元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」
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251 :
やっはろー。
見てもらえて感謝です。
ヒッキーのヒロイン力は異常ww
これからも輝きを放ってもらう予定ですので。
で、業務連絡的な。
今夜には続き上げる予定ですー。
もうちょっとだけお待ちを。
254 :
良い物を見つけた気体
256 = 1 :
こんばんはですー、期待のお言葉マジ感謝。
ちょっと色々作業しながらなので、少し時間かかると思いますが、そろそろ上げてきます。
デレのんは実にいいものだ……
257 = 1 :
「随分と、楽しい時間を過ごしていたようね」
瞬間、背中に氷柱を突っ込まれたような感覚が、俺の脊髄を落雷のように突き抜けた。
冴え冴えとして冷え冷えとした、正しく極寒の真冬を思わせる凍てつくような声音。
囁きにも近いはずのその言葉はしかし、確かな重さをもって俺の身体に浸透して行く。
こ、この声は……!
258 = 1 :
ぎぎぎと音が聞こえてきそうな程の、それこそ油の切れたブリキ人形のようなぎこちない動きで、ゆっくりと振り返る。
秋色のカーディガンとチェック柄のストールが、まず目に飛び込んできた。
季節を感じさせる上品な色合いをした装いに、しかし感嘆する暇などあるわけもなく。
恐る恐る視線を上げていくと――見慣れた感のある組まれた腕、流れるようにさらさらのストレートな黒髪、少し上げられた細い顎、そして厳しく細められたものっそい冷たい目。
見紛うことなく雪ノ下雪乃さんその人でした。
会って早々、何かもうこれ以上ないってくらいに俺を見下してきています。えぇマジで。
というか、今まで見たことない程に機嫌悪いんですけど。
この睨み、熊でもビビって後退りしそうな気がするぞ。
いやホントやばいよこれ、下手したら石化するよ俺。鏡の盾はどこにあるの?
秋も深まってきたような季節だというのに、背中を流れる嫌な汗が止まらない。
259 = 1 :
「やっはろー、雪乃ちゃん、来てくれたんだぁ」
「呼んだのは姉さんでしょう。それより、これはどういうこと?」
これ、のタイミングで俺を指差す雪ノ下。
視線は変わらず冷徹無比。
発する声は絶対零度。
想起させるは根源的恐怖。
260 = 1 :
並みの人間では、この空気の中で下手な発言などできないだろう。
実際もう、さっきまで陽乃さんに熱い視線を送っていた男たちの気配もなくなってしまっていた。
危険を察知して逃げたか、我関せずと意識を逸らしているか。
興味はあれど、生存本能には逆らえないのだろう。
その気持ちは痛いほど分かる。俺だって同じ立場なら速攻で逃げるし。
だが、雪ノ下と今相対しているのは並みの人間ではないわけで。
陽乃さんはというと、俺と雪ノ下を交互に見やりながら、向けられる氷点下の視線を涼しげに流しつつ、変わらずにこにこ笑っていた。
動揺の色など微塵もなく、むしろ楽しそうに言葉を返している。
261 = 1 :
「んー? ちょっとねぇ、色々お話しよっかなーって思って、来てもらったんだよ」
「この男に関わると碌なことがないから止めなさい、と何度も言っているでしょう。経歴に傷がつくのは姉さんの方なのよ?」
「あはっ、心配してくれるの? でも大丈夫、この程度じゃあスキャンダルにもならないから」
「そういう問題じゃないわ、この程度の男に関わること自体がマイナスだと言っているの。大体知的レベルが月と微塵子程も差のある姉さんが、比企谷くんなんかと何を話すことがあるのよ」
この程度とかなんかとか、いちいち暴言吐かれてるけど、今は気にもならなかった。
迂闊に口を挟めば、こちらに口撃の矛先を向けられてしまうだろうし。
苛立ちを露にしている今の雪ノ下に声を掛けられるような度胸なんて、俺にあるわけもないのだ。
だから問題はそこではない。
問題は、びりびりと気圧されている俺を見てにやにやと笑う陽乃さんが、むしろここから更に燃料を投下しようとしている風にしか見えないことなのだ。
間違いない、この人は更に追い詰める気だ……俺を。
262 = 1 :
「んふふ、気になる? ねぇ、気になるの? わたしと比企谷くんが、雪乃ちゃんのいない所で、二人きりで、仲良くテーブル挟んでお昼しながら何を話してたか」
「何を馬鹿なことを言っているのかしら。どうして私がそんなことを気にしなくてはならないの?」
「もう、そんなに苛々しないで、ね?」
「苛々などしていないわ、言いがかりは止めて頂戴」
煽ってる煽ってるよ、陽乃さんてば。
お願いもう止めて、どうせ雪ノ下の怒りは回り回って俺の所に来ることになるんだから。
ほら、見るからに雪ノ下の機嫌がどんどん悪くなっていってるし。
指は苛立たしげにとんとんと自分の腕を叩いていて、表情は苦虫を噛み潰したような感じで。
まるで噴火直前の活火山を見ている気分だ。これ以上の刺激は下手したら生死に関わるぞ――俺の。
263 = 1 :
と、陽乃さんが、俺の懇願の視線に気付いたらしい。
ぱちくりと一度瞬きして、花咲くように微笑む。
その顔を見て瞬時に理解した。
この人は俺の真意を読み取って――期待の逆方向に答える気だ。
「今日はね、比企谷くんとちょっと二人のお付き合いの状況について話をしてたんだよ」
「って違うでしょ! そんな話全然してなかったじゃないですか!」
「黙りなさい比企谷くん、あなたに発言を認めた記憶はないわ。この期に及んで言い訳だなんて見苦しいと思わないの? 恥を知りなさい。そもそも何? 鼻の下をスカイツリーのように伸ばして、さぞご機嫌だったのでしょうね、汚らわしい」
264 :
ゆきのんかわいいよー
265 = 1 :
怖ぇ! だから怖いって、そんな睨まなくてもいいだろ。
視線は鋭いし、声は尖ってるし、空気は重いし、おまけに言葉もいつもの五割増しで毒が効いてるし。
一体、今日の俺のどこにそんな落ち度があったってんだよ……終いにゃ泣くぞ。
正確には姉妹に泣かされてるんだけど。上手いこと言ってる場合か、俺?
あと鼻の下なんて伸ばしてないから。お前の眼は節穴か。
陽乃さん相手に、そんな展開あり得るわけないだろうが。
つーかスカイツリーって、俺の顔ってお前の目にどんな造形してるように映ってるんだよ。
そんなギスギスした空間で、俺たちのやり取りを眺めている陽乃さんだけが本当にご機嫌だった。
真に理不尽にも。
266 = 1 :
「ふふ、嫉妬しちゃって、可愛いんだから、雪乃ちゃんてば」
「っ! その妄言を今すぐ撤回しなさい姉さん。誰が何をしているですって?」
「大丈夫大丈夫、お付き合いのお話って言っても、わたしと比企谷くんのことじゃなくて、雪乃ちゃんと比企谷くんのことだから。安心した?」
「冗談でしょう、むしろ鳥肌が立つわ。いえ、屈辱に身を震わせるべきかしら」
だから何で俺を睨むんですか雪ノ下さん。
その握り締めた拳はなんですか雪ノ下さん。
そんな戦々恐々といった体の俺を見て満足したように、陽乃さんが一つ頷く。
267 = 1 :
「うん、それじゃあ十分楽しんだし、わたしはこれで退散しようかな」
「待ちなさい姉さん、話は終わっていないわ。というか、そもそも何か渡す物があると言って私を呼び出したのでしょう?」
「うん、だから、これ」
「これ?」
二人して、俺を指差しながら自然な感じでこれ扱いである。
かくも丁重な扱いを受けるのは生まれて初めてで俺は少し落ち込んだ。
せめてこいつとかさぁ、同じ代名詞でも色々あるだろ。全くもって人称代名詞の立場がないじゃん。
さめざめと涙を流さんばかりの俺に、しかし二人は気付いてくれない。
268 = 1 :
「比企谷くんは雪乃ちゃんのだからね、わたしが手を出したりはしないよ、安心して」
「むしろその誤解に不安になるわ、何度も言うけど私は――」
「だって、先に雪乃ちゃんが出会っちゃったんだもんね」
言いかけた雪ノ下の言葉に、敢えて被せて話す陽乃さん。
瞬間、先程までとは何かが変わったような、そんな感覚があった。
彼女の笑顔は全く変わっていないし、その声だって変わらず穏やかさに満ちている。
さながら菩薩の如きその外面……では、その内面は?
雪ノ下もそして、その何かを察したのだろう――恐らく無意識に、一歩後ずさる。
269 = 1 :
「な、何の話?」
「ん? 比企谷くんに出会ったのは雪乃ちゃんが先だったでしょ? それはわたしが勝手に手を出すわけにはいかないじゃない」
「だから何を言っているの? 姉さん、意味が分からないわ」
「そんな難しい事言ってるかなぁ? さっきも言ったけど、わたしと比企谷くんがこの先どうこうなることは多分ないよ? でも、出会いが少し違ってたらどうだったかなーって、ちょっと思っただけ」
何でもないことのように、世間話のように。
淡々と、朗々と、陽乃さんは言葉を続けている。
けれどその姿が。
穏やかに朗らかに、明るく優しげなその笑顔が。
俺たちから言葉を、思考を奪う。
既に周囲の空気さえ一変してしまっていた。
270 = 1 :
「ま、仮定の話なんて大して意味も無いんだけど。でも、もし比企谷くんがわたしと先に出会ってたら、わたしを先に知っていたら――もしかしたら、わたしの隣が比企谷くんの居場所になってたかもね。だってこーんな楽しい男の子、きっと手放さなかったと思うし。あ、もしかしたらちゃんと矯正もできてて、今頃凄く綺麗な目になってたりして。ふふ……」
心底愉快そうな陽乃さんに対して、雪ノ下は気圧されたように固まってしまっている。
何かを言おうとして、けれど言葉にすることができず、結局黙り込んでしまう。
ついさっきまでの冷たい空気が、実は春の陽気だったのではないかと思うほどに、今の二人の間の空気は冷たく凍てついている。
むしろ、聞こえてくる明るい声音こそが違和感に満ちていた。
「わたしも奉仕部の部長やってみたかったなー、いろんなイベントがあったんでしょ? きっと色々楽しかっただろうし、素敵な思い出もたくさんできたと思うし。うん、雪乃ちゃん羨ましい」
271 :
その言葉は。その真意は。
傍で聞いてるだけの俺にさえ、よく伝わってきた。
それは他でもない、雪ノ下へのあまりに露骨な挑発だ。
すなわち――自分がその立場なら、きっともっと上手くやれている、と。
先に見つけたから、順番として譲ってあげているだけだ、と。
その居場所は、自分が関わっていなかったから手に入れられただけなのだ、と。
それこそ、反論があるなら言ってみれば、とさえ聞こえてしまう。
俺の耳ってば、いつの間にそんな高度なフィルター搭載してたの? それ何訳コンニャク? 未来デパートって意外と近くにあるの?
272 = 1 :
「……」
「ふふ、じゃあお邪魔虫になっちゃうのも何だし、お姉ちゃんはここでさよならするね」
そして、そんな陽乃さんからのあからさまな挑発に対して、雪ノ下は無言だった。
言葉も無く、動きも無い。見えないけれど、きっと表情も。
それこそまるで、滾る熱気に思い切り冷や水を浴びせられたかのように。
それを確認してから、変わらぬ笑顔のまま、流れるような動きですくっと立ち上がる陽乃さん。
鞄を手にとって、立ち尽くしている雪ノ下に一瞥をくれる。
273 = 1 :
って、本当にこんな状況で立ち去るの? 散々自分の妹をボコっておいて? あなたマジで鬼ですか?
思わず立ち上がりかけたところで、しかしその動きを制するように、陽乃さんがこちらに視線を寄越してきた。
睨まれた訳でもないのに、思わず息を呑み、俺も動きを止めてしまう。
陽乃さんはやはり、俺に対してもにっこりと微笑んで見せる。
「それじゃあ比企谷くん、あとよろしく、ね」
良い笑顔でそう言うと、手を振りながらカウンターの方へと歩いていった。
いつもと変わらず堂々とした振る舞いで、颯爽と。
一度として振り返ることなく、本当に全て、俺に丸投げで。
陽乃さんの姿が見えなくなるまで、俺も雪ノ下も、全く動けないままだった。
274 = 1 :
「……」
「……とりあえず、座ったらどうだ?」
少しして気を取り直し、無言で立ち尽くしていた雪ノ下に声を掛ける。
口撃の矛先がこちらに向かってくることも想定していたけれど、さっきまでの怒気はどこへやら、黙ったまま大人しく席に腰を下ろす雪ノ下。
素直すぎて逆に怖い。
そうして二人の間に沈黙がおちる。
き、気まずい。
275 = 1 :
「あー、その、何か飲むか?」
「……いいえ、必要ないわ」
「そうか、なら仕方ないな」
短いやり取り。
返事はあったものの、その声に抑揚は無く、どうにも会話が続け難い。
また重い空気が広がってしまう。
追加注文でもできれば、ちょっとはこの空気を変えられたかもだけど、それも拒否られた今、俺に打てる手はない。
さてどうしたものかと考えていると、雪ノ下が小さくため息を吐くのが見えた。
視線を向けると、ぱっと見では普段と変わらぬ冷静な眼差しとぶつかる。
276 = 1 :
「それで、実際のところはどうなの?」
「実際のところって?」
「どうして姉さんと二人きりで会っていたのかと聞いてるのよ、言われなくても察しなさい。前後の文脈からこの程度のことすら類推できないなんて、それで本当に国語の成績が良いの?」
「前段だけで良いだろ、それ――まぁとにかく今日のことなら、小町をダシに使われて呼び出されたってだけだよ」
「呆れた。あなた本当にどうしようもないわね、それじゃ小町さんの名を騙られたら簡単に詐欺に遭うわよ」
「小町の声を俺が聞き違えることはあり得ないから大丈夫だ」
そんな俺の言葉に、そう、と気の無い返事を寄越す雪ノ下。
表面上は普段通りのやり取りにも思える会話。
相変わらず読めない表情と、冷静な声と。
277 = 1 :
だけど、違う。
こんな感情が抜け落ちたような、気の抜けた炭酸のようなやつじゃないのだ、俺の知る雪ノ下雪乃という女は。
最後の台詞のようなあからさまな突っ込み所を見逃すなんて、普段のこいつならあり得ない。
いつもならきっと、それこそ嬉々として罵ってきたはずだ。見下げ果てたシスコンとか何とか。
その前の罵倒だって、今一つキレがなかったし。
あれ? 何それ、俺ってばもしかして物足りなさとか感じてんの? 今のやり取りで?
うわぁ――まさかの仮説に俺の方まで落ち込みそうだ。
何に目覚めようとしてるんだよ、俺。
そうして俺が少し凹んでいると、雪ノ下が少し躊躇いがちに口を開いた。
278 = 1 :
「……姉さんの、言う通りかもしれないわね」
「は? お前何言ってんの?」
「姉さんはいつだって、私より優れていた。奉仕部で関わってきた事柄も、それこそ姉さんならもっと綺麗に上手く解決できていたはずよ。あなたのことだって、きっと……」
「そんなの言い出したら切りが無いだろ。そもそも現実そうなってないんだから、そんな仮定なんて無意味だよ。奉仕部の部長はお前だし、事態の解決に尽力してきたのもお前だ。誰もそれを否定はできねぇよ」
「そうね、もう否定も変更もしようがないわ。でも、だからこそ考えてしまうのよ。もし私ではなく姉さんだったら――って」
視線を落としながら、囁くような声音で話す雪ノ下。
あー、駄目だこれは。厄介な負のスパイラルに入り込んでやがる。
あの雪ノ下がこんなにも振り回されるとは、さすが陽乃さんと言うべきなのか……いや言いたくないけど。
実際さっきも、執拗に揺さぶって平静を奪いつつ、期を見て予測できない角度から一撃とか、雪ノ下を知り尽くしているが故のやり方だと思う。
しかし、本当にこいつの姉への憧れというのかコンプレックスというのか、その根は深いんだなと改めて思わずにはおれない。
279 = 1 :
一体何度その高い壁に挑んで、そして何度跳ね返されてきたのか――今までの話から考えて、その回数はきっと数えるのも馬鹿らしいほどに多く。
そして同時に、越えられたことは、一度としてないのだろう。
だから今も、こんなに心揺らされてしまっているのか。
あり得ない前提に、しかしあり得た場合の未来を想像してしまって。
俺は、雪ノ下の家庭の問題も、これまでどういう経験をしてきたのかも、何も知らない。
そんな俺が、こいつの抱えているものについて何かを言う事はできない。
白々しい慰めなど罵倒の言葉よりも腹立たしいことを、俺は経験で良く知っている。
故にこそ、そういう言葉なんて、間違っても口にはできない。
280 = 1 :
だけど。いや、だからか?
今の俺に言えることはある。
他でもない、今ここにいる俺だけが言えることが。
陽乃さんの別れ際の言葉が脳裏を過ぎる。
本当にあの人は苦手だ。
きっとこれが、これを俺に言わせることが、その選択をさせることが、あの人の今日の狙いだったんだろう。
それを理解しながら、その思い通りにやりたくないって反発すら覚えていながら、でも。
俺はそれに抗うことができない。
そしてきっと、あの人はそこまで見抜いてしまっている――だからこそ、笑顔で俺によろしくと言って去っていったのだ。
あぁ本当に、益々もって腹立たしい。
281 = 1 :
「なぁ、無意味な仮定かもしれないけど、それでも敢えて仮定したとしてさ」
「何よ、いきなり。言語中枢でも壊れたの?」
「壊れてねぇよ。さっきの話に突っ込みを入れたいだけだよ。でだ、もし俺が陽乃さんに先に会ってたとしたらって話だったけど、その時は事態は今よりややこしくなってたぞ、間違いなく」
「……変な気の回し方は止めて頂戴、不愉快だわ」
瞬間、ぎろりと俺を睥睨してくる雪ノ下。
普段より一段低い声に気圧されそうになるが、ぐっと堪える。
今更この程度でびびってられるかっての。
むしろ開き直ってやろうじゃねぇか。
282 = 1 :
「お前相手に気なんざ回すか、それならコマでも回してた方がよっぽど捗るわ。じゃなくて純粋な推察だよ。だって俺は、あの人のことを信用なんてできなかっただろうからな、お前と違って」
「――どうして? 身内贔屓になるけれど、あの人のことを疑うような人間なんて滅多にいないわ」
「生憎こちとら普通じゃなくてな。何しろ猜疑心の塊だぞ、俺は。綺麗な人が綺麗な言葉を口にしてるとか、そんなの疑えって言ってるようなもんじゃねぇか。ならきっと、どんな言葉をかけられたって俺はその裏を読もうとしてただろうし、そんな俺をあの人は見逃しちゃくれないだろ、叩きのめされてトラウマを一つ増やしてぼっち街道まっしぐらだよ。引きこもりにクラスチェンジだってあり得る」
「自分の惨めな敗北を、どうしてそんなに誇らしげに語れるのよ……」
はっきりと言い切った俺を見て、額に手を当てて呆れたようなため息を零す雪ノ下。
心外な反応だな、これってむしろ俺は素直に負けを認められる潔い男だって話で、褒められてもいいくらいなんじゃないか?
だから、その虫を見るような目は止めてくれると割と喜ばしい。
まぁそれはさておき、だ。
283 = 1 :
「まぁ陽乃さんなら、もしかしたら無理やりにでも俺を更生っつーか矯正っつーか、そういうのもできたのかもしれないし、そうしたら俺の学校生活も変わってたのかもしれねぇよ。だけど、それは俺のこれまで歩いてきた道の全否定が前提だろ、そんなの絶対に御免だね」
「でも、更生できたら今よりもう少しはマシな人生を送れるのに」
「過去の自分を否定して、今の自分から目を逸らして、そこまでしてようやく手に入るような未来なんて、そんなのもう俺じゃねぇよ。欺瞞にも程があるわ」
「……相変わらず捻くれてるわね。良い人生を送りたいと思わないの?」
「前も言ったろ、こんなでも、俺は自分のことが嫌いじゃないんでね。結局大切なのは良いか悪いかじゃないんだよ、望むか望まざるかだ。押しつけられた幸せなんて不幸にも劣るわ。誰に何と言われようが、俺は今がいい。仮にもう一度選べるとしたって、先に出会うなら、俺は雪ノ下の方がいいよ」
そもそも、俺は本当に陽乃さんのことが苦手なのだ。
後先の問題じゃないんだよ、人柄とか能力の問題ですらないんだよ。
あの人の暴力的なまでの眩い輝きは、俺にとっては薬を超えて毒にしかならない。
そういう意味でも、最初に雪ノ下雪乃に出会えたのは僥倖だったと心から思える。
284 = 1 :
「……」
「? どうした? まだ何かあるのか? 苦情なら勘弁してくれよ、もう陽乃さんの相手で満身創痍なんだから」
ふと黙り込んでしまう雪ノ下。
とりあえず怒っているわけではなさそうだけど、何かを考え込んでいるみたいだ。
正直本当に疲れてるんで、これ以上の罵詈雑言のお相手とかは勘弁してほしいんだけど。
背もたれに体重をかけながら待つこと暫し、雪ノ下がゆっくりと視線を上げる。
285 = 1 :
「“雪ノ下”じゃ、どちらか分からないわね」
「いや、それこそ文脈から読み取れよ、学年一位さん」
「何を言っているの? 重要な部分よ、そこをはっきりしないなら、出題側の方にこそ問題があると思うわ」
すっと目を細めて俺を見やる雪ノ下。
ややこしい奴だな、いちいち屁理屈こねやがって……って、ちょっと待て。
まさかそれ、俺に名前呼びをしろって言ってるのか?
冗談じゃねぇ、あんな恥ずかしい真似、何度もできるかよ――と言いたいところではあるけれど。
286 = 1 :
俺に向けられた雪ノ下の透明な眼差し。
その目にも、表情にも、今は何の感情も窺えない。
けれどそれが、あるいは俺の言葉でどちらかに振れるかもしれない――そう思ってしまうと、もう駄目だった。
ここでもし仮に、万が一にも、負の方向へその針を傾けてしまったら。
そう考えるだけで嫌だった。
何故かは分からないけれど、まだ俺には分からないけれど、でもそれは嫌だと思った。
だったらもう、俺が恥をかいて無様に罵倒された方が余程マシというものだ。
何、さっき陽乃さんにあれだけおちょくられたことを思えば、その程度は可愛いもんだろう。
287 = 1 :
「だから――」
だから、言ってやろう。
言った結果どうなろうが、もういい。
そもそも本当にこいつが望んでいる言葉かどうかも分からないけど、はっきりと口にしてやる。
要するに、俺は――
「俺は、雪乃がいいって言ってんの」
288 :
エンダアアアアアアアアア
290 = 1 :
雪ノ下が、その瞬間目を丸くした。
口も微かに開いて、どこか茫然としたような顔。
おぉ、何かレアな表情だなーと思ったのは一瞬。
今、自分が何を言ったのかを、遅れて俺の脳が理解して。
全身が総毛立ってしまった。
何言ってんだ何言ってんだ俺。
いや動揺してたにしろ言葉省略し過ぎだよ。
思い切り良過ぎっつーかもっと言い方ってもんがうあー!
これはやばい、マジでやばい、こんな言い方したら雪ノ下に何を言われるか――
291 = 1 :
「ま、待て雪ノ下。怒る前にちょっと俺の話を聞いてくれ。お叱りの言葉は後で聞くから、だからまずは言い訳をさせてほしいと言うか――」
「ふふ……」
ばたばたと手を振る俺を余所に、雪ノ下は怒るどころか――微笑んでいた。
目を閉じて、言葉を噛み締めるようにしながら、小さくささやかに笑い声を零す。
思わずぽかんとしてしまう俺の視線の先で、雪ノ下は楽しそうに笑っている。
何これ? 何だこの構図?
292 = 1 :
「えっと、雪ノ下?」
「別に、雪乃で構わないわよ?」
「いや、それはもう勘弁してくれ……」
「だらしない男ね、名前を呼ぶ程度のことで。まぁそれもあなたらしいと言えばあなたらしいけど」
「放っとけ」
溜め息と共に駄目出しされてしまった。
しかし何というか、思ったより毒が薄いな。
それこそあんな言い方しただけに、死ぬほど罵倒されることも覚悟してたんだけど。
意外というのか案外というのか。
293 = 1 :
ただとりあえず、不正解の選択肢を選ばずに済んだことだけは間違いなさそうで。
俺もようやく安堵の息を吐く。
果たして自分が何に安堵したのかは、今はまだ良く分からないけれど。
「ったく、さっきまであんなにしおらしかったのに、何かご機嫌だな」
「そうね、否定はしないわ。相手はあなただし内容は些細なことだけれど、それでも姉さんよりも上だって言われるのは悪い気はしないもの。まぁ本当に些細なことだけど」
「些細なことって連呼すんな、一度言えば分かるわ」
「どうかしら、あなたの脳の容量では少し怪しいけれど」
「何で俺の脳みその容量をお前が語ってんだよ」
294 = 1 :
あぁ、いつも通りのやり取りが戻ってきたって感じがする。
ようやく再起動した気分だ。
Windows Meでもあるまいに、立ち直るのに時間かかり過ぎだっての。正直あれこそ2000年問題だったよね。
まぁとにかく、今はこれでいい。
こんな些細な言い合いが、何だかとても心地良かった。
一頻り言い合って満足したのか、雪ノ下が、さて、と少し気合いを入れて立ち上がった。
座ったままそれを見上げている俺。
が、何がお気に召さないのか、雪ノ下は腕を組みつつ、またしても冷厳な目で俺を見下してくる。
こいつホントこのポーズ似合うよな。
295 = 1 :
「何をしているの、行くわよ?」
「行くってどこにだよ」
「買い物よ。本当は姉さんと行く予定だったのだけど、いなくなってしまったし、あなたが代わりに来なさい」
「いや、別に一人で行けばいいんじゃねぇの?」
「……初めてのお店で、道がよく分からないのよ」
「それ、初めてってのが理由じゃないだろ、お前の場合」
明後日の方向を見ながら、何か言い訳がましい言葉を口にする雪ノ下に、とりあえず突っ込みを入れておく。
生粋の方向音痴のくせに見栄をはるな、見栄を。
と、俺の言葉にかちんときたのか、雪ノ下の表情にまたしても怒りの色が滲んでくるのが見えた。
これ以上怒らせるのは非常によろしくないと瞬時に判断して、俺も慌てて発つ準備をする。
296 = 1 :
「分かった分かった、お供しますよさせて頂きますよ、とりあえずテーブルの上を片付けるからちょっと待ってくれ」
「不器用なあなたが片付けるより、お店の人に任せた方がスムーズよ、ほら」
「お? いや、ちょ……」
テーブルの上のゴミや食器を片付けようとしていた俺の、その腕を。
痺れを切らしたかのように、雪ノ下がそっと掴んでくる。
手を伸ばす直前、一瞬だけ躊躇したみたいだけれど――それでも、迷いを振り切るようにしっかりと。
細く綺麗な指が、確かに俺の腕を捉えている。
297 = 1 :
そうして掴んでしまってからは、雪ノ下の動きは早かった。
気付けば俺は立ち上がらされていて、促されるままに歩いている。
何これ? ドナドナか何か? 俺ってばいつの間に売られていく子牛になってんの?
そんな馬鹿なことを考える程度には、俺も混乱していたらしい。
周囲の嫉妬の視線も好奇の視線も変わらず注がれているのに、それが全く気にならない。
ただ雪ノ下に掴まれている腕にばかり、意識が集中してしまう。
雪ノ下の指は、しっかりと俺の腕を掴んでいる。
とても柔らかく、きっと優しく。
服越しでも、その温もりがじんわりと伝わってきて。
そのことを自覚して、心臓の鼓動が速まったような気がした
298 = 1 :
「さぁ行きましょう」
店を出た所で、ぱっと手を離す雪ノ下。
思わず、掴まれていた部分をじっと見てしまう。
安心したような、勿体ないような、そんな不思議な感覚も一瞬のこと。
気を取り直して、並んで歩き始める。
道案内は、まぁ俺がしないといけないんだろう。
歩きながら雪ノ下から店内地図を受け取り、開いて位置を確認する。
299 = 1 :
「で、どこ行きたいんだ?」
「この食器のお店よ」
「はー、食器ねぇ。皿でも割ったのか?」
「あなたと一緒にしないでほしいわね」
「おい待て、皿くらい誰だって割るだろ」
「普通の人は、故意に割ったりはしないわ」
「俺だって故意に割ったことなんかねぇよ、お前家での俺を何だと思ってやがる」
「内弁慶でしょう?」
「馬鹿言え、内でも地蔵だよ。小町にも両親にも、何ならカマクラにも逆らえないレベルだからな」
「あなたそれ、生きてて楽しいの?」
「あぁ楽しいね、これ以上楽しい人生があるかちくしょう」
300 = 1 :
いつもと同じようなやり取り。
いつものような暴言。
けれど何となく、二人の間の距離が近い気がして。
そしてそれを悪くないと思う自分が、少しだけ不思議だった。
まぁたまには、こういう休日も悪くないか。
帰ってから、小町に何を追及されるか分からないのが、ちょっと不安ではあるけれど。
しかし今日のこれ、陽乃さんはともかく、小町はどこまで予想してたんだろうな? ポイントも高いんだか低いんだか。
とりあえずご機嫌取りも兼ねて、お土産の一つでも買って帰った方が良さそうだ。
そんなことを思いつつ、雪ノ下と二人でゆっくりと歩いていた。
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