元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ☆
151 = 1 :
「大丈夫だよ、ヒッキーは。あたし信じてるから」
「……」
うん、もちろん由比ヶ浜に他意はないと思うんだけど。
雪ノ下の前言があれなだけに、むしろ釘を刺されたように思えてしまう。被害妄想かな。
いちいち心配しなくても、そんな阿呆な真似はしねぇよ。
雪ノ下に見送られながら、エレベーターに乗り込む。
ドアが閉まって移動を始めるまでずっと、二人は手を振り合っていた。
152 = 1 :
「今日、楽しかったね」
「そだな、まぁ悪くない休日だったと思う」
マンションを出て、由比ヶ浜と二人並んで歩く帰り道。
秋も深まりつつあるこの季節、既に周囲は闇に包まれていて、街灯が仄かに道を照らしている。
周囲に人の気配はなく、時折横の道路を車が通るくらいで、とても静かな道行だった。
153 = 1 :
「何それ、ホント素直じゃないよね、ヒッキーって」
「馬鹿言え、俺ほど素直な奴も珍しいぞ」
「うわー、どの口が言うんだか」
くすくすと楽しそうに笑う由比ヶ浜。
面白いことを言ったつもりはないぞ。
とはいえまぁ、確かに素直な感想を言ったわけでもなし、ツッコまれるのも仕方ないところではある。
154 = 1 :
「ん、とりあえず料理はホント美味しかったぞ」
「えへへ、ありがと。そう言ってくれると嬉しい。あとはゆきのんの手助けなしで作れるようになんないと、だけどね」
「つーかよく考えたら、今日の俺って何もしてないな。お前ら二人が料理しながらキャッキャウフフしてるのを見て、出てきた料理を食べただけだし」
「キャッキャウフフって……」
あれ? 何か言葉の選択間違えた?
そんな呆れた目で俺を見られても困る。
と、気を取り直すかのように小さく息を吐いてから、由比ヶ浜がまたこちらに視線を向けてくる。
155 = 1 :
「でも、何もしてないってことはないよ」
「いや、実際そうだし」
「ううん、ちゃんとあたしのことを見ててくれたじゃん」
「見てただけだけどな」
「それが、大事なんだよ」
そう言って一度微笑んでから、由比ヶ浜は視線を反対側に向けた。
見ると、咲き誇る金木犀の花が、道に沿ってずっと先まで続いている。
小さなオレンジ色の花がずらりと並ぶその光景は、それなりに壮観だった。
とは言え、俺は別に花を愛でる趣味はないので、すぐに視線を戻したけれど。
何となく手元を見下ろせば、帰り際に雪ノ下に手渡された紙袋がある。
小町に、と渡してくれたお土産だ。
156 :
「それ、良かったね、もらえて」
「ん? あぁ、まぁ小町に良いお土産をもらえて良かったわ、感想聞いて雪ノ下に伝えてやんないとな」
金木犀の方へ視線を向けたままの由比ヶ浜の言葉に、俺も手元を見たまま素直にそう返した。
しかしまぁ、渡したら渡したで色々うるさそうな気もするけど。
今日の事も、何か根掘り葉掘り聞かれそうなんだよなぁ。
何でかあいつ、雪ノ下や由比ヶ浜が絡むとテンションが異常に跳ね上がるから。
157 = 1 :
そんな風に、帰った後の事を想像して少しうんざりしていたところで。
由比ヶ浜の、ひどく優しげに響く呟きが、俺の耳に静かに届く。
「小町ちゃんだけ、じゃないよ」
「あー、まぁ俺にもくれたな、ついでだろうけど」
「ついで、ね――」
くるりとこちらを振り返る由比ヶ浜。
柔らかい微笑みと、優しげな視線。
普段とは逆方向で年齢不相応とすら感じてしまう程に、落ち着きを湛えた相貌がそこにあった。
まるで子を見守る母のような温かい眼差しが、緩く俺を捉えてくる。
158 = 1 :
知らず息を呑む。
威圧感なんて微塵もないのに、それでもなぜか圧倒されたように言葉が出ない。
こんなにも由比ヶ浜の存在を大きく感じたのは、きっと初めてだった。
俺はそんなにも驚いた表情をしていたのだろうか――由比ヶ浜は一度大きく目を見開くと、相好を崩して悪戯っぽく笑う。
いつもの由比ヶ浜の笑顔。
それを認識した瞬間、固まっていた空気は溶け出し、止まっていた時間も動き出した。
くるりとまた前に向き直り、由比ヶ浜が明るい声で話し始める。
159 = 1 :
「金木犀、綺麗だね」
「ん、まぁそうなんじゃねぇの?」
「何それ、なんか適当」
「って言われてもな。柄でもないし、そもそも花の善し悪しなんて分からんしな」
「善し悪しじゃないよ、大切なのは」
「?」
手を後ろで組むようにしながら、由比ヶ浜がちらりと横目で俺の方を見てくる。
とても穏やかで、ひどく落ち着いた感じの苦笑がそこにあった。
まるで、ものを知らぬ子供を見て困った顔をしている大人のような。
何だろう、今日の俺、何か失敗でもしたのか?
少し気になって、由比ヶ浜の言葉にじっと耳を傾ける。
160 = 1 :
「善し悪しとか言っちゃったら、まるでそれが分からないと駄目みたいじゃない。花を愛でるのに必要な条件なんてないよ、ただ綺麗だって感じる心があれば、それでいいの」
「何だそりゃ、それなら大抵の人間が該当するだろ」
「そうだよ、誰にだって、花を愛する資格はあるんだよ」
「ふーん」
「ね、どう? ヒッキーも、綺麗だって思う?」
「まぁそうだな、花が咲いてるのを見れば、そりゃ普通に綺麗だって思いはするぞ」
視線を道沿いの花に向けた由比ヶ浜の横顔を窺いつつ、とりあえず素直にそう返す。
ただ、由比ヶ浜が真剣に話しているのは伝わってくるが、どうにも何を言いたいのかがよく分からない。
こいつが訳の分からんことを言い出すのは、まぁ今に始まった話でもないとはいえ。
161 = 1 :
さておき、俺の答えに満足したのか、由比ヶ浜は小さく一つ頷いて、また俺の方へと顔を向けてくる。
歩きながらきょろきょろするのは危なっかしいぞ。
雰囲気的にそう言える感じではなかったので、黙って視線を向けるに止めたけれど。
「うん、それなら良かった」
「別にどうでもいいんじゃないのか、そんなこと」
「どうでもよくないよ、大事なことだよ、これは」
ぴっと人差し指を俺の眼前に突きつけてくる由比ヶ浜。
だから人を指差しちゃいけませんってのに。分かんない子だなぁ。
162 = 1 :
視線にこめたそんな俺の意思を、今回も爽やかにスルーして、由比ヶ浜はゆっくりと言葉を紡いでゆく。
軽い調子の指先の動きに反して、その目も、その声も、ひどく真剣だった。
向けるこちらの意識を全く逸らせなくなるほどに。
「花ってね、どんなに綺麗に咲いてたって、それを見てくれる人がいなかったら、愛でる人がいなかったら、意味を失っちゃうんだよ」
「意味?」
「うん。花が美しいから人が愛でるんじゃなくってさ、人が愛でるからこそ花は美しく咲くことができる。あたしはそう思う」
「そう、か」
「そうだよ、愛するからこそ美しいってね。ヒッキーには、そのことを覚えておいてほしいな」
それだけ言うと、由比ヶ浜は話は終わりとばかりに、歩調を速めてどんどん先へ行ってしまう。
俺はというと、向けられた言葉の意味が分からずに茫然とするばかりだ。
とてもじゃないけど、軽口を返せる空気ではなかった。
163 = 1 :
というか、そんな哲学的なことを言われてもどう答えればいいのか、という感じである。
分からん――こいつが何を考えているのか、さっぱり分からん。
今の由比ヶ浜には、俺に見えていない何かが見えているのか?
ホントどうしちゃったの、この子。夕食時にアルコールなんて出てなかったはずだけど……
「どうしたの? ヒッキー、早く帰ろうよ」
「お、おぅ」
いつの間にか、結構な距離が開いてしまっていた。
離れた所から呼ばれてそれに気付き、慌てて駆け寄る。
その頃にはもう、由比ヶ浜の表情は普段通り、年相応のものに戻っていた。
164 = 1 :
それから由比ヶ浜の家までは、それこそとりとめの無い話しかすることはなく。
家の近くで別れる時もやはり、さっきまでの話を全て忘れたかのように、由比ヶ浜は明るい笑顔で手を振っていた。
俺だけが悩んでいるみたいで馬鹿馬鹿しくなってくる。
何と言うか、ボールを投げられて放置されてしまった気分だ。
もう置いてけぼり感が半端ない。
女心と秋の空とはいうものの、どうにも女子ってのはよく分からない。
こういうことで悩むのも青春の必要要素なのか?
首を傾げながら一人歩く帰り道。
結局、その疑問に答えが見つかる事は無かった。
165 = 1 :
ということで、②はここまで。
長くなってしまいましたが、どんなもんでしょう?
作業しながらだったので進みが遅くなってしまいご迷惑をおかけしました。
ガハマちゃんっておバカキャラが定着してますが、作中一番の乙女って感じですし、割に鋭かったりすると思うのですよ。
期待込みで。
後半ちょっとシリアスっぽくなりましたが、基本的なノリは変わりません。
③は、さていつになるか……これからまたボチボチ書いていきます。
進捗状況は定期的にスレで報告してきますので、よろしくです。
あと皆さんのコメントに深い感謝を。
やっぱり楽しんで頂けてることが分かると、書き手としては本当に嬉しいです。
これを励みに頑張って書いてきます。
可愛いゆきのんを描いていければいいなぁ。
166 :
かわいいガハマさんを書くといいよ
167 :
おつ、ゆきのんもガハマさんもかわいいな
③も楽しみにしてます
169 :
可愛いゆきのん期待してます
170 :
結衣ちゃんもゆきのんも可愛いなぁ
171 :
俺のガハマちゃんがこんなに賢そうなこと言うわけがない
172 :
ようやく③の方向性が見えてきた!
ということで次回予告的な感じで副題だけ。
まだ(仮)なんで変わる可能性もタイトル詐欺の危険性もありますが、自分を追い立てる為にも書いときます。
次回「③ 悠然と比企谷小町は事態の成り行きを見守っている」
川なんとかさんの出番は、ごめんなさい、全然考えてません。
いや実際ゆきのんとガハマちゃんのヒロイン力が高過ぎて、何かこう他の子に意識が行かないというか。
まぁこの先どうなるかは分かりませんけども。
ということで、ボチボチ書き始めていきます。
今しばらくのお時間を。
173 = 1 :
sage忘れました、すみません……
174 :
いや作者はsageなくてもいいんじゃね
175 :
更新もないのにってことじゃね?
しかしそのおかげでこのスレが見つけられたので俺はむしろ評価する
176 :
そういうこと書くと無意味に上げるアホが出るからやめて
177 :
こんばんはです。
③もようやく8割方書けてきました。
近々上げられると思いますのでご容赦を。
そろそろデレのん書きたいなぁとか思いながら、不足分は最近増えた他のSSから補給しつつの日々。
8月の7.5巻が楽しみです。
179 :
もうあとちょっとと思ってたら、思いの外長引いてしまいました。
想定以上にあの人が暴走したなぁ……
でもようやく何とか形にできそうです。
ということで、多分上げられるのは火曜とか水曜あたりになるかと。
もう少しだけお時間を。
しかしアニメはゆきのんとの文化祭デート端折られたのが地味にショックだったり……
180 :
ちょっと時間が厳しいけど、とりあえず更新しますー。
全部は無理でもできるところまで……
181 = 1 :
③ 悠然と比企谷小町は事態の成り行きを見守っている
「お兄ちゃん起きなさーい!」
「ぐほっ!」
日曜の朝。
本来ならばもっとも安らかに穏やかに惰眠を貪ることが許される至福の一時は、非常に愛らしいソプラノと、その声にそぐわない鈍く重い衝撃により寸断されてしまった。
完全に熟睡していたところで腹部に受けた一撃は、俺の眠気を綺麗さっぱり吹き飛ばし、返す刀で俺の意識をも根こそぎ奪い取る。
端的に言って、落ちた。
182 = 1 :
「ほらほらお兄ちゃん、何いつまでも寝てんの。朝だよ、超朝だよ、早く起きないと。小町の宿題手伝う為にもほら、さぁ起きる起きる」
「うぅ……」
リングの上ならテンカウントまで寝かせてくれるものを、この闖入者にはその容赦すらないらしく、フライングボディプレスからマウントポジションに移行し、すぐに俺の体を揺さぶり始める。
その間も腹の上の重量感はびた一文変わっていない。おまけに至極自分勝手な動機も漏らしやがった。謎は全て解けたぜ。
朝っぱらからバイオレンス極まりないが、このまま放っておいたらそれこそサスペンスに発展しかねない状況に、俺の手がほとんど無意識に動いた。
俺の身体の上でバタバタしているそいつの背を三回叩く。
183 = 1 :
「あ、やっとお目覚め?」
「おぉ、起こされて落とされて、また起こされた」
「え? お兄ちゃん何言ってんの? わけ分かんないんだけど」
「……いいから、まずは俺の腹の上から下りろ」
「あいあいさ」
襲撃者はのそのそと俺のベッドから降りて、何故かそのまま仁王立ちしてこちらを見下ろしてくる。
休日の朝から俺の命をスリリングな場面に叩き込んでくれたのは、他でもない妹の小町だった。
身内に命を狙われるとか、いつの間に千葉は戦国時代に逆戻りしてたんだよ。そういうのは歴女の間だけにしておいてくれませんかね。
184 = 1 :
「もーホント手間かかるんだから。やっぱりお兄ちゃんには小町がついててあげないとダメだね、小町が甲斐甲斐しくお世話してあげないとダメなんだね、あ、今の小町的にポイント高い?」
「ポイント以前にテンションが高ぇよ」
「またまた照れちゃってー」
やたらにっこにこしてる可愛い妹から少し視線をずらして時計を見ると、学校がある時とほとんど大差ない起床時刻だった。
折角の休みに何ともったいない……これで俺を起こしたのが小町じゃなかったら、垂直落下式DDTをお見舞いするレベルの暴挙だぞ。
しかし小町の可愛らしい笑顔の前に、俺に上げられる手などあるわけもなく。
はぁ、とわざとらしくため息を吐くのが精一杯の反抗だった。
185 = 1 :
「さ、ご飯にしよー」
「あ? もうできてんの?」
「まさか。一緒に作ろ」
「あいあい了解」
「愛は一回!」
「今発音おかしくなかったか?」
部屋を出て、二人で階段を下りて一階に向かう。
ダイニングに入ると、仲良く並んで朝食の準備を進める。
休みの日には比企谷家で割とよく見られる光景だ。
186 = 1 :
「ほいお兄ちゃん、トースト焼けたよ」
「おう、あとこれがお前の分の目玉焼きとサラダな」
二人で手分けしてやればまぁ早い早い。
できた朝食をテーブルに並べて、向かい合わせで朝食を取る。
「うん、今日のはまぁまぁの出来だね」
「パン焼くのにまぁまぁも何もないだろ、出来合いもんをオーブンで時間決めて焼くだけだぞ。時間設定をミスらん限り同じ出来になるわ」
「またそうやって水差すんだから。こういうのは気分の問題なんだよ。そうだねって頷いてくれてればいいの」
「気分の問題って言うなら、なお頷けねぇよ」
「なんで?」
「きょとんと首傾げるな」
187 = 1 :
朝方の暴挙は既に完全に忘れてるらしい。
つーかそんな可愛い仕草されちゃ文句も言えやしない。
ジャムを塗りつつ、肩を竦めるだけに止めておく。
しかし朝から襲撃されたこっちがむしろ気を使ってるとか、俺って小町に弱過ぎだろ。
「やーでも、お兄ちゃん昨日も無駄に夜更かししてたでしょ。ダメだよ、規則正しい生活しなきゃ」
「お前は俺の母ちゃんか、いいだろ別に、休みなんだから」
「休みだからだよ。今日だって小町が放っといたら昼過ぎまで寝てたでしょ、そろそろその自堕落な生活直さないと」
「何でお前まで俺を矯正しようとしてんだよ。つーかそっちだって昨夜は随分遅くまで起きてたじゃん」
「やだお兄ちゃん、何で小町の寝た時刻把握してんの? こっそり監視とか止めてよ、小町の寝顔が見たいんなら堂々と言ってくれれば」
「違う、お前がいつまでも興奮状態でベッドの上をゴロゴロしてたっぽいから、気になって仕方なかったんだよ」
188 = 1 :
昨夜、由比ヶ浜を送ってから帰ってきた後、なぜか俺の部屋で小町からの尋問タイムが始まり、結局根掘り葉掘り聞かれ洗いざらい話させられた。
微妙な表情で聞いていた小町だったが、話の最後に雪ノ下からのお土産のお菓子を渡してやると、表情が一転。
目をきらきらと輝かせて、ぱぁっと明るい笑顔に変わり、そこからテンションが急上昇の天井破り。
なぜか俺の背中をばんばん叩いて「やるなこいつぅ」とかわけの分からんことを言い始めたのだ。誰だよお前。
さすがに深夜にそのテンションはあまりにも鬱陶しかったので、そろそろ寝ろと俺の部屋から追い出したのだが、何やら興奮冷めやらぬ小町は、その後も暫く自分の部屋でのたくっていた。
聞いてるこっちがちょっと怖かったくらいである。
そんなに雪ノ下の手作りのお菓子が食べたかったんだろうか? 由比ヶ浜といいこいつといい、どうにもその言動は謎に満ちている。
189 = 1 :
「いやー、これが喜ばずにいられますかって。まぁお兄ちゃんみたいなデリカシーのない鈍感の朴念仁には分からないだろうけど」
「そこでいちいち悪口を重ねんでもいいだろ」
微妙に悪い感じの笑みを浮かべている小町。
何だかなぁ、元々それなりに辛辣ではあったけど、こいつ最近妙に毒舌が増えてきてる気がするんだよな。
雪ノ下の影響受け過ぎじゃねぇ? どうせ影響受けるならもうちょっといい方向で受けてほしいもんだ、もっと賢くなるとか。無理か。
普段より数段澱んでいるであろう俺の視線を受けてもしかし、小町はもう今にも叫びだしそうなハイテンションを維持したままだった。
正直ついていけないんだけど。そろそろ落ち着こうぜ。
190 = 1 :
「とにかく小町的には超嬉しかったわけですよ、いえーい。フラグ立ってないのかなーってがっかりする時期もあったけど杞憂だったんだね。やっぱり小町の乙女センサーに狂いはなかった!」
「朝からテンション高いよお前。何? 酒でも飲んでんの?」
合いの手みたいに拳を突き上げんな、食事中だぞ。
ふりかけみたいに俺の頭にパンの粉がまぶされてんでしょうが。
つーかその興奮状態、まさか小町ってば雪ノ下狙いだったの?
そんな百合百合しい光景とか見せられたら多分泣くぞ、俺。
191 = 1 :
「やーやー、とにかく今後に目が離せないね、期待してるよお兄ちゃん」
「だから何の話なんだよ、全く。ほらいいからさっさと飯食え飯」
そうして普段の倍くらい疲れる朝食を取り終わって暫く。
名状し難い力が働いて、俺が小町の宿題を手伝っていた時のこと。
いやホントなんでなのかよく分からないんだけど、気がつけば小町の宿題を手伝っていたのだ。
この子ってば兄を手玉に取るスキル磨き過ぎ。
192 = 1 :
さておき二人で仲良く宿題をしていたところで、小町の携帯が不意に鳴り出した。
小町は素早く立ち上がって携帯を耳に当てる。
「もしもしー……あ、どーもどーも、こんにちはです。ってそんなご丁寧に。もうホントいつもご迷惑をおかけして……いえいえホントお世話になってばっかりだと思いますし」
「お前どこのリーマンだよ、携帯に頭下げても相手見えねぇから」
「うるさいよお兄ちゃん、これきっと大事な話なんだから……あ、ごめんなさい、いやもーウチの兄がいきなり――」
じろりとこちらを一睨みしてから電話に戻る小町。
可愛い顔でそんなことしてもちっとも迫力はないんだけど、怒らせるのも何だし黙って宿題に戻ることにする。
さっさと終わらせてのんびりしたいし。
193 = 1 :
しかし今はあんまり見なくなったけど、電話のコードを指でくるくる弄るのと電話しながら受話器に向かって頭下げるのって、日本人特有の謎の文化だよな。
でも女の子がやると普通に可愛く見えるから不思議。一度戸塚にやってもらいたい。こう指でくるくるーって。
何これ、想像しただけで胸が高鳴るんだけど。
「ほうほう、ほうほうほう。おぉー、それはそれは! いいタイミング、小町的にも実にグッドなお話です、いやもうグッデストなお話!」
グッドの最上級くらい覚えとけよ、こいつ受験本当に大丈夫か?
いや冗談で言ってるって線もなくはないんだろうけど……
俺の不安もどこ吹く風と、相も変わらず小町はテンション高く受け答えを続けている。
どうやら相手からの突っ込みはなかったらしい。そこはかとなく残念だ。
194 = 1 :
「――なるほどなるほど、かしこまりです。後はこの小町に万事お任せを。えぇもうすぐにでも! ではでは」
ぴっと携帯を切ると、小町がくるりと俺の方に向き直った。
頬は微かに紅潮し、眼はきらきらと輝いている。
よく分からんが、何か良い報せだったのだろうか。
さて何事かと見上げる俺に、小町は笑顔で言い放つ。
「ごめんお兄ちゃん、急用できた」
「そうかい、んじゃまぁ気をつけて行ってこい」
195 = 1 :
ひらひらと手を振って答える。
その急用とやらが気にならないでもないけど――まさか男じゃないだろうな、とか――まぁ詮索して嫌がられるのもなんだし。
何にしても宿題の手を止めて自分の時間が戻ってくるだけ万々歳だろう。
と、思っていたのだが。
「ノンノン! 違うよお兄ちゃん、何くつろいでんのさ」
「あ? 何が違うんだよ」
「だから急用できたのお兄ちゃんの方なんだって」
「え!? 俺!?」
196 = 1 :
びっくりした。そりゃもう近年稀に見るほど強烈な衝撃だった。
何で俺の急用が小町の携帯にかかってくるんだよ、捻り効き過ぎだろ。いやがらせか。
つーか誰だよ、そんな斬新な発想する奴。
驚きに固まっていると、小町が俺の手を取って立ち上がらせようとしてくる。
「ほらお兄ちゃん立って立って、早く着替えて準備しないと」
「何でだよ、つーか折角の日曜なのに何で外出せんとならんの? やだよ面倒くさい」
「もー何でそんな引きこもり気質なの! 小町はお兄ちゃんをそんな子に育てた覚えはないよ!」
「育てられた覚えもねぇし。つーかむしろ育てた覚えしかねぇし」
「うん確かに育てられたのかも――じゃなくて! ダメだよ行かないと」
「絶対嫌だ」
197 = 1 :
なおも腕を引っ張ってくる小町に対して、俺も断固たる決意で腰を上げまいとする。
どうにも嫌な予感がするのだ――というか、そういう搦め手でくる相手の用事なんて碌なもんじゃあるまい。
ここは逃げの一手が正解だろう。こうなったら梃子でも動かないぜ。
そんな俺の意思を見て取ったのか、小町が眉を寄せつつ、ふぅと小さく息を吐く。
「困ったなー、もしお兄ちゃんがダメな時は、小町にデートしようって誘われてるんだけど」
「オーケー万事了解した。俺はどこに行けばいいんだ?」
198 = 1 :
すくっと立ち上がり臨戦態勢に入る。
あらゆる思考が瞬間吹き飛んだ。もはや言葉はいらない。
梃子? 何それ美味しいの?
俺をダシに使って小町をデートに誘おうとはふてえ野郎だ。否、不貞野郎が。
かくなる上は戦争しかあるまい。
俺が滅ぼすかそいつが滅びるか、二つに一つだ。
つまり実質一つしか許すつもりはない。
199 = 1 :
「いやー……焚きつけといて何だけど、ここまで過激に火が点いちゃうんだ。小町的にポイント高いような低いような。困っちゃうなー。でもお兄ちゃんも、そろそろ本気で小町離れすること考えた方がいいんじゃないかなーとか思ったり」
「そうだな、それはまた今度考えようか」
「あ、ダメだ、これ全く考えてないパターンだ」
「とにかく話は後でな、まずはどこに行けばいいのかを速やかに教えるんだ」
「お兄ちゃん、目が据わってるよ」
「その代わり身体は立ってるから帳尻はとれてるだろ」
「とれてないけど。まぁいいや。んーとね、相手の人だけど、ららぽのスタバで待ってるって言ってたよ」
なるほど、東京BAYのあそこが俺の戦場か。
緑のあのマークを朱に塗り替えてしまうのは如何にも忍びないが、それも止む無しだな。
200 = 1 :
「で、標的は? 誰なんだそいつは。スタバのどこで待ってるって?」
「んー、まぁ行けば分かるよ。そう言ってたし」
「そうか、まぁ分かった」
微妙に引っ掛かるところがないでもなかったけど、この際細かいことはどうでもいい。
小町が行けば分かるというなら行くまでのこと。
しかし、俺の知ってる範囲で小町の周りをうろちょろしてる奴となると、川……なんとかさんの弟か、あるいは俺の学校の男子かもしれないな。
文化祭で一目惚れした奴がいた可能性もあるし。小町の可愛さを考えれば何ら不思議はない。
みんなの評価 : ☆
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