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    元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」

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    101 = 1 :

    「んー、だけどあたしが作っても絶対こうはなんないし。何でかなぁ?」
    「変な隠し味とかに挑戦するからじゃないかしら?」
    「最近はしてないよ」

     ああでもないこうでもない、と話す二人を見ながら紅茶を一口。
    鼻腔を擽る香りも、口の中にほわっと広がる爽やかな味わいも、普段家で飲むそれとは余りにも違う。
    銘柄とかは分からないけど、多分これも相当いい物なんだろうなぁ。
    さておき、このまま二人の様子を見てても別にいいんだけど、とりあえず思ったことを口に出してみる。

    102 = 1 :

    「いや、レシピ通りに作るってのが結構難しいんだと思うぞ、特に由比ヶ浜にとって」
    「何? ヒッキーってば、あたしがレシピも読めないとか思ってんの?」
    「違う、正確さっつーか再現性の問題だってことだよ。俺だって菓子作りとかできないしな、料理は多少できても」
    「はぁ? 意味分かんないし。どういうこと?」
    「菓子を作るってのは、料理作るのとは全然違うんだよ。菓子作りはとにかく正確にやんなきゃなんないの。三分かきまぜろって書いてたらきっちり三分間一定の強さでかきまぜなきゃ駄目だし、砂糖十グラムって書いてたらちょっとのズレも駄目、一ヶ所でも間違えたらもうアウト、っつーくらい厳しいもんなの」
    「えー、何それ、そんなにややこしいこと本にも書いてなかったよ?」
    「そりゃそこそこの出来でいいんならな。でもお前が雪ノ下レベル目指すってんなら話は別だ。それこそ秒単位ミリグラム単位でもズレが許されないと思うくらいでちょうどいい」

     実際、雪ノ下だからこそ、ここまで美味しい菓子が作れるんだと思う。
    正確で几帳面で丁寧で、まぁ菓子作りにこれ程向いてる性格もないだろ。
    あとは体力さえあれば、カリスマパティシエにだってなれるに違いない。別になりたいとは思わんだろうが。

    103 = 1 :

    「別に私も、そこまで几帳面にやっているわけではないわよ」
    「例えだ例え。分かり易いだろ」
    「うわー、そんなの絶対無理」

     意図通り俺の思いが伝わったらしく、かくんと肩を落とす由比ヶ浜。
    うーん、ちょっと言い過ぎたか……でも、間違っているとは思わないんだよな。
    というか雪ノ下が別格過ぎるだけとも言えるけど。
    ホントどんだけ規格外なんだよって話だ。

    104 = 1 :

    「別に、そこまで菓子にこだわんなくてもいいんじゃないのか?」
    「うぅー、だってまだ美味しいお菓子作ってあげれてないし……」

     俺に聞こえないようにか、ぼそぼそと小声で由比ヶ浜が何か呟いている。
    どうも譲れない何かがあるみたいだけど。
    何となくフォローしないといけない雰囲気を感じて、深く考えずに代替案を口にする。

    「どうせチャレンジするなら、普通の料理の方にしてみたらどうだ? そっちの方がまだしもお前には向いてると思うぞ」
    「え? そう?」
    「途中で失敗しても後からリカバリー可能だし、そこまで正確さ要求されないし、オリジナリティとか発揮させやすいし、レシピとの違いがあってもそれが個性になったりもするしな」

    105 = 1 :

     実体験からだ。伊達に何年か食卓を任されちゃいない。
    そんな俺の言葉に、由比ヶ浜が顔を上げてきらきらした目をこちらに向けてくる。復活はえぇ。

    「そ、そっか。じゃあさ、ヒッキーはあたしが料理作ったら食べてくれる? あ、味見としてだよ、味見として」
    「そりゃ、まぁ食べていいってんなら、ありがたく頂くけど」

     そんな目で見られたら、否定の言葉なんて口にできるわけもない。
    まぁ、よっぽどでない限り、そこまでひどい失敗はしないと思うし……だよね?
    ちらと雪ノ下に視線を向けると、ふいと逸らされた。
    え? もしかして俺、早まった?

    106 = 1 :

    「そうだ、ゆきのん!」
    「な、何?」

     由比ヶ浜の声に、びくっと雪ノ下が過敏に反応する。
    珍しい、内心少し後ろめたかったんだな。
    由比ヶ浜は気付いてないみたいだけど。

    「今度一緒にお料理しようよ」
    「え? 一緒に?」
    「うん、できればお料理も教えてほしいなって、その、できたらでいいんだけど」

     指をくにくにさせつつ、上目遣いで尋ねる由比ヶ浜。
    その真っ直ぐな視線を向けられた雪ノ下はたじたじだ。
    こういう風に直球で来られるのに慣れてないんだよな、ぼっちって。分かる分かる。

    107 = 1 :

    「駄目、かなぁ?」
    「い、いえ、そんなことはないわよ」
    「ホント? じゃあ」
    「そうね、週末にでも家に来る?」
    「やったぁ! ゆきのん、ありがとう!」

     由比ヶ浜はぱっと満面の笑みに変わると、そのまま雪ノ下に抱きついた。
    見慣れた光景である。俺が蚊帳の外になってるところまでセットで。
    うんうん、仲良きことは素晴らしきかな。
    一人で感嘆していると、雪ノ下がこちらに冷ややかな視線を向けてくる。

    108 = 1 :

    「何を遠い目をしているの、あなたも来るのよ?」
    「え? マジで?」
    「当然よ、枯れ木も山の賑わいと言うでしょう」
    「言うけど、この場合の例えとして使ってほしくなかったね」

     誰が枯れ木だよ、もっと適切な言葉を使えっての。
    言いたいことが分かるだけに微妙に腹が立つ。
    事あるごとに俺をディスり過ぎだろ、お前は。
    常に機会窺ってんじゃねぇよ。

    「うん、ヒッキーもよろしくね」
    「お、おう」

     と、由比ヶ浜は輝かんばかりの笑顔をこちらにも向けてきた。
    思わずどもってしまったのも仕方のないところだろう。
    そんな無防備な表情を見せられると、その、何だ、困る。

    109 = 1 :

    「気をつけて由比ヶ浜さん、比企谷くんの目の澱みが悪化しているわ、狙われているわよ」
    「ひでぇ言い草だな、おい」

     何で雪ノ下が言うんだよ、いや由比ヶ浜に言われるんならいいって意味ではなく。
    全く、ちょっと動揺しただけでこれだ。
    本当に俺のトラウマをさり気なく刺激するのが上手い奴だと変に感心する。

     と、そんな感じでなし崩しに週末の予定が確定してしまった。
    なお、結局今日も依頼は一件もなかったんだが、これでいいのだろうか? 奉仕部って。
    顧問も碌に顔を出さない時点で、まぁ推して知るべしではあるけど。

    110 = 1 :

    と、すいません、今日はちょっとここまでということで。
    また明日続きを上げますので。
    まだ半分くらいだよ……予想以上に時間がかかるなぁ。
    乙女なガハマちゃんはもうちょっと先で。

    デレのん、書きたいですねぇ。
    でもあんまりストレートにデレるのも何か違う気がしてしまうというか。
    きっとこの子、物凄く分かり難くデレるんだと思うんですよ。まぁ偏見かもですが。
    そういうややこしいところも可愛く感じてしまう辺り、割と自分も重症だなと思いますw

    ではまた明日に。

    111 :

    乙 デレのん期待してるよ!

    112 :


    八雪の絡みやっぱ良いわぁ

    113 :

    乙 ラーメン屋の帰りくらいのわかりずらいデレでもおうふってなる俺にスキはなかった

    114 :

    ゆきのんかわええ

    115 :

    結衣可愛いなぁ

    116 :

    ゆきのんペロペロ

    117 :

    もう一回名前呼びする展開オナシャス!

    118 :

    雪ノ下さんはデレても比企谷くんって呼んでいるイメージがある

    119 = 1 :

    やっはろー、お待たせして申し訳ない。
    そろそろのんびりと続き上げてきます。
    まったりお付き合い頂ければ。

    120 = 1 :

     時は流れて週末。
    ぼっちの俺の日常に、特筆すべき点などあるわけもない。
    夏休みに日記の宿題があった小学生の頃、正直に朝起きてご飯食べて宿題やって本読んでご飯食べて寝た×四十日をやったことだってあるくらいだ。
    もちろんその後は皆の前で晒し者にされた苦い記憶である。

    「ゆきのん、来たよー」
    「今開けるわ」

     由比ヶ浜と待ち合わせをして、合流した後は真っ直ぐに雪ノ下のマンションへ。
    なお料理に使う食材は、雪ノ下が事前に準備してくれるという。
    予め作る料理を決めておくことでリスクを回避しようという意図が読み取れる一幕だ。雪ノ下さんマジ策士。

    121 = 1 :

     到着してインターホンを押して待つこと暫く。
    オートロックの扉が開き、由比ヶ浜と並んでマンション内へとお邪魔する。

    「いつも思うんだけど、オートロックって廊下こんなに開いてたら意味ないんじゃないのかな?」

     以前来た時と違って余裕があるからか、歩きながらきょろきょろと周囲を見回している由比ヶ浜。
    まぁ言いたいことは分かる。
    だけどお上りさんでもあるまいし、あんまり不審な動きは止めてほしい。

    122 = 1 :

    「オートロックに不審者対策効果はあまり期待されてないだろ。ただ変な勧誘はガードできる。これがでかいんだと思う」
    「変な勧誘? 新聞とか?」
    「そういうのもあるけど。何よりあれだ、宗教か詐欺か知らんが変なこと吹き込んでくるやつ。一度家に来た時に相対したことがあるが、あいつら人間じゃねぇ。俺の顔見て悪い物が取り憑いてますって躊躇う事なく言い切ったからな」

     その後はお定まりの流れで、変な壺か何かを売りつけようとしてきやがった。
    普通そういう時って、家に変な物が憑いてますとか言うだろ。人の顔を何だと思ってやがる。
    もちろんその場で110番ちらつかせて追い出しましたが何か?

    123 = 1 :

    「あ、あはは、相変わらずだね、ヒッキー」

     由比ヶ浜さんは引きつった笑みを浮かべるだけで、全然フォローしてくれませんでした。
    まぁ慣れっこだから気にしない。

    「他人事みたいに考えてるけど、お前ぽわぽわしてて騙されやすそうだから気をつけとけよ」
    「うん、ってあれ? あたし心配されてるの? 馬鹿にされてるの?」
    「馬鹿だから心配なんだよ」
    「何それ、ちょっと腹立つんだけど」

    124 = 1 :

     ぷくっと膨れる由比ヶ浜だが、こればっかりは至極妥当な心配だと思うぞ。
    きっと雪ノ下も賛成してくれる。その後で俺を追撃して撃墜するオマケ付きで。
    何なら俺を攻める方がメインになってる可能性もあるくらいだ。
    しかし、あいつは想像の中でさえ大人しくしてくれないのか――

     それからも暫くジト目を向けていた由比ヶ浜だったが、エレベーターを下りて雪ノ下の家の前に着いた頃には、もう笑顔に戻っていた。
    良い意味で切り替えが早い子である。
    こういう所も人気の理由なんだろうなぁ。

    125 = 1 :

    「ゆきのん、やっはろー」
    「こんにちは、由比ヶ浜さん」
    「おっす」
    「何? 挨拶もまともにできないの?」

     恒例の由比ヶ浜の熱い抱擁は素直に受け入れたのに、後に続く俺には氷点下の視線が送られました。
    何この温度差、俺の心を割りたいの?
    雪ノ下的に、やっはろーは挨拶に入るけど、おっすは入らないらしい。
    死ぬほど無駄な知識が増えて、喜びのあまり涙が出るわ。

    126 = 1 :

    「……コンニチハ」
    「はいこんにちは、よくできたわね」

     褒めんな。

    「この調子なら、根気よく教えれば単純労働くらいはマスターできるかしら」
    「おい、褒めるならせめて最後までその姿勢を貫け」

     上げて落とすとか、笑いの基本に忠実に動きやがって。
    お前は出たての芸人か。

    127 = 1 :

    「それじゃあ時間ももったいないし、早速始めましょうか」
    「おっけー、がんばろー」

     玄関先での微笑ましいやり取りもそこそこに家の中へ。
    リビングに通されて待つこと暫く、奥の部屋から雪ノ下がエプロンを身に着けつつ戻ってきた。
    いつぞや買っていた黒い生地のエプロンだ。
    相変わらず似合い過ぎな程に似合っている。
    髪も後ろで一つにまとめていて、普段と少し違う姿にちょっとどきっとしてしまう。

    128 = 1 :

     横に視線を移せば、同じくエプロンを鞄から取り出して装着している由比ヶ浜。
    こちらはこちらで、雪ノ下から誕生日プレゼントにもらったものを持ってきたらしい。
    見立て通りというか、可愛い感じのそれは、由比ヶ浜にとてもよく似合っていた。

     同級生たちのちょっと家庭的な姿にドキドキしている俺の心中など露ほども気にせず、二人は揃ってダイニングに並んで動き始めている。
    パーフェクトに無視されるのは別にいつものことだから気にもならんけど、これ俺がいる意味あるのか?
    これならまだ買い出しにでも行かされた方が気が楽だぞ。
    手持無沙汰に茫然としていると、雪ノ下がちらと視線だけこちらに流してくる。

    129 = 1 :

    「突っ立ってないでソファに座ったら? 必要があれば呼ぶから、それまでは好きにしてていいわよ」
    「お気遣いどーも」

     折角のご厚意なので、言われるがままソファに腰を下ろすことにする。
    と、身体がふんわりと沈みこんでゆく。何これ、柔らけぇ!
    包み込まれるような安心感に、思わず脱力してしまう。
    自分の家のソファとのあまりの違いに愕然としてしまった。
    他人の家に来てこんなにくつろぐのもどうかと思わないでもないけど、家主の了解も得てるわけだし、まぁいいかとその安らぎに身を委ねる。
    油断してると、このまま寝落ちしてしまいそうで少し怖い。

    130 = 1 :

    「それで今日は何を教えてくれるの?」
    「そうね、手頃と思われるもののレシピを用意しておいたわ」

     好きにしろとは言われたが、そうそう勝手な真似もできないし、そんなことしたら何を言われるか分かったものではない――というか分かりきっていると言うべきか。
    なので、大人しく座ったまま、何とはなしに二人の方へと視線を向ける。
    何を作るかあっさり決まったのか、早くも二人は調理に取り掛かっていた。
    材料を取り出し、レシピを見ながら、雪ノ下の指導を受ける由比ヶ浜。

    131 = 1 :

     時折危なっかしい感じはあるものの、思ったよりも手際は悪くないように見える。
    少なくとも、あのクッキー作りの時と比べれば雲泥の差だ。
    もしかしたら、家でも結構練習していたのかもしれない。
    雪ノ下の教えに素直に答えて、真剣な眼差しで調理に取り組んでいる姿に、気付けば意識を奪われていた。

     料理は技術以上に気持ちが大事だとは言うけれど、その点で考えると、今日の由比ヶ浜はばっちり合格だろう。
    真剣に、真摯に、素直に。
    その姿勢に感心せずにはいられない。
    感嘆せずには、いられない。
    一生懸命に何かに打ちこむ姿は、それだけで人の心に響くものがある。
    そういえば、由比ヶ浜ってこういう風に一生懸命になれるやつだったんだよな。修学旅行の時も――

    132 = 1 :

    「ヒッキー! ヒッキーってば!」
    「お、おぅ」

     ぼーっとしていたつもりもないんだけど、つい反応が遅れてしまった。
    はっと我に返ると、由比ヶ浜が怪訝そうな目でこちらを見ている。
    そこでようやく自分が呼ばれていると気付いて、慌てて立ち上がりダイニングの方へ向かう。

    133 = 1 :

    「どしたの? 寝てたの?」
    「不躾にも程があるわね、初めて訪れた他人の家でも平気で寝られるなんて。恥の概念すらないのかしら」
    「まず初めてじゃないだろ、この家に来るの。さり気なく記憶から追い出すの止めろよな」

     これで、家から追い出されないだけまだマシか、と思うようになったらいよいよ末期なので気をつけないといけない。
    しかしまぁ、好きにしてていいと言ってたくせにこれである。
    全くもって油断も隙もない。
    いやまぁ今回油断も隙もあったのは俺の方なわけだけど。

    134 = 1 :

    「でも、何かぼーっとしてなかった?」
    「いや悪い、すごい頑張ってるなーってずっと見てたから」
    「え? 見てたの?」
    「あぁ、何ていうか、すごい真剣だったしさ、ちょっと感心してた」
    「わ、わ、そんな……」

     正直に言ったところ、由比ヶ浜がちょっと焦ったような声を上げた。
    少し頬を朱に染めつつ、手を顔にやって、首を左右に振りながら視線を彷徨わせている。
    それだけ見れば非常に可愛らしい仕草なのだが、まず自分が今何をやっていたのかを思い出してほしい。

    135 = 1 :

    「由比ヶ浜さん! 菜箸菜箸! 危ないわよ!」
    「あ、ご、ごめんねゆきのん」

     珍しく慌てた様子の雪ノ下の言葉に、由比ヶ浜もはっと我に返り、振り回す格好になっていた菜箸をまな板の上に戻す。
    それを見届けてから、雪ノ下がじろりとこちらを睨んでくる。
    何でだよ、別に俺が悪いわけじゃない――こともないのか?

    136 = 1 :

    「変なこと言って悪かったよ。で、何かあったのか? まさかド派手に失敗かまして後片付けの手伝いが必要とか?」
    「べ、別に変なことじゃ……っていうか派手に失敗って何!? ヒッキーはあたしの料理の腕を馬鹿にし過ぎ!」
    「いや、それくらいしか俺を呼ぶ理由が思いつかなくて」
    「もう。違うって、味見に決まってんじゃん」

     呆れたように言いつつ、びしっと俺の方を指差す由比ヶ浜。
    とりあえず人を指差しちゃいけません。小学校で習ったでしょ。

    137 = 1 :

    「ふふーん、これは結構いけてると思うよー。はいヒッキー、食べてみて」
    「え? いや、ちょっと」

     俺の視線を爽やかにスルーして、由比ヶ浜は自信満々な様子で、楽しそうに小皿に乗せた料理を箸で小さく取り、俺の方へと向けてくる。
    無邪気に自然に行われるその行為に、こっちの方が動揺してしまう。
    いやいや、何でそんなナチュラルに俺如きに手ずから食べさせてくれようとしてんの?
    それとも俺が間違ってるの? こういうのって当たり前なの? 調理実習とかでよくある風景? そんなの知らないって。

     そんな風にあたふたしている間にも、箸先は俺の口元に迫ってくる。
    楽しげな由比ヶ浜の笑顔には、しかし相変わらず疑問のぎの字も窺えない。
    ただ当たり前のことを当たり前にしているが如くだ。
    その表情を見ていると、意識している俺の方が阿呆らしく思えてきて、もういいやと口を開いてそれを受け入れることにする。

    138 = 1 :

    「んぐっ」
    「ね、どう? どう?」

     勢い良く突っ込み過ぎだ、ちょっと刺さったぞ。
    そんな俺の抗議の視線もやはり無視したまま、由比ヶ浜がきらきらした目で尋ねてくる。
    まぁ由比ヶ浜にとっては、いつぞやのリベンジも兼ねてるわけだから、高揚するのも仕方ないのかもしれない。

     さておき、あまりに真っ直ぐな目を向けられて、こちらも毒気を抜かれてしまった。
    ということで、俺も口に入れられたそれを素直に咀嚼して味わってみる。
    飲み込んでから、これまた素直に感想が口をつく。

    139 = 1 :

    「意外だ、美味しい」
    「一言余計だし!」
    「あぁいや悪い、何というか以前のクッキーのイメージが残っててさ。良い意味で期待を裏切ってくれたなーって感じで」
    「もう、どうせなら普通に褒めてよ」
    「まぁ比企谷くんにデリカシーが無いのは厳然たる事実にしても、確かにそう思うのも無理からぬところではあるわね」

     一応俺を援護してくれる雪ノ下。
    でもそれなら前半部分はいらなかったよね。こういう所では本当にこいつはぶれない。
    何にせよ二対一の状況になってしまったせいで、由比ヶ浜がぷくっと膨れる。

    140 = 1 :

    「ゆきのんまで……」
    「そうは言うけど由比ヶ浜さん、今日だってここに至るまでに、どれだけの回り道があったかを忘れたわけではないでしょう?」
    「えーっと、うん、それはありがとうだけど」

     少し難しい顔をしながらの雪ノ下の言葉に、ちょっとトーンが下がる由比ヶ浜。
    あぁ成程、やっぱり今日も結構苦戦してたんだな。
    外から見てたから気付かなかったけど。
    よく見ると、雪ノ下の表情には確かに疲労の色が滲んでいる。

    141 = 1 :

     ちらと流しの方に目をやると、結構な惨状だった。惨状っつーか戦場?
    今日これまで如何に大変だったかが容易に窺えるな。雪ノ下も大変だっただろう。
    とは言ってもだ。

    「でも、それだけ頑張ったってことだろ。今すぐに雪ノ下レベルまでなろうったってそりゃ無茶だけどさ、今日一日だけで凄い上達したってことだし。胸張っていいと思うぞ」

     なぁ、と雪ノ下に視線を向けると、そうね、と頷いて返してきた。
    良かった、さすがにこのタイミングで俺を罵倒はしないでくれたよ、やったね。

    142 = 1 :

    「比企谷くんの言う通りよ。正直最初は道具の使い方も危なっかしかったけれど、大分慣れたんじゃない? この調子なら上達も早いと思うわ」
    「そ、そうかな。えへへ、ありがと」

     数回瞬きを繰り返して、俺たちの言葉の意味をのみ込むと、由比ヶ浜は嬉しそうにはにかんだ。
    見ているこっちも照れ臭くなるような、明るくて真っ直ぐな笑顔。
    普段なら皮肉の一つも口にするところだけど、さすがにこの場で水を差すほど野暮なこともないだろう。
    たまにはこういう時間があってもいいか、と俺も黙って見守ることにした。

    143 = 1 :

     それから最後の仕上げをまた二人で完成させた後、テーブルにそれらを並べ終えると、そこはちょっとした晩餐会の様相を呈していた。
    ここまで敢えて突っ込まなかったけど、お前ら気合い入り過ぎだろう。
    称賛こそすれ文句なんてあるわけもないけど。

     さておき、もちろん完成した料理は、夕食としてスタッフが美味しく頂きました。
    こんな豪華な食事は生まれて初めてかもしれないと思わず零してしまった時の、由比ヶ浜の喜びとも同情とも取れる微妙な表情ちょっと印象的だった。

     しっかり料理を堪能してから後片付けまで終わった頃には、既にとっぷり日は暮れてしまっていて。
    明日も休みとはいえ、あまり遅くなる訳にもいかないし、とそこで解散と相成った。

    144 = 1 :

    「じゃあゆきのん、今日はホントありがとね」
    「えぇ、ちょっと大変だったけど、私も楽しかったわ、こちらこそありがとう」

     玄関で友情の再確認をしている二人。
    うんうん、仲良きことは美しきかな。
    またも一人感嘆していると、雪ノ下が俺の方にも視線を向けてくる。

    145 = 1 :

    「比企谷くんも、一応感謝しておくわ、協力してくれたわけだし」
    「いや、礼を言うのはこっちだろ。美味い飯も食べられたしさ。ありがとな」
    「あら、珍しく素直じゃない、皮肉を言ってきたら叩き潰す準備をしてたのに」
    「お前は素直過ぎるんだよ」

     珍しく上機嫌なのか、小さく笑みを浮かべている雪ノ下。
    何だかんだ言って、由比ヶ浜と一緒にする料理は楽しいことだったらしい。
    その笑顔が常とは異なり、何だか無邪気な風に見えたのは、俺の錯覚なのか感傷なのか。

    146 = 1 :

    「あぁ、あとはこれね」
    「ん? 何だ?」

     思い出したようにぽんと手を打ってから、雪ノ下が棚の上に置いていた小さな紙袋を手にとって、俺に渡してくる。
    中を覗くと、可愛らしくラッピングされたお菓子が入っていた。

    「お土産よ、小町さんに渡してあげて頂戴」
    「小町に?」
    「えぇ、前に食べてみたいと言われたことがあったのよ、だから作っておいたんだけど」
    「そうか、何か悪いな、小町の為に。ってあれ? でも二袋も入ってるぞ」
    「小町さんにだけ、という訳にもいかないでしょう。一つは一応あなたの分よ。だから小町さんの分を横取りしないように」
    「するか、小町が俺のものを横取りすることはあっても、その逆はねぇよ」

    147 = 1 :

     お前、比企谷家のヒエラルキーなめんなよ。
    何なら、カマクラよりも俺の方が低い可能性も否定できないくらいなんだぞ。

     しかしそんなことで絶望する俺ではない。
    居場所ってのは与えられるものではなく、自ら作り出すものなのだから。
    まぁ現実作り出せてはいないんだけど。
    あれ? それじゃ駄目じゃん。
    事実に気付いて少しへこむ俺に、雪ノ下が呆れたような目を向けてくる。

    148 = 1 :

    「何を情けない事を堂々と……全く。それと由比ヶ浜さんの分はこれね」
    「わぁ、ありがと。って、何か今日もらってばっかだ……」
    「気にしないでいいわよ」
    「そんなわけにもいかないよ。うん、次はあたしが何かご馳走するから」

     きゃいきゃいとやり取りしている二人を横目に、渡された紙袋をもう一度覗き込む。
    中の菓子もそうだけど、包装まで綺麗にされていて、少なからぬ時間と手間がかけられていることが一目で分かる。
    きっと由比ヶ浜に渡した物も同じだろう。
    雪ノ下が俺たちの為にそこまでしてくれたという事実を前にして、心の中にじんわりと温かいものが広がるような感覚があった。

     由比ヶ浜だけではなく、きっと雪ノ下も、奉仕部での色々な活動を経て、何かが変わってきているのだろう。
    では、俺は? 果たして俺はどうなのだろうか?
    ふと自問してみたが、答えは浮かんでこなかった。

    149 = 1 :

    「ヒッキー、またぼーっとしてるの? そろそろ帰らないと」
    「お、おう、分かった。んじゃまた明日な、雪ノ下」
    「ゆきのん、また明日学校でね」
    「えぇ、また明日。それと由比ヶ浜さん、帰り道気をつけてね、比企谷くんに危険を感じるようなら迷わず防犯ブザーを押すのよ」
    「俺限定で危険を予感するの止めてくんない?」

     折角いい話で今日を締められると思った矢先にこれだ。
    前言撤回、こいつやっぱ変わってねぇよ。
    構成する要素に俺への敵意の成分が多過ぎるだろ、少しはバファリンを見習え。
    しかし風邪薬の本来の目的を考えると、成分の半分を優しさという目的外のことに使用している点で、そのアピールは割と本末転倒って気がしないでもない。

    150 :

    あの優しさは胃に優しいという意味


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