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    元スレ上条「俺達は!」上条・一方「「負けない!!」」

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    901 :

    「まぁ急かすなよ。とにかく、人の意識や記憶は魔術的な干渉が案外簡単に出来るって話なんだが」

    言いながら、今度は何やら白い粉を桶に振り撒く。

    「こいつは、夢みたいな記憶の整理時にも言えるのさ」

    一説には、夢とは脳が睡眠中に様々な記憶を整理している時に起こるモノであり、それ故に突拍子もない内容を見る。

    記憶を整理する脳の『意識』。

    だから魔術による干渉は可能なんだぜい、と土御門は説明してくれた。

    「今からするのは、特定の人が見る夢を水面に映像化する術です」

    桶の裏の符と対象の枕の中に仕込んでおいた符が水面と刀夜の掛橋になって、映像化してくれる。

    神裂はそう説明すると、両手で桶の縁を掴んだ。


    902 :

    「水面に対象の夢を映して、こちら側が相手の記憶から適当にワード検索して引っ掛かった記憶を夢に見させるって寸法だ」

    まぁ言うなればネットの検索エンジンだな、と土御門は付け加えた。

    なるほど、と一方通行は『御使堕し』というワードでネット検索するような絵を想像する。

    科学と魔術、どちらにも関わる土御門の例えは中々に分かりやすい。

    ついでに、だからこんな真夜中を選んだのか、とも納得した。

    「……そんなの上手くいくのか?」

    先程からずっと黙っていた上条が口を開く。

    その声は迷いはあったが、芯のあるモノだった。

    「上手くいかなきゃ刀夜の無実は確定するぜい」

    それだけ言って口角を上げて、土御門は神裂を見た。

    視線を受けて、彼女は頷く。

    「……では、始めましょう」

    神裂の言葉と同時、水面が月光を受けて揺れる。

    闇と小さな光のみを写していたそこに、ゆっくりと何かが写ろうとして――


    903 :

    「……ふむ」

    「……出て、こないな」

    数秒、数分と待っても、何も起こらない。

    ただ、真っ白な光が水面を照らすだけである。

    「うーむ。まぁそうなるか」

    まぁ分かってたけどにゃー、と土御門が目を桶から離す。

    元々そう期待していた訳でもないらしい。

    特に気にした様子もなかった。

    しかし、

    「……あれ?」

    上条が声を上げる。

    それにつられて、一方通行も桶を見た。

    (……水の色が)

    突如として、水が多彩な色を浮かべ始めた。

    それはまるで感光し始めた写真のようだ。

    ゆっくりと色が変わり、水鏡が揺れる。

    そして。


    904 :











    『そら、行くぞ当麻ー!』

    どこかの、滑り台やブランコなどのありふれた遊具が設置された、ありふれた公園。

    よっ、と掛け声を出して男が小さなボールを投げた。

    綺麗な放物線を描き、ボールは男の正面に立っている小さな子供の頭の辺りに落ちていく。

    子供はそれを受け取ろうとしたが、手が間に合わず、見事に顔面に当たった。

    『わっ、あ、わわっ!?』

    『あらあら大丈夫かしら当麻さん?』

    『あぁ、すまない当麻! 大丈夫か?』

    慌てた様子で、父親らしき男はツンツン頭の子供に近寄る。

    一方、鼻の辺りを撫でながら子供はニコリと快活に笑う。

    『うんっ!』

    どこにでもある、ありふれた『幸せ』に生きる、ありふれた家族がそこにいた。


    905 :











    『そら、行くぞ当麻ー!』

    どこかの、滑り台やブランコなどのありふれた遊具が設置された、ありふれた公園。

    よっ、と掛け声を出して男が小さなボールを投げた。

    綺麗な放物線を描き、ボールは男の正面に立っている小さな子供の頭の辺りに落ちていく。

    子供はそれを受け取ろうとしたが、手が間に合わず、見事に顔面に当たった。

    『わっ、あ、わわっ!?』

    『あらあら大丈夫かしら当麻ちゃん?』

    『あぁ、すまない当麻! 大丈夫か?』

    慌てた様子で、父親らしき男はツンツン頭の子供に近寄る。

    一方、鼻の辺りを撫でながら子供はニコリと快活に笑う。

    『うんっ!』

    どこにでもある、ありふれた『幸せ』に生きる、ありふれた家族がそこにいた。


    906 :











    「……あ」

    上条が目を丸くしていた。

    あれは、どうみても。

    「……カミやんにもあんな時代があったんだにゃー」

    どうして今はこんな風に、とどこから出したのか分からないハンカチで土御門が目元を拭っている。

    古風すぎンだろ、と言いたいのを一方通行は抑えた。

    「……うるせい」

    照れたような顔で、上条は土御門を睨む。

    「土御門、少しは真面目にしなさい」

    呆れたように神裂が告げる。

    そうしているうちに、水面がまた揺れた。


    907 :











    『……』

    厳しい顔で、男はアスファルトの道の上、自分の家の前に立っていた。

    周りには似たような家が何軒もあった。

    そんな中、男は『それ』を見ていた。

    そこへ、家の玄関から出てきた妻である女性が近付く。

    いつまでも家に入らない夫が気になったのだろう。

    『刀夜さん、どうかし……ッ』

    じっと壁を見つめている夫を不思議に思ったらしい彼女は、その先にあるモノを見て、全てを理解した。

    男は彼女の方を向かずに告げた。

    『……母さん、水とモップを取ってきてくれないかな』

    『……はい』

    夫の頼みに、パタパタと急いだように妻は家の中に消えた。

    それを見送って、男は深くため息を出した。

    『……どうして』

    それから消え入りそうな声で呟く。

    『どうして、こうなるんだろうなぁ』

    男は改めて、正面を注視する。

    そこには、無茶苦茶に落書きされた家の壁があった。


    908 = 907 :








    ある幼稚園に、父親は来ていた。

    もちろん、目的は息子のお迎えである。

    小さな門をくぐり、中に入る。

    周りには自分と同じ目的の人々がいて、皆彼を見ては何事かを語り合っていた。

    それを無視して、父親は進む。

    駆け寄ってきた園の先生に挨拶し、息子の居場所を確認してから、また歩きだす。

    『とーさんがいってた! あいつのせいでうちのくいぶちーがへったんだって!』

    『うちもうちもー!』

    道中で聞こえてくる純粋な悪意のある声に、父親に出来るのは聞こえないふりぐらいだった。

    たいした距離ではない道を数時間歩いたような気持ちで、彼は呼びかける。

    『……帰ろう、当麻』

    声をかけると、砂場に一人いた子供は俯き加減に立ち上がって近寄る。

    『……うん』

    園の先生達への挨拶もそこそこに、二人は手を繋いで歩き出す。

    逃げるように、素早く。


    909 = 907 :








    『それでね、そのこねこさんがこーんなにおっきなきでふるえててね、いそいでおれがたすけにいったの』

    手を広げながらジェスチャーして、頑張って状況を説明しようとする子供に父親は微笑む。

    『そうか、子猫さんは助けられたか?』

    『うん! もーのぼっちゃだめだよってちゅーいした!』

    びしっ! と子供は人差し指を前に向けた。

    それがまた何だかおかしくて、父親は笑みを崩さなかった。

    『そうか、偉いぞ』

    わしわし、と頭を撫でてやる。

    それだけで、子供は嬉しそうにした。

    本当に、輝かしい笑顔だった。

    が、すぐに彼は暗い色を表情に出した。

    『でも、ね』

    『うん?』

    『ほかのこにすごくおこられちゃった』

    しんみりした調子の言葉に、少しだけ息が詰まった。

    『……なんて?』

    とりあえず、聞き返す。

    子供は黙ってしまった。

    言いにくそうに、口だけを小さく動かす。

    どうしたんだ? と父親が声をかけると、やがて、躊躇いがちに音が出た。


    910 :

    『……おまえがたすけたらこねこさんがふこーになるだろ、って』

    『ッ!!』

    息を、呑んだ。

    信じられないほど残酷な言葉に。

    そこに込められた感情に。

    父親は、何も言えなかった。

    『…………とーさん、おれってうまれちゃいけないこだったのかな』

    やめろ、と父親は思わず声を上げたくなった。

    しかし、子供は続ける。

    『たーくんのおとーさんとおかーさんがりこんをしたのも、
    ありさちゃんのおとーさんのおしごとがなくなっちゃったのも、
    せんせいのおとーさんとおかーさんがいっしょにしんじゃったのも』

    一言一言が父親の心を傷付けるのに気付かずに、子供はさらに告げる。

    『おれの、せいなのかな?』

    その顔には、年頃の子供には似合わない、深い心労が表れている。

    『おれが、みんなにあっちゃったからなのかな?』

    子供がまだ話そうとしているのが分かり、父親は言葉を出そうとする。

    いけない、その先を言ってはいけない。

    ……言わないでくれ!


    911 :








    『おれが……やくびょーがみだから、とーさんやかーさんがときどきさみしそうにするのかな?』







    912 :

    なんという寸止め
    いったんおつ

    913 :

    幼い子供にこんなこと言わしちゃうんだもんな。なにかに縋りたくなる刀夜さんの気持ちもよくわかる

    914 :

    うるっときた

    915 :

    こんなスピードで投下して大丈夫なのか

    916 :

    言い終えると同時、父親は何も言わずにしゃがんで子供を抱きしめた。

    突然の事に子供は驚いたようだが、関係ない。

    『そんな、そんな事!!』

    父親は叫ぶ。

    全てを振り払うように、願いを込めて。

    自然と力が入る。

    子供は少し苦しそうにしていたが、彼は気付いていない。

    頭の中には、ただ子供を取り巻く世界の事しかなかった。

    『――ある、もんか……ッ!!』

    何故だ、何故この子がこんな事を考えなければならないのだ。

    優しく育ったこの子が、何故そんな『不幸』とかいう訳の分からないモノに苦しまないとならないのか。

    しばらくして父親は立ち上がり、子供の頭を撫でた。

    無言のまま、ひたすら手を動かす。

    子供はずっと俯いている。


    917 :

    父親は自らの無力さを呪い、世界を呪った。

    そしてその呪いは急速に戻り、彼らに牙を剥く。

    『……がっ!』

    いきなり頭に鋭い痛みが走る。

    キン、と金属音がしたのを知覚したのは、痛みの後だった。

    『え?』

    崩れ落ち始めた父親を、子供は呆然と見ていた。

    『ハァ……ハァ……』

    倒れかけた父親が横目で確認出来たのは、息を荒くした、恐ろしい形相の男。

    その手には、出刃包丁が一本。

    そして足元には、自分の頭を直撃したのであろう折れ曲がった鉄パイプ。

    そこまで確認して、父親は地面に伏せた。

    『ひっ、あっ……』

    何が起きたのか理解したのか、子供はたじろぎながらも、その場を離れない。

    恐怖のためか、それとも父親を置いていけなかったのか。

    父親は叫ぼうとした。

    逃げろ、逃げろ、逃げろ。

    しかし、殴られた部分が激しく痛み、言葉が出ない。

    『う、おぉぉぉぉっ!!』

    まず聞こえたのは、不安定な一つの叫び。

    誰かがコンクリートの上を走る足音。

    次に聞こえたのは――

    『わ、ああぁぁぁあああ!?』

    高く耳をつんざくような、独特な子供の悲鳴。


    918 = 904 :

    『…………ッ!』

    後頭部を襲う痛みを味わいながらも、父親は顔を上げる。

    その、目の前には。

    『当……麻……?』

    瞬間、もはや痛みなどどうでもよくなった。

    必死に駆け寄り、仰向けに倒れたそれに縋り付く。

    青ざめた顔で、子供は震えていた。

    その下腹部からは鮮やかな赤が服に染みはじめていて、酷く汚れていく。

    慌てて父親はその辺りを止血しようと抑える。

    しかしそうしたところで、出血は止まらない。

    何も、戻りはしない。

    『――当麻ァァァァああっ!!』

    悲しみのこもった叫び声、それだけが響いた。


    919 :








    『上条さん、いるんでしょう!』

    『息子さんを助けたくないんですか!』

    『うちの息子は君達の商売道具なんかじゃない! 帰ってくれ!』

    玄関を取り囲む無数のカメラと人に、外へ出てから男はひたすら大声を上げる。

    それから、家の中に引っ込み鍵をかけた。

    そこでようやく一息ついたように、男はドアに背を預けて座り込んだ。

    通り魔的に刺された『不幸』な息子をネタにしようと、連日マスコミが家を訪れるようになったのだ。

    息子の怪我はもう治ったが、おかげでこちらの精神は擦り減るばかりである。

    数秒してから、男はまた立ち上がる。

    休んでいる時間はない。

    さっさとリビングに戻った。


    920 :

    『刀夜さん……』

    入るとすぐに、近くの食卓にある椅子に座っていた妻がこちらへ向いた。

    その顔は、心労に憔悴しきっていた。

    『当麻は?』

    質問に、彼女はふるふると首を振る。

    『寝かせて、きました』

    『そうか』

    それだけ言うと、男は隣の椅子に座った。

    妻は、焦点の合わない、隈だらけの目元を悲しみで滲ませている。

    『……あの子、ずっと「ごめんなさい」って、私に謝ったんです』

    しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと喋る。

    思い出すように、もう一度それを心に刻むように。

    『……そうか』

    男は相槌を打つ。

    彼には、それしか出来ない。

    『謝るのは、私達なのに。ずっとずっとひたすら』

    『もういい』

    思わず、ヒステリックな声を上げてしまう。

    それほどまでに、男は疲れていた。

    しかし、彼は弱音を吐かない。

    吐く訳には、いかなかった。

    『母さんも疲れただろう。ゆっくり……は出来ないかもしれないが、休むと良い』

    こくり、と妻は頷くと二階へとふらついた足取りで向かっていく。


    921 :

    その場にただ一人残された男は、ソファに座り込むと何度目か分からないため息を吐いた。

    何故だ、何故こんな事に――

    『いやっ、撮らないで!』

    しかし、考える暇もなく、事態は進行する。

    疲労困憊の体に鞭をうち、男は全力で階段を駆け上がる。

    廊下を走り、一気に音のした部屋――息子の寝室のドアを押し開けた。

    『くっ、何をしている!』

    目の前には、窓から部屋の中を撮影するテレビカメラとマイクを持った人間。

    必死に布団を被せて息子の姿を映すまいとする、妻の姿だった。

    相手は二階へと無理矢理梯子か何かで登ったらしい。

    ……油断していた。

    『テレビの前の皆さん、ご覧ください! あれが噂の呪われた少年です! 江原さん、いかがでしょうか?』

    カメラはひたすら、震えている布団の中身に向かっていた。

    瞬間、男は怒りに心を支配された。

    『――いい加減にしろ! 警察を呼ぶぞ!!』

    叫びを上げると、カメラはあっさり引っ込んだ。

    警察、という言葉が男の使える唯一の手段だった。


    922 :

    あっさりと静寂の戻った部屋には、荒い息を整える男の呼吸音、そして妻の泣き声だけが残った。

    布団から、窺うように子供が現れた。

    彼の目は赤く腫れていたが、涙はなかった。

    もう、そんなモノは出尽くしていた。

    『……ごめん、なさい』

    一言、搾り出すように彼は謝った。

    その行動に意味がないのは、知っているはずだ。

    だが、彼にはこれしか出来なかった。

    男は苦しかった。

    悔しかった。

    何も出来ない事が、息子を苦しませた事が。

    そんな、締め付けられるような痛みに、刀夜は。


    923 :

    『……とにかく、寝なさい。ほら、母さんも』

    促すと、涙を拭った妻は息子と同じベッドに入る。

    当分は、息子を一人で寝させないように決めていた。

    すぐに二人は目を閉じた。

    疲労が溜まっていたのだろう、二人はあっさりと眠った。

    完全な睡眠を確認して、男は部屋を出た。

    それから、しゃがみ込む。

    下まで戻る元気はなかった。

    明かりを消した天井を見上げる。

    『――本当に、どうすれば良いんだ』

    誰もその疑問には答えない。

    ただのひとりごとは、虚しく空気に溶けた。


    924 = 902 :











    「……もう、良いだろ」

    光が消えて暗くなった桶を見つめて、上条が疲れたように呟く。

    「……すみません」

    神裂が、一言謝る。

    その一言だけが、余計に彼女の謝罪の意思を感じさせた。

    土御門は無言で桶から目を離した。

    上条が首を横に振る。

    「良いから、もう止めようぜ。俺だって、こんなの覚えてなかったし」

    それは、事実。

    彼には、こんな『他人』の記憶などない。

    きっと、見せられたところで無意味なモノに違いない。

    それよりは、いつまでも刀夜に辛い夢を味あわせない方が良いということなのだろう。

    自分もそうしたい、と思いながら、一方通行は確認のためにもう一度桶を見る。

    水鏡には何も映って――

    「……!」

    そこで、一方通行は気付く。

    まだ、映像が終わっていないことに。

    そして、それが新たな事実を示すことに。

    「? どうした、一方通行」

    そんな彼の様子にただならぬモノを感じたのか、土御門が尋ねてくる。

    「……見ろ」

    答える代わりに首を動かし、全員の視線を水面に促す。

    途端、水は揺れ、色を増して光る。


    925 :











    『やぁ、あなたが上条刀夜さん?』

    妻に頼まれた夕飯の材料の買い出しの帰り道、上条刀夜は突然掛けられた声に振り向く。

    そこには、この暑い真夏に白いコートを羽織った若い白人男性が立っていた。

    ニコリ、と柔和な笑顔の男の短く刈りたてた金の髪が、夕日を受けて光っている。

    『どなたですか?』

    奇怪な光景に警戒しながらも、刀夜は素直な応対をする。

    彼は仕事のために海外出張をしている。

    もしかしたら、取引先の人間の一人が偶然旅行に来ていて、出会ったから話しかけたという事も考えられた。

    しかし、その予想を裏切る答えが返ってくる。

    『あなたの願いを叶える者ですよ』


    926 :

    『……?』

    訳の分からない返事に、刀夜は首を傾げる。

    とりあえず、刀夜には男の顔に覚えはない。

    人違いでは? と返すほかない。

    そうしようと彼は口を開きかけ――

    『おや、お忘れですか? ほら、例の息子さんですよ』

    さっ、と閉口した。

    『……生憎だが、息子は君達の商売道具ではない』

    淡々と告げて、刀夜は振り向く。

    あれから数年経って、もう息子の事は忘れられていたと思っていた刀夜だが、そんな事はなかったらしい。

    冗談じゃない、と思う。

    ただでさえ、最近事故で息子は入院したというのに。

    『あぁ、私はテレビ屋さんじゃありませんよ』

    慌てる様子もない呼び止める声に、刀夜は振り返らない。

    『じゃあ、何ですか』

    さようなら、と最後に苛立ちを込めた一言を残して、彼はその場を離れようとした。

    だが、

    『――しがない、魔術師です』

    『なっ――』

    驚愕に、刀夜は立ち止まる。

    目の前に、後ろにいたはずの男が立っていた。

    混乱する彼に、変わらずニコリと男は笑った。

    その笑顔には、恐ろしいほどの善意が満ちていて。

    青い目が、全てを見透かすように刀夜を捉えていた。


    927 = 925 :











    「………………………………え」

    突然すぎる展開に、上条は間抜けに口を開けている。

    思考と感情が追い付かないようだ。

    一方通行も、同じように動揺していた。

    魔術師二人は、油断なく目を水鏡に集中させている。

    そして、その視線に応えるように。

    真相は明かされる。


    928 :











    八月二十七日。

    とある廃屋の和室に、刀夜は一人で来ていた。

    そこにはすでに待ち人がいた。

    最近出会った、『魔術師』だ。

    彼は刀夜を見て、その手荷物を眺めてから、置くように促す。

    『これで、全部です』

    ガサリ、と音を立てて刀夜は両手に抱えたビニール袋を指示されたように畳に置く。

    袋の口からは、金メッキの亀の置物やデフォルメされた虎などの、いわば『オカルト』なおみやげが覗いていた。

    それらを確認し、白人の男は微笑む。

    『よろしい、では並べましょうか』

    この通りに、と男は何かメモを刀夜に手渡す。

    彼はそれを受け取ると、おみやげと交互に見比べながら、その一つ一つを一メートル四方の正方形の紙の上に載せる。

    正方形の紙は何枚も部屋中に敷かれており、それら全てに似たような魔法陣が描かれている。


    929 :

    『本当に、息子は救われるんですよね』

    淡々とした作業をこなしながら、刀夜は『約束』を再確認する。

    魔術師は彼の目を見て、またニコリと笑った。

    『何を今更。あとはあなたが息子さんに会えば、全て完璧ですよ』

    自信に溢れて落ち着いた声に、刀夜は安心させられるような気がした。

    『そう、ですか』

    ほう、と息を吐いて背を伸ばす。

    まるで重い荷が取れたような、安堵した表情をしていた。

    魔術師は頷き返すと、

    『ええ、ではまたその時に』

    空気に溶けるように、その場を瞬時に立ち去っていった。

    それを見送り、刀夜も出ていく。

    誰も答えなかった疑問が解決されたような、晴れやかな気持ちで。


    930 :











    映像が完全に消えて、水鏡が月光のみを反射する。

    誰も、動かない。

    沈黙してしまった。

    「なるほど、分かってみれば単純な事だったな」

    やれやれ、と土御門は静寂を破ると立ち上がった。

    「どう、なって……」

    座布団の上に座る上条が、呆然と呟く。

    流れた絵は彼にとってショックが大きいらしく、理解が追い付かないようだ。

    ……いや、そんなのは当然だろう。

    いきなりこんな事実を、安心しきっていたところにぶつけられたのだ。

    覚悟していたとはいえ、辛いモノは辛い。


    931 = 926 :

    そんな彼に、土御門は淡々と事実を理解出来るように突き付ける。

    「どうもこうも。上条刀夜はクロって話だ」

    たった、それだけ。

    簡単すぎる真実。

    一方通行はそれをあっさり認めている自分に気付き、苛立ちを覚えた。

    自然と拳に力が入る。

    「そん、なの……」

    顔を上げて、土御門の言葉に上条は噛み付こうとして、止めた。

    否定する材料が、彼には無かった。

    何も言えない上条に、土御門はもう一度告げる。

    「どう見たって確定的だ」

    それで終わりと言いたげな言葉に、何も上条は返さずに顔を下げた。



    932 = 901 :

    「一体どうして魔術師は刀夜氏を使ったのでしょうか」

    そんな彼を見ずに、神裂は次の疑問を出す。

    ただの素人の刀夜に何故魔術師は近付き、魔術(おそらくは例の御使堕しだ)を手伝わせたのか。

    刀夜の方に何か理由があるのは、先程の会話から予想はつくが。

    「さぁ? その辺は本人に聞きに行くしかないな。……ま、大方は見えるが」

    それだけ答えると、土御門は黙った。

    次の行動を考えているようだ。

    神裂は神裂で、術の後片付けを始めている。

    一度、一方通行は大きな息を吐いた。

    何だか、どっと疲れた気がした。

    「……動けるか」

    そっと、下を向いた彼の隣に座り込む。

    彼は動かないで、俯く。

    「……悪い」

    親友はそれだけ言って、口を閉じてしまった。

    放っておいてくれ、と暗に言っている訳である。


    933 = 925 :

    「……あァ」

    一方通行も短く返すと、立って窓の方に座った。

    真っ暗な外を観察しながら、彼は何もしない。

    いや、何も出来なかった。

    ただ、波の音を聞いて、月を見ていた。

    そして、ある変化に気付く。

    「あれは……」

    波を眺めているその視界の先に、誰かがいた。

    誰なのか分からない事はなかった。

    だって、さっき散々見た姿だったのだから。

    「こんな時間にどこに行くのやら。深夜の散歩だとしたら、刀夜は随分とロマンチストだな」

    一方通行の声に反応して後ろから来た、土御門が言う。

    一気にカタが付くな、と彼は笑う。

    こんな事はさっさと終わらせるに限る、とでも言いたいように。

    「追いますか?」

    後片付けの終わった神裂が、刀を手に立ち上がる。

    「もちろん」

    土御門と神裂は下に降りようと窓に乗り出す。


    934 :

    そして一息に跳ぼうと、



    「――待てよ」



    背後からの声に、二人が止まる。

    一方通行は振り返った。

    その先には、躊躇いがちに佇む親友がいる。

    彼はゆっくりと深呼吸すると、迷いのない表情を見せた。

    「……俺も、連れてけ」

    決意に満ちた言葉だった。

    彼が何を考えているのか、すぐに分かる。

    それぐらい真っ直ぐな言葉だった。

    「……好きにするといいぜよ」

    ニヤリ、と挑発するように土御門が笑う。

    一方通行には、彼がその言葉を待っていたようにも見えた。

    「土御門、何を言っているのですか」

    神裂が諌めるように仲間に噛み付く。

    土御門はそれを流すように笑う。

    「別に。ま、付いてきたい理由も分かるしにゃー」

    それだけ言うと、こちらから話す事はない、と彼はそっぽを向いた。

    「しかし……!」

    神裂は引き下がろうとはしない。

    彼女からすれば、上条は守るべき一般人である。

    また、彼は犯人の身内だ。

    これからの展開は、彼の精神には辛いモノになるだろう。

    神裂がそういう気遣いをするタイプだというのは一方通行にも分かるし、上条にも分かっているはずだ。

    だから、彼がすべき事は。


    935 :

    「頼む、神裂!」

    言葉と共に、上条は手と頭を地に着ける。

    所謂、土下座だった。

    驚く神裂が彼を止めようとする前に、大声で上条は意思を表明する。

    「見届けたいし、知りたいんだよ。親父が何を思ってこんな事したのか」

    素直な想いを、彼はひたすらに出す。

    自らの覚悟を、優しい魔術師に直接伝えようとしていた。

    「――止めたいんだ。それは、俺がやらなくちゃならない事だから」

    顔を上げて、彼は真剣な瞳で神裂を射抜く。

    彼女もまた、上条を射抜く。

    ふるいにかけるような眼光に、しかし上条は目を逸らさない。

    それは、長い間続いたように感じられた。


    936 :

    そして、

    「……分かりました。ですが、無茶はしないでください」

    神裂は、上条の覚悟を認めた。

    ありがとう、と彼は感謝の意を伝えて立ち上がる。

    そうしてから、上条は一方通行を見た。

    一方通行もまた上条を見返す。

    それから、小さく笑う。

    上条の言いたい事は、一方通行にとって言う必要もない事だった。

    「俺も行く。最後まで手伝うと決めちまったからな」

    彼の助けになる、それが一方通行の決意だ。

    「……」

    神裂は何も言わずに、窓から降りた。

    一方通行の実力を知っているから止めなかったのか、それとも。

    「好きにしろ、だとさ」

    土御門が大きな両手を広げて、何故か意地悪な笑みを浮かべた。

    「ねーちんはあーいうヤツだからなぁ」

    それだけ言うと、土御門もまた、窓から消えた。

    残された上条と一方通行は、お互いを確認する。

    するべき事、出来る事はとうに分かっている。

    「……行こう」

    「……あァ」

    短い応答をして、上条は部屋を扉から出て、一方通行は窓から跳ぶ。

    全ては、終局に近付いていた。


    937 :

    あはは、>>1がまた遅くなってから帰ってくると思った?
    これまで絶望的に遅かったもんね。でも大丈夫! 最後には希望が勝つんだからさ!
    ……まぁ何が言いたいのかっていうと、これぐらいのペースで復活するんですって話です。
    それと一つ言い忘れてましたけど、一話限定の使い捨てオリキャラみたいのは結構この先出ます。
    苦手な人はごめんなさい。自分の力じゃ既存キャラのみとか書けそうになくて。
    長くなりましたが、それでは。

    938 = 912 :

    乙!
    待ってた甲斐があった

    940 :

    再開されてうれしいな。
    楽しみにしてるよ。

    941 = 913 :


    個人的な感想だけど、オリキャラには固有名つけないで今回でた『金髪の男』みたいな表記の方が読みやすいかも

    942 :

    復ッ活ッ!腹パンの人復活ッッ!腹パンの人復活ッッ!腹パンの人復活ッッ!腹パン(ry

    943 :

    1の書く上条と一方さんはカッコよくて好きだったからまた再開してくれて嬉しいぜ。」

    944 :

    クソったれがァァァァァァァァ!!
    長期バイトで確認を怠ってる間に更新されてンじゃねェかよォ!

    とりあえずこれだけは言っておくぜ





    >>1乙ゥゥゥゥゥ!!

    945 :

    おかえり腹パンッ!!!!

    946 :

    どうも、ちょっと遅れました。
    今から始めようと思います。

    947 :








    民宿『わだつみ』から遠く離れた海岸を、上条刀夜は急ぐように歩いていた。

    その顔にはあからさまな疲れが出ていた。

    その疲れには二つの原因がある。

    夕方、突如警察から刀夜の携帯電話に連絡があった。

    何でも、刑務所からの脱走犯が刀夜の自宅に逃げ込んだ末に死んだ、とのことだった。

    その死体の調査をするついでに、掃除をこちらでしておくので、安心してほしいとも言っていたが。

    そちらの事は正直驚いた話であって、刀夜にとっては他人事のような感覚ではあった。

    突拍子もない事態に動揺した分、彼は早くに眠った。

    その先、つまりは夢の世界で更なる疲労の原因に出くわした。

    ――家族の夢だった。

    初めは、単に幸せなだけの、面白みのない普通の夢だった。

    それが、次第に崩れていく。

    血に染まる息子の身体。

    日に日に弱っていく妻。

    その中で、何も出来ずに過ごした自分。

    勝手な判断で、一人違う場所に息子を『隔離』した事。

    ひたすら、不快なだけの過去(思い出)を刀夜に思い出させた。

    そして、最後に見たのは。


    948 :

    「おや、上条さん。いかがしました?」

    自分に気付いた人間の声に、刀夜は目線を上げる。

    その先には、暑い夏の夜には合わない白いコートで全身を包む『魔術師』がいた。

    夢から覚めた刀夜は、まず民宿を出てから男を探していた。

    当分はこの近くにいる、とだけ聞かされていたので、少しばかり手間が掛かったが。

    「……」

    男の質問には答えず、刀夜は男の目をじっと見た。

    何も答えない刀夜の行動に、男は柔和な笑みを崩さずに冗談めいた動きで手を横に広げた。

    「だんまりですか?」

    男の新たな質問に、刀夜は視線を移動させずに、

    「いつに……ら……は……かるんですか?」

    小さく、何かを口にする。


    949 :

    「ん? 何と?」

    不思議そうな顔で、男は尋ね返す。

    男からすれば単に聞こえなかっただけだろうが、それが刀夜の感情を逆なでする。

    刀夜はもう一度、若干の焦りの混じった声で告げた。





    「――いつになったら、息子は助かるんですか。そう聞いているんです」





    今度はちゃんと言いたい事が伝わったのか、魔術師は首を僅かに傾げた後、

    「あぁ、あぁ」

    思い出したように、ゆっくりと首を数回縦に振った。

    そうして、今度は刀夜に向かってニコリと笑いかける。

    その笑顔には、不思議な安らぎを与えられた。

    「はは。何かと思えば、そんな事でしたか」

    「……あなたにとってはそんな事かもしれないが、私にとっては大事な事です」

    小さすぎて忘れていた、というような調子の魔術師の言葉に、静かに食い下がる。

    刀夜にとっての目的は、そこにしかないのだから。


    950 :

    「ふふ、ご心配なく。ちゃんとお願いは叶えますよ――」

    言いながら男は海へと視線をやって、また刀夜を見る。

    それから、魔術師はもったいぶったように口を開いた。

    「――そこの彼らをどうにかしてからね」

    刀夜はその言葉を聞いてから、ようやく魔術師が自分を見ていないことに気付く。

    どうやら、彼は自分の背後に視線を集中させているらしい。

    何があるのか確認しようと、刀夜は振り向く。

    その先には虚空しかない。

    そう認識していたが、暗闇にいくつかの点が少しずつ現れてきた。

    浮かんできたそれらは、何だか光にでも包まれている気がするぐらい、はっきりとした輪郭を示している。

    そうして数秒ほど後ろの空間を眺めて、彼はそれらが何かを理解して動きを止めた。

    「……当、麻?」

    震えた声で、呟く。

    自分の眼前にいた、守りたい存在に向かって。



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