元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ★★
651 :
乙
やっぱり最大の問題は宮永母なのかな
652 = 265 :
お風呂での衣との会話ほぼ敬語抜けてたすみません脳内補完しといてください
653 :
乙です
ネリー可愛い
654 = 265 :
ネリー「サ、サトハ!」
智葉「ん?」
ネリー「犯罪はダメだよ!」
智葉「はあ?」
ネリーの懸命な告白もちんぷんかんぷん。そんな様子の智葉が不自然に集まっている皆のところへ歩み寄っていく。何人かが智葉との間でネリーの手元に視線をさ迷わせていた。智葉がネリーの手元を覗き込む。
智葉「お前らいったい何を見てーーーーあっ」
ぎょっとして間の抜けた声を出した智葉がペットボトルを落とす。
明華「智葉……これ落としませんでしたか?」
床に激突する寸前、智葉は急いでペットボトルを受け止めて、明華の質問におそるおそる振り向く。
智葉「……それ」
自分の衣服をまさぐる。慌てるあまりペットボトルを持った手とごっちゃになり、右に左に動いた容器が撹拌される始末。明確に認めずとも語るに落ちた状態だった。
だが、そんな智葉に殺到する視線は冷たくはない。衣やハギヨシといった接点の薄い者は流石に警戒の感は拭えないが、咲を始め臨海のメンバーはただただ困惑している、そんな様子だ。
ネリー「サトハっ、これどういうこと?」
ネリーが智葉の肩をつかみ、激しく前後に揺らす。
智葉「あ……いや、これはだな」
明華「智葉、正直に言ってください」
目が泳ぐ智葉の手を包むように握った明華が真摯に訴えかける。
ダヴァン「イマなら引き返せマス。犯罪はダメ、ゼッタイ」
智葉「ま、待て、違う! 誤解だ!」
手に持つペットボトルを落とさんばかりに狼狽えた智葉が顔色を悪くする。
智葉「それは手札というか……説得するのに必要な……」
ネリー「説得?」
智葉「ーーあっ、いやそうじゃなくて、その」
言い淀み、言葉尻が萎んでいく。この状況で狼狽をあらわにする智葉に周囲の目は自然とひきつけられる。数秒間の沈黙。
655 = 265 :
智葉「…………それは……部員の体調管理の一環だ」
喘ぐように智葉が弁明する。その言葉に聞いていた皆の顔に疑問の色が浮かぶ。
ネリー「体調管理?」
智葉「そ、そうだ、部員の体調管理は大事だろ?」
明華「ですけど咲さんに偏ってるような……」
智葉「案外咲は体調を崩しやすい、念のためだ」
ハオ「そんなに咲って体調崩してたっけ? 部活ほぼ皆勤ですよ」
智葉「うっ」
苦しげに呻く智葉。実際、苦しい言い訳だった。見守る咲の瞳も不安げに揺れる。
疑惑の趨勢を示すかのように数名が咲に寄って立つ。その中から一歩進み出たダヴァンが御仏のごとく慈悲深い微笑を湛え告げる。
ダヴァン「いいんデスよサトハ……この盗さーー秘蔵写真を眺めて、日頃の疲れを癒してると認めテモ」
智葉「ち、違う! ってそうだ、抽選会! 抽選会のことがあっただろ!」
抽選会。わずかながら臨海の面々の間に理解の色が広がった。
明華「そういえば体調を崩してましたね……」
智葉「う、うん、私もあの時は驚いた」
呟いて思い返すように明華は彼方を見やる。その脇で申し訳なさそうに目を伏せる咲。
だが、理解されたのは体調不良の事例だ。虚ろな言葉を繰る智葉からは心中の焦燥が透けて見えた。だからだろう。とんでもない発言が間を置かず智葉の口から飛び出す。
智葉「だが仕方ない、生理だったんだからな」
『は?』
何人かのつぶやきが重なる。その瞬間、智葉を除く誰もが意識を手離したように固まっていた。
咲「っ!?」
咲の瞳が限界まで開かれる。他の面々の表情にも、少し遅れて驚愕が浸透していく。
ハオ「ああ……あの時の。……生理だったんだ」
明華「なるほど……それならしょうがないですね」
ダヴァン「ソレであの耳打ちを……」
急速に広がっていく理解。しかし、それにつれてーー。
656 = 265 :
ネリー「……ねえサトハ」
ネリーが口を開く。複雑そうに顔をしかめている。焦りと緊張で一杯一杯の智葉はその様子に息を呑む。
智葉「な、何だ?」
ネリー「理由はわかったけどさ、それ言っちゃってよかったの?」
智葉「ーーーーあ」
ばっと咲の方を振り向く智葉。 咲の顔は、茹で蛸もかくやとばかりに紅潮していた。
咲「せ、先輩……ひどいです」
智葉「いやっ、これはだな……その」
咲の頬はまだ赤くなる。赤くなる。赤くなる。赤くなってーー駆け出した!
咲「言わないでって約束したのにぃ!」
智葉「違うんだ咲ぃ!」
智葉の呼びかけ、駆け去る咲の背中に向かって伸ばした手も虚しく、咲は弾かれるようにその場を飛び出し、襖を開けてその向こうに消えていった。結果として伸ばした方の手にあったペットボトルが、やはり虚しく揺れただけだった。
『…………』
突然の出来事に訪れる沈黙。とてつもなく気まずい。少なくとも、智葉は針の筵に座らされたかのような錯覚を覚えた。
少しして閉じられていった襖が静かに開く。
咲「あ、あの」
わずかに開いた隙間から、誰かが広間の中を遠慮がちに覗き込み声を出す。それは咲だった。
咲「信じてますから……写真をおかしなことに使ってないって」
言い終わったと同時、ぴしゃりと襖が閉じられる。走り去る足音が襖の向こう側から上がった。
再び沈黙のとばりが落ちる。
明華「……智葉、何か言うことは?」
智葉「ごめん……」
沈黙はすぐに破られた。
657 :
抜けてる文章が多くて読みにくいので投稿し直してもらえると有難いんですが
658 :
おつー
味方をもっと増やしていこう
龍門さんとこと宮永母はどっちが優位なんだろ
659 :
>>657
スレを立て直せってこと?
それはちょっと難儀じゃあ…
660 = 265 :
>>641
>>651
智葉は二リットルのペットボトルを手にしている。先ほど告げた通り切らしたジュースの補充にいってきたのだろう。
普通なら、ありがとうなり気楽に一声かけてもいい場面。しかし現実には沈黙が重苦しく広間を覆っており、皆一ヶ所に立って集まってやたらと深刻そうな表情を浮かべている。その上、視線の行方はこぞって智葉だ。
智葉は不思議そうにした。
智葉「どうしたんだ? 何かあったのか」
ダヴァン「い、いえ……何かっていウカ」
ようやくダヴァンが口を開くが口調は辿々しい。今実際多くに疑惑を持たれているのは智葉だが、その歯切れの悪さはダヴァンこそ弁明に回る下手人のようだ。
ネリー「サ、サトハ!」
智葉「ん?」
ネリー「犯罪はダメだよ!」
智葉「はあ?」
ネリーの懸命な告白もちんぷんかんぷん。そんな様子の智葉が不自然に集まっている皆のところへ歩み寄っていく。何人かが智葉との間でネリーの手元に視線をさ迷わせていた。智葉がネリーの手元を覗き込む。
智葉「お前らいったい何を見てーーーーあっ」
ぎょっとして間の抜けた声を出した智葉がペットボトルを落とす。
明華「智葉……これ落としませんでしたか?」
床に激突する寸前、智葉は急いでペットボトルを受け止めて、明華の質問におそるおそる振り向く。
智葉「……それ」
自分の衣服をまさぐる。慌てるあまりペットボトルを持った手とごっちゃになり、右に左に動いた容器が撹拌される始末。明確に認めずとも語るに落ちた状態だった。
だが、そんな智葉に殺到する視線は冷たくはない。衣やハギヨシといった接点の薄い者は流石に警戒の感は拭えないが、咲を始め臨海のメンバーはただただ困惑している、そんな様子だ。
ネリー「サトハっ、これどういうこと?」
ネリーが智葉の肩をつかみ、激しく前後に揺らす。
智葉「あ……いや、これはだな」
明華「智葉、正直に言ってください」
目が泳ぐ智葉の手を包むように握った明華が真摯に訴えかける。
ダヴァン「イマなら引き返せマス。犯罪はダメ、ゼッタイ」
智葉「ま、待て、違う! 誤解だ!」
手に持つペットボトルを落とさんばかりに狼狽えた智葉が顔色を悪くする。
智葉「それは手札というか……説得するのに必要な……」
ネリー「説得?」
智葉「ーーあっ、いやそうじゃなくて、その」
言い淀み、言葉尻が萎んでいく。この状況で狼狽をあらわにする智葉に周囲の目は自然とひきつけられる。数秒間の沈黙。
661 :
それぐらい我慢しようぜ!!
662 = 265 :
あ、しまった安価先間違えた>>651ではなく>>654でした
>>658
問題ない範囲でお答えすると家格なら龍門渕、資産なら宮永です
663 :
ハーメルンいけや
664 :
▼
広間は緊迫に包まれていた。
レギュラー陣の憩いの場として用意されたそこにはいま、臨海が誇る留学生に、智葉と咲、そして、飛び入り参加した長野屈指の打ち手である衣と、謎の多い華麗なる執事ハギヨシが輪になっている。
立つ者、座る者、膝立ちする者。畳の上に佇む彼らの体勢は様々なれど、ただ言えるのは輪の中心に屹然とそびえ立つものに押しなべて目を奪われているということ。
智葉「……ついにこのときが来てしまったか」
眼鏡をかけサラシを巻いて胸を潰した智葉がしゃがみこんでそれの開封口に手をかける。
凛然たる決意に燃えた濃紫色の瞳。そこから読みとれる覚悟は堅固を通り越して峻烈だ。
着替えたばかりの衣服が濡れてもいい! お風呂上がりでさっぱりしたものが更にその湯上がりたまご肌を投げ出してようやく得られる程の力!
智葉「それじゃ……開けるぞ!」
ーープシュッ。
捻る力を加えられたキャップは避難する暇もないほどあっさりと開いた。空気が抜ける音、次いで何かが競り上がってくる不気味な音。
智葉「お、おおー……おおう」
止めどなく溢れ出る白い泡は意味を成さない言葉をつぶやく智葉の健康的な白い肌を駆け上り、容赦なく手元から手首、一部は二の腕までも達した。
ダヴァン「イヤー、お疲れさまデスサトハ」
明華「しっかり見てました」
咲「わっ、すごい泡」
ハオ「うわ……べたついてますねここ」
智葉「ふう、それじゃあ飲むか」
衣「わーい、ジュースだー♪」
時は2050年8月9日ーー振りすぎた炭酸のペットボトルを開封する儀式は賑やかに執り行われた。
▼
広間から廊下に出ると、間髪入れず背後の襖が開いて衣が出てくる。
665 = 265 :
咲「あれ……衣さん?」
衣「いきなり抜け出してどうしたのだ、と聞くのは野暮か」
神妙な口調。意図するところはわかっている、と言いたげだ。衣の方を向いて困った顔を浮かべる咲に衣は続けた。
衣「さっきのイベントは中々に楽しかった。混ぜてくれてありがとう」
話が変わっていた。若干固い表情を崩して話す彼女の深い色合いの瞳に咲はたじろぐ。
先ほど行われたペットボトルの開封は特に深い事情はなく、度重なる振動で炭酸が危険な状態に陥ったペットボトルの処理を兼ねる遊びだった。
智葉はケジメがどうとか落とし前がとか言っていたが、他の大半は面白がって見ていただけである。
咲「衣さんだけ別っていうのもなんですから」
衣「うむ、空谷足音」
衣は嬉しそうに笑った。
衣「少しだけ、咲のいる臨海というチームがどういうところかわかった気がする」
その言葉には好意的な意味合いが感じられて、咲も思わず相好を崩す。
咲「衣さんのいる龍門渕もすごくいいところですね。皆さんお元気ですか?」
衣「ああ。息災だ」
それはよかった。彼女たちの姿は目にしていないが、そうでなければ衣は今ここにこうしていられないだろう。何かあればすぐに飛んでいくはずである。
衣「それで行き先はネリーとやらのところか?」
また話が戻った。というより最初からその話に来たのだろう。歓談の場をわざわざ抜け出して、咲一人に礼を告げるというのも変な話だ。
咲「うん。ネリーちゃんの様子見に行こうと思って」
衣「ただの疲れだろう? 風邪でもない」
咲「でもネリーちゃんは留学生だから」
留学生のネリーにとって大会中の体調は人一倍重い意味を持つ。厳しい目を向けられる立場にあるネリーへの心配は絶えない。
衣「そうか。そうだったな。心配もムリはないか」
衣「ーーひき止めて悪かった。確かめておきたかっただけだ」
気にしないでください、と言おうとしたが衣は止める間もなく踵を返し、開いていた襖の中に駆けていく。
断りを入れず部屋をあとにした咲が気になって追いかけてきたのだろう。といっても、広間では皆思い思いに過ごしているから、問題はない。
静かに閉められた襖から目を離す。ネリーの部屋を目指し、咲は各人の部屋へと繋がる廊下を歩き始めた。
666 = 265 :
▼
ネリーの寝室に足を運ぶとネリーはまだ寝ていた。
敷き布団の上ですやすやと眠るネリーを起こさないよう布団の傍に腰を下ろし、何となく寝顔を見つめる。
今日、色んなことがあった。いちごとの話、はやりとの電話と咏を交えた買い物、そしてーー二回戦。
ネリーは他の皆と同様、咲の隠していた打ち方、奇異な振る舞いを受け入れてくれた。
そればかりか……事情を話せない、話したくない咲の気持ちを察してくれた。
前半戦と後半戦のインターバルに駆けつけられた時は何を言われるかと内心恐々としていた咲だったが、別れる時には感謝と嬉しさばかりが募った。
しらず微笑みを浮かべネリーを眺めていた。それに気づき、気恥ずかしくなって時計に視線を滑らせる。
時刻は七時を半ば過ぎたところ。他校の分析などをするミーティングは九時からだからまだ少し時間がある。
こうして何もしないでいるのも特に苦ではないし、別段やることがあるわけでもない。練習は調整程度で済ませるつもりだ。
だからここで時間を潰すのは問題ない。ただ、自分がここにいるということは誰かに伝えておいた方がいいかもしれない。
立ち上がって寝室と居間を繋ぐ襖の方に歩いていく。一度ネリーの部屋から出ようと玄関に立て掛けてあった鍵をとる。木の札がついた真鍮の鍵。
ダヴァン「ああ、いまシタカ」
廊下に出ると、すぐ外にダヴァンが立っていた。
667 = 265 :
咲「メグさん?」
ダヴァン「ネリーの部屋にいったとコロモから聞いたノデ」
咲「そうでしたか……じゃあ、私の場所を訊かれたらミーティングまでここにいると伝えてください」
ダヴァン「お安いご用デス!」
快諾してくれたダヴァンにありがとうと伝え、笑いかける。
ダヴァン「ネリーのコト……頼みまシタ」
その言葉が、妙に重く肩にのしかかるような言い方だったので、咲は首をかしげた。
咲「? えっと……はい」
ダヴァン「今日の二回戦……サキは気づかなかったかもしれマセンが」
ダヴァン「サキが帰ってくるまで、控え室のネリーは何だか様子がおかしかった」
ダヴァン「できたら気にかけてあげてくだサイ」
真剣に告げられたダヴァンの忠告は寝耳に水だった。咲は驚きながらも神妙に頷く。
ダヴァン「ソレでは私はココでお暇しマス」
咲「あれ……帰っちゃうんですか?」
ネリーの顔を見に来たのだと思っていた。
ダヴァン「様子を見に来ましたが、サキがいるなら安心デス」
咲「あはは……光栄です」
そんなことを言うと、ダヴァンはくるっと踵を回らせて廊下を歩き出し、後は任せたと顔は向けないで軽く手を上げて去っていく。
ダヴァンの後ろ姿が廊下の角に消えるのを見送る。忠告が気になりながらも咲は来た道を引き返し、ネリーの部屋に戻る。
部屋は静寂に包まれていた。後ろ手に戸を閉め、玄関に入った咲は一つ息を漏らす。
咲「気を利かしてくれたのかな……」
咲を一人部屋に残し、去っていった。そういえばネリーを寝室に運ぶ時、半分起きていたネリーを咲一人に任せていった智葉と衣。あれもお膳立てでもするようだった。
まるで恋愛映画の男女を取り巻く周囲、仲立ちするかのようだ、と思うと苦笑が込み上げる。
ネリーとーー女の子と恋愛関係になる。現実離れした話だった。
勿論、他人事として理解はあるつもりだ。世界的に見れば同性愛に寛容な国が大半で、特に先進国、ヨーロッパでは受け入れられている。随分昔にキリスト教圏の大国で全国的に同姓婚が認められもした。
だが、日本が少数派だとわかってはいても、日本で生まれ、日本で育ってきた咲としては恋愛は異性とするものという意識が強い。
ーーって、そんなに深く考えることでもないか。
ちょっとした作為的な振る舞いにおかしな連想をして思考が脇道に逸れてしまった。埒もない。
ネリーはまだ寝ているだろうか。ミーティングの時間になったら否応なく起こさなければならない。そんなことを考えながら寝室へと足を運ぶ。すると、思わぬことが起こっていた。
668 = 265 :
咲「あれ、うなされてる……?」
布団にくるまれているネリーが、苦しげに顔を歪めている。咲は慌てて、しかし物音はあまり立てないように駆け寄る。
夏場にきっちり布団を被っているとはいえ、空調は適度に効いている。寝苦しいとは考えにくい。
だが、今も苦しそうなネリーが絞り出すように呻き声を漏らしている。どうするべきかと面食らいながら咲が見守っていると、やがてネリーは「……ごめんなさい…………ごめんなさい……」と、ぽつぽつと寝言を口にし始める。
咲「ネリーちゃん……?」
その場で膝立ちになってネリーの手を握る。柔らかい、咲よりも小さな手だ。
咲「もしかして……」
先ほど受けた忠告はこれと関係しているのか。ふと思った。頭の中で瞬く間に嫌な想像が膨れ上がっていく。
咲「あっ、そうだ、熱……」
遅れて思い至り、ネリーの額にすっと手を添える。幸い異常というほどの熱は感じられない。ほっとする。
ネリー「……ごめんなさい……ごめん、なさい……」
咲「……」
だが、寝言は止まらない。悪夢を見ているのだろうか。手を握ったまま見守っていた咲の耳にふと、
「…………許して……」
そんな声が聞こえてきた。懇願するような悲痛な声。
何のことかわからずに咲は戸惑う。けれど、赦しを乞うネリーの言葉に、咲の脳裏にはある言葉が浮かんでいた。
ーー人は誰でもまちがう。まちがえたら、反省して、もとの道に戻ればいい。
いつのまにか、咲はそれを口にしていた。意味のない言葉。寝ているネリーに届くはずもなく、依然として苦渋の表情は消えない。
とにかく、熱はない。うなされているだけ。
頭ではわかっている。だから、そんなに重くとらえる必要はない。
そうとわかっていても、理屈とは裏腹に胸中に広がっていく不安が止まらない。どうしたのだろう。胸騒ぎが止まらない。
669 = 265 :
咲「そうだ……」
ネリーの手を包み込んでいた両手から片方を離し、スカートの中をまさぐる。探していた携帯端末はすぐに見つかった。取り出して、時刻を確認する。
午後七時五十分。二〇五十年八月九日。
目に触れるものーーネリーの苦しげな寝顔。
耳から聞こえてきたものーー悲痛な響きを宿す寝言。
心で感じたものーーネリーの悪夢をなくしてあげたいという願い。
急いで数を採る。八卦の象意、大成卦から採った数を立卦し、判断する。
これは何の道具も必要としない、特別なもの。梅の花を見てさえ答えが出る。
咲「…………無上甚深微妙法……」
ーー無意識のうちに一言唱えていた。そんな自分に驚きながらも、咲は集中を切らさず、続ける。
答えが出る。
『犯したあやまちを告白する』
咲の頭の中には、未来のイメージが映し出されていた。
670 = 265 :
▼
ミーティングは予定通りの時刻に行われた。監督や智葉も交え、広間に集まった団体戦のレギュラー陣は他校の分析と対策の議論を行う。
智葉「Aブロックは千里山と阿知賀。この二校が上がってくることが決まっている。新道寺も含め、相手は問題なく絞り込めたな」
各人が配られた資料に目を通しながら、議論していく。鋭く切り込んだ分析に時折議論が白熱することもあったが、最終的にはどれも一応の決着を見せ、対策は固まっていった。
ネリー「うーん……」
咲「ネリーちゃん、大丈夫? まだ眠い?」
そんな中、畳に腰を下ろしたネリーと咲は話し合いから少し離れて体調の話をする。
ネリー「眠い、けど……まあ大丈夫……」
咲「ムリしないで。寄りかかったままでいいからね」
ネリー「……うん、ありがと」
まだ眠気と疲労が抜けていないといった様子のネリーは、咲の肩に身体を預けるようにして寄りかかりながら、会話する。
こうしたミーティングに参加するのは留学生の務めだ。普段の部活への参加が義務づけられるのと同様、少々の不調を押してでも出席しなければならなかった。
とはいえ、咲の心配は尽きない。先ほどうなされていた姿を目にしたこともある。
できるなら無理せず休んでいてほしいと思う。だが、ネリーが出ると決めた以上、あまり強くも言えない。
咲にできるのはネリーが少しでも楽になるよう肩を貸してあげるくらいだ。
智葉「悪いなネリー、もう少し辛抱してくれ」
他で議論を終わらせてきたらしき智葉が歩いてきて、複雑そうに顔をしかめて言った。
咲「あ、先輩……」
智葉「咲も見ていてもらってすまない。助かる」
咲「いえ……出席したっていう形が必要なんですよね?」
智葉「そういうことだ」
事実、ネリーはミーティングが始まってから特に発言していない。気づいていながらも周りもそれに触れることはない。
形式が重要なのだ。臨海の留学生は例外なくそれを求められていた。
671 = 265 :
智葉「ところで……どうだ、準決勝の相手は?」
咲「新道寺はさておき……千里山は思ったより楽に捌けるかもしれません」
智葉「阿知賀は?」
咲「……わかりません。楽に勝てるかもしれないし、苦戦するかも……」
咲は、記憶に残る阿知賀の先鋒の顔を思い浮かべる。
松実玄。抽選会の日に会った一学年上の人。
和が暴走した際、仲裁に入ってくれたりと感謝している相手だが。何よりも大きいのは咲として会っているということだ。
宮永咲を知る人にあの演技をするのは相当の覚悟がいる。やりにくいのは間違いなかった。
智葉「意外だな……千里山の方が格上だと思ったが」
咲「相性、でしょうか。打ってみないことにはわからないですけど、千里山の園城寺さんは私にとって相性がいい気がするんです」
智葉「一巡先を視る力……という噂だが」
咲にしてみれば、それは力の多寡次第で簡単に打ち崩せてしまう能力だ。能力に頼らずとも高い実力を持つなら別だが、能力のみが武器だというなら。
智葉「努々油断はしないことだ。仮にも準決勝まで勝ち抜いてきた相手なんだからな」
咲「……はい。肝に銘じます」
智葉は去っていった。これ以上の心配はいらないと判断されたのだろうか。
肩に寄りかかる重みの方に視線を移すと、ネリーは大分と眠いようでうつらうつらと舟をこぎ始めていた。
咲「このあと……ミーティングが終わったらどうする?」
ネリー「んー……寝る、かな」
咲「なら私もついてってもいい?」
ネリー「……え? いい、けど……サキの予定は大丈夫なの?」
咲「大丈夫。特にやることもないし」
暇人だと自分で告げることに苦笑を零しつつ肯定する。ネリーも断りの言葉は口にせず、受け入れるような雰囲気だ。
咲「あ、そういえば……」
ふと思い立ち、配られた資料に目を落とす。
ネリー「どうしたの?」
咲「知ってる人の学校はどうなってるかなって」
資料の中には生徒別のデータだけでなく、試合の勝敗も記載されている。今まで取り分けて調べようとはしなかったが、いちごのこともあり、知っておこうと思った。
資料に目を通していくと、鹿老渡は……やはり一回戦で敗退している。
クラスメイトや和のいる清澄、姉のいる白糸台は明日の二回戦の結果待ち。
洋榎のいる姫松も二回戦の結果待ち。
そして、もう一校ーー神社で会ったもう一人が所属する宮守女子。
672 = 265 :
咲「あ……」
ネリー「何かあった?」
清澄、姫松、宮守、永水。
明日行われるBブロックの二回戦、そのうち三校が知っている人のいる学校だった。
そのことを伝えると、ネリーは「どこを応援したらいいか迷うね……」と微妙な顔をした。
咲「うん……」
ネリー「まあ、あんまり気にしすぎてもしょうがないよ」
咲「そうだね」
その通りだった。資料を閉じ、笑顔を作って、努めて気にしていない風に装う。
ミーティングは恙無く幕を閉じ、義務から解放されたネリーは咲を伴って自室へと帰っていった。
▼
咲「起きてて大丈夫なの?」
ネリー「んー……ある程度寝たから今はすっきりしてる」
午後十時過ぎ。咲はネリーの部屋の居間でネリーと共に座っていた。
ネリーは、しばらく眠ったのち起き出してきて「サキに退屈させるのも悪いから」と居間に顔を出してきた。
咲は慌てて止めたのだが、ネリーは今は寝ないと言って聞かず、結局は咲が折れて二人くつろぐことになっている。
咲「ムリはしないでね……身体に障ることしちゃダメだよ」
ネリー「わかってるわかってる」
鷹揚に受け止めるネリーだが、咲の心配は拭えない。
ネリー「まーテレビでもみてヒマ潰そっか」
テーブルの上に乗ったリモコンを手を伸ばして掴むと、ネリーは備えつけられたテレビに向かって突き出しながら電源ボタンを押す。
最初に映ったのはニュースだ。といっても、長い尺のある番組ではない。番組と番組の合間にある数分程度のニュースコーナーだった。
日経平均株価が連日高値を記録ーー。
渋谷周辺に通り魔出没か、付近の住民に注意を呼びかけーー。
南アフリカのヨハネスブルクにて犯罪率が150%を突破ーー。
矢継ぎ早に報道が流れていく。
ネリー「犯罪率150%?」
二人してついテレビの画面に見入っていると、ネリーが不可解だという顔をした。
673 = 265 :
ネリー「どういうこと?」
咲「ああ、それはね」
海外の治安が悪い場所では、犯罪率が100%を超えることがある。
これは、例えばヨハネスブルクの駅周辺半径20キロ以内で海外旅行者が強盗、追いはぎに遭う可能性が100%、
その帰りにもう一回強盗、追いはぎに遭う可能性が50%、合わせて150%となる。
ネリー「へー、なるほどね」
咲がそう説明すると、ネリーは得心がいったと頷く。
ネリー「でもよくしってたね?」
咲「えっと……ついこの間、私も教えてもらったんだ」
ネリーがそうかと相づちを打ち、テレビの画面に視線を戻す。
ニュースコーナーはすぐに終わり、その後はバラエティー番組が始まっていた。
ネリー「そういやあのリューモンブチの……コロモは?」
咲「衣さん? 衣さんならさっき龍門渕の人たちに連絡するって言ってたけど」
それを聞いたのはミーティングが始まる前だ。時間が経っているから、今はどうしているかわからない。
ネリー「ふーん、リューモンブチか」
ネリーが意味深につぶやく。
ネリー「リューモンブチはナガノで……サキもナガノからきたんだっけ。そういう繋がり?」
咲「え?」
ぎくりとした。偶然出身地が一緒だが、実際ははやりを介しての紹介だ。
咲「……」
言葉に窮して黙り込む。
はやりとの関係は、咲にとってまだ明かす心の準備ができていないことだ。
はやりとは出会った場所が場所で事情も事情だ。つまり、賭け麻雀に関することはまだ打ち明ける勇気を持てないでいる。
それは、賭け麻雀に手を染めた事実が発覚することへの恐れというより、皆を巻き込んでしまいかねない恐れが心に影を落とす。
団体戦のチームメイトは皆、留学生だ。もし仮に出場が危ぶまれることになれば、結果を求められる彼女たちへの影響は計り知れない。
それにーーもし万が一、不祥事を表沙汰にしないよう臨海が動くとしたら。皆に隠す片棒を担がせてしまうかもしれない。
674 = 265 :
ネリー「?」
咲「あ、えっと……」
押し黙る咲に何を思ったか、ネリーは不思議そうに言い淀む咲の姿を見つめる。
何もかも白状してしまいたい気持ちもある。しかしそれは、どんな結果を招くにしても、このインターハイが、少なくとも団体戦が終わってからがいいのではないか。
それからなら……皆に軽蔑されようと、嫌われようと、打ち明けることはできる。
ネリー「……話せない?」
咲「……ごめん、今は……」
賭け麻雀の事があって以来、度々顔を出すよそよそしさに場の空気がぎこちなくなるのを感じながら、咲は身を縮こまらせる。
言葉を弄せば幾らでも言い訳はつく。だが、隠し事はあっても、嘘だけはつきたくなかった。ネリーにも臨海の皆にも。
沈黙が訪れる。お互い口を閉ざし、場違いに明るい音を垂れ流しているバラエティー番組に目を落とす。
自分は何をしにきたんだろう。ネリーを心配してきたというのに。場の空気を悪くしていては世話がない。
咲「今日は……そろそろ自分の部屋に帰るね」
ネリー「……わかった! また明日!」
自省し、心の底に深く沈澱するような後悔に苛まれながら、咲は場を取り巻く空気の悪さに先ほどミーティングで触れたある人物の顔を思い浮かべる。
ーー愛宕さんと話すときも、いつもこんな感じだったな。
675 = 265 :
ここまで
前の更新で触れた咲以外が抱える、咲に関する問題というのですが、ネリーが同性の咲に恋心を抱いてるとかって話にはなりません
苦手な人も好きな人もいるかと思うので前もって明言させてください
677 :
帰ってきたばかりでWi-Fi入れ忘れてた
末尾いつもと違いましたが本人です
678 = 265 :
明言したこと間違いだったかな…?
読んでる人に恋愛求める人多いなら書きたいもの書く
そっちで書きます、意見ください
679 = 265 :
寝転がった甥にスマホ持った手蹴っ飛ばされて途中送信になった…
恋愛求める人のが多いなら書きたいテーマ書く中で恋愛も入れられます、意見ください
680 = 676 :
乙
ネリーが咲をどう思ってるのかは気になるな
681 :
ネリ咲もそれ以外も気になる…できれば見たい
682 :
咲とネリーには結ばれて欲しいな
683 :
まあ正直ここまできてただの友情でしたってのも寂しい
684 :
乙
わからなかったところがちょいちょいわかるようになってきた期待
685 :
エロは個人的にはあまり好きではないがソフトな百合は好物です
686 :
>>680-683 >>685
意見ありがとうございます、今からなら十分プロットを手直しできるのでよかった
エロは合わないと思うのでなしでいきます
こういった意見や要望はいつでも歓迎しているので気軽に言ってもらって大丈夫です
やむなく反映できないものもありますが、言ってもらうと参考になります
688 :
▼
物事がうまくいかないとき、まず自分の行いを省みる。自助努力はすべからく前提とし、冷静に分析する。弥勒菩薩の下に救済が約束されているとしても、自分だって頑張らないといけない。
頼みとするところがなくなることは悲しいし、どうしようもなく不安になることだってある。けれど我慢しないといけない。人は誰しも自立して生きることを求められるところがある。
助けを求めてはいけない。救いを望んではいけない。友達でも、本当に大切なことは秘めておかないといけない。
何よりも。
自分の願いを誰かに託してはいけない。
一番ヶ瀬半兵衛の後家が救いの糸を垂らした神父にも病床の息子を託さず、ギルバート・ブライスが恋人に相応しくあろうと自らを厳しく律し続けたように。
できれば廃人同様のモルヒネ患者のように家の裕福さに価値観を毒されずに。
それが咲の理想なのだ。
▼
目覚めは良好だった。朝日が顔を出し、日中の蒸し暑さに比べたら幾分涼やかな寝室を後にして、冷房のきいた廊下に出る。
人気の少ない早朝の廊下はどこか静謐だ。東京でも指折りの高級宿ということもあってか、年季の入った板張りの廊下には風情があり、漆喰の壁も然り。
道中すれ違った老年の客に会釈を返す、若いのに早起きして感心だと誉められた。
咲もいつも早起きというわけじゃない。おそらく大会中の緊張や無意識下の興奮が絡んで偶然早くに目が覚めただけで、普段はむしろぐっすりと寝てしまうほうなのだ。
とはいえそんな説明をしても謙遜に受けとられかねないので、首から胸元に提げられたペンダントを見つけ、綺麗ですねと素直な感想を伝える。
するとその人は目を輝かせ、これは東京に就職して親元を離れた孫がくれたもので、今日はその孫に誘われて観光がてら食事にいくのだ、と嬉々として話しだす。
頬を緩ませ、その話をする老人の喜びようといったら遠足を楽しみにする子どものようで。少なからず共感した咲は微笑ましさに笑みを湛え、祝福する。
家族というものはいくつになっても、いや歳を重ねれば重ねるほど大事に、かけがえのないものへとなっていくのではないだろうか。
自分にとっての姉。自分にとっての母。自分にとっての父。
家族との好事を喜ぶ老人の姿が自分の家族や自分に重なり、より身近に感じられたのだ。
何より。
今目の前にいる人が嬉しそうに笑っている。それは正しいも悪いもなく常に善いこと。未来が祝福されたものであってほしいと願う気持ちは止められなかった。
とりもなおさず見知らぬ老人と談笑を交わす。そんなとき。
689 = 265 :
智葉「咲か?」
背後から声をかけられ、咲は驚いて振り返る。
その先にあったのは咲もよく知る先輩の姿。紫がかった優美な黒髪を下ろし、浴衣を羽織った出で立ちだ。
咲「先輩……」
智葉「何だ、会っていきなりトーンダウンか。ちょっと傷つくぞ」
咲「あっ、いえ! 違うんですよ、今のはがっかりとかそういうんじゃなくて!」
みる間に慌てふためく咲の姿に智葉はくすりと笑った。
智葉「冗談だ。わかってるよ」
その顔があまりにも不機嫌や不快から縁遠かったので、咲は脱力する。
咲「な、ならどうして罪悪感刺激するようなこと言うんですか……」
智葉「わかっててからかってるんだ」
咲「なお悪いですよ!」
衝撃の理由に愕然とし、吠えたてる。
智葉「なんだろうな……私たちの場合、ファーストインプレッションがアレだろ?」
咲「は、はあ……お世辞にも、いいとは言えませんけど」
入部当初の振る舞いは今となっては消し去りたい過去の思い出だ。
智葉「だから本能レベルでぎゃふんと言わせたい衝動が……」
咲「え、そうだったんですか……?」
そんな事情があったのか。ごめん被りたいものではあるけれど、元をたどれば自分の不始末。甘んじて受け入れるべきだろうか。
智葉「ああ、だから不意打ちで胸を揉んだりしても」
智葉「なめ回すように風呂場で視線を這わせたとしても」
智葉「ついでにうっかり先っちょだけ入ったりしても」
智葉「我慢してくれ」
咲「できませんよ!?」
とんだ暴論だった。
智葉「悪い悪い、これも冗談だから」
咲「大体なんの先っちょなんですか……いや冗談ならいいんですけど」
釈然としない気分で無駄に泰然と構える智葉を眺めていると、くすくすと笑い声が漏れ聞こえてきた。くだんの老人だ。
咲「あ……」
智葉「失礼しました、どうもこちらの彼女とは同じ学校のものです」
大した動揺もなくそつなく名乗った智葉はさすがだと思う。仲がいいね、と笑って言われ、咲は恥ずかしいやらなんやらで恐縮する。微笑ましいものを見つめるような視線だったからことさらにだ。
それから老人も交え二言三言交わして、頃合いを見計らった智葉が「では我々は朝食のあと練習がありますので」と切り上げ、その場をあとにする。
広間での朝食の時間が迫っていた。
690 = 265 :
▼
衣「わーい、朝食だー」
広間に用意された席につくと、当然のように衣がいた。
咲「衣さん、おはようございます」
衣「おー、おはよーっ、咲!」
咲「な、なんかテンション高いですね?」
衣はいつにもまして上機嫌だった。何か喜ばしいことでもあったようだ。発言に合わせて動く身ぶり手振りがそれを表している。
衣「うむ、聞いてくれるか!」
どうやら気づいてほしかったようで、まさに満面といった笑みを浮かべる衣。
衣「大富豪で見事リベンジを果たしたのだ!」
咲「あ、きのうの?」
衣「そうだ、昨晩は広間で皆退屈していたからな!」
咲がネリーの部屋にお邪魔していたタイミングだろうか。おそらくめでたいことだ。衣は清々しくて仕方ないとばかりに頬を緩ましている。
咲「わあ、おめでとう!」
衣「ふっふっふっ、きのうは満月だったからな。倍にして……いや、十倍返ししてやった!」
倍と十倍では相当な開きがあるが、たぶんドラマの引用だった。
満月の無駄遣い。咲の頭にふとそんな言葉が浮かんだが、水を差すのはやめておいた。
咲「私もリベンジ、できるかなあ……」
衣「何を弱気になることがある。咲なら余裕だ、けちょんけちょんだっ」
雑談している間に配膳されてきた食事をつまみながら、会話を続ける。
衣「そういえばネリーとやらの姿が見えないな」
咲「うーん、まだ寝てるのかな?」
さすがに起こしにいくのは憚られて、状況に任せたままである。
ハオ「ネリーならさっき見かけたよ」
斜向かいに座ったハオから教えられる。
691 = 265 :
咲「そうなんですか?」
ハオ「ここにくる途中でね。ちょっと外の空気吸ってくるっていうからそのまま別れたけど」
衣「起きてはいるのか」
なら、心配はいらないのだろうか。ダヴァンの忠告があって神経を尖らせている咲としてはやや不安が残る。
ネリー「おはよー」
そんなことを思っているそばからネリーが広間にあらわれ、のんきに挨拶を飛ばす。
ダヴァン「おっ、きましタカ。おはようございマス」
智葉「おはよう。今日は日中練習があるから入れとけよ」
明華「おはようございます」
噂をすればなんとやらで出現したネリーにぽかんとしたが、少し遅れて咲たちも挨拶を返す。
ネリー「ふあーい」
いつもの民族衣装めいた格好とは異なる浴衣の袖で寝ぼけまなこを擦りながら、ネリーが気の抜けた返事をする。
足どりもふらふらとし、見ている咲はやきもきしながら見守ったが、やがて咲の隣の空き席へと腰を下ろして食事を始めた。
ネリー「うーん」
ネリー「もぐもぐ……」
ネリー「うげー……魚だ」
何となくそのまま眺めていると、ネリーは香草焼きに目を止めてげんなりした顔をする。
紅白の混じった不思議な形状の帽子は健在で、そうしていると愛玩される動物めいた愛嬌があった。
咲「骨、とろっか?」
だから、ついつい世話を焼きたくなって咲は声をかけていた。
しかし。
ネリー「えっサ、サキええああうえあっ」
ネリーが思いもよらず奇妙な反応をして「え?」と声を漏らす。
ネリー「い、いたの?」
咲「最初からいたけど……」
ネリー「い、いたなら言ってよっ」
めちゃくちゃな文句だった。言っても何も、包み隠さずここにいるのだ。何を言えというのだろう。
(っていうか……私の隣座ったの、私がいたからじゃなかったのかな)
ともかく、ネリーの行動が謎だ。特に気になるのはネリーが席を選んだ基準……自分の隣だから、という理由ではなかったとすると。なぜだかむっとなり、もやっとした。
咲「もう……とりあえず骨とるからね」
強引に流れをやっつけて処理を始める。
ネリー「う……ごめんサキ、寝ぼけてた」
咲「別に謝らなくてもいいけど……」
考えてみれば、そんなひどいことをされたわけじゃない。存在に気づいてもらえなかったのは地味に傷つくが、無視されたわけでもない。
智葉「よし、皆食ったら打つぞ」
衣「衣も入っていいのか?」
智葉「ああ。こちらこそ頼む」
一方、他所では練習に関する話が決まっていた。
692 = 265 :
ここまで
今回、日が空いた割に更新量が少なかったのは今回更新の冒頭に入れるはずだった家族の回想が明日に回した方がよくね?と思ったからで、その回想書いた上で抜いたので文量少なくなりました
ちなみに咲……さん?ちゃん?が家族への思いを描写した部分、父の界さんが最後ですがそこに他意はありません
咲は家族のことは分け隔てなくほぼ平等に好意を持っている、つまり愛してますのでお父さんを蔑ろにする咲などいない
長くなりましたが余談はこのへんで
引用に気づいていただけたら望外の喜びです、後々掘り下げますので
693 :
乙
咲は家族を大切に思う気持ちは人一倍強そう
694 :
おつ
ネリーかわいい
695 = 265 :
というか本当更新量少ないな…すみません
696 :
乙です
咲さんの一番の願いは照との和解なんだろうな…
697 :
ガイトさんに笑ってしまった
咲さんともすっかり打ち解けてるみたいで良かった
698 :
宮永母がやっかいそうだな
699 :
続いて襖が開き、監督が顔を覗かせる。
アレクサンドラ「皆、いる?」
入ってきて居合わせる顔ぶれを見渡していく。欠員がないことを確認し、ハギヨシを供につけた衣がいることも認めると、
アレクサンドラ「貴女が天江さんか。挨拶が遅れたけどいらっしゃい、臨海へようこそ」
薄く笑いかけて歓迎する。
衣「こちらこそ挨拶が遅れた。よろしく頼む」
恭しく返した衣は自分がここにいて問題はないかと尋ね、智葉たちを介して出した許可で問題ないと認められる。
アレクサンドラ「練習にも参加していってもらえるのかな? 前もって許可は出しておいたんだけど」
智葉「ちょうどその話をしていました」
衣「是非お願いしたいと思っていた!」
その話を聞くと監督は上機嫌に相づちを打つ。
アレクサンドラ「そう。それは有り難い。うちは選手の特性上、対外試合を組みづらくて困っていてね」
衣「他校との試合はしていなかったのか?」
アレクサンドラ「国内では、そうなるか……海外のチームとの交流で賄っていたけど」
そういえば、日本に限れば他校との合同練習などはなかったな、と咲は思った。
ネリー「んーむむっ……他校との試合とかなくてよかったよね。正直、めんどくさいし」
箸の扱いに苦戦しながら食事しているネリーが言う。
ハオ「こっちから出向かなくていいから?」
ネリー「うん!」
ダヴァン「私としテハ……出向いてみたくもありマスが」
明華「ご当地のカップ麺が買えるからですか?」
ダヴァン「ハイ!」
智葉「……やれやれ」
二人共にらしい発言に咲は苦笑いした。
700 = 265 :
▼
朝食後、食休み程度の時間を挟み練習が始まる。
参加するメンバーは衣を含むレギュラーと、それに準じた実力を持つ日本人部員。合わせて十名ほど。データ収集も兼ねて他は観戦に出向く予定だ。
準決勝を明日に控え、引き締まった空気の中で卓が整えられていく。準備は部員総出で行い、瞬く間に終わる。
明華「そういえば咲さんはどちらで打つんですか?」
整った卓の前。そこで並ぶ格好になった明華にふと尋ねられて、ぼうっとしていた咲は数瞬反応に窮した。
咲「……え?」
明華「打ち方です。いつもの……嶺上開花を主体にしたものか、二回戦で見せた打ち方にするのか気になって」
固い雰囲気ではなく世間話でもするように気楽な問い。しかし咲にとってそれは、答えたくないほどではないものの重い意味を持つ。
咲「えーと……いつものじゃないほうでやるつもりです」
幾らかの逡巡を内に抱えながらも間を置かず答える。すると、
明華「そうなんですか」
浴衣から着替え、いつもの服装をした明華の顔にふわりと柔らかな笑みが浮かぶ。
明華「少し楽しみです。咲さんのあの打ち方は色々と興味深いですから」
咲「……」
するすると話が運ぶ。身構える暇もない。咲としても意外な印象に打ちのめされてしまい、呆けてしまう。
明華「? どうかしました?」
咲「い、いえ……」
歯切れ悪く取り繕う。不思議な気分だった。
ぽややんとした空気を発する明華を前にすると警戒心が働かないのだ。どちらかというと壁を作るタイプの咲が、あっさりと言いづらい話にも答えてしまうほどに。
奇妙なことだ。内にずかずかと踏み入られたとしても不快に思わせない。何かと調子を狂わされる。
ーー同時に、長らく覚えていなかった懐かしい感覚でもある。
掴みどころのない立ち振舞い。不思議な人柄。
明華のそんなところは少しだけ、思い出の中の、大切な人の面影に重なるのだ。
ネリー「サーキー、これ反対側持って~……」
両手で機材を抱えたネリーが横切り、救援を飛ばしてくる。
咲「わ、……っとと」
ぐらついた先端を慌てて支え、反対側を持つ。
ネリー「助かったー、ありがとサキ」
咲「これプロジェクター? 一人で無茶だよ……って、キャスターなかったの?」
ネリー「なんか壊れてたみたい、ついてないよー」
ここまで一人で運んできたのだろう。その事実に咲は驚く。
お金も絡まないこんな運搬作業に精を出すなんて。
智葉か誰かが報酬に金銭でも提示したのか。いや、前日から疲労がたまっているというネリーに、勧んでこんなことはさせないだろう。
よくわからない疑問にぶつかる。明華の印象に思案する間もない。結局、軽く考えているうちに対局の準備は完了し、ネリーに大事ないならいいかと片づけて卓につく。
衣「久々の咲との対局、心が躍るぞ!」
ハオ「いきなり気が抜けないですね……よろしくお願いします」
明華「歌ってもいいですか?」
同卓者は衣、ハオ、明華。
咲「……よろしくお願いします」
咲は幾らかの緊張をもって強敵がひしめく卓に臨んだ。
みんなの評価 : ★★
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