元スレ妹「温もりがほしい笑いかけてほしい受け入れてほしい。寂しい。」
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602 = 555 :
最終章
その日、コンビニでのバイトを終えた兄は、いつもと違う道を歩いていた。
横浜の繁華街を一望できる丘へと続く坂道。
昨晩も、この坂道の前まで来た。
友という少女を見送るためだった。
兄「……」
いつも、遠くから見上げていた丘だった。
その丘を今、上っている。
この上には、観光施設や、学校、公園、それから住宅街がある。
全体的に西洋の雰囲気を帯びた町である。
港町の横浜らしく、その昔外国から来た人が、このあたりに集中して住んでいたらしい。
そんな町の雰囲気に憧れてやってくる、丘の上の住宅街の住人。
その殆どが資産の余分にある、いわゆるお金持ちといわれる層の人たち。
みな競って、町の雰囲気に調和した家屋を立て、自己主張をしているのだ。
603 = 555 :
一軒の家の前までやってきた。
この家も例に漏れず、クラシックな西欧建築を彷彿とさせる作りだ。
兄「……」
しばらくその家の前で、無言で立ち尽くしていた兄だったが
やがてインターホンを押した。
ピンポンという電子音のしばらく後に、「どちらさまですか」という女性の声が続く。
兄「はじめまして。突然すいません。自分は、兄といいます」
兄「友父さんは、いらっしゃいますか」
「……今、留守にしていますが」
兄「何時ごろ帰られますか」
「あの……何の用でございましょうか」
兄「友父さんに、直接伝えたい事があります」
兄「大事な事です。お願いします。また今日来ます。いつのお帰りになりますか」
604 :
オッサンなにしてんの
605 = 555 :
「わからない」との返事に兄は
兄「そうですか」
と答えて、その家から少し離れたところまで歩いた。
家の入り口がよく見える場所だった。
ただ、家の住人からすると、その位置は死角になっていた。
兄「……」
兄は、友父を待っていた。
家の前では不審がられるので、少し離れた場所で。
じっ、と動かず、ただその家の入り口を凝視していた。
兄は友父の顔を知らない。
だから、それらしき人物が側を通る度に凝視していく。
608 = 555 :
「……あれは」
見覚えのある少女が兄の視界に入った。
友だった。
不審がられるのを恐れて、兄は身を隠した。
友「……」
友は、うつむいて、とぼとぼと歩いていた。
そしてその家の門をくぐり、中に入っていく。
兄「何か、落ち込んでるのか……」
友の様子は気になった。
が、それにかまってあげる事はできなかった。
声をかければ、予定が狂ってしまう。
兄「……」
兄はまた元居た場所へと戻り、友父をの帰りを待つ事に専念し始めた。
610 = 555 :
日が傾き始めた頃、中年の男性がその家の門に向かった。
高そうなスーツに身を包んでいたが、肉つきが少なく、いやらしさを感じない体つきをしていた。
兄「すいません」
兄は、その中年の男性に声をかけた。
友父「はぁ……なんでしょうか」
友父は、賢明そうな顔つきをしていた。
緊張していた兄に、幾分かの安息が生まれた。
兄「自分は、兄と、言います」
友父「……失礼ですが、お会いした事が……」
兄「無いかもしれません」
兄「ただ、自分の父とは、面識がいくつもあるはずです」
友父「……父」
思案の顔つきを少しの間見せた後、友父は自分の耳を疑った。
彼にとって、もう十年以上に聞かなかった名前だった。
611 = 556 :
伏線回収期待紫煙
612 = 555 :
その頃、妹は自宅のアパートに帰ってきていた。
友と別れた後、虚無感が妹の心を支配していた。
大切なもののために、大切なものを失った。
その傷が簡単に癒えるはずもない。
妹「……また、ひとり」
制服のまま、妹は布団の上に転がっていた。
もう、この制服を着ることもないだろう。
そう思うと、なかなか脱ぐことができなかった。
妹「兄さん」
天井に向かって、愛しい人の名前をつぶやいた。
そうして、昨晩の情愛の風景を思い出す。
妹「また、抱いて、欲しい」
妹にとって、これまで生きてきた中で一番幸せな時間だった。
嫌なことを忘れていられて、兄の為に存在している事を証明できた行為だった。
妹「……ほしい」
そういえば、兄は「欲しいものは欲しいと言ってもいい」といった。
……本当に自分が欲しいものはなんだろう。
妹は、ぼんやりとその事を考え始めた。
614 = 555 :
兄は家の中に通された。
この家は外見に比して、中も予想以上に壮麗だった。
壮麗といっても、輝いている感じではなく、むしろシックな雰囲気であった。
そのシックさ、シンプルさは、奥深いゆえに選ばれた者しか持ち得ない。
その作りは、友父とよく似ているな、と思った。
パッと見は友父は「お金を持っている」ようにみえる。
しかし接してみるとその清潔さに、金に溺れている呈が見受けられないのだ。
けれどもその清潔さは、資産家だからこそ持ちえる、心の余裕なのだ。
兄「……」
友母「……どうぞ」
そっけない態度で、友母が紅茶と茶菓子を置いた。
やはり、自分は招かざる客であるようだと、兄は思った。
友父「……もしや、と思うが、父は……」
兄「十年以上前に亡くなりました」
兄「ご存知、なかったですか」
友父「すまない。しらなかった」
友父「そうか……亡くなられたか」
616 = 559 :
時系列が一瞬よく分からなくなった
617 = 555 :
兄「父が、なぜ借金を背負う事になったのか、自分は知りません」
兄「……ただ、父が、死ぬ直後に、言ったんです」
兄「友父さんに、会えと」
兄「会って……」
兄「……」
友父「かまわない、言って欲しい」
兄「謝ってもらえ、と」
友父「……」
言い終えると、友父は目を見開いた。
それまで冷静だった友父は、初めて自失した。
父の言葉に、驚いているように兄には見えた。
父が兄へと言い残した言葉は、2つあった。
1つは「兄は妹を守るもの」
もうひとつが「友父に会って謝ってもらえ」
だった。
友父という人を、父の口から聞いた事があるだけで、これまで兄は知らなかった。
しかし、暴漢から救った友という少女に出会った事で、友父へと辿り着く事ができたのだった。
618 = 555 :
兄「なぜそんな事を言い残したのか、何となく想像がつきます」
兄「ただ、その事を自分は掘り返そうと思っていません」
兄「今の生活に、満足……とはいいませんが、過不足はありませんから」
それは、本心からだった。
兄は自分の生まれを呪ってはいたが、その生まれと向かい合う事に生き甲斐を見出していた。
そして妹というかけがえの無い存在を、手に入れた。
これは兄にとって何者にも代えがたい価値であった。
友父「簡単に、言うと、な」
落ち着きを取り戻した友父が、ゆっくりと口を動かし始めた。
友父「裏切ったんだよ。君の、お父さんを」
兄「……」
兄は、動じなかった。
そういう事だろうと、なんとなく予想はしていた。
……ただ、父と母の苦しみの元凶がもしも本当に友父なのであれば
自分は子として、恨んでしまうかもしれない。
兄は、その恐怖を感じていた。
自分に友父を寛容する力があるか不安だった。
大人になる過程で、兄はずっと「そうはなるまい」と思い続けてきた事であったからだった。
それは、父の言葉が「謝ってもらえ」であって「恨め」では無かったからではないだろうか。
もっといえば、「殺せ」でも、おかしくなかったはずだ。
兄は、そういった父の精神を、知らず知らずのうちに受け継いでいたのである。
619 :
私怨
621 = 555 :
友父「会社を、再建させるためにな」
友父「どうしても君のお父さんに、全てを押し付ける必要があった」
友父「言い訳など、出来ようも無い」
友父「紛れも無く、私の選択は悲劇を生んだのだから」
淡々と。
だが、一つ一つ自分の罪を確認するように、友父は語った。
そして、座っていたイスから立ち上がり、床にひざをついた。
友父の頭が、この部屋の何よりも低い位置に、こすり付けられた。
友父「すまない」
友父「本当に、すまない」
友父「…………すまない!」
兄「……」
兄は、黙って友父を見下ろしていた。
丘の上の瀟洒な家の住人が、今、自分の目下にある。
……それが、兄の十数年間溜まり続けていたものを噴出させた。
兄「父は……父さんはっ」
兄「俺に、妹に、母さんに謝りながら死んでいった……っ」
兄「そんな死に方をさせたのは、……あんただったのか!!」
622 = 556 :
私怨
623 = 556 :
そういやあと2時間か?
624 :
横浜だから兄とかの住んでるところは寿町とかかなとか思ったり私怨
625 = 555 :
兄「あんたに想像できるか???」
兄「狭い安アパートの下で、家族が心苦しく生活する様を!」
兄「こんな家に住んでいて……」
兄「のうのうと、高い丘の上から俺の家を見下すように建っていて!」
兄「ずっとずっと、お前ら家族の、踏み台に……っ!!」
兄「それで父に謝りも、死に目にも、来ないなんて……くそっ、くそっ!!!!」
今すぐ暴れまわって、この家をぶち壊してやりたい気持ちを、兄は必死で抑えた。
友父「あの後すぐ、友父さんの行方が掴めなくなってしまった」
友父「……言い訳がましいが、ずっと、気にかけていたんだ」
友父「こんな家に住んでいて、なにをと思うだろうが」
兄「……畜生っ、……ちく、しょぉおっ!!!」
嘆いてもせんない事だと、分かっていた。
恨んでも無駄だと、知っていた。
そういった兄の理解を超えた、家族への思いが兄を駆りたたせていた。
母の、父の、そして妹の思いの丈を、兄は代弁せずにはいられなかった。
626 :
母ちゃんを仕事から解放してやりたいね
627 = 555 :
兄「……もう、立ってください」
ひとしきり兄が叫び終わって、兄が声をかけた。
兄が叫んでいる間、友父はずっと土下座をしていた。
兄「あなたにも、守るべき家族があったでしょう」
兄「それと同じように、父にも、守るべき家族がいた」
兄「家族を守るために、他の家族を犠牲にする……」
兄「それは、仕方の無い事かもしれません」
兄「……ですが、理不尽な事だと思いませんか?」
聞かれて、友父は顔を上げた。
友父「……君たち家族だけじゃない」
友父「俺は、理不尽を積み上げて、ここに居る」
友父の目には涙があった。
その涙は、兄にとって嘘には思えなかった。
彼もまた、選択し、何かを捨てて何かを得てきた一人だった。
628 = 626 :
ワクワク
629 = 555 :
友父の家を出ると、兄の見覚えのある少女が後ろからついてきた。
友だった。
友「あの……っ」
兄「やあ。昨日は、どうも」
友「……話、少し、聞きました」
友はいつものハツラツとした雰囲気が消えていた。
妹との別れ、そして妹の家との因縁。
今日は彼女にとって、重い出来事がかさなりすぎた。
兄「そうか。……まぁ、そういう、事なんだ」
兄「昨日、帰ってる途中で友さんの名前に聞き覚えがあるのを思い出してね」
兄「もしやと思って……家を探させてもらった」
友「そうだったんですか……」
兄「どうしたの?」
何かいいたげな彼女の雰囲気を察して、兄は出来るだけやさしい声で聞いた。
友「差し出がましいお願いかもしれないです」
友「でも、どうしても、なんです」
友「……私を、妹さんの家に、連れて行ってください」
630 = 559 :
話がいきなり進んだな
631 = 555 :
結局のところ、兄は友父のことを許せているのかどうか、分からなかった。
家から出る直後まで、もっと何か言ってやろうかという気持ちは消えなかった。
だが、兄はそういった自分が嫌いである。
嫌いであれば、いつか、本当に許せる日が来るだろう。
兄はそう思い、今の自分を肯定することにした。
友「今日、妹さんと、お話しました」
友「その、……今日、私も、妹さんも、学校を休んだんです」
兄「……そうだったのか」
兄は妹が自分のことを昼の間ずっとみていた事を知らなかった。
これまで、妹が高校を休んだことは無かった。
多少の風邪を引いても、奨学金が貰えなくなるからと、無理を押して通学していたくらいだ。
兄「どうして……いや、……でも」
兄にその心当たりはあった。
633 = 555 :
友「私、妹さんと、仲良くさせてもらってたんです」
兄「……」
それも、兄にとって初耳だった。
友「でも、その……ちょっと、私が妹さんに近づきすぎちゃったみたいで」
友「……お別れ、したんです」
妹は、普段から友達などいらない、と言っていた。
だとすれば、不思議な事ではない。
しかしそれは、自分へ筋を通す妹の意地の様なものだと、兄は知っていた。
つまり、その遠因は兄にもあった。
兄「ごめん……俺が、悪いんだ」
兄「妹にそんな事をさせているのは、俺だ」
友「それだけ、きっと……愛されてるんです」
友「うらやましいです」
友は、笑ってそう言った。
この人にはかなわない、という諦めの自嘲も含んだ笑いだった。
634 = 555 :
アパートに辿り着き、兄は鍵を開けた。
兄「ただいま」
返事は無い。
兄「まだ、帰ってきてないのかな」
兄が靴を脱いで上がり、友もそれにつづいた。
兄「……あ、居た」
妹は、部屋の布団の上で眠っていた。
その顔は、兄ですら見たことの無い、安らかなものだった。
友「……妹さん……」
その幸せそうな寝顔を見て、友は自分も幸福を感じた。
635 :
終わりが近づいてるな
なんて怖さ
636 = 555 :
この家の様な安アパートに入るのは、友は初めてだった。
これまで、色んな友達の家に遊びに行って来た。
しかし、どの家もここまで狭くはなかった。
自分の知っている世界との格差に、驚きを隠せない。
友「……」
黙って、家の隅々を観察しながら、友は思った。
自分の知らない世界は、まだまだいっぱいある。
そういう世界を知らないで、幸せを享受する事は、良いことなのだろうか。
罪なのではないか。
友は、本質的に優しい。
そして、物事を深く突き詰める癖がある。
だからこそ、自分の身近な事に常に疑問を持って、筋の通っていないを是とすることができない。
兄「さて……姫君をどうやって眠りから覚ませようか」
ぐっすり眠っている妹を見ながら、兄が言った。
友「む、無理に起こさなくても」
兄「……友さん」
兄「やってみる?」
友「え……?」
637 :
まだ春休みでもないのにコテ付けるSS書きのスレが伸びる今のvip
638 = 555 :
友の目前に、妹の寝顔がある。
かすかな寝息の音が、友の耳をくすぐる。
友「……ど、どうしろと」
兄「好きにしていいよ」
友「そ、そんなこと言われても」
相手は寝ているから、あまり無茶な事はしたくない。
今すぐ目前の綺麗な寝顔に、有り余るくらいの口付けをしてあげたいくらいだ。
……でも、それは妹さんの了承を得てないし、第一卑怯だ。
友はそんな事を考えながら、アイディアを実行に移した。
友は口元を、触れるか触れないかの距離で、妹の耳に寄せた。
そして、そっとささやく。
友「おはよ」
639 = 555 :
妹「……ん」
妹「あれ……」
妹「って、え? と、友……さん!?」
居る筈の無い人が目の前に居た驚きで、妹は一瞬で目を覚ました。
どうやら兄の思惑の効果は抜群だったようだ。
友「ふふっ……あはっ」
妹の反応がおかしくて、友はコロコロ笑った。
妹「え? う、嘘っ?? に、兄さん……どういう……こと?」
兄「妹の大切な人を、連れてきてあげただけだよ」
妹「……大切、な……」
何か大事な事を思い出すように、妹は言葉を反芻した。
友「ごめんね、起こしちゃって」
友「でも……あははっ、妹さんはやっぱり可愛くて、面白い」
妹「今、……夢、見てたの」
友「夢?」
641 = 555 :
妹「うん……未来の、夢」
妹「そんなに遠くない、未来だった」
妹「私が、本当に欲しいものが、全部あった世界だった」
妹「……幸せ、だった」
兄「それはきっと、正夢だよ」
妹「え……」
兄「言ったろ? 欲しいものは欲しいって言ってくれって」
兄「我慢しなくていいんだ」
兄「そうすれば、その世界は、正夢になる」
兄「妹はもう、嘘をつかなくても良い」
妹「……だって、それじゃ、兄さんが」
兄「俺はそんな事で喜ばないよ」
兄「昨日、妹が望んだ俺との関係は」
兄「俺の喜びが妹の喜びで、妹の喜びが俺の喜びで……」
兄「そんな関係じゃなかったのか?」
643 = 555 :
妹「そう、だけ、ど……」
兄「俺も、好きで一人でいる訳じゃないんだ」
兄「もし、妹が……俺にわがままを言ってくれるようになったら」
兄「俺もがんばれる気がする。……だから」
妹「う、ん……うん……」
友「え、へへ……やっぱり、お兄さんにはかなわないな」
兄と妹の会話を初めて聞いて、友は自分の妹との歴史の浅さを自覚した。
生まれてから妹の側に居る兄に、出会ってひとつきである自分がかなうと思っていたと思うと、恥ずかしくなる。
妹「友さん……」
友「今日は、ごめんね……。懲りずにまた来て、ごめんね……」
友「私、いいから……妹さんの、側に居られれば、それでいいから」
友「やっぱり、お別れは……嫌だ……」
この時、妹は古典の授業でやった、枕草子のことを思い出した。
「あなたを可愛がってもいい。でも、それが一番じゃなかったらどう思う?」
という藤原定子の問いに、清少納言は
「あなたにお仕えするのであれば、一番下でも満足です」
と答えていた。
644 = 555 :
妹「友さん……私が欲しいものを、全部もってる」
妹「私の、憧れ」
妹「……これから、もっと、教えて欲しい」
妹「私に、友さんを」
友「うぅ……うあぁっ」
友は、たまらず妹に抱きついて、涙をこぼした。
はじめて友の家で交わした抱擁。
それからずっと、お互い求めていて、できなかった。
友「……ありが、と……ありがと……っ」
妹「私なんかに、こんなに想ってくれて……ありがとう」
645 = 556 :
しえん
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