私的良スレ書庫
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元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」
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僧侶「あっ…ごめんなさい」トスッ
勇者「ま、気に入ったみたいで良かった」モグモグ
僧侶「あのっ、次はどこに行くんですか?」ワクワク
勇者「次?そうだな、剣を買おうかと思ってる」
僧侶「え~、武器なら既にあるじゃないですか」
勇者「狭い場所で使えるやつがないんだよ。開けた場所でやる分には問題ねえけどな」
僧侶「あ、そっか。色々考えてるんですね」モグモグ
勇者「お前はもう少し考えろ」
僧侶「うっ…」
僧侶「(よし、これからは気を付けよう)」
僧侶「(裁縫の他にも役に立てることはあるはずだ。出来ることなら術法で役に立ちたいけど、どうしたら良いかな)」ウーン
勇者「今は考えなくていい」モグモグ
僧侶「(見抜かれている……)」
勇者「そう言えば」
僧侶「はい?」
勇者「お前とこうして飯を食うのは初めてだな」
僧侶「それは、王都近辺の街を突っ切って北に向かって来たからですよ」
僧侶「あの辺りは化け物が少ないから、俺がやらなくても王都の奴等がやるだろう。とか言って」ムスッ
勇者「そりゃそうだろ」
勇者「俺達は安全ではない場所に行って、安全ではない奴等を掃除する。そういう存在なんだ」
僧侶「……それは、そうですけど」
勇者「何だお前、まさか期待してたの?」
僧侶「…………ちょっとだけ」
勇者「ッ、ハハハッ!」
僧侶「だ、だって仕方ないじゃないですか!」
僧侶「旅に出ると聞いたら、まずはこういうのを想像しますよ。お買い物とか、お食事とか……」
勇者「あ~、おもしれえ。他には?」
僧侶「……どうせ笑われるから言いません」
勇者「笑わねえから言ってみろよ」
勇者「今なら何でも叶えられる。それに、こんな機会は二度とないかもしれないんだ」
僧侶「………髪飾りとか腕輪とか、そういうものに憧れてました」
勇者「憧れ?」
僧侶「小さな頃から遊んだりする相手なんていなくて、娯楽なんて本を読むくらいでした」
僧侶「それで、本の挿し絵とかで王女様とかが身に付けてるのを見て、綺麗だなぁって……」
僧侶「その挿し絵に色はなかったですけど、何というか、とってもきらきらして見えたんです」
勇者「……ん。じゃあ買うか」
僧侶「え!?」
勇者「欲しいんだろ?折角だし買ってやるよ。俺の金じゃねえけどな」
僧侶「そ、そんなのダメですよ」
僧侶「折角頂いた援助資金をそんなことに使ったら何を言われるかーーー」
勇者「こっちは生きるか死ぬかでやってんだ。棺桶に片足突っ込みながら、泥にまみれて必死にな」
勇者「刺されて斬られて噛み付かれて、終いにゃ焼かれた。髪飾りや腕輪の一つや二つで文句は言われねえよ」
僧侶「でも……」
勇者「頭固えな。なら、うっかり買う」
僧侶「?」
勇者「剣や衣服、防具各種」
勇者「それを買ってる時に綺麗な髪飾りか腕輪が目に入って、ついうっかり買ってしまった。ということにする。それで納得しろ」
僧侶「……何でそこまで」
勇者「死ぬ時に後悔したくねえだろ?」
僧侶「え、縁起でもないこと言わないで下さいよ!」
勇者「ははっ、まあいいじゃねえか。無茶も我が儘も生きてる内にしか出来ねえんだ」
勇者「ああしておけば良かった、こうしておけば良かった。そういうのは少ない方がいい」
勇者「やりたいことやって、欲しいもの手に入れて、それから死ね。その方が未練なく逝ける」
僧侶「………」
勇者「ほら、食ったら行くぞ。あんまり時間ねえからな。ほら、急げ」
僧侶「へっ? わ、分かりました!」モグモグ
勇者「そこまで急げとは言ってねえよ……」
僧侶「……んっ、ゴクンッ…だ、だって」
勇者「ったく。ほら、これで口拭け」
僧侶「あ、すいません」フキフキ
勇者「あの、会計お願いします。これでーーー」
>>はい、ありがとうございましたぁ!
僧侶「あの、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」ペコッ
>>ありがとうございます。また来て下さいね~!
勇者「何してんだ、行くぞ」
僧侶「は、はい」タッ
勇者「あ~、食ったなぁ」ノビー
僧侶「(生きる、死ぬ)」
僧侶「(この人からその言葉を聞くたびにいつも思う。戦ってる時なんかは特に強く感じる)」
勇者「武器屋は向こうだったか?ま、人に聞けばいいか。やっぱりちょっと変わったんだな」
僧侶「(きっとこの人は、自分の最期を決めているんだということを……)」
【#7】連なる
僧侶「本当に良かったんですか?」
勇者「ああ、服と防具は買ったし残りは剣だけだ。そっちはすぐ終わる。腕輪と髪飾りだったよな?」
僧侶「は、はい。そうです」
僧侶「(これが宝石店?色んなものが置いてある。それに何だか、目がちかちかする)」
勇者「どれもこれも良い値段すんなぁ。種類もかなり多い。決められそうか?」
僧侶「……正直、かなり悩みそうです」
勇者「何なら別の日でもいい。数日は滞在することになるだろうからな」
僧侶「え?何でですか?」
勇者「あの騎士に頼みがあるとか言われただろうが。それに、少し時間が必要だと思ってな」
僧侶「時間?」
勇者「気にすんな。おら、いいから見てこい。俺はこの辺りを見てるから決まったら言え」
僧侶「じゃあ、ちょっと行ってきますね?」
勇者「おう(俺も少し見てみるか)」
スタスタ
勇者「(ん、この辺りも腕輪だな)」
勇者「(向こうまで全部か、本当に色んな種類があるんだな。見れば見るほど悩みそうだ)」
勇者「(へぇ、割かし大人しい感じのが多いんだな。まあ、派手すぎると品がないからな)」
勇者「(値段は高いけど確かに綺麗だ。欲しがるのも分かるような気がする)」
勇者「………?」
勇者「(こいつは凄いな)」
勇者「(連環、三つで一つの腕輪か。いや、一つを三つに見せてるのか?)」
勇者「(一つから削り出したのか、三つを組み合わせたのか、一目では判別出来ないな)」
勇者「(それぞれに銀線細工までしてある。かなり複雑な造りだ。見た感じ、これが一番意匠に凝ってる)」
僧侶「あの」
勇者「早いな、もう決まったのか?」
僧侶「いえ。向こうは髪飾りだったんですけど、あまりに多くて無理でした……」
勇者「そうか。それより見ろ、個人的に凄え気に入った腕輪があるんだ」
僧侶「(えっ、意外。全く興味がないと思ってた)えっと、どれですか?」
勇者「この中だ。三つの輪が重なってるようなやつがある。細部に至るまでかなり凝ってる」
僧侶「…………うわぁ、凄い」
僧侶「綺麗というか神秘的ですね。複雑に絡み合って、まるで輪が回ってるみたいに見えます」
僧侶「それに、銀の鎖がさらさらしてて不思議な感じがします。どうやって造ったんだろう……」
勇者「じゃあ、それで決まりだな」
僧侶「え!?」
勇者「気に入ったんだろ?」
僧侶「それはもう!でも値段が……」
勇者「そっちの金の腕輪の方が高い。このくらいなら何とかなる。細工を見れば安いくらいだ」
僧侶「あのぅ、本当に大丈夫なんですか?」
勇者「村の女にやった以外は殆ど手付かずだからな。このくらい問題ねえよ」
僧侶「……でも」
勇者「面倒くせえな、欲しいんだろ?店の奴呼んでくるから待ってろ」スタスタ
僧侶「ちょっ……行っちゃった」
勇者「あの」
>>はい、何でございましょう?
勇者「向こうの棚にある腕輪が欲しいのですが、宜しいですか?」
>>少々お待ちを……はい、どれでしょう?
勇者「これです。まず、支払いを」ジャラッ
僧侶「………」ポカーン
>>はい、確かに頂戴しました。
勇者「では、此方の女性にお願いします」
>>この箱に入れてお渡ししますか?
勇者「いや、いたく気に入ったようなので、この場で身に付けて行きます」
僧侶「へっ!?」
>>ふふっ。はい、かしこまりました。では、手を
僧侶「ひ、ひゃい」スッ
シャラ…サラサラ…
僧侶「わぁ、綺麗……」
>>とても良くお似合いですよ。
僧侶「そ、そうでしょうか……でも、とっても嬉しいです」
>>実はこれ、一点限りの品なんです。目利きの彼がいて良かったですね。
僧侶「いえ、私達はそんな間柄ではーーー」
勇者「では、行きましょうか」ニコッ
僧侶「は、はい」
>>ありがとう御座いました。
ーーー
ーー
ー
勇者「良かったな」
僧侶「良かったんでしょうか。何だか少し罪悪感のようなものが湧き上がってきました……」
勇者「そのうち消える。大事にしろよ」スタスタ
僧侶「あの」
勇者「ん?」
僧侶「ありがとうございます。この腕輪、ずっとずっと大事にします」
勇者「そうしてくれ。その腕輪、俺も気に入ってるから。ほら、次は剣だ。行くぞ」
僧侶「はいっ!」タッ
サラサラ…
【#8】矛先
僧侶「はぁ~、色んなのがありますね」
勇者「武器屋だからな」
僧侶「武器とはいえ眺めている分には綺麗ですね。危なくないですし」
勇者「美術刀剣とかもあるからな。これも一種の芸術だ。名のある奴ならとんでもない値が付く」
僧侶「へぇ~、剣が美術品ですか」
僧侶「あっ、これなんか良いですね。色んな細工が施されてて、本当に美術品みたいです」
勇者「値段見てみろ」
僧侶「………止めましょう」
勇者「手伝う気なら、見た目じゃなくて使えるやつを探せ。短めで厚めの剣がいい」
僧侶「分かりました。じゃあ、向こうにあるのを見てきます!」
トコトコ
勇者「(はしゃいでんな。まるでガキだ)」
『これなんてどうかな?』
『ん~、まだ早いんじゃないか?最初は扱いやすいものにした方が良いぞ?』
勇者「(余計なこと思い出しちまったな)」
トントン
勇者「ん?」クルッ
僧侶「向こうにありましたよ。刀身が短めで厚いやつですよね?」ニコッ
勇者「………」
僧侶「?」
勇者「(そうか、今になって分かった。俺は、コイツと自分をーーー)」
僧侶「あの、どうしたんです?見ないんですか?」
勇者「いや、見る。値段はちゃんと見たのか?」
僧侶「お店の人いわく、お手頃価格らしいです」ハイ
勇者「……お手頃価格ね。んじゃ、見てみるか」
僧侶「はいっ」
コツコツ
僧侶「これです。短めで厚め」
勇者「へ~、しっかりしてんな」
勇者「色気はねえが重くていい。これなら長持ちしそうだ。念のため似たようなのを五、六本買ってくか」
僧侶「そんなに!?」
勇者「北に行くにつれて人里は減っていくからな。この辺りで買っておいた方がいい」
僧侶「でも金棒と鉄板があるんですよ?そんなに重いのを六つも持つのは無茶ですよ」
勇者「……四本にするか」
僧侶「いやいやいや、それでも大変ですよ。どうやって持っていくつもりですか?」
勇者「あの二つは背負うとして、これは腰に差す。左右に二本くらいなら行けるだろ」
僧侶「(かなり不格好になりそう……)」
僧侶「あっ、そうだ。二本は腰に差して下さい。残りの二本は私が持ちますから」
勇者「持てんの?つーか、この先も来るわけ?」
僧侶「勿論です」
僧侶「私はどうしたいのか、その答えはまだ出ていません……でも、貴方と共に歩む気持ちに変わりはありませんから」
勇者「…………」
僧侶「それに、あの時の武器の束に比べれば、これくらいなんともないですよ」ニコッ
勇者「じゃあ、お前のも買っとくか」
僧侶「えっ?私、剣なんて使えないですよ!?」
勇者「それでいいんだ。ちょっとこっちに来い」
僧侶「え、意味が……」
勇者「いいから、これを持ってみろ」
僧侶「短剣、ですか……」
僧侶「あっ、軽いですね。これなら私にも振れそうです。でも、これで魔物を倒せるかな」
勇者「それは魔物を殺すためのものじゃない」
僧侶「……じゃあ、人を?」
勇者「違う。人間を殺すためのものでもない。そもそもお前に人間は殺せないからな」
僧侶「あの、じゃあ何で持たせるんですか?」
勇者「理由は二つある」
勇者「一つは護身用としてだ、効果は薄いだろうけどな。もう一つは、自分で始末をつけろってことだ」
僧侶「!?」ビクッ
勇者「意味は、分かるな?」
僧侶「……っ、はい」ギュッ
勇者「言っとくが、お前だけの問題じゃない。その短剣の切っ先は俺にも向いてる」
僧侶「え?」
勇者「お前がそれに頼らざるを得ない状況になったら、俺もお終いだってことだ」
僧侶「………じゃあ、これを使う時が」
勇者「俺とお前の最期ってことだ」
僧侶「…………」
勇者「結論を急ぐ必要はない。此処には何日か滞在する。時間はある。その間にじっくり考えろ」
勇者「その結果、お前がどんな決断をしようが俺は責めない。来るか戻るか二つに一つだ」
勇者「もう一度、よく考えろ」
勇者「自分がどうありたいのか。俺と来る意味。その短剣を持つってことの意味を」
僧侶「……っ、はい、分かりました」
【#9】想起
勇者「やっと着いたな」
僧侶「こ、これ、見た目より重いですね」
勇者「だから俺が持つって言ったんだ。お前が遅いから着くのが遅れちまったじゃねえか」
僧侶「ごめんなさい。だけど、今のうちから慣れておかないとダメかなと思って……」
勇者「止めろ。さっき考えろって言ったばかりだ。もう忘れたのか」
僧侶「忘れなんかいません。分かってます……」
僧侶「宿に着くまでの間もずっと考えていました。だけど、やっぱり戻るなんてことは考えられません」
勇者「誓ったからか?」
僧侶「違います。取り払うのは難しいですけど、そういったものから離れて考えています」
勇者「…………」
僧侶「そうした時に思うことは一つだけ……貴方の力になりたいって、それだけなんです」
僧侶「付いて行くんじゃなくて、背中を追うんじゃなくて……何と言うか、一緒に歩きたいんです」
僧侶「短剣を渡された時は怖かったです。とっても怖かったですけど、それだけじゃなくて……」
勇者「……よく考えてることは分かったよ。でも、急がなくていい」
勇者「分かったな?」
僧侶「………はい」
勇者「なら、風呂にでも入って来い。もうじき夕方だ。迎えに来る前に気持ちを切り替えろ」
僧侶「(そ、そうだった。騎士さんが迎えに来るんだった。すっかり忘れてた)」
勇者「……その顔、忘れてたんだな。お前は一つのことしか考えられねえのか」
僧侶「だって……」
勇者「いいから入って来い。あんまり長湯するなよ」
僧侶「は、はい。じゃあ行ってきます!」ガサゴソ
ガチャ パタンッ
勇者「………慌ただしい奴だな」
シーン
僧侶『そうした時に思うことは一つだけ……貴方の力になりたいって、そう思いました』
勇者「……力になりたい、か」
『何で俺を見捨てない』
『ん、どうしたんだ急に?』
『俺は何の役にも立ってない。あんたみたいに化け物を倒せないし、魔法も使えない』
『ハハハッ!何だ、そんなこと気にしてたのか?』
『そんなことって何だよ!俺は本気で……』
『悪い悪い。でも、俺にとってはそんなことさ。お前は充分に、俺の力になってるよ』
『どこがだよ。いつも足引っ張ってるだけだ』
『……お前はまだ子供なんだ。そればっかりは仕方がないよ。剣術も武術もこれから学べばいい』
『それじゃあ遅いんだ』
『急いだって背は伸びない。いつかは一緒に戦える日が来るさ。そうならない方がいいけどな……』
『………』
『あんまり悩むな。お前はそのままでいいんだ』
『何だよ、それ……』
『俺は人間か?』
『………は? そんなの当たり前だろ』
『そうか。でもな、俺にはそう思えない。この力が、そうさせてくれない』
『?』
『俺は、お前がいるから人間でいられる。幾ら血に塗れようと、人間であることを誇れるんだよ』
『人間を、誇れる?』
『そう、俺は人として戦ってるって誇れるんだ』
『…………』
『人々は平和を願ってる。俺だってそうだ。みんな笑ってるのが一番良い。その為なら、幾らでも血に塗れるさ』
勇者「………」
コンコンッ
僧侶「あの、私です。入っても良いですか?」
勇者「ああ」
ガチャ パタンッ
僧侶「はぁ~、さっぱりしました!やっぱりお湯は良いですね。最近は水浴びばかりで……?」
勇者「………」
僧侶「どうしました?」
勇者「いや、何でもねえよ。風呂は気持ち良かったか?」
僧侶「はいっ、疲れが取れたような気がします」
勇者「気がするだけだろ」
僧侶「でも、気分は良いですよ?」
勇者「そうか、良かったな」
僧侶「貴方は入らないんですか?」
勇者「俺はいい。夜が更けて、人がいない時を見計らって入る」
僧侶「(……あっ、背中……)」
勇者「……もうじき迎えに来る頃だ。外に出て来るのを待つ。お前も来い」
僧侶「分かりました。でも、良かったんですか?」
勇者「何が?」
僧侶「今更ですけど、帰ってきた時に部屋を変えたじゃないですか」
僧侶「騎士さんが折角取ってくれたのに……しかも三部屋も取って……宿の主人も困ってましたよ?」
勇者「昔、何度か襲われたからな。癖みたいなもんだ。三部屋分の金は払ったんだから気にすんな」
僧侶「(そうだったんだ……)」
僧侶「(この人、本当に休めた時なんてあるのかな? 今日くらいは、ゆっくり休んで欲しいな)」
勇者「そろそろ出るぞ。部屋を変えたのを知られたくねえ」
僧侶「あ、はい」
勇者「……なあ、僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「俺は、人間か?」
僧侶「えっ? 今、なんてーーー」
勇者「何でもねえ、行こう」
僧侶「は、はぁ」
ガチャ パタンッ
勇者「…………」スタスタ
僧侶「(一体どうしたんだろう?)」
僧侶「(何だか少し、寂しそうな顔をしていたような気がする。気のせい、なのかな?)」
【#10】芽生えつつあるもの
僧侶「あれ、何だか人が少ないですね」
勇者「化け物対策か何かだろ。奴等が活発になるのは夜だからな」
僧侶「魔物の数が以前にも増しているとは言え、街の中でさえ安心出来ないなんて……」
勇者「どこもかしこも化け物だらけだ。そうなるのも仕方ねえさ」
僧侶「……龍を倒せば終わるんでしょうか?」
勇者「何も終わらねえよ。人間か化け物か、どちらかが消えるまで殺し合うに決まってる」
勇者「化け物共を皆殺しにしようが、次は人間同士で殺し合う。戦は絶対になくならねえよ」
僧侶「………」
勇者「まあ、一時は穏やかになるかもな。でも、そう長くは続かねえさ。人は必ず、罪を犯す」
僧侶「……あの、貴方は何の為に戦ーーー」
コツコツ
騎士「お待たせしてしまったようで申し訳ない」
勇者「いえいえ、私達も今来たところですから」
騎士「わざわざ外に出ずとも、お部屋までお迎えに上がりましたのに……」
勇者「それでは偉そうでしょう?」ニコッ
騎士「そ、そんなことはありません! 勇者様に対して偉そうなどと……」
勇者「何もそこまで畏まらなくとも……私も一人の人間です。そうでしょう?」
騎士「………お優しい方なのですね。共に旅をしている僧侶様が羨ましいです」
僧侶「へっ? そ、そうですか?」
騎士「ええ。勇者様と共に戦うなど、私のような一介の騎士からすれば夢のまた夢ですから」
僧侶「(こんな風に思っている人もいるんだ。それなのに、私は……)」
勇者「……あの、お話ししたいことがあるとのことでしたが、場所は何処です?」
騎士「も、申し訳ありません。今からご案内しますので私に付いて来て下さい」コツコツ
勇者「はい、お願いします」
僧侶「………」
勇者「おい」ボソッ
僧侶「な、何ですか?」
勇者「今はこっちに集中しろ」
勇者「考えるのは宿に戻ってからでいい。俺はさっさと終わらせて休みたいんだ。ぼさっとしてんな」スタスタ
僧侶「あ、あのっ」
勇者「あ?」
僧侶「ありがとうございます。色々と気遣って……ううん、気付いてくれて……」
勇者「……お前が特別分かりやすいだけだ。顔を見れば誰でも分かる。ほら、行くぞ」
僧侶「はいっ」
トコトコ
騎士「僧侶様、個人的にお訊ねしたいことがあるのですが、宜しいですか?」
僧侶「はい、何でしょう?」
騎士「勇者様と旅をしてどれくらいに?」
僧侶「えっと、そうですね……二ヶ月近くにはなるでしょうか」
騎士「此処に来るまでに二ヶ月ですか?」
僧侶「ええ。馬車を魔物に破壊されてしまって、そこからはずっと徒歩でしたから」
騎士「……そうでしたか。此処までは、どんな旅を?」
僧侶「ひたすらに魔物を倒し続ける旅でした」
僧侶「襲ってきた魔物。それから、行き会った人から情報を得て退治に行ったりしました」
騎士「では、これまで遭遇した魔物の全てを?」
僧侶「(う~ん、そうなるのかな?)」
僧侶「はい、多分。この人は魔物を前にして逃げたことはありませんから」
騎士「………」
僧侶「騎士さん?」
騎士「も、申し訳ない」
騎士「何とも凄まじい旅路だと思いまして。言葉が出ませんでした。大変だったでしょう?」
僧侶「ええ。私は付いていくのに精一杯でそれどころではありませんでした。今もですけど……」
騎士「……あの、勇者様」
勇者「(ペラペラうるせえ奴だな)何です?」
騎士「何故そこまで戦えるのですか?」
勇者「目には見えなくとも、私が戦うことで助かる方がいると信じているからです」
騎士「目には見えなくとも、ですか?」
勇者「自分が逃げれば誰かが死ぬ。そう考えると逃げるわけには行かないでしょう?」
騎士「確かに……」
騎士「しかし、その気力をどうやって保っているのです? 後学のために是非とも教えて頂けませんか」
勇者「これといって特別なことはしていませんよ。ただ、やるべきことがあるからです」
勇者「それを終えるまでは、何があろうと潰えるわけにはいかない。それだけです」
騎士「………」
勇者「何の参考にもならなくて申し訳ない」
騎士「いえっ、そんなことは……」
僧侶「(それを終えるまでは? 終わったらどうするんだろう? まさか本当に……)」チラッ
勇者「………」
僧侶「(ダメだ。私には何を考えてるかなんて分からない。さっき言ったことは嘘なの?)」
騎士「到着しました。此処です」
勇者「……教会?」
騎士「ええ。現在は各地より派遣された修道騎士団の方々と合同で街を守っていますので」
騎士「本部は別の場所にあるのですが、人員が増えたことで教会に移動することになったのです」
勇者「なるほど、そうでしたか」
騎士「では、お入り下さい。詳しい説明は中で致しますので」
僧侶「………」
勇者「僧侶さん、行きましょう」
僧侶「はい……」
トコトコ
勇者『それを終えるまでは、何があろうと潰えるわけにはいかない。それだけです』
僧侶「(もやもやする……)」
僧侶「(全てを決めているようで、全てを諦めてるような……上手く言えないけど、何か嫌だな)」
【#11】月が満ちる時
騎士「どうぞお掛けになって下さい」
僧侶「ありがとうございます」トスッ
勇者「(あぁ、さっさと宿に帰りてえ)ありがとうございます」
騎士「狭いところですが、どうかご容赦下さい。この部屋しか空いていなかったもので……」
勇者「いえ、構いませんよ。それで、お話というのは?」
騎士「……ここ最近、騎士が殺害される事件が起きているのです。住民には伏せていますが」
僧侶「!?」
勇者「騎士の殺害ですか、事件の内容は?」
騎士「資料はこちらにまとめてあります。宜しければ見解を聞かせて頂けませんか」
勇者「分かりました」パラッ
僧侶「私も見て構いませんか?」
騎士「ええ、勿論です」
僧侶「………」ペラッ
僧侶「(殺害されたのは修道騎士団の男性三名。場所は全て自室。と言うことは教会内?)」
僧侶「(目撃情報無し)」
僧侶「(遺体は全裸で発見、目立った外傷は無し。但し、三名同様に射精した痕跡有り)」
僧侶「……夢魔?」
騎士「ええ、皆もそう噂しています。しかし、魔力を感じたものは誰一人としていません」
僧侶「そんな……」
勇者「壁に書き殴ったような印とありますが、これは?」
騎士「こちらです」スッ
勇者「……これは、我が信仰と良心を滅失しようとする異教徒に対する宣戦布告である」
勇者「騎士でありながら女に溺れるなど堕落している証である。つまり騎士とは堕落の象徴なのだ」
勇者「我が神を冒涜し、信仰を穢した罪は極めて重い。赦しは得られないものと知れ」
勇者「我が神の、偉大なる印を見よ……」ペラッ
僧侶「!!」
勇者「…………」
騎士「どうしました?」
勇者「……この印については調べましたか?」
騎士「勿論です」
騎士「何でも、ある奴隷商人が所持していた烙印だとか。ですが、その奴隷商人は既に殺害されていました」
僧侶「(じゃあ、やっぱりこの印は……)」
騎士「もう十年も前のことです」
騎士「彼は野盗に襲撃されて亡くなっています。しかし、その野盗も既に死亡している」
勇者「………」
僧侶「っ、その野盗というのは?」
騎士「当時はかなり恐れられていた集団らしく、何でも、村を一つ壊滅させたとか……」
騎士「野盗の集団は何者かによって全員殺害されたようですが、その詳細は未だ分かっていないようです」
騎士「しかし、十年経った今でも、まことしやかに囁かれている噂があります」
僧侶「噂?」
騎士「先の勇者様が野盗の集団が潜伏していた村に乗り込み、それを討伐した。と言うものです」
僧侶「(……もう疑いようがない。これは間違いなく、この人の背中にある烙印と同じだ)」
勇者「僧侶さん」
僧侶「は、はい」
勇者「夢魔。いや、魔が何かを信仰するとは聞いたことはありますか? 書物には?」
僧侶「魔の主である龍を信仰すると言うなら有り得なくはないですが、それ以外となると……」
勇者「なら、あくまで個人的に何かを崇拝している者の犯行でしょうか?」
騎士「私はそう思います。その何かが分かれば良いのですが、今のところは何も……」
勇者「我が神を冒涜したとありますが、殺害された彼等に共通していることは?」
騎士「それが全く分からないのです」
騎士「まず、犯人の言う神が何を差しているのかが分からない。比喩や暗号なのか……」
騎士「ただ単に騎士を標的にしていて、捜査を攪乱させたいだけなのかもしれません」
騎士「ただ、犯行は全て教会内て起きているということ。それから、満月の晩の犯行だということだけは分かっています」
勇者「満月の晩ですか。分かりました」
騎士「何か妙案が?」
勇者「次の満月の晩に来ます。今日はこれで失礼します。僧侶さん、行きましょう」ガタッ
僧侶「えっ?」
勇者「…………」スタスタ
僧侶「ちょっと待って下さーーー」
ガチャ パタンッ
僧侶「ごめんなさい。何だか、かなり気が立っているみたいで……」
騎士「あの、何かしてしまったのでしょうか?」
僧侶「いえ、騎士さんは何も悪くありません。きっと事件について苛立っているのだと思います」
騎士「そ、そうですか……」
僧侶「それより気を付けて下さいね? 夢魔だとしたら、女性も狙われる可能性がありますから」
騎士「えっ?」
僧侶「美しい女性を好むとも言います。騎士さんは綺麗ですから気を付けーーー」
騎士「あの、僧侶様?」
僧侶「はい?」
騎士「ご忠告は有り難いのですが、私は男です」
僧侶「………えっ?」
騎士「女顔だと言われることは多々ありますが、此処まで盛大に勘違いされたのは初めてです……」
僧侶「だ、だって、あの人に微笑みかけられた時に頬を染めてたり、声色が良いとか言われて俯いたりしてたじゃないですか!」
騎士「あ、あれは憧れの人と対面したからです!決して変な意味ではありません!!」
僧侶「ほ、本当に男性なんですか?」
騎士「はい、嘘だと思うなら胸でもなんでも触ってみて下さい」
僧侶「失礼します」
ペタペタ
僧侶「………申し訳ありませんでした」
騎士「い、いえ、大丈夫ですよ。信じてもらえたようで良かったです」ニコリ
僧侶「本当に男性なんですよね? 口調とか笑い方とか、とても男性とは思えなくて……」
騎士「本当に男です。何なら他の騎士に聞いてみて下さい」
僧侶「いえ、そこまでは流石に失礼なので……いや、先程も十分失礼でしたね」
騎士「お気になさらなくても結構ですよ。しかし女性だと思われていたとは……」
僧侶「申し訳ありません」
騎士「いえ。ですが合点がいきました。だから最初に会った時、私を綺麗だと言ったのですね」
僧侶「まさか男性だとは夢にも思っていませんでしたから……」
騎士「…………」
僧侶「どうしました?」
騎士「い、いえ、何でもありません。それより、勇者様がお待ちになっているのでは?」
僧侶「(あの様子だと多分待ってないと思うけど)そうですね。では、失礼します」ペコッ
騎士「送りましょうか?」
僧侶「いえ、大丈夫です。今日は色々とありがとうございました。では」
ガチャ パタンッ
勇者「…………」
僧侶「(あっ、待っててくれたんだ……)」
勇者「アホなことしてんじゃねえよ。ほら、さっさと帰るぞ」
僧侶「(こんな時は何て言ったら良いんだろう?気にしないで下さい?大丈夫ですか? 大丈夫なわけない。あぁ、ダメだ。何を言っても気休めにもならない)」アタフタ
勇者「透けてんだよバカ」
ポカッ
僧侶「あたっ…」
勇者「……お前は自分のことだけを考えればいい。俺のことは、俺が何とかするから」
僧侶「…………っ」ギュッ
【#12】理解と崇拝
勇者「………」スタスタ
僧侶「………」
勇者「(あの資料によれば初めに一人、次に二人を殺してる。二ヶ月で三人だ)」
勇者「(満月は月に一度)」
勇者「(条件によっては月に二度あることもあるが、この二ヶ月でそれは起きていない)」
勇者「(気になるのは二度目の満月で二人殺していることだ。何故次の満月を待たなかった?」
勇者「(相手は修道騎士だ。どんな殺害方法であれ、一晩で二人を殺すのは時間が掛かる)」
勇者「(危険を冒してまで二人を殺した理由は何だ。そもそも理由なんてないのか?)」
勇者「(それに、魔力を感じなかったと言っていた。夢魔に見せ掛けた人間の犯行かも分からない)」チラッ
勇者「(……上弦を過ぎた辺りだ。満月になるまで六日か七日、その間に色々調べてみるか)」スタスタ
僧侶「ち、ちょっと待って下さい!何処に行くんですか?」
勇者「何処って、宿に決まってんだろうが」
僧侶「宿はそこですよ?」
勇者「……そうか。そういやそうだったな、悪い」
僧侶「っ、私が言えたことじゃないですけど、あまり考え過ぎないで下さい」
僧侶「ずっと戦ってばかりで碌に休んでもいないんです。今は体を休めることを優先して下さい」
勇者「…………」
僧侶「あ、あの、聞いてますか?」
勇者「ああ、聞いてる」
勇者「お前にそんなことを言われるのは心外だと思っただけだ。あんまり気にすんな」
僧侶「何で私が慰められてるんですか!色々おかしいですよ!?」
勇者「ハハハッ、冗談だよ。でもまあ、そのツラを見てると少しは楽になるな……」
僧侶「……あの」
勇者「ん?」
僧侶「何か力になれることがあったら言って下さい。魔に関してなら割と知識はありますから」
勇者「お前はーーー」
僧侶「自分のことだけなんて考えられません!出来るならそうしたいですけど、私には無理です!!」
勇者「………」
僧侶「全てを自分で解決しようだなんて思わないで下さい。私にだって話を聞くくらいは出来ます」
僧侶「大して役には立てないかもしれない。力不足なのも分かってます。だけど、無理はしないで下さい……」
勇者「………分かったよ。だから、そんな顔をしないでくれ。暗がりだと怖いから」
僧侶「~~~っ!!」
ポンッ
僧侶「あっ…」
勇者「……ありがとう。さあ、そろそろ入ろう。外も冷えてきたしな」ニコッ
僧侶「(あ、笑った)」
僧侶「(こんな顔を見たのなんて初めてかもしれない。こんなに優しい顔で笑うんだ……)」
勇者「どうした?」
僧侶「いえ、何でもないです。全然何でもないです」フイッ
勇者「………」
僧侶「(マズい。このままだと読まれる!)は、早く宿に入りましょうよ!」グイッ
勇者「宿に連れ込むとか大胆な女だな」
僧侶「(無視無視)」グイグイ
勇者「(………まさか、コイツに励まされる時が来るなんてな。分からねえもんだ)」
ガチャ パタンッ
僧侶「(よしっ、何とか落ち着いてきた。これでもう大丈夫……)」
>>お帰りなさいませ。それにしても、男を引っ張って来るなんて元気なお嬢さんですな。
僧侶「へっ!? こ、これはそういうことではありませんっ」パッ
勇者「違うんですか?」
僧侶「違いますよ!!」クワッ
>>はっはっはっ、仲がよろしいようで微笑ましい。
僧侶「……仲が、良い?」
>>ええ、とても。まるでご兄妹のようです。
僧侶「(今の言い方からして私が妹なんだろうな。この人がお兄さんだなんて考えたこともないや)」
勇者「部屋に行きましょうか」
僧侶「そ、そうですね」
>>ああ、忘れるところでした。これを
勇者「手紙? 私にですか?」
>>はい。先程いらした女性に、お客様に渡してくれと頼まれました。
勇者「……どんな女性でした?」
>>修道服を着ていましたが顔までは……騎士団の遣いで来たと仰っていましたよ?
勇者「そうですか、ありがとうございます」
僧侶「誰でしょうか?」
勇者「さあな、誰だか知らねえが嫌な予感しかしねえ。部屋行くぞ」
僧侶「あ、はい」
トコトコ
勇者「何はともあれ、やっと帰って来られたな」
僧侶「ええ、そうですね」
勇者「……後は、この手紙だけか。あんまり見たくねえな」チャリ
ガチャ パタンッ
勇者「…………」カサッ
僧侶「事件についてですか?」
勇者「……ああ、どうやら犯人からみたいだな」
僧侶「えっ!?」
勇者「悪いが読み上げてくれねえか。文面が気色悪くて頭に入って来ねえ」
僧侶「わ、分かりました……」カサッ
僧侶「我が神よ、私は鮮烈に覚えています」
僧侶「貴方の姿、貴方の言葉、貴方の印、偉大さを目の当たりにした瞬間を」
僧侶「あの日、私の全てが変わりました。貴方との出逢いによって、何もかもが一変したのです」
僧侶「あれ以来、私が知る神は神でなくなり、貴方こそが神であるのだと悟りました」
僧侶「私は貴方によって生きる意味を与えられ、貴方によって自由を得たのです」
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