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    元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」

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    301 :

    おおー!続きじゃないですか!
    帰ってきてくれて嬉しい
    おつです

    302 :

    また一から読み直す!

    303 :

    少しだけ更新します

    304 = 303 :







     夕暮れ時。閑散とした部室で咲は牌を掃除していた。

     卓の端に牌を並べる。濡れたタオルで裏側を全面軽くふいて、すぐさま、乾いたタオルでしっかりとふく。

     部室に他の人はいない。窓から射し込む茜色の夕陽を浴びながら、咲は黙々と作業した。

     そこに来訪者が現れる。

    智葉「……宮永、何をしている?」

     固い声が飛ぶ。入ってきた入り口の扉に手をかけたまま、智葉が言葉を発していた。対する咲は、平然としている。

    「何って、洗牌に決まってるじゃないですか」

     「みてわからないんですか」と言いたげな目つきで智葉に視線だけ寄越す咲。挑戦的な態度で、目上への敬意が感じられなかった。

     その間も、咲の手は止まらず作業を続けている。まるで智葉の来訪など気にかけていないと言外に主張するようだった。

     しかし一方で、ドアノブから手を外し咲の目をみて話す智葉の表情は厳しかった。

    智葉「私の記憶が確かなら、牌の掃除は一年全員に指示したんだがな。他はどうした?」

    「帰らせました。邪魔だったので」

    智葉「邪魔?」

    「喋りながらだらだらと作業したり、やった作業も雑だし」

    「あと遠回しに嫌みを言ってきたりしたので。反応しないとうるさいし」

    「私一人でやった方がましかなって」

    「だから言ったんです。私が責任持って全部やるって」

    智葉「なるほどな……」

     咲の説明に智葉は口を開けて唖然とした。同時に、咲を含む一年の部員たちに憤りを感じていた。智葉の指示は「一年全員でやれ」というものであって、一人に任せるものではない。

     何か灸を据えてやらないとなと考えながら、智葉は部室をぐるりと見渡し、現状に嘆息した。

     この部室にいくつ卓があると思っているのか。十は軽く超えている。終わるまでやったら夜になってしまう。

    305 = 303 :


    智葉「ずいぶんと安請け合いしたものだ。下校時刻もある。今日中に終わるはずないだろう」

    「そうでもないですよ。帰らせる前に終わってた卓も、まあ雑だけどあるし、私牌の掃除は得意ですから」

     反論しながら、背中部分をふいた牌を立てる。牌のケースで卓の端に揃え、頭部をふく。そして牌を横に寝かせーー。

     智葉は作業の様子を観察する。確かに掃除する手並みは鮮やかだった。みた限り、動きは機敏で、丁寧さも損なわれていない。

     これならもしかすると終わるのではないか。そう思わせるほど咲は手慣れていた。智葉の気持ちは一応納得に達する。

    智葉「間に合うかもしれないが、様子はみさせてもらう」

    「まあ……それくらいはしょうがないか。いいですよ、みてて」

     いちいち癪に障る言い回しをするやつだ。手近にあった椅子に腰かけて、卓をひとつ挟み対面する形で様子を見守った。

     それからどれくらい時間が経っただろうか。重苦しい沈黙に包まれた部室で同じような光景が繰り返され続ける。

     途中、手伝う事も頭をよぎったが、勝手な行動をする一年に甘い顔をするのもためらわれ、結局は観察に留まっていた。

     ただ話がしてみたくなって口を開いた。

    智葉「中学でも牌の掃除をしていたのか?」

     作業する咲の目が向く。依然作業は続け、露骨に面倒くさそうな色を宿している。

    「一年の頃は勿論してましたよ。当たり前です」

    智葉「三年のときは?」

    「三年って私部長してたんですよ。やると思います?」

     確かに、やる事はあっても頻繁にはあり得ないだろう。三年で部長ともなれば、やる事は幾らでもある。無名の弱小校ならともかく、咲のいたような、真剣に全中を目指す中学がそうとは思えない。

    306 = 303 :


    智葉「いや、久々にしてはブランクを感じさせないからな。少し気になっただけだ」

    「……」

     数秒の間。押し黙った咲の手が止まる。

     手を止めたのは智葉のみる限り初めてだ。少し驚きながら気になって様子をみていると、

    「……してました。やりたかったので」

     咲がぽつりと漏らしてすぐ作業に戻った。

    智葉「へえ珍しいな」

    「そうですか?」

    智葉「ああ」

     うなずく。本心だ。

     智葉とてやるべき事なら洗牌だろうと文句など口にせず取り組むが、別に好きでする訳ではない。

     その点、好んでするというなら智葉にはわからない感情だ。

    「変わっていますか」

     咲がつぶやいた。

    「私、こういう作業が楽しいです。麻雀を打つよりこうしている方が好きかもしれません」

     今度は手を止めなかった。

     淡白な声。興味なさそうに乾いた表情。けれどその瞳だけは、ほんの少し哀しみを帯びて揺れている。

     よくみなければわからない変化。本人も自覚していないかもしれない、些細な違い。

     目の当たりにしている智葉ですら気のせいかと思うが、あえて聞き出す気にはなれない。

     ただ。

     こうしている方が好きかもしれない。その言葉に嘘はない気がした。

    307 = 303 :


     椅子から立ち上がり、入り口である扉に歩いていく。

    「帰るんですか?」

     答えず扉を開き、廊下に出る。この対局室を始め、幾つかの部屋に繋がった廊下。

     そこの棚に用意していた掃除道具、濡れタオルと乾いたタオルを一枚ずつ手にとって。

     対局室に戻る。

    智葉「こっちの卓で最後だな」

     咲が作業する卓ではないもうひとつ、唯一手つかずの卓の前に立つ。

     咲をみる。意味がわからないといった顔をしていた。

    「何を」

    智葉「最終下校時刻。時間切れだ」

     一人でやるならな、とつけ加える。

    「……辻垣内さんに手伝わせたら余計嫌みを言われます」

    智葉「残念だったな。一人でやりきれなかった、お前の計算ミスだ」

     そう告げてやると咲が悔しそうな表情を浮かべる。

     まんまとやり込めた智葉は鼻で笑ってやった。

    308 = 303 :





     大会を運営する、壮年に差し掛かろうかという男性のスタッフが壇上に登り、細々とした説明を述べている。

     抽選会の熱気は収まりつつあった。戦いを前にし厳かさを醸しつつある会場の中で、臨海の生徒が位置する一角は静かながら、一抹のぎこちなさが漂う。

    智葉「おい、しゃんとしろ。いつまで放心してるんだ」

     気遣わしげな智葉の声がネリーに向けられる。時と場所の都合があり、音量を潜めた最低限の声だったが、耳に入っているのかいないのか、ネリーはさしたる反応をみせない。

     明華と咲が姿を消して以来、こうして肩を落ち込ませるネリーだが、事の仔細がわからず、智葉は頭を悩ませる。

     こういうとき、近しい存在であるという事は癌になる。

     勝利を目指す以上、メンバーの私的な事情に振り回されるのは、チームにとって毒にしかならないからだ。

     チームにとって、大切なのは人の和。

     そして、個々人の実力も当然大きい。

     優勝を狙うにあたって臨海女子の分析をすれば、実力の面はクリアしている。非常に高い水準にあると言えるだろう。

     しかし一方で、和が乱れる要因を回避できているか、と言われたらその面は危うい。

     メンバーの一人を除いて留学生、それも雑誌編集者などに傭兵と表される存在で大半が占められている。

     傭兵は不必要な干渉はしない。彼らは勝つべくして雇われたのであって、仲を深めたり、メンバーに影響を与えるのが目的ではないからだ。

     だから、傭兵とその周囲の関係は、一見仲良く見えたとしてもビジネスライクなものに終始していた。

     咲がその態度を大きく変え、チームに馴染むようになるまでは。

    309 = 303 :


    ネリー「うん……わかった」

     俯いたまま小さな声を返すネリー。聞こえていたらしい。随分と間が空いたが、受け答えただけましか。

    智葉「ネリー。その、だな……」

     掛ける言葉に悩む。ネリーと咲の事情を智葉はよく知らない。なら、どうすべきか。

    智葉「咲の事を知りたいか?」

     束の間の逡巡を挟み、核心から切り出す。

    ネリー「……え?」

    智葉「お前に一つ雑用を与える」

    ネリー「雑用ってそれとなんの関係があるの?」

    智葉「話は後だ。今は抽選会に集中しろ、直に終わる」 

     壇上では抽選会の締めくくりにかかる運営スタッフが形式に則った閉会の辞を述べている。今、長々と話し込むのは得策ではない。智葉は壇上に視線を移し、そう締めくくった。

    310 = 303 :





     閉会を迎えた抽選会場の混雑は人込みで出口が見えないほどだった。思ったように動く事が儘ならない。

     出口の傍で待っていないとならない智葉たちは他の人が粗方掃けてから行動に移す事にした。といっても、全員が咲たちを待つ必要はなく、残るのは団体戦のメンバーと智葉だけだ。

    ネリー「ねえサトハ、さっきの話
    どういうこと?」

     智葉以外の日本人の部員が会場を後にした頃、見計らったかのようにネリーが疑問を投げる。ハオやダヴァンは静観していた。

    智葉「ああ、それはーー」

     智葉は説明する。

     各校が団体の一回戦を終えた後、つまり四日後の夜、智葉にある仕事が任せられていた。

     それは出資者との座談会。

     日本人選手の運用に関して、意見や話し合いの場が持たれる。今年から苦肉の選択で彼らをチームに組み込む事になった臨海が、避けては通れない道。大事な会合だ。

     そんな概要をざっくばらんに伝えてやると、ネリーは渋い顔をした。

    311 = 303 :


    ネリー「えっと……それネリーと関係ないんじゃないの」

    智葉「参加する出資者に宮永という女性がいると聞いてもか?」

    ネリー「っ!」

     ネリーの顔色が瞬く間に変わる。ここまでは問題ない。予想した反応が得られた事に満足しながら、智葉は話を続ける。

    ネリー「……ミヤナガ?」

    智葉「この春から加わったスポンサーだ。
    新参にも拘わらず、既にスポンサーの中でもまとめ役を務める大物。大口中の大口といっていい」

    ネリー「そんなのどうでもいいよ! サキと関係あるの?」

     説明を一言で切って捨てる。抽選会も終わり、人目を憚る必要があまりなくなったネリーは、声を抑える事もなく気炎を上げていた。

    智葉「落ちつけ。どうでもいい事はないだろう」

    ネリー「それは……まあそうだけど」

    智葉「それと関係だが……わからん」

    ネリー「は?」

     ぽかんとするネリー。目も丸くなっている。

     見守っていたハオとダヴァンも呆気にとられたようだった。

     座っていた席から立ち上がり、智葉は出口に向かって歩き始める。この後時間を空けて開会式もあるため、あまりもたもたする余裕はない。

     どたどたとネリーがついてきた。ハオやダヴァンも慌てた様子で続く。

    ネリー「ちょっとサトハ!」

    智葉「知らないんだからしょうがないだろ。実際に行って確かめろ」

    ネリー「ええ……」

    智葉「まあ、行く行かないは自由だ。早めに決めてくれ」

     話を切り上げて前をみる。粗方人の掃けた抽選会場は、思ったより歩きやすくなっていた。

    312 = 303 :

    ここまで
    咲さんって地味だからモブ顔とかいわれるけど、髪を長くしたら見えないような気がする
    ちなみに序盤に描写したきりですが、今の咲さんは照と同じくらいの長さです
    中学の最後らへんはロングでした

    313 :

    乙 セミロング咲ちゃんペロペロ

    314 :

    顔自体は和と変わらないからね
    原作でも髪伸ばせばいいのになぁ

    315 = 303 :

    >>311 最初の智葉の台詞だけ修正

     そんな概要をざっくばらんに伝えてやると、ネリーは渋い顔をした。

    ネリー「えっと……それネリーと関係ないんじゃないの」

    智葉「参加する出資者の中に宮永という女性がいる。そう聞いてもか?」

    ネリー「っ!」

     ネリーの顔色が瞬く間に変わる。ここまでは問題ない。予想した反応が得られた事に満足しながら、智葉は話を続ける。

    316 :


    臨海の日本人部員絶望的だな
    一枠しかないのに競合するのがこの咲相手とか

    317 :


    母親はまだ何考えてるかよくわかんなくて不気味だ

    318 :

    読み返してみたけどやっぱり面白い!
    続き楽しみにしてる

    319 :

    次の更新予定は今週土曜か日曜
    夏風邪こじらせて進捗にちょっと影響してますが、できるだけ早く書きためた分の推敲を済ませます

    320 :

    待ってます

    321 :

    風邪お大事に

    322 :

    風邪がひどくて書き直す部分が進まないのでもうしばらくお待ちください
    更新予定崩してしまってすみません

    323 = 265 :

    風邪がひどくて書き直す部分が進まないのでもうしばらくお待ちください
    更新予定崩してしまってすみません

    324 = 265 :

    風邪がひどくて書き直す部分が進まないのでもうしばらくお待ちください
    更新予定崩してしまってすみません

    325 = 265 :

    風邪がひどくて書き直す部分が進まないのでもうしばらくお待ちください
    更新予定崩してしまってすみません

    326 = 265 :

    風邪がひどくて書き直す部分が進まないのでもうしばらくお待ちください
    更新予定崩してしまってすみません

    327 = 265 :

    うわ凄まじい連投してしまった…

    328 :

    了解です。風邪お大事にね

    329 :

    書き込みエラーってなってる場合は大抵書き込めてる

    330 :

    ワロタww
    お大事に

    331 :

    ワロタ
    お大事に

    334 :




    智葉「調子が悪い?」

     抽選会に残った智葉たちと明華、咲が合流し、開会式に向かう途中。体調不良を訴えた咲に智葉が聞き返す。

    「はい……お手洗いにいったんですけど……よくならなくて」

    智葉「そうだったのか」

     申し訳なさげな咲の話に相づちを打つ智葉。その表情に心配する色が宿る。

    智葉「しかし……困ったな。大会の期間中逗留する宿に戻るにも、誰かつかなければならないか」

     咲の迷子体質は厄介だ。知らない場所では必ずと言っていいほど迷うし、心がけてどうにかできるのは予防策くらい。

     ほとほと手を焼く智葉の引率者としての苦労は想像に難くなかった。自然と咲の身も縮こまる。

    335 = 265 :


    ダヴァン「通りで朝から辛そうな顔してたんデスカ。サキ、ダイジョウブ?」

    「あ……、はい、その……休めば……大丈夫だと思います」

    智葉「とりあえず大事にならないならよかった。実際に打つのもまだ先の話だしな」

    智葉「体調を崩した理由に心当りはあるか?」

     体調管理は徹底しなければならない。特にこの時期となればもってのほかだ。

     智葉の問いに答えあぐねた咲が視線を落とす。

    「それなんですけど……」

     咲は智葉に近づいていくと耳打ちした。二人以外に聞き取れない小さな声。納得したように智葉は何度か首を浅く振り、不安そうな咲を見返す。

    智葉「……なるほどな。それなら……まあ仕方ない、か」

     智葉の流し目が皆をざっと見渡していく。そんな視線がふとネリーで止まると、牽制するように険しさを帯びた。

    336 = 265 :


    智葉「例によって誰かについてもらわないといけないな」

    智葉「開会式の後、記者の取材もある。留学生は……まずいか」

     開会式の後には、各校に取材する時間が記者に与えられている。留学生にとって取材の持つ意味は他校とまた毛色が変わってくる。迂闊に外させる訳にもいかなかった。

    智葉「仕方ない。私がいこう」

    「えっ……あの、それって大丈夫なんですか?」

     咲は目をしばたたかせ、恐々と智葉を見つめた。

    智葉「大丈夫じゃないがこうなるといけるのは私になる。引率はメグと明華でやってもらう」

     「いいな?」と確認する智葉にダヴァンと明華がうなずく。

    337 = 265 :

    誤字訂正
    通りで→道理で

    338 = 265 :


    智葉「ハオもサポートしてやってくれ。……一人、手を焼きそうなのがいるからな」

     苦笑を零しながらハオもうなずいた。

    ネリー「サ、サトハ……」

    智葉「あの話の返事は後にしてくれ。悪いが出かける」

    智葉「さあいくか」

    「え……本当に先輩が……?」

     心中の狼狽を示すように咲の視線がさ迷い、揺れる。時折ネリーの方にも視線は流れ、目が合ったそばから逃れていた。

    智葉「そんな冗談わざわざ口にしない。留学生にいかせる訳にもいかないしな」

    「……えっと……、だったら私一人で……」

    智葉「いかせる訳ないだろ。もういい、強制だ」

     痺れを切らした智葉が逃げ腰な咲の手をすかさず掴み、会場の外へ引っ張っていく。開会式に向かう道半ばの廊下。残る留学生たちの間には、喉につっかえた小骨を気にするような空気が漂っていた。

    339 = 265 :








    「せ、先輩っ、待って」

    智葉「ああ悪い。さすがに早すぎたか。すまん」

    「いえ、急がなきゃならないのはわかってるので…すみませんいきましょう」

    智葉「ああ。そう言ってくれると助かる」

    智葉「とはいえ咲の運動神経がぷっつり切れてるのも考慮して…こんなとこか」

    「そ、それくらいならなんとかついてけそうです」

    スタスタ

    智葉「会場は何事もなく出られそうだ…というのも大げさか」

    「迷惑のかけ通しで面目ないです…」

    智葉「気にするな。といっても難しいだろうが、あまり気負う必要はないぞ」

    340 = 265 :


    智葉「さて会場も出られた事だし、ここからはタクシーで…ん?」

    「あ…」

    部下「ご無沙汰しておりますお嬢様」ペコ

    智葉「黒スーツ…知り合いか?」ヒソ

    「その…母の部下の方…みたいです」

    部下「みたいとは寂しいですね」

    「す、すみませんっ、長く勤めてる方だとは…わかってるんですけど」

    部下「……」

    「あ、あとお嬢様呼びは…」

    部下「承知しました咲様」

    「う…」

    智葉「それで…どういう用件かお聞きしても?」

    部下「はい、お忙しいところ失礼しました。咲様をお迎えに上がりました」

    「…え?」

    智葉「お迎え?」

    部下「咲様のお母様はこうなる事を見越していましたので」

    部下「部の方の手を煩わせないようにと私を遣わしたのです」

    智葉「…なるほど」

    部下「それでは後はお任せ下さい。責任を持って送り届けます」

    智葉「送り届ける先はわかっているんですか?」

    部下「宿泊先は把握しております。文京区の旅館ですね」

    部下「ですが…此方が把握しているという事はご存じなのでは?」

    智葉「……」

    「…あの…」

    部下「失礼しました。それではご一緒させて下さい」

    「……」チラ

    智葉「あ、ああ。咲がよければこの人に任せよう」

    智葉「咲の反応からすると身分は確かなようだしな」

    「…はい。それじゃあの…ここまですみませんでした」ペコリ

    智葉「何かあれば連絡してくれ」

    智葉「では…ここからお願いします」

    スタスタ…

    部下「出発しましょうか。彼方に車を停めてあります」

    「…はい」

    341 = 265 :


    運転中の車内

    部下「暫く見ないうちに随分と大きくなられましたね」

    部下「何年ぶりでしょうか。お綺麗になりました」

    「……」

    部下「社交辞令ではございませんよ?髪も照様に似てたおやかな…」

    ピクッ

    「お姉ちゃんとは…よく会うんですか?」

    部下「顔を合わせる機会はあまりございません。普段の送迎などは断られていますので」

    「そうですか…」





    部下「それでは私はこれで」

    「はい。ありがとうございました」

    部下「…本当であれば部屋の前までお供させて頂きたいのですが」

    「あ、あの、本当に大丈夫なので。ここまでくれば」

    部下「承知しました。一応、私の連絡先を渡しておきます。何かあれば」

    「わかりました。えっと、それじゃ」ペコッ

    タッタッタッタッ

    部下「…奥様の仰る通りか」

    342 = 265 :


    「ふう…」パタン

    「……」

    「びっくりした…なんで…」

    prrrrrr…

    「わっ、…電話?お父さんからだ」

    …………………………ピッ

    「もしもし」

    『もしもし。今大丈夫だったか?』

    「うん」

    『知ってると思うが、仕事で今東京に出てるからメシでもどうかと思ってな』

    「私は大丈夫だけど…仕事の方は大丈夫なの?」

    『ああ。じゃなきゃ誘いなんてかけるかよ』

    「そ、そうだね」

    「……」アセアセ

    『はあ。まあーた気遣ってんのか。大丈夫だっての』

    「…だけど…」

    『ふう、誰に似ちまったんだろうなあまったく』

    『細かいところは違っても、あの子にそっくりだよ…お前は』

    「あ…」

    『うん?どうした?』

    「な、なんでもない」

    『…なあ咲、この機会に言っとくがあれはもう気に病むな』

    「…うん」

    『お前のせいじゃないんだ』

    「……」

    『…また電話する。勿論かけてきてもいいからな』

    プツッ…ツーツー

    「……」

    布団バタン

    「…私のせいじゃないなんて…思えないよ」

    「……ごめん…なさい…」

    343 = 265 :





    「咲……大丈夫だった?」

     記憶の中にある、幼い顔立ちをした姉が憂いげに咲を見つめる。昔、家族で一緒に暮らした家。姉妹の部屋で、咲は姉と向かい合わせに立っていた。

    「またあいつに何か言われたの。気にしたらダメだよ。あいつが悪いんだから」

     剣呑に柳眉を逆立てる姉が喋りかける。普段とは違う窘めるような口調。それを咲は、もの悲しい気持ちで聞いた。

     大好きな姉が悪し様に誰かの事を口にする姿はみたくない。仕方のない事だとしても、いつも笑っていてほしかった。

    「あいつなんて……いっちゃだめだよ」

    「……」

    「おかーさんと仲よくしよう? きっと、おかーさんだって」

    「……無理だよ。だってあいつは咲に……」

     口ごもった姉がふいっと視線を逸らす。

    344 = 265 :


    「咲は……辛くないの?」

     突然だった。質問の意図を図りかねてきょとんとする。

    「昔から咲にあれやこれや言いつけて……咲、いつも我慢してるじゃない」

    「心配なんだ。いつかもっとエスカレートするんじゃないかって」

    「えすかれーと?」

    「あ……えっと、もっとひどくなるんじゃないかって事」

     意味するところを理解して、咲は頷く。けれど姉の言葉そのものには相槌を打ちかねた。

     しかし姉の視線は険しい。

    「それにあいつはあの打ち方にまで口を出して……!」

     その瞬間、姉の内に抱える憤りは、頂点に達していたのだと思う。

     表情を怒りに歪め、忌々しげに言葉を吐き出す。それが筆舌に尽くし難い嫌悪を宿している。

     けれど、その怒りや嫌悪がふっと和らいだかと思うと、話題は咲の思いがけない流れに移った。

    「ねえ咲、あの丘にいってみない?」

    「え?」

    「今日は天気がいいしちょうどいいよ。覚えてるでしょ? 一緒にいった、あの丘」

    「う、うん。覚えてるけど」

    「よかった。用意はもうしてあるんだ。まだお昼過ぎたばかりだし、たくさん遊べるね」

     また膝に乗せてあげる。そう言って、姉は嬉しそうに顔を綻ばせる。

     咲は笑い返す事ができなかった。今日はもう他の約束があったから。

    345 = 265 :


    「あ、あの、おねえちゃん」

     目の前にはすっかり笑顔を取り戻した姉の姿。なのに、咲の気分は沈む。これから姉の気持ちが良い方向に動かないと半ば理解していたから。

    「どうかした?」

    「えっと、あのね、それ明日じゃだめ?」

     にこにことしていた姉の笑みが固まる。

    「え……どうして?」

    「今日ほかの人と約束しちゃってたの……ごめんね」

    「……そ、そっか。ならしょうがないね」

     なら明日にしよう。改めて約束をとりつけ、姉が笑いかけた。その笑顔はどこかぎこちない。

    「いってらっしゃい。気をつけてね」

     見送る姉の姿が一瞬揺らいだ。

    346 = 265 :


     その場で姉と別れると、咲は靴を履いて外に出る。

     噎せ返るような春の匂い。

     約束に向かう道の途中に連なった満開の桜並木。

     爽やかな風が通り抜ける。

     そんな春爛漫の景色の中を、咲は浮かない顔で歩き続けた。

     やがて約束の場所に着く。

     桟橋。そこを一望できる自然公園の中に、探していた人のうしろ姿はあった。

     背に届く長い髪。丈の短いワンピース。

     その女の子は車椅子に乗っていた。

    「あ、咲」

     歩いてくる咲の姿を認めた女の子が振り返り、声をかけてくる。

    「こ、こんにちは」

    「あはっ、丁寧だ」

     緊張して固くなった咲にけらけらと笑う。不思議な子だった。他人との間に張る壁を飛び越えてくる。なのにどうしてか不快さを感じない。

     人見知りの気がある咲にも珍しい事だった。

    「今日はどうした?」

    「……やっぱり今日もおねえちゃん怒ってた……」

     咲は意を決して口を開く。先ほどの姉の話をする。幼いながら特殊な環境に身を置く咲が心を開く対象は限られていたが、女の子には他の人にしない踏み入った話もできた。

     母の事になると話を聞いてくれなくて悲しい事。

     最近姉を前にすると萎縮してしまってぎこちなくなる事。

    347 = 265 :


    「そっか……大好きだからおねーちゃんにどう接していいかわかんないんだね」

     「……うん」と答えたきり咲は沈黙する。しっとりと濡れそぼる空気。ほんの僅かな間静寂が訪れる。

    「ねえ、今日はあそこの桟橋にいこうよ」

    「え、ええっ?」

     いきなり話が変わった。驚きのあまり素っ頓狂な声を出す咲に女の子は歯をみせて笑った。

    「だ、だいじょうぶ?」

    「だいじょーぶだいじょーぶ!」

    「うーん、わかった」

    「きりきり押すのだー」

     咲はおっかなびっくりハンドルに手を添えると、乞われるまま桟橋に向かって車椅子をこぎ出す。

    「あっ、ここまででいいよ」

    「え? ここでいいの?」

    「うん。ここから先は歩くから」

     心配した咲が止める間もなく女の子が立ち上がり、よろめく足どりでひょいひょいと歩いていってしまう。

     咲は慌てて肩を抱く。

    348 = 265 :


    「もうっ、大丈夫っていったのに」

    「あぶないよっ」

    「ぶー」

     よろけそうになりながら歩く姿はみていて安心できるものじゃない。指摘すると片頬だけ器用に膨らませてぷりぷりとされる。

    「咲は心配性だなー」

    「そっちが危なっかしいの!」

    「知ってた? ウォッカってロシア語で水って意味なんだよ」

    「そうなんだ……ってだからなんなの!」

     幾ら注意しても立て板に水、なのだろうか。咲は諦めきれず奮闘した。

    349 = 265 :


    「将来の夢は水族館を作ること!」

     数分後、話題は原形を留めていなかった。

    「お寿司屋さんじゃないんだ」

    「わたし泳ぐの好きだったけど、今はもうムリそうだから」

    「かわりにお魚さんに泳いでもらうのだ」

    「水族館、できたら照おねーちゃんと見にきてね!」

     てらいのない笑顔で語る女の子。うやむやにされて釈然としなかった咲もこの時ばかりは「うん!」と目を輝かせた。

    「咲はなにかない? 夢」

    「夢?」

    「咲もね、なにか目標があるといいと思うな」

    「なんでもいいんだよ。咲のしたいこと。このわたしが手伝ってあげる!」

    「うーん、夢……」

     考え込む。自分に何ができるだろうか。それはあまりにも少なく思える。

    「自分じゃなんにもできないって顔してない?」

    「わたし……とろくさいし……」

    「とろくさくないよ。咲がそう思ってるだけ」

    「咲は麻雀を極める可能性を持ってる」

    「なにかを極めたらね、あとはそこからコツを掴めばいいんだよ」

    「だから」

    「ネバーギブアップ
    ーNever give upー」

    「……うん! わかったよ!」

    「よし! わたしについてきて!」

     この時、憂鬱な気持ちは吹き飛び咲に笑顔が戻った。

     懐かしい顔を結ぶ像が揺らぐ。

     水彩画に水を垂らすようにぐにゃっと歪んだ風景。

     波が引く。不意に押し寄せたそれが意識を拐っていった。

    350 = 265 :

    次回に続く


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