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元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」
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僧侶「………」
騎士「魔術に優れているからではない。それが方便だということは君も分かっていたはずだ」
騎士「ただ、君が考えているように、忌み子として厄介払いされたわけではないんだよ?」
僧侶「(えっ? じゃあ何で……)」
騎士「瞼が動いた。僅かに期待しているね? 良い答えを、自分が望む以上の使命を」
僧侶「……」ビクッ
騎士「ふふっ、警戒しなくても大丈夫だよ」
騎士「君の役目は、君が思っている以上に重要で崇高なものだ。これは嘘じゃない」
僧侶「(っ、甘い声色に騙されちゃダメだ。何を言われても意識をしっかりーーー)」
騎士「神聖娼婦」
僧侶「……………えっ?」
騎士「はははっ! 驚いたかい? 君は神聖娼婦として勇者様に同行させられたんだよ」
騎士「度重なる戦いによって獣性を抑えられなくなった時、その昂ぶりを鎮めるのが君の役目だ」
騎士「戦いの経験もない、魔術の素養はあっても実戦で魔術を使えない足手まとい」
騎士「そんな君に出来るのは、神聖娼婦として勇者様の性欲を満たすことくらいだ」
騎士「まあ、体よく教会から追い出されたわけだ。女として使えなければ捨てればーーー」
僧侶「そんなの嘘だ!!」
騎士「否定するのは自分を保つためだ」
騎士「その怒りは偽りだ。恐怖を隠すためだ。それより、君は気付いていたんじゃないのかい?」
僧侶「………」ギュッ
騎士「女である私が何故? 戦いの経験もない私が何故? 何で私が勇者様と?」
騎士「君は疑問に思ったはずだ。そして、そこから行き着く答えなんて一つしかない。女だからだ」
僧侶「そんなことない!!」
騎士「なら言ってごらん。他に何がある?」
僧侶「それは司教様が私を……」
騎士「守るため、かい? はははっ、笑わせてくれるね。希望的観測、現実逃避だ」
僧侶「っ、貴方の言葉だって何の根拠もない!!」
騎士「なら、これを見てごらん?」
騎士「これには勇者様に対する協力要請。それから、細かな情報が記載されている」
騎士「勿論、君のことだって詳しく記載されているんだよ。ほら、此処には何と書いてある?」
僧侶「うそだ……だってこれは……」
騎士「君は何度も見たことがあるだろう? 見間違えようがない。何せ、司教様の印だからね」
僧侶「なんで、こんなの何かの間違いだ。きっと、こうでもしないと私をーーー」
騎士「確かにそうかもしれない。こうでもしないと君を守れなかったのかもしれない」
騎士「だけどね。かもしれない、だ」
騎士「どんな圧力、どんな事情があったにせよ、印を押したのは事実なんだよ?」
僧侶「…ハァッ…ハァッ…っ」ギュッ
騎士「ハハハッ!どうだ!?」
騎士「お前は世界に疎まれ、神にさえ見捨てられたんだ!居場所など何処にもない!!」
僧侶「…………」
騎士「……何だ、その目。まだ何かがあるな。君を支える何かが、耐えることの出来る何かが」
僧侶「(大丈夫。大丈夫。気を強く持つんだ。私は負けない、悪魔の言葉に負けたりしない)」
騎士「それが何なのか当ててみせようか?」
僧侶「私は信じてる。神を信じてる。悪魔に屈したりしない。私は、信じる」
騎士「……健気だね。けれど、君が信じているのは神なんかじゃない」
僧侶「何を……」
騎士「君は先程から手首にある何かをしきりに触っている。それは十字架か? 違う。彼に貰った腕輪だ」
騎士「君が待ち望んでいるのは神の救いじゃない。君が心から待ち望んでいるのは彼だ」
騎士「信仰を覆され、信頼する人物の裏切りを目の当たりにしても、君は未だに保っている」
騎士「何故か。それは君の心を支える存在がいるからだ。それを何というか教えてあげようか?」
僧侶「私は神を信じてーーー」
騎士「違う。それは偽りだ。偽りの答えだ。神に背く行為だからと、己を騙しているに過ぎない」
僧侶「違うっ!!」
騎士「君は、彼を愛しているんだよ」
僧侶「そんなんじゃない!愛してなんかいない!!」
騎士「そうか。では、君の心には誰がいる?」
僧侶「!!」
勇者『神なんぞどうでもいい。お前はどうだって聞いてんだよ。お前の芯のところは?』
勇者『何処の誰に誓おうが構わねえが、お前の意志はどうなんだ。それでいいって言ってんのか?』
勇者『いいか、戦いの中に縋るものなんてありはしない。自分で何とかするしかないんだ』
勇者『縋るなって言ったのはそういうことだ。自分を何かに預けるな。それはお前の命だろ?』
勇者『お前を一人にしておくと碌なことが起きないんだよ!目を離すとすぐに泣くだろうが!!』
勇者『少しは外を見ろ。そうすりゃあ違ったもんが見えるかもしれねえだろ?』
勇者『……ありがとう。さあ、そろそろ入ろう。外も冷えてきたしな』
僧侶「………っ」ギュッ
騎士「ほらね。私が壊すまでもなく、君の信仰など既に消え去っている。胸の内は彼で溢れている」
僧侶「やめて……」
騎士「自覚しているかどうかの問題だ。今はそうでなくとも、君はいずれ必ず彼を愛するだろう」
僧侶「やめてっ!!」
騎士「結論、君は神を、信仰を捨てた」
【#26】月、満ちる
勇者「(夜? 此処は……)」ムクリ
勇者「(っ、視界が揺らぐ。それに何だ、この妙な浮遊感は……そうか、薬を打たれて……!!)」
僧侶『はぁっ、はぁっ…』
ギュッ
僧侶『……お願いです、目を覚まして下さい……早く、此処から逃げて……』
騎士『その手を、離せ!!』
ドゴッ!
僧侶『゙ホッ…ゲホッ…』
騎士『……何とも忌々しい女だ。おい、そこの、この女を例の場所に連れて行け』
勇者「僧侶……ッ」ドタッ
勇者「(くそっ、体に力が入らねえ。あれから何が起きた。ずっと眠ってたのか? 何で宿にーーー)」
ガチャッ パタンッ
魔女「あら、ようやく目が覚めたみたいね」
勇者「……何でお前が此処にいる」
魔女「さあ、何ででしょうね。それより窓を見たら? 今日は待ちに待った満月よ」
勇者「………大凡の見当は付いた。夢魔の目的は何だ。僧侶は何処に連れて行かれた」
魔女「それは会ってからのお楽しみ。あの子なら騎士団本部の地下にいるわ。夢魔と一緒にね」
魔女「念のために言っておくけれど、今夜中に行かなければあの子は殺される」
勇者「化け物が待ってんだ。そんなことを言われなくても俺は行く。逃げるわけねえだろうが」
魔女「ふふっ、そうよね」
魔女「何があろうと、貴方が逃げ出すわけがない。貴方はそうでなくちゃならないわ」
勇者「そうかよ」ダンッ
ドズンッッ サァァァァ
勇者「(……投影。器、抜け殻か)」
魔女『折角教えてあげたのに殴り掛かるなんて失礼ね。お腹に穴が空いちゃったじゃない』
勇者「黙れ。何処から見てるのか知らねえが、お前にもう用はない。さっさと失せろ」
魔女『化け物を殺す。理由は本当にそれだけ?』
勇者「……何が言いたい」
魔女『囚われのあの子を助けたいんでしょう? まあ、そうさせる為に利用したのだけど』
勇者「僧侶に、何をした」
魔女『そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない」
勇者「答えろ」
魔女『ちょっと背中を押しただけよ』
魔女『街に到着した夜。あれは確か、貴方が丁度お風呂に行った時だったかしら』
魔女『戦わなければ貴方が死ぬって脅かしたのよ。そしたらあの子、すぐその気になっちゃってね』
勇者「…………」
魔女『貴方に黙って戦う準備をして、貴方の為に必死に頑張ったのよ?』
魔女『使い慣れない武器なんか振り回して、私があの人を助けるんだ……ってね』
魔女『それが罠だと分かっていながら、あの子は単身で教会に向かった。そして捕らえられた』
勇者「……………」
魔女『捕らえられて四日目』
魔女『夢魔はあの子に随分と嫉妬しているようだったから、今も手酷くやられているんじゃないかしら』
勇者「もういい、黙れ」
魔女『一応言っておくけれど、私はちゃんと警告したのよ? 戦えばそうなるってね』
勇者「聞こえなかったのか。黙れ」
魔女『この話題はお気に召さないようだから、違う話題にしましょうか』
勇者「…………」
魔女『貴方は化け物を殺すために戦うの? それとも、あの子を救うために戦うのかしら?』
勇者「…………」ガチッ
魔女『ま、いいわ』
魔女『あぁ、防具はそのままみたいだけど貴方の武器なら全て没収されたわ。残っているのは、あの子に買ってあげた短剣だけ』
勇者「…………」ギュッ
魔女『散々に嗾けておいて何だけど本当に行くつもりなのね。薬も抜けていない状態で勝てると思うの?』
勇者「俺が負けると思うのか」
勇者「悪魔、魔物の王。偉大なる龍から次期魔王に指名されたんだ。お前も期待してんだろ」
魔女『ふふっ。ええ、とっても期待しているわ』
勇者「期待には応えるさ。龍をぶち殺したら、お前も殺してやる。必ずな」
魔女『あら怖い。王様にはならないの?』
勇者「生憎、人間を辞めるつもりはねえ」
魔女『そのうち気が変わるわ。必ずね』
勇者「…………」チャキ
魔女『それより、今宵は満月』
魔女『満月は魔力が高まる時。修道騎士団と北の騎士団は夢魔の支配下にある。夢魔を殺せばーーー』
勇者「暗示は解ける」
魔女『その通り。そして騎士団とやり合えば、今まで積み上げた何もかもを失うことになる』
勇者「………」ガチリ
魔女『民の認識も一変する』
魔女『あんな思いをしてまで手に入れた安全や後ろ盾、勇者としての認定さえも取り消されてしまうでしょう』
勇者「…………」
魔女『貴方は人間の敵になるのよ』
魔女『魔物には勇者として、教皇庁には神の敵として、何より国賊として他の修道騎士団や騎士団に追われる』
勇者「だとしても、化け物は殺す」
魔女『それだけじゃないでしょう。貴方はあの子を助けようとしているのだから』
勇者「…………」バサッ
魔女『たった一人の女の為に、たった一人を救う為だけに、貴方はそれら全てを捨てるの?』
勇者「そうさせるのがお前の目的なんだろう。それが目的で夢魔と手を組んだ。違うか」
魔女『ええ、そうよ』
勇者「なら、願ったり叶ったりだな」ザッ
魔女『待って。一つ聞かせて欲しいの』
魔女『貴方にとってあの子は何なの? そこまでして助けようとする理由は何かしら?』
勇者「…………」
魔女『哀れみ? 憐憫? 同情? それとも、あの子に自分を重ねているから放っておけないのかしら?』
勇者「…………」
ガチャッ バタンッ
勇者「………………………」ザッ
【#27】殉教の時
僧侶「…………」
騎士「聞こえているかどうか分からないけれど、君とのお喋りはとても楽しかったよ」
騎士「今の君の姿を見ていると、傷を与えるのもあながち悪くないと思えてくる」
騎士「管区長が拷問に喜びを感じていたのも、何となくだが理解出来たような気がする」
騎士「私の場合は肉体的にではなく、精神的に追い詰め、痛め付けたに過ぎないがね」グイッ
僧侶「…………」
騎士「それでも楽しかった」
騎士「その虚ろな瞳を見ていると、自分のやったことが誇らしくさえ思えてくる」
騎士「それに、他人の信仰を穢し、その者の根底を否定するというのは実に気分が良いものだよ」
騎士「自分の信じる神こそが絶対なのだと確信出来る。彼こそが唯一無二であるとね」
僧侶「…………」
騎士「出来ることなら、もう少しだけ眺めていたいところだけど……そろそろ時間だ」
騎士「本来なら此処で待っているつもりだったけれど、満月時になると抑えが効かなくてね」
僧侶「…………」
騎士「今の君には分からないだろうね。この昂ぶり、内側から燃え上がるような感覚……」
騎士「何を言っているか分からないかな? なら、特別に教えてあげようか」グイッ
騎士「彼が目覚めた。勇者様が、私の神が、ようやく目覚めたんだよ。君は何を感じる?」
僧侶「…………」ピクッ
騎士「……これは凄い。まだ残っているのか」
騎士「けれど、彼が助けに来たとしてどんな顔をして会うつもりだい? 神を捨てた君が、彼を思う君が」
僧侶「…………」
騎士「おや、また閉ざしてしまったか」
騎士「まあ、それが答えならそれでもいい。それが一番楽だ。目を閉じ、耳を塞ぎ、心を閉ざす」
騎士「何も考えず、何も感じず、ただただ殻に籠もる。自分から目を逸らし、醜く生き続けるがいいさ」パッ
僧侶「…………」ドサッ
騎士「では失礼するよ」
騎士「ああ、言い忘れていた。君に神のご加護があることを心から祈ってる。それじゃあ」
ギギィ バタンッ
騎士「(さて行こうかな)」ザッ
騎士「(大体、こんな薄暗い地下施設で再会を果たすなんて耐えられない。何せ十年振りの再会だ)」
騎士「(そう、十年だ。再会するなら、もっと相応しい場所でないといけない。此処では駄目だ)」
騎士「(……月明かりの下が良い)」
騎士「(満月の下で、彼の目の前で変わる。今の私を見せる。彼がくれた私を、彼に見せる)」
騎士「…………」ドクンッ
騎士「(っ、早く会いたい、早く変わりたい。彼に飛び付いて、彼の腕の中で思いを伝えたい)」
騎士「(しかし、今は我慢だ。一時の情動に駆られて再会を台無しにするなんて以ての外だ)」
騎士「(もうすぐだ。もうすぐ会える。この階段を上って地上へ出れば………?)」
>>何処に行かれるのですか。
騎士「……騎士団長か」
騎士団長「何処に行かれるのですか」
騎士「(やれやれ、従順だが面倒な人形だな)予定変更だ。私はこれから神の許へ向かう」
騎士「君は命令通り、地下錬金施設の修道士及び難民を監視を……いや、待て」
騎士団長「はい」
騎士「君達騎士団には罰が必要だ」
騎士「教皇庁に従い、悪行に荷担、救いを求める難民の声を無視した罪は重い。あの修道士共と同罪だ」
騎士「本来なら首を斬れと言っているところだけど、君達には特別に意味ある最期を与えてあげよう」
騎士団長「ありがとうございます」
騎士「君は動ける部下を率いて地下錬金施設の修道士を皆殺しにしろ。一人として生かすな」
騎士「その後は地下で待機。君達のことは、私の神が直々に裁いてくれるだろう」
騎士団長「ありがとうございます」
騎士「(しかし、これだけでは難民が混乱してしまう可能性が非常に高い)」
騎士「(今まで自分達を助けようともしなかった騎士団が、急に修道士を殺したら混乱は避けられないだろう)」
騎士「(勇者様には騎士団を悪として討って貰わなければならない。そうしなければ真の目的は達成出来ない)」
騎士「(教会及び修道士、修道騎士団及び北の騎士団。それらは総じて悪であるということを、難民に改めて認識させなくては……)」
騎士「もう一つ、命令を与える」
騎士団長「はい」
騎士「修道士を殺害する時は、今から言う言葉を繰り返し口にしながら殺せ」
騎士「全ては私のため、これは夢魔の生贄だと。難民には、そうだな……お前達も後で生贄に捧げるとでも言っておけ」
騎士団長「了解しました」
騎士「後は任せたよ。さあ、行け」
騎士団長「了解しました」ザッ
騎士「……本当の生贄は君達だけどね」
コツコツ
騎士「(暗示が解けて正気に戻ったところで、修道士を皆殺しにした事実は変わらない)」
騎士「(例え全てが私の仕業だと言い張ったとしても、これまでやってきたことは変わらない)」
騎士「(あの薄汚い水槽の中で溶けていく人間と、それをただ眺めているだけの人でなし……)」
騎士「(弱者を守るなどという者は誰一人いない。何もしなかったこと、それが罪だ)」
騎士「(難民には我々が悪魔に見えたことだろう)」
騎士「(しかし今夜、彼等は光輝なる者を目の当たりにする。あの薄暗がりの中で……)」
コツコツ
騎士「(それこそが私の神、勇者様だ)」
騎士「(彼は決して悪を見逃さない、決して悪魔を見逃さない。決して逃げ出さない)」
騎士「(地下の光景を目の当たりにすれば、何があろうと必ず殺すだろう。無論、私を含めて……)」
>>何処に行かれるのですか。
騎士「私は先に神の許へ行く。君達はいつも通り騎士団本部を防衛しろ」
>>了解しました
騎士「(……罪の後には罰がある)」
騎士「(遅かれ速かれ、彼等も私も神に裁かれる。そして、その罰は神が直接下す)」
騎士「(人間も悪魔も関係なく、法や道徳さえも超越した絶対の存在が、容赦なく罰を下す)」
ガチャ バタンッ
騎士「……行こう」ザッ
騎士「(懐かしむ時間なんてないかもしれないな。何せ、殺されに行くようなものだ)」
騎士「(地下で待っていた方が安全だ。そんなことは分かっている。だが、今や安全かどうかなどどうでもいい)」
騎士「(私はどうしても会いたいんだ。あの月の下で、あの瞳の前で、この思いを伝えたい)」
コツコツ
騎士「……今夜、私は神を見る」
騎士「そして、あの時の私と同じように、彼等もまた神を見る。この濁りきった世界、唯一の光を……」
【#28】月夜の懺悔
騎士「…………」
コツコツ
騎士「(彼の気配を感じる。距離も近い。魔力で勘付かれてしまったか、これだから私はーーー)」
勇者「…………」タンッ
騎士「(音、何処から……っ、屋根のーーー)」
ガシッ ドサッ
騎士「うっ……!?」
勇者「まさか来てくれるとは思わなかった。まあ、殺しに行く手間が省けて良かった」ジャキッ
騎士「勇者様、待って下さい」
勇者「この月明かりだ。俺の顔はよく見えるだろう。どうだ、こんなツラをした奴が待つと思うか」
騎士「いえ」
勇者「なら言うな」
グサッ ブシュッ
騎士「あっ…」
勇者「何だ、姿が変わらねえな。確かな魔力を感じたが化け物じゃなかったのか」
勇者「(ってことは、体だけは人間か。なら、こいつを殺したら暗示が解けるってのは嘘か?)」
勇者「(まあいい、さっさと行こう。騎士団本部の地下だったな。面倒なことになりそうだ)」
騎士「ゴフッ…ゲホッゲホッ」
ガシッ
騎士「待って下さい。まだ行かないで」
勇者「男に跨がる趣味はない。さっさとくたばれ」
騎士「ふふっ。なら、女であるなら問題ないということですね?」ニコリ
ぎゅうっ
勇者「(ッ、この力は何だ。人間の出せる力じゃねえ。コイツ、やっぱり化け物か)」
騎士「ねえ、感じる?」
勇者「妙な声を出すな、気色が悪いんだよ」
騎士「まだ感じない?」
勇者「(……何だ、妙な音がする。それよりコイツ、さっきより体が小さくなってーーー)」
騎士「さあ見て、今の私を……」パッ
勇者「ッ!!」
夢魔「あっ、そんなに飛び退くことはないじゃないですか、今のままで良かったのに……」ムクリ
勇者「………お前、どっちだ」
夢魔「それは性別についてですか? それとも、悪魔か人間かということですか?」
勇者「全部だ」
夢魔「どちらでもありませんが、満月の夜だけは夢魔の女です。もう一度跨がってみますか?」ニコリ
勇者「化け物に乗る趣味はねえな」
夢魔「……そうですか。なら、私が上になります。勇者様は楽にしていて下さい」トッ
勇者「(ッ、コイツ、速ーーー)」
ガシッ ドサッ
勇者「ぐっ…」
夢魔「あはっ、さっきとは逆だね? 嗚呼、こんな風に出来るなんて夢みたいだ」
勇者「さっさと離ーーー」
ぎゅっ
夢魔「ダメ、まだ薬が抜けてないんだから無茶しないで? 何もしないから落ち着いて。ね?」
勇者「何もしない? 笑わせんな。そう言って何もしなかった奴を見たことがない」
夢魔「大丈夫。貴方に嘘なんて吐かない」
勇者「…………」
夢魔「ねえ、私を見て……」スルッ
勇者「(っ、何だ……目が離せねえ。この甘ったるい声を聞いてると頭がぐらぐらしやがる)」
夢魔「そう、しっかり見て。貴方が与えてくれた私を、貴方が変えてくれた私を見て……」
勇者「……何を言ってる」
夢魔「私を……ううん、僕を忘れたの?」
勇者「知らねえな。もし人間として会ってたら、お前みたいな女を忘れるわけがない」
勇者「もし化け物として会ってたら間違いなく殺してる。だから、化け物と再会するわけがない」
夢魔「違う、違うよ」
夢魔「あの頃の僕はどっちでもなかった。何者でもなかったんだ。十年前、君と出会った頃は……」
勇者「………十年前…」
『ねえ、君は僕が気味悪くないの? 僕の体を見た人は皆そう言うよ?』
『お前なんか全然だ。さっきのオヤジ共の方がよっぽど気味が悪い。それより』
『なに?』
『もし自分で決められるなら、お前はどっちになりたい?』
勇者「…………」
夢魔「思い出してくれた?」
勇者「……ああ、思い出したよ」
夢魔「はぁ~、良かったぁ。君に忘れられてたらどうしようかと思ったよ」
勇者「どうするつもりだったんだ」
夢魔「……多分、悲しくて泣いてたと思う」
勇者「化け物が泣く? ふざけんな」
夢魔「ふざけてなんかないよ!!」
夢魔「人間も悪魔も関係ない!大好きな人に忘れられたら誰だって悲しいよ!! そうでしょう!?」
勇者「…………」
夢魔「確かに僕は化け物だ。だけど、君に忘れられたら、僕はとっても悲しいよ……」
勇者「………そうか」
夢魔「どうしたの? 何を考えているの?」
勇者「……ようやく分かったよ。お前は、俺が生んだ化け物だったんだな」
夢魔「そんな顔しないで、君は何も悪くないよ。全部、僕がしたことなんだから」
勇者「お前を変えたのは俺だ」
夢魔「違う、それはきっかけ。変わったのは僕だ。僕は、僕の意思で変わったんだよ」
夢魔「だから、君に一切の罪はない。それでも罪悪感を覚えるなら、それも僕の罪だ」
勇者「人間みたいな口を利くんだな」
夢魔「それはそうだよ。だって、僕はどっちでもあるし、どっちでもないからね」ニコッ
勇者「…………」
夢魔「……ねえ」
勇者「?」
夢魔「くっついていいかな?」
勇者「断る」
夢魔「この月明かりだ。僕の顔はよく見えるでしょ。そう言われて諦めるようなツラに見える?」
勇者「なら聞くな」
夢魔「フフッ、やった!」
ぎゅ~ すりすり
勇者「(………あった)」
夢魔「森で見た時から思ってたけど本当に大きくなったね。もう、男の子じゃないんだね……」
勇者「(もう少しだ、もう少しで届く)」
夢魔「僕、ずっとこうしたかったんだ。満月の下で君を抱き締めて、こうやって顔を埋めてさ」
勇者「……………」ジャキッ
夢魔「僕を殺すの?」
勇者「ああ」
夢魔「……そっか。でも、その瞳を見られて良かった。君はあの頃とちっとも変わってない」ニコリ
勇者「お前は変わった」
夢魔「僕にも色々あったんだ。十年経ったんだよ? 人も悪魔も、十年あれば変わるよ」
勇者「………そうだな。そうかもしれねえな」
夢魔「…………」
勇者「…………」
夢魔「……ねえ、一つだけ聞いて欲しいことがあるんだ。命乞いじゃないから、聞いて欲しい」
勇者「………何だ」
夢魔「お散歩しながら、お話ししたい。満月の下で、二人っきりで」ニコッ
勇者「何言ってんだお前」
夢魔「逃げたりしないよ?」
勇者「そういうことじゃーーー」
夢魔「ほら、行こう?」スッ
勇者「……いい、一人で立てる」
夢魔「そっか。じゃあ、騎士団本部まで歩こうよ。そこまででいいからさ」
勇者「(何で殺さない? 俺はどうかしちまったのか? 人間だとでも思ってるのか?)」
夢魔「どうしたの?」
勇者「………何でもねえ」
夢魔「……そっか。じゃあ、お散歩しよう?」
トコトコ
夢魔「夜風が気持ち良いね?」
勇者「………よく裸で歩けるな」
夢魔「君を見てると体が熱っぽくなるんだ。だから、これくらいで丁度良い」
勇者「答えになってねえよ」
夢魔「あ、そうだね。ごめん」
夢魔「街の皆には寝てもらってる。だから裸でも平気なんだ。満月の夜はいつもこうしてる」
勇者「一人で?」
夢魔「うん、いつも一人だよ? 変わった姿を見られるわけにもいかないしね」
夢魔「でも、この時だけは自由になれる。何でも出来る。何者にも縛られず、自由でいられるんだ」
勇者「何でも。殺しもか」
夢魔「……そうだね。対象が眠ってる間なら何でも出来るよ。殺した時も街全体を眠らせた」
夢魔「精液もそうやって奪ってる」
夢魔「眠ってる間に自分がどうなってるか、何が起きたのかなんて、誰にも分からない……」
勇者「(街全体。誰一人気付かなかったわけだ)」
夢魔「これを見ても何も言わないんだね」
勇者「良い思い出じゃねえからな。剥ぎ取られて清々してる」
夢魔「……痛かったよね。ごめんね、もっと早く助けてあげられなくて……」
勇者「助けなんか求めちゃいない」
夢魔「分かってる。でも、僕が嫌なんだ」
勇者「……騎士連中がおかしくなったのは暗示か」
夢魔「うん。満月時に烙印を見せておいんだ」
夢魔「本当は自分に何かあった時の為だったけど、君を助けることが出来て良かったよ」
トコトコ
勇者「…………」
夢魔「……月、綺麗だね」
勇者「………ああ、そうだな」
夢魔「本当はね?」
勇者「?」
夢魔「本当は君と交わりたかった。でも、その目を見てたら恥ずかしくなってきちゃった」
勇者「何故だ、慣れたもんだろ」
夢魔「うん、そうだね……」
夢魔「変な話だけど、何でもない人なら恥ずかしくないんだ。精液を奪う時だって何ともない」
夢魔「君以外の男なんて嫌だけど、君以外の男だからこそ平気でいられるんだよ」
勇者「…………」
夢魔「本音を言うなら今すぐにでも交わりたい」
夢魔「君の精液が欲しくて堪らない。僕の虜にしたい。求められたら何だってしてあげる」
夢魔「でもね? 君にそんな姿は見せたくない。君の前では、君に対しては、綺麗でいたいんだ」
勇者「…………」
夢魔「……君は特別で、君だけは違う」
勇者「俺は神じゃない」
夢魔「違うって言ったのはそういうことじゃない。今のは、そういうの意味じゃないよ……」
勇者「なら何だ」
夢魔「君を愛してる」
夢魔「あの時から君を思って、君だけを愛し続けてきた。心の中で、夢の中で、ずっとずっと、君だけを……」
勇者「そうか、ありがたくも何ともないな。気持ちの一欠片も受け取る気はない」
夢魔「化け物だから?」
勇者「ああ、そうだ」
夢魔「人間なら? もし、僕が人間の女だったら愛してくれた?」
勇者「もし人間だとしても、お前はもう化け物だ。お前は自分で化け物になったんだ」
夢魔「あの子が好きなの?」
勇者「僧侶は関係ない」
夢魔「……そっか。なら、行かない方がいいよ」
勇者「……どういう意味だ」
夢魔「あの子は壊れてる。どうでもいい存在なら助ける必要はないでしょ?」
勇者「あいつに何をした」
夢魔「少し意地悪しただけだよ。君の傍にいるのが羨ましくてね。正直言うと嫉妬したんだ」
勇者「………そろそろ着く、言いたいことはそれだけか」
夢魔「待って、もう一つだけあるんだ」
夢魔「騎士団本部の地下には沢山の難民がいる。あの人達を、君の手で助けてあげて欲しい」
勇者「何で難民がいる」
夢魔「地下は錬金施設になってる。そこで難民を聖水にしてるんだ。教皇庁からの命令だよ」
勇者「……それで終わりか?」
夢魔「うん、終わり」
勇者「そうか」ジャキッ
夢魔「……ねえ」
勇者「何だ」
夢魔「……我が儘を聞いてくれてありがとう。こんなに楽しい夜を過ごせたのは初めてだよ」ニコリ
勇者「そうか、じゃあな」グイッ
ザクッ ボタボタッ
勇者「……死ねるか?」
夢魔「………っ、うん。それより早く行って、僕が死ねば暗示は解ける。地下には騎士がいるんだ」
夢魔「彼等には修道士の殺害を命じてある。正気を取り戻したら、何をするか分からない……」
勇者「何でーーー」
夢魔「ゲホッゲホッ…だって、君は魔術に弱いから……あんな奴等、君が殺すまでもない……」
勇者「……っ、意味が分かんねえ。お前は何をしたかったんだ」
夢魔「女は複雑な生き物なんだ。それに、何がしたかったのかなんて今はどうでもいい……」
ぎゅっ
夢魔「……こうやって君の手で死ねる。これだけで満足だ。ぼくは、ひとりぼっちじゃない、しあわせ、だ」
勇者「…………」
夢魔「……嗚呼、ああ、やっぱりそうだ。きみも、ちょっとだけ、かわったよ」
勇者「十年あれば、人間も悪魔も変わる」
夢魔「……ふふっ…うん、そうだね……ねえ、ぼくは、どっちかなぁ?」
勇者「さあな、お前はどっちになりたい」
夢魔「どっちでも、いい。きみの、そばに、いられれば、それでよかった……」
勇者「……目を閉じろ。夢を見るんだ。お前の夢は、誰も邪魔しないから」
夢魔「ありがとう……さあ、もう行って……あの子が、まってる。きみを、まってるから」
勇者「……ああ、そうするよ」
夢魔「ぼくは…夢を………見るよ……」
勇者「……………」
ザッ
勇者「………………………」ギュッ
何が『たまにはな』だよ偉そうに
やっぱり読者様は言うことが違うな
やっぱり読者様は言うことが違うな
【#29】善行か悪行か
騎士団長「(何だ、これはどうしたことだ)」
騎士団長(何故、修道士が殺されている?我々がやったのか?だとしたら何故?我々は一体何を…………!!」
騎士『君達騎士団には罰が必要だ』
騎士『教皇庁に従い悪行に荷担、救いを求める難民の声を無視した罪は重い。あの修道士共と同罪だ』
騎士『本来なら首を斬れと言っているところだけど、君達には特別に意味ある最期を与えてあげよう』
騎士『君は動ける部下を率いて地下錬金施設の修道士を皆殺しにしろ。一人として生かすな』
騎士団長「(ッ、そうだ)」
騎士団長「(我々はあの夢魔に、あの騎士に何かをされたのだ。これは我々の意思ではない。断じて違う)」
騎士団長「(これら全ては夢魔の仕業だ。我々はあの女に魔術で操られていたに違いない)」
>>おい、何だよこれ……
>>ち、違う。俺はやってない
>>うおえぇぇぇ
騎士団長「(……いや、奴のことはどうでもいい。今最も重要なのは、この場をどうやって収めるかだ)」
騎士団長「(他の連中はまだ呆然としているが、誰かが口を開けば何が起きるか分からん。錯乱した連中同士で殺し合いが始まるかもしれん)」
騎士団長「(しかしどうする?)」
騎士団長「(何より、この事態が発覚したら我々は間違いなく処刑される。何と弁明しようが、魔に惑わされた我々が悪だとして断じられるだろう)」
騎士団長「(だが、幸いにも修道士の連中は全員死んでいる。この場さえ乗り切れば、まだやりようはある)」
騎士団長「………皆、落ち着いて聞け」
ザワザワ
騎士団長「いいか、これは我々の意思ではない。我々は操られていたに過ぎない」
騎士団長「これまでの一連の出来事は全て騎士の、夢魔の仕業だ。我々は一切関与していない」
騎士団長「だが、これが発覚したら我々全員の処刑は免れない。おそらく、教皇庁直属である聖騎士団がやってくるだろう」
騎士団長「いいか? これは個人の問題ではない。これは我々の、騎士団全員の命に関わる問題だ。分かるな?」
>>し、処刑なんて冗談じゃない
>>俺達は操られていただけだ!これは俺達がやったんたじゃない!
>>あの騎士を掴まえて差し出せば……
>>駄目だ!どの道異端審問に掛けられて殺される!
>>じゃあ、どうすればいいんだよ!
>>知るかよ!少しは自分で考えろ!
騎士団長「(……よし、掴んだ)」
騎士団長「皆、一つ提案がある」
騎士団長「これらは全て、牢を抜け出した罪人による暴動。我々はそれを鎮圧した」
>>罪人?
>>罪人なんて何処にも……此処には難民しか……
騎士団長「彼等は罪人だ」
騎士団長「牢に入れられているのが難民か罪人かなど誰にも分かりはしない」
騎士団長「第一、この場所は知られていない場所。いや、誰にも知られてはならない場所だ」
騎士団長「修道士を殺したのは脱走して暴徒化した罪人達、我々がそれを鎮圧、罪人は全員死亡した」
騎士団長「性急且つ強引なやり方だが、教皇庁にはこれで手を打たせるしか方法はない」
>>そ、そう上手く行くでしょうか?
騎士団長「事を公にしたくないのは教皇庁も同じことだ」
騎士団長「地下錬金施設の存在が民に発覚すれば奴等も終わる。処理の仕方でどうとでも出来る」
>>で、ですが夢魔は?夢魔はどうするんです?
騎士団長「夢魔のことなど今はどうでも良い」
騎士団長「悪魔が自ら教皇庁へと赴き、この事態を報告するとでも思うのか?」
騎士団長「どうだ?」
シーン
騎士団長「よし、質問は以上だな。では始めるぞ」
ザワザワ
騎士団長「(この期に及んでまだ決めかねているのか、難民に情などないだろうに。面倒な連中だ)」
騎士団長「何を迷う、やらなければどうなる?」
騎士団長「あらぬ疑いによって愛する家族と引き離された挙げ句、終わりのない拷問を受けるんだぞ?」
騎士団長「皆、家に帰りたいだろう? 妻に、子に、両親に、兄弟に会いたいだろう?」
ザワッ
騎士団長「我々は一蓮托生だ」
騎士団長「我々が生きる為にはそれしか方法はない。皆が辛いのは良く分かる。俺も同じだ。たが、これしか方法はない。分かるな?」
>>……やろう
>>っ、そうだな、やろう。これは、生きる為だ
>>女子供でも容赦するなよ。此処にいる全員の命が掛かってるんだ
>>分かってる。誰か一人にでも口を割られたら終わりだからな
騎士団長「(……よし。これで何とかーーー)」
ザッ
騎士団長「誰だ!!」
勇者「…………」
騎士団長「(何だ、あの男は………っ、あれは勇者!?何故奴が此処にいる!?何故此処に来た!?)」
勇者「……地下に難民がいるってのは、どうやら本当だったみたいだな」
騎士団長「(どうする?どうすればいい?)」
勇者「…………」ザッ
騎士団長「待て、それ以上近づくな!何をするつもりだ!!」
勇者「遺言でな」
騎士団長「何?」
勇者「ある女から、地下に捕まっている難民を救って欲しいと頼まれた。今から、そうする」
騎士団長「駄目だッ!!」
勇者「ただの保身だろうが」
騎士団長「ッ、ああそうだ!そうだとも!!」
騎士団長「それの何が悪いと言うんだ!! 助かろうとすることの、生きようとすることの何が悪い!!」
勇者「別に悪いなんて言わねえよ」
勇者「生きようとするのは当然だ。好き好んで死にたい奴なんていねえからな」
勇者「だから、お前らはお前らの好きなようにやればいい。俺は俺の好きなようにする」ザッ
騎士団長「ッ、此処の連中を解放すれば自分がどうなるか分かっているのか!? 教皇庁に盾突くことになるんだぞ!!」
勇者「だから何だよ」
騎士団長「なっ…自分が何を言っているのか分かっているのか!? 今からでも遅くはない冷静になれ、良く考えろ。貴様は勇者なんだろう!?」
勇者「………お前等を見逃して、そのまま知らぬ存ぜぬで済ませるのが勇者だってのか?」
騎士団長「そうだ!勇者でありたいならそうしろ!!」
勇者「………そんな勇者は御免だ。そんなことをしちまったら、あの人に申し訳が立たねえ」ザッ
騎士団長「な、何をぶつぶつ言っている。止まれ!聞いているのか!!」
勇者「第一、そんな勇者は必要ねえ。勇者である意味も、勇者として戦う意味もない」
勇者「そもそも、勇者と呼ばれるべきはあの人だけだ。俺は勇者じゃなくていい。勇者を演じる必要もない」
騎士団長「(何だ、奴の様子がおかしい。ふらついている?傷を負っているのか?)」
騎士団長「(……好機だ、奴が難民を解放しようものなら我々が終わる。勇者だろうが何だろうが構うものか)」
勇者「…………」ザッ
騎士団長「っ、奴は国に徒なす反逆者だ!奴は傷を負っている!武器もない!恐るるに足らず!!」
ガチャガチャ!
勇者「(化け物がうじゃうじゃといやがる。化け物なら、殺さねえとな)」タンッ
ガシッ ゴキャッ
勇者「(ッ、早いとこ済まさねえと体が保たねえな。気を張らねえとぶっ倒れそうだ)」ダッ
ガシッ ゴキャッ
騎士団長「(容易すく首を……まるで大型の獣が獲物を食い散らかしているようだ。人間の出来る動きじゃない)」
騎士団長「(あの異様な眼光、身の熟し、凄まじい膂力、どれも人間のそれではない……化け物め……)」
騎士団長「っ、獣、化け物め……」
勇者「何だお前、まさか自分は真っ当な人間だとでも言いたいのか? 犬畜生にも劣る奴がよく言うぜ」
騎士団長「何だと!?」
勇者「難民を皆殺しにして保身に走ろうとした奴が人間様を騙るなって言ってんだよ」
騎士団長「黙れ!人殺しが!!」
勇者「事実そうだろうな。だがな、俺はお前らのような奴を人間だなんて思っちゃいない」ダンッ
ゴキャッ ドズン ガギンッ
騎士団長「(っ、何だ、奴は一体何なんだ!!)」
騎士団長「(既に何度も斬られているはずだ、何度も刺されているはずだ。なのに何故止まらない?何故止められない?)」
勇者「はぁっ、はぁっ…」ガクンッ
騎士団長「い、今だ!!やれッ!!」
ザシュッ グサグサッ!
勇者「がっ…ああっ!!」
ガシッ ゴキャッ ザクッ
勇者「(何を必死こいてんだ俺は……)」
勇者「(善人振って助けようとするから痛い目を見るんだ。斬られて刺されて、しこたま血を流してーーー)」
夢魔『騎士団本部の地下には沢山の難民がいる。あの人達を、君の手で助けてあげて欲しい』
勇者「(……ああ、そうだった。約束だったな)」
勇者「(あいつは紛れもない化け物だ。だが、少なくともあの時だけは人間だった。人間を案じる人間だった)」ジャリッ
騎士団長「!!」
勇者「(約束は、守らねえとな……)」
騎士団長「っ、何故立てる。化け物め……」
勇者「化け物は、テメエ等だろうが……ッ!!」ダッ
ゴシャッ ドゴォッ ザンッ
勇者「はぁっ、はぁっ…」ボタボタッ
騎士団長「馬鹿な……」
騎士団長「(あれだけいたはずの騎士が、ほんの瞬きの間に次々と倒されて……こんなことが有り得ーーー)」
勇者「……おい、戦の最中に何処見てんだ」
騎士団長「!!」ビクッ
ザシュッ ボタボタッ
勇者「…………」ザッ
騎士団長「ヒッ…」
勇者「逃がすと思うのか」
騎士団長「く、来るなッ!!」ブンッ
勇者「…………」ガシッ
騎士団長「ッ!!」
勇者「人に生まれただけの化け物、人に生まれて化け物になった奴等……お前のような奴は嫌って程に見てきたよ」
騎士団長「わ、我々がそうなら貴様こそ化け物だ!!躊躇いなく人命を奪う狂人が!!」
勇者「清々しいまでの開き直りだな。あいつよりも化け物してるぜ」
騎士団長「だ、誰かーーー」
ドゴォッ
騎士団長「ゲホッ…うおえぇぇぇ」
勇者「誰も来やしない。誰もいない。周りを見てみろよ。後はお前だけだ」
騎士団長「お、お前は一体何なんだッ!!」
騎士団長「それだけ傷を負っていながら何故生きていられる!!それが勇者の力か!?」
勇者「…………」ジャキッ
騎士団長「ま、待て、やめてくれ。頼む助けてくれ。家族が、子供がいるんだ……」
勇者「何処の誰にでも家族はいる。あの檻の中で、俺とお前を見てる奴等にもな」
騎士団長「ッ、俺は世界の仕組みに従っただけだ!!それが悪か!? 悪なら何故裁かれない!!」
騎士団長「裁かれないのは俺が間違ってないからだ!! 国に、神に、権力に従って行動しただけだ!!」
勇者「……………」
騎士団長「大体、奴等は国にも世界にも神にも見放された連中なんだぞ!! 命の価値は平等じゃない!奴等の命にそこまでの価値はないんだ!!」
勇者「そうみたいだな」
勇者「確かにお前は間違っていないんだろう。国と世界と、人の神に従って奴等を見放しただけだ」
騎士団長「だったらーーー」
勇者「だが、俺は見捨てない。誰もお前を裁かないというのなら、俺がお前を裁く」
騎士団長「ふざけるな!俺が何をした!!」
勇者「奴等の目を見れば分かるだろう。俺がやらなくても、奴等を出せばお前はどの道殺される」
騎士団長「ッ、救世主にでもなったつもりか!? たった一人で世界を変えられるとでも思っているのか!!」
勇者「救世主なんぞいない。此処には王も教皇も神もいない。此処にいるのは俺とお前だけだ」
勇者「だから、お前をどうするかは俺が決める」
勇者「さっき、命の価値は平等じゃないと言ったな。その通りだ、お前の命にそこまでの価値はない。俺にとってはな」
騎士団長「!!」
勇者「お前は俺に見放されたんだ。国にも世界にも神にさえ愛されたのに、残念だったな」
騎士団長「ま、待て、このことは誰にも話さない。だから見逃しーーー」
グサッ ブシュッ
騎士団長「ガフッ…ゲホッゲホッ…この…外道め……呪って…や……る……」
勇者「そうか、好きにしろ」
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