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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
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『……それでもお前が強く望むのなら、上条当麻を"管理者"のままにしておいても良いのだけど、
魔術サイドが大きく揺らいでいるという情勢が人員を割くことを許さないの。
つまり、さっき言ったようなことは実際に起こり得る。
どうせ魔術を想定していない学園都市の警備網など役に立たないことは、これまで何度も魔術師たちが証明したりけるのよ』
そんなことは、神裂やステイル自身がよく知っている。
彼らが警備を掻い潜り学園都市を訪れたことは一度や二度ではない。
そして、同じように侵入してきた魔術師の迎撃だってしたことがある。
学園都市の警備は、魔術師の侵入を想定していない。そもそも魔術の存在すら知らない。
イギリス清教からの護衛は出せない。自分を守れるのは、自分だけ。
そして、禁書目録だけではなく、今や上条当麻も魔術師の標的となり得る。
『そのことを踏まえたうえで、お前に明朝まで猶予をあげる。ようく考えて、今後を決めなさいね?』
そう言い残し、画面がぶつりと途絶える。
映すべき映像を失ったテレビが画面を歪ませ、やがて元々付けられていたチャンネルのプログラムを流し始める。
不意に、ガコンという大きな音が響いた。
ステイルがやり場のない怒りをゴミ箱に思い切りぶつけたのだ。
神裂がインデックスの背後に跪き、抱きしめるように腕を回す。
ぎり、という歯ぎしりは彼女の憤りを最も端的に表しているのだろう。
だが、彼女には何もできない。口を出す権利は、初めてインデックスの記憶を奪った日からとうに手放している。
だから、神裂に出来るのはたったこれだけなのだ。
その暖かさに包まれながら、インデックスは相反する二つの命題に思考を巡らせる。
二人の安全を取り、時々やり取りをしながら離れて暮らすか。
それとも危険をおしてまで学園都市に留まるか。
相談すべき相手は、自身のことすらわからない状態にある。
そんな状態で相談されても、かえって戸惑わせるだけだろう。
この問題は自らのみで判断しなければならない。
どちらも選びたくない。
どちらかを選ばなくてはならない。
相反する命題が作る苦悩の迷宮に、彼女は囚われて行った。
通信を切り、ローラ=スチュアートはクッションに身を預けた。
考えているのは、これからイギリス清教が取るべき道。
そのために、禁書目録を呼び戻したのだ。
彼女にとって、インデックス自身にはそれほど価値を見出してはいない。
重要なのは10万3000冊の魔導書を内蔵した「魔導図書館」であり、それの入れ物にすぎない少女はどうでもいい。
壊れたらまた作りなおせばいいだけのものだった。
選択肢を与えたのだって、彼女の事を慮ってのことではない。
不要な恨みを買わぬよう、彼女に「自分で道を選んだ」という意識を植え付けたかっただけのこと。
選択の余地がない選択など、強制となんら変わらない。
しかし、ここ最近は少しだけ事情が変わっていた。
「幻想殺し」という能力を秘めた、科学サイドの少年。
それをイギリス清教にとって都合よく運用するために、禁書目録の少女はとても都合が良かった。
だが、その役目ももう終わりだ。
「アレイスター=クロウリー。かの者にとって禁書目録など瑣末なことでしょうが、それでも解析されることだけは避けたきこと」
彼自身に興味はなくても、彼の飼い犬たちは興味を示すかもしれない。
手なずけるためのオモチャとして、禁書目録を与えることもあるだろう。
禁書目録そのものはともかく、魔導図書館を解析され、破壊されることだけはなんとしても避けたい。
片鱗とはいえ、魔術の存在が世界に広まった。
その事実は、大きく世界情勢を塗り替えることとなるだろう。
英国女王などは「もういっそ魔術について公開してしまえ」などと喚いているが、ローラはそれには賛成しかねる。
神秘性の宿る聖域こそ、教会が守るべきもの。
それに、禁書目録にはまだ使い道がある。
隠し球は、ここぞという時まで隠しておくものだ。
ローラはにやりと笑い、腰を上げて風呂場へと向かう。
今夜は、どの入浴剤を使おうか。
今日はここまでです
釈明を一つ
このSSは元々「昏睡状態の上条さんをかいがいしく看護する美琴」という妄想から始まったもので、
じゃあインデックスはどうなったんだろうか、22巻時点での情勢を考えるにこのような感じで引き離されたのではないかと思った次第でございます
ただ、あまりにもかわいそうなので今後インデックスに対する出来る限りのフォローはしていくつもりです
それではまた次回
釈明を一つ
このSSは元々「昏睡状態の上条さんをかいがいしく看護する美琴」という妄想から始まったもので、
じゃあインデックスはどうなったんだろうか、22巻時点での情勢を考えるにこのような感じで引き離されたのではないかと思った次第でございます
ただ、あまりにもかわいそうなので今後インデックスに対する出来る限りのフォローはしていくつもりです
それではまた次回
乙!
原作もこれくらい丁寧にそれぞれの心理描写やってくれたらって思うわ
原作もこれくらい丁寧にそれぞれの心理描写やってくれたらって思うわ
上条さんなら記憶を無くしていても悟られないように接するのではなかろうか
乙
ローラの腹黒さが原作以上でヤベェwww
上条さんまた記憶失って皆が皆原因抱えてるから、この状況はつらいな…
ローラの腹黒さが原作以上でヤベェwww
上条さんまた記憶失って皆が皆原因抱えてるから、この状況はつらいな…
追いついた
あれ?
7月28日以前の記憶が戻んないって言われてもさ、今までも7月28日以前の記憶はなかったんだよね?
それなら別に良くないか?wwww
いや、よくわないが、美琴とか魔術サイドのことは分かってるわけだしさ
まあ、なんにせよ面白い
あれ?
7月28日以前の記憶が戻んないって言われてもさ、今までも7月28日以前の記憶はなかったんだよね?
それなら別に良くないか?wwww
いや、よくわないが、美琴とか魔術サイドのことは分かってるわけだしさ
まあ、なんにせよ面白い
いや、特に釣り針は仕掛けていないんだが
俺の記憶の時系列が狂ってるのか?
俺の記憶の時系列が狂ってるのか?
7月以前の記憶が二度と戻らないということをインデックスたちが知る、というのが大事なんだよ
今までは基本的には上条さんと冥土帰ししか知らなかった
今までは基本的には上条さんと冥土帰ししか知らなかった
美琴やインデックスが知ってるのは記憶喪失であって
記憶破壊までは知らないんじゃないか
記憶破壊までは知らないんじゃないか
11月11日。
少年は、自身に与えられたベッドの上で目を覚ました。
長時間寝ていたにも関わらず霞のかかる頭をすっきりさせるために、彼はベッドの脇に置いてあった松葉杖に頼りながら洗面台へと向かった。
左足にはめられたギプス、あちこちに巻かれた包帯。
杖に頼らなければ歩けもしないほどの怪我を、彼は負っているのだ。
記憶はなくとも、『起きたらまず顔を洗う』という習慣は体に染みついているらしい。
蛇口を捻ると程よい温水が出る。チューブの腹を押せば中から洗顔料が出てくる。ひげを剃ることだって簡単にできる。
実際におこなった事は記憶にないにも関わらずスムーズに動く体に、何とも言えない違和感を覚えた。
洗顔料を洗い流し、タオルで水気を切ると、彼は鏡を見た。
全く見覚えのない少年が、やや怯えたようにこちらを見つめていた。
自分の名前は、『上条当麻』というらしい。
学園都市の高校1年生だそうで、父母はそれぞれ『上条刀夜』『上条詩菜』というそうだ。
伝聞調なのは、本当にそうである、という確証が持てないからだ。
見覚えのない自分の顔。
聞き覚えのない自分の名前。
他者は自分を知っているのに、自分は何も知らない。
彼の記憶は昨日から始まる。
それまでのことは何もわからない。
否、本当に昨日以前、自分と言う個体が存在していたのかどうかすら確信が持てない。
まるで何もない所から突如自我を持って発生したかのような、奇妙な感覚。
もしかしたら、世界は昨日、彼が目覚めると同時に開闢を迎えたのかもしれない。
そんなことまで、ついつい考えてしまう。
ベッドに戻った彼は今は何時だろうと思い、サイドボードにおいてあった目覚まし時計を見た。
カエルを象った可愛らしい時計は、午前8時を指していた。
一度も目にしたことが無いのに即座にそれが『時計』であると看過でき、おまけに見方までわかることに気付き、彼は苦笑する。
記憶喪失と言っても、意外と融通は利くらしい。
一晩寝て起きてみると、意外にも頭と心は冷静に動く。
錯乱し、鎮静剤を打たれた昨夜よりもよっぽど落ち着いて物事を考えることができた。
担当医だと名乗った男は、いろいろと検査をした挙句に『君の場合はエピソード記憶のみが障害されているようだ』と言った。
エピソード記憶。簡単に言ってしまえば『上条当麻の経験』を司るものだ。
言語や知識を司る『意味記憶』などには支障がないようだとも言っていた。
知識と経験の違いは、人によってあいまいなのだと言う。
そもそも明確に区分することができるかどうかすら分かっていないのだ。
例えば、顔や名前を知っているだけの『知人』と、良く関わる『友人』の線引きがデジタル的にはできないように。
だから、他者に関することを全く思い出せないということは、"以前の"自分は他者との経験を全て大事な思い出として処理していたのか。
わりと良い奴じゃないか、前の俺。
そう思うとともに、どんな記憶でもいいから少しでも残っていてほしかった、と一抹の寂しさを感じた。
味気ない病人食を食べ終え、彼は着替えることにした。
服を脱いでみて改めて思うのは、自らの傷の多さ。
ぱっと目につく包帯やギプスに覆われている部分だけではない。
いまだ完治していない怪我が至るところに無数についている。
以前の自分は、どんな生活を送っていたというのだろう?
彼は思い悩むが、どうせ思い出せないのでそのうち諦めた。
鏡に映して後方の傷を確認したりしていると、病室のドアを控えめにノックする音がした。
『……入っていい?』
女の子の声だ。
「あー、今着替えているので、少しだけ待ってくれませんか」
『……うん』
彼が返事をすると、ドアによりかかったような軽い音が返ってくる。
そそくさと入院着を直し、彼はベッドの縁に座った。
「どうぞ」
彼が促すと、少女はゆっくりと病室に入ってきた。
肩にかかるくらいの長さの、栗色の髪をした女の子。
当然ながら、少年に見覚えはない。
昨日彼が目を覚ました時にそばにいたような気がするが、それだけだ。
少女はベッドの近くまでくると見舞客用のパイプ椅子を広げ、彼と向き合うように座った。
「お、おはよう」
「おはよう」
やや若干視線を反らし気味の少女が、ぎこちなくあいさつをする。
「その、私は御坂美琴、って言うんだけど……」
恐る恐る様子を伺うような美琴。
「……ごめんなさい」
「そ、そうよね、分かってたんだけど……」
しゅんとなる美琴に、上条はとても申し訳なくなった。
「……御坂さんは、俺にどんなご用事ですか?」
「そんな他人行儀に話さないでよ。私のことは御坂でも、み、美琴でも好きに呼んでくれていいからさ」
「……そっか。じゃあ、御坂……でいいかな?」
「ええ。……そうだ、これ返すわね」
美琴が差し出したのは、上条の携帯電話。
糸を付け替えられたゲコ太のストラップが、覗き込んだ上条に向かって微笑んでいる。
「あんたがなくして、私が拾った奴よ。
……それにしても、私があげたストラップを落とすだなんて。次に落としたらおしおきだからね」
はぁ、と言いつつ携帯電話を受け取る上条。
目の前の少女はどう見ても上条よりは年下なのだが、そんなことは微塵も感じさせない接し方だ。
「病院に来る時に一応オフラインにしておいたから、電源入れても問題はないと思うけど。
ついさっきもメールが来てたみたいよ」
そう言われ電源を入れる。
ほどなくして待ち受け画面が表示された。
「着信履歴535件、未読メール894件……どうしてこんなことに……」
「あんたが行方不明扱いになってから3週間くらい経ってるし、それだけ多くの人があんたを心配してくれてるってことでしょ。
そう言えば、学園都市にはあんたが見つかったってこと伝わってるのかしら」
上条は手始めに一番上のメールを開けて見た。
差出人は吹寄制理(フキヨセ セイリでいいのだろうか?)。振り分けグループは『友人』となっている。恐らくクラスメイトなのだろう。
【FROM】吹寄 制理
【sub】このサボリ魔!
------------------------
皆が一端覧祭の準備で忙しいのに
一人どこをうろついているのよ!
ただでさえ人手が足りないのに
早く帰ってこないと貴様の鼻に
熱々の紅茶を流し込むわよ!
「……怖ぇ」
吹寄からのメールはそれ以外にも、毎日一通のペースで送られてきていた。
いずれも罵声混じり(一つとして同じワードが無かったというのが凄い)ではあったが、共通して「早く帰ってこい」というのは同じ。
彼女だけではなく、多くの友人から毎日多くのメールが届いていた。
恐らく着信履歴のほうも同じなのだろう。
上条はふっと笑い、携帯電話を閉じた。
「もう良いの?」
「暇なときにでも少しずつ見ようと思ってさ。
入院生活って寝てるだけで暇なんだろ? 覚えてないけどさ。ははは」
「…………っ」
上条としては軽口のつもりだったのだが、美琴が唇を噛んだのを見て、笑うのをやめる。
彼女を悲しませているのは、自分。
「……なぁ」
「なに?」
「……君は、さ。どうして俺の記憶がなくなったか。何があったか、知ってるか?」
「……断片的に、だけどね」
「俺に教えてくれないか」
「やっぱり、知りたいんだ?」
「ああ」
「……正直、私には分からないことだらけだから、私よりも適任な人がいるわよ。
あとで呼んできてあげる」
「……そっか」
以前の俺はどんな人間だったのか。何をし、何を考え、なぜ記憶を失うまでに至ったのか。
正直、今にでも知りたい気分ではあるが、とても辛そうにする少女を目の前にしては、何も言うことはできない。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「右手、貸して」
わけの分からぬまま、上条は右腕を美琴へと伸ばす。
美琴は両手で包み込むようにして、彼の右手を握りしめた。
「…………?」
一体、何だと言うのだろう。
上条の疑問は、直後に答えを示される。
「……っ………ぐす……や、やっと……ううっ」
御坂美琴が、ぼろぼろと涙をこぼしながら泣いていた。
上条の右手を強く握りしめ、まるで宝物であるかのように胸元でぎゅうっと抱く。
何か柔らかい感触がするような気がするが、上条にとってはそれどころではない。
「…………やっと、……掴めたっ…………!」
あの崩れゆく空中要塞で、わずかに届かなかった手と手。
それを今、こうして握りしめることができる。
右手から伝わる暖かさが、何よりも美琴の心に沁みた。
上条の右手にすがりつくように声を上げて泣く美琴に、しばらく上条は戸惑っていたが、
やがてなだめるように空いていた左手で美琴の頭を優しく撫でた。
「ふにゃぁっ!?」
刹那、びくりと背筋を震わせた美琴に、上条は驚き、固まってしまう。
二人とも気づいていないが、美琴が上条の右手を握っていなければ、恐らく漏電していたのではないかという状況。
「…………」
「…………」
ショックで泣きやんだ美琴の顔はどんどん紅潮していっているし、上条は上条でこんな時の対処マニュアルは持ち合わせていない。
気まずい沈黙とともに、二人はしばらく見つめ合っていた。
「……手、離したほうが良いでございましょうか」
「へっ!? ああ、うん、気にしなくていいから!! 撫でたきゃ好きなだけ撫でなさいよほら!!
別に嫌じゃないっていうかむしろ嬉しいっていうかつーか何言ってんのよあたし!」
恥ずかしさのあまり暴れながらとんでもない事を口走る美琴に、上条はただ首を傾げるのみだった。
その後は他愛もない話をして過ごした。
主に話すのは美琴で、上条は聞き手にまわる。
学園都市の事、お互いの交友関係の事、そして妹たちのことなど、話題は尽きない。
何よりも驚いたのは、美琴が『超電磁砲』であるということ。
そして、自分が彼女を幾度となく打ち負かしたということだった。
「街中で、川原でも、幾度となく私を弄んでくれやがったのよ」
「……うわぁ何してんの俺」
まさかいたいけな女子中学生相手にイケナイことを!?
頭を抱え、暗い雰囲気で何やら呟き始めた上条を、美琴はニヤニヤしながら見つめる。
「なーに変な妄想してんのよ。私が電撃をあんたにぶつけて、あんたがそれを打ち消してただけよ。
私が何したってあんたには効かないくせに、あんたは何もしてこないんだもの」
「担いだな! ……あーでも、女子中学生に手を出すような外道にはなりたくないし、あってほしくないな」
疲れたように布団にばたんと倒れ込む上条に、美琴は追い討ちをかける。
「昨日あんたが目を覚ました時、修道服の子がいたわよね。インデックスっていうんだけど」
「ああ、あの長い銀髪の女の子かな」
「あんた、男子寮であの子と同棲してたらしいじゃないの」
「げぇっ!? 本当に何してるんだ、以前の俺!」
男子寮と言えば文字通りむさくるしい野郎どもを詰め込んだ男の園なわけで。
そのど真ん中で女の子と同棲生活という如何わしさ全開のワードに、上条は思わずベッドの上を転げ回った。
病院であるにも関わらず無意識に放電しているのか、髪を逆立たせながら美琴が詰め寄る。
「そのことについて、私はたーっぷりお聞きしたいことがあるんだけどなー?」
「知りません俺は何も知りません!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人。
やりとりの端々に違和感はあれど、それでも漂う雰囲気は美琴の記憶に残っているものと似ている。
そして、その雰囲気が美琴に与える影響も。
(ああ、やっぱりこいつと話してると、心地いいな)
気の知れた後輩や友人たちと遊んでいる時とはまた違う。
楽しさと、緊張と、ちょっぴり高揚感の入り混じる気持ち。
たとえ、上条が全てを忘れていたとしても。
たとえ、上条が何も思い出すことができないかもしれないとしても。
自分の気持ちは、偽れない。
その時、がらりと病室の戸が開いた。
すわ騒ぎすぎて隣の病室の部屋の人が怒ったかと思ったが、そうではなかった。
入り口に立っていたのは、修道服の少女。
「インデックス……」
「あの子か……」
上条は昨日の記憶と視覚をすり合わせるかのように目を凝らす。
インデックスはやや俯き加減に立っており、上条の位置からでは表情はよく伺うことが出来ない。
「あんたもお見舞い? だったら立ってないでこっちにいらっしゃい」
「……短髪も、来てたんだね」
インデックスは部屋の中へのろのろと歩き出した。
ただ向かった先は上条のベッドではなく、美琴の近く。
「……ねぇ、短髪」
「何よ」
かすれ声で言うインデックスを美琴は訝しげに見るが、近くに寄ったことで気付いてしまった。
まるで一晩中泣き明かしていたかのように、目もとが腫れている。
「少しだけ、とうまと二人きりにして欲しいな」
「…………」
「……駄目かな?」
その雰囲気は暗く、何かを決意したかのような表情に美琴は何も言うことが出来ない。
インデックスの提案を断る理由はない。自分だって今の今まで一人占めしていたのだから。
彼女が自分と同等以上に上条を心配していたことは、美琴だって知っている。
「分かった」
「ありがとう」
赤くなった目で、インデックスは笑ってみせた。
その痛々しい表情を見ていられなくなり、美琴は逃げるように病室を後にした。
病室の戸を閉めた美琴は、そっとそれに寄りかかり息を吐く。
戸についているのはすりガラスであり、中の様子は伺えない。
視線は自然と下を向く。
(やっぱり、あの子もショックを受けてるのよね……)
数日前に聞いた、インデックスと上条の関係。
彼女に課せられた呪われた運命から解放するために上条は奔走し、戦い、そして、彼のそれまでの人生全てと引き換えにやり遂げた。
インデックスがそのことを知った矢先に、再び上条は記憶を喪った。
その衝撃はいかばかりのものか。
(邪魔なんか、できないわよね)
しばらくそっとしておこう。
上条の様子を妹たちにも教えてやろうと美琴が顔を上げたその時、初めて気付いた。
個室のドアのすぐそばの壁に、赤い髪の大男が寄りかかっていた。
「しばらく、あの子と上条当麻を放っておいてやってくれないか」
その男は、流暢な日本語で言った。
「……ステイル=マグヌスさん、だっけ」
「呼び捨てで構わない。
君は御坂……美琴だったか」
「ええ」
「……あの子、一晩中泣いてたの?」
「ああ。神裂がずっと慰めてたよ」
「……そっか。
何も覚えていないなんて、やっぱり、ショックよね」
「そうだね。だけど、彼女が衝撃を受けたのはそのことだけじゃない」
「どういうこと?」
美琴は聞き返す。
今一番心配すべきことは、上条当麻の記憶喪失のことではないのか。
「イギリス清教は、彼女の本国召還を決定した」
「え?」
「『自己認識すらできなくなった上条当麻に、禁書目録を防衛する能力は無い』だとさ。ふざけた話だ」
美琴はその言葉に目を見開く。
あの二人がお互いをどう思っているかはさておき、公的には二人は『禁書目録とその保護者』という関係らしい。
つまり上条に保護責任能力が無くなったとなれば、イギリス清教は他の人間に禁書目録を守らせるほかない。
それはイコール、二人を引き裂くと言うことであり、
「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでそんな急に」
「急にも何も、インデックスの防衛体制は常に検証・更新され続けているんだよ。
魔術師に対するジョーカーである上条当麻が使い物にならない以上、早急に体制を練り直す必要があるのさ。
インデックスが内蔵する『魔導図書館』は、イギリスにとって何よりも重要なものだからね」
そのためにイギリスに呼び戻されるのさ、と言うステイルの口調は、どこか投げやりであった。
「……じゃあ、あの子はもう」
「上条当麻と暮らすことはできない。
……元より、上条当麻とインデックスは別の世界の住人だ」
「…………っ」
美琴はインデックスの何か重大なことを告げることを決心したような表情を思い出す。
恐らく、彼女はきっと。
「今、インデックスはきっと上条当麻に別れを告げているんだろう。
今まで彼女とあの男が共に体験してきたことを、インデックスは全て鮮明に覚えている。
いつどこで出会ったか、いつどこでどんなことを喋ったか、それこそ寸分違わずにね。
思い出を全部あの男に聞かせることで、せめてもの恩返しにするのではないかな」
きっと、あの少年は困惑したような、申し訳なさそうな顔でそれを聞いているのだろう。
けれども、遮るような真似は決してしない。
それはあの少年の持つ誠実さであり、裏を返せば残酷さであるのかも知れない。
そんなこともあったなと笑い合うこともなく、ただひたすら聞き続けるだけなのだから。
それがどれだけ話し手の心を傷つけるかは、ステイル自身が良く知っている。
だけども、止めようとは思わない。止めることはできない。
「だから、しばらく二人をそっとしておいてくれないか」
「……あんな表情で頼まれて無碍にできるほど、無神経じゃないつもりよ」
「……ありがとう」
邪魔をしないように、美琴はロビーでジュースを飲んでいた。
病院内で唯一携帯電話が使えるエリアで、電源を入れる。
着信が約500件。未読メールが約700件。
頭を抱えている間にメールが増える。
後輩からの絶え間ない受信から目をそむけ、彼女は携帯電話を閉じた。
「短髪」
2、3時間ほど経っただろうか、考え事をしていた美琴は、背後から聞こえてきた声で我に返った。
立っていたのはインデックス。
目元は朝出会ったよりも更に赤く、表情はぼろぼろに崩れ、声もしわがれていた。
「……もう、いいの?」
「うん、私だけとうまを一人占めってわけにも行かないからね。
今はかおりといつわがとうまとお話してるんだよ」
インデックスはちょこちょこと美琴の隣に寄り、ソファに腰かける。
「何を話してたの?」
「……今までのこと、これからのこと。それと、ごめんなさい、助けてくれてありがとうって」
「そっか」
それ以上には踏み込まない。
踏み込んでいい領域ではない。
いまだぐすぐすと鼻を鳴らす少女にハンカチを渡すと、美琴は言った。
「顔洗ってきなさいよ。綺麗な顔が台無しよ?」
濡らしたハンカチと携帯カイロを数分おきに交換する。
温めたり冷やしたりを繰り返すことで血行が促進され、腫れが引きやすくなる。
30分もすれば、完全にとはいかないものの多少は改善された。
「……とうま、何日か中に学園都市に帰されるんだってね」
「そうねぇ、あのゲコ太に似たお医者さまなら、怪我も綺麗に治してくれそうだし」
「……とうまの記憶、戻るのかな」
その問いに、美琴は答えられない。
常盤台中学は義務教育中に世界で通用する人材を育成することを標榜し、場合によっては卒業者は大学卒と同等として扱われることもある。
だが中学生という限られた時間の制約上、どうしても一分野特化型の教育になりがちだ。
美琴の専攻は電子工学系であり、脳医学についてはどうしてもなじみが薄い。
「お医者さまは、時間をかけてゆっくりと治療していけば戻るかもしれないって言ってたけど」
「……魔術では、とうまは治療できないし」
インデックスが直接この目で見たというわけではないが、後方のアックアと交戦した際に、五和が回復魔術を試したのだと言う。
だが彼の幻想殺しによってことごとく破壊され、効果は全くなかった。
「とうまの右手を回避して治療する方法なんて、10万3000冊の魔導書を総動員しても見つからない。
あの右手を切り離してしまえばどうにかできるかもしれないけど、そんな方法なんてとりたくもない。
私の中の『魔導図書館』なんて、いちばん大事な人を守るためにはなんの役にも立たない。
……とうまは私を助けてくれたのに、私はとうまを助けてあげられないんだよ」
再びぽろぽろと涙を流すインデックスの頭を優しく撫でてやる。
「……私だって似たようなもんよ。
レベル5第三位。常盤台のエース。そして『超電磁砲』。
私が築いてきたものは、私が誇りにしてきたものたちは、あいつのためには何一つ役に立たない。
そりゃ悔しくて、悲しくて、腹立たしいっつーの」
でもね、と呟いた。
「私はそこで止まるつもりはない。
今持ってる物が役に立たないなら、役に立つものを新しく手に入れればいいのよ。
知識も、人脈も、お金も、権威も、ここに至るまでに山ほど手に入れてきた。
それらはあくまで副次的なものだけど、それでも私が築いたもの。
持て余して腐らせてきたけれど、そろそろフル活用してもいいころだと思わない?」
「……短髪は、凄いね。私にないものを、たくさん持ってる」
「でも、あんたは代わりに私が持ってない凄いものを持ってるでしょうが」
美琴がインデックスの額を指でつつくと、彼女はきょとんと首を捻る。
「……おでこ?」
「違うっつーの。完全記憶能力と、それを分析する能力よ。
私にはあんたの『マドートショカン』がどれほど凄いものかはわからないけど、
10万3000冊の本を完璧に暗記してて、それをフルに活用できることくらいは知ってる。
でも、今回の件ではあまり役には立たない。なら、そろそろ蔵書を増やすべきときじゃない?」
「……でも、魔導書なんてそう簡単に読めるものじゃ」
「別にマジュツに関することしか記憶できないわけじゃないんでしょ?」
「えっ?」
つまり美琴の言いたいことはこうだ。
その頭の中に、科学技術をありったけ取り込め。
その上で、分析し、解析し、上条当麻を救う方法を探し出せ。
冷静に考えれば、学園都市の中よりも30年遅れているといわれる"外"の技術は役に立たないのかもしれない。
"中"の技術は持ちだせない以上、イギリスに召還される彼女には学園都市の技術を知るすべはない。
そして、"中"と"外"の技術レベルには絶対的な差が存在する。
何よりも、彼女の役割上そうそう科学技術に触れられるものではない。
だが、今のインデックスにとってはそんなことは些細なことだ。
頭の中の知恵と知識を探り、観察し、分解し、分析し、新たに組み合わせて目の前のパズルの答えを導くのが彼女に課せられた役割である。
魔術の分野ではできることを、科学の分野ではできない道理はない。
限られた手札の中で、最大の成果を。
それは、何の成果ももたらさないかもしれない。
けれど、何もしないよりはずっとまし。
まだ目尻は赤いけれども、インデックスは美琴に笑いかけた。
「イギリスに帰ったら、図書館に引きこもるんだよ。国中の図書館を頭の中に収めちゃうかも!」
「そうしなさい。"外"でも読める有用な資料とかがあったら、教えてあげる。
その代わり、何か糸口でもいいから思いついたら、私にも教えてよ」
「うん!」
「……ところでさ、ず~~っと前から気になっていたんだけど」
「なによ」
「とうまと短髪って、何かにつけて一緒にいるよね」
「そ、そうかしら?」
「八月半ばのクールビューティの時も短髪絡みだし、ひょうかとゴーレムの事件の時も、"れむなんと"の時も、"だいはせーさい"の時も。
イギリスでも地下鉄に侵入するのにとうまは短髪に電話をかけてたよね?」
「それはその、電子系って言えば私だし……?
ていうか普通よ、普通の友達の範囲内でしょ!?」
「とうまのこと、好きなの?」
「へ!?」
少女の突然の詰問に、美琴は息を詰まらせた。
顔の赤みは見る見る間に増していることだろう。
「どうなの?」
「そそそそそそそれはその、なんというか、あの、その、えーっと」
「答えて!」
それは少女にとっては何よりも重要なことなのだろう。
ぐいっと身を乗り出し、真剣そのものの表情でこちらを見てくる。
ならば、こちらだって真面目に答えなければならないだろう。
例え、脳が沸騰しそうな恥ずかしいことであっても。
「…………好きよ。大好き」
誰にも打ち明けたことのない気持ちを、初めて言葉にした。
認めてしまえば、その言葉は案外するりと吐きだせた。
不思議なほど胸に馴染むその言葉は、暖かさと切なさを孕んでいる。
「……そっか」
インデックスの声には、意外にも安堵の色が含まれている。
「だったら、私も安心かも」
「どういう意味よ」
「とうまは、今とっても心細いと思うんだよ。
みんなとうまのことを知っているのに、とうまはみんなのことを分からないんだもの。
これからとうややしいなとか、こもえとか、お友達とかいろんな人と会うことになるのに」
「学園都市に帰ったら、必然的にそうなるわよね」
「とうまに会ったら、みんなきっと困惑して、戸惑って、最後には寂しそうに笑うんじゃないかな。
『気にするな』とか『ゆっくり思い出していけばいい』とか言いながら、ね。
……だけど、言われるほうは申し訳なくて、悲しくて、心が痛むと思うんだよ」
神裂から、インデックスは今までに何度も記憶を喪ったことを聞かされている。
事情についてはひとまず置いておいて、その事実は彼女の言葉に説得力を与えた。
「だから、そんな時に、とうまの事を大事に思ってくれる人がそばにいて、支えになってくれればいいなぁ、って。
……私は、もうとうまのそばにはいてあげられないから」
そう言って、寂しそうに笑う。
その手はぎゅうっと紅茶の缶を握りしめた。
きっとそれは、彼女自身が何よりも上条にしてあげたいこと。
しかし、情勢がそれを許さない。
だから、彼女はその役目を託すに値する人間を探していたのだ。
「そんな大事な役目、私なんかでいいの?」
「短髪は嫌なの?」
「べべべ別に嫌じゃないって言うか、その……」
「ならいいでしょ?」
「いいのかな……?」
うまくノせられたような気がする。
「……だけど、そばにいるだけが、支えるってことじゃないとも思うのよ」
「どういうこと?」
インデックスはきょとんとして首を傾げた。
「記憶っていうのはね、体のいろいろな働きや感覚と結びついて構成されているのよ。
あいつが失ったエピソード記憶なんか、まさにそんな感じよね。
視覚、聴覚と言った外部情報と密接にかかわりあって構築されているわけよ」
「うん」
「それでね、記憶を失う前の大事な人や強く印象に残った言葉なんかは、しばしば記憶を取り戻すためのファクターになりうるの。
なんでかっていうと、そういった外部情報の刺激によって頭の中の繋がりが明瞭になって、ふと思い出すことがあるんだって。
……その、あいつにとってはあんたは大事な人間の一人みたいだし? あんたの声がきっかけになるってこともあるんじゃないかな」
「……だけど、私はイギリスに帰らなきゃいけないんだよ」
「何のために携帯電話があんのよ」
美琴は自分のそれを取り出し、軽く振って見せる。
「これがあれば地球のどこにいようが、電波が届く限りいくらでも話せるでしょ」
「うー、でも私はいまいち使い方が良く分からないんだよ」
インデックスも自分の携帯電話を取り出すが、うんともすんとも言わない。
「電源が入らないじゃない。ちゃんと充電してるの?」
「とうまが心配で、それどころじゃなかったんだよ」
「……はぁ、貸してみなさい」
美琴はインデックスの携帯電話を受け取るとバッテリーを外し、軽く握りしめる。
「何をするの?」
「こうするのよ」
美琴は集中し、意識をてのひらに向ける。
二、三度空気が爆ぜる音がし、微弱な稲光が右手の周りを走った。
「……よーし、充電完了」
バッテリーをはめ込むと、インデックスの携帯電話は軽快な音を立てて起動した。
もちろん、電池残量表示は満タンである。
「短髪って電気を操る超能力者なんだっけ?」
「レベル5の万能性なめんなよー。
まあバッテリーにはあんまり良くないかもだけど、一回くらいならどうってことないでしょ」
ようやく電源の入った携帯電話を捧げ持ち、インデックスは言う。
「……とうまと、どんなことを話せばいいのかな」
「なんだっていいんじゃない? その日あったこと、天気、どんなものがおいしくて、どんなものが面白かったか。
何がきっかけになるか分からないんだし、面白おかしくおしゃべりすればいいのよ」
「そんなことで、記憶が戻るのかな」
「さあ、でもやらないよりは、やってみたほうがいいでしょ」
「……ねぇ、短髪の『けいたいでんわー』も教えてよ」
「私の? 別にいいけど」
インデックスの端末も操作してやり、赤外線で情報のやり取りをする。
「とうまのことや学園都市の事、何かあったら教えてほしいな」
「りょーかい」
「それと」
「なによ」
「どうしてとうまと短髪の『けいたいでんわー』に、同じ『げこた』がくっついてるのかも教えてほしいな?」
ステイル=マグヌスは美琴が去った後も、病室前の廊下で壁に背を預けていた。
やがてインデックスと入れ替わりに訪れた神裂や五和らが病室から出てきてどこかへ去ったのを見送った後、彼も病室へと入る。
部屋の主はベッドの上で半分体を起こし、何かを考え込むかのように腕を組み、目を閉じていた。
「やあ、上条当麻」
「…………ああ、どうも」
ステイルの声に顔を上げた上条は愛想笑いを返した後、首を捻る。
「えーと、どちらさまでしょう」
「ステイル=マグヌス。イギリス清教第零聖堂区、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の魔術師さ」
「……インデックスの同僚か何かで?」
「昔はそうだった、かな。今となっては、僕にもよく分からない。
彼女が同僚だと思ってくれれば、僕は嬉しいのだけれど」
「……はぁ」
彼らの事情は、上条には良く分からない。
「……自己紹介ついでだけど、僕や彼女のような魔術師には真名のほかにもう一つ名前があるんだ。
例え全てを敵に回したとしても叶えたい望みを胸に刻み、誓いの証として名乗るもう一つの名前、『魔法名』が」
「まほうめい?」
「そう。例えば僕の場合だとね」
懐をまさぐり、ルーンの刻まれたカードを取り出す。
上条には得体の知れぬそのカードを、ステイルは頭上へと放り投げる。
「『Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)』」
刹那、カードが描いた軌跡に紅蓮が走る。
「それが僕の魔法名で、殺し名さ」
そして、ステイルはそれを上条目がけて振りおろした。
バギン!とガラスの砕けるような音がした。
上条が反射的に顔をかばうように差し出した右腕により、ステイルの炎剣は何一つ焼くことなく雲散霧消する。
だが、そんなことはステイルにとっては想定内の事。
彼の伸ばされた右腕は、何が起きたかも、自分が何故右腕を差し出したのかすら分かっていない上条の胸倉を引っ掴み、ベッドへと引き倒した。
その勢いのまま、空いている左腕で上条を思い切り殴りつける。
「殴られた理由は、分かるだろうな」
「……な、何を」
「どうして、あの子は泣いている。
どうして、君はあの子を泣かせたんだ」
痛みに怯みながらも睨みつける上条を、凍てつくような視線で押さえつける。
怒りを押し殺すような低い声で、ステイルは上条に激しい言葉をぶつけた。
「君はあの子に『必ず戻る』と言ったそうだな。
なら何故、その言葉の通りに帰ってこない。
その事で、彼女がどれだけ悩み、苦しみ、そして自分を責めたか、君は分かっているのか」
言いながら、指が白くなるほどにぎりぎりと上条の胸倉を掴む指の力を強めて行く。
「あの子は泣きながら言った。『君と離れたくない』と。
それでも、君の安全のために離れることを選んだ。
その辛さは、苦しみは、誰が与えたものなのか。君はそれを理解しているのか?」
的外れな八つ当たり。ステイルは自分自身で、それを理解している。
彼が心底憎んでいるのはインデックスの数奇な運命であり、それを定めたイギリス清教であり、そしてそこから救い出せぬ無力な自分自身、だ。
彼女を守ってきた上条に罵声を浴びせるなど、筋違いにもほどがある。
「君はかつて『誰もが笑って誰もが望む、最高の幸福な結末』という言葉を口にしたな。
ならば、君の周りを見てみろ!
誰が笑っている! この状況を誰が望み、誰が幸福だというんだ!
君が"こう"なったのがインデックスを助けるための行動の果てでなければ、僕は君を灰も残さず蒸発させているところだ!」
それでも、彼は上条を罵倒せずには居られなかった。
ステイルは上条の事が嫌いだ。しかし、インデックスを預けるほどには"信用"している。
そんな彼がインデックスの笑顔を奪ったことが、ステイルには許せなかった。
そんなステイルの右手を、上条の右腕が掴む。
ステイルは大柄ではあるが、その実さして体を鍛えているというわけでもない。
体格の割に華奢なステイルの腕骨は容易に悲鳴を上げる。
それでも、彼は上条の胸元を掴む手を離そうとはせず、両者は互いににらみ合いを続ける。
射殺すようなステイルの視線に対して、噛み殺すような上条の視線。
「…………だったら」
「なんだ」
「……………………だったら、俺はどうすれば良かったんだ。
俺は昨日"初めて"目覚めた。人の事どころか、自分のことすら分からない!
どれだけ説明を受けようが、"前の俺"がやったことなんか微塵も実感がわかない!
そんな俺に、何ができたって言うんだ!」
今の上条当麻と"前"の上条当麻は、同じ状況に置かれているわけではない。
"以前"のケースでは目を覚まし、他者と接するまでにはしばらく時間があった。
それまでに、自分の置かれた状況や経緯を知り、整理し、心構えを定めることが出来た。
翻って、"今"のケースはどうか。
上条が目を覚ました時周囲は知人たちに囲まれていて、その中心で記憶喪失をさらけ出した。
何のフォローも受けることなく、彼は他者と接することとなった。
自分のことすら何も分からないのに見知らぬ他人の中で突如覚醒して、取り乱さぬ人間などいやしない。
周囲の人間を悲しませているのは誰でもない自分だ。
それを何よりも理解しているからこそ、上条の言葉にも熱がこもる。
かつて一度も露呈させたことのない、哀しい熱が。
「……なぁ、教えてくれよ。
俺はどこの誰で、何のために、何をしてここにいるんだよ。
あの子たちの名前も、顔も、声も、どうやって出会ったのか、どんな関係だったのかすら全く覚えてない。
そんな俺に、何が出来る?
俺は、あの子たちを悲しませないために、どうすれば良かったんだよ……!」
上条はかつて一度も仲間たちに見せなかった顔を見せる。
苦しむような、哀しむような、哭くような表情は、ステイルを言葉に詰まらせるには十分過ぎた。
ステイルは右腕を離し、それに伴い上条も彼の右腕を掴んでいた手を離す。
「…………何日、何カ月、たとえ何年かかってもいい。
あの子たちのことを思い出せ。それが今の君に出来ることだ」
そう絞り出すのが、精一杯だった。
逃げるように上条の病室を後にしたステイルは、適当なベンチに座り込み頭を抱える。
あんな表情をする上条当麻は初めて見た。
インデックスを運命の因果から解き放った時とも、ベツレヘムの星で最後に話した時とも異なる、初めて見る弱った上条の姿。
どうにも以前の上条の姿とは重ならず、それが却って彼の変化を実感させる。
上条当麻は聖人君子でも、最強無敵のヒーローでもない。
ローマ正教、神の右席、そして大天使。
例えどんな強敵を打倒してきたとしても、根っこの部分ではどこにでもいるはずのただの高校生にすぎない。
自分たちは、それを忘れてはいなかったか?
彼ならなんとかしてくれると、全てを押しつけてはいなかったか?
『…………なぁ、教えてくれよ……!』
耳に焼きついた、すがるような上条の言葉に、ステイル=マグヌスは唇を噛みしめる。
鉄錆の味が、口の中に広がった。
11月13日。
インデックスが上条当麻に別れを告げなければならない日。
上条の両親に全てを告げるということで、ロシアにいる中で一番立場ある人間であり学園都市に赴くことになっている神裂を除き、
インデックス、ステイル、天草式の面々は最寄りの空港からロンドンへと帰国することになっていた。
この日は絶え間なく見舞客が訪れ、今までの感謝と、快復を祈っていった。
尻尾をはやした少女、レッサーもその一人である。
「私を路地裏に連れ込んであんなことやこんなことをしたんですから、責任とって私とイギリスに来て下さい」
訪れるなり開口一番にそんなことを言ってのけた少女は、美琴の裏拳に沈黙させられることになる。
「路地裏に連れ込まれたのは本当ですってば! 私は何一つ嘘は言ってませんよ!?
……こほん。まあその、イギリスやロシアではいろいろ……いえ、えろえろあったわけですが」
「何があったんだよおい……」
「何があったんでしょうね? くすくす。
冒険あり、死闘あり、戦地にめくるめくラブスト-r……ミコト、すねを蹴るのはやめてくださいってば!」
いよいよ本格的に機嫌が悪くなり始めた美琴に居心地が悪くなったのか、レッサーは慌てて軌道修正を図る。
「……とにかく、あなたと同行した二週間は、私の中では忘れられない体験になりました。
またいつか、どこかで会う機会があったらと思います」
そう言って、彼女は右手を伸ばした。
握手を求められたのだと理解した上条は、その手をとる。
レッサーの口元に何事か企むあくどい笑みが浮かんでいることにも気付かずに。
だが、
バキン!!
何かを壊すような音が響き慌てて手を離すと、小さな宝石のようなものが砕けて砂になろうとしていた。
「し、しまったァァァァ!! 幻想殺しの存在を忘れていました!
"新たなる光"のメンバーにも内緒のレッサー最終奥義、"魅了"の霊装がァァァァァ!! はっ!?」
強い殺気が放たれた方向にぎこちなく首を向けると、そこには髪を逆立たせた鬼の姿が。
結局、尻を蹴飛ばされ、病室を追い出される羽目になった。
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