前を倒しておこう」
僧侶「くっ……!」
僧侶が杖を構える。
虎は大またで僧侶に近づいていった。
完全になめている、わけではない。
虎魔物(こいつも弱そうに見えるが、勇者の一行だ。隠し玉くらいは持っているだろ)
それならば、間合いを取られて万全に攻撃されるより、こちらから近づいた方がよい。
591 = 1 :
貴族「ぬ! 僧侶殿、あちらに女性が倒れております!」
僧侶「貴族様、私がひきつけます、早く!」
虎魔物「……お前ら、雑だな。それで、話を聞かないやっちゃな」
貴族「黙れ、魔物よ! やはり王とつながっていたのだな!」
虎魔物「だからな?」
貴族「僧侶殿、女性は助けましたぞっ!」
僧侶「貴族様、お気をつけて!」
虎魔物「……」
虎は、相手の粗雑な態度に不快感を覚えた。
別段、礼儀を重んじている性格ではない、だが、どうにも目の前の連中の態度が気に入らない。
もちろん、殺し合いをする相手の機嫌を取るつもりはないのだろうが、何か目に余る。
僧侶の目の前でぐっと足を踏ん張ると、虎はぶおっと息を吐いた。
ブレスが吐き出せるわけではないが、空気の塊が僧侶にぶつかる。
思わずひるんだところを、右横合いから殴りつける。
転がるようにして、僧侶が吹き飛ぶ。
自ら飛んで威力は多少殺したが、すぐには立ち上がれない。
592 = 1 :
後ろで、貴族の声が何か叫ぶのを聞いたが、虎は構わずに転がった僧侶を追いかけた。
その頭を踏み潰してやろうとしたが、間も数髪であっさりと避けられる。
さらに、腕を振って大振りの爪で僧侶の腕をはたく。
虎魔物「弱いな、お前」
僧侶「くっ、ふっ」
虎魔物「俺は強い者に憧れて生きてた」
僧侶「はっ、はあっ」
虎魔物「魔王様には勝てなかったが、その御方が倒されたと聞いて、期待してもいたんだ」
虎魔物「だが、勇者はともかく、その仲間たちの弱いったらねーな」
虎魔物「分かるか、俺は闘争の中でしか生きられない男なんだ!」
虎魔物「お前みたいな雑魚に構ってる暇はねーんだよっ!」
がいん、と虎の爪が僧侶の杖を弾き飛ばす。
そして、返す爪が、僧侶の胸元に吸い込まれ―――なかった。
ずぶり、という音。
刃が深々と突き刺さったのは、虎の腹の方だった。
貴族「……構ってもらうぜ」
593 = 1 :
虎魔物は、振り返って貴族をにらみつけた。
気迫のない、構え。
ただ膨れ上がる、殺気。
今度こそ間違えようもない、目の前の造作の違う男が―――
貴族?「模写変身呪文、解除!」ぼわん
虎魔物「!」
勇者「作戦、成功!」
勇者は剣を引き抜いて呪文を解き、バックステップで間合いを取った。
最初から、この小細工のために。
虎魔物「卑怯者め……!」
勇者「これも全力の内だぜ。それとも手抜きして正々堂々やった方が良かったかい?」
594 = 1 :
虎魔物はぐっと腹部に力を込めた。
見る見るうちに血が止まり、傷が回復していく。無論、体力は多少使ってしまうのだが。
勇者「げっ、いやーな野郎だな!」
虎魔物「まさかこれを卑怯とは言わねーだろうな?」
勇者「こっちは生身の人間だぜー? 魔物対人間って時点で卑怯ってもんよ!」
虎魔物「ばぁか!」
虎魔物は飛び掛った。
ただし、僧侶の方へ。
怪我をした二人に回復呪文をかけようとしていた僧侶は、まともに体当たりを食らって吹き飛んだ。
今度は完全に不意を突いた、虎はそのまま僧侶に殴りかかろうとした。
すると、耳元で小爆発。
商人「い、雷の杖!」
虎魔物「ちっ、雑魚をかまえば雑魚が騒ぐか」
勇者「商人! お前は女を連れて広間に走れ!」
商人「あい、旦那ぁ!」ダダダッ
商人と勇者が、入れ替わりに虎に駆け寄ってくる。
虎は一瞬、構わず僧侶を殺してしまおうかと考えた。
が、それより先に、鼻面めがけて刃が迫る。虎は刃を払いのけて、勇者を組み伏せようとした。
595 = 1 :
ところが、勇者は剣をあっさり手放すと、ごろんと虎を右手に転がって逃げた。
火炎の呪文を解き放つが、まるで低威力。
虎が憤然として勇者に駆け寄る。
そうして迫力を込めて勇者を追い詰めようとするが、部屋のカーテンを使ってさっさとすり抜けられる。
虎と自らの位置を交換しあうと、勇者は僧侶に駆け寄って回復呪文を唱えた。
ついでに、倒れた僧侶を抱き起こす。
起こされた僧侶は、ふらふらになっていた。が、勇者の声を聞くと、商人が向かっていた方向へ駆け出していく。
―――残ったのは、勇者と、そして虎。
剣を持たない勇者が、鼻の頭を抑えた。
勇者「……どうも、お前勘違いしてないか?」
虎魔物「何がだ?」
勇者「俺は言うほどには強くないぜ?」
虎魔物「はっ、魔王様を倒したやつが言うセリフでもねぇだろう」
勇者「マジだよ」
596 = 1 :
勇者「俺はなー、仲間がいなけりゃ何にもできない」
虎魔物「……」
勇者「なんで俺らが、徒党を組んで戦ってるのか、分からんの?」
虎魔物「そりゃあ……」
勇者「人間の一人ひとりは、大して強いわけじゃないからだ」
虎魔物「そんな連中が、どうして魔王様を倒せた?」
勇者「運が良かったんだな」
虎魔物「ばーか言え! お前がいつ戦っても、スライムに負けたりするか!?」
勇者「するね」
虎魔物「はぁ?」
勇者「そのスライムが、寝てる間に十万匹集まってきてたらどうするんだよ」
虎魔物「……」
勇者「俺に出来る事はタカが知れてる」
勇者「でも、魔王を倒すのは、仲間を組んで、本気で考え抜いた」
勇者「後は……だから、運が良かったのさ。いい仲間にも会えたし」
597 = 1 :
虎魔物「……ほざけ」
勇者「本当だよ! はっきり言うが、お前と普通に遣り合ったら勝てないね」
虎魔物「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
勇者「してねぇよ。ってなわけで、俺は逃げる!」ピュン
虎魔物「……!」
勇者は逃げ出した!
虎はあわてて、その後ろ姿を追いかける。
追いかけながら、思考が鈍ってきていることを認めた。
自分は勇者と戦いたかったはずだ。それは確かだ。
だが、揺らいでいる。
やつが手ごわい相手であることは間違いない。
けれど、やつの物言いを聞いていると、まるで自分のありようが滑稽に見える。
強敵と認めれば、相手は応えてくれるのではなかったのか。
そして、そこまで考えたとき、虎は天井の高い部屋にそのまま飛び込んでしまった。
―――玉座のある、広間に。
598 = 1 :
誘い込まれた、と思う前に、集結していた兵士たちが驚きの叫びを上げた。
そして、その中から大声が張りあがる。
貴族「見よ! あれが王と手を組んでいた魔物である!」
北国王「いや、その、これは……」
貴族「北国は、かように魔物に裏から支配され、道を誤っていたのだ!」
北国王「ま、間違いだ! 何かの間違いだ!」
貴族「兵士たちよ! 争っている暇はない! 団結して、あの魔物を捕らえよう!」
兵士たちのざわめきが広がっていく。
虎は、それを眺めた。
なるほど、あの人間の王の権威を失墜させるために、俺をおびき寄せたのか。
喉の奥で、くつくつと笑いが鳴る。
虎魔物(……とことんおちょくりやがって)
599 = 1 :
虎は、爆発したかのように人垣に割って入った。
悲鳴、叫び声、密集している中で武器を取り出そうとする者。
それらを引っつかんで無理やり道を作ると、玉座までずんずんと歩いていく。
大声を張り上げていた貴族が、一瞬呆然とするが、あわてて逃げろと指示を飛ばす。
虎は悠然と群れをなぎ倒すと、玉座の目の前までやってきた。
虎魔物(もう、構わねぇ。俺は勇者を倒す)
虎魔物(それだけを貫徹してやるんだ!)
そして、人の影に隠れていた勇者を見つけると、にゃあ、と口端に笑いを浮かべた。
虎魔物「勇者っ!!」
勇者「おうっ!」
虎魔物「お前の目的はこれか!?」
勇者「おうっ! これさ!」
虎魔物「なら、もう済んだよなぁ!」
勇者「おうっ、その通りさ」
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虎魔物「だったら、やろうじゃねぇかっ!」
勇者「やなこったー!」
虎はその答えも聞かず、猛然と勇者に襲い掛かった。
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