元スレ日向「強くてニューゲーム」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ★
951 :
半角のシャープ+単語
#←これね
#の後ろに好きな単語なり数字なり入れれば酉になるよ
952 :
ありがとうございます!
次からは酉入れて書きます
953 :
明日からまた書きます
やっと最後までのシナリオができたので時間はかかりますがスムーズにいけると思います
954 :
んー、その酉結構使われてるみたいだから変えた方がいいかもしれん
NIPでSS書いてた人の中にも使ってる人いたみたいだし
955 = 953 :
そうなんですか…
これは大丈夫ですかね
今日は夜に書くつもりです
956 :
罪木「あれは…トラック、ですか?」
七海「もしかして……荷台に載ってるのが爆弾?」
罪木「ど、どうすればいいんですかぁ!?」
日向「大丈夫、あれは爆弾なんかじゃない」
七海「……どういうこと?」
狛枝『やぁ、みんなご苦労さま…』
七海「狛枝くんからのビデオメッセージ…みたいだね」
日向「茶番だけどな…」
罪木「ど、どういうことなんですか?」
日向「これは爆弾なんかじゃなくてただの花火だ」
七海「…どうして日向くんはそれが爆弾じゃないことを知ってるのかな?」
日向「俺はドッキリハウスでなんか死んでなかったからだよ」
七海「なんでそんな嘘をついたの?」
日向「狛枝と決着をつけるためだ。だから二人はここで…」
罪木「創さん!」ガシッ
罪木「創さんは……また一人で……」
日向「ごめん…狛枝のことは俺が解決しなきゃならないことだからさ」
罪木「だったら私も行きます!」
日向「……ダメだ。蜜柑はここにいてくれ」
罪木「……ここから出たらデートしてください……」
日向「蜜柑?」
罪木「いっぱい……いっぱいお話も聞いてください!それに…あの……」
日向「…終わったら蜜柑のやりたいこと、全部一緒にやろう。俺は必ず帰ってくるからここで待っててくれ」
罪木「……はい」
七海「日向くん…無茶はしないでね」
日向「あぁ」ガチャッ
957 = 953 :
〔工場〕
日向「モノクマパネルのせいで開けにくいはずだけど」ガチャッ
日向「普通に開いた?」
狛枝「日向クンじゃないか。こんなに早くくるなんて驚いたよ。早すぎてまだなんの準備も終わってないんだけどね」
日向「次にお前がなにをしようとしてるのかも全部わかってる」
狛枝「へぇ、じゃあドッキリハウスでの話は嘘だったんだ」
日向「お前を止めるためにな。だからもう、やめにしないか?」
狛枝「やめる?あはははは!今更遅いよ」
狛枝「もう止まれないんだから」
日向「そんなことは……ッ!」
狛枝「日向クン、キミは本当に邪魔だよ」
日向「狛枝!」
狛枝「保険の意味を込めて実はここにも爆弾を仕掛けてたんだ」
日向「!」
狛枝「だからさ、ここで消えてよ」カチッ
日向「こま…ッ!」
ピカッ
日向「あっ……」
ドンッ
958 :
その間、相模晶(女子6番)はほとんど動かず、天道千夏(女子10番)に銃口を向けていた。
千夏はわけがわからず、涙で潤む目で晶を見続けていた。
「あなたは…」
初めて晶が口を開いた。
教室では泣き叫んでいた晶だったが、今は普段と変わらない(とは言っても、ほとんど話すのを聞いた事はないが)落ち着いた口調だった。
「…人を、[ピーーー]の?」
千夏は目を見開き、激しく首を横に振った。
そんな事をするはずがない。
したくもない。
晶は自動拳銃(ワルサーPPK)を下ろした。
千夏はほっと溜息を吐き、ワルサーに目を遣った。
「あ、あの…もしかして…さっき助けてくれたのは…」
晶は何も言わずにワルサーを地面に置いた。
自前の鞄からハンカチを取り出し、デイパックからペットボトルを出して、千夏の足の怪我に水をかけ、ハンカチで縛った。
「ありがと…ございます…」
その手際の良さに、千夏は感嘆の息を洩らした後、礼を言った。
「別に」
晶は荷物を片付けていたが、その手を止めた。
持っていたペットボトルをきつく握り締めていた。
「こんな茶番に乗る人が許せないだけよ」
それはやはり晶が助けてくれたと言う事だろうか。
さらに手当てまでしてくれた。
良い人だ、千夏はぼんやりと考えた。
晶はペットボトルをデイパックに投げ入れると、今度は箱を取り出した。
蓋を取ると、中には銃弾らしき物が一杯に詰まっていた。
ワルサーを手に取り、紙(銃の取り扱い説明書のようだ)を見ながらマガジンを抜き、空になっていたそれに銃弾を詰め込み始めた。
「8発…」
晶が不服そうに呟いた。
ワルサーの装弾数の事だろう。
不満そうに滝川渉(男子8番)が去った方を睨んだ。
959 = 958 :
その間、相模晶(女子6番)はほとんど動かず、天道千夏(女子10番)に銃口を向けていた。
千夏はわけがわからず、涙で潤む目で晶を見続けていた。
「あなたは…」
初めて晶が口を開いた。
教室では泣き叫んでいた晶だったが、今は普段と変わらない(とは言っても、ほとんど話すのを聞いた事はないが)落ち着いた口調だった。
「…人を、[ピーーー]の?」
千夏は目を見開き、激しく首を横に振った。
そんな事をするはずがない。
したくもない。
晶は自動拳銃(ワルサーPPK)を下ろした。
千夏はほっと溜息を吐き、ワルサーに目を遣った。
「あ、あの…もしかして…さっき助けてくれたのは…」
晶は何も言わずにワルサーを地面に置いた。
自前の鞄からハンカチを取り出し、デイパックからペットボトルを出して、千夏の足の怪我に水をかけ、ハンカチで縛った。
「ありがと…ございます…」
その手際の良さに、千夏は感嘆の息を洩らした後、礼を言った。
「別に」
晶は荷物を片付けていたが、その手を止めた。
持っていたペットボトルをきつく握り締めていた。
「こんな茶番に乗る人が許せないだけよ」
それはやはり晶が助けてくれたと言う事だろうか。
さらに手当てまでしてくれた。
良い人だ、千夏はぼんやりと考えた。
晶はペットボトルをデイパックに投げ入れると、今度は箱を取り出した。
蓋を取ると、中には銃弾らしき物が一杯に詰まっていた。
ワルサーを手に取り、紙(銃の取り扱い説明書のようだ)を見ながらマガジンを抜き、空になっていたそれに銃弾を詰め込み始めた。
「8発…」
晶が不服そうに呟いた。ワルサーの装弾数の事だろう。
不満そうに滝川渉(男子8番)が去った方を睨んだ。
960 = 958 :
「良いわよ、死んだって」
相変わらず落ち着いた口調。
中学校を見つめる晶の表情は妙に落ち着いていた。
千夏は一瞬かけるべき言葉を失った。
覚悟…決めてるんだ、相模さんは…
けど…だけど…っ!!
千夏は晶の腕をさらにきつく掴み、叫んだ。
「そんなの…そんなの絶対ダメ!!
行かせない、絶対行かせないんだからっ!!」
「あなたには関係無い、離して」
「関係無くなんかない、絶対離さない!!」
晶はワルサーの銃口を再び千夏に向けた。
「離して、じゃないと[ピーーー]っ!!」
感情を顕わにした晶とは正反対に、千夏は徐々に落ち着きを取り戻した。
銃口に怯むことなく、晶を掴む手も離さない。
「[ピーーー]って言ってるじゃない!!」
「…[ピーーー]んだ、あたしを…
じゃあ“こんな茶番”に乗るのね、相模さんは」
晶のワルサーを握る手が、ピクッと反応した。
千夏は続ける。
「だってそうでしょ?
普通の環境なら、人殺しなんて絶対に許されないじゃない。
瀬戸口くんが怒って…殺されてまで嫌がったプログラムに、乗るの?
961 = 958 :
予備マガジンをポケットに入れ、晶は立ち上がった。
「その荷物、いらないからあげる」
千夏は眉間にしわを寄せた。
「相模さん…一体何を…」
「こんな茶番に乗る人は許せない。
それ以上にこれに巻き込んだ人が許せない。
北斗をあんな目に遭わせた人が許せない。
それだけよ」
千夏は目を見開いた。
直感した。
晶は、瀬戸口北斗(男子6番)の仇を討つ為に、あの中学校に乗り込み、坂ノ下愛鈴(担当教官)を[ピーーー]気だ。
『絶対許さない、殺してやる、あたしが…っ!!!』
『死んでしまえ…っ』
あの時吐いた言葉を、自らの手で実行する気だ。
「ちょ…ちょっと待ってっ!!」
千夏は晶の腕を引っ張った。
勢いが良かったので、晶はその場に尻餅をついた。
晶が睨んできたが、構わない。
「中学校に戻る気…?
そんな事したら、殺されちゃうよ…?」
962 = 958 :
予備マガジンをポケットに入れ、晶は立ち上がった。
「その荷物、いらないからあげる」
千夏は眉間にしわを寄せた。
「相模さん…一体何を…」
「こんな茶番に乗る人は許せない。
それ以上にこれに巻き込んだ人が許せない。
北斗をあんな目に遭わせた人が許せない。
それだけよ」
千夏は目を見開いた。
直感した。
晶は、瀬戸口北斗(男子6番)の仇を討つ為に、あの中学校に乗り込み、坂ノ下愛鈴(担当教官)を[ピーーー]気だ。
『絶対許さない、殺してやる、あたしが…っ!!!』
『死んでしまえ…っ』
あの時吐いた言葉を、自らの手で実行する気だ。
「ちょ…ちょっと待ってっ!!」
千夏は晶の腕を引っ張った。
勢いが良かったので、晶はその場に尻餅をついた。
晶が睨んできたが、構わない。
「中学校に戻る気…? そんな事したら、殺されちゃうよ…?」
963 :
消えろ
964 :
新参じゃないんだからノータッチでNGしましょう。
965 :
すみません、荒らしのせいで見づらいとは思いますがこのまま書き続けていきます
966 :
オーイエス
967 :
次スレは早めに立てた方がいいぜ
968 :
あーあ、プログラム、だってさ。
そんなに俺普段悪い行いしてたか?
こんなんナシだろ、おーい、神様、聞いてるー?
なんて。
神様なんていないよな、だっていたらクラスメイトと殺し合うなんていうありえない法律、許すはずないもんなぁ。
何だよ、“殺し合う”って。
映画かゲームならともかくさ。
マジ、ないわこんなの。
横山圭(男子十八番)は何度目になるかわからない溜息を吐いた。
既に半数近くのクラスメイトがこの教室を後にした。
銃声らしきものも二度聞こえている。
外では、既に殺し合いは始まっているのだ。
『俺は政府の連中の言うことなんか絶対聞いてやらねぇ』
最初に出発した城ヶ崎麗(男子十番)はそう言い殺し合いなどしないということを宣言していたが(あの自信に満ちた感じがあまりにもいつも通りなので、こんな状況だというのに圭は思わず笑ってしまった。ほんっと麗サマ面白過ぎ)、恐らく2番目に出て行ったチームと戦闘を行った。
2チーム目の構成は、ほぼ大人しいイメージのある人間ばかりだったので、銃声が聞こえた時には非常に驚いた。
麗のあの宣言は嘘だったのだろうか。
そう思いもしたが、麗は周りを陥れる嘘を吐くような小さな人間ではないはずだ――深い付き合いがあるわけではないが、圭は麗をそう評価しているので、麗の言葉に嘘はないと確信していた。
しかし、それでも戦闘に巻き込まれたとすれば2番目に出発したチームが要注意ということになるのだが、それもメンバーを考えるととても信じられない。
…あーやだやだ、ダチを疑うとか、ほんっとやだ。
圭は溜息を吐き、1つ前の空席をぼんやりと眺めた。
この席の主は、2つ前に名前を呼ばれて出て行った阪本遼子(女子八番)。
初等部1年生で初めて同じクラスになって以来中等部3年生になるまで、ずっと同じクラスに配属されてきた腐れ縁の女の子。
強気で生意気で愛想があまり良くないけれど、9年間一緒にいたので何でも話すことのできる友人。
何でも言い合えるからこそぶつかることも多かったが、それだけ本音でぶつかれる相手はそうはいないし、自然体になれる相手もなかなかいない。
このプログラムがチーム戦だということを告げられた時、遼子と同じチームになれればいいのに、と思ったのだが、遼子は先に名前を呼ばれてしまった。
遼子は名前を呼ばれてから教室を出て行くまで、一度も圭のことを見なかった。
ライド(担当教官)に突っかかり、芳野利央(男子十九番)や蓮井未久(女子十三番)に抑えられている姿に、ああ、自分のことで精一杯で周りに全く目が行っていないな、猪かよ、と心の中でつっこんだ。
969 = 968 :
よく周りからは「付き合ってるのか?」と訊かれたけれど、恋愛感情を抱いたことはこれまで一度もない(俺の好みは遼子みたいなキツい女じゃなくて、優しい子だ。上野原咲良(女子二番)なんかストライクど真ん中だったけれど、お近づきになる前に木戸健太(男子六番)に持って行かれてしまった。ちくしょう、健太のヤロウ。中等部入学のくせに上野原をひょいっと掻っ攫って行きやがって。まあ今は2人があまりにも仲睦まじいし、健太が良いヤツなのもわかるから、諦めたけど)。
遼子は、真正面からぶつかることのできる、性別を超えた友人だ。
何となく、これから先も何だかんだで付き合いが続くのだろうと思っていた。
その矢先に、これだ。
腐れ縁はここまでとなった。
…敵になっちまっても、阪本には会っておきたいな。
『腐れ縁もここまでで清々する』って、冗談めかして言ってやりたいな。
阪本が何て言うか想像つくな、『は?そんなのこっちの台詞だし』…だろうな。
いつもみたいにちょっと言い合いして、でも最後にはちゃんと、『今まで色々ありがとう、楽しかった』って言っておきたいな。
「10分経ったなぁ、じゃあ次は9班やな!
男子十三番・原裕一郎君!
男子十八番・横山圭君!
女子十四番・平野南海さん!
女子十八番・室町古都美さん!
新しい世界を探してきてな!」
圭は自分の名前を呼ばれ、顔を上げた。
圭から見て右斜め後方にいる裕一郎の方をばっと見遣ると、裕一郎も目を大きく見開いて圭のことを見ていた。
まさか、裕一郎と同じ班になるとは。
裕一郎も、遼子同様真正面からぶつかることのできる数少ない人物だ。
圭と裕一郎は互いに帝東学院初等部出身なのだが、互いのことを認識したのは中等部1年生で初めて同じクラスになった時だった。
その後部活動見学でも顔を合わせ、互いにサッカー部に入部を希望していたということもあり意気投合し、互いにレギュラーになり全国大会に出ることを誓った。
サッカーの花形と言えば、最前線にいるフォワード――圭も裕一郎も同じポジションを希望していた。
他にも同じポジションを狙っている者は多くいたのだが、誰よりも真面目に真剣にストイックに練習に打ち込む裕一郎の姿に、圭は刺激を受けた。
この先裕一郎とエースストライカーの座を争うことになる――そう直感し、自然と裕一郎のことをライバル視するようになった。
裕一郎も圭をライバル視するようになるのに時間はかからず、2人は足の速さからリフティングの回数から果ては朝練に来る時間の早さと居残り練習の時間の長さまで張り合うようになり、その延長上で部活の時間以外でも様々なことで張り合うようになり、それが喧嘩に発展することも多くなり、周りからは「一緒にいる割に2人はとても仲が悪い」と言われるようになった。
確かにいつも元気でお茶らけていて騒がしい圭と、真面目で無愛想で自分にも他人にも厳しい裕一郎とは性格も全く違うので合わないことが多く、それもぶつかる大きな理由なのだが、互いに心底嫌っているということはない、と圭は思っている。
裕一郎の真面目なところや厳しいところは彼の長所だと思っているし、自分にはないところに魅かれている。
遼子と同じく、しっかりと関わっているからこそぶつかり合うことができるのだ。
とにかく、そんな裕一郎と同じ班になったことは、喜ぶべきことなのかもしれない。
裕一郎から前方に視線を戻す途中、廊下側の窓際の席に座るもう1人の親しい友人、宍貝雄大(男子八番)と目が合った。
970 = 968 :
した、非常に縁起の良い鞄だ。そのゲン担ぎも、プログラムという法律には敵わなかったのだが)を肩に掛けて、重い足を動かして前に出た。
ちらりと左を見ると、田中顕昌(男子十一番)の亡骸が横たわっているのが見えた。
立ち止り、数秒目を閉じて黙祷を捧げた。
顕昌、あの時のお前、すっげーかっこよかったよ。
目を開き、視線を手前にやると、南海はまだ自分の席に座っていた。
元女子ソフトボール大東亜代表選手を母に持ち自身もソフトボール部に所属する南海は運動能力はクラスの女子の中で誰よりも高く、いつでも快活で騒がしいのだが、今は外ハネのショートヘアの毛先が揺れる程に震えていた。
当然だ、すぐ隣で顕昌が殺害されたのだから。
しかも、南海と顕昌は同じ小学校の出身でありこのクラス内で最も顕昌と付き合いが長かったので、そのショックは相当なもののはずだ。
しかし、このままではいけない。
もたもたしているとアキヒロ(軍人)がまた銃を取り、顕昌の二の舞になりかねない。
「平野、立てるか?
とにかく行こう、俺に掴まって…鞄は俺が持つからさ」
圭はそう言いながら南海の鞄を引っ張り、左肩に掛けた。
ずっと俯いていた南海の顔が上がり、真っ赤に充血した目で圭を捉えた。
「け…圭……」
こんなに震え、弱々しい南海を今まで見たことがない。
南海とは家が近い縁もあり(同じ区画に家があるので、超ご近所だ)、遼子も含めて3人で一緒に寄り道することも多かったので南海とは親しいのだが、これまで元気一杯の様子しか見たことがなかった。
圭の服を掴む手は震え、何とか立ち上がったものの足元が覚束ない状態で、圭が支えていないと倒れてしまいそうだった。
とりあえず、平野は俺が支えて動くしかないか…
エツヤ(軍人)がデイパックを渡してきたのだが、南海と2人分の荷物で手一杯だ。
何とか片手を空けようとするが、南海がしがみついているので上手くいかない。
圭がもたもたしていると、横からすっと手が伸びてきた。
見かねた裕一郎が、圭と南海のデイパックを代わりに受け取ったのだ。
「裕一郎…悪い、結構それ重そうなのに…」
「別に、気にするな。
横山、テメェは平野を支えてろ」
ぶっきらぼうだし無愛想だけれどさり気ない気遣いができる、それが裕一郎だ。
変わらぬ頼れる友人に胸を撫で下ろし、教室内に残るクラスメイトたちを見回した後、圭は南海を連れて教室を出た。
その後ろを、裕一郎と古都美が追った。
南海のことで精一杯だったのでこの時まで気付いていなかったのだが、古都美も南海に負けないくらいに震えており、顔面蒼白となっていた。
大人しく気の弱い古都美にとっても、当然プログラムとは恐ろしいものなのだ。
特に、星崎かれん(女子十六番)と湯浅季莉(女子二十番)というA組ど派手女子ペアにからかわれることのある古都美には、
971 :
これは早めに自スレ立てた方が良さげ
972 = 968 :
した、非常に縁起の良い鞄だ。そのゲン担ぎも、プログラムという法律には敵わなかったのだが)を肩に掛けて、重い足を動かして前に出た。
ちらりと左を見ると、田中顕昌(男子十一番)の亡骸が横たわっているのが見えた。
立ち止り、数秒目を閉じて黙祷を捧げた。
顕昌、あの時のお前、すっげーかっこよかったよ。
目を開き、視線を手前にやると、南海はまだ自分の席に座っていた。
元女子ソフトボール大東亜代表選手を母に持ち自身もソフトボール部に所属する南海は運動能力はクラスの女子の中で誰よりも高く、いつでも快活で騒がしいのだが、今は外ハネのショートヘアの毛先が揺れる程に震えていた。
当然だ、すぐ隣で顕昌が殺害されたのだから。
しかも、南海と顕昌は同じ小学校の出身でありこのクラス内で最も顕昌と付き合いが長かったので、そのショックは相当なもののはずだ。
しかし、このままではいけない。
もたもたしているとアキヒロ(軍人)がまた銃を取り、顕昌の二の舞になりかねない。
「平野、立てるか?
とにかく行こう、俺に掴まって…鞄は俺が持つからさ」
圭はそう言いながら南海の鞄を引っ張り、左肩に掛けた。
ずっと俯いていた南海の顔が上がり、真っ赤に充血した目で圭を捉えた。
「け…圭……」
こんなに震え、弱々しい南海を今まで見たことがない。
南海とは家が近い縁もあり(同じ区画に家があるので、超ご近所だ)、遼子も含めて3人で一緒に寄り道することも多かったので南海とは親しいのだが、これまで元気一杯の様子しか見たことがなかった。
圭の服を掴む手は震え、何とか立ち上がったものの足元が覚束ない状態で、圭が支えていないと倒れてしまいそうだった。
とりあえず、平野は俺が支えて動くしかないか…
エツヤ(軍人)がデイパックを渡してきたのだが、南海と2人分の荷物で手一杯だ。
何とか片手を空けようとするが、南海がしがみついているので上手くいかない。
圭がもたもたしていると、横からすっと手が伸びてきた。
見かねた裕一郎が、圭と南海のデイパックを代わりに受け取ったのだ。
「裕一郎…悪い、結構それ重そうなのに…」
「別に、気にするな。
横山、テメェは平野を支えてろ」
ぶっきらぼうだし無愛想だけれどさり気ない気遣いができる、それが裕一郎だ。
変わらぬ頼れる友人に胸を撫で下ろし、教室内に残るクラスメイトたちを見回した後、圭は南海を連れて教室を出た。
その後ろを、裕一郎と古都美が追った。
南海のことで精一杯だったのでこの時まで気付いていなかったのだが、古都美も南海に負けないくらいに震えており、顔面蒼白となっていた。
大人しく気の弱い古都美にとっても、当然プログラムとは恐ろしいものなのだ。
特に、星崎かれん(女子十六番)と湯浅季莉(女子二十番)というA組ど派手女子ペアにからかわれることのある古都美には、
973 = 968 :
大きく頷いた。
サッカーの試合中によく行っていたアイコンタクトでの意思疎通が、まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。
裕一郎と古都美は圭たちの後ろを並んで歩いているのだが、2人の間には会話らしい会話はない。
古都美は同じグループの荻野千世(女子三番)・佐伯華那(女子七番)・鷹城雪美(女子九番)以外と会話を交わすところをほとんど見たことがない位に内気だし、裕一郎は意外にも女子とは目も合わせられないくらいに恥ずかしがり屋なので、それは仕方がないことだが。
ま、それに裕一郎は室町を…
…もしかして政府のヤツら、そこまでわかっててこのチームにしたのか?
…まさかな。
このことを知ってるのは、俺と雄大だけのはずだし。
校舎を出て校門をくぐると、鬱蒼とした森が広がっていた。
既に4チームが外に出ている。
この場所は最後のチームが出発してから20分後に禁止エリアというものに指定され、その時間を超えて滞在していると首輪が爆発するらしいので、この辺りでいつまでももたもたしている班はそうはいないはずだが、既に銃声が響いていることを考えると、無防備に姿を晒したままというのは非常に恐ろしい。
クラスメイトを疑いたくなくとも、警戒心は自然と芽生えるものだ。
「横山。
とりあえず落ち着ける場所を探して隠れるぞ」
裕一郎の声に、圭は振り返った。
裕一郎は既に地図を手にしており、懐中電灯で紙面を照らしていた。
「近くに建物あったよな、そこか?」
「いや…すぐ近くは誰かがいるかもしれないから避けるべきだろ。
ここからなら…北の集落が近いか…
沢山家がある中の1軒なら、他のヤツらと会う確率も減るだろ、きっと。
そこで落ち着いてこれからのことを考えよう」
成程、建物なら何でもいいというわけではないのか。
サッカーに関しては実力伯仲している圭と裕一郎だが、頭脳の面については圭は裕一郎に遠く及ばない(身長なら俺が勝ってるんだけどな。まあ俺もそんな高くないけど、裕一郎は男子の中では健太に次いで身長が低い)。
裕一郎が何を言っても張り合ってきたのだが、今回は張り合うような意見がない、というよりも裕一郎の意見に全面的に賛成だった。
「多分初めて裕一郎の意見に大賛成。
頭良いヤツは考えることが深いねぇ」
「テメェが言うと嫌味ったらしく聞こえる」
「はァ? 珍しく感心したらこの仕打ち…裕一郎クン、酷いワ…ッ!!」
「気色悪い! オネエ言葉で喋るな!」
会話を続ければ喧嘩腰になってしまうのはいつものことだ。
プログラムという異常な状況に置かれても自然と出てしまう。
しかし、このようなやり取りができるだけの余裕がまだ自分にはあるのだ、と圭はほっとしていた。
これも、裕一郎と同じチームになることができたお陰だろう。
ここに雄大や遼子もいればもっと良かったのだけれど。
「…とにかく、移動しようぜ、裕一郎。
道案内、頼んでいいか?」
「言われるまでもねぇよ。
974 = 968 :
3番目に名前を呼ばれた如月梨杏(女子四番)も同意見だ。
どうして自分がこんな連中と行動を共にしなければならないのか、理解に苦しむ。
そもそも梨杏は3年A組に対して思い入れもなければ親しくする者もいない。
いや、親しくする価値のある人間なんて、このクラスにはほとんどいないのだ。
誰も彼も馬鹿ばかり。
せいぜい認めてやっても良いのは、成績で梨杏の上を行く学年首席の真壁瑠衣斗(男子十六番)・委員長の芳野利央(男子十九番)・副委員長の奈良橋智子(女子十一番)くらいのものだ。
それ以外の人間とは、同じ空間にいるだけでも嫌になる。
梨杏は、馬鹿で愚かな人間が嫌いなのだ。
梨杏は黒いストレートヘアーを指先で弄びながら溜息を吐いた。
「…あのさ如月さん。
ムカつくからさ、溜息とかやめてくれない?」
「私が何をしようが勝手でしょ。
…じゃあ言わせてもらうけど、ムカつくので喋らないでくれる?」
「…マジムカつく、一回死んで」
梨杏に文句を言ってきた星崎かれん(女子十六番)は大袈裟な舌打ちをし、不機嫌な表情を浮かべて梨杏から視線を逸らした。
そう、まずこの女。
大東亜人には似合わない金髪と、中学生らしからぬケバいメイクとチャラチャラとしたアクセサリー類、男を誘っているとしか思えない短すぎるスカート――どんなに頑張って見ようとしても馬鹿以外の何者にも見えない(事実勉強もできない馬鹿だ、この女は)、梨杏が最も忌み嫌う下品なギャルだ。
伝統ある帝東学院において頭の湧いたような、街中で自分は頭が軽い馬鹿だという看板を掲げながら闊歩しているギャルはそれ程数が多くないのだけれど(ギャルがニュース番組などのインタビューを受けているのをたまに見るが、発言も喋り方も態度も全てが馬鹿みたいだ、あんなのと同じ生き物だと思うだけで吐き気がする)、このクラスにはそれが4人も存在している。
派手さはかれんを凌ぐ、金髪を巻いたツインテールに赤いピアス、赤いブーツに紫のセーターと、色合いからして馬鹿みたいで、耳に入ってくる声は腹立たしい程騒がしく甲高い湯浅季莉(女子二十番)。
髪色はかれんや季莉よりは落ち着いているがそれでも明るい赤みがかった茶色に染め、鼓膜を破りかねないような大声で季莉と騒いでいる、昔は喧嘩ばかりしていたという荒っぽい女、水田早稀(女子十七番)。
そして騒がしくないだけまだマシだが、両耳には頭がイカれているのかと思えるほどに多くのピアスをしており、昔は万引きの常習犯だったという噂もある財前永佳(女子六番)。
かれんは彼女らと行動を共にしているだけでなく、クラス内にいる彼氏と仲良くやっている3人とは異なり、援助交際という淫行に手を染めていると聞いたことがある。
そんな女が仲間だなんて、ありえない。
その隣で膝を抱えているのは内藤恒祐(男子十二番)。
A組男子の中で最も派手で馬鹿丸出しの出で立ちをしている恒祐も、梨杏の嫌う愚かな人間の1人だ。
いつも教室の真ん中でくだらない話をして大騒ぎしており、どこにいても恒祐の声は聞こえてくるのではないかと思えるほど煩い。
非常に軽い男であり気に入った女子に次々と声をかけていることは有名で、梨杏はその全てを知っているわけではないが、朝比奈紗羅(女子一番)や平野南海(女子十四番)といった、頭の軽そうな女子に軽く告白をしては振られているのは、彼女らが話をしていたのを小耳に挟んでいたので知っている。
975 = 968 :
ライド(担当教官)にプログラムに対する異議を申し立てて射殺された田中顕昌(男子十一番)――余計なことを言えばああなる可能性はこの国でなら十分あり得る話だというのに、その考えに至らなかった憐れで愚かな男。
あまり目立たない地味な印象の顕昌が、派手な恒祐と親しいのは意外だった。
「…ああなることなんて目に見えてたのに。
それがわからずに行動した人を悼んで泣かれても迷惑なのよ」
「テメェ…ッ!!」
恒祐がばっと顔を上げ、泣き腫らした目で梨杏を睨んだかと思うと、腰を浮かせて手を伸ばし梨杏の胸倉を掴んで後ろの幹に叩きつけた。
梨杏は背中を打ち、「うっ」と呻いた。
「あんなこと言えばああなることくらい、アッキーは絶対わかってたんだよ!!
それでも言っちまうくらいに、アッキーは優しいんだよッ!!
それを…テメェは馬鹿にしたな…アッキーを馬鹿にしたな…如月…ッ!!」
「煩いわね、誰かに見つかったらどうするのよ」
梨杏は右横に置いていた自身に支給されたデイパックの中に入っていた銀色に光る銃身と黒いグリップが特徴のリボルバー式拳銃、S&W M686を掴むと、その銃口を恒祐の額に向けた。
恒祐の元々ぎょろっとしている瞳が一層見開かれる。
「こ…の…ッ!!!」
恒祐も梨杏のM686と同じ位の大きさだが形が大きく違う黒光りする自動拳銃、ジェリコ941Lをベルトから抜き、梨杏に向けてきた。
梨杏自身人に銃口を突き付けているというのに、恒祐の行動に息を呑んだ。
「貴方…馬鹿じゃないの…?」
「ああ、馬鹿だよ、テメェに比べりゃ馬鹿だよそれがどうしたよッ!!
ダチ1人できない冷徹女に比べたら、大馬鹿の方がマシだねッ!!」
“ダチ1人できない冷徹女”――確かに梨杏には友人と呼べる人はいない。
くだらない馬鹿な人間たちとつるむくらいなら読書をしている方が何倍も有益なので、休み時間はいつも自分の席で読書に勤しんでいた。
976 = 968 :
恒祐は起き上がりながら、自分を引っ張ったもう1人のチームメンバーである林崎洋海(男子二十番)を見上げた。
細身だがクラスで最も背の高い洋海は、手にしていた金属バットを振り下ろした。
恒祐が身を起こすために地面に付けていた右手のすぐ横にそれは振り下ろされ、小石に当たったらしくカァンという高音が響いた。
恒祐はぎこちなく首を動かして金属バットが振り下ろされた先を見、口許をわなわなと震わせていた。
洋海は梨杏とは同じ文芸部に所属する部活仲間だ。
とは言うものの、洋海は挨拶以外では言葉を発しないのではないかと思う程に無口で(このクラスには池ノ坊奨(男子四番)や榊原賢吾(男子七番)や瑠衣斗や利央といった口数の少ない者が多いが、その彼らですら饒舌だと思えてしまう程に洋海の無口さは群を抜いていた)、梨杏も挨拶以外には言葉を交わさない。
梨杏に言わせれば、何を考えているのかさっぱり理解できない、勉強も運動も人並以下のことしかできないウドの大木だ。
辺りを見回しているところをみると、騒いで誰かに見つかるのを防ぐために、梨杏と恒祐を引き剥がし、騒がしい恒祐を威圧して黙らせたのだろうか。
洋海自身がこの間一言も発していないので、真相は定かではないが。
「あーあ、馬鹿馬鹿しい」
かれんはわざとらしく溜息を吐き、人工的な睫毛に覆われた瞳で3人を見遣った。
「一応チームメイトなわけだしさ、仲間割れとかやめない?
こんなところ誰かに狙われたら、あっという間に全滅じゃないの」
「星崎…でも俺やだぜ。
星崎と林崎はともかく、如月とつるむとか絶対できねーよ。
しかも、他のヤツらと戦うことになったとしたら、コイツ護らなきゃいけないとか…
やだよ、こんな最悪なヤツのために命張るとか」
恒祐は失礼なことに梨杏を指差した。
そう、この共通点もなければ普段の接点もなければチームワークが生まれる兆しもないチームのリーダーは、他でもない梨杏だ。
馬鹿たちの命を、梨杏は背負っているのだ。
自分の左腕に王冠のマークを見つけた時、心底ほっとした。
当たり前だ、こんな馬鹿たちの中の誰かに自分の命を握られていたかもしれないだなんて、考えただけでぞっとする。
「フン、せいぜい頑張って“最悪な”私を護りなさいよね。
貴方の命も掛かってるんだから」
「はァ? 調子乗るなよ如月…ッ!!」
再び梨杏に掴み掛ろうとする恒祐の服をかれんが引っ張り止めた。
「だからやめなって、体力の無駄よ?
でも、内藤の言う通り…如月さん、調子に乗らないでくれる?
アンタがピンチになろうが、別にどうでもいいのよ。
アンタが殺される前に、あたしらの誰かがアンタを殺せばいいんだから。
“下剋上ルール”があって本当に良かったと思ってるわ」
梨杏は銀縁の眼鏡の奥の目を見開き、かれんを凝視した。
かれんが口にした“下剋上ルール”――失念していた。
このルールが存在することで、かれんたちは何が何でもリーダーである梨杏を護る必要はなく、例えば梨杏が負傷でもして足を引っ張ろうものなら容赦なく殺害されかねないのだ。
馬鹿のくせに、そういう頭は回るのね…不愉快だわ…っ
977 = 968 :
歯噛みする梨杏を見、かれんはふんっと鼻で笑った。
自分が優位に立っていることを確信している目が、非常に不快だ。
「せいぜい、あたしたちに殺されないように気を付けるのね、如月さん。
ま、別に今すぐどうこうしようってことはないから安心してよ。
だって、あたしたち、“チームメイト”でしょ?」
“チームメイト”という言葉を嘲るような口調。
梨杏どころか、洋海や、普段から会話を交わしていたはずの恒祐でさえ、チームメイトだとは欠片も思っていないことは見て取れた。
人のことは言えないが、酷く冷たい女だ、星崎かれんは。
「内藤も林崎も、こんな所で死にたくないでしょ?」
「当たり前だろっ!!
あんな…アッキーみたいな……アッキーだって死にたくなかったはずなのに…」
恒祐は最初の勢いはどこへやら、徐々に声は萎み、最後は項垂れていた。
今更顕昌の死をどうこう言ってもどうにもならないというのに。
かれんも同じ考えなのか、呆れたように溜息を吐いたが、特にそのことを口に出すことはなく、恒祐の背中をぽんぽんと叩いていた。
やはり馬鹿同士それなりに親交があったらしいので恒祐の気持ちを思っての行動だ――と普通なら思うだろうが、かれんが恒祐を見る目は酷く冷たく、嘲るような笑みを浮かべていることから、そうではないことはすぐにわかった。
洋海は何も言葉を発しないが、しっかりと頷いた。
何を考えているかはわからないけれど、命に対する執着心はあるようだ。
もしくは、目つきの悪さや目の下の隈の影響で威圧的な顔立ちをしている洋海だが、もしかしたら内心酷く怖がっているのかもしれない。
まあ、どうでもいいけれど。
「死にたくない者同士、生きるために手を組む…それでいいじゃない。
全員敵にするよりは、協力できる相手がいる方が、挟み打ちとかできるしね。
武器は結構使える物ばかりだし。
ねえ、“リーダー”?」
かれんは自身に支給されたスタンガンを顔の横まで上げて軽く振りながら薄い笑みを浮かべ、梨杏に視線を向けた。
わざとらしくリーダーという単語を強調して言ってきたが、かれんには梨杏をリーダーと思う気持ちはこれっぽっちもないことは先程までの発言で充分にわかっている。
馬鹿のくせに自分を嘲るかれんには腹が立つが、かれんの言うことには賛成だ。
「生きるために手を組む…それでいいわ。
私は貴方たちと馴れ合う気は少しもないし。
馬鹿だからって馬鹿な行動をして私の足を引っ張らないでちょうだいね」
「うっせー黙れ冷徹眼鏡デコ女。
テメェと馴れ合うのだけは死んでもお断りだっての!
邪魔になったらブッ殺してやるからな、忘れんなよ!」
梨杏は反射的に赤いカチューシャで前髪を上げて丸見えの額を押さえた。
その動作を見たかれんが鼻で笑う。
洋海は3人のやり取りよりも先程地面に叩きつけた金属バットに出来た凹みに興味があるようで、金属バットをしげしげと眺めていた。
チームワークなんてない。
それどころか、恐らくこのチームの誰が死のうが誰も悲しみはしない。
978 = 968 :
2番目に出発する班として教室を追い出されて廊下を歩いている時に、鷹城雪美(女子九番)はプログラムに参加させられ今から戦場へと出なければならないという状況とは思えない程に落ち着いた声で、そう言った。
もちろんそれはその後ろを歩いていた松栄錬(男子九番)も同意見だった。
容姿は地味だし場を明るくできるような性格でもないし、運動はからっきし駄目だし、だからといって勉強ができるかと言われるとどんなに頑張っても中の上程度にしかできないし――たまに生きていて申し訳ない気分にさえなってしまう錬だが、だからといって死にたいと思ったことは一度もないし、今ももちろん死にたくない。
地道に努力を続ければ行く行くは祖父が現在会長を務めている鉄鋼会社に就職して、将来的にはそれなりに上の地位に就くだろう。
こんな地味な自分だが、湯浅季莉(女子二十番)という少々性格はキツいが可愛らしい彼女もいる(季莉の祖父が大東亜を代表する自動車会社の社長を務めており、祖父たちが会社の将来を見越して錬と季莉を許嫁としたのだが、今は決められた関係だからという理由ではなく、少なくとも錬は心から季莉のことが好きで付き合っているし、季莉もそうであると信じている)。
人生の成功は、ほぼ約束されているのだ。
それを、こんなわけのわからない戦闘実験とやらに巻き込まれておじゃんにされるだなんて、到底受け入れられるはずがない。
季莉と同じ班になることができたのは良かった、一緒に生きることができるので。
季莉や、友人の榊原賢吾(男子七番)ももちろん死にたいと願っているはずがなく、全員が雪美の意見に同調した。
すると、雪美は柔らかい笑顔を浮かべ、言った。
「賢吾、季莉ちゃん、松栄くん…みんな、生きたいのよね。
それなら、生きる覚悟を、あたしに見せてちょうだい?」
「生きる…覚悟?」
季莉が首を傾げながら訊き返し、錬と顔を見合わせた。
生きる覚悟を見せるというのはどういうことなのか、わからなかった。
錬は賢吾に目で問うてみたが、賢吾もそれはどう見せるべきものなのだろうかと言いたげな目で錬を見返した。
校舎を出て、とりあえず最後の班が出発した後に禁止エリアになるというエリアを抜け出すために歩いていたところ、突然雪美が立ち止った。
「雪ちゃん?」と声を掛けた季莉の口を手で塞ぎ、雪美は茂みの少し離れた所を指差した。
「…あそこ、城ヶ崎くんたちがいるわね」
錬たちは息を呑み、雪美の指先を目で追った。
姿を確認することはできないが、僅かに声が聞こえる。
現時点で教室を出発しているのは錬たちと城ヶ崎麗(男子十番)・木戸健太(男子六番)・朝比奈紗羅(女子一番)・鳴神もみじ(女子十二番)以外にはいないので、声からそれが誰か判断できなくとも、そこにいる人物を特定することはできた。
「城ヶ崎たち、戦うとかそういうの…やらないよね。
やらないって、そう言ってたもんね。
紗羅とかもみじとも、話しておきたいなぁ…」
季莉は安堵した表情を浮かべ、そう呟いた。
季莉はその派手な身なりや荒れていた時期があったことからか、ギャルグループとしてクラスの中では少し浮いた存在だった。
しかし、季莉は打ち解けることができれば相手に非常に懐くために交友関係は広く、特に紗羅とは相性が良いようで、仲良く話をしている姿はよく目にしていた。
紗羅の幼馴染であるというもみじとは性格自体はあまり合わないようだったが(気の短い季莉には、マイペースなもみじののんびりさは合わないのだろう)、嫌っているわけではないので話をしたいと思うのは当然だろう。
「賢吾は、城ヶ崎君のこと、あまり好きじゃなかったよね」
錬が賢吾を見上げると、賢吾は茂みからは目を離さないまま、ふんと鼻を鳴らした。
「確かに、城ヶ崎のあの派手さは気に喰わない。
自重とか謙虚とか、そういう言葉があいつの辞書にはないんだろうな。
だが、あいつの、自分の発言に責任を持ち人を裏切らないところは嫌いではない。
政府の言いなりにならないと言った以上、戦うことはないだろう。
木戸も真っ直ぐなやつだからな、大丈夫だろう」
へぇ、と錬は声を洩らした。
普段から賢吾は麗が脚光を浴びたり騒いだりする度に嫌な顔をしていたので心底嫌いなのかと思っていたが、そうではないようだ。
賢吾は非常に真っ直ぐな人間なので、麗の芯がぶれない部分はしっかりと評価しているのだろうし、健太も典型的な熱血体育会系の人間なのできっとじっくり話せば気が合うのだと思う。
錬はいつも派手で目立っている麗に苦手意識を持っているけれど、それは近くによると眩しいからだとか自分が霞んでしまいそうだからだとか、そういう卑屈になってしまう理由から来るものであって、麗自体は頼りになる人だと思っている。
健太も熱すぎるところが苦手だが、体育で足を引っ張っても「ドンマイ、錬、次頑張ろうぜ!」と肩を叩いてくれて、例えばそれがサッカーであれば良いアシストをして何とか錬が点を取れるようにパスを回してくれるような、そんな気遣いをしてくれるとても良い人だということを知っている。
979 = 968 :
雪美と賢吾の間にどのような関係があるのかはわからない――親同士が古くからの付き合いだという関係で、お互い話をする関係だ、ということしか聞いていない――が、雪美と賢吾の力関係ははっきりとわかる。
賢吾は、雪美には意見できないのだ。
「死にたくないなら、他の班の全員に死んでもらわないといけないでしょう?
ねえ季莉ちゃん…あたし、何か、間違ってるかしら?」
話を振られた季莉が、びくっと身体を震わせた。
わなわなとグロスが艶めく唇を震わせていたが、引き攣った笑みを浮かべた。
「だ…だって…雪ちゃん…城ヶ崎たちは、戦う気はないよ…?
城ヶ崎も、木戸も、紗羅も、もみじも…みんな良い子じゃん…?
こ、[ピーーー]…とか……そんな…ねぇ…?」
季莉はちらりと錬を見、目で助けを求めてきた。
錬も何度も頷き、雪美を見つめた。
「季莉ちゃんは、城ヶ崎くんたちのことが好きなのね。
…あたしより、城ヶ崎くんたちの味方になるの?」
「ち、違うよ…雪ちゃん、違う…あたし、雪ちゃん大好きだもん!!
雪ちゃんは、あたしと錬の恩人、雪ちゃんがいたから、今のあたしと錬があるの!
ね、錬、そうだよね!?」
「うん、鷹城さんがいなかったら、下手したら僕は死んでたかもしれない…
季莉だってどうなってたかわからない…僕ら、鷹城さんに恩があるよ…」
そう、錬と季莉は雪美に大きな恩がある。
2年前の“とある出来事”の際に、錬と季莉は雪美に助けられ、その出来事をきっかけにして錬と季莉は付き合うことになった。
それ以来季莉は雪美に非常に懐いているし、錬も恩を感じている。
大恩人の雪美を裏切るなんて、できるはずがない。
雪美はにっこりと笑みを浮かべた。
ああ、雪美はわかってくれた、そう思った――次の瞬間。
錬の側頭部に、何かが当たった。
「錬ッ!!」、季莉と賢吾がが同時に声を上げた。
錬は恐る恐る左側へと視線を向け、目を見開いた。
雪美が、支給されていたS
980 = 968 :
雪美が指差した先にいるのは、悠希の亡骸を抱えて泣きじゃくっている、クラスで2番目に小柄な女の子、山本真子(女子十九番)。
他の3人が死してなお生きているということは、真子がこの班のリーダーらしい。
真子を見、手に握られた金槌に視線を移し――錬は呻き声を上げた。
つまり、雪美はこう言ったのだ、「山本さんを、金槌で殴り殺してちょうだい」と。
「季莉ちゃん!
山本さんを、押さえてちょうだい?」
雪美の言葉に、真子と季莉が同時に顔を上げた。
2人は泣き腫らした目で互いの顔をじっと見合い――真子が悠希の亡骸を置いて立ち上がろうとしたところを、季莉はラグビーのタックルよろしく掴み掛り、2人はもんどりうって倒れた。
「嫌、嫌っ…お願い、離して季莉、季莉ッ!!!」
「大人しくしてよ真子、お願いだから、暴れないでッ!!」
真子がじたばたと四肢を動かして何とか季莉の束縛から離れようとするが、季莉は頑なに真子にしがみ付いて離れない。
捕まっている真子も、捕まえている季莉も、ぼろぼろと涙を流していた。
『ねえ、錬、この前借りた小説、もう一度借りていい?』
『良いけど…季莉、そんなに気に入った?』
『うん、あたしが気に入ったのもあるんだけどさ。
真子が読みたいって言ってたの、貸しても良い?』
『山本さんが? 良いけど…』
『ありがと、あたしと真子って小説の趣味が同じなのっ』
そんな会話をしたことを思い出す。
季莉は派手な容姿からは想像しがたいかもしれないけれど意外と読書家で、特にファンタジー系の小説を好んで読んでいた。
季莉と真子は普段一緒にいることはなかったけれど、出席番号が近い関係で話をすることは多かったらしく、季莉は自分の読んだ本を真子に薦め、錬はよく季莉を通して真子に小説を貸していた。
読んだ小説の話を真子とするのが楽しいと、季莉はいつも言っていた。
そんな2人が、どうしてこんなことをしなければならないのか。
季莉が今どんな思いで真子を捕まえているのか、考えただけで錬は酷く息苦しくなり、鼻の奥がツンと痛んだ。
「さ、松栄くん…季莉ちゃんが押さえているうちに、ね?」
雪美が錬の腕を掴み、錬を立ち上がらせた。
いくら錬が運動音痴の非力な男と言えど、雪美だって文化系の女の子なのだから、振り払えないことはないはずだ。
だけど、できない。
恩義を感じているからか、それとも、恐怖からか――もう自分ではわからない。
雪美に引きずられるように、季莉と真子の元へと歩んだ。
錬の手に握られた金槌を目にした真子は、大きく目を見開いた。
「やだ、やだぁ…ッ!!
助けて、嫌、死にたくないッ!!
松栄くん、やめて、許してぇッ!!」
錬の、金槌を持つ手が酷く汗ばみ、震えが一層大きくなった。
金槌を持ち続けることが困難になり、ごとん、と金槌が地面に落ちた。
こんなに泣き叫んでいる子を殴打するだなんて、できっこない。
「で…でき…ない……ッ!!
鷹城さん……できないよ……僕には、とても……ッ!!」
「できるわ…あたし、松栄くんを、信じているもの」
雪美は真っ直ぐ錬を見据え、言った。
しかしその右手は、チーフスペシャルを握っているその手は、季莉へ向けられた。
季莉の、血に汚れた金髪に、銃口が押し付けられた。
「ゆ…雪…ちゃん…?」
「季莉…ッ!! 鷹城さん、何を…!!」
銃口を向けられた季莉の身体が硬直した隙を見た真子が、季莉の束縛から抜け出し、悲鳴を上げながら逃げ出した。
足を縺れさせ、何度も躓き、それでも真子は何度も起き上がり逃げた。
しかし、錬は真子には目もくれず、雪美と季莉を凝視し続けた。
「ねえ、松栄くん…貴方の覚悟を、あたしに見せて。
季莉ちゃんと山本さん…貴方は、どっちが大切なのかしら?」
麗たちを襲う時と真逆の状況――雪美は今度は季莉を人質に取り、錬に殺人を強要している。
季莉の、付けまつ毛に覆われた涙で潤んだ双眸が、錬を見つめる。
季莉…僕は、僕は――
錬は落とした金槌を掴むと、季莉と雪美に背を向け、地を蹴った。
「錬ッ!!」
季莉の叫びが、背中に、胸に突き刺さる。
それでも錬は振り返らず、真子の背中を追った。錬が雪美に銃を突き付けられた時、季莉は迷わず麗たちを襲い、その時は逃がしてしまったけれど、今回ついに殺人を犯した。被害者となった麗たちや悠希たちには申し訳ないけれど、季莉がそこまで錬の命に重きを置いてくれたことは、正直嬉しかった。だけど、同じように、いやきっとそれ以上に、錬にとって季莉の命は重い。こんな冴えない自分と一緒にいてくれて、笑いかけてくれて、大切に思ってくれる――そんな彼女の命がなくなるなんて、想像したくもない。
981 = 968 :
もちろん殺人なんてしたくない、けれど、拒否すれば雪美はきっと引き金を絞る――それはほんの一滴の情けもなく、あっさりと。
そんなこと、絶対に、させてたまるか。
僕にとって、季莉の命は、何よりも重いんだ…!!
「逃がすかぁぁぁッ!!」
錬の足は速くない上に持久力もない。
普通の状況で追いかけっこをすれば、バドミントン部で鍛えている真子に瞬発力も持久力も決して敵わないだろう。
しかし、真子の震えた足は自身の逃亡を困難にし、錬との距離は詰まっていった。
「いやっ、いやぁ…きゃあッ!!!」
真子が地面から出っ張っていた石に躓き、スライディングをするように倒れた。
それでも少しでも錬との距離を取ろうともがき、何とか立ち上がろうとしていたが、ついに錬は真子に追い付き、真子の小さな背中に馬乗りになった。
「やだ、やだぁ…松栄くん、お願い、助けて、許してッ!!」
真子のサイドポニーがぶんぶんと揺れる。
季莉とは違う、まるで小学生のような童顔を返り血と涙と鼻水で汚し、真子は泣き叫んで錬に命を請う――錬の心臓が、吐きそうになる程に酷く痛む。
それでも、やめるわけにはいかない。
季莉を失わないためには、やるしかない。
「ご…ごめん……山本さん…ッ!!」
錬は、金槌を振り下ろした。
真子の悲鳴が上がる。
ごっという鈍い音が腕を通して伝わる。
「ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…ッ!!」
二度、三度と、錬は金槌を振り下ろした。
真子の悲鳴が、耳に刺さる。
めきっという音が耳に入る――真子の頭蓋骨が砕けた音だと認識する。
それでも、錬はやめない。
「山本さん、ごめんなさい、ごめんなさい…ッ!!」
真子の顔を、赤い液体が伝う。
いつの間にか、耳からも出血している。
真子の頭部はこんなに歪な形だっただろうか。
金槌は、こんな色だっただろうか。
それでも、錬はやめない。
もう、何度目になったのか、わからない。
振り上げた手を、何者かが掴んだ。
錬がゆっくりと顔を上げると、そこには、眉間に皺を寄せた賢吾がいた。
「錬、もういい…もう、やめてやれ」
賢吾の唸るような声に、錬は我に返り、自分の下に視線を向け――呻いた。
真子の顔面は真っ赤に染まり、地面にまでその血は広がっていた。
頭部は生前の形など見る影もない程にぼこぼこにへしゃげていた。
いつから真子が声を上げなくなったのか、記憶にない。
いつから真子の抵抗する力がなくなったのかも、記憶にない。真子がいつ息絶えたのか、わからない。ただ、確実に、真子が息絶えてもなお、錬は真子を殴り続けていた。
「あ……あぁ……ああああああぁぁぁあッ!!」
錬は血塗れになった金槌を手離し、頭を抱えて叫んだ。ついに、人を殺した。泣きながら何度も命乞いをしてきた、小さな女の子を。それも、他の2人よりも、残虐に、執拗に。
「錬ッ!!」
錬の耳に、愛しい女の子の声が飛び込んできた。錬が顔を上げると同時に、季莉が飛び付いてきて、錬の華奢な身体ではその力を受け止めきれず、2人は地面に倒れた。季莉は錬に縋り付き、その薄い胸板に顔を押し付け、泣いていた。何を思い涙を流しているのかはわからないし、今は、考えたくなかった。季莉がここにいて、生きている――それが一番だった。涙で潤む視界に、雪美の顔が入り込んだ。やはり、変わりない笑顔を浮かべて。
「やっぱり、あたしの信じたことは間違ってなかったわ。 季莉ちゃんと松栄くんのお互いを思い遣る気持ちは、本物ね。 ふふっ、あたしが季莉ちゃんや松栄くんを[ピーーー]はずがないじゃない、冗談よ? 怖がらせたらなら、ごめんなさいね…もうやらないわ。 どうかこれからもお互いを思い合って、一緒に、生き抜きましょう? 賢吾、ここを離れて、どこかで少し休みましょう…どこがいいかしら」
雪美は錬と季莉に背を向け、地図を広げた賢吾と打ち合わせをしていた。
「錬…あたし…やる……生き残ってやる…っ」
季莉は顔を上げ、錬をじっと見つめた。
その目にはまだ涙が浮かんでいたけれど、目力の強さはいつもの季莉そのものだ。
「もう、後には退けない… あたし、やっぱり、死にたくないよ… それに…錬がいなくなるかもって思ったら…怖かった…っ」
982 = 968 :
突如前方に現れた、S
983 = 968 :
大人しい目立たない女の子だと思っていた雪美が垣間見せた裏の顔にも、それに最初から気付き(雪美の話しぶりから察するに、恐らく華那以外は気付いていなかったのだろう)いつも警戒していた華那にも驚かされた。
勉強だけでなく、華那は本当に頭が良く周りを見ているのだと実感させられた。
そんな華那を、ここで失うわけにはいかない。
プログラムだなんてとんでもないし、やりたくもないが、死にたくもない。
この状況をなんとか打開したとして、龍輝たちが生きるためには、華那の頭脳と洞察力と物事を落ち着いて捉える能力は必要不可欠だ。
何が何でも護りきらなくては――ということを頭で考えるまでもなく、付き合いの長い友達を護るのは、龍輝にとっては当然のことなのだけれど。
「雨宮くんと山本さんは?」
華那の指摘に、龍輝は振り返って2人の姿を確認した。
親友の1人である雨宮悠希(男子三番)は、丸く縮こまってしゃがむチームリーダーである山本真子(女子十九番)を覆うようにして真子を護っていた。
2人の様子を見る限り、どうやら銃弾は誰にも当たらなかったらしい。
龍輝は発砲した張本人である錬に目を遣った。
発砲した衝撃が大きかったのか、そう大きくなくともひ弱な錬にはとても耐えられる力ではなかったのかは定かではないが、とにかく錬は地面に尻餅をついていた。
右手にチーフスペシャルはまだ握られているが、その手はガタガタと震えており、とても再び発砲できるようには見えない。
本人には悪いが、錬が非力であることに感謝した。
「悠希、真子ッ!!」
龍輝に呼ばれた悠希は身体を起こし、錬が発砲できない状態であることを確認すると、ガタガタと震える真子の身体を抱えるように起こした。
逃がすまいと掴みかかる季莉の手を払い除け、季莉がバランスを崩したところで足を払った(さすがサッカーの推薦で合格して入学しただけのことはあり、その足払いは芸術的だった)。
季莉は悲鳴を上げ手をばたつかせながらその場に倒れた。
「山本さん、頑張って走って、大丈夫だから、俺が護るからっ!!」
悠希は真子を抱くように肩に手を回しながら真子を走らせた。
怪我をしてもなお真子を護るその姿は、まるで姫を護る騎士のようだった。
悠希は誰にでも持ち前の優しさを振り撒くことのできるヤツだが、特に女の子に対しては非常に紳士的で優しい。
顔が良くて頭も良くて運動もできて性格も良い――彼女の1人や2人いないのが不思議なくらいだが、どうも意中の女の子には振り向いてもらえないらしい。
なんて残念なんだ。
いやとにかく、悠希が残念だろうが何だろうが、こんなにも良いヤツがこんな所で命を落としていいはずがない。
悠希に護られる真子は、泣きじゃくりながら震える足を必死に動かしていた。
足が縺れて2,3歩おきに倒れそうになっているが、その度に悠希に支えられて何とか踏み止まり、また足を動かし始めていた。
可哀想に、小さな女の子がこんなにも震えて。
いつも元気で、グループの中で楽しそうに笑っている真子。
身体を恐怖に震わせる姿も、恐怖や悲しみで涙を流す姿も、真子には似合わない。
龍輝や悠希には、というよりはどうやら男子には苦手意識が少しあるように見えるが、それはそれで可愛らしいではないか。
悠希が護ろうとする気持ちはとてもよくわかる、真子は思わず護ってあげたくなるようなタイプだと思う(いや、別に華那がそうでないというわけではないが)。
華那も、悠希も、真子も、こんな所で死なせるわけにはいかない。
全員で揃ってここから逃げて、もっともっと生きたい。
生憎戦うための武器は龍輝たちにはない(榊原たちは刀だの鎌だの銃だの持ってて、こちとら唯一使えそうなのが中華包丁だぜ?不公平にも程があるだろ。いっそあのガンニョムエキュシアの1/144のプラモデルが等身大に変化して搭乗でもれきればいいのに。喜んで乗るっての。『川原龍輝、ガンニョムエキュシア、目標を駆逐する…!!』とか言ってさ。憧れだろ、ガンニョムファンのさ)ので、逃げる以外に生きる方法はない。
984 = 968 :
賢吾と季莉さえ撒くことができれば、運動能力の低い雪美と錬は問題ではない。
やればできるはずだ。
「逃がすか…ッ!!」
賢吾の低い唸り声が聞こえ、龍輝は振り返りざまに華那の手を引っ張って自分の後ろへ隠し、振り下ろされた刀の刃をデイパックで受け止めた。
剣道部で活躍する賢吾に刀を持たれるというのは恐怖でしかないが、反射神経なら龍輝は誰にも負けない自信があるし、真剣白刃取りはできなくとも大きな物でその刃を遮ることくらいなら難しいことではない。
賢吾の舌打ちが聞こえ(おーおー、真面目な榊原もそんなモンするんだな、初めて知った)、何度も刀を振り下ろすが、龍輝はそれを悉く受け止めてみせた。
それを離れた場所で見る雪美が「ふふっ、川原くんすごいすごい」とぱちぱちと拍手をしているのが非常に腹立たしいが、今は賢吾の相手をすることで手一杯だ。
「…龍くん、榊原くんを相手してて」
後ろで、華那が囁いた。
「雪ちゃんがリーダーなのは本当…なら、雪ちゃんを捕まえよう。
…雪ちゃんを人質にして、交換条件で逃がしてもらうことができるかもしれない。
かなが、雪ちゃんを押さえるよ」
「おい…華那…ッ!?」
落ち着いた口調で何を大胆なことを言っているんだ、華那は。
止める間もなく、華那は龍輝の陰から飛び出し、雪美の方へ向かった。
確かに、班員の命を握るリーダーを押さえれば、賢吾も季莉も手出しはできなくなるはずだし、華那の言うことは理に適っている、適っているのだけれど。
賢吾が華那の動きを見逃すはずがない。
龍輝は華那に言われた通りに賢吾の動きを止めようとしたのだが、賢吾は同じように刀を振り下ろすと見せかけてデイパックに当たる直前に刃を止め、龍輝の動きがびくりと止まった隙を見逃さず、刀を横に薙いだ。
龍輝は咄嗟に身体を後ろに逸らしたので刃は鼻先を掠めただけで済んだのだが、避けた勢いそのままに仰向けに倒れそうになった。
龍輝は持ち前の運動能力で何とか倒れずに踏み留まった――が、賢吾の次の動きへの反応が、少し遅れた。
龍輝が賢吾を押さえようとするよりも、間に合わないと判断して声を上げるよりも早く、賢吾の刀が、華那を背中から突いた。
華那の華奢な背中に刃がずぶずぶと入っていくのが見えた。
刃が抜かれると、華那は肩越しに自らを貫いた犯人の姿と刃をてらてらと濡らしていた紅い液体を限界まで見開いた小さな目に映し、そのまま地面に倒れ込んだ。
「華那…華那ああぁぁぁッ!!」
龍輝は華那に駆け寄ろうとしたが、賢吾がその行く手を阻んだ。
華那の血で汚れた刀の切っ先を龍輝に向け、龍輝を突き刺さんと突っ込んできた。
龍輝はデイパックをぶんっと振り回し、狙いを逸らさせた。
しかし賢吾は身体のバランスを僅かに崩したものの踏み止まり、再び龍輝を狙う。
振るわれた刀を、今度はデイパックで受け止め、押し合いが始まった。
「どけ、邪魔なんだよ榊原ッ!!
華那、華那ぁッ!!!」
華那の返事はない。
そんな、まさか。
さっきまで後ろにいて、いつもと変わらないのんびりした口調で喋っていたのに。
小学生の頃からの縁もあって一緒に登下校することもしばしばあって、まあ時には周りから『付き合ってるの?』とか言われる位には仲が良くて(まあ、華那はそこそこ可愛いし頭も良いし、鈍くさいところだって可愛いと思うけど、思えばそういう空気になったことは一度もなかった)――そんな華那が、死ぬだなんて、まさか。
一方、真子と悠希は季莉から必死に逃げていた。
悠希1人なら季莉から逃げるのもそう難しいことではないだろうし、真子が普段の運動能力を発揮できればその可能性は決して低くはなかったはずだが(それでも季莉はクラス内では足が速い方で、真子は出席番号の関係で何度か季莉と並んで走ってタイムを計ったことがあるのだが、勝てたことは一度もなかった)、真子の足はガタガタと震えて言うことを聞かず、悠希の枷のような状況になっていた。
「…真子っ、雨宮ぁっ!!
絶対、逃がすもんか、今度こそ…ッ!!」
“今度こそ”というのは、季莉たちが城ヶ崎麗(男子十番)らの班を逃がしたことを指しているのだと思うが、麗たちを逃がした腹いせに殺されるだなんて絶対にごめんだ。
985 = 968 :
季莉の鎌が振り下ろされる刹那、悠希は真子を手離して振り返り、季莉の攻撃を受け止めようと手を伸ばしたがそれは叶わず、鎌の刃が悠希の首に突き刺さった。
鮮血を撒き散らし、悠希は倒れた。
親友の死を目の当たりにしたのは、田中顕昌(男子十一番)に続いて2人目だ。
「悠希…ッ!!」
今まで悠希が「俺ってイケメンだよね」というような趣旨の発言をする度にからかったり茶化したりしてきたが、今は土下座して謝りたい。
『護るからね』と言った女の子(しかも彼女でも、普段親しかったわけでもない、ただのクラスメイトだ)を本当に護って命を落とすだなんて、並のヤツには絶対できっこない――正真正銘イケメンだよ、悠希。
「くそ…くそっ、くそぉッ!!
何なんだよお前ら、意味わかんねぇよ、この、人殺しッ!!!
華那と悠希がテメェらに何したよッ!!?」
龍輝は精一杯の力で賢吾の刃をデイパックで払うと、右手の拳をぐっと握り締め、賢吾の左頬を殴りつけた。
普段殴り合いの喧嘩などしたことがなかったが、龍輝の拳は良い角度で賢吾の頬に入り、賢吾は横向きに吹っ飛び倒れた。
これまでに感じたことのないどす黒い憎悪が身体の中を渦巻いているのがわかったが、今はその感情に流されまいと必死に耐え、真子に駆け寄った。
「真子、立て、逃げるぞッ!!」
せめて真子だけでも、ここで死なせるわけにはいかない。
リーダーである真子の死は自らの死に直結するのはもちろんだが、仲間をこれ以上失いたくなかったのだ。
華那がいない、悠希がいない。
鼻の奥がツンと痛み、視界が潤む。
口許に込めた力を僅かでも抜けば、嗚咽が漏れてしまいそうだった。
しかし、今は泣いている場合ではないと、手の甲で強引に涙を拭った。
クリアになった視界に入った真子は、泣き腫らしたくりくりとしている大きな目を見開き、龍輝を――いや、その後ろを指差し、慟哭したせいで若干枯れた声で「川原くんッ!!」と叫んだ。
龍輝は真子の指先を視線で追い、肩越しに振り返り――目を見開いた。
倒したはずの賢吾が既に立ち上がっており、刀を振り被っていた。
次の瞬間、龍輝の背中に鋭い痛みが走った。
右肩から左脇腹に掛け、背中を大きく切り裂かれ、龍輝はその場に倒れ込んだ。
起き上がろうとするが、動こうとする度に背中の傷が悲鳴を上げ、腕に力が入らない――これは、非常にまずい。
「や…めて…ぇ…ッ!!
さ…榊原くん……川原くんを…助けて…ッ!!」
真子の震える声。
龍輝は首を動かし、真子を視界に入れた。
悠希の亡骸を抱えたままの真子は、ぼろぼろと涙を零しながら身体をガタガタと震わせて、誰が見ても一目でわかるような怯えた瞳で賢吾を見上げていた。
もしも龍輝が賢吾だったとしたら、こんな真子の様子を目の当たりにしたら、とてもこれ以上誰も傷付けようだなんて思えない(端から思ってないけどさ)。
もしかしたら、賢吾も――そんな淡い期待を抱かずにはいられない。
「…悪い……けど、それは、聞けない」
賢吾の低い声が降ってきた。
この、人でなしが。
「真子!!!
俺はいい、いいから、お前だけでも逃げ――」
龍輝の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
ざくっ、という野菜を包丁で切るような小気味よい音が、耳から或いは骨を伝わって聞こえたような気がして、一瞬首の後ろ側がかあっと熱くなるような感覚に襲われた。
それが、龍輝の最後の知覚となった。
ぼんやりとした視界。
うっすらと漂う、生臭い鉄のような臭い。
遠くに聞こえる、誰かの泣き声。
そして、ぼんやりとしたそれらの感覚とは違ってはっきりと感じる、腹部の痛み。
…そ…っか…かな…刺されたんだ……
鉛のように重い腕を動かし、精一杯の力を込めて、上半身を起こした。
それは数センチに留まったのだが、先程より僅かにクリアになった視界に飛び込んできた光景に、華那は目を見開いた。
華那の倒れている位置から数メートル先、倒れた誰かの首に、刀が生えていた。
それがすっと抜かれると、紅い液体が噴水のように舞い上がった。
降り注ぐ紅い液体に汚されていくカッターシャツ、半袖のシャツの袖から僅かにはみ出ていた黄色いTシャツ、大きな身体、短めに刈られた黒髪――それは、帝東学院にいる他の誰よりも付き合いが長かった、川原龍輝に間違いなかった。
「りゅ……くん……」
血の気を失い青ざめた華那の頬を、つうっと涙が伝った。
あんなに明るくて元気だったのに、ついさっきまでプログラムという状況にもかかわらずガンプラを作成して楽しそうにしていたのに、持ち前の運動能力でもって華那のことを護ってくれていたのに。
986 = 968 :
文句の1つでも言ってやろうと思ったが、口を開いて出たのは血液と呼気だけだった。
その様子を見た雪美が、華那の頭を撫でた。
「可哀想に…痛いのに苦しいのに[ピーーー]ないなんて…
賢吾…華那ちゃんを、助けてあげてくれる?」
“助ける”、その言葉が意味するところは、思考能力が大幅に低下している華那の頭脳でも簡単に理解できた。
その答え合わせをするように、濡れた冷たい何かが後頭部に当てられるのがわかった――賢吾が、先程龍輝の首を貫いた刀の刃先を、華那に突き付けたのだ。
「雪ちゃん……」
身体に残っている力を振り絞り、華那は声帯を震わせた。
雪美に対して感じていたことは本人に大方伝えたけれど、あと、これだけは。
偽りの友人への、送る言葉を。
「かな、みんなのために、祈るよ。
一刻でも早く、雪ちゃんが、地獄に落ちますように――」
ちーちゃんやことちゃんが、雪ちゃんに騙されませんように、どうか、どうか。
華那の後頭部に、痛みが走った。
その痛覚は数秒ももたずに消え失せた。
「残念ね、華那ちゃん。
あたし、そんなに早くに地獄なんかには行くつもりはないわ。
だって、あたしはこんな所では死なないもの」
雪美はくつくつと笑いながら、息絶えた“友人”を見下ろしていた。
男子三番・雨宮悠希
男子五番・川原龍輝
女子七番・佐伯華那 死亡
【残り三十人】
987 = 968 :
鷹城雪美(女子九番)は、少し大人しめで目立たないごくごく普通の女の子――と周りから見られるように生活してきた。
雪美の実家は少々という修飾語がとても似合わない程に特殊だ。
何を隠そう、雪美の家は、関東一円でその筋の者からは恐れられている極道“鷹城組”。
祖父が組長を務めており、雪美も家を出入りする祖父の部下たちからは“お嬢”と呼ばれ祭り上げられている。
怪我をしている人間を見るのは日常茶飯事で、時には銃撃戦なども起こり、父は抗争に巻き込まれて既にこの世にはいない。
雪美は、そんな特殊な家庭が、嫌いだった。
誰にも知られたくなかった。
帝東学院は名門校で良家の子息息女が多く通うからか、親の職業などを気にする子どもは少なくない。
特に初等部では、それがとても顕著だった。
出る杭は打たれるという諺があるが、確かに少し周りより突出すれば、それに僻んだ者たちはその者の家柄を知りたがり、例えばそれがごく普通の庶民であれば『家が大したことないくせに、良い気になるな』と嫌がらせを受けるのだ。
しかし、雪美の場合は家のことを知られると恐れられ、悪い意味で目立ってしまう。
奇異の目で見られるのも後ろ指を指されるのも御免なので、雪美は極力目立たないように生活を送ってきた。
化粧などをして目立つことはしない、髪も大きくいじらずに黒いウェーブのかかった髪を後ろで束ねるだけにする、制服も着崩さずスカート丈も無難な長さにする――雪美の顔立ちは誰もが振り返るような恵まれたものでもなければ後ろ指を指され笑われるような落ち目でもないものだし、背丈や横幅も平均的なので、これで良い意味でも悪い意味でも目立つことはなかった。
そして所謂主流派グループと呼ばれるような、クラスの中心になってイベントなどで盛り上がり目立つ集団には決して属さなかった。
だからといって、孤立してはいけない。
孤立しても目立ってしまい、あることないこと噂を立てられてしまう。
目立たない友人を作り、目立たない位置にいるのがベストなのだ。
友人を作ってべたべたとすることなど面倒なことこの上ないのだが(特に女子はどうしていつもどこでも集団行動をしようとするのか。移動教室ならまだしも、トイレにぞろぞろと集団で向かうなど、鬱陶しいことこの上ない)、家庭の事情がバレる方が余程面倒なので仕方がない。
お陰様で、校内で雪美の素性を知る者はほんの一握りしかいない。
クラス替えの度に良さそうな友人を作ってきた雪美が現在のクラスで最初に目を付けたのが、出席番号が近く且つ大人しそうに見えた佐伯華那(女子七番)だった。
物事を深く考えていなさそうだし、中等部から入学してきたという華那であれば人の家柄を気にすることもないだろう――そう考え、声を掛けた。
「あの…佐伯さん…よかったら、お友達になってくれない?
あたし…あんまり人に声掛けるの得意じゃないんだけど…
佐伯さん可愛いなって、お友達になりたいなって、そう思って…」
しどろもどろ言葉を紡ぎ出し、大人しく人見知りをするけれども華那には良い印象を持ったから勇気を出して声を掛けてみた、そんな自分をアピールする。
笑顔を浮かべて好意を見せれば相手は受け入れてくれる、これまでの経験で雪美はしっかりと学んでいた――友達を作るなんて、ちょろいものだ。
「あーえっと…鷹城さん…だっけ?
うん、ありがとー、よろしくね」
ほら、すんなりと友達になることができた。
少し警戒しているような表情を浮かべていたけれど、初めてクラスメイトになった子に話し掛けられれば大抵はそういう反応を示すものなので、気に留めなかった。
同じような手法で、のんびり屋故か友人作りに乗り遅れていた荻野千世(女子三番)と、見るからに自分に自信がなさげで大人しくて1年生の時からクラスメイトだったという星崎かれん(女子十六番)から嫌がらせを受けていた室町古都美(女子十八番)にも声を掛け、1つのグループを作った(奈良橋智子(女子十一番)にも声を掛けても良かったのかもしれないが、彼女の頭の良さは知っていたのでやめておいた。頭の良い人間は厄介だ)。
3人共リーダーシップをとるような性格ではなかったこともあり、いつの間にか何となく雪美がグループのリーダーのような存在になっていたが、それでも目立つことはせずにクラスで浮くようなこともしないように、イベント事には消極的ながらも参加して他のグループと確執ができないように皆をさり気なくリードした。
千世はいつも頼ってくるし、古都美はいつも雪美の傍にいるようになった。
正直、隠れ蓑のために作った友人なので、頼られ過ぎると面倒に感じるし、いつも付いてくるのは鬱陶しいことこの上ないのだけれど、そんな気持ちはおくびにも出さずに優しく頼れる雪美像を崩さないようにしてきた。
988 = 968 :
しかし、華那だけは違った。
華那は初めて声を掛けたあの日以来、一度たりとも雪美に対して心を開いていない。
いつも一緒にいるように周りからは見えるだろうけれども、雪美と華那が2人きりになることは殆どなかったし(例えば2人組を作りなさい、と言われると、さり気なく華那は雪美を避けるのだ。もっとも、避けなくとも古都美が雪美にべったりなので、自然と雪美と古都美が組み、華那と千世が組むのが自然の流れになっていたのだけれど)、会話も交わしているのだけれど、華那の声には警戒心が見て取れた。
和を乱すことを良しとしない華那は抱く警戒心を華那なりに隠そうとしていたのだろうけれども、雪美は人の接し方には敏感なのでそれを感じることができたし、華那は華那で雪美が心の中に隠している黒く渦巻く感情を感じていたと思う。
だからこそ、雪美は華那に一目置いていた。
ぼーっとしているようで頭が良く(言動に殆ど活かされていないがそれは勉強の範囲に留まらず頭の回転が速いという意味でだ)、和を乱さないように自分の言動を制御する能力がある。
正直、のろまな千世や雪美がいなければ何もできない古都美などいつ縁が切れようがどうでもいいのだが、華那とは友人関係を続けても良いと思っていた(まあ、華那は嫌がるだろうけれど。表立って拒否はしなくとも)。
プログラムに選ばれたと知り、チーム対抗戦という特殊ルールで行われるということが分かった時、華那とならば同じチームでも良いと思った。
運動能力を考えれば華那が足を引っ張ることは間違いないのだが(まあ、雪美自身も人のことは言えないのだけれど)、彼女の頭の良さは役に立つ。
結局、チームは別れてしまったけれど。
まあ、敵となるのならそれでいい。
それでも、できるなら一度会っておきたかった。
それがこんなにも、早く叶うなんて。
「誰かと思えば華那ちゃんじゃない…会いたかったわ」
「…かなは、会いたくなかったよ…雪ちゃん」
雪美の言葉に、華那は拒絶の言葉を返した。
華那が面と向かって雪美を拒絶したのは初めてだったので、雪美は目を丸くした。
千世や古都美が傍にいないし、命を懸けた戦場にいるのだから、もう和のために自分の気持ちを押し隠す必要がなくなったからだろう。
のんびりしているようで、ぼーっとしているようで、何も考えていないようで、華那はやはり現実を見ている。
華那のそういうところに、雪美は関心を持っている。
…まあ、もう少し楽しませてよね、華那ちゃん。
雪美は目に涙を浮かべた(嘘泣きなんて朝飯前だ)。
「酷いわ…華那ちゃん…どうしてそういうこと言うの…?
あたし、ずっと、華那ちゃんを探してたのに…!!」
今しがた雪美のチームメイトである榊原賢吾(男子七番)と湯浅季莉(女子二十番)に襲われたばかりだというのに、雪美の涙声での訴えに、雨宮悠希(男子三番)と川原龍輝(男子五番)の顔には動揺が見て取れた。
ホント、男って女の泣き落しに弱いんだから。
しかし、華那は眉をハの字に下げたものの、その瞳から警戒の色は薄れなかった。
989 = 968 :
「…探してくれてありがとうね。
でも、雪ちゃん、かなたちのこと襲ったよね…?
かなたちの…かなのこと、殺そうと思って探してたの…?」
思っていた以上に警戒されているようだ――雪美は一瞬ぴくりと眉間に皺を寄せたがすぐにそれを解き、ふるふると首を横に振った。
「ち…違う…そんなわけないじゃない…!
賢吾と季莉ちゃんも、悪気があったわけじゃなくて…
あ、あたし、リーダーだから…護ってくれようとしただけで…ほら…!」
雪美はセーターとブラウスの袖を捲り上げ、リーダーの証である黒い王冠の模様を華那に見せた。
リーダーが誰かということを他の班の人間に見せるのは百害あって一利なしなのだが、まあ問題ないだろう。
「ねえ、鷹城さん…訊いてもいいかな…?」
あたしと華那ちゃんの会話を邪魔しないでほしいわね、まったく――という本心はもちろん口にも顔にも出さず、雪美は問いかけてきた悠希に視線を移した。
山本真子(女子十九番)を庇って季莉に刺された肩は相当痛むようで、端正な顔は苦痛に歪んでいる。お気の毒に。
「俺たち、鷹城さんたちの班と麗たちの班しかまだ出発してなかった時に、銃声を
聞いたんだけど…
あれは…鷹城さんたちなの?
麗は『やらない』って言ってたのに、それでも護るとか言って、攻撃したの…?」
雪美は再び僅かにぴくりと眉を上げた。
成程、いつも主流派グループの中で馬鹿みたいに騒いでいる馬鹿な集団の一員だという認識しかなかったが、悠希は痛みに苦しみながらも頭はしっかりと働いているらしい――少々侮っていたようだ。
悠希の指摘通り、雪美たちは教室を出発してそう時間が経たないうちに、本部から左程離れていない場所で、一足早く教室を出発していた城ヶ崎麗(男子十番)・木戸健太(男子六番)・朝比奈紗羅(女子一番)・鳴神もみじ(女子十二番)を発見した。
このメンツを見た時に、リーダーに指名されていそうな人物はどう考えても麗しかいないという予想をし、雪美は賢吾に指示をして麗を襲わせた。
しかし賢吾が襲いかかる直前に健太と紗羅に勘付かれてしまい、季莉に紗羅を攻撃するように依頼したのだがこれも麗に阻まれ、結局逃走を許してしまった。
「ハズレ、逆にあたしたちが撃たれた側なんだけど。
あれ、木戸よ?
ま、誰にも当たらなかったから良かったけど」
口を挟んできた季莉を睥睨した。
どのように話を運ぼうか考えることを楽しみながら言葉を紡いでいるというのに、季莉に邪魔されては興醒めするではないか――と思ったのだが、独りでべらべらと喋るのも怪しまれるかもしれないので、視線が合った季莉には笑顔を見せ、視線を華那たちに戻した。
「あたしたち…逃げたの…
城ヶ崎くん、『乗らない』って言ってたから、声を掛けようとしたのに…」
流石にこの情報には衝撃を受けたようで、とろんとしていた華那の目が小さいながらもいっぱいに開かれていた。
「まさか…」
いつも勝気で元気一杯に馬鹿なことをしている龍輝が、驚愕と悲愴を混ぜたような打ちのめされた表情を浮かべ、唇を震わせていた。
「まさか…ケンがそんなことするはずない…ッ!!
会長はやらないって言った、会長が自分の意見を曲げるはずがないッ!!
紗羅ももみじも、会長の意見に従わないわけがないッ!!」
自分の心の中に浮かんだ疑心を打ち消すように龍輝は必死に叫んでいた。
あらあら、さすがは生徒会長様とその取り巻き、信頼は厚いのね――反吐が出る。
大体あのグループは気に入らない者だらけだ、特に――
まあ、今はこの場にいない人間に憎悪を滾らせている時ではないのでよしとしよう。
「雪ちゃん」
華那が静かに雪美を呼んだ。
「…いいよ雪ちゃん…嘘吐いて誤魔化したりしなくても。
かなのこと、簡単に騙せると思った…?」
「はァッ!?
華那、アンタ、雪ちゃんの友達のくせに、さっきから酷くない!?」
警戒心を露わにし続ける華那の態度が癇に障ったらしく、季莉が怒鳴って鎌を持つ手を振り上げかけたが、雪美は目でそれを制した。
季莉は納得いかない様子だったが口を閉じたので、雪美は視線を季莉から華那へと移し、言葉の続きを待った。
「雪ちゃん…痛いトコを突かれると、眉間がぴくってなるよね…知ってた?
あと、都合の悪いことを誤魔化す時、喋る前に口の端がヒクッてなるの…
多分ちーちゃんもことちゃんも知らないだろうけど、かなは知ってるよ。
…木戸くんが撃ったのは本当かも知れない…けど、正当防衛じゃないの?
雪ちゃんたちが、先に仕掛けたんじゃないの…?」
「ちょっと華那、言い掛かりもいい加減に――……ッ!!」
季莉は再び声を荒げたが、口を噤み、目を丸くして雪美を見つめた。
賢吾も同じように、いや賢吾だけでなく、龍輝や悠希や真子までもが雪美を怪訝な表情を浮かべて見つめていた。
990 = 968 :
「ふふ…あっはは…っ」
雪美は口から洩れてしまう笑いを抑えることができない。
拍手を止めると、口許に手を添え、華那ににこりと笑みを向けた。
「さすが華那ちゃん…やっぱり、あたしの目に狂いはなかったわ…貴女、最高よ?
千世ちゃんや古都美ちゃんとは違う…貴女となら、あたし、友達になれたわ。
ふふっ、まあ、貴女は心底嫌がるでしょうけど」
「うん、かな、雪ちゃんとは…友達になりたくないな」
華那は雪美の心を読めるのではないだろうか、そう感じさせるほどに、華那は普段からしっかりと雪美のことを見ていた。
もしかしたら、この世の誰よりも雪美のことを理解しているのかもしれない。
雪美が華那たちのことを心から友達だと思っていないことを知っているからこそ、雪美の言葉に顔色一つ変えず答えることができている。
周りの面々は、わけがわからないという様子で見ているというのに。
「か…華那…何言ってんだお前…鷹城も…
お前ら、ダチじゃないのかよ…いつも一緒にいただろ…?」
問う龍輝の声は震えていたが、答える華那は落ち着いていた。
「違うよ龍くん。
雪ちゃんは、誰のことも友達だと思ってないんだよ。
だから、かなも、雪ちゃんを友達だと思って見たことなんて一瞬もない。
表情も嘘だらけ、言葉も嘘だらけ…そんな子と、友達になれるはずがないもん」
「そうね、華那ちゃんはいつもあたしを警戒してたものね。
華那ちゃんは本当に頭が良くて物事をしっかり見てるのね。
華那ちゃんの予想、全部正解、特大の花丸あげたいくらいよ?
あたし、自分がリーダーだっていうこと以外は本当のことを1つも言ってないわ。
城ヶ崎くんたちには逃げられちゃったのよ…運動能力の高さは侮れないわね」
くつくつと笑う雪美に対し、華那の後ろで龍輝たちが腰を浮かせるのが見えた。
まあ、ここまでバラしても逃げようとも戦おうともしないのなら、それは非戦論者などではなくただの馬鹿で愚か者だ。
「ありがとう華那ちゃん。
初めて、華那ちゃんと腹を割って話ができた気がするわ」
「…雪ちゃん、あんまり割ってないじゃん」
「ふふっ…そう、そうね、華那ちゃんはお見通しよね?
ああ、もっともっと、華那ちゃんとこういうお喋りしたかったわ…
プログラムなんかに巻き込まれて…本当に残念。
とてもとても楽しかったわ、本当に、会えてよかった。
…賢吾、季莉ちゃん」
雪美は視線を賢吾と季莉に移し、笑みを向けた。
その視線と笑顔の意味を、賢吾も季莉も理解していた。
そしてそれは、華那や、龍輝たちですら感じ取ることができていた。
「逃げるぞッ!!」
賢吾と季莉が地面を蹴ったと同時に、龍輝が声を上げながら華那の腕を掴み、悠希は真子の手を引いて雪美たちに背を向けた。
この中で最も運動能力の劣る華那はこけそうになっていたが龍輝にひきずられるように走っていたし、悠希は一度真子を庇って傷を負ったというのに懲りることなくまだ真子を護り続けている。
ああ、なんて、うすら寒い光景。
雪美は「かーなーちゃんっ!」と叫んだ。
龍輝に引きずられていた華那がはっと振り返ったので、雪美は華那が厭っているであろう感情を伴わない笑顔を浮かべてみせた。
991 = 968 :
プログラム本部となっている小中学校から見て真東にあたるE=06エリアのほぼ中心には、御神島唯一の神社が存在し、そこに4人の男女がいた。
島の名前に“神”が入っているが、特別な神様を祭っているものなのかどうかは不明である(この島に昔から住んでいる人に聞けばわかるかもしれないが、生憎プログラムのために島民は全て追い出されてしまっているので聞きようがない)。
まあ、何を祭っていようが関係ない。
たとえ神がいようが何だろうが、現在ここは戦場なのだから。
1時間半前にあった定時放送では7人の名前が呼ばれた。
その中で実際に亡骸を確認したのは、教室で全員の眼前で射殺された田中顕昌(男子十一番)と、小中学校から僅かしか離れていない場所で倒れていた横山圭(男子十八番)のみで、後はこの島のどこかで斃れているらしいが実感が湧かない。
本当に自分たちが殺し合いなんてしなければならないのだろうか、これは全部悪い冗談で、放送で名前を呼ばれた人たちもドッキリに加担していて後でひょっこり顔を出すのではないだろうか――人の亡骸を見ても尚そう思えてしまう。
そう思えてしまう大きな要因は――
佐伯華那(女子七番)は右手に持っている卓球ラケットをじっと見つめた。
家庭科部に所属し運動は苦手でのんびり屋の華那には卓球を趣味にした覚えはない――これがデイパックに入っていた支給武器らしきものだった。
スポーツの道具にしても、例えば野球のバットやホッケーのスティックであったなら武器と言われても頷くことはできるのだが、卓球のラケットで何ができるというのか。
「華那、ラケットがどうかした?
へへっ…それがバドミントンのラケットだったら、バドミントンしたいんだけどなー」
華那の隣で膝を抱えて座っていた山本真子(女子十九番)がにこりと笑んだ。
真子はクラスの中では目立たないグループに属する華那とは違い女子主流派グループの中でいつも騒いでいる、広瀬邑子(女子十五番)に次いで小柄な女の子で、確かバドミントン部に所属していたと記憶している。
教室ではライド(担当教官)に、「自分の父親は国会議員なのに、どうしてプログラムに選ばれてしまったのか」という趣旨の質問をしたが責められるように言葉を返されて泣いてしまい、今も目が腫れてしまっている。
笑顔にも元気は感じられないし、活発さを表しているかのようなサイドポニーも今はセットが乱れてしまっている(そう言う華那自身も、天然パーマの短めのツインテールが大いに乱れているのだが、鏡を見ていないので気付いていない)。
そんな真子の傍には、これさえ捲れば大抵の言葉の意味を知ることができるであろう大東亜広辞苑が置かれているのだが、そんな知識の本こそが真子の武器だ。
「いいねーバドミントンかー…俺結構強いと思うんだけど!
ふふふふーんふーん、ふふふふーんふーん、ふふふふーんふーん、ガンニョムー♪
ああっ、ちょ…顔に嵌めるパーツ落ちた!!」
地面と砂を被ったコンクリートの地面と睨めっこをする川原龍輝(男子五番)の右手には、組み立てかけのプラモデルが握られている。
992 = 968 :
それは、1970年代に初めてテレビ放映されてから幾度も様々なシリーズが放映され、大東亜人ならその名を知らない者はいないであろう世代を超えた人気アニメ『機動戦士ガンニョム』シリーズで、登場人物たちが登場して宇宙で戦う人型機動兵器を模したプラモデル、通称・ガンプラ――卓球ラケットや広辞苑も大概だと思うが、信じられないことにこれが龍輝に支給された武器だ(武器でも何でもないが。そして卓球ラケットや大東亜広辞苑にもそれは言えることだが)。
華那と龍輝は同じ小学校の出身という縁もあってそれなりに親しいのだが、ガンプラの箱がデイパックから出てきた時の第一声が「とりあえず…組み立てとく?」だったのは、お気楽な性格の龍輝らしいと思い、いつもと変わらない様子に安心した。
帝東学院にはバスケットボールの一芸入試で入学を果たした龍輝は、当然バスケットボール部に所属しているのだが、その運動能力は群を抜いているためにバスケットボールに限らずあらゆるスポーツでエース級の活躍ができ、スポーツテストでは龍輝の右に出る者はいない。
まあ、地面に落ちたガンプラのパーツを探すために地面に這いつくばる様子からは、とても想像できないのだけれど。
「あったあった…なんか汚れたなぁ…
悠希、なんか拭くモン貸してくれよ」
「んー…俺今忙しいんだよねー…」
「……悠希さーん、今プログラムなのに何悠長に眉毛抜いてんだよ」
「ふはっ、悠長にプラモデル組み立ててる人の言う台詞じゃないねー」
龍輝との会話の間も手鏡とピンセットを用いて自分の眉毛を整えることに必死になっているのは雨宮悠希(男子三番)、龍輝の親友の1人だ。
纏う空気がとても爽やかで文武両道でサッカー部に所属し性格も容姿も良い悠希は、帝東学院中等部屈指のイケメンで人気を二分する城ヶ崎麗(男子十番)と春川英隆(男子十四番)と違って家柄が普通なので(麗も英隆も大企業の御曹司だ、とても普通とは言えない。比べて悠希の父親は公務員らしいので、その普通さに安心感を憶える)、とっつきやすいイケメンだと言われそれなりに人気がある。
難があるとすれば、悠希自身が自分の容姿の良さを自覚している上に、麗や英隆には人気が及ばないことに心から疑問を抱いているというナルシストなところだろう。
「悠希、眉毛抜いてるお前の顔、なかなかおもれーぞ、いいのかよー」
「えー、それは良くないなぁ…
俺のかっこよさが台無しになっちゃうね」
「あ、そこ笑うところ?」
「何でだよもー俺すっごい真剣なのに」
悠希のナルシスト発言は普段からよく耳にはしているのだが、どうもそれが厭味ったらしく聞こえないのは、悠希の爽やかな雰囲気もあるだろうが、傍にいる龍輝がそれを茶化すことで冗談めかしてしまうからかもしれない。
冗談めかしても悠希は怒らないどころか笑って返すので、ただの親友同士の冗談のやりとりにしか聞こえなくなるのだ。
そんな悠希の傍には、サッカー少年には不似合いな中華包丁が置かれている。
4人の中では唯一武器になりえる支給武器だ。
卓球ラケット、広辞苑、ガンプラ、中華包丁――4人のデイパックから出てきた物たちがあまりに戦闘を連想させない物ばかりのため、いまいちプログラムという実感が湧かないのだ。
993 = 968 :
それは、1970年代に初めてテレビ放映されてから幾度も様々なシリーズが放映され、大東亜人ならその名を知らない者はいないであろう世代を超えた人気アニメ『機動戦士ガンニョム』シリーズで、登場人物たちが登場して宇宙で戦う人型機動兵器を模したプラモデル、通称・ガンプラ――卓球ラケットや広辞苑も大概だと思うが、信じられないことにこれが龍輝に支給された武器だ(武器でも何でもないが。そして卓球ラケットや大東亜広辞苑にもそれは言えることだが)。
華那と龍輝は同じ小学校の出身という縁もあってそれなりに親しいのだが、ガンプラの箱がデイパックから出てきた時の第一声が「とりあえず…組み立てとく?」だったのは、お気楽な性格の龍輝らしいと思い、いつもと変わらない様子に安心した。
帝東学院にはバスケットボールの一芸入試で入学を果たした龍輝は、当然バスケットボール部に所属しているのだが、その運動能力は群を抜いているためにバスケットボールに限らずあらゆるスポーツでエース級の活躍ができ、スポーツテストでは龍輝の右に出る者はいない。
まあ、地面に落ちたガンプラのパーツを探すために地面に這いつくばる様子からは、とても想像できないのだけれど。
「あったあった…なんか汚れたなぁ…
悠希、なんか拭くモン貸してくれよ」
「んー…俺今忙しいんだよねー…」
「……悠希さーん、今プログラムなのに何悠長に眉毛抜いてんだよ」
「ふはっ、悠長にプラモデル組み立ててる人の言う台詞じゃないねー」
龍輝との会話の間も手鏡とピンセットを用いて自分の眉毛を整えることに必死になっているのは雨宮悠希(男子三番)、龍輝の親友の1人だ。
纏う空気がとても爽やかで文武両道でサッカー部に所属し性格も容姿も良い悠希は、帝東学院中等部屈指のイケメンで人気を二分する城ヶ崎麗(男子十番)と春川英隆(男子十四番)と違って家柄が普通なので(麗も英隆も大企業の御曹司だ、とても普通とは言えない。比べて悠希の父親は公務員らしいので、その普通さに安心感を憶える)、とっつきやすいイケメンだと言われそれなりに人気がある。
難があるとすれば、悠希自身が自分の容姿の良さを自覚している上に、麗や英隆には人気が及ばないことに心から疑問を抱いているというナルシストなところだろう。
「悠希、眉毛抜いてるお前の顔、なかなかおもれーぞ、いいのかよー」
「えー、それは良くないなぁ…
俺のかっこよさが台無しになっちゃうね」
「あ、そこ笑うところ?」
「何でだよもー俺すっごい真剣なのに」
悠希のナルシスト発言は普段からよく耳にはしているのだが、どうもそれが厭味ったらしく聞こえないのは、悠希の爽やかな雰囲気もあるだろうが、傍にいる龍輝がそれを茶化すことで冗談めかしてしまうからかもしれない。冗談めかしても悠希は怒らないどころか笑って返すので、ただの親友同士の冗談のやりとりにしか聞こえなくなるのだ。
そんな悠希の傍には、サッカー少年には不似合いな中華包丁が置かれている。
4人の中では唯一武器になりえる支給武器だ。
卓球ラケット、広辞苑、ガンプラ、中華包丁――4人のデイパックから出てきた物たちがあまりに戦闘を連想させない物ばかりのため、いまいちプログラムという実感が湧かないのだ。
994 = 968 :
廊下側の1番後ろの席で、苦笑いを浮かべながら頭を掻いていたのは、手塚直樹(男子10番)。
外見も中身も15歳とは思えないほど老けている。
今もおそらく他の生徒よりは幾分落ち着いている。
というのも、今反論したり暴れたりするのは得策ではないからだ。
プログラムに選ばれる羽目になるとは思いもしなかった。
しかも、始まる前に既に犠牲者まで出てしまった。
瀬戸口北斗(男子6番)とはそこまで親しいわけではなかったが、球技大会などでそれなりに仲良くなった。
『ヅカさんオヤジくせーっ!!』
女子の方を見て惚れ惚れしていると、よく北斗にそう言われた。
外見は派手だが、無邪気でまだ幼さが残っているところが好きだった。
それなのに、あんな事になってしまうとは――
もう教室を出てしまった相模晶(女子6番)。
まさか泣き顔を拝めるとは思わなかった。
それは、幼馴染が目の前でわけがわからないまま殺されてしまったので、当然の事だとは思うが。
そういえば、あの2人は異様に仲が良かったが、付き合っていたのだろうか?
「男子7番、園田茂樹君v」
「ひ、ひゃいっ!!」
横の方から間抜けな返事が聞こえ、直樹はそちらに目を遣った。
園田茂樹(男子7番)はよろよろと立ち上がった。
「はい、相模さんと同じ宣言をしてねぇv」
「ひぃ…っ!!
ぼ、ぼく、ぼくた…っ
僕たち、こ、殺し、殺し合いを…す、す…
や、らなきゃ…やら、れ、やられる…っ」
坂ノ下愛鈴(担当教官)に促されてつっかえながら宣言をし、荷物を受け取って走って出て行った。
先程晶が堂々と出て行っただけに、やや情けない。
園田か…アイツは…あの様子からして、怖がってどこかに隠れて怯えているか、もしくはこんな状況だ、狂っちまうかもしれないな…
前者の方がありがたいんだが…
「女子7番、白鳥里子ちゃんv」
先程空いた茂樹の前の席、白鳥里子(女子7番)が無言で立ち上がった。
やや大柄な体が、小刻みに震えているようだった。
「はい、宣言してちょうだいv」
「わ、私たちは…殺し合いをする…殺らなきゃ…殺られる…」
里子は泣きながらドタドタと教室を後にした。
4分後には親友の出発が待っている、外で待つのだろうか。
直樹はぐるっと教室を見渡した。
女子は大部分が泣いているようだった。
直樹の前に座る松田由梨(女子18番)も、嗚咽を洩らして泣いている。
「男子8番、滝川渉君v」
直樹は横目で滝川渉(男子8番)を見た。
恐らく直樹だけでなく、クラスメイトのほとんどが渉に注目しているだろう。
渉は地域では名の通った不良だ、クラスメイトを殺して優勝するなどたやすい事かもしれない、と。
「渉…」
渉の前、不良仲間の森嵩(男子18番)が渉を見上げた。
渉は気付いているだろうが、見向きもしなかった。
「宣言をどうぞv」
アイリンに促された渉は、振り返ってクラスメイトをぐるっと見回し、続いて隅に追いやられた北斗の亡骸に目を遣り、アイリンに向き直った。
995 = 968 :
日が沈み、薄暗い緑の中。
農協では2つの影が東奔西走していた。
安藤悌吾(男子1番)と久保田篤史(男子5番)である。
幼馴染の瀬戸口北斗(男子6番)を殺した政府を許さない。
およそ30人ものクラスメイトを失うことになったプログラムを許さない。
まだ生きているとはいえ、幼馴染の因幡彰人(男子2番)・大塚豊(男子3番)・相模晶(女子6番)も傷つけたプログラムを許さない。
怒りに燃えて、2人はプログラム本部を強襲する作戦を練ってきた。
作戦内容は、火薬を乗せたトラックを本部に突っ込ませる、という単純だが決して簡単ではないもの。
それでも2人は自分たちの持つ全ての知識を用いて、少しでも被害が大きくなるようにと準備を進めてきた。
そして今、作戦を決行しようとしている。
これ以上待ってはいられない。
遅くなればなるほど、プログラムの犠牲者は増えていくのだから。
彰人たちが今この瞬間に命を危険に晒しているのかもしれないのだから。
用意した軽トラックの荷台に、次々と用意してきたものを乗せていく。
ダイナマイトの束、コンロと鍋と油――まだセットはしていない、本部に行くまでに火が点いてしまっては意味が無いので――、そしてガソリンやスプレー缶、それら全てを2人で手分けして運んだ。
「その缶で最後?」
「最後」
悌吾は手に持っていたスプレー缶を、軽トラックの荷台に置いた。
後はこれを本部に突っ込ませればいい。
覚悟は出来ている、つもりだ。
成功しようが失敗しようが関係なく、もうすぐ、自分たちは、死ぬ。
政府に楯突くのだから、当然のことだろう。
忌々しい首輪が爆発するかもしれないし、撃ち殺されるかもしれない。
とにかく、次の放送で、きっと名前が呼ばれる。
――怖い。
「…悌吾?」
篤史の心配そうな声が横から聞こえた。
手の震えが見えたのだろうか。
この恐怖が、空気で伝わったのだろうか。
「……なぁ、篤史。
俺ら、きっと、もうすぐ…死ぬよな?」
「……多分」
篤史の声は、明るかった――いや、明るさを装っていた。
いくら楽観的思考の持ち主だとしても、現状はしっかりと理解している。
先に“死ぬかもしれない”ということを言ったのは、篤史なのだから。
2人はトラックの車内に乗り込んだ。
篤史が運転席、悌吾が助手席だ。
悌吾は律儀にシートベルトをしかけ、やめた。万が一誰かに襲われた時に、逃げ遅れる可能性があるので。
996 = 968 :
2人はトラックの車内に乗り込んだ。
篤史が運転席、悌吾が助手席だ。
悌吾は律儀にシートベルトをしかけ、やめた。
万が一誰かに襲われた時に、逃げ遅れる可能性があるので。
シートベルトの先を掴んだまま、悌吾は呟いた。
「俺ら、まだ14歳なのにな…
何で…こんなことしなきゃいけないんだろうな?」
篤史の右手が、キーを差し込んだところで止まった。
「…同感。
俺、まだまだ遊びたかったし、サッカーもしたかった。
高校行ったら国立競技場目指したかったし、プロになりたかった。
でも…最悪の宝くじに当たったんだ」
ハンドルを掴む左手に、力が込められた。
声が、震えていた。
「北斗が、死んだ…いや、殺された。
当たり前の反論をして、ゴミみたいにあっさりと…殺された。
晶がめちゃくちゃ悲しんだ。
俺らですら見たことないくらいに、泣いて、喚いて、怒って、傷ついた。
豊が怪我した。
俺らの中で1番誰にも恨まれそうに無いのに、誰かに傷つけられた。
彰人が、人を殺した。
やりたくなかっただろうに、やらざるを得ない状況に追い込まれた」
悌吾は鼻の奥がツンと痛み、鼻を啜った。
血まみれになって、ゴミのように扱われた北斗の最期。
幼馴染の理不尽な死に、怒り泣き叫んでいた晶の痛ましい姿。
右手に包帯を巻き、カッターシャツを変色させていた豊の笑顔。
クラスメイトを殺してしまった罪悪感に苛まれる彰人の泣きそうな顔。
幼馴染たちの悲痛な姿が、脳裏をよぎった。
篤史は一呼吸置いて、続けた。
「死んだヤツも、生きてるヤツも、みんな傷付いてる。
だから、俺たちは花火を上げるんだ。
少しでもみんなの気持ちが浮かばれるように、祭りをするんだ。
俺たちは、死にに行くんじゃない。
弔い合戦に行くんだ」
篤史はキーを捻った。
エンジン音が低く響き、座っている席を通して振動も伝えた。
篤史はようやく悌吾の方を見、笑顔を浮かべた。
「行こうぜ、仇討ちに…な?」
悌吾は頷いた。
そうだ、命を捨てに行くんじゃない。
ムカつく政府の連中に、一泡吹かせてやるんだ。
車はゆっくりと進んだ。
何しろ、篤史は車の免許なんて持っているはずが無い。
煌々とライトを点けるわけにはいかないので、薄暗い森の中を、昼間見つけた道を思い出して進んでいるので、仕方がない。悌吾は事故を起こさないか不安に思いつつ、今は運転に集中して周りを見ていない篤史の分も、周りに気を配っていた。
やる気になっているヤツに見つかるのも悪いし、やる気になっていないヤツを轢き殺してしまったらあわせる顔が無い。
それでも、悌吾は話し掛けずにはいられないと思った。生まれて間もない頃からの親友との会話を、楽しみたい。
「…なぁ、篤史」
「何? 運転に関する苦情はオコトワリよん♪」
「ハハッ、マジキモい!」
篤史の冗談に笑って答え、一息置いてから、訊いた。
「篤史はさぁ、好きな女子とかいた?」
車が揺れた。篤史が驚きを車の動きが表現した。危ないことこの上ない。
「…わーお、そんな話にいっちゃうワケ? そういう悌吾こそどうなんだよ、おモテになってたみたいですがぁ?」
篤史はキシシッと悪戯っぽく笑いながら訊き返してきた。悌吾はある程度予想していた切り替えしに、溜息混じりに答えた。
997 = 968 :
何度も告白されたことはある。
それなりに人気があるんだ、ということも自負している。
でも、全ての告白を断ってきた。
まだまだ友達と遊びたいお年頃、色恋沙汰にはあまり興味がなかったし、相手に魅力を感じなかったこともある。
「俺らってさ、絶対損してるよな。
なんせ、昔から、1番近くにいた女子が晶だぜ?
目が肥えてるから、他の女子に、見た目で惚れるなんてありえねぇ話だろ?
性格は、知るほど親しいわけじゃないからさ、彼女できなかったんだよ」
それでも、晶に恋心を抱いたことは無かった。
確かに綺麗だし、女としては魅力的な存在なんだろうが、悌吾は晶のとっつきにくい性格を若干苦手としていたので、付き合うなど無理な話だと思ってきた。
そんな晶を好きだと言った、北斗や彰人や豊は、晶の人となりをもっとちゃんと見てきたんだろうな、と思う。
「で、篤史は?」
「俺もいないよ、別に」
「…前もそう言ってたよな。
でもさ、実際晶に惚れてたりしないわけ?
“姫君”とか言っちゃってさ、お気に入りみたいじゃん」
「……俺は、空気を読んでるだけだよ」
篤史はそう言うと、笑みを浮かべた。
満面の笑みではなく、どことなく哀しげだった。
「ただでさえ、俺らの中の3人が惚れてるっしょ?
そこに俺までって言ったら…泥沼じゃん。
俺としては晶も、北斗たちも大事だからさ」
直接的な言葉は言っていなくても、はっきりとわかった。
グループ内で、自分以外の男は全員晶に惚れているということが。
少しだけ、疎外感を感じる。
「でも、どこが?
いや、別に悪いっつってるわけじゃないけど」
「…やっぱり、護ってあげたくなると言いますか…。
晶は、あんまり喋らない。
辛い時に“辛い”ってことが言えない。
助けてほしい時に“助けて”ってことが言えない。
冷静で、頭が良くて、運動ができて…そして強がり。
そういうちょっと不器用なトコ、良いと思うよ。
あとは、ああ見えて、周りの人をよく見てるトコとかね」
…なるほどね。
やっぱり、篤史も、晶のことをしっかりと見ている。
1番周りの人間をしっかり見てこなかったのは、自分なんだと思い知らされる。
悌吾は溜息を吐き、頭をがしがしと掻いた。
その様子を、篤史が横目で見てきた。
「んー? 何でもないよ。
ただ、自分の、周りの見方の甘さに、少し後悔しただけ」
その言葉に、篤史は笑った。
「いいんでないの? それが悌吾なんだから。
俺らの中で1番短気、1番乱暴、1番周りを見てない――
そんな悌吾が、俺は好きだし」
悌吾は笑いかけ――顔をしかめた。
全く褒められていないではないか。
「ちぇっ、俺だってお前が好きだよ。
俺らの中で1番楽観的、1番調子乗り、1番馬鹿」
「あっはは、言ってくれるなぁ!」
「先に言ったのはそっちだっての!」
2人は笑った。
でも、悌吾の心のどこかには、これが最後なんだということが引っかかっていたし、きっと篤史もそうだろう。目星をつけていたポイントに着いた。20m程先には、学校の敷地との境である塀がそびえ立っている。その奥には古ぼけた校舎。あそこに車を突っ込ませることで、作戦は成功する。2人は車から降り、荷台に飛び乗った。着々と準備を進めていく。中華鍋に油を満たし、コンロにしっかり固定して、火を点けた。強火で20分もしないうちに発火するだろう。悌吾はふぅっと息を吐き、薄暗い森を見つめた。
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1人は、真ん中でわけられた前髪の間から覗く広い額、その下にはやや下がり気味だが大きめのぱっちりとした瞳、少し低い鼻に小さめの口と、全体的に“可愛らしい”という印象を与える顔立ちをしている。
平均的な身長で、艶やかな黒髪のポニーテール以外にはそれほど強い印象を与えるような容姿はしていないが、そのやや高めだが耳障りでない声と穏やかな表情は、周りの者を安心させる力がある。
少女の名は、天道千夏(女子10番)。
もう1人は、腰の上までありそうな程長い流れるような茶髪、きりっとした眉、細いわけではないが切れ長の瞳、すっと通った鼻筋、あまり開かれることのない薄い唇と、こちらは“美人”と称される顔立ちをしている。
クラスの女子で最も高い身長を持ち、耳には青いピアスという目立つ容姿をしているが、無口で、その表情に笑顔が見えることはほとんどない。
少女の名は、相模晶(女子6番)。
交友関係のなかった2人だが、プログラムという尋常でない状況の中で、様々な成り行きから、今は行動を共にしている。
会話によるコミュニケーションはあまり多くないが、それでも徐々に心の歩み寄りがなされており、険悪なムードは漂っていない。
外見も交友関係も全く違う2人だが、共通点はいくつかある。
1つは、2人の家庭環境。
千夏は国会議員の父とデザイナーの母を持ち、晶は外科医の父とナースの母を持つ――資金的な絶対値は違うだろうが、経済的に恵まれた家で育った、世間一般的に言う“お嬢様”である。
しかし、これはプログラムにおいては何の意味もなさない。
親の身分でどうにかなるのなら、国会議員の父を持つ千夏がプログラムに放り込まれるなどありえないだろう。
もう1つは、2人の根本的な対人的価値観。
晶の方がやや重症だが、2人共人見知りをする。
親しくない人と会話をしたり行動を共にしたりすることは苦手である。
その2人が行動を共にしているということは、傍から見ればおかしいかもしれない。
しかし、当人にとってはそれほど不思議なことでもない。
千夏は晶に命を救われ、晶は千夏に命を救われた。
よほどのことがない限り、何の見返りも求めずに命を救ってくれた相手に対して、いくら人見知りが激しいとはいえ、拒絶することはできないだろう。
現在も、頻繁に会話を交わすわけではない。
ただ、2人で木を背に向かい合って座っている。
千夏は前に座る晶を見つめた。
体格的には千夏よりも恵まれている晶も、疲れが溜まっている様子だ。
ぼんやりと暗闇を眺め、時々溜息を洩らす。
その疲れきった表情ですら、美しさがある。
見ているだけで緊張してきたので、千夏は一度視線を外した。
…やっぱ、物凄い美人さん…
絶対凄い人だよね、相模さん…
脳裏に過ぎるのは、晶の幼馴染の瀬戸口北斗(男子6番)。
人懐っこい笑顔が特徴的な、派手な容姿の男の子。
千夏の、想い人。
北斗は晶のことを好きだったと思う。
北斗のことをずっと見ていたから、わかる。
晶に対する目は、保護者のような感じも見受けられたが、それ以上に、1人の女の子に対するものもあった。
999 = 968 :
晶はそれに気付いていたのだろうか。
いや、もしかしたら、晶も北斗のことを想っているのかもしれない。
教室で見せたあの怒りは、尋常ではなかった。
もしかしたら、2人は――
「相模さんは…瀬戸口くんと付き合ってたりとか、した?」
ふと疑問に思ったことが、そのまま口に出た。
聞いてどうなるものでもないのに。
北斗が自分のことを何とも思っていないであろうことには変わりないし、そもそも北斗はもうこの世にはいないのだから。
晶は「え?」と僅かに声を洩らした。
それは気付かれたということに対する声なのか、意外なことに対する声なのか、声色からは判断できなかった。
「あ…えっと…その…深い意味はなくて、何となく…っ」
晶のしばしの沈黙が怖くなり、千夏は必死に弁明した。
変に勘ぐられたりなどしていないだろうか。
変な印象を与えてしまってはいないだろうか。
「…ふーん……」
返ってきたのは、納得するような声。
それは、今までの会話の時と違い、少し楽しそうに聞こえた。
「天道さん…あなた、北斗のこと…」
「え、いや、えっと、あの…」
「大丈夫、あなたが思ってるような関係じゃない。
幼馴染、それだけ…」
それは、気を使って嘘をついているようには聞こえなかった。
北斗には気の毒な気もするが、恐らく晶にとっては事実なのだろう。
何も変わることなどないのに、少し安心してしまった。
「…北斗の、どこが良か…った?」
晶が珍しく自ら質問してきた。
僅かに詰まったのは、北斗のことを過去形で言ってしまったことに戸惑ったのかもしれない。
加賀光留(女子3番)らと別れて以降も会話が多いわけではないが、、晶の言葉のほとんどが単語から短文へ、そして長文へと変わってきたように思う。
心を開いてくれたのだろうか。
それならば、嬉しい。
「えっと…1番は…優しいところ、かなぁ。
やんちゃな感じだけど、親切なところもあるなぁって思って…
別に、あたしが直接親切にされたってわけじゃないんだけど…
あたし、男の子あまり得意じゃないから…」
「…そう」
千夏は晶を見た。
月光に照らされたその顔には、僅かに笑みが零れていた。
とても嬉しそうに見えた。
まるで、自分のことのように。
北斗の優しさは、主に晶に向けられていたように思う。
もちろん、接してくる人には誰にでも親切だったが、晶は別格だった。
その2人の姿は輝かしくもあり、羨ましくもあり、悔しくもあった。
もしかしたら、晶の優しさも、主に北斗に向けられていたのだろうか。
今の笑みは、千夏にそう思わせた。
「多分、あたし、相模さんと一緒にいる瀬戸口くんが1番好き。
相模さんが羨ましかったもん」
1000 :
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