元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ★★
953 :
同じ内容を複数のスレに投下するのは
あんま行儀よくないと思うしやめたほうが……
954 = 265 :
後々になってマルチはダメっぽい気がするって事に思い至りました…浅慮でした
どこどこのスレに後日談的な短編投下したので興味がある人はみてください、みたいにすればよかったな…
結末の形がある程度想像できてしまうってのもありますし…こういう時削除機能が欲しくなります
955 :
そんなに気にすることないよ。乙
956 :
一応これだけ断っておきます
後日談とか言いましたが最初恋愛抜こうと考えてたりとか、人物間の関係なんかはプロットでもあやふやにしてる部分あるので、正しくはパラレルな後日談になります
人物間の関係や感情は変わってきます、人物設定はともかく
957 :
どうでもいいよ
958 :
咲×明華も見たかったし乙!
本編の続きも期待
959 :
>>929 冒頭の情景描写が矛盾してたのに気づいたので修正。万一意味があるようにとられると悪いので細かいですが一応
>ノートや教材の紙面を走るシャーペン――メカニカルペンシルのほかに目立った物音を立てるもののない静かな部屋で
↓
>ノートや教材の紙面を走るシャーペン――メカニカルペンシルのほかに目立った物音を立てるのは時計くらいの静かな部屋で、
▼
「ども、昨日ぶりっす!」
顔を合わせた彼の第一声はそれだった。
ファッションビルの中に入り、もの珍しげに辺りを見回す咲をネリーがひっぱって移動していると、にぎやかなゲームセンターのフロアで彼、正しくは仲間らしき青年たちと合わせ三人、彼らとの対面がかなった。
往来の盛んな広い通路を周囲に気を配りながら歩いていたネリーと咲の顔を見るなり、おーいと親しげに声をかけて近寄ってきた。
そして、合流した五人の中から金髪の彼が先陣を切って会話を始めた。
「……酒くさ。ほんと、酔ってるんだね」
「いやぁ~それほどでもないっすよぉ~」
なぜか謙遜するような物言いで、明らかに不機嫌なネリーの苦言めいた響きの言葉に彼は返した。
「褒めてないっての。むしろ怒ってるからね?」
それは、例の電話口で不用意に大声で話しかけて、結果咲にも筒抜けにしたことで言っているのだろう。
「あ~いや、その……ねぇ……スンマセン」
一方、一目でそうとわかる赤ら顔の彼は、途端に語勢をなくして最後には消え入りそうな声で謝罪した。
「はあ……落とし前はきっちりつけてもらうからね」
続けて、ネリーが言った言葉に彼はぎょっとした。そして竦んだように身を震わせる。
「お、落とし前?」
「ん? 違ったか、お詫び? とにかく、契約か請け負う仕事になんかサービスしてもらわないと許さないから!」
「あ、あぁ……なるほど、そ、そういうことすか」
ネリーの意を得た、と一緒に勘違いが正されたのか安堵を滲ませながら金髪の彼がひきつった笑みを浮かべる。
「それは、もちろん……料金なんか勉強させてもらうんでどうか、水に流してもらえるんであれば」
よほど堪えたのと謝意があるのだろう、金髪の彼はいつもの軽薄さを取り払ったうえで媚びるような笑みを浮かべて言った。
ネリーもそこまでされたら溜飲も多少は下がったようだ。むっすりとして腕を組みながらも、それ以上文句を口にしなかった。
960 = 265 :
他方、咲はというと一連のやりとりを傍観していたのだが、金髪の彼からただようアルコール臭に堪えかねてずっと口元を鼻を覆うようにして押さえていた。
「サ、……ミヤガワ、だいじょうぶ?」
「う、うん」
目に止めて心配げに声をかけてきたネリーに返す。口元は押さえたまま。
「もうちょっと離れてたら、大丈夫だと思う……」
「だいじょうぶそうに聞こえないね……」
ネリーの言葉は図星だった。ちょっと、堪えられない。
頻繁にアルコール臭を漂わせるような人との付き合いは皆無といっていいから、おそらく生来苦手なのもあってけっこうな不快感がある。父は朴訥なところもあるがのんだくれるような人ではないし、たとえそうすることがあったとしても娘の前で憚らず匂わせるようなことはしなかった。こう言うとひどいかもしれないが意外と、エチケットを守る人だった。
他に付き合いのある大人というと……親族くらいだが、彼ら彼女らの場合はますますあり得ない。幼いころは母に連れられて東京にある本家の屋敷に訪れた折、接する機会はそれなりにあったが……あの人たちは何というか、浮世離れした人が多かった。
一般家庭の娘とさほど変わらない咲と比べれば雲泥の差で、海外では爵位を得た貴族という立場の人もいたから不作法というものとはほとほと縁遠かった。ほとほと、というのは咲の心情を正しく表している。礼儀正しいとかそういう一般の物差しでははかり切れない佇まいをしていたから、幼い咲はいつも気後れしていた。
ともかく、そういう意味でわるい大人、あるいは不良グループといった集団とも縁がなく……純粋培養された面のある咲にはこういった異臭に過敏なところがあった。本人も、今自覚した。二つ目の発見である。うれしくない。
「あ~……」
「ちょっと、口開かないで。ミヤガワがますます辛くなるでしょ」
いたたまれなさそうに口を開いた金髪の彼が、ネリーの辛辣な言葉を受けてますます身を縮ませる。
「くっく、情けないっすねリーダー」
「ああ、面白いもん見れたな」
それを見た連れ合いの二人が茶々を入れる。金髪の彼は酒に弱いらしく「そこらで飲むのはやめといたら……」という一緒に飲んでいた仲間の忠告を無視して飲みすぎた、仕事前に何やってんだか、と二人の仲間に呆れ交じりに笑われていたが、すぐに帰っていった。咲としてはどういう流れで帰ったのかよくわからなかったが、ネリーから「仕事の用件を済ませたんだよ」と教えられて納得した。
「……で、そっちの二人が今日の付き添い、と」
残った二人の男を見ながら、ネリーが言う。先ほどまでいた金髪の彼は、咲がハンカチを取り出して口元に当て「大丈夫ですから」と言うと、言葉少なに「すんません……」と謝ってこの場を去ってしまった。咲は、気を遣ったつもりが悪いことを言ってしまったかな、と思いながら、彼はどういう役割でこの場にいたのだろう、と考えをめぐらせていた。
「はい。今日は俺らが」
「そっちも、今日は二人なんすね」
二人の男が返す。
「そうだよ。こっちはミヤガワ。言うまでもなくプライベートの詮索はタブーだからね」
「了解っす」「はい」と、普通に会話が進む。とくに険悪だったりはしない。金髪の彼が手早く仕事を済ませて、お詫びの約束を取りつけたのもあってかネリーも根に持っていないようだ。咲も、今はハンカチをポケットにしまい、自然体で見守っている。
「それじゃ、いこっか」
言葉を切って、ネリーが踵を回らせる。咲にだけ話しかけたように咲を見つめての言葉だった。咲は「え?」となった。
961 = 265 :
「あれ、どうかした?」
咲に振り返って小首をかしげるネリー。
「えっと……今さらだけど、どこにいくの?」
咲は、行き先を確認していなかった。ただ夜の街……それも渋谷にいくと聞いたので同行を申し出た。昨日、河川敷で会った人たちを連れてという話で、「大丈夫なのかな?」と思ったのだ。河川敷の人たちへの他意はなく、単純に男の人と夜の街に出かける、と耳にして危なそうな気がした。東京のことは咲はよくしらないものの「大丈夫なのかな?」と危惧を感じる程度には聞き及ぶ情報がある。
「んー……あんまり当てはないかな」
今こうしている経緯を軽く振り返って状況を整理していると、ネリーから返事が来る。そもそも、何を目的にするのだろう。
「そうなの? じゃあとりあえずついていくね」
「うん。そうしてくれると助かる!」
話が決着し、まとまる。そういえば男の人たちはどうなんだろう。何をするのだろうか。そう思って彼らのほうに目を向けると、
「おおう……」
「ほおう……」
二人揃って感嘆するような言葉をため息と共に漏らしていた。
「エルティさんにまともな友達いたんですね」
「意外っすわ」
と、次いで聞こえてきて咲は内心で眉をひそめる。どういう意味だろうか。
「それってどういう意味!」
「あっ、いえいえ」
「他意はないんすよ」
少しむっとした様子で抗議するネリーと彼らとの間でそんなやりとりが交わされる。
「はあ、まあいいか。サキ、それじゃいこう?」
彼らの態度はへつらう時のそれに近く、だからか不満を託ったようなネリー。しかし表面上は片づけて咲を呼ぶ。
「とりあえずは……このビルのテナントを適当に回ろうかな。ゲームセンターとか雑貨屋とか。会社のテナントで通行人じゃ入れないとこもあるけど」
「だいじょうぶ?」と訊かれたので、咲は首肯した。とくに抵抗があるようなものじゃない。ゆったりとした心境で咲は聞いていた。
そんな咲を見て、ネリーは満足そうに口角を緩めて来たとき同様一足先に立ち歩いていく。その一歩後ろを歩きはじめる咲の後ろから、やや遅れて二人の青年が追ってくる。
何気なく夜の街を物色する平穏そうな時間が始まった。
962 = 265 :
「あっ、ゲームセンター」
ビルの一角を占める活気づいた区画に入るなり、ネリーが口を開いた。
ゲームセンター。そこそこ人気のある、所狭しとゲームの筐体や何やが立ち並ぶ都内の繁華街によく見られるそれと似たような印象を受ける場所だった。
「ゲームセンター……」
「遊んでく?」
「ん……」と考え込んだ咲は、まずネリーの顔を見て、それから後ろを付かず離れずという具合についてきている青年たち二人を一瞥する。
「私は……そんなに興味ないかな」
でも全くというわけじゃないから、ネリーが用があるのなら付き合うのは全然構わない、という風なことを咲は伝える。
「へー、めずらしいね? こういうとこって同年代の……日本の子なんかはみんな好きそうなイメージだったけど」
「うーん、活発な人ほど好きそうな感じだよね。私は……」
「あっ、サキって案外ぱっとしない子だし興味ない感じ?」
「そ、その言い方はぐさって来るけど……うん、大体そんなところかな?」
別に、野暮ったかったり根暗そうだったりしたらゲームセンターが好きじゃないって事はないと思うけど……そんなに心惹かれるものじゃないかな。
人込みや騒がしさが苦手な咲とてまるで興味がなくもないが、「ゲームしていきたい!」という熱は込みあげなかった。
「ふむふむ」
「どうしたの?」
やや大仰な仕草であごに手を当て納得した風にするネリー。咲が首をかしげる。
「サキってほんと見た目通りなんだなって。意外性ゼロだね」
「……ほっといて」
少なくとも褒められている気はしない。少し機嫌を損ねて咲はそっぽを向く。
「あはは、露骨にウケ狙ったキャラ作るよりは好感持てるよ?」
そもそも、キャラを作っているわけじゃない。いや、でも作っていると言われても仕方ないような事はしてるか……と、咲は内心憂鬱になる。
若干表情を陰らせた咲を見て、「あっ、ごめんからかいすぎた?」とネリーが謝る。咲は、はっとして手を振った。
「う、ううん、さっきのやりとりは関係なくて……気にしてないよ」
「そう? でも何だかいつもとちょっと様子違うような……」
あらためて、はたと気づく。装おうとするいつもの心がけがおろそかになっていたかもしれない。俄に心持ちが緊張味を帯びて表情が引き締まる。そうなれば、装うのは難しいことじゃなかった。
「そうかな。変わらないと思うけど」
「……気のせいかな。失礼な事してたら言ってね。大体はわかるけどたまに気づかない事あるから」
それは、日本の感覚に馴染み切れていないという事だろうか。さもあらん。咲がネリーの立場ならネリーほどにも馴染めない気がする。言語からしてこんなに流暢に外国語を話せない。
ただ、咲が懸念を否定する以上、ネリーのその言葉も深刻というほどではなかった。咲はその言葉に肯く。気づいたら教えるようにしよう。
「うーん、ここの人に聞いてみようかな」
すると、意図の捉えづらい言葉がネリーの口から出てくる。
どういう事か、と咲が尋ねる前にネリーは手に提げていた小ぶりの鞄の口に手を突っ込み、ごそごそと漁り始める。
まもなくして鞄から出てきたのは、
963 = 265 :
「写真?」
一枚の写真だった。疑問をそのまま口にした咲に向けてそれの表面が掲げられる。
そして見せられた写真に写ったものを目にして、「えっ……」と咲が漏らした。
「……探しもの。見覚え、ある?」
「……オル、ゴール?」
写っていたのは、オルゴール。それも咲の持つ宝物と……リュージュ社製のそれと、ぱっと見では思わず見間違えそうなほど似ている、非常に印象的な外見を持つものだった。
「……驚いてる? ネリーもね、あの日驚いたんだ」
「……あっ」
思い出す。つい先日の出来事。ネリーの様子が突然変わって、困惑させられたあれ。間抜けな声を漏らしていると知りつつも、咲の口からはそれが漏れる。
失せもの探し、街での散策、そしてオルゴール。謎めいていたものがおぼろげながらも線で繋がりつつあった。
「その反応からして、サキが犯人って線は薄そうだね」
「……疑ってた?」
「ううん。冗談。大体、サキの持ってるのとすごく似てるけど細部は間違いなく違うしね」
それは、そうだ。とても似通っているように見えるがディティールが異なる。咲の目にもそれは明らかで、だからネリーの言葉も確かに冗談だったのだろう。
ほっとする。疑いを向けられるのは良い気分じゃない。それも相手がネリーとなれば……どうにかして身の潔白を証明したい、という確たる思いが咲の中にあった。
「似たようなの持ってるから疑わしい、ってしたらほとんどの人が何かしら怪しくなってくるし」
写真が傷つかないように端をつまむ指先を器用に繰って、写真の表面を自分の側に向けるとネリーは「はあ」と息をつく。失せもの探し……オルゴールの行方を人を雇って探そうとしていて、今まで咲が得た情報から鑑みるに成果は芳しくないようだ。咲も、思わず眉尻を下げる。
「それで……ここの人に聞くっていうのは?」
「ああ、それはね」
ネリーがオルゴールを失くしたのは渋谷の街中だという可能性があり、拙いながらも自分でも探している。勿論落し物の届けは既に出していて、人を雇って探して、それでも行方は杳としてしれない……ということらしい。
脇を通りがかっていく人がちらりと視界の隅に入るのを感じつつ、端折った説明を受ける。
「さて、説明が終わったところで」
写真を指先で弄びながらネリーがゲームセンターの中を見渡す。手持ち無沙汰そうな人を捕まえて話を聞くつもりのようだ。
咲も、ネリーに倣って見渡しつつ、
964 = 265 :
(ゲ、ゲームセンターにいる人って恐い人とかいないかな……)
と、平静そうな表情を浮かべる内心びくついていた。
けれど、後ろにいる青年たちの存在を思い出す。
(あっ、付き添いってそういう意味なのかな……?)
夜の渋谷で少女二人で人を捕まえては話を聞く。伝え聞いている感じでは、相当危ない事のようにも思える。昼間と比べれば柄の悪い人たちとも遭遇しやすいだろうし。ゲームセンターともなれば場所によってはいわゆる不良集団が溜まり場にしていそうなイメージすらある。
その辺りの事情を鑑みると、先ほどまで少し得体のしれなかった青年たちの存在が頼もしくも思えてきた。
探偵のような仕事を請け負う人たちの中から付き添いに選ばれているのだ。荒事にも多少は慣れているのかもしれない。
(そういう人たちを雇うのっていくらくらいかかるんだろ……?)
咲の聞いている感じでは、ネリーが夜の渋谷にこうして出かけるのは今日に始まったことではないのだろうし、だからこそ咲は、「夜の街に出かけるのはやめておいたら……」とネリーに控えめに言って、幾らかの問答の末、聞き入れてもらえなかったのでネリーについていこうとしたのだ。
問答した際のやりとりが思い出される。
『その……夜の街って危なくないの?』
『そうだね。昼と比べたらやっぱり危なくないとは言えないと思う』
『そう、だよね。……あの』
『……うん?』
言いにくそうにした咲が何を言おうとしているか、ネリーは薄々察している風だった。その上で彼女は、少し面倒くさそうな顔をしていたように思う。
『その、今からいく用事って別の日……休日の昼間とかには、できないのかな』
『どういう意味?』
ネリーは、少し迷惑そうだった。咲も、差し出口とわかっている。しかし言うのをやめられなかった。
『ほら……今日は木曜日だし。あさってになれば週末だから……そのときじゃ、ダメなの?』
そう。今日は木曜日。あさっては土曜日で……土日は部活も午前中で終わる。大会前以外はそうなのだと、監督から説明があった。二〇一〇年代にもあった、部活動に適正な休日や活動時間を設けるという、国の方針を汲んでの事らしい。適正な休日とは週休二日なのだそうだが、流石にそこまで削るのは難しかったのか、それでも土日の練習は午前中までとなっている。
閑話休題。だから、今日と明日我慢すればわざわざ夜の街に行く必要はないのではないかと、咲は遠回しにそう言ったのだ。
まるで彼氏を過保護か束縛しようとするちょっと重い女みたい。
なんて事を頭の隅で思いつつ、しかし咲は夜の街にネリーが出かけるのを止めようとしたのだ。
でも。
965 = 265 :
『ごめんね。心配してくれてるのかもしれないけど』
ネリーは迷う素振りも見せずそう言った。
『今日……今夜を使う機会があるのにみすみすムダにするなんてこと、ネリーはしたくない。時は金なり。できる事があるのにじっとしてるっていうのも、ネリーの性に合わない』
答えはにべもない。説得する余地もないように感じられた。
だから咲は……
「サキー?」
我を忘れて思索に耽っていると、呼びかけられてはっとする。三度目だ。
「あっ……ごめん、ぼうっとしてた……」
「……もう、だいじょうぶ?」
ネリーのその言葉は、ネリーから見れば心配してついてきた風な咲のほうが余程気がかりだ、と言わんばかりの雰囲気で返された。
「だ、大丈夫……ごめんね? いこう」
呆れさせてしまっただろうか、そんな事を気にかけつつ更に返す。ネリーは、複雑そうに眉をひそめて少しの間押し黙る。
「……心配だな。気分悪そうなら、家に帰すからね」
それからややあってそう言われて、何としてもそうなるのは避けたいなと思った。
966 = 265 :
半時間後、咲はゲームセンター近くの通路の道沿いにある女子トイレの中にいた。
「はあ……私って頻尿なのかなあ……?」
そこそこ綺麗に清掃されたトイレの、化粧直しなどもできる手洗い場。そこの鏡と向き合いながら、咲は鏡に映る自分に問いかける。
ネリーが聞き込みをしている最中。尿意を催してしまい、咲は慌ててここに駆け込んだ。その直前、咲は今思い出しても顔から火が出そうなやりとりをしてしまったのだ。
『ふーむ……やっぱ手当たり次第に聞いても情報なんてそう出てこないかなあ……』
『あ、あの……』
『うん? どうしたの』
その時、咲はもじもじするのを必死に我慢していた。あからさまにトイレに行きたいのだという風にするのは恥ずかしくて、でも今思えば内股を擦り合わせる仕草などはしてしまっていたかもしれない。
『えと……お手、お手あら……』
『何て? 声小さすぎて聞き取れない』
ネリーが真剣に聞き込みしているところにお手洗いに行きたい、と言うのは何だか気が引けて。持ち前の引っ込み思案も災いして、ネリーが聞き取れなくても無理はない消え入る声で言葉を繰ってしまう。
『あの……だから、えっとね……』
『あの、何ていうかだいじょうぶ?』
『大丈夫! 大丈夫だから!』
『う、うん』
何が大丈夫なのか、むしろヤバいと思いながらも反射的にそう返してしまう。
『えと、えと……』
言うべき言葉が頭の中でぐるぐると回る。目も回りそう。目の前に、静かに言葉を待つネリーが佇んでいる。
い、言おう。恥ずかしいけど……言わなかったら、もっと恥ずかしいことになる。
深呼吸。昂った気持ちを落ち着かせていく。
しかし。
ネリーの後ろ、大して離れていない場所に付き添いの青年二人の姿が目に入って、感電したように咲は瞬間的に硬直する。
『あ、あああっ、ああ……っ』
『サ、サキ?』
絶望する。今言ったら間違いなく、彼らにも聞こえてしまう。がくがくと膝を震わせながら咲は呻く。
い、今言うの……? あの人たちの……男の人の前で? む、無理無理無理!
異性との接触が極端に少なかった咲にとってこんな事態は想定外すぎた。いや、想定していたって無理。咲はもはや正常を保てなくなりつつあった。
『うっ……、も、もう限界……!』
『ほ、ほんとにだいじょうぶ?』
故に――悲劇は起きた。
『おっ、おしっこ! おしっこいきたくて、あの、おしっこいってきていい!?』
『え……』
ネリーが唖然としていた。その後ろで、青年たちが目を丸くするのも目に入った。
しかしそのとき既に咲は、色んなものをかなぐり捨ててもわからなくなるほど混乱していた。
『い、いいよね!?』
『え、あ、うん……いいけど』
そして、瞬きを繰り返すネリーを置き去りにする勢いで、咲は最寄りの化粧室に駆け込んだのだった。
967 = 265 :
「………………死にたい」
羞恥心のフィラメントが焼き切れた咲は、もはや七二〇度回って冷静な状態で呟く。
未だかつてこんな類の羞恥を味わわされたことがあっただろうか……いや、ない。
こんな事にならないよう出かける前に一度用を足してきたはずなのに……どうして、今日に限ってこんな事になるんだろう。
「もう嫌だ……なんもかんも政治が悪い……」
脱力して天井を仰ぎながらこぼす。
――そのとき。
――――ガタンッ。
「……うん……?」
意識の片隅で、その音を聞く。何かをひっくり返したような物音。何か、蹴飛ばしてしまっただろうか。
そんな事を思いながら足下に視線を落とす。しかしそれらしきものは見当たらない。
きょろきょろと辺りを見回すと、
「…………」
男と、目が合った。
いや、いやいやいや。そんなはずはない。
ここは女子トイレ。男子禁制、というのはわざわざ何かで示す必要もなく当然の事で。
「あは、あはは……気のせい、だよね」
目の前、おそらく掃除用具などを入れる個室なのだろう、その扉の前。
アフロ頭の、ひょろっとした身体つきの、無精髭を生やすような中年の男が。
こんなところにいるはずがない。だってここは女子トイレだ。化粧室だ。男の人がいるはずない。
「うん……いるはずないよ。何かの幻か――」
「くうっ、しまった……! この私としたことが、売り子に最適な声を耳にして思わず転がり出てしまった……! 借金取りから逃げてる途中だったのに!」
「……」
言葉を紡ごうとして開いた口が閉じる。声まで聞こえた。……え、本物?
「え、え……きゃ――」
「大声出されると困る」
思い切り悲鳴を上げようとしたところで、何かで口を塞がれる。
男の人のごつごつとした大きな手だった。
「むぐっ!? もごもご……っ!」
「ちょーっと静かにしててね」
飛びかかるように踏み込んできたアフロ頭の男性に、そのまま背後に回り込まれて羽交い絞めにされる。
顔と言わず身体中から急速に血の気が引いていく。最悪の想像が頭をよぎった。
「むーっ、むーっ!」
「うわっ、暴れないで暴れないで」
暴れるに決まってる。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
恐怖と混乱に意識が塗りつぶされつつあった。
968 = 265 :
正月のだらけ気分が抜けなくてきつい…また正月こないですかね…
ここまで
969 :
おつおつ
970 :
乙
咲さんピンチ!
971 :
2スレ目いったか、乙です
972 :
乙
ミヤガワでどうしても笑ってしまうww
974 :
「あは、あはは……気のせい、だよね」
目の前、おそらく掃除用具などを入れる個室なのだろう、その扉の前。
アフロ頭の、ひょろっとした身体つきの、無精髭を生やすような中年の男が。
にっこりと、謎の満面の笑みでこちらを見つめてくる男が。
こんなところにいるはずがない。だってここは女子トイレだ。化粧室だ。男の人がいるはずない。
「うん……いるはずないよ。何かの幻か――」
「くうっ、しまった……! この私としたことが、売り子に最適な声を耳にして思わず転がり出てしまった……! 借金取りから逃げてる途中だったのに!」
「……」
言葉を紡ごうとして開いた口が閉じる。声まで聞こえた。……え、本物?
「え、え……きゃ――」
「大声出されると困る」
思い切り悲鳴を上げようとしたところで、何かで口を塞がれる。
男の人のごつごつとした大きな手だった。
「むぐっ!? もごもご……っ!」
「ちょーっと静かにしててね」
飛びかかるように踏み込んできたアフロ頭の男性に、そのまま背後に回り込まれて羽交い絞めにされる。
顔と言わず身体中から急速に血の気が引いていく。最悪の想像が頭をよぎった。
「むーっ、むーっ!」
「うわっ、暴れないで暴れないで」
暴れるに決まってる。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
恐怖と混乱に意識が塗りつぶされつつあった。
▼
人は、抗いようのない惨禍……理不尽に度々見舞われる。
たとえば不運。占星術では大殺界とかいう概念があって、その時期はやることなすことうまくいかないものらしい。だから大人しくしているのが吉。そんな話をどこかで耳にしたことがある。
なんだろうか。今私って大殺界なの? 殺界どころじゃないのかな? どう思いますか?
「……はあ」
「ははは、ため息をつくと幸せが逃げていっちゃうぞ。元気出して」
憂鬱にさせている元凶たる野太い声の主がフレンドリーに励ましてくる。女子トイレで。
975 = 265 :
「あなたのせいですよ……元気がないのは」
「おっ、倒置法。いいね調子出てきた?」
「どういう基準で判断してるんですか」
場違いに明るい笑みを浮かべてへらへらして、大して面白くもないジョークを飛ばしてくる中年男を半眼で見据える。
あなたは同質効果というものを知っていますか? 気が滅入っている人には、同じように沈痛を装って接したほうが好感を抱かれやすいらしいですよ。いわゆる空気を読むというやつです。ぜひ活用してください。今すぐにでも。
「いや~参ったね。トイレに隠れてたら誰か入ってくるとは予想してたけど、こんな事になっちゃうなんてねえー」
「不正解。減点です」
中年男に対する好感度がさらに下がる。この期に及んで軽薄な調子で自分語りを始めるとは……「え、何が? 何の点数?」と間抜け面をさらす空気の読めなさ加減もいただけません。中学時代、一目見た方の印象的な台詞を拝借するなら、すばらじゃない。
「いい加減、出ていったらどうなんですか」
「え、何が?」
またこれです。私はこんな口調ではないのにまるで先生になった気分です。ちょっぴり冷たい先生のイメージ。
でも……こんな素っ気ない対応も詮無いことだと思うのです。相手は女子トイレに忍び込んでいた変質者なんですから、むしろ丁寧に扱っているほうじゃないでしょうか。
咲は、先ほど見知らぬ男に拘束されるという危機的な状況に陥り、ほどなくして解放されて恐慌状態からは一旦抜け出してからも、やや情緒が不安定気味だった。
それは年頃の少女としては無理からぬことで。日本のような治安など生活の水準の面で様々に恵まれた国の、一般的な中流家庭の娘同然に育ってきた咲にとって、本人のナイーブな気質を差し引いても到底笑って済ませられるような体験じゃなかったのだ。
なので、今彼女はかなりおかしい。宮永咲という人物を少しなりと知る人が見れば「誰コイツ?」となるようならしからぬ心情を垂れ流しているわけである。
976 = 265 :
「あの、すぐに拘束を解いてくれたし何か事情があるみたいなので通報したりはしませんが……」
「えっ、マジ? 通報しないの?」
いくぶん落ち着きを取り戻しつつある咲から、警察沙汰にはしない、そんな言葉が出てきてアフロの中年男……アフロは目を軽く見開いて嬉しそうにする。
「ラッキー!」と口に出さずとも高々と突き上げられた片腕が彼の心情を物語っていた。
そして彼……アフロはふっと頬を緩ませて優しげな表情を浮かべると、
「君……優しいね」
捉えようによっては口説き文句のような言葉をさも感慨深げに漏らす。
「お世辞はいいです。それに、関わり合いになりたくないだけですよ」
「いや、わかるよ。君はこんな私にも同情してくれてる。いい意味での同情だ。同情って言葉のイメージが悪いなら、被害者感情に寄り添った姿勢……だとか言い方は何だっていい。大切なのは君の気持ちだ」
飾り立てる言葉など、本質的には大した価値を持たない……という風なことを言いたいのだろうか。ますます口説き文句じみてきた。
咲に歳上の男性を特別好む嗜好はない。先ほどまでの軽薄な態度をすっぱりとやめて真摯に伝えようとする姿勢には比較的好感が持てたが、それは先ほどまでとの対比の問題で、総合的に見れば咲の中での印象は「変わった変質者」、その程度のものだった。
そこまでを胸の裡で振り返って、咲は嘆息する。
「とにかく、ここは女子トイレなんです。あなたみたいに男の人がいたらいけないっていうのはわかりますよね?」
仮にも歳上の人間に対して慇懃無礼な言い方をするのはやはり「女子トイレに男の人がいる」その一点に尽きた。
咲は社会の常識やマナー、規範といったものを絶対視したり信仰するといった思想はないごく普通の中立的な女子学生に過ぎない。しかしそれでも、女子トイレに男性が入り込んでいる。それは、どうしても嫌悪感があった。
「うーむ……」
だが、警告めいた注意を受けている当の本人はと言うと何やら難しい顔をして、無精髭の生えたあごに指先を当てて考え込んでいる。こんな状況なのに終始恥じ入る様子もない。
どころか、考え込んだ姿勢のまま、咲の事をためつすがめつ、不躾にもとれる遠慮のない視線で頭のツノからつま先までじろじろと観察しているではないか。一体、何を考えているのだろう。反省の色など見当たるはずもない。
「あの……」
非常識に見える男の反応に、辛抱強く接していた咲の堪忍袋の緒が切れそうだ。――そんなとき。
「よし、この子でいこう!」
唐突に男が声をあげた。こんな状況なのにはきはきと、あごに当てていた手を今度は握りこぶしに変えて胸の前で小さくガッツポーズ。
「君に決めた! 売り子……いや、妖精役も頼みたい! 君、お願いできないか!?」
「は……?」
あんぐりと口を開けてしまった咲の反応は至極当然の反応と言えただろう。意味がわからない。文脈がない。説明も不十分。
こんなのでまともな理解ができたらその洞察力は人並み外れている。
未だ呆然とする咲に、アフロの男はびっと格好つけたポーズで指を突きつけた。
「まずその声! 大人気ノベルゲーム『Fake/stay あばろんっ』に出てくるヒロイン『トーサカ・リンチャンサン』にそっくり!」
「りんちゃんさん?」
「そう、マジカル八極拳の使い手……あかいあくまの異名を持つ、素晴らしい女性。――遠坂さんは裏表のない素敵な人です」
何だかすごそうな肩書の女性のようだ……でも、何で後半は褒めているのに死んだ魚のような目で棒読みなんだろう。咲は首をかしげる。
「次にそのファッション! 淡いピンクのカーディガンに青いワンピース……ボトムスは脚線を綺麗に見せる細身の紺色デニム!」
間髪入れず、死んだ目から復活して抑揚のついた声で次の褒め言葉らしきものが切り出される。
「一見して普通の春の女の子の装いといった感じだが、ワンピースにこだわりがある……ガーリー系に見えない程度に所々フリルやレースが控えめにあしらわれたワンピース……目立たないが、その縫製の質にも目を瞠るものがある」
彼が口にしているのは、今の咲の服装そのものだ。寸分の違いもない、ように咲には思える。実際、彼の言うように漠然とワンピースでの強調を意識していたし、実はこれはそこそこ有名なブランドの服で縫製の質に対する称賛も的を射ているように感じられた。
何より、ファッションなどの嗜みに疎い自覚があり軽いコンプレックスも密かに感じている咲としては、服装を褒められるのはまんざらでもなかった。
そわそわとして意味もなく横髪を弄りだす咲。口元が少し緩んでいる。こんな状況なのに。ちょろい。
さらに、
977 = 265 :
「そして……やはりなんといっても! 一番の魅力! これがなくては君を見初めることはなかった!」
男は畳みかけるように言葉を重ねていく。どんなことを言われるんだろう。咲は無自覚に言葉の先を期待しつつあった。
――そして。
「君の最大の魅力! それはっ!!」
「ミヤガワー? なんか凄いうるさいけど何かあったー?」
今にも最後の言葉が放たれようとしたとき、化粧室の入口から誰かが話しながら入ってきた。
「あ……ネ、エルティちゃん」
ネリーだった。つかつかと歩いてくる彼女。当然、彼女の歩みを明確に阻むようなものなどなく、やがて中に入ってきて咲と……アフロ男の前に姿を見せる。
「……え、何こいつ。男……だよね」
となれば、ネリーの目にも男が……変質者にしか見えない存在が視界に入るわけで。
昔の漫画に見られる「どっしぇーい」みたいな感じの古臭い仰天ポーズで固まっているアフロ男の姿は、やはりどこまでいっても社会的には変質者でしかない現実をまざまざと感じさせた。
「悪気はなかったんです」
「え、何こいつキモイ」
こうべを垂れていきなり悲愴っぽく釈明しだしたアフロ男をネリーが舌鋒鋭く一刀両断する。確かにキモイ。
「ぐはっ……そんな、もうちょっとオブラートに包ん、で……オジサンにはつらいんだよその言葉」
オジサンに限らず本気で言われれば大体の人が辛いだろうが、何となく哀愁を感じさせる台詞を口にしてアフロ男は膝から崩れ落ちた。哀れな姿だった。
「……ミヤガワ? ほんとに何なの、コイツ?」
「え……っと」
変質者から切られたネリーの目線が咲へと向けられる。
咲は、便所の床に膝をついた哀れな男に目を向けた。
そして、一旦視線を外して周囲の風景を見回してから、
「変態の人……かな」
一言、率直な感想を口にした。
978 = 265 :
ここまで今日はこれで最後
今このネリーの話が起承転結でいうと承なのでまだ先の話なんですが、ネリーの話終わったら準決勝前日の喫茶店にまた戻ります
それで、満員のところに他校の生徒が来て同席する…という展開になるんですが、千里山と阿知賀だったらどっちがいいですか?
1的にプロット上どちらでも問題なく組み直せ、やりやすさもたぶん同じくらい、阿知賀も千里山も好きなキャラばかりなので好みも比べにくい
続き用の新スレはもう立ててあるのでよかったら気にせずどちらがいいか意見ください
979 :
乙です
私的には阿知賀がいいな。好きなキャラ多いし
980 :
リンチャンサンw
俺も阿知賀かな
981 :
乙
阿知賀もいいが千里山も捨てがたい…
982 = 971 :
2日連続投下おつおつ
ちょろ咲さん可愛い
983 :
「……なるほど。借金取りから逃げてて、女子トイレに忍び込んだんだね。この人」
少しして。努めて冷静そうにネリーが話をまとめる。
内心、もの凄く嫌悪があるのだけど何とか今は押しとどめてやってる、というのがありありと伝わってくる様子。
「ギャハハハ、おいっ、とんでもないことしたなオッサン!」
「女子トイレっ……借金取りに追われて女子トイレの用具室に隠れるとかどんだけ切羽詰まってんだよ」
一方、付き添いの青年たちは明らかに面白がって物笑いの種にしている。
今は女子トイレの外。トイレを出てすぐの通路にネリー、咲、アフロ男、それと青年たちの合わせて五人がたむろっている形だ。
みっともない惨めったらしい醜態をさらす中年男の扱いに困りもたついたものの。何とか落ち着いて話せる状況になって、ひとまず女子トイレから出て、とりあえず話を聞こうか。そんな雰囲気になっている。
「いやー……ホントね、切羽詰まってたんですよ。何せこれ返さないと世界一周強制労働させられる船に乗せられちゃうもんで」
「それヤバいな!」
「何? 闇金かヤクザから金借りたんすか?」
だが、女性陣を置き去りにして男連中で勝手に盛り上がっているあり様で。
本来、主導権を握るべき被害者の女性のことなどまるで無視するかのようだ。
ネリーは、この現状が気に入らないようで腹立たしげに男連中を見ている。それは、どういった理由からか……一番の被害者であるはずの咲は、何ら立腹した様子など見せず男連中よりはむしろネリーの一挙一動が気になる。そんな素振りを見せていた。
「詳しくは言えないんだけどね、ヤバイとこに借りちゃったんだよね」
「あー、やっちまったなあオッサン」
「あいつらヤバいんだぜ? 首の回らなくなった債権者脅して犯罪だってさせるからな。二〇一〇年代から経済誌でも取り上げられるくらい問題になってたのに知らないのかよ?」
「マ、マジ? そんなのもあるの……」
というか、ネリーはともかく咲にはおっかない話になっていて割り込もうにも割り込めない。裏社会絡みの話なんて、本来咲たちのような学生は知る由もなく、また迂闊に近づくべきでもないのだ。
……何だか安心してたけど、この探偵みたいなことしてくれる人たちもよく考えたらかなりグレーな人たちだったらどうしよう。
先ほどのある種極度に混乱していた状態からすっかり立ち直ってきて平静に近くなりつつある咲は、ふとそんな事を思う。
984 = 265 :
「ま、だから海へ強制労働? だっけ。その程度で済むならまだマシだって思っといたほうがいいぜオッサン」
「そうそう。もしかしたら割と人道的? な金貸しなのかもな」
……青年たちは、どう見ても二〇代そこそこの若者にしか見えない。そもそも年齢など聞いていないのだ。下手をしたら一〇代の可能性だってある。
一般的な感覚で言えば、社会の中では彼らは年輩者から『若造』や『青二才』と言われるような人たちのはずで。
それが、情けない姿ばかり見ているとはいえ、四〇そこそこはいってそうなアフロの中年男性にあろうことか講釈を垂れている。それも、社会の常識のようなものをだ。
その光景は、咲の目に異様なものとして映った。女子トイレに忍び込んだ変質者がどうとか、些末事として既に頭から吹き飛びつつある。
自分は……ネリーは、もしかして実態も知らず、とんでもない人たちと関係してしまっているのではないか……。
――恐い。得体のしれない怯えが冷たい怖気となり背筋を滑り落ちていく。
「……ミヤガワ? 大丈夫?」
「……え?」
声がかかる。ネリーの声。
「……大丈夫、じゃないよね。顔色、凄いよ」
心配げに、こちらを思いやってくれるような声。それは大げさかもしれないが、不可視の恐怖に暗くなりかけた視界に射した一条の光明のように感じられた。
「あ……」
「……何か、恐い事あった?」
まるで揺りかごに揺られているような気分に陥る声だった。いつの間にか俯いていた顔をあげると、気遣わしげなネリーの表情、その青い瞳と、目と目が合う。
「……大丈夫。心配ないよ」
声が震えてしまわないか心配だった。だが震えなかった。それはひとえに……お姉ちゃんのお陰だ。もし素の私だったら……見せかけの虚勢すら張ることもできなかったろう。やっぱり、お姉ちゃんはすごい。いつも頑張ってきてよかった、と心から思った。
同時に、
――悩んだこともあるけど……やっぱり、これをやめるなんて私にはできない。やめるべきじゃない。
強く、強くそう思った。
「……だいじょうぶ、そうだね?」
「うん。ちょっと……立ちくらみかな。心配かけてごめんね」
嘘をついた。真っ赤な嘘。けれど、これは必要のある嘘だ。詭弁かもしれないけど、そうすることが、自分のためにも、相手のためにも、良いことのように思うのだ。
「でさあ、そんときソイツらが――」
「ああ、そんなことあったあった――」
「ほおーう、なるほどね――」
狭窄を起こしていた視界が徐々に開けて周囲の様子を探ってみる。男性陣は飽きもせず、おそらくこちらの変調に気づくこともなく、話し込んでいる。話に夢中になっているのだろう。眼中にないようだ。
ふと、ネリーを見やる。すると。
「…………」
見たこともないような冷ややかな目で話し込む男三人を見つめていた。
その端整な双眸を持つ顔には何の感情も浮かんでいない。能面のような無表情。
「……ネ、……エルティ、ちゃん?」
淡白、というには無機質に過ぎるその表情。痛烈な既視感。それは……母が日常的に浮かべる表情と、あまりにも重なって見えた。まさか。ネリーに対して抱く印象がそれを錯覚として処理しようとする。
「……ね、ミヤガワ」
呼ばれる。優しげで穏やかな声。なんだか、違和感があるくらいに。
「……私、割と好きだよ。ミヤガワの事」
言葉を返せなかった。口を開きかけて、でも言葉にできない出所のわからない衝撃に圧倒され、立ち竦むようにその場に立ち尽くした。
985 = 265 :
何かもやもやする切り方だったのでちょこっと追加。ひ、日付変わったから嘘になってない…
ここまで
一つだけ補足…ネリーの『大丈夫』と『だいじょうぶ』は基本的に表記のぶれではなく意識して分けているつもりです、ネリーの視点の回想を見ていたら薄々理由が察せるかもしれませんがこういうネリーの言葉遣いの微妙な違いは意味があります
このスレでの更新終わります!続きは新スレでやります
阿知賀か千里山今2対1かな?まだ大分先の事だし気長に意見募ります、よかったらご協力下さい
986 :
乙
咲ネリーの仲はちょっと進展した感じかな?
阿知賀で(ボソッ
987 :
おつおつ
988 :
乙
表記ぶれとか意味がありますとか、いちいち解説というか言い訳しなくていいのでは
989 :
乙
千里山が見たいです
990 = 265 :
>>988
一々安価向けて申し訳ないんですが…
実際に単なる表記ブレの場合もあって、色んなとこを細かく詰めてると、「このキャラはこの字を漢字にしてたっけ?」みたいになるような問題がちょくちょく出てきます
大分前にも言われましたが…風呂敷を広げすぎたのか設定が膨大になりつつあります
なら細かい表記で表現しようとするなってなるでしょうけど…
もう大筋を変えられる段階にないし言い訳を黙認的ながらも我慢してもらうか、こんなの読んでられんわ!のどっちかでお願いする感じです
申し訳ない…
991 = 988 :
>>990
いや指摘される前から先回りしなくてもいいんじゃないっていう意味だったんだけど
大げさだけど読者を信頼するというかなんというか
もちろんやりたいようにやってもらったらいいとは思ってます
かえって余計なこと言っちゃったみたいでごめんね
992 = 265 :
>>991
ああなるほど…すみません勘違いしたみたいです
そうですね、もう少し辛抱してみます。できる限り補足の機会は減らして、伝わりやすいよう工夫を試みてもみますが、時には丸投げするくらいでやらせてもらいます
アドバイス助かりました
993 = 265 :
おはようございます
なんか作者自ら希望言いづらい雰囲気にしちゃってすみません
文章書き上げたばかりだったので無駄にナーバスになってたみたいです、寝て起きたらすっきり
よかったら希望あったら引き続きぜひどうぞ
今千里山:阿知賀=3:2
994 :
>>988みたいにいちいち文句ばかり言う奴がいたらそりゃ雰囲気も悪くなるよね
995 :
さっき京太郎スレ立てた?
もしそうならもう見ないわ
996 :
日を跨ぐと投票の意味薄れそうなので打ち切って依頼出してきます
993で阿知賀と千里山の数反対にしてましたが、阿知賀3 千里山2
という事で同席するのは阿知賀になります
ご協力ありがとうございました
997 :
雰囲気悪くなかったからとかじゃなく単に人がいないだけなんじゃ
999 = 998 :
京咲
みんなの評価 : ★★
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