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    元スレ麦野「ねぇ、そこのおに~さん」2

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    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★
    タグ : - 麦野「ねぇ、そこのおに~さん」 + - フレンダ + - ヤンデレ + - 上条 + - 佐天 + - 滝壺 + - 絹旗 + - 美イン + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    751 :

    むぎのん、死亡フラグ立ってね?

    752 :

    >>751
    それをおるのが変態を集め極めた者が集うグループがおるんやでー

    753 :

    多少なりともブラックラグーンの影響受けてんのかな?

    754 :

    とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
    本日の投下はいつも通り21時頃になると思います。それでは失礼いたします…

    755 :

    舞ってる

    756 = 468 :

    ~回想・退院前夜~

    電話の『あんたってさー、もしかして殺しながらイッちゃう人?濡れちゃう人?』

    麦野『人を変態みたいに言わないでもらえるかしら?』

    電話の『だってさー、あんたの殺し方ってもう滅茶苦茶の無茶苦茶のぐちゃぐちゃじゃない?クリーニングが毎度毎度大変なんだって下の連中ボヤいてるんだよー?』

    麦野『ああそう。ドブさらいにもゴミ掃除にも役に立たないってならこっちからクビ切ってやるよ。文字通り』

    電話の『こいつときたらー!』

    あれはいつだったか…上条が入院してる間に入って来た飛び込みの『仕事』だった。
    内容は外部に学園都市の最先端技術を横流ししようとしてた馬鹿共の後始末。
    何人バラ肉に変えたはカウントしてない。あれだけバラバラにすれば数えるのも一苦労だし、何より無意味だ。
    要は『動いてる人間』がいなくなるまで殺し尽くせば済む話なんだから。

    私が仕事の任務完了の報告を『電話の女』に入れ、『クリーニング』を下部組織の連中に丸投げした頃に始まったのだ。この女の毎度のくだらない世間話が。
    私は送り迎えのトレーラーの中で携帯電話に適当に相槌をうちながらも辟易していた。
    ハイテンションな合成音でまくし立てられるのにもささくれ立った神経に障る。

    電話の『ねえねえ?でもどうなの?そこんとこどうなの?』

    麦野『何が』

    電話の『人殺した夜、身体が火照ったり性感高まったりしない?』

    麦野『しねえよ。テメエどこのイタ電男だよ。テレクラに登録した覚えだってないわよ』

    電話の『失礼しちゃうわねー!あっ、わかった!私わかっちゃった♪』

    麦野『聞きなよ人の話』

    ビジネスライクを気取る訳じゃないけど、仕事以外で仕事の人間と長々とくっちゃべる趣味なんて私にはない。
    一仕事終え、深夜のハイウェイから流れる夜景を見ている間に眠り込んだ滝壺よろしくさっさと休みたい。
    そして一休みしたら…上条に会いに行きたい。確かもうすぐ退院のはずなんだけど

    電話の『ものっすごい人殺した後の罪悪感いっぱいのダウナー状態でクチュクチュしてるんでしょー?“人殺しの私ってなんて最低な女なんだろう”って!』

    麦野『………………』

    電話の『“殺したくないのにー!”って、陰気臭い雰囲気の中でする××××ってのもまた一味違うよねー』

    757 = 468 :

    ~2~

    こいつが電話越しなのが幸いで不幸だった。幸いなのは曲なりにもこいつが私達の上司みたいなもんだから。
    不幸なのはこのさっきから私が握る携帯をミシミシ言わせ、血管が細い束ごと千切れて行くような怒りを煽るその口調と内容だ。

    電話の『なんだったら今電話でお相手してあげよっか?女同士の電話Hってのも悪くないわねー。あんた私の好みじゃないけど。私的に最近ヒットなのは赤毛の案内人の子かなー?その気なさそうだけど私らの業界じゃあの娘みたいなタイプどストライク…』

    麦野『…いい加減テメエの口から出る屁の匂いは嗅ぎ飽きた。巫山戯けてんなら切るわよ』

    電話の『こいつー!で・も・さ』

    頭の中でこの女をバラバラのミンチにしてやる所を私は想像する。
    だけど声しかわからないから人物像が朧気にしか浮かんで来ない。
    やっぱり電話で良かった。目の前にいたらカウントされないバラ肉の一つに変えてやる所だ。

    電話『あんた、人間が大嫌いで殺しが大好きだろ?』

    麦野『…テメエがテレフォンカウンセラーだっただなんて初めて聞いたよ。やっぱりテメエはいつかバラしてやる』

    電話の『まあまあしゃべらせてよ。あんたの殺しはさあ、無駄が多いんだよ。あそこまでやんなくたって人は死ぬ訳だし、手間で言えば雑草引っこ抜くようなもんじゃない?違うかなー?違わないよねー?』

    私は頭の中で何度目になるかわからないゴアシーンを中断させて上条の事を考える。
    路地裏で出会したレベル0。そして私を救い出した無能力者。今日紅茶を淹れてあげたら吃驚してた。
    マリアージュフレールのベリーフレンチ。私のお気に入り。好み似てるのかな?

    電話の『かと言って威嚇と見せしめってのもちょっと違うよね?そんなもんにヒー!ってビビるような一般ピーポーは暗部になんて堕ちて来ないし、今回のはフラスコとビーカーがお友達の研究者達ばっかりだったし?』

    それだけに、帰りの歩道橋で出会したあのグラサンアロハの野郎が1日の終わりを盛大にぶち壊しにしてくれた。
    上層部からのメッセージってなに?このレズだかバイだかわかんない電話の女からは今のところ一言もないんだけど?

    電話の『――結論。あんた、血見ないと生きていけないよ。熱上げてる男の子いるみたいだけど、痛い目見る前に身引いたら?』

    758 = 468 :

    ~3~

    麦野『――女ぁ。何言ってるかわかんないんだけどさあ…電波悪いんじゃない?』

    電話の『こいつときたらー!都合の悪い時だけ聞こえないふりはよくないぞー?あんたが最近お熱な男の子、ありゃよしなよ。住んでる世界が違い過ぎる』

    麦野『おい。大概にしとけよこの変態女…テメエ、そんなに死にてえか?』

    電話の『なら聞こえるように言ってあげよう!――ライオンが草食動物と一緒にいれる時は狩りの時だけ。ライオンから狩りは取り上げられないよ。あんたもそう』

    悪寒がした。電話越しで良かった。今、私の背中に冷や汗とも脂汗ともつかない嫌な汗が流れてる。
    なんなんだ?あのグラサンアロハといい、この学園都市の『闇』はどこからどこまで見通してるって言うの?

    電話の『賭けてもいいよ。いつかあんたはその男の子の命取りになる。あんたがやってもやらなくても、“闇”ってのは夜みたいに簡単に晴れないから“闇”なんだからさ?』

    女は続ける。私が理性がどんなに否定しても、本能や遺伝子レベルで血を見なきゃ気がすまない人間だと。
    そんな私が上条の側に長くいれば、深く接すれば、私を取り巻く“闇”がいつか火の粉を飛ばすと。
    そして今、私にそれを反論出来る材料は見当たらなかった。

    電話の『血で汚れたあんたの身体でも、男なんて立つもんは立つし、優しくしてくれるよヤラせるまでは。顔とスタイルだけは人並み以上にずば抜けてて良かったねー?くうー!美人は得だねっ』

    私の中でその調子外れな口調とボイスチェンジャーの音声が不協和音となって耳朶を逆撫でする。
    気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。この女の後ろに広がる闇の深さに眩暈がする。
    何故?どうして?こんな気持ちになる?ザワザワして落ち着かない?

    電話の『まっ、私からの話はここでおしまいっ。もしあの男の子に諦めついたら電話しといで?身体で慰めてあげちゃうぞ☆ではでは…オーバー♪』

    通話が終わった後…私は悪夢から跳ね起きたように高鳴る動悸に胸を締め付けられた。
    命令も強制もされてはいない。ただ悪戯心の延長で為された忠告に胸騒ぎが止まらない。
    上条は今、私を庇って装甲車に轢殺されかけ入院している…
    そうだ。元を辿れば私だ。私が原因なのだ。

    759 = 468 :

    ~~

    滝壺『むぎの?どうしたの?』

    麦野『…滝壺…』

    滝壺『車、酔った?ひどい顔してるよ』

    携帯電話をしまい、座り直した所で滝壺が目を覚ました。あれだけ長電話に付き合わされりゃそりゃ起きもするか。
    けれど私は今話した内容を言いはしない。私はリーダーだ。『アイテム』を束ねて率いるリーダーだ。
    私が口を滑らせて出した弱音が、どんな事態の引き金になるかわからない。

    麦野『別に。血の匂いにでも酔ったのかしらね。ちょっとばかしやり過ぎたか』

    滝壺『かみじょうの看病疲れかと思った。むぎの、今日もいたもんね。リンゴのウサギさん、美味しかったよ』

    麦野『看病疲れって言うほどの事は何もしてないんだけど?』

    滝壺『でも、奥さんみたいだったよ?』

    麦野『なっ…なに言ってんのよ滝壺…体晶使い過ぎておかしくなったんじゃない?』

    滝壺『むぎの、ひどい』

    べっ、別に私はあんなヤツの事なんて何とも思ってない…そりゃあ、私が追い掛け回して付け狙って待ち伏せして始末しようとした挙げ句ああなっちゃった訳だから…
    別に、あいつといると何だか落ち着かなくて、離れてると不安になったり…滝壺、何ニコニコしてんだよ。ちょっとしたレア顔だぞそれ。写メっていい?

    滝壺『むう。せっかくそんなむぎのを応援してあげようってこれ持って来てあげたのに』

    麦野『ああん?何だそれ』

    滝壺『せれびっち。男の子の落とし方特集』クワッ

    麦野『はあああぁぁぁ!?』

    と、そこで滝壺が差し出して来たのはなんて事はない。頭の悪い女御用達の雑誌だ。
    ファッションだったりメイクだったりは別に良い。けど滝壺が開いたページは『気になる男の落とし方テクニック~デキる女子の○×テクニック~』なる特集だった。
    って言うかあんたそんなもん読むのか滝壺…同じジャージ20着以上アジトに揃えるくらい着心地重視のクセして。

    滝壺『ここにあるよ。男の子が風邪で弱ってる時は手料理で胃袋から抱き締めちゃえ!って』

    麦野『いやいやいや。待とう滝壺。私が悪かった。私が最近あんたをコキ使い過ぎたから疲れてんでしょ?ね?ちょっとあんたにオフあげるから…』

    滝壺『で、手料理の後はむぎのがいただかれなきゃいけないんだけど、病院でそういう事しちゃいけないよね?退院してからにしようね』

    麦野『滝壺ォォォォォォ!』

    運転手『(デューダしたい…)』

    760 = 468 :

    ~5~

    と…とどのつまり、滝壺としては私と当麻の仲を応援したいんだそうな。
    けどな滝壺…私にはそういうのはよくわかんないんだよ。人を好きになるとか男に惚れるとか誰かを愛するだとか…
    あんたらの手前そういうのに興味ないフリしてるだけで…
    今だってわかんないんだよ。どうして上条の側にいたいのとか、上条の側でどうしたいだとか…

    滝壺『むぎの、お料理出来る?』

    麦野『出来るわよ。女の一人暮らしなんて手抜きすりゃ男よかひどくなるくらいあんただってわかるでしょうが』

    滝壺『良かった。じゃあ、上条が退院したらお祝いにご飯作ってあげよう?』

    麦野『い、いいわよ別に…彼女でもないのにそんな事すんのって変じゃない?』

    滝壺『むぎのはなりたくない?かみじょうとそういうの』

    麦野『………………』

    わかんないわよ滝壺。あのグラサンアロハの言葉と、電話の女の話。
    あんな会話をした後…そんな風に考えられないよ。私だって暗部ではそれなりに知られてる。恨みだって買ってる。
    そういうクズ共が私に近しい上条を狙わないだなんて言えない。
    確かにあいつの右手は私の原子崩しすら掻き消した。でもそれが私より強い事にはならない。

    麦野『…なあ、滝壺』

    滝壺『なに?』

    麦野『私があいつの側にいる時…私はどんな顔してる?』

    そう、私には部下や仲間はいても友達はいない。
    おかしな話…暗部に属する私の回りに飛ぶ火の粉を払える程度の力がある同じ穴の狢しかいないしいらない。
    友達なんか、私より序列やレベル低いヤツ従えてどうする?
    かと言って第三位なんて絶対ごめんだ。自分より序列が上なのもあのキラキラした感じも気に入らない。
    だけど…それでも上条が私より強かったら、私はあいつをどうしたい?

    滝壺『――むぎの、笑ってるよ?』

    麦野『!』

    滝壺『私達といる時よりいっぱいいーっぱい…女の子っぽく笑ってるよ?』

    な、なに言ってんのコイツ…いや、確かに振ったのは私だけどさ…
    会話のキャッチボールをピッチャー返しすんな。コイツこんなヤツだったか?

    761 = 468 :

    滝壺『むぎの、むぎのは私達の中で一番強いよね?』

    麦野『そりゃね…悪いけどあんたら三人が束になったって負ける気しないわね』

    滝壺『かみじょうよりも強い?』

    麦野『あんたねえ…レベル5とレベル0、竹槍と大砲以上の差よ。負ける要素を探す方が至難の業だわ』

    滝壺『じゃあ――出来るよね?かみじょうにご飯作ってあげたりするくらい、強いむぎのならちょちょいのちょいだよね?』

    麦野『うっ…』

    滝壺『別に、こんなの難しくないよね?私達より美人だしスタイルいいし、むぎのがちょっと本気出せばイチコロだよね?』

    麦野『あっ、当たり前でしょ?あんな童貞臭いヤツ、私が掌で転がしゃなんて事ないっての』

    滝壺『うんうん。私はそんな強いむぎのを応援してる』

    クソッ…思いっ切り幅寄せされた。こんな時に限って目がパッチリ開いてやがる。
    思ったより私が拠り所にしてる所突いてくんのが上手いわね…
    決めた。コイツにこの手の色恋沙汰は相談しねえ。どんどんエラい所まで乗せられて梯子外されそうだ。
    つか胸に限ればお前だって結構なもんだろ。足と言えないあたり自分が侘びしい…

    麦野『そうね…じゃあシャケにするか』

    滝壺『シャケ弁はメッ』

    麦野『違うわよ。シャケ料理。病院食って塩気少ないでしょ?狙い目かなって』

    滝壺『むぎの、デキる女』パチパチ

    麦野『やめろ。おい運転手』

    運転手『はい(早く帰りてえ…)』

    麦野『この先に教員向けの24時間スーパーがある。そこまで進め』

    運転手『はい(ホント帰りてえ…)』

    結局、私はその後スーパーで材料を買い出して、滝壺を試食係に任命した。
    私の味付けは少し濃いらしく、もう気持ち薄目にと言われた。なるほど、自分じゃわからないもんだね。

    そんな事があってか、退院してからの上条に振る舞った料理は大好評だった。
    私もそれを真に受けて、ついつい頭の中から抜け落ちてしまっていた。

    電話の女に言われた事。私に関わる事でいつか上条が『闇』に巻き込まれるという事。
    そして私も『闇』から引退し、そんな不吉な予告めいたそれをすっかり忘れていた。上条と行動を共にするようになってから。


    そう、黒夜海鳥とか言う『新入生』の魔手に、上条が倒れるその時までは――


    762 = 468 :

    ~とある病院付近・廃ビル~

    最終攻略ポイントは病院、フレメア=セイヴェルンらが匿われているエリアだった。
    駆動鎧を纏った暗部構成員らは必然的にそこへ連なる最短にして最適のルートを割り出すのが最優先であった。

    暗部A「気をつけろ。目標の病院は“あの”猟犬部隊が返り討ちにあった曰く付きだぞ」

    暗部B「了解」

    真っ正面切っての侵入は流石に目立ち過ぎると言う理由で布陣のみ敷き、本命の別働隊が裏手から回るベーシックな作戦が取られた。
    今や駆動鎧の部隊は打ち捨てられた廃ビルを迂回しての侵入方法を確立していた。
    幸いにも時刻は深夜…闇に乗じるにはうってつけのそれだった。

    暗部A「(そうだ…落ち着け。今回はラインの確定からの殲滅だ…黒夜もそう言っていた)」

    駆動鎧。それが彼の拠り所でもあった。並大抵の重火器では凹み一つ生み出せない、最先端技術が生み出した鋼鉄のマクシミリアン。
    如何な能力者であろうとも、この装甲を突き破っての攻撃などそうザラにはないはずだ。
    ましてや前情報によればほとんどが女子供…如何に『卒業生』であろうと、遅れだけは取るまいと



    フッ…



    暗部A「!?、さっきのヤツか!!?」

    過ぎったセンサー群に映り込みかき消えた影に即応する。
    同時に二足歩行の駆動鎧を差し向け、一気に壁を抜くようにしてビル内部へと突入する!

    暗部A「(押し潰す…!)」

    ゴドン!!とビル壁をぶち抜き、粉塵ごと突っ切るようにして追撃する。
    右腕の先を本体部分より巨大にして強大な防盾と直結していた。
    大雑把ながらも分厚いそれは駆動鎧の出力を以てしても持ち上がらない。
    しかし、その下部に取り付けた車輪が自走補助を可能とし――

    暗部A「(そして――吹き飛ばす!)」

    ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

    防盾の中央部より射手の穴が備え付けられ、そこから飛び出した砲身を斜めに傾け、一斉掃射する。
    遮蔽物となる壁面ごと丸ごとくり貫き、砕いて崩し鉄筋コンクリートをまるで濡れたウエハースのように吹き飛ばす!

    暗部A「(潰れろ化け物共め!!)」

    ガガガガガ!!と削岩機よりも凶悪な破壊音と共にビル壁面から内部を木っ端微塵に穿ち抜いて行く。
    こちらは盾を手に安全圏から一方的に相手を殺戮出来るという『矛盾』を孕んだ…
    それでいて兵器というものの王道を追求したそれが―――



    『   馬   鹿   が   』



    763 = 468 :

    暗部A「―――!!?」

    弾幕による粉塵の彼方より、背骨にドライアイスの剃刀でも突き立てられたかのような錯覚すら引き起こす怖気を震わせる声色。
    毛穴全てが開き、肛門が萎縮するかのような底冷えする悪寒。そこへ――

    ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

    闇眩ましを引き裂くように迸り放たれたアイスブルーの光芒が天井から上のフロアまで…
    熱したナイフでバターを切るより容易く切断し、瞬き一つで瓦解してくる!!

    暗部A「うおおおおおおー!!?」

    歯噛みし、手にした防盾に身を竦めるようにしてやり過ごす。
    滝のように降り注ぐ瓦礫、雪崩のように押し潰してくる鉄筋コンクリート、しかしこれだけならばまだ命は拾える!
    衝撃に耐え、苦痛に耐え、恐怖に耐える。まだだ。こんなものでは傷一つつけられない。そう確信し――

    麦野「無駄だってんのがまだわかんねえのかああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

    暗部A「!?」

    そこへ…瓦礫の山に埋もれ身動きの取れなくなった駆動鎧へとにじりよる影…
    その華奢なシルエットは間違いなく女だった。成人と少女の狭間にある女性のそれが…
    悪鬼すら裸足で逃げかねない、雷鳴が如き怒声を張り上げて防盾の前へ身を晒し――

    麦野「間が悪いよねえ?運が悪いよねえ?テメエらが撃ちやがった“私の男”が言うなら“ツいてねえよなテメエらホント”にさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

    轟ッッと女の左手から妖光の扉が開き、駆動鎧の防盾に浴びせかけられて行く…
    それもなぶるように炙るように、逃れ得ぬ『死』をじっくり咀嚼させるように防盾を『溶解』させて行く!

    暗部A「わああああああああああああああああああああ!!?」

    麦野「ほーら噛み締めろ…そんで味わえ!恐怖で吐くまで食い残すんじゃねえぞこのクソ共がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

    砲弾ですらビクともしないまさに鉄扉の防盾が溶鉱炉に浸され形を歪め、失い、崩されて行く。
    コックピットまでの鉄壁の守りが寸刻みで融解し、秒刻みで溶解し、身動きの取れない恐怖の中魂まで焦がし尽くすようにして…!

    麦野「アッハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハッハ!!!!」

    764 = 468 :

    この時、構成員は絶望した。何に絶望したかと言えば『ただ殺されておしまい』などと言う極めて温情ある選択肢を相手は決して与えてくれないと言う事。
    相手はわざわざ『瓦礫で動きを封じ』『なぶり殺しにするために盾を溶かして』いるのだから。

    麦野「どっからジュージューしてやろうかァ!?目ん玉から行って目玉焼きかァ?黒っぽいミイラみたくなるまでこんがり焼いてやるよ!ビビって縮こまった×××は最後まで残しといてやるからさあ、テメエの身体の焼ける匂いで人生最後の××××させてやるから天国で射精しなァァァァァァァァァァ!!!!!」

    暗部A「止めろっ!止めてくれ!!誰か!!誰か助けてくれ!!誰かァァァァァァァァァァ!!!」

    バキャッ!と駆動鎧全体を守り抜けるほどの防盾は呆気なく焼き切られた。
    ガチャン!と泣き別れに終わった鋼鉄のそれは割られた卵の殻以下だった。
    瓦礫の山の上からこちらを見下ろして来る女の表情は狂気と狂喜に歪んでいた。
    常識外れの熱量を伴う妖光を左手で弄ぶその狂熱が乗り移ったようなまさに鬼気迫る美貌。

    麦野「パリイ!パリイ!パリイ!ってかァ?笑わせんじゃねえぞウジムシが!こんなチャチなハリボテ引っさげてこの街の闇(卒業生)に勝てるとか夢でも見たかァ!?だったら夢の続きは覚めねえ眠りの中でするんだねえ!ママの指でもしゃぶってさァァァーあっはっはっはっは!!」

    ドジュウウウ!!と防盾に飽きたらず、今度は駆動鎧の四肢部分…
    まずは左腕部分を『溶接』の要領で焼き切って行く。
    それもナイフとフォークでも使って切り分けるような光景すら見せつけて…!

    暗部A「おぶぁぁあ!ああ!ふばぁあああがぁああああギャァァァ!!」

    麦野「食われるだけのブタ野郎が!!逃げ回って楽しませるだけの獲物にもなれねえなら、泣いて喚いて叫んで私を長く楽しませろ!!手足無くしたダルマの方が転ばねえ分まだ気合い入ってるぞ?焼いて黒目入れて潰してやるのがテメエの見る最後の光景だ死ぬまで楽しんでけよォォォ!!」

    麦野沈利の中の負の一面。その暴力的なまでの凄惨な残虐性。
    上条当麻と心通わせてから完全に乗り越え制御していたそれ。コントロール出来るが故に…『解き放つ』!!

    765 = 468 :

    麦野「(ああくだらねぇ。気持ち悪い。吐きそうだ。くたばるんならもっと綺麗にくたばれよ)」

    肘の中ほどから原子崩しで切断した左腕を、今度は肩口へと矛先を変える。
    蓋を閉め忘れて倒してしまったペットボトルの飲料水のようにしか迸らない血。
    最初の切断で血を吹き出させてしまい過ぎてこのままではショック死してしまう。

    麦野「(臭い。脂肪と体液が焼ける匂いが鼻が変になりそうだ。最悪の気分だ)」

    左腕はもういらない。次は片目を潰す。でもこんな汚いものを素手で触りたくない。
    原子崩しの光球の出掛かりで焼き鏝を刻むように押し付ける。
    範囲を狭めそこなって目蓋から眉毛あたりの皮膚までくっついて来て気分が悪い。

    麦野「(うるさいなあウルサいなあ煩いなあ五月蝿いなあ五月蠅いなあ)」

    次はどうする?あんまり悲鳴が耳障りだから舌を切り取ってもダメそうだ。
    喉を引き裂いて中に手突っ込んで奥から舌を引っ張り出すか?
    いや、それなら首を刎ねた方が早い。終わりをどこに決めるか?

    麦野「(汚ねえ。臭い。キモい)」

    顔を見たくないから焼く。焼いて潰す。焼き石に水をかけた時みたいに湯気立つ。
    もう口なのか鼻なのかわからない。ああ、まだ歯がついてる穴があるからこれは口か。
    呼吸だか心臓だか脳だか好きな順番で止まれ。勝手に止まるまで解体してやる。

    麦野「(濡れもしねえし感じもしねえし楽しくもねえよ。人を快楽殺人中毒者みたいに言いやがって)」

    ビクビク痙攣してやがる?何?イッた?イッちゃった?
    臭いから出すなよ。内臓とそん中に詰まってんのが一番匂うんだ。
    焼いても焼いても匂うが消えなくてうんざりするんだよ。血液より体液が焼ける匂いの方がキツいんだからさ。

    麦野「(――ああ、そっか。私、不感症なんだきっと。テンション上がっちゃってても不感症なのか)」

    嗚呼、焼き肉の端っこの取り忘れみたいだ。骨まで溶けて来たか。
    おかしいな、笑い転げてる自分と冷めてる自分が二人いるみたいだ。
    当麻に抱かれてる時は何にも考えられなくなるくらい溶けちゃうのにな。私、Mだし。



    お前、もういらないわ。首から下、もういらないわね?

    766 = 468 :

    ~水底に揺蕩う夢4~

    俺に絵心があれば良かったんだけどな、ってたまに思う事がある。
    そりゃあ赤点常習犯だし補習常習者だし、美術だってそんなに良い成績貰えてる訳じゃない。
    それでもなんつーか…ちょっとくらい美的センスでもあればなって思う時がある。

    それは沈利の横顔や、寝顔や、笑顔を見た時に尚更強く感じさせられる。

    濡れたみたいに艶っぽい唇が皮肉そうに形を変える時だとか、不機嫌そうに眉根に皺を寄せたりだとか、俺のくだらねえ話をハイハイって受け流す時の手指に嵌められたリングだとか…

    触れれば指先ごと埋まっちまいそうな肌だったり、卵形というよりシャープな輪郭だったり、物憂げそうに伏せられたり悪戯っぽく緩んだりする切れ長の眼差しだったり…

    俺しか知らない、沈利も知らない部分まで俺は知ってる。
    多分それは目で見たりするより触れたり味わったりする事を通じて俺は知ってる。
    沈利が泣いた時の顔だとか、啼いた時の貌だとか、俺だけが知っていると思いたい事柄のいくつかを俺は知ってる。

    俺は絵心なんてねーから、カメラなんかを考えて、やってみたりした。
    子供の頃、父さんがいっぱい写真を撮ってくれてたのを覚えてるからだ。
    それだってセンスは必要なんだろうけど、筆を選んだり色を選んだり構図を選んだりと感覚的な部分を要求されるそれは随分と簡略化された。
    もしかしたらカメラって、絵の描けない人のためにあるもんなのかも知れねえな。

    沈利一人を撮った写真、俺達二人で撮ったプリクラ、三人一緒に撮った画像…
    いつだったか『写真は思い出の付箋』だって言ってみたら本気で引かれた。もういっぺん言ったら『二回言わなくていいから』って言われた。
    プリクラのコンテストに出した時思い切りプリチュー状態だったのに、こういう距離感が未だによくわかんねえ。

    写真の話になった時、沈利に振ってみたけど空振った先からバットがすっぽ抜けてぶつけられたみたいなリアクションが返って来た。
    沈利は実家でよっぽど嫌な思いをして来たのか…家族や子供だった頃の話に引っ掛かったみたいで薮蛇だった。
    コイツが『子供は嫌い』って良く言うのと、なんか関係があるのかも知れねえけどまだ聞けない。
    沈利に嫌な思いをさせてまで好奇心を優先させるほど上条さんは旺盛でございませんの事ですよ。

    767 = 468 :

    ~2~

    けど…そんな写真すら見た事ないはずなのに、俺にはわかる。
    この小さな女の子は麦野沈利だって。俺の中の俺も知らない深い部分がそう言っている。

    沈利『………………』

    子供らしかぬ、凍てつくような眼差しと冷めた表情。
    俺の子供時代…そんな多くの友達なんていた訳じゃねーけど、そのどれとも違う小さな雪の女王みたいな雰囲気。
    沈利の面影が強く残っている事と、膝に乗せた沈利が手放せないあのぬいぐるみだけが唯一、子供らしさの名残みたいに見えた。

    上条『沈利…お前、どうしたんだ?』

    幼い沈利の腰掛ける椅子の高さまで膝をついて俺は目線を合わせる。
    それを沈利はドライアイスみたいな目で見て来る。
    俺が初めて出会った頃と同じ眼差し、そして多分…この年頃の子供がしちゃいけない目をしていた。

    沈利『とーまがいないの』

    上条『……?』

    沈利『とーまが、いないの』

    それだけ言うと幼い沈利は抱き締めたぬいぐるみで口元を隠すみたいにした。
    どことなくインデックスに似たポワポワした声。
    でも…俺は首を傾げたくなる。『とーま』ってのは多分俺の事のはずなんだ。
    ならどうして目の前に俺がいるのにこの娘にはわからないんだ?

    沈利『とーま、いっつもひとりでどっかにいっちゃうの。あぶないことしてほしくないのに、いっぱいけがしてかえってくるの』

    上条『………………』

    沈利『とーまがいたいとわたしもいたいの。とってもとってもかなしくなるの。でも、わたしはないちゃいけないの』

    その子は俺から目を背けるようにしてぐずるように言う。
    けれどそれはおやつが少ない事を嘆いている子供の声じゃない。
    まるで…俺が父さんと母さんが揃って出掛けるのを『寂しくなんかない、俺は平気だ!』って強がって初めて留守番してた時みたいな…そんな感じだ。

    沈利『わたしがないたら、とーまがこまっちゃうから、だからわたしはないちゃいけないの』

    ギュッとぬいぐるみを胸に強く抱き直して、幼い沈利は言う。
    その表情に俺は見覚えがあった。それは沈利のふとした時の仕草だ。

    眠れなかったのか寝なかったのか…夜明けの窓辺を膝を抱えて座ってる背中。
    何かを思い詰めたように、真っ昼間の光の中頬杖をついて考え事をしてる横顔。
    疲れ切ったように、俺の布団に入って来た時の寝顔。

    この娘は、沈利そのものなんだ

    768 = 468 :

    ~3~

    沈利『わたしは、とーまといっしょにいたいだけなの。おかしもおもちゃもいらないの。とーまだけほしいの』

    この子の氷みたいな眼は、涙が冷え切ってしまった子供の目だってわかった。わかっちまった。
    『泣き方』を誰からも教われなかった、『泣く事』を自分に許す事を諦めてしまった子供なんだと。
    それはきっと、涙と一緒に笑顔まで殺してしまったんだと想像させられるそれ。
    そしてそれ以上に――この娘は俺を責めている。この上なく正当に。

    沈利『だれかをたすけたり、わたしをまもってくれる“ひーろー”じゃなくっていいの』

    この娘は言う。俺が傷つくくらいならヒーローになんてならなくていいと。
    楽しい玩具も美味しいお菓子もいらない、ただ一緒にいたいんだと。

    沈利『よわくても、かっこわるくてもいいから、どこにもいかないで。ずっとわたしといっしょにいて』

    上条『沈利…』

    沈利『いたいの!とーまといたいの!ずっとずっといっしょにいたいの!』

    ずっと、この娘は、沈利は、そう言いたかったのかも知れねえ。
    ずっとずっと…俺は我慢させちまってたのかも知れない。
    俺すら知らなかったはずの、沈利の中の小さな女の子の部分。
    苦しかったはずだ。泣きたかったはずだ。辛かったはずだ。俺が一番近くにいたはずなのに、誰よりも遠かったんだ。俺が一番。

    沈利『かっこいい“ひーろー”なんていらない!かっこわるくても“とーま”がいいの!いっしょにいてくれる“とーま”が!!』

    この子の魂が叫んでる。都合の良いヒーローなんかいらないって。
    この子が欲しかったのは救いのヒーローなんかじゃない、ただ側に『上条当麻』が居てくれる、それだけで良いんだって。

    沈利『だから“とーま”はいないの!!わたしといっしょにいてくれる“とーま”は!!』

    だからこの子は『当麻はいない』って言ってたんだ。
    たった一人で、ぬいぐるみを抱えて、この世界にひとりぼっちだったんだ。


    この、『上条当麻不在の世界』で


    769 = 468 :

    ~とある廃ビル~

    暗部B「ひぎゃァァァアアがばぁあかなああぇお゛ぇうあやぁぁがびがあァァッッ!!?」

    嗚呼…当麻に抱かれたいなあ…あの、筋トレとかジム通いじゃつかない、針金を束ねたみたいな二の腕の筋肉が私は好きだ。
    近い例えを持ち出すなら、肉体労働で身についたような自然な付き方。
    今私が片足を原子崩しで切断して、犬の糞以下の悪臭を撒き散らして喚いてる死にかけのバッタみたいな男とは全然違う。

    麦野「オラオラオラァッ!まだ片足残ってんだろぉ!?突っ立ってもらんねえなら畑の案山子以下だぞ木偶の坊が!!追っ払うカラスにプチプチプチプチ啄まれて僕ちゃん歩けませんってか?飽きるまでブチコロシてやるから何遍でもくたばれよォォォ!!」

    何匹目かの食い散らかした雑魚。テメエの垂れ流した血を小便みたいに引きずって貧弱な腕だけで逃げてやがる。
    ビルの出口目指して匍匐前進!ってか?無駄な足掻きご苦労様。
    片足でも足掻きってのか?もういいやなんだって。

    暗部B「ひひゃっ、うう゛るる…あぎゃばばばがうがあああう!ひぃぎゃァァァアア!!」

    ノイズみたいな声がガンガン頭に響いて耳鳴りがして来る。私の喘ぎ声なんておしとやかなもんだ。比べれる相手なんてもちろんいないんだけど。
    声がカラカラになるくらい叫ぶのも、アイツの首筋に噛み付いて耐えるのも私は好きだ。
    でも、生きたままバラバラにして行くのって思ったより気持ち悪いんだ。
    自分で言うのもなんだけど、私って潔癖症っぽい所あるし。

    麦野「ギャッハッハッハハッハッハ!!上がるね上がるね叫ぶ声!喉破れてんじゃない?腹筋使うわねえ?どこまで叫べるか試してやるよォッ!!一分でも一秒でも長生きしたい分だけ腹ん底から声出せやァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

    決めた。そうだ。優しく楽にしてあげよう。股の下から頭のてっぺんまで原子崩しでジワジワ焼き切ってやる。
    喜べよ。やっと痛いのからも怖いのからも開放されるんだにゃーん?
    私にはサディズムも猟奇趣味もないんだ。書き間違いした紙を破って捨てるのに感想なんかいらない。
    焼けて来た。香ばしさもへったくれもない、吸い込んだ肺まで腐りそうな匂い――


    ブチンッ

    あっ、千切れた。バッタの方がまだ頑張るぞ。
    ああイライラが収まらねえ。ムカムカが止まらねえ。
    最低に最悪の気分だ。黄ばんだ腸晒してんなよ。胸糞悪くて反吐が出る。

    770 = 468 :

    原型を留めなくなるまでバラバラにする。再生治療が意味をなさないレベルまで。
    人体を破壊し尽くせば、解体し尽くせば、『人間』だとわからないレベルの『肉塊』にしてやっと私はそれを『物体』として認識出来る。

    あれだ、子供が窓ガラスの割れた箇所を隠しきれずに最終的には窓ガラスそのものを粉々してしまう理屈に似ている。
    電話の女が言う『人間が大嫌いで殺しが大好き』なんて推理は的外れもいい所だ。
    コートについた血糊が膠みたいにベタベタする。気持ち悪い。誰かの遺伝子が乗った血。気持ち悪い。病気になったらどうする。

    四つ裂きか八つ裂きか考えてた挙げ句股裂きにして始末した名前も知らない虫螻を避けて私は進む。
    靴底が溶けたアスファルトみたいに血糊でべたつく。砂を噛んでる。
    こんな兵隊蟻だか働き蟻をプチプチ潰して回っても意味がないな。
    女王蟻を潰す。巣穴ごと潰す。水の代わりに血を流し込んで潰す。

    解体に感情なんかいらない。作業に感傷なんていらない。
    その癖頭に登りきった血が下りて行く時、私の全身は氷水でも流し込まれたように手足の先まで重くなって行く。どうしようもなく。

    欲しい。欲しい。当麻が欲しい。あの少し固い指先で、私の柔らかい所全てに触れて欲しい。
    私の低めの体温を温めてくれる腕が、熱いくらいの身体に包み込まれたい。
    何本入ったかわからないくらい濡れた指でも届かない場所に、アイツが入って来る時が一番好き。

    聞こえてくる。破壊音。駆動音。馬鹿が、馬鹿が。馬鹿が!馬鹿が!!
    そうか、お前らは虫だったな。巣に肉団子か糞団子を持ち替えるために出張って来る害虫だ。
    ほら来た。ほら来たよ。何匹目か数えてないけど、全部潰せば数える意味なんてなくなる。
    でもお前に夜明けは来ない。闇は夜みたいに晴れない。闇の底で押し潰されろ。

    私は当麻と過ごす度、朝なんて来なければいいのにと思う。
    ずっとくっついて、溶け合って、一つになりたい。

    アイツが私の中で果てる時のひくつき、ドロドロと熱いものに埋め尽くされて行く私。

    流し込まれたそれに、私は爪を立てて声を上げる。

    私は当麻の体温に合わせて溶ける氷になりたいんだ。

    私が欲しいものなんてそんなもの。
     
     
     
    来い、虫螻共
     
     
     
    付き合ってやる。私が嫌いな朝が来るまで 
     
     

    771 = 468 :

    ~とある病院前・制圧地域~

    黒夜「ひっでえもんだ。加減を知らないんじゃない。加減なんてもん頭から無視したやり方だ。こりゃ“やられ役”が何人いても追っ付きそうにねえか?」

    文字通り『鬼気迫る』麦野の一方的な殺戮…否、虐殺を目の当たりにして黒夜海鳥は唇の橋を夜空にかかる三日月のように吊り上げ歪んだ笑みを浮かべた。
    駆動鎧十数機を投入したものの、このままではただただ消耗するばかりだ。
    別段使い捨ての人員、使い潰しのコレクションがいくら目減りしようが黒夜の腹は一切痛まない。
    しかし上層部から既に『やり過ぎだ』との苦言も漏らされている。が

    黒夜「第一位と浜面仕上に比べりゃ細くて物足らない枝だけど…コイツは枝じゃなくて彼岸花だ。血を養分にして地獄に咲く絶望の徒花さ」

    絹旗最愛に感じる憎悪を伴ったシンパシーとはまた異なるフィーリングを黒夜は麦野に感じていた。
    自身が上層部から唯一信頼されている点…『揺るがない』という一点。
    恐らくは麦野沈利という『死』と『暴力』と『狂気』を連ねた三つ首の魔犬、冥府の亡者の血を啜り肉を食み怨瑳の声を糧とするケルベロスもまた『揺るがない』。

    黒夜「さあて、オペラグラスで見てるだけじゃ舞台は進まない。私も上がるとしようかねえ?この血みどろのブッファに」

    恐らくは甘いお菓子を投げても、天上の竪琴を奏でてももう麦野は止まらない。
    『上条当麻』という唯一無二の存在を血祭りに上げられた以上、黒夜の喉笛を喰い千切るまで止まりはしない。
    あそこにいるのはまさにこの学園都市の闇の化身、正真正銘の怪物だ。
    同時に黒夜は考える。あれは人喰い鬼だ。だが『鬼』には『鬼』の甘さがあると

    黒夜「生首持って踊るサロメ、そろそろ仕舞いにしようか?この馬鹿踊りを」

    第一位の反射すら突き破る『仕込み』は既に済ませてある。
    相性の面から言って天敵とも言うべき第三位は参戦していない。
    復活した第二位はこの場にいないし何も知るまい。
    故に最も黒夜にとって勝率の高い第四位であった事は誠に僥倖である。
    絹旗最愛の前に突き付けてやる。麦野沈利の取った首を手土産に。
    その様を想像するだけで黒夜の笑みはより歪む。この上なく。

    772 = 468 :

    ~とある病院・集中治療室~

    ズンッ!!ズンッ!!と断続的に身体の奥底から揺り動かし空気を震わせるような音がする。
    まるで夏雲の中稲光る遠雷のような戦闘の音の中、一人の少女が目を覚ます。

    御坂「うっ…」

    禁書目録「短髪!」

    少女は冥土帰しに掛け合った浜面仕上に引きずられるようにして屋上から回収された。
    そして今やシェルターと同義である集中治療室の中へ運び込まれて来たのだ。上条当麻の眠るベッドの近くまで。

    御坂「うっ…くっ…」

    禁書目録「気がついたんだよ」

    刈り取られた意識の闇から浮かび上がって来た眼差しを蛍光灯の照明が焼く。
    鳩尾あたりに感じる鈍痛が未だ尾を引き、御坂の喉から重苦しい呻きを上げさせる。
    それをインデックスが御坂の背中に手を添え上体を起こすように促して行く。外からの発砲音は未だ止まない

    御坂「……!!あの女は!!?第四位はどこ?!」

    禁書目録「――征ったんだよ」

    御坂「……!!」

    どれほどの間意識を失っていたかを思うと御坂は身震いする思いだった。目覚めた時全てが終わってしまっていたらと。
    だが御坂は目覚めた。しかし麦野は既にいない。いないのだ。

    御坂「あの……バカッッ!!!」

    ダンッ!と寝かせられていたソファーに握り拳を叩きつけて御坂は吠えた。
    なんて馬鹿なんだと。なんと強情なのだと。なぜ…こんなにもあの女は折れずに、逃げずに、怯まずに前に進めるのかと。
    しかし…わかっている。わかっている。痛いほど苦しいほどわかる。我が事のように。何故ならば――

    御坂「あっ…んたも…アンタ…よぉ!!」

    禁書目録「短髪!?」

    御坂はソファーから叩きつけた拳を支えに立ち上がる。骨に罅が入りそうな一撃だった。
    立ち上がっただけで無視出来ない目眩と嘔吐が支える足から力を奪って行く。支えようとするインデックスの肩に手をつき…御坂が病室の中足の向く先は――

    御坂「――アンタら、本当にお似合いよ…馬鹿さ加減まで似た者同士…この意地っ張りの強情っ張り!…私だってここまで頑固じゃないわよ!!」

    上条当麻の横たわる、そのベッドの縁、転落防止の手摺ストッパーの柵にしがみつくようにして…御坂美琴は己を支えていた。
    その眼差しには…悲嘆でも悲哀でもない、怒りのあまり浮かんで来る大粒の涙に彩られ潤んでいた。どうしようもなく。

    773 = 468 :


    御坂「なんで…アンタ達はそうなのよ!?ボロボロになったアンタも!ボロボロになりにいくあの女も!!命懸けてまで格好つけてんじゃないわよ!!」

    上条当麻に手を取られなかった。麦野沈利に手を振り払われた。
    もうそんな事に浸る感傷すら御坂は投げ捨てた。
    泣いているだけならさっき済ませたばかりだ。ならばすべき事をする。それだけだった。

    御坂「私が今どれだけ惨めかわかる?学園都市第三位の力なんて…アンタ達と比べたらどんだけ無力でちっぽけかわかる!?」

    手が届かない。彼等の背中が遠過ぎる。もう文字通り手遅れだ。
    彼等が向かおうとしている先は地図にない場所だ。
    御坂では見る事も知る事も出来ない闇の中で世界の裏だ。

    御坂「かなわないわよ!認めてあげるわよ!勝負なんかもうついた…私の負けよ!!勝てっこないわ!!」

    だが――それがどうしたというのだ。それがなんだと言うのだ。
    諦めて楽になるなら恋などしなかった。見捨てられたなら友などいらなかった。

    御坂「私の負けよ!アンタの勝ち!だから…だから立ちなさいよ!起きなさいよ!目を覚ましなさいよ!戦いなさいよ!!」

    わかっている。手は届かない。わかっている。言葉は届かない。
    御坂はもうそれすら出来ない自分を知ってしまった。思い知らされてしまった。

    御坂「アンタの世界で一番好きな女の子はね…私を友達だって言ってくれたあの性格最低最悪の私の友達はね!!今たった一人なのよ!!」

    こんな形の強さなど認めたくなかった。こんな形の強さなど知りたくなかった。

    御坂「アンタは“ヒーロー”なんでしょうがぁ!!あの子の救いで、助けで、支えで、あの子にとってこの世界でたった一人の“ヒーロー”なんでしょうが!!!」

    自分は――なれない。上条当麻のパートナーにも、特別にも、彼女にもなれない。
    だから御坂は選ぶ。自分がもっともなりたくなかったものに御坂はなる。

    御坂「泣く事も知らないで!苦しいって辛いって今も叫びながら戦ってるあの子を助けられるのはもうアンタしかいないのよ!!叫ぶ事しか出来ない私に出来ない事をアンタは出来るでしょうが!!」

    それは『助けられる側』だ。『ヒーロー』を呼ぶ事しか出来ない無力な側の人間だ。
    誰よりも上条当麻の力になりたくてなれなかった少女の、最低で最悪で最後の選択肢。

    774 = 468 :

    御坂「アンタが本物の“ヒーロー”なら立ち上がれるでしょ!?誰も彼も救える腕と手があるなら今あの子を助けてやりなさいよ!!それさえ出来ないならあんたはヒーローなんかじゃない!!」

    自分が助けになれるなら飛び出して行きたい。でも麦野はそれを拒絶した。
    だから――御坂は誰かの手を、ヒーローの救い手を声の限り叫ぶ。叫ぶしかないのだ。

    御坂「私を救った時みたいに立ち上がってよ!!ヒーローだってナイトだって王子様だってなんだっていい!!今あの子に必要なのは…今あの子に必要なのはアンタなのよ!!アンタだけなのよ!!」

    脇役なんか嫌だった。ヒロインになりたかった。でももうなれない。
    観客席から声を上げる応援にも似た、力になるんだかなれないんだか自己満足なんだか自己嫌悪なんだからわからないような事しか出来ない。

    御坂「――私が好きになった男はね、馬鹿だし面倒くさがり屋だしいっつも“不幸だ”“不幸だ”って勝負から逃げ回ってばっかのヤツだった」

    でも――もういい。選ばれようとしたのが間違いだった。
    自分で選んだものを、自分の手で掴めなかった。だから

    御坂「それでも――大事な時は絶対立ち上がるヤツだった!!立ち向かうヤツだった!!アンタよ!!アンタの事よ上条当麻!!わたしが好きになったのはそんなアンタだったのよ!!」

    ――託す。友になった女に、愛した男の『不幸』を託す。
    ――託す。愛した男に、友になった女の『幸せ』を託す。

    禁書目録「とうま…!!」

    御坂はたった今、インデックスと同じ場所に辿り着いた。

    御坂「私の声が届いてるなら!インデックスの祈りが届いてるなら!あの子の泣き声が届いてるなら!!立ち上がりなさいよ上条当麻!!起き上がりなさいよヒーロー!!」

    上条当麻の手を握る御坂。インデックスが『祈り』ならば御坂は『叫び』だった。

    御坂「――あの子の世界を………」

    それは今、世界で一番無力で最弱な少女に使える

    御坂「もう一度……救ってよ――」


    ――たった一つのちっぽけな魔法。
     
     
     
    御坂「上条……当麻アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!!!!」 
     
     
    夜空を切り裂き星を衝く…その叫びに―――

    775 = 468 :

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    ―――上条当麻の手が、御坂美琴の手を握り返した―――
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

    776 :

    うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

    777 = 468 :

    ~とある病院前・野外駐車スペース~

    頭がガンガンする。手先がジンジンする。視界がアンテナのズレたテレビみたいなモノクロ。
    砂嵐みたいなノイズが耳鳴りみたいに離れてくれない。
    喉がカラカラなのに口の中が唾液でネトネトする。
    唇がカサカサする。髪もパサパサしてるみたいに感じる。

    麦野「どーこだぁー…出ーておーいでー」

    風が生暖かい。私の足音しかしない。動き回ってたガラクタ共がずいぶん減った気がする。
    どこだ。どこにいる。当麻を撃ったアバズレ、当麻を狙う腐れ売女、私の敵になるクソ野郎はどこだ。
    センチ単位で溶鉱炉に沈めるか、ミリ単位で刻んで行くか。

    麦野「痛くしないよすぐ逝くから。怖くしないよ何もわからなくなるから」

    私のする残酷な想像全てを身体に刻んでやる。
    お前の考える苦痛の想像を超えたものを心に刻んでやる。
    自分でも深さのわからない闇全てを叩きつけて縊り殺してやる。
    バラしたパーツを目の前で焼いて食わしてやろうか?
    自分の血液で窒息して溺死するやり方だって私は知っている。知ってるのよ。

    麦野「だからさあ…出て来いよイルカ女ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

    散々能力開発でいじくられた私の脳味噌が、真っ黒な脳細胞が叫んでる。
    テメエらは私が唯一私より大切なものに弓を引いた。私の心より命より魂より大切なものに汚物をなすりつけた。
    私の全てより大切な全てに泥を塗って土足で踏み込んで来た。
    当麻が選んだ戦いじゃないモノに引きずり込んだ。私と同じ側の人間がそれをした。

    カツン…

    黒夜「主演女優は遅れてくるもんだろう?浸らせてよもう少し」

    麦野「………………」

    病院敷地内の駐車場。昼間の地下立体駐車場に似た場所にてソイツは姿を表した。
    なるほど、第二幕はこのステージか。意趣返しのつもりならテメエはとんだ大根だ。

    黒夜「おーお怖い顔だ。夜中に見たら二度と出歩けそうにないね」

    ああ。

    テメエは私に似てるな。

    当麻に出会う前の私だ。

    頭の天辺から足の爪先まで『闇』に染まったクソだ。
     
     
     
     
     
     
     
    麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
     
     
     
     
     
     
    ―――月が、空に空いた穴みたいだ――

    778 = 468 :

    投下終了となります。たくさんのレスをいつもありがとうございます…一つ一つがわたしの宝物です。心から感謝いたします。

    次回の投下は日曜日になります。よろしくお願いいたします。それでは…失礼いたします。

    779 :

    麦野、幸せにならなあかんよ。自分から捨てたらあかんよ。

    780 :

    暗部A「ばすまっすぐ行ってぶっ飛ばす右ストレートでぶっ飛ばす」


    溶接じゃなくて溶断だなコレ

    781 :

    ヘタな小説や漫画で長期なものだと、初期の設定とか会話が回想シーンなんかで変わっちゃうこともあるけど、何一つ変わってないのが凄いなあ。
    そういうのって作者が覚えてるのかな?
    書いてる周りにメモでもして置いてるのかしら?

    782 :

    >>781
    むしろメモなし、プロットなしで即興で矛盾なく書けたら、化け物だわww

    783 :

    むぎのんがこわすぎる。殺人描写と心理描写とセリフが全部ちぐはぐっぽいところなんか特に。

    784 :

    とある星座の偽善使い(フォックスワード)の者です。
    日曜日なので、この時間ですが投下させていただきます。

    785 :

    どんとこい

    786 = 468 :

    ~水底に揺蕩う夢5~

    当麻『本当は――幻想に囚われてたのはお前自身じゃないのかよ』

    上条『………………』

    当麻『前ばっかり見て後先考えずに突っ込んで、そんなお前の背中をずっと守ってた沈利の事…お前、ちゃんと向き合えたか?』

    幼い沈利の腰掛ける椅子の背もたれの裏に寄りかかるようにして、夏服の俺がポケットに手を突っ込んだまま空白のキャンバスを見上げている。
    この幼い沈利が、アイツの置いてった心だってなら…このもう一人の俺は――

    当麻『沈利がお前の背中をずっと守ってたってなら…そりゃずっと沈利に“背を向けてた”って事じゃねえのかよ?』

    上条「……!!」

    当麻『お前、それって“逃げ”って言わねえか?』

    俺の心をずっと見つめてた…俺自身だったんだ。
    俺の中の曲げられない部分、譲れない場所に住む上条当麻(オレ)だったんだ。

    当麻『沈利が言いたかったのはそういう事なんじゃねえのか?お前が誰かを助けたり救ったりしてた間、ずっとお前を守ってた沈利は振り返って欲しかったんじゃないか』

    もう一人の俺が背もたれから離れて向き直って来た。
    見慣れたはずの自分の顔なのに、全然違って見える。

    当麻『アウレオルス=イザードの時もそうだったろ。お前は沈利を巻き込みたくねえってあの日一人で行ったんだよ』

    責めているのとも、詰っているのとも違う。コイツが突きつけてるのは…
    俺が一人突っ込んで言ってる時、それを見守る事しか出来ない人間の辛さや重さや苦しさそのものだったんだ。

    当麻『――“お前の全部を引きずりあげる”――そう言ったじゃねえか。なら引きずり上げてやれよ!あいつがこらえてる涙も抱えちまったもんも!全部全部引きずり上げてさらってけよ上条当麻!!!』

    もう一人の俺が胸倉を掴んで来た。すげえ力で、すげえ剣幕で、すげえ気迫で。
    まるで、幼い沈利を泣かせ続けて来た俺に憤っているように。

    787 = 468 :

    ~2~

    当麻『百人誰かを助けたって、本当に大事な女の子一人救えねえんじゃ意味ねえだろ!?今日だって沈利が何でお前から一人離れてったと思う?テメエを巻き込みたくなかったからだろ?テメエが本当に沈利の方を向いてたんならあの騒ぎだって二人で立ち向かって行けたんじゃねえのか!?』

    上条「……ッッ」

    インデックスがあの小さい女の子を連れて逃げ回ってた騒動。
    沈利はその前に俺に荷物を預けて一人駆け出していった…
    なんでそこで気づいてやれなかった!?あいつが何かを考えて、抱えて走り出したのを…
    どうして誰より一番近くにいた俺自身がその変化をわかってやれなかった!?

    当麻『――教えてやる。それはお前が鈍感だからでもねえ。ましてや馬鹿ですらねえ――沈利とちゃんと向き合ってなかった一番の大馬鹿野郎だからだよ!!』

    ギュウッと鷲掴まれた胸倉を締め上げられる。
    ああそうだ…今、俺が一番ぶん殴ってやりてえのは…俺自身だ!

    当麻『今どんな気分だ?わかるよな?そりゃお前に置いていかれた時の沈利と、インデックスと、御坂と同じだろうが!!お前と違ってお前の事ずっと見てたあいつらと!!』

    沈利は…ずっとこんな気持ちだったのか?こんなにも無力で、貧弱で、最弱な気持ちを…
    涙さえ零さずに、何も言わず、一人耐えてたってのか?
    俺は…ずっとそんな思いをさせてたって言うのか…そういう事かよ…!!

    当麻『――お前は“ヒーロー”なんかじゃねえ。守りたい人の命は助けられても、守るべき人の心は守れねえ“フォックスワード”だ』

    …わかってる。俺がヒーローなんかじゃねえって、そんなの一番わかってる。
    俺は誰かを助ける手伝いをがむしゃらにやって来ただけだ。
    困ってる人をほっとけなくて、助けたくって…
    そんでもって…そんな中で、一番近くで泣いてる女の子一人わからなかった…本当の馬鹿野郎だ。

    当麻『なら…こっから始めろよ!本当のヒーローになれよ!!ずっと憧れてたんだろ?好きな女の子を守り続けるナイトに!絵本の王子様に!ならなれよ!沈利を“守る”フォックスワードじゃねえ!沈利を“守り続ける”ヒーローになれよ!!たった一人の女の子のために、ただ一人の上条当麻として立って向き合えよ!!』

    そして――もう一人の俺が――

    788 = 468 :

    ~3~

    当麻『一人の足で立ち上がろうとすんな…一人の手で何でも出来るとか思い上がってんな…お前は弱いんだ。今だって、絶対倒れちゃいけないインデックスと!御坂と!!あの小さな女の子の前で倒れて寝てるだけだろ!!お前が本当に強いんなら沈利は心の中で泣かねえだろ!!お前の前で涙こらえたりしないだろ!!!お前が本当のヒーローなら!!!!!!』

    右拳を握り締め、それを振り上げる。それが俺には――
    とてもとてもゆっくりに見えた。ああ、これが『俺』なんだって

    当麻『ちょっとだけ手を貸してやる…取り戻してこい!!その手に抱えた幻想まとめて全部ぶち壊して、もういっぺん裸の“上条当麻”として…あの夜みたいに迎えに行け!!沈利の涙ごと全部引きずり上げて来い!!そっから始めろ“偽善使い”!!!』

    そして――拳が振り下ろされた。
     
     
     
     
     
    当麻『―――沈利を二度と離さねえ―――“本物の上条当麻(ヒーロー)”になってこい!!!!!!』
     
     
     
     
     
    音が置き去りになるような轟音、肺の中の空気全部がなくなるような衝撃。
    痛みよりも熱さが、目が覚めるように突き抜けて行って――



    ――ドンッッッッッッ!!!



    上条『――――――!!!』

    その時、俺はぶっ飛ばされ宙を舞う中…この真っ白なキャンバスの世界で――

    禁書目録『とうま…!!』

    インデックスの呼ぶ声が聞こえた。俺の名前を呼ぶ声が。
    まるで祈るような声。そうだった。俺はこんな声をインデックスに出させたくてあそこに突っ込んでったんじゃねえ。

    御坂『上条…当麻アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』

    御坂美琴の叫ぶ声が聞こえた。ずっとアンタ呼ばわりだったあいつが呼ぶ声が。
    まるで泣き叫ぶような声。そうだった。俺はこんな声を御坂に出させたくてあそこであの女の子を庇ったんじゃねえ。

    789 = 468 :

    思い出せよ。俺が本当に欲しかったもんはなんだ?


    思い出せよ。俺が本当に守りたかったもんはなんだ?


    俺だけ倒れてて、周りのみんなが泣いてる、そんなくだらねえバットエンドが欲しかったのか?


    違うだろ!!俺が欲しかったのは誰もが笑って迎えられる最高のハッピーエンドだっただろ!!


    沈利がいつも笑ってて、沈利がもう泣くのを我慢しなくたっていい世界だろうが!!


    沈利『――とーま――』


    幼い沈利が、椅子から立ち上がってる。地べたを舐めてる俺を心配するみたいに。


    上条『――沈利――』


    もういい。泣いてる女の子なんて見たくねえ。けど今俺は――



    あいつをもう、泣かせてやりたい



    沈利『…―――――』



    同じ泣かすんだったら



    沈利『…け…―――!!!』



    ―――嬉し泣きで沈利を泣かしてやりたい―――!!!



    791 = 468 :

    ~とある病院・集中治療室~

    御坂「!!!」

    禁書目録「!!!」

    御坂美琴の手を握り返したその刹那――上条当麻は、吼えた。

    御坂「あんた…!」

    禁書目録「とうま!!」

    痛いほど強くキツく固く御坂の手を握り締めた上条の雄叫び。
    それは半死半生の床に伏せっていた半死人のそれではない。
    たった今、黒夜海鳥と会敵し月に吠えた麦野沈利の叫びに呼応するかのようだった。
    それに御坂とインデックスは驚きを隠せない。臥せた竜が天を衝くような叫びに。

    上条「はあっ…ハアッ…!」

    それは悪夢に魘されて飛び起きたような脆弱なものではない。
    死の淵すら拒否し死神の導き手を拒絶する、力強いそれ。
    上半身の手術着を引きちぎるように放り出し、点滴を投げ捨て、水でもかぶったような汗を拭って

    上条「沈利…!」

    御坂「ちょっ、ちょっとアンタ!」

    それに御坂の頬が場違いとわかりながら紅潮する。
    あの時取られなかった手を、それこそ手形の痣がつきそうなほど強く握られて。
    それも、勢いとは言え告白のような叫びを振り絞ってしまった後で。


    しかし――上条当麻は

    上条「…を…して…れ」

    息をするのもやっとだった酸素マスクを放り投げて

    御坂「なっ…なに?」

    ――もう一度、言った。


    上条「…手を…貸してくれ御坂!!」

    御坂「!!?」

    上条「俺を…沈利の所まで連れて行ってくれ!!!」

    そう――この瞬間、上条当麻は『ヒーロー』を捨てた。

    御坂「あっ、アンタそんな身体で!」

    上条「頼む御坂!!お前にしか頼めないんだ!!!!!!」

    御坂「!!!」

    誰も巻き込まず、たった一人で巨大な敵に挑み、たった一人で誰かを救う『かっこいい』ヒーローを捨てた。

    上条「沈利が…呼んでんだ…」

    かと言って――彼はもう偽善使い(フォックスワード)ですらない。

    上条「泣いてるんだ…!」

    誰かを救うヒーローでも、麦野に助けられるフォックスワードでもない。
    『上条当麻』の持ち得るファクター全てをかなぐり捨てて…

    上条「行かなきゃいけないんだ…!」

    絶対に喪えないもののために…彼は初めて自分から誰かに

    上条「だから…助けてくれ」

    『助け』を――求めた。

    上条「俺を―――助けてくれ!!御坂!!!」

    『上条当麻』として

    792 = 468 :

    ~2~

    馬鹿


    馬鹿


    馬鹿野郎


    起きていきなり、人の手握り締めて、違う女の名前呼んでんじゃないわよ


    この無神経男。本当に神経通ってないんじゃない?アンタ今まで死にかけてたのよ?


    それを何?『手を貸してくれ』?『俺を助けてくれ』?


    馬鹿も休み休み言いなさいよ。この大馬鹿野郎。


    御坂「アンタ…」


    上条「頼む…!!」


    あの時、私の手を取らなかったくせに、都合のいい事ばっかり言わないでよ。


    そんな、私に一度だって…いや、一度はあるか?向けてくれなかった必死な顔向けないでよ。


    妬けるじゃない。あの女に。アンタにそんな顔させるあの女に。


    アンタ、ヒーローじゃなかったの?こんなにカッコ悪く『助けてくれ』なんて言うヒーロー、見た事ないわよ。


    馬鹿


    馬鹿


    馬鹿野郎


    御坂「――ったく」


    でも、私も馬鹿ね


    御坂「――言うのが遅いのよ!!この馬鹿ッッ!!!」


    上条「!」


    ――『助けてくれ』って言われてんのに、助けられた気分なのは私の方よ。


    御坂「ほら!肩貸してやるからさっさとつかまりなさいよ!!この馬鹿ッッ!!!」

    私の手は、コイツに届かなかった。けど、私の『声』はコイツに届いたんだって。

    馬鹿。この大馬鹿野郎。カッコ悪いヒーロー。鈍感無神経の馬鹿男。

    何で、こんなカッコ悪いヤツ好きになったんだか



    何で




    惚れ直しちゃったかな、このカッコ悪い必死なコイツに。

    793 = 468 :

    ~3~

    禁書目録「とうま」

    上条「…インデックス…」

    御坂に肩を借りて立ち上がる上条を、インデックスは見やった。
    上半身は裸、包帯はもう血が滲んでいる。わかっている。止めるべきだと。
    自分は麦野に上条達を守るように言われているのだから。でも

    禁書目録「…止めないんだよ。手も貸さないけど」

    上条「…すまねえ」

    禁書目録「とうまの馬鹿は死んだって治らないかも!」

    止めない。止められない。インデックスは見守る。見届ける。
    男が血を流し、命を懸けてまで何かを成し遂げんとしている時…
    みっともなく泣いて縋るほど、彼女の『女』は見た目より幼くなどない。

    禁書目録「でも、生きてれば馬鹿が治る薬を誰か作ってくれるかもなんだよ。十万三千冊の魔導書にも作り方乗ってないんだけど、カエルのお医者さんなら作れるかも!」

    上条「…悪い」

    禁書目録「――でも、今薬が必要なのはしずりなんだよ。とうまにしか塗れない薬が」

    少女時代の終わり――御坂のように支える愛もあれば、自分のように見守る愛もある。麦野のように殉じる愛もある。
    インデックスにはもうそれが理解出来てしまう。自分はいつからこんなにも背が伸びてしまったのかと苦笑せざるを得ない。

    禁書目録「短髪――当麻を頼むんだよ」

    御坂「はいよー。私達二人、あとで第四位にオシオキかくていだけどね」

    禁書目録「お詫びにケーキご馳走するんだよ。しずりからもらった“いちまんえん”がまだあるんだよ」

    御坂「――店が潰れるまで食ってやるわ!いいお店知ってるの。第十五学区のデズデモーナ。ハニートーストが最高ね。こうなりゃやけ食いよやけ食い!!!」

    禁書目録「それは手伝うんだよ!!」

    そして――インデックスの横を上条と二人三脚の御坂が通り過ぎて行くのを見送る。
    まさか使う暇がなかった一万円札が、まさか麦野がクレームをつけた店に消える事になろうなどとこの時女二人は知る由もなかった。

    禁書目録「とうま――」

    上条「…ああ、絶対、“みんな”と一緒に…帰ってくる!!」

    禁書目録「―――ん!」

    そして、少年と少女は集中治療室より出ていった。


    御坂美琴『友人』の元まで上条を送り届けるために。


    上条当麻『恋人』の元まで辿り着くために


    インデックスは『家族』の帰りを待って――

    794 = 468 :

    ~とある病院・駐車場~

    バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

    轟音が第二幕の開演のブザーとなった。牙を剥いた麦野沈利と黒夜海鳥が真っ向から激突し、放たれた原子崩しの光芒が黒夜目掛けて殺到する。

    黒夜「っとお!」

    寸での所で横っ飛びで回避する黒夜。直後、自分の立っていた場所にあるトラックがドンッ!!と撃ち抜かれ、一瞬でガソリンタンクに引火し爆発炎上する…!

    黒夜「煮えたぎってグツグツ言ってるねえ!?ここは私が気持ち良ーく一人語りする場面だろう?正直、助演女優がいちいち手出し出来る権利はないんだわ!その砂糖で焼きついたお脳でわかるかなぁ!?」

    夜の帳を焦がす盛大な火柱。燃え上がる嚇炎が黒を赤く塗り替え、赤の中に立つ二人の女のシルエットを描き出す。
    闇に堕ちて来た女性と、闇に住まう少女、黒夜は着地し片手片膝をつきながら見上げる。麦野はそれを見下ろす。

    麦野「テメエの貧相なケツふり××××ショーに手貸してやれってかあ?巫山戯けてんじゃねえぞこの糞餓鬼が!!今からテメエの×××の穴ジュージューこさえてやっから何本咥え込めるか犬で試してやんよォォォォォ!!!」

    目尻が割けんばかりに見開かれ、血走った眼球と広げられた瞳孔に光はない。
    剥き出しの犬歯に浮き立った血管、逆立った髪が炎の揺らめきに呼応するように翻る。
    沸騰した狂気と冷徹な殺意に歪んだ美貌は、背後の炎と塗れた返り血でさながら首狩りの女王。
    その女王が左手を差し出す。整えられた爪と、手入れされた指を突きつけて――

    ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

    再び迫る光の牙!掠るだけで致命傷となる電子線の奔流が黒夜へ向かい――

    黒夜「ひっははははは!!」

    より早く!ボォンッ!と地についた黒夜の掌より凝縮させた窒素が『爆砕』し、波打つアスファルトがうねりを描いてめくれあがり――
    畳返しのように黒夜を守り、覆い、正確な照準を必要とする原子崩しの射線より僅かにズレ、その間に地面を転がって黒夜は回避していた!

    黒夜「だったら…こんなぶっといのはどうだよ卒業生(センパイ)ィィィィィィィィィィ!!」」

    繰り返す横転から身を起こす勢いを利用して振り抜いた腕。
    圧縮され尽くした窒素爆槍が周囲の炎上し乱れた気流を奔流に変え、麦野へと打ち返す!

    795 = 468 :

    ~2~

    麦野「間にあってんだよションベン臭えメスガキがァッ!!股ん所からぱっくりピンク色の中身が飛び出る卑猥なオブジェにしてやっから気張れやクソがァァァァァァァァァァ!!」

    それに構わず麦野は足元に原子崩しを叩き込み、破裂した地面の衝撃波を推進力に転化し前に出る!
    同時に突き出した左手から五月雨撃ちされる原子崩しが次から次へと黒夜を狙い撃つ。
    されど黒夜は車と車の間を縫うようにして、麦野と同じく窒素爆槍の生み出す気流の乱れに乗せて追われながらも紙一重でかわして――

    黒夜「(予想を上回って最悪だねえ?何度もかわせるほど甘いもんじゃない)」

    初撃は一瞬早く打っていた手が、二撃目は自らの能力を利用して。
    しかし相対する麦野の原子崩しは最悪だ。射程距離は黒夜を凌駕し、破壊力はそんじょそこらの防壁や防御など障子紙も同然だ。
    まともにやりあえば絶対にかなわない。レベル5(超能力者)とレベル4(大能力者)の間に横たわり隔たる壁は厚く高い。が

    黒夜「なら簡単――かわすンじゃねェ」

    ボンッ!!と窒素爆槍を再び破裂させ黒夜は虚空に飛び出す。
    それは原子崩しという『照準のタイムラグ』と『射手は下から上を狙いにくい』という能力と人間の反応の間隙をついて空を舞う。

    黒夜「“撃たせ”ねェンだよ!!」

    夜空に空いた穴のような月をバックに舞う黒夜の背に負ったイルカのビニール人形がボンッッ!!と爆ぜる。
    同時に中から無数の腕が、褥から這い出て来た亡者の腕のように――
    黒夜の身体を伝い、右上半身に接続されて行くそれは――

    黒夜「 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね 死 ね ! ! ! 」

    麦野「――!!」

    ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガッッ!!!

    無数の畸形児のような歪な腕が、禍々しい硬く滑らかな手が一斉に眼下の麦野目掛けて突き出され――
    そこからスコールが如き怒涛の勢いで窒素爆槍が降り注いで行く!
    使い方によっては一撃で瓦礫の一山すら築ける爆砕の雨霰が次々と、間断なく、隙間なく麦野に遅いかかる。

    黒夜「ひっはははははははははははははははははははは!!!」

    アスファルトをクッキーのように砕き、砕けた欠片が粉塵となるほどの連撃。
    『攻撃は最大の防御』という、シンプルかつ絶望的な質量作戦。

    796 = 468 :

    ~3~

    黒夜「(防き切れない初撃さえ凌げば、既に勝敗は決まってたンだよ麦野沈利ちゃーン?アンタが絹旗ちゃンだったら殺し尽くすのは難しかったろうが、アンタの原子崩しに防御性はないンだろう?)」

    ダンッ!と駐車場の破壊から難を逃れきれず停止した風力発電の風車に黒夜は着地した。
    その無数の手には未だ窒素爆槍が展開され、即応体勢を崩さない。
    朦々と舞い上がる粉塵はあえて掻き消さない。万が一生き延びていた場合の煙幕代わり。
    今日一日の間にフレンダに出し抜かれた記憶を黒夜は忘却の縁に追いやりはしない。
    『付け替え自由な目』が、麦野の死亡か生存いずれかを確認したら再び射出する。

    黒夜「(アンタの攻撃性は確かに私の窒素爆槍の遥か上を行く。けどな、防御を持たない事、射線が直線的にならざるを得ない事、照星合わせの僅かなタイムラグ、その全部がアンタの不利に働くンだよ)」

    これが銃弾の嵐ならば、麦野は原子崩しを編み目のように展開し銃弾そのものを溶解させ蒸発させるだろう。
    だがマシンガン並みの窒素の魔槍は電子線では掻き消し切れない。
    この場には異能の力を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)上条当麻はいないのだから。

    黒夜「(ぬるま湯と日向ぼっこに浸り過ぎたなァ、麦野沈利ちゃン?第四位って座と、男の下に甘ンじ過ぎて留まり過ぎたのが死因だよなァ?牙は使わなきゃ鈍るんだよ。変わる機会をふいにしてきてねェ?)」

    丸くなりすぎた、優しくなりすぎた、甘くなりすぎたと黒夜は麦野を断罪する。
    能力者が能力だけを頼りにし、原始人が振りかざす松明のように頼みにする世代と時代では最早ない。
    世代は更新されたのだ。一掃されるべき卒業生、駆逐すべき新入生と言った具合に。

    黒夜「おおっとお?首くらいは残ったかにゃーん?」

    そして晴れ行く粉塵の煙幕…痘痕のように駐車場を穿つクレーターの数々…
    その中に見つけたのは…そう、麦野沈利の『血溜まり』…赤いペンキをぶちまけたような、一面の血の海…!

    黒夜「ひゃっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」

    『血痕しか残らない』までに破壊し尽くした。
    肉片も残さぬまでの徹底的な虐殺、窒素爆槍という牙に咀嚼され尽くしたかのような無惨な光景。
    絹旗の前に首を持って挨拶代わりの手土産にしてやりたかったが――

    797 = 468 :

     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
    麦野『さーんにーいちドバーァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!』
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

    798 = 468 :

    ~3~

    黒夜「――!!?」

    その時、黒夜が反応したのはほぼ偶然に等しかった。
    それは『ついウッカリ』と言う現象にも似た、思考より先んじる身体の反応であった。
    黒夜の意識すら裏切って動かした、残された肉体部分の生存本能だった。

    ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!

    黒夜「がああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

    麦野の切断された『左腕』に目が向いたその背中に向かって放たれた原子崩しの光芒!
    振り返った無意識下の身かわしをもってしても――
    その青白い妖光は黒夜の左腕を消し炭すら残さずに『消失』させた。

    黒夜「ごがあっ!?ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ!!っがァァァァァァァァァァ!!」

    黒夜が雄叫びを上げた。左腕が吹き飛んだ。左手が消し飛んだ。
    文字通り電子線に焼き尽くされ、細胞もろとも消滅させられた。
    発狂しそうな激痛の中黒夜は風車から飛び降りた。
    ありえない。あの暴虐の連撃をかいくぐり、あまつさえ反撃まで加えて来た麦野沈利が信じられない…!

    麦野「…ビービーわめくんじゃないわよ…」

    麦野が背後から迫って来る。致死量の限界を超えた出血に顔を汚し、コートは穴だらけ。
    左脇腹、背中の右側、右足の大腿部、左鎖骨あたりに窒素爆槍に穿たれ射抜かれ…
    とっくに『戦闘不能』はおろか、意識すら保っていられないほどの激痛の中

    麦野「…そんだけ腕ついてんでしょー?一本くらい…ケチケチすんなよぉ…」

    苦痛も痛苦も激痛も『無視』して麦野は左腕を庇いながら駆け出す黒夜へにじりよる。
    その表情は月明かりなどでは照らせないほど、ドス黒い狂笑。
    まるでアウレオルス=イザードに右腕を切断された時の上条当麻のように…!

    麦野「くれなんて言わないからさあ…勝手に“もぎ取って”くからさあ…なあ…!良いよなぁ?」

    生命の危機に瀕している身体を自らの血糊を引きずりながら麦野はにじり寄る。
    ダメージは圧倒的に、絶望的なまでに麦野の方が重い。
    だが『そんな事は』既に麦野の頭には存在していない。よぎりも浮かびもしない。

    麦野「ブチブチブチブチ…ブチブチブチブチ…」

    799 = 468 :

    夢遊病患者のような覚束無い足取り。されど痛覚など消し飛ぶほどの『何か』に突き動かされる麦野。
    もしこの時、彼女のおぞましいまでの脳内を覗き見る事が出来たならば――
    『上条当麻に抱かれる身体に傷をつけられた』というそれ。

    麦野「手も、足も、首も、順番に順番にもいで、引きちぎって、喰いちぎって、芋虫みたいに死なないように死なないように殺してやるからさぁ…!」

    優先すべきは上条当麻というブレない芯、それ以外は己の命すら二の次、三の次。
    肉体は上条当麻に愛でられ、抱かれる自分を容れるための『器』。
    『心』は既に上条当麻の中において来た。『魂』の余計な部分を削ぎ落とし、『鬼』となるべく麦野は黒夜を追う。

    麦野「…新入生?卒業生…?関係ねェよ!!そんなの関係ねぇんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

    故に麦野は御坂美琴を置いて来たのだ。彼女には絶対、この戦い方は出来ないから。
    精神論でなく現実論として彼女には不可能なのだ。
    御坂の戦いは常に己の正義に従い悪を討つための戦いだ。
    だが麦野は違う。それが彼我の善悪に拠らない立ち位置で『上条当麻』と共にあろうとする。

    麦野「テメエらクソ溜めのゴミ虫が何匹たかろうが、サイボーグだろうがなんだろうが百回ブチ殺せんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

    これが上条当麻との旅の中であれば麦野は『共食い』など選ばない。
    しかし『学園都市暗部』であれば別だ。あの世界は上条当麻のいるべき世界ではない。
    そしてあの世界の人間も上条当麻に触れるべきではないと麦野沈利は考える。

    ある意味においては『悪』に囚われていた頃の一方通行に似通っていながらよりシンプルな法則で。
    ある意味においては『悪』に拠らない立ち位置を手にした一方通行に似通っていながらよりねじくれ曲がったそれ。
    そこには『正義』の寄る辺も『悪』の背もたれすら存在していない。

    そして――それは、何も麦野沈利だけではない。

    黒夜「ひっはははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

    ありえたかもしれない『光の自分』の御坂美琴ではない…『闇の自分』黒夜海鳥が哄笑を上げた。

    800 = 468 :

    ~黒夜海鳥1~

    動物園でライオンを見た事があるかい?まあ私みたいに親がいない人間だって誰かに連れて行ってもらった事があるヤツもいるだろうし、自分で足を運んだヤツもいるだろうさ。

    私はアイツらを『百獣の王』だなんて思っちゃいない。だってそうだろう?
    狩りも出来ず、牙を奮えるのは与えられた餌に食らいつく時だけ。
    それどころか――『獣』なんて檻(わく)に括られ縛られ囲われ囚われてる時点でたかが程度が知れてるよ。

    『猛獣』だなんて恐れられても、アイツらはライフルの一丁でくたばる。
    鉛弾一発でくたばる脆弱な生き物だ。そんな生き物を嘲り混じりの憐れみで見れても、恐れるには至らないね。

    なら『人間』はどうだろう?

    この学園都市ならその『人間』の枠は限り無く広がりその境界線は汁を吸い過ぎた麺のようによれよれだ。
    私と同じ暗部に属するシルバークロースもそうだ。あれはあれで人間の枠を踏み越えている。
    ライフルなんかよりよっぽど強力な武装、よっぽど凶悪な心の在り方。歪みもあそこまで進めばいっそ尖鋭化され洗練されてすらいる。

    なら目の前にいる『この女』はどうだろう?

    コイツは『人間を捨てた』脳のイカレた人喰いライオンだ。
    殺し方ひとつとってすらほとんど病的と言っていい。
    コイツの中でそれがどういう折り合いがつけられているのか興味はないが関心はある。
    モニタリングされたコイツはあの冴えない男から離れられないただの『女』だ。
    つまらない映画を見てくだらないデートをして笑ったり怒ったりするありふれた『女』だ。

    だからこそ――今私の目の前に立ちはだかる女の中核を為す支柱と、そこから乖離された暴力的なまでの殺人衝動が私を引きつける。
    そんなにあの男の腹の上は心地良いかと聞いてみたい。
    これだけの怖気をふるう狂気をほとばしらせていながら、光溢れる檻の中へと自ら進んでいったこの女の柔らかな部分を。

    なあ同類。生きにくいだろ?草食動物だらけの世界で踏み潰さないように注意を払って歩くその窮屈さ。
    お前は私と同類だ。死を振り撒き暴力を振りかざす側の人間だ。

    解き放ってやるよ。後戻りが出来なくなるまで。
    飼われた猫のまま生を終えるくらいなら、イカレたライオンのままくたばれ。
     
     
     
     
    ライフルは私が持っているぞ?麦野沈利。 
     
     
     
     


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