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元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」
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乙
最後に夢魔は人間だったっていうのやっぱり複雑なんやな勇者の中も
最後に夢魔は人間だったっていうのやっぱり複雑なんやな勇者の中も
【#30】蓮華に座す者
勇者「…………」ザッ
>>お、おい、こっちに来るぞ
>>酷いな、血塗れじゃあないか
>>見てよ、あの目付き。もしかして私達まで殺すつもりなんじゃ……
>>滅多なことを言うんじゃない。我々を助けに来たと言っていただろう
>>おい、来たぞ
勇者「……………ッ」ガシッ
ミシッ ギギギギ
少女「…………」
勇者「(こんな子供まで……)」
勇者「(クソッ、何が命の価値だ、何が世界の仕組みだ、それを作ったのはテメエ等自身だろうが)」
少女「ねえ、無理矢理開けるつもりなの? 鍵なら修道士の一人が持ってるよ?」
勇者「そうか、教えてくれてありがとよ」
勇者「でもな、あの数の死体から探すのは面倒だ。戦闘の最中に落ちた可能性だってある」
勇者「それに、騎士はあれで全てじゃない。街にはまだ騎士がいる。死体の山から鍵を探してる暇はない」ボタボタッ
少女「でも、血がたくさん出てるよ?」
勇者「色々あって血止めしても無駄なんだよ。つーか俺のことは気にすんな。すぐに出してやるから黙って待ってろ」
少女「落ちてる武器とかで壊せばいいのに」
勇者「うるせえガキだな」
勇者「あの程度はやつは俺が振っただけで簡単にぶっ壊れる。破片に当たって死にてえのか?」
少女「…………」
勇者「それより聞きたいことがある」
少女「なあに?」
勇者「四日くらい前に女が連れて来られなかったか? 俺と同じ年頃の女だ」
少女「うん、来たよ」
少女「僧侶なら奥にある鉄扉の部屋に連れて行かれた。騎士とかいう人に縛られて引き摺られてた」
勇者「……そうか」
少女「大切な人なんでしょう? 先に助けなくてもいいの?」
勇者「………………」
夢魔『あの子は壊れてる。どうでもいい存在なら助ける必要はないでしょ?』
勇者「…………いいんだ。あいつに会うのは、最後でいい」
少女「そっか」スッ
ギュッ
勇者「おい、何してんだお前、俺に触るな。血で汚れる」
少女「治してあげるの」
勇者「そうか、お前は魔術を使えんのか。そいつは凄えな。さっさと手を離せ」
少女「手を離したら治せないよ?」
勇者「うるせえな、いいから離せ」
少女「イヤだ」
勇者「ッ、本当に面倒くせえクソガキだな。お前じゃ無理なんだよ。分かったら手を離せ、邪魔すんな」
少女「なんで治せないの?わたしも治せるよ?」
勇者「………はぁ。とにかく、お前じゃ無理なんだ。俺の傷は、あいつじゃないと治せない」
少女「うん、知ってる。だから、わたしも治せるの。タマシイの傷までは治せないけど」
勇者「お前、何言ってーーー」
少女「ほら治った」
勇者「(腕の傷が塞がってる。痛みもない、寒気もしない。おそらく、さっき負った傷も……)」
少女「痛いの消えたよ?」ニコッ
勇者「お前は一体………」
少女「わたしは巫女だよ?」
勇者「いや、そういう意味じゃ……」
巫女「?」キョトン
勇者「(妙な奴だ。他の奴等は顔も合わせやしないのに、何でそんな顔で俺を見る?)」
勇者「(……白い髪に真白い肌。見た目も雰囲気も何もかもが違う。此処にいるのに、此処にいないような……)」
巫女「どうしたの?」
勇者「何でもねえ。まあ、お前が何処の誰だろうがどうでもいい。治してくれてありがとよ」
勇者「(どうやら薬も抜けたみてえだな。体が軽い。これなら、すぐに開けられる)」
巫女「………………」
勇者「(よし、行ける)」ググッ
ミシミシ バキンッ
勇者「おら、開いたぞ。何してる、さっさと出て来い」
ゾロゾロ
>>ほら、やっぱり優しい子じゃないか。この年頃の子は悪ぶるものなのよ
>>そうねぇ、男の子ってのは斜に構えたい時期ってのがあるからねぇ
>>何よそれ。見た目はともかく態度が悪いのよ。血塗れだし怖いったらないわ
>>態度が悪いのはお前の方だ小娘。彼は我々を助けてくれたんだぞ
勇者「(思ったより元気だな。いや、此処の奴等だけか? 人も他と比べるとやけに多い)」
>>ありがとうございます、勇者様
勇者「礼はいい。つーか、俺は勇者じゃねえ。今さっき国賊に成り下がったところだ。あんた等も見てたろ」
>>いえ、我々にとっては貴方こそが勇者です
>>俺達を人として救ってくれたのはアンタだけだ。感謝してる。ありがとうよ……
勇者「………そうかよ」
勇者「早速で悪いが、牢の鍵を探してくれないか。俺はその間に開けられるだけ開けておく」
>>分かりました。皆、行こう
>>しっかし酷い有り様だな、これは苦労しそうだぞ
>>今更何てことはないわ。あれに溶かされて聖水にされるよりマシよ
勇者「ちょっと待ってくれ」
>>はい? 何ですか?
勇者「あんた達が入っていた牢屋だけ人が多いのは何故だ? 順番でもあるのか?」
>>おそらく、その子のお陰かと思います
巫女「?」
勇者「こいつが? どういうことだ?」
>>その子が来てから、我々がいる牢屋から選ばれることはなくなりました
>>何をしたのかは分からん。ただの偶然やもしれ。しかし、事実は事実なんだよ
勇者「このガキはいつから?」
>>それが、何というか、我々も分からないのですよ
>>そう、気付いた時にはいたのよ。まるで、最初からそこにいたみたいにね
>>僕達からすれば幸運の女神様さ。この子の笑顔には何度救われたか分からない
巫女「えへへっ」
勇者「(要は何も分からねえってことか)引き留めて悪かった。鍵は頼む」
>>はいっ、任せて下さい!
>>ケッ、出て早々に死体漁りかよ。嫌になるぜ
>>この恩知らず!外が気に入らないなら牢屋に戻ればいいじゃない!!
>>じ、冗談だよ
>>無駄口を叩く暇があるなら鍵を探せ。早くしねえと牢屋に逆戻りだぞ、小僧
勇者「(騒がしい連中だな。まあ、暗いよりはマシか)さて、他のとこも開けるか」
クイクイッ
勇者「あ?」
巫女「わたしも行く」ウン
勇者「お前は来なくていい、あいつらと一緒に鍵を探してこい。邪魔なんだよ」
巫女「イヤだ、わたしも一緒に行くっ!!ジャマしないから連れてって!!」ジタバタ
勇者「(コイツは何でこんなにはしゃげるんだ……)」
勇者「(しかし、これ以上喚かれると面倒だし連れて行った方が良さそうだ。そのうち飽きるだろ)」
巫女「わたしも行くの!」
グイグイ
勇者「分かった。喚くな騒ぐな暴れるな。これを守れるなら付いて来ても良い」
巫女「わかった。約束した」ハイ
勇者「……はぁ。時間がないんだ、さっさと行くぞ。いいか、俺から離れるなよ」
巫女「うんっ!」ニコニコ
勇者「(俺の姿を見て何とも思わないのか? 子供ってのはよく分かんねえ生き物だな……)」
テクテク
勇者「待ってろ。今、開ける」ググッ
バキンッ
>>ありがとうございます!ありがとうございます!
>>まさかこの牢獄から出られる日が来るなんて、夢みたいだ
>>彼が、勇者……
>>何が勇者だよ、もっと早く来てくれれば兄貴は死なずに済んだのに
>>お、おい、何てことを言うんだ!!
>>だって事実だろうが!!コイツは俺達がこんな目に遭ってるなんて知らずにいたんだぞ!!
勇者「黙れ」
ビクッ!
勇者「別に何を言われようが構わない。恩を売りたくて出したわけじゃないからな」
勇者「恨むなら勝手に恨めばいい。お前等にどう思われようが知ったことじゃないんだよ」
勇者「他に何か言いたいことがある奴はいるか?」
勇者「恨み言に付き合ってやってもいいが、残りの騎士が来たらお前等で何とかしろよ?」
シーン
勇者「無いなら無駄口を叩かずに動け。動ける奴は向こうの奴等と一緒に鍵を探してくれ」
ゾロゾロ
勇者「…………」
巫女「偽悪的に振る舞うのは好かれるのを怖れているから。貴方は他者との?がりを怖れている」
勇者「!!?」
巫女「傷付きを怖れて他者を突き放す。貴方は弱く、そして脆い。故に、今尚も揺らいでいる」
勇者「(何だ、この威圧感は……)」
巫女「貴方は過去に縛られ、過去に身を置き、憎しみに身を浸した。復讐に囚われた哀れな子」
勇者「……ガキのクセに小難しい言葉を知ってんだな。うるせえから黙ってろ」
巫女「私達はいつでも貴方を見ている。貴方を見て、私達は決めなければならない」
巫女「そして、私達を決めるのは貴方でなければならない。貴方の役目は、私達に見せること」
勇者「何をーーー」
巫女「私達は、そうすると決めた」
勇者「(何なんだコイツは、さっきとはまるで雰囲気が違う。子供の出せるそれじゃない)」
勇者「(子供の振りをしていたとは到底思えない。中身だけが綺麗さっぱり何かと入れ替わったようなーーー)」
>>勇者さん!鍵が見付かりましたよ!!
>>残りは私等で開ける。アンタは早くあの子の所に行ってやりなさい。助けに来たんでしょう?
勇者「あ、ああ、そうするよ……」チラッ
巫女「なあに?」キョトン
勇者「(戻った、のか?)」
勇者「(さっき感じた威圧感も消えてる。顔付きも子供そのものだ。演技じゃないとしたら、あれは一体何なんだ)」
巫女「どうしたの? まだ痛いの?」
勇者「(……今考えてる暇はないな。他の騎士連中が来たら終わりだ。急がねえと)」
巫女「ねえ、大丈夫?」クイクイッ
勇者「あ? ああ、何でもねえよ」ザッ
巫女「ほんとう? 具合悪そうだよ?」テクテク
勇者「大丈夫だ、何ともない。お前は部屋の前で待ってろ。この中がどうなっているか分からない」
巫女「………うん、わかった」
勇者「……………」ガシッ
ギギギ
巫女「まって」
勇者「………何だ」
巫女「あなたは僧侶を救いたいの? それとも僧侶に救われたいの?」
勇者「それを聞いてどうする」
巫女「知りたいの」
巫女「わたし達は知らなきゃならないの。見て、聞いて、感じて、知って、決めなきゃならないの」
勇者「(さっきも似たようなこと言ってたな。さっきと違って中身は子供のままみたいだが)」
勇者「何を決める」
巫女「それは、まだ分からないの」
巫女「でもっ、わたし達はそうしないとダメなの。わたし達が決めたことだから……」
勇者「(……妄想やら空想やらで頭がぶっ飛んでるってわけじゃなさそうだな)」
勇者「(コイツは俺の傷を治してみせた、突然現れたって証言もある。何者かは知らねえが普通じゃないのは確かだ)」
巫女「おねがい、答えて」
勇者「………あいつを救うだとか、あいつに救われたいだとか、そんな大層な理由じゃない」
巫女「じゃあ、なんで助けるの?」
勇者「顔が見たいだけだ」
巫女「?」
勇者「前は苛ついたけど、最近はあのツラを見てると安心するんだ。何故かは分からないけどな」
巫女「あなたは、やすらぎを得たいの?」
勇者「言っただろ、大層な理由なんかないってな。質問には答えた。お喋りはこれで終いだ」ガシッ
勇者「(僧侶、今行くからな)」ググッ
ギギィ バタンッ!
巫女「………………魔女、見ているんでしょう。彼は、あなたが考えているほど簡単に堕ちない」
魔女『そんなことは分かってるわよ』
魔女『でも、私はもう決めたわ。人心の荒廃と堕落、憎悪と狂気が渦巻く世界を終わらせる。彼を使ってね』
巫女「終わり。それが、あなたの答え?」
魔女『ええ、そうよ。それを私の役割としたわ』
魔女『私達は役割を持つ為に分かたれた。完全なる一つではなく、異なる思考を持った、異なる存在としてね』
巫女「…………」
魔女『それで? 貴方はどうするのかしら? 随分と回りくどい接触をしたようだけれど』
巫女「まだ、わからないの……」
魔女『なら、早く決めなさい』
魔女『人の業は、既に浄められないところまで来ている。それは貴方も目の当たりにしたでしょう?』
巫女「わたしは、もう一方を見極めてから決める。どんな結果になろうと見届ける」
魔女『あら、そう。それは随分と気の長い話ね。終わりまでに決まることを祈ってるわ』
巫女「終わらせなくちゃダメなの? 美しい者もいるよ? 人にも、魔にも……」
魔女『美しい者は悪しき者の手によって虐げられているわ』
巫女「救えないの?」
魔女『救うべき者は次々に殺されている。道徳や倫理も失われつつある。正に暗黒時代ね』
巫女「…………」
魔女『巫女、諦めなさい。この悪徳の時代に、希望なんてものはありはしないのだから……』スッ
サァァァァ
巫女「…………希望」
【#31】光を
ギギィ バタンッ!
僧侶「!?」ビクッ
勇者「……僧ーーー」
僧侶「こ、来ないで下さいっ!!」
勇者「…………」ザッ
僧侶「来ないで!!」
ボウッッ!
勇者「…………」ザッ
僧侶「……やめて、お願いです。それ以上、私に近付かないで下さい」
ギュッ
勇者「僧侶、何があった」
僧侶「手を離して!私に触らないでっ!!」
勇者「目を逸らすな、俺を見ろ」
僧侶「あ、貴方なんかいなくなればいいんだ!! 貴方が、貴方がいたから私は!!」
勇者「俺がどうした」
僧侶「貴方のせいで全てが壊れたんだ!信仰も神も、私が信じていたのは全て偽物だった!!」
僧侶「修道士が人間を聖水に変えていたんです!何事もないように淡々と!まるで何かの作業みたいに!! 人を、命を、あんなことっ………」
僧侶「神に仕える者が、救いを求める人々の命を奪っていたんです。叫び声を無視して、家族の目の前で、顔色も変えずに………」
勇者「……………」
僧侶「っ、私はあれに頼っていた!!貴方も知っているでしょう!?」
僧侶「私は人の命を道具として扱ってたんです!!私は人殺しだった!! 何人も何人も殺してたんだ!!」
勇者「……………」
僧侶「貴方と出逢って全てが変わってしまった!貴方とさえ出逢わなければ何も知らずに済んだのに!!」
勇者「………そうかもな」
僧侶「っ、もう行って下さい。私は貴方の役には立てません。もう、いいです」
勇者「それが本心なら、何で目を逸らす」
僧侶「う、うるさいっ!!」
バチンッ!
勇者「……気は済んだか?」
僧侶「私を見ないで!! もう出て行って下さい!! 貴方の顔なんか見たくないっ!!」
勇者「何があった。話せ」
僧侶「何もないですっ!!」
勇者「嘘が下手なんだよ、お前は。大方、夢魔に何か吹き込まれたんだろう」
僧侶「な、何もないって言ってるでしょう!! 私は貴方なんてーーー」
騎士『君は、彼を愛しているんだよ』
騎士『ほらね。私が壊すまでもなく、君の信仰など既に消え去っている。胸の内は彼で溢れている』
騎士『自覚しているかどうかの問題だ。今はそうでなくとも、君はいずれ必ず、彼を愛するだろう』
僧侶「っ、私は貴方なんてっ!!」スッ
ガシッ
勇者「俺が、何だ。言え」
僧侶「……………」
勇者「言うんだ」
僧侶「…………私は神を捨てたのだと、貴方を愛しているのだと、夢魔にそう言われました」
勇者「……………」
僧侶「事実、貴方だったんです」
僧侶「全部、貴方だった。助けを祈った時、浮かんで来るのは神ではなく貴方だった……」
僧侶「何度祈っても、何度目を閉じても、浮かんで来るのは貴方の顔、貴方に掛けられた言葉。それだけだった」
勇者「…………」
僧侶「見たことのない景色、触れたことのないもの、貴方がくれたものばかりが浮かぶんです」
僧侶「私には、それが怖ろしくて堪らなかった。今までの全てが壊れてしまったようで怖ろしかった……」
勇者「……………」
僧侶「……貴方に会いたくなかった」
僧侶「こんな自分を見られたくなかったから。それなのに、貴方が来てくれたことが嬉しくて堪らないんです」
僧侶「私には、もう何が何だか分からなくなりました……何が正しくて、何が間違いなのか……」
勇者「誰を愛してるかどうかなんて、お前自身が決めることだ。誰かに言われて決めることじゃない」
僧侶「…………」
勇者「お前は追い詰められて参ってるだけだ」
勇者「こんな場所で四日も責め続けられたんだ。そうなるのも仕方がない。自分を責めるな」
僧侶「っ、でもーーー」
勇者「僧侶」
僧侶「は、はい」
勇者「何が正しくて、何が間違いなのか分からないって言ったな」
僧侶「…………」コクン
勇者「俺にだって、何が正しくて何が間違いなのかなんて分からない」
勇者「絶対に正しいなんてことはないんだ。正しく見えても間違ってることだってある」
勇者「でもな、俺は此処に来たことを間違いだなんて思わない。正しいことをしたと信じてる」
僧侶「っ、うぅっ…」
勇者「……よく耐えたな。お前が無事で良かった。ありがとう」ポンッ
僧侶「っ!!」バッ
ぎゅっ
僧侶「怖かったです。本当に、本当に怖かったです。暗くて、寒くて、独りで、ずっとずっと……」
勇者「…………」ギュッ
僧侶「あっ…」
勇者「………僧侶、遅くなって悪かったな。もう大丈夫だ。さあ、此処から出よう」
【#32】観測者の心情
勇者「立てるか?」
僧侶「はい、大丈夫で……あぅっ」クラッ
勇者「無理するな。ほら、掴まれ」
僧侶「ご、ごめんなさい……」ギュッ
グイッ
勇者「謝らなくていい。ほら、行くぞ」
僧侶「ま、待って下さい!」
勇者「どうした?」
僧侶「……腕の傷が完全に癒えているようですけど、誰かに治癒を?」
勇者「ああ、さっき牢屋から出したガキが治した。血塗れなのは変わらねえけどな」
僧侶「治せたんですか!?」
勇者「そんなもん見りゃあ分かるだろう。何を驚いてんだ?」
僧侶「……夢魔に聞いたんです。魔術による度重なる治癒は対象の治癒力を著しく低下させる」
僧侶「最終的には魔術でしか治癒しなくなり、治癒させた者の魔力しか受け付けなくなると」
勇者「そりゃあ重度の魔力依存だな」
僧侶「……やっぱり、知っていたんですね」
勇者「ああ、知ってた」
僧侶「っ、ごめんなさい……」
勇者「謝るなって言ってんだろ」
勇者「大体、龍に焼かれた時にお前が治癒しなかったら俺は死んでたんだ。感謝してる」
僧侶「でも私、何も知らなくて……それなのに何度も貴方を治癒してーーー」
勇者「お前は知らなかったんじゃない。知らされてなかったんだよ。おそらく意図的にな」
僧侶「えっ?」
勇者「お前には悪魔や魔術の基礎知識がある」
勇者「それなのに、魔術による治癒の危険性を知らないってのはどう考えてもおかしい」
勇者「これは憶測だが、重篤患者を治癒する際に罪悪感を自覚させない為の措置だったんだろう」
僧侶「…………」キュッ
勇者「色々言われたみたいだが気にすんな。俺はそうなっちゃいない。その証拠にガキの魔術で傷は治った」
僧侶「っ、今はそうかもしれない!! でも、私は貴方を確実に蝕んでる!!」
勇者「…………」
僧侶「癒しているように見えるだけなんです」
僧侶「確かに傷は癒える。だけど、私が癒すたびに貴方の体は着実に壊れていく!! まるで……っ、まるで毒を盛るみたいに!!」
ガシッ
勇者「自分を追い詰めるな、少し落ち着け」
僧侶「でもっ、私は今までーーー」
勇者「いいから呼吸を整えろ。そのままだとぶっ倒れちまう」
僧侶「……っ、はい」
勇者「よし、そのまま聞け。お前は考え過ぎだ。傷を癒すことは罪じゃない」
勇者「傷を癒したいと思うことも罪じゃない。小難しいことは考えるな、間違ったことはしていないんだ」
僧侶「頭では分かっているつもりです。でも、私が貴方を蝕んでいるのも事実です」
勇者「相変わらず面倒くせえ奴だな。俺が気にすんなって言ってんだから良いだろうが」
僧侶「……嫌なんです」
勇者「あ?」
僧侶「もし貴方がもしそうなってしまったら思うと、それを想像するだけで嫌なんです……」
勇者「お前が嫌でも、これは戦の旅なんだ。傷を負うことは避けられない。俺も、お前もな」
僧侶「……分かっています」
勇者「なら、話は終わりだ。解放した奴等も外に出さなきゃならない。さっさと行くぞ」
僧侶「…………はぃ」
勇者「(コイツ、また何か余計なこと考えてるな。そう言えば、こういう奴だったっけな)」
僧侶「(せっかく助けてくれたのに迷惑を掛けてばっかりだ。やっぱり、私なんかが一緒にいるからーーー)」
勇者「おい」
僧侶「え? あ、はいっ。何でしょう?」
勇者「……………」
僧侶「あ、あのぅ、どうかしました?」
勇者「お前には随分と救われてる」
僧侶「へっ?」
勇者「俺には傷を癒やせない。お前がいないと困るんだ。だから、いつまでも俯いてないでさっさと来い」
僧侶「…………」
勇者「どうした。来るのか、来ねえのか」
僧侶「い、行きますっ!!」
勇者「そうか。なら、これを持て。お前のだ」スッ
僧侶「短剣……」
勇者「お前が使う前に俺が使っちまったが、これからはお前が持ってろ」
僧侶「ありがとうございますっ」ギュッ
勇者「……ほら、もう行くぞ。さっさと出ないと面倒なことになる」
僧侶「はいっ、分かりました」
勇者「(少しは吹っ切れたみたいだな。後はどうやって奴等を出すかだな……)」ザッ
僧侶「(良かった、本当に良かった)」
僧侶「(私の魔力に依存していなかったんだ。これからは私も戦おう。少しでも、この人が傷を負わなくて済むように)」ギュッ
勇者「……………」
ギギィ バタンッ
巫女「あ、来た」
勇者「何だ、本当に待ってたのかお前」
巫女「みんな待ってるよ?」
勇者「分かった。今すぐ行く」
僧侶「あの、この子は?」
勇者「巫女っていうらしいが詳しくは知らねえ。コイツが俺の傷を癒したガキだ」
僧侶「この子が……」
巫女「あのね? この人、すっごく頑張ったんだよ? また会えてよかったね」ニコッ
僧侶「う、うん」
僧侶「(何だろう、この不思議な感じ)」
僧侶「(法力、魔力は感じる。だけど、この子自身の色がない。無色透明というより、薄膜に包まれて見えないような……)」
勇者「何してる。行くぞ」
僧侶「あ、はい」
クイクイ
勇者「何だ、一々引っ張るなクソガキ」
巫女「おんぶして?」
勇者「……ついさっきも汚れるって言っただろうが、それでも構わねえってんなら勝手に掴まれ。その白い服が大事ならーーー」
ヨジヨジ
巫女「しゅっぱつ!」
勇者「(本当に何なんだコイツは、普通なら近付きたくもねえはずだ。嫌悪や恐怖、何も感じないのか?)」チラッ
僧侶「?」
勇者「(まあ、それはコイツも同じか。この姿を見て悲鳴一つ上げなかったしな)」ザッ
巫女「ねえ」コソッ
勇者「あ?」
巫女「あなたは僧侶の魔力に依存してる」
巫女「龍と戦った傷を癒された時から様子はおかしかったはず。あれは蘇生に限りなく近い治癒だったから……」
勇者「…………」
巫女「今や小さなかすり傷ですら僧侶の魔力なしには治らない。なんで嘘を吐いたの?」
勇者「…………」
巫女「彼女を傷付けたくないから? それとも傷付いてる彼女を見たくないから?」
巫女「その優しさは本当の優しさじゃないって、あなたも分かっているはずなのに……」
勇者「……黙ってろ」
巫女「これからも見せてね、あなたを。あなたが何を見せるかで、わたし達は決まるの」
勇者「(わたし達ってことは他にも妙なのがいるのか? まあいい、コイツから話を聞くのは後だ)」
僧侶「どうしました?」
勇者「いや、なんでもない」
僧侶「?」
巫女「♪」フフーン
勇者「(コイツの魔力は僧侶と同じだった)」
勇者「(魔力の完全一致なんてのは双子でも有り得ない。なら、コイツはーーー)」
>>来た!みんな、勇者さんが来たぞ!
>>あの娘も無事だったのか、良かった……
>>しかし、残ったのは我々だけか
>>ええ、連れて来られた時はあんなにいたのに。本当に少なくなったわね……
勇者「ちょっと話してくる。ほら、下りろ」
巫女「は~い」トスッ
勇者「僧侶、お前はコイツを見ててくれ」
僧侶「あ、はい。分かりました」
勇者「頼むぞ」
ザッ
僧侶「(あの背中、凄く久し振りに見たような気がする。まだ四日しか経ってないのに……)」
巫女「ねえ、おねえちゃん」
僧侶「はい?」
巫女「おにいちゃんって優しいね」ニコニコ
僧侶「……うん。そうだね」
巫女「え~、それだけなの? もっとないの?」
僧侶「あ、あるよ! 沢山ある……」
僧侶「だけど上手く言えないの。優しいとか、そういうことだけじゃない。言葉にするのが難しいだけ」
巫女「……そっか。おねえちゃんは、あの人の傍にいたいの? つらくても一緒にいたい?」
僧侶「うん。もう何も出来ないのは嫌だから。どんなに苦しくても、一緒にいたい」
巫女「なんで?」
僧侶「えっ、何で? 何でかな……」
巫女「…………」
僧侶「多分、安心するからだと思う」
僧侶「あの背中を見てると安心するの。でもね? それだけじゃないんだよ?」
巫女「?」
僧侶「あの人には本当に心休まる時なんてない」
僧侶「だから、少しでも安心させたいなぁって思うんだ。迷惑を掛けてばかりだけど……」
巫女「たくさん痛い思いをしたのに一緒にいたいの? これからだって、きっと……」
僧侶「うん。それでもいい」
巫女「………後悔しないの?」
僧侶「きっと、何度後悔しても一緒に行くと思う。変えたいことがあるから」
巫女「変える?」
僧侶「あの人が生きたいと思えるようにしたい。旅の終わりを、あの人の終わりにしたくない」
巫女「それが、あなたの叶えたい夢?」
僧侶「そ、そんなに大層なものじゃないよ。ただ、そうしたいなぁって思うだけだから……」
巫女「(過去の境遇への同情ではない、復讐に生きる彼への憐憫でもない。なら、これは何?)」
勇者「僧侶、ちょっと来てくれ!!」
僧侶「はい、今行きます!」
巫女「(魔女の意志は固い)」
巫女「(魔女は何としても彼を絶望させようとするだろう。この荒廃と堕落の世界、全ての穢れを滅ぼすために)」
僧侶「さあ、行こう?」ニコッ
巫女「うんっ」
巫女「(でも、そうなると決まったわけじゃない。まだ不確かではあるけれど、覆すことは出来る)」
巫女「(彼女の決断、或いは彼女の行動次第で大きく変わる。彼さえ魔女に堕とされなければ)」
テクテク
僧侶「どうしました?」
勇者「眼や脚が不自由な奴等がいるんだ」
勇者「それから病人もいる。劣悪な環境下で悪化したんだろう。急で悪いが今すぐに治してやって欲しい」
巫女「わたしも手伝う!」
勇者「……分かった。僧侶の邪魔はするなよ」
巫女「ジャマしない。大丈夫です」ハイ
勇者「(全てを知ってるような口を利いたかと思えば、無垢な子供みたいに笑いやがる。掴めねえ奴だ)」
僧侶「(治癒。大丈夫なのかな……)」
勇者「心配しなくても大丈夫だ。あの程度じゃ魔力依存にはならねえよ」
僧侶「(うっ、相変わらず見透かされてる)」
勇者「向こうに集めてる。早く行って治してやれ。俺は動ける連中と一緒に街から出る用意をしてくる」
僧侶「えっ、一緒に?」
巫女「……………」
勇者「牢屋から出して終わりじゃないからな」
勇者「こいつ等には居場所がない。外に出ても化け物共の餌になるだけだ。出したからには最後までやるさ」
僧侶「(やっぱり変わったのかな?)」
勇者「しかし、難民狩りとはな」
勇者「俺が思ってた以上に世の中は腐ってるみてえだ。もっと用心深くならねえと……」
僧侶「…………」キュッ
勇者「あの時の、村の女達も無事だといいんだが……」
僧侶「っ、きっと無事ですよ!」
僧侶「お金だって沢山渡したんでしょう? だったら今頃空き家を買って、それで、きっと幸せに……」チラッ
勇者「…………そうだな」
僧侶「(ううん、違う)」
僧侶「(やっぱり変わってなんかいない。この人は元々こういう人なんだ。悪魔や魔物、龍さえ絡まなければ……)」
勇者「取り敢えず、治療は頼む」
僧侶「はい、分かりました」
勇者「よし。俺達が行けば此処には年寄りと女子供しかいなくなる。その時は任せたぞ、いいな」
僧侶「は、はいっ!」グッ
勇者「張り切るのはいいけど力抜け。此処には来させないようにする。でも、万が一の時は頼む」
僧侶「えっと、はい」ダラン
勇者「っ、ハハハッ! 何だよそれ。ちょっと猫背になっただけじゃねえか。あ~、腹痛え」
僧侶「(力抜けって言うから真面目にやったのに……)」
勇者「そんじゃあ、行ってくる」
僧侶「あのっ、気を付けて下さいね?」
勇者「ああ、分かってる。お前等、準備は出来たな!行くぞ!!」ザッ
>>言われた通り甲冑着たけど大丈夫なのか?
>>今更何をビビってんだ? 此処で死ぬよりマシだろうが
>>俺達が死んでも嫁子供は逃げられる。いい加減に腹を括れ
>>……そうだな、その通りだ。分かったよ
ザッザッザッ
僧侶「(色んな人があの人と一緒に歩いてる。何だか変な感じ。なんていうか、本当にーーー)」
巫女「おにいちゃん、本当の本当に勇者みたいだね? みんなが勇者って言ってるよ?」
僧侶「う、うん、そうだね」
僧侶「(でも、彼等を助けたことで勇者ではなくなってしまう。正しいことをしたのはずなのに……)
巫女「あのね?」
僧侶「ん? どうしたの?」
巫女「命には価値があるんだって」
僧侶「えっ…」
巫女「それでね、わたし達の命には価値がなくて、わたし達を助けたら世界にも神様にも嫌われちゃうんだって」
僧侶「誰がそんなことをーーー」
巫女「騎士の偉い人が、あの人にそう言ってたの。世界と神様に従ってるだけで自分は悪くないって、そう言ってた」
僧侶「………っ」ギュッ
巫女「おねえちゃん?」
僧侶「そんなの間違ってる。難民を、人間を聖水にするなんてどう考えても間違ってる」
僧侶「でも、今は間違ってることが当たり前になってる。きっと、そういう風に出来てるんだ……」
巫女「…………」
僧侶「あっ、ごめんね?」
僧侶「向こうで患者さんが待ってるから治療に行こう? 今は出来ることをしないとね」
巫女「うん、わかった」
トコトコ…
僧侶「(そう、考えてる暇なんかない)」
僧侶「(とにかく患者さん達を治すんだ。誰かを助けたいという気持ちは、間違ってなんかいない)」
僧侶「……はい、もう大丈夫ですよ」
僧侶「でも、まだ治療した直後ですから安静にお願いします。もう少しで出られますからね?」
>>嬢ちゃん、ありがとうよ
>>あの子も疲れているだろうに……大したことは出来ないけど、私らも何か手伝おう
>>うん、そうだね。じゃあ、何か使えそうなものがないか探してくるよ
>>私達も行く。上が本部なんだ、毛布か何かをありったけ持ってこよう
巫女「…………」
僧侶「……ふぅ、もう一頑張りだ」ウン
巫女「休まなくてもいいの?」
僧侶「うん、平気。あの人も頑張ってるから」ニコッ
巫女「(本当に不思議だ)」
巫女「(彼女は彼に、彼は彼女に同じものを見出している。きっと、それこそがーーー)」
僧侶「大丈夫? どうかしたの?」
巫女「ううん、なんでもない」
僧侶「?」
巫女「(変えられるかもしれない)」
巫女「(もしかしたら別の在り方に辿り着けるかもしれない。彼の結末は変えられないとしても)」
>>475訂正
僧侶「もし貴方がそうなってしまったらと思うと……それを想像するだけで嫌なんです……」
僧侶「もし貴方がそうなってしまったらと思うと……それを想像するだけで嫌なんです……」
【#33】羊の群れを率いる男
勇者「出来たか?」
>>ええ、馬車の準備は出来ました
>>騎士団の使ってる馬か、流石にいい馬だな。これなら長く走れそうだぞ
>>いやぁ、本部の傍に厩があって助かったよ。戦うのは御免だからね
勇者「食糧は?」
>>騎士団本部の食糧庫から手分けして運んでいるところです
>>あるだけ持って行こう。どれだけ持って行っても困るものじゃない
勇者「…………」
>>勇者君、どうしたんだい?
勇者「ん? いや、妙に静かだと思ってな」
>>言われてみればそうですね。いつ見廻りの騎士が来るかと冷や冷やしていたんですが……
>>なあ、勇者さん。やっぱり地下にいた奴等で全員だったんじゃないのかい?
勇者「いや、それはないはずだ」
勇者「この街には二つの騎士団、北の騎士団と修道騎士団がある。あれで全てだとは思えない」
勇者「とは言え、見廻りがいないのは好都合だ」
勇者「馬車に食糧を詰め込んだら地下の奴等を呼べ。速やかにこの街を出る」ザッ
>>あの、勇者さん? 一体何処へ?
勇者「武器を取り返しに行く」
勇者「この街から無事に出られたとしても外には化け物が待ってる。流石に丸腰じゃあ行けない」
勇者「お前達は此処にいろ」
>>あの、取り戻すと言っても心当たりはあるんですか?
>>騎士団本部にはそれらしいものはなかったぜ? 別の所にあるんじゃないか?
勇者「ああ、それは分かってる。此処にないってことは教会にあるはすだ。すぐに戻る」
勇者「もしも見廻りの騎士が来たら本部の中でじっとしてろ。戻って来たら片付ける」
>>ちょっと待ってくれないか
勇者「あ?」
>>勇者君、私も行くよ
>>俺も連れて行ってくれ。探すなら人手があった方がいいだろ?
勇者「何を言ってるか分かってんのか? 何が起きてるか分からないんだぞ?」
>>何か起きてたら大人しく引き返すよ
>>そうだな、折角助かったのに死にたくないし
>>アンタみたいに戦えないが、隠れて探すくらいなら出来る
>>まあ、何だ、少しくらいは役に立たせてくれや
勇者「…………悪いな。助かるよ」
>>お礼は要らないよ。さ、そうと決まれば早く行こう
>>お前、膝が笑ってるじゃないか。怖いなら無理して来なくても良いんだぞ?
>>正直行きたかねえよ。でもな、此処で行かなかったから嫁にどやされるんだ
勇者「…………」
>>勇者さん、どうしたんだい?
>>何を突っ立ってんだ? アンタが動かなきゃ始まらないだろう
勇者「あぁ、悪い。教会は向こうだ、行こう」
ザッ
勇者「(助けた後は手のひら返し)」
勇者「(そこからは、何で早く来なかっただの罵詈雑言の嵐。そうなるとばかり思ってた)」
勇者「(まさか手伝うなんて言い出すとはな。こういう奴等って、まだいたんだな………)」
ザッザッザッ
勇者「…………」
『何であんな奴等を助けたんだよ』
『ん?』
『あいつ等、あんたに助けて貰ったくせに当たり前みたいな顔してるぜ?』
『世の中には色んな人がいるんだ。そればかりは仕方がないんだよ』
『っ、だからって、あんな奴等の為にまで血を流すのかよ!! 何でそこまでーーー』
『ああいう人達ばかりじゃない。親切な人だっている。この前のお婆さんは優しかっただろ?』
『……あんたは信用し過ぎなんだ。人間を』
『疑って生きても苦しいだけだぞ?』
『あんな奴等、どうやったら信じられるんだよ』
『無理をしてまで信じる必要はないよ。ただ、自分を信じてくれる人くらいは守れるようになれ』
勇者「(……そうは言うけどさ、俺はあんたのようにはなれないよ)」
【#34】亡骸の王
>>うっ…な、何だよこれ
>>っ、酷い有り様だな。床一面が血に塗れてる
>>通りで静かなわけだ。まさか教会の騎士全員が死んでいるとは……
>>ゆ、勇者さん、一体何があったんでしょう? 何者かに殺害されたんでしょうか?
勇者「いや、殺されたってわけじゃなさそうだ」
勇者「どの遺体も武器を持ってる。おそらく、こいつらは殺し合ったんだ。それが自らの意思かどうかは分からないけどな」
シーン
勇者「……取り敢えず、武器を探してくれ」
勇者「俺は地下を探しに行く。お前達は聖堂と上の階を手分けして探してみてくれ」
勇者「一つは金砕棒、もう一つは鉄の板みたいなやつだ。後は短めの剣が四つ。見れば分かるはずだ」
>>わ、分かりました
>>さ、さっさと見付けて此処から出ようぜ。こんな所に長居したくねえよ
>>ああ、そうだな。騎士連中は心底憎いが、この惨状は見ていて気分が良いものじゃない
勇者「(これも夢魔の仕業なのか?)」
勇者「(暗示が切れて混乱状態にでも陥ったのか。それとも、こうするように指示してあったのか)」
勇者「(……考えても仕方がないな、俺も探そう。地下への入り口は向こうだったな)」ザッ
勇者「(さて、行くか)」
ガチャ コツコツ
勇者「(階段にも死体があるな)」
勇者「(どれも背中を斬られてる。地下に逃げ込もうとして斬られたのか。ってことは、正気の奴もいたってことか?)」
夢魔『街の皆には寝てもらってる。だから裸でも平気なんだ。満月の夜はいつもこうしてる』
夢魔『この時だけは自由になれる。何でも出来る。何者にも縛られず、自由でいられるんだ』
勇者「(……夢魔は満月時なら操れると言っていた。なら何故、全員を暗示に掛けなかった?)」
勇者「(これにも何か意味があるとしたら別だが、騎士を皆殺しにするのが目的だとしたら妙だ)」
勇者「(どうにも嫌な感じがするな。さっさと出た方が良さそうだ。最悪、武器は諦めてーーー)」
ギギィ
勇者「(何だ?)」
従士「アアアアアッ!!」ブンッ
勇者「っ、危ねえな」
従士「ハァッ、ハァッ、き、貴様、勇者か!?」
勇者「(こいつは確か、管区長の従士)」
勇者「(かなり取り乱してるが、まだ正気は失っていないみたいだな。危険な状態に変わりはねえが)」
従士「私の質問に答えろォォッ!!」ブンッ
ガシッ
従士「ヒィッ!? 離せッ!離せえッ!!」
勇者「うるせえ奴だな、質問するたびに剣を振り回すんじゃねえよバカが」
従士「し、正気なのか!?」
勇者「お前よりはな」
従士「そ、そうか。貴様は異端者だがこの際どうでもいい。私を助けてくれ!急に殺し合いが始まったんだ!!」
従士「目が覚めたら武器を持った連中が目を血走らせて襲い掛かって来たんだ!!」
勇者「分かった。分かったから落ち着け。俺の武器は何処にある?」
従士「あ? あ、ああ、貴様の武器なら騎士が持ってきた。奴の部屋にあるはずーーー」
勇者「おい、どうした」
従士「違うッ!! 違う違うッ!!」
勇者「おい、何を言ってる?」
従士「聞いてくれ!私じゃない!!」
従士「あいつに操られていたんだ!そうだ、私は殺してない!! 管区長を殺したのは私じゃない!!私は異端者などではないッ!! 殺してない私は殺してない私は殺してない!!」
ドゴォッ
勇者「うるせえ。そんなもん知るか、俺に言うな」
従士「私じゃ…ない……」
勇者「チッ。仕方ねえ、奥の部屋にでも入れとくか。また騒がれても面倒だしな」
勇者「(つーか、コイツも騎士なら地下施設に関わってたはずだ。だったらコイツも此処で殺ーーー)」
従士「……女が…来た……」
勇者「何?」
従士「あの女、黒い服、黒い女が、笑ってる……」
勇者「っ、クソッ!!」ダッ
勇者「(魔女だ。教会は夢魔の仕業じゃない。あいつがやりやがったんだ)」
勇者「(俺が武器を取り戻しに来るのを分かってたのか? 奴はまだ教会にいるのか?」
勇者「(いや、教会に入った時は気配を感じなかった。今も感じない。奴は何を企んでる?)」
勇者「(もう武器なんぞどうでもいい。さっさとあいつ等を連れて此処から出ねえと)」
ガチャ!
>>あ、勇者さん! 見付けましたよ!
>>それにしても重いな。うっ、腰にくる
>>勇者君の言ってた通り、正しく鉄の板だ。切っ先もなければ刃すらない
>>これを刀剣とするなら処刑人の剣に酷似しているな。刃もなく、大きさも違うが
勇者「お前ら!武器はもういい!! 今すぐ此処から出るぞ!!」
サァァァァ
勇者「ッ!!」バッ
魔女「ふふっ。折角来たんだもの、そんなこと言わないでゆっくりして行きなさいよ」フワッ
勇者「出やがったなクソ女」
魔女「あら、酷い言われようね。宿屋で助言してあげたのに、悲しいわ……」
勇者「黙れ。事ある毎に絡んで来やがって、お前にはうんざりなんだよ。声も聞きたくねえ」
魔女「つれないこと言わないで頂戴。それに私、貴方以外に興味なんてないもの」
勇者「前置きはいい。何が目的だ」
魔女「あら、貴方の為に教会にいる騎士共を掃除してあげたのに、お礼の一言もないわけ?」
勇者「礼だと? 頭湧いてんのかボケが」
魔女「あの子は無事だった?」
勇者「武器をくれ」ガシッ
勇者「よし。お前達は戻ってろ。こいつを片付けたら、俺もすぐに行く」
魔女「はぁ、せっかちなのは相変わらずね。夜は長いのよ? もう少しお喋りしましょ?」
勇者「てめえと話すことなんぞねえよ!!」ダンッ
ブォンッ
勇者「チッ…」ズダッ
魔女「(以前より力が増している。けれど、まだまだ足りない。これでは勝てない)」スッ
ズズズ…
勇者「またそれか、芸のねえ奴だな」
魔女「前とは違うわ。退屈な女だと思われないように、今回はちょっと趣向を凝らしてみたの」
勇者「(何だ、死体が……)」
ズルズル ゴキッ メキメキッ
勇者「(死体が、一ヶ所に……!!)」
ズズンッ
魔女「どうかしら? これなら退屈しなくて済みそうでしょう?」
勇者「(バカみたいにでけえ。今は四つん這いだが、起ち上がれば聖堂の天井に届きそうだ)」
魔女「自作の人形、亡骸の王様。中々に良い出来栄えじゃない?」
勇者「随分と気色の悪いお人形だな。お前の趣味の悪さを改めて理解した」ダッ
バギャッ!
勇者「(脆い。見てくれだけだな。腕を破壊した後で頭をぶっ壊せば終いだ)」
ゴシャッ!
勇者「そのまま這いつくばってろ」
魔女「流石に数多の血を吸ってる剣は違うわね」
勇者「(うるせえ奴だ。さっさとコイツを片付けてーーー)」
魔女「その剣、あまり見ない類いの武器だから気になって調べてみたのよ」
魔女「そしたら、調べていく内に意外なことが分かったの。先の勇者様って処刑人だったのね」
勇者「!?」
魔女「あら、知らなかったの?」
勇者「……下らねえことを言うな。次にあの人を語ったら殺すぞ」
魔女「あら、これは事実よ?」
魔女「優秀な処刑人であった彼に贈られたのが、貴方が今持っている処刑人の大剣なのよ」
魔女「剣として扱うことなど不可能なそれで、彼はとある罪人の首を刎ねたわ。何と、その罪人こそが先の先の勇者様」
勇者「黙れ」
魔女「彼は力を受け継ぎ、後に出奔した」
魔女「処刑人という在り方に疑問を抱いたのか、人々に忌み嫌われる処刑人の生き方を恥じたのか、それは分からないけれどね」
魔女「彼は自らの罪を雪ぐかのように善行を重ねた」
魔女「きっと貴方を救ったのも自分の罪から解放されたかったからじゃないかしら? 結局は自己満足ね」
勇者「黙れって言ってんだろうがッ!!」ダンッ
魔女「いいの? よそ見なんかして」
勇者「!?(腕? 腕は破壊したはずーーー)」
ドガッッ ガシャンッ
勇者「ぐっ…」
魔女「そういうところはあの女と同じね」
魔女「疑いもせず、盲目的に信じている。貴方が慕う勇者様にも後ろ暗い過去があるのよ?」
勇者「……お前、何か勘違いしてねえか」
魔女「?」
勇者「あの人に救われたってことに変わりはないんだ。過去に何があろうと関係ない」
勇者「あの人が処刑人だろうが何だろうが、俺にとってはあの人こそが勇者なんだよ」
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