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    元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」

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    51 = 44 :

    投下おわりです

    53 :

    乙 待ってた

    56 :

    ダヴァン可愛いな

    58 :


     昼下がりの校庭は、祝日という事情もあって先客もおらず、空いていた。
     しかし完全に人気がないわけではないようだ。運動場の方から部活に励む生徒の声が聞こえる。

    ネリー「サキ、このタンドリーチキンすごくおいしい!」

    「ん。おいしくできたみたいでよかった」

     咲お手製の弁当を広げ、暫し歓談に耽る。
     しかしすぐに食欲が勝り、中々箸は止まらなかった。

    ネリー「ごちそうさま!」

     完食。米粒一つ残さず平らげて満足げなネリーに、咲は笑顔で受け答える。

    「お粗末さまです。ふふ」

     それから麻雀や学校の話をしようかとネリーが考えていると「飲み物がなくなったから何か買ってくる」と言って咲が立ち上がった。

    ネリー「ならネリーもついてくよ」

    「大丈夫。すぐそこだし、ネリーちゃんは休んでて」

     咲の迷子になる癖が心配だったけど、さすがにあの距離なら大丈夫かな。
     無理を言ってついていく必要もないと思ったネリーは、咲の言葉に従う事にする。
     咲の姿が見えなくなり、一人になった。

    ネリー「うーん。ひまだな」

     手持ちぶさたになって思わず口を突いて出る。
     最近、誰かと一緒にいる時間が増えた。具体的には、咲と一緒の事が多い。相対的に一人の時間が寂しくなった。
     グラウンドから聞こえてくる部活に励む声。
     ほどよく鼓膜を揺さぶる音に段々と眠気が降りてくる。
     咲、早く戻ってこないかな。
     まどろみに落ちていく。
     いつしか目蓋は閉じ、意識はどこか遠いところに旅立っていた。

    59 = 58 :



     心地よいまどろみが意識をやさしく包んでいた。
     そよ風が草木を撫でる音、淡い木漏れ日が射し込む。
     そして、横になった頭の裏に感じる柔らかな感触。
     薄目を開けて咲が膝枕をしているのだと気づくのに、ネリーは数秒の間を要した。

    (寝ちゃってたんだ……サキが膝まくらしてくれてる)

    (気持ちいいな……もうちょっとだけ)

     狸寝入りを決め込むネリーに気づく事なく、咲は文庫本を手に佇んでいた。
     心地よい時間が過ぎていく。
     やがて時間の境がなくなって、またまどろみの中に入りかけるネリー。だが、その直前に知らない声が耳朶を打った。

    「あ、誰かいる」

    「あれ宮永さんだ。同じクラスの子」

     闖入者の存在に咲も気づいたのだろう。わずかに膝を動かして反応を示した。

    「宮永さんも部活?」

    「うん。麻雀部だから……」

    「麻雀部! うちってめちゃくちゃ強いんだよね」

    「えー。すごい!」

    「あの、ネ……この子が寝ているので、できたら静かに」

    「あ、本当だ。ごめんね」

    「っていうか外国人……? 制服着てないけど」

     留学生だと答える咲に闖入者たちは関心を示した。

    「その子しってる。ネリーって子でしょ」

    「そうなの?」

    「うん。有名だから」

    「有名?」

    「なんかお金の話ばっかしてるって」

    「日本に来たのもお金もらって麻雀するためだよね」

     「えー」と非難がましげに声をあげる闖入者たち。気分が沈む。

     ネリーはそういった認識をされる事が多かった。度を越えた吝嗇家だとか、お金に汚いという風評だ。
     お金への執着がある事は否定しないし、事実お金のために留学しているが、咲の前でそのような言われ方をするのは嫌だった。
     日本ではお金への執着を意地汚いとみられる事が多い。咲のように、親しく接してくれる日本人は稀だった。
     咲に嫌われたくない。
     何か言い返すべきかと考え始めたネリーに、しかし先んじて言い返したのは他ならぬ咲だった。

    「お金のために麻雀して何が悪いんですか」

     咲の雰囲気が、麻雀で全力を発揮するときのそれに近くなっている。急激な変化をネリーは感じとっていた。
     別人のように冷たい態度。そしてネリーですら痺れる威圧。
     気勢を削がれたのは鋭い瞳を向けられているだろう闖入者たちだった。

    60 = 58 :


    「え、何この子いきなり雰囲気が……」

    「そ、その子寝てるんでしょ? そんな庇わなくても」

    「あなた達には関係ありません。さっさと他のところにいってください」

     場所はいくらでもあるでしょう、と冷たく言い捨てる。
     闖入者たちは言葉通りさっさと移動していった。本気で凄む咲に堪えかねたのだろう。
     二人きりになって、咲はネリーの頭を撫でながらつぶやいた。

    「ろくに麻雀を打てない人たちに、ネリーちゃんの麻雀を馬鹿にしてほしくない……」

    (サキ……)

     嬉しかった。純粋に咲の好意が胸に響く。
     頭を撫でられる心地よさに身を委ねながら、ネリーは考えていた。
     起きた方がいいのかな……。
     踏ん切りがつかないまま、ほどなくして。
     不意に機械的な音が鳴る。
     それが携帯の着信音だと気づくまで、暫くの時間を要した。

    「あっ……電話」

    「えっと……あれ……ええっと……?」

     やけに時間がかかっている。

    「ここを……こうして……そっちを…………あれ」

     おかしいよ! 何でそんな手間どるの!

     こっそり薄目を開けて窺ってみれば、悪戦苦闘する咲の姿。
     助言するべきか。いやでもこれはーー自力でいけるか。

     いける! あとその横のボタン押すだけだよ! 最初からそのボタン押すだけでいいんだけど!

    「…………はい。もしもし」

    「お母さん? ……うん。私だけど」

     お母さんか。どうしよう。今は邪魔しちゃ悪いかな。
     起きる機を逸して聞き入っていると、話は続く。

    「今は学校……だけど。うん……お昼の休憩をとってたとこ」

    「わかってる……練習はきちんとしてるから……」

    「うん……お姉ちゃんも学校に……いってるんだね……」

     話を聞いていて、何となく違和感を抱いた。
     いつもに近いけど……ちょっと違うような。
     他人行儀というか。気のせいかといえばそんな気もするけど。

     姉の存在と、母親との少しぎこちない会話。あと機械音痴。
     ここに来て盗み聞きがまずいかと思い始めて、ネリーは焦った。
     ど、どうしよう。起きた方がいい……かな。

    「それも……わかってる。うん……うん……」

    「……え、待って。そんなの」

    「……そんな事されたら…………私、臨海女子やめるから……!」

     サキが臨海女子をやめる!?
     不穏極まる話に、ほぼ反射的に身動ぎする。これ以上盗み聞きすべきじゃないという気持ちも大きかった。

    61 = 58 :

    「っ、ネリー……ちゃん? 起きた?」

    「あ……うん。同じ麻雀部の子もいるから」

    「……わかった。それじゃ」

     早々と会話を打ち切り、咲が囁きかけてくる。

    「…………ネリーちゃん……?」

    ネリー「……ん、う……うん……サキ……?」

     起き上がり、今目が覚めた風にきょろきょろと辺りを見回す。

    「よく寝てたね。疲れてた?」

     いつもの咲だ。何となく安心する。
     飲み物を渡してくる咲にお礼とお金を返しながら、思う。
     ネリーはサキのこと……何にもしらないんだな……。
     喉を潤すお茶の苦みが妙に頭に残った。

    62 = 58 :


    実況「……強い強い強い。十六年連続全国出場のかかった臨海女子、東東京インターハイ予選」

    実況「この春から加わった一年生、宮永を先鋒に投入。この配置が図に当たり、破竹の勢い……ここまでの試合、全てを先鋒戦で終わらせています!」

    実況「レギュレーションの変更によるやむを得ないオーダー、昨年の個人戦全国三位・辻垣内を外した大胆な起用に、関係者の間では疑問の声が上がっていました」

    実況「しかし蓋を開けてみれば、留学生の出番すらない独壇場。対戦した他校を圧倒しています!」

    実況「いよいよ次は決勝卓。ベスト4に残った高校は意地をみせられるのかーー!?」

    実況「決勝での戦いに期待です!」





    ネリー「サキ。お疲れさま」

    「うん。あとはよろしくね」

     決勝卓の帰り。対局室の近くまで迎えに来て労ってくれるネリーに、薄く笑って返す。

    ネリー「セーブしとかなくてよかったの?」

    「うん。監督の許可もとってたしね」

     話しながら、控え室へと戻る。

    ダヴァン「おお、戻りまシタか」

    ハオ「おかえりなさい」

    明華「お疲れ様でした」

     口々に迎えてくれる部の仲間。

    智葉「予選の相手ではものの数じゃないみたいだな」

    「どうでしょう。臨海を意識する学校は先鋒がエースじゃないところもありましたから」

     先鋒に留学生を起用できなくなった事もあって、色んな目論みが交錯する先鋒戦ではあったが、結局はその全てを蹴散らす結果になった。
     大都市圏とはいえ、予選だとこんなものか。
     残る個人戦には期待があるものの、拍子抜けの感は否めない。
     慢心がある事を自覚していた咲だが、今のところ、智葉と当たるまで本当の意味で油断はなくせないだろう。
     その分智葉との直接対決には熱を入れている。

    「……先輩」

    智葉「どうした」

    「それ……何ですか?」

    智葉「ふむ。エトピリカになりたかったペンギン……略してエトペンだそうだ」

     智葉が腕に抱くぬいぐるみが気になって尋ねてみる。

    「……なんというか、その……私物ですか?」

    智葉「貰い物だ。懇意にしている子供達から貰ってな」

    「そ、そうなんですか」

     正直、壮絶にミスマッチだったので聞きづらかった。
     いや意外と少女趣味でも合っているんだろうか。

    「…………」

     部室で以前見た、長ドスを抜くかのような鋭い雰囲気で闘牌する智葉の姿が脳裏を過る。

     似合わない。

    63 = 58 :


    智葉「……何か失礼な事を考えていないか」

    「い、いえ」

    ネリー「自覚あるんでしょ? エトペンが補食される寸前にみえるっあだだだだ!」

    智葉「誰が肉食動物だ」

    ネリー「うわあん、サキー」

     泣き真似して抱きついてくるネリーをよしよしと宥めながら、咲は思う。
     どちらかと言うとシノギに拐かされた被害者かなぁ……。

    智葉「おい宮永。顔をみれば喧嘩を売ってると分かるぞ」

    「え、えっと……その……」

    智葉「いつもの威勢はどうした。まあいい。今日の試合が終わったら打ち上げをするぞ」

    「わ、わかりました」

     咲だけしどろもどろながらも、皆が了承の意思を伝える。

    ハオ「ではいってきます」

     出番の回ってきたハオが対局室に。
     二位に対して十万点近くリードしている事もあり、適度な緊張感で臨めるようだ。

     しかし一方の咲は。

    (うう……やることはやったけど……なんかやりづらいよぅ……)

     弱気な性根が顔を出しているのを自覚する事なく、内心のびくびくを仕草に滲ませてしまっていたーー……。

    64 = 58 :



     眠れない。

     日々迫る刻限が真綿となってしめつける。
     インターハイ、レギュラーの選出。先鋒の席。
     もやもやとした不安に覆われ、埒のない疑問がかま首をもたげる。

     先鋒に固執する。でも本当にそれでいいのか。固執すればするほどわからなくなる。

    ネリー「練習おわったー!」

    「お疲れさま」

    「なんだかやたら時間気にしてたね」

    ネリー「晩ごはん! サキの晩ごはん食べれると思うと我慢できないよ!」

     今日は一緒に夕食を摂ると約束していた。
     大体、隔日くらいで提案がある。毎日は忍びないと考えているのだろうか。きっちり食費まで入れてくれて義理堅い。

    「ふふ。下ごしらえしといたから、すぐに用意するね」

    ネリー「うん!」

     元気爛漫な返事に気持ちの凝りが少しなくなる。
     独り暮らし。独りの時間がもっと増えていたら。今より鬱々とした時間を過ごす羽目になっていただろう。
     紛らわしてくれるネリーには感謝が絶えない。

     ただ。

    ネリー「じゃ帰ろう!」

    「あ、ごめん。ちょっと寄るところあるから先に帰ってもらってていい?」

    ネリー「そうなんだ。でもついてった方がよくない?」

    「行き慣れてるとこだから大丈夫だよ」

     今だけは突っぱねた。
     今、咲の頭の中はぐしゃぐしゃで、収まりがつかない。
     気分転換しよう。ネリーとの夕食の席で水を差すような真似をしたくなかった。

     ネリーを帰す。名残惜しそうにしていたが、少しの時間だ。我慢してもらおう。

     校門を通り、いつも帰るときとは違う角を曲がって繁華街の方面に抜ける。
     その間も堂々巡りの問いかけは続く。
     自分は先鋒の座を勝ち取れるのか。本当にそうしなければならないのか。
     先日の母との会話が思い出される。

    65 = 58 :


    『あなたがその気になってよかったわ。中学の三年間を麻雀に費やせたのは本当に大きい』

    『高校。ここでどれだけ実績を残せるかが、今後に直結する。そのための地力をあなたは中学で身につけたのよ。おめでとう、咲』

    『さあここから。まずは臨海女子で先鋒になりなさい』

    『そしてインターハイ本選で姉……照を倒す。それができたら』

    『私が照との仲をとりもってあげる……約束する』

     先鋒に。そしてお姉ちゃんに……。

     姉との縁を戻す事は切実な願いだ。そして約束を抜きにしても、咲には姉を下す理由がある。
     雑多な人が行き交う繁華街の往来にぽつんと立ち、もう何年も会っていない姉の顔を思い浮かべる。

     お姉ちゃん……。

     辻垣内智葉を差し置いて先鋒になれるのか。ネガティブな感情が胸を埋め、後ろ向きにしか考えられなくなる。
     自分で嫌になるほどの意気地の弱さ。
     表面的に取り繕う術は身につけても、変わらない本質が悲しい。

     寝不足の体は悲しみに沈む心とは裏腹に熱く、もわりとした熱が頭全体に広がっていた。
     体の動きが鈍い。このまま突っ立っていたら危ないか。倦怠感もひどい。
     気分はまるで入れ換わった気はしないが、仕方なく帰路につこうとする。
     しかし意識しないところから現れた誰かの体に行く手を阻まれた。

    「あのさーちょっといい?」

    「さっきからみてたんだけどさ、一人でぼーっとしてるよね。暇なの?」

    「は、はあ……?」

     男の二人組。然して歳の差もなさそうな異性に突然話しかけられ、咲は困惑した。
     都会からは離れた長野に暮らし、休日に街へ繰り出すような習慣もなかった咲には、彼らの目的もわからずとりわけ不審なものに映った。

    66 = 58 :


    「暇なら俺らと遊ばない? いいトコしってんだけど」

    「いえ……その……」

     寝不足故に上手く働かない頭を回して考える。
     全く覚えのない相手だ。その割にやけに馴れ馴れしいのはどういう事か。

    「いいじゃん。暇なんでしょ?」

    「ってかさあ、どっかで見た事あるよね君。何だっけ」

    「あの……帰りたいのでそこを通らせてくれませんか」

     体調が悪くて、と控えめに伝える。しかし彼らが退く気配は一向になかった。

    「え、体調悪いの。なら休まないと」

    「すぐそこにいいトコあるし。いこういこう」

     話が通じない。咲は困り果てた。
     見た目はそこそこ整った感じで、衣服や装飾にも気を配る普通の男性にみえるが、えもいわれぬ悪寒がした。
     なんだか不気味だ。さっさと立ち去ろう。
     道を譲ってもらえないのなら横に回ろうとすると、

    「まあまあ」

     がしりと腕を掴まれた。いよいよ狼狽してしまう。

    「ちょ、ちょっと……!」

     さすがに我慢の限界だ。柳眉を吊り上げ、掴まれた腕を振りほどこうと力を込める。

     だがびくともしない。咲は青ざめた。元々腕っぷしも強くなく、不良を訴える体調が余計に力を失わせていた。
     掴まれた腕がひっぱられる。今の体調からしてあまりに乱暴な扱い。とうとう目眩が襲った。

    67 = 58 :


    「う……やめ……っ!」

     男たちはにやにやとしている。周りをみれば咲の体調不良などわからないからか、異常に気づく人はいない。
     慌てる。見向きもしない通行人、どこかに連れ去ろうとするかのような男たち。背筋といわず総身を寒気が這い上がる。

    「誰か、助……っ」

    智葉「うちの部員に何やっているんだ」

     そんなとき、男たちの前に立ち塞がったのは咲も知る先輩だった。

    「は?」

    「なんだこいつ」

    智葉「何してんだって聞いてんだよ。おいお前ら、そいつの腕離せ」

    「し、知らねえし」

    「関係ないだろ……」

    智葉「ああ? 知り合いだって言ってんだろうが。いい加減にしとけよ」

     颯爽とあらわれた智葉はただ毅然とするだけでなく、鋭い眼光で相手を竦み上がらせていた。
     尋常ならざる迫力に男たちが怯んでいる。それは咲の目にも明らかで、しかし咲と同年代の女の子が相手と知ると血相を変えた。

    「は、はあ!? ふざけんじゃねーぞ!」

    「女相手になめられっぱなしでいられっかよ!!」

     何を血迷ったか、男たちは智葉に近づき手を上げようとする。咲は驚いた。なんて男たちだ。
     咲を離して二人がかりで智葉に向かっていく。

     危ない! 咲は思わず服の裾を掴んで男たちを止めようとした。しかし手が空を切り、いよいよ男たちが智葉の襟を掴もうとする。

     その刹那、智葉が機敏に反応した。

    智葉「ふんっ!」

     襟に伸ばされた手を逆手にとって投げ飛ばす。
     したたかに打ちつけられた男が苦悶の声を上げる。
     あっさり仲間が倒されパニックを起こしたもう一人が、同じ様に襟を掴もうとして投げ飛ばされた。

    智葉「調子に乗ってんじゃねーぞバカヤロー!!」

    「ひいっ……」

    「な、なんなんだよこいつ……」

    智葉「ああ?」

     眼光を飛ばす智葉に狼狽えて、今度こそ男たちは逃げ出す。蜘蛛の子を散らすようだった。

    智葉「ふん……腰抜けが」

    智葉「おい宮永、大丈夫だったか?」

     もう意味がわからない。驚愕の連続で混乱し、胸の鼓動は早鐘を打つ。
     お、おわったの……?
     咲はへたりとその場に座り込んでしまった。

    68 = 58 :


    智葉「お、おい……大丈夫か」

    「なんか……腰が抜けちゃって……」

     智葉に助けてもらいながら立ち上がり、咲はひどく頭痛のする頭に鞭を打つ。

    「先輩……その、ありがとうございます……」

     感謝の言葉を絞り出す。智葉の顔を窺うと、本調子ではない自分を気遣うような色があって、本当に頭が上がらなかった。

    智葉「ったく、体調が悪いのに無理してんじゃないぞ」

    「あう……ごめんなさい」

    智葉「姉……照もこんな感じなのか? 本当に心配かけさせる」

    「どうでしょう。お姉ちゃんとは何年も会ってませんから……」

     智葉がびっくりしたような顔をしていた。一瞬遅れて、咲も失言に気づく。

    「あっ」

    智葉「いや……すまん。そういうつもりじゃなかった」

     それが偽りでないのは見ていてわかった。何となくだが、そういう小細工をするような人ではない。そんな気がした。
     とはいえ、動揺は隠せない。姉が妹はいないと言う以上、伏せておきたい事実だったから。

    「あの……この事は」

    智葉「わかっている。他言はしない。約束する」

     智葉がそう言うならと咲は納得する。それよりも感謝の気持ちが上回っていた。

    智葉「だがあいつは……いや何でもない。怪我はないのか」

    「あ……はい、腕を掴まれただけなので」

    智葉「家まで送っていく。そんな状態で一人では帰さんからな」

    「うぅ……すみません……」

     智葉に連れられて帰宅した咲がネリーに衝撃を与えたりしていたが、その後は何事もなかった。
     せっかくだからぜひ夕食をと誘う咲に断りきれず智葉も食卓を囲む珍事はあったものの。
     この日の事は、智葉に対する咲の心証を大きく変える出来事になったのだった。

    69 = 58 :

    投下おわり

    71 :

    乙 今の速報でいちばん好きな咲スレ
    続きも期待してる

    72 :

    おつおつ
    ついにガイトさんと雪解けイベきたか

    73 :

    面白い

    74 :

    ガイトさんイケメンすぎ
    こりゃ咲さん惚れただろ

    75 :


    さすがに舎弟呼んで後腐れないよう指示する場面はカットですね

    76 :

    咲さんを少女漫画のヒロインにするガイトさん

    77 :

    ガイトさんマジイケメン

    78 :




     宴もたけなわ。盛り上がる皆をぼうっと眺めながら、咲はカラオケボックスで用意された唐揚げをつまむ。

    ネリー「サキどうかした?」

    「ううん。何もないよ」

     予選は優勝。次鋒のハオであっさりトビ終了し、あっけない幕切れとなった。
     予選は通過点でしかなく、もはやそれは咲の眼中になかった。咲の心中を占めるのは、個人戦、そして個人戦で当たるだろう先輩の事だけ。

    ネリー「うーんそう? あ、次ネリーの番だって。いってくるね!」

     順番だと伝えられマイクを手に駆けていくネリー。

    ダヴァン「サトハはどんな歌が好きなんデスか?」

    智葉「歌か。演歌をよく聴くな」

     気にしている人物の声が聞こえて、咲は耳をそばだてる。
     演歌が好きなんだ。
     容易に想像できる趣味に咲が微笑を零していると、

    ネリー「どれが理想ってやつなんだ♪ 彼が理想ってやつなんか? 答えてよデジタ~ルモグラ~♪」

    智葉「あれはサカルトヴェロの歌か?」

    ダヴァン「どうみてもJ-POPデスよ……」

     そんな話があって込み上げる笑いを思わずこらえた。

    ネリー「あれ元気になった?」

    「う、うん。ちょっと気が紛れたかも」

     その後、智葉が天城越えを歌ったりして盛り上がり、咲は悩み事を少し忘れる事ができた。

    明華「歌といえば私。私といえば歌。私の出番が来たようですね」

    智葉「座ってろ」

    ハオ「私が歌いますね」

     そんな一幕もあったが。予選を勝ち抜いた打ち上げは盛況の内に終わった。

    「終わったね」

    ネリー「帰ろっか」

    智葉「ああ。さっさと帰るぞ」

    ネリー「えっ、サトハ!?」

    「先輩?」

     いざ解散の段になりネリーと帰ろうとすれば、なぜか智葉がいて咲のみならずネリーも驚いた顔をした。

    智葉「この前の事もあるからな……時間も遅いし送っていく」

    「え、でも……」

    智葉「前はネリーと帰らず家とも別の方向にいくからどうしたかと思ったぞ。危なっかしい。自覚しろ」

    「は、はあ……」

     生返事をする咲。

    79 = 78 :


    ネリー「ぷんぷん。今日はネリーいるもん!」

     置いてかれ気味のネリーが気色ばむ。

    智葉「ぶっちゃけこいつは足しにならん」

    ネリー「ひどいよサトハ!」

     ひどいよひどいよ、と文句を言うネリーをあやして、咲は思った。
     この前のとき……そんなところから気づいてたんだ。それに今日も。
     人を率いるのはやっぱりこういう人なのかな。
     心配をかけてばかりの自分との違いを痛感した。

    「じゃあお断りするのもなんですし……お願いします」

    智葉「任せろ」

     鷹揚に頷く智葉。

    智葉「どこか寄るところがあるなら遠慮するなよ」

    「あ……はい大丈夫です……」

    智葉「本当に?」

    「え?」

     なんで、と不思議に思った咲は聞き返す。

    ネリー「ペロッ! これは嘘をついてる味だよガイトさん!」

    智葉「誰がガイトさんだ。……用事があるのか」

    「えっ、と……しいていえば、本屋に……でも」

    智葉「本屋だ。いくぞ」

    ネリー「しゅっぱーつ!」

     迷惑ですよね、という言葉を遮って智葉とネリーが歩き出す。咲は泡を食った。

    「ちょ、ちょっと……!」

    智葉「チームメイトに遠慮するな」

    智葉「それがレギュラーを争う仲でもな」

    「え……」

     どんどん進んでいく智葉とネリー。
     咲は言い返せず、戸惑いながらあとを追った。

    80 = 78 :


    智葉「ここでいいか」

    「はい。すぐに済みますから」

     本屋。本に興味を示さないネリーを漫画コーナーに置いて、文庫本のコーナーに向かう。
     目的の品は平積みされていてすぐに見つかった。

    智葉「やはり本が好きなのか」

    「えっ、先輩」

    智葉「ついていっても問題なさそうだったからついでにな」

     隣の棚の本を手にとりながら、智葉が言った。

    「そうですね。中学では元々文芸部に入ってましたし」

    智葉「文芸部か。確かにそんな感じだ」

     少しだけ会話に間が空く。咲は中学時代を思い出していた。
     あのとき入る決意をしなかったら、ずっと麻雀をしないで過ごしてたんだろうな……。
     それがいい事かはわからないが、姉との距離を縮めるきっかけは得られなかっただろう。

    智葉「お前の姉も……そういうのが好そうだった」

    「しってるんですか?」

    智葉「ああ。去年インターハイで打ったからな」

    「あ……そうでしたね」

     個人戦全国三位。それは決勝で姉と卓を囲んだという意味だ。
     咲はまだ見ぬ姉の姿を想像する。

    智葉「やはり姉が気になるか」

    「そう……ですね。私が怒らせちゃったんですけど、前は仲よしだと思ってましたから」

    智葉「そうか」

     また間が空く。記憶に残った最後の姉は、プラマイゼロに憤慨する姿だった。

    智葉「だから……先鋒にこだわるのか」

    「それもあります」

    「お姉ちゃんに……勝たないといけませんから」

    智葉「勝たないといけない?」

    「約束してるんです。姉に勝てたら仲をとりもってくれるって、母と」

     咲の話に智葉は眉をひそめた。

    智葉「おかしな条件だな。そんなの無条件にするもんだと思うが」

    「よくわかりません……ただ、私から何かする勇気もないんです」

    智葉「……」

     口をつぐむ智葉。
     沈黙の時間。
     店内に流れる音楽とざわざわとした客の声だけが耳に入る。

    81 = 78 :

    ネリー「サキー!」

     そこに、ネリーが前触れなく背後から姿をあらわした。

    「わっ」

    ネリー「これみてこれみて! ズギャーン!」

     ネリーの持つ開きかけの漫画。
     それは、独特な立ち姿が特徴的な少年漫画だった。

    「ネ、ネリーちゃん……」

    智葉「後ろから驚かすな。子どもかお前は」

     智葉にたしなめられ、ぷっくり頬を膨らましたネリーが子どもじゃない、とぴょんぴょん跳ねる。
     その姿はまさしく子どもだった。

    「あはは……ネリーちゃんそれ買うの?」

    ネリー「うん! メチャカッコイイよ~コレ!」

    智葉「何の真似かわからん」

     揃って会計を済まし、店を出る。

     明日はついに個人戦だった。

    82 = 78 :




    「お疲れ様でした」

     長い、とても長く感じた対局を終え、咲はそれだけ口にした。

    智葉「……宮永」

    「先輩、ありがとうございました」

    智葉「……ああ」

     個人戦決勝卓。
     並みいる強豪を下し、たどり着いた四人が凌ぎを削る戦い。
     制したのは、臨海女子所属、辻垣内智葉だった。

    実況「個人戦、決着ーーーー!」

    解説「良い試合でした」

    実況「有数の参加者数を誇る激戦区、最後の試合となりましたが、一騎討ちの様相を呈しましたね」

    解説「はい。団体戦では辻垣内がオーダーから外れ、一年の宮永が活躍した事もあって予想は荒れましたが、意地をみせてくれました」

    実況「こうなると全国ではどのようなオーダーがなされるか気になりますが、どうなるんでしょうか」

    解説「実力でいえば辻垣内でしょう。この試合で見た限り、宮永の一歩上をいっていたように思います」

    実況「とはいえ、宮永も団体戦で大暴れ、個人戦も二位と健闘しましたね」

    解説「オーダーの発表が楽しみです」

    83 = 78 :


    「…………」

    誠子「宮永先輩、どうしたんでしょう」

    「予選がおわって気が抜けてるんだろう。おい淡、菓子を出してやれ」

    「はいテルーお菓子だよー」

    「…………」

    尭深「……」

     尭深がお茶を啜る。

    誠子「食いつきませんね」

    「これは重症だな」

    「どうしちゃったのテルー!」

     言い募られども照からの反応はない。
     部長である菫はやれやれとため息をつく。

    「まあ照抜きでもいい。全国出場校の研究をするぞ」

    「面白い学校からやろうよ」

    「お前は……まあいい。強豪からすればいいしな」

    誠子「強豪というと神代のいる永水や園城寺の千里山ですかね」

    「両校とも勝ち上がっているみたいだ。じゃあその二校か」

    「その二人って大将なの?」

     されたくない質問をされて菫は嘆息した。

    「……二人とも先鋒だな」

    「えー! じゃあ私関係ないからパス!」

     ふざけるな、と菫は思ったが、他にもみておくべき学校はある。
     苦言を呈すのは後回しにした。
     菫の考えを察した誠子が助言してくれた。

    誠子「番狂わせの出場を果たした学校……なんてどうですかね」

     いい案だ。淡も興味深そうに聞いている。探してみて何校か目星をつけた。

    「奈良の古豪、晩成を下してきた十年ぶりの阿知賀、北海道は初出場……」

    「長野は風越でも龍門渕でもないのか。清澄……こっちも初出場だな」

     長野、そう口にしたとき、照が僅かに反応した。
     次いで口を開く。

    「菫……長野の選手リストみせて」

    「いきなりどうした」

    「選手リスト」

    「おい」

    「リスト」

    「……はあ」

     菫は出場選手の書かれた名簿を渡す。渡されたそれを読む照は、目を皿のようにしている。

    「……いない……違う……」

    「ありがとう」

    「何を探してたんだ」

    「……言えない」

     ごめん、と手短に謝ってくる照に菫は諦めをつけた。
     こう言うときは決まって口を割らない。それなりに長い付き合いでわかっているから、時間の浪費を避けた。

    84 = 78 :


    「長野なんかあるの!? ビデオみようよビデオ!」

     「いない」や「違う」といった呟きを聞かなかったらしい淡が関心を示す。
     勘違いだがちょうどいいか。後でこれを種に言う事を聞かせよう。
     淡の提案を聞き入れる形で、長野の映像を見る準備を整えさせる。
     準備はまもなくして整った。

    実況『大将戦、決着ーーーー!』

    実況『名門の風越、前年度優勝を果たした龍門渕、初出場の鶴賀を下し、頂点に立ったのは清澄高校だーー!』

    藤田『これはまさかだな。清澄が優勝するとは思わなかった』

    実況『二位に対し四万点のリードを抱え大将・原村にバトンを繋いだ清澄ですが、龍門渕の猛追を寸前でかわし切る結果になりました』

    藤田『もしかするとこれは清澄の作戦勝ちかもしれないな。副将戦までに龍門渕を沈ませ、大将戦を逃げ切るつもりだったように思える』

    実況『真っ向から戦っていたら厳しかったという事ですか』

    藤田『十中八九負けていただろうな。原村が衣の支配を受けない体質とはいえ、真正面からやるには火力も何も違いすぎる』

    藤田『龍門渕の最後の親を流していなければ順位は変わっていた。あれは風越の援護に近かったな』

    「へー」

     淡が相づちを打つ。
     気が抜けているのは作戦で勝利を拾ったと言われていたからだろう。

    『それでは選手にインタビューをしていきましょう』

    『咲さん勝ちました! 私、全国にいきます!!』

    実況『……えー。これは』

    藤田『宮永咲。インターミドルで活躍していた選手だな。今年高校一年生のはずだが』

    実況『な、なるほど。その宮永さんに宛てたメッセージなわけですか』

    『本当に大変でした。何度も挫けかけましたが、その度に咲さんへの想いをバネに頑張りました』

    『チームメイト? ……ええもちろん、チームメイトとの絆も大きかったです』

    『驚天動地。得がたい経験をさせてもらった』

    『本音をいえば正面から衣を打ち破る相手を期待していたが、これもまた勝負。今回は衣の負けだ。認めよう』

    『死に物狂いで点棒を守り切られた……天晴、という他ない』

    『欲をいえば、清澄や風越の大将が絶賛するミヤナガサキとやらに見えたかったな』

    『全国へは観戦にいこう。ノノカ達と共にな!』

    『以上、中継席でした!』

    85 = 78 :


    「天江コロモ負けちゃったのかー」

    「ねねスミレ、次みよ!」

    「おいおい。まだ決勝以外が……」

     そこまで言って、菫は気づく。
     照がプロジェクターの画面を食い入るように見ている事に。

    「ミヤナガサキ……」

     ミヤナガ。宮永。まさか、と菫は照の方を振り向く。

    「ミヤナガ? テルーとおんなじ名字だねー」

    「おい照」

    「…………」

    86 = 78 :

    今日は二回更新できた
    おわり
    白糸台というか照の視点もうちょっと続きます

    87 = 72 :

    おつ
    臨海の咲ちゃんに気づくのはいつなのか

    88 = 75 :


    和は中学の麻雀大会で知ったのかな
    あくまで一方的に

    89 :

    乙 のどっちとネリーの咲争奪戦に期待

    90 :

    天城越えワロタ、乙

    91 :

    こういうif物で咲以外に衣が負けているのって違和感があるけど
    この和なら逃げきったと言われても何故か納得してしまう

    92 :

    乙です

    >>88
    >>36より、ストーカーしていたもよう

    93 :

    安定のピンク

    94 :

    こののどかはたぶんデジタル捨ててる

    97 :

    とりあえず終わりか?

    98 :

    もちょっと続くって書いてあるから違うでしょ
    別スレにわざわざするということでもないと思う

    99 :

    1です
    まだ続きますが、書き溜めを間違えて消してしまったので手間どってます…
    間が空いたので次投稿するときは一応このトリップつけます

    100 :

    PCで書いててファイルを消してしまったのなら、ファイル復帰アプリでワンチャンあるかも


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