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    元スレ咲「誰よりも強く。それが、私が麻雀をする理由だよ」

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    601 = 265 :


    「ふうん……友達は別かなぁ」

    「ま、このへんにしときますか。恐ーいおねえさんに蹴られたくないから我慢しとく」

     咏の物言いに咲は首をかしげる。それはもしかして、はやりのことだろうか。

    「あーっ、言ってたらマジで怖くなってきたよ」

    「はやりさんが呼び出されたアナウンス……実はあれ私がやったんだよね」

     え、と声が漏れそうになった。

    「これ……秘密にしといてもらえる? はやりさんにはあらためて謝っとくからさ」

    「……え? え、ええっと……」

    「お願い、この通ーり! なんでも言うこと聞くから!」

     そこまで言わせるほどまずいのか。 突然の告白、そして懇願。掌を合わせ若輩の咲に頭を下げた咏が切実に頼み込んでくる。

     咲は目を白黒とさせる。

    「あ、あと君に詰め寄ったのとかも秘密にしといてもらえると……」

     まるで賄賂を持ちかける官吏のようだ。露骨に悪どい顔。余った袖で口元を隠した咏が耳打ちしてきて、咲はびくっと肩を跳ねあげた。

     だが、心なしか空気が一段と緩むのを感じる。それは自分の仕業を咏が告白したからか。話の流れが変わり、穏便な方向にまとまりそうになるのをみて、こくんと首を振った。

    「え、いいの?」

     すると、自分から持ちかけたことなのに咏は瞳を瞬かせる。意外そうだった。咲は、少しだけ考えーー自分の中の感情を確かめてーーもう一度首を縦に振る。

    「……そっか。いや、ありがとね。ふざけんなって言われるの覚悟してた」

     怒っていても咲にはそこまで強い物言いは無理だ。しかし、ネリーのように物怖じしない性格なら、そういう風に言ったかもしれない。

     明け透けな悪徳官吏の顔を引っ込め、一転して真面目な表情で話す咏を前にしても、実際にはちっとも怒りは湧かない。

     ーーポーズじゃなく感情で怒ったことはあまりない、レギュラー枠を不当に勝ち取ったあの頃でさえ、自分に対してさえ憤りや嫌悪を抱くことはなかった。

     隠したり、引っ込めたりするのではなく、元からないのだ。怒っていないのだから、追及する必要もない。そう咲は思う。

     一時的とはいえ、はやりに対し意図して隠し事をするのは気が引けたが、改めて謝罪するという咏の言葉が嘘とは思わなかった。

    「いえ……はやりさんもそのうち戻ってくるでしょうから、何気なくしゃべりましょう」

     咲の意見に咏は全面的にうなずいた。麻雀や父に関し当たり障りない話を繰り返しながら、はやりの帰りを待つ。

    602 = 265 :


    はやり「待たせてごめんっ、ちょっと手間取っちゃって」

     それから数分もしないうちにはやりはぱたぱたと駆けてきた。

     聞けばはやりが着いたときにはもう『お客様』は帰っていて、それとは別に、はやり名義で購入したという商品を持たされそうになったという。

     代金は既に支払われていたそうだが、全く身に覚えがなく、配達も手続きしないとならない大きな商品だったので受け取りを遠慮し、店員と問答の末に振り切ってきたとのこと。

    はやり「おっかしいなぁ……」

    「い、いやー奇妙なこともあったもんスね」

    はやり「……」

    はやり「まったくだよ。熱狂的なファンが待ち受けてたとかならわかるけど、不気味だよ」

    「…………」

     咏が黙りこくる。その端整で若作りな顔に滝のように汗が浮かぶイメージが咲には見えた。

    「はやりさん、今日はキャンプのお買い物をするんですか?」

     咲はそこに口を挟む。助け船を出す、というのとは少し違ったが、実際に咲の気になるところであり、楽しみとするところでもある。

     はやりはその疑問にすぐに応じ、キャンプ用品一式の準備、特にバーベキューの食材にはこだわりたい、と出鼻をくじかれた流れを払拭するように熱を上げ、良質な商品を探しだす。

     その提案には咲も大いに賛成し、はやりが伝える商品の捜索を手伝う。咏もこれ幸いと乗っかり、和気あいあいとした買い物ムードを醸しつつあった。

    「咲ちゃん、ありがとうっ……ほんとにありがとう……!」

    「あ、あの……そんなにお礼を言われても困ります……」

     はやりに隠れて感謝する咏は涙を流さんばかりに感動を表情で表している。咲としては助けたという認識はなく、恐縮するばかりであったが、この雰囲気に水を差さずに済んでよかったかなと感じ始めていた。

     そこに商品を探しにいっていたはやりが戻ってくる。

     手には真空パックに包装された商品。調理用の炭と書かれている。

    はやり「備長炭見つけたよー、炭はこれにしよう!」

    「おー、豪華っすね!」

     ホームセンター顔負けの高級感溢れる品揃えに揃って感嘆する。買い物は順調に進んでいった。

     その中で安息するような心地に包まれていく。ひとときの間、咲は悩みも何も忘れ、楽しい事だけを考えていられた。

    「……はやりさん」

    はやり「うん?」

    「ありがとうございます……今日誘ってくれて」

     微笑みながら伝える咲にはやりは、いつかも見とれさせた透き通るような笑みを湛え、音頭をとるように拳を突き上げた。

    はやり「ふふ、お安いご用だよ。よーしっ、この勢いでキャンプコーナーを制覇だー!」

     買い物は日が落ちるころまで続く。楽しい時間が終わるのを惜しみながら、咲は買い物を終えてはやりの車に乗り、臨海が宿泊する文京区の旅館の近くまで送ってもらった。

    603 = 265 :

    ここまで
    本当は旅館の夜までいきたかったんですが書き直しで結構日が空いちゃったので早めの生存報告代わりに投下
    次回、旅館に戻った咲に思わぬお客さんが……ギャグっぽい展開になりそう

    ではまた目処が立ったら報告します

    604 :

    おつおつ
    待ってたよー

    605 :


    はやりん怒らせたら怖いのかw

    606 = 265 :

    >>284
    虫酸が走るほどの嫌悪が込み上げる。
    →肌が総毛立つほどの恐怖が込み上げる。
    痛恨のミス……メモ帳アプリに書き留めたメモ分かれすぎて見落としました

    607 :

    おつおつ
    次回はギャグか安心して待てる
    神経すり減らすばっかりはきついからね

    608 :


    はやりんかわいいよ

    609 :




     車を降りる。排気の音。唸り声のような音を響かせるエンジンが、停車したはやりの車の周辺で存在感を示している。

    「それじゃ……送ってもらいまでしちゃってすみません」

     夕焼けで鮮やかに照らされたアスファルトを踏みしめ、咲は運転席のはやりにぺこりとお辞儀する。降りたのは宿泊する旅館にほど近い路地。入り組んだ道の最中にあって、旅館からは見えにくい場所にあった。

    はやり「いいのいいの。大会、がんばってね」

     「はい」と返事をして、横に視線を移す。

     後部座席には帰りの車中、携帯型のゲーム機で遊び通していた咏が座っている。今はゲーム機を膝元に置き、車外に立つ咲を眺めていた。

    「ねえ、はやりさんちょっとだけ時間いいかな」

     咲が咏にも別れの言葉を告げようとした時、咏から出し抜けに提案がなされる。

    はやり「咲ちゃんに用があるってこと?」

    「うん。ちょっとそこに降りて……見える位置で話すからさ」

     見えないところで話すとまるで問題があるような言い方だ。

     はやりは、咲がいいならという風に返答した。二人の視線が咲に向く。突然矛先を向けられて咲はあたふたとする。

    610 = 609 :


    「えっ……はやりさんが大丈夫だったら私も構いませんけど……」

    「ありがとう。それじゃちょっと失礼します、はやりさん」

     咲の困惑もよそにとんとん拍子で決まってしまい、二人で連れ立って車外に。

     繁華街にほど近い裏通りであるこの周辺。閑静な住宅街になっているここは両端をねずみ色の塀に隔たれ、夕焼け空から降る橙色の光が二人を照らす。

    「咲ちゃん、今日は悪かったね」

     車のボンネットから五メートルは離れたといったところで、足を止めた咏が話しかけてくる。やけに神妙な口調。

     咲も合わせて歩くのをやめ、咏と向かい合って不思議そうにした。

    「えっと……気にしないでください?」

     どうして謝られたのかもわからない。咲は咏の心情を推し量ろうとする。

     しかし、全くわからない。彼女とは会ったばかりで、テレビの向こうの人という印象も相まって、何を考えているか想像しづらい。そんな部分が多々ある。

    「あっと……いきなり謝られてもわかんないか。はやりさんとの時間邪魔してごめんね、ってこと」

    「……えっと?」

     まだわからなかった。邪魔をされたという認識がなく、強いていえばアナウンスの件で拗れそうだったがそれもなんとかなった為、一見して問題があるように思えない。

    「まあ……はやりさんにもバレバレだったけどね」

    「……気づいてたんですね」

     得心がいく。妙な間があったから危ない、とは感じていた。

    「今日は無理言ってついてきたしなー。割と最初から怪しまれてたと思う」

    「咏さんもキャンプに参加するんじゃ?」

    「んー、そうなんだけどね、はやりさん今日は咲ちゃんと二人で下見にいくって話だったんだよ」

     キャンプの買い物を元々咏は面倒くさがっていたらしく、なのに今日に限って頼み込んだのだという話を咏がする。

     はやりは気を遣ってくれたのだろう。朝一番に行われた試合をみて、計画してくれたのだろうか。咲よりもずっと多忙なのにこうして配慮してくれるはやりを改めて尊敬する。感謝が尽きない。

    611 = 609 :


    「いやー、インハイの控え室のソファの上で土下座までしたよ。良子ちゃんとか『ドゲザ!?』って言葉遣いおかしくなってたからね」

     冗談めかして話した咏がぷくく、っと思い出したように笑う。

    「でも……どうしてそこまでして?」

    「君にどうしても会っておきたかったから」

    「?」

     頭に疑問符を浮かべる咲。

    「私と初対面ですよね?」

    「ああ、それは間違いないと思う。私も記憶にないし」

     二人揃って忘れているなんてこともないだろう。なら、どうして自分に興味を持ったのか?

    「まあ兎に角二人水入らずの時間にお邪魔しちゃったから。だから……ごめん」

     咲の疑問は解消されないまま話は進み、咏は前髪をくしゃっと掌で潰したかと思うとまた謝罪の言葉を口にする。

     そして、唇を噛む。何か堪えがたいことがあるかのように。そんな彼女は随分と思い詰めているように見えた。

    「そんな……とにかく私は気にしてませんから」

     咲は本心からその言葉を伝える。

     今日は楽しかった。掛け値なしに、今日のことは咲の心を軽くしてくれた。

     暗く澱んだ気持ちはその人だけではなく周りにまで影響を与えてしまう。

     だから、どこかで気分を切り替えなければいけなかったのだ。今日の買い物はそれに一役買ってくれた。

     そしてその背景には、場を盛り上げる咏の姿があったように思う。咏に感謝こそすれ、責める気持ちなど咲の胸には微塵もない。

    「……」

     なのに、当の咏は前髪を潰した姿勢で口を閉ざしている。萎れた花を彷彿とさせる姿。何がそこまで気に病ませているのか。

     買い物の時の姿を思い出す。飄々として、からからと笑ったり、困る時も生き生きとした姿。

     咲はそんな咏の方が好きだった。

    612 = 609 :


     そこまで思い至り、咲の頭にひとつの方法が浮かぶ。それは、ひどく強い緊張を強いられるやり方。

     深く息を吸って吐く。覚悟は、尻込みしてしまう前に、勢いで決めた。

    「三尋木プロ……三尋木さんって、こうしたら人がどう返すかってわかるんですよね」

    「……?」

     咏が前髪に触れる手をのけて視線を上げる。

    「それってまるで読心か何かみたいじゃないですか。超能力みたいです」

     実際にはそんなに便利なものではないのかもしれない。けれど、今はあやふやでいい。

    「私は未来予知ができますよ」

     咲は真面目な顔で言う。

    「ええ……?」

     見るからに怪訝そうにされる。さもありなん。

    「あ、信じてませんね? 本当なんですから」

     咲はスカートから取り出した携帯端末で時刻を確認すると、年・月・日から連想して数を採る。

     目に触れた夕焼け色に染まる住宅街、遠くから聞こえてくる子供の声、そして咏を元気づけたいという気持ち。

     それらから採った数を五行、九星、方角、人物、人体……大成卦にも置き換える。

     占断、結果はーー

    『六年越しの真実に打ちのめされる』

    「……」

     携帯端末をしまいながら黙り込む。

    「笑顔になります」

    「え?」

    「いつか、三尋木さんは笑います!」

     強引に言い切る。対する咏は微妙な顔をしていた。

    「それって……次の瞬間に私が車にハネられでもしなきゃそうなるよね?」

    「う……」

     その通りだった。もっと言うと、次の瞬間と言わず次に笑うまでの間だった。

    613 = 609 :


    「ぷっ、ははっ、あはははは……!」

     しかし次の瞬間、咏は声をあげて笑い出す。その姿に、遅まきながら咲は咏の言い回しの意味に気づく。

    「ああっ、そんなこれみよがしに」

    「いいじゃんいいじゃん、ほれ当たったよ?」

     にやにやと見せつけるようにして笑いながら、袖を振る。

     ひとしきり笑い終えると咏は核心を突いた。

    「本当はちゃんと出てたんでしょ?」

    「えっ?」

    「読心。咲ちゃんはわかりやすいねぇー」

     完全に咏の方が上手だった。咲は肩を落とす。

    「戻ろっか。あんま時間かけると悪いし」

    「そうですね……」

     車の方に戻ったら、咏をあまり怒らないようはやりにお願いしよう。そんな事を考えながら咲は返事をする。

    「まー、あれだね。これかも仲よくしてよ。キャンプでも一緒しそうだし」

    「はい、こちらこそ」

     おそれ多いな、と思いつつも返す。

    「今も昔もこれからも……どこまでだって縁は続いてるかもしれませんから」

    「ご縁がありますようにってか。昔似たようなことを聞いた気がするよ」

     先を歩いていく咏のうしろ姿を追いながら咏とそんな会話をした。

    614 = 609 :




     閉じられた襖を前にする。はやりの車を降り、咏との会話を経て別れた後。旅館に帰った咲は臨海に用意された広間へと繋がる襖を開けようとしていた。

     のだが。

    「やーい、また負けたー!」

    「うっ、うううっ」

    「ネリー、そんなに言ってはいけません。いくら衣ちゃんが弱いからって」

    「うぐぐっ」

    「こんなに弱いってありうるのかな……これ以上手加減しようがないんだけど」

    「ぐぬぬっ」

    「アンビリーバボーでス。マア気を落とさず……カップ麺ありまスヨ?」

    「ぐぬうっ……食べる」

    「まったくとんだ期待はずれだよ、このちんちくりんめっ」

    「チュルチュル……それはお前も人のことはいえないだろうっ!」

    「ネリーのほうが十センチは高いもんねー」

     襖の向こうから聞こえてくるかまびすしい声。その中にこの場にいるはずのない人物がいるように、咲には思えてならない。

    「疲れてるのかな……衣さんの声が聞こえる」

     疑念を払うように咲は頭を振った。だが、襖の向こうの声は途切れることなく聞こえてくる。

    「ところで……襖のところに誰かいないか?」

    「誰かいるみたいですね。気配がします」

     びくんと咲の肩が跳ねる。

     あまりもたもたしているとますます入りにくくなりそうだ。

     意を決し、咲は襖に手をかけーーる前に開いた。

    ネリー「あっ、サキだ!」

    「なにっーー本当だ、待ちかねたぞ咲!」

     ぴょこんとウサギの耳のようなカチューシャが揺れる。

     開いた襖の向こうに広がる光景は、やはり想像を裏切らず智葉を除く臨海レギュラー陣と、驚くほど違和感なく馴染む衣の姿があった。

    615 = 609 :


    「龍門渕家の……衣さん?」

    「ちゃんでもいいぞ」

    明華「おかえりなさい咲さん」

     明華が口火を切るとおかえりの唱和が降りかかる。

    「あ……ただいま帰りました」

    ネリー「サキ!」

     あっけにとられたまま口にすると、目の前までネリーがやってきて柳眉を逆立てる。

    ネリー「なんなのこのちんちくりん! すっごくえらそうなんだけど!」

    「ちんちくりんはお前だっ」

    ネリー「なっ、お前だよ!」

     同じくネリーの隣まで駆けてきた衣が言い争いを始める。

    「あの、衣さん……どうしてここに?」

    「うむ、遊びにきた。今日は衣もこの旅館に宿泊していくぞ」

    「え、一人で?」

     咲が尋ねると衣はむっと頬を膨らました。可愛らしい。

    「本当は一人でも来れたのだが……ハギヨシもいるぞ」

     視線で指し示す衣のそれを追うとーー確かにいた。自分は黒子とばかりに風景に溶け込んでいる。

    「気づかなかった……」

    「以前、旧家の伝手で日舞の後見をしておりまして。つまらない特技でございます」

     まるで何もないところから聞こえるようだったが、咲は深く考えないことにした。

    ハオ「そうだ、咲もやる?」

    ネリー「サキもやろうよ。このちんちくりん面白いんだようぷぷ」

    「ぐうっ、ちんちくりんっていうなぁ!」

    「えっと何をしてたの?」

    ダヴァン「トランプ」

    明華「の大富豪です」

    「大富豪……?」

     目の前のネリーや衣にばかり目を奪われていたものの、よくよく広間の様子に目を凝らすと明華たちが座す畳の一角にはトランプが散らばっている。

     咲は少しだけ面食らう。このメンバーが集まってするには意外と平凡な遊びだ。

    616 = 609 :


    明華「やったことあります?」

    「えっと……ルールはわかります」

     実際にやるのは子どものとき以来。ただ基本的なルールは、問題なく記憶している。

    ネリー「サキも参加決まりー!」

    ダヴァン「オーウ、腕がなりまスネ」

    「ねえ咲、咲は衣をいじめないよね?」

    「イジめる……?」

     どういうことだろう。

     入る前の会話を思い出してみるに衣は負けていたようだがーー

    ネリー「こいつが弱すぎるからしょうがないんだよ」

    「うるさいっ、さっきまでのはちょっと調子が悪かったんだ!」

    ネリー「うぷぷっ、しってるよそれ、負け犬のトーボエっていうんでしょ」

     咲が考えようとするそばから口論が始まる。

    「衣さんが負けてたんですか?」

    「ま、負けてない!」

    ネリー「ボロ負けだよ」

     ネリーと衣の声が重なって上がる。

    ハオ「まあ、控えめにいってボロボロだったかな……」

    明華「一応ルールでハンディキャップをつけたんですけど」

    「ハンデ?」

    ダヴァン「こっちにルールを書いてマス」

     ダヴァンから一枚の紙を手渡される。

    617 = 609 :


    『るーるぶっく 著:明華

    ・衣ちゃん以外8切りなし
    ・衣ちゃん以外2切りなし
    ・衣ちゃん以外革命なし
    ・衣ちゃん以外革命返しなし
    ・衣ちゃん以外ジョーカー切りなし
    ・衣ちゃん以外革命時3切りなし
    ・衣ちゃん以外階段なし』

     やけにポップなつくりだった。デフォルメされた可愛らしい動物が紙面の端々に躍っており、文字も丸く、メモ用紙の色使いや柄もやたらとファンシー。デコレーションされたケーキのようだ。

    明華「私が書きました」

    「わあ、すごく可愛い」

     って、そういうことではない、と咲は思い直す。大事なのはルールなのでルールに目を通していく。

    「ジョーカーや2切りなしって、この場合どういう扱いになるんですか?」

    明華「何度か試してみた結果、すべて非革命時の3扱いが妥当という結論に達しました」

    「それって……」

     限界ギリギリのハンデじゃないだろうか。あとは手札に変化を加えるくらいしかない気がする。

    ネリー「試しにやってみようか? 弱すぎて笑えるよ」

     提案に従って、一戦みてみることにする。

     結果はーー

    ネリー「はい、またコロモの負け!」

    「うぐう……っ」

     清々しいくらいに衣の惨敗だった。

    ハオ「相変わらず手札減ってないね」

    ダヴァン「出し方はそう悪くなさそうなんでスガ……」

    明華「不思議ですね」

    ネリー「次はサキもやろうよ!」

    「うん、次入ろうかな」

     誘われて承諾する。散らばっていたトランプを皆で集め、明華がシャッフルする。

     そして配られていく。

    618 = 609 :


    「……」

     その最中、不安そうな衣と目が合う。

     衣さん。声をかけようとしたが目を逸らされる。

    ネリー「ねーお昼どこいってたの?」

    「えっ? ……神社とデパートだよ」

     不思議に思っていると、隣に座るネリーが問いかけてくる。不意を突かれたが隠さず話す。

    ネリー「デパートと……神社? あー、あのお守りの?」

    「うん。あのへん静かで落ちつけるし」

     神社に出入りするといちごたちと鉢合わせるかもしれないが、これといって問題ない。神社について軽く話す。

    ネリー「ネリーもいってみたい。今度案内してよ」

     すると興味を持ったようで目を輝かせるネリー。咲が了承し、適当に話を膨らませるうちにカードが配り終わった。

     目の前に浅い山となっているカードを拾う。

    ダヴァン「オ、ナンダカ自信ありげデスね?」

    「結構自信あります」

     むん、と力を入れるように受け答える。

     実際、大富豪には自信ありだ。幼い頃家族でしていたそれはしばしば白熱した勝負になったし、少なくとも弱い方ではない、と思っているから。

     好機を待って果敢に攻め立て、正しく引き際を判断すれば負けはない。

     そう、まさに大軍を前に敵中突破してみせた島津義弘のように、戦国の島津一族を束ねた島津義久のごとく。

     拾った手札を自分に見えるよう裏返し、いざ勝負ーー!





    ハオ「あー、苦手だった……?」

     ーー惨敗だった。

    619 = 609 :


    ダヴァン「コレは……」

    明華「衣ちゃんと同レベル、ですね……」

    ネリー「サ、サキ……どんまい」

     何度か対戦した結果。口々に感想がつぶやかれるのを目に咲は唖然とする。

     次がある、というような言葉はかけてもらえなかった。

    「お、お前たちイカサマしているな!?」

     咲同様、いつも通り負けた衣が立ち上がり、気炎を上げる。

     猛然、というには可愛らしさが勝る怒声。

     しかし咲にはわかっていた。わざわざイカサマなんてするはずがない。人柄としても状況としても信用している。だから、咲は衣の肩にそっと手を置いた。

    「衣ちゃん……イカサマのせいじゃない。私たちの負けだよ」

    「咲……うっ、衣は、衣たちは……負けたのか……っ」

    「おい、何を騒いでる」

     哀愁感を演出する小芝居で遊んでいると、突然襖が開き、誰かが入ってくる。智葉だった。

    智葉「……? 何の騒ぎだ」

    明華「お客さんがきたので遊んでました」

    ネリー「ナガノのリューモンプチってとこから来たって!」

    ダヴァン「リューモンブチでスヨ」

    ハオ「ネリー、龍門……あっ、先に言われた」

    智葉「天江衣……?」

     智葉の眉が訝しげに眉をひそめられ、鋭い瞳が衣の姿を捉える。

    「そうだっ、あの天江衣だ!」

    智葉「それはわかる。だが、なぜうちに……練習試合の申し入れなど聞いてないが」

    「うむ、話せば長くなるのだが咲と知り合いなので遊びにきた」

     ちっとも長くない理由を述べ、胸を張る衣はどうしてか誇らしげだ。この場にいて当然とばかりにふんぞり返ったその姿に、智葉は思わずといった風に目頭を揉む。

    明華「監督に許可はとっておきましたよ。特に問題ないそうです」

     衣は個人戦出場者ではない。そして、部外者に見られて困るような資料も別室に保管されている。

    智葉「ああ、ならいいんだが……」

    ハギヨシ「お初にお目にかかります。衣様の世話役を仰せつかっております、ハギヨシと申します」

     ハギヨシは、初対面の衣が失礼した、と詫びてまた風景の中に消えていく。息もつかせぬ業だ。

    「よろしく頼む。夕餉も共にとりたいと思っている」

    智葉「この旅館に泊まっていくのか?」

    「ああ、近くの空き部屋を都合してもらった」

    智葉「ふむ」

     智葉の目が咲に向く。

    620 = 609 :


    「だ、大丈夫ですか?」

    智葉「監督が許可しているなら何も問題はない。それに部員の知り合いだ。無下にできんよ」

     その言葉には含むようなものは感じられず、むしろ歓迎する雰囲気さえあった。咲はほっと息をつき感謝を伝える。智葉は鷹揚に頷いてそれを受け取った。

    明華「智葉も帰ってきたことですし、一服しましょうか」

     一通り面通りを済ませ、智葉も含め皆が畳に腰を下ろしてから。両手を合わせるように掌を揃えた明華が提案し、その場でつままれていた菓子類とは別に、別室から包装された箱を持ってくる。

    明華「北海道産の高品質小豆を使った赤福です」

     そして、開いた箱の中にある赤福を指して示す。

    ダヴァン「あの伊勢で作られている赤福?」

    明華「そう、夏には抹茶の風味も爽やかな赤福氷にもなる、あの赤福です」

    「わーい、もち米も専作団地で栽培されたものにこだわった赤福だー!」

     皆が赤福を堪能する至福の時間を過ごす。そんな時間はあっという間に過ぎていったーー夏期限定赤福氷は520円(税込)ーー。

     ちなみに猛然たる衝動に突き動かされ口を挟もうとしたハオは、何処からともなく飛来した赤福に口を塞がれていた。

    明華「ところで智葉、何だか嬉しそうですね?」

    智葉「ああ……ずっと口説いてたやつがようやく首を縦に振ってくれそうでな。そのせいだ」

     ふと、智葉の微妙な変化を見咎めた明華が問いかける。指摘通りわずかに頬を緩ませた智葉はそう返すと、紙コップに入ったジュースを一気に飲み干す。

     その深長な意味を匂わせる言い回しに首をかしげる咲の傍ら、横で聞いていた他の面々は色めき立つ。

    ダヴァン「サトハ! もしかして、おめでたでスカ!」

    智葉「馬鹿、飛躍しすぎだ。というか方向が違う」

    ネリー「おめでとー!」

    智葉「だから違う!」

    「な、なあ咲っ、つまりどういうことだ? ハギヨシに赤飯を用意させた方がいいのか!?」

    「そ、そっちじゃないよ。っていうかそっちでも、それもちょっと違う……」

     残るハオは、まだ赤福を噛んでいる途中でもごもごと口を動かしていた。

    621 = 609 :

    ここまで
    場面のキリが悪いですが旅館の夜もあるのでいったん切ります
    シリアス成分がちょくちょく入るせいでほのぼのギャグなのか…ご飯やお風呂あるからきっとほのぼのするはずですたぶん

    622 :


    ころたん和むなぁ

    623 = 609 :

    >>619
    間違えた衣ちゃんじゃなく衣さんでした

    624 :

    おつ
    トランプ弱い咲ちゃん可愛い

    626 :

    赤福の回し者かな?(食べたいです)

    627 :

    おつー
    麻雀の支配力が逆方法にでも働いてるのかな?

    628 :

    赤福買わなきゃ…

    629 :

    そこにはタコスから赤福に乗り換えたマントの姿が!?

    630 :

    能力的には咲さんと大富豪ってかち合う筈だけど謎だ

    631 :

    >>610
    また呼び方ミスりました
    咏さん→三尋木プロ

    ついでにちょこっと描写つけ加え
    >>620

    明華「智葉も帰ってきたことですし、一服しましょうか」

     一通り面通りを済ませ、智葉も含め皆が畳に腰を下ろしてから。ふんわりとした笑みを浮かべた明華が両手を合わせるように掌を揃えて提案し、その場でつままれていたスナック類とは別に、別室から包装された箱を持ってくる。

    632 :


    ダヴァン「サトハに相手がいないのはおかしいと思ってマシタ」

    ハオ「私たちの中では初めてじゃないですか?」

    智葉「だから違うって……もういいだろ」



    ネリー「ね、どう思う?」

    「え?」

     妙な疑惑を持たれた智葉が否定に回る中、他の目を盗むように畳の上をにじり寄ってきたネリーが咲に話しかける。こっそりと小声だ。

    ネリー「サトハだよ、あれあやしいよね」

    「あやしい? あれはあやしいのか」

    ネリー「ちょっ、入ってこないでよ。あやしまれるじゃん」

     見咎められるのを気にしてか、混ざってきた衣に反応するネリー。一方で咲は智葉の変調に思案を巡らせる。

    (たしかに……何となく何かを隠すみたいな感じだな)

     智葉は最初否定するに留まっていた。だが、段々その話には触れてほしくなさそうな素振りを見せ始めた。誰しも痛くない腹を探られ続けたら不機嫌になるだろうが、今の智葉はそれとはまた違う印象を与える。

     咲は公明正大な先輩の珍しい姿に目をしばたたかせる。

    智葉「はあ、恋愛話に飢えた奴らの相手は疲れる。この話は終わりだ」

     煙たがるように智葉は手を振り、切らしたジュースの補充をしてくる、と広間から退室していく。

    633 = 265 :


    ハオ「ちょっとからかいすぎたかな」

    ダヴァン「Hum……そうかもしれまセン」

    明華「あら何か落ちました」

     ひらりと何かが虚空を舞う。襖の向こうに消えていった智葉が落としたものか。薄っぺらいカード状をしたそれを明華が拾い上げる。

    明華「…………」

    ネリー「どしたのー、なにそれ?」

    「ふむ、遠目に見た感じ写真か?」

     落とし物に視線を落とした、というか凝視する明華に興味を惹かれたのか、ネリーと衣が近づいていく。そして、明華の手元を覗き込む。

    ネリー「えっ、サキ……?」

     顔を突き出すように覗き込んだネリーが、驚いたような困惑したような声を上げる。

    「これは……咲だな。練習中か? 部室らしき場所で牌を握っている」

    「わ、私?」

     咲も件の写真を見ようと明華たちの方におっかなびっくり歩み寄っていく。

     まだ覗き込んでいるネリーと衣に倣うように咲も手元を覗き込む。

     すると確かにそれは写真で、咲の練習風景をとらえたものだった。

    明華「部の練習風景を撮っただけにも見えますけど……」

    ネリー「それにしては咲にスポット当たってない?」

    「ハギヨシ、どうだ?」

    「ふむ、断定はしかねますが……撮影技術の観点から申せば、この写真は宮永様を被写体として意識されている、そんな風に見受けられます」

    「……?」

     つまり、どういうことなんだろう。口々に飛び交う意見に咲は困惑する。

    ダヴァン「おー、どうシマシタ?」

    ハオ「何かあるの?」

     その頃には一所に集まる四人の姿がダヴァンとハオの目にも止まり、七人が同じ写真を観察する格好になる。

    634 = 265 :


    ネリー「これはあやしい! あやしいよ!」

    ダヴァン「コレ、サトハが落としたんデスか?」

    明華「私にはそう見えました」

    ハオ「明華がそういうなら……見間違いじゃない気がするな。でも、そうなると」

    「臨海のツジガイト……だったか? あの者が咲の写真を持ち歩いていたことになるな」

     騒然としてくる。一方の咲はというと、その渦中に身を置きながら流れについていけず混乱気味だ。

     ただ、状況は大体飲み込めている。そして、 大切な部分もわかっているつもりだった。

    「あの」

     咲が言葉を発すると皆の目が一斉に集まる。咲は渦中の人物だ。皆挙動に注目していた。

    「先輩がなんで私の写真を持ってたかわかりませんけど……そんなに騒ぐことでしょうか」

     ーーだって先輩だから。やましい目的でそんなものを持っているはずがない。

     言外にそんな心情が伝わってくる言葉。智葉に対する咲の信用は揺るぎなく、混乱しながらも咲の心に不安や疑念といったものは一切なかった。

    ネリー「サキ……」

     深い感情がこもった咲の発言に皆はっとした顔をする。そして、ネリーが口火を切ると皆次々に咲の名を呼んだ。

    ネリー「ま……そうだよね。あのかたっくるしいくらいマジメなサトハが、そんなあやしいことするわけないか」

     皆、同感だという顔をする。面識の浅い衣やハギヨシはその人柄の深くまでは知る由もなかったが、そんな二人をして納得するほど他の皆の信用が揺るぎない。ならばその通りなのだろう、と思わせる力があった。

     ーーーーしかし、次の刹那。

     智葉が外出先から持って帰ってきた肩掛けのバッグが、不安定な形で漆喰の壁に立てかけられていたそれが、転けた。ふとした拍子に。

     ゴロンーーバサッ、

     簡素な音で動いたバッグから転がり出てくる。カード状。一枚一枚の厚みは薄い。表面に照り返す光で艶めいた光沢が出ている。

     それはーー写真だった。

    635 = 265 :


    ネリー「……え?」

     ネリーの、いやこの場に居合わせた人間全ての視線がそちらに向く。

     皆、目の前にある光景を認めたくないような顔をしていた。

     なぜなら、智葉のバッグから転がり出てきた束というべき写真の集まりは、全てーー

    ネリー「サキの写真……」

     おぼつかない足どりで、ややふらつきながら、出現したそれらの散らばる現場にネリーは歩いていって拾い上げる。

     そして、束ねた写真を震える手で一枚ずつ目を通していく。

     部活に励む咲、部室棟に向かって歩く咲、クラスで授業を受ける咲、校門前に佇む咲、ネリーと連れ立ち学生マンションに入っていく咲、リビングの机に頬杖を突き椅子に座る咲、自室のベッドで眠る咲、涙の跡が残る寝顔で旅館の布団に入った咲ーー。

    ネリー「あ、あ、あ、あ、あ……」

     痙攣を起こしたように不自然な挙動をするネリーの元に、一人、また一人と、近づいていく。

     そして皆一様に、慄然とする。

    明華「こ、これは……」

    ハオ「何かの間違い……?」

    ダヴァン「ハ、ハ、ハ……」

    ダヴァン「き、きっと不埒な人間から押収したんでショウ……そうでなければ、こんな盗撮写真」

     盗撮写真。そのフレーズ、その一言に、皆硬直したように固まる。咲ですら。

    「……これは、ちょっとまずいのではないか」

    「…………」

    ハギヨシ「……衣様」

     衣の傍らに存在を霞ませていた執事が立つ。

    「……え?」

     魂が抜け落ちたような表情で自失していた咲の口から間を置いて声が漏れる。状況を飲み込めていない人間特有の現実感のない呟きだった。

     皆の驚愕が冷めやらないーーそんな時。

     襖が開く。

    智葉「……ん? 何だこの空気」

     襖の向こうから流れ込む風が実体を持ったように広間を包む。数瞬の沈黙。皆の視線は再び一斉に動き、きょとんとする智葉を捉えた。

    636 :

    場面のキリ悪かったので追加
    なんか誤解されたらあれなので先に言っておきます
    智葉はおかしい人じゃありません智葉はおかしい人じゃありません

    和で懲りたのでそのへんは配慮しているつもりです(和もちゃんと配慮しつつ当初の予定を大事にしながら描くつもり)

    637 :


    2日連続で見れる幸せ

    638 :

    乙です
    ガイトさん何やってんすかw

    639 :


    和もあれはアレで面白いキャラだと思うようん
    近づかない限りという条件はあるけど

    640 :

    おそらく連休中に一回更新します

    641 :


     智葉は二リットルのペットボトルを手にしている。先ほど告げた通り切らしたジュースの補充にいってきたのだろう。

     普通なら、ありがとうなり気楽に一声かけてもいい場面。しかし現実には沈黙が重苦しく広間を覆っており、皆一ヶ所に立って集まってやたらと深刻そうな表情を浮かべている。その上、視線の行方はこぞって智葉だ。

     智葉は不思議そうにした。

    智葉「どうしたんだ? 何かあったのか」

    ダヴァン「い、いえ……何かっていウカ」

     ようやくダヴァンが口を開くが口調は辿々しい。今実際多くに疑惑を持たれているのは智葉だが、その歯切れの悪さはダヴァンこそ弁明に回る下手人のようだ。

    ネリー「サ、サトハ!」

    智葉「ん?」

    ネリー「犯罪はダメだよ!」

    智葉「はあ?」

     ネリーの懸命な告白もちんぷんかんぷん。そんな様子の智葉が不自然に集まっている皆のところへ歩み寄っていく。何人かが智葉との間でネリーの手元に視線をさ迷わせていた。智葉がネリーの手元を覗き込む。

    智葉「お前らいったい何を見てーーーーあっ」

    明華「智葉……これ落としませんでしたか?」

     ぎょっとして間の抜けた声を出した智葉が明華の質問に振り向く。

    智葉「……それ」

     慌てた様子で自分の衣服をまさぐる。明確に認めずとも語るに落ちた状態だった。

     だが、そんな智葉に殺到する視線は冷たくはない。衣やハギヨシといった接点の薄い者は流石に警戒の感は拭えないが、咲を始め臨海のメンバーはただただ困惑している、そんな様子だ。

    ネリー「サトハっ、これどういうこと?」

    智葉「あ……いや、これはだな」

    明華「智葉、正直に言ってください」

     目が泳ぐ智葉の手を包むように握った明華が真摯に訴えかける。

    ダヴァン「イマなら引き返せマス。犯罪はダメ、ゼッタイ」

    智葉「ま、待て、違う! 誤解だ!」

     手に持つペットボトルを落とさんばかりに狼狽えた智葉が顔色を悪くする。

    智葉「それは手札というか……説得するのに必要な……」

    ネリー「説得?」

    智葉「ーーあっ、いやそうじゃなくて、その」

     言い淀み、言葉尻が萎んでいく。この状況で狼狽をあらわにする智葉に周囲の目は自然とひきつけられる。数秒間の沈黙。

    642 = 265 :


    智葉「…………それは……部員の体調管理の一環だ」

     喘ぐように智葉が弁明する。その言葉に聞いていた皆の顔に疑問の色が浮かぶ。

    ネリー「体調管理?」

    智葉「そ、そうだ、部員の体調管理は大事だろ?」

    明華「ですけど咲さんに偏ってるような……」

    智葉「案外咲は体調を崩しやすい、念のためだ」

    ハオ「そんなに咲って体調崩してたっけ? 部活ほぼ皆勤ですよ」

    智葉「うっ」

     苦しげに呻く智葉。実際、苦しい言い訳だった。見守る咲の瞳も不安げに揺れる。

     疑惑の趨勢を示すかのように数名が咲に寄って立つ。その中から一歩進み出たダヴァンが御仏のごとく慈悲深い微笑を湛え告げる。

    ダヴァン「いいんデスよサトハ……この盗さーー秘蔵写真を眺めて、日頃の疲れを癒してると認めテモ」

    智葉「ち、違う! ってそうだ、抽選会! 抽選会のことがあっただろ!」

     抽選会。わずかながら臨海の面々の間に理解の色が広がった。

    明華「そういえば体調を崩してましたね……」

    智葉「う、うん、私もあの時は驚いた」

     呟いて思い返すように明華は彼方を見やる。その脇で申し訳なさそうに目を伏せる咲。

     だが、理解されたのは体調不良の事例だ。虚ろな言葉を繰る智葉からは心中の焦燥が透けて見えた。だからだろう。とんでもない発言が間を置かず智葉の口から飛び出す。

    智葉「だが仕方ない、生理だったんだからな」

    『は?』

     何人かのつぶやきが重なる。その瞬間、智葉を除く誰もが意識を手離したように固まっていた。

    「っ!?」

     咲の瞳が限界まで開かれる。他の面々の表情にも、少し遅れて驚愕が浸透していく。

    ハオ「ああ……あの時の。……生理だったんだ」

    明華「なるほど……それならしょうがないですね」

    ダヴァン「ソレであの耳打ちを……」

     急速に広がっていく理解。しかし、それにつれてーー。

    ネリー「……ねえサトハ」

     ネリーが口を開く。複雑そうに顔をしかめている。焦りと緊張で一杯一杯の智葉はその様子に息を呑む。

    智葉「な、何だ?」

    ネリー「理由はわかったけどさ、それ言っちゃってよかったの?」

    智葉「ーーーーあ」

     ばっと咲の方を振り向く智葉。 咲の顔は、茹で蛸もかくやとばかりに紅潮していた。

    643 = 265 :


    「せ、先輩……ひどいです」

    智葉「いやっ、これはだな……その」

     咲の頬はまだ赤くなる。赤くなる。赤くなる。赤くなってーー駆け出した!

    「言わないでって約束したのにぃ!」

    智葉「違うんだ咲ぃ!」

     智葉の呼びかけも虚しく、弾かれるように咲はその場を飛び出し、襖を開けてその向こうに消えていった。

    『…………』

     突然の出来事に訪れる沈黙。とてつもなく気まずい。少なくとも、智葉は針の筵に座らされたかのような錯覚を覚えた。

     少しして閉じられていった襖が静かに開く。

    「あ、あの」

     わずかに開いた隙間から、誰かが広間の中を遠慮がちに覗き込み声を出す。それは咲だった。

    「信じてますから……写真をおかしなことに使ってないって」

     言い終わったと同時、ぴしゃりと襖が閉じられる。走り去る足音が襖の向こう側から上がった。

     再び沈黙のとばりが落ちる。

    明華「……智葉、何か言うことは?」

    智葉「ごめん……」

     沈黙はすぐに破られた。

    644 = 265 :




     一部宿泊客での騒動もあったが旅館の夜は恙なく更けていき、咲たち臨海のレギュラー陣は広間で夕食をとる事になる。急遽逗留を決めた衣も一緒だ。

    ネリー「んー、おいしーねサキ」

    「そうだね……」

     直前の騒動があり、絶品の懐石料理に舌鼓を打つとまではできない心境の咲だが、ネリーの言葉に頷く。

    「ふむ、これは美味だ」

    「どれ咲、食べさせてやろう。あーん」

    「あの……私も同じのありますから」

     食卓の雰囲気は明るい。直前の騒動が尾を引くかと思われたが、咲の意外な事に衣やハギヨシも気にした素振りを見せなかった。

    明華「智葉、わかってますね?」

    智葉「わ、わかってる」

    智葉「ーーさ、咲っ」

    「え?」

    智葉「さっきはすまなかったな……口外しないという約束まで破ってしまった」

    「い、いえ……いいんです」

    「あんな状況でしたし先輩も混乱してたでしょうから」

    「こちらこそすみません。思わず飛び出していってしまって」

     あのタイミングで飛び出してはまるきり智葉が悪者だ。困らせてしまっただろう。咲は反省していた。

    智葉「咲……」

    「も、もう話題を掘り返すのはやめましょう。やっぱり恥ずかしいです」

     和やかなムードで食事は進む。ダヴァンはというと相変わらずカップ麺まで食卓に添えていたが、もはや衣たちですら指摘しななかった。

    645 = 265 :


    ネリー「うぬぬ、ちょっと食べづらいかも」

    ダヴァン「ハフッ、ハフッ」

    「ネリーちゃんたちはお箸使うのにも苦労しそうだもんね。大丈夫?」

    ダヴァン「ズルルル、ズルッ」

    ネリー「だ、大丈夫。……でもあとでこの魚の骨とるの手伝って」

    「あはは、わかった」

    ダヴァン「ハムッ、チュルルルル……ズズ」

    「ふっ、慣れていないとはいえ危なっかしい手つきだ。衣がやってやろうか」

    ダヴァン「ズズズーーッ」

    ネリー「サキにお願いしてるんだよ。チビスケはお呼びじゃない!」

    ダヴァン「ズーーーーッ」

    「なにをっ」

    「ふ、二人とも喧嘩しないで……衣さん」

    ダヴァン「モグモグ……」

    「ん?」

    「あ、あーん」

    「っ! あーん、パクッ」

    ダヴァン「ハムッ、ハフッハフッ」

    ネリー「あ!! ずるいネリーにもしてよ!」

    「は、はい、あーん」

    ダヴァン「ズルッ、ズルルルルルルッ!」

    ネリー「パクッ! ~♪」

    ダヴァン「フウ……。ネリーはともかく、天江サン……スゴイなついてマスね」

    明華「けっこう長い付き合いなんでしょうか」

    智葉「癒される光景だ。ちまっこくて可愛らしい……」

    ハオ「……うーん」

    ネリー「サキって食べ方キレイだね。テーブルマナーのお手本みたい」

    「え? う、うん、えっと行儀作法に厳しい家だったから」

    「衣もテーブルマナーには自信があるぞ!」

     食事は和やかなムードのうちに終わった。







     衣服を脱ぎ、入り口を潜って浴室に入る。広々とした浴室。もうもうと立ち昇る湯煙の向こうには、檜で作られた大きな浴槽が目に入る。

    646 = 265 :


    「お風呂だー♪」

    ネリー「サキー! 早くおいでよ!」

    「う、うん、今いく」

     促され、駆け出して先に入っていったネリーの背中を追う。当然一糸纏わぬ姿だ。後ろから続々と入ってくるレギュラーの面々や立派な浴槽、真新しさのある板張りの床、と萎縮したように視線を巡らせていると、くすくすとネリーに笑われてしまった。

    ネリー「もーまだ恥ずかしがってるの? 何回も一緒したのに」

    「誰かとお風呂なんておね、家族とくらいしか入ったことなかったから……まだ慣れないよ」

    「咲ーっ!」

    「わ、わっ、いきなり飛びついてきたら危ないですよ」

    「洗いっこしよう、洗いっこ」

    ネリー「それはネリーがする!」

    「お前は別の日にもできるだろうっ」

    ネリー「ぐ……しょうがない、今日だけは譲ってあげる」

     目の前で繰り広げられるやりとり。ネリーは苦渋をにじませた呻きを漏らし、明らかに不満を託ちながらも、矛を収める。

     気を揉んでいたが、いさかいが起こりそうな気配が去ってほっと息をつく。

     二人は対面して以来、咲の前では張り合うように咲に構おうとする。不可思議な事に友好的な好意、あるいは執着を寄せる二人が、咲には実感が湧かず、不可思議な存在として映る。

    「……」

     争うような話に発展するのは何とかしたいと思う。明確な気持ちが生じる。杞憂となった今回に安堵しつつ、咲の胸の裡に複雑な感覚を残す。

    明華「何だか仲間外れになった気分です」

    智葉「は? 普通に私たちといるだろ」

    ダヴァン「ハハーン」

    ハオ「明華って結構ネリーと咲好きだね」

    明華「私ちょっと隅の方にいってきます」




    明華「僕の憂鬱と不機嫌な彼女~♪ その心の中には、ぼくの知らない誰かがいる~♪」




    智葉「……何で歌ってるんだ」

    ダヴァン「ミョンファに歌う理由を尋ねるのはムダってもんデスよ」

    ハオ「日本の歌も着々と覚えていってるのか」

     見えない後ろの方でそんなやりとりもあったが、咲の耳にはろくに入っていない。とりとめのない考え事が遮っていた。

    647 = 265 :


    「よーし、洗うぞー」

     ボディタオルを持ち意気込んだ衣が咲の背後に回って身体を洗い始める。

     咲と衣が互いに背中を流した後、寂しそうにしていたネリーの背中も咲が二度洗いし、三人で浴槽に入る。

    「ふー」

    「あ、ふやけてる」

     つかるなり大きく吐息すると衣から言われる。

     実際、ふやけていた。リラックスする時間。腰砕けになる湯の気持ちよさに胸中の僅かなしこりまでも洗い流されていくようだった。

    「んー、今日は色々あったから疲れちゃった」

    「そういえば咲たちは今日が二回戦だったか」

    「それもあるんだけど……」

     今日はその後も色んなことがあった。

     渋谷の街で迷子になったことに始まり、いちごとの再会、はやりからの電話、咏を交えたキャンプの買い物ーーそして、宿に帰ってからのこれまで。

     結果として咲の心境は清々しい。悲観していた現実は現実とならず、騒がしくも楽しい時間がさらに心を軽くしてくれた。

     もの悩みの種というのはいくらでもあるものの、今考えて答えを出す必要というものはないように思える。ここ最近、咲を思い詰めさせていたものといえばーー二回戦でのパフォーマンスだった。

     だから、その憂いが晴れたことで咲の胸の裡から暗澹たる気持ちはもはや払拭されていたのだった。

    「ーーってことがあって。かくかくしかじか」

    「まるまるうまうま。ほー、ちゃちゃのんか。ちゃちゃのん音頭の人だろう!」

     ローカルアイドルといえど同年代の女の子、それも麻雀を志す共通点もあってか、かいつまんで今日あった出来事を話すと真っ先にいちごの話題になった。

     佐々野いちご。優しくて、東京バナナが好きで、おしゃれな女の子。衣も一目置いているらしくいちごの話題で盛り上がりながら、自分も会ってみたいと言う衣に咲はくすりと悪戯っぽく笑って返した。

    「神社にいったら会えるかもしれないね」

    「神社?」

     不思議そうな衣に神社での縁を話す。初めて会った日も、今日の再会も神社だった。立場を考えれば街中や試合会場で見かけても不思議はないが、ふらりと立ち寄った神社での遭遇に奇妙な縁を感じる。

    「はー、疲れたよー」

    「衣ちゃんも?」

    「うん。トランプが効いた……あれは悔しかった」

     そういえば咲と衣はこてんぱんにされていた。自信を粉微塵に打ち砕かれた咲も地味にショックを受けた。衣は、でろーんと湯の中につかってぶくぶくと湯を泡立てている。

    「まー能力を使えば敵じゃないけどなー」

    「え?」

     思いがけない発言に咲は目を丸くする。

    648 = 265 :


    「うん? 咲だってあるよね能力」

    「え、能力って使えるの……?」

    「何を今さら」

     何を今さらという顔をされた。

     衣によるとトランプに能力を使えるらしい。

    「……うーん?」

    「とにかく次は目にもの見せてやる」

    「でも使えるんだったら何でさっきは使わなかったの?」

    「……能力に頼るのはやめたんだ」

     考えるような間があった。秘めたものがあるのだろうか、咲にはその正体に見当がつかなかった。

    「ところでさっきからやけに静かだな。ネリー……だったか? どうしたんだ」

     話題を体よく逸らされた気がするが、たしかに咲も密かな疑問を感じていた。全然ネリーが会話に加わってこない。どうかしたのだろうか。

     声をかけても反応がない。すぐ横で湯につかっているのに。ひたすら前方を見つめ、ぽけっと座っている。

    「おい……大丈夫か」

    「ネ、ネリーちゃん?」

    ネリー「…………あー、うーん?」

     呂律の回っていない声が返ってくる。そして。ようやくしゃべったかと思うと、ゆらゆらと身体が揺れ出す。首も前後に揺れる。

    「舟をこいでいる……?」

     もしかして、眠いのだろうか。

    智葉「あー、疲れがきたか」

    「先輩?」

     こちらの様子を見かねてか湯の中を歩いてきた智葉がつぶやく。

    智葉「座談会のために夜遅くまで頑張っていたからな……」

    「座談会?」

     なんだか優しげな表情の智葉。聞き慣れない言葉に咲は疑問を呈す。

    智葉「咲は知らなかったな。来年あたりに聞くと思うがまあ定例行事みたいなものだ」

     曰く、座談会とは日本人部員の運用、時には留学生の運用も話し合われる場らしい。軽く説明してもらい、咲は満足した。

    「それで……ネリーちゃんがその座談会に?」

    智葉「ああ。雑用も手伝ってもらった」

    智葉「それに……二回戦まで気を張っていたんだろう。ムリもない」

     後半の話が座談会とどう繋がるかわからなかったが、今聞き出すこともないだろう。急ぐべきはーー

    智葉「よし、私が運ぼう」

     先に言われてしまい、咲は焦って立ち上がった。

    「あ、あの、私も運びます」

     このままつからせておくのも危なっかしい。それにこんな状態のネリーを放っては落ちついて入浴などできないし、何より心配だ。

     咲の提案に智葉は視線を滑らせて思案げに唸る。

    649 = 265 :


    智葉「ん……そうだな、わかった。その方がいいだろう」

    「衣も手伝おう」

     鷹揚に頷いてもらって安心していた矢先、咲は立ち上がった衣の提案に驚く。

    「衣ちゃんはゆっくりつかってていいんだよ?」

    「力を貸すというほど役には立てないが少しは足しになるだろう」

    「でも……」

    「何、衣はさしあたり観戦以外に予定はない。気を揉まないでくれ」

     気を遣って無理をするような気配は感じさせない。ならいいのだろうか。断るだけの理由が見つからず、なし崩しに頷く。

     視線を転じるとネリーは相変わらず舟をこいでいる。早く休ませてあげよう。湯冷めしないうちに運ばないといけない。

     三人でせっせと運ぶ。途中、明華たちも上がろうとするのを止めたり、早々に寝ぼけだしたネリーがラッコのように咲にしがみつき離れなくなって苦笑したり、ということがあったが、無事服を着せて寝室にまで運び終わる。

     この後、時間を置いて準決勝を控えた他校の分析が始まるまで寝かせてあげることが出来そうだ。

     ーーこの時、咲は今後にさしたる憂いを持っていなかった。悩みは粗方解消され、姉との縁だって何とかなるかもしれない。

     現状に不満なんてほとんどない。物事に対する姿勢、人との関係。何もかも今のままでいいとさえ思う自分が大きくなっていく。そのことに疑問を挟む気持ちもなくなりつつあった。

     けれど。

     咲は失念していた。自分以外が抱える、自分に関する問題というものを。

    650 = 265 :

    最後にフラグを立てて、と

    投下ここまで 時間足りず焦りましたが何とか間に合ってよかった


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