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    元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★★×5
    タグ : - とある魔術の禁書目録 + - 上条当麻 + - 御坂 + - 御坂美琴 + - 麦野沈利 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    1 :


    ・時間軸は「とある魔術の禁書目録」22巻直後から

    ・主人公は御坂美琴、彼女が上条当麻をさまざまな意味で追いかける話となります

    ・22巻発売直後での構想なので、「新約」とは大きく矛盾すると思います

    ・原作との乖離やキャラ設定、人間関係などの矛盾が出てくると思いますが、ご都合主義、脳内変換でスルーしてください

    ・初SS、それも長編なのでつたなく見づらい点などあるでしょうが、お付き合いいただけると幸いです

    2 = 1 :

    10月30日。
    第三次世界大戦が終結した。

    極東の大国であるロシアと、日本の一地方都市に過ぎない学園都市の戦いは、後者が前者を一方的に蹂躙するという形で終結した。
    学園都市の技術力が遥かに優れているとはいえ、ロシアとて技術大国の一翼を担う国である。
    この結果は、世界を大いに驚かせるものであった。

    これにより、科学サイドの勢力図は学園都市の優位をさらに盤石にするものへと変化した。


    魔術サイドにおいても、情勢は大きく変わっていった。
    「右方のフィアンマ」の提唱した『プロジェクト=ベツレヘム』。
    これを退けるために、大戦末期においては十字教三大勢力が力を合わせて戦った。
    これは史上まれに見ない出来事である。

    ローマ正教教皇、マタイ=リース。
    イギリス清教最大主教、ローラ=スチュアート。
    ロシア成教総大主教、クランス=R=ツァールスキー。

    三名の連名により発表された談話では、三大勢力は連合して戦後の復興に尽力するという。
    ここに、三大勢力の長い闘争の歴史は幕を下ろしたのだ。


    人々は終戦に喜びあい、死者を手厚く葬り、そして戦争による傷痕を癒し始めた。
    過去に囚われても仕方がない、手を取り合い、前を向いて生きていこう。
    それは生命のうちより湧き出た、半ば衝動のようなものであった。

    世界は少しずつ色を変え、そして未来へと進んでいく。
    ちっぽけながらも、つたないながらも、少しずつ、少しずつと。

    3 = 1 :

    一方通行は助けたばかりの守るべき少女たちから聞いた。
    きっかけは、彼女らが驚愕の表情とともに、ある方角を見て固まったこと。
    小さいほうの少女、打ち止めが彼に抱きついてくる。

    「なンだ?」

    少女らを助ける際に殲滅した特殊部隊の残骸がそこらに散らばっている。
    何か子供が見るべきではないものでも見てしまったのか、腕の中の少女はしきりにしゃくりあげていた。

    「あの人が……あの人がぁ…・・・」

    「あの人、だァ……?」

    一方通行は首をかしげる。
    もしかして、黄泉川や芳川に何事かあったのが、ネットワーク経由で伝わってきたのだろうか。

    「あなたの言う、"ヒーロー"さんのことだよ」

    もう一人の少女、番外個体の言葉に、彼は彼女のほうを見た。
    そして、言葉を失う。
    彼女の双眸からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。
    初めてみる、少女の表情。

    「負の感情を拾い上げるってのは、やっぱりつらいね。
     特に今みたいに、ネットワークが同じような感情一色の時は、ね」

    「おい待て、あの三下がどうしたってンだ?」

    「あの人、あのバカデカい空中要塞と一緒に、北極海に沈んじゃったんだってさ」

    4 = 1 :

    冥土返しは、彼の大切な患者から聞いた。
    きっかけは、とある少女が彼の研究室へと駆け込んできたこと。

    「……騒々しいね。どうしたんだい?」

    「……あの方が。上条さんが」

    御坂妹、と呼ばれる少女のまなじりから涙があふれているのを見て、冥土帰しは驚く。
    彼女らのような量産された"妹達"は感情の起伏が薄く、涙を流すといった行動は見たことがない。
    つまりは、それが発露するほどの激情が彼女たちの中に生まれたということ。

    「ロシアで行方不明になったと、お姉さまと、10777号が確認した、と、ミサ、カは……」

    途切れ途切れに話す御坂妹を、冥土帰しは立ち上がりそっと抱きしめてやる。
    少女は彼に身を預け、肩を震わせ始めた。

    「……大丈夫かい?」

    「わかり、ません。このような感情は、初めてですから。
     ……これが、『悲しい』という、感情なのでしょうか、とミサカは、努めて平静を、た、保とうと、努力します」

    こういう時は、思いっきり泣いていいのだ、と少女に言いつつ、冥土帰しは心の中で思う。

    (……命があるならば、僕が治してあげられる。腕でも、足でも、いくらでも。
     でも、僕には失った命は治せないんだ。
     ……アレイスター、僕の患者を死においやった責任は、高くつくよ?)

    5 = 1 :

    神裂火織は戦争による負傷者を手当てする野戦病院の中で聞いた。
    きっかけは、突如鳴り響いた電話のベル。

    その電話を受けた彼女の表情はとたんに凍りついた。
    ほどなくして通話を終えると、傍らにいた建宮、五和が心配そうな表情で話しかけてくる。

    「……女教皇様、何かあったのですか?」

    「……上条当麻の所在が確認できないということです。
     状況から、恐らく『ベツレヘムの星』ごと大天使と激突し、諸共海に沈んだのではないか、と」

    「そんな……!!」

    顔を蒼白にし、危うく卒倒しかけた五和を抱きかかえた建宮は、神裂に食ってかかる。

    「女教皇様、何かできることはないのでしょうか?
     我らは幾度となくあの幻想殺しの少年に救われてきたのです。
     その彼を我らが救えぬのであれば、その恩はどうすればよいのでしょう!?」

    「分かっています。私とて、その思いは同じです。
     この病院での治療のメドが立ち次第、我々天草式も上条当麻の捜索に加わるよう最大主教から勅令が出ました」

    その為にも、一刻でも早く負傷者たちの治療を、と告げ、建宮と五和を治療へ戻らせる。
    きっと彼らが他の仲間たちにも知らせてくれるだろう。

    神裂は壁に背を預け、仰ぐように上を見る。

    (上条当麻。私は、いえ私たちは、あなたに対してあまたの恩義があります。
     インデックスの『首輪』に始まり、『御使堕し』、数度にわたる天草式の件……。
     未だその恩義は一片も返せておらず、また、その機会は無くなってしまったというのでしょうか。
     私たちは、あなたに何をしてあげられるのでしょうか)

    ふと瞳に浮かんだものを強い瞬きで打ち消し、彼女もまた治療へと戻る。
    一刻も早く、あの少年を見つけるために。

    6 = 1 :

    インデックスは半壊した大聖堂の中で聞いた。
    きっかけは、赤髪の魔術師が呻くように歯噛みしている場面に出くわしたこと。

    ステイル=マグヌスは悩んだ。
    悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、そして正直に話すことを選んだ。
    少女にとっては何よりも残酷な真実を。

    「嘘だよ!」

    少女、インデックスは大きく目を見開き、そして涙をこぼしながらステイルに詰め寄った。

    「嘘だ嘘だ嘘だ! そんなこと絶対に信じないんだよ!
     だって、とうまは、とうまは絶対に帰ってくるって言ったんだよ!
     だから、そんなことは絶対にあり得ない!
     ……そうだよ、そうやって私を騙そうって言う魂胆なんだね。
     見え見えなんだよ、絶対に信じないんだから!」

    そうであって欲しい、と半ば自分の言葉にすがるようなインデックスの様子に、ステイルは何も答えられなかった。
    仮にそれが本当ならば、すぐに彼は「冗談だ」と口にしただろう。
    しかし。

    ベツレヘムの星が北極海に沈没したことは事実。
    上条当麻がベツレヘムの星を方向転換させたことは事実。
    大天使『神の力』を消滅させることのできる人間がたった一人ということは事実。
    そして。

    上条当麻の脱出がいまだ確認できないということも、またまぎれもない事実。
    『幻想』など混じる余地のない、厳然たる『現実』。

    だから、ステイルにはただ無言で首を横に振ることしかできなかった。
    それを見てインデックスは一瞬だけこらえ、そして崩れ落ちてしまう。
    修道服が濡れることも人目があることも気にせずに、ただただ泣き続けた。

    「とうま、とうまぁ…………」

    大聖堂に響く少女の嘆きを、魔術師はただ聞いていることしかできなかった。

    7 = 1 :

    そして、御坂美琴は凍てつく港でへたり込んでいた。
    目の前は白い氷塊と灰色の水面がどこまでも続く大海原。
    ベツレヘムの星ごと上条当麻を飲み込んだ北極海が雄大に広がっていた。

    それを呆然と眺める少女の瞳には何も映ってはいない。
    自責と後悔、無力感だけがひたすら頭の中を駆け巡っていた。

    どうして、自分にはあの少年を助けることができなかったのだろう。
    『超電磁砲』とは一体なんだったのだろうか。
    あの少年が不思議な力を持っていようが関係がない。
    それを超えるだけの力を持っていれば助けられたはずだ。

    あの時、飛び移っていれば。
    あの時、もっと早くに引き寄せようとすれば。
    あの時、再度引き寄せようとしていれば。

    波間に漂っていたカエルのマスコットを胸元に強く抱きしめ、彼女はただ思考の堂々巡りに囚われていた。
    その行き着くところは常に同じ。
    彼女は気付いた。思い知らされてしまった。

    つまるところ、自分は、レベル5第三位は、『超電磁砲』は、御坂美琴は。

    弱いのだ。
    たったひとりの少年を助けることすらできないような『無力』でちっぽけな存在にすぎないのだ、ということに。

    8 = 1 :

    気がつけば、傍らの妹が背後からそっと抱きしめてくれていた。
    恐らくは美琴が凍えないようにということなのだろう。
    日が陰り始め急に気温が低下し始めたせいか、妹の体もかすかに震えている。

    「……アンタ、暖かいところへいきなさい」

    「行きません、とミサカは固辞します」

    「まだリハビリも完全じゃないんでしょ。体調崩しても、知らないわよ」

    「それでも、行きません。お姉さまと一緒でなければ」

    たった一人の少年を助けることもできず、唇を噛むことしかできない情けない姉にはもったいない良い妹だ、と美琴は思う。
    そんな妹に、風邪などひかせるわけにはいかない。
    そう頭では理解していても、体が動いてくれない。
    故に妹も動こうとはしない。
    二人は白い息を吐きつつ、ずっと海を見ていた。

    「…………………………………………ありがと」

    小さくつぶやかれた感謝の言葉に、10777号はより強い抱擁で答えた

    9 = 1 :

    どれくらいそうしていただろう。
    二人の耳に、英語で話す少女たちの声が飛び込んできた。
    この近くの住人か、はたまた物見遊山か。
    さして気にも留めず、また、向こうも気付いていないようだった。

    こんなロシアの辺ぴな場所で英語を耳にすること自体そうそうあるものではない。
    だから、自然と耳に飛び込んでくる。

    だから、彼女たちの言葉が分かった。分かってしまった。
    それは、黒い長髪の少女が放った一言。

    「こんだけぐっちゃぐっちゃだと、上条当麻がどこに沈んでるのか全然分かりゃしませんねぇ」

    聞き覚えのある声。

    「……レッサー…………?」

    声に呼びさまされた記憶が、自然とその少女の名を口に紡がせる。
    その小さな呟きを聞きとったのか、黒髪の少女がこちらに興味を示す。

    「おやぁ? もしかしてミコトですか? ずいぶん久しぶりに見た気がします」

    黒髪の少女、レッサーは美琴らに向けて、笑いを投げかけた。

    10 = 1 :

    10月31日。

    霧にむせぶロンドン、その一角に聖ジョージ大聖堂はある。
    先日の戦闘で、大聖堂の中はめちゃくちゃだ。
    床に穴は空き、壁は崩れ、ステンドグラスが割れているせいで外の冷気と湿気が建物の中にまで入り込んでいる。

    その礼拝堂の中でインデックスは跪き、静かに祈りを捧げていた。
    「必ず戻る」と言い残し消息を絶った少年のために。

    コツ、コツ、と廊下のほうから足音が聞こえてくる。
    やがて現れたのは赤髪の魔術師。
    右手には紅茶とサンドイッチを載せた盆を、左手にはブランケットを持っている。

    彼はインデックスの隣に腰を落とし、盆を彼女の前へと差し出す。

    「インデックス、何も食べていないそうじゃないか」

    「いらない」

    「……そのままだと風邪をひくよ。せめて暖かくしなければ」

    「いらない」

    「……そうかい」

    ステイルは懐からルーンのカードを一枚取り出し、何事かを呟く。
    途端にカードは燃え上がり、周囲の空気を熱していく。
    僕は寒がりなんでね、と彼がつぶやけば、インデックスは苦笑するように唇のはしを曲げた。

    「……とうまは、まだ見つからないんだね」

    「ああ。十字教三大勢力が協力して数百人規模の捜索隊を組織しているのだけれどね。
     何せあんな巨大のものが落ちた海だ。状況を把握するだけでも大変らしい」

    「とうまにはあの右手があるから、探査術式は役に立たないかも」

    「とはいえ、目視で捜索するには広大すぎる。穴のないように捜索するには、時間が必要だよ」

    11 = 1 :

    「……やっぱり、私も現地に行けないかな? 何か手伝えることがあるかも」

    少女の懇願に近い言葉に、しかしステイルはかぶりを振る。

    「残念だけど、君については『自動書記』の調整を優先する、との最大主教の決定だ」

    イギリス清教の人間にとって、最大主教ローラ=スチュアートの決定は神の言葉に次いで重い。
    万が一逆らって破門でもされれば、あっという間に背信者として追われることにもなりかねないのだ。
    10万3000冊の魔導書をそのうちに抱えるインデックスにとって、その庇護を失うことは死に直結する。

    「……そっか」

    「それに、あの男は君に『必ず戻る』と告げたのだろう?
     あの男は君との約束を違えるような奴じゃない。
     ならば、君はここで待つべきじゃないかな。もし入れ違いにでもなったら、大変だからね」

    とはいえ、状況的に上条当麻が生存している可能性は限りなく0に近い。
    これはあくまでインデックスの希望を傷つけないための美辞麗句。
    それでも、少女は柔らかくほほ笑んでくれた。

    「……うん」

    「なら、少しでも休んでおくべきだね。
     もし彼が帰ってきたとき、君が体を壊して伏せていたらきっと心配するだろうから」

    「……そうだね」

    インデックスがゆっくりと紅茶に手を伸ばすのを見て、ステイルは微笑む。
    盆に載っていたサンドイッチがきれいに彼女の腹に収まったのを見届けて、彼はゆっくりと立ち上がり、少女に背を向けた。

    「では、僕はこれで失礼するよ」

    「………………………………………………………………………………………………ありがとね、すている」

    小さいけれども確かにつぶやかれた言葉に、魔術師は驚いて振り返った。
    そこにあったのは、再び祈りに没頭し始めた一人の少女の姿。

    12 = 1 :

    礼拝堂からやや離れたところまで来て、ステイルは壁に背を預けた。
    おもむろに左の拳を振り上げ、思いっきり壁に叩きつける。
    悲鳴を上げた指の痛みも無視して、ずり落ちるようにへたり込んだ。

    久方ぶりに、彼女に名前を呼ばれた。
    インデックスの記憶を奪い始めて以来、ついぞ呼ばれることはなかった。
    幾度となく夢想し、渇望し、そして諦めていたこと。

    だがそれは、こんな状況で叶わなくとも良かったのではないか。
    炎の扱いのみに特化した彼では、上条当麻の探索に関しては何も出来ることがない。
    彼女のために何もできないような男に、はたして名前を呼んでもらう資格などあるのだろうか。

    「上条当麻…………っ」

    何故、インデックスの心を占めるあの男は今この場にいないのだろう。
    彼女に寄り添い、慰めの言葉をかける資格があるのはあの男だけではないのか。
    彼はうめくように呟いた。

    「必ず生きてあの子の元へ帰ってこいよ、上条当麻。
     でなければ僕が地獄の底まで追いかけて行って、君を灰にしてやる……!」

    13 = 1 :

    「あ、れ……? ここは……?」

    目を覚ました御坂美琴の目に真っ先に飛び込んできたのは、見なれない天井。
    広くないレンガ作りの室内は上等とは言えないものの、しっかりとした作りであることを感じさせる。
    あまり日本の一般家庭にはなじみのない、パチパチと火花を上げる暖炉などはいかにも異国情緒たっぷりだ。
    枕元の時計は午前7時を指している。

    「あ、そっか。ロシアに来たんだっけ……」

    そう思い出した途端に、美琴の脳裏に記憶がよみがえる。
    あの少年を助けるためにロシアに来て。
    未知の青い人影のようなものに戦闘機を両断されて落下し。
    空中に浮かぶ要塞を狙う核ミサイルの発射を阻止し。
    落下する要塞に残されたあの少年に手を伸ばすも、やることがあると拒まれ。
    そして彼は北極海へと消えた。

    思い出すだけでも心がぎゅうっと締め付けられ、人目もはばからずに泣き出したくなる。
    だけど、彼女にはそうすることはしなかった。
    泣いてしまうと、彼が死んでしまったことを肯定するような気がして、できなかった。
    頭では理解していても、認めたくなかったのだ。

    傍らのサイドボードに美琴の携帯電話と、ひもが切れ傷ついたストラップが置いてあった。
    偶然か意図されて置かれたのか、二つのストラップのマスコットが寄り添っているように見える。
    それがまるで訪れることのなくなった夢を暗示しているようで、美琴の心になお一層の影を落とす。

    14 = 1 :

    「おや、お目覚めになりましたか、とミサカは訊ねます」

    部屋のドアを開けて現れたのは妹である10777号。
    彼女にも大きな迷惑をかけた。

    「おはよ。ここってどこなの?」

    「ミサカたちがたどり着いた港からやや内陸にある小さな町のホテルです。
     あのお二方と会話中に、お姉様が疲労で意識を失われたようだったので、ひとまず運びました、とミサカは説明します。
     いろいろと必要なものを調達する際にお姉様の財布からいくらかお借りしたことをお詫びしておきます、とミサカは謝罪します」

    「良いわよそれくらい。なんならカードで服やら好きなだけ買ってきたって気にしないけど」

    「(……さすがレベル5、研究員にお小遣いをもらうような留学生待遇のミサカたちとは懐具合が違うぜ、とミサカは心の中で呟きます)
     いえ、さすがに他の姉妹たちに悪いのでミサカは辞退します」

    「そう? じゃあ欲しくなったらいつでも言ってね。
     ……私としても、あんたたちが甘えてくれたら嬉しいなー、なんて」

    「嬉しい、ですか」

    「うん。あんたたちは私のこと『お姉様』って呼んでくれるけどさ、よく考えたら何も『姉』らしいことしてあげられてないのよね。
     だからちょっと妹たちの欲しいものを買ってあげるくらいはしてあげたいなと思って」

    『姉』と『妹』というワードに目を光らせる10777号。

    「(これはお姉様の願いであって決してミサカの抜け駆けとかそういうことではないのです姉妹たち納得してくださいね)
     ではお姉様買い物に行きましょう今行きましょうミサカに洋服を見つくろってください」

    「今!?」

    未だ上半身を起こしただけの美琴の腕をぐいぐいと引っ張る妹に、やや苦笑する。

    15 = 1 :

    「今は、ごめん。ちょっと無理かな」

    「お姉様……」

    その言葉に、10777号は美琴の腕を引っ張るのをやめる。
    思い出したのは、拾い上げたストラップを抱きしめ、涙を流す昨日の姉の姿。
    昨日の今日で、美琴の心の整理がついているはずがないのだ。
    軽率だったな、と妹は反省した。
    だが、それとは裏腹に美琴の目には強い意志が籠っていた。

    「私にはね、やらなきゃいけないことがあるの。
     あいつは私たちを何度も助けてくれたけど、その恩はたぶんもう返すことはできないんでしょうね。
     ……だから、私はせめてあいつが最後に望んだだろうことをしてあげたいと思うの」

    美琴はそこで一度言葉を切った。10777号は黙ったまま、美琴の言葉の続きを待った。

    「私は、あいつを学園都市に連れて帰ってやりたい。
     あいつを待ってる人たちのところへ、あいつが大好きな人たちのところへ。
     ……私ができるせめてもの恩返しとしては、一番だと思わない?」

    そう言って、美琴は薄く微笑む。
    その表情に、10777号は強い人だな、と思う。
    例え一度現実に打ちのめされたとしても再び立ち上がり、すぐに正面から向き合える人間はそういない。
    それが御坂美琴を御坂美琴たらしめているファクターの一つなのだろう。
    だが、この場合、彼女は一つ間違えていることがある。

    「ミサカたちは、それがあの方の"最後"に望んだことだとは思いません」

    「え?」

    「あの方は絶対に生きているとミサカたちは信じています。
     どうせどこかに漂着して見知らぬ女性と仲良くしてるに決まっています、とミサカはミサカネットワーク上の共通見解を述べます」

    「………………………………………………………………ぷっ」

    10777号のどこかぶっきらぼうに放った言葉に、美琴は思わず吹き出してしまう。
    そうだ、死んでしまったと決めつけるよりかは、生きていると信じていたほうが心が楽になる。

    「あははっ、そうよね、どうせあいつのことだからまた知らない子といちゃいちゃしてんのよ。
     見つけたら電撃飛ばして追いかけまわしてやんなきゃね!」

    16 = 1 :

    「……そういえば、お姉様がお眠りになられている間に、あのお二人とちょっとお話をしてきたのですが、
     お姉様とあの方々は面識がお有りなのですか、とミサカは問います」

    「夏休み前に学園都市のデモンストレーションでロシアに来た時にちょこっとね」

    「あの方々も、どうやらあの方とも関係があるようでして」

    「……あいつのフラグ建築能力は国境すらも超えるのかしら」

    いらいらし始めた美琴を放置して、10777号は話を続ける。

    「いろいろと情報交換をしていたのですが、どうにもミサカたちには理解できないワードが多く、ちんぷんかんぷんでした。
     それで、お姉様にお話をして頂きたいと思うのですが」

    「情報収集力で勝るあんたたちに分からないことで、私に分かることってそうないと思うけど。
     まあとりあえず話するだけしてみましょ。謝らないといけないこともあるし」

    「それと、あちらとの話の中ではミサカの名前はナナミということになっています、とミサカはミサカの通称を明かします」

    「ナナミ? なんで?」

    「研究機関にて、ミサカがそう呼ばれていたのでそれを流用しました。
     検体番号より、7が3つでナナミ、だそうです」

    「そうね、検体番号だと長いものね。
     他の妹達にも、名前を付けてあげたほうがいいのかしら」

    17 = 1 :

    あの2人は同じホテルの別の階に滞在しているのだという。
    呼びに行ってくれている間に軽くシャワーを浴び、10777が買ってきてくれていた服に着替える。
    大人しめではあるが年頃の少女らしい、可愛らしい服だ。
    今度、あの妹にもいろいろ服を選んであげよう。

    浴室から出ると、そこには昨日の少女たちがいた。

    「おや、ミコト、お目覚めですか?」

    「うん。いきなりぶっ倒れてびっくりしたでしょ」

    「そりゃあもう。ただ、ナナミに武勇伝を聞かせてもらいましたからね。
     たいがいのことはわかっているつもりです」

    異郷の地で、予期せぬ知り合いとの出会い。
    少しだけ、美琴は心が安らぐのを感じた。


    「────前に会ったミコトはともかく、ナナミも学園都市の能力者、なんですよね?」

    改めて自己紹介を済ませた後、黒髪の少女、レッサーが言う。
    年頃は美琴たちと同じくらいだろうか、髪は腰よりも長く伸ばしている。

    「それは夕べ聞いたでしょ?」

    ベイロープがレッサーの頭を軽くはたく。

    「確認ですよ、いちいち叩かないでください。
     それで、上条当麻の知り合いである、と」

    「そうね。あいつを探してわざわざロシアまで来たわけだし。
     私としては、まずあんたたちが何者か、なんであいつを探してるのかってことを聞きたいわ。
     前に会ったときから思ってたけど、レッサー、あんたの『尻尾』なんて意味不明だし。
     学園都市の能力じゃ説明がつかないし、あんたたちは一体何者なの?」

    「私たちはあの人にいろいろと借りがあるもんでして。
     それを清算するまでは、はいサヨーナラーなんて薄情なことはできないでしょう?」

    「……借り、ねぇ」

    訝しげにジト目で見つめる美琴の視線に、レッサーの鋭い気配が何かを感じ取ったのだろうか。

    「そうです、私はあの人に借りだらけなんです。
     あの人は、事情があって逃げなければならない私を英国で一生懸命追い掛けてきてくれましたし、
     深手を負った私を力強く抱き締めてロンドン中を走り回って回復魔術師を探してくれましたし、
     路地裏に連れ込んで15分も怒鳴られ色んな意味で打ちのめしてくれましたし、
     その他にも身体で責任を取らなくてはならないあんなことやこんなことが」

    「……あー、こいつ思春期真っ只中で頭の中がショッキングピンクなだけだから、気にしないほうがいいわ」

    にわかに帯電し始めた美琴を見てベイロープが慌ててレッサーの口をふさぎ、うんざりしたように言う。

    18 = 1 :

    「それで私たちが何者かというと、いわゆる『魔術師』ってやつですよん」

    「……まじゅつし?」

    割り込んだレッサーの答えに、美琴は怪訝な声を上げる。
    当然だ。彼女の中で魔術師と言えば、ファンタジーの中で杖を振るような人物のことを指す。
    そんなメルヘンチックなことを臆面もなく言われるとは誰が予想できよう。

    「あーっ、その顔は信じてない顔ですね!?」

    「学園都市で『マジュツ』と言えば、漫画かアニメかカルト宗教のどれかよ」

    「ヒドい言われようですね……」

    レッサーはため息をつく。

    「よござんす。まずはお二人に『魔術』についてぱぱっと説明しちまいましょう」

    19 = 1 :

    「魔術というのは、つまるところ異能を発現させるための学問なんです。
     法則を理解し、自ら術式を作り上げ、そして行使する。
     それによって望む結果を手に入れる、ってところですね。
     ……頭の上にクエスチョンマークが飛んでるみたいですし、実際にお見せしますか」

    レッサーは懐から多色ボールペンを取り出し、何枚かのメモ翌用紙に何らかの記号を書き始めた。
    やがて、レッサーは赤インクで魔方陣が書かれたメモ翌用紙を持ち、ひらひらと振る。

    「この紙をよーく見ててくださいね」

    美琴と10777号が身を乗り出した刹那、メモ翌用紙が激しく燃え上がる。

    「ちょっと、何かやるならやるって言ってよ!」

    前髪を焦がされかけた美琴が抗議をするのを無視して、レッサーは冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出した。
    コップになみなみと注ぎ込み、その中へ青インクで魔方陣が描かれた書かれたメモ翌用紙を浸す。

    「今度はこの水を見ててください」

    そう言うや否や、コップの中の水はみるみる凍りつき始める。
    美琴が触れてみると、それは確かに氷点下の冷気を放っていた。

    「凄い……!」

    「即席でスタンダードな魔術ならざっとこんなものですね。
     もっと大掛かりなものですと時間もかかりますし。
     この『尻尾』とか『鋼の手袋』も魔術によるブツなんですが、
     へへへ、そこはまあどんな効果かは企業秘密ということで」

    20 = 1 :


    美琴は氷の中のメモ翌用紙を見つめたまま何事か呟いている。
    もしかしたら、魔術を学ぶことで何か自分の糧になるかもしれないと考えてるのかもしれない。

    「魔術を学ぼうとか考えているなら、やめておくことを勧めるけど」

    「えっ?」

    「超能力者に、魔術は使えないんですよ。
     魔術とは、「才能の無い人間がそれでも才能ある人間と対等になる為の技術」ですから。
     学園都市で超能力の開発を受けた人間が使うと過負荷が起こって暴発し、体のあちこちが爆発するらしいです」

    「なあんだ……」

    肩を落とす美琴。
    自分の力になるかもしれなくても、体が弾けてまで使おうとは思えない。

    「そういえば、ブリテン・ザ・ハロウィンで起こった摩訶不思議な出来事も、いわゆるマジュツというものなのですか?」

    「ざぁーっつらいと。第二王女さまの起こしたクーデターに対して英国の誇るクイーンが発動した『連合の意義』という魔術でしてね。
     それによってカーテナ=オリジナルのテレズマを削られた第二王女さまは、思い切り上条当麻に殴られてノーバウンドで吹き飛びましたとさ」

    「ぶふぅっ!?」

    連合の意義だのカーテナなんたらだの意味のわからない単語はどうせマジュツ用語だろうしどうでもいい。
    問題は、クーデターの首謀者であるとはいえ英国の第二王女その人であるキャーリサをあの馬鹿が思い切り殴りつけたということ。
    状況が状況なら国際問題どころか戦争に成りかねない事態に、美琴は思わず蒼白になる。

    「何してんのあのド馬鹿ッ!?」

    「ちなみにその時にへし折れたカーテナという霊装──魔術的な兵器ですね──は歴史遺産的なもので再現不能だから、
     賠償問題になれば軽く国家予算の数十倍は」

    「そんなものあの貧乏人に払えるわけないっつーの!」

    「あれ掘り返すの苦労したんですけどねぇ。
     まあそれはクイーンの『レプリカあるしそんなもんいらねー』の一言でうやむやになりましたが」

    「女王様ノリ軽いな!」

    21 = 1 :

    「そんなこんなで上条当麻はクーデターを阻止した立役者なわけですから。
     まあ妥当なところで名誉国民、運が良けりゃ叙勲でもされたんでしょうけどねぇ」

    「…………………………………………」

    レッサーの言葉に、美琴の顔は浮かない。
    2週間前に電子ロックの解錠方法を相談してきた時、彼は実際にとんでもないことに巻き込まれていたのだ。
    そうとも知らずに、のん気に応対していた過去の自分に腹が立つ。

    「あいつ、いつだって人知れず何かでかい事件に巻き込まれてたのね……」

    「……ミコト、そもそもあなたはどれくらい上条当麻を取り巻く状況について知っているんですか?」

    「どれくらいって……」

    美琴は思い返してみる。
    出会ったのは今年の初夏。その時はただ腹が立つだけの存在だった。
    八月の半ば、『絶対能力者進化計画』を中止に追い込み、妹たちを詩の宿命から救ってくれた。
    夏休みの最終日、海原光貴と偽っていた妙な能力者と戦い、こっ恥ずかしいセリフを吐いてくれちゃったりした。
    その翌日は謎の侵入者と闘っていたようだし、大覇星祭では気付くと傷だらけになっていた。
    イタリアの旅行先で入院したかと思えば、0930事件では謎の襲撃者に追われ、
    恐らくフランスからかけてきたらしい電話では謎の人物との会話で記憶喪失が露呈した。
    深夜に瀕死の状態で徘徊していたかと思えば、クーデターの中心地から電話をかけてきたりもする。

    だが、美琴はそのほとんどについて、詳しくを知らない。
    彼も何も語ろうとはしない。
    それが彼と自分の距離なのだろうか、と少し寂しくも思う。

    目の前の少女はどのくらい知っているのだろうか。
    あの少年とよく一緒にいる修道服の少女はどのくらい知っているのだろうか。

    22 = 1 :

    「……よく考えたら私、あいつの周りのことほとんど知らないんだ。
     あなたたちはよく知ってるの?」

    「私たち自身は知りあって間もないので、ほとんど情報収集によるものですけどね?」

    「お願い、あいつに関することだったら何でもいいの。私に教えて。
     これ以上、蚊帳の外にいたくないの」

    美琴の切実な願いに、レッサーとベイロープは顔を見合わせる。

    「知れば、もう知らんぷりはできませんよ?
     私たちは記憶を消せるような都合の良い術式は持ってませんからね。
     あとで後悔しても、私たちにはどうにもできません」

    「後悔なんてしない」

    美琴は言い切る。
    そもそも言われて怯むくらいなら、戦闘機を奪ってまでロシアに来たりなどしなかった。
    あの少年に返しきれぬ恩を返すため。
    御坂美琴は、平気で日常と非日常の境界線を踏み越える。

    レッサーはため息をつく。

    「ミコト、あなたは根っこの部分で上条当麻とそっくりですね。
     ……いいでしょう、まずは何から話したもんですかね────」

    23 = 1 :

    学園都市、冥土返しの病院にて。

    「ものすごい大怪我をしてる番外個体はともかく、どうしてミサカまで入院なのってミサカはミサカは猛抗議してみる!」

    「昨日まで高熱出してうんうん唸ってた奴が何言ってやがる」

    「だけどホラ! もうこんなに元気だから大丈夫ってミサカはミサカはアピールしてみたり!」

    「うるせェだけだ。それとも、無理やり寝かしつけてやろうか?」

    一方通行が電極のスイッチを入れるそぶりを見せると、打ち止めは逃げ込むように毛布へと潜り込む。
    そんな光景に、背後から聞こえた笑い声が華を添える。
    黄泉川愛穂と、芳川桔梗だ。

    「二人とも仲良くなったみたいじゃん?」

    「そうしてると、本当の兄妹みたいね」

    「黙ってろ」

    一方通行が渋いものを食べたような顔で睨みつけるが、二人はどこ吹く風。

    「だったらミサカはあなたをお兄ちゃんって呼んだほうがいいのかなってミサカはミsむぎゅ」

    「……チッ、余計なこと言ってないでオマエらは仕事に戻ったらどうだ。平日だろうが」

    「戦争終わったのはいいけど、休校措置自体はまだ解けてないじゃん?
     とはいえうちの学校から二人行方不明の生徒がいるんで、そろそろ私は警備員(ふくぎょう)に戻らないといけないんだけど」

    「あら、じゃあ例の一方通行がロシアから連れて帰ってきたっていう子にはまだ会えないのね」

    「残念だけどね。じゃあ一方通行、ちゃんと打ち止めとその子の面倒見るじゃんよー?」

    「……余計なお世話だっつの」

    24 = 1 :

    同時刻、診察室にて。
    冥土帰しに診察を受ける番外個体の姿があった。

    「……ふむ、右腕の骨折の処置は完璧。後頭部の怪我もまあ、やることは傷口の整復と縫合くらいだね。
     一方通行、彼も人を救おうとすれば出来るじゃないか」

    「助けられたのがあの人を殺そうとしたミサカだっていうのもなんだか皮肉な話だよね。
     ……外側の傷よりも、もうちょっと重要なことがあるんだけど」

    冥土返しは頷き、数枚のレントゲン写真を取り出す。
    番外個体の体の各所を撮影したものだ。

    「『シート』や『セレクター』だったかな? 主に上位命令に抗ったり、君を制御下に置くための機械だそうだね?」

    「うん。鬱陶しいから取っちゃってよ。
     体を切り開かれてそんな得体の知れないものを埋め込まれてるなんて気持ち悪いだけだし」

    「大多数はただ埋め込まれてるだけだけど、いくつかは神経に食い込んでる。難しい手術になるよ?」

    「にしし、心臓が動いてる限りは『冥土返し』に治せないものはないって、ミサカたちに書き込まれた情報の中に記述があるよ。
     まさか、看板に偽りがあるわけじゃないよね?」

    「その看板は下ろしたよ。つい最近、初めての敗北を味わったばかりでね?
     だけど、この程度なら治せる。右腕も、後頭部も、機械の摘出も、ね」

    「ミサカだって一応女の子なんだし、綺麗に治してよね?」

    「当然。僕は患者に必要なものはなんでも揃えるし、要望があれば力の及ぶ限りなんだって叶える。
     ただし、治療が終わるまでは僕の患者だ。僕の言うことは守ってもらう」

    「それが対価だって言うなら、大人しく従うよ」

    番外個体は悪戯っぽく微笑むと、冥土返しに向けて無事なほうの左手を差し出す。
    その意を汲んだ冥土返しもまた微笑んで、彼女の手を握った。

    「よろしく、冥土返し。ミサカを助けてね?」

    25 = 1 :

    「……そろそろ、俺は行かねェと」

    「えぇーっ!?」

    打ち止めに背を向け、病室から出て行こうとする一方通行に、打ち止めが素っ頓狂な声を出す。
    そのままベッドから飛び出し、一方通行の服の裾を掴む。

    「また、どこかに行っちゃうの?」

    「やる事があンだよ」

    「また、危ないことをしに行くの?」

    「危ないかもなァ」

    「…………行かないで」

    打ち止めは一方通行の胸に顔を埋め、しゃくり上げ始めた。

    「もう、どこにも行かないで。ミサカを置いていかないでよ、ってミサカはミサカはお願いしてみる」

    「…………」

    「どうして? ミサカと、あなたと、ヨミカワとヨシカワ、──望めば番外個体も──で仲良く暮らすのじゃダメなの?
     なんであなたばかりが危ないことをしなきゃいけないのか、ミサカには分かんない」

    26 = 1 :

    「……悪ィな。どうしても、やらなきゃいけないンだ。これは俺なりのケジメってやつだ」

    まるで駄々をこねる子供をあやすように、一方通行はそっと打ち止めの頭を撫でる。

    「俺は『第三次製造計画』を潰す」

    ビクリとその単語に、打ち止めは肩を震わせる。
    番外個体を始めとする新たな妹達の製造計画。

    「お前の"妹たち"に傷をつけるつもりは微塵もねェよ。
     ただそんな愉快なことを考えるお偉方の顔を拝みにいくだけだ。
     ……それ以外にも、やらなきゃいけねェことはたくさンある」

    「…………」

    「だからよォ、待っててくれねェか。
     この都市の腐った部分を掘り返して、闇ン中に閉じ込められた連中を解放して、豪奢な椅子の上に聳え立つクソどもを掃除し終えたら、そン時は」

    打ち止めは一方通行の顔を見上げた。
    その先にあったのは、「ずっと一緒にいたかった」と言ってくれた時と同じ、無邪気な笑顔。

    「──そン時は、一緒に黄泉川のハンバーグを食おう」

    「……………………………………うん!」

    返す打ち止めの笑顔も、また満面のものであった。

    27 = 1 :

    「じゃあ芳川、クソガキとあのめンどくせェ性格のヒネたガキの面倒は頼むわ」

    「……くす、意外ね」

    「あァ?」

    「あなたの口から、"頼む"なんて言葉が出てくるなんて」

    芳川は薄く笑う。
    誰とも関わりを持とうとせずに生きてきた一方通行が誰かに頼みごとをするなんて、以前では考えられなかったことだ。

    「うるせェよ」

    「……ちゃんと、帰ってきなさいね?
     打ち止めは毎日寂しがってたし、愛穂だって毎日あなたの分のごはんも用意して待ってたのよ?
     ちゃんと、あなたの帰ってくる場所はあるんだから」

    「…………おォ」

    「ちゃんと帰ってきてね、約束だよってミサカはミサカは指きりを要求してみたり!」

    差し出された小さな小指に一方通行は戸惑いながらも、やがて自身のそれを絡める。

    「約束する。イイ子にしてたら、そのうち見舞いに来てやらァ」


    病院を出た一方通行は一度だけ病院を振りかえり、そして裏路地へと消えていく。
    数度角を曲がれば、もう病院を見ることはできない。

    こうして、彼は再び学園都市の闇へと潜っていく。
    かつてのように自身を黒く染めるのではなく、闇を駆逐する燈火となるべく。

    28 = 1 :

    今日はここまで。
    数日おきにゆっくり書いて行きます。

    29 :

    わくわくした。
    期待して読まさせて下さい。

    30 :

    続き楽しみに待ってます!!

    33 :

    やばい!これ本編でも良いんじゃねってくらいみんなかっこいい……
    超期待!!

    35 :

    こんばんは
    レスありがとうございます
    初スレ建てで緊張していたので、とても嬉しいです

    今日の分を投下していきます

    36 = 35 :

    「────はぁーっ……」

    美琴は自室のベッドの上で、大の字になって寝ころんでいた。
    あまりに多くの理解が困難な事柄を叩きつけられたせいで、頭の中がパンクしそうだ。
    整理するための時間が欲しくて、一人にしてもらったのだ。
    10777号は再び街へと出て行った。

    10万3000冊をその身の内に抱える少女、インデックス。
    数多の事件に右腕一本で飛び込んで行った少年、上条当麻。
    彼女と彼の関係。

    大覇星祭の裏側でマジュツ師が暗躍していただなんて、思いもしなかった。
    イタリアで大規模なマジュツ艦隊を沈めただなんて、考えもしなかった。

    そして、学園都市が大規模な攻撃を受けた、0930事件。
    そこからアヴィニヨン侵攻、イギリスのクーデター、そして第三次世界大戦に至るまで。
    その全ての中心に上条当麻がいたことなど、どうして彼女が知ることができただろう。
    思えば数週間前、彼が大怪我をしながら夜の街を徘徊していたことも無関係ではないのかもしれない。

    彼が体を張っていたのは、彼女やその妹たちの件だけではないことはとうに分かっていた。
    それでも、彼女はあまりにも上条当麻のことを知らなさすぎた。

    「……見つけたら、今までのこと全部喋ってもらわなきゃね」

    胸倉を掴んででも、全部吐かせてやる。
    それまでは、全ては棚上げでいい。
    よっ、と美琴は上体を起こす。

    その時、控えめなノックの音がして、レッサーが顔を出した。

    「もうすぐお昼ですよん。ご飯でも食べながら、上条当麻をどうやって探すか考えませんか?」

    37 = 35 :

    彼女らが滞在しているホテルは昼食を用意しないらしく、売店で軽食を買いレッサーらの部屋へと向かう。
    そこには既に10777号もいた。

    「お買い物から帰ってきたナナミと会いまして、それでお昼を一緒に、ということになったんです」

    そう言いながら、レッサーはごちゃごちゃとしていたテーブルの上のものを隅に寄せる。
    羽根ペン、何かの枝のようなもの、ひものついた水晶、象形文字のようなものが書かれた紙片……など、美琴には馴染みのないものばかりだ。

    「これは、マジュツというものに必要なものでしょうか? とミサカは興味を示します」

    「そうよ。レッサーといろいろ捜索方法を考えてたの」

    「ただ魔術的な方法には限度があるんで、そこで科学サイドのミコトたちとも知恵を合わせてみようと思いまして」

    レッサーはいち早くテーブルにつき、ブリヌイと呼ばれるパンケーキ状の食べ物にこれでもかとばかりにジャムや生クリームを塗りたくる。
    他の3人もそれに倣い、めいめい好みの食べ物に手を付け始めた。

    「マジュツにもやっぱり限界なんてあるの?」

    「同じ術式でも人によって効果は上下しますからねぇ。
     そもそも上条当麻にはあの変な能力がありますから、効かないという可能性もありますし」

    「だから、私たちよりもあの男について詳しいでしょうあなた達にあの能力について聞きたいと思ったのよ」

    サンドイッチの包みを開きながら、ベイロープが補足する。

    「そうねぇ……。まず、私の全力の電撃は軽く片手で打ち消されたわね」

    「参考までに、最大出力はどれくらいで?」

    「10億ボルト」

    「げぇっ!?」

    答えを聞いた途端、レッサーとベイロープは思わず噴き出した。

    38 = 35 :

    「か、雷とほとんど同じ出力じゃない……」

    「ひょっとして、学園都市の能力者でもかなり高位のほうだったりします……?」

    「お姉様は学園都市最強の電撃使い、レベル5の第三位『超電磁砲』です、とミサカは説明します」

    レッサーとベイロープは顔を見合わせる。

    「私の能力は今はどうでもいいでしょ。要は何を打ち消せるかだっけ……。
     電撃、虚空爆破事件の爆発、あとは、…………第一位の『一方通行』の能力も効いてないみたいだったわ。
     でも、叩いた時は普通にダメージ通ったのよね。
     テレポートで飛ばせなかった時は右手があるから……って言ってたけど、右手が範囲内だと効かないのかしら」

    「他の姉妹の情報では、彼の能力『幻想殺し』は能力だけにしか効果がないそうです、とミサカはお姉様に報告します」

    「能力だけ、ねぇ……」

    「超能力だけじゃなくて、彼の右手は魔術にも効果があるみたいですよん」

    「マジュツにも……」

    妹たちがあの少年に能力のことを尋ねた時、『超能力を打ち消す』ではなく『異能を打ち消す』力だと言っていたそうだ。
    彼はひょっとして、超能力と魔術をひっくるめて『異能』と表現していたのだろうか。

    39 = 35 :

    ブリヌイの最後の一かけらを口に放り込み紅茶で流し込んだレッサーが、紙ナプキンで口をぬぐう。

    「──さて、お昼も食べ終えたところで本題に入りますか。
     ずばり上条当麻を探す手段、何か案はあります?」

    「さっき言ってたマジュツ的な方法って、どんなものなの?」

    美琴の言葉に、ベイロープはテーブルの隅に置かれていた20cmほどの長さのひもがついた水晶を取り上げる。
    背の高い四角錐を底辺で組み合わせたような、ペンデュラムと呼ばれるものだ。

    「古典的だけど、たとえば遠隔探査術式(ダウジング)なんてどうかしら」

    「それは、金鉱や水脈を探すためにL字の針金や振り子を持つってやつ?」

    「そう。科学サイドではオカルト扱いされてるけれども、ちゃんとした効果はあるのよ?
     ただ、正確に探すためには対象物に対して専門的な知識を持っているか、知識の代替とする現物が必要ね。
     知らないものは探しようがないでしょ?」

    「現物って、つまりあの方の一部が必要ということでしょうか?」

    「そういうことです。私たちは上条当麻のことをそこまで良く知らないし、あなた達に魔術を使わせることもできない。
     だから現物が必要なんですが、あいにく私たちは持っていなくてですね。
     少なくとも、彼の持ち物があればいいんですが」

    「それは、どんなものでも良いの?」

    「さすがに一瞬触っただけってものでは無理ですけどね。
     まあしばらく、だいたい一週間くらい彼が持っていたものならば大丈夫です」

    「……ある」

    美琴はポケットから、丁寧にあるものを取り出した。
    レッサーにも見覚えがあるそれは、ひもが切れボロボロになったゲコ太のストラップ。
    一月前に二人で手に入れ、昨日港で拾ったものだ。

    「一か月はつけてるから、大丈夫だと思うけど」

    40 = 35 :

    レッサーはA4サイズの紙に、なにやら魔方陣のようなものを書き始めた。
    美琴のPDAを使い正確な緯度経度と方角の情報を得て、微調整をしていく。

    「……できました。さあミコト、ストラップを真ん中においてください」

    美琴は一瞬躊躇するが、やがてストラップを円の中心に置いた。
    ベイロープがその真上にペンデュラムを吊るし、眼を閉じて何事かを呟き始めた。
    直後、ペンデュラムが淡い青色の光を放ち、それに呼応するようにストラップが赤色の光を放つ。
    美琴は顔色を変えるが、「情報を読み取るだけで影響はない」というレッサーの言葉に出しかけた手を引っ込める。
    やがてストラップを包んでいた光が消えた。

    「情報は取得したわ。これから探知を始めるわよ」

    ベイロープが再び小さくつぶやくと、今度は魔方陣そのものが緑色に輝き始めた。
    ペンデュラムが円を描くように大きく揺れ始め、それとともに魔方陣の円上をひと際強い光が走る。
    揺れの軌道はやがて何かに引っぱられるかのように軌道を変え、同時に紙面にも変化が表れた。

    「……インクが」

    ペンデュラムの真下、中心からやや離れた位置に、周囲の円から吸い寄せられるかのようにインクが集まっていた。
    美琴や10777号には理解できない文字で、何事かを表しているようだ。

    ペンデュラムは徐々に持ちあがり始め、魔方陣はますます輝きを増していく。
    繋がれたひもがいよいよ水平になろうかという、その時。


       バギン!!


    と何かを砕くような音とともに、ペンデュラムが砕け散った。

    「…………えっ?」

    ベイロープは信じられないものを見るような眼で、自らの手から力なくぶら下がるひもを見つめた。
    レッサーは絶句している。

    41 = 35 :

    「え? 何? どうしたの?」

    「ダウジングはどうなったのですか?」

    当然、門外漢の美琴と10777号には何が起きたか分からない。

    「……ダウジングが妨害されました」

    「……妨害っていうより、破壊された感じかしら。魔力の逆流は感じなかったから、魔術での割り込みではないと思う」

    「もしかして……」

    美琴の脳裏に浮かんだのは、上条当麻の右手のこと。
    あの右手は魔術をも打ち消し、またそれを範囲に含む異能も無効化してしまう。
    つまり、ダウジングも彼の右手に届いた途端、破壊されてしまったのでは?

    「何にせよ能力がいまだ健在ってことは、これで生きているという可能性は高まったんじゃないですか?」

    「その代わり、魔術的な方法では彼の居場所の特定にまでは至らないということも分かったけどね」

    「だけど、大体の方角は掴めたわ」

    魔方陣を描いた紙は、術式が破壊された反動でインクがぐちゃぐちゃになっていた。
    当然、インクがひとりでに動いて書きだした文字も読めなくなっている。

    しかし、美琴はペンデュラムが最後に指した方角を鮮明に覚えている。

    42 = 35 :

    「方角が分かれば多少は楽かも知れませんけど、距離が分からないことにはなんとも。
     もしかしたら、何百キロも向こうかもしれませんよ?」

    「だったら、虱つぶしに探せばいいわ。
     それに、何も自分の眼だけで探す必要もないのよ」

    「魔術は役に立たないのよ? 恐らく千里眼のような魔術だって破壊されてしまうんじゃない」

    「超能力だってそうでしょうね。だったら、超能力もマジュツも使わない方法で探せばいいのよ」

    「まさか飛行機でも使うのですか? とミサカは訊ねます」

    「いいえ、使うのは飛行機よりももっと高い所にあるもの、よ」

    美琴は天井を、正確にはそのはるか上空を指さす
    その言葉に10777号は手を打つが、魔術師の少女たちはぎょっとする。

    「む、む、む、無茶ですって。私たちは自前じゃそんなもの用意できませんし、どこも使わせてなんかくれませんよ!」

    「そうよ。そんなものを奪おうものなら、一瞬で軍隊が飛んでくるわよ!」

    「いちいち許可なんてめんどくさいものは取らないし、痕跡だって残さない」

    美琴はポケットから自らの携帯電話を取り出した。
    カエルのデザインの本体から揺れるのは、上条のものと色違いのストラップ。
    それを一瞬だけ寂しそうに見つめると、気を取り直したように反対の手でPDAを掴みあげる。

    「『超電磁砲』の真髄、見せてあげる」

    43 = 35 :

    ──同時刻、ロシア某所にて
    ロシアの保有する軍事衛星を管理するこの施設では、管制官や軍人たちがせわしなく歩きまわっていた。
    終戦後学園都市が占領政策やロシア軍解体の意向を示さなかったことにより、敗戦国のロシアでもこのように軍が自由に行動できている。

    ならば、やることは決まっている。
    学園都市の保有する宇宙戦力は公表されているよりもはるかに強大であった。
    この事実を知った以上、終戦後とはいえ情報収集をすることは急務である。

    ふと、とある一つの衛星がアラートを発した。
    北極海沿岸部の上空に浮かぶ、地上を監視するための衛星だ。
    何か不都合でも起きたのだろうかと管制官がその詳細を開くと、それは指令なく衛星が姿勢を変えた時に発せられるものだった。
    スペースデブリなどの衝突は認められない。
    この施設を統括している司令官が怒号を上げる。

    「おい、衛星が一つ動いてるぞ! 誰か動かしたのか!?」

    管制官が急いで確認をすると、勝手に動いている衛星と奇妙なアラートを発した衛星は一致している。

    「まさか、衛星が乗っ取られた……?」

    未曽有の緊急事態に、管制室がにわかに騒がしくなる。

    44 = 35 :

    「司令、衛星が反応を返しません! 直接指令、他の衛星を迂回した間接指令ともに拒絶されました!」

    「OSの強制シャットダウンを……、最上級パスが無効!?」

    「どうやら衛星は地上を撮影しているようです!」

    「ええい、早く止めないか! 相手はどうやって衛星を動かしている! 逆探知はできないのか!?」

    学園都市に比べれば大きく後れを取っているものの、それでも軍事衛星は重要な機密情報の塊だ。
    そのコントロールを奪われたとあっては、敗戦国とはいえ国家としての威信に関わる。

    だが、依然として衛星のコントロールは戻らない。
    OSとは関係なく取りつけられたセンサーなどもまったく反応しない。

    「ダメです、他の衛星との交信は確認できません!」

    軍事衛星はその性質上通常のネットワークには接続されておらず、指令部と直接または他の軍事衛星を中継してやりとりすることになる。
    当然、特別な専用の交信プログラムを使用しており、それを用いない、例えば他国からの介入に対抗できるようになっている。

    だが、今回のケースはどうか。
    他の衛星とは交信しておらず、指令部からの命令も受け付けない。
    何が起きているのかも分からない異常な事態に、司令官の額を冷や汗が伝う。

    「命令を続けろ! 何があっても衛星の制御を取り返すんだ!」

    45 = 35 :

    「──うーん、ロシアの人工衛星って、あまり解像度良くないのねぇ」

    PDAに写した映像を見ている美琴の言葉に、戦々恐々としている魔術師二人はブンブンと首を振る。
    曲がりなりにも宇宙開発部門では冷戦時よりアメリカと競り合い主導権争いをしてきたロシアの軍事衛星だ。
    むしろ世界では最先端の域だと言ってもいい。
    ロシアの技術が低いのではなく、衛星から人の毛穴すら数えてしまえるような学園都市の技術力が異常なのだ。

    ロシアの衛星とて人一人のおおまかな特徴を掴めるくらいの解像度はあるのだが、いかんせん画面が小さすぎて見づらい。
    おまけに空中要塞の落下の影響か北極海全体に雲がかかっているとなれば、映像で確認するのは無理なようだ。

    「衛星から探すのは無理ね」

    バチンと火花を上げると、PDAから衛星の映像が消える。
    手を加えた衛星のOSに再侵入用のバックドアを残し、見せかけ上は元の状態に戻したのだ。

    「なーに震えてんのよ」

    部屋の隅で抱き合い、KGBが元首相がと怯えるレッサーとベイロープに、美琴は呆れたような溜息をつく。

    「……いきなり窓を突き破って、サブマシンガン担いだロシア軍の精鋭部隊が突入して来たりしませんかね?」

    「もしかしたらホテルごと空爆されたりして……」

    「ないない。一応いくつかの国の衛星を経由して侵入したんだし、そもそも対能力者防衛機構がない時点で"足跡"すらも掴めないわよ。
     万が一察知されたら私が撃退してあげるから大丈夫」

    「衛星のハッキングまでできるとはさすがお姉様、とミサカは見せつけられたこのスペック差に愕然とします」

    「やり方さえ覚えれば、あんたたちだってできると思うわよ?
     OSなんてどうせ0と1の電気信号の集まりなんだし。
     電波さえ届けば、能力者相手を考慮してない『外』の機械なんか楽勝楽勝。
     それよりも、衛星が使えないとなると、いよいよ手段は限られてくるわよね……」

    いざとなれば自らの足でもって探すつもりではあるが、それでもある程度の範囲は出来る限り絞っておきたい。
    と、ふと思い立ち右手に持ったままの携帯電話を見つめる。

    46 = 35 :

    あまりにも普通すぎて、この非常事態では逆に思いつきもしなかった手段。

    「携帯、繋がらないかしら」

    「あの方はつい最近耐久性重視の機種に換えたそうですから、可能性はありますね、とミサカは他の個体の記憶を参照して答えます」

    レッサーとベイロープは顔を見合わせた。
    状況から考えれば、その言葉は否定されるべきだろう。
    要塞が落下してぐちゃぐちゃの海、無残にも引きちぎれたストラップ。
    それは、そのまま上条当麻の現状を示唆しているのではないだろうか。

    どう答えるか二人が迷っているうちに、善は急げとばかりに美琴は電話をかけ始めた。

    着信先を探していることを示す、規則正しい音が美琴の耳に飛び込んでくる。
    一秒。
    二秒。
    三秒。
    四秒。
    五秒。
    そして。

    「……呼び出してる!」

    まるで天啓を受けたかの表情で、美琴が嬉しそうに言う。
    呼び出しているということは彼の携帯電話は無事なのだ。
    それはつまり彼自身も無事という可能性が高いことを示す。

    呼び出し音はきっかり2分の間続き、やがて留守番電話へと切り替わった。
    すぐに連絡するように、とメッセージを入れ、美琴は通話を切った。

    47 = 35 :

    生存している可能性が高まったことに、まるで子供のようにはしゃぐ美琴を見て、ベイロープはため息をつく。
    携帯電話だけをどこかに落としていて、本人は闇の中、という事態も考えられるのだ。
    最も、目の前の少女にそれを告げる勇気はないが。

    「……"携帯電話が無事"ってことはわかったけど、肝心の居場所はわからないわね」

    「それは……どうしようかしら。折り返してくるのを待つとか?」

    「いつになるかわかりませんよ?
     だいたいずっと雪中行軍してたんです。いくら学園都市製だってバッテリーがいつまで持つかは分かりませんよ。
     私が見た限りでは充電してるところなんて一度も見てませんし、学園都市独自規格の充電器なんてロシアじゃ手に入りませんし」

    「やっぱり探す手段は必要、かぁ……」

    「お姉様、あの方と一緒に携帯電話のキャンペーンでストラップを手に入れたそうですが、
     それにはペア契約にちなんだ何か特別な機能があったりはしないのですか、とミサカは質問します」

    「何ですかそれナナミ詳しく」

    「うるさいレッサー。これは別に普通のストラップよ。特に妙な機能は……」

    言いかけて、美琴は脳裏をよぎったものに言葉を止める。

    48 = 35 :

    ペア契約の時にもらった、ハンディアンテナサービスに接続するための拡張チップ。
    確か、ペア契約のために用意された特別なものだそうで、GPSを使って相手に絶対座標と相対位置を通知する機能がついていたはずだ。

    上条当麻の携帯電話に電波は届いている。
    電波が届けば、美琴は対象の機器をハッキングすることができる。
    携帯電話のような小型の機器には、対能力者対策はサイズの制約上施されていない。
    あとは、彼が拡張チップをきちんと取りつけていてくれたなら。

    「……なぁんだ、簡単に探す方法、あったじゃない」


    3人が見守る中、美琴は履歴から再び上条の携帯へと発信する。
    目を閉じてその電波に意識を集中させ、着信先を突き止めることだけを考える。

    携帯電話の電波は一度基地局を経由し、相手の携帯へと発信される。
    規則正しい電子音はその証。
    そして。

    「……見つけた!」

    呼び出し音が鳴ると同時に美琴は目を開け、即座に能力を使ったハッキングを開始する。
    携帯電話の仕組みは衛星なんかよりもはるかに簡単だ。一秒と経たずにセキュリティは陥落した。
    そして、GPS通知機能を起動する。
    良かった、彼はちゃんと拡張チップをつけてくれていた。
    美琴が心中でほっと胸をなでおろしていると、携帯電話から可愛らしい着信音が鳴る。

    上条当麻の携帯電話の現在地を示す、大事なメール。
    残る3人も思わず固唾を飲む。

    49 = 35 :

    「アイツの携帯の在りかは」

    そのメールを開封した美琴が、その内容を読み上げる。
    手際の良いレッサーが、マーカーを片手にテーブル上に地図を広げた。

    「……東に約15キロ」

    現在地から東へとまっすぐ赤い線を引いていく。
    そこは山の中。
    どうみても海へと落ちた上条当麻がいそうな場所ではない。

    「……北へ30キロ」

    線を伸ばした先から、今度は北へと線を引いていく。
    海岸線を越え、そこは北極海。
    陸地から離れているわけではないものの、海上、あるいは海中であることは間違いがない。

    とはいえ、ある程度の目安はついたのだ。
    あとはこの地点をしらみつぶしに探せばよい。

    と美琴に言おうとしたところで、レッサーは彼女の異変に気付いた。
    携帯電話を握りしめたまま、美琴はうつむいていた。
    その頬を伝うのは一筋の涙。

    ただならぬ異変に、レッサーは美琴の背後へと回りこみ、携帯電話を覗き込んだ。
    書かれていたのは、現在地と相手の居場所の相対位置。
    簡単な地図と矢印のほかに、X、Y、Zと項目に分けられた数字が書いてある。
    Xは約15000、Yは約30000ほどの数字であることから、これは恐らく相対的な距離を表しているのだろう。

    そして、レッサーは一番下の項目の数字を見て、声を失くす。

    『Z:-200』


    美琴は声を震わせて言った。

    「……………………………………………………水深、200mのところ」

    50 = 35 :

    「────なるほど、上条当麻の大まかな位置を特定できたということね」

    雪原に鎮座する空中要塞グラストンベリ。
    その司令室で、英国王室第二王女『軍事』のキャーリサは報告を受けた。
    そばに控えるのは『騎士団長』、及び『新たなる光』のメンバーだ。

    「レッサーらの報告ではそういうことです。捜索のために、人員の派遣を要請したいと。
     そうだろう、ランシス?」

    「…………ひっ、くくっ、…………くすぐったくて……んんっ……」

    相変わらず自分の魔力にくすぐったがる横の少女を呆れ顔で見て、フロリスは王女に向き直る。

    「凍てつくような海の中、水中移動術式を持たぬ魔術結社のメンバーでは荷が重いか。
     そもそも、どーやって幻想殺しの位置を特定したの?
     どんなサーチ術式も効かなくて、さっき王室付き魔術師たちの尻を二つ三つ蹴飛ばしてきたところだし」

    「上条当麻を探していた学園都市の学生と出会い、その学生の能力を使って上条当麻の携帯電話の位置を特定したそうです」

    「学園都市の……」

    キャーリサは考える。
    上条当麻は学園都市の学生だ。ここは学園都市に連絡して微々なれども恩を売っておくか。
    それとも、『神の右席』や『大天使』と渡り合える希少な戦力としてイギリスが回収してしまうべきか。
    しかし、学園都市の人間が捜索の最前線にいるという時点で、秘密裏に回収するのは難しいだろう。

    「その学生はどれくらいの強さなの?」

    「いわゆるレベル5、その第三位だと。少なくとも『新たなる光』でどうにかなるレベルではないとのことです」

    レベル5の超能力者は学園都市にとって希少な存在だ。
    その学生を『排除』してしまうと、友好関係にある学園都市との間に火種を生じさせかねない。
    戦争につながりかねないリスクと、幻想殺しを確保するメリットを斟酌する。


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