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    元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」

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    みんなの評価 : ★★
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    1 :

    「中学……麻雀部に入ろうかな」の続編です


    今決めてる原作との大まかな変更点

    ・咲さん臨海女子に
    ・インターハイのトーナメント表で臨海女子と白糸台の位置入れ替え


    今回は完結まで一気に投下は難しいのでちまちま投下していきます、ご了承ください

    SSWiki :http://ss.vip2ch.com/jmp/1426499875

    2 = 1 :




     朝。夜明けと共に寝床を抜け出し、咲は雀卓に向かい合って正座する。
     瞑目した目蓋の裏に焼きついた勝利のイメージ。
     様々な思いが去来する咲の脳裏をよぎるのは、想像できる最大の強敵の姿。宮永照。
     咲は確かな手応えを感じていた。牌譜を取り寄せ、生の映像をその目に焼きつけた姉のイメージに狂いはない。
     たとえ力を隠し持っていたとしても、咲には対処できる自信があった。

    「うわあーっ! しまったーーっ!」

     しかし、完璧に思われたイメージは、薄い壁越しに漏れ聞こえてくる大声で瞬く間に霧散した。

    「……はあ」

     脱力する。越して間もない新居、それも軽い欠陥住宅の疑いがある場所で、やるべきではなかったか。
     でもピンポイントに邪魔されるとは思わなかった。
     やるせなさを盛大なしかめっ面に変えて、咲はスリッパを履いて隣部屋に駆け足で向かった。

    「朝からなんて声出してるんですか。近所迷惑です!」

     一喝する咲の声に「うわーうわー」と延々叫んでいた声がぴたりと止む。
     一拍おいて、部屋の主が扉からぴょこんと顔をだした。

    「ご、ごめんなさい。あんまりにもあんまりだったものだから」

    「あ……」

     思わず息を呑んだのは、その住人が明らかに異邦の空気を纏っていたから。
     小柄な体躯。青みがかった瞳。民族衣装を彷彿とさせる独特な衣服。
     控えめにこちらを窺う姿に毒気を抜かれてしまう。

    3 :

    待ってたよ

    4 = 1 :


    「というか隣に人住んでたんだね。いや最近引っ越してきたの? まあいいや」

    「ネリー・ヴィルサラーゼ。グルジアの留学生だよ」

     グルジア。聞き慣れない名前に首を傾げそうになるのを堪えて、名乗り返す。

    「宮永咲です。えーと、よろしくお願いします」

    ネリー「よろしくー」

     砕けた物言いに緊張を弱めて咲はうっすらと笑みを浮かべる。

    ネリー「あ、さっき騒いでたのはね、お金の勘定を間違えてたから」

    ネリー「知り合いが途方に暮れてたから即席ラーメンを売ってあげたんだけど」

    ネリー「値上げする前の価格しか受け取ってなかったんだよね」

    「はあ」

    ネリー「まあそれはきっちり差額を徴収するからいいんだよ」

    ネリー「それより!」

    ネリー「サキの名前どこかで聞いた気がするなー。いつだっけ?」

    「サキ……」

    ネリー「あ、名前で呼んじゃダメだった?」

    「い、いえ。外国の人なら名前で呼ぶのが自然ですし。たぶん」

    「さ、咲でよろしくお願いします」

     何故だかわからないうちにお辞儀していた咲は奇妙な感覚に包まれていた。
     なんで私、こんなあたふたしてるんだろう。

    ネリー「お、おおー……おおう」

    ネリー「今のってヨメイリってやつだよね。はじめてみたよ」

    「なんでですか! って、調子が狂うなぁもう」

    「とにかく、これからよろしくお願いしますね。お隣同士仲良くやりましょう」

    ネリー「うん! 仲良くやろう!」

     差し出されたネリーの手に一呼吸遅れて反応する。
     本当に、ぐいぐい来る子だなぁ……。
     握りしめた手のひらに返ってくる柔らかな感触に、咲の胸はひとつ脈を打った。

    5 = 1 :







    「よし、っと。準備できた」

     ネリーとの会話から暫くして。登校の準備を終えると、咲は忘れものがないか入念に確認した。
     そして。

    「強い私。何にも屈せず負ける事のない私」

     鏡台と向かい合って、決まりきった文言を唱える。
     イメージする。
     強く、何者にも負けない自分の姿を。
     毎日こうするだけで、驚くほど効果を実感する自分がいた。

    「いってきます」

     誰にともなくつぶやいて部屋を後にする。
     神棚の上には、幼い姉妹と両親が映る写真が額縁に入れて飾られていた。

    6 = 1 :




     臨海女子の学舎へと電車で向かう傍ら、咲は車内に立って雑誌を広げる。
     ウィークリー麻雀トゥデイ。数多くの打ち手について情報を教えてくれるが、咲の興味はただ一点、インターハイチャンピオンに関する記事だ。

    「やっぱり麻雀をやってた……お姉ちゃん……」

     懐かしげに目を細めたそのとき、不意に車体が揺れ、がくんとした衝撃が咲を襲う。

    「う、わわっ……」

     危うく転びかけ、体勢を大きく崩しながらも何とか立て直す。
     しかし思いの外しぶとい慣性の力にいつの間にか目の前にいた人物に抱きつくような形でその胴に腕を回してしまう。

     肩甲骨に届く長さの髪が、度重なる荒々しい挙動にぱさりと揺れる。

    「あ、ああうあえあっ」

    「ング? オオーウ」

    「ニホンの電車にハ可愛い女の子ガ抱きついテくれるサービスまであるんデスね。ワンダホー」

     少女に抱きつかれるのを喜ぶ発言にまさか男性かと顔を青くする咲だったが、声の質と抱きついた腕に伝わる感触が女性的な柔らかさを帯びていた事で安堵した。
     胴に回していた腕を離し、自分より頭一つ分は高い位置にある相手の顔を見やる。
     朝にひと悶着あったネリー同様、彼女もまた日本人離れした外見をしていた。

     ま、また外人さん。
     重なる異国の人間との遭遇に東京が世界で有数の国際都市である事を意識させられる。
     せめてもの救いは、今のところ日本語を話せる人種に限られていた事か。
     お世辞にも英語が堪能といえない咲にとって、ぎょう幸だった。
     そして今目の前にいる彼女は、海外のトップモデルさながらのスレンダーな美人。
     咲が憧れる女性の姿のひとつだ。

    「ハフッ、ハフッハフッ」

     電車の車内でカップ麺片手に奮闘していなければ。

    「あ、あの私が言うのもなんですが……危なくないんですか?」

     ネリーほどのとっつきやすさはないが、それでも圧迫されるような印象でない事も手伝い、咲は比較的物怖じせずに話しかけられた。

    「イエス。モーマンタイ。アメリカの人間嘘つきまセン」

     国籍が不安になる発言だったが、どうしてか周りには彼女と自分しかいないし、そう目も当てられない事態にはならない気がした。
     もっといえば、麻雀にも発揮される第六感が咎めたところで無駄と半ば悟ってしまっている。

    7 = 1 :


    「ココはイイ場所でス。ニホンの列車は朝になるとオニのように混みまスが、ココなら安心してムゲンを堪能できまス」

    「はあ」

    「ところでお嬢サン、貴女もお一ついかがでスか?」

    「いいんですか?」

    「ロンオブモチ。ラーメンのムゲンの前に、ヒトは等しく平等でス」

     鞄からカップ麺をとりだし、事もなげに勧めてくる彼女に面食らうも、咲にはどうしてかそれが自然な流れに感じた。
     この人の不思議な雰囲気のせいかなぁ……。
     これも一種の人徳かと感心していた咲だったが、生憎朝は食べない性癖だ。固辞する。

    「お気持ちは嬉しいんですが、朝は食べないのが習慣になっていて食欲が湧かないんです」

    「オオーウ。このメガン・ダヴァン、ラーメンの布教に失敗するとは一生の不覚……」

     身ぶりを交え大仰に嘆く彼女の姿にふふっ、と笑いが漏れる。面白い人だと思った。

    「ところで臨海女子の制服を着ているってことは、同じ学校の方なんですね」

    「そういうお嬢サンは麻雀の雑誌など手に持っテ、私と同じく麻雀に携わル者ではないでスカ?」

    「はい。新入生なんですけど、麻雀部でお世話になろうと思ってます」

    「グレイト!」

     長身の彼女が上げた喝采に咲はあっけにとられる。
     言葉を声にして返す間もなく、反応する間もなく、咲のものより少し大きな手が咲のそれを包み込んだ。

    「私はメガン・ダヴァン。臨海女子の留学生で三年でス」

    「み、宮永咲です……どうもご丁寧に」

    ダヴァン「ミヤナガ、サキ……知っていまス……ニホンのジュニア大会で勇名を馳せタ」

    「中学生大会ですけどね。でも知っていてもらえて光栄です」

    ダヴァン「そうとワカれば早速いきまショウ、我が麻雀部に!」

    「まず授業がありますよ」

    8 = 1 :





     滞りなく電車が臨海女子の学舎付近までダヴァンと咲を運んでくれ、学年の違うダヴァンとは校舎で分かれる。

    「ふう、朝から大変だよ」

     真新しく見える教室に到着し一息つく。迷子癖が発揮されず助かった。仮にしていたら初日から遅刻だ。
     それにしても、早朝のひと悶着に始まり、朝から濃密な時間を過ごしている気がしてならない。

    担任「みんなー席につけ。出席をとるぞ」

     一日は、まだまだ始まったばかりだ。




     昼過ぎ。
     初登校とあって早めに切り上がった就業はいまや放課後。
     校舎の至るところから生徒を吐き出して活気に包まれている。
     人ごみが元来苦手な咲だが、今日は日が日だけに足早に麻雀部へと向かっていた。

     道中、マントマ○オよろしく、日傘を差した女の子がぷかぷかと空に浮かんで麻雀部に向かうのを目撃したが、咲は無視した。
     疲れで幻覚をみているのだと言い聞かせる。

     そんなものはどうでもよかった。

     咲は一度目を閉じ、深く息を吸う。
     朝から続くごたごたで生じた雑念がすうっと消えていく。
     東京での新生活、学校生活、エトセトラ。
     全ては枝葉末節。咲にとって重要なものは、そんな座興の中にない。
     麻雀。それだけが目的であり、望みであり、かけがえのないもの。
     それ以外のものなんて幾らでも代えが効く。
     麻雀以外いらない。
     それが、偽りのない咲の本心だった。

     小動物然とした普段の雰囲気が消え去る。
     鳴動。
     瞳の中に灯る冷やかな火が、臨海女子麻雀部の部室棟を稲光のごとく打ち据えた。


    9 = 1 :




     麻雀部の扉をくぐり抜ける。
     その瞬間、既に世界は変わっていた。

     大勢の部員、その中で異色を放つ四人の留学生らしき生徒の姿。
     麻雀部監督アレクサンドラ。
     そして。

    智葉「待ちかねたぞ宮永咲」

     昨年インターハイ個人戦三位。臨海女子三年、辻垣内智葉。

    「約束をした覚えはありませんけど」

    智葉「当然だ。お前のような奴がうちに来ているなど、ついさっきまで知りもしなかったからな」

    「なら、その高圧的なしゃべり方やめてくれませんか。不愉快です」

     智葉と咲の間に火花が散る。
     一触即発で爆発しかねない雰囲気に、しかし水を差したのは、のんきな声だった。

    ネリー「あっ、サキー!」

     それに面食らったのは智葉だ。
     まるで出鼻を挫かれたかと言わんばかりに舌を打つと、般若の形相でネリーをねめつけた。

    智葉「ネリー……今私は大事な話をしてたんだ。お前はそれを邪魔した。分かるな?」

     声もなくこくこくと首を頷かせるネリー。

    「別にいいじゃないですか。私、ちょうど今朝彼女と知り合ったばかりなんです」

    ダヴァン「オオーウ! 知り合ったといえば、誰かを忘れていマセんか?」

    智葉「ダヴァン。二度目はない」

    ダヴァン「はい」

    智葉「さて、用件を聞こうか」

     一瞬で置物となったダヴァンを一瞥し、智葉は咲に向き直る。

    「あれ? クラスから届いていませんか。入部届けを提出したはずなんですけど」

    智葉「生憎、意思は直に聞くタチだ」

    「でしたら」

     咲はにっこりと笑った。
     怖気すら与える温度のない笑みだった。

    「臨海女子一年、宮永咲。入部を希望すると同時に、団体戦先鋒のレギュレーションを希望します」


    10 = 1 :

    投下おわり
    また書きためたら来ます

    11 :

    乙 強気な咲さん良いね

    12 :

    おもしろい

    13 :

    続き楽しみにしてる

    14 :

    これはいいss

    期待

    18 :

    ダウァンのキャラ良いね
    続きすごく楽しみ

    19 :

    乙乙

    20 :

    面白い

    21 :

    お昼ごろ投下しにきます

    にしても、結構書いたと思ってもレスにすると少なくてびっくりする

    22 :

    てことは長野代表は龍門渕か

    23 = 21 :





     智葉の咲に対する敵意が、咲の冷然とした佇まいがボルテージを上げていく中、落ち着き払った声音が場を制した。

    アレクサンドラ「はい。そこまで。もうちょっとみてたかったんだけど、やりすぎね」

     智葉と咲、アレクサンドラ、それに留学生の四人を除く部員の大半が青ざめた表情で震えているのを一瞥して示す。

    アレクサンドラ「結論から言わせてもらうと、宮永さんの入部の件は勿論受理、別件に関しては保留といったとこかしら」

    智葉「私と宮永が今すぐ打ち、はっきりさせるというのは?」

    アレクサンドラ「はあ。それを狙ってやたら険悪にしてたのか。でも却下」

    アレクサンドラ「まずデメリットが大きい。どちらが勝ったとしても、片方を失うリスクは侵したくない。これは部全体の戦力をかんがみての話」

     説明を聞いた智葉は不快そうに鼻を鳴らす。

    智葉「私が負けると?」

    アレクサンドラ「下手な芝居はやめなさい。実のところ、歯牙にもかけてないんでしょ」

    智葉「…………」

     あれほど充満していた敵意が唐突に霧散する。
     幾らか穏やかになった口調で智葉は話す。

    智葉「性分です。私を前にどこまで突っ張れるか見極めておきたかった」

    アレクサンドラ「困った子だわ」

     言葉と裏腹に優しげな視線を送るアレクサンドラ。
     しかし、続いて話に加わった部員に内心頭を抱えた。

    「私は本気でした」

    アレクサンドラ「それが困りものなのよね」

    「先鋒以外は考えられません」

    アレクサンドラ「そうは言ってもねえ……」

    24 = 21 :


    智葉「メグ。さっきはすまなかったな」

    ダヴァン「サトハ……!」

    ネリー「ねえねえ、わたしは?」

    智葉「お前は反省するくらいでちょうどいいだろ」

    ネリー「そんなー!」

    智葉「まあ、悪かった」

    ネリー「わたし思うんだ。誠意を示すにはお金が一番だっあだだだだ!」

    ダヴァン「オーウ、ネリーナンマイダブ」

     戯れる三人を無言で見つめる咲の心中は穏やかではなかった。
     この和みかけたムードをひっくり返さないと。
     智葉と力比べする展開になれば早いものの、やはり年の功か、純粋に人柄なのか、単純な挑発ではその気にならないようだ。

     中学レベルの実績しかなく、ひ弱な外見で舐められやすいと思っていた咲だが、悪い意味で相手にされていないと感じた。

     嘆息する。行き場のない熱を威圧として周囲に撒き散らす。

    智葉「お前そのオーラみたいなの飛ばすのやめろ。入ってくる前にもやっただろ」

     卒倒したり失禁しかける部員が出て大変だった、とぼやくように智葉が咎める。

    ダヴァン「この気圧される感覚……まさしく魔物のモノ……心臓に悪いでス」

    ハオ「中国麻将でなら私もあんな感じのできますよ」

    明華「面白い方が加わりましたね。彼女と打つのが楽しみです」

     咲はしらず口端を緩めていた。
     臨海女子。高校女子麻雀界では異色の傭兵軍団。
     在籍する四人の留学生はいずれも世界ランカーと聞く。
     中学では大した敵もおらず、勝ちの決まった対局に胸が高鳴る事も殆どなかったが、今咲の胸は歓喜に包まれている。

    25 = 21 :


    「わかりました……先鋒の話は結論を急ぎません」

     実際、幾ら前評判があろうと力もみせず先鋒の座を確約するなどあり得ない。咲は冷静な思考を取り戻しかけていた。
     となればもう無駄に威嚇する必要もない。臨戦態勢を解いた咲はいつもの大人しそうな雰囲気に立ち戻り、今度こそ如才なく微笑む。

    「これからお世話になります。よろしくお願いします」

    26 = 21 :





    明華「こちらが先ほどいらした対局室、そしてあちらが校内合宿に使う宿舎です」

     夕方から夜に差し掛かろうかという時刻。窓から差し込む薄暮の淡い光を浴びながら、明華と咲は長い廊下を歩いていた。

    明華「これで回るところは終わりです。何か分からない事などありませんか?」

    「いえ。大体わかりました。ご親切にありがとうございます」

     部室での一件から相当な時間が過ぎた。あれから対局室に連れ込まれ、洗礼とでもいうべき対局漬けの時間を送ったのだが、咲は今、ここ最近ないくらいに気持ちが充実している。

    明華「宮永さん……いえ、咲さんとお呼びしてよろしいでしょうか」

    「はい。私も明華さんと呼びたいです」

     親密な関係へと近づく言葉。
     二人の距離が縮まり、いよいよ顔が触れそうになるくらい近寄ったところで、明華がささやく。

    明華「とても濃密な時間でした。素晴らしい闘牌でしたよ、咲」

    「……楽しかった。また明日にも打ちたいです」

     ふふっ、と稚気を催したように明華が笑う。

    明華「私とメグ、それに……ネリーとハオ。これだけの面子と打っておきながら、そう言える一年生は臨海にいないでしょうね」

    明華「あなたは点数の上では私たちに及ばなかった。……メグはカタカタ震えていましたが」

     トラウマでも刺激されたんでしょう、と苦笑いを零す。
     咲としても、心配になるカタカタ具合だったが。結局は、不用意に立直したところを追いかけ立直された挙げ句、捲り合いを経て直撃をとられる、といった辛酸を舐めさせられた。

    明華「私があなたのカンを逆手にとって槍槓してみせた。覚えていますか?」

    「……覚えていますよ」

    明華「あなたはあのとき槍槓されると思っていましたか?」

    「率直に言えばいいえです。可能性として考えなかった訳じゃないですけど、私はそんな隙を与えるつもりで打っていないし」

     実際、インターミドルに三年間出場し、強豪校との練習試合を幾度となく経験しても。

     加槓に槍槓、ましてや暗槓に国士なんて許した事は一度たりとなかった。

    27 = 21 :



     その経緯を聞いた明華は不可解そうに眉をひそめた。

    明華「なら、なぜ槍槓されたときあれほど平静でいられたんですか?」

    明華「あれは偶然だと?」

    「あれは狙ったものでした。偶然なんかじゃない」

    明華「なら、なぜ」

    「嬉しかったからです」

     明華の表情に今度は疑問の色が足された。

    「今の私がどんなに警戒しても槍槓を決めてくる打ち手がいる」

    「それは今の私が弱いから」

    「だから」

    「そんなあなたを叩きのめし、槍槓できないようにする事ができれば」

    「私はまた一つ強くなれる」

    「そう思っただけですよ」

    明華「咲さん貴女は……」

     冷や汗を垂らす明華をよそに咲は笑みを深める。

     明華が最初、案内を買って出たのは好奇心だった。
     普通、臨海女子ほどの麻雀部が一年一人のために道案内などしない。
     だが咲は別だ。
     異質なサポート体制故の特別措置。
     既に咲は、留学生達と同じような活躍を期待されている。
     だから、道案内にも務めるのはレギュラークラスの人間。
     そこで明華はネリーやダヴァンと競合して咲の道案内の権利を勝ち取った。
     そして聞きたかった事の真意を問うた。その結果がこれ。

     いつのまにか、月が出ていた。
     冴えざえとした月の光を浴びる咲。
     その姿は、何かに魅入られたかのように幽玄の美しさを湛えていた。


    28 = 21 :




    「サキー! 一緒に学校いこうよ!」

     翌朝。登校に多少ゆとりを持たせて起床した咲の耳朶を打ったのは、昨日の朝と同様、薄い壁越しに漏れ聞こえてくる声だった。

     咲は走った。

    「全然懲りてないじゃないですか! だから近所迷惑です!」

    ネリー「あははーごめんねー」

     起きてる気配がしたものだから、と釈明するネリーだったが、他の住人はどうか。
     抗議に来るのが咲だけという事は、泣き寝入りしているのか、単に空き部屋なのか。
     ため息をつく咲にネリーは優しげに肩を叩く。

    ネリー「ため息をするとお金が逃げてっちゃうよ」

    「しあわせじゃなくて?」

     初耳だ。というか、ネリーに限定した持論ではないだろうか。
     基本的に、彼女の会話の引き出しは、金銭に関するものばかりだ。

    「なんだか朝から疲れるよ……」

    ネリー「ねえねえ」

     ちょんちょんと肩を叩かれる。なんだろう。向き直る。

    ネリー「サキって、いつも敬語で話してるわけじゃないよね?」

    「それは、まあ……はい」

    ネリー「だったらなんでわたしに敬語なの! 同い年だよ」

    「あっ」

     思わず口を開けた。

    「そういえば。最初に敬語を選んだからなんとなく」

     日常生活で敬語を使う機会の方が多いのもあるかもしれない。先生や先輩には勿論敬語、同級生とはそんなに喋らないというか関わらないし、インターミドルで会った選手には学年関係なく敬語だ。

     考えてみたら、敬語を使わずよく話す相手は『クラスメイト』ちゃんくらいになるのかなぁ……。

    29 = 21 :


     今は遠い場所にいる友達を思い出していると、膨れっ面のネリーが何やら訴えようとしていた。

    ネリー「タメ口! タメ口にしないとお金を要求するよ!」

     何それ、と咲が笑う。
     そんな咲の顔を、じいっとネリーが見上げていた。

    「え、何……」

    ネリー「やっぱりサキはそうやって笑ってた方が可愛いね」

     不意に褒められ固まる。
     明け透けにものを言うのは彼女が日本人じゃない故か。
     面映ゆい気持ちになりながら、咲は話題を変えた。

    「学校にいこうって話じゃなかったっけ?」

     随分と脱線した話題を軌道に戻し、いざ登校の準備をしようとすると、前から衝撃が襲った。

    ネリー「やったー! タメ語だーっ!」

    「ちょ、ちょっと、ネリーちゃん」

     タメ口の言い方が微妙に変わっていたが、抱きつかれた衝撃に比べたら些細な事だった。
     無理に引き離すのも失礼かと思ってなすがまま。しかし釘は刺しておく。

    「あの……私こういうの慣れてないから、あんまり……」

     そう伝えるとぱっと離れるネリー。そのあたり、善良な気質に思えて咎める気持ちは薄れる。

    ネリー「ごめんごめん。じゃあ学校いこう!」

    「私準備してくるね」


    30 = 21 :

    投下おわり
    コメントありがとうございます

    31 :

    乙 続き楽しみ

    32 :


    しかし、咲さんが一回で道を理解出来るようになったとは
    やっぱ麻雀やってる奴は違うな

    33 :

    うん、それは分かった
    で、京太郎は?

    34 = 21 :

    京太郎なんですが中学で出すの忘れたのと話の流れに特に関係してこないので今のところ登場予定なしです
    咲さんの父くらいですね男で重要になってくるのは

    35 :

    それたぶん荒らしだから反応しちゃダメよ

    36 :




     朝の通学時間。定刻の電車にネリーと共に乗り込む。

    ネリー「誰かと一緒に学校いくのって、はじめてかも」

    「そうなの? 意外だな」

     性格からして友人は多くいそうだが、そんな事もあるかと納得する。
     家の場所や時間の都合もあるし、仕方ないだろう。

    ネリー「にしてもここ空いてるね」

    「いちゃいけないところではないはずだけど」

    ネリー「女性専用車両でもわたしたち関係ないもんね」

     車両の中にぽっかりと空いたスペースに立っている。
     周りをみると結構どこもぎゅうぎゅう詰めになっている。奇妙な事があるものだと咲は不思議に思った。

    ネリー「まあいいや。それより学校に着くまで話がしたい!」

    「いいよ。何の話しよっか?」

    ネリー「サキの中学の頃の話が聞きたい!」

     特に敬遠したい内容でもなかったので話してみる。

    「うーん。そうだなあ、三年間麻雀部としてインターミドルに出場して」

    「一年のときにベスト8、二年目は準優勝、最後の年は優勝したよ」

    ネリー「あ、それは監督から聞いたかも。団体戦だよね」

    ネリー「あれ個人は?」

    「興味ないから出なかったよ」

    ネリー「へー」

    「ああ、そうそう。三年生のときは部長してた」

    ネリー「サキが?」

    「あんまり柄じゃないけどね」

     苦笑いする。「そんなことないよ」とネリーは言ってくれたが、やはり人を率いるのは苦手だった。

    「あ、あとあんまり麻雀には関係ないんだけど……」

    「ピンク色の髪をした女の子にしつこく連絡先を聞かれて怖かったな」

    ネリー「ストーカーってやつだね」

    「そこまでじゃないよ」

     冗談を交わしひとしきり笑い合うと、咲は新しい話を切り出した。

    37 = 36 :


    「ああ……一つお願いしてもいいかな」

    ネリー「うん?」

    「ネリーちゃんが学校にいくときとか、麻雀部の部室にいくときとか、できたら一緒にいてほしいの」

     沈黙。数秒変な間を挟み、ネリーが答えた。

    ネリー「んー」

    ネリー「それってもしかしてコクハク?」

    「じゃなくて!」

    「その……私、方向音痴、というか……すぐに迷っちゃう癖があって」

    「昨日、明華さんに案内してもらったときに言えなかったんだけど……たぶん無駄っていうか」

    「い、一応努力はしてるんだよ? すれ違う人に道を聞いたり……でも気づいたらどこにいるかわからなくなるっていうか……うぅ」

    「だから、恥ずかしい話なんだけど、誰かにいてもらえたらなぁ……って」

    「だ、ダメかなぁ……?」

    ネリー「全然ダメじゃないよ!」

    ネリー「サキと一緒にいるの楽しいし、ドントコイだよ!」

    「あ、ありがとう……」

     咲は喜ぶ。
     恥ずかしかったけど頼んでよかった。
     何かお返しできる事ないかなぁ……。
     ふと思いついた事を訊く。

    「ネリーちゃんってお昼はどうしてるの?」

    ネリー「お昼? 学校の食堂で食べてるよ」

    「それなら」

     咲は、ネリーに弁当を作って渡そうかと提案した。
     幸い母からもらっているお金は潤沢といっていいほどあるし、自分ともう一人分の弁当を作る程度は問題ない。

    ネリー「いいの!?」

      咲の提案を聞いたネリーは目を輝かせた。

    ネリー「やったー! 昼食代が浮く!」

     やっぱりそこかと慣れてきた感のある咲は苦笑する。

     話は無事まとまり、電車も到着を知らせるアナウンスが流された事もあって、二人は横開きの扉の前に並んで立つ。
     ふとネリーがつぶやいた。

    ネリー「そういえばどうして昨日は迷子にならなかったんだろ」

    「麻雀に使ってる力を使うと迷わずに着ける事もあるんだ」

     今の力のレベルだと着けるかどうかは半々だった。


    38 = 36 :

    今度こそおわり

    荒らしだったのか
    教えてくれて感謝です荒らしじゃなかったらすみません

    39 :

    ID変えて京太郎厨のなりすまししてひたすら対立煽ってる奴だから相手にしちゃダメよ

    40 :

    今度こそ乙
    やっぱり咲ちゃんは咲ちゃんだったか

    41 = 19 :

    乙乙

    42 :

    乙 のどっちはこの世界軸でも咲に惚れてるのかw

    43 :

    咲 in 他校って設定大好き。超期待

    44 :


    ダヴァン「今日は散々でシタ」

     卓につくなりそんな事をのたまうダヴァン。
     心なしかげっそりとしていた。
     同席しているネリー、明華、咲はただならぬ様子を間近で眺める羽目になったものの、抱いた感想はそれぞれ違った。

    「あの……大丈夫ですか? お顔が青いですけど」

    明華「心配する必要はないと思いますよ、咲さん」

     どうして、と疑問に思う咲だが、続くネリーが白けた様子で言う。

    ネリー「どうせラーメン絡みに決まってるよ」

    「ラーメン?」

    ネリー「そ。ラーメンのムゲンがどうとかいつも言ってるでしょ」

    ダヴァン「実ハそうなんでス!」

     消沈していたダヴァンが突然叫ぶ。

    ダヴァン「昨日の朝、私ハ通学の電車の中でラーメンのムゲンを堪能するといウ幸運に拝謁しまシタ」

    明華「朝の通学時間の電車でその様な事ができるとは思えませんが」

    ダヴァン「それができたのでス! しかシ、今日ハできなかっタ……」

    ダヴァン「それどころか無茶な挑戦で、カップ麺の中身を車内に撒き散らすといウ悲劇が起きてしまいまシタ……」

    ダヴァン「ああ……不運な私……」

    ネリー「それ不運なのは乗り合わせた乗客だよね」

    明華「とんでもない事をしでかしますね。いよいよ病気です」

     冷めた目でみられている事など意にも介していないかのように、ただ肩を落とすダヴァン。
     もはや咲についていける会話ではなく、静観するしかない。

    ネリー「あー。そういや今朝サキと乗った電車はいやに空いてたね」

    ネリー「あれくらい空いてたらカップ麺食べれたかもね」

    ダヴァン「オーウ……そういえバ、私がカップ麺を堪能できたのも、サキと乗り合わせたときでシタ」

     奇遇だね、とネリーが受け返す傍ら、明華は思案げな素振りをみせる。

    明華「咲さんがいたから空いていたのでしょうか」

    ダヴァン「ッ!! ッッ!!!」

     カッと目を開いたダヴァンが蹴飛ばす様に席を立つ。

    ダヴァン「サキっ!! 明日カら一緒に通いましょウ!!!」

    ネリー「ダメだよ。サキは、毎日ネリーと通うって約束したんだから」

    「う、うん……」

     ね? と念を押してくるネリーに曖昧に頷きながら、そっとダヴァンの様子を窺う。

    ダヴァン「ウ、ウウぅ……」

     血涙を流していた。

    智葉「……さっきから何を騒いでるんだお前らは」

    智葉「インターハイ予選も控えているというのに」

    ネリー「真面目にやってよメグ!」

    明華「お見苦しいところをお見せしました。メグが」

    智葉「お前らも同罪に決まってるだろ」

     驚き呆れた目で言い逃れようとする二人を睨む智葉。
     視線を動かして、ちらりと咲をみる。

    45 = 44 :


    智葉「昨日は手厳しい洗礼を受けたみたいだな」

    「凄く楽しかったですよ」

     それが本心だというのは、今ネリーたちと平然と同卓している事で察したのだろう。
     一つ鼻を鳴らすと咲を睨みつけた。

    智葉「私はお前に先鋒の座を譲るつもりはない」

    「はあ……?」

     何を当然の事をと呆ける咲に智葉は冷然と言い放つ。

    智葉「今のお前にはな」

     そのまま何処かに立ち去ってしまった。咲には理解が及ばない。

    (でも)

     正直どうだっていい。智葉が何を考えていようと、やる事に変わりはないのだから。

     頭の中が冷えていく。この冴え渡る感覚に身を委ねれば、意識は瞬く間に作り変わる。

    『ーー咲、お前もその花のように、強くーー』

     皆が望む私に。私が望む私に。

    ネリー「サキー」

    「どうしたの?」

    ネリー「えっとね、麻雀打とう?」

    明華「……」

     言われなくても。
     打って、打って打って打ちまくって。
     私は強くなる。誰よりも。

    ネリー「よーし、次はネリーの親からだよ!」

     インターハイ予選まで、時間は刻一刻と迫っている。


    46 = 44 :


    智葉「監督。こんなところにいたんですか」

     幾つかの別室を渡り歩いた末に、智葉は探していた人物を発見する。

    アレクサンドラ「あら。私を探してたの?」

     長テーブルの上に数枚の牌譜が広がっている。
     アレクサンドラはそれを熱心に観察していたようだ。

    智葉「……昨日の留学生と宮永の牌譜ですか」

    アレクサンドラ「わかる?」

     悪戯っぽい笑みを浮かべるアレクサンドラ。
     智葉は首肯した。

    アレクサンドラ「さて、サトハは何のご用かしら」

    智葉「インターハイの県予選、宮永を先鋒に起用してください」

     アレクサンドラの瞳が真剣味を帯びる。

    アレクサンドラ「どういう心境の変化?」

    智葉「試したくなった。インターハイ予選までに、あいつがどこまで力を伸ばすのか」

     智葉の言葉に、アレクサンドラは考え込む素振りをみせた。
     その瞳はテーブルに広がる牌譜に向けられている。

    アレクサンドラ「私は、ネリー以外の三人に協力して宮永さんを抑え込むよう指示した」

    アレクサンドラ「鼻っ柱を折っておくべきだと思ったから。でも」

    智葉「失敗した。宮永は点数こそやや下回りはしたが、ほぼ互角の闘牌をしてみせた」

     「はあ」溜め込んだ疲れを吐き出す様に、アレクサンドラがため息をつく。

    アレクサンドラ「いかな強豪にいたといえど、所詮中学レベルの経験しか持たないはずの子が、こうも力を発揮するなんてね」

     常識が通用しないわ、とアレクサンドラ。

    智葉「魔物……か」

     智葉がふとつぶやく。

     天才なら星の数ほどいる。

     こと麻雀の分野において所謂『天才』といわれる人種は数多く存在する。

     ツモ牌が分かる力、一巡先をみる力、特定の牌を集める力。
     どれも、理屈を超えた超能力じみた力だ。
     加えて分かりやすい力を持っていなくても、明らかに常軌を逸した読みや勘で勝ちを拾う者もいる。智葉もこれに該当するだろう。

     だが、魔物はその上をいく。

    アレクサンドラ「お陰で考えていた強化プランがパーよ」

    智葉「でもまだ伸びる。あいつは中学レベルでしかなかった経験を、これから急ピッチで埋めていく」

    アレクサンドラ「……宮永咲が臨海女子に入学した事はマスコミにもまだ知られていない」

    アレクサンドラ「お金を出してる人はその話題性にも目をつけているのよ」

     そして、と言葉を継ぐ。

    アレクサンドラ「中国や欧州といった麻雀先進国で活躍する打ち手と連日打っていけば」

     牌譜から外れたアレクサンドラの視線が、部屋をさ迷い、やがて智葉へと向く。

    アレクサンドラ「臨海女子の先鋒として、全国で闘うに相応しい選手に化ける」

    智葉「かもしれない」

    アレクサンドラ「あら。どこに行くの?」

    智葉「練習です。時間は幾らあっても足りない」

     踵を返し、別室を出ていく智葉。
     その横顔から覗く瞳は戦意に満ち溢れていた。

    47 = 44 :




     最近、日本で暮らす日々を楽しいと感じるようになってきた。
     麻雀を打つためだけに。
     お金のために雇われて仕方なく、という認識が薄れつつある。
     きっかけは四月に一般入学してきた同い年の女の子。
     名前は宮永咲。ネリーの隣人だ。

    ネリー「サキー! 迎えにきたよ!」

     ざわめいている一般生徒の群れの中から、呼び声をかけた茶髪の少女が出てくる。咲だ。すぐさまネリーは駆け寄って、咲の手をとった。

     部室にいこう。提案するまでもなく目的は一致していた。二人で校舎を並んで歩く。

     道中、咲は積極的に話題を振ってきた。

    「ネリーちゃんたちって授業なんかはどうしてるの?」

    ネリー「授業なんてないよ。ネリーたちは麻雀のために雇われた傭兵だもん」

     試験やなんやと煩わされて麻雀が疎かになっては元も子もない。
     そのための支援を学校は惜しまない。

     ま、お偉いさんの意向だけどね。

     まだまだ馴染みの薄い一般生徒は沢山いるらしく、遠巻きにして好き勝手に噂されるのが現状だ。

     口さがない日本人に辟易する事もあったけど。最近は、気にならなくなってきた。
     例外もきちんといるから。

     その一人である咲は、下駄箱で上履きから外靴に変えながら、楽しそうにネリーの話を聞いている。

    「ダヴァンさんや明華さんはもう部室にいるのかな?」

    ネリー「メグって呼んであげた方がいいよ。『サキがよそよそしいんでス……』とかいってめんどくさいんだから」

    「メグ……さん」

    「……えへへ、なんだかちょっと照れちゃうね」

     ちょっぴり顔を赤らめて綻ばせた咲は、ニコ・ピロスマニの描く動物並みに愛らしかったが、見とれていたら咲と打てる麻雀の時間が減る。

     む、メグの事でそんな顔しちゃって。
     むくむくと謎の対抗心がわき上がり、自分もやってやれないかと目論んではみるものの、中々思いつかず断念した。
     ちょっと落ち込む。

    ネリー「……メグたちならいると思うよ。ご飯の時間とか以外は部室だね」

     自分たち留学生はそのためにいるのだから、相応の振る舞いも見せないといけない。
     まあ、基本的に麻雀が好きなやつばかりだから、さして重荷ではないとも思う。
     「へー」と気のない返事を一見する咲。でも目つきが一瞬変わったのをネリーは見抜いていた。

    48 = 44 :


    (満足げに目を細めちゃって……麻雀の事になると変わるな、サキは)

     ネリーは、その変化にまだ慣れないでいた。
     智葉と真っ向から反目した、初めて対局したあの日など、あまりの変わりように別人に見えたほどだ。

     そして咲は、文句なしに強い。
     これは留学生四人の共通した感想だ。

    「そういえば明日って祝日だよね。ネリーちゃんはどうするの?」

    ネリー「うーん。特に用事もないし。学校で麻雀打つよ」

    「よかった。私もいくつもりだったんだ」

     「お弁当作ってくるね」と柔和な笑みを浮かべる咲。ネリーは、もろ手を上げて喜んだ。

    ネリー「やったー。ありがとう、サキ!」

    「ううん。私も誰かに食べてもらえた方が嬉しいから」

     咲の作る料理はとてもおいしい。
     多様な日本食、その質の高さにはかねてから舌鼓を打ってきたが、その中でも咲の料理をネリーは一際気に入っていた。

     話しているうちに部室にも着き、ネリーと咲は寄り添って入っていく。

    ダヴァン「来ましたね。今日もネリーと一緒でシタか」

    ハオ「ネリーが教室まで迎えにいっているそうですよ」

    ダヴァン「なるほど。ネリーに先んじて向かえバよかったんでスか」

    明華「おや。私もいってみたいですね」

    「変な噂が立ちそうなのでやめてください……」

    ネリー「サキに迷惑かけるのはゆるさないよ!」

     会話もそこそこに雀卓に向かう。
     ネリーと咲の他に日本人の部員二人が同席し、卓を囲む。
     その日、ネリーと咲は思う存分麻雀を打って過ごした。

    49 = 44 :


     翌日。
     朝から隣部屋に突撃訪問して咲と合流してから、ネリーたちは学校へと向かう電車に乗る。

    ネリー「ううー眠いよう」

    「わざわざあんな早い時間にくるからだよ」

     苦言を呈しながらもミント味のガムを手渡してくる咲。
     用意がいい。さりげない優しさが身にしみた。

     恙無く学校に到着し、二人揃って門を潜る。

     天気は快晴。澄み渡った朝の空気を吸い込めば、眠気も多少は晴れる。
     部室にいけばいつもの顔ぶれが集う。

    明華「また二人ですか。仲が良いですね」

    ネリー「ネリーと咲は同じアパートだよ。お隣なんだから」

     麻雀卓に座るダヴァン、明華、ハオ。そして智葉。
     対抗心を燃やす智葉の姿に咲が気炎を上げていたが、今日も智葉はそっけない。
     代わる代わる卓に入り、あぶれたメンバーはネット麻雀を打ったり、対局の様子を観察したり。
     そんな中、咲と智葉が同席する事は決してなかった。

    「明らかに避けられてるよ。今日もダメかなぁ……」

     お預けを食らう咲はいつもの事ながら、今日は、目に見えてしょんぼりしていた。

    ネリー「サキ……」

     智葉が咲を避けるのは監督の指示らしい。
     インターハイ予選まで時間もあまりなく、自分が先鋒に相応しいと分かりやすく示したいのだろう。
     その中で智葉と争う事もできず、かといって智葉の実力を目の前でみている以上、侮る事もできず、オーダーへの不安が焦燥を煽る。
     日に日にそれが強くなっていく咲の姿はあまり見ていたくないものだ。
     何とかしてあげたい。
     とはいえ、ネリーが監督や智葉に頼んでもあしらわれてしまったので、気休めにもならない励ましくらいしかできないのが現状だった。

    ネリー「一度休もう? 朝からうちっぱなしだよ」

    「でも……」

    ネリー「体調崩しなんてしたらますます選ばれなくなっちゃうよ」

     体調を管理するのも立派な資質だ。
     それに、体調さえ万全なら他のポジションに選ばれる可能性は捨てきれない。
     そう伝えてはみるけど、咲の反応は芳しくない。

    50 = 44 :


    「先鋒以外じゃ……」

    ネリー「……」

     どうしてそこまで先鋒にこだわるのか。
     はっきり言って咲の力は侮れない。
     留学生のポジションを奪ってもおかしくない可能性にネリーだって冷やりとさせられるのに。咲はというと、先鋒でなければ試合には出ないと監督に明言するほどだ。
     ネリーはオーダーから外されるわけにはいかない。
     だから、咲を心配する一方で、少しだけ安心してしまう自分に少なくない罪悪感を覚える。
     どうして、咲は先鋒にこだわるのだろう。
     後ろめたい自分の立場が、その問いを投げかける事を拒ませる。

    ネリー「サキ、ごはん食べよう」

    「え?」

    ネリー「お腹すいちゃった。朝つくるのみてたから、すっごく楽しみにしてたんだから」

     朝早くに押しかけて、ちょっとだけ弁当作りを手伝ったりして。
     咲を休ませるための方便。でも、楽しみにしているのは本音だった。

    「……ネリーちゃん。そう……だね。お昼にしよう」

    ネリー「校庭で食べよう。天気もいいしちょうどいいよ」

     受け入れてくれた事にとびきりの笑顔を浮かべて。
     先行して部室を飛び出していく。
     追いかけてくる咲が後ろの方で何事かをつぶやいた。

    「……ありが……と……」


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