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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
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髪の毛をくるくるといじりながら、美琴は考える。
電話をしてやりなさいと言った手前、ここで突き放す前にもいくまい。
上条の退院が未定な以上、退院して携帯電話が治るまで待て、とも言えない。
ならば、自分が面倒を見てやるか。
「……ねぇ、あんたって朝は何時くらいに起きるの?」
『教会に戻ってきて朝のお勤めとかもやらなきゃいけないから、今は朝の5時半くらいかな。
どうして?』
『明日、あいつのところに行って私の携帯を貸してあげようと思ってさ。
私だって学校あるし、時差と面会時間を考えたらそっちでは朝になっちゃうけど、大丈夫よね?」
「大丈夫なんだよ!」
『じゃあ明日の4時、そっちだと朝7時くらいかな?
ちゃんと朝ご飯食べて待ってなさいよ」
「うん、ありがとうね、短髪!」
とても嬉しそうな声とともに、通話が切れる。
こんな時くらい、名前で呼べっつーの。
11月20日。
美琴は大きなバイオリンケースを背負いながら、病院へ向けて歩いていた。
音楽の授業で使ったものだ。
彼女が通う常盤台中学とその寮、そしてこれから向かう病院はちょうど三角形を描くように位置している。
バイオリンケースは持ち歩くには不便だが、かと言って寮によるのも面倒だ。
歩く距離は長くなるわ、外出届を出すのも手間だわで彼女は直接向かうことにした。
だが、大きく重さのあるバイオリンケースはとてつもなく邪魔だ。
ベルトを使ってケースを背に引っ掛け、右手に見舞品、左手に鞄を持つのにも大分疲れてきた。
「……あー、やっぱ置いてくれば良かった」
こんな時に頼れる後輩は一端覧祭の準備が切羽詰まっているそうだ。
いくらなんでもそんな時に私用を押し付けるほど落ちぶれてはいない。
「お姉様。奇遇ですね、とミサカはあいさつをします」
そんな折、話しかけてきたのは妹だ。
ただし、服装は常盤台中学のものではない。
普通の女子中学生のように可愛らしい服で着飾っている。
「おっす、ナナミ」
「おや、良く分かりましたね。10032号もお姉様とお買い物へ行ったのでしょう、とミサカは疑問を呈します」
「だってあの子、ネックレスしてるじゃない。
どんな服を着せても一番外側に出してるんだもの、嫌でもわかるわよ」
「彼女にとってあのネックレスは宝物ですから、とミサカは羨ましがります」
「そうよねぇ……」
意中の彼からのプレゼントというのは、XX染色体を持つ人間ならば誰もが心を躍らせるものらしい。
ネックレスを握りしめぽわわんと空想に浸る姿は、立派な恋する乙女だ。
「お姉様は何をしているのですか?」
「あいつのお見舞いに行くところ。インデックスに『あいつと電話したい』って言われてさ。
ほら、あいつの携帯修理に出してるじゃない。
あんたは何をしてたの?」
「ミサカは学園都市に来て日がないので、周辺の地形を知識だけではなく自らの観測によって補完していました。
10032号からの要請事項もクリアし、今から病院へ戻るところです。
ということは、道すがら一緒ですね」
10777号が右腕に下げたビニール袋には、いくつかの缶詰とおもちゃのようなものが入っている。
「……キャットフード? ああ、"いぬ"のね」
「お姉様もご存じなのですか。あのコネコはミサカたちが撫でてもひっかきも逃げもしない、優れた生き物であるとミサカは評価します」
「あはははは……、昔、私があの子のそばで能力使ったせいで、ちょっとやそっとじゃ動じなくなっちゃったのかしら」
「むっ、嫌がるコネコのそばで能力を使うとは……電撃使いの風上にも置けません、とミサカはお姉様を非難します」
「しっ、仕方がないじゃない! あの時は……」
実験を止めるために必死だった、と言いかけて自ら言葉を遮る。
あの実験の事を進んで思い返したくはないし、それは妹だって一緒だろう。
結局「……まあ、仕方がない事情があったのよ」とお茶を濁す。
10777号も深くは追求してこなかった。
「そう言えば、お姉様はずいぶんと大荷物ですね、とミサカはお姉様を頭からつま先まで眺めてみます」
「そうなのよ。鞄にお見舞いのクッキー、その上バイオリンまで……。やっぱり寮においてくれば良かったなぁ」
「バイオリンですか……」
10777号は興味深そうに、美琴の背中のケースを眺める。
「常盤台中学のカリキュラムでは、弦楽器も扱うのですか?」
「弦も管もあったけど、私はバイオリンを選んだの。いくつか候補があって、三年間それを集中的に習うって感じね。
その楽器だけってわけじゃなくて、ピアノとかフルートとかも手習い程度にやらされたりするけど」
「バイオリンを弾けるなんてすごいですね、とミサカはお姉様をほめたたえます。ミサカたちにはまったく未知の代物ですし。
リコーダーと鍵盤ハーモニカの吹き方ならば分かるのですが、とミサカはスペック差にしょんぼりしてみます」
「楽器に興味があるの?」
「楽器に限らず、何にでも興味はあります。
少しでも気を引いたならば迷わず試してみた方がいい、とミサカ達は冥土帰しに教わりました。
もちろん、公序良俗の範疇内でですが」
「なるほどねぇ……」
興味はやがて好みとなり、それが妹たちの個性を育んで行く。
『一つの意志』に影響を受けながらも、個々としては自立する。
冥土帰しの言うことならば、間違っていないだろう。
「じゃあ、あとでちょっと弾いてみる?」
「! よろしいのですか?」
「とーぜん。おねーさまに任せなさい」
不思議なことに、一人で歩いている時は重く感じる荷物も、誰かと話しながらであれば気にならないものだ。
気付けば、いつの間にか病院の前まで到着していた。
「ミサカもご一緒してよろしいでしょうか」
「良いけど、メインの用事はあいつに携帯を貸すことよ?」
「構いません。面会時間終了後も、ミサカたちはあの方とお話しできますから」
「ず、ずるい……」
そうこうしてる間に、上条の病室へとたどり着く。
「おーっす」
「お加減はいかがでしょうか」
「よう」
このやりとりも定番となりつつある。
上条はいくつかの本をベッドに備え付けのスライドテーブルに乗せ、熱心に覗き込んでいた。
美琴と10777号ははテーブルの上を覗き込んだ。
「何やってたの?」
「課題。担任の先生が出席の代わりにって山ほど持って来たんだよ」
スライドテーブルの上だけではなく、ベッド脇のサイドテーブルにまで教科書やノート、参考書が山積みだ。
「友達が『さっさと追いつけ』ってノートのコピーをくれてさ、俺も頑張らなきゃなって」
「いいお友達ですね、とミサカは感想を述べます」
「……そうだな」
"前の自分"が築いた遺産は、今も彼を優しく取り囲んでいる。
それが嬉しくて、少しだけ申し訳なくて、上条は複雑な表情をする。
「あんたって、少しは出歩けるようになった?」
「ああ。松葉杖があれば歩けるし、無理に走ったりせずに病院の中にいるなら病室から出てもいいってさ」
「そう、じゃあちょっとついてきてよ」
「いいけど、どうしたんだ?」
「インデックスが、あんたと電話がしたいんだって」
冥土帰しの病院に存在するいくつかの病棟のうちの背の低い建物の屋上には、入院患者たちが心を休めるための庭園がある。
中央に配置された大きなビオトープを中心に花壇や遊歩道が設置され、大きな木々の下にはベンチが置かれている。
消毒液の匂いがする院内に日がな閉じこもるよりは、陽光を浴び、風の匂いに心を委ねる方が治りも早いのだろう。
午後四時。日が陰ってきた中庭に、人の姿はほとんどない。
自由に携帯電話を使えるこのエリアの一角に、二人はいた。
「電話がしたいって言っても、俺の携帯は修理中なんだけど」
「私の携帯を貸してあげるわよ。だからこそインデックスも私に頼んできたんだろうしね」
制服のポケットから携帯電話を取り出すと電話帳からインデックスの番号を選択し、上条に渡す。
いろいろと心の準備もあるだろうから、通話ボタンを押すのは彼に委ねた。
「……これまたずいぶんと、子供っぽいデザインですな」
「うるさい! 好きなんだからいいじゃない」
「まあ、人の好き好きってものがあるからなぁ……」
「そんなことより、さっさと電話しなさいよね。あの子だって待ってるんだから」
「お、おう」
携帯電話を受け取った上条は、通話ボタンに指を乗せたまましばらく考え込んでいた。
これを押せば、インデックスに繋がる。
彼女と何を話すべきか。
彼女は何を語りかけてくるのか。
悩んでいても仕方がないと、通話ボタンを押す。
3コールもしないうちに、相手が出た。
「もしもし」
『────とうま?』
彼の耳を打ったのは、嬉しそうな少女の声。
「あの方が電話をかけている間、お姉様は何をしているつもりですか、とミサカは訊ねます」
「そうねぇ、どうしようかしら」
ふと、背負ったまんまのバイオリンケースのことを思い出す。
「さっき教えてあげるって言ったけど……、暇だし、今ちょっといじってみる?」
「はい、ぜひ」
上条の電話の邪魔にならないよう、二人は距離を取る。
美琴はバイオリンケースを芝生の上に放り投げ、肩の疲れをとるようにコキコキと首を回した。
「あ゙ぁ~、重かった」
「高価そうに見えますがぞんざいに扱ってもよろしいものなのですか、とミサカは心配してみます」
「べつにそんな高いものでもないわよ。ちょっと古いだけの安物だもの。
ストラディバリウスとかデル・ジェスみたいな激レアの骨董ならともかく、それ市販品だし」
お嬢様にとっての"安物"が、10777号にとっても同じ価値観かは甚だ疑問である。
ケースを開けた美琴は楽器と弓を妹に押し付けた。
「じゃあ、ちょっとやってみましょうか」
病院の中庭に、つたないバイオリンの音が流れる。
美琴に補助された10777号がバイオリンでぎこちなく奏でた音だ。
「……そうそう、中々上手いじゃない。まずは弦を正しい角度で弾くことが大事なの。
指使いも大事だけどさ、まずは弾き方がわからないとね。さ、今度は左手も使って、一人で弾いてみて」
美琴が手を離し、10777号が一人で弓を弾く。
左手で弦を押さえる位置を変えた途端、やや耳障りなギギィーッという音が鳴った。
「……お姉様、ミサカは早くも挫折しそうです……」
「まだ初めて30分も経ってないって。
大丈夫、私だって始めはそんなもんだったわよ」
「ミサカはお姉様の演奏を聞いてみたいです」
「えぇー、私の?」
人に簡単に教える程度であればともかく、人前で演奏する勇気があるほど自信があるわけでもない。
寮の盛夏祭の時は決まってしまったことだから仕方がなかったということもあるが、進んで披露したいというものでもない。
美琴だって習い始めて二年に満たないのだ。
「ダメですか?」
「……し、仕方がないわね。楽器貸して」
楽器と弓を受け取ると、一瞬だけ電話をしている上条をちらりと見て、美琴は楽器を構える。
少しくらいなら、彼の耳には届かないだろう。
ならば、今のうち。何を弾こうか。今練習している曲でいいか。
美琴が弾いているのは盛夏祭で弾いたものではなく、誰でもすぐに思い至る一般受けするような有名な曲だ。
ただし、それとなく細かなアレンジが随所に施してある。
オープンキャンパスでの演奏という話を引き受けた時、盛夏祭の時の曲ではダメかと意見をしたのだが、
「君ならできる」という教師陣の熱意に押し切られ、つい了承してしまった。
つくづく迷惑な話であるが、引き換えに成功の暁には音楽の成績の最高評価が約束されているのだから、まあトントンと言ったところか。
弦を押さえる左手はなめらかに動き、弓を弾く右手は時に緩やかに、時にダイナミックに動く。
澄んだ音によどみはなく、綺麗なメロディーが中庭に響いていた。
ミスもなく数分の演奏を終え、大きく息を吐く。
それを迎える拍手が二つ。
……二つ?
「すげーな、御坂ってバイオリン上手かったんだ」
「……はい?」
かけられた声は電話をしている筈の少年のもの。
「あああアンタ電話はどうしたのよ……」
「ちょっと前に終わったぞ。あ、携帯ありがとうな」
上条が差し出した携帯を、若干慌てながら受け取る。
どうしよう。
電話しているから気にしないだろうと思っていた演奏を大部分聴いていたらしい。
恋する少女としてはわりと緊急事態である。
「なあなあ、他の曲は弾けないのか?」
「ふぇっ!?」
まさかのリクエスト。
もう顔は真っ赤、指はぶるぶる、あちこちがいろいろと緊急事態だ。
「……き、聴きたいの?」
「おう」
「……私が選んだ曲でもいい?」
「何でもいいぞ」
にこやかに笑う少年の笑顔に、美琴は意を決する。
両頬をぱちんと叩くと、彼女は楽器を構えなおした。
演奏者の感情は音となり、ダイレクトに聴衆の耳に届くのだと言う。
ならば、全身全霊を込めて。
演奏したのはエルガーの「愛の挨拶」。
もちろんクラシックに疎い少年が、そのタイトルに思い至る事はなかった。
演奏が終わり、美琴がやや演技がかった感じに礼をすると、上条と10777号の拍手が起こる。
「ど、どーよ。ざっとこんなものかしら」
「……感服しました、とミサカは素直に感動を伝えます」
「うん、すげぇよ。語彙が貧弱なんで褒め言葉があまり出てこないけど……。
やっぱり、物凄い練習したんだろ?」
にこにこと語る上条に、美琴の頬は更に赤くなる。
「そ、そりゃあね、先生は厳しいし、自分でも寮に帰ってから練習してるもの。
一端覧祭のオープンキャンパスで、見学に来た受験生や親たちに披露してくれって頼まれてるし」
「在校生代表ということですか。それはまた名誉な役目をもらいましたね」
「今からものすごく胃が痛いんだけどね……」
言いながら、美琴はバイオリンをケースへとしまう。
「さ、バイオリンの話はこれでおしまい。
それより、あの子と何を話してたの? 結構長く話してたわよね」
「うーん、何って言われても、いろいろ、かなぁ……」
学園都市に帰ってきて数日。
初めての出来事はたくさんあったし、印象に残ったことも多い。
「今日もロンドンは霧が濃いだの湿っぽくて嫌になるだの言ってたな」
「霧の都だもんね。旅行はともかく、あまり住みたくはないなぁ」
「それはマジュツ師の方々の全否定に繋がりませんか、とミサカは危惧してみます」
「住めば都、ってやつじゃないのかな。
あとは……そうだな、毎日図書館に通い詰めてるとか。
完全記憶能力があるからパラ見すれば中身全部覚えられるだってよ。すげぇなぁ」
感心するように言った上条に、美琴はそうね、と一言返す。
頭のうちにありとあらゆる知識を取り込んで、上条の治療のための手段を探る。
科学の力でもいい。
魔術の技でもいい。
なんなら、両方を組み合わせたっていい。
あの子だって、大事な人を救うために頑張っている。
なら、私だって。
「──そろそろ面会時間も終わるころよね」
「そういえばそうだな」
腕時計を見た美琴が呟くと、上条は西の空を仰いだ。
もう既に太陽はビルのはざまにほとんど沈みかけており、残照が赤く空を照らしていた。
気温が急激に下がり、ぶるりと身を震わせる。
もう手袋やマフラーだけではなく、コートの準備が必要かもしれない。
「もう暗いからな、気を付けて帰るんだぞ」
「言われなくても分かってるわよ。
そもそも美琴センセーが襲われたくらいでどうにかなると思ってるの?」
「いや、でもだな……、女の子なんだし、やっぱり心配だろ」
「う……」
思わずどきりとするが、きっとこいつにはそんな意図はないのだろう。
それでも、普通の女の子扱いしてくれるのが嬉しくて。
「よ、寄り道せずにちゃんと帰るわよ。寮監だってうるさいしね。
ほら、ここは寒いから早く行きましょ!」
二人の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張って階段へと向かう。
頬が真っ赤に染まっているのは、西日だけのせいではなかった。
帰り道、暗くなった道を美琴は急ぐ。
バイオリンケースのせいで思うように走れず、予想外に時間を食ってしまった。
冬が近づき日が沈むのが早まりつつあるため、門限もそれに合わせて早くなっている。
急がなければ制裁を喰らうかもしれない。
そんな中、彼女の携帯が着信を告げる。
「あーもー、こんな時に誰よ!?」
苛立ちながら開けば、届いたのはメール。
真新しいアドレスのものだ。
【FROM】インデックス
【sub】無題
------------------------
いつわにめえるのしかたを
おしえてもらいました
とおまとおはなしできて
うれしかったんだよ
でんわをかしてくれて
ありがとね
つたないメールを見て、美琴はくすりと笑う。
【TO】インデックス
【sub】どーいたしまして
------------------------
アイツの携帯電話の修理が
終わったら教えてあげる
それまで話したくなったら
私に言いなさい
都合のつく限り
橋渡ししてあげる
返信を終えた美琴は携帯をしまうと、再び走り出した。
犬猿の中に近かったインデックスとも、少しは仲良くなれた気がする。
友人ができると言うのは、嬉しい。
やるべき事があると言うのも、嬉しい。
二人で力を合わせて共通の大事な人の力になれたら、きっともっと嬉しいだろう。
その目的の為に、努力は惜しまない。
さあ、早く帰って、やるべきことのために頑張ろう。
深夜。
廃墟となった建物の中を、白ずくめの少年が歩いている。
一方通行。
杖を突く少年は、因縁深き研究所の中を探索していた。
『絶対能力者進化計画』
かつて実験が行われていたころ、この計画に携わっていた研究所の多くは御坂美琴によって襲撃され、その多くが灰へと還った。
この事態に対し、計画を推進していた者たちが取った対策は、研究所の徹底的な増設と分散。
結果、御坂美琴は心を砕かれ、自殺まがいの特攻を決意するまでに至る。
その後の結果は、彼が一番よく知っている。
『対策』によって増設された研究所は183施設。
御坂美琴が潰せたのは、たった1つ。
つまり、182の施設が実験終了時に残されていたことになる。
だが、その全てが今や廃墟と化していた。
(なァンにもねェな。証拠隠滅か、闇に潜ったか。いくらかは"妹達"の調整の為に回収されたンだろォが)
割れたガラスを踏み砕き、落書きだらけになった扉を蹴り破りながら一方通行は考える。
『第三次製造計画』
番外個体を始めとする、新世代の軍用クローンを製造する計画。
恐らくは、捕縛されずに闇に潜ったかつての研究者たちが関わっている可能性が非常に高い。
番外個体はミサカネットワークから切り離された状態で育成され、初めてネットワークに接続したのはロシアに向かう戦闘機の中だという。
それまでは外部からは切り離された薄暗い研究所の中で造られ育った彼女に、『第三次製造計画』の根拠地を知るすべはない。
クローンを作るためには、大量の空間や資材、水や電力などが必要となる。
ならばそのモノの流れや誤魔化しようのない空間そのものを突き止めればいいのだが、そこは学園都市の闇が相手だ。
隠蔽や情報操作などお手の物。未だ一方通行は情報の糸口すらつかめずにいる。
(やっぱり、単独で動くには限界がある、か)
彼が学園都市最強の超能力者であると言っても、出来ることには限界がある。
『心理掌握』のように人の心を読めるわけではないし、『超電磁砲』のように機械を自在に操れるわけでもない。
思い浮かべたのは、かつての"同僚"たちの顔。即座にかぶりを振って打ち消す。
準備もできていないうちから学園都市に表だって逆らうというデメリットの前に、彼らが動くとは思わないし、巻き込もうとも思わない。
(今の俺の勝利条件と、アイツらの勝利条件には明確な違いがある)
第三次製造計画は統括理事会肝いりのプロジェクトだ。
実際に番外個体を送りこんできたという実績がある以上、親船最中ですら信用はできない。
甘っちょろいことを吐く彼女の目の届かないところで決定されたという可能性もあるが、そうである確証はどこにもない。
暗部組織間抗争を欠員も出さずに生き延びたのは『グループ』のみだ。
故に、彼がこのまま暗躍し続けたとすれば、いずれ『グループ』が動員される可能性は高い。
土御門元春。
海原光貴。
結標淡希。
エイワスに倒されたのち、彼らはどうなったのか。
(……どォせアイツらとは協力し合うだけの関係だったンだ。自分のケツくらい自分で拭けンだろ。
そもそも今の俺には、アレもコレも抱え込むだけの余裕はねェ)
物事に優先順位を定め、最優先事項から消化していかなければならない。
その過程で彼らが立ちふさがるならば、容赦なく踏み潰す。
それだけだ。
「……ン?」
ふと足元に目をやった彼が拾い上げたのは、一枚のデータチップ。
周囲ほど埃のかぶっていないそれは、割れた窓から差し込む月光を受けて鈍く輝いた。
とある研究室。
ディスプレイ以外に光るもののない部屋で、その男は必死にコンピュータへと向かっていた。
男の名前は天井亜雄。
元々は『量産型超能力者計画』『絶対能力者進化計画』に携わっていた男だ。
8月31日に芳川桔梗と相撃ちになった彼は芳川同様に冥土帰しの手で命を救われ、そして退院直後に負債のカタに"闇"へと落とされた。
その後の人生は悲惨の一語に尽きる。
彼は画面の片隅に映る"モノ"を見て、苦々しく舌打ちをする。
『妹達』。
天井がかつて研究者生命を賭け、そして夢破れ巨額の負債を負わされるに至った忌まわしきモノたち。
──暗部に落とされてまで、またアレの研究をさせられるなんて!
だが、今はそれにすがらざるを得ないのも確かだ。
彼が今従事させられているのは、ある二枚のディスクに収められたデータを『学習装置』で使用できる形式へと落とし込む作業だ。
彼の専門は「クローンの作成技術」であり、「クローンの教育技術」に関してはさほど詳しくはない。
ゆえに、専門外の作業は芳しくは進んでいなかった。
この遅れは想定外だ。
このままでは『クライアント』に申し訳が立たなくなってしまう。
コン、コン、とリズムよく、研究室の扉が叩かれる。
天井はビクリと背筋を震わせ、舌をもつれさせながら応えた。
「だ、誰だ?」
『私よ、天井博士?』
「あ、ああ、あなたか」
相手の正体が分かったにも関わらず、天井の緊張は取れない。
当然だ、この相手こそが彼の『クライアント』なのだから。
扉を開け、入ってきたのは妙齢の女性だ。
片手には湯気の上るマグカップを乗せた盆を持っている。
「夜分遅くにごめんなさい、天井博士?
あなたがずいぶんと"根を詰めている"ようだから、差し入れを持ってきたの」
にこりと笑った女性に、しかし天井の背筋を冷や汗が流れる。
意訳すれば「作業が遅いから尻を蹴飛ばしに来た」といったところか。
彼女自身が訪れると言うことは、内心ではかなり苛立っているに違いない。
「て、『学習装置』の調整に関しては私の専門外なんだ!
せめてあと二人、いや一人でいいんだ! スタッフを増やしてくれないか」
「それについては既に手配はしてるわ。明日には到着するでしょうね」
天井を机に座らせ、机にマグカップを置く女。
カップの横に、そっと一枚の写真を置く。
映っているのは目がギョロリとした、両手に鎖の長い手錠をかけられた少女。
「布束砥信。覚えているでしょう?
『学習装置』の開発者で、あなたたちの計画にも従事していた子よ」
『絶対能力者進化計画』のさ中で実験に対して強い忌避感を覚えて造反し、それが元で暗部に落とされた少女だ。
どんな『闇』を見てきたのか。当時よりも更に眼光はおどろおどろしく、頬は痩せこけている。
「彼女が来れば、あなたのお仕事もはかどるでしょう?」
「あ、ああ。本当に助かる」
「もう一つのほうの進捗状況はどうなってるの?」
「"最上位個体"のことか?」
天井はキーボードを操作し画面を切り替えると、あるデータを女へ示す。
「知能レベル、運動能力は共にスペック上の問題はない。
その特性故にメンタルに若干のムラがあるが、これはリカバーできる範囲だろう」
「……全てのクローンを越える、まさしく"最上位"に立つ個体。
天井博士、あなたも面白いものを作るわね」
興味深げに眺めていた女が呟く。
「せっかくだから、新開発の面白いオモチャでも持たせてみましょうか」
「オモチャ?」
天井が訝しげに問えば、女は楽しそうに笑う。
「ええ、そうよ。新たな"素材"を使ったオモチャ。
まだ実験段階ではあるけど、『妹達』に持たせることが前提ならば小型化も可能でしょうしね」
「……できれば、今度見せてもらいたいな」
「ええ、数日中にね」
「ところで、一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「"アレ"はなんだ?」
天井が指さしたのは、机の上に乗っているディスクだ。
「『学習装置』に落とし込むための元データよ?」
「違う! 私が言っているのは、その中身だ。
私は『学習装置』については門外漢だが、それでも多少のコードは読める。
だが、あんなデタラメなコードは読んだことがないぞ。
どんな働きをするかどうかも分からないものを使って、一体何をどうするつもりなんだ!」
例え非道に手を汚そうとも、暗部に身を囚われようとも、何がどうなるかわからないものを作らされるのだけはごめんだ。
薄氷の上を歩くようなプロジェクトにおいて、状況のコントロールが重要かは天井自身がよく知っている。
だからこそ譲れない、かすかに残った科学者としてのプライドの欠片。
だが、
「…………グダグダうっせぇなぁ」
喚き散らす天井に嫌気がさしたのか、女は突如表情を豹変させ、天井の首元を片手でねじり上げ、そのまま床へと引きずり倒す。
ガチャという音と共に顎に押し付けられたものを見れば、それは鈍く光る拳銃だった。
「それは『木原印』のブツだ。詳細は私も知らねぇ。
安心しろよ、ソレはお前の人形どもに使うんじゃないらしい。
何に使うかはジジイどもがだんまりなんで分からねぇが、クソ忌々しいツラのクローンどもよりかは数倍面白そうなもんらしいぜ?
ただ、黙ってお前はそれを使える形に変換してればイイ。そうすりゃ誰もがハッピーだ。
分かるか、愉快な子ブタちゃん? 詮索好きは損するぜぇ?」
ぐりぐりと銃口を押し付け、醜悪な表情で語る女。
「分かったら作業を続けろよ。返事は『はい』か『イエス』だ。でなきゃお前の脳天に新しい尻の穴をこさえてやる」
「わ、わかった! もう中身を詮索はしない! だ、だから許してくれ!」
「……分かればいいのよ」
女は笑みを顔に張り付けると、天井を立ち上がらせ、衣服を直してやる。
その丁寧な仕草がかえって不気味で、天井は再び背筋を凍らせたのだった。
そんな彼の耳元に、女は唇を寄せる。
「分かっていると思うけれど」
妖艶に言葉を囁く女の顔は、凶悪そのものだ。
「あなたは『いたら便利』ってだけで、『いなくちゃいけない』ってわけじゃないのよ?
それを忘れないでね、天井博士?」
「……わ、分かっているとも』
「よろしい」
女はもう一度にこりと微笑むと部屋を去った。
残された天井はへなへなとその場に座り込んでしまう。
もはや、彼女に逆らうことは許されない。
逆らえば待っているのは死か、それよりも辛いことか。
だからこそ、状況を打破するために天井は"彼女"に賭ける。
彼にとっての"最後の希望"たる、その少女に。
天井を闇の底へと追いやった一方通行、今の女、そして学園都市。
彼女が完成さえすれば、その全てを地に落とし、彼を再び栄光へと導くだろう。
満願叶うその日を夢見、天井は一人暗く笑う。
その日は、もうすぐ。
今日はここまでです
ようやくストーリーを動かし始められたような気がします
ここから先更に妄想が激しくなっていきますが、どうかお付き合いを
ではまた次回
ようやくストーリーを動かし始められたような気がします
ここから先更に妄想が激しくなっていきますが、どうかお付き合いを
ではまた次回
乙!
使う相手の想像はつくんだが、どうやってそこまで持っていくか
どう解決するか気になるな
使う相手の想像はつくんだが、どうやってそこまで持っていくか
どう解決するか気になるな
乙
最上位個体とは!打ち止め、番外個体、00000号の更に上、という感じですな
どこまで増えるんだ御坂シリーズ
暗部に堕ちた天井と布束女史、そしてこの女性はやっぱりあの人なのかな
次回も楽しみにしてます
最上位個体とは!打ち止め、番外個体、00000号の更に上、という感じですな
どこまで増えるんだ御坂シリーズ
暗部に堕ちた天井と布束女史、そしてこの女性はやっぱりあの人なのかな
次回も楽しみにしてます
乙
ほのぼのからシリアスへ、まさに一方そのころ
にしても、あの姐さんはホント歪みねーな…
ほのぼのからシリアスへ、まさに一方そのころ
にしても、あの姐さんはホント歪みねーな…
天井が出しゃばるとなるとやはり最上位個体はあの個体がベースになるのかな?
どっちにしろ楽しみにしとります
どっちにしろ楽しみにしとります
こんばんは
研究者組が本格的に出張ってくるのはもう少し後になります
何をたくらんでいるかは(大体わかっちゃうでしょうが)しばしお待ちを
では今日の分を投下していきます
研究者組が本格的に出張ってくるのはもう少し後になります
何をたくらんでいるかは(大体わかっちゃうでしょうが)しばしお待ちを
では今日の分を投下していきます
常盤台中学の外部女子寮は相部屋である。
人数の都合上どうしても一人部屋になる生徒も出てくるが、それは白井黒子には当てはまらない。
彼女と同じ部屋で生活するのは敬愛する先輩である御坂美琴。
基本的にプライベートな時間のほとんどを共有する間柄だからこそ、彼女は敏感に気付いた。
復学してからこちら、美琴には何か頭の内を占めている事柄がある。
おくびには出さないものの、ふとした瞬間に何かを考え込んでいることがある。
また、部屋の中の様子も変わりつつある。
美琴が部屋に持ち込んだ本や論文、何かのレポートなどはどんどん増えていった。
そのほとんどが大脳の病理学や生理学に関するもの。
共同生活における暗黙の了解として、二人のスペースは部屋の中央にあるテーブルを境に見えない線で区切られている。
その境界線ぎりぎりにまで、ふせんがびっちりと貼られた専門書などが散乱しているのだ。
いまや、美琴は本の山に囲まれて生活しているようなものだった。
「課題のため」という名目は、いつの間にか「課題をやってるうちに興味を持ったことを勉強している」に変わっていた。
だが、興味を持っただけにしては、根の詰めようが度を過ぎている気がする。
朝、白井が目を覚ますと美琴は既に身支度を終え、机に向かっている。
放課後は申請が通る限界まで図書館に残っているようだ。
帰ってきたらきたで一端覧祭で披露するバイオリンを一通り練習した後は再び机に向かう。
ここ数日、白井は美琴の寝ているところを見ていない。
実際には寝ているのだろうが、睡眠時間は白井よりもはるかに短いはずだ。
それでもそんなことは感じさせない快活さで、美琴は今日も登校していった。
絶対に、何かがある。
美琴の心を占めて離さない何かが。
白井たちには相談できない何かが。
悪いことでなければいいのだが。
白井には、そう祈ることしかできなかった。
11月23日。
一端覧祭まであと一週間となったこの日の午後、白井は二人の友人とともに歩いていた。
「いやー、白井さんと御坂さんの部屋に遊びに行くのも久しぶりですねー」
「遊びに行くんじゃありませんよ、お勉強しにいくんです」
白梅の花飾りの少女、佐天涙子が言えば、頭中がお花畑の少女、初春飾利がたしなめる。
一端覧祭はある程度準備された状態での延期となったため、再び与えられた期間を使いきることなくすでに準備を終えてしまったところは多い。
あとは前日にちょちょいとやれば終わり、というところもある。
となれば、見えてくれのは一端覧祭の先にあるもの。
中間と期末が一緒くたになった、恐怖の試験期間である。
私的な目的の為に風紀委員の支部は使えないし、そもそも非番だ。
勉強の為に利用しようと訪れたファミレスは運悪く定休日。
初春や佐天の寮は、ファミレスからは離れた所にある。
「だからって、なんで私たちの部屋なんですの……」
「いいじゃないですか、常盤台のエリートお嬢様たちが放つオーラに囲まれていれば、私たちだってきっと集中できますって」
「次のテスト、赤点とったらマズいんですよぉ!」
「はぁ……」
常盤台中学の学生たちには、日常的に予習・復習をする癖が身についている。
授業でやったところだけではなく、自分のペースでどんどん進めて行くのが彼女たちの流儀だ。
だから「試験前に切羽詰まって勉強する」という感覚は分かりにくい。
それでも、友人に「勉強を教えてくれ」と頼まれれば、断れないのが白井黒子のサガだ。
とはいえ白井があまり気の進んだ様子を見せないのには訳がある。
一つは、部屋の構造。
基本的に寝るための部屋である寮は、客を迎えるためには出来てはいない。
壁際に机があるほかは小さなテーブルが置いてあるだけであり、勉強を教える用途には向いていない気がする。
こちらはいざとなれば談話室か図書室の片隅でも借りればいいだろう。
もう一つは、部屋の現状。
美琴のスペースだけとはいえ本が大量に積み上がっている現状は、あまり人に見せたいものではない。
また、どれが美琴にとって重要なものかいまいち判別がつかない以上、下手に人を部屋に上げていじられても困る。
もしかしたら白井が留守の間に美琴が戻ってきていて、部屋の様子が変わっているかもしれない。
とりあえずは部屋へと戻ってみよう。
寮の入り口で帰宅届と来客届を出し、友人たちを部屋へといざなう。
「そう言えば、御坂さんはどうしてるんです?」
「今日"も"朝早く飛び出していかれましたの」
「……もしかして、噂のカレシさんとデートじゃないんですかー?」
悪そうな笑みを浮かべる佐天にジト目を飛ばし、白井はため息をつく。
「……お姉様にはそんな方はおられませんわ。
最近何やらご執心の事柄があるようでして、きっと今日も図書館へ行かれたと思いますの」
「御坂さんが執心するようなこと……なんでしょうかねぇ?」
「さあ。ですが、部屋にはお姉様が借りてきた本が散乱してるありさまでして」
自室の前まで辿り着き、白井がドアを開ける。
「今は、こんな感じになっていますの」
大量の本の山に、佐天と初春は絶句するのだった。
部屋の中へと入った白井は、美琴がベッドの上にいることに気付いた。
積み上げられた本のせいで、入口からは死角になっていたのだ。
「あら、お戻りになってましたの、お姉さ……ま?」
ドアを開けたのに、反応がない。
うたた寝をしている、というよりはベッドへ「倒れ込んだ」ようで、本がぎっしりつまったリュックサックがベッドの隅に放られている。
コートやマフラー、携帯電話もベッドの上に投げ出して、美琴は制服のまま身を丸めていた。
「御坂さん、寝てるんですか?」
「そうみたいですの。ここ最近、根を詰めていらしたので」
熱はないし呼吸も安らかなので、寝かせておけば問題はないだろう。
美琴にそっと毛布を掛け、手の中にあった机の上に置きつつ佐天の問いに応える。
本のタイトルは「記憶障害とその治療法における最新の研究」。
数日前に美琴が読んでいたものと同じく、学園都市の最先端の医療に関わる文献だ。
「これ全部、脳科学に関する本ですよ」
「これは英語で、こっちはドイツ語かなぁ……?
御坂さんってこれ全部原文で読めるのかな? すっごいなぁ」
感心したように呟く友人たち。
「お姉様がお借りしてる本ですから、あまりいじらないほうがよろしいかと。
って、あぁっ!?」
初春が持ち上げた本を山の上に戻すと、バランスを崩したのかぐらぐらと揺れ始める。
三人が支えようとするもそれはあえなく崩れてしまい、ばさばさと本の落下する音が部屋に響いた。
「………………」
「………………」
「………………」
「…………う~ん……」
戦慄する三人だったが、美琴はむにゃむにゃと寝言を呟いただけでまた寝入ってしまう。
慌てて本を静かに積み直す。
「……セーフ、かなぁ?」
「お姉様を起こさぬよう、お勉強は談話室でしましょうか」
「そうですね。御坂さん、お疲れのようですし」
そっと部屋を出ようとした時、大音量で誰かの携帯電話のアラームが鳴る。
三人は慌てて自分の携帯電話を確かめるも、いずれも違う。
鳴っているのは、美琴の枕元にある携帯だ。
眠りを妨げられたのかのろのろと伸ばされた腕が、携帯電話を開く。
「…………うー、今何時……ヤバッ!? もうこんな時間!? 約束に遅れちゃう!」
眠そうな声は瞬時にして覚醒し、美琴は弾かれるように飛び起きた。
驚くようなスピードでコートを着こみ、携帯やサイフを鞄に放り込み、マフラーを巻くのもそこそこに、部屋から飛びだそうとする。
そこで初めて、部屋の入口に後輩や友人たちがいることに気付いた。
「あ、あら黒子、帰ってたの。初春さん、佐天さん、いらっしゃい」
「あはは、お邪魔してますー」
「これからどこかへお出かけですか?」
「そうなの。せっかく来てくれたのにお構いできなくてごめんね。
黒子、多分今日も遅くまで帰らないから、よろしく」
「ちゃんと寮監さまに外出届を出してからにしてくださいましね」
「もう出したわよ! じゃあ急いでるから、ごめんね! ゆっくりしていってね!」
そう言うなり、脱兎のごとく駆けて行く。
三人は呆然と、それを見送った。
「……お速いですの」
「まだ起きてから一分しか経ってませんよ……」
「あれっ、何か落として行きましたよ」
美琴が落として行ったのは、くしゃくしゃの紙片。
ルーズリーフを小さく折りたたんだそれには、いくつかの人名と夥しい数の本の名前がずらりと書かれている。
そのほとんどに×がつけられていたが、わずかに△や無印のものもある。
無印のままの人名は2つ。
木山春生。
そして、『心理掌握』。
木山春生という、一人の学者がいる。
専門は大脳生理学で、専攻はAIM拡散力場。
若いながらもその道では名の知れた権威だ。
御坂美琴と木山春生は二度ほど因縁がある。
一度目は『幻想御手』事件。
共感覚を利用して使用者の脳波を補正し、自分だけの現実と演算能力を融通しあうことで能力レベルを高める『幻想御手』。
その正体は使用者を取り込み巨大な演算装置を作り上げ、木山の「ある目的」を達成するためのものであった。
昏睡に陥った友人や学生たちを救うために、美琴は木山と激しい戦いを繰り広げた。
二度目は『乱雑解放』事件。
昏睡状態であった木山のかつての教え子たちを誘拐し、「神ならぬ身にて天上の意志にたどり着くもの」を目指そうとした女科学者がいた。
テレスティーナ=木原=ライフライン。
『能力体結晶』の投与実験の第一被験者であった彼女はその完成の為に心血を注ぎ、木山の教え子たちを生贄に『能力体結晶』を使い『レベル6』を誕生させようとしたのだ。
美琴と木山、そして友人たちは力を合わせてテレスティーナの陰謀を砕き、木山の教え子たちを無事に回復させることができた。
その後、二人が会うことはなかった。
学生と科学者、子供と大人。住む世界が違うのかもしれない。
だが。
「……珍しいな、君が私にコンタクトを取ってくるなんて」
学者として復帰した木山が、自身の研究室で美琴を迎えて微笑んだ。
手振りでソファへと促され、応じて腰かける。
瞬間湯沸かし器へ向かう木山を見て、美琴は「雰囲気が変わったな」と思った。
木山は髪を切っていた。
なんでもかつて教師をしていたころの髪型だと言う。
目の下の隈は薄れ、表情も明るく、柔らかくなった。
「お久しぶり、木山せんせい」
「せんせいはよしてくれ。私の教員免許はもう失効してるよ」
紅茶を淹れてくれた木山にくすりと笑いかければ、笑みを返してくる。
「でも、また取ろうとしてるんでしょう? 春上さんと枝先さんが嬉しそうに話してたわ。
『いつか、また木山先生の生徒になれたらいいね』って」
「みんな、学校帰りにしょっちゅうこの研究室へ遊びに来てくれるんだ。初春や佐天と言ったかな。君の友達も一緒に来てくれるよ。
……だが、私が持っていた教員免許は小学校の教員のものなんだ。
場合によっては、大学に入り直すことを検討しないといけないな」
明るくなった表情で、木山はくすくすと笑った。
「それで」
しばしの雑談の後、木山が姿勢を正した。
「そろそろ君が訪ねてきた本題を聞こうか」
研究者としての真面目な顔と、元教師としての柔らかな瞳を美琴に向ける。
「……実は、友人が大怪我をしたの」
少なくなった紅茶で、口を潤す。
「全身ボロボロで、死んでもおかしくないような状態で……。
でも、目を覚ましてくれた。だけど……」
「何か、問題があったんだね」
「……記憶を、失っていたの」
上条が目を覚ました時の事を思い出し、美琴は俯く。
不安を宿した目と、怯えきった顔。
「何もかも」を忘れてしまったことに気付いた時の彼の表情は、今も目に焼き付いている。
あの時の衝撃と驚愕は決して忘れることは無いだろう。
「以前の大怪我で、、彼は脳にダメージを負っていたの。
お医者さまの話では、それが悪化したのではないかって」
「ふむ……」
木山はしばらく考え込んだあと、自分のデスクから数枚の資料を持ってくる。
「君のお友達の名前は、ひょっとして『上条当麻』くんだったりするのかな」
「え……?」
美琴は予期せぬところで聞いた彼の名前に、どきりとする。
「実はね、私は彼の事について別の人からも相談を受けていたんだよ。
ほら、私が冥土帰しとも知り合いだと言うことは君も知っているだろう?」
「あ……」
『乱雑解放』事件の時、木山に協力し彼女たちの生徒を救おうとしていたのはまぎれもない冥土帰しその人だ。
彼は上条の主治医でもあり、木山は脳についての専門家でもある。そのつながりなのだろう。
「上条くんのことについて、彼から意見を求められたんだ。
どうにか、記憶を取り戻す方法は無いか、とね」
「何か、方法は無いのかな……?」
美琴はすがるような思いで木山に迫る。
これまで、レベル5という権威をかざして何人もの医者や研究者たちに意見を求めてきた。
だが、これまでに芳しい答えは得られていない。
医者ではない木山にコンタクトを取ったのも、彼女が大脳生理学の第一人者だからだ。
ロシアで医者ははっきりと、「7月28日以前の記憶は戻る事は無い」と告げた。
ならば、せめてそれ以後の記憶は取り戻してやりたい。
だが。
「難しいだろうね……。脳細胞はデリケートだ。
休養と投薬、カウンセリングでゆっくりと癒していくほかないだろう。
私は医者ではなく、ただの研究者にすぎないんだ。
冥土帰しにできないことが、私にできるとは思わないよ」
力になれなくてすまないね、と力なく笑う木山に、美琴は考えていた案を出す。
「以前、私は木山せんせいと戦ったわよね」
「『幻想御手』事件だね。あの時は迷惑をかけた」
「あの時起こった、不思議な現象の事を覚えてる?」
「……ああ」
木山は昔の出来事を懐かしむような遠い目をする。
木山は研究者であって、戦いの訓練を受けているわけではない。
油断した彼女は美琴の不意打ちを食らい、至近距離から高圧電流を受けた。
その時に起きた、不思議な現象。
電流を通じ、互いの脳波が混線したのか、一時的なネットワークを形成したのかはわからない。
けれども、その時美琴は確かに見た。
木山春生の心の奥に眠る、トラウマにも近い記憶を。
「……だが、あれは恐らくは偶然の産物だろう。
あれを使って上条くんの記憶を引っ張り出そうというのは、無茶だよ。
まさか大怪我をしている彼に、回線がつながるまで電流を浴びせ続けるわけにもいくまい」
「……そうよね、そもそも、電撃はあいつの能力で打ち消されちゃうし」
「なら、あの現象で記憶をどうこうするのは無理だろう。
あれは、あくまで君の能力ありきでの現象ではないのか?」
「……だよね」
美琴だって、最初からこれが上手く行くとは思っていない。
「……脳波ネットワークはダメかな?」
「『幻想御手』のような?」
同一の脳波パターンを持つ人間の脳をつないでネットワークを構築することで、ある程度の情報のやり取りをすることができるようになる。
『幻想御手』はその理論を応用し、『自分だけの現実』や演算能力を融通しあうことで能力強度を引き上げていた。
「だが、あれには副作用があるのは知っているだろう。
第一あれは全て警備員に接収されたし、ネット上に流されたものも今や……」
「違うわ」
木山の言葉を途中で遮る。
「私が使おうとしているのは、ミサカネットワーク」
「……っ!?」
木山の顔にまず浮かんだのは驚愕だった。それはすぐに憐憫へと変わる。
『ミサカネットワーク』。これが美琴の口から出てくると言うことが意味することとは、つまり。
「…………そうか、君も、知ってしまったのか」
「……ええ。『乱雑解放』事件の、すぐあとに。
『幻想御手』事件の時に木山せんせいが言い残したのは、"妹達"のことだったのよね?」
「……ああ」
木山はどっと疲れたような顔で、ソファに背を預けた。
「……君には、謝らないといけないな。
君の"妹たち"のことを知った時、私がまず思ったのは『これを応用すればあの子たちを救える』、ただその一点だった。
学園都市の闇を憎み続けていたはずなのに、私もいつのまにか闇に染まっていたのかもしれない」
「木山せんせいが謝る事じゃないわ。
悪いのは、人の命を命と思わないような学園都市の闇と、不用意にDNAマップを提供した私と、それと……」
白い悪魔のような男を思い出し、美琴は唇をかむ。
「……話がそれたわ。
妹たちのミサカネットワークは、脳波を互いの能力で補正し合ってネットワークを構築しているの。
そのネットワークを使って、記憶、感情、経験、感覚あらゆるデータをリアルタイムでやりとりできる。
それを応用すれば、彼の記憶をネットワーク経由で引っ張りだすことができるんじゃないかしら?」
「……どうだろうな」
妹たちが互いの脳波を補正し合いネットワークを構築できるのは、彼女たちが同じDNAからのクローンであり、
また同じ調整を受けたために、基本的な脳波パターンが酷似しているということが大きい。
美琴と違いレベル2~3相当の力しか持たない彼女たちの力では精度が劣り、全く異なる上条の脳波に合わせることは難しいのではないか。
無理に合わせようとすれば、『幻想御手』の副作用のように、両者が昏睡状態に陥ってしまう可能性もある。
「だから、私が彼と妹達の中継役をやるの」
レベル5の電撃使い(エレクトロマスター)、『超電磁砲』である御坂美琴。
彼女の力をもってすれば、特定波長の電気信号を別の波長へと変換することなどわけもない。
つまり、上条の脳波を読み取り、美琴の体と脳を使って変換し、妹たちへと伝達する。
いわば異なる周波数を合わせる変換コネクタのような働きをすることで、妹たちは上条のデータを安全に受け取ることができるのではないか。
上条の脳波をいじるわけではないから、彼は昏睡へは陥らない。
美琴は能力を使い互いの波長を合わせるだけだから、彼女は昏睡へは陥らない。
妹達も上条と同様に大きく脳波をいじるわけではないので、彼女たちは昏睡へは陥らない。
「……ふむ」
木山は目を閉じ、しばらく考え込んでいた。
「……悪くないアイデアだとは思うが、いくつか疑問点があるな」
「何かしら?」
「一つは、彼の容体についてだ。
彼の記憶障害は脳損傷による構造上の問題によるものだろう。
いわば、物理的に壊れかけたHDD(ハードディスク・ドライブ)と言ったところかな。
そこからでも、君は情報を読み出せるのかな?」
「それは……」
通常のHDDであれば、問題なく読み出すことができる。
だが、物理的に損壊したものとなると、恐らく難しいだろう、と言わざるを得ない。
HDDが納めている情報は磁気信号としてプラッタに記録されている。
磁気信号を電気信号に変換する機構が生きているならばともかく、磁気信号からそのままデータを抜き出そうとすれば、
彼女の能力の余波を受けて、もしかしたら情報そのものが消えてしまう可能性がある。
同じ事が大ダメージを受けている上条の脳にも言える。
活性状態が低下している上条の脳から無理やりにでもアクセスし情報を抜き出そうとすれば、
かえって彼の状態を悪化させてしまう可能性があるのではないだろうか?
人の脳はきわめて繊細だ。
ダメージを受けた所へ更に高負荷をかけたならば、どのような結果になるかは予測不可能だ。
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