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    元スレ士郎「人の為に頑張ったヤツが絶望しなきゃいけないなんて間違ってる」ほむら「……」

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    タグ : - Fate + - クロスオーバー + - 衛宮士郎 + - 魔法少女まどか☆マギカ + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    851 :

    帰りのバスまで、残り2時間半
    著しいクオリティ低下が見られますが、贅沢言ってられる時間もないのでこのままいきます
    とりあえずは2日分、完成できれば最終日までのながら投下ですが、お付き合いください

    では、始めましょう
    16日目~理想のカタチ

    852 = 851 :

    ワルプルギスの夜まであと2日


    気がつくとコンサートホールに居た。
    両親に挟まれてよく解らないまま、おとなしく座っている。

    …………両親?
    俺の親は切嗣しか居ない筈だ。
    実の両親なんて人たちは、もう何も思い出せない。
    じゃあ、この人たちは誰なんだ?

    「ねえ―――」

    「しぃー。始まるわよ」

    お母さん(ママ)がそう言ったから、俺(あたし)は黙って前を向いた。
    薄暗いホールの中で、ただ一つ明るい場所。
    そこに同い年くらいの男の子が出てくる。
    小さいながらも燕尾服を着こなす彼は、ぺこりと一礼してその得物(ヴァイオリン)を構える。
    そして。

    「――――」

    言葉を失う。
    一瞬にして彼の演奏に引きずり込まれたのだ。
    それほどまでに、その男の子の演奏は素晴らしかった。

    ―――いや、これ以上の演奏を俺は知っている。
    でも―――俺(あたし)の幼心には、
    これをあの男の子が弾いてるという事実が、とてつもなく衝撃的だった。

    ―――場面が切り替わる。
    あの男の子が俺(あたし)の前に居た。
    近くから聞こえる大人の人たちの声。
    きっとお互いの親が知り合いなのだろう。
    でもその話の内容は耳に届かず、俺(あたし)の意識は目の前の彼から離れなかった。
    今までに感じた事のない感情に捕われて、離す事が出来なかったのだ。
    いや、これも違う。
    何故なら、俺は知っている筈なのだから。
    そう、この感情は―――あの、冬の土蔵で感じた、あいつに出会った時の感情。
    自分の中の一番大切な席に、誰かが座った瞬間のキモチ。
    つまり、俺(あたし)はこの男の子に一目惚れした、という事だ。


    「恭介!」

    日々、月々、年々。
    流れる時間の中で、男の子(恭介)を想う気持ちは大きくなっていった。
    いつしか、この感情が恋と呼ばれる物だと解った。
    それからはひたすら夢中だった。
    (あいつ)と一緒に過ごすのがとても嬉しくて、
    (あいつ)とお喋りするのが凄く楽しくて、
    (あいつ)の演奏を聴いてるのが何よりも幸せで。
    そんな平凡な日常がいつまでも続いてほしいと、お星様に願ったりもした。

    853 = 851 :

    ある日の事。

    「恭介遅ーい!」

    「さやかが速すぎるんだって!
     ちょっとぐらい待ってくれよ」

    「もー、そんなのんびりしてると、あっと言う間におじいちゃんになっちゃうよ!」

    上条(恭介)と二人で遊びに行っていた。
    思春期の少年と少女が二人きりという状況はどう考えてもデートだったが、
    恐ろしい事に俺(あたし)も彼(あいつ)もそのようには考えなかったらしい。
    むしろこれをデートと言うのなら、毎日がデートという事になる。
    そのくらいに彼(あいつ)と居る事が日常の一部となっていたのだ。

    「ほーら、早く早く!」

    ―――だが、そんな日常が壊れてしまう出来事が起きてしまった。

    「だから待ってくれって!」

    信号は青。
    迫りくる暴走車。渡りきった横断歩道には、まだ上条(恭介)が残っていた。

    「! 恭介、危ない―――!」

    声を張り上げ、今来た道を駆け戻る。

    「え―――?」

    時間が停滞する。
    体感では無限とも感じた刹那。
    それなのに、俺(あたし)のこの手は彼(あいつ)に届く事はなく―――。

    「い…………いやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

    その瞬間、俺(あたし)は我を失った。

    「恭介! 恭介っ、恭介ぇ!」

    鮮血の中、まっしろになった頭で泣いて、叫んで、喚いて。
    その後の事はよく覚えていない。
    覚えてるのは目を背けられなかった事実だけ。
    命には関わらなかったものの、上条(恭介)が入院したという事。
    事故の時の怪我で上条(恭介)の左手は動かなくなったという事。
    その手が治るかどうかは判らないという事。
    もしかすると、もう二度と上条(恭介)のヴァイオリンは聴けないかもしれないという事。

    854 = 851 :

    それからしばらくの間、俺(あたし)は部屋に閉じ籠った。

    「なんで?
     なんで恭介がこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」

    彼に襲いかかった運命を呪った。

    「なんであの時事故なんか起こしたのよ?」

    信号を無視した運転手を恨んだ。

    「なんで……あの時事故に遭ったのがあたしじゃなかったの……?」

    彼の身代わりにもなれない自分を憎んだ。

    「なんで……ひぐっ……なんでなのよぉ……」

    ひたすらに枕を涙で濡らした。
    後から思えばママにもパパにも、そして鹿目(まどか)にも迷惑をかけたんだな。

    「いや……恭介はあたしよりずっとつらいんだ……。
     そうだよ、あたしが落ち込んでれ場合じゃない……」

    我ながら単純だと思う。
    落ち込むきっかけが上条(恭介)なら、立ち直るきっかけも上条(恭介)だなんてね。
    でも。

    「ありがとう、さやか」

    (あたし)が上条(恭介)を少しでも元気づけられるのなら、どこまでも頑張れた。
    お仕事で忙しい上条(恭介)の両親の分もお見舞いに行った。
    あちこちでCDを探しては、お見舞いに持っていった。
    全ては上条(恭介)の為。
    あいつがリハビリを頑張って、いつかまたヴァイオリンを弾けるようになるのを夢見て。

    855 = 851 :

    そんなある時。

    「僕と契約して魔法少女になってよ」

    魔法少女というモノに出会った。
    なんでも、それになる代わりに願いを一つだけ叶えてくれるのだそうだ。
    ―――願いを、一つ。
    (あたし)はそのリスクもよく考えずに、その甘い響きと魔法少女に憧れた。

    ……俺としては、どこぞの神父のような胡散臭い存在が厭で厭で堪らなかったのだが。


    転機は意外と早く来てしまった。
    上条(恭介)に手が治らない事が宣告されたのだ。
    きっとあいつにとっては、死刑を告げられたも同然だったのだと思う。

    「もう動かないんだよ! 奇蹟か魔法でもない限り!」

    それで自棄になる恭介が見ていられなくて。

    「奇蹟も、魔法も、あるんだよ」

    後先考えずに、俺(あたし)はインキュベーター(キュゥべえ)と契約した。
    いや、少なくともこの時は考えてたつもりだったのだ。
    これでいい。
    これに間違いはない。
    これなら後悔なんてしない。
    そう、思っていたのに。


    怪我で入院したマミさんの代わりに、俺(あたし)は街を守る正義の味方を目指した。
    何考えてるかわからないけど、なんだか気に入らないほむら(転校生)みたいなヤツにこの街を任せたくなかったのだ。

    魔法少女になって二日目。
    家を出ようとしたあの時、俺(あたし)は一人の正義の味方と出会った。
    それまでその人は転校生とつるんでるみたいで、俺(あたし)にとっては敵だと思ってた。
    でも、それは間違いだった。

    「俺は魔術師の衛宮士郎だ。よろしく頼む」

    白髪混じりなのに子供みたいな顔をした不思議な人。
    弓を執り、剣を振るう。
    マミさんとは違って優雅さのカケラもないその背中を、俺(あたし)は師匠と呼び親しんだ。

    856 = 851 :

    ―――何かがおかしい。
    鏡でもないのに、俺の前に俺が居る。
    イミテーションでもなんでもない、紛れもない俺自身が。
    同一人物は二人以上存在しない。
    そんな当たり前の矛盾。
    これを説明する為の答えは一つだけあった。

    ……きっと、俺はこの物語の主人公ではないのだ。
    俺は俺であり、俺(あたし)の前に居る俺以外の何者でもない。

    ただ、視点がズレてるんだ。
    俺の視点ではなく、俺(あたし)の視点に。

    ならば、やる事は決まっている。
    混在した意識を閉じ、傍観者に徹する。
    あたしの物語に、俺の心を傾けてみよう。


    ―――師匠との出会いの直後、あたしは宿敵とも出会った。

    「まさかとは思うけど、やれ人助けだの正義だの。
     その手のおチャラケた冗談かます為に……アイツと契約した訳じゃないよね?」

    他の人なんか知らない。
    魔法少女の力は自分の為に使う。
    そんな、師匠やマミさんとは対極に位置するヤツと。
    そいつが気に入らなくて、絶対に認められなくて。


    それから数日後、とんでもない事が発覚した。
    キュゥべえが黙っていた魔法少女の秘密の一つ、“ソウルジェムの正体”。

    あたしの魂はもはやこの体の中にはなくて、こんな小さな石ころになっていた。
    あたしの体はもはや生き物のそれじゃなくて、ソウルジェムで動かしてるだけの死体だった。
    あたしは……もはや、人間なんかじゃなかった……。
    もう……恭介と一緒に居られるような存在じゃないんだ……。


    へこんでたあたしを慰めたのは、皮肉な事に宿敵の佐倉杏子だった。
    マミさんは会えるような状況じゃなかったし、まどかはそもそも魔法少女じゃなかった。
    師匠に至っては心配こそしてても、この身体の事を悪いものだとは思ってない感じだった。
    そんなワケで、今のあたしに一番近い存在はそいつだった訳だ。
    そいつが言うには、
    対価としては高すぎるものを払ったんだから、自分の好きなように生きるべきなんだとか。
    ついでに、そいつが自分の為に魔法を使うようになるだけの過去(ワケ)があるのだとも解った。

    ―――それでも、あたしは自分勝手に生きるのは間違いだと思った。
    恭介の為に願ったのは間違いなんかじゃないと信じてた。
    だからあたしはそいつの事をつっぱねて。

    「正義の味方が間違ってる訳でも、なれないモノという訳でもないと教えてくれた」

    自分はそいつとは違うトコロを目指そうとした。
    そう、決めたのに……。

    857 = 851 :

    「わたくし、上条恭介君のこと、お慕いしてましたの」

    翌日、あたしに生まれたのは後悔の念。
    助けた筈の人を、見殺しにすればよかったという邪念。
    しかも、よりにもよって親友に対してだ。
    それらを振り払う為、師匠に聞いてみた。

    「師匠はさ、なんで正義の味方をやってるの?」

    この人だったらあたしを罰してくれる。
    この人だったらあたしを導いてくれる。

    そう信じていた。

    「―――俺が七歳の頃、俺の住んでた街で大火事が起きたんだ」

    予想を凌駕する悲惨な過去。
    そこから立ち上がる強さ。

    「その時に誓ったんだ。
     俺が代わりに正義の味方になるって」

    恩人の遺志を引き継ぐという美しさ。
    あたしにない物を持った素晴らしい人。
    そんな人が目指すんだから、やはり正義の味方は素晴らしいものなんだと。
    憧れながらも再確認していた。

    でも師匠―――衛宮さんが、その理想を打ち砕いた。

    「前にも言っただろ。正義の味方は最大のエゴイストだって。
     そいつが選んだ人間だけが救われて、選ばれなかった人間は救われないんだ」

    正義の味方による、正義の味方の否定。
    誰かを助ける為に誰かを助けないという命の取捨。
    それが正義の味方だと言った。
    そして、とどめの一言があたしを貫く。

    「俺が人を助けるのも、つまるところ自分の為だよ。
     俺は人が喜んでくれるのが一番嬉しいから、正義の味方なんてやってるんだ」

    ショックだった。
    人を助ける正義の味方が凄いんじゃなくて、人が助かる事を喜ぶ師匠が凄いんだ。
    親友が助かったというのにそれを喜べないあたしには、目指したモノはあまりにも遠すぎた。
    結局救われるどころか、あたしの醜さが浮き掘りにされただけだったのだ。

    858 = 851 :

    何も欲しがっちゃいけない。
    何も求めちゃいけない。
    醜い自分を覆い隠すように、あたしは剣を振るった。

    自分が傷ついても問題ない。
    それで誰かが助かるんだから。
    そう言い聞かせながら、あたしは剣を振るった。

    でも……ダメだった。
    戦えば戦うほどあたしの弱さを痛感して、戦えば戦うほど自分が醜さを実感した。

    それでもあたしは美しく在りたくて、その道をがむしゃらに走り続けたのに、
    その過程にあったのは喜びでも満足感でもない。

    地べたをはいつくばる度に、マミさんの華やかさを憧れた。
    傷を負っていく度に、まどかが持つ才能を羨んだ。
    戦いを一つ終える度に、師匠の強さを妬んだ。
    ビルの陰で身を休める度に、思い通りにいかない世の中を恨んだ。

    その果てはまだまだ遠くて。
    一瞬見えたと思ったゴールは偽物で。
    志半ばで力尽きてしまって。
    最後にはあたし自身を呪ってしまった。
    そうして全てを諦めた時、あたしは何もかも悟った。
    魔法少女の末路と、あたしには何を為す事も出来ないという現実を。

    「あたしって、ほんとバカ……」

    そのまま、溜め込んだ感情が溢れ出していった。

    ―――あ……これ、は……

    恋慕嫉妬羨望破壊愛情欲望幻想魔法。

    ―――ぐっ、つ……や、めろ……

    不平ガずるい世界ハ酷い才能ガ羨ましい成功ガ妬ましいあたしハ醜い何モかも死ね現実ガ悲しい心ガ苦しい存在ガ汚らわしい同情ガウザい喪失ガ怖いあいつガ愛しい運命ガ憎い全てガ欲しい殺せ壊せあらゆるモノを奪いトれ―――!

    859 = 851 :

    「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

    「ひゃっ、な、なに!?」

    跳ね上がる布団。
    それとともに、脇腹の辺りに感じた熱源が離れていった。

    「はあ、はあ……」

    今見てたのは夢―――じゃないな。
    あの瞬間に流れ込んできた美樹の記憶。
    一人の心では抱えきれなかった負の感情。

    「そうか―――そういう事、だったんだな……」

    たかが左手ひとつに命を懸けるなんて莫迦げてると思ってた。

    だが、美樹にとってそれは何よりも大切なモノ。
    愛したヤツに幸せになってほしい。
    かつて俺も経験した、何物にも替えられない願い。
    その結晶こそが、魔法少女としての美樹さやかだったのだ。

    「目が、覚めたのね……」

    僅かにだが喜びの色が見える声音。
    覗き込む顔は安堵の表情を見せていた。

    「悪いな。とんだ大寝坊だ」

    「…………全くね。料理もしないで寝込むなんて、貴方らしくもない」

    己への皮肉を込めた言葉に、皮肉の込められた軽口が返ってくる。
    これだけ言える元気があれば、ほむらの心配は無用か。
    ちゃんとメシを食べてるようで安心した。

    「美樹はどうなった?」

    問題はこっち。
    契約破りの短剣を突き刺してからの出来事だ。
    美樹の感情が流れてくるぐらいなのだから、何かが起きた事だけは確かな筈。
    その結果として残ったモノを問う。

    「生きてるわ。
     魔法少女でもなく魔女でもない、ただの一人の人間として、ね」

    「――――!」

    ほむらは確かに言った。
    美樹さやかは人間に戻った、と。
    流石は契約破りの宝具、という事か。
    こんな武器を手に入れられたのだから、あの時刺された痛みにも感謝しなければなるまい。

    「あいつは……今どうしてる?」

    「…………入院してるわ。
     彼女の両親と鹿目まどか、上条恭介が看病についてね」

    「…………そうか」

    多少の後遺症がある、という事か。

    でも、あいつならきっと社会復帰が出来るに違いない。
    それに上条と鹿目がついてるのなら俺も安心してられる。
    大切な人たちに囲まれながら、元通りの日常を過ごせる筈なのだから。

    「もう、俺が会う事もないな。
     あいつは平和な世界で幸せにならなくちゃ駄目だ。
     その世界に、俺は居てはならない」

    それを壊したりなんてしてはいけない。

    「あんなに入れ込んでたのに、随分さっぱりしてるのね。
     未練はないのかしら?」

    「ない」

    即答する。
    躊躇う必要はない。
    あいつが幸せになれるなら、俺は喜んで姿を消そう。

    860 = 851 :

    「さて、いつまでも寝てられ―――」

    「? どうしたの?」

    不思議そうな表情で俺を見つめるほむら。
    肩から流れてきた綺麗な黒髪が頬にこそばゆい。

    「……すまん、体が動かない。まだ回復が出来てなかったみたいだ」

    魔術回路にかなりの無茶をさせたしな。
    正常に戻るのに時間がかかったのだろう。

    「大丈夫なの……?」

    「ああ、大丈夫。
     半日だ。それまでには治すから」

    ゆっくりしてる程の余裕もないが、回復力には自信がある。
    ちゃんとまともに魔力を通せば―――。

    「あ」
    「あ」

    腹の虫が暴れ出したか。
    そういやまともなメシを食べたのは、だいぶ前の話だったな。

    「ご飯、あっためてくるわ」

    そう言って、ほむらがキッチンに向かっていった。

    冷蔵庫の開く音。
    皿を取り出す音。
    レンジが絶え間なく働く音。

    ……やばい、凄い落ち着かない。

    「だが、悪い気はしないな」

    「何が悪くないのかしら?」

    がちゃりとお盆が置かれた。
    自画自賛となってしまうが、旨そうな匂いが辺りを漂う。

    「よい……しょっ」

    「お、おい、何を?」

    ほむらによって、布団ごと上体が起こされる。
    見続けてきた天井が視界から消えて、代わりに目に入ったのは普段の寝所(押し入れ)。

    「で、これをこっちに……」

    俺を背中で支えながら、がたりごとりと作業するほむら。
    布団越しに感じる感触が、軟らかいものから硬い物に変わる。

    「こうしないとご飯食べれないでしょ?」

    「……驚いた。看護か介護の心得があったのか」

    「まあ……色々あってね」

    意外な特技だ。
    家事がアレなのにこのスキルは、不自然を通り越して奇妙だけど。

    861 = 851 :

    「ほら、口を開けて」

    「え?」

    ずいと迫りくるほむら。
    右手には箸を、左手には皿を。
    これって、つまり……?

    「ちょ、ちょちょちょ待て、ほむら!なんでさ!?なんでそうなむぐ―――!?」

    「怪我人は黙ってなさい」

    口の中に突っ込まれる煮物。
    ちょっと熱いけど、火傷する程じゃない。
    やや薄い味なのは、味が濃いのを好まないほむらの為に調整した証だ。

    「体が動かないのなら、こうしないとご飯は食べれないじゃない。
     それに貴方は私たちと違って、ちゃんと食事をしないといけないんでしょう?」

    次から次へとほむらが俺に食事をさせる。
    その間ずっと小言を言い連ねるのは、これまでに言ってきた事の意趣返しなのだろうか。

    「だいたい、貴方はもう少し体を大事にするべきなのよ。
     見てる側にとっては、美樹さやかと同じくらい怖いわ」

    まあ、食べさせてもらってる手前、何も言い返せない。
    悔しかったらさっさと回復しろ、という事か。

    「解った解った、もうヤケだ。冷蔵庫にあるだけ頼む。
     栄養がなけりゃ、魔力も回復しない」

    「あれ全部って……食べすぎよ、絶対!」

    「たわけ、まる二日は軍用糧食しか口に出来なかったんだぞ?胃の中からっぽだってんだ」

    久しぶりの騒がしい食卓。
    昔を思い出す落ち着きのなさだ。
    ……こういうのも悪くはないな。

    「次を持ってきたわ」

    ……恥ずかしいけど。

    862 = 851 :

    Interlude

    「んんーっ―――もう昼か……」

    佐倉杏子が目を覚ます。
    傍らに置いてある目覚まし時計は、とうに朝が終わっている事を示していた。

    「珍しいな、マミがこんな時間まで寝かしてくれるなんて」

    そう言ってベッドから抜け出す杏子。
    椅子にかけられていたパーカーを引ったくり、リビングに繋がる扉を開ける。

    「マミー、今日のメシはー?」

    返事はない。
    秒針が時を刻む音がするだけで、リビングは酷く静かなものだ。
    いや、リビングだけではない。
    キッチンも風呂場もトイレも、どこもかしこもが静寂に包まれていた。

    「あれ……? ま、マミ…………?」

    いくら捜せども見つからないマミ。
    どくんどくん、と杏子の心臓が唸りをあげる。

    「そ、そうだ。学校だ。学校行ったんだな、きっと」

    日付は平日、木曜日。
    学生ならば学校に行ってるのが当然だ。
    だが、マミは怪我をしてからの二週間は登校していない。
    その事は知っている筈だった。

    「ワルプルギスの夜が近いってのに、緊急の用がなくなったらすぐに学校に行くなんてな!
     これだから優等生は!」

    心に芽生えた不安の種。
    それを直視せぬように、杏子は自身へと言い聞かせる。
    マミは、理想の魔法少女は逃げたりなんかしないのだ、と。

    「それにしても、学校行くんならメシ置いといてくれればいいのにさ!
     しっかりしてるようで、こういうとこ抜けてるんだから、マミは!」

    誰も居ない独りきりの部屋。
    微かにひび割れて脆くなった心を抱えて、杏子は静かな午後を過ごす。

    Interlude out

    863 = 851 :

    ―――日が暮れてきた。
    普段なら晩飯の支度を始める頃合いだが、生憎今日はそうもいかない。
    食材は三日前に調理しきった。
    作った料理はつい先程食べきった。
    ほむらのアレは俺のバッグと一緒に置き去りにされた。
    要するに、今うちには食べ物が全くないのだ。

    そういう訳で、買い物に行こうとしたのだが。

    “なんで貴方は休む事が出来ないのよ!? もう時間がないんだから、回復に専念してよ!”

    なんて言って怒られた。
    仕方ないのでほむらにお使いを頼んでから二時間弱。

    「―――遅いな。
     やっぱりほむらに任せたのは間違いだったか……?」

    おとなしく布団に寝転がりながら、暇を持て余していた。
    完全に日が沈むまでに帰ってくればいいんだけど……まあ、期待はしないでおこう。

    「おや、暁美ほむらは留守なのかい」

    「……………………何の用だ?」

    どこから侵入してきたのか知らんが、インキュベーターが部屋に居た。
    あの夜と全く同じ無表情は、不気味以外の何物でもない。

    「今日は君と話をしに来たのさ、衛宮士郎」

    「……聞くだけ聞いてやる」

    暇は暇だった訳だし、こんなのに不覚をとるほど落ちぶれてもない。
    それに未だ正体の知れぬ怪生物の情報は、いくらあろうとも問題はない筈だ。

    「魔女になった美樹さやかとの戦いは見事な物だったよ。
     数多くの武器を操る姿はとても人間とは思えなかったね」

    「御託はいいから、本題に入ってくれ」

    「やれやれ、せっかちだね、君は」

    …………俺、こいつのコト嫌いだ。
    恐らく、どこぞの神父よりも。

    「結論から言うと、僕と手を組まないかい?」

    「断る」

    何を寝ぼけた事を言ってやがるか。
    どう考えても俺とこいつは敵同士だろうに。

    「……理由くらい聞いてから判断を下すべきだろう?」

    「…………」

    「話を続けよう。僕
     たちは熱的死に向かう宇宙を延命させるのが目的なんだ」

    「熱的死……?」

    「木を育てる為のエネルギーと木を燃やした時に発生するエネルギーは釣り合わない。
     そういった事の積み重ねで、宇宙全体のエネルギー量は常に減り続けている、という事さ」

    予想外にスケールの大きな話に面食らってしまった。
    どうやら、好きだ嫌いだの私情で判断すべきではなさそうだ。

    864 = 851 :

    「ふむ……続けてみろ」

    「いずれ来る滅びの回避の為には、失われる分のエネルギーを他から調達する必要がある。
     僕たちの星では、そのエネルギー源となる物を探求、研究してきたんだ」

    さりげなく地球外生命体だとか言いやがるか。

    「その過程で発見したのが“感情”と呼ばれる物だった。
     生命活動の中でなんのエネルギーも使わずに発生しながら、その生物の行動を左右するという要因。
     僕たちはこれをエネルギーとして利用する為のシステムを開発したんだ」

    「待った。感情を“発見”って、どういう事だ?」

    感情なんてあらかじめ備わってるモノだ。
    発見するようなモノでは断じて在り得ない。

    「僕らには感情という物がなかったのさ。
     でも、いくつかの星の知的生命体はそれを持っていた。
     それだけの事さ」

    こうして説明する間だって、顔色ひとつ変えない。
    まさしく血も涙もないヤツなのか。

    「この星に棲息する知的生命体、ヒトと呼ばれる種族もまた感情を持っていた。
     とりわけ思春期の少女たちはその変化が激しく、
    希望が絶望に変わる時に莫大なエネルギーを回収する事が出来ると判明したんだ」

    「で、その為の回収システムが魔法少女という訳か。
     おおかた魔女は魔法少女から希望を搾り取った残りカスとでも言うのだろう?」

    「その通りだよ。話が早くて助かるよ」

    巫山戯たモノだとは思ってたが、まさかここまでとはな。

    「んで、なんだってアンタが俺と手を組む必要があるんだ?」

    問題はそこだ。
    宇宙規模の活動をするこいつらが、俺と手を組もうとするのは何故か。

    「理由は二つだね。
     まずは君の武器を作り出す能力について研究したい」

    「……武器なら魔法少女にだって作れる筈だが?」

    ほむらは違うようだが、美樹の剣や佐倉杏子の槍は自分の魔力で作った物だ。

    「彼女たちに作れるのは彼女たちの魔法少女としての武器だけだ。
     対して君は、槍、弓、剣と様々な武器を作り出している」

    「その程度の事が出来るヤツなんざごまんと居るよ」

    剣と弓と槍を見た事のある投影使いになら、なんの苦もなく出来る筈だ。

    「問題はその武器だ。
     君の持つエネルギーを遥かに超えた量のエネルギーを内包している物が多くあるんだ」

    「…………」

    宝具とは英雄の武器に人々の信仰が集まった貴き幻想(ノウブル・ファンタズム)。
    俺の魔力量を凌駕してるのも必定だ。
    だが。

    「解ってるとは思うけれど、これはエネルギー保存則に反した現象だ」

    「いいや、きっちりきっかり等価交換だ」

    俺の投影は無い物を有る所から持ってきてるだけだ。
    故に消費する魔力量は決して多くはない。

    「そんな訳ないじゃないか。
     いったいどんな計算の仕方をしてるんだい?」

    「自然法則を破るなんて大それた事、俺なんかには出来んよ。
     案外、寿命とか預金残高とか、どっかの誰かの堪忍袋の緒の強度とかがなくなってるのかもしれんぞ?」

    誰の事、とは言わないが。

    865 = 851 :

    「……一旦この話は終わりにしよう。
     次に美樹さやかを人間に戻したナイフだ」

    キャスターの宝具、契約破りの短剣の事だろう。
    数ある宝具の中でも、これ以上に効果が強力で特殊な物はそうそうない。

    「本来不可逆である流れを無理矢理逆流させたそのナイフは、
     僕たちにとって非常に高い有用性がある」

    「……少女たちの再利用でもしようってつもりか?」

    「それに加えて、これだけの力を秘めた物が敵対者の手にあると、
    今後に支障がないとは言いきれない」

    「だからそれを自分たちの管理下に置こう、と言う訳か」

    敵の弱体化と味方の強化の一挙両得。
    実に理にかなった行動だ。

    「なるほど、アンタたちが俺と手を組むだけの価値は確かにあるのだろう。
     じゃあ―――」

    逆に俺がこいつらと手を組む利点は何なのか。
    そう尋ねようとした時だった。

    「ただい―――!」

    開く扉。
    発せられた声。
    部屋に満ちる殺気。

    「何の用……!?」

    次の瞬間には、銃を構えるほむらの姿があった。

    「君には何も用なんかないさ、暁美ほむら。
     今日は衛宮士郎に用があってきてるんだ」

    「そういう事だ。銃とそのバッグの中身を片付けててくれ」

    「でも―――」

    「大丈夫だ、ほむら」

    一時凌ぎでもいいから、ほむらをなだめないといけない。
    さもなくば話も出来ないだろう。

    「こいつと話終わったら、すぐにメシの支度にかかるから」

    「…………」

    ……よし。
    とりあえずは黙らせる事が出来たな。

    866 = 851 :

    「さて、続きだ。
     俺がアンタたちと手を組む価値は何なのか。俺の住む世界は等価交換が原則でね。
     それを答えてもらわない事には、首を縦に振る訳にもいかない」

    別段、無償奉仕が趣味という訳でもなし、“俺の物差し”で、俺
    が報酬と思える物を用意してもらわなければ。
    尤も感情も持たぬヤツらに、それを出来る筈がないが。

    「それなら考えてあるよ」

    「な、に……?」

    断じて、そんな事は有り得ないのだ。
    人は利用するものだという致命的な考え。
    それを補って俺を納得させるなんてコト、無理に決まってる。

    「僕たちの行動原理。それ自体が君の報酬になり得る筈だ」

    「?」

    「! ダメっ、それ以上そいつの話を聞いちゃ!」

    ほむらは何かを察したらしく、インキュベーターに掴みかかろうとする。
    だが招かれざる客とは言え、今は話を聞いておきたい。
    とりわけ相手の考えを理解できてないのならなおさらだ。
    故に。

    「ストップだ、ほむら。客人に手荒な事をするものじゃないな」

    伸ばされたほむらの手を掴み取った。

    「こいつは客なんかじゃないわよ」

    「俺はこいつの話を聞きたい。
     たとえその正体が悪徳セールスマンだとしてもな」

    「でも―――」

    口に手を向けてほむらの言葉を遮ると、納得いかないという態度が示された。
    それを気に留めず、話を続けるよう促す。

    「なんでも、君は正義の味方を目指してるそうじゃないか」

    「……それがどうした?」

    「さっきも言ったように、僕たちは宇宙の寿命の延長の為に活動している。
     この世に宇宙以上に重要なものはないだろう。
     宇宙が滅べば、全てが巻き添えだからね」

    ある空間の死とは、そこに内包される物全ての死と同義である。
    空間という概念で宇宙より大きな存在などないのだから、
    全体主義としてはその意見は真理なのだろう。

    「言わば僕たちは、この宇宙での正義だ。
     正義の味方を志す君が、僕たちに従わない道理なんてないだろう?」

    「…………」

    妙に自信を持って話す怪生物。
    伏し目で悔しそうに歯を噛みしめるほむら。
    それを見ながら、俺の意見を述べる。

    「……確かに、宇宙の為に活動するアンタたちは紛れもない正義だろう。
     そして、僅かばかりの犠牲でその途方もない存在が救えるのなら、それは正しい事なんだと思う」

    それできっと、多くの存在が生き延びられる。
    それが間違いだというのは、些か無理があるお話だ。

    867 = 851 :

    「だがな、それでも俺はアンタたちを認めない。
     犠牲なんてない。泣いてる人も居ない。
     誰もが悲しまない、そんな世界を望む」

    「そんな事は不可能だ。何かを犠牲にしなければ、何を得る事も出来ない」

    「そいつは百も承知だ。
     俺だって少数の悪を廃除して、多くの人々の幸せを手に入れてきた。
     一握りの人を切り捨てて、前に進んできた」

    幸福を求めて道を誤っただけの者も居た。
    善く生きてきたのに、運に見放された者も居た。
    助けを求めながら息絶えた者も居た。
    そんな数多の亡骸の上を俺は歩いてきた。

    「だけど―――いや、だからこそ。
     過去に置き去りにしたたくさんのモノの為にも、俺は俺を曲げる事だけは出来ない―――!」

    ―――衛宮士郎はこのように生き、そして死んだ、と。
    もしも親父やセイバーに会う事になっても、胸を張ってそう言えなければならない。
    その為の唯一絶対の条件。
    それを捨てる事は出来ない。

    「……交渉は決裂したようだね」

    「そのかわり、宣戦布告はなされたがな」

    もはや話をする必要はない。
    そう判断したのか、部屋の外へと向かっていく我が宿敵。

    「つくづく惜しいお話だよ。
     君は因果の量だけは、英雄のそれに匹敵するものだったからね」

    最後にこぼした言葉。
    それに対して俺は。

    「はっ、笑わせる。
     俺なんぞを英雄と比べてるようでは、さっきまでの話の真偽も疑わしいものだ」

    全力での嘲笑を返してやった。

    868 = 851 :

    ―――これはきっと五分にも満たない短時間。
    それなのに緊張と不安に襲われ、一時間にも半日にも思われた。
    その結末に彼が放った答え。
    正義に反する正義の味方。
    明らかに矛盾した存在だけど、これが衛宮さんの在り方。

    ……いえ、矛盾なんてしてない。
    全ての人を救おうとする事が間違ってる筈がない。
    間違ってる筈がないのだけど、何かしこりのような物が残った。

    でも、そんなのは些細な事だ。
    衛宮さんは私と共に戦ってくれる。
    それだけは確かなのだから。

    「―――待たせたな、ほむら。聞いての通りだ。俺はヤツらと戦う。
     その為にも、もうしばらくの間おまえの戦いに付き合わせてくれ」

    「……ええ、もちろん。期待してるわ」

    改めて手をとり合う。
    だけど、始まりの夜とは違う。
    確固たる信頼がそこにはある。
    共に戦う仲間として。

    「さあ、メシにしよう。ずっと寝てたからな、リハビリがてら、ちょっと付き合ってくれ」

    869 = 851 :

    Interlude

    「―――ったく、マミのヤツ、こんな時間までどこほっつき歩いてやがんだ?」

    深夜の巴マミの部屋。
    家主は不在。
    否、そんな人物は存在しない。
    家主だった者は既に家を捨てたのだから。
    だがしかし、杏子はそれを受け入れなかった。
    受け入れられなかったのだ。

    「久々に学校行ったから友達がうるさいんだろうけど、日付が変わるまでには帰ってこいって」

    夜遊びどころか、放課後の付き合いでさえマミは殆どしてこなかった。
    当然、その事は杏子も知っていた。
    それでも。

    「ああ、そうか! さやかのヤツのお見舞いに行ったんだな!」

    世間の常識に疎い杏子でも、こんな時間の訪問は迷惑だと判る。
    まして自分より人の社会で生きられるマミが、そのような事をする筈がないのも解る。
    それでも。

    「ひょっとして連絡がない事を心配して来た親戚連中に捕まったのか!
     今頃説教くらって泣きべそかいてんだろうな!」

    そのような殊勝な行動をとる親戚であれば、元よりマミは孤独に枕を濡らしたりはしない。
    誰よりもマミの孤独を知ってる杏子ならば、判らない筈がない。
    それでも。

    「……なんでもいいから早く帰ってきてよ……。ハラ減って死にそうだ……」

    それでも、杏子はあり得ない筈の可能性に縋りついた。
    そうでもしなければ、現実に目を向けてしまうから。
    そうでもしなければ理想を見失ってしまうから。

    「ねえ、マミさん……お願い、帰ってきてよ……」

    膝を抱えてうずくまり、杏子は呟く。
    だが、どんなに願おうとも、どんなに祈ろうとも、それをマミに伝えてくれる者は居ない。
    と、そこに。

    「――――!」

    がたり、という物音。
    杏子の胸の内に希望が生まれた。
    立ち上がり玄関へ向かって駆け出すと。

    「マミ―――」

    「わりと元気そうだね、杏子」

    全ての元凶たる白い悪魔、インキュベーターが居た。

    「なんの、用だよ……」

    落胆と失望を隠しながら杏子は問うた。
    その様子を静かに眺めるインキュベーター。

    870 = 851 :

    「マミは―――」

    「黙れ!! これ以上口を開いたら、テメェを……殺す」

    ―――経験が警戒を呼び起こす。
    紅い槍がインキュベーターに突きつけられた。

    「…………マミはもう―――」

    「うるさい! 黙れぇぇ!!」

    ―――知識が警報を発する。
    槍の穂先がインキュベーターの首を斬り落とした。

    「はあ、はあ、はあ……」

    ―――コイツの話を聞いてはいけない。
    聞けば絶望してしまう。  になってしまう、と。

    「やれやれ、本当に殺してくるとはね」

    「な―――!」

    杏子の表情が驚愕に染まる。
    殺した筈の相手の声が耳に入ったのだからそれも無理はない。

    「な、なんで……?」

    声の元には白い肉片。
    その隣では、インキュベーターがぴんぴんとしている。

    「まさか君は、僕が一体しか存在しないとでも思ってたのかい?」

    驚いたままの杏子に、インキュベーターは語りかける。

    「だとしたら、浅はかだと言わざるを得ないね」

    「え―――?」

    今度は杏子の背後から声が発せられた。
    振り返る。
    彼女の見開かれた瞳に写っていたのは白い小動物。

    「魔法少女は世界中に居るんだ」

    「当然、僕たちも」

    「世界中に存在する」

    右から、左から。
    マミの部屋に集結する大量のインキュベーター。

    「あ……ああ……」

    「この街にだって」

    「何体もの個体が」

    「配置されている」

    無限とも思わせる数に囲まれ、金縛りにかかる杏子の体。
    それを気に留める事もなく、言葉は続けられた。

    「近隣から」

    「集めれば」

    「その数は」

    「百にも」

    「届くだろう」

    ざわりざわり。
    継いで繋がれる合唱。

    871 = 851 :

    ふと、それが止んだ。

    「さて、話を戻そうか」

    「――――!」

    身の危険を察知して、杏子が槍を構え直す。
    そして、そのままそれを振り回す。

    「君がいくら待とうとも、マミが帰ってくる事はない」

    「や、止めろ!」

    二の句を継げぬよう槍で口を塞ぐ。
    続いて槍を薙ぎ払う。
    「マミはもう―――」

    「この街には―――」

    「居ないの―――」

    「だから―――」

    「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!」

    鬼神が如き槍捌きで、白き肉塊を量産していく。
    表情もまた鬼そのものであったが、燃えるような瞳には涙が浮かんでいた。

    「君たちに言わせれば―――」

    「敵前逃亡―――」

    「臆病風に吹かれた―――」

    「我が身可愛さで―――」

    「嘘だ! 嘘だ嘘だ嘘だ!」

    だがしかし、無数に存在する口を全て塞ぐのは不可能な話。
    せめて耳に届かないようにと杏子は叫ぶ。

    「嘘じゃない

    「マミは街の人たちの事より、自分の命を選んだ」

    「マミは君と共に戦う事より、自分が生き延びる事を選んだ」

    「嘘だぁッ!
     マミが逃げるワケない! マミがそんな事するハズない!」

    理想を守る為―――或いは自身を守る為か。
    杏子は声を張り上げ否定する。

    872 = 851 :

    「……杏子。
     君はマミの事を聖人や君子と勘違いしてないかい?」

    「え――――?」

    旋風のように振り回されていた槍がぴたりと止まる。
    溜められた涙が見開かれた瞳から溢れゆく。

    「同年代よりは少し大人びてるけど、マミも君と同じ少女でしかないんだ」

    「それどころかマミは魔法少女である事に強い使命感を抱くあまり、
    クラスメートとの付き合いを犠牲にしてきた」

    「その結果、マミは独りぼっちだった」

    「誰も居ないこの家で寂しさに啜り泣いてたのも一度や二度じゃない」

    金属のように冷たい声。
    磨き上げた爪となる言葉。
    それらが杏子の心に食い込む。

    「それを知ってながら黙って見てたのかよ!?」

    「僕たちは人間じゃない」

    「彼女の心を埋めるには力不足な存在だ」

    「だけど、一人だけ居たんじゃないかな?」

    「マミの事をよく知っていて」

    「マミの孤独感を和らげられた筈の人物が」

    「――――!」

    杏子に突き刺さったのは何よりも鋭い棘。
    確実に、より確実に悪魔たちは彼女を追い詰めていく。

    「そうだよね、杏子」

    「マミの弟子だった君は、マミと共にいられる唯一の存在だった筈だろう?」

    「それなのに君はマミの元から去っていった」

    「マミを深く傷つけてね」

    873 = 851 :

    がたり、とフローリングの床に槍が弾んだ。

    「以降のマミは本当につらそうだったよ」

    「でも君は彼女の下に戻ろうともせず」

    「挙げ句の果てに、自分の理想を押しつけた」

    「あ―――あ……」

    膝から崩れ落ち、頭を抱えてうなだれる。

    「理想なんてモノはそれぞれ異なる物だ」

    「それを無償で、見返りも用意せずに背負わせる」

    「些か横暴すぎるとは思うね」

    「ぐ―――ひ、ぐっ……」

    滴り落ちた大粒の涙。

    「それで自分の支えとして利用してきたのに」

    「その理想に背ける事を許さない」

    「ず……う、ぐじ……」

    理解してしまった。
    彼女の理想を裏切ったのは誰か。
    彼女の理想を壊したのは誰か。

    「それでもマミは、君と居る事だけを求めたのに」

    「そんな事さえも君は叶えてあげなかった」

    「ひっ、ぐず…………ごめ……なざい……」

    嗚咽から漏れ出たのは懺悔の言葉。
    だが、それを聞き届ける者は居ない。
    ここに居るのは無数の悪魔だけなのだ。

    「君が自分勝手に生きるのも自由だけど」

    「それに付き合わされたマミは本当にかわいそうだね」

    「ひっ、く……ごべん、なざい……マミざん……」

    謝罪は虚空に消える。
    もはや彼女が何を想おうと、それが届く事はない。

    「どうだい、杏子?」

    「君の理想(マミ)を壊したのは誰だい?」

    「君の理想(マミ)を裏切ったのは誰だい?」

    「ねえ、杏子?」

    「答えてごらんよ」

    解っていても答えられない問い。
    それが耳を駆け抜けた瞬間。

    「ああああああああああああああああああ■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!!!」

    異空間に絶叫がこだました。

    Interlude out

    874 = 851 :

    1回目はここまで
    見直しが完了しだい、次の投下に入ります

    875 = 851 :

    2回目の投下です
    17日目~残された疑問

    876 = 851 :

    ワルプルギスの夜まであと1日


    「―――始めましょう」

    朝食後、私たちはテーブルに着いていた。
    今日やる事は全て、ただひとつの目的の為となっている。
    その第一段階はここで行う事だ。

    「前にも言ったけど、ワルプルギスの夜は超大型の魔女よ。
     これまでに幾度となく出現して、数多くの魔法少女が命を散らしてきたという」

    「そんなのが、明日この街に現れるのか……」

    神妙な顔つきをしている衛宮さん。

    「まずはこれを見てちょうだい」

    資料その一をテーブルに広げる。
    その大きさは一番手にして最大。
    大きすぎてテーブルに収まりきらない程だ。

    「……この近辺の地図か」

    「ええ、そうよ。
     今回のワルプルギスの夜は、この見滝原を舞台とするわ」

    見滝原の全体とその周辺が描かれた地図。
    平面からでも見て取れる程の巨大な施設がある。
    経済の中心となってるビルが立ち並んでいる。
    そして、無限とも思える民家が存在している。

    「次にこれを見て。
     ワルプルギスの夜は過去に尋常でない被害をもたらしてきたと判るわ」

    資料その二を提示。
    ワルプルギスの夜に関する伝承とその被害の記録を見せる。

    「人口が少なく文明のレベルが低かった昔でさえ、これほど大きな数字を残してきた。
     現代の人が密集した都市で好き勝手やらせたら、どうなる事かしらね」

    「…………たくさんの人が死ぬ。
     助けを求めようと、誰も助けには来ない。誰かを助けようとすれば、誰かの代わりに命を落とす。
     泣いて、喚いて、嘆いて、この世の物とは思えぬ地獄が生まれる」

    眉間にしわを寄せ、苦々しい口調で衛宮さんが答える。
    いやにリアルな言いよう。
    まるで、かつてその現場に居合わせたかのような口ぶりね。

    「そう、この街の全てを守りきる事は不可能だわ。だったら、無理に守ろうとする必要もない。
     どんなに大きな被害だって、一箇所に留められれば復興にさして時間はかからない」

    「少数を犠牲にして多数を救う、と。
     あまり好きな考えじゃないが、この際建物ぐらいにけちけちしてられないか」

    まあ、そうよね。
    それを好んでるような人じゃないのは昨日判明した。
    もしそうなのだったら、インキュベーターと手を組んでいた筈なのだから。

    「その為にあらかじめいくつかのポイントを確保しておくわ。
     そこにワルプルギスの夜を呼び込んで、戦場とする」

    「まるでゲリラ戦だな。ついでに焦土作戦でも採ってみるか?」

    「もともとそのつもりよ。
     一区画全域に爆弾を設置。ワルプルギスの夜が接近し次第、爆破させていくわ」

    あの暴風はビルをも武器とする。
    それを封じる為にも、この作戦は都合がいい。

    「つまり、今日やる事はその準備という訳か」

    こういう所では本当に察しがいい人ね。
    戦友として付き合うのなら、この人以上に優れた人もそうは居ないでしょう。

    877 = 851 :

    「だが、場所はどうする? 何か心当たりでもあるのか?」

    「それなら任せてちょうだい」

    赤のサインペンを構える。
    それを地図上に落として、大きな丸を一つ描く。

    「ワルプルギスの夜の出現ポイントはだいたいこの範囲内になるわ。ここに加えて」

    今度は青のサインペンで、小さめの丸をいくつか描き加える。

    「補助としてこの辺りの霊脈を抑えておこうとおも―――」

    「ちょっ、ちょっと待て! この街の霊脈なんか抑えてどうする!?」

    慌てた様子の衛宮さん。
    何かヘンなコトでも言ったかしら?

    「はっきり言って、この街は霊地としては三流だ。
     霊脈なんか抑えてもゼロか一かの違いにしかならない。
     そんなのに縛られるよりは、もっと自由に行動できるのがいい」

    …………まあ、専門家の言う事は素直に聞いておこう。
    戦闘においても“魔”というモノにおいても、衛宮さんの経験は私より豊富なのだから。

    「じゃあ、こうしましょう」

    地図上に細長く緑のサインペンで囲む。

    「攻撃のしやすさと敵の攻撃手段を奪う事を考えて、川の方に誘導をする」

    ビルを爆破するといっても、残った瓦礫でさえも彼女の武器にされる。
    攻撃は最強の防御だなんて言うけれど、それは相手に防戦を強いるだけの火力がある事が前提。
    怯む事を知らないワルプルギスの夜と戦うならば、やはり武器を奪う以上の防御は有り得ない。

    878 = 851 :

    でも、これには一つ問題がある。

    「これは同時に、私たちとワルプルギスの夜との距離が離れる作戦よ。
     つまり剣士―――剣が武器である貴方には攻撃がしづらいという事でもあるわ」

    佐倉杏子との最初の戦いで衛宮さんは剣を飛ばしていた。
    原理は不明だけど、あれの射程次第では苦戦を強いられるかもしれない。

    「ちょっと待った。ほむら、おまえは一つ勘違いをしている」

    「え―――?」

    「おまえの言った通り、俺の武器は剣だ。
     だからと言って俺は剣士だというワケじゃない」

    ひらひらと、私に右手を振りながら語る衛宮さん。
    どういう事なんだろう。
    剣を使うから“剣士”というんじゃないのかしら?

    「ほむらには見せた事がなかったかもしれないが、俺の本業は“弓兵”だ」

    「………………はい?」

    「いや、だから、俺は剣士(セイバー)じゃなくって、弓兵(アーチャー)なんだよ」

    剣を使うのに弓兵……?
    どう考えても矛盾している話ね。

    「……説明をお願いできるかしら?」

    「説明も何も、投影した剣を弓に番えて射つんだが」

    ……確かに“剣を使う弓兵”ではある。
    けど、いったいどこの世界にそんな珍奇な戦法を用いる人がいるんだか。

    「それって、効果あるのかしら?」

    「ああ。軽くやっても射程でそこらの狙撃銃に負ける事はないな。
     威力に関しても、投影元のオリジナルが桁外れなんだ。
     心配は何も要らない」

    ……改めて認識した。
    この人は何もかもがデタラメだ。
    能力も、攻撃手段も、威力も。

    「―――決まりね。爆弾は出現ポイントから川へ誘導するように仕掛ける。
     それに加えて、川辺に閉じ込めるように設置する」

    「承知した」

    よし、と衛宮さんが立ち上がった。

    善は急げ、という事かしらね。
    やろうとしてる事が犯罪なのは……まあ、今更よね。

    「早速始めるとしよう。爆弾の貯蔵は十分だよな?」

    「問題ないわ」

    衛宮さんに続いて立ち上がる。
    歩みの先は玄関のドア。
    決戦の為の第一歩。
    最後の一日の猶予期間(モラトリアム)。
    やれるだけ、やっていこう―――!

    879 = 851 :

    爆弾の設置完了後、ほむらに案内をされていた。
    連れてこられたのは、美樹の初陣を彷彿させるような廃工場。
    正直、ほむらの意図が掴めない。

    「こんなとこに連れてきてどうしようってのさ?」

    「見ればわかるわ」

    そう言って、工場の扉を開けるほむら。
    彼女に促されるままに中に入っていく。

    「こいつは……!」

    「これが今回の戦いでの主力よ」

    名前は知らないが、そこにあるのはヘリコプターだ。
    戦闘用の設計らしく、マシンガンやミサイルが積んである。

    …………どうやって搬入したのやら。
    いや、察しはつくけどさ。

    「戦闘機の最高速度は素晴らしいものだけど、ビルの多い見滝原では十分に活かす事は出来ない。
     それよりも小回りの利くヘリの方が機動力としては優れてるわ」

    「それだけじゃない。こいつなら俺でも操縦できる。
     つまり、操縦役と攻撃役が入れ代われる戦車(チャリオット)のようなもんだ」

    しかもそれぞれが全く異なる武器を扱うワケだから、交代にもメリットが生まれる。
    攻撃に幅が出来るってもんだ。

    「? 戦車(タンク)の操縦と攻撃は一人でも出来るわよ?」

    「まさか。そんな事やれる訳ないだろ。
     かの英雄クー・フーリンにだって、ちゃんと御者がついてたんだぞ?」

    そういやあいつがライダーで召喚されると、戦車とセットでついてくるのだろうか。
    ペガサスがついてくるぐらいなんだから、人間の一人や二人なら不思議でもなんでもないが。

    「…………誰、それ?」

    「知らないのか? ケルト神話一の大英雄だが」

    「なんで神話の世界に戦車があるのよ」

    「そりゃあるだろ。飛び道具と機動力を兼ね備えた兵器はどこの世界でも有用だからな」

    「神話で、戦車(タンク)が?」

    「ああ。神話で、戦車(チャリオット)が」

    いまいち納得のいかないって感じの表情のほむら。
    でも事実は事実なんだから仕方がない。
    まあ、それは置いといて。

    「ところで、あそこできのこかたけのこかの如く並び連なってるのはなんだ?」

    金属の光沢と重量感を持つ筒の集団。
    正体に見当はつくけど、いったいどこから拾ってきたのやら。

    「所謂ロケット弾よ。そこにあるのはまだ点検していないから、念の為触らないで」

    ……そこ、という事は、他の所にまだまだあるという事か。
    これを一人で使おうってんだから、デタラメな話としか言いようがない。
    世の軍事関係者が聞いたら卒倒するだけで済むのやら。

    880 = 851 :

    「あと一つ、貴方に見せたい物があったわ」

    「まだあるのか。最後はなんだ?」

    「外にあるわ。ついて来て」

    先導するほむらに続いて扉を抜ける。
    外壁に沿って裏手に回ると、鉛色のカバーに覆われた物体。
    高さはほむらの腰より少し高い程度だが、全体では彼女を遥かに上回る大きさ。

    「これよ」

    そう言うとともに、カバーが取り払われる。
    後にそこに残っていた物は。

    「へえ……いいバイクだな」

    頭に超が付きそうな大型二輪。
    丁寧に手入れされてはいるものの、あまり使い込まれてはいない。

    ……使い勝手が悪すぎて出番がなかったんだろうな。

    「男の人って、やっぱりこういうの好きなのかしら?」

    「いや、これは俺個人の好みだな。昔よくいじらせてもらってたんだ」

    藤村の爺さん……元気にしてるんだろうか……。

    ―――いや、元気だな。
    どうせ今も柳洞寺の住職の張り合ってるに違いない。

    「じゃあ遠慮なく使わせてもらうが、工具とか持ってないか?
     弓を引きやすいように改造しておきたい」

    「ええ、中にあるわよ。ついでにヘリの整備もしてしまいましょう」

    ほむらの提案に頷いた。
    工場は裏口のない不便な作り。
    表に戻る為、バイクを押し進む。

    その時―――。

    「魔女か―――!?」

    「こんな時に……!」

    世界は異界に覆われた。

    881 = 851 :

    「ほむら、武器は大丈夫か?」

    「数だけはね。でも、出来れば明日に温存したいわ」

    やはりな。
    ほむらの武器は使い捨てだ。
    明日に懸けるほむらには、今日使える武器などないのだろう。

    「わかった。ここは俺に任せろ。ほむらはカバーを頼む」

    ほむらを背後に回し、戦闘体勢に入る。

    構えこそ徒手空拳だが、いくつかの武器のイメージは用意済み。
    魔女の姿を視認次第、魔術回路に流し込む―――!

    「■■■■■■■■■■■■■■■」

    「来たわ―――!」

    咆哮と共に聞こえてきたのは蹄を鳴らす音。
    漂ってくるのは鼻に付く黒煙。
    それらは徐々に大きくなり、濃くなっていく。

    そして。

    「■■■■■■■■■■■■■■■――――!」

    現れた魔女は騎乗兵(ライダー)。
    手に持つ得物は槍。

    「投影、――――!?」

    「■■■■■■■■■―――!!」

    「どういう事……?」

    対峙する事もなく走り去っていく魔女。
    ほむらが困惑するのも解る話だ。

    だが―――問題はそれではない。

    「ほむら! キーを寄越せ!」

    「追うつもり?」

    「当然だ。早く!」

    ほむらからキーを受け取り、バイクに跨がる。
    急げ。
    結界が消えてからでは手遅れだ。

    「きゃっ」

    アクセルを全開。
    エンジンに鞭打つ。
    絶対に逃がすワケにはいかない。
    何がなんでもあいつにルールブレイカーを突き刺す―――!

    882 = 851 :

    「■■■■■■■■■■■■■■■」

    スタートダッシュの甲斐あってか、魔女の姿を再び捕捉した。
    手にする槍をもう一度解析する。

    「っ―――!」

    やはり、そうだ。
    俺はあの槍を見た事がある。
    その形状は違えども、幾度と打ち合った紅き槍。

    「いったい、何故……?」

    何故彼女は絶望したのか。
    仲間は居た。
    目的は果たした。
    それにあの性格だ。
    絶望とは無縁のようだったのに。

    「くそっ、待ちやがれ!」

    減速の必要はない。
    最高速度のまま追走する。
    少なくとも並走しなければ、短剣では届かないのだから。

    「■■■■■■■■■■■■■■■」

    「うおっ?」

    巨大な槍が突然振るわれた。
    何を目的としてるのかは判らないが、どうやら邪魔者と見なれたらしい。

    「―――投影、開始」

    左に干将を握る。
    ハンドルから手を放せないのがハンデになるが、やらない訳にはいかない。

    「■■■■■■■■■」

    「っく―――」

    再び迫る槍を受け流す。
    バイクが大きく揺れ、崩れたバランスに手をこまねく。

    「なあっ!?」

    二度三度と追撃が襲う。

    ―――元より衛宮士郎には天性の才能などない。
       今持ってる物は全て鍛錬の産物だ。
       故に、俺に経験不足という事はあってはならないのだ。
       仮にそれに直面する事があれば―――

    「がぁっ!」

    猛攻の前に干将が弾き飛ばされた。
    イカレたバランスの上で投影を行う程の経験はない。
    徒手空拳のまま次(最後)の一撃を迎える。

    「く―――くっそオオオォォォォォ!」

    ―――其れ即ち、俺の……敗北だ―――

    間一髪回避した槍。
    それは俺の跨がる銀色のボディを両断した。

    「ごっ―――ぐぅ、がっ―――」

    投げ出された体が地面を転がる。
    だが、それもここまで。
    短い間の愛車からの僅かばかりの遺産が、摩擦によって奪い去られてしまった。

    「くそっ、くそっ……ちっくしょぉぉっっっ!」

    静止した肉体は結界から追い出され、魔女(佐倉杏子)の姿はもはやどこにもなかった。

    883 = 851 :

    「……何か、言う事はあるかしら?」

    帰宅した衛宮さんは擦り傷に塗れてた。
    再三確認するけど、明日は決戦、ワルプルギスの夜なのだ。
    ここでまた戦線離脱をされては困るのは言うまでもない。

    「すまん。魔女を取り逃がした」

    「……………………」

    そういう事じゃない。
    なんかもう、この人は心配するだけ無駄なんじゃないのかしら?

    「まあ、重傷は負ってないのならいいわ。
     明日さえ戦えれば、今日のところは許してあげる」

    「そりゃ助かる。
     ところで、その明日の準備はどうしたんだ?」

    「全部やったわ。ヘリの場所も移しておいたわ」

    万全とは言えないけど準備は完了。
    あとは明日を迎えるだけ。
    明日に全てを出し切るだけ。

    「そっか、さんきゅ」

    そうとだけ言って、衛宮さんはキッチンに向かう。

    ―――決戦前夜。
       いつも通りに夜は更けていった。

    884 = 851 :

    2回目終了
    残る最終日が完成したら、投下を再開します
    ちなみに現在、バスの出発まで2時間を切ったところです

    886 :

    しかしこのQB汚いな

    887 = 851 :

    もう間に合いませんね、これ
    今日のところは諦めます
    でも、あと1日で区切りがいいところになりますので、どうしてもここでやめるのはなんか嫌です
    そういう訳であと1回分の投下をそのうちしてから、このスレは落としたいと思います
    ネットカフェに行った事はないですけど、まあ何とかなるでしょう

    では、来週になるか再来週になるかわかりませんが、もう少しだけお付き合い願います

    888 :

    本当にマミさんは逃げ出したのか?
    もしそうなら仲間を見捨てて逃げた、自分が一番大事な最低な屑になっちまうぞ

    889 :



    屑じゃあないだろう
    自分が死にたくないから逃げるって言うのが普通の人間で死を覚悟で挑むなんて無理

    890 = 888 :

    それでも相談もしないで仲間を見捨てるような事はやっちゃ駄目だろ
    自分が味わった孤独を弟子に味わせてしかもそのせいで魔女化だぜ?
    少なくとも仲間が欲しいなんてもういっちゃいけないレベル

    891 :

    確かにマミさんには「正義の味方」を名乗る資格はもうないだろうな
    ただ全てが終わった後にこのマミさんがどうなるかが気になる
    信念も仲間も捨てたわけだし

    893 :

    マミさんは死の痛みと恐怖を体験してるから心が脆かった。
    それだけの事だろ?

    894 :

    負けるのが必定な戦いから逃げる人間を臆病だと罵るのは酷というものだろう。

    なんだかんだでQBの主張と士郎の主張は交わらないか。
    まぁ、どんな冷徹な合理主義者だろうといつ滅ぶかわからない宇宙の延命と、身近にいる人間とでは後者を優先するだろうよ。

    895 :

    乙!

    スレ残り少ないから議論は控えめにな

    896 :

    紅茶も切り捨てるべき1こそを救いたかった!
    って言ってたからな
    魔法少女優先するのは当然だぜ

    897 :

    >>890
    QBの言うように、マミ本人を追い詰めてしまった杏子には相談できないだろ
    当時の杏子はマミにとって自分を死地に追いやる死神みたいなもんだったし

    898 :

    来てたのか、おつー

    宇宙の熱的死か…耳が痛いでしょうね、ミス・ブルーwwwwwwwwww

    899 :

    突然携帯が壊れました
    電源が入らないから、書き溜めの回収も出来ないです
    どうしましょうかねえ……

    900 :

    サルベージは絶望的か?
    ショップとかでもできない物なのだろうか


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