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    元スレ久「あんたが三年生で良かった」京太郎「……お別れだな」

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    251 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:30:12.65 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-57)


    『お名前と連絡先、教えていただけませんかっ』


    京太郎「うっ……」


    『愛しています、京太郎様』


    京太郎「こ、まき……」


    『好き、好きなの……あなたが好きなの』


    京太郎「うぁ……」


    『お願い、今だけだから……明日からはいつもの私に戻るから……』


    京太郎「お、れは……」


    京太郎「――っ」ガバッ

    京太郎「……はぁ、なんつー夢見てんだ」

    252 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:34:02.22 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-83)


    「おはよう、今日は遅いのね」


    京太郎「なんだよ、また勝手に入ってたのか」

    「だってあなた、私が作らないとちゃんと朝ご飯食べないじゃない」

    京太郎「ちょっとぐらいなら食べなくっても大丈夫だって」

    「いいから食べて。もうできてるわ」

    京太郎「ああ、いい匂いすんな……」グゥ

    「お腹は正直なのね」クスクス

    京太郎「別に食べたくないわけじゃないから」

    「じゃあ用意しちゃうわね」


    253 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:36:41.59 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-132)



    京太郎「ごちそうさま」

    「おそまつさま」


    「ねえ、今日は?」

    京太郎「珍しいことに暇。たまにはごろごろしてようかな」

    「そうね、ゆっくり休んで。家事は私がやっておくから」

    京太郎「お前だって仕事あるだろ。いいよ、別に」

    「今日はお休みなの」

    京太郎「……あー、そうだったか」

    「だから気にしなくてもいいの」

    京太郎「じゃあちょっと出かけるわ」

    「なら掃除しておくわ」

    京太郎「だから、お前がそこまでする必要ないって」

    「いいえ、だって私は――」


    京太郎「ただのお隣さん、そうだろ?」

    254 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:40:35.80 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-209)


    京太郎「だからさ、俺のことなんて気にしなくてもいいんだよ」

    「……どうして、そんなことを言うの?」

    京太郎「もう十分だってことだよ。いつまでも引きずってないで前を向かないとな」

    「――いやっ!」


    「あなたの口からそんな言葉聞きたくない!」

    「あんなことになっても私を引き留めたのにっ、傍に置いたくせに……!」

    「突き放すなら最初から突き放してよ!」

    「それなら、私もあなたを……」フラッ


    京太郎「おい、霞っ」ガシッ

    「あなたを……諦められたのに」

    京太郎「……もういいから。寝てろよ、顔色悪いぞ」

    「……部屋に戻るわ」ヨロヨロ

    京太郎「どうせ隣に戻るだけだったらここで休んでろ。俺はなんか買ってくる」

    「あ、待って――」


    京太郎「んじゃ、おとなしくしてろよー」バタン


    「……ただのお隣さんだったら放っておけばいいじゃない」


    255 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:46:23.28 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-135)



    小蒔「葉桜……」


    『――っと、ギリセーフ……大丈夫か? お転婆姫さんよ』


    小蒔「もう、随分前のことみたいです」

    小蒔「そのころの私はまだなにも知らなくて」

    小蒔「大好きな人たちと会えなくなるなんて思いもしないで……」


    「姫様、そろそろ」


    小蒔「わかりました、今行きます」

    「……大丈夫?」

    小蒔「春が心配するようなことはありませんよ」

    「そう……」


    『関節キスは好きな人と、本当のキスは契りを結んだ殿方と』


    小蒔「今なら、お母様の言葉の意味が分かる気がします」

    小蒔「……本当に好きな人とは結ばれないから、なんですね」

    小蒔「京太郎様、霞ちゃん……」


    小蒔(小蒔は今日、夫婦となる殿方と顔を合わせます)

    小蒔(……京太郎様以外の男性と)


    256 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:50:47.91 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-85)



    「姫様の様子、どうだった?」

    「いつも通りに見えた」

    「そう……」

    「でも、平気なはずない」

    「……どうしてこうなっちゃったんだろうね」

    「そんな決まってる。……全部、あの人のせい」

    「はるる、それは――」

    「私は絶対許さない……許せない」

    「……」


    (はるるがこんなに怒るなんて……)

    (そっか、好きだったんだもんね)

    (私も……)

    257 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:55:28.34 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-158)


    初美「はいはいはーい、暇ならこっちを手伝うのですよー」


    初美「ほら、はるるは向こう。明星たちがテンパってるのですよ」

    「ん、わかった」タタタ


    「ごめんね、ちょっと姫様が心配で」

    初美「それは無理もないのですよ」

    「でも、はっちゃんは変わらないね」

    初美「私まで沈んでたら、暗くてどうしようもないですからねー」

    「……うん、そうだね」

    初美「ささ、巴ちゃんは表のお掃除を手伝うのですよ」

    「えっと、ちょっと難しいかな」

    初美「まぁまぁ、サボりたい気持ちはわかりますがねー」

    「そうじゃなくて、はるるが向こう行っちゃったから私が姫様についてないと」

    初美「うげっ、じゃあ広い境内をひとりきりで掃除ですかー!?」


    258 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 00:59:52.70 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-138)



    京太郎「引きずってないで前を向け、ね」

    京太郎「……まぁ、自分のこと棚に上げないと何も言えなくなるよな」


    「あら? たしかあなた石戸さんの……」


    京太郎「えーっと、どちらさまでしたっけ?」

    「やだもう、忘れちゃったの!?」

    京太郎「んー……」


    京太郎(いや、本当にだれだっけ?)

    京太郎(というかこのおばさん、なんとなくうちの母親と同じにおいがする……)

    京太郎(……母さん、元気かな)


    京太郎「……そうだ、たしか霞の職場の先輩でしたっけ」

    「そうそう、やっと思い出してくれた?」

    京太郎「すいません、ど忘れしちゃってたみたいで」


    京太郎(てか、一度ちらっと顔合わせただけだよな、たしか)

    259 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:09:59.31 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-217)


    「霞ちゃん、無理しないようにちゃんと見ててあげてね。昨日だって大変だったんだから」

    京太郎「昨日? なにかあったんですか?」

    「フラフラしてたし、吐き気で食欲もなかったみたいなの」

    京太郎「そんなに具合悪かったのか……」

    「だからカレシのあなたがしっかり看病してあげること。いい?」

    京太郎「彼氏じゃないです」

    「そうなの? 時々一緒に帰ってるみたいだし、てっきり同棲してるものだと思ってた」

    京太郎「昔からの知り合いで、今はただのお隣りさんですよ。親切にしてもらってますけど」

    「えー? 霞ちゃんはあなたにラブだと思うんだけど」

    京太郎「ははは、そんなまさか」

    「さてはあなた……朴念仁で唐変木ね!」

    京太郎「そんなわけ……」


    京太郎(……ないわけないよなぁ)


    「とにかく、霞ちゃんの気持ちにしっかり応えてあげること! それとも、カノジョさんいたりするの?」

    京太郎「いない、ですね」

    「じゃあなんも問題ないわね!」

    260 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:17:45.04 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-98)


    京太郎(あるよ、ありありだよ)

    京太郎(そもそも俺は……)


    『……俺は小蒔と一緒に生きていくことにした』


    京太郎(一回断ったようなもんだろ)

    京太郎(そんな都合よくいってたまるか)


    京太郎「すいません、買い物あるんでそろそろ」

    「あ、もしかして霞ちゃんのお見舞い?」

    京太郎「今朝も具合悪そうにしてましたから」

    「やっぱり? じゃあお大事にって伝えておいてくれる?」

    京太郎「もちろん」

    「それと、風邪だったら誰かに移せばって言うし……ね?」

    京太郎「……」

    261 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:23:23.00 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-90)


    京太郎(ね? じゃねーよ)

    京太郎(ホントこういう手合いは……)


    「じゃあ、うちの本屋のアイドルをよろしくね」

    京太郎「アイドル?」

    「知らない? 霞ちゃん目当てのお客さん、結構いるんだけど」

    京太郎「初耳ですね」

    「うかうかしてたら取られちゃうかも……じゃあね~」


    京太郎「……ま、その方が全然いいよな、今よりは」

    京太郎「あいつにとっても、俺にとっても」

    京太郎「だけど……もう半年か」

    京太郎「潮時ってやつなのかもな」


    262 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:26:00.07 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-79)



    『……俺は小蒔と一緒に生きていくことにした』


    (わかってる。彼は小蒔ちゃんを選んだ)


    『お前にだけは言っとかなきゃいけないと思ったから』


    (やめて……そんなこと聞きたくもない)


    『……さぁ、ここでサービスタイムだ。恨み言でも罵倒でも、なんだったら包丁まではギリオーケーだ』


    (だけど、私は我慢して……)

    (我慢して我慢して我慢して我慢して我慢して――)


    『お願い、今だけだから……明日からはいつもの私に戻るから……』


    (――取り返しのつかない間違いを一つ、犯してしまった)


    263 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:29:57.46 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-151)



    「んっ……」


    (……寝ちゃってたのね)

    (それにしても……)


    「なんて、ひどい夢なの……」

    「すごい寝汗……着替えたいわ」


    京太郎「ほら、サイズ合わないだろうけど」


    「どうしてここに……」

    京太郎「自分の部屋にいるのは当然だろ」

    「そう、だったわね」

    京太郎「具合は?」

    「平気よ」

    京太郎「本当か? お前の先輩に昨日も具合悪かったって聞いたけど」

    「……だから今日はお休みになったの」

    京太郎「なるほど、休まされたのか。お前の平気、大丈夫は信用できないからな」

    「あなたも人のことは言えないじゃない」

    京太郎「自分のことは棚上げしなきゃ、なんにも言えないからな」

    「呆れた開き直り……」

    京太郎「それよりも飯とシャワー、どっちにする?」


    264 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:34:50.61 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-142)



    「ごちそうさまでした」

    京太郎「おそまつさまでした」


    京太郎「はは、今朝とは逆だな」

    「ごめんなさい、あなたの手をわずらわせてしまって」

    京太郎「いいって。普段世話になってるし、それに料理も久しぶりで楽しかったし」

    「でも私は……」

    京太郎「はい、ここでデザートの登場だ」

    「あなたに対してもとても償いきれない――むぐっ」

    京太郎「いいからオレンジ食え」

    「……しゃべらせてくれてもいいじゃない」

    京太郎「今日のお前は辛気臭いことばっかだしな。……それに、そもそも悪いのは俺だから」

    「それは――むぐっ」

    京太郎「はいもう一個ぉ」


    265 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:40:59.42 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-172)



    初美「うへぇ……やっと終わったのですよ」

    初美「まったく……こーんな広いところを一人で掃除しろとか、罰ゲーム以外の何物でもないですねー」


    「やっほー、元気してた?」


    初美「あれれ、お久しぶりなのですよ」

    「久しぶり。他の人たちは?」

    初美「中ですね」

    「じゃあちょっと上がらせて……って、いきなりアポなしで来ちゃったけど大丈夫?」

    初美「思いっきり来客予定があるのですよ」

    「あらら、我ながらバッドタイミングね……それじゃ、手短に挨拶だけにしようかな」

    初美「えーっと、それは、なんといいますか……」

    「京太郎たち、いるんじゃないの?」

    初美「……もういないのですよ」

    「もしかして出かけちゃった? あちゃー、本当にタイミング悪いわねぇ」

    初美「……」

    266 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:49:44.94 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-117)


    初美「もう帰っては来ない、という意味なのですよ」


    「えーっと、浮気でもして追い出されたとか?」

    初美「……」

    「え、やだ、黙らないでよ。本当にそうなの?」

    初美「それは……」

    「はぁ……まぁいいや。じゃあ神代さんに聞いてくる」

    初美「ダメなのですよ」

    「しょうがない……じゃあ大人しく帰って――」


    「――やるわけないでしょっ」ダッ


    初美「あっ、待つのですよ!」

    「そう言われて待つ奴なんているわけないでしょ!」

    初美「たしかに!」


    267 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:52:48.68 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-75)



    『ごめん、俺にはもうここにいる資格がないんだよ』

    『それでもっ、私は京太郎様と……!』

    『……ホントごめんな、小蒔』


    小蒔(あの時、無理にでもついていけたら)

    小蒔(お母様の言いつけを破ってでも、外に出ていっていれば)

    小蒔(私は、今も京太郎様と……)


    『霞ちゃん……』

    『みんなのこと、お願いね』

    『……はい』


    小蒔(一人で背負いこんでいることには気づいていたはずなのに)

    小蒔(聞きたいことがあったはずなのに)

    小蒔(それとずっと向き合わないまま、私は……)


    268 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 01:56:40.81 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-92)



    『こらー! 観念するのですよっ』

    『あーもう、しつっこいわねぇ!』


    「あれ? はっちゃんと……だれ?」

    小蒔「だれか、来客でしょうか?」

    「なんだか聞き覚えのある声のような」


    「お邪魔します!」


    「た、竹井さん!?」

    「京太郎、どこ行った――うわっ」

    初美「やーっと捕まえたのですよ!」

    「ちょっと、放してよ……!」

    初美「放せと言われて放す奴はいないのですよ!」

    「さっきの意趣返しかっ」

    初美「その通り!」

    269 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:01:48.61 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-86)


    「えっと、何事なのかな?」

    初美「不法侵入なのですよ!」

    「そっちがはっきりしたこと教えないからでしょ!」


    「一体京太郎に何があったっていうのよ!」


    「えっと、それは……」

    「ほら、口つぐむ」

    初美「とにかく、今日はお客さんが来るからもう帰るのですよっ」


    小蒔「二人とも、下がってください」


    「……わかりました」

    初美「むぅ、姫様がそういうなら」


    270 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:07:24.94 ID:OgX8QW8y0 (+93,+30,-246)



    「それで、なにがあったの?」

    小蒔「あの二人……京太郎様と霞ちゃんは、問題を起こして追放された……それだけです」

    「問題って?」

    小蒔「お答えできません」

    「あのバカが石戸さんと浮気したとか?」

    小蒔「お答えできません」

    「……しばらく会わないうちにすっかり他人行儀ね」

    小蒔「……今までがおかしかったんだと思います」


    小蒔「あの夏の日に、あなたたちを迎え入れなければ」

    小蒔「私は恋も嫉妬も……なにも知らないままでいられた」


    小蒔「……お引き取りください。もう話すことはありません」

    「そうね……だけど一個だけ言わせて」


    「悲劇のヒロイン気取り?」

    「自分からはなにもしようとしないで被害者面?」

    「要するに諦めたんでしょ。あいつのことも石戸さんのことも」

    「アホらしい……こんな女に取られたなんてね」


    「それじゃ、さようなら。なんにもできないかわいそうなお姫様」

    小蒔「帰って! 帰ってください!」

    「言われなくても!」


    271 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:10:17.56 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-146)



    「あーもう、むしゃくしゃする……!」

    「信じて送り出した幼馴染が行方不明って? しかも破局してるし!」

    「こんなことならもっと……」


    初美「ちょっと待つのですよー」


    「なに、お礼参り?」

    初美「どこの不良ですか」

    「違うの?」

    初美「ちょっと姫様のフォローをと」

    「……まあ、こっちも多少八つ当たりは混じってたけどね」

    初美「やっぱり。フラれた女の未練は――いひゃいいひゃい!」

    「喧嘩なら買うわよ?」ギリギリ


    272 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:16:35.30 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-174)



    「……」ムスッ

    京太郎「まだ怒ってるのかよ……悪かったよ。たしかにあのオレンジはちょっと酸っぱかった」

    「……オレンジはおいしかったわ」

    京太郎「じゃあなに、問答無用で口に突っ込んだことか?」

    「……」

    京太郎「やっぱそれかぁ。無理やりはよくないよな、うん」


    (違う、そうじゃない)

    (私が何よりも許せないのは、自分)


    『自分のしたことの意味、わかっていますね?』

    『……はい。どのような罰も甘んじて受け入れます』

    『ならば、ここを去りなさい。それがあなたに与える罰です』

    『わかり、ました』


    (現状に、幸せを感じてしまっている自分が許せない)

    (私のせいでなにもかも壊れてしまったのに)

    (それなのに、どうしてこの人は……)

    273 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:19:33.85 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-218)


    「どうして、あの時私を引き留めたの? 私なんてほうっておけばよかったのに」

    京太郎「あのなぁ、あんな糸の切れた凧みたいなやつ、放っておけるわけないだろ」

    「……そうね、あなたはそんな理由で無茶をする人だったわね」

    京太郎「……あとはさ、居場所がほしかったんだよ」


    京太郎「あそこにいられなくなって、今更帰るわけにもいかなくてさ」

    京太郎「じゃあ俺はどこに行ったらいいんだろうって」

    京太郎「そしたらお前が隣にいて……よし、こいつのために頑張ってみようって」

    京太郎「……いや、結局は自分のためだな」


    「自分のため……」

    京太郎「ああ、思えば強引につき合わせちゃってたよな」

    「それで、あんな倒れるまで無理して働いて……」

    京太郎「……二部屋分の家賃はさすがに失敗したと思ってるよ」

    「同じ部屋でも構わなかったわ」

    京太郎「それでも線引きはいるだろ、やっぱり」

    「今は、必要?」

    京太郎「……霞」

    274 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:23:40.57 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-48)


    『それでもっ、私は京太郎様と……!』


    京太郎「悪い、まだ……」

    「……でも、あなたは私を傍に置いた」

    京太郎「ああ」

    「私を、必要としてくれたのよね?」

    京太郎「そうだよ」

    「そう……」


    「今日は帰るわ……また明日」


    275 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:27:48.98 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-127)



    『あなたは、あの子の傍にいる資格を失った』

    『……』

    『その意味はわかりますね?』

    『……はい』

    『それならば、早いうちに去ることです。……これ以上辛くなる前に』

    『お世話に、なりました……』

    『……結局、こうなってしまうのですね』


    京太郎「……俺は、もうあそこには戻れない」

    京太郎「小蒔と一緒にいる資格も、ない」

    京太郎「ここが俺の今の居場所」

    京太郎「そしてここにはあいつが、霞がいる」

    京太郎「それなら、このままあいつと……」


    『私も……愛しています、京太郎様』


    京太郎「――っ」ダンッ

    京太郎「どんだけ未練ったらしいんだ、俺はっ……!」


    276 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:30:44.84 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-88)



    『そしたらお前が隣にいて……よし、こいつのために頑張ってみようって』


    (……もし、許されるならこのまま)

    (過去を全部捨てて、彼と一緒にいられるなら……)


    ――ピンポーン


    (来客? こんな朝早くに)

    (彼は仕事に行ったし……)


    『あれ、こっちも留守?』


    (この、声は……)


    277 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:33:28.16 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-116)



    「えーっと、ここかな?」

    「……うん、住所も建物の名前もあってる」

    「201は……あった」ピンポーン


    「……出ない」

    「まぁ、働いてるならしょうがないか」

    「じゃあ次は隣ね」ピンポーン


    「あれ、こっちも留守?」

    「まいったわねぇ……」

    「んー、場所はわかったし、また夕方にでも――」


    「やっぱり、竹井さん」

    278 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:36:24.74 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-153)


    「あら、いたんだ」

    「どうしてここが……」

    「まぁ、色々伝手があって、調べてもらったの」

    「……何の用?」

    「元気にしてるかの確認。神境では色々とあったみたいだし」

    「そう……小蒔ちゃんたちに会ったのね」

    「色々とわけわからなくてさ、みんな口つぐんじゃうし」

    「無理もないわ。……いい思い出とはとても言えないもの」

    「それで、当事者のあなたならどうかなって」

    「悪趣味ね」

    「だってそれであいつが苦しんでるんだったら、なんとかしたいし」

    「……そう、彼のために」

    「あ、本人には言わないでよ。恥ずかしいから」

    「わかっているわ」

    「それで、話す気ある?」

    「……」


    279 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:43:03.22 ID:OgX8QW8y0 (+93,+30,-208)



    「……大体わかったわ。それでここに来たわけ」

    「ええ……神境を出た後は、彼がこの部屋を見つけてくれて……私の分の家賃まで賄って」

    「はぁ? そんな無茶してたの?」

    「一度、倒れたわ」

    「あのバカ……」

    「……彼は悪くないわ。私が精神的にまいっていたせいよ」

    「それなら意地張らないで、一部屋だけにしちゃえばよかったじゃない」

    「線引き、なんだって」

    「はぁ……そういう関係じゃないからってことでしょ」

    「……ええ」

    「ありがと……それとごめんなさい」

    「悪かったのは私よ。あなたが気にすることはないわ」

    「それでも、辛くなかったわけじゃないでしょ?」

    「……どうかしら」

    「思うに、それが一番悪いのよ。我慢しすぎ」

    「初美ちゃんにも、同じことを言われたわ」

    「じゃあ2対1ね」


    「それじゃ、そろそろお暇するわ」


    「これからどうするの?」

    「あいつの顔見てから決める」


    280 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:47:45.12 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-207)



    京太郎「デネブ、アルタイル、ベガ……夏の大三角か」

    京太郎「今頃インハイか……なつかしいな」

    京太郎「ん?」ガチャ


    京太郎(鍵、開いてる?)

    京太郎(また霞が上がってるのか)


    「あ、おっかえりー」


    京太郎「……久ちゃん? なんで?」

    「鍵だったら石戸さんにちょっと貸してもらったから」

    京太郎「いやいや、そこじゃなくて」

    「大学なら休みだから。ほら、夏休み」

    京太郎「そこでもないから……どうしてここにいるってわかったんだよ」

    「龍門渕さんとか智葉とか、あと獅子原さんのカムイ? とか色々協力してもらったのよ」

    京太郎「なにそれこわい」

    「とりあえず、体は大丈夫そうで安心した」

    京太郎「ま、丈夫なのが取り柄だしな」

    「でも一回倒れたんだって?」

    京太郎「うぐっ」

    「それも変な意地張って」

    京太郎「ま、まあ……もうそれは過去の話だから」

    「そうね……じゃあ本題」

    281 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:50:57.10 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-94)


    「神代さんと別れたんだって?」


    京太郎「……」

    「……はぁ、やっぱりそうなるか」

    京太郎「もう終わったことだって」

    「って口で言ってるだけでしょ」

    京太郎「そんなこと――」

    「全部聞いたから」

    京太郎「……霞からか?」

    「ちょっと気の毒なことしたけど」

    京太郎「できるならそっとしておいてほしいんだけど」

    「あんたがさ、もう振り切って幸せそうにしてるなら、それでもいいと思った」

    京太郎「幸せだよ、十分にさ」

    「そうそう、薄墨さんから聞いたんだけどね」

    282 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:54:57.84 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-138)


    「神代さん、新しい婿を取るんだって」


    京太郎「……そりゃそうなるだろ」

    「それで、感想は?」

    京太郎「別に」

    「その割には辛そうな顔してるじゃない」

    京太郎「俺にはもう関係ない」

    「なんでそう思うのよ」

    京太郎「だから、もう終わったことだって――」

    「ウソつくな」


    「私があんたのウソを見抜けないわけないでしょ」


    「終わったなんて思えてない」

    京太郎「……やめろ」

    「関係ないなんて思えてない」

    京太郎「やめろ」

    「あんたはまだ、神代さんのことが――」

    283 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 02:59:38.39 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-130)


    京太郎「――やめろって言ってるんだよ!!」


    京太郎「未練なんてあるに決まってんだろ!」

    京太郎「今でも夢に見る! 起きたら隣にいないことがたまらなく辛い!」

    京太郎「だけど俺になにができる!?」

    京太郎「俺はもうあそこにいる資格がないんだよ!」


    京太郎「はぁ、はぁ……」

    「……」

    京太郎「だから、もう……ほっといてくれ」

    「資格ってなに?」

    京太郎「それは――」


    「あんた、要するに逃げたんでしょ」

    「俺には幸せにする自信がないからって」

    「それでこんなところで腐って……」

    「いい加減にしろ、この種無し野郎っ!!」

    284 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:02:39.50 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-162)


    京太郎「このっ、ピンポイントでデリケートゾーン抉りやがって!」

    「相手のことを考えて? そうしたほうが幸せだから?」

    京太郎「ああ、そうだよ!」

    「大人になったつもりかこの朴念仁!」


    「ストーカーまでして私を麻雀に引き戻したあんたはどこ行った!」

    「好きなら、愛してるなら、自分の手で幸せにしてみせなさいよ!」

    「それであんたも幸せになってさ……私を、安心させてよ」

    「この女と一緒になって、良かったんだって」


    京太郎「……結局、自分のためかよ」

    「そうよ、悪い?」

    京太郎「いや、わかりやすくていい」

    「それで、どうするのよ」

    京太郎「あの日、伝えられなかったことを伝えに行く」

    「向こうの都合は?」

    京太郎「知るかよ、そんなの」

    「……それでいいのよ」


    285 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:04:44.54 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-115)



    『未練なんてあるに決まってんだろ!』

    『今でも夢に見る! 起きたら隣にいないことがたまらなく辛い!』

    『だけど俺になにができる!?』

    『俺はもうあそこにいる資格がないんだよ!』


    「……」


    (わかってる……いえ、わかってた)

    (だって、朝起こそうとしたら寝言で呟いてるし)

    (彼は今でも小蒔ちゃんを愛しているんだって)

    (まだ半年しか経ってないのに……忘れられるわけないじゃない)

    (私なんて、一年経っても無理だったんだから……)


    「だれかのため、自分のため……」


    (私は……)


    286 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:07:28.02 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-127)



    「せいぜいフラれないようにね」

    京太郎「そうしたらまた日本一周でもして、それからまたアタックするよ」

    「なにそれ、すっごい迷惑」

    京太郎「焚き付けたのは久ちゃんだからな」


    京太郎「じゃ、ちょっと行ってくる」


    「……やっぱり人間、そうそう変わらないわよね」

    「あなたの気持ちも?」

    「さぁ、どうかな」

    「……私も行くわ」

    「我慢はやめるの?」

    「さぁ、どうかしら」

    「……なんにしても、後悔だけはしないようにね」

    「大丈夫よ、もうそれには慣れっこだから」


    「それに……もう一人じゃないから」


    287 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:09:43.22 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-94)



    小蒔「……」

    「姫様、もうお休みになったほうが――」

    小蒔「もう少し、星を見ていたいんです」

    「……わかりました。それじゃあ、お茶とお茶請け、持ってきますね」

    小蒔「はい、お願いします」


    小蒔(……ダメですね。まだみんなを心配させちゃってます)

    小蒔(霞ちゃんもこんな気持ちだったんでしょうか?)


    小蒔「今日会った殿方……私は、あの方と」グッ

    小蒔「ふぅ……いけませんね、ちょっと気晴らし……また木に登ってみましょうか」

    小蒔「その方が、星もよく見えますよね」


    288 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:13:21.94 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-114)



    小蒔「んしょ、よいしょ……登れました!」


    『あーもう、気ぃつけろよー』


    小蒔「……心配しなくても、もう慣れちゃいました」

    小蒔「あなたがいない、日常にも……」

    小蒔「だから、私は……」ポロッ

    小蒔「あれ、おかしいです……悲しくなんて、ないのに」

    小蒔「……ウソです」

    小蒔「全部全部ウソです」

    小蒔「好きです、傍にいてほしいです、愛しています」

    小蒔「京太郎様……!」


    京太郎「呼んだかー?」


    小蒔「え……きゃっ――」ガサッ

    289 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:16:01.21 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-179)


    京太郎「――っと、ギリセーフ……大丈夫か? 小蒔」

    小蒔「どう、して……」

    京太郎「あの日さ、やり残したこと思い出して」

    小蒔「……お引き取りください、あなたはもう」

    京太郎「知らねーよ。しきたりとか立場とかお役目とか、そういうのはもううんざりだ」


    京太郎「資格がないって、お前はダメだって言われて諦めてた」

    京太郎「そんで、その方がお前のためになるって決めつけて逃げてた」

    京太郎「でも、それでいいわけないんだよ」

    京太郎「だって俺は、あの時全部伝えてなかったんだから」

    京太郎「俺がどうしたいか、俺がなにをしたくないか」

    京太郎「そんな当たり前なことを、伝えられなかったんだ」


    『それでもっ、私は京太郎様と……!』


    京太郎「お前は、ちゃんと言おうとしてくれたのにな」

    小蒔「……」

    京太郎「だから言うよ」

    290 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:18:55.94 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-147)


    京太郎「小蒔、お前と一緒にいたい。離れたくない」

    京太郎「資格なんて知らないし、いらない」

    京太郎「お前に人並みの幸せをやることはできないかもしれないけど、俺なりに幸せにする」

    京太郎「だから、ずっと俺の傍にいてくれないか」


    小蒔「どうして……どうして今更そんなこと言うんですか」

    小蒔「二人がいなくても頑張ろうって、みんなを支えていこうって思ってたのに……」

    小蒔「全部、全部ダメになっちゃいました……!」ポロポロ


    京太郎「じゃあ俺の目論見通りだ」

    小蒔「ひどいですっ、最低ですっ、人非人ですっ」

    京太郎「それぐらいで一緒にいられるなら安いもんだよな」

    小蒔「京太郎様なんて、京太郎様なんて……」

    291 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:24:17.20 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-55)


    「……姫様」


    小蒔「と、巴ちゃん」

    「正直になってください」

    小蒔「そんな、私はっ」

    「寝言で自分がなんて言っているか、わかってます?」

    小蒔「うっ……」

    「そんな夢に見るぐらいなのに、大丈夫なわけないじゃないですか」

    小蒔「でも、私は霞ちゃんからみんなのことを……!」

    292 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:27:16.93 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-60)


    「よろしくされる側の姫様がよく言う」


    小蒔「春まで!」

    「姫様が頑張ったらむしろ空回るし」

    小蒔「ひどいです!」

    「大丈夫大丈夫って言って余計心配させてるし」

    小蒔「そんなことないですっ」

    「知らぬは当人ばかりとはこのこと」

    小蒔「あうっ」

    293 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:30:22.07 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-86)


    初美「まぁ、努力だけは花丸ですけどねー」


    小蒔「初美ちゃん!」

    初美「中身が伴ってないので結局ダメダメなのですよ」

    小蒔「ダメダメじゃないです!」

    初美「それはそうとですね」

    小蒔「わきに置かないでください!」

    初美「特別ゲスト、つれてきたのですよ」

    294 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:32:41.83 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-121)


    「……久しぶりね」


    小蒔「え……」

    「霞、さん」

    「……」

    京太郎「……お前もついてきてたのか」

    初美「入り口でうろうろしてたのを確保したのですよ」

    「……ちょっと、入りづらくて」

    京太郎「まぁ、気持ちはわかるよ」

    初美「何を言うのですか。ずけずけと入ってきたくせに」

    京太郎「それで遠慮するかどうかは別問題だろ」


    小蒔「ちょっと待ってください!」


    小蒔「正直に言います……私は、また二人に会えて嬉しいです。でも……」

    「……ええ、もう元には戻れない」

    小蒔「――っ」

    「みんな、少し小蒔ちゃんと二人きりにしてもらってもいいかしら?」

    295 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:36:22.38 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-72)


    初美「好きにするのですよ」

    「……姫様がいいなら」

    「……知らない」

    「ありがとう、みんな」


    京太郎「じゃあ、待ってる間お茶でももらうか」

    初美「どんだけ図々しいのですかっ」

    京太郎「まぁまぁ、来客だと思ってひとつ」

    「黒糖、用意する」

    「お茶、冷めちゃったから淹れなおしてきますね」

    初美「それでなんで歓迎ムードですか!」


    296 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:39:14.32 ID:OgX8QW8y0 (+90,+30,-52)



    小蒔「……霞ちゃん」

    「半年ね、あれから」

    小蒔「はい、半年ぶりです」

    「……実は、ここに来る途中、小蒔ちゃんのお母様と連絡を取ってきたの」

    小蒔「お母様と、ですか?」

    「ええ……」


    297 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:42:24.41 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-138)



    『それが、どういう意味か分かっているのですか?』

    「はい、重々承知しています」

    『あなたの役目はたしかにあの子の身代わり……しかし、それが神代に成り代わるなど』

    「私は神代にはなれません……でも、この子なら」

    『まさか……』

    「ええ、彼の子供です」

    『ありえません……だからこそ彼は居場所を失ったというのに』

    「可能性はゼロではなかったはずです」

    『それでも、限りなく低い。なぜなら――』

    「はい、それは他ならぬ私が一番よくわかっています」


    (もう大丈夫だと思ってた)

    (でも、抑えきれなかった)

    (私はあの日――)


    『好き、好きなの……あなたが好きなの』

    『お願い、今だけだから……明日からはいつもの私に戻るから……』

    298 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:45:05.55 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-167)


    (彼は、私をやさしく引き離して、首を横に振った)

    (そして我に返った私は、その場を逃れようと走り出して……)


    『霞っ』


    (私をかばった彼は、交通事故で生殖機能をほぼ失った)

    (神代の婿の役目は、子をなすこと)

    (それを果たせないのであれば、その資格を失う)


    「彼はきっと小蒔ちゃんを連れ出します。そうなったら、代わりが必要かと思われます」

    『……』

    「それとも、ウソだと疑いますか?」

    『……いいえ、あなたはそんなつまらないことはしないはず』

    「……」


    (彼は何も知らない)

    (この子のことも、私を抱いたことも)

    (いいえ、あれは私が彼を術で眠らせて……)

    299 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:46:56.78 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-134)


    『いいでしょう……あなたの覚悟をくみ取ります』

    「ありがとうございます」

    『……これで小蒔は幸せになれると思いますか?』

    「ええ、彼とならきっと」

    『私は、あなたにも幸せになってほしかった』

    「私に、ですか?」

    『あなたは、昔の私に似ていたから……』

    「……」


    『なんだよ、また勝手に入ってたのか』

    『だってあなた、私が作らないとちゃんと朝ご飯食べないじゃない』

    『ちょっとぐらいなら食べなくっても大丈夫だって』

    『いいから食べて。もうできてるわ』

    『ああ、いい匂いすんな……』グゥ

    『お腹は正直なのね』クスクス

    『別に食べたくないわけじゃないから』

    『じゃあ用意しちゃうわね』


    「私は幸せでした……だから、きっと大丈夫です」


    300 : ◆zSdeXZ - 2018/01/24(水) 03:49:52.79 ID:OgX8QW8y0 (+95,+30,-116)



    小蒔「霞ちゃんたちが戻ってこられるようになった……そうですよね?」

    「……戻るのは私だけよ」

    小蒔「え、じゃあ京太郎様は……」

    「それはもう、どうしようもないの」

    小蒔「そんな……」

    「だから、あなたが一緒に行ってあげて」

    小蒔「……え?」

    「私があなたの代わりになる……だから」

    小蒔「そ、そんなのダメですっ」

    「どうして?」


    小蒔「……ずっと、怖くて聞けませんでした」

    小蒔「霞ちゃんはずっとお役目のために我慢してて……」

    小蒔「それはとても辛いことだったんじゃないかって」

    小蒔「私の、身代わりという立場が」

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