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元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」
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老人「……何じゃ」
狩人「そう露骨に嫌な顔をしないで頂きたい。貴方に訊ねたいことがあるのですよ」
老人「この里のことか? 魔物がいない理由か? そんなに教えて欲しければ教えてやる」
狩人「おや、それは有り難い」
狩人「しかし、どのような心境の変化ですか? 先日は無言を貫いておられましたが」
老人「里の者との話し合いで忙しかった。長話をしている暇はなかった。それだけだ」
狩人「そうでしたか、それは失礼」
老人「……」
狩人「しかしながら、伺いたいのは先程貴方が仰った中のどれでもないのですよ」
老人「勿体振らずに言え」
狩人「龍について」
老人「……」
助手「(僅かに動揺した。何かを知っているのか、ただ単に驚いただけなのか……)」
老人「龍が、何じゃ」
狩人「この里と龍はどのような関係なのか、それを知りたい」
老人「……」
狩人「此処へ来る途中、子供達が遊んでいるのを見掛けました。子供達は、過去の物語をなぞっているようでした」
狩人「いつの過去かは分かりませんが、まさか龍が登場するとは思いませんでしたよ」
狩人「しかも、龍になるなどと……幾ら子供の遊びであろうと、口にするはずのない台詞です」
老人「……」
狩人「身近な存在なのか、慕われているのか」
狩人「どちらにせよ、人間の敵として扱っているようには到底思えなかった」
狩人「尊敬や畏怖、英雄か偉人に対するもののように感じました。如何がでしょうか?」
巫女「待って。それは私が話ーーー」
老人「巫女、よいのだ。儂が話す。伏せていても、いずれは分かることだ」
狩人「助かります」
老人「その前に、診療所の中にいる二人を呼びなさい」
助手「二人? では、勇者さんは」
老人「先程目覚めた。話をするなら全員揃った方が良いだろう」
助手「分かりました。では、僕がお二人を呼んで来ます」ザッ
ガチャ…パタンッ…
老人「……」
狩人「何かを怖れているようですね。魔女ですか」
老人「お主は眼が良いようじゃな。今時の人間にしては珍しい」
狩人「努力の賜物ですよ。最初から扱えたわけではありません」
老人「見えぬ方がよいこともある」
狩人「それは歳を重ねた人間の言葉ですか。それとも、見てきた人間の言葉ですか?」
老人「……どちらもだ」
ガチャ…
狩人「来たか」
僧侶「お待たせしました」
勇者「待たせて悪かったな」
狩人「全くだ。この二日、助手は魔女への恐怖のあまり怯えていたよ」
勇者「そうかい。そいつは悪いことしたな」
狩人「それで、体はどうなのかね? 脱出方法が分かり次第、すぐにでも出発したいのだが」
勇者「脱出? 何か分かったのか」
狩人「巫女が、この老人に協力を仰いでいた。彼の協力があれば、此処から出られるのではないのかね?」
巫女「それは……」
僧侶「……」
狩人「まあいい。それで、体の方はどうだ」
勇者「問題はねえよ。お前は?」
狩人「問題ない」
勇者「……良いんだな」
狩人「良いとも」
助手「(共に行く、そう言うことか。と言うことは、これからは本当に協力して行動出来る)」
助手「(二人が争わずに済むという点では、勇者さんが力を失って良かったのかもしれない……)」
老人「よいか」
老人「儂等が何故此処に移り住むこととなったのか。魔物の有無、教会の有無」
老人「儂等とお主等は何故に違うのか。これらは、里の起こりから話さねばならん」
老人「龍を語るにも、それをなくして語ることは出来んのだ。まずは始まりからだ。全てのな」
勇者「……」
老人「当時、儂等は……いや、人間は進化を目指しておった。人間と言ってもお主等とは違う」
老人「寿命は比べものにならぬ程に長く、人間本来の力を持っていた。魂の力じゃな」
老人「そして魔力。これも、現在の人間とは容量が違う。全てにおいて、現在の人間より優れていると言って良いだろう」
老人「だからこそ進化を目指したのだ。より完全な種となる為にな」
老人「にも拘わらず此処に隠れ住むこととなったのは、その進化というものが原因なのだ」
老人「人間は進化を目指し、ひたすらに走り続けた。様々な宗教に属する人間が、それぞれ違った方法で、心に抱く神に近付こうとした」
老人「それが悲劇を呼んだ。人間は、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのだ」
老人「生命の在り方を歪め、更に高い次元の存在になろうとした結果、人は人ではいられなくなった」
助手「失敗したのですか」
老人「いいや、進化は成功した。だが、それは最早人間と呼べる存在ではなかったのだ」
老人「逸した存在であり、人を超越した者達。それこそが、悪魔と呼ばれる存在」
勇者「……」
助手「……」
老人「人間なんじゃよ。何もかも人間なのだ。悪魔などいない。あれらも、元は人間なのだ」
老人「その先を想像するのは容易いじゃろう。進化を手にした人間と、そうではない者達……」
狩人「異種による支配。反発。そして戦」
老人「そうじゃ。儂等とて、奴等に怯えているだけではなかった。長きに渡って戦った」
老人「戦の最中に生まれ子供達も、長き戦の中で成長し、また新たな戦士となった」
老人「しかし、悪魔の力は凄まじく、一度は立ち上がった者達も次第に屈していった」
老人「最早支配を受け入れるしかないと、皆がそう思い始めた時、彼が現れた」
助手「その時代にも勇者が?」
老人「いいや違う。それこそが、龍」
勇者「!!」
狩人「!?」
老人「驚くのも無理はない。今では全く異なる解釈をされいるようだからな」
勇者「馬鹿な。龍は化け物の王だ。奴が魔物を、悪魔を支配している超常の存在。それが……」
老人「それが、何じゃ」
勇者「それが、常識だ」
老人「それらは人間が作った歴史。全ては偽りの積み重ね。そうすることで力を得るのは誰か」
老人「人心を掌握するに一番効率的な方法とは? 咎められることのない存在とは何ぞや」
狩人「教会が作り上げたと言うのか」
老人「それ以外にないじゃろう。あの戦の後、人間には縋るものが必要だったのだ」
老人「短命の人間は異様なまでに死を怖れ、異様なまでに神に祈り、そして縋った」
老人「悪魔という存在は、新たな神を信仰する者にとって実に好都合じゃった」
僧侶「……」
老人「同時に、消し去りたい過去でもある」
老人「戦が終わった後、憎き悪魔が元は人間だったなど、すぐさま消し去りたかった記憶に違いない」
僧侶「……」ギュッ
老人「龍について、まだ話しておらんかったな」
老人「龍とは、戦の最中に進化した唯一の者。正に英雄、救世主と呼ばれた男」
老人「ただ一人、進化に成功した人間なのだ」
助手「成功とは?」
老人「進化の方法は、世代交代しながら受け継がれた。数ある宗教がそうしていた」
老人「それぞれが思い描く神になる。それこそが、奴等の目指した進化の果て」
老人「しかし、如何なる宗教にも属さず、一代で進化に辿り着いた。それが、龍」
老人「彼は進化しても自己を保っていた。そして人間として、人間を守る為に戦った」
勇者「そんな奴が何故ーーー」
老人「落ち着け。まずは聞くのだ」
老人「龍は悪魔を片っ端から倒し、封じた。中には残った者達もいる」
僧侶「夢魔……」
老人「夢魔は残ったのではなく、免れた種族。妖精、精霊と呼ばれる者達は共存を望んだ」
老人「夢魔は違うが、精霊などは人間と共存していたのだ。今では儂等と同じく隠れておるだろうがな」
助手「待って下さい。では、彼等も……」
老人「先に言ったであろう。人間ではない者など、この世界にはおらん」
老人「人間は進化に取り憑かれたのだ。危険が伴うのも承知で進化を求めた」
老人「最初に成功した者が現れてから、誰もが支配に怯えていた。だからこそ躍起になったのだ」
老人「中には獣のようになった者もいる。人を喰らう種族までが生まれてしまった」
老人「あれは最早、進化と呼べるものではない。生命の暴走、ある種の滅びとも言える」
助手「……」
狩人「続きを」
老人「龍が大半の悪魔を滅ぼした。封じたのは殺せぬ者達じゃ」
老人「高位、王位ともなれば、特定の条件でしか殺害出来ない者もいる」
老人「羅刹王が良い例じゃろう。奴は人間にしか殺すことが出来ぬ」
狩人「……」
老人「龍は強大な悪魔を封じ、己の力で蓋をした。丁度、今のお主等と魔女に似ておるな」
老人「そして戦の後期からは、お主等のような短命の人間、現在の人間が生まれるようになった」
老人「原因は今でも分からん。罰と受け取る者もいた。これこそが進化なのだと受け取る者もいた」
老人「短命だからこそ、その時間の中で何かを追い求める。進化ではない、手の届く何かをな」
狩人「……」
助手「(皮肉な話だ。人間は既に進化していた。今の話、狩人さんにはつらいだろうな……)」
老人「その者達が作り上げたのが、教会じゃ」
老人「先程、教会が歴史を歪め、悪魔の存在を単なる人間の敵とした。と話したが、あれにはまだ続きがある」
老人「続きとは、龍のことじゃ」
老人「儂等は忘れようもないが、新たな人間は違った。記憶は受け継がれないからの」
老人「戦が終わって百年が経ち、三百年が経つ頃には、戦の原因は忘れ去られていた」
老人「その頃になって寿命で亡くなる者も多くなり、儂等の数は急激に減り始めた」
老人「その間にも時代は急速に移り変わり、戦のことなど何も知らぬ世代が台頭した」
老人「戦も、人間の罪も知らぬ、穢れのない世代。それこそが、何よりも罪深いと思うがの」
狩人「……」
老人「そんな人間の中に、儂等の居場所などあるはずもない……」
助手「それで此処に移住を?」
老人「移住と言えば聞こえは良いが、儂等は逃げたのだ。彼を置いてな」
助手「彼。龍ですね?」
老人「うむ。彼は残らねばならんかった。留まることで、蓋をしておるからの……」
老人「続けよう……」
老人「儂等が移住してから更に時が経ち。戦の傷跡は消え去り、お主等は更に繁栄した」
老人「新たに生まれた宗教。教会の存在も、この頃には確固たるものとなっていた」
老人「いや、確立されたのは教会だけではない」
老人「偽りの歴史も人々浸透した。当然、偽りの歴史を作り上げた教会に属する人間にもな」
老人「こうして人間は、歴史が偽りで作り上げられたものであることさえも忘れたのだ」
老人「大雑把に話したが、これが儂等の歴史。人が忘れた、人の犯した罪だ」
勇者「……」
狩人「……」
老人「これで分かったであろう。救い主を、龍を、人間が歪めたのだ」
老人「人間が人間として生きるに、新たな敵を作り上げる為に、龍は魔に堕とされ狂わされた」
老人「人間の敵など最初からおらん。全てが、人間の作り上げたものなのだ」
勇者「……」
老人「信じられぬならそれでもよい。だが、不思議に思うたことはないのか?」
老人「龍が人間の敵、魔の王だと言うのなら、龍は何故今まで人間を滅ぼさなかったのだ?」
老人「真実はその逆なのだ。龍とは人間の守護者。彼は今でも、世界を守っている」
勇者「なら何故、羅刹王が現れた」
老人「衰えたのだ。それ以外に考えられん。故意に解いたとするなら、今頃は悪魔で溢れかえっておるわ」
勇者「……」
老人「人は進化を目指して悪魔となり、人として生きる為に、ある人間が龍となり悪魔と戦った」
老人「人は勝利したが過去を偽り、今や罪を忘れ、人を救った龍を悪魔とした」
老人「龍は堕とされ、悪魔の王と蔑まれ、人間は龍を憎み、討ち果たさんとしている」
老人「龍によって封じられた悪魔を、自らの手でも解き放とうとしておるのだ」
老人「始まりから今まで、これら全ては人のため。何とも救えぬ話よな……」
【#7】親と子
勇者「人間が龍を狂わせたと言ったな」
勇者「狂った原因は何だ。それも人間の認識がどうこうって話か。いつから狂った」
老人「完全に狂ったわけではない。僅かに保っているはずじゃ。だが、今や呑まれつつある」
老人「その兆候は以前からあったようだが、決定的となったのは五年前」
老人「お主の育て親である先の勇者との戦い。その後、龍は、精神に明らかな異常を来した」
勇者「あの戦いが原因だってのか……」
老人「他にも要因はある。最後の一押し、決定的となったのが五年前の戦いなのだ」
老人「龍は強靭な精神を持つ。龍となってからも己の人間性、その高潔な精神を保ち続けていた」
老人「結果として、それが仇となった」
助手「人間だから、ですか」
老人「そうじゃ。人間であり続けようとしたが為に、龍は耐え難い苦痛を受けることとなる」
老人「戦後の孤独、歴史改竄による人間の裏切り。それらが龍の精神を着実に蝕んでいた」
老人「儂等が移住してからは更にな。自分を知るものが去り、遂には悪魔の王に堕とされた」
狩人「それでも保っていたのだろう。それが何故、たった一度の戦いによって異常を来す?」
老人「自らが龍となってまで救った人間に戦いを挑まることが、どれ程のことか分かるか?」
狩人「……」
老人「戦うだけならば問題はなかったかもしれんが、戦った人間による影響が大きかった」
老人「これまでにも名声欲しさに挑んでくる輩はいただろうが、その時だけは明らかに違っていたのだ」
老人「その男は、平和を願っていた」
老人「純粋に平和を願い、己を犠牲にすることさえも覚悟した男。それは正に、嘗ての己そのものだった」
老人「その男の強靭な意志、魂を叩き付けられた時、龍の精神は凄まじい打撃を受けたに違いない」
老人「だが、自分が死ねば封印が解ける。悪魔が雪崩れ込み、この世は再び地獄と化してしまう」
老人「龍には戦うことしか出来なかったのだ。龍もまた、世界を守る為に戦った」
狩人「待ってくれないか。戦いを避けることも出来たと思うのだが」
老人「その男に宿る力を危惧したのだ」
狩人「これまでにも力を宿した人間はいた。何故、彼だけを危険視した」
巫女「それについては私が説明する」
狩人「……それは助かる」
巫女「龍が彼を危険視したのは、崩壊の怖れがあったからだと思われる」
巫女「引き出した力が限界を超えた場合、あらゆる層が、世界そのものが危険に晒される」
狩人「力の暴走か」
巫女「暴走ではない。そもそも認識が違う」
狩人「何?」
巫女「あれは人間が生み出したわけではない。元の私と同じ、始まりから存在した原初の何か」
巫女「あれもまた人間によって認識された。そういう意味では、生み出されたとも言える」
巫女「厳密に言えば、宿るのは力そのものではなく鍵のようなもの。鍵であり、扉」
狩人「鍵?」
巫女「鍵というのは、あくまで例え」
巫女「あれは物質界に存在しない。此処とは違う場所、異なる次元、扉の向こう側」
巫女「そこに大いなる力が在る。意思はなく、肉体もなく、ただ、そこに在る」
勇者「……」
巫女「鍵を持つ者はその場所と繋がる。精神と肉体、魂が、鍵を通じて繋がる」
巫女「そのものと繋がるわけではなく、扉の隙間……鍵穴から漏れ出る程度の僅かな力を得ているに過ぎない」
巫女「何故鍵が存在するのか、何故人間のみに宿るのかは分からない。私と違って、あれは意思を持たない」
巫女「ただ、本質が近い生物に宿る傾向がある。それが人間、創造と破壊の生物」
巫女「鍵が人間に宿るのは、何かが生まれ、何かが滅ぶ時。何かが始まり、何かが終わる時」
狩人「……」
巫女「彼の意志は、龍と比較しても遜色ない程に強かった。それ故に、莫大な力を引き寄せた」
巫女「危険視したのは、それによって扉が完全に開かれ、創造と破壊そのものが溢れ出てくること」
勇者「……」
老人「納得出来ぬようだな。真実を知って尚、龍を憎むか」
勇者「そう簡単に納得出来るか」
老人「納得は出来なくとも理解はしたはずだ」
老人「復讐を果たすことが何を意味するのか、それが分からぬわけではないだろう」
勇者「……」
老人「だから言ったのだ。お主の戦いは終わったとな。復讐の旅は終いだ」
勇者「復讐を諦めても滅びは起きる。俺は魔女を止める。此処に留まるつもりはない」
老人「ほう、これまで復讐に生きてきた人間の言葉とは思えんな」
老人「生きる目的を見失い、戦いに縋り付いているだけではないのか」
勇者「あ?」
老人「育て親の人生が無意味であり、偽りの歴史に踊らされたに過ぎない」
老人「お主はその事実を受け入れられぬだけだ」
老人「今のお主には何もない。生きる意味を見失い、戦いに縋り付いているだけの子供に過ぎぬ」
ガシッ!
老人「相も変わらず、気の短い男じゃな」
勇者「ふざけんな、黙っていられる奴がいるか」
勇者「親の人生が無意味だったと言われて、それを受け入れる子供が何処にいる」
老人「……」
勇者「あんたからすれば、あの人も俺も、守護者を殺そうとした愚か者なんだろう」
勇者「ただ、あの人は信じていた。龍を倒せば世界は平和になる。皆が笑顔でいられる……」
勇者「そう信じて、それだけを夢見て、あの人は最期まで戦ったんだ」
勇者「それを無意味だと言われて、このまま終われるか。俺が諦めれば、本当に無意味になる」
勇者「あの人も、前の俺も、今の俺が諦めることなど認めはしない。何より、俺自身が認めない」
老人「……」
勇者「俺はまだ終われない」
老人「そこまでする意味が何処にある?」
老人「今のお主はただの人間なのだぞ。それを忘れたわけではあるまい」
勇者「あんただって、ただの人間なのに化け物と戦っただろう」
勇者「足掻いて抗って、戦ったんじゃねえのか。それが無意味だと思ったことはないはずだ」
勇者「だから頼む、力を貸してくれ」
老人「里を出て、魔女を止めるか」
勇者「ああ、そうだ」
老人「お主は魔女を分かっておらん」
勇者「っ、あんたは知ってるってのか」
老人「ああ、今のお主によりは知っている」
老人「魔女は以前、此処にいたのだ。お主と、今の僧侶が出会うまでな」
勇者「!!」
僧侶「!!」
老人「巫女に、三人の成り立ちは聞いたか」
勇者「……ああ、聞いた。それぞれが違う立場で世界を見て、世界を決める」
老人「では、魔女が滅ぼすと決めた理由は知っているか」
勇者「……」
老人「その様子だと、はっきりとした理由は知らぬようだな」
巫女「人心の荒廃と堕落、憎悪と狂気が渦巻く世界を終わらせる。彼を使って」
巫女「魔女は、そう言っていた」
老人「だが、そうはしなかった。違うか?」
巫女「違わない。しかし、魔女は力を奪った。滅ぼそうとしているのは間違いない」
老人「儂が言いたいのは、そうする理由じゃ。いや、そうせざるを得なかったと言っていい」
巫女「魔女は自分で決めた」
老人「違う。そうではないのだ……」
巫女「どういう意味? 何を言いたいのかが分からない。貴方には分かるの?」
老人「魔女の役割は既に決まっていたのだ」
巫女「知らない。元の私は、次は自分で決めろと言った。三人が決めると、そう言った」
老人「それは誰が言った。誰によって得た情報だ」
老人「三つに分かれた時、誰が現状を説明した。元の存在がそう言ったと話したのは誰だ」
巫女「……」
老人「……話を続ける。魔女は多くの感情、多くの記憶、多くの力を受け継いだ。人格さえもな」
勇者「人格?」
老人「受け継いだのは元の人格じゃ。お主も知っている始まりの存在。一つであった頃の僧侶」
老人「巫女や僧侶のように元となった人格の上に成り立つのではなく、そのものを受け継いだ」
勇者「それが滅びを選んだのと何の関係がある」
老人「爆発が起きた時、感情の波が押し寄せた。儂はその時、彼女の心を垣間見た」
老人「彼女が望んだのは、お主の生きる世界。付け加えるならば、争いのない、平穏な世界」
僧侶「(私と同じ……ううん、違う。私が、同じなんだ……)」
老人「それと同時に、人間を憎んでいた。爆発と同時に全てを思い出したのだ」
老人「その抑えがたい憎悪と、お主への激情を一身に背負った存在、それが魔女」
老人「僧侶でもなく、魔女でもない」
老人「それ故に、魔女は自らの道を決めることが出来なかった。僧侶ではいられなかったのだ」
勇者「……」
魔女『私は魔女。もう、僧侶じゃない。私は、僧侶にはなれなかった』
勇者「……」
僧侶「お爺さん」
老人「うむ、何じゃ」
僧侶「魔女は、私に期待していたと言っていました。その意味は分かりますか?」
老人「……魔女が何を思っていたのか、その全ては分からぬが、思い当たる節はある」
僧侶「教えて下さい」
老人「後悔すると言っても無駄なのだろうな」
僧侶「……」
老人「……よかろう。僧侶、分かれた三人の中で、お主だけが記憶を持っていない」
僧侶「はい……」
老人「だが、今は魔女の心を理解出来るな?」
僧侶「……はい」
老人「それが何故だか分かるか?」
僧侶「生まれた理由を知ったからです」
老人「違う。同じ経験をしたからじゃ。同じ経験をし、同じ思いを抱いておるからなのだ」
僧侶「!!」
老人「元が一つであったとは言え、お主に以前の記憶はない。お主は、全く別の存在なのだ」
老人「記憶、感情、人格、それらを受け継いでいない。それが何故、魔女を理解出来る?」
老人「例え生まれた理由を知ろうとも、その心に抱く思いが違っていれば理解は出来ないはずだ」
老人「にもかかわらず、お主と魔女の思いを理解出来ている。それは何故だ」
僧侶「同じ経験を、したから……同…じ…!?」
老人「そう、それは偶然ではない。魔女が再現したのだ。嘗ての自分が経験したことを、お主にも経験させた」
老人「だからこそ、お主は魔女を理解出来る。同じ思いを抱く者としてな」
僧侶「全てが、仕組まれたことなのですか……」
老人「言っておくが、同じ経験をしたからと言って、同じ思いを抱くとは限らん」
老人「お主がどのように考え、どのような人間になるのか、それは魔女にも分からぬはずだ」
僧侶「では何故……」
老人「教えたかったのかもしれん」
僧侶「えっ?」
老人「人の醜さ、信仰の脆さ、喪う恐怖、戦わねば生きられぬということ……」
老人「これらは魔女なくして知り得なかったこと。そして、嘗ての僧侶が痛感したことでもある」
僧侶「それを教えて、何がしたかったのでしょうか……」
老人「……それは、儂にも分からん」
僧侶「(大丈夫。もう揺らぐことはない。私はもう決めている。だけど、魔女は何を……)」
魔女『そうね。貴方が私になれるはずがない。僧侶はもういないのだから』
魔女『僧侶が彼を救っていたら、僧侶が彼を支えていれば、こんな今にはならなかった』
魔女『僧侶が傍にいた意味なんてなかったのよ。何一つ、与えられなかったのだから……』
僧侶「(与えられなかった……)」
僧侶「(確かにそう言っていた。きっと、与えたかったんだ。でも、何を?)」
勇者「どうした。大丈夫か」
僧侶「えっ? あ、はい。私なら大丈夫です」
僧侶「巫女ちゃんにも心配されましたけど、私が思っていたより、私は弱くなかったみたいです」
勇者「そうか……」
僧侶「……心配しないで下さい。怖いですけど、本当に大丈夫ですから」
勇者「……分かった」
老人「……」
勇者「爺さん、続けてくれ」
老人「……うむ。では、話を戻そう」
老人「先程話したが、魔女の道は既に決められていた。爆発した憎悪を受け継いだが為に、滅びを選択する他になかった」
老人「だが、それでも尚、お主を守ろうとした。だからこそ、この里の扉を封じたのだ」
勇者「封じたのは分かる」
勇者「だが、守るってのは何だ。魔女はあの力で何をするつもりなんだ」
老人「再び爆発を引き起こす」
勇者「!!」
老人「お主から力を奪ったのは、あの力を利用し、爆発を引き起こす為だ」
老人「それは、この里に魔物がいない理由とも密接に関係しておる」
勇者「……どういうことだ」
老人「まず、魂が消えることはない。そして、魂は一つの層にのみ集まる」
老人「それが、お主等の生きる場所じゃ」
老人「魂が留まり続けているからこそ、蘇生の法で呼び戻すことが可能なのだ」
老人「しかし、長い時が経つと魂は澱む。澱んだ魂は穢れ、収束、変質し、それが魔物となる」
老人「当然、殺された魔物の魂もその層に留まる。魂は消えることなく溜まり続ける」
老人「この悪しき輪廻が続く限り、魔物が消えることはない。これも、人間によって生み出されたものなのだ」
勇者「消すつもりか……」
老人「今ある命を消し去り、世界を清め、人の生み出した穢れを洗い流す」
老人「狂わされた龍、封じられた悪魔、穢れた魂の輪廻、それを生み出す人間、全てをな……」
僧侶「……」
老人「勿論、爆発を起こせば魔女も消える。一度目とは違い、爆発には耐えられんだろう」
助手「っ、その爆発の規模は? 我々のいた場所に限ったものですか? それとも全ての層が?」
老人「全てだ。だが、この里は残る」
狩人「何故?」
老人「この層には魔力防壁を施してある。里に生きる全ての者が、全ての魔力を捧げた防壁がな」
老人「それによって以前の爆発から免れたのだ。被害は出るだろうが、儂等は生き延びる」
老人「此処に残れば、まだ助かる可能性はある。戻れば確実に巻き込まれる」
勇者「……」
老人「もう、察しは付いたじゃろう。魔女は、お主に生きて欲しいのだ」
老人「今のお主と同じく、魔女も二つの顔を持つ。僧侶であった自分と、魔女である自分」
老人「何もかもを憎みながら、決して捨て去ることの出来ない感情持つ、歪められた存在」
老人「結果として滅ぼすと選択したが、そこに行き着く過程で一切の葛藤がなかったと言い切れるか?」
老人「魔女にも心がある」
老人「その中でも、お主に抱いた想いは計り知れん。親としてか、兄としてか、或いは……」
勇者「……」
老人「……最初の接触、敵としてお主の前に現れた魔女が何を思っていたか、それを考えたことがあるか」
勇者「……」
老人「儂には魔女が痛々しく見えた。何かに縛られているようにも思えたのだ」
老人「それ故に、お主を此処に匿うようにと言われた時、儂は断ることが出来んかった」
勇者「……」
魔女『安心して頂戴。後は私がやるから』
勇者「……」
老人「今のお主には、失われた時の記憶がある」
老人「今ならば魔女の心が理解出来るはずだ。お主は、それでも行くと言うのか」
勇者「ああ、俺は行く。今のを聞いて、尚更諦めるわけにはいかなくなった」
老人「何故だ。魔女は既に決断したのだぞ」
勇者「……何が決断だ、そんなもん知るか。何もかもを、ガキに背負わせるわけには行かねえだろうが」
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