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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
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「……騒がしいやつだったな」
「そうね。アレでも、あんたを見つけるのに助けてくれた恩人なんだけど。
……あ! お礼言うの忘れてたわ。ちょっと言ってくるわね」
美琴はそう言うと、部屋を慌てて飛び出して行った。
一人残された上条は、ベッドの上に体を投げ出した。
今までに訪れた見舞客の一人一人をしっかり思い返そうとする。
見舞客のほとんどは、上条に対し強い感謝を伝えてきた。
それが何だか面映ゆくもあり、また奇妙な感覚でもあった。
自分は何もしていないのに。
五和という少女は、涙をこぼしながらなかなか彼の手を放そうとしなかった。
建宮という青年は、何かあったらいつでも我らを呼んで欲しい、と自分の電話番号を押しつけて行った。
本当に、過去の自分は何をしたのだろう。
彼らが過去の自分に対して向ける気持ちを、今の自分が受け取ってもいいのだろうか。
見舞客と言えば。
「あの子、来ないな……」
白い修道服を纏った少女。
昨日は一日中話をしていたものの、今日は一度も顔を見ていない。
その時、病室のドアが開いた。
赤髪に黒い僧衣を纏った大男と、白い修道服に身を包んだ銀髪の少女だ。
二人とも大きな荷物を抱えている。
ふとステイルと目が合うが、向こうからふいと視線をそらされてしまう。
「……インデックス、荷物を預かるよ」
荷物を受け取り、ステイルは再び廊下へと出て行った。
インデックスは上条のベッドへと近寄る。
しばらく、なにを話していいか分からず、二人は見つめ合っていた。
「……とうま」
話を切り出したのはインデックス。
「……最初はとうまの家のベランダから始まったんだよ。
ご飯を食べさせてくれて、魔術師から助けてくれて、私の『首輪』も壊してくれて。
それから、いろんなことがあって。
こもえとか、あいさとか、みことやクールビューティとか、ひょうかとか、おるそらとか、天草式のみんなとか、いろんな人にも会ったよね。
それぞれ一人一人と大変な記憶や大切な思い出があるんだよ」
「……ん」
大まかなことは、既に聞いた。
実感は持てないけれど、それでも確かにあったことだというのも。
少女は語る。
「私は、とうまと過ごした三か月を絶対に忘れない。
あなたが全てを忘れても、私は何一つ永遠に忘れない。
それが、『完全記憶能力』を持つ私に与えられた役目だと思うから」
それは、昔誰かがどこかで誓った事にも似ていて。
「とうま」
フードがずれることも気にせず、少女はぺこりと頭を下げる。
「ありがとう」
助けてくれたことに。救ってくれたことに。楽しい日々をくれたことに。
謝罪の言葉でもなく、自責の言葉でもなく、ただただ感謝の言葉を。
目の前の少年が一番喜ぶのはそれだと、良く分かっているから。
「……それじゃあ、そろそろ行くんだよ。
私の為にみんな待ってくれているみたいだから」
そういって、少女は踵を返そうとするが、
「インデックス」
不意に呼びとめられ、その足を止める。
振り返ると、上条は難しい顔をしていた。
何かを言わなければ、と思う。
頭の奥が、心の底が何かを叫んでいる。
それでも、今の上条には何を言うべきか分からなくて。
「あ……その、だな」
頭と心をフル稼働させ、必死に考える。
その末に絞り出せたのは、たった一言。
「ま、またな」
それは、再会を約す言葉。
とても短く、聞き方によっては淡泊にも聞こえる言葉。
だが。
それでもインデックスは、
「うんっ!!」
破顔の笑みで、それに答えた。
「あんなに短くて、良かったのかい?」
病院から離れゆくバスの最後尾で、ステイルがインデックスに問う。
バスは定期便ではなく、チャーターした観光客用のものだ。
皆一様に静かで、雰囲気は重い。
「良いんだよ」
インデックスは靴を脱いで後ろ向きに座り、遠くなりつつある病院を見つめながら答えた。
上条らは数日中にも学園都市へと帰るのだと言う。
「これで今生の別れってわけでもないんだし」
インデックスの胸に宿る、再会を約した言葉。
それがあるから、今日は笑って別れることが出来る。
やがてバスは道を曲がり、病院は見えなくなる。
インデックスは小さく手を振った。
「またね、とうま」
──願わくば、再会が近かりしことを。
今日はここまでです
ここまででロシア編は終わり、舞台は学園都市へと移ります
記憶を失った上条当麻と、インデックスに彼を支えて欲しいと頼まれた御坂美琴のお話が中心でしょうか
もちろん、それだけではありませんが……
新年度という都合上書く時間が少なくなりそうなので、少しゆっくりと書いて行きます
書き溜めのストックが割と少なくなりつつ……orz
ここまででロシア編は終わり、舞台は学園都市へと移ります
記憶を失った上条当麻と、インデックスに彼を支えて欲しいと頼まれた御坂美琴のお話が中心でしょうか
もちろん、それだけではありませんが……
新年度という都合上書く時間が少なくなりそうなので、少しゆっくりと書いて行きます
書き溜めのストックが割と少なくなりつつ……orz
でも結局インデックスはロシア偏で知ることになるだろ?
あれ?
原作といろんなSSが混じってるかも・・・・・・wwwwwwwwww
あれ?
原作といろんなSSが混じってるかも・・・・・・wwwwwwwwww
乙!!
インデックスが健気すぎて涙腺が崩壊した(ToT)
これからも期待してます
インデックスが健気すぎて涙腺が崩壊した(ToT)
これからも期待してます
美琴もインデックスも可愛すぎてやばい
乙なの~期待してますぜ
乙なの~期待してますぜ
正直こういうのを新約に期待してたんだが
それをなんだ、「ひさしぶり」とかふざけてんのか
新約発売前に作者をふせて原作とこのss比較できたら
こっちのほうが新約と答えてたわ
それをなんだ、「ひさしぶり」とかふざけてんのか
新約発売前に作者をふせて原作とこのss比較できたら
こっちのほうが新約と答えてたわ
確かに新訳よりおもしろいよなぁwwwwww
かまちー・・・
いや、でもまだ帰ってきただけで、どうやって帰ってきたのか、インデックスとどう出会ったのかってがまだ描かれてないから新訳2巻に期待しようwwww
でもはっきりいってインデックスいらないおwwwwww
かまちー・・・
いや、でもまだ帰ってきただけで、どうやって帰ってきたのか、インデックスとどう出会ったのかってがまだ描かれてないから新訳2巻に期待しようwwww
でもはっきりいってインデックスいらないおwwwwww
あそこで「ひさしぶり」だからこそ俺は原作が好きなんだが間違ってるか?
面白さはSSに任せておけばいい
面白さはSSに任せておけばいい
書き手マンセーとか日常茶飯事なんだから勝手に言わせておけばおk
新約を読んですらいない俺には判断基準がないぜ
そうか上条さん生きてたのか…まぁそうだよな
そうか上条さん生きてたのか…まぁそうだよな
こんばんは
たくさんのレスありがとうございます
二次創作というものは、物語の基礎となる原作があってこそのものだと思いますので
そんな原作より面白いだなんてとてもとてもorz
新約二巻では、上条さんとインデックスや美琴の再会話が読めると良いですね
では今日の分を投下していきます
たくさんのレスありがとうございます
二次創作というものは、物語の基礎となる原作があってこそのものだと思いますので
そんな原作より面白いだなんてとてもとてもorz
新約二巻では、上条さんとインデックスや美琴の再会話が読めると良いですね
では今日の分を投下していきます
11月15日。
学園都市にある、とある病院。
「わーい、黒蜜堂のプリンだー、ってミサカはミサカは狂喜乱舞!」
「ちょっと最終信号、暴れないでよ鬱陶しいから」
デザートのカップを持ちベッドの上で飛び跳ねる打ち止めを、うるさそうに見る番外個体。
左腕で頭を掴み、無理やり座らせる。
「……うー、だってあの人が甘いものを買ってきてくれるなんて初めてなんだもん、ってミサカはミサカは自己弁護してみる」
「いひひ、確かにあの顔で『プリンくださァい』なんて言ってるところなんか想像できないもんね」
二人はベッドのサイドテーブルに置かれたプリンの詰め合わせの箱を見、そして壁に寄りかかっている人物に視線を移した。
苦いものをバケツ一杯飲みほしたような顔をしているのは、一方通行。
「……見舞いつったら、甘いモンだろォが」
「あなたにそんな甲斐性があるなんて知らなかったよ」
「うるせェ、文句があるなら食うンじゃねェ」
「文句が無くても食べられないんだけど」
「あァ?」
「これで、どうやって食べろっていうのさ」
番外個体はわざとらしくギプスに包まれた右腕を上げて見せた。
ロシアの雪原で一方通行が砕いた腕は未だ完治していない。
確かに、この状態では封を開けることは難しいだろう。
「まさかレディに歯を使って開けろなんて言わないよね」
「レディなンざ俺の視界にはいないンだが」
「ひっどーい、これでもミサカは常盤台の電撃姫の妹だよ?」
番外個体はわざとらしく口笛を吹いて見せる。
「あー、誰かに砕かれた右腕が痛いなーミサカはプリン食べるの初めてなのになー右腕が治るまでお預けかー残念だなー」
「完治祝いまでクソガキに食われねェよォよく見張っておくンだな」
一方通行はため息をつく。
番外個体はその性質上、いつだってこんな調子だ。
まともにやりあっても無駄に神経をすり減らすだけ。
「打ち止め、他の妹達にもプリンを持って行ってやれ。芳川あたりからだって言ってなァ」
「え、でも買ってきてくれたのはあなたじゃ……」
「俺からって言うより芳川からだって言った方があいつらも美味く食えンだろ」
「う、うん」
若干の疑問を持ちつつも、打ち止めは自分のプリンと共に詰め合わせの箱を持ち、病室を後にした。
残されたのは、一方通行と番外個体。
「お姉様と言えば」
結局一方通行が開けてやったプリンを美味そうに頬張りながら番外個体が言う。
「今ロシアにいるんだって。あなたは知ってた?」
「なンだって、オリジナルがロシアなンかにいンだァ?」
一方通行は訝しく思う。
他の上位レベル5と違い、御坂美琴は唯一暗部に落ちていない。
一山いくらの暗部の人間ならともかく、一般の学生である彼女が戦場に送りこまれることなどあり得ない。
だが、番外個体の浮かれたような表情を見る限り、そんな事情とは無関係のようだ。
「戦地のド真ん中にいる愛しの人を助けるために、超音速機をハイジャックしてロシアまで行っちゃったんだとさ。
にしし、若干歪んだ愛ってやつかなぁ」
「…………はァ?」
頭がその文章の意味を理解するのに、たっぷり10秒はかかった。
大切な人のためにわざわざ戦禍の中心に身を投じるなんて、馬鹿げている。
だが、自分も全く同じだったということに気付き、思わず顔をしかめた。
って来てたああああああああああああああああああああああああああ
気づかなかっtあwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
うはwwwwww
気づかなかっtあwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
うはwwwwww
「お姉様も大胆だよねぇ」
「……ンで、オリジナルのツレってのはどンなやつなンだ?」
「気になるの?」
「……別に」
「あなたの言うヒーローさんだよ。お姉様にとってもね」
「ああ、あの男か」
あの夏の操車場で、ロシアの雪原で、二度も一方通行を打倒したレベル0の男。
超電磁砲にしてみれば、あの男は救世主のような存在に違いない。
「あの男、死ンだとか言ってなかったか?」
「生きてたんだって。大怪我はしてるらしいけど。ロシアのミサカたちが確認済み」
「学園都市の機関に回収されたのか」
「そう。何でも北極海から漂着したところを、偶然お姉様のお父様に拾われたんだってさ」
「オリジナルの父親、ねェ」
「ちなみに、お姉様のお父様は妹たちに接触しようとロシアに来たらしくて、実際に3人のミサカたちが会ってる」
つまりは、『量産型能力者計画』も『絶対能力者進化計画』も知られているということ。
彼にとって、一方通行は娘を一万人以上も殺した大虐殺者ということになるのだろうか。
かつて出会った御坂美鈴は、そのことを知っているのか。
考えても仕方がない。
「オリジナルがロシアにいて、あの野郎とベタベタしてるってのは分かったが、それがどうしたってンだ?」
「ヒーローさんの容体が落ち着いたもんで、今日の午後学園都市に帰ってくるんだってさ。
あの人の主治医は冥土帰しらしいから、きっとこの病院に入院することになるんじゃない?
当然、お姉様がこの病院を訪れる機会は増えるでしょ。
そうすると、そのうちあなたとお姉様がかち合う時が来るんじゃないかって」
一方通行にとって、それは出来得る限り避けたい事態だ。
一方通行の為に、ではなく御坂美琴のために。
彼女にとって、一方通行は妹たちを10000人以上手にかけた快楽殺人鬼だ。
それは未来永劫変わらない認識だろう。
犯した罪は決して消えず、背負った十字架は決して下ろせない。
だから、一方通行とは顔を会わせないほうがいいのだ。
彼女は光の世界の住人だ。
明るく笑っているのが似あうその顔を恐怖と憤怒と憎悪に歪ませ、闇の世界に堕ちてくることなど許してはならない。
「ロシアのミサカが最終信号の存在を明かしちゃったから、あのちびっこに興味しんしんみたいだし。
お姉様と出会うことを避けたいなら、いろいろ考えるべきじゃないかな」
「……そうだなァ。とりあえずは、しばらく様子見しておくか」
美琴が病院を訪れるタイミングを分析し、逆に『訪れそうもないタイミング』を割り出す。
例えば授業のある平日の午前中。例えば門限後の深夜。
「ところでさ、可愛いもの好きのお姉様がちびっこときゃっきゃうふふするのは良いんだけどさ。
……ミサカはお姉様に会ってもいいのかな」
「……何を気にしてンだよ」
「だって、ミサカは『第三次製造計画』のミサカだよ?
他のミサカとは違う。お姉さまはあなたの実験に投入されるために造られたミサカしかいないと思ってる。
ミサカの存在は、お姉様を傷つけないかな?」
番外個体は心配そうに顔を歪ませる。
この悪意に彩られた少女も、ごく一部の人間に対しては素直なところを持つ。
彼女の悪意が『表層・深層に関係なくミサカネットワーク上の負の感情を拾う』性質に由来しているためだ。
つまり、姉妹が悪感情を抱いていない人間に対しては、案外普通に応答することができる。
逆に姉妹が好感を持っている相手に対しては、わずかではあるが番外個体とてその影響を受ける。
「『絶対能力者進化計画と並行して細々と続けられていた、妹達の改良計画の試作版。
俺の計画の破綻からしばらくして立ち行かなくなり計画は頓挫、お前はその時に放り出された。
作られたのはお前だけで、計画は完全に凍結・破棄済み』」
「何それ」
「お前の『設定』だよ。少なくとも『第三次製造計画』よりはオリジナルへの衝撃は少ねェと思うが」
「……あなたにもそういう気遣いが出来るんだね」
「互いの目的の為に手ェ掴みあったモン同士だ。勝手に潰れられると困ンだよ」
「……ひっひ。そういうとこ、"嫌い"じゃないよ」
番外個体は自分のベッドにぱたりと倒れ込み、静かに目を閉じて言った。
「まあミサカとしてもミサカの目的の為にあなたがいなくなると困るわけだし、癪だけどあなたに便宜を図ってあげる。
お姉様に出会ったらそれとなくスケジュールを聞いてあなたに連絡する。それでいい?」
「あァ、頼む」
「次はショートケーキがいいなぁ。大きなイチゴが乗ったやつ」
「買ってこいってかァ?」
「買ってきてくれないの?」
ニヤニヤと笑う番外個体の顔を見て、一方通行は再び大きなため息をつく。
全く、この姉妹にはかなわない。
上条らは昼前に病院を後にし、医師らとともに空港へと向かった。
戦火により所属していた研究所が放棄された10777号や、学園都市へともに向かう神裂も一緒である。
初冬の空港は雪が積もってはいたものの、滑走路は丁寧に除雪され、青空は十分に飛行可能であることを示している。
国際線ではなく、VIP用のラウンジにて、松葉杖をついた上条は苦い顔をしていた。
「……なぁ御坂さんや」
「何よ」
「何でだろう、俺の心と体が全力で見たこともないはずのあれに乗る事を拒否するんだが」
「はぁ?」
上条が指さしたのは全長数十メートルの機体。上条たちが乗ることになっている機体だ。
銀色に輝く細長いボディはどう見ても超音速機のそれ。
美琴がロシアに来るのに利用した超音速爆撃機にも心なしか似ている。
「あんた、飛行機嫌いなの?」
「さあ。だけどあれ、普通の旅客機じゃないよな?」
「あれはHsシリーズの超音速機ですね。分類としては戦略輸送機になります。
ただ、戦闘能力はさほど無く、平時は主に要人輸送などに使われています、とミサカは簡潔に説明します」
「……そんなものに、どうして俺は拒否反応を示すんでしょう?」
「乗ったことがあるからではないでしょうか? とミサカは推測します」
「……参考までに、Hsシリーズってどれほどの速さが?」
「最高時速7000キロオーバー、日本からフランスまで二時間とかかりません、とミサカは解説します」
「「7000キロ!?」」
上条と美琴は顔を見合わせる。
「フレームがHsシリーズ準拠なので、あれも同じくらいは出るでしょうねぇ、とミサカは胸を高鳴らせつつ答えます。どきどき」
「死んじゃう! 全身ボロボロの俺が乗ったら死んじゃいますぅ!」
「……でもあんたは一刻も早くゲコ太似のお医者さんのところに行かないといけないのよね」
「病院に行くためにわざわざ死ぬ危険を冒す必要はないのでは!?」
「はいはーい、いいから大人しくあれに乗りましょうね。私だって怖いんだから一蓮托生よ」
「気分が悪くなったらミサカが背中をさすってあげます、とミサカはデキる女ぶりをアピールします。
きちんとエチケット袋や飴玉も完備していますよ」
「いらねぇよそんな気遣い! いーやーだー助けて神様ァ!!」
抵抗むなしく、少女ふたりに引きずられていく上条。
彼の断末魔の叫びはラウンジに虚しく響いていた。
10分後。
「あががががががががががががががががががががががががががが、おごごごごごごごごごごごごご」
「……うえぇ」
「おお、これが超音速のG……! とミサカは新感覚にときめきつつ呟きます……!」
襲い来るGに対し、顔をひしゃげさせる上条、青褪めた顔で口元を押さえる美琴、目を輝かせる10777号。
三者三様の反応を示す彼らを乗せ、超音速機は飛行機雲をたなびかせ大空を翔けた。
「はぁ~~~~~…………」
白井黒子は大きなため息をついていた。
愛しの御坂美琴が「親元に戻され」学園都市を離れてから二週間。
彼女の言うところの「お姉様成分」が尽きて久しく、まるで萎れたように生気が無い。
今日も一人さびしくあの部屋に戻るのかと思うと、気が滅入る。
終戦後半月が経過したこともあり、『風紀委員』の非常動員体制も解かれている。
すでに休校措置も解かれ、学園都市内は平穏を取り戻している。
月末に待つ一端覧祭に向けて、再び活気を帯びつつある真っ只中だ。
今日は風紀委員も非番であり、まっすぐ帰る事にする。
「今日は早いのだな、白井」
「寮監さま」
寮のエントランスで、仁王立ちする寮監に出くわした。
「いかがなさいましたの?」
「御坂が帰って来たぞ」
「ええっ!?」
思いがけない喜びに、思わず声が上ずる。
「いっ、いつお戻りになられましたの?」
「今しがただ。部屋で休んでいるぞ」
そう聞くや否や、白井の姿はその場から掻き消えた。
『お姉様~~っ!!』
寮中に響く声は、恐らく自室からだろう。
「……全く、寮内で能力は使用禁止だと言っているだろう……!」
残されたのは、こめかみに青筋を浮かべた寮監のみ。
常盤台中学の女子寮では、超能力の使用は禁止されている。
それが意味していることは、つまり。
白井黒子、死亡確定。
「お姉様~~っ!!」
「だぁ~っ! まとわりつくな鬱陶しい!!」
「常盤台の制服に身を包むお姉様も凛々しく素敵ですが、レアな私服のお姉様もまたとってもCUTE!!
さささお姉様、黒子と写真などいかgぐげぇっ!?」
「疲れたからってごろごろせずにさっさと着替えれば良かったわ」
いきなり眼前に現れ抱きついてきた後輩をげんこつで引きはがしながら、美琴が叫ぶ。
「酷いですの……二週間ぶりにお姉様成分を補給できると思いましたのに」
「どうせさんざっぱら人のベッドで寝たりしてたんでしょ」
「嫌ですのお姉様、いくら黒子とは言えそんなことは」
「じゃあなんであんたの目覚まし時計が私のベッドの上にあるのかしら?」
ひょい、と幾何学的な形をした目覚まし時計を持ち上げる。
「そ、それはその……」
「まったく、あとで私の私物もチェックしないと」
はぁ、と美琴はため息をついた。
そして表情を綻ばせる。
激動の日々から、日常へと帰ってきた実感が今更になって湧いてきた。
「ただいま、黒子」
「お、お帰りなさいませ、お姉様」
「ねぇ黒子、私がいない間、学園都市で何かあった?」
ジャケットを脱ぎ、荷物を広げながら美琴が問う。
「何か、ですの? 戦時特別体制が解かれてからは何も……。
そういえば、学生が何人か行方不明になっているとか何とか」
「行方不明?」
「ええ。休校措置で浮かれているんだろうとか思われていたそうなのですが、一週間たっても連絡が取れないそうで。
最初は警備員だけで動いていたのですが、最近になって風紀委員にも情報が回ってきましたの」
「意外と多いんだ?」
「第七学区に集中して、10人前後と言ったところでしょうか。
特にお姉様を含むレベル5の半分が所在不明とだということで、警備員は一時大わらわだったそうですわ。
今でも第一位、第二位、第四位の方は見つかっていないとか」
「第一位も……」
その言葉に、美琴の顔つきが険しくなる。
レベル5第一位、『一方通行』。
かつて美琴のクローンを一万人以上嗤いながら殺した、悪魔のような男。
実験が中止され闇に葬られた今、その男は何をしているのだろうか。
「まあそちらに関しては警備員が特別チームを組んで広域捜査をしているそうですし、風紀委員の仕事ではないそうですの。
……お姉様? いかがなさいましたの?」
「……え? ああ。ううん。何でもないわ。続けて続けて」
「?? ええと、行方不明になっている学生はレベル5の方々だけではございませんの。
例えばお姉様が普段から気にかけてらっしゃる、あの類じn……殿方や、そのクラスメイトさんも行方不明になっていたそうですわ。
クラスメイトさん、舞夏さんのお兄様だそうですが、こちらについては数日前にふらりと帰ってこられたそうですが」
「あいつは今入院してるわよ。外で大怪我して入院してて、今日学園都市内に転院だって」
「あらそうでしたの? ……それにしても、良くご存じで」
「まあそりゃあ、ね」
じとーっと見つめてくる白井の視線に、たじたじになってしまう。
言外に「どうして知っているのか」と問う視線に、どう答えるべきか。
当然だが馬鹿正直には話せない。
「メールのやりとりをしてた」と言えば、目の前の後輩は必ず騒ぐだろう。
どうにかうまい言い訳をしようとして、頭に浮かんだのは大覇星祭の時に幾度か会話した上条の両親の姿。
「あ、あいつのお母さんとうちの母が仲良いのよ」
「ッ!? ま、まさかあの殿方とは家族ぐるみの付き合いとかいう奴ですの……?」
「ち、違うわよ!? 夏休みにあいつの実家が確かガス爆発で吹き飛んで、それで引っ越してきた先が私の実家の近くだっただけで!」
「家まで近いですとぉっ!? ……ふ、ふふ、あの類人猿めぇ、とぼけた顔して着々と外堀を埋めにかかっているとは……なんたる策士ッ!
……いいでしょう、この白井黒子、あなたの挑戦を正面から受けて立ちそして粉砕してくれるわァッ!!」
「人の話を聞けやこらァ!!」
再びトランスし始めた後輩を斜め四十五度チョップで修正しつつ、美琴は想いを馳せる。
今頃は、上条当麻が両親と対面しているはずだ。
あの優しそうな両親が哀しむさまは見たくない。
そして、それを見てあの少年が傷つくさまは、もっと見たくない。
学園都市に到着するなり、上条は待機していた救急車に乗せられた。
乗員人数が限られていたので、美琴とは空港で別れた。
運ばれていったのは第七学区にある病院だ。
以前からここには何度もお世話になったのだという。
もはや外されている期間の方が短いらしい名札の貼られた個室に運び込まれると、しばらく待っているように、と看護師は言い残し出て行った。
寝ているだけというのも暇なので、ぼーっと窓の外を見る。
ロシアの雪原の真ん中にあった施設と違い、ここは都市部の中だ。
窓の外には学生が歩いている姿も見える。
そう言えば、自分はどのような制服を着ていたのだろうか?
そんなことを考えていると、病室のドアが開いた。
その音に振り返ると、そこに立っていたのは、二人の男女。
「当麻……!」
「当麻さん……」
当然ながら、上条に見覚えはない。
けれど、自分の名前を知っているということは、以前の知人だったのだろう。
「……えーと、どちらさまですか?」
単純に、名前を聞こうと思った。ただそれだけだった。
しかし、その言葉を聞いた途端、二人の顔が血の気が失せて消えたのが見て取れた。
男性の方がずかずかと上条に近づき、そしてその両肩を掴んだ。
思わず振りほどこうとしたその時、
「……当麻、本当に父さんのことが分からないのか……?」
愕然としたような表情で呟かれた言葉に、力を奪われた。
「……父、さん…………?」
「そうだ。上条刀夜。お前の父親だ。
じゃ、じゃあ、母さんの方はどうだ!?」
上条刀夜と名乗った男性は、傍らの女性を指し示す。
「上条詩菜。当麻の母さんだよ」
「…………」
もちろん、分かるはずもない。
かといって返す言葉もなく、次第に上条の視線は下がって行く。
その時、上条の両頬がふわりと柔らかいものに包まれる。
詩菜の両手だ。
「……当麻さん。当麻さんがどうしてロシアで見つかったのかは、お母さんたちにはわからない。
でも、お医者さまからご連絡をいただいた時、当麻さんの容体も伺っているの。
……記憶喪失、なのでしょう?」
「…………………………………………ああ」
「たとえ、あなたが全てを忘れてしまったとしても。
当麻さん、お母さんとお父さんはあなたの味方です。
思い出せないなら、無理に思い出す必要はありません。
また、思い出を作って行きましょう」
そう言って上条の顔を覗き込む詩菜の柔らかい笑みは、どこまでも優しさと愛情に満たされていて。
思わず母の手に自分の右手を重ねた上条の頬を、涙が一筋伝った。
「そうだぞ、当麻は父さんと母さんの息子で、父さんと母さんは当麻の両親なんだからな!
何があっても、二人は当麻の味方だ。困ったことがあったらすぐになんでも言うんだぞ」
「……うん」
刀夜はにかっと笑い、上条の髪をがしがしと撫でる。
上条はそれをくすぐったそうに受け入れることしかできなかった。
しばらくして、カエルのような顔の医者が数人のスタッフを伴い現れた。
スタッフたちは医者の指示で上条をストレッチャーに乗せると、どこかへ運び出して行った。
改めて、全身の精密検査をするのだという。
残された医者は刀夜と詩菜に、人好きのする笑顔を向けた。
「上条当麻くんのご両親でしょうかな?」
「はい。上条刀夜と言います。こちらは妻の詩菜です」
「どうも。僕は何度か上条くんの治療を担当させていただきましてね?
今回もその縁で、担当医をさせていただきます」
「あの、精密検査って……」
「彼が今まで入院していたところよりも、ここのほうが設備が整っていますからね?
より詳しく調べて、これからの中長期的な治療プランを再検討しようというわけですね」
「当麻さんは、治るのですよね?」
「体の方に関しては、心配はいらないでしょうね?
彼ほど体力と回復力に溢れた子はそうそういないでしょうね。
検査のほうはうちのスタッフがやってくれますから、その間お暇でしょう。
よろしければ、僕のオフィスで彼の状態についてお話したいと思います。
ご両親に会いたい、という人もいますしね?」
誰だろうと思い、場所を冥土帰しのオフィスへと移す。
そこで待っていたのは、神妙な面持ちの、長い黒髪を垂らした女性。彼女は上条夫妻の姿を認めると、ぴっと背筋を伸ばした。
「初めまして、神裂火織と申します」
「どうも初めまして、上条刀夜、当麻の父です。こちらは妻の詩菜。
……あの、ご用と言うのは? 当麻とはどのようなご関係で?」
「友人、だと思います。彼がそう思ってくれていればですが。
お話したいことと言うのは、上条当麻……さんのことについてです」
「当麻さんのことについて、ですか」
「はい。彼にロシアで何が起こったか、ということと、それ以前に起きたことについてです」
「というと……? 当麻は、ここしばらく厄介事に巻き込まれていたということになるわけですか」
「と言うより、私たちが彼を巻き込んだ、というほうが正しいでしょうか」
そう言うなり、神裂は立ち上がり、上条夫妻に対し深々と頭を下げた。
「この度は、大変に申し訳ありません!」
「……神裂さん、私たちはまだ事情がつかめずにいるんです。
まずはお話しいただかないことには、私たちもどう反応してよいやら」
神裂が顔を上げてみれば、上条夫妻もカエル顔の医者も困惑したような顔を向けている。
「……患者さんのプライバシーだ。僕が聞かないほうがいい話なら、席を外すよ?」
「いえ、出来れば一緒に聞いてください。もしかしたら科学サイドからのアプローチで、彼を治療できるかも知れませんし。
……上条さん、きっと今から私が話すことは、容易には信じられないかもしれません。
絵空事だと思われるかもしれない。空想だと断じられるかもしれない。もしかしたら私の頭がおかしいのだと感じられるかもしれません。
けれども、全て実際にあったことです」
「……全て、当麻が体験した事だと?」
「あくまで私たちから見たお話になりますので、欠けているところ、足りないところはあると思います。
私自身、あまり口が上手なたちではありませんので。
でも、全てまぎれもない事実です。そのことを念頭に置いてお聞きいただければ、と思います」
刀夜は詩菜と顔を見合わせ、一度頷き合う。
「聞かせてください。真贋はそのあとで判断します」
「では、お話します。
……まずは、私や同僚が、上条当麻さんと初めて出会った時のことになります────」
神裂の話は、上条夫妻の常識を根底から覆すような、驚くべきものだった。
およそ一概には理解しがたい話ではあったが、それでも得心がいく事柄もあり。
こうして、上条夫妻は息子を取り巻く状況、そしてもう一つの世界である"魔術サイド"について知ることとなる。
「疲れた……」
幾多もの検査を終えた上条は、戻ってきた病室のベッドの上でぐったりとしていた。
用途の分からない大きな機械に囲まれる病院の検査は、びっくりするほど神経をすり減らすものだ。
超音速機に半時間も揺られ続けた疲れも相まって、もはやグロッキー状態だ。
ふと、サイドテーブルにアルバムのようなものが数冊置かれていることに気がついた。
両親が持ってきたのだろうか、『当麻 成長の歩み』とタイトルが付けられたそれは当然のように上条の心を引きつける。
一冊を取り上げ、開いてみた。
『当麻8歳 一端覧祭にて』
演劇の出し物だろうか、木を模した小道具から顔だけ出している小さな自分が映っている。
コミカルな姿と、きりりとした顔がなんともアンバランスだ。
『当麻12歳 大覇星祭にて』
そう注のついた写真の中では、少し大きくなった自分が一位と書かれた旗を握っている。
両膝に貼られたばんそうこうには血がにじんでいたが、そんな痛々しさは微塵も感じさせないくらいに明るく笑っていた。
他にもいくつもの父と母と自分が紡いだ想い出が、そのアルバムには詰まっている。
けれども、自分の中にはそれが存在しない。
それが寂しくて、哀しくて。
心の穴を埋めるかのように、上条はアルバムへと没頭していった。
「────以上が、私たちの知り得る全てです」
知る限りすべてを話し終えた神裂が、再び頭を深く下げる。
二人はどのような表情をしているのだろうか。
かつての一人息子はもう戻らないという悲嘆。それを引き起こした神裂らへの憤怒。
ほぼ腰を垂直に曲げた彼女には、上条夫妻の顔は伺えない。
「……神裂さん」
やや間を置いて、刀夜が口を開いた。
「あなたのおっしゃったことが全て本当かは、私には分からない。
それは私たちの理解の範疇の外にある事象で、本当だとも嘘だとも断じることはできないのです。
ただ、当麻が記憶を失った、脳に損傷を受けた、ということは事実だとお医者さまはおっしゃりました。
その事実をふまえ、あなたの説明が本当だと仮定したうえで、お聞きしたいことがあります」
「……なんなりと」
神裂は顔を上げ、刀夜の目を見る。
視線を外さないのは、せめて誠実でありたいと言う心のあらわれ。
「当麻は、自発的に行動したのですか? それとも、あなた方が強制したのですか?」
その問いに、神裂は答えに詰まる。
例えば上条当麻がインデックスの生命と宿命を救い、代わりに彼の人格が死んだ夜の出来事については、彼の自発的な行動と言っていいだろう。
上条当麻にはインデックスを見捨てる、または大人しく神裂らの手に引き渡すと言う選択肢もあった。
だが彼はそれを良しとせず、抗い、戦い、そして「死んだ」。
しかし、中には否応なく魔術サイドが彼を状況に引きずりこんだこともある。
イタリアやフランス、イギリスのクーデター鎮圧戦では、上条当麻の力は欠かせなかった。
故にコーディネーターとも言うべき立場の土御門を使って、学園都市から連れ出し、戦わせた。
魔術サイド自体が彼に危害を加えようとしたこともあった。
シェリー=クロムウェルの件や「神の右席」との激闘は、明確に彼個人を狙ったものだ。
結局、二択のどちらとも答えられず、神裂は見てきたままを答えることにした。
「彼から飛び込んできたことも、こちらから協力を要請したこともあります。
不本意ではありますが、彼を状況に巻き込んでしまったことも」
「では、あの子が自分から逃げ出したことは?」
「私の知る限り、ありません。彼はいつだって勇敢に戦い、私たちを助けてくれました」
「……そうですか」
神裂は自分で発した言葉に、自らの弱さが情けなくなる。
上条当麻はただの学生だ。魔術の世界に触れてはいるが、それでも守られるべき一般人のはずだ。
そんな彼に助けられ、代わりに傷を負わせて、何が魔術師だ。何が女教皇だ。何が聖人だ。
そんな神裂の心中を察したのだろう。刀夜は柔らかい笑みを神裂に向ける。
「……そんな顔をしないでください。
あの子は逃げなかった。つまり、戦うことを自分で決めた。そう言うことなのでしょう。
私はあの子を一人の男だと認めている。あの子が自分で決めたことなら、私は口をはさむつもりはない。
その行動の果てに訪れる結果だって、きちんと受け止めてやるつもりです。
だから、私は何も言わない」
そう言った刀夜は誇らしさと悲しさの入り混じった複雑な表情を見せた。
「……神裂さんは、『不幸体質』というものを信じますか?」
「……不幸、ですか」
神裂のあまり好きではないワード。同時に、上条当麻の口癖でもある。
「世の中には運のいい人と悪い人がいます。
例えば一枚のくじで一等を引く人、100枚買っても一枚も当らない人、と言うように。
当麻さんはその中でも、相当に不運な子供でした」
「道を歩けば財布を落とす。家のカギを失くす。
当たり付きのお菓子をいくら買おうが、当たりなんか出やしない。
自販機にお金を入れれば飲みこまれ、ものを置けばどこかへと消え、買ったものは不良品。
……まあ、このくらいは息をするのと同じくらい日常的に起こりました。
その果てについたあだ名が、……『厄病神』」
「……ですが、それくらいのことは誰にだって起こりえるのでは?」
「これくらいなら、ですけどね」
刀夜の表情は、落ち込んで行く。
「ですが、それ以上の事だって、何度もありました」
「例えば、借金に追われ破れかぶれになった男に、包丁で刺される。
例えば、風に煽られた看板が、あの子の上に降ってくる。
例えば、青信号で横断歩道を渡っているところに、居眠り運転の車が突っ込んでくる。
……一生のうち、こんな目に何度も遭うと思いますか?
あの子が幼稚園を卒業するころ、大怪我で入院した回数は既に10回を越えていた。
私や妻も、一緒に大怪我をして病院に運び込まれたことが何回もあります」
「そんな当麻さんを、周りの人間は遠ざけました。
不運な人間のそばにいて、自分まで不運を移されてはたまらない、とでもお思いになられたのでしょうね。
原因も、根拠もなく、ただ不運だというだけで、あの子はいわれもない汚名をかぶせられなければならなかった。
だから、私たちはあの子を学園都市に送ったんです。
不運だから。厄病神だから。そんな迷信染みたことを言う人間のいない、科学と技術が統べる世界へ」
刀夜も詩菜も、心の奥に閉じ込めた激情を表に出さないためか、奥歯を噛みしめるかのような表情をしている。
「もちろん、そんなことであの子の不運は変わりはしなかった。
だけど、そのことであの子を厄病神扱いする人間もいなかった。
……本当に嬉しかった。いつも寂しそうに一人で遊んでいたあの子が、友人たちと楽しそうに写した写真を送ってきた時は」
刀夜は財布から一枚の古びた写真を取り出した。
あちこち擦り切れてはいるが、確かに友人たちに囲まれた幼い上条当麻の姿が分かる。
その表情は、満面の笑み。
思わず両親に伝えたくなるほど、友人ができたことが嬉しかったのだろう。
それは、両親にとっても同じ。
刀夜はとても愛おしそうに、写真の表面を撫でた。
「当麻さんが大怪我をする回数は減ったわけではありません。
だけどもそれは、以前のように単にあの子が不運だから、というわけではないんです。
聞くところによると、不良に絡まれていた見ず知らずの子を助けて代わりに殴られた、というパターンが多かったそうです」
「それを聞いて、私は嬉しかった。
息子が傷つけられているのに喜ぶ、という時点で親失格かもしれませんがね。
だけど、それでもあの子が他人のことを思いやれるように育ってくれたってことが嬉しかったんです。
なんせ、幼いころの当麻にとって、『他人』とは『あの子を傷つける存在』と同義でしたから」
「そうですね、学園都市に預けて、本当に良かったと思いました」
「だけど、あの子が誰かを助けて代わりに傷ついた時、私は誇らしいと同時に怖くなったんです。
今回は大したこともなかったけれども、このままではいつか本当に死んでしまうような怪我を負ってしまうのではないかと。
あの子の不運体質そのものは、何も解決していないのではないかと」
その言葉は、神裂の心にも突き刺さる。
上条当麻は右腕一本を武器に、いつだって傷つきながら戦っている。
防御術式の援護は受けられない。
治療術式だって、組むそばから彼の右腕が破壊する。
『必要悪の教会』のメンバーの誰よりも、彼は過酷な条件で戦ってきた。
全ての異能を駆逐する『幻想殺し』によるアドバンテージなど微々たるもの。
その証拠に、彼と魔術サイドが交差したほぼ全ての事件で、彼は瀕死状態にまで追い込まれている。
この度の第三次世界大戦など、一時は生存の絶望視さえされたではないか。
「結局は、あの子の不運のために、私たちは何もしてやれることが出来ないのか。
そんな無気力感の中で、私たちは生きてきたんです。
出張のたびにあちこちで厄除けや開運のお守りを買い漁ったりもしましたが、気休めにもなりゃしない」
神裂は上条家にずらりと並べられた、地域も宗教も祀られた神すらバラバラのお守りたちを思い出した。
それが裏目に出て『御使堕し』を引き起こしてしまったけれども、あれは全て上条当麻の幸せを祈って収集されたもの。
「……だけど、私たちは間違っていたんだ。
あの子が傷つくとか、何もしてやれないとか、私たちがそう考えることには何の意味もなかった。
あの子は、そんな私たちの心配なんか最初から飛び越えたところにいたんだ」
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