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    元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」

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    651 = 1 :


    「よくある商法だけれど、される側になると本当に困るわ」
    「いやまぁ厳しいかもしれんけど、仕方ないんじゃね? サービスなんだし。金に余裕のある人しか手に入れられないとか誰かに買い占められるとか、そういうことにならないような配慮なんだろ」

     こういう風に非売品のオマケで販売を促すケースはよくあるけど、世の中にはもっとあこぎな値段設定にして荒稼ぎする手合いだっているのだ。何とも世知辛い話だけど。
    そう考えれば、限られた数をできるだけたくさんの人にという思慮が窺える分、これはずっと良心的な設定だと思う。
    パンさんファンって結構多いみたいだし。

    652 = 1 :


     もっともそれは雪ノ下も承知しているらしく、表情に浮かんでいるのは怒りというより困惑の色が濃い。
    文句こそ口にしているが、何も本気で覆したいと思っているわけでもなく、それが無理だってのも理解しているだろう。

     とはいえ理屈は所詮理屈だ。いくらこねくり回したって、自分の感情をそう易々と抑え込めるもんじゃない。
    そりゃ愚痴の一つも言いたくなるだろう。
    それが何の解決にもならないと分かっていても、だ。

     ほしいけど、でも。意図はわかるけど、でも。
    そんなどうにもならない堂々巡り。
    俺の目の前で、雪ノ下は悲しげにすら見える程の困った顔で佇んでいる。

    653 = 1 :


     そうして悩んでいる姿を、眉根を寄せた横顔を、憂いを帯びた表情を。
    それらを見ていると、何故か俺の方が落ち着かない気持ちになってしまう。
    ひどくもどかしい気分に加えて、焦燥が募ってゆくのを自覚する。

     いや、おかしいだろ――とは自分でも思う。
    だって、こんなの直接的には俺に何の関係も無い話なのだ。
    黙って見ていて、雪ノ下が決めるのを待てばそれで全て済む。
    もちろん誰に責められる謂われもない。
    それだけのことのはずだ。

    654 = 1 :


     それなのに、そう理解しているのに、どうして俺の心はこんなにもざわついているんだろう。
    心の内からちくちくと突かれているかのような錯覚が、なぜ消えないんだろうか。
    俺は、一体何がそんなに気になっているというのか。
    自分で自分がわからずに、動揺と焦燥に翻弄されてしまう。

     そもそも今、俺に出来ることなんてほとんどない。
    ここで俺がミラクルを発揮して、この非売品を全て手に入れてやることなんてできるわけもないのだ。
    雪ノ下だって、俺にどうこうしてほしいなんて露ほども思っちゃいないだろう。
    プライドの高いこいつが、元よりそんなことを他人に期待するはずもないけど。

    655 = 1 :


     俺にできることなんて高が知れているのだ。
    余計なお世話かもしれない。それは分かる。
    まず望まれてもいないだろう。それも分かる。
    あるいは不審と不興を買うかもしれない。それすら分かっている。
    だって俺も雪ノ下も、そういう人間なんだから。

     でも、だ。
    だけど、それでも。
    理屈では、感情を抑えきることはできない。
    何よりそうしないともう気分が落ち着かないのだ。
    だから――

    656 = 1 :


    「とりあえず買う物は決まってんだろ? オマケだってすぐには無くならないかもしれんけど、早めに買っといた方がいいんじゃねぇの? 少なくなったら選択肢も減るだろうし」
    「……そうね、悩んでいても仕方ないものね」

     ふぅ、と小さくため息を吐いて、迷いを振り切るように踵を返す雪ノ下。
    少し遅れて、俺もそれに続く。

     レジに並んで少しして順番が回ってくる。
    商品の精算を始めると同時に、店員さんにオマケの人形一覧を提示され、雪ノ下は再び厳しい表情に変わる。
    オマケを選ぶだけでここまで苦渋の表情を作る奴もそうはいないだろう。
    その姿勢には逆に感心の念すら覚える。もうさすがと言う他ない。

    657 = 1 :


     そして、最後の審判と思わず評したくなるような決断の時。
    売り場でもしこたま悩んでいたはずなんだけど、ここでも幾つかの写真の間で視線と指先が何度も行ったり来たりしていた。
    本音では順位付けなどしたくないんだろうが、それでも唯一を選ばなければならない苦悩が容易に見て取れてしまう。

     その決して短くない苦悶と懊悩の果てに、ようやく雪ノ下がゆっくりと顔を上げ、絞り出すような声で一つの商品の番号を告げる。
    キャラクターグッズを選んでいるだけなのに、某クイズのファイナルアンサーばりの溜めと引きだった。
    そこまでのエネルギーが必要になるとか、それじゃ俺の千葉好きを笑えないだろ、こいつ。
    店員さんもきっと驚いているだろうに、それをおくびにも出さず、穏やかな笑顔で人形を差し出していた。まさにプロだ。

    658 = 1 :


    「はい、どうぞー。大切にしてあげてくださいね」
    「……えぇ、ありがとう」

     パンさんの人形を受け取ったところで、雪ノ下の表情もようやく柔らかく緩む。
    手元のそれに視線を落とし、微笑みを浮かべている。
    さっきまでの苦悩が嘘のような、慈愛すら感じさせる温かな表情。
    満足げに雪ノ下が出口へと向かう姿を見送ってから、俺もレジに並んだ。

     買い物を手早く済ませて店の出口に急ぐと、雪ノ下が待ち構えるように立っていた。
    ほぼ仁王立ち。なぜか知らんが俺を見下す勢いだ。というか数分も待てないのかよ。
    だが、出てくる俺の手に買い物袋があるのを見て、その表情に疑問の色が浮かぶ。

    659 = 1 :


    「あら? 随分遅いと思ったら、あなたも買い物をしていたの?」
    「まぁな。せっかくだし小町におみやげでもと思って」
    「そう、お気に入りのディスティニーキャラがいるのかしら」
    「いや、特定の何かにハマってるわけじゃないみたいだな。ディスティニーキャラなら何でもって感じだぞ、あいつ」

     言いながら雪ノ下の近くまで早足で歩く。
    それから二人で並んで店を出て、他の人たちの通行の邪魔にならない所まで進んで。
    そこで立ち止まり、くるりと振り返る。
    少し驚いた顔で足を止める雪ノ下。

    660 = 1 :


    「ちょっと、急に立ち止まらないで頂戴。なに? 忘れ物でもしたの?」

     少し不服そうな声。
    けれどこちらとしては、それを気にする余裕なんて無かった。
    一体どう話を切り出したものかと、頭の中でそればかりが回っている。

     しかし黙ったままでいても仕方がない。
    柄にもなく緊張していることを自覚しつつ、口を開く。

    661 = 1 :


    「あー……えっとさ、その」
    「日本語まで不自由になったのかしら。言いたいことがあるのならはっきり口にしなさい」

     上手く言えずに口ごもってしまった俺に、雪ノ下は不審そうな眼を向けてくる。
    腕を組んでのいつもの詰問スタイルだ。
    これ以上躊躇ってたら、不審が苛立ちに変わりかねない。
    それは困る。

    662 = 1 :


     意を決して、買い物袋の中からある物を取り出して、すっと差し出す。
    視線が俺の手元に向かい、それが何かを理解した瞬間、雪ノ下が目を丸くする。

     それは、さっき雪ノ下が迷った挙句選ぶことのできなかった人形の内の一つ。最後まで悩んでいた片割れだ。
    しっかりと確認したから間違いないはず。
    パンさん関連の商品を小町へのおみやげとして買ったのは事実だけど、今回の買い物の一番の目的はこれだった。

    「これ、さっきもらったから、やるよ」
    「……どういう風の吹き回し? あなた何を企んでいるの? それとも何か下心でもあるのかしら」

    663 = 1 :


     すっと目が細くなり、訝しむような声で問うてくる雪ノ下。
    予想はしていたけど、散々な言われようだった。

     まぁそうだよな、普段の俺からは考えられないもんな、こんな行動。
    俺だって自分でも不自然だって思うし。

     しかし困ったことに、何故と聞かれても、そりゃもちろん雪ノ下が言うような理由ではないのだが、だからといって自分でもその真意は上手く説明できないのだ。
    咄嗟に二の句を告げない俺に対して、怪訝そうな表情のまま、雪ノ下は探るように俺の目を覗き込んでくる。
    目と目が合って、一瞬互いの動きが止まった。
    はっきり言わない俺に苛立ちを感じている、という様子こそなかったが、それでもはっきりと不審そうだ。

    664 = 1 :


    「どちらにしても、それは受け取れないわね。あなたに施しを受ける謂われはないのだし」
    「いや、でも欲しかったんだろ、これ。お前最後まですげぇ悩んでたしさ」
    「……そうね、否定はしないわ。だけどそれでは質問に答えてないわよ。どうしてそれを私に渡そうとするの? 何が目的なの? 自分がいらないのなら小町さんに渡せばいいのではなくて?」

     差し出したままの俺の腕と、組まれたままの雪ノ下の腕。
    共に動きは無く、その距離は変わらず。
    予想はしてたけど、やはり一筋縄ではいかないみたいだ。

    665 = 1 :


     まぁ当然と言えば当然の話か。
    雪ノ下は、たとえ自分が欲しかったものだとしても、人からただ与えられることを良しとするような女ではない。
    理由もなく人から物を貰うなんて、むしろ忌避していそうですらある。
    そんなこと俺だってよく知っていた。

     知っていたのに――喜ばれるどころか不審がられて、場合によっては怒りすら買うかもしれないと想像していたのに、それでも俺はこれを手に入れて、こうして雪ノ下へと差し出している。
    改めて自分で自分がわからない。
    こんなの、目立たず出しゃばらず波風立てずのぼっちがやることじゃないだろう。

    666 = 1 :


     理屈ではわかっているのに。
    なのに、どうして俺はこんなことをしているのか――自分の中の何かに突き動かされるような、そんな衝動的な行為だったけど、その何かがわからなかった。
    いつだって自分の気持ちというのは、自分自身ではどうしたってままならない。

     もどかしく悩む俺を、しかし雪ノ下は何も言わずにじっと見ていた。
    怒るのではなく、厭うのでもなく、ただ静かに。
    黙ったまま俺の答えを待っている。

    667 = 1 :


     もっと以前であれば、俺から物を貰うなんてあり得ないとか言って、話も聞かずに一蹴されていたかもしれない。
    あるいは怒りすら滲ませまがら、無言で立ち去っていたかもしれない。

     でも、今は違う。
    真っ直ぐに俺を見据えるその目は、ただ純粋に俺の真意を問うている。
    俺の言葉を、待ってくれている。

     その目を見て、少しだけ心が落ち着く。
    動かなかった頭が、ゆっくりと回り始める。
    止まっていた何かが動き出すような、そんな感覚があった。

    668 = 1 :


     さっき小町に煽られたから、というわけでもないけど。
    以前に陽乃さんに唆されたから、というわけでもないけど。
    いつか由比ヶ浜に諭されたから、というわけでもないけど。

     少しだけ、素直になってみてもいいのかもしれない、と思った。
    いつも捻くれている俺だけど、斜に構えて全てを疑ってかかってばかりいる俺だけど。
    たまには素直に言動を受け取って、素直に心情を吐露しても、いいのかもしれない、と。

     何よりも、雪ノ下に変な嘘や誤魔化しはしたくなかった。
    はっきりと言葉にできないまでも、せめて正直に。
    そう思うと、自然に言葉が口をついていた。

    669 = 1 :


    「――これは、小町に渡そうと思って買ったもんじゃねぇよ。これはお前に――雪乃にあげたくて、手に入れたんだ」
    「だから、どうして? それを私が受け取る理由はないじゃない」
    「理由とか理屈じゃないんだよ。下心とか疑われるかもしれないけど、そういうのでもなくて……何て言ったらいいんだろうな、あぁもう」
    「……」

     がしがしと頭を掻き毟る。
    いざとなると、やはりどうにも上手く表現できない。
    動機の言語化ってこんなに難しいのかよ。

    670 = 1 :


     焦りそうになる俺に、けれど雪ノ下はそれ以上の言葉を重ねない。
    ただ静かに、目で続きを促してくる。
    いつもの透明な表情。
    正でも負でもなく、喜でも怒でもない。
    けれど続く言葉次第では、どちらにも転んでしまいそうな。

     それに気付くと、ある気持ちが心にすとんと落ちてくる。
    あぁそうだ、俺は雪ノ下に――

    671 = 1 :


    「――何ていうか、さっきしかめ面で悩んでるお前を見てたら、すごい心がもやもやしたんだよ。それが嫌だったんだ」
    「それで?」
    「いや、それでっていうか……だから、全部は無理にしたってせめてもう一つくらいはって思ったんだよ。そうせずにはいられなかったっつーか、そうしないと落ち着かなかったっつーか。だから別にこれを渡してどうこうとかは全く考えてねぇよ。要はただの自己満足だ、俺がそうしたかっただけ。本当にそれだけなんだよ」
    「……」

     結局のところ、突き詰めてしまえばそういうことになるだろう。
    一番の動機というか、そうしたかった最大の理由はこれだ。
    要するに、俺は雪ノ下の辛そうな表情を見ていたくなかったのだ。
    その為に何かをしたかったという、ただそれだけのこと。

     しかし気付いてしまえば、何とも自分勝手な話のように思える。
    雪ノ下からすれば、本当にただの大きなお世話だろう、こんなの。

    672 = 1 :


    「って、まぁでも確かにこれじゃ、お前が受け取る理由にはならねぇよな……」

     口にした事で、ちょっとトーンダウンしてしまった。
    実際、無理に受け取らせるのも何か違うだろう。
    そんなの押しつけがましいことこの上ない。

     そう考えて腕を引こうとしたところで。
    雪ノ下がそっと腕組みを解くのが見えた。
    そしてそのまま俺の方へと差し出される手。
    驚いて視線を上げれば、さっきと違って穏やかな表情の雪ノ下。

    673 = 1 :


    「相変わらず、不自由で不器用な言葉遣いね」
    「うっせ、そっちも相変わらず容赦ねぇじゃねぇか」
    「それが私だもの。だけど、言いたい事は何となくわかったわ。要は打算なんてなくて、それでも強いて理由を挙げるなら自分の為にそうしたかったんだと、そう言いたいのでしょう?」
    「ん……まぁそうだな、そうなるな。いやそんな風に言われたら何かすげぇ自分勝手に聞こえてあれなんだけどさ」
    「そうね――でも、そういう理由なら構わないわ。ありがたく受け取ってあげる」
    「え?」

     一瞬、自分の耳を疑った。
    まじまじと凝視してしまうが、そこに冗談やからかいの色は窺えない。
    まるで、俺も理解していない俺自身の行動の理由を、全て理解しているかのように。
    穏やかで晴れやかな微笑みを浮かべながら、どこか嬉しそうに、何故か楽しそうに、雪ノ下は手の平をこちらに向けて差し出している。

    674 = 1 :


    「なに? その表情」
    「いや、だってお前、受け取る理由がないって言ってたのに」
    「そうね、あなたが安易に私の為とか口にしていたなら突っ撥ねていたわ。憐れみも施しも真っ平御免だもの。だけど違うのでしょう?」
    「あぁ、そうじゃない」

     強く否定する。
    憐憫とかそういう感情は、普通は自分よりも立場が下にある相手に持つ感情だ。
    だから決して、そういう感情で取った行動なんかじゃない。
    俺の返事に、雪ノ下が少しだけ笑みを深くする。

    675 = 1 :


    「それならば話は別よ、あなたの行動が自分の為と言うのならね。あなたは私にそれを渡したいと思っていて、私はそれを欲しいと思っている。つまり結果として、あなたは自己満足を得られて、私は欲しい物が得られる、ということになるでしょう。であれば双方の利害が一致しているとも言えるもの。だから、ありがたく受け取ってあげる」
    「相変わらず屁理屈がすげぇな。しかも、ありがたく受け取ってあげるって言い回しとか」
    「間違ってはいないでしょう」

     しれっとのたまう雪ノ下。
    その表情はやはりどこか楽しそうだ。
    何を楽しんでいるのかまでは、今の俺には分からないけど。

     しかし確かに間違ってはいない。
    俺が渡したいだけなのだから、受け取ってあげるとなるわけで。
    でも自分も欲しいと思っていたものだから、ありがたくと付くわけだ。
    なるほどなるほど。

    676 = 1 :


     と、そこまで考えて、不意におかしくなってきた。
    本当にもう、一体俺たちは何をやってんだか。
    人形を手に入れてそれを渡すという、ただそれだけの事を成す為に、一体どれだけ理由を付けて、理屈を作って、言葉を重ねなきゃならないんだ?

     こんなの葉山とかその辺のリア充連中なら、悩む間もなく終わってるだろう。
    『人形ほしいなー』→『じゃあ俺が手に入れたのやるよ』→『やったーありがとう』
    これだけで済む話なのだ、簡単に言ってしまえば。

    677 = 1 :


     それをまぁ、どこまで遠回りして頭使って言葉を尽くして悩んで迷っているんだか。
    俺たち二人、揃いも揃ってどんだけややこしいんだよ。
    欲しいなら欲しいと言えばいいし、渡したいなら渡したいと言えばいい。
    そしてそれをお互い素直に受ければいいだけのことなのに。

     理由が無かったら物一つ渡せない。
    根拠が無かったら物一つ受け取れない。
    そんな不器用な捻くれっぷりを思うと、もうおかしくてしょうがなかった。
    こんなの誰かに馬鹿と言われても、とても文句なんて言えないだろう。

    678 = 1 :


     とは言え、である。
    確かに傍から見たら無駄で間抜けなやり取りに映るかもしれないけど、それでも。
    これは決してただそれだけの、そんな無意味なことではないはずだ。
    そうでなかったら、俺が今こんな気分になることは、きっとなかっただろうから。

    「どうしたの? 不気味な笑みを浮かべて」
    「いらん形容詞付けんな。ちょっとおかしくなってきただけだっての」
    「そう、ようやく自覚してきたということね」
    「だからそういう意味じゃねぇ。ったく、じゃあほら、これ受け取ってくれよ」
    「えぇ――ありがとう」

    679 = 1 :


     パンさんの人形が、ようやくのことで俺の手から雪ノ下の手へと移った。
    瞬間、何とも言えない達成感のようなものを覚える。
    いや、この程度のことで何をそんな大げさなとは思う。
    何しろあれだけ頭を使って精神的に疲労までして、その結果できたことと言えば、人形を一つ手渡したことだけなのだから。

     けれど、たったそれだけのことだとしても。
    言葉にすればほんの一行で済み、動作にしても数秒とかからないことだけど。
    それはきっと俺たちにとって、ささやかでも大切な一歩だ。

    680 = 1 :


     改めて雪ノ下の方へと目を向ける。
    雪ノ下はパンさんの人形を見ながら静かに微笑んでいた。
    柔らかく、慈しむような優しい微笑み。
    穏やかな春の日射しを思わせるような、あるいはそっと野に咲く可憐な花を思わせるような。
    そんな年相応な、一人の女の子の笑顔がそこにある。

     気付けば目は釘付けとなり、言葉を失い、意識も絡み取られ、心まで奪われてしまっていた。
    きっと今までの何時よりも近い距離で、雪ノ下が微笑んでいる。
    むず痒いような、こそばゆいような、不思議な気分だった

    681 :


     こんな笑顔を見ることができるのなら、さっきのあの苦労なんてかわいいもんだとか。
    そんな馬鹿な考えさえ脳裏を過ぎる始末だ。
    誰かの為に何かをすることを喜ぶような、そんな奉仕の精神なんて俺は持ち合わせていなかったはずなのに。

     俺は変わりつつあるんだろうか?
    変わることができるんだろうか?
    変わっても、良いんだろうか?

     すぐには答えを出すことはできないけど。
    それでも、踏み出した一歩を悔む気持ちは微塵も無かった。
    だったら、もう少しこのまま進んでみることにしよう。
    皆の後押しがあったにしろ、何より他ならぬ自分自身が、そうしたいと思ったんだから。

    682 :

    俺ガイルスレ難しいのにここまで書けるとかすげえ、

    俺じゃあできねえw

    683 = 1 :

    ちょっとすいません、⑤のラストまであとちょっとなんですが、キリが良いので一旦ストップします。
    正直ちょっと色々限界なので……早ければ明日にでも続きを上げてきます。

    捻デレさんってややこしいけど、傍から見てる分には結構可愛いと思う。
    素直になればいいのにと思いつつ、でも素直になり過ぎると違和感がひどくなるし、この二人は色々難しいですね。
    二人で幸せになればいいのに。
    8巻が楽しみでもあり怖くもあり。

    684 :

    腰は大事にしておけよ乙

    685 :

    ぎっくり腰は注射一本でかなり楽になりますね。
    乙&お大事に。。。無理はされないように。

    686 :

    八雪かわええのぅ

    687 :


    八雪が最強なんだよなあ

    688 = 1 :

    こんばんはです、お読み頂き感謝&ご心配おかけして申し訳ない。
    何とか日常生活は送れるようになってます。
    まだ仰向けでは寝れんけど。
    完治したら腹筋背筋鍛えるかー。

    さておき続き上げてきます。
    今日こそ⑤をラストまで……っ!

    >>682
    お褒めの言葉感謝です。
    八雪好きでしたらぜひ書いてみてくださいww
    でも確かに八雪は書くの難しいですね、二人とも捻デレだし。
    でもこのもどかしい感じが大好物です。

    689 = 1 :


     それから、何時までも道を占拠してる訳にもいかないし立ちっ放しで少し疲れてもいたので、喫茶店へ立ち寄ることに。
    幸い店もすいていたのでスムーズに注文を終えて席へ。
    そこで俺もようやく一息つくことができた。が、ついたため息がひどく重い。
    どうやら想像以上に疲労していたようだ。
    雪ノ下が言うように、俺ももう少し慣れないと色々持たないかもしれない。

     さておき、砂糖やミルクをたっぷり入れたコーヒーを飲んでくつろぐ俺の目の前で、雪ノ下は手に入れた品物の数々を整理していた。
    いつも通りを装っているつもりのようだが、喜色を隠し切れていない。
    笑みを浮かべそうになるのを抑えているのか、時々頬がぴくりと動くのが分かる。何とも微笑ましいもんだと思う。
    口に出したら怒りを買うのは分かっているので言わないけど。

    690 = 1 :


    「しかしパンさんって本当に人気あるんだな、あれだけコーナー占拠してるとは知らんかった」
    「当然でしょう。無知って怖いわね。全世界で愛されているキャラクターなのよ? パンさんは」
    「ま、まぁ限定グッズが出るくらいだもんな。それにしてもあれだ、ファンとしちゃ嬉しいだろうけど、それ以上に大変だろ」

     今更言うまでもないことだけど、パンさん絡みとなると雪ノ下は目の色が変わってしまう。
    俺の言葉でユキペディアさんが覚醒しそうになったので、咄嗟に話題を切り替える。
    語り始めたら長そうだし。
    そういうのはまた次の機会に、ということで。

    691 = 1 :


     その判断が功を奏してか、雪ノ下がパンさんの魅力を語り始めることはなかった。
    が、言葉だけじゃなく動きまで止まってしまっていて。
    よく見れば、やけに難しい表情を浮かべている。

     あれ? 俺今ひょっとして地雷踏んだ?
    どうにも言葉を挟めずにいると、雪ノ下が一つ息をついて再起動する。
    何故かは分からんけど、ふっと遠い目をしながら。

    692 = 1 :


    「えぇ、その通りよ。限定グッズは時々発売されるのだけれど、全て手に入る訳ではないの。もちろん私もできる限り手を回して策を尽くして事に当たるわ。けれど一人ではどうしても限度があるから……今までだって一体何度苦杯をなめてきたことか」
    「表現が一々怖いんだけど。何? お前一体何と争ってんの? キャラクターグッズの話をしてるはずなのに、どうしてそんなに殺伐とした世界観が展開されてんの?」

     微妙に悔しそうな表情で語る雪ノ下に、思わず突っ込まずにいられなかった。
    夢と魔法の世界の住人を巡って、権謀術数を駆使しようとしてんじゃねぇよ。
    しかし雪ノ下からすればそれは当然のことらしく、さらっとスルーされてしまう。

    693 = 1 :


    「お金だけの問題ならともかく、今回みたいに数量限定となると、どうしてもね。かといってネットオークションの類はどうにも信用が置けないし」
    「お前も案外苦労してんだな」

     深いため息と共にしみじみと語られてしまった。
    正直なところ俺には今いち理解できない大変さだ。
    とはいえ、これは雪ノ下にとっては大事な問題なのだろう。
    それが分かるだけに、つい言葉が口をついてしまう。

    694 = 1 :


    「まぁ、その、もしまたこういうのがあったら、言ってくれれば別に手くらい貸すぞ」
    「あら、どういう風の吹き回しかしら?」

     さっきと同じような返し。
    けれど先程と違って、怪訝そうな空気はそこにはない。
    くすりと小さく笑いながら、余裕の表情での言葉だった。

     雪ノ下はきっと全て分かっているのに、それでも敢えて俺に言わせようとしているのだろう。
    こいつ、陽乃さんみたいなことしやがって。
    まぁ彼女に比べれば随分可愛いもんだとは思うけど。

    695 = 1 :


    「……さっきも言っただろ、それと同じ理由だよ。あとは察してくれ」
    「人任せは感心しないわね。あなたの言葉で聞きたいのだけれど」
    「お前、意地が悪いぞ。つーか何度も聞いたって仕方ないだろ、こんなの」
    「そんなことはないわ――だって、悪い気はしなかったもの。あなたが純粋にそう考えてくれたことは、ね」

     人差し指をぴんと立てて口元に当てながら、片目を閉じて悪戯っぽい笑みを浮かべる雪ノ下。
    その言葉に、そんな仕草に、咄嗟に何も言えなくなってしまう。
    花咲くような笑顔とはこのことか。
    こんなの目の当たりにしたら、抗うことなんてできようはずがないじゃないか。

    696 = 1 :


     もはや否も応もない。
    心の中で静かにお手上げだ。
    ここまできてしまえば、もう何を喋っても一緒だ、とか。
    そんなほとんどやけっぱちみたいな心境で、本音のところを口にする。

    「あーもう! 要するに、俺が雪乃の力になりたいってだけなんだよ。ただの俺の自己満足、それだけ。何つーかお前の辛そうな顔とか見たくねぇし……」
    「ふふ……随分と素直じゃない、珍しいこともあるものね」
    「お前が言わせたんだろうが」

    697 = 1 :


     優雅に微笑む雪ノ下と、憮然とした表情の俺。
    けれど、俺だって別に不快な気分ではなかった。
    何よりも――

    「でもそうね、じゃあ、ありがたく手伝いをお願いしようかしら」

     ――目の前でそんなに嬉しそうな笑顔を見せられたら、文句なんて言えるわけがない。
    元より、今口を開いたところで、まともな言葉になるのかは正直疑わしいけど。
    何しろ心臓はさっきからうるさいくらいに騒いでいるし、頬もきっと赤く染まってしまっているだろうから。

    698 = 1 :


     改めて思う――こんなのほとんど反則だと。
    であれば当然、ただのぼっちに太刀打ちできる道理も無い。
    傾国の美女という言葉のその端緒を、図らずも垣間見てしまった気分ですらある。

     持て余すような不思議な感情を抑えるように、手元のコーヒーを口に運ぶ。
    さっきまで仄かにあったはずの苦みを感じられず、普段よく飲むMAXコーヒーよりも、なぜかずっと甘く感じた。
    あぁ、本当に今日の俺はどうかしてるみたいだ。
    仕方がない、これもまた諦めが肝心なのだと無理矢理納得しておくことにしよう。

    699 = 1 :


     それから、連絡の為にと携帯の番号とメアドを交換した。
    何とも今更感が半端無かったけど、それは俺だけだったようで、雪ノ下はいつも通りの冷静な表情で携帯を弄っている。
    あるいは慣れない登録に手間取って他のことを気にする余裕がないだけかもしれないけど。使い慣れてなさそうだもんなぁ。

    「……と。さて比企谷くん、一つ言っておくけれど、用が無い時に頻繁にメールを送ってこないように」
    「言われんでも。大体俺がメールを送りまくって楽しむようなキャラだと思ってんのか?」
    「まさか。むしろメールを楽しんでる人を見て、僻んだり妬んだりするキャラよね?」
    「そこまで歪んでねぇよ、ただメールに縛られて可哀想だなぁって憐れむだけだ」
    「より重症じゃない」
    「放っとけっての」

     いいんだよ別に。そもそも大切なのは量じゃない、質だ。
    小町からのメールがあるってだけで、俺は他の連中の数倍幸せな自信があるぞ。

    700 = 1 :


    「とにかく節度は守るようになさい。まぁ一日一通未満までは許可してあげるわ」
    「おい、それはあれか、俺に一切メールを送んなって言ってんだな?」
    「あら、数学が苦手という話だったけれど、よく気付いたわね」
    「日本語まで苦手だって言った覚えはないぞ」
    「そうね、あなたが苦手なのは生きることよね」
    「ばっか、お前言っとくけど俺ほど生きる素養を持ってる奴もそうそういないぞ。生き残る為なら土下座でも靴舐めでも余裕で出来るレベルだからな」
    「そんな状況に追い込まれている時点で論外でしょう……」

     こめかみに手をやって呆れたような表情を見せる雪ノ下。
    全く失礼な奴だ。まぁ称賛されても引くけどさ。
    生きることは大切だけど、そんなこと考えて生きている人間はいないのである。
    昔の偉い人は良い事を言った。いや人じゃなかったっけ、初出は。


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