元スレ上条「いくぞ、親友!」一方「おォ!!」
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551 = 542 :
夜空に漂っていた雲が、切り裂かれる。
傍目から見れば、それは巨大な雷に見えただろう。
天上から下界に向かって放たれた、裁きの光。
その光は真紅に染まっている。
何千何百と束ねられた赤い矢は融合して一つの巨大な槍と化し、
一撃で四棟ある『三沢塾』のビルの一つを貫く。
その槍は、一瞬でビルの屋上から地下を貫き通す。
刹那、空き缶を踏み潰すように、ビルが半分に縮む。
ガラスは全て弾け、内装が窓から外へと放り出される。
そこで爆発は収まらない。
『直撃』したのは一棟だけだが、
渡り廊下で他のビルと繋がっているため、
それに引きずられるように、隣のビル二棟が倒れる。
残る一棟だけが、墓標のように立ち尽くしている。
声も出せなかった。
建物はひしゃげ、壁に亀裂が入るたびに人がバラバラと落ちていく。
さらには、大量の瓦礫が周辺の建物までも破壊する。
救いである事は、人払いによって周囲に一般人がいなかった事ぐらいである。
552 = 536 :
「くそ、ふざけんなよ……!」
上条が震えている。
あの中にはステイルがいた、姫神がいた、アウレオルスもいた。
…………そして何より、インデックスがいたかもしれなかった。
「ふざけんなよ、テメェ!!」
上条は爆撃現場に向かって駆け出す。
「上条!」
一方通行も少し遅れて駆け出した。
と、そんな二人の行く手を阻むように、砂嵐のような粉塵が襲い掛かる。
前は全く見えないが、それでも走り続ける。
目の前の現実を、否定したかったから。
そして、その願いは思わぬ形で叶った。
「?」
突如、視界を奪うビルの粉塵が引き始めた。
それらは、一斉に『三沢塾』の跡地へと流れていく。
「……なっ!?」
一方通行は驚きの声を上げた。
粉塵だけでなく、周辺に飛び散った瓦礫が宙に浮かび、崩れた壁が起き上がっていく。
そうして、崩れたビルは起き上がり、
バラバラと落ちた人々が中に吸い込まれ、
傷口も一気に塞がっていく。
気付けば、『三沢塾』の四棟のビルが何事もなかったかのように建っていた。
553 = 538 :
ビデオの巻き戻しを見ているような気分だった。
瓦礫に破壊された他の建物も蘇っていた。
(巻き戻し……まさか!)
一方通行が慌てて空を見上げた瞬間、
『三沢塾』の屋上から、先ほどの光の槍が放たれた。
行き先は言うまでもなく、それを放った術者の元だろう。
「あ、ああ」
呆然とした声に振り向けば、さっきの鎧人間が膝をついていた。
本物の『グレゴリオの聖歌隊』の威力をよく知っているからか、
深い絶望に包まれているらしい。
(……どォなってンだよ)
一方通行は空を見上げてみる。
これほどの真似は、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)、
その頂点にいる一方通行でも出来ない。
(あれが、奴の真の実力)
一方通行は思い知る。
アウレオルス=イザードの恐ろしさを。
しかし、だからといって立ち止まる訳にもいかなかった。
……『大切な人』が中にいるかもしれないのだから。
上条と一方通行は互いに見合う。
そして、お互いに頷いた。
「……行こうぜ、親友」
「……おォ」
二人はもう一度、『戦場』へと帰還する。
554 = 538 :
そんな訳で今回はここまで!
三沢塾に再び入った一方通行達が見た物とは……!?
そして、アウレオルスの助けたい人とは……!?
次回もお楽しみに!
二巻も残すところ後二回!
それでは皆様、また明日!
555 :
がんばれ腹パンの人
556 :
第二話もいよいよクライマックスだな。おつ。
557 :
しかし綿密な再構成だなあ
巻数が進むほど大変になるだろうけど頑張ってください!
二人ともヒーローしてるのがかっこいい!
558 :
3巻がどうなるか・・・期待!
559 :
おつおつ
まじでへた錬つえーな
勝てんのかよ!って感じ
560 :
どうも、皆様。
……すみませんが、今日は来れそうにないです。
サァービス残業ってやつですね。
代わりに明日に二巻と小ネタ編をやります。
561 :
大丈夫。無理。しないで。
562 :
ふむ、待ってやろう
563 :
がんばって!腹パンマン!
564 :
待ってますよ!!
しかしここの人気凄いな
566 :
>>565
保守はしなくてもいいんだぜ
567 :
どうも、とりあえず一句切り入れて投下します。
568 :
三沢塾の中に入った途端、一方通行は鳥肌が立った。
その中は、最初に入った時と何一つ変わっていない。
……それが恐ろしかった。
「どうなってんだよ……」
上条が呆然とした様子で、こんなのありえないと言いたげに呟く。
一方通行も出来ることなら嘘だ、と叫び声を上げたかった。
しかし、立ち止まる時間はない。
「……とにかく、誰かいないか探すぞ」
「ああ、急ごう」
二人はがむしゃらに走り出す。
しばらくして、二人は教室のあるフロアにやって来ていた。
今の所、誰ひとりとして見当たらかった。
生徒達の死体でさえ、見つからない。
一方通行は、その事に大きな違和感を感じた。
そして教室の前を通った瞬間、その違和感は解決された。
「嘘……だろ……?」
上条が教室の中を見て立ち止まり、驚きの声を上げている。
どうした、と一方通行も中を覗くとそこには――――
死んだはずの生徒達が、平然と授業を受けていた。
569 :
「…………!?」
一方通行は声も出せない。
そして同時に悪寒が走った。
あまりにも平和過ぎるその光景が、一方通行には恐ろしい。
アウレオルスの魔術にかかれば、
生も死も、幸福も不幸も、日常も異常も、
全てがこうも簡単に操られてしまうのだ。
「……行こう、他の皆が心配だ」
そう言って上条は一方通行の先を進む。
その背中は、不安に怯えているように見えた。
しばらくして、二人は北棟への渡り廊下のあるフロアに来た。
もう、残すはここだけだった。
「皆大丈夫、だよな……?」
上条が不安げに聞いてきた。
やはり、彼もこの平和(現実)が恐ろしかったようだ。
「……信じようぜ、今はそれしかねェ」
一方通行はゆっくりと歩き出そうとして――――
「あン?」
一歩踏み出そうとしたその足を止めた。
570 :
「どうした?」
そう言った上条に一言も返さず、一方通行は前方を指差す。
見れば分かる、と言いたげに。
その先には――――
魔術師、ステイル=マグヌスが立っていた。
「何だい、そんなに慌てた顔して」
自分達をこんな事に巻き込んだ憎たらしいはずの男の声に、二人は安堵した。
「ふむ。
君達がここにいるという事は――ここはやはり日本なのか?
東洋人ばかりだとは思っていたけど。
……しかし何だこの奇妙な結界構造、見覚えのある魔力(匂い)だが」
ステイルは目の前の二人などお構いなしに何かブツブツ言っている。
どうにも、一方通行達よりも前の記憶が消されているらしい。
記憶を取り戻すには、上条が『右手』を使えばいい。
「おいステイル、今からお前の疑問をサックリ解決するおまじないを教えてやる」
そう言った上条の顔は、とても楽しそうだ。
クリスマスプレゼントの包装紙をビリビリと破く前の子供のような表情をしている。
「……東洋の呪いの専門は神裂だと思うけどね」
「いいから聞け。
話は簡単、目を閉じて舌を出せよ」
「???」
言われた通りにステイルはした。
そして、上条はおもいっきり右手を構えると、
「祝☆よくも人様を囮に使って逃げ延びやがったな記念ッ!」
「……は?」
直後、ステイルの顎に見事なアッパーカットが決まる。
そのままステイルは失った記憶を取り戻すと同時に、
舌を噛んで床を転げ回る事になった。
571 :
北棟の最上階にアウレオルス=イザードは佇んでいた。
そこはいわゆる『校長室』というやつなのだが、
一フロアを丸々使い、成金根性のある装飾をされているそこは、
どちらかと言えば『社長室』だった。
アウレオルスは豪奢な室内も外の景色も見ず、
ただ自分の顔を眺めていた。
(……存外、遠くまで歩んできたものだ)
『元に戻れ』の一言であっさり蘇ったビルを見て
眉一つ動かさない自分の顔を眺めながら、そんな事を考えていた。
彼には今、表情を作るだけの余裕がない。
それでも構わない、とアウレオルスは思っている。
目的を果たすためなら、どんな事だってしてみせる。
……そう、決意していたのだ。
アウレオルス=イザードは、たった一人の少女を助けたかった。
アウレオルスの後ろの、無駄に豪奢で大きな机にはある少女が眠っている。
その名は、インデックス――――禁書目録。
その、人としての最低限の名前ですら与えられなかった少女と
錬金術師が出会ったのは三年前の事だ。
572 :
アウレオルスはローマ正教で、魔導書を書くという特例中の特例の職務に就いていた。
そうする事で罪なき人々を守れると信じて。
事実、彼のおかげで多くの人々が助かった。
だが、ローマ正教はそれを自分達の『切り札』とし、他の宗教には一切伝えなかった。
結果、アウレオルスは解決策を導き出したというのに、
多くの人々はそれを知らぬまま犠牲になってしまった。
アウレオルスは、それが嫌だった。
『Honos628』――――「我が名誉は世界のために」という意味の魔法名の通り、
彼は宗教など飛び越えた全ての人々を救いたかった。
そうしてアウレオルスは、自分の書いた『本』を持ち出す事にした。
他の宗教の中でもとりわけ被害が大きいのは、
『魔術の国』とまで言われている英国だった。
アウレオルスはまず、どうにかしてイギリス清教へと接触した。
そしてそこに、決して救われぬ少女(地獄)がいた。
573 :
一目で分かった。
世界の全てを救いたいと願った錬金術師は、
それでも目の前の少女は決して救えないと理解してしまった。
十万三千冊の魔導書を抱える一人の少女。
一冊一冊が、猛毒とされているそれを星の数ほど抱えた少女は、
決して救われぬと知りながらも、ただ笑っていた。
実際、少女は救われなかった。
十万三千冊も抱えられる人間など存在しないのだ。
結果、少女は一年置きに思い出を消さないと死んでしまう体になってしまった。
そこに錬金術師は己が理想の終わりを見た。
目の前にいる、たった一人の少女も救えないというのに、
世界の全てを救いたいなどと語るのはおこがましい、と。
それから錬金術師は、その少女のために魔導書を書き始めた。
自分の書く本は世界の全てを救えると信じ続けて。
そうして十冊、二十冊と失敗に終わってもアウレオルスは諦めなかった。
574 :
どれだけの魔導書を書いたか分からなくなった頃、
アウレオルスは、何故自分が諦めないのか、何故魔導書を書き続けるのか考えてみた。
そして、不意に気付いてしまった。
アウレオルスは一目見た時から、この少女は救われないと思っていた。
それでも彼が諦めなかったのは、
ただ単に『魔導書を提供する』という名目の元、
ただ一人の少女に会いたかっただけなのだと。
なんて事もない話だ。
ただ一人の少女を救いたいと願った錬金術師は、逆に少女に救われていた。
……たったのそれだけである。
分かってしまえば、後は簡単だった。
この方法では誰も救われない――――そう確信したアウレオルスはローマ正教を離脱した。
ただ一人の少女を救うため、アウレオルスは世界中を敵に回した。
しかし、それでも少女は救われない。
己が持つ全ての技術を駆使しても、少女は救われない。
もはや人間の力ではどうにもならない。
ならば、人の理を外れたカインの末裔に頼るしかない。
そのためならば、何だって利用してみせる。
こうして錬金術師は人の道を外れた。
自らの救いよりも、誰かを救う力を欲する者の、
無残な残骸がここに取り残されているだけである。
「……」
しかし、アウレオルス=イザードは気付かない。
その背を見続ける一人の少女の存在に。
吸血殺しと呼ばれたその少女も、
誰かを助けたいからこそこんな所に立っているという事を。
救い(物語)は遠く。
未だ、救世主(主人公)が現れる気配もない。
575 :
「アウレオルスがローマ正教の
『真・聖歌隊(グレゴリオ=クアイア)』を弾き返しただと……そんな馬鹿な」
上条を炎剣片手に追い駆け回し終えたステイルは、一方通行の言葉に絶句した。
「いやホントだって。
ビデオの巻き戻しみてーに壊れたビルが直ったんだよ」
上条は通路を走りながら答える。
現在、三人はアウレオルスの本拠地へと急いでいた。
ステイルがそこを見つけたのだが、どうやらその後に記憶を消されたらしい。
「……だとすると……いやしかし、現存する錬金術でアレはありえない……」
ステイルは煙草の煙を吐き出しながら呟いている。
「他にも『近付くな』だの『忘れろ』とかあったけどよォ。
何だ、魔術ってのはあそこまで何でもありな世界なのかよ?」
「……まさか。
魔術とは学問だよ。
キチンとした理論と法則の世界さ。
そんなルール違反があっては馬鹿馬鹿しくて誰も学ぶ気にもならない」
一方通行の問いに、ステイルは己の不安を消すように答えた。
576 :
「じゃあありゃ何なんだよ?
現に言葉一つで世界は何でも思い通りじゃねーか」
「思い通り……か。
嫌な言葉だね、アルス=マグナを思い出してしまう」
アルス=マグナとは、まだ誰にも到達できていない、
錬金術の究極の目的であり、
世界を思い通りに歪める力――――そうステイルは言っていた。
「待てよ。
それじゃアイツは錬金術ってのを極めちまったンじゃねェのか!?」
「そんなはずはないっ!」
ステイルは珍しく、声を荒らげた。
「アルス=マグナなど、そもそも人間に為せる業ではないと言った。
呪文そのものは完成していても、
それは百年二百年の不眠不休で詠唱できる長さじゃない。
呪文を短縮しようとしても出来ないし、
親から子へ、子から孫へと作業を分割しても、
伝言ゲームの要領で儀式そのものが歪んでしまう。
つまりは、短い寿命が存在する人間にはあの魔術は到底使えはしないんだ!」
ステイルの反論は、魔術を学ぶ者からすれば合理的に聞こえるだろう。
だが、魔術師の声は震えていた。
まるで、信じられないモノを見るかのように。
577 = 575 :
「……そりゃあそうか」
上条が、納得したように言う。
「何でも思い通りになるってんなら、
そもそも俺達が生きてるのがおかしいもんな。
『偽・聖歌隊(グレゴリオ=レプリカ)』だの影武者だの使わなくたって全部片付いちまう」
上条の言う通りだった。
そして何よりも、吸血鬼も吸血殺しも必要ない。
必要なら自分で作れば良いし、
何でも思い通りなら自分の手で願いを叶えれば良いだけだ。
「だとしたら、奴の目的は何だろォな?
人を助けたいとか言いながら平気で他人は殺すし、
いつの間にかあのガキ――インデックスも巻き込まれてるしなァ」
「なに、あの子が?」
「野郎がそれっぽい事口に出してただけだ、実際に見てねーよ」
上条がそう言うと、ステイルはさらに深刻な顔になった。
「チッ、そういう事か。
なるほど、錬金術を学ぶために三年も人里を離れれば世情にも疎くなる」
ステイルは新しい煙草を取り出して火を点ける。
「ヤツの目的が分かった。インデックスだよ」
578 :
「な…………?」
上条が絶句している。
それはそうだ。
この事件、本来ならインデックスが関わるはずもないのだ。
「いいかい、上条当麻に一方通行。
インデックスは一年置きに記憶を消さなければならなかった。
それはつまり、一年置きに人間関係をバッサリ更新して、
彼女の隣には一年置きに新しいパートナーが立っている、という状況を作り出す」
「それが……どォしたンだよ?」
「今年は君達、二年前は僕と神裂、そして――」
ステイルは、心底忌々しそうに続ける。
「三年前のパートナーはアウレオルス=イザードさ。役割は……『先生』だったかな」
思わず、二人はギョッとした。
「歴代のパートナーの末路は皆同じでね、
インデックスの記憶消去を食い止めようと必死に頑張り、そして失敗する」
ステイルは吐き捨てるように、
「当然、ヤツも同じ道を辿ったはずだが――
なるほど、結果が出ても認められなかった訳だ」
ステイルは、一人で納得している。
579 = 568 :
「……どういう事だ?」
上条がそう言うと、
「僕達歴代のパートナーは、別にインデックスにフラれた訳じゃない。
……単に彼女が覚えていないだけなのさ。
だったら、話は簡単。
彼女の頭を治療して思い出してもらえば、再びこっちを振り返ってくれるはずだ」
「……ちょっと待て。
じゃあアイツのしてる事は無駄になっちまったって事か?」
一方通行がそう言うと、ステイルは簡単に頷く。
「ま、そうなるね。
アイツには絶対にあの子を救えない」
「何だって?」
上条は訳が分からない、と二人を見る。
言葉一つで何でも出来るような男に、
絶対出来ない事なんてあるのか?と言いたそうに。
「なに、これもまた簡単だよ。
全て台無しにしたのは君なんだよ」
「?」
「オマエがあのガキを救っちまったンだよ。
すでに救われた存在を、もう一度救うなンて出来ねェだろ?」
あ、と上条は言った。
そう、アウレオルス=イザードは三年前のインデックスのパートナーだ。
彼女を失ってからの三年間、音信不通になっていたのでは情報が不足する。
つまるところ、アウレオルスの行動は全て無駄になってしまった。
「着いたよ。
ご丁寧に扉が開いてる」
北棟の最上階――――校長室への扉は、三人を迎え入れるように開いていた。
580 = 568 :
そこは広大な空間だった。
かつて『三沢塾』の支部校長が、そして科学宗教の教祖が居座った部屋。
歪んだ欲望に相応しく、部屋はきらびやかだが品がない。
部屋の中に入ってきた上条達を見て、姫神は驚きの表情を浮かべた。
しかし、アウレオルスの方はまったくの無表情だった。
当然の事が当然起きた、とでも言いたげだった。
周囲の空気は空虚で、どこか寂しさを感じる。
それは錬金術師の心の在り方そのものを表しているのだろう。
世界の全てを操るこの男には、手に入らない物などないだろう。
しかしそれ故に、手に入る物には何の価値も意味も見出だせない。
だからこの男には、確固たるモノは何もない。
「ふむ。
その目を見る限り、私の目的には気付いているようだが」
錬金術師はつまらなそうに言う。
「ならば何故、私を止めようとする?
貴様がルーンを刻む目的、
それこそが禁書目録を守り、助け、救うためだけだろうに」
581 = 576 :
アウレオルスはチラリと視線を落とした。
その先には、立派な机の上で眠る、銀髪の少女がいた。
思わず走り出そうとした上条を、一方通行が抑える。
「簡単だよ。
その方法であの子は救われない。
失敗すると分かっている手術に身を預けられるほど、その子は安くないよ?」
ステイルがそう言うと、アウレオルスはそれを否定した。
「否。貴様の理由(それ)は嫉妬だろう。
自然、今までは共に夢を失い絶望した『同志』だったが、
一人出し抜くとあっては満足できん。
くだらんとは言わん。私の妄執も原理は同じものだから、な」
ステイルはほんのわずかに眉を引きつらせた。
アウレオルス=イザードが何の皮肉でもなく、自然に言っている事に対して、だ。
「これまで禁書目録は膨大すぎる脳の情報量のため、
一年ごとに全ての記憶を消さねばならなかった。
これは必定であり、人の身には決して抗えん宿命であろう」
582 = 576 :
アウレオルスはさらに厳然と、
「だが、逆に言えば人ならぬ身を使えば済むだけの話。
結論が出た今となっては逆に不思議だ。
何故、今の今まで吸血鬼を使おうとした者が一人もいなかったのか、とな」
「……」
「吸血鬼とは無限の命を持つ者。
無限の記憶を、人と同じ脳に蓄え続ける者。
しかし、多すぎる情報で頭が破裂した吸血鬼など聞いた事もない。
……ならば、吸血鬼にはどれだけ多くの記憶を取り入れても、
決して自我を失わん『術』があるのだと、当然、考えるべきであろう」
「ふん。なるほどね。
吸血鬼と交渉して、それを教えてもらおうって腹かい」
ステイルは口の端で煙草を揺らし、こう言った。
「では念のために聞こうか。
仮にその方法が、人の身には不可能と分かったら君はどうする?」
「当然。
人の身に不可能ならば――禁書目録を人の身から外すまで」
アウレオルスは、間髪入れずにそう答えた。
583 = 578 :
人の身から外す――――それはつまり、
「噛ませるって訳か。
チッ、カインの末裔なんぞに慰み者にされて、喜ぶ信徒がいるものか。
これは歴代のパートナーに共通して言える事だがね、
誰かを救いたければ、まず自分を殺して人の気持ちを知る事こそが大事なのさ」
「……くだらん。
それこそが偽善だ。
あの子は最後に告げた、決して忘れたくないと。
指先一本動かせぬ体で、溢れる涙にも気付かずに――笑いながら告げたのだ」
アウレオルスはわずかに歯を食いしばった、ように見えた。
何を思い出し、何を振り返ったのかなど、一方通行には分かるわけがない。
「どうあっても自分の考えは曲げない、か。
それならちょっと残酷な切り札を使わせてもらおうか」
そう言って、ステイルは上条を見る。
「ほら、言ってやれよ今代のパートナー。
目の前の残骸が抱えている、致命的な欠陥ってヤツを」
「……なに?」
アウレオルスが、初めて上条を見る。
そして、上条はゆっくりと口を開く。
584 = 573 :
「お前、一体いつの話をしてんだよ?」
585 :
アウレオルスの表情が驚愕に染まる。
「な、に…………?」
「そういう事さ。
インデックスはとうの昔に、
君ではなく今代のパートナーに救われたんだよ」
ステイルは、どこまでも残酷な笑みを浮かべた。
「ほんの二週間ほど前だったかな。
ああ、君が分からないのも無理はないね。
何せ三年もあの子の側を離れていたんだ。
今の彼女が実はもう救われてるだなんて話、伝わるわけもない」
「……馬鹿な、ありえん!
一体いかなる方法にて禁書目録を救うというのだ!?
人の身で、それも魔術師でも錬金術師でもないのにどうやって……!!」
ステイルは、煙を吐いて答えた。
「なに、そいつの右手は幻想殺し(イマジンブレイカー)と言ってね?
簡単に言ってしまうと、人の身に余る能力の持ち主だっていう話なんだ」
愕然、と。
錬金術師は、先程の冷静さなど感じさせない表情で上条を見る。
586 = 575 :
「……待て。それでは」
「ああ、ご苦労様。
君、ローマ正教を裏切って三年間も頑張ってたみたいだけど、それは無駄骨だね。
いや、安心していいよ。
今のあの子は君が望んだ通り、パートナー達と一緒にいてとっても幸せそうだよ?」
「――――は」
この瞬間、アウレオルス=イザードという人間は崩壊した。
「はははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははははははは!!」
……もうコイツは戻れない。
一方通行はそう思った。
しかしそれは違った。
錬金術師の瞳に再び光が戻る。
アウレオルスの手前で眠るインデックスが、
彼の狂笑に反応して目を覚ましたのだ。
壊れて沈み始めた、アウレオルスの心の最後の支え。
インデックスはゆっくりと目を開ける。
そして――――
「……とうま、あくせられーた?」
587 = 572 :
その目はすぐ近くのアウレオルス=イザードなど見ていなかった。
どこに、いつから、誰に、どうやって連れて来られたかも分からない状況で。
自分の不安など無視して、彼女は幸せそうに目を細めて笑っていた。
ただ、自分の視界に上条当麻と一方通行がいるだけで。
そうして動き出そうとしたインデックスの懐から、何かが落ちた。
それは、ちょうどアウレオルスの目の前に落ちた。
――――それは、ある日三人がとあるゲーセンにて撮ったプリクラのシールだった。
それには、錬金術師が知らない少女と二人の少年が、
幸せそうに笑っている様子が写っていた。
上条と一方通行は思わず一歩下がる。
インデックスの、その態度は温かかった。
しかし、それは同時に冷たいモノでもある。
彼女の背後。
かつて、主人公だったはずの錬金術師は守るべき少女に忘れられ、
世界の終わりを直視したような顔で凍り付いていた。
二人には、この現実を直視出来ない。
588 = 576 :
ある少女のためだけに、全てを捨てた男、アウレオルス=イザード。
そんな彼を待っていたのは最悪の結末(バッドエンド)だった。
そしてそれは、一歩間違えれば上条達にも襲い掛かっただろう。
少女は世界中の誰からも好かれる純性の聖女(ヒロイン)だ。
しかし、そうであるが故に、世界でたった一人の主人公にしか好意を向けられない。
ただそれだけの、しかしどこまでも冷徹な純性が牙を剥く。
「く、――――――」
アウレオルスはもはや声も出せない。
ただ笑いながら、喉が詰まったような息を洩らす。
そして、アウレオルスはインデックスの頭上で、腕を振り上げた。
それでもインデックスは上条達から目を離さない。
それが余計に錬金術師の心をあぶる。
振り上げられた腕に力がこもる。
「インデックス……ッ!!」
上条が、叫ぶと同時に彼女の元へと走り出そうとする。
一方通行も駆け出そうとした。
錬金術師はただただ笑う。
今のパートナー達の、いかにも主人公らしい姿を見て。
そして、その腕は勢い良く――――
振り下ろされない。
589 :
思わず、二人は立ち止まる。
「ぅ、――――――」
ぶるぶる、と。
アウレオルスは断頭台の刃のように腕を構えたまま、
「う、うぅううううううぅうううッ!!」
動けなかった。
全てをただ一人の少女のために失い、
しかもそんな少女はすでに赤の他人に助けられ、
自分の事など、何一つ見向きもしないような状況だというのに。
アウレオルスにはインデックスを傷付けられない。
それほどまでに、彼にとってインデックスは大切だったのだ。
一方通行は思う。
この男を本当に倒してしまっていいのか、と。
彼も『親友』のように、大切な何かを失ったのだ。
そんな彼を、本当に倒してしまっていいのだろうか?
ステイルや神裂のように、もう一度やり直せないのだろうか?
そう考えていると、錬金術師はこちらを睨む。
アウレオルスの激情は収まった訳ではない。
ただ、行き先を失っただけだ。
ならば、それはどこに向かってしまうのか?
考えれば、すぐ分かる話だ。
590 :
「――――倒れ伏せ、侵入者共!」
591 :
アウレオルスは禁書で最もかわいそうなキャラ
592 :
怒号と共に、上条と一方通行は見えない重力の手に組み伏せられた。
侵入者共、という言葉にはステイルも含まれているらしく、同様に押さえ付けられている。
「がっ、は、ァ……!」
内臓が絞られる感覚に吐き気を催すが、押さえる。
一方通行は必死にベクトルを逆算する。
今の一方通行には、アウレオルスの魔術が支配できない。
魔術を成り立たせる、『特異な物理公式』自体は分かっている。
しかしながら、魔術というものは『公式』だけでなく、
『魔力』という個人個人で違う『要素』によって成り立っている。
それによって、計算にズレが生じてしまうのだ。
なので、一度アウレオルスの魔術を食らう必要があった。
「は、はは、あはははは!
簡単には殺さん、じっくり私を楽しませろ!
私は禁書目録には手を出さんが、貴様らで発散せねば自我を繋げられんからな!」
アウレオルスは懐から細い鍼を取り出す。
震える手でそれを突き刺す。
そしてすぐにそれを横合いに放り投げる。
開戦の合図と言わんばかりに、アウレオルスは二人を睨み付ける。
593 :
今日ちょうどそのへんのDVD観たから感慨深いわ
594 = 570 :
そこへ――――
「待って」
姫神秋沙が、間に割って入る。
かつて、上条達の盾になった時と同じ立ち位置。
しかし、状況はそれとは違った。
アウレオルスが固執していたのは、姫神秋沙ではなく吸血殺しだ。
『目的』のインデックスが手に入らない以上、
単なる『道具』には何の用もない――――!
「ひめ――――」
上条が何か言おうとして、止まる。
おそらく、逃げるように言いたいのだろう。
しかし、それは言えなかった。
姫神の背中は、本気で心配していた。
上条達の事もそうだが、崩壊したアウレオルスの事も、
決定的に終わってしまう前に、どうにかしなければと無言で語っていた。
上条は、その背中に、そんな残酷な真実を告げられる人間ではなかった。
「邪魔だ、女――――」
だが、それこそが失敗だった。
アウレオルスの眼は、本気だった。
595 = 578 :
(バ、カ野郎がァ……!)
一方通行は急いで逆算する。
止めなければ姫神は巻き込まれる。
とにかく急がなくてはならない。
あと、五秒あれば間に合う。
四、三、二、残り一秒――!
瞬間、バギン、と音がして上条が起き上がっていた。
一秒遅れて一方通行も束縛から逃れ、ようやく駆け出す。
後はアウレオルスを黙らせれば――――
「――――死ね」
その瞬間、アウレオルスの言葉は確かに時間を止めた。
あらゆる殺人法と照らし合わせても、姫神の死因は分からない。
傷も出血もなく、ただ、死ぬだけだった。
オカルトな事を言えば、魂というやつが肉体から抜き取られるように。
姫神は、悲鳴すら上げずに仰向けにゆっくりと倒れ込む。
そうして、彼女の顔が上条達に見えてくる。
姫神は、くしゃくしゃに顔を歪めて笑っていた。
今にも泣き出しそうだが、決して涙を見せない。
それはあらかじめ覚悟していた、変えられなかった結末に対する表情だ。
そう、彼女はアウレオルスの前に立てばこうなる事を分かっていた。
それでもわずかな希望に縋り、アウレオルスを止めようとした。
誰にも求められず、最後までモノのように扱われた少女。
ヒロインになれないまま、『吸血殺し』姫神秋沙はあっさりと死に逝く事となった。
596 = 569 :
「――――ふざっけんじゃねえぞ、テメェ!!」
叫ぶと同時に上条は姫神を『右手』で抱き留めた。
「上条、こっちに!」
一方通行はそう言って、上条から姫神を預かる。
細く、柔らかい少女を一方通行は能力で診る。
弱々しいものの、確かに鼓動を感じる。
息も何とかしていた。
「な……我が金色の錬成を、右手で打ち消しただと?」
錬金術師の目が凍る。
「ありえん、確かに姫神秋沙の死は確定した。
その右手、聖域の秘術ですらも内包するのか!」
「……」
上条は一言も答えなかった。
その背中は怒りに震えている。
それは、一方通行も同じだった。
目の前の男が許せなかった。
同情も、共感だってした。
インデックスに忘れ去られ、
それでも彼女を傷付けられなかった姿を見た時は、
この男を倒す理由さえも見つからなかった。
しかし、今は違う。
たとえ一番大切な人に裏切られても、
その人を他の人間に奪われ、行き場のない怒りに苛まれても。
自分の事を、本当に大切に想ってくれた人に対して。
その怒りを押し付けるような真似を、上条と一方通行には許せない。
「いいぜ、アウレオルス=イザード。
テメェが何でも自分の思い通りにできるってんなら――」
『上条当麻』はゆっくりと、口を開く。
「――――まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す……ッ!!」
597 :
――――魔法使いになりたかった。
今から十年前の話だ。
ある日のある夜、京都のとある山村は突如、吸血鬼に襲われた。
警察ですら必要ないほどに平穏だった小さな村は、一夜にして地獄と化した。
吸血鬼を撃退しようと挑んだ者達は次々と葬られ、
外に逃げ出そうとした者はそのまま帰らず、
しまいには誰が人間で誰が吸血鬼なのかも分からなくなり、
一つの建物に集まった村人達は互いに殺し合う事になった。
夜が明ける前に村人は、死体か吸血鬼のみになってしまった。
ならば、こうして生き残った自分は一体何なんだろう?
ある少女は幼心に思った。
周囲には吸血鬼達。
誰もが、自分の大切な人達だった。
暗くなったから早く帰りなさい、と言った八百屋のおじさんが首筋に噛み付く。
――――噛んだ瞬間、吸血鬼は灰に還る。
また明日遊ぼうね、と言った友達がみんな、首筋に噛み付く。
――――噛んだ瞬間、吸血鬼は灰に還る。
早く逃げなさい、と少女を突き飛ばした母親が首筋に噛み付く。
――――噛んだ瞬間、吸血鬼は灰に還る。
598 = 574 :
その内、みんな気付き始めた。
少女の首を噛めば、逆襲とばかりに吸血鬼は消滅する。
そこに少女の意思などない。
それでも、みんな噛み付く事をやめなかった。
次々と灰になって形を失い風に飛ばされる村人達を、少女は黙って見つめていた。
何も、言えなかった。
「ごめんなさい」
吸血鬼は、口々にそう言っていたから。
ある者は化け物になりたくないと言って、
ある者は誰かを自分と同じ化け物にしたくないと言った。
たった一つ、灰に還る事こそが、自分達の救いであると信じ続けて。
吸血鬼は灰に還る。
ごめんなさい、と。
あなた一人に罪を背負わせてごめんなさいと。
最後まで泣き続けて、終わりの終わりまで救われないまま。
気が付けば、村は灰の吹雪に覆われていた。
村は、誰もいないおかげで平和だった。
良く分からない間に全て灰に還ったらしい。
599 = 572 :
何となく、少女には分かっていた。
村を襲った吸血鬼にしたって、被害者だという事に。
きっと、吸血鬼は自分が恐ろしかったんだと思う。
自分達を一撃で殺す力を持つ少女。
毎日毎日震えて、殺すしかないと思うほど追い詰められて、けれど少女を殺す力もなくて。
悩みに悩んだ結果、村人全員を吸血鬼にして戦力を整えようとした。
でも、それすらも少女の力は簡単に全滅させた。
だから、魔法使いになりたかった。
救われない者さえも救ってみせて、見捨てられた者すら守ってみせる。
そんな絵本のような魔法使いに。
絶対に、どうしても。
そうして錬金術師と出会った時、
少女は叶うはずのない夢がいきなり身近に思えてドギマギした。
その日は眠れないほどに緊張した。
居心地の悪くない、緊張だった。
600 :
そして、今。
少女の前には一人の錬金術師がいる。
「邪魔だ、女――――」
彼女の目指していたはずのユメは、唇の端を残酷に歪めてこう言った。
「――――死ね」
その瞬間、何を思ったか分からない。
意識は保たず、何を考えているかも分からないまま、深い闇に引きずり落とされていく。
だが、その寸前。
「――――ふざっけんじゃねえぞ、テメェ!!」
一人の少年の叫び声が聞こえたような気がした。
魔術師でもなく錬金術師でもない、
本当にただの人間でしかないはずの、少年。
もう一人の少年を含めて、二人は本当に怒っていた。
錬金術師の行いに、ではなく、少女がこのまま死んでしまう事に対して。
その姿が、何だかとても眩しく思えた。
何故か、そこに決して辿り着けないはずのユメがあるような、そんな気がした。
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