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    元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」

    SS+覧 / PC版 /
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    551 = 1 :


    「んー、でもホント、どうしてこの辺こんなに人いないのかな?」

     ずずっとストローからジュースを吸い上げつつ、小町が周囲を見回している。
    不思議そうに小首を傾げているが、俺に言わせれば、その原因は目の前のこいつが何かやらかしたことにあるとしか思えない。
    じとっと半眼を向けてやると、案の定というか材木座はすっと目を逸らした。

    552 = 1 :


    「ぬ、ぬぅ、それはあれだ。我の造り出す絶対領域を突破できるだけの魔力を持つ者がそうそうおらぬというだけのこと。喜べ、お主たちは選ばれたのだ」
    「選んでいらんわ。つか何の誤魔化しだよ」

     言いつつ材木座の席の辺りに視線をやると、こいつが持ってきたと思しき鞄が一つ。
    その口が少し開いていて、そこから何やらちょっと露出度高めの女の子の絵があるのが見えた。
    あぁ知ってる知ってる、あれってちょっとえっちぃ感じの漫画だったよな、確か。
    ちなみに何でそれを俺が知っているかについては黙秘しておく。言わぬが花なのだ。

    553 = 1 :


     しかしまさかこいつ、こんな公衆の面前でそんな萌え系のマンガ開いてたんだろうか?
    だとすれば、一周回ってむしろ逆に感心してしまうぞ。
    そんな俺の視線に気づいたのか、材木座が慌てて手元の鞄の口をさっと閉じる。
    しかしまぁ時既に遅しもいいところだった。
    一瞬の沈黙。

    「――お前、ある意味マジで勇者だな」
    「もはははは、何を言うか八幡よ、お主も同類ではないか」
    「同類かどうかはともかく、さすがにこんな所で堂々とそれを読む勇気は俺にはねぇよ」

    554 = 1 :


     さりげなく仲間に引き込もうとしてんじゃねぇっての。
    落ちるなら一人で落ちろ。

    「かっ、何を戯言を。自らの好む物を何故隠す必要がある? 自身の趣味・嗜好を偽らずに生きることが許されぬのならば、そんな世界をこそ我は拒絶しよう!」
    「いや格好いいこと言ってるつもりか知らんけど、お前今隠したよな、いや今っつーか多分もっと前に」
    「う、うむ、それはやんごとなき事情があったが故の苦渋の決断だ」

     そわそわと視線を泳がせる材木座。
    あぁ成程、要するに意気揚々と席に着いて本を開いたけど、そこで周囲の冷たい視線に気づいて慌てて隠したってことか。
    我が道を行くと言う割には周囲の目を気にするんだよな、こいつ。
    本当に空気を読める奴なんだか読めない奴なんだか。

    555 = 1 :


    「まぁいいけどさ、とりあえずちょっと向こう行ってくれる?」
    「何故さらっと排除しようとする!? 最初に席を取ってたのは我だぞ!」
    「いいからいいから」
    「くっ! まさか我を斯様に邪険に扱おうとは、魂で繋がった相棒に何たる仕打ち……ふん、女にうつつを抜かして、そこまで堕ちたか八幡よ」
    「は? お前何言ってんの?」
    「とぼけるな、お主が先週に何をしていたか、我が知らんとでも思っているのか?」
    「いや、だから――」
    「え? なになに? ちょっと中二さん、その話詳しく」

    556 = 1 :


     俺の発言を遮って、小町が凄い勢いで食いついた。
    テーブルから身を乗り出しつつ、材木座に期待の眼差しを向けている。
    む、何か腹立たしいが、対する材木座の方は明らかに気圧されて狼狽えてるので、これは不問にしておいてやろう。

    「ぬ、ぬぅ、それはあれだ、その――」
    「小町食いつき過ぎ、落ちついて席に戻んなさいって」
    「お兄ちゃんちょっと黙ってて、小町的にこれは聞き逃せない話の予感がするから」

    557 = 1 :


     言いつつも、無理のある体勢だったからそれなりに辛かったのか、乗り出した身を戻す小町。
    興奮未だ冷めやらぬって感じではあるけど。
    何でこういう話には入れ食いなんだよ。少しは警戒しろっての。

     実際、聞いてるこっちは気が気でないのだ。
    材木座の場合、当て付けにあることないこと言う可能性が否定できないし。
    あんまり変なこと言ったら鼻にストロー刺してやろう。
    俺が密かに決意をしていると、小町との距離が開いた事で落ち着いたのか、材木座は一つ呼吸をして遠くを見やる。

    558 = 1 :


    「ふ、あれは先週の安息日のことだった――」
    「何? お前キリスト教にでも改宗したの? 普通に日曜って言えよ」
    「我はいつもの定められた運命の道筋に沿って街を探索していたのだが」
    「あ、その辺いいんで。結論だけ言っちゃってください。兄がどこで誰と何をしてたんですか?」
    「ふ、ふむ、我が見たのは、八幡があの冷徹なる御仁と並んで歩いている姿だった。最初は見間違いかとも疑ったがしかし――」
    「だ・か・ら! どこで! 誰と! ですか!? もー、それじゃ分かんないでしょう。ここが一番大事なんですよ? 分かってます?」
    「あ、えっと、ららぽーとで、奉仕部の部長さんと、歩いてるのを、見たんです、けど……」

    559 = 1 :


     しどろもどろな言い回し。あぁ材木座のヤツ、完全に素に戻ってやがる。
    相変わらず女子に詰め寄られるのに弱いよな、こいつ。
    俺? 俺はそもそも女子に詰め寄られること自体ないから、弱いとか強いとかもない。ぼっちマジ最強。

     そんな風に現実逃避していると、小町がぐりんと顔を向けてきた。
    にんまりとちょっと悪そうな笑みを浮かべながら。
    あ、駄目だこれ、こいつまた何か変な風に曲解して受け取ってる予感がするぞ。

    560 = 1 :


    「もぅ、何さお兄ちゃんてば、先週陽乃さんに呼ばれた後にちゃっかり雪乃さんとデートしてたんだぁ。なーんだ、陽乃さんに散々おちょくられただけとか言ってたけど、やることちゃんとやってんじゃん、照れ隠しだったのかこのこのぉ」
    「待て小町、その言い方は語弊があるぞ。デートじゃないから。全然デートでも何でもないから。単にあれだ、あの時陽乃さんが雪ノ下のヤツをその場に呼んでて、それから色々あって陽乃さんが帰っちゃったから、代わりに買い物に道案内役としてついてっただけでだな」
    「誤魔化さなくていいって。それよりお兄ちゃん名前名前、ちゃんと雪乃って呼ばなきゃ、でしょ?」
    「誰がこんなとこで――」
    「な、なぬー!」

     小町の追及を否定しようとしたところで、突然がたっと立ち上がる材木座。
    わなわなと手を震わせて、驚愕の表情をこちらに向けている。
    というか、こっちの方がびっくりしたわ。

    561 = 1 :


    「な、何だよ材木座、驚かせんなよな」
    「は、八幡! 貴様どうせいつも通り一方通行だろうと思っていたら、いつの間に我を差し置いてそんな女子と名前で呼び合うなどというけしからん関係に!? 穢れておるぞ!」
    「だから違うって言ってんだろ、俺と雪ノ下は別に何も――」
    「あ、何か最近雪乃さんの方から名前で呼んでって言われたみたいですよー。手作りクッキーもらったりとかしてたし。もどかしいけど、こうちょっとずつ育んでいってるって感じがいいですよねー」
    「に、にゃにぃ! ぷじゃけるな貴様ぁっ!」

     さり気に投下された小町の爆弾発言が駄目押しになったのか、材木座は真っ赤になりながら俺を指差して罵ってきた。
    何なら頭から湯気が噴き出してんじゃないのかって錯覚するほどの怒り方だ。
    さながら沸騰したヤカンを眺めているような気分である。つまりは触るな危険。

    562 :

    人体発火、限界を超えてか

    563 = 1 :


     しかし何でそんなに意味深に煽るかなぁ、小町も。
    いつだってしわ寄せは俺に来るんで止めてほしいんだけど。

     俺の心中を他所に、材木座は憤懣遣る方無いとばかりに地団駄を踏みつつ涙目になっていた。
    いや、泣くなよこんな下らんことで。
    ちょっとは冷静に俺の話を――と思いつつもどうせ聞いてくれないだろうから諦めることにする。
    そしてその判断は悲しいくらいに正解だった。

    564 = 1 :


    「このうなぎり者めっ! 惨めにフラれて路頭に迷え! ちくしょう、八幡なんかもう知らん! 二度とゲーセンに誘ってやらんからな!」
    「裏切り者な。あと別に誘ってほしいって頼んだ覚えないから」

     捨て台詞を残して、だっと駆け出す材木座。
    それでも途中でトレイとごみはきちんと片づけていく辺り、割と躾は行き届いてるのかもしれない。
    しかし何か変な誤解されちまったじゃねぇか、全く。
    まぁ言いふらすようなヤツじゃない(というかその相手がいない)から事実上問題は無いとはいえ――

    565 = 1 :


    「……」
    「ん? どしたの? お兄ちゃん」

     ちらと小町にジト目を向けると、何らやましい所はありませんと言わんばかりの無垢な笑顔を返された。
    どうやら俺の非難の意思は微塵も伝わらなかったらしい。
    あるいは伝わったけど敢えて無視しているかだ。

    566 = 1 :


    「どしたのじゃねぇよ、あいつ絶対変な勘違いしてんぞ」
    「小町的には勘違いじゃないと思ってるんだけどなー、ていうか嘘は一つも言ってないし」
    「だから……はぁ、まぁいいか、材木座なら大丈夫だろうし。でも他の奴にはそういうこと言うなよ?」
    「えー? なんでー?」

     眉を寄せながら頬を膨らませて、目一杯不満ですってアピールしてくる小町。
    というか、そもそも俺と雪ノ下の間にこいつが邪推するような何かがあるわけでもないのに、何でそんなに文句言いたげなんだよ。
    むしろ俺の方が文句を言ってもいいんじゃないだろうか。

    567 = 1 :


    「なんでも何もないだろ、そもそも雪ノ下とデートとかしてないんだって。あれは買い物に仕方なしに付き合わされたってだけでさ」
    「いやそれこそ無いでしょ。あの雪乃さんが仕方なしで誰かを連れ回したりとかすると思う?」
    「そりゃ、まぁそうかもしれんけど――でも状況によるだろ、そういうのって。道に迷ったりとか困ってる時なら嫌々でも」
    「だからぁ、雪乃さんが嫌々誰かと一緒に行動なんてするわけないじゃん。本当に嫌なら一人で苦労する方を選ぶでしょ、雪乃さんなら。大体お兄ちゃんが付き合わされたって言うってことは、誘ったのは雪乃さんの方なんでしょ? つまりはそういうことなんだよ」
    「? どういうことだよ?」
    「はぁ……」

     小首を傾げていると、やれやれと言わんばかりに大仰に肩を竦められた。
    だから何で今日の小町はちょくちょく欧米ナイズされてんだよ。
    もしかして俺が知らないだけで、何か英語圏の人をリスペクトするようなイベントでもあったの?

    568 = 1 :


    「ホントお兄ちゃんってどうしようもないよね、何でそんな朴念仁なの?」
    「さり気なく兄をディスるのは止めろっての。つーかお前、最近雪ノ下の影響受け過ぎだろ」
    「とにかく! お兄ちゃんはもうちょっと人の言葉を素直に受け取るべきなのです」
    「はぁ」

     びしっと俺を指差してくる小町。
    行儀が悪いから止めなさい、とはどうにも言い難い空気だった。
    でも正直そんなこと言われても反応に困る。

    569 = 1 :


    「むぅ、何か気の無い返事だし」
    「信じる者がバカを見るこの世界で、そんな素直になれとか言われてもなぁ」
    「だから捻くれ過ぎだって、もう。そんな誰彼構わず信じろなんて言ってないでしょ。ただ雪乃さんの言うことは信じなきゃダメだよって言ってるの」
    「いや、そりゃまぁ雪ノ下のことを疑う気なんてないけどさ」

     そんな改まって言うことでもないだろう。
    雪ノ下のことまで信じられなくなったら、それはもう本当に誰も信じられなくなったと言うに等しい。
    その時は完全に社会から脱落してるぞ、俺。

    570 = 1 :


    「ふーん……それならまぁ、今はそれで良しとしておくね」
    「だから何でそんな上から目線なんだよ」

     俺の目をじっと覗き込んでいた小町だったが、少しして満足げに頷いた。
    その生暖かい視線は止めてほしい。聞いちゃくれないけど。
    しかしとりあえず落ち着いたらしいので、それで良しとしておこう。

    571 = 1 :


    「とにかく他の奴には喋らないでくれよ、本当に」
    「大丈夫だって、お兄ちゃんを困らせるようなことはしないから」
    「何か引っかかるけど……まぁいいや。じゃあ小町、そろそろ帰ろうぜ」
    「はい? 何言ってるのお兄ちゃん、これで帰っちゃうなんて勿体ないじゃん、却下だよ却下」
    「いやでも用事も済んだし、何か疲れたし、帰って家で休みたいんだけど」
    「はぁ……お兄ちゃんってホント女心が分かってないよね」
    「んなこと言われてもなぁ」

     大仰なため息の後、ちょっと蔑んだような目で見られてしまった。
    ちょっとこれ、本当に雪ノ下の影響受け過ぎじゃないの? その内、息するように俺を罵倒し始めないだろうな?
    お兄ちゃんは小町の将来が心配です。

    572 = 1 :


    「とにかく、女の子と一緒の時に疲れたとか禁句だよ」
    「えー? つーか何でそんなことで怒られてんの? 俺」
    「とーぜんじゃん。これから雪乃さんとかとデートする時だってたくさんあるかもだし、もう今から小町がばっしばし鍛えちゃうからね!」
    「死ぬほどいらんお世話だっての――んで、結局どうすんだ? これから」

     小町が何やら鼻息荒くやる気満々だったので、矛先を逸らすべくさり気に話題を軌道修正。
    これ以上しんどい面倒事を背負わされちゃ堪ったものじゃない。
    いらん思考よ吹っ飛べ。
    願いが通じたのか、小町の動きがぴたりと止まり、思案するように口元に指をあてる。

    573 = 1 :


    「んー、どうしよっか」
    「何か買いたいもんとかないのか?」
    「今は別にないかなぁ」
    「それじゃあどうすんだよ」
    「目的とかいいじゃん、適当に見て回ろうよ、いいの見つかるかもだし」
    「んな行き当たりばったりな」
    「いいのいいの、お兄ちゃんと一緒に見て回るってのが大事なんだから。これ小町的にポイント高いよね」
    「そのポイントの基準が分からないんだって」

     突っ込みを入れつつも、別に反対するつもりはない。
    正直だるいはだるいけど、適当に見て回るだけで満足してくれるなら安いもんだし。小町の為だし。
    ということで方針も決まり、トレイとかを片付けて店を出ると、小町が俺の手を掴んで引っ張りつつ歩き出した。
    並んで歩きながらその横顔を窺う。

    574 = 1 :


    「で、まずどこから行くんだ?」
    「だから適当だって。あっちの方から行ってみよー」
    「了解了解、行き先は任せるわ」
    「任されましたー」

     いつも通り元気な笑顔で意気揚々と歩く小町。
    機嫌が良さそうで何よりだ。
    あとは何も考えず大人しくついていくだけ。実に楽なもんだ。
    願わくば人生もこうありたい。口に出したら怒られそうだから言わないけど。

    575 = 1 :


     小町は人の流れに逆らわず、エスカレーターへと向かって歩いている。
    そうして気楽な気分で歩くこと暫し。
    周囲に人ばかりと言っても、只の背景だと割り切ってしまえば気にもならなくなってくる。そんな頃合だった。

     色を失くしたような無味乾燥な景色の中に、ふと一際鮮烈な輝きを見つけた。
    さながら舞台の上に立つ主演女優にスポットライトが当たった瞬間のように、目を、意識を惹きつけられてしまう。
    時を同じくして、小町も気付いたらしい。ぽそりと隣から呟く声。

    「あれって、ひょっとして雪乃さん?」

    576 = 1 :

    ということですいません、今日はこの辺で。
    しかしようやくご登場で一安心ですww
    また近いうちに続きを上げたいと思いますので、しばしお待ちを。

    でもまずは7.5巻の熟読が先か……?
    でれのん分が補充できれば最高なんですが。
    楽しみなような怖いような。

    577 :

    乙。材木座……。

    あ、別にもっと書いてくれてまったく構わないんだよ?

    579 :

    SSっていうより携帯小説に近いな

    580 :

    ゆっきのんきたこれ!

    581 :

    ゆきのん可愛いのう

    582 :

    やっはろー。読んで頂いた皆様に感謝です。
    しかし発売日なのに7.5巻が手に入らない……これだから田舎暮らしは困る。
    とりあえず続きを書きつつ入手できるのを待つことにします。

    さておき、ようやくゆきのんのターンだし、と気合い入れて書いてます。
    ただ続きを上げられるのはもうちょっと先になりそうです。
    楽しみにして頂いている方には申し訳ないですが、もうちょっとお待ちください。
    以上、業務報告でした。

    583 :

    ゆきのん萌え

    584 :

    萌え

    585 :

    萌え

    586 :

    胸が・・・

    588 :

    エプのんかんわええ

    589 :

    "ぷじゃけるな"って言い回し懐かしいなぁ。
    はまち本編で材木座がその言い回しを使ってたかどうかは知らないけども。

    590 :

    乙乙。
    7.5の猫ペティアさんかわいい!

    591 :

    やっはろーです。
    7.5巻読みました……が、正直ゆきのん分が足りない! とか我儘なことを思ってしまいました。我ながら罪深い……
    でも八幡が、他の男がゆきのんに触れようとするのが許せない的な描写になってたのはアリだったww(考え過ぎかもですが)

    さておき続きですが、まだ書ききれてないです。
    書きたいシーンであり大切なシーンでもあるので、どうしても時間がかかってしまいますね。
    何より八雪への渇望が……っ!

    ということで、⑤の完結はまだもうちょっとかかりそうです。
    ただまぁ全く上げないのもアレなので、切りの良い所までは上げてこうかと。
    暫しお付き合い頂ければ。

    592 = 1 :


    「あれって、ひょっとして雪乃さん?」

     ショッピングモールの案内のパンフレットを手に、右へ左へと視線を彷徨わせているのは、紛れも疑いようもなく雪ノ下雪乃その人だった。
    ワインレッドのロング丈スカートにベージュのカーディガンという秋色の落ち着いた装いの上に、艶やかな黒髪が踊っている。
    例によって例の如く、通りかかる人が振り返ったり、近くで屯っている連中がちらちら視線を送っていたりと結構な注目度だが、当人はそれどころではない様子だ。
    もっとも何をしているかは想像するに容易い。きっとまた道に迷っているのだろう。

    593 = 1 :


     けれど、そうと分かっていてもなお、長い黒髪をなびかせながら透き通るような表情で左右を窺っているその姿は、誰しも惹かれずにいられない。
    困ったように少し眉を寄せているその憂いの表情は、見ている側の方がため息をつきたくなる程の魅力を湛えている。
    気付けば、さっきまで無色にも思っていたはずの風景は、その瞬間に一陣の風が全て吹き飛ばしたかのように、鮮やかな色合いを取り戻していた。

     雪ノ下は柔らかく景色に溶け込み、そしてただそれだけで周囲の風景を神秘のヴェールに包んでしまっている。
    ショッピングモールの何の変哲もない窓ガラスさえ、雪ノ下の背景にあるというだけで、さながら荘厳な大聖堂のステンドグラスであるかのような錯覚を抱かせてしまう。
    燦々と降り注ぐ陽光すら彼女を祝福しているようで、絵心のある人ならばきっと、この景色をモチーフにさぞ素晴らしい絵画を創り出せることだろう。

    594 = 1 :


     新雪のように真白な肌と黒曜石のように輝く黒髪の鮮やかなコントラストが、彼女の存在感から現実味を削り取ってしまっている。
    夢か現か幻か――人の世界にありながら、どうしてこうまで幻想的なのだろうか。
    強く主張するような華麗さはないけれど、そっと寄り添うような可憐さを携えた立ち姿。

     そのあまりにも清らかな景色を壊してしまいそうな気がして、とても声を掛けることなんてできなかった。
    みっともなくも、言葉もなく、ただ立ち尽くすのみ。
    さながら人の無力をまざまざと見せつけられているかのように。

    595 = 1 :


    「雪乃さーん、こんにちはー」

     そんな静寂の空間に思いっきり風穴が開く。
    俺の懊悩や葛藤など何処吹く風、と小町は果敢に雪ノ下へと声をかけつつ歩み寄っていく。
    この空気をまるで気にしないとか、小町さんマジぱねぇ。

     しかし、良くも悪しくもマイペースなその振舞いにつられて、俺の方も再起動できた。
    なので、先を歩く小町にのこのことついて行く。
    とそこで、呼ばれた雪ノ下が振り返って小町を認め、その表情を少し緩ませる。

    596 = 1 :


    「あら小町さん、こんにちは、元気そうで何よりね」
    「いーえー、雪乃さんこそです。でもでもこんな所で会えるなんて、凄く嬉しい偶然もあるんですねぇ」
    「ふふ、そうね――ところで少し気を付けた方がいいわ、目つきの怪しい男があなたの跡をつけてきてるから」
    「おい、会って早々それかよ、ご挨拶にも程があるだろ、雪ノ下」

     小町を見ていた時の穏やかな表情から一転、俺を見る時にはすーっと冷たい目に変わっていた。
    お前はあれか、いちいち俺のことを罵倒してからじゃないと会話に入れない病気にでもかかってんのか。
    医者行け、医者。もう手遅れかも知らんけど。

    597 = 1 :


    「やー確かに目はちょっとアレですけど、一応これでも小町にとってはそれなりに頼れるお兄ちゃんなんで、どーぞご安心を」
    「お前もお前で実はフォローする気ないだろ」
    「えー? ちゃんとしてるじゃん」
    「……いやまぁいいけどさ」

     そんな今更なことを言い合ってても埒が明かんし。
    しかし、何で休みの日にこうまで知り合いに会うかなぁ。
    千葉って結構広いはずなんだけど。

    598 = 1 :


     ぼっちの行動パターンが似通うというのも、あながち妄言とまで言い切れないのかもしれない。
    そんな風にやるせない感じに浸っていると、わざわざ聞こえよがしにため息をついて、雪ノ下が改めて俺へと向き直る。

    「それにしても随分奇遇ね。あなたが休みの日に出歩くなんて、明日は嵐でもくるのかしら」
    「珍事みたいに言うなよな、いくら俺でも年がら年中家に閉じこもってるわけじゃねぇよ」
    「そう、ではとうとう追い出されたということね」
    「違うっつの。勝手に俺んちの家庭事情を想像して完結させるの止めてくれる? 今日はあれだよ、小町に上手いこと誘導されて買い物に来ただけだから」
    「結局主体性はないんじゃない。あなたの生き方はどうでもいいけど、せめて小町さんには迷惑をかけないようになさい」

    599 = 1 :


     相も変わらぬ上から目線でのお言葉だった。あまりのありがたみに言葉もないわ。
    しかし俺への文句はさておき、何でお前が小町の姉みたいに振舞ってんの?
    小町の為に生きてると言っても過言じゃない俺に対してその忠告とか、おこがましいにも程があるぞ。
    口に出したら小町にさえ引かれそうだから言わないけど。

    「雪乃さんもお買い物ですか?」
    「えぇ、せっかくの休みだし、色々と見て回ろうと思って」

    600 = 1 :


     翻って、小町の質問に対しては淡く微笑みながら返す雪ノ下。
    びっくりするくらいの温度差だった。砂漠の昼夜でもこうは行かない。
    大自然よりも過酷とか、雪ノ下さんマジぱねぇ。

     それにしても、この辺の使い分けを見ていると、姉との血の繋がりを感じるね。
    もしかしたら、この微笑みが徹底的に強化されたら、陽乃さんのあの外面みたいになってしまうのかもしれない。
    んー、そう考えるとちょっと微妙な気分になるな。もちろん雪ノ下ならそうはならないと確信はしてるけど。
    まぁとりあえず買物だってんなら――


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