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    元スレ雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」

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    901 = 177 :

    今日はここまでー

    ら、来月中にはまた投下できるよう頑張ります……

    おやすみなさい!

    902 :

    おっつおっつ

    904 :

    よかはなしたい。
    胸がくるしくなるばい。

    905 :

    おっ

    906 :

    楽しみにしてる

    907 :

    えぇ……これでまた一ヶ月以上待つのか……
    ゆきのん可愛すぎヤバイヤバイ

    908 :

    やっはろー!1です
    書き溜め最後まで出来た!
    あんまり量はないので多少書き直しすることを考えてもGW中には終わらせられます!

    今日か明日に投下しようと思うのでそれではまたー

    910 = 177 :

    今年最初のホームルームや始業式も無事終わり、休み明け最初の部活も当然のように何もなく終わった。

    ……お悩み相談メールに剣豪将軍なんて文字があった気もするがきっと気のせいだろう。

    そして次の日。

    今日から授業も始まる。昨日も学校に行くのが嫌だったが、授業開始の今日の方が気分的には落ち込んでいる。

    なんで初っぱなから理数系なんだよ……文系でいいだろ。

    八幡「はあ……行きたくねえ……」

    小町「そういうわりには早くない?」

    朝御飯を食べていた小町に冷静に突っ込まれる。なんだかんだいって小町も休み明けの学校が嫌なのかテンションが低い。

    八幡「高校生にはいろいろあるんだよ」

    小町「へー……」

    適当な誤魔化しだったが、小町はそこについて興味があったわけでもないらしくムシャムシャと朝御飯を食べ始めた。

    つ、冷たすぎない……?それ学校が嫌だからだよね?お兄ちゃんに対する興味が急に消えたとかじゃないよね?

    小町「そういえばさー」

    八幡「ん?」

    小町「結衣さんに聞いたけど、昨日遅刻したの?」

    八幡「……ああ、まあな。ってかなんであいつ俺のことお前に報告してんの」

    小町「『お兄ちゃん今日何かしでかしました?』って聞いたら教えてくれた」

    どうもこいつの中では『俺がなにかする=しでかす』という方程式が出来上がっているらしい。そろそろその認識変えようね?たまにしかしでかしてないから。

    八幡「……いろいろあったんだよ」

    小町「そう」

    それだけ言って小町はコーヒーをすすった。

    おかしい。いつもならここでさらに問い詰めて俺の口から全て説明させるのに……。

    本気で興味をなくされたのか?なにそれ死ねる。

    八幡「あーうん、ほんといろいろあったんだよ。風冷たいし空気冷たいし……寒いし」

    あ、ダメだこれ実質同じことしか言ってねえ。もう小町こっち向いてすらいない。

    八幡「あ、あとはあれだ……教室行く前に偶然雪ノ下に会ってな。話し込んでたら遅刻しちまったよ」

    小町の動きがピタッと止まる。先程までの冷えきった視線は影を潜め、いつもの小町らしい小悪魔的な瞳に戻っていた。

    小町はニヤリと微笑む。

    小町「家出るまでまだ時間あるし、今の詳しく教えてもらっちゃおっかなー」

    楽しそうな声音に、俺は自分の失態に気付かされる。

    は、ハメられた!俺の誘導尋問に新しいパターンを作ってきやがった!

    俺の小町への愛を利用してくるなんて……困った、こんなのパターンが分かったところで避けられない!

    911 = 177 :

    八幡「く、詳しくつってもあれだぞ、ほんとに偶然会って少し話してたくらいだ。MAXコーヒー飲みながら」

    小町「ほうほう、あんなに早く出たのに遅刻するほど話し込んだわけですな」

    八幡「話し込んだつーか……切り上げるタイミング分かんなくてほとんど黙り込んでた」

    小町「うわーお兄ちゃんらしい……」

    爛々と輝いていた視線は途端にジト目に変わる。表情の切り替えが早い。隠し事とかかなり上手そうだ。

    小町「今日も?」

    八幡「さあな。ちゃんと約束したわけじゃないが、これでもし向こうだけ来てたら俺が無事に家に帰ることが出来なくなる」

    小町「お兄ちゃんは雪乃さんはどんな人だと思ってるの……」

    八幡「気にするな。……そろそろ行ってくる」

    小町「いってらっしゃーい」

    八幡「おう」

    パパッと準備を終わらせ外に出る。冷たい風は体温を奪い予想される退屈な授業はやる気を奪う。

    けれどいつもより足取りが軽いのは、きっと気のせいではないだろう。

    912 = 177 :

    下駄箱へ到着したが、そこに雪ノ下の姿はなかった。

    ……当たり前か。昨日は小町に言ったように偶然だったんだから。それなのに俺は何を期待して……。

    放っておけば際限なく沈みそうな思考を適当なところで切り上げ教室へ向かう。昨日もこうやって階段を上がってそこから……。

    階段の一段目を登ったところで動きを止める。横から俺を迷惑そうな目で睨みながら生徒が通りすぎていった。

    あの時、確かにあいつは『明日も』と言った。

    それを『明日も下駄箱で会いましょう』などと勘違いしてしまったが、俺たちは昨日偶然下駄箱で会っただけで話したのは自販機の前だ。

    なら、『明日も』の後に続くのは……?

    きっとそれも勘違いだ。勝手に勘違いして理想を押し付けて、そして失望をするなんて昔の俺と変わらない。

    なのに俺の足は自販機へ向けて動いていた。

    ……俺が思っていた以上に、大志に教わったことは的を射た真実だったようだ。

    913 = 177 :

    結論から言えば、雪ノ下は自販機の所にいた。……知らない男子生徒達と一緒に。

    雪ノ下は自販機の前でMAXコーヒーを持ちながら、恐らく彼女の謙虚な態度から三年生と思われる男子生徒二人と会話をしていた。

    ……会話?いやちょっと待て、会話なのかあれ。

    男子生徒二人はあの雪ノ下雪乃と話せるのがよほど嬉しいのか口を休ませることなく動かしている。距離が遠いので会話までは聞こえないが、あの表情を見る限り勉強や業務連絡のような真面目な話ではないだろう。

    対する雪ノ下は彼らの会話の合間にほんの少し口を開くだけだ。もしかして『ええ』とか『そうですね』くらいしか声出してないんじゃないのか……?

    さて、俺はこういう時どうすればいいのだろう。

    まあ普通に声かけるべきだよな。ところで普通ってなに?

    哲学的なことを考え始めたところで雪ノ下と目が合った。その一瞬だけ、彼女の無表情が笑顔に変わる。

    その笑顔が傲慢な独占欲を胸の内に沸かせる。必死にそれを抑えながら雪ノ下の方へ歩いていく。

    八幡「よう」

    雪乃「おはよう比企谷君。まさか昨日よりも早く来るなんて思っていなかったわ」

    八幡「あ、ああ。って待て待て。そこの人達無視するなよ。お前が急に会話ぶったぎって俺のとこ来たもんだからポカンとしてるぞ」

    雪乃「?」

    雪ノ下は首をひねりながら今まで話していたおそらく三年生の人達へ視線を向ける。

    え、なにその反応。お前さっきまで話してたよねその人達と。なんでそんな『どちらさま?』みたいな顔してるの?

    雪乃「えっと……ごめんなさい。彼が来ないかとずっと待っていたので他の人が来たことに気づいていなくて……。何か大切な話をしていましたか?」

    こいつがちゃんと腰を低くして話すところって珍しい。誰だろうと関係なくいつもの毒舌全開だと思っていたが、さすがに先輩……しかも話を全て聞き流してしまっていたなんて状況だとこうもなるか。

    っていうかさらっと凄いこと言ってない?先輩らしき人達苦笑いしながら立ち去っていったぞ。

    雪乃「……変な人たちね」

    八幡「お前が言うな」

    914 = 177 :

    とりあえず俺もMAXコーヒーを買う。温かな甘みにほっと一息をついた。

    八幡「昨日より早く出たのにまさかお前の方が先にいるとは思わなかった」

    雪乃「……たまたまよ」

    それだけ言うと雪ノ下はMAXコーヒーに口をつけた。チラッと俺を見ると顔を赤く染め視線を逸らされる。

    いやだからそういうの心臓に悪いからやめてって言うてるやないですか……。

    雪乃「昨日、あのあと遅刻したそうね」

    八幡「由比ヶ浜から聞いたのか? まあな、ちょっとなんやかんやあって」

    雪乃「あそこで別れたのに遅刻する理由がまるで分からないのだけれど」

    遠回しに具体的な理由説明を求められているが、まさかご本人様に理由を伝えるわけにもいかない。

    そんなことしたら恥ずか死ぬ。俺もこいつも。

    雪乃「あの時間でも遅刻してしまうのなら、もう少し早く切り上げた方がいいのかしら」

    八幡「……普通にすれば間に合うんだから別にしなくていいだろ」

    雪乃「ふふ、そうね」

    まるで素直になれない子供でも見ているように優しく笑う雪ノ下。

    その後も俺たちは他愛ない会話を時間ギリギリまで続けた。お互い言葉にはしないが、話したいという気持ちをほぼ隠さなくっている。

    隠さず表に出して想いを共有する。だが、俺たちがその想いを言葉にしないのは伝わっているからなんて綺麗な理由じゃない。

    そんな理由に逃げてはいけない。

    雪乃「そろそろ行きましょうか。連続で遅刻するわけにもいかないでしょう」

    雪ノ下の言葉を合図に俺たちは歩き始める。階段を登り、教室への別れ道にすぐにたどり着いてしまった。

    雪乃「それじゃあ、また──」

    八幡「明日もお前と話したい」

    雪ノ下の言葉を遮って想いを伝える。彼女は右手をあげたまま固まっていた。

    雪乃「えっ、えっと……」

    八幡「……ダメか?」

    雪乃「そ、そうではないけれど……どうしたの比企谷君?」

    俺を不審げに、そして不安げに見てくる彼女に返す言葉が思い付かない。だって自分でもなんで今わざわざ口に出したのか分かってないんだから。

    かといってこのまま黙りこくっているわけにもいかない。なにか言わなければ。

    八幡「……お前だって昨日言っただろ」

    雪乃「そうだけれど……」

    八幡「同じことだ」

    雪乃「……そう……なのかしら?」

    納得いかないといった感じの雪ノ下だったが、俺が話す気がないことを悟ると早々にこの会話を切り上げた。

    雪乃「分かったわ。なら明日もあの場所で」

    八幡「……誰かが話しかけてきたらちゃんと答えてやれよ」

    雪乃「気を付けるわ。けれど、できれば私が話しかけられる前に来てもらえると助かるのだけれど」

    八幡「はいはい分かりました……んじゃまた部活でな」

    雪乃「ええ、また」

    いつもより上機嫌に見える雪ノ下は笑顔で手を振りながらJ組へと向かっていった。

    さて、じゃあ俺も行きますかね。遅刻して平塚先生に殴られないために。

    915 = 177 :

    次の日も、また次の日も俺たちは朝の時間を自販機の前で過ごした。

    雪ノ下より早く来ようと努力したものの、前の日よりどれだけ早く来てもこいつは先にいて俺を待っている。何時に来てるんだこいつ……。

    朝の時間は教室でワイワイ話すやつが多いのか雪ノ下に声を掛けたあの先輩達以外に人をほぼ見ない。そのおかげで最初に少しだけ危惧していた変な噂が流れるのでは、という心配は無事解消された。

    まあ噂にはならなくても小町にはすっごく話聞かれるけど。むしろ小町が噂の発生源になりそうレベル。あいつがまだここに入学してなくてよかった。

    雪乃「比企谷君?」

    八幡「……ああ、悪い。小町のこと考えてた」

    雪乃「そんなシスコン発言をされても困るのだけれど……」

    そう引き気味に言う雪ノ下。いいんだよ千葉のお兄ちゃんは皆こんな感じなんだから。俺の妹がこんなに可愛いわけはあるんだから。

    雪乃「そういえば気になっていたのだけれど、あなたの目の腐り……少しなくなってきていないかしら?」

    八幡「そうか?自分じゃよく分からんが」

    雪乃「ええ、入部したときよりだいぶ良くなったように見えるわ。……睡眠時間でも増やしたの?」

    八幡「どうして俺の周りのやつは目の腐りを睡眠不足のせいにするんだよ……」

    雪乃「目がそんな風になることに他の理由なんて……あっ、あなたの目は性根の影響を強く受けやすいのかもしれないわね」

    八幡「さらっと人格否定するなよ」

    いつものような掛け合い。そしてふと訪れる沈黙。次の会話のためにMAXコーヒーで喉を潤そうと缶を口元に近づける……が、途中で雪ノ下が俺を凝視していることに気付き動きを止めた。

    八幡「なんだよ?顔に何かついてるか?」

    雪乃「…………」

    俺の問いに対する回答は無言だった。首を傾げることしかできない俺に彼女はそのあとも何も言わず、ただ静かに……俺の顔に手を伸ばしてきた。

    八幡「へ?ちょっ……」

    白くて細い指が俺の目の下辺りに触れる。目に沿って動かされる指の動きは遅く、ゾクゾクとした感覚を俺に与える。

    そのまま彼女は手のひらを俺の頬に添える。

    八幡「お、おい雪ノ下」

    雪乃「……!!」

    先程までのゆっくりとした動きとは対称的に素早い動きで手を引っ込めた。

    雪乃「い、今のはっ……その……」

    八幡「だ、大丈夫だ。気にするな」

    弁解の言葉が思いつかない雪ノ下に代わって俺が言う。

    何が大丈夫なのか。何を気にしないのか。この言葉を選んでいる時点で大丈夫じゃないし気にしてしまっているのがバレバレだが、こうでも言わないと目の前で顔を真っ赤にしている女の子が爆発してしまいそうなのだ。

    エクスプロージョン!!あ、これ爆発じゃなくて爆裂だった。

    会話がなくなって、場が静寂に包まれる。ここ数日学校がある日は毎朝話していたが、たまにこうやって静かになってしまうのだ。

    静かな時間も嫌いではないが、このままではむずがゆいというかなんというか……。

    というわけで仕方なく助け船を出す。まあ話すり替えるだけだけど。

    916 = 177 :

    八幡「そ、そういえば俺のケータイ直ったらしいぞ。今日取りに行く予定だ」

    雪乃「そう……今日だなんてずいぶん急ね」

    八幡「何日か前に聞いてたけど言い出すタイミングが分からなくてな」

    雪乃「……なら、その、今日からまた送ってもいいのかしら?」

    そう聞いてくる雪ノ下は、恥ずかしそうに手をもじもじとさせながらこちらに視線を合わせようとしない。

    その質問への答えなど決まっている。というか同じ質問をまさにしようとしていたところだ。

    八幡「ああ……待ってる」

    それを聞いた雪ノ下は嬉しそうに微笑む。

    もしもここに小町がいたならば、待ってるじゃなくて自分から送りなさいとでも怒られたかもしれないが……俺としては頑張った方なのだ。これくらいで許してほしい。

    雪乃「久々だからといって、寝オチなんてしないわよね?」

    八幡「ちょっと自信ないな。最近早寝早起きでやってたし」

    雪乃「そこはしないと答えて欲しかったのだけれど……」

    八幡「お前こそするなよ?寝オチするとろくなことないからな……」

    雪乃「……知っているわよ、そんなこと」

    そういう雪ノ下の顔は赤くなっている。俺もまた不用意な発言からまたあのことを思い出してしまい顔が熱くなる。おやさめ……。

    二人ともまた無言になってしまう。初詣の時には大丈夫そうだったのに……。こういう反応をされると俺まで恥ずかしい。

    話を無理矢理にでも変えようかと考えたが、そういえばそろそろ始業の時間だ。

    雪ノ下もそのことを思い出したらしく、空き缶をゴミ箱へ入れていた。俺も空き缶を捨ててクラスへ向かう。

    急ぎ足でいつもの分かれ道にはすぐにたどり着いた。

    八幡「じゃ、また後でな」

    いつものように別れの挨拶を告げると、彼女はなにやら通学カバンをごそごそし始めた。

    すぐに見つかったらしいそれを手に収めたまま、彼女は胸の前……いや、もう少し下、お腹の前辺りで小さく手を振る。俺以外の誰にも見られないようにしながら、悪戯げに微笑んで。

    雪乃「また後で」

    それだけ言って、彼女は教室の方へ歩き始めた。手の中の──ケータイをカバンへとしまいながら。

    もしかしたら、今の俺はとても気持ち悪い笑顔を浮かべているかもしれない。

    今の雪ノ下の行動を見ることができたのが俺しかいないということ……そして、例え誰かがその行動を見ていたとしても、その意味を俺しか理解できないということ。

    それが嬉しくて恥ずかしくてもどかしくて堪らない。心の中に初めての感情が渦巻いていく。

    部活には由比ヶ浜もいるから、誰もいないこのタイミングで今の挨拶をしてきたのだろう。でも、朝にそんなことをしないで欲しかった。

    そのせいで、今日一日授業になんて集中できなくなっただろうが。

    917 = 177 :

    10けれど比企谷八幡は欲してしまう

    今日はここまでです
    もしかしたら明日にでも投稿し終わるかもしれない。というか多分終わる。

    それではおやすみなさいー

    918 :

    ゆきのんかわいいっ!

    920 :

    ここ以上に可愛いゆきのんは見たことない

    921 :

    もうさっさとくっついちまえよ(小町感)

    922 :

    やっはろー!1です

    多分これが最後の投下になります
    これで完結させるつもりなのでよろしくです!

    923 = 177 :

    学校も終わり、俺は家のリビングで久々のケータイを手にして座っていた。割と長い間俺の手から離れていたため、戻ってくると感慨深いものがある。

    小町「お兄ちゃん、顔が気持ち悪いよ?あ、間違えた、気持ち悪い顔になってるよ?」

    八幡「変な言い間違いするなよ。俺のHPはそんなに高いわけじゃないんだからな」

    小町「知ってる知ってる。防御力が高いんでしょ」

    八幡「分かってるならいい」

    というかどうせ注意したところで改善される事もないだろうからな。

    悲しい現実にうちひしがれながら、MAXコーヒー片手に自分の部屋へ移動する。小町の前でLINEなぞしてしまえば、それはもう小町のあまり多くはない語彙力の限りを尽くして罵倒される顔をしてしまうだろう。

    ベッドに座り込みながらMAXコーヒーのプルタブを開け一気に喉へ流し込んだ。あとはただ雪ノ下からのLINEを待つだけである。

    …………。

    ……………………。

    ……………………………………来ねえ。

    ケータイの設定を確認するが、機内モードになっているなんてオチはない。もちろんケータイやLINEアプリの調子だって悪くない。というかLINEが正常に動くかどうか確認するためにわざわざリビングで小町と色々していたのだ。

    お、俺から送るべきなのか……?

    さすがにそれはハードルが高すぎる。朝にあんな会話したのに自分から送るとかどんだけLINE楽しみにしてるんだよって思われる。

    っていうかもうあいつがLINE送ってくれるって前提なのが自意識過剰なんじゃないか?

    思考が同じところを何度もぐるぐると巡る。今までの自分ならきっともう寝てしまっていたのに、今の俺は真っ暗なケータイの画像を見つめて一体何をしているんだろうか。何を期待しているんだろうか。

    巡りめぐった意識が微睡みの中に落ちそうになったころ。

    ピコン、と。

    俺の意識を現実へと呼び戻す音がした。

    924 = 177 :

    小町「あ、お兄ちゃんおは……よ……う……」

    八幡「……ん」

    翌朝、リビングに行った途端に小町がゾンビでも出たような顔をしてきた。頭が働かなすぎてその顔へのリアクションすら取れないままふらふらと椅子に座る。

    小町「お兄ちゃん、どうせ昨日も雪乃さんとLINEしてたんでしょ」

    八幡「ん……」

    小町「……何時に寝たの?」

    八幡「……寝るという言葉の定義にもよるな」

    小町「うん、もういい」

    俺の返事から何かを悟った小町が呆れたように言った。いや待てもしかしたら答えは違うかもしれないだろ。多分合ってるけど。

    小町「えー、まあ寝るの遅いんだろうなーとは思ってたけど……えー」

    八幡「なんだよ……」

    小町「だってさ……つまりは雪乃さんも寝てないってことだよね」

    八幡「さあな。寝ながら打つことだってできなくはないだろ」

    小町「できないよ。頭大丈夫?」

    冷静な声音で心配されてしまった。確かに言われてみればできないな。大丈夫じゃないかもしれん。

    用意されていた朝ごはんをのろのろとした動きで口に詰め込む。その間も小町は腕を組みながら唸っていた。

    八幡「さっきから……なんだ……よ……」

    小町「ちょ、寝ないでお兄ちゃん!今日もどうせ朝からいちゃつくんでしょ!」

    八幡「いちゃつ君?……誰だよ……」

    小町「聞き間違い酷すぎだよ!?ほら起きて!」

    小町に肩を揺すられて無理やり意識を引き戻される。っていうか何発が頬をはたかれたんだけど。小町ェ……。

    その後も小町に揺すられはたかれ殴られなじられながら朝ごはんを済ませ、家を出る準備をする。……乱暴な妹に言いたいことはいっぱいあるが、こうでもしないと本気で寝てしまっていたかもしれないし何も言わないでおこう。

    八幡「くぁ……あくびが止まらん……眠い……」

    小町「それで自転車乗るの?」

    八幡「昨日より家出る時間遅くなってるからな……さすがにこれ以上遅れるわけにはいかないだろ」

    小町「気を付けてね」

    八幡「ん」

    出来るだけ早く身支度を終わらせ、外に出る。困った子でも見るような小町に手を振って、相変わらずな寒空の下を自転車で進んでいく。

    肌を裂くような寒さはいまだぼんやりしていた俺の意識を徐々にはっきりとさせていく。しかし集中力や判断力はそうはいかない。意識とは違ってそのあたりは寝不足の影響が濃く出てしまう。

    これはもう授業中寝るしかないな。俺は悪くない社会が悪い。あるいは二十四時間しかない一日が悪い。あと五時間くらい増えねえかな。

    駐輪場に自転車を置いて急いでいつもの場所へ向かう。

    いつもより少し時間が遅いせいか人が多いな。この前みたいに誰かが雪ノ下に話しかけてるなんてことがあるかもしれない。早く行かなければ、犠牲者を増やす前に。

    925 = 177 :

    自販機前にようやくたどり着く。だが、驚くことに雪ノ下の姿はなかった。……いや驚くほどのことでもないか。偶然あいつの登校が遅かったってだけだろう。

    MAXコーヒーを買って冷えた体に流し込む。体に栄養が行き渡るのをなんとなく感じながらケータイを弄って時間を潰す。

    まだかなー、面白そうなSS大体読み終わっちゃったぞ。

    時間を見るともうチャイムが鳴るまであまり時間はない。もう少ししたら教室へ向かわなければならないような時間だ。

    昔の思い出がよみがえりちくりと胸が痛む。だがそれも一瞬のこと。俺は思考を悲観的から現実的へとシフトさせる。

    もちろん俺が一人で舞い上がって、してもいない約束をした気になっていた可能性は充分ありえる。だが、もっと可能性が高いものがある。

    ケータイを取り出して雪ノ下とのLINEの画面を開く。相変わらず中盤からお互い変なテンションになってしまっているが、それは見ないフリだ。

    深呼吸を二回。少しばかりの緊張を携え、俺は一度も使ったことのない「通話」を初めてタップした。

    独特なコール音が鳴ること数回。電話の向こう側の人物が声を出す。

    雪乃『……もしもし』

    八幡「おはよう雪ノ下」

    雪乃『……比企谷君?……ふふ、まさか起きてすぐに貴方の声を聞ける日が来るなんてね』

    声音から明らかに寝ぼけていることが分かる。俺の予想はどうやら当たってしまったようだ。やはり俺とのLINEが終わったあと寝てしまっていたらしい。

    ……それと、後半のは聞かなかったことにしよう。でないと部活に出れる気がしない。あいつとまともに会える気がしない。

    八幡「あー……寝ぼけてるとこ悪いんだが、時間見てくれ」

    ガタァ!!と、とんでもない勢いで起きたのであろう音がケータイから聞こえてくる。それだけでも雪ノ下が相当焦っていることがよく分かった。

    八幡「お、落ち着け雪ノ下。とりあえず起きたなら学校来る準備しとけ。先生には俺から言っとくから」

    雪乃『そ、そうね、お願いするわ。……ところで貴方はもう学校にいるのかしら?』

    八幡「ああ……っと、やばい。そろそろチャイムが鳴るからもう切るぞ」

    雪乃『あ、ちょっと』

    何かを言いかけていたようだが、無視して電話を切る。ケータイを乱暴にポケットへ突っ込みながら教室へ向かう。

    頭の中で今日の時間割を確認する。よし、昼までなら寝て問題なさそうだ。

    教室に辿り着いた俺が席に着くのとチャイムがなるのは同時だった。

    HRが終わり、先生に雪ノ下が遅れることを伝えて俺の任務は終わった。あとは寝るだけだ。

    朝は多少ごたついてしまったが、この後はきっと何事もなく過ぎていくだろう。そんな風に信じながら、俺はゆっくり目を閉じた。

    926 = 177 :

    誰だよ何も起こらないだろうなんてフラグ建てたやつ。

    昼休みの教室で俺は誰に向けるでもなくそんなことを思っていた。

    というのも、なぜかF組に来ていた雪ノ下が、寝ていた俺の頬をぷにぷにしていたからだ。

    俺は寝ていたから何も知らないというのに、目が覚めた瞬間クラスの注目の的だ。ぷにぷにされていたというのも雪ノ下の言動と周りのひそひそ話から推測したものにすぎない。ってか俺にひそひそ話が聞こえちゃダメだろ。もっとひそれよ。

    雪乃「……起きてたの?」

    八幡「今起きたんだよ」

    雪乃「そ、そう……」

    八幡「……ああ、悪い。寝てたからゴミ付いてたの気付かなかったわ。取ってくれたのか、サンキュな」

    今の台詞だけクラスの全員に聞こえるよう少しだけ大きめに言った。

    俺の改心の誤魔化しは意外と効いたらしく、大半の生徒は納得したように自分達の会話に戻っていく。……だが、雪ノ下はいるだけで視線を集めるようだ。まだチラチラとこっちを見ているやつもいる。

    八幡「そうだ雪ノ下。今日のディスカッションについてちょうど意見をヒーリングしたかったんだ。やっぱりカスタマーサイドに立つにはお客様目線にならないと……」

    頭の中にぽんぽん浮かんでくる単語を適当に口に出す。真面目な話をしていると分かったらしい周りのやつらは俺たちを視線から外し始める。

    おそらく玉縄に感謝するのは人生でこれが最初で最後だろう。俺はそのタイミングを見逃さずに、雪ノ下の手をつかんで教室を出た。

    とりあえず落ち着けるところに行きたい。だがさすがに昼休みの自販機前は人が多いだろう。となると……。

    雪乃「ひ、比企谷君……どこに向かっているのかしら?」

    八幡「俺のベストプレイスだ。人が全然来ないから落ち着いて話すにはちょうどいいんだよ」

    雪乃「そう……えっと、比企谷君」

    八幡「今度はなんだ?」

    雪乃「そろそろ……手を……」

    八幡「……悪い」

    なんだこれは。最近俺からラブコメ臭がしまくっているんだが。

    雪ノ下の方を見ないようにして歩き、ようやくいつものベストプレイスにたどり着く。

    八幡「んで、なんの用だ?」

    雪乃「今朝、自販機のところに行けなかったことを謝ろうと……」

    八幡「別にお前が謝る必要はないだろ。むしろ俺が徹夜させちまったこと謝らなきゃならん」

    雪乃「それこそあなたが謝ることではないでしょう。私が私の意思で起きていたのだからあなたには謝らせないわ」

    八幡「謝らせないって……」

    どんだけ強情なんだこいつは。謝罪すら許さないって俺もう何もできなくなるんだけど。

    927 = 177 :

    八幡「あー、じゃあ俺は謝らない。その代わりお前も謝らない。オーケー?」

    雪乃「……ダメと言ってもあなたは譲らないでしょう?」

    八幡「まあな。……ところで」

    雪乃「なにかしら?」

    八幡「俺の頬を触ってたのはなんでなんだ?」

    俺が疑問を口にした途端、雪ノ下の表情が固まる。回答を待ってじっと雪ノ下を見つめるが、彼女は何を言うでもなく視線を泳がせていた。

    雪乃「あ、あれは……」

    視線がクロールレベルで泳いでいる。なんだ、そんな言うのが辛いことなのか。なら別にそこまで聞きたいわけでもないからいいんだけど……。

    八幡「ゆきのし──」

    雪乃「さ、触りたかったからっ」

    俺が口を開くよりも早く、意を決したように雪ノ下が口を開いた。

    雪乃「あ、あなたの眠っている顔を見ていたら、その……急に頬を触りたくなってしまって……」

    八幡「わ、分かった。もうそれ以上は言わなくていい。というか頼むから言わないでくれ」

    なんだろう、こいつはもう少し取り繕うとか誤魔化すとかできないんだろうか。あ、そういえばこの子虚言は吐かないんでしたね。

    ぜひとも彼女には『優しい嘘』というスキルを覚えて頂きたい。

    八幡「……お互い、徹夜のせいでおかしなことになってんな。LINEはそこそこで切り上げて、朝はそれぞれ前みたいにってことにするか」

    雪乃「そうね……」

    雪ノ下は疲れた様子で答える。体調崩して学校を休むことはあってもただの寝坊なんていうのは経験なさそうだもんな。先生からもなにか言われたかもしれない。

    八幡「じゃあそういうことだから、由比ヶ浜待ってるだろうしクラス行くか」

    雪乃「……? なぜここで由比ヶ浜さんが出てくるのかしら?」

    八幡「いつも由比ヶ浜と昼飯食ってるんじゃないのか?……お前もしかして昼飯忘れたんじゃ」

    雪乃「では購買に行ってからF組へ行きましょうか比企谷君どうしたのかしらそんなところで棒立ちになって早く動きなさい」

    八幡「はいはい」

    雪乃「はいは一回よ」

    八幡「へーい」

    いつもよりテンションが少しだけ高めな雪ノ下の後を歩く。ほぼ間違いなく徹夜が響いてるのだろう。こいつのことだし授業中に寝るなんてこともしてないんだろうな……。昼休み中に少しでも寝てほしいものだ。

    みんな!徹夜はしないようにね!八幡お兄さんとの約束だよ!

    928 = 177 :

    気まずい。

    午後の授業はなんとか起きて過ごし、さて奉仕部だと部室に来たはいいものの、昼にあんなことがあったのだからそりゃあもちろん気まずい。

    予想できただろこんなの……今日は適当な理由つけて帰ればよかったじゃねえか……。

    ちらっと横を見れば俺の様子を伺っていた由比ヶ浜と目が合ってしまう。慌てて視線を逸らし雪ノ下の方を見る。

    あいつ起きてるのか?寝てね?

    このまま静かにいるのもなんというかそわそわして落ち着かない。俺は『今更隠す必要もないだろう』と考え、居心地が悪そうにしている由比ヶ浜に今の本心をぶっちゃけた。

    八幡「なあ由比ヶ浜」

    結衣「な、なに?」

    八幡「……気まずいから帰りたいんだけど」

    結衣「ちょ、ヒッキーがそれ言う!?絶対あたしの方が気まずいし!」

    八幡「いやいや、俺の方が気まずいだろ。全国気まずい選手権があれば優勝できるレベルだぞ」

    結衣「あたしがチャンピオンだよ!……うー、本当にあたし帰った方がいいんじゃないの……?」

    おそらく昼のあれを見ていたからであろうそのセリフに一瞬言葉が詰まる。それを肯定と捉えてしまったのか由比ヶ浜は少し表情を暗くして帰る準備を──

    雪乃「待ちなさいチャンピオン。私とそこのゾンビマンが狭い部屋に二人きりなんて危機的状況を作り出そうとしないでちょうだいチャンピオン」

    結衣「ゆきのんのノリおかしくない!?」

    寝起きのせいか、はたまた徹夜が響いているのかは分からないが、雪ノ下のノリがおかしい。LINEの時もこんな感じだったし、もしかしたら雪ノ下は眠気に弱いのかもしれない。

    しかもそんな変なことを言っているのに、テンションがいつも通り低いのが端から見ているととても面白い。

    よし、もう少しこのまま見ておこう。

    雪乃「いつもと同じよチャンピオン。おかしいところなんてないわよチャンピオン」

    結衣「いやおかしいよ!ゆきのんいつもはチャンピオンなんて連呼しないもん!っていうかチャンピオンが語尾みたいになってるし!!」

    雪乃「気のせいよチャンピオン」

    結衣「絶対おかしいって!あとあたしのことチャンピオンって言うのそろそろやめて!」

    雪乃「ところでチャンヶ浜さん」

    結衣「チャンヶ浜!?」

    雪乃「先程から気まずいと言っていたけれど、なにかあったのかしら?」

    結衣「なにかもなにもゆきのんとヒッキーが理由なんだけど……」

    雪乃「……勉強についていけなくなったのかしら?」

    結衣「ひどい!なんか心にグサッと来るんだけど!」

    雪乃「ふふっ、なら良かったわ」

    結衣「いや心に響いたとかそういう意味のグサッとじゃないから!あたしが気まずい理由、ゆきのんが昼休みに──」

    八幡「おっとそこまでだ由比ヶ浜。それ以上いくと俺がダメージを受ける。精神的に」

    めったに見ることのできないような掛け合いを第三者として眺めていたが、これ以上は俺も巻き込まれかねん。

    八幡「はあ……もう今日は部活終わりにしたらどうだ。さっきも言った通りすげえ気まずいし。なによりお前、もう起きてるの限界だろ」

    雪乃「そんなこと…………な、ないわよ」

    八幡「今少し寝たろ」

    俺と由比ヶ浜のジト目から逃れるように雪ノ下は顔を俯かせる。やがてその瞼はゆっくり閉ざされていき……。

    結衣「ゆきのん起きて!言ったそばから寝ちゃわないで!」

    由比ヶ浜に体を揺すられ雪ノ下は無理矢理起こされる。

    ……俺たちは同じようなことをあと三回ほど繰り返してから、ようやく部活を終了させた。

    929 = 177 :

    部活を終え無事帰宅した俺は、早速部屋にこもってLINEをしていた。

    さすがに徹夜で寝坊させてしまったにも関わらず、俺からLINEを送るようなことはしない。LINEは雪ノ下からだ。

    まあ本当は断ってとっとと寝かせるべきなんだろうが……。少しくらいなら大丈夫だろう、うん。今日は早めに切り上げる予定だし。予定というか夜遅くまで続けようと思っても俺の体力がもたない。

    そんなわけでとりあえず夕飯までということでLINEを続けていたのだが。今まで直接会って話していただけになんか物足りないというか……。

    会いたいな……。

    そこまで考えてぶんぶん頭を振る。何を考えてるんだ俺は。思春期の男子高校生かよ……男子高校生だよ!

    セルフでツッコミをしながらもLINEは送られてくる。内容は……ほとんど今日の不満なんですけど。あれ、昼休みに謝りに来たのどこの誰だっけ。

    小町「お兄ちゃーん。ごはんだよー」

    もう夕飯か。キリもいいし、今日はここまでにしてお互い早く寝るようにしよう。

    八幡【小町に呼ばれたから夕飯行ってくる】

    八幡【今日はもうここまでにしとこうぜ】

    八幡【明日もまた今日みたいなことが起こったら嫌だし】

    雪乃【まだこんな時間よ?】

    雪乃【もう少しならいいのではないかしら】

    それもそうだな、と打ち込もうとしたところで慌てて手を止める。これはフラグだ、徹夜フラグだ。

    俺は鋼の精神をなんとか保ち、甘言に惑わされることなく『今日はここまで』、ということでなんとか話を終えた。

    ……俺だってもっと話していたい。さっきなんて会いたいとすら思っていたのだから当然だ。

    進んでもいいのだろうか。もっと先を求めていいのだろうか。

    悶々とした気持ちを抱えながらベッドに寝転がる。目をつぶると色んなことを考えてしまう。

    ……あれ、なんか忘れてるような。

    小町「お兄ちゃん!おかず全部食べるよ!」

    八幡「ちょっ、今行くから!」

    考えすぎはよくないな、うん。もう少し気楽に行こう。……今日みたいにおかずの唐揚げを小町に食べられたくなければ。

    930 = 177 :

    朝会って話すのをやめてから、なんだか変だ。

    授業中、休み時間、登下校。さらには家にいるときまで雪ノ下のことばかり考えている。

    今まではこんなことはなかったというのに、なまじ朝にあれだけ直接会って話し込んでしまったせいか、部活中とLINEでしかやり取りがなくなって物足りなくなってしまったのかもしれない。

    そして変なのは雪ノ下もだった。登校前も下校後も、LINEはほぼ毎回あちらから送られてくる。それに部活中はチラチラこちらを見てくる。

    あとこれはただの偶然だと思うが、教室の前であいつに会う回数がとても増えた。移動教室でこちらをよく使うのだろうか?

    八幡「はあ……」

    結衣「ヒッキー大丈夫?なんか最近調子悪そう……っていうか変だけど」

    部室で本を読んでいるだけだというのに、俺は無意識にため息をついていたらしい。

    その様子を見ていた由比ヶ浜に顔を覗きこまれながら心配されてしまった。

    八幡「そんなに変に見えるか?」

    結衣「うん。今日の世界史だって先生に当てられたとき『雪……雪ヶ谷』とか言ってたじゃん。今やってるとこイギリスなのに」

    八幡「その話はやめてくれ……」

    由比ヶ浜に勉強のことで突っ込まれるとは情けない。というかその話出すのは本当にやめてほしい。雪ノ下がそわそわしてるだろ。

    八幡「ケータイ直ったから少し寝不足気味かもな」

    結衣「……ほんとにそれだけ?」

    八幡「……ああ」

    まさかこの場で話すわけにもいかないだろう。雪ノ下ともっと一緒にをいたくて集中できてないだなんて。

    そんな思考をしている間も雪ノ下と何度も目が合う。その度に慌てて目を逸らしている。

    もっと話したい。もっと近づきたい。どれだけ自分を戒めても、そんな感情を抑えきることができない。

    多分、雪ノ下も同じだと思う。さすがにここでとぼけるほど俺は鈍感系主人公じゃない。

    だからあとは勇気だけだ。そして、それが一番の問題である。

    結衣「…………」

    由比ヶ浜が俺たちのことを悲しげに見ていることに気づいた。

    ……そうだ、こいつは勇気を出してくれた。俺なんかのために、傷つくことを分かっていながら勇気を持って踏み込んでくれたんだ。

    その勇気を受け取っておきながら何も行動しないのは違うだろ。何が正解かなんて分からないがそれが間違ってることだけは確信できる。

    なら、せめて自分にとっての正解を。

    思考を遮るようにチャイムが響いた。外を見れば太陽もほとんど沈んで今日最後の輝きを見せている。

    雪ノ下が読んでいた本を閉じる。部活終わりの合図だ。俺と由比ヶ浜も読んでいた本や弄っていたケータイをしまう。

    雪乃「……比企谷君?」

    八幡「あ、いや、なんでもない」

    おそらく難しい顔でもしてしまっていたのだろう、雪ノ下に心配させてしまった。

    だがそんな顔をしてしまうのだって無理もないだろう。雪ノ下に近づきたい……いやもっとそれ以上を望んで、しかもそれを実現させようとしているんだから。

    931 = 177 :

    雪乃「それでは行きましょうか」

    八幡「ああ……なあ雪──」

    雪乃「由比ヶ浜さん、今日も下駄箱で……あ、ごめんなさい比企谷君。なにかしら?」

    八幡「い、いやなんでもない」

    俺の覚悟を込めた一声はいとも簡単にかき消されてしまった。やばいだいぶメンタルダメージ負ったんですけど。一週間くらい学校休みたい。

    と、由比ヶ浜がなぜか俺のことを見ていたことに気づいた。首を傾げながらもとりあえず帰るために教室から出ようとしたところで。

    結衣「あ、そ、そうだ!あたしこのあと急ぎの用事があって!だからヒッキーがゆきのんのこと送ってあげて!」

    八幡「え、待っ……」

    俺の返事も待たずに、由比ヶ浜は部室を走って出ていってしまった。俺と雪ノ下の二人だけが部室に残される。

    何とも言えない空気が俺たちの間に漂う。

    八幡「えっと……とりあえず出るか」

    雪乃「……そうね」

    どちらにしろチャイムは鳴ってしまっているのだ。あまり長居していたら平塚先生辺りが来てしまう。

    二人で歩く廊下。下校時刻を過ぎた校舎には音はなく、足音だけが廊下に響いている。

    雪乃「さっき由比ヶ浜さんが言っていたことだけれど……」

    八幡「お前が良いなら送るけど」

    雪乃「……え?」

    八幡「だから……お前さえ良ければ、駅まで送るけど」

    雪乃「そ、そう。……ありがとう」

    お互いに一度も顔を見ないままま会話をする。LINEで話すのと実際に会って話すのでは違うのだと、改めて思い知らされる。

    八幡「別に。……元から誘おうと思ってたんだよ」

    雪乃「何かあったの?」

    八幡「なんもないけど……強いて言うならあれだ、朝会わなくなっただろ。だからだ」

    雪乃「……随分と積極的になったのね」

    八幡「変な風に変わって悪かったな」

    雪乃「変なのは元からでしょう?それに……」

    そこで言葉は途切れた。雪ノ下の方を向くと、彼女は優しい笑顔を浮かべて俺を見ている。

    雪乃「私は嬉しいから」

    それだけ言ってまた彼女は前を向いてしまう。俺も何も答えることができないまま、前を向いた。

    雪乃「……なにか言ってほしいのだけれど」

    八幡「コメントを求めるなよ……」

    932 = 177 :

    二人で鍵を返しに行き、帰路につく。押している自転車の重みを腕で感じながら、俺は雪ノ下に話しかけた。

    八幡「……変な感じだな。朝一緒にいることはあっても、こうやってお前と一緒に帰るっての珍しいし」

    雪乃「そうね。けれど、それを言ったら最近は珍しいことだらけではないかしら」

    八幡「さっきも話しただろ。変わったんだよ、俺たち。……それにこれからも変わってく。多分このままじゃいられない」

    俺は本当に変わったと思う。入部したての頃は人との接触を全力で避けるようにしていたというのに、今では雪ノ下の隣を歩けることを嬉しく感じている。

    彼女はどう変わったのだろうか。そして、どう変わっていくのだろうか。

    雪乃「……比企谷君。私は……」

    雪ノ下は急に立ち止まり、俺の名前を呟いた。俺もそれに合わせて足を止めて雪ノ下へと向き直る。

    なにかを話そうとする彼女は、けれどその言葉を口にすることができず苦しんでいるようだった。

    雪乃「私はっ……!」

    八幡「雪ノ下」

    緊張のせいで俺の声がいつもと違ったからだろうか。雪ノ下の表情が少し怯えたものへと変わる。俺はいつもの声を意識しながらさらに続けて言った。

    八幡「俺も……話をしたいと思ってたんだ。そこの公園で少し休まないか?」

    なにも言わない代わりに彼女は首を縦に振った。

    933 = 177 :

    俯いた彼女は声を震わせながらそう言った。やがて小さな声で話始める。

    雪乃「この気持ちを伝えようと思って何度も挑戦したけれど……いつも怖くなってなにもできないままだったわ。けれど、由比ヶ浜さんがくれたこの機会を無駄にしてはいけないと思って……それでも、言うことが出来なかった」

    雪ノ下の手は震えている。声も先程より震えているが、彼女はその独白を続ける。

    雪乃「それでも……どうしても私から伝えたい。今まで雪ノ下家の娘として生きて、姉さんの後を追って……誰かの真似をして誰かに頼りきりになってきた私が、自分の意志で伝えたいと思った気持ちなの。あなたから言われてしまったら、きっともう、これからずっとあなたに甘えてしまう。……そんな偽物はいらないわ」

    言い終わった彼女はゆっくりと俺の方へ顔を向けた。俺を見る瞳から逃げないように、俺もまっすぐ雪ノ下を見る。

    雪乃「比企谷君。私は……私はあなたのことが……」

    夜空に浮かぶ月が雪ノ下のことを照らしだすおかげで、彼女の姿がよく見える。

    震える手も。赤く染まった頬も。

    俺に向けられた優しい笑顔も。

    雪乃「好きです。私と付き合ってください」

    かっこいい返事なんてできないし、気の利いた返しもできない。

    だからせめて、心のままに伝えよう。

    八幡「俺も雪ノ下のことが好きだ、大好きだ。俺とずっと一緒にいてくれ」

    雪ノ下は俺の直球な言葉に驚いたのか、固まっていたが……少ししてから涙を流し始めた。

    八幡「ゆ、雪ノ下……?」

    雪乃「……嬉しくて……涙を止められないの……」

    八幡「……そうか」

    そう言って、雪ノ下は涙を流し続けた。俺はなにを言うでもなく、ただ静かにそれを見守る。

    ひとしきり泣いて落ち着いた雪ノ下が、再度俺を見つめてくる。俺もまた見つめ返した。

    どれだけの時間そうしていただろうか。まっすぐ見つめあっていた俺たちは、どちらからともなく顔を近づかせ始めた。

    ゆっくりと、ゆっくりと近づいていく。言葉通り目と鼻の先のところに雪ノ下の顔が来る。彼女の瞳に写る俺の姿が見えるほど近い、そんなことに今更ながらに心拍数が上がっていく。

    雪ノ下が俺に全てを委ねるように瞳を閉じた。

    心臓の音を聞きながら、彼女へ近づいていく。

    そして俺は雪ノ下と──唇を重ねた。

    MAXコーヒーの味がした俺たちのファーストキスは、けれどMAXコーヒーよりも甘いものだった。

    934 = 177 :

    11ようやく彼と彼女の想いは繋がる 終

    935 = 177 :

    エピローグ

    結衣「やっはろー……」

    元気のない挨拶と一緒に由比ヶ浜が部室に来た。遠慮がちな挨拶と同じくらい由比ヶ浜はオドオドしており、中々部室内に入ってこようとしない。

    八幡「なにやってんだよ……」

    結衣「い、いやその……あはは」

    あの次の日の部活で、俺たちはすぐに由比ヶ浜に付き合い始めたことを伝えた。

    その時は笑顔で喜んでくれたが……もちろん嬉しいだけじゃないだろう。それくらいは俺にも分かる。

    だが、かといってなにが出来るわけでもない。精々今まで通り振る舞うことくらいだ。

    雪乃「由比ヶ浜さん、何度も言っているけれどあなたは特に遠慮する必要はないのよ?」

    結衣「う、うん……」

    おずおずと部室に入ってきた由比ヶ浜はいつもの席へ座る。それからは借りてきた猫のように大人しくしていた。

    調子が狂う……だが、由比ヶ浜がこうなってしまうのも仕方ないだろう。

    三人グループで二人が急に仲良くなったとき、残りの一人の居心地の悪さと言ったら言葉にできない。俺クラスになれば例え四人だろうと五人だろうと必ず余り物の一人になれてしまう。

    由比ヶ浜の場合、自分の友達と自分の好きな人が付き合いだしたのだからその居心地の悪さたるや計り知れないだろう。

    ……好きな人とか付き合いだしたとか、なんか自分で言ってて恥ずかしいな。変な顔してなければいいけど。

    雪乃「由比ヶ浜さん。……その、やはりここに居るのは辛いかしら?」

    淀んだ空気を壊すように、雪ノ下がかなり突っ込んだことを問い始めた。由比ヶ浜は肩をピクリと震わせる。

    結衣「う、うん……まあ、ね」

    雪乃「……それは、楽しくなくて苦痛だから?それとも、私たちに遠慮しているから?」

    結衣「た、楽しくないわけないよ!……ただ、遠慮はしちゃってると思う」

    雪乃「そう……なら大丈夫よ」

    結衣「え?」

    雪ノ下の『大丈夫』の意味が分からず、俺も雪ノ下へ視線を向けて言葉の続きを待つ。彼女は一度俺を見たあと、再度由比ヶ浜に向き直って言った。

    936 = 177 :

    雪乃「奉仕部には……いえ、私たちにはあなたが必要なの」

    雪ノ下のその言葉は反論を許さないほど強く言いきられていた。だが由比ヶ浜は小さく「でも……」と呟いている。

    そっと、静かに雪ノ下が立ち上がった。そのまま由比ヶ浜へ近づいていき、何をするのかと思いきや……まるでいつもの由比ヶ浜にされているように、由比ヶ浜へ抱きついていた。

    結衣「ゆ、ゆきのん!?」

    雪乃「あら、いつもはあなたから抱きついているのに、抱きつかれるのはダメなのかしら?」

    結衣「そ、そうじゃないけど……」

    雪乃「……私は比企谷君のことが好きよ。けれど
    、それとはまた違う意味であなたのことも好きなの。それこそ、比企谷君への好きに負けないくらい」

    囁きかけるような優しい声音で雪ノ下は由比ヶ浜へと話しかけていた。

    雪乃「だから……これからも、私たちと一緒に奉仕部を続けてもらえないかしら?」

    雪ノ下からの問いかけに由比ヶ浜は何も答えず、雪ノ下の肩へ頭を預けていた。

    結衣「ふふっ……」

    雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん?」

    結衣「前に、どこかの誰かさんが同じことを聞いてきたなーと思って」

    雪ノ下が俺を見る。思わず視線を逸らしてしまった。

    そういや由比ヶ浜が俺の家に来たとき、似たようなこと聞いたな……。

    結衣「ゆきのん、ごめんね。心配かけちゃって。……あの日、もう決めたはずなのに」

    預けていた頭を離し、由比ヶ浜は正面から雪ノ下を見据えた。雪ノ下もその視線を受け止め見返している。

    結衣「あたしがいると二人きりになる時間が減っちゃうよ?」

    雪乃「あなたといられる時間が減る方が辛いわ」

    結衣「休みの日とかもガンガン誘っちゃうよ?」

    雪乃「体力のことさえ気にしてもらえれば大丈夫よ」

    結衣「本当にいいの?」

    雪乃「もちろんよ」

    雪ノ下の迷いのない返事を受けて、由比ヶ浜は雪ノ下を抱き締め返した。

    肩が震えているのは泣いているのだろうか。もちろん本人にそんなことは聞けない。やがて、肩の震えが治まると、由比ヶ浜は雪ノ下から離れた。

    結衣「ゆきのん、ヒッキー」

    そう言ってから俺と雪ノ下をゆっくり交互に見る。その表情は先程までの沈んだものとは違い、いつもの太陽のような笑顔だ。

    完全にいつもの由比ヶ浜に戻った彼女は今日一番の元気でこう言った。

    結衣「これからもよろしくね!」

    雪乃「ええ」

    八幡「おう」

    937 = 177 :

    ようやく奉仕部の部室にいつもの雰囲気が戻ってきた。

    今思えばLINEを始めたのがきっかけだった気もするし、あれがなくてもこんな風になっていた気もする。

    ここまでくるのに随分と遠回りをしたものだ。

    もしかしたら俺たちが選んだ道は間違いだらけで、そのせいでこんなに遠回りをしてしまったのかもしれない。

    だが、遠回りしなければ気づかなかったこともある。正解だけを選んでいたら手に入らなかったものもある。

    きっとこれからもそうやって遠回りをしていく。

    俺と雪ノ下と由比ヶ浜。今日のように上手くいく日ばかりなはずもなく、それぞれがそれぞれを想ってもがき苦しみ、あがいて悩む日の連続になっていくだろう。

    それでも俺たちは知っている。それがいつか本物へと繋がる道だと。

    だから、本物を手に入れる未来へ希望を込めて。

    俺たちの物語はこの言葉で締めくくろう。

    938 = 177 :

    やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。終

    939 = 177 :

    以上で【雪乃「LINE?」結衣「そう!みんなでやろうよ!」】は完結です。

    長い間読んでくれた皆!ありがとう大好きだ!

    HTML化の依頼は後でしておきます!

    それでは、本当にありがとうございました!またいつかのどこかで!

    940 :

    ゆきのんが可愛すぎた おつ!!

    942 :

    今日から読み始めて一気に読んじゃった
    かなりいいタイミングで読めたみたいだな
    終盤のゆきのんの可愛さとはるのんの悲鳴シーンがよかった
    乙でした

    943 :

    お疲れ様でした!!

    944 :


    ほぼ2年かけてエタらず完結はすげーな
    相模のも面白かったし次回も期待してる

    945 :

    お疲れ
    昨年から読み始めたけど良八雪SSだった
    完結まで読めてよかった

    946 :

    お疲れ様
    後半ゆきのんの好感度が急上昇した感じも若干するけど、無事完結できて良かった

    947 :

    ほんとおつ

    948 :

    気づけば2年とは早いもので
    お疲れさん

    949 :

    乙・

    こういう八雪のss大好き。いつも楽しく読んでた。完結してくれてありがとう!!

    1最高・


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