元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ☆
201 = 1 :
「じゃあ小町、良い子で待ってるんだぞ、俺が全て片付けてくるから」
「ちょい待ち、その前に着替え着替え」
「あ? 別にいいよ、どうせ汚れるし」
「良くないよ、礼儀としてもほら」
既に気持ちは家を飛び出しているのだが、小町はぐいぐいと結構な力で俺の背中を押して、部屋へと連れて行こうとする。
まぁ闘いに赴く格好というのもあると言えばあるか。
もうその辺は小町に任せよう、こっちはただ行って会って張っ倒すのみなのだから。
そうして小町に言われるがまま、何故か微妙に小奇麗な格好になった俺は、笑顔で見送られながら家を出た。
202 :
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい、お土産話楽しみにしてるから。あ、寄り道しちゃダメだからね」
「もちろんだ」
言われるまでもない。この精神状態でどこに寄り道しろと?
怒りに燃える血はマグマのように俺の身体を駆け巡り、今も見敵必殺を脳裏に囁き続けているのだ。
逸る気持ちを抑えることなく、バスに乗り込み戦場へと向かう。
公共交通機関を乗り継ぎ、昼前に目的地に到着。
ともすれば走り出したくなる足を抑え込み、体力を温存しつつ指定の場所へと歩いて行く。
203 = 1 :
普段はリア充の巣窟であるスタバなど見るのも嫌な俺ではあるが、今はあの緑のマークを早く見たくて仕方がない。
俺の小町に粉をかけようとする馬鹿には、相応の報いを与えてやらねばならないのだから。
そうして辿り着いた約束の地には、なぜか微妙に人だかりができていた。
有名人でも来てるのか、あるいは何か珍しいイベントでもやっているのか。
まぁどっちにしろ、俺にとってはどうでもいいことだ。
そうして人の山を避けるようにしながら店内を覗き込んで。
瞬間、そのまま回れ右して帰れと俺の本能が脳内で叫びを上げた。
204 = 1 :
「お、来たね。思ったより早かったじゃない、小町ちゃんってばどうやって焚きつけたのかなー? さっすが言うだけのことはあるねぇ」
が、時既に遅し。
相手の目は俺を完全に捉えており、その笑みはただ俺だけに向けられている。
具体的な言葉はなく、特別な行動もなく、なのに俺の体は凍りついたように動かなかった。
脳内で誰かが囁いた気がした――知らなかったのか? 大魔王からは、逃げられない。
205 = 1 :
「ん? 何ぼーっとしてんの? あ、さてはお姉さんに見惚れてたか? もー浮気はだめだよ。雪乃ちゃんに告げ口しちゃうぞ?」
席に座ったままにっこりと笑っているのは、良くも悪しくも見知った顔――雪ノ下さんちの最強お姉さん、陽乃さんだった。
なるほど、人だかりができるのもむべなるかな。
日曜の昼下がり、混み合った店内にあってなお、その笑顔の輝きは他の全てから隔絶されて見えている。
色鮮やかに、彩り豊かに、いっそ周りが無色透明無味無臭に思えてしまう程に、その存在感は強く強く主張されていた。
見ればわかるとはよく言ったものだ――彼女がいるだけで、他の全てが視界から追い出されてしまう、意識から外されてしまう。
206 = 1 :
だからこそ、俺はこの人が苦手だった。
暴力的な程に輝く光は、隠れる為の闇をも根こそぎ取り払ってしまう。
眩し過ぎて直視できない。その先に何があるのかを窺うことすらできない。
日陰に生きる俺と対極にいる、まさに陽の存在なのだ、この人は。
あまりにも強過ぎる。
今だって、周囲の視線を一手に集めながら、まるで歯牙にもかけていない。
なのにそれでいて、嫌味な空気や冷たい雰囲気など微塵も感じさせず、むしろ荘厳な気配すら漂わせているようで。
何かもう女王様って呼びたくなってくる。
陽乃さんマジぱねぇ。
207 = 1 :
「まぁ積もる話はこれからこれから。ほらここ座って」
陽乃さんは俺の方へ笑顔を向けたまま、くいくいと自分の前の席を指で指し示す。
言葉こそ丁寧で、笑顔こそ穏やかだけれど、有無を言わさず是非も問わない問答無用の圧力をなぜか感じずにはいられなかった。
蛇に睨まれた蛙って言葉はこういう時に使うのかな、一つ賢くなれて泣きたくなるほど嬉しいよ、ちくしょう。
ここへ来る時の怒りの炎はどこへやら、完膚なきまでに鎮火させられて萎み切った心で、とぼとぼとその席へ向かう。
気分はさながらグリーンマイルを歩く囚人だった。
いやさすがに言い過ぎかもしれないけど、こう気分的に。
席に腰を下ろしつつ、恐る恐るという感じで話しかけてみる。
208 = 1 :
「えっと、雪ノ下さん」
「堅いなぁ、陽乃でいいって。雪乃ちゃんもOK出したんでしょ、名前呼び。それでまさかわたしだけ断らないよね?」
「何でそれを……」
「あ、その反応、ホントにOK出してたんだ。いやーそろそろかなぁと思ってはいたけど、雪乃ちゃんもちゃんと頑張ってるんだねー、お姉ちゃん安心」
鎌を掛けてたのかよ、ホント俺の心に優しくないな、この人。
それでいて、笑顔に一点の曇りもないというのがまた実に恐ろしい。
どこまでが本気でどこまでが冗談か、その微笑みは俺に一切の推測を許してはくれないのだ。
209 = 1 :
すいません。
今日はちょっとここまでで。
また明日か明後日かに続きを上げてきます。
ゆきのんとラブったらもれなくはるのんの弄りがついてくるとか、とんだボーナスステージだぜ。
きれいなお姉さんに手玉に取られる男の子というのは見てて楽しいと思いますww
210 :
乙んご
212 :
乙、この兄妹は原作通り互いが好き過ぎるな、方向性にちょっと違いはあるけどもはや誤差
213 :
小町が一番可愛い
214 :
来てた
乙
215 = 1 :
やっはろー、時間ないけど、ちょっとだけ更新しようと思います。
キリのいいところまでは持っていきたい……っ!
216 = 1 :
「さってと、まずは話の前に丁度お昼だし、何食べたい? ご馳走してあげるよ」
「いや、いいです。理由も無いのに奢ってもらうわけにはいきませんから」
この人に借りを作るなんてそんな恐ろしい。
ただより高いものはないとは、正にこのこと。
思えば雪ノ下も文化祭の時にやっちゃってたけど、あれだってどうなったことやら。
しかし、俺が固辞することは織り込み済みだったのか、陽乃さんはぱたぱたと手を振ってあっさり手の内をばらす。
218 = 1 :
「だいじょぶだいじょぶ、雪乃ちゃんとのこととか根掘り葉掘り色々聞かせてもらうんだし、そのお代みたいなものと思ってくれればいいよ」
「それって益々奢ってもらうわけにいかなくなったんですけど」
「んー、でももう頼んじゃってるし。一杯食べて一杯喋ってね」
「……ていうか、それなら何で食べたいものなんて聞いたんですか」
「ま、社交辞令だよ。どの道ほら」
そう言って陽乃さんは周囲を見渡す。
つられて視線を巡らせる――と、自分の表情が引きつったことを自覚した。
何がってもう、めちゃくちゃ注目を集めていたのだ、周囲から。
やっかみの視線が凄い凄い、意識したら心が縮み上がるくらい。見なきゃ良かった。
219 = 1 :
でもそりゃそうだよね、事実はどうあれ、見た目完璧、笑顔素敵で、完全無欠な超絶美人と差し向かいでお茶してますとか。
見てる男からすれば腹立たしい事この上ないよね。
俺が周りの立場なら同じ事するもん。
何なら聞こえよがしに舌打ちするもん。
勝てそうな相手なら因縁つけるまであるかもしれない。何それ我ながらひどい。
「ね? もう逃げられないって。まぁどうしてもって言うなら、涙ながらに見送ってあげないでもないけど」
「あなた鬼ですね」
「こんな綺麗な鬼なんているかなぁ?」
ライトノベルの世界にはまぁ、割といるんじゃないですかね? 某怪異の王様とか。
そんなことを考えながら、多分普段より二割増しで腐った目をしていたであろう俺に対して、ぴっと人差し指を突きつけてくる陽乃さん。
220 = 1 :
「小町ちゃんに言い包められてここまで来た時点で詰んでたんだよ、比企谷くん。諦めてお姉さんの言う通りにしておくことね」
「はぁ、分かりましたよ」
がっくりと項垂れつつ答える。
この場合、俺を担いだのは果たして小町なのか陽乃さんなのか……
どちらにしてもこの二人が組んでる時点で、俺の勝ち目なんてあるわけがなかった。
もう観念するしかないだろう。
この状況でなおも足掻こうとするのは、時代劇のやられ役くらいなものである。
221 = 1 :
それにまぁよくよく考えれば、この結果は決して悪いばかりのものではない。
だって、俺を呼びだしたのが陽乃さんだったってことは、小町を狙う悪い虫はいなかったってことでもあるわけだから。
むしろ騙されていたって事実に感謝した方がいいんじゃないかってくらいだ。
うん、これは正しく不幸中の幸いだと言えよう。
俺が自分の手を血に染めずに済んだって点でも。
やはり平和は尊いものだ――それを痛感せずにはいられない。
ということで、今日のことはその維持の為に必要な犠牲なのだと思って観念することにしよう。
人間諦めが肝心である。
222 = 1 :
「それで陽乃さん、折角の休みなのにわざわざ俺なんか呼び出して、一体何を聞きたいんです?」
まぁ逃げ場も無いと分かってしまえば、いっそ腹も括れるというもので。
その後に陽乃さんの指示(?)でテーブルに並んだサンドイッチやらスコーンやらを、遠慮なく頂くことにした。
我ながら変な所で神経が太くなったもんだと思う。
しかし、どうせもう逃げ場なんてないんだし、それなら最後の晩餐じゃないけど食事くらいのんびり取ってもいいだろう。
毒を食らわば皿までと、食後にティーラテまで頂きながら、改めて覚悟を決めて本題の話を切り出した。
223 = 1 :
俺の言葉ににっこりと微笑みつつ、陽乃さんは手に持っていたカップをテーブルにそっと置く。
雪ノ下もそうだけど、この人も本当に一つ一つの所作が綺麗だよな。
なんで飯食う時でさえ、指の先まで神経使ってんだろ。
一部の隙も無いというか、見られることを意識しているというか。
それとも、無意識にこういうことができてしまうのだろうか。
育ってきた環境も全然違うだろうし。
上流階級の嗜みって凄いもんだな。
と、ぼーっとその動作を見ていた俺に対して、陽乃さんは指を振って否定の意を返してくる
224 = 1 :
「違うよ比企谷くん、折角の休み“だから”だよ。ほら初めて会った時に言ったでしょ、今度お茶しようねって」
「そういやそんなことも言ってましたね、正直今更って感じが半端ないんですけど」
「うーん、何か熱が足りないよねぇ。こーんな美人のお姉さんとお茶してるんだし、もうちょっと嬉しそうにしてもいいんじゃない?」
「周囲のやっかみの視線がなければ、もしかしたらそう思えたかもしれませんけどね」
からかうような声に、憮然としながら返す。
今もなお、店内の男どもはちらちらとこちらの様子を窺ってきていた。
陽乃さんへの好意の視線が七割、俺への嫉みのそれが三割ってところか。適当だけど。
しかし、こんな周囲の好奇と関心の目に晒されて、無駄に悪目立ちして、あぁ俺の本懐は何処へ、と嘆いてみる。
225 = 1 :
「またまたぁ、大して気にもしてないくせに」
「んなわけないでしょう、俺は目立たずひっそりと植物のように穏やかな人生を過ごしたい派なんです」
「嘘ばっかり。同じ学校の全生徒を敵に回してもいいって覚悟もあったくらいなんだし、見知らぬ他人の敵意なんて物の数じゃないでしょ」
「む……」
にんまりと意地悪そうな笑みを浮かべる陽乃さん。
人が忘れようとしている過去を遠慮なくほじくり返してくるとは、全く容赦のない人である。
しかし俺を攻撃する時にやたらいい笑顔になる辺り、さすが姉妹というか血は争えないというか。何そのDNAに刻まれてる感じ。
もしかしてあれですか、比企谷家のご先祖が過去に雪ノ下家に対して何か粗相でもやらかしたんですか?
それならご先祖を恨んで下さい。それ俺じゃないですから。
226 = 1 :
「まぁ雑談じゃなくて大事な話をしたいって言うのなら、そうしてあげるのも吝かじゃないよ」
「何で俺が頼んだみたいに……」
「んー、何の話をしよっか、色々聞いてみたいことあるしねぇ――」
「……お手柔らかに」
指を口元に当てて宙を見ながら、わざとらしく思案してみせる陽乃さん。
正直白々しいと思う。どうせこの人、何を聞くか既に決まってるんだろうし。
何が出るかな何が出るかな、とある種開き直りの境地でそのお言葉を待つこと暫し。
陽乃さんがにっこりと笑って指を一本立てる。
227 = 1 :
「うん、それじゃあ最初は軽い感じで一つ」
「何です?」
「雪乃ちゃんとキスくらいした?」
「ぐっ……げほっげほっ!」
思いっきりむせた。紅茶が逆流して鼻につーんときてる、痛い痛い痛い。
この人笑顔で何言ってんの?
どこが軽い感じだよ、めっちゃ重いじゃん、どう考えても最初に聞くことじゃないだろ。
何? 俺にフェイクかけて楽しいの? 神奈川No.1プレーヤー吹っ飛ばしてダンクでもしたいの?
228 = 1 :
「わっ、汚いなぁもう」
「誰のせいですか、誰の!」
「あ、涙目。へぇ、上目遣いだとちょっと可愛く見えるよ」
「嬉しくない……というか、まずそもそも俺たちはそんな関係じゃありませんから。そんなことしてるわけないでしょう」
「そんな必死になんなくてもいいっていいって、ムキになると余計に怪しく見えちゃうぞ」
悪戯が成功したみたいな笑顔で、指先をこちらに向けてくる陽乃さん。
正直ちょっといらっときた。
もっとも、いらっときたからといって、俺に何ができるわけでもないんだけど。
229 = 1 :
だって勝ち目なんて全くないし。
正直素手での殴り合いでも普通に負けると思う。
いや、我ながら情けない話ではあるが。
そんな俺に対して、けれど陽乃さんは追撃の手を緩めてはくれない。
「それじゃあ、どこまでいったのかな? まだ手を繋いで愛を語らう程度なの? プラトニックだねぇ」
「だから前提が間違ってますって。別に付き合ってませんから、本当に、全然、全く」
230 = 1 :
精々どつき合いがいいところだ。
それだって実質俺が一方的にやられてるだけなので、正確にはどつき合いですらなく、ただのどつかれである。
何それ、悲しい……どうせなら部費でサンドバッグでも買ってもらえませんかね?
殴るの大好きな顧問の先生もストレス発散が捗ると思いますよ。
「えー? そうなの? 全くもう二人とも奥手なんだから。一度きりの青春なのに、そんなんじゃ花咲く前に枯れちゃうよ」
「放っといてくださいよ」
「放っといたら何も変わらなさそうだから、面白半分にちょっかいかけてるんじゃない」
「自分で面白半分って言っちゃったよ……」
「あとの半分は本気だから大丈夫だって」
231 = 1 :
陽乃さんはそう言って、からからと楽しそうに笑う。
笑われる俺はというと、やはりどうにも憮然とする他なく。
というか何が大丈夫なのかさっぱり分からない。
しかし、俺をからかうのってそんなに楽しいのだろうか。
何? 俺ってリアクション芸人でも目指すべきなの?
しかしまあ、弄られてばっかりというのも困りものだし。
改めてよくよく考えれば、これも良い機会かもしれない。
俺だって聞きたいことがないではなかったのだ。
一つ咳払いして居住まいを正す。
232 = 1 :
「陽乃さん」
「ん? 何かね、未来の義弟くん」
「その呼称は将来本当にそうなった男に言ってやってください」
「だから期待をこめてそう呼んでるんだけどなぁ」
「……一度聞いてみたかったんですけど」
敢えて無視して話を進める。
俺の声に少し真剣な響きが混ざったことに気付いたのだろう。
陽乃さんも姿勢を少し変えて、聞く体勢を作っていた。
233 = 1 :
「どうして、俺なんですか?」
「ん? どうしてって? 何を聞きたいのか、ちょっと分からないなぁ」
可愛らしく小首を傾げる仕草。
けれど口にする言葉があまりにも白々しいので、それすらポーズに見えてしまう。
きっと俺の考えてることなんて全てお見通しで、けれどそれを敢えて俺の口から言わせようとしている、としか思えないのだ。
そして今の俺は、それに乗る以外に道はないわけで。
ちょっと悔しいけど、まぁ仕方ない。
234 = 1 :
暗に人間失格って言われてる気がする。
だがそれでいい、小町の為なら道を外そうが後悔しないぜ……じゃなくて。
今は俺たちのことを話しているわけじゃないのだ。
忘れもしない――初めての邂逅の時の、陽乃さんが俺に一瞬向けた、全てを見透かすような冷徹な眼差しを。
あの時、陽乃さんは確かに俺のことを思いっきり値踏みしてきていた。
つまり、最初は俺のことを不審の目で見ていたはずなのだ。
それもこれも何の為かというと――
235 :
「陽乃さんは、雪ノ下のことを「雪乃」……」
どうして口を挟んだんですか?
何でそんないい笑顔してるんですか?
素敵過ぎて寒気がしますよ。
いや、このくらいでめげて堪るか。
気を取り直して――
236 = 1 :
「陽乃さんは雪ノ下の「雪乃」……」
「雪ノ下「ゆ・き・の」……」
しつこい……いや分かるよ、何が言いたいのかは分かるんだよ。
だけど何だろう、こうまであからさまにやられると、さすがに抗いたくなってくるのだ。
そりゃ、勝ち目なんてないことは分かっているけれど。
しかし、だからといって、唯々諾々と従ってばかりもいられないというか。
優雅に片肘つきながら、こちらを満面の笑みで眺めている陽乃さんの楽しげな様子を見ていると、なおさらである。
237 = 1 :
「あのですね」
「何かな?」
「俺の話を聞いてもらえません?」
「もちろん聞くよ、ほらほら、言って言って、恥ずかしがらずに、さぁ」
うわー、めっちゃむかつくー。
俺をおもちゃにする気満々だよ、この人。
もうこうなったら意地でも言いたくなくなってくるな。
238 = 1 :
と内心では思うものの、ここはクールにならないといけない。
もし相手が陽乃さんじゃなかったら、あるいは最後まで意地を張り通すこともできただろう。
しかし、逆らってはいけない相手というのは確かに存在するのだ。
これ以上は危険だ、と俺の中の何かがけたたましく警鐘を鳴らしている。
だってほら、何か少しずつ笑みが深まってきてるし。
それがこう、苛立ちよりも恐怖を喚起させるというか。
実際、これ以上抗っても話は進まないし、怒りを買ってしまったら俺に明日が来なくなるかもしれないし。
というわけで、そろそろ諦め時なのだろう――もういい、心を無にするんだ。
何てことはない、ただ雪ノ下のことを名前で呼ぶだけのことだ。
漢字なら二文字、平仮名でも三文字、簡単なミッションじゃないか。よし――
239 = 1 :
「陽乃さんは、ゆ、雪乃、のことを――」
噛んだ。
うあー、駄目だ、やっぱあいつの名前ってば魔法だわ。目の前にいないのにこれだもん。
よりにもよって、一番見られたくない人に、一番見られたくないシーンを見られてしまった……くぅ、自分でも頬が紅潮してきてるのが分かるぞ、ちくしょう。
だってもう陽乃さんてば、何かすんげーきらきらした目でこっち見てるし。
何でそんな嬉しそうなんだよ。まさか、まだこの上に追い打ちを重ねようと?
もうやめて、八幡のライフはゼロよ。
240 = 1 :
「いやー、いいねぇいいねぇ、初々しいね青春だね、ご馳走さまだよもう」
「からかわないで下さいよ、いやホントに」
「うんうん、ぶっきらぼうでやさぐれた感じの男の子が、恥じらいながら女の子の名前を呼ぶのってこんなに良いものだったんだねぇ、眼福眼福。あー映像に残しときたかったかも」
「帰っていいですか?」
「ダメに決まってるじゃない」
瞬殺でした。
そりゃそうですよね。あなたが俺に温情判決下してくれるわけないですよね。
241 = 1 :
あー、何かもういいや。悪い意味で吹っ切れたわ。
もう気にするのは止めよう。
これぞ開き直りの境地である。
「とにかくですよ、陽乃さんは雪乃のことを大事に思ってるんですよね?」
「うんうん、そりゃもう大好きな妹だからね」
「そんな妹に変な男が近づいてるわけですよ? それなら警告なり脅迫なりするくらいが自然だと思うんですけど」
「君のわたしに対するイメージについては、一度よく話し合う必要があるかな」
「いや例えですよ例え! それにほら、あの容姿だから言い寄る男も多いでしょうし、心配になったりするんじゃないかなーっていうか」
「あの容姿って? なになに? どういう意味かな、それだけじゃどうとでも取れるよね?」
「あれだけ器量が良いなら! ですよ!」
「怒っちゃった? ごめんごめん。でもうん、比企谷くんもちゃんと雪乃ちゃんのことを可愛いって思ってくれてるんだね、美的感覚は正常なようで安心したよ」
242 = 1 :
駄目だ、どうしたってペースを乱されてしまう。冷静でいることがこんなに難しいなんて……
てへっと笑う陽乃さんは、一見とても可愛く見えるが、正直もはやあざとさしか感じない。
というか今、何か謝りながら凄いこと言われた気がするぞ。
俺の何が正常じゃないって? 心当たりがあり過ぎて困るわ!
「とりあえず、質問には答えておこうかな。って言っても簡単な話だよ、わたしは雪乃ちゃんのことを信じてるだけ。雪乃ちゃんの判断は、できる限り尊重したいからね」
「いやでも、だからといって、俺をけしかける理由にはならないでしょう?」
「それはまた別の話だよ。初めて会った時言わなかったっけ? 雪乃ちゃんが誰かと一緒にお出かけしてるのなんて初めて見たんだもん。どうあれ雪乃ちゃんが傍にいることを許容している相手なら、信じるに値するよ?」
「あれは、由比ヶ浜の為にプレゼントを買うっていう目的があったからそうしてただけですよ」
「それでも、君を相談の相手に選んだのは事実でしょう?」
「紆余曲折色々あってというか、苦肉の策ってのが事実に近いと思いますよ。そんな甘いもんじゃないですって」
「ホントに捻くれてるねー。君らしいといえばそうなんだけど。まぁ今はそれでもいいよ、今はね」
243 = 1 :
くすくすと忍び笑いしながら俺を見る陽乃さん。
何だかこう、その全てお見通しと言わんばかりの目で見られていると、落ち着かないことこの上ない。
実際この人は、俺のことをどこまで見透かしていて、どこまで先を読んでいるんだろう?
今日だって、一体何を狙って俺を呼んだのか、まだ全然見えてこないのだ。
考えればドツボにはまりそうだし、かといって思考を放棄すれば、陽乃さんの思い通りにされてしまうのだから堪らない。
どうしたって、俺にとって望ましい形で白黒をつけてはくれないのである。
もうそろそろ解放してくれたら嬉しいんだけどなぁ。
そんなことを考えていると、陽乃さんがちらと腕時計に目をやって、満足げに頷く。
244 = 1 :
「さてと、さすが時間通りだね」
「はい? 何の話です?」
「う・し・ろ」
俺の後方を指差しながらの、陽乃さんの、恐らく今日一番の嬉しそうな表情。
頬は僅かに朱に染まり、名の如く春の陽光を思わせる、穏やかで温かな微笑み。
悔しいけれど、どうしたって心惹かれてしまう、本当に美しい笑顔だった。
だが幸か不幸か、俺にはその蕩けるような笑みに見惚れる時間が与えられることはなかった。
静かな、けれど心によく響く足音が聞こえる。
「随分と、楽しい時間を過ごしていたようね」
245 = 1 :
キリのいいところでというか、いいところで切ったというか。
さておき今回はここまでです。
続きはまた週末くらいには上げられるかな、と。
一体誰が登場したのかは、それまで暫しお待ちをw
しかし正直この話書いてて、ヒッキーが一番可愛かったような気がする。
年上の綺麗なお姉さんに良いようにからかわれる男の子っていいよね。
246 = 1 :
失礼しました、ちょっと見直して気付いた……
>>234 は、冒頭に下の会話文入ります。脳内補完で読んでやってください。
「だから、どうして俺なんかにそこまでこだわるんですか? 正直こう言っちゃうのも悲しいですけど、自分の大切な妹に俺みたいな男が近づこうとしてたら、普通排除しようとしません?」
「その発想も割と普通じゃないと思うけど」
「少なくとも俺なら、小町にそういう男が近づいてきたら排除しますよ、多分」
「いやー、シスコンの鑑だねぇ、さすがさすが」
247 :
修羅場!修羅場!
248 :
乙。ヒッキーのATフィールドが浸食されつつあるな
249 :
乙
八幡マジヒロイン
八幡はみんなに弄られてる時がいちばん輝いてるよな、いい意味で
250 :
乙。続きはよ!
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