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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
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「……夏休みの終わりごろかな、家族で海に行ったんです。
その時、当麻がしばらくいなくなったことがあって、家族みんなで探して回ったんです。
いつの間にか帰ってきたと思ったら、物凄い剣幕で私に詰め寄って、何事か良く分からないことを口走って。
まぁ、その内容は今も良く分からんままなのですが」
『御使堕し』事件にて、術者が図らずも発動させてしまった上条刀夜であると分かった時のことだ。
「だけど、その時私は確かに聞いた。あの子が確かにこう言った。
もし『不幸』じゃなかったら、あの子はもっと平穏な世界に生きていたかもしれない。
だけど、それは『幸せ』とは言わない。
『不幸』だからこそ、数多くのトラブルに巻き込まれてきた。そして、苦しんでいる誰かと出会えた。
そのおかげで誰かを助けられたなら、『不幸』でいい。誰かの苦しみに気付かない『幸せ』なんて、必要ない」
言葉を切った刀夜の顔は、上条当麻にそっくりの表情で。
「『不幸だなんて見下すな、俺は今、世界で一番幸せなんだ!』 ってね」
神裂に、言葉は返せなかった。
かつて自らの『幸運(あくうん)』で仲間たちを死なせたと思いこみ、背を向けた彼女には。
「そう最高の笑顔で宣言された日には、もう親父としては立つ瀬が無いでしょう。
私たちがどうこう思う問題ではなく、あの子がどう考えているか、これこそが一番大事だったんです。
学園都市に初めて足を踏み入れたその日から、あの子はずっと『幸せ』だったんですよ。
……今思い返せば、あの頃にはもう一度記憶を失っていたでしょうに。本当に強い子だ」
「……確かに、彼が言いそうな言葉です。
私も一度、似たような言葉で叱咤されたことがあります」
「あらあら、当麻さんたら、世界のあちこちで無自覚にカッコいい台詞を吐いて回っているのかしら。
血は争えないものですね、ねぇ刀夜さん?」
詩菜の言葉に、刀夜はわざとらしくせきをする。
「……とにかく、その時から、私はあの子は既に一人前になった、と考えるようになりました。
もう親にどうこうされるのではなく、自分の考えと価値観でちゃんと立って生きている。
だから、あの子が考え、選び、行動した結果なら、私は何も言わない。
ただ、それを優しく受け止めてやるだけです」
「子供だ子供だと思っていたら、いつの間にか立派になっているんですもの。
男の子って、成長が早いものですね」
母さんの教育が良かったんだ、いえいえ刀夜さんの血ですよ、などと褒め合う夫妻はさておき、神裂は思った。
もし彼のように物事を考えられたら、もっと早く彼と出会えていたら、これまでの道のりは違うものになっていただろうか。
天草式から離れることもなく。
インデックスを呪いから解き放つことを諦めることもなく。
考えても詮無きことではあるが、それでも、と思う心は止まらない。
でも、過去を変えることはできないが、今と未来を変えることはできる。
この手一つで全てを救うことはできないかもしれないが、今は共に手を伸ばす『天草式(なかま)』がいる。
『救われぬものに救いの手を』
彼女の魔法名に端を発するこのフレーズは、今や天草式の代名詞にまでなった。
その旗頭として、精進すべきことはまだまだある。
「……彼と共に戦ったこと、彼に学んだことは、決して無駄にはしません。
困っている誰かを救えることが彼の『幸せ』だと言うのなら、それは私の想いと同じものです。
私は、それを体現できる人間になりたい。いや、なってみせます」
これは神裂火織の、己に対する宣言。
魔法名として胸に刻むわけではない。誰かに対して誓約するわけでもない。
ただこの日、この時、この場所で彼女は己の生き様をしかと定めた。
ただ言い放つだけであっても、その志は金剛石よりなお堅く。
「神裂さん、私たちはあなたを応援します。
だけど、無茶だけはなさらないでくださいね。
あなたが傷つくことで泣く人間が、あなたの隣にはいるはずですから」
そう言って、夫妻は柔らかく笑ったのだった。
結局、上条夫妻は一度も神裂のことを責めなかった。
彼女だけではなく、魔術サイドの誰に対しても、恨み事は吐かなかった。
中には理不尽とも言える仕打ち(神裂個人としては、償いきれるものではないと思っている)もあったにも拘らず、だ。
だが、それこそが上条当麻の両親たる所以なのかもしれない。
争いが終わればノーサイド、殺し合った相手でさえ、危機に陥れば助けに行く。
それが上条当麻という男なのだから。
病院を立ち去った神裂は、一度だけ振り返り、上条当麻がいるであろう病室を仰ぎ見る。
聖人の視力は、ちょうど病室から外を眺めていた上条の顔をとらえた。
恐らく、向こうからはこちらの姿は視認できないであろう。
(……見ていてください)
これから彼と会う機会は、そう何度も訪れないかもしれない。
だけどもそんなことはそもそも問題にすらならない。
大事なのは、彼から学んだことをどう活かしていくかということ。
(私は、もっともっと強くなります)
体も、心も、研ぎ澄まされた日本刀のように鍛え上げる。
それでこそ、彼に報いることができるだろう。
共に闘った記憶。
己に対する宣言。
そして心の奥に潜む想い。
これら全てを抱きしめ、彼女は前を向いた。
その後はもう、振り返らない。
この日。
極東の聖人神裂火織は、その人生において新たなる大きな一歩を踏み出した。
その夜。
第三学区は外部から学園都市を訪れた客をもてなす、外交の場として有名だ。
当然施設はどれも超一流であり、学園都市の『顔』と形容するに相応しいたたずまいである。
そんな第三学区の片隅に、その瀟洒な個室サロンは存在した。
「絹旗最愛と言います」
サロンの中央に立つ、茶色のショートカットにニットのワンピースを纏った少女は、凛と自らの名を名乗った。
ともすれば背伸びした小学生にすら見えそうな出で立ちではあるが、その眼光は冷たく、暗い。
彼女は表の世界に立つ人間ではない。
暗部組織、今は壊滅した『アイテム』の元一員である。
「ようこそ『グループ』へ、『窒素装甲』」
目の前にいるのは軽薄ながらもどこか研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を放つ、金髪の男。
その奥には一組の男女が控えている。
「俺は土御門。このチームにはリーダーはいないが、渉外担当の俺が便宜上『面接官』をやる」
絹旗は可愛らしく唇を尖らせる。
「リーダーがいないって、どうやって作戦の指揮を執るんですか。超疑問です」
「各々の仕事さえ分かっていれば、オシゴトは難なくこなせるものさ。
俺たちの職場では、上からの指示がなければ動けない人間ほど役に立たないものはないだろう?」
「なるほど、"そういう風に"超動くチームってことですか」
「じゃあ、まずは『上』から聞かされてきたオシゴトの内容を聞かせてもらおうか。
それ次第で説明が面倒になるからな」
「内容も何も、超欠員が出た『グループ』の補充要員だとしか超聞かされていません」
「つまりは、何も聞かされてないってことか」
結標、と土御門が呼びかけると、数枚組の資料が二セット、中空から絹旗の手元へと舞い降りる。
「今『グループ』が担っているオシゴトは二つある。
一つは、『超電磁砲』の体細胞クローンの作製計画の撃滅、及び『超電磁砲』のDNAマップやクローン技術の拡散阻止」
一枚目の資料の表紙には、『第三次製造計画について』と書かれている。
「こちらは今は調査待ち。すぐに手を出せる状態ではないし、オーダーも可及的速やかにというわけでもない」
「しかし、のんびりしている間にクローンが量産されていくのでは?」
資料を流し読みしていた絹旗が言う。
この計画の前身である実験の資料からの引用らしいが、「約二週間で素体と同等まで成長する」と書かれている。
『超電磁砲』は中学二年生、14歳のはずだ。
例えば一月あれば、最大生産能力の二倍は作れることになる。
「既に数えきれないほどのクローンがいるんだ。少しくらい増えたところで対して問題になるとも思わん。
それよりも、『超電磁砲』がこれに勘付いて特攻していくことのほうが怖いな。
場合によっては、彼女に接触してセーブを図る必要があるかもしれないな」
土御門の言葉に反論したのは海原という男だ。
「御坂さんはいわゆる『表』の人間でしょう? 彼女に接触するのはルール違反では?」
「あくまで最悪のケースだ。できれば彼女が勘付く前には解決しておきたい。
……が、彼女の性格は良く分かっているだろう?
あの子は『妹達』を見捨てるようなことはしない。それこそ、何を敵に回してでも守ろうとするだろうよ。
俺たちとしても、誤解を受けて第三位とかち合うようなことはしたくない。だからこそ慎重を期す必要がある」
「なんとかに刃物を持たせるな、ね。あの猪突猛進娘とは二度とぶつかりたくないわ」
過去に『超電磁砲』と因縁があるのか、ツインテールの女、結標がため息をつく。
「とにかく、『超電磁砲』のクローンの件については、今すぐやらなくてもいいというのは超分かりました。
それで、超もう一つの依頼については?」
「ああ、こっちが本題だ」
土御門はもう一つの資料を見るよう促す。
そこに載っていた写真に写っているのは。
「元『グループ』の構成員、『一方通行』の捜索及び連行だ」
土御門はこともなげに言うが、絹旗は訝しげに彼を見た。
この男は、自分が言っていることの意味を理解しているのか?
「脱走者を探して超口封じ、って訳ですか」
「まずは話をして、結果復帰すると言うのならそれでいい。あいつを取り込むためのエサは用意してあるしな。
問題はそれでも戻ってこなかった時。
今後行動がかち合って作戦を阻害される危険性を考慮して、あれを排除しなければいけないかもしれない」
「自分で言っていることの意味、超分かってますか?
『一方通行』は文字通り学園都市の頂点に超立つ男です。
第二位の『未元物質』すらミンチにしてのけた男に敵うと、超本気で思っているんですか?」
「俺と海原なら、あの男と刺し違えるくらいはできる」
しかし言いきった土御門の口調は、自信に溢れている。
「だが、それでは意味が無い。俺たちにはまだやるべきことがあり、為すべきことがある。
一方通行"ごとき"のために、死んでやることはできない」
「結局、超怖いんですね」
「そう受け取ってくれてもかまわない。実際問題、死ぬのは怖いさ。
"守るべきものを守れなくなる"というのは、地獄に落ちるよりも遥かに怖い」
彼の言葉には、不思議な響きが混じっていた。
「……それで、もしもの時はどうやって一方通行を超排除するんですか」
「お前と結標を使う」
「……はぁ?」
今度こそ、本気で眉をひそめる。
結標とかいう女の能力は未だ知らないが、特性上、一方通行に攻撃するのは自分の役目、ということになるのだろうか。
「私に、『窒素装甲』で一方通行を超殴れと?」
「呑み込みが早くて助かる」
「次の瞬間、私が10tトラックに激突したみたいに超ひしゃげるだけだと思いますが、それを超分かった上で?」
それなら仕事の話はそこで終わりだ、と絹旗は暗にほのめかす。
特攻して無様に屍をさらすだけの役割なんかごめんだ。
「いや、恐らくそうはならないだろうさ。
俺の読みが正しければ、あいつとお前の能力の特性上"少なくとも一度は"お前の攻撃はあいつの能力を貫通する。
あいつは能力さえなければただのモヤシだ。お前が本気で殴れば昏倒するだろうよ」
「……私の能力が、一方通行に超通用すると言うその根拠は?」
「それはその資料の中に書いてある。
この土御門さんが丹精込めて調べ上げた一方通行の詳細データが載ってる。読めば分かるさ」
絹旗は言われるがままに資料を読み進め、そしてある一文を見つけた。
その条件は、克服することは不可能。そして、おあつらえ向きにも自分はその条件を満たしている。
顔を上げた絹旗に、土御門はニヤリと笑いかけた。
「お前をオファーした理由が分かったろ、『窒素装甲』?」
今日はここまでです
あの夏休みの上条さんの言葉を聞いた刀夜さんは、もう二度と息子の事を「不幸」だとは思わないし、言わないのではないかと思います
>>329
割り込み、雑談は気にしないので、お気になさらず
むしろスレを覗いた時にやたら伸びてたりすると鼻血が出るほど喜びます
ではまた次回
あの夏休みの上条さんの言葉を聞いた刀夜さんは、もう二度と息子の事を「不幸」だとは思わないし、言わないのではないかと思います
>>329
割り込み、雑談は気にしないので、お気になさらず
むしろスレを覗いた時にやたら伸びてたりすると鼻血が出るほど喜びます
ではまた次回
乙でしたー
ねーちんと上条夫妻やり取りに感動、そして絹旗をグループ入りとは実に上手い!二代目に超ピッタリ(笑)
一次創作(原作)を書き続ける人も、その二次創作を自分流に書ける人もどちらも尊敬します。みんな文章力と想像力があって羨ましいなあ…
ねーちんと上条夫妻やり取りに感動、そして絹旗をグループ入りとは実に上手い!二代目に超ピッタリ(笑)
一次創作(原作)を書き続ける人も、その二次創作を自分流に書ける人もどちらも尊敬します。みんな文章力と想像力があって羨ましいなあ…
まぁ原作でも二度目の死を迎えるとか書いてあったから一部の記憶がどうにかなってる
ってのは充分ありそうだよな
新約2巻で何事もなくただ生きてましたってだけだったら鎌地はもうプロ名乗るべきじゃない
ってのは充分ありそうだよな
新約2巻で何事もなくただ生きてましたってだけだったら鎌地はもうプロ名乗るべきじゃない
乙
両親への事情説明役は神裂さんじゅうはっさいしか出来ないよなぁ
感想も書き込まずに原作批評とか原作者云々がしたいなら鎌池スレ行ってやってくれ
両親への事情説明役は神裂さんじゅうはっさいしか出来ないよなぁ
感想も書き込まずに原作批評とか原作者云々がしたいなら鎌池スレ行ってやってくれ
>>368
ステイルはすでに上条家と会っているから可能
ステイルはすでに上条家と会っているから可能
俺の言ってるのはそういうことじゃなくて老成しt…あれ?神裂さん?何故七天七刀をくぁwwせdrftgyふじこlp
ここか。本格的上琴長編半公式物語は。
公式でのキャラ活用消化不良的な俺のフラストレーションを見事に晴らしてくれてる。
一言、素晴らしい。
公式でのキャラ活用消化不良的な俺のフラストレーションを見事に晴らしてくれてる。
一言、素晴らしい。
こんばんは
ねーちんは落ち着いていると言うのに加え、女教皇と言う立場ある職にいますからね
やはりこの人が適任でしょう、と
では今日の分を投下していきます
ねーちんは落ち着いていると言うのに加え、女教皇と言う立場ある職にいますからね
やはりこの人が適任でしょう、と
では今日の分を投下していきます
11月16日。
美琴は約半月ぶりに学校へと登校した。
延期されていた一端覧祭まで日数は少なく、大慌てで準備を再開しているところを見ると、戦争の影響はもうほとんど残っていないようだ。
美琴が教室のドアを開けると、クラスメイトの顔がみなこちらを向き、一瞬おいて美琴の周りに集まってくる。
両親の元へ疎開、という情報は担任経由で伝わっていたのだろう、みな口々に『外』の様子を聞いてきた。
常盤台中学校は超がつくほどのお嬢様学校だ。
純粋培養、完全温室育ちのご令嬢が多く、帰郷時以外に『学舎の園』を歩いたことが無いという生徒さえいる始末。
帰郷した時でさえ、どこぞの大きなお屋敷に滞在でもしているのだろう。
裕福とはいえ、一般家庭育ちの美琴の話を聞きたがるのは不思議ではない。
まさか「ロシアの戦場に突っ込んで行ってました」などとは口が裂けても言えないので、適当に話を作っておくことにする。
「私の家は太平洋側だから直接の影響は無かったんだけど、食材の値段は高いわ売り切ればかりだわで大変だなんて母がぼやいてたわ」
「まあ、『外』の卸業者はお家まで届けてくださいませんの?」
「……普通はスーパーマーケットとかで食材を買うのよ? 私も自炊したことは無いけど」
「スーパーマーケット……。大きな市場で、生産者の方から直接仕入れるのですね」
常盤台中学には美琴のような一般家庭出身の生徒の他にも、いわゆる『ガチのお嬢』という人種も存在する。
もちろん、能力強度や入学試験はクリアーしてはいるのだが。
『一般常識』の欠如したご令嬢には、一般家庭の話は珍しいのだろう。
自分では常盤台の平均的なお嬢だと思っていたのだが、もしかするとその認識は間違っていたのかもしれない。
…………というか、ひょっとして我が家は成金?
一端覧祭の準備期間ということで、授業は半日で終わり。
美琴のクラスは休んでいる間に準備はほとんど終わっているということで、特にやることもなく下校となった。
ほとんど手伝っていないことに若干の罪悪感を覚えるが、クラスメイトの一言でそれも吹き飛ぶ。
「いーのいーの。御坂にはクラスの出し物とは別に、オープンキャンパスの時のバイオリンソロもあるでしょ?
学校代表なんだからそっちも頑張らなきゃ」
「…………えっ?」
本来、一端覧祭の準備をしていたのは一月前。
ちょうどそのころ第三次世界大戦が勃発したことにより、一端覧祭は無期限延期となった。
その半月後、美琴はロシアへと発ち、様々な経験をし、それどころではなかった。
つまり何が言いたいかと言うと………。
「わ、忘れてたァァァァァァァァァァーッ!!」
美琴は頭を抱えて叫ぶ。
盛夏祭で披露した演奏が生徒たちや教師陣で好評となったのか、
ぜひ学校代表としてオープンキャンパスで演奏を、という話があり彼女はついつい断りきれずに受けてしまったのだ。
楽器に触れていない期間は二週間、一端覧祭までもおよそ二週間。
勘を取り戻すことは出来るだろうか。
「みんな、期待してるからねー?」
クラスメイトたちの期待の視線が、いやに痛い。
思わぬ課題を背負ってしまった。
安請け合いした過去の自分を罵りたい気分だが、学校の名前を背負う以上手抜きもできない。
夜にでも寮の音楽室を借りて練習しよう。
一端覧祭は学園都市全域で一斉に行われるものだが、各校で行われるのは普通の学園祭となんら変わらない。
生徒たちは各クラスの出し物に精を出し、教師たちは新入生の呼び込みに腐心する。
そう言えば、何にでも頑張りやな同室の後輩のクラスは、何を出すのだったか。
「……邪魔するのもわるいし、夜にでも聞きましょ」
開きかけた携帯電話をポケットにしまい、彼女は街へと繰り出した。
お嬢様学校を5つ集めて形成される『学舎の園』でも、一端覧祭に向けて準備が進められている。
時折、出し物に使うのだろう資材を運んでいる生徒たちを見かけた。
もっとも資材を運ぶのに手で持ったりリヤカーを使うのではなく、高級そうなリムジンの後部座席に放り込んだり、
屋根の上に無造作にくくりつけていたりするのがこの街らしいと言うべきか。
某少年が見かけたら度肝を抜く光景かもしれない。
美琴が向かったのは、『学舎の園』でも一番であると評判のケーキ屋だ。
パティシエールを始めとして全スタッフが女性で占められたこの店は、お嬢様の肥えた舌をも日々唸らせている。
お見舞いの手土産といえば、ケーキか菓子折りが相場だと考えたのだ。。
「どれがいいかしら……」
ショーケースに収められたケーキを前に、美琴は悩む。
単純に一人に対して贈るのであれば、その個人の趣向に合わせれば良い。
だが、今回は違う。
あの少年もそうだが、妹たちに対してのお土産でもある。
普段、あまり快適とは言えない生活を強いてしまっているという引け目もある。
出来れば、少しでも喜んでもらえるものを贈りたい。
結局、彼女はホールではなく、いくつかのカットケーキを選んだ。
好きな味を選んでもらった方が、彼女たちにもいいだろう。
ケーキを受け取り、もはや通いなれつつある病院へと向かう。
半分は妹達に会いに、もう半分は上条当麻のお見舞いに、といった具合である。
そういえばかつての自分はどうして彼のお見舞いに足しげく通っていたのだろうと思うと、頬が熱くなった。
頭を振って熱を追い出し、病院の玄関をくぐる。
基本的に学生の街である学園都市では、平日昼間の病院はあまり人がいない。
見舞客の主層である学生たちは学校にいるし、入院患者たちもそれを分かっていて部屋にいることが多いのだろう。
だから、ロビーで待ち合わせていた人たちも、すぐ見つけられることが出来た。
「おーっす」
「お姉様、こんにちは」
「こんにちは、とミサカは返事をします」
ロビーのソファに座っていたのは、彼女の妹たちだ。
一人はロシアで慣れ親しんだ妹。こちらは私服だ。
美琴と同じ制服に身を包んだもう一人の妹は……
「ミサカの検体番号は──」
「ストップ。ちょっと待って、当てて見せるから」
美琴は制服の妹を凝視する。
顔を覗きこまれた妹はわずかに頬を染め、視線から逃れようとするかのように身をよじらせる。
「──19090号!」
「正解です、とミサカは答えます」
無事に当てられて、美琴もほっと胸を撫で下ろす。
「うーん、ぱっと見分けられるようになりたいわ」
「ミサカたちもミサカネットワーク経由で識別しなければ、個体同士の判別は難しいのです、とミサカ10777号はぼやきます」
「一度ネットワークを遮断した上で顔を合わせたことがったのですが、どの個体がどの個体かわからなくて……とミサカ19090号はしょんぼりします」
「外見で差別化を図るってのはどう?
例えば髪を伸ばすとか、アクセサリーをつけるとか、ファッションで眼鏡をかけてみるとかさ。
ほら、10032号は可愛いネックレスつけてるじゃない」
「……彼女のネックレスは由来が由来なので、ミサカたちの間では半ばタブーとなっています、と10777号は触れてほしくないことを伝えます」
「……どうしてあのミサカだけ…………。このミサカにだって機会さえあれば…………」
なにやら雰囲気が暗くなり始める妹二人。
そう言えば、あのネックレスは上条が彼女に与えたものであったか。
美琴だって思うところがないわけではないが、ここはぐっとこらえる。
「じゃ、じゃあさ、今度服でも買いに行きましょうか。
私もちょうど冬用のコートが欲しいと思ってたところなのよ」
「ロシアでは結局お買い物に行くことができませんでしたね、とミサカ10777号は思い返します」
「ぜひお姉様のお勧めのお店を教えてください、とミサカ19090号は鼻息を荒くします」
「そう言えば、その10032号はどうしたの? 昨日連絡した時、電話に出たのはあの子よね?」
「昨夜あの人に病室にナース服で忍び込もうとしたので、今はミサカたちの部屋に拘束してあります、とミサカ10777号は報告します」
「……あの子もあの子でやることが凄いわね」
「ところで、お姉様がぶら下げていらっしゃる袋はなんでしょう? とミサカ10777号は中身を半ば想定しつつ訊ねてみます」
「これ? 学舎の園で買ってきたケーキよん。
いろいろな味のを買ってきたから、好きなのを食べなさい。
えっと、もともとこの病院に4人いて、ナナミが増えて、それで『打ち止め』って子がいるから、6個で大丈夫よね?」
美琴の確認に、10777号と19090号は顔を見合わせる。
「あの、その……」
「もしかして、学園都市にいる他の子たちもリハビリとかでいたりする?
あちゃー、人数確認してから買うべきだったかな」
「いえ、そうではなく……」
なんとも妹たち二人は歯切れの悪い言葉を吐くばかりで、明確な答えは得られない。
何か、悪いことでもあったのだろうか。
「ええい、このミサカは昨日来日したばかりで何も事情を知りませんので、とミサカ10777号は19090号に丸投げします。
……?? この場合は帰国が正しいのでしょうか……?」
「うう、どのミサカもこのミサカにばかり面倒事を押しつけて……、とミサカ19090号は嘆息します。
……お姉様、確かに今この病院には、お姉様が挙げた6人以外にもう一人ミサカがいるのです、とミサカ19090号は報告します」
「そっかぁ、やっぱり確認するべきだったなぁ。まあケーキ1個くらいなら私の分をあげればいいし。
それで、その子はどんな子なの?」
「どんな……と言われても、あらゆる意味で『規格外』です、としか答えられません。
なんと言うか、いろいろと『ミサカ』らしくない、と19090号は戸惑いつつ答えます」
「上位個体と肩を並べるか、上回るほどの強烈なキャラクター性……。
確かに、一言で表すなら『規格外』でしょうねぇ、とミサカ10777号はため息をつきます」
日頃「自分だけの個性が欲しい」と願う妹たちにここまで言わしめるミサカとは、どんな存在なのか。
「まぁ、会ってみれば分かるのではないでしょうか、とミサカ19090号はお姉様を案内します」
基本的に『妹達』が日頃生活しているエリアや、リハビリのために滞在するエリアは一般病棟とは離れた場所に位置する。
彼女たちとて冥土帰しの患者であるとはいえ、同じ顔の少女らが多数同時に存在すれば、他の患者が怪しむかもしれない。
もしかしたら、御坂美琴の友人たちが病院を利用し、彼女たちの存在が露呈するかもしれない。
そういった配慮から病院の奥、研究エリアの一角に彼女たちの為のスペースがあるのだ。
その中の一室のドアを叩き、美琴らは中へと入る。
中にいたのは驚いたような顔をした二人の少女。
一人は美琴を一回り小さくしたような少女。
そしてもう一人は、反対に美琴を大人びさせたような少女。
最終信号と番外個体は、初めて御坂美琴と対面した。
「……は、はじめまして」
「もしかして、お姉様……?」
美琴がたどたどしくあいさつをすると、小さいほうの少女が呆然と声を出す。
大きいほうの少女はベッドに腰かけ、興味深げに美琴を観察してるようだ。
「そうよ。私は御坂美琴。あなたが『打ち止め』よね?」
「う、うん! ミサカの検体番号は20001号、製造コードは『最終信号』だよってミサカはミサカは自己紹介してみる」
「話に聞いてた通り、他の子に比べてちっこいのね。懐かしのアンテナとか、私の小さいころそっくりなんだけど」
美琴はケーキの箱を19090号に預け、打ち止めの頭を撫でてやる。
「ミサカのコンプレックスなんだから、あんまりちっこいって言わないで―、ってミサカはミサカはお願いしてみる。
未完成のまま培養器から放り出されちゃって、できたらもう一回培養器に入れてほしいなーなんて思ってたりもするんだけど、
培養器はぜーんぶリハビリ用に転用されちゃって、ミサカは小さいままなのってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり」
「小さくたっていいじゃない、可愛いし。それに、ちゃんとこれから成長していくんでしょう?」
「それはそうだけど、うぅー、ってミサカはミサカは唸ってみる」
美琴は打ち止めから離れ、もう一人の少女の前に立った。
「こんにちは。あなたの名前は?」
「番外個体(ミサカワースト)だよ、"お姉様"」
美琴を見つめ返した少女は、ぎこちない笑みを彼女へ返した。
本質的に、入院生活とは暇なものである。
『友人たちが学校へ行っている時間に、自分だけは休んでいる』という奇妙な高揚感はどうせあっという間になくなってしまうものだし、
そもそも上条当麻には学校へ通った記憶が無いのだ。
彼の記憶にあるのはベッドの上の光景ばかり。過ごし方だってそう変わり映えはしない。
携帯電話に溜まった未読メールを読むか、本でも読むか、だ。
今日は両親の持ってきてくれたアルバムを読んでいると、にわかに廊下が騒々しくなった。
「おっはよーっ!! カーミやーん、元気しとるー?」
「うるさい! 病院では静かにしなさいッ!!」
「ふ、吹寄ちゃんも声のボリュームを抑えてくださいです!」
「二人とも。上条くんに会えて。嬉しいんだね」
「はっは、これから吹寄さんのスーパーツンデレタイムが始まrあ痛!?」
まずドアを蹴り破らんばかりに青髪の大男が飛び込んでき。、その彼の首根っこを掴み頭突きをかます巨乳女子。
それをなんとか仲裁しようとするピンク色の小学生の後ろから大笑いしながら金髪の大男がゆっくりと入ってくる。
その陰にもう一人いるような気がするが、いかんせん大男二人の陰で良く見えない。
「当麻、先生と友達がお見舞いにきてくださったぞ」
彼らの後ろから刀夜が顔を出す。
「父さんは母さんとしばらく出かけてくるから、色々お話しすると良い」
上条の記憶喪失は既に担任である月詠小萌からクラスメイトにも伝わっているようだった。
クラスメイトたちから自己紹介を受けたり、担任と名乗った小萌を信じられずに高い高いをしたり、と時間は過ぎて行く。
彼らなりにいろいろ考えてきてくれたようで、面白おかしく上条とクラスメイトの想い出を聞かせてくれた。
「……それでもうちょっとマシなお願いをすればいいのに、カミやんってばこーんなセリフを吹寄に吐いちゃったんだぜぃ?
『一生のお願いだから揉ませて吹寄!!』、ってな?」
「まったく! そんなだから貴様らは三馬鹿って言われるのよ。
もう少し考えてものを話しなさい!」
「……覚えてないので、俺を睨まれてもとっても困るのですが……」
「はふー、倒れた机や椅子の真ん中で吹寄ちゃんが仁王立ちしていたのを見た時は、すわ学級崩壊かと思ったのですよ?」
「それで。結局『肩揉みホルダー君』は。どうだったの?」
「その時は注文してたけどまだ届いてなかったんやと。全く殴られ損のけったいな話やでー」
青髪ピアスが首をやれやれと振る。
それに金髪の男、土御門元春がボケを被せ、吹寄制理が呆れたようにため息をつき、姫神秋沙と月詠小萌がクスクスと笑う。
とある高校の、とあるクラスの日常光景だ。
ただ一つ違うのは、上条当麻が輪の中心に入りきれていないということだけ。
「そう言えば。上条くんは。いつ頃退院できるの?」
姫神が思い出したように言う。
「せや。秋の一大イベント、待ちに待った一端覧祭はもうすぐやでー?」
「あー……、医者は経過を見つつ考えるって言ってたな。
今月いっぱいは入院してるかも」
「それじゃあ、一端覧祭は参加できないかもしれないのね」
ため息をつく吹寄。
「一端覧祭って、再来週くらいだっけ? 父さんが言ってたような……」
「そうなのです。大覇星祭と同じように一週間、学園都市中でお祭り騒ぎなのですよー」
「たった三回しかない高校生の文化祭、一度だって参加しないのは青春の浪費ってやつだぜぃ?」
「って言ってもなぁ……」
今から楽しみだと言うように浮かれる一同に対し、上条の顔は浮かない。
「俺、今まで何にも準備を手伝ってないんだろうし、これからも手伝えそうにないだろうし……。
いまさら俺が参加したところで、何の役にも立たないと思うぜ?」
「は」
「はぁ」
「はーあ」
「鈍感。」
「……先生は時々上条ちゃんのことが心配になるのです」
「カミやん、わかってへんなぁ」
「鈍さもここまで来ると犯罪だにゃー」
急に白けた一同を見て、上条が慌てたように言い繕う。
「お、おい。俺何か変なこと言ったかな?」
「変も変、貴様が重傷者でなかったら鼻からムサシノ牛乳を流し込んで、サプリメントで栓をしてやるところよ」
「な、なんで吹寄サンはお怒りなんでしょう!?」
「あんなぁ、カミやん」
青髪ピアスがいつになく真剣な表情をして、上条に詰め寄る。
「文化祭って言うのはな、参加することに意味があんねん。
楽しむのもええ、楽しませるのもええ。
出し物をするんも、学校を巡って楽しむのも、……可愛い女の子とイチャイチャするのもええ。ていうかしたい」
「はぁ……」
「大覇星祭と同じや。一端覧祭は皆で作るお祭りなんや。
そこに、ゲストもホストも関係あらへん。
遊んで、騒いで、楽しめればそれでいいんよ」
「結局は、みんな楽しむために今準備をしてるのよ。
ううん、楽しむだけじゃない。他の人を楽しませるためにもね」
「さっすが一端覧祭の実行委員たる吹寄ちゃんの言うことは違うにゃー」
「うるさい」
「私たちの出し物で。お客さんが喜んでくれたら嬉しい。」
「そういうことや。確かに今カミやんはボッコボコで、準備の手伝いなんて出来ないかもしれへん。
当日、ホストとしてお客さんを楽しませることも出来ないかもしれん。
でも、だからってカミやんが楽しんじゃいけないってことにはならへんでー?
ホストとして楽しませられないなら、ゲストとして楽しめばいいんよ?」
「そういうこと。まあ内輪だけで盛り上がっても独りよがりな出し物になるかもしれないわけだし。
誰か一人くらい客観的に見てくれる人がいてもいいかもしれないわ」
「ちなみに今の吹寄語を翻訳すると『カミやんがいないと寂しい』ということに」
「素直じゃない。」
「うっさい!」
ここで青髪ピアスが表情をぱっと変え、にこーっと朗らかな笑顔で言った。
「まあ長々と語ったけど、要はみんな、カミやんと遊びたいだけなんよ。
なんせ一か月もどこぞをうろついてたんやで? 旧交を温めたいのが人情ってものやん」
「そうだぜぃ、なんだかんだ言っても、ダチだろ? 俺ら」
「土御門くんだって。この間まで。『自分探しの旅に出たら戦争の影響で帰ってこれなくなってた』とか。言ってたでしょう。」
「それはそれ。これはこれだにゃー」
「上条ちゃん」
名を呼ばれ、振りかえると小萌が柔らかく微笑んでいた。
「退院したら、学校に戻ってきませんか?
もちろん長い間休んでた分お勉強は大変ですし、出席日数を稼ぐために補習だって山ほどありますです。
だけど、計算上は上条ちゃんの頑張り次第でまだなんとかなる範囲なのですよ。
……いっそ留年したほうがマシなんじゃないかなってくらい、厳しいですけど」
「……えぇー、なんでそんな状況に」
確か学年の三分の二以上出席していれば、出席要件は満たせたはずである。
一月休んでも余裕はあるはずなのだが……。
「うふふー、上条ちゃんはヤンチャですからねー?
寝坊、サボり、大怪我で入院エトセトラエトセトラ、枚挙にいとまがありませんねー?
だけども、頑張ってみるだけの価値はあると思いますよー?
なんせ、こんなに上条ちゃんを心配してくれるお友達と、一緒に進級できるのですから」
ほら、と小萌が両手を広げると、友人たちは笑顔でそれに応える。
「みんな……」
友人たちの暖かい笑顔に囲まれて、上条も心が温かくなる。
こんな時、"前"の自分ならどう答えただろう?
"今"の自分は、どう応えてみよう?
「……何も今すぐ答えを出せ、って言うようなことでもないのですよー。
病院で体を癒している間、ゆっくり考えてくれればいいのです。
どの道、入院してる間は補習もできませんからねー?」
もっとも上条ちゃんが望むなら出張授業をしてあげてもいいのですけど、と嘯き、小萌はくすくす笑う。
「カミやん、頑張って一緒に二年に上がろうやー」
「留年してカミやんに『先輩』って呼ばせるのも楽しそうだけどにゃー」
「…………『姫神先輩』。うふふ。なんだが良い響き」
「だけどクラスの一員が一人でも欠けるのはなんだかしっくりこないわ。
というわけで上条当麻! 死ぬ気で追いつきなさい!」
血気盛んに吹寄がびしぃと指を突きつけてくる。
その豊かな胸がたゆんと揺れるのが、冬服の上からでも分かった。
「……そう言えば、そろそろ学校に戻らなくちゃいけませんねー」
腕時計を見た小萌が生徒たちに呼び掛ける。
「そうですね。学校に残った皆の手伝いもしなければいけないし」
「せや、土御門クン、舞夏ちゃんはどないしたん」
「学校終わり次第カミやんの病室で待ち合わせってことにしたから、まだかかるかもにゃー」
「なら。土御門くんだけ残って。あとの皆は。帰ってお手伝い?」
「そういうことですー。土御門ちゃん、それでオッケーですかー?」
「了解だぜぃ。舞夏が来たら学校に戻るにゃー」
「上条ちゃん、くれぐれも養生するのですよー? こっそり病室を抜け出して買い食いとかしちゃだめですからねー?」
目一杯に背を伸ばして注意をしようとする幼女(風)教師に見上げられ、上条は苦笑いをする。
「……あー、売店行こうにも、お金とか持ってないっすから」
「それならいいのですけど。では上条ちゃん、また学校で会いましょう」
「またお見舞いに来るでー!」
「無茶しないで、さっさと体治すのよ!」
「早く。元気になってね」
思い思いの言葉を掛け、小萌やクラスメイトたちは上条の病室を後にした。
残されたのは上条と土御門の二人だ。
「……そういや、まいか、って誰?」
「俺の妹だにゃー。繚乱家政の生徒でエリートメイドの見習いなんだぜぃ?」
「その妹さんを、何故高校に連れて行くんだ?」
「一端覧祭の出し物の、実地指導の為だにゃー」
「……俺たちのクラスって、何をやるんだよ?」
メイドの見習いを呼んで、何を指導してもらうと言うのか。
「何って、メイド&執事喫茶ぜよ」
「………………………………………………………………メイド、という単語を聞いて、なんだかもの凄い悪寒がしたんだが」
身に覚えのない恐怖が、上条の体を震え上がらせる。
事情の掴めない土御門は、不思議そうに首を捻っていた。
美琴がケーキを持ってきたという知らせを受け、この病院にいる姉妹全員が打ち止めと番外個体の部屋へと集まった。
同じ顔の少女8人が一部屋に集いケーキを頬張るさまというのはなかなか壮観である。
「……というわけで、ミサカは研究所の脱出には成功したんだけど。
その代償としてこの右腕と、いくつかの銃創を負っちゃったってわけなのでした」
左手に持ったフォークを振り振りややオーバーに語るのは番外個体(ミサカワースト)。
右手は骨折しギプスに覆われているため、美琴の持ってきたケーキを左手で食べなければならないのだ。
ちなみに彼女が今美琴に語っているのは、番外個体が研究所を脱走した時の"冒険譚"だ。
当然ながら実際に起こったことではなく、美琴を心配させないための辻褄合わせの物語である。
「……それで、怪我の方は大丈夫なの?」
「へーきへーき。カエル顔のお医者さんが言うには、あと二週間ちょっとでギプスも取れるみたいだよ。
凄いよね。粉々だったのに一月と経たずにくっついちゃうんだから」
医療において革新的な発明をいくつもしている冥土帰しの事だ。
彼女の治療に関しても常人には考えも及ばないような技術を導入したのだろう。
「ほんとよね。あいつもしょっちゅうお世話になってるみたいだし。
みんなのリハビリの担当もしてくれてるのよね」
「そうだよ! ミサカたちは本当にカエルのお医者さんには頭が上がらないのってミサカはミサカは感謝してみる」
美琴の膝に抱かれた打ち止めがニコニコと笑う。
「そーだお姉様。ミサカ、服が欲しいんだけど」
その言葉に、美琴は改めて番外個体を眺める。
右腕を骨折しており肘のあたりからギプスに覆われている彼女は自由に服を着ることができない。
そのため彼女は脱ぎやすいように袖口にチャックのついた半袖の患者衣を着て、その上から袖を通さずにカーディガンを羽織るといった感じだ。
お世辞にも、あまり女の子らしい格好とは言えない。
「そうね、好みの服は退院してからでいいとして、まずはギプスが外れた後着る服が欲しいわね」
「今のままだと服を買いに行く服が無いって感じだもんね」
「お姉様、ではミサカとのお買い物の際に、番外個体の洋服も買ってくるというのはどうでしょう、とミサカ10777号は提案します」
「む、抜け駆けはずるいのではないですか、とミサカ10032号は抗議します」
「そうです、こんな新参ミサカは放っておいて、このミサカとお買い物へ行きましょう、とミサカ10039号は追従します」
「ミサカも行きたーいってミサカはミサカは猛アピールしてみたり!」
「このミサカは元々お姉様と約束していましたので、その指摘は的外れなのではないでしょうか、とミサカ10777号は反論します。
それに、まずはお姉様のスケジュールを確かめなければいけないのでは?」
その言葉に、妹たちの視線がいっせいに美琴に向く。
美琴は自分のスケジュールを頭の中で思い浮かべた。
「一端覧祭までは午前中授業だし、うちのクラスの出し物はほとんど準備終わってるのよね。
私も課題とか出されてるからいつとは確約できないけど、私が都合いい時でいいなら。
さすがに全員いっぺんには無理だから、順番になるけどね」
「ではまずはこのミサカとですね、とミサカ10777号はお姉様に約束を思い出させます」
「ですから、それは不公平なのでは、とミサカ13577号は混ぜっ返します」
妹たちがああでもないこうでもないと言い争うのを、美琴が手を叩いて止める。
「じゃあこうしましょう。まずはナナミ。約束してたもんね。
その後は番号の若い順。打ち止めは最後のほうになっちゃうけど、我慢してね」
「……最後はやだけど、でもお姉様とお出かけ出来るなら我慢するー、ってミサカはミサカは聞きわけの良い子になってみる」
「お姉様、検体番号のないミサカはー?」
『絶対能力者進化計画』とは直接関係のない番外個体は、その名の通り検体番号が与えられていない。
つまり検体番号のない彼女は、この順番の決め方では漏れてしまう。
「あんたはまず腕を治しなさい。お出かけはそれから。
ギプスが外れたら、次の子と遊びに行くときに一緒、ってことでどう?」
「他のミサカがいいならそれでいいけど」
「そうね、じゃあ…………う」
言葉を続けようとした美琴が、突如口を閉ざしてしまう。
「……あんたのこと、どう呼べばいいんだろ?」
基本的に美琴が妹たちのことを呼ぶ時は検体番号か、ニックネームなどがあればそちらを使う。
ゆくゆくはそれぞれに番号ではなく名前が必要になるのは分かっているのだが、彼女としては自分で考えた名前の方が良いと思っている。
一生付き合っていく名前だ。美琴のセンスを押し付けるよりは、自分の好きな名前を名乗ってほしい。
もちろん、名前をつけてほしいと言われれば一緒に考えるつもりでもいる。
翻って、番外個体(ミサカワースト)はどうだろうか。
まず彼女には前述の通り検体番号が存在しない。
かといって『ミサカワースト』という呼称は普段使うには長すぎる。
ならば、区切ってはどうか。
『ミサカ』では他の姉妹と紛らわしい。
『ワースト』では「一番悪い」という意味合いがよろしくない。
「お姉様の好きに呼んでくれたらいいけど、ミサカ的には『ワースト』でいいかな。
だってさ、考えもみてよ? ミサカワースト、一番悪いミサカ。
ひねくれ者で根性悪のこのミサカにぴったりだと思わない?」
「う、でも……」
「マイナスであっても、"個性"は"個性"だよ。
ミサカはお姉様のただのクローンじゃなくて、代替不能なワン・アンド・オンリーのミサカになるの。
そのための象徴になるのが、"一番性格の悪い"ミサカを表すミサカワーストという名前なんだよ」
「……そう。じゃあワースト、あんたの順番は退院しだいってことで、ヨロシクね」
そう言って彼女の髪を撫でてやれば、くすぐったそうに顔を背ける。
「……誰かに髪を撫でてもらうのは、初めてだな」
「そう言えば、お姉さまはあの方のお見舞いにも行くつもりだったのでは、とミサカ19090号は訊ねます」
「はっ!? い、今何時?」
慌てて腕時計を見れば、時刻は4時半を回っている。
この病院では面会時間は5時までとなっており、彼と会話するつもりならそろそろ向かわなければろくに話せない。
備え付けの冷蔵庫から上条の分のケーキの箱を取り出し、慌てて荷物をまとめる。
「あいつにもケーキ渡したいし、そろそろ私は失礼するわ。
いつ遊びに行けるかは、追って連絡するわね」
「ケーキ、ごちそうさまでした、とミサカ10032号は頭を下げます」
「お姉様、また遊びに来てねってミサカはミサカは名残惜しくお姉様の制服を掴んでみる」
「はいはい。今度はどんなお土産が良いか、よかったら電話してね」
打ち止めの携帯電話と赤外線通信で連絡先を交換し、美琴は妹たちの病室を後にする。
リクエストが無ければ、今度はどんなお土産にしよう。
妹たちとは、どこに遊びに行こう。
そんなことを考えながら、美琴は上条の病室へと向かう。
上条の病室はほぼ常に同じ部屋をあてがわれている。
冥土返し曰く「いつ運ばれてくるか分からないから緊急時以外は彼の為に空けてある」らしく、その入院回数の多さが分かる。
美琴も何度もお見舞いに訪れているうちに場所を覚えてしまい、今では案内がなくとも辿り着けてしまう。
二度戸を叩き、中へ入る。
「おっ、みさかじゃないかー」
だが、出迎えたのは美琴の友人である土御門舞夏であった。
彼女の奥では部屋の主である上条がベッドに腰かけ、その横には金髪サングラスの青年が立っている。
「よう、御坂」
「おや、カミやんのお見舞いかにゃー」
「そんなところ……なんですけど」
金髪の青年が軽薄そうな笑みを浮かべる。正直美琴の得意なタイプではない。
舞夏と、上条と、金髪の青年。この異色の組み合わせはなんなのだろう。
「みさか、紹介するぞー。こっちは私の兄貴であるー」
「土御門元春だにゃー。ヨロシク」
「へぇ、お兄さん?」
舞夏に兄がいることは以前から聞き及んでいた。
だが、このように軽そうな人間だとは思っていなかった。
なんと言うか、あまり似ていない兄妹である。
「御坂美琴です。よろしくお願いします」
「ほほう、カミやんに常盤台のお嬢さんがお見舞いか。
一体どこで引っ掛けてきたのやら」
サングラスの奥から土御門元春が興味深そうな視線を放ち、美琴は思わず身を引いてしまう。
あまり好きにはなれなさそうな人種だ。
「舞夏、ところであんたはなんでここに?」
「おお、珍しい呼び方だなー。兄貴がいるからかー。
うちの兄貴はだなー、そこの上条当麻の隣の部屋に住んでいるのだよ―。
その縁で、私も上条当麻とは面識があるのだー」
そうなのか、と上条に視線を振るが、彼は肩をすくめるのみ。
まあ彼は記憶喪失なのだから、それは当然だろう。
「それでだなー、上条当麻の家を掃除してやろうかという話をしていたところなのだー」
「いいって、退院してから自分でやるよって言ってるんだけどな」
やや困ったように上条が言う。
彼にとっては自分のプライベートではあるが、何がどうなっているのかは全く分からない。
それを年下の少女に見られるという羞恥心があるのだろう。
「"男のロマン"とやらは兄貴の部屋で慣れてるからな―、そこは見なかったことにやるのだぞー」
「そういう問題じゃないって。一月も掃除してない部屋なんか人に掃除させられるかよ。自分の部屋は自分でやります!」
「一か月放置した洗いものはどうなってるかなー?」
「うっ」
「一か月放置した冷蔵庫の中身はどうなっているのかなー?」
「ううっ」
「一か月放置した生ごみは、一体どうなっていることだろー?」
「ゔゔゔっ!!」
記憶が無くとも、それくらいは想像がつく。
冷や汗を流し青褪める上条の耳に顔を近づけ、誘惑するようにささやく。
「できればやりたくないだろー? だからなー、私が代わりに掃除してやると言っているのだよ―。
私はハウスキーピングの経験値を得てー、上条当麻は退院したら綺麗な部屋が待っているー。
いわゆる"Win-Win"ってやつだなー」
数秒のち、陥落した上条の口から「……オネガイシマス」という言葉が漏れる。
上条が目覚めて約一週間、早くも人として何かが終わった気がするが、まだ見ぬ地獄に踏み込む勇気もない。
勝ったと喜ぶ少女は、恐らく自分の腕を存分に奮える機会を得て嬉しいのだろう、その場で小躍りをしている。
「…………舞夏が自分から言い出したことだから俺は何も言わないけどにゃー。
カミやん、退院したら舞夏に何かおごれよ」
「……是非とも御馳走させてくださいませ」
「そこでだなー、みさかー、明日は暇かー?」
「学校は午前中で終わり。特に何もなければ、したいことはあるけど」
「暇ならば、上条当麻の家の掃除を手伝ってくれないか―?」
「えぇー?」
「どのくらい汚れてるかが分からないからな―。時間がかかってもいいのだけどー、私にも色々用事があるのだよ―。
なるべく早く終わってくれると助かるのだー。だから手伝ってくれると嬉しいぞー?」
美琴は思案する。
常盤台中学では基本的に自室以外の掃除は専門のハウスキーパーが行い、懲罰を除いて生徒がやる事は無い。
自室の掃除も毎日こまめに行えばそこまで乱れることもなく、故に清掃とはイコール懲罰のイメージが美琴の中では大きい。
だが、これは上条の自室に入る絶好のチャンスでもある。
家主が不在であることが不満だが、今までは家を訪れるどころか住所すら知らなかったのだから。
と、ここで何故これを"チャンス"と感じるのかに思いいたって、美琴の頬が紅潮する。
「お、おーい、御坂さーん? あんまり迷惑かけるのも悪いし……」
「い、いいわよ、手伝ってあげる」
「……え?」
「い、いろいろとお世話になってることだし? 困った時はお互いさまというか?
とにかく! 私も掃除を手伝ってあげるんだから、感謝しなさいよね!」
「え? いや、あの、……ありがとう?」
「よろしい」
頬を染めたままふんぞり返る美琴と、何かがおかしいような、おかしくないようなと首をかしげる上条。
そんな二人の様子を、土御門兄妹は面白おかしそうに見ているのだった。
「私と兄貴は用事があるから、そろそろ失礼するのだぞー」
「じゃあなカミやん、暇ならまたくるぜぃ」
土御門兄妹が病室から出て行き、残されたのは上条と美琴の二人。
ここで美琴はケーキの存在を思い出し、上条へと差し出した。
「チョコレートケーキか」
紙皿に載った綺麗なケーキをためつすがめつ眺めながら、上条が呟く。
「学園都市では学舎の園にしかないお店のケーキよん。
さあ、普通はお嬢様にのみ食べることの許されるデザートをとくと味わいなさい」
フォークで適度に切り、一口。
まず口の中に広がるのは、洋酒の香るとろりとしたほろ苦いチョコレート。
ふんわりとしたスポンジの中には、チョコレートクリームとクルミが挟みこまれている。
決して飾らない、シンプルなケーキ。
だからこそ、作り手の技術と情熱はダイレクトにその味へと変換される。
「……うめぇ」
「でしょー」
記憶にある限り病院食しか食べたことが無く、甘味に飢えた上条は勢いよく頬張る。
にししと笑う美琴に、上条は微笑みを返した。
「ホントうめーよこれ。多分これならホールでいける」
「男の子って、甘いもの嫌いじゃないの?」
「腹にガッツリ溜まるものが好きなだけで、決して甘いものが嫌いなわけではないと思うぞ。
単に甘いものは女の子のもんってイメージがあって、硬派を気取りたい奴らがただ『んなもんより肉だ肉!』って言ってそうなイメージがあるけど。
しかしこれ、お嬢様御用達なだけあってめちゃくちゃうめーけど、もしかして結構なお値段するんじゃねぇか?」
「大したことないわ。1ホール8000円くらいよ」
「高ッ!?」
危うく噴きだしかけ、いやいやもったいないと無理やり手で口を押さえた挙句、結局はせき込んでしまう。
美琴は慌てて背中をさすり、水差しから水を汲んでやる。
「ほら、また買ってきてあげるから、落ち着いて食べなさいよ」
「い、いやそんな高級品を何度もごちそうになるわけには」
「そんなの気にしないの。喜んでもらいたくて買ってくるんだから、入院客のアンタはただ美味しく食べればいいのよ」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんよ」
上条がケーキを食べ終えた後は、他愛のない話をして過ごした。
「夕べ面会時間が終わった後、お前の妹たちが遊びに来たんだよ。
話には聞いてたんだけど、ちょっと人数にびっくりしたわ」
「そうなんだ。この病院にいる子みんなで来たのかしら」
この病院にいる妹たちは計7人。うち5人が同じ年齢なのだから、面食らうのはある意味当然だ。
「みんな良い子たちだったな」
「でしょー。私の大事で可愛い妹たちだもん」
「ネックレスかけた子──10032号だったかな? が、『困った姉ですがどうぞよろしく』だってさ」
「妹め……なんという生意気な口を」
美琴は頬を膨らませてみる。が、本気で不快だというわけでもない。
遊びに行くのも、軽口をたたき合うのも、全ては彼女らが"姉妹"だからこそ出来るのだ。
「あの子たちと、仲良くしてあげてね」
「おう」
にこやかに言う上条に、美琴も笑みを返す。
彼のように妹たち一人一人を個々の人間として見てくれる人がいてくれるのならば、それ以上のことはない。
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