元スレ朋也「軽音部? うんたん?」
SS覧 / PC版 /みんなの評価 : ★★★×5
151 = 43 :
だめだったら、あそこまで盛り上がるはずがない。
朋也「よかったんじゃないか」
唯「ほんとに?」
春原「そこそこね」
唯「そこそこかぁ…じゃ、まだまだだね、私も」
言って、微笑む。
前向きな奴だった。
律「おーい、岡崎に春原。こっちの、もう運んどいてっ」
舞台の端で部長が呼んでいた。
春原「ふぁー、めんどくさ…」
―――――――――――――――――――――
機材の往復も終わり、部室では軽い打ち上げが行われていた。
紬「みんな、おつかれさま」
琴吹がティーカップに紅茶を淹れ始める。
律「ムギもおつかれだろ~。だから、今日はお茶はセルフサービスな」
紬「あら、そう?」
152 = 1 :
律「うん。今淹れた分はムギのってことで」
春原「僕はムギちゃんが淹れたのが飲みたかったけどね」
紬「そう? なら、やっぱり私が…」
律「いいよ、ムギ。座ってなって」
座っていろ、と身振りで示す。
律「春原…あんた、部員でもないのにちゃっかり打ち上げに参加しやがって…」
律「あまつさえ自分のために働かせるって、どういう脳みそしてんだよっ」
澪「い、いいじゃないか。ふたりのおかげで、今日はほんとに助かったし…」
春原「だそうだ」
律「くむむ…だとしても、あんまり調子に乗るなよなっ」
澪「とりあえず、淹れてから乾杯しようか」
唯「さんせーい」
全員がカップに紅茶を淹れ、中央に寄せ合った。
唯「春原くんと岡崎くんも」
朋也「俺たちもか」
153 = 43 :
唯「うん」
誘いを受け、俺と春原もそこに混じる。
ちんっ
軽く触れて乾杯し、一斉に飲み始めた。
律「くぅ~、うんめぇ~。一仕事終えた後の一杯は格別だな」
澪「オヤジ臭いな…お酒じゃないんだぞ…」
唯「今日は大成功だったよね。アンコールももらったし」
唯「入ろうと思ってくれた人がたくさんいてくれればいいなぁ」
梓「大丈夫ですよ。今日の出来はすっごく良かったですから」
唯「あずにゃん…うん、そうだよね」
唯「これで、あずにゃんに後輩ができるといいね」
梓「後輩ですか」
律「今回、それで唯が一番張り切ってたんだぞ」
律「今年部員が入らないと来年梓がひとりになってかわいそうだから~ってな」
澪「それがあの着ぐるみにつながったわけだけどな…」
154 = 1 :
澪「でも、梓も思わなかったか。いつもより音に気合が入ってるって」
梓「そういえば…」
唯「えへへ。私、がんばったんだよ? ほめて、あずにゃんっ」
梓「わっ…」
抱きつき、頬を寄せる。
梓「もう…唯先輩は…」
抵抗せず、されるままになっていた。
律「お? 今日は嫌がらないな?」
梓「う…そ、それは…そんな話聞いたあとですし…」
唯「やった! ついにあずにゃんが私の支配下に!」
梓「し、支配ってなんですか…や、やっぱり離れてください」
ぐいぐいと懸命に平沢を引きはがしている。
唯「あっ、ちぇ…」
密着状態が終わる。
紬「くす…唯ちゃん、支配下に置くにはまだ調教が足りなかったようね」
155 = 43 :
ばっ、と全員が琴吹に振り返る。
紬「? どうかした?」
律「いや…うん…」
澪「ムギって…時々…いや、なんでもない…」
梓「ムギ先輩…」
春原「…僕はそういうのもアリかな…ははっ…」
紬「?」
琴吹だけがわかっていなかった。
―――――――――――――――――――――
春原「おまえ、さわちゃんからなんか聞いてる?」
コタツから上体だけ起こし、訊いてくる。
朋也「いや、なにも。でも昨日、これで終わりじゃないみたいなこと言ってたけど」
寝転がったまま答える。
明日以降なにをするかは聞いていない。
多分、明日の放課後にでも通達がくるのではないかと踏んでいるのだが。
春原「そっか。じゃあさ、このままバックレても大丈夫かな」
156 = 1 :
朋也「さぁな。でも、担任だからな。逃げられんだろ」
春原「近づいてきたらダッシュで逃げればいいじゃん」
朋也「あの人なら絶対追ってくるぞ」
春原「僕の俊足なら振り切れるさ」
朋也「おまえにそんなイメージないからな」
というか、そもそもそういう物理的な問題でもない気がする。
春原「おまえ、知らねぇの? ちまたで噂のエスケープ春原の異名を」
情けなすぎる異名だった。
朋也「知らねぇよ…そんなもん初耳だ」
春原「どんな手段を使っても逃げ切る男として恐れられてるんだぜ?」
逃げているのに恐れられるなんてことがあるのか。
春原「へっ、これでまた僕の実績が増えるね」
朋也「そうか、よかったな」
逃げの歴史に新たな一行が加えられることがそんなにうれしいのだろうか。
なぜそんなことを誇っているのかよくわからない…。
朋也(やっぱ、アホなんだろうな…)
157 = 43 :
4/9 金
唯「おはよ~」
朋也「ああ、おはよ」
からっぽの鞄を机の横に提げ、椅子に腰掛ける。
唯「岡崎くん、私、考えたんだけどね…」
朋也「ああ、なんだ」
唯「えっとね、朝、私が迎えにいくっていうのはどうかなぁ」
朋也「はぁ? いや、つーか、いろいろ言いたいことはあるけどさ、まずうちの住所知らないだろ…」
唯「うん、だからね、よかったら教えてくれないかなぁ、なんて」
朋也「いいよ、いらない」
唯「そっか…残念」
朋也「つーか、おまえの家から遠かったらどうしてたんだよ…」
唯「あ、そこまで考えてなかったよ…」
無計画にもほどがあった。
本当にただの思いつきで言ったようだ。
朋也「なぁ、なんでそうまで世話焼きたがるんだ?」
158 = 1 :
朋也「俺が遅刻しようが、欠席しようが、関係ないだろ」
これは純粋な疑問だった。
わりと話すようになったとはいえ、まだお互いのこともよく知らない。
それなのに、やたら俺を気遣って、遅刻のことを言ってくる。
唯「なんでかな…私もよくわかんない」
唯「でも…ここ何日か一緒にいて、岡崎くんのこと見てたらさ…」
唯「うん…おもしろい人だなって。それに、不良なんていってるけど、ほんとは優しくて…」
唯「だから、もっと普通に学校生活を楽しめたらいいのにって…」
唯「それで、まずは遅刻から直していけばいいんじゃないかと思ったんだけどね」
朋也「そういうことなら、春原の奴にでもやってやれよ」
唯「まずは岡崎くんからだよっ。その次が春原くんね」
ふたり共を更生させる気でいたのか…。
朋也「…そうか、がんばれよ」
もう、放っておくことにした。
そうすれば、こいつも、自然とそのうち飽きるだろう。
唯「うんっ、がんばるよっ…って、実際がんばるのは岡崎くんのほうだよっ」
―――――――――――――――――――――
159 = 43 :
………。
―――――――――――――――――――――
昼。春原と共に学食へ。
春原「やっぱふたりだと身軽でいいよね」
朋也「そうだな」
春原「ついてくる素人もいないことだし、やっと玄人らしく食べられるよ」
朋也「ただの学食に玄人もクソもあるかよ」
春原「おまえ、何年学食で食ってるつもりだよ。あるだろ、決定的な違いが」
朋也「知らねぇよ…」
春原「マジで言ってんの? わかんないかねぇ…」
朋也「なんだよ、言ってみろ」
春原「ほら、あれだよ。あの…アレ…だよ」
げしっ
春原「ってぇなっ! あにすんだよっ!」
朋也「もったいぶっておいて、リアルタイムで考えるな」
160 = 1 :
―――――――――――――――――――――
ずるずるずる
春原「学食のラーメンってさ、けっこううまいよね」
ずるずるずる
朋也「ああ、意外としっかりしてるな」
春原「カップラーメン以上、うなぎパイ未満って感じ?」
朋也「なんで比較対象の上限が非ラーメンなんだよ」
春原「僕、あれ好きなんだよね、うなぎパイ」
春原「おまえも、前にうまいって言ってたじゃん」
朋也「言ったけどさ…」
春原「だろ?」
だからなんだというのか。
本当に意味のない会話だった。
―――――――――――――――――――――
昼飯の帰り、廊下を歩いていると、その先でラグビー部の三年を発見した。
俺は立ち止まる。
161 = 43 :
春原「どうしたの」
朋也「おまえ、きのう異名がどうとか言ってたよな」
春原「ああ、エスケープ春原ね」
にやり、と得意げな顔をしてみせる。
朋也「おまえの実力みせてくれよ、あいつで」
ラグビー部員を指さす。
春原「え!? う、ま、まぁいいけど…」
明らかに動揺していた。
朋也「じゃ、ちょっとここでまってろ」
春原を待機させ、俺はラグビー部員のもとへ寄っていく。
朋也「なぁ、ちょっといいか」
ラグビー部員「あ?」
談笑を止め、俺のほうに振り返る。
朋也「春原がさ、おまえの部屋のドアに五発蹴りいれたって自慢してくるんだけどさ…」
ラグビー部員「はぁ? んなことしてやがったのか、あいつはっ」
162 = 1 :
朋也「ほら、今もあそこで挑発してるし」
俺の指さす先、春原はカクカクと生まれたての小鹿のように足が震えていた。
ラグビー部員「春原ぁっ!」
春原「ひぃっ!」
両者ほぼ同時に駆け出す。
朋也(お、意外に早いな)
俺も小走りで追ってみる。
―――――――――――――――――――――
春原「うわぁ、どけっ、どけっ!」
春原は通行人を弾くようにして逃げていた。
春原「とぅっ」
階段を下から数えて2段目から飛び降りる。
朋也(2段じゃあんま意味ないだろ…)
俺はその様子を上から見下ろしていた。
ラグビー部員「まて、おい、こらっ」
163 = 43 :
春原「ひぃぃぃっ」
だんだんと差を縮められているが、かろうじて捕まっていなかった。
だが、それも時間の問題だろう。
朋也(アホくさ…)
俺は追うのをやめ、教室に戻ることにした。
―――――――――――――――――――――
朋也(ん…?)
再びさっきの場所まで戻ってくると、窓の外、金髪が疾走する姿が見えた。
朋也(あいつ、外まで逃げてんのか…)
よくよく見ると、追っ手が5人に増えていた。
朋也(敵増やしてどうすんだよ…)
しかし、あんな人を踏み台にするような逃げ方をしていれば、恨みを買うのも無理はない。
俺はこの後訪れるであろう春原への制裁を案じて、合掌を送った。
朋也(成仏しろよ…)
キーンコーンカーンコーン…
朋也(やべ、ちょっと急ぐか…)
164 :
>>110
ヘッドバンギングな
165 = 1 :
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
5時間目が終わると、教室の入り口、春原が戻ってくるのが見えた。
朋也(あれ…? 無傷か…)
てっきりリンチされたものだとばかり思っていたが…。
不思議に思っていると、春原がこちらにやってきた。
春原「逃げおおせてやったぜ…」
朋也「すげぇじゃん」
春原「まぁね。あいつら、チャイムが鳴ったら、引き返してったからね」
春原「僕の逃げ切り勝ちさ。今後はおまえも、僕をリスペクトしろよ、メーン?」
言って、背を向けて帰っていく。
唯「春原くん、なにかしてたの? 背中にクツ跡ついてたけど」
朋也「さぁな。鬼が複数、獲物ひとりの鬼ごっこでもしてたんじゃねぇの」
唯「それ、楽しいの?」
朋也「知らん」
166 = 43 :
一撃もらっていたようだ。
あいつをリスペクトする日は永遠にこないだろう。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
SHRも終わり、放課となる。
春原「岡崎……」
朋也「うわ、なんだよ、いきなり」
数瞬もしないうち、いきなり春原が現れた。
さわ子「逃げようとしても、無駄だからね」
そのとなりで、さわ子さんが春原の首根っこを掴んでいた。
その温和な表情と、やっていることのギャップが怖い。
春原「この人、速すぎるよ…」
春原も大概素早いほうだったが、それを上回るほどなのか。
やはりこの人は底知れない。
唯「ねぇ、さわちゃんさぁ、最近こないよね」
隣から平沢が語りかける。
167 = 1 :
さわ子「吹奏楽部の方がちょっと立て込んでたからね」
さわ子「新勧ライブもみてあげられなくて、ごめんなさいね」
唯「私達だけでもなんとかなったよぉ、えっへん」
さわ子「みたいね。頼もしいわ。今日はいけるから、琴吹さんによろしく言っておいてね」
さわ子「じゃ、岡崎くん、春原くん、ついてきて」
春原「自分で歩くんで、そろそろ離してくれませんか…」
さわ子「あら、ごめんなさい」
ぱっと手を離し、解放する。
さわ子「いくわよ」
言って、背を向ける。
さわ子「ああ、それと、平沢さん、さわちゃんって呼ぶのはやめなさいね」
振り返り、それだけ告げると再び歩き出した。
俺と春原もそれに従った。
―――――――――――――――――――――
今日さわ子さんに命じられたのは、中庭の整備だった。
ぼうぼうに生い茂った雑草や、生徒が不法投棄したゴミなどの処理が主な仕事だった。
168 = 43 :
春原「こんなもん、業者にやらせればいいのによ…」
スコップでざくざく地面を削りながら、愚痴をこぼす春原。
春原「岡崎、落とし穴でも作って遊ぼうぜっ」
朋也「ガキかよ…」
春原「じゃ、アリの巣みつけて、攻撃は?」
朋也「同レベルだっての…」
春原「じゃ、なんならいいんだよっ。砂の城か? 秘密基地か?」
朋也「おまえ、ほんとに高三かよ…」
春原「少年の心を忘れてないだけさっ」
朋也「ああ、そう…」
―――――――――――――――――――――
朋也「ふぅ…」
空を見上げる。
陽も落ち始め、オレンジ色に染まりだしていた。
朋也「春原、そっちはどうだ」
春原「ああ、完璧さ…みてみろよ」
169 = 1 :
そこには、立派な城が出来上がっていた。
朋也「………」
こいつ、黙々と作業してると思ったら…。
げしっ げしっ
春原「ああ、なにすんだよっ! 春原王国がぁああっ!」
朋也「なにが春原王国だ、さっさと滅べ」
げしっ
春原「寝室がぁああっ! 謁見の間がぁああっ!」
朋也「細かく作りすぎだろ…」
もはや職人芸の域だ。
声「お~い、ふたりとも~」
春原「あん?」
こっちに近づいてくる人影。
唯「おつかれさまぁ~」
平沢だった。
170 = 43 :
唯「ジュースの差し入っ…うわっ」
突如、足が地面にめり込み、つまづいて倒れた。
春原「やべっ…」
こいつの落とし穴だった。
ぼかっ
春原「あでっ!」
とりあえず一発殴っておいた。
―――――――――――――――――――――
朋也「足とか手、大丈夫か?」
唯「うん、平気だよ」
春原「いや、悪いね、ははっ」
唯「こんなところに落とし穴なんて作っちゃだめだよっ、春原くん」
春原「つい出来心でさ」
朋也「恩をあだで返しやがって。最低だな」
春原「そんなの、作ってる最中にわかるわけないだろ」
171 = 1 :
平沢は、さわ子さんから話を聞いて俺たちがここにいることを知ったらしかった。
そして、部活が終わって、渡り廊下から中庭を覗いてみると、まだ俺達がいた。
そこで、差し入れを持ってくることを思いついたのだという。
他の部員たちには先に帰ってもらったらしい。
春原「ま、せっかくもらったことだし、一杯やりますか」
プルタブを開ける。
ブシュッ
春原「うわっ!」
噴き出した液体が春原を襲う。
春原「平沢…おまえ、振ったなっ! 炭酸じゃねぇかよっ!」
唯「ご、ごめんね、走ってきたから、無意識に…」
朋也「お、すげ、今のでおまえから虹がかかってるぞ」
春原「かかってませんっ」
唯「あははっ」
―――――――――――――――――――――
三人で坂を下る。
唯「ここの桜って綺麗だよね」
172 = 43 :
坂の脇にずっと並んでいる桜の木。
今はもう、その花も少し散りはじめていた。
春原「毛虫がうざいだけだよ」
唯「だとしても、いいものだよ」
朋也「こいつにそんなこと言っても無駄だぞ」
朋也「花より団子を地でいくような奴だからな」
朋也「この前なんか、変な虫に混じって花の蜜にむしゃぶりついてたし」
春原「んなことしてねぇだろっ!」
唯「春原くん…桜は荒らさないでね?」
春原「信じるなっ!」
―――――――――――――――――――――
春原「じゃあな」
唯「ばいばい」
朋也「また後で寄るぞ、俺は」
春原「ああ、だったね」
俺たちに背を向け、歩いていく春原。
173 = 70 :
りっちゃんと春原は馬が合いそうだな
174 = 1 :
平沢とふたりきりになる。
唯「いこっ、岡崎くん」
朋也「ん、ああ…」
一緒に帰るつもりのようだ。
どうせ、途中どこかで分かれることになるのだろう。
それまでなら、いいかもしれない。
―――――――――――――――――――――
予想に反して、いっこうに平沢と道を違えることはなかった。
もう通学路の道のりを半分以上来てしまっている。
今までと同じだけ歩けば、家に帰りついてしまう。
唯「岡崎くんも、家こっちのほうなんだ?」
朋也「ああ、まぁな」
唯「私と同じ通学路なのかもね」
朋也「かもな」
唯「でも、今まで一度も遭ったことないよね」
朋也「俺とおまえの通学時間が違うからじゃないか」
唯「あ、そっか。岡崎くん、二、三時間目くらいにくるもんね」
175 = 43 :
唯「一、二年生の時もそうだったの?」
朋也「ああ、もうずっとそうしてる」
唯「そっか…でも、帰りは…」
唯「あ、帰りも、私、部活やってて遅いからなぁ…そりゃあ、時間、合わないよね」
朋也「大変なんだな、部活」
唯「そんなことないよ。いつもお菓子食べたり、お話したりが大半だから」
朋也「でも、ライブではすごかったじゃないか。素人の俺にはよくわかんないけどさ」
朋也「上手くやってるように見えたぞ」
唯「そこが私達のすごいところなんだよっ。なんていうのかな…」
唯「そう、仲のよさがそのまま演奏のよさにつながってるんだよっ」
唯「だから、お菓子食べてだらだらするのも練習のうちなの」
謙遜で言っているのではなく、本当にそんな風に過ごしているのだろうか。
確かに、茶を飲んでいるところは見たが、練習と本番も同じく見ているので、あまり想像できない。
普段は、こいつの言うように、緩いところなんだろうか。
―――――――――――――――――――――
唯「びっくりだよ…」
176 = 1 :
もう、目の前には俺の自宅があった。
唯「私のうち、この先をずっといって、信号二つ渡ったところだよ」
唯「同じ地区だったんだね」
朋也「みたいだな」
唯「中学校はどこだったの?」
朋也「隣町のほうだ」
そこは、公立であるにもかかわらず、バスケが強いことで有名な中学だった。
俺がこの町にある近場の中学ではなく、隣町を選んだのは、それが理由だった。
毎年そこからは何人もスポーツ推薦でうちの高校に進学している。
俺もそのうちの一人だ。
唯「じゃ、小学校は?」
朋也「あっちの、大通りを通って、坂下ってったとこのだよ」
唯「うわぁ、そっちかぁ」
唯「私は、和ちゃんが桜高のある方面にしたから、私もそっちにしたんだよね」
唯「あ、私と和ちゃんって、幼馴染なんだよ」
朋也「そっか」
唯「うん。でも、どおりで今まで知りあってないはずだよね。家、そんなに遠くないのに」
177 = 43 :
朋也「なにか力が働いたのかもな。風水的な。俺とおまえが遭わないようにさ」
唯「風水?」
朋也「ああ。なんかこう、立地が魔よけ的になってたりな…」
唯「それ、私が魔だっていいたいの?」
朋也「まぁ、そんなところだ」
唯「ひどいよっ! こんな愛くるしい魔なんていないよっ!」
自分で言うか。
朋也「でもおまえ、頻繁にピンポンダッシュとかしそうじゃん」
唯「しないっ!」
とん、と軽く俺の胸を叩いてきた。
唯「もう…変な人だよ、岡崎くんは」
朋也「そりゃ、どうも」
唯「…えへへ」
朋也「は…」
笑いかけ、止まる。
178 = 1 :
親父「おや…お友達かい。女の子だね」
親父だった。
唯「あ…」
親父は、平沢の後方からやってきて、俺たちの横についた。
今、帰りだったのだろう。
なんてタイミングの悪い…。
唯「あ、は、はじめまして。岡崎くんのクラスメイトで、平沢唯といいますっ」
やめてくれ、平沢…
会話なんてしなくていいんだ…
親父「これは、どうも。はじめまして」
唯「えっと…岡崎くんの、お父さん…?」
親父「………」
なんと答えるのだろう。
はっきりと、父親だと言うのだろうか。
こんな子供だましのような、薄っぺらい、ごっこ遊びを続けたまま。
親父「そうだね…でも、朋也くんは、朋也くんだから」
親父「私が父親であることなんて、あまり意味がない」
唯「え…?」
179 = 43 :
熱を帯びた嫌悪感が、頭の奥から湧いてきて、全身を巡り、体が熱くなる。
俺は家に入ることはせず、そのままそこから立ち去った。
もう、これ以上あの場にいられなかった。
あの人の中では、全部終わっているのだ。
これからのことなんて、なにもありはしない。
ずっと、衝突することもなければ、何も解決することもない場所に居続けるんだ。
たった、ひとりで。
そこに俺はいない。
唯「岡崎くんっ」
声…平沢の。
すぐ後ろから聞えてくる。
けど、俺は無視して進み続けた。
―――――――――――――――――――――
朋也「…おまえはもう帰れよ」
唯「でも…」
朋也「もう、だいぶ暗くなってるぞ」
陽は完全に落ちきって、外灯が灯っていた。
唯「岡崎くんは、どうするの」
朋也「いくとこあるからさ」
唯「どこに」
180 = 1 :
朋也「どこだっていいだろ」
言って、歩き出す。
それでも、まだ平沢は黙ってついてきた。
朋也(勝手にしろ…)
―――――――――――――――――――――
朋也(はぁ…)
どこまで行こうが、帰る気配はなかった。
俺の後方にぴったりとくっついてきている。
朋也「…腹、減らないか」
立ち止まり、そう訊いてみた。
唯「…うん、すごく減ったよ」
朋也「じゃあ、どっかで食ってくか」
唯「私…憂が…妹がご飯作ってくれてると思うから…」
朋也「そうか。なら、早く帰ってやれ」
唯「岡崎くんは、外食でいいの? 帰って、ご飯食べなくて…」
朋也「帰ってもなにもないからな」
181 :
おいついちまっただ
182 = 43 :
唯「え?」
朋也「いつも弁当で済ませてるんだよ」
唯「えっと…お母さん、ご飯作ってくれないの…かな?」
ためらいがちに訊いてくる。
朋也「母親は、死んじまってて、いないんだ」
唯「え…」
朋也「うち、父子家庭でさ、どっちも料理できなくてな。だからだよ」
唯「…ごめんね…嫌なこと言わせちゃって…」
朋也「別に。小さい頃だったから、顔も覚えてないからな」
朋也「いないのが当たり前みたいになってるからさ」
唯「そう…」
唯「………」
何か思案するように、押し黙る。
唯「もし、よかったら…」
ぽつりとつぶやいて、その沈黙を破った。
183 = 1 :
唯「岡崎くんも、うちで食べていかない?」
それは、俺を気遣っての誘いだったのか。
世話焼きたがりのこいつらしかった。
でも…
朋也「遠慮しとく」
家族団らんの中、いきなり俺のような男が上がりこんだら、こいつの両親も困惑するはずだ。
なにより、俺がそんな訝しげな目を向けられることが嫌だった。
それに、どう対応していいかもわからない。
唯「そう…」
泣きそうな顔。
それは、外灯の光に照らされ、瞳が潤んで見えたからかもしれなかったが。
朋也「じゃあな。気をつけて帰れよ」
ポケットに手を突っ込み、きびすを返す。
一歩前に踏み出すと、くい、と制服の裾を引かれた。
朋也「…なんだよ」
振り返ると、平沢は顔を伏せていた。
唯「やっぱり、気になるよ…だって、いきなりなんだよ…」
唯「楽しくお話できてたと思ったのに、すごく悲しい顔になって…」
184 :
カユミドメアフター
185 = 43 :
唯「それで、どこかに行っちゃおうとするんだもん…」
唯「だから、もしかして私、なにかしちゃったのかなって…」
こいつは…そんなふうに思っていたのか。
俺についてくる間も、ずっと不安を抱えていたのかもしれない。
俺は無粋な自分を呪った。
朋也「違うよ…おまえじゃない。おまえはなにも悪くない」
唯「じゃあ…どうして?」
今度は顔を上げて言った。
俺の顔を、じっと見据えていた。
朋也「…親父と喧嘩してるんだ。もう、ずっと昔から」
少し違ったが、わかりやすく伝えるため、そういうことにしておく。
きっと今のひどさなんて誰にも伝わらない。
俺にしかわからない
唯「お父さんと…」
朋也「ああ」
唯「なにかあったの…?」
朋也「ああ。色々あった」
もう取り返しのつかないほど色々と。
186 = 1 :
唯「えっと…」
その先は、続かなかった。
朋也「ま、父子家庭ってのはそんなもんだ」
朋也「男ふたりが顔を突き合わせて仲良くやってたら、逆に気持ち悪いだろ」
フォローのつもりでそう付け加える。
唯「そう…」
唯「でもどこかで…喧嘩してても、どこかで通じ合ってればいいよね」
そうまとめた。
朋也「そうだな」
息をつく。
俺は不思議に思った。どうしてここまで自分の家の事情など話してしまったのか。
慰めて欲しかったんだろうか、こいつに。
虫のいい話だ。ここまで何も言わずに付き合わせておいて。
朋也「…もう、いいな? 俺、行くから」
だから、俺からそう切り出した。
黙っていれば、きっとこいつは優しい言葉を探して、俺になげかけてくれるだろうから。
唯「あ、うん…」
187 :
なんじゃこりゃー
188 = 43 :
背を向け、歩き出す。
しばらく進んだところで…
唯「岡崎くんっ! 辛いことがあったら、私に愚痴ってくれていいからねっ!」
唯「だれかに話せば、それだけで楽になれると思うからっ!」
後ろから、声を張って俺に呼びかけていた。
俺は立ち止まらず、左腕を上げ、それを振って返事とした。
そして、気づく。もう、俺は落ち着きを取り戻し始めていることに。
それは、あいつの懸命さがそうさせてくれたのかもしれなかった。
―――――――――――――――――――――
189 = 1 :
4/10 土
朝。用を足し、自分の部屋に戻ってくる。
モヤがかかった意識で、時計を見た。
これも、もう目覚ましとして機能しなくなって久しい。
今朝はその唯一の役割を立派に果たしてくれた。
今から準備して学校に向かえば、四時間目には間に合うだろう時間であることがわかったのだから。
朋也(今日、土曜だよな…)
朋也(行っても、一時間だけか…)
朋也(たるい…サボるか…)
布団にもぐりなおし、目を閉じる。
………。
朋也(ああっ、くそっ…)
頭はぼんやりとしているが、体が落ちつかず、眠れない。
朋也(運動不足かな…)
………。
朋也(学校…いくか)
そう決めて、布団から這い出た。
―――――――――――――――――――――
190 = 43 :
支度を終え、居間に下りてくる。
親父の姿はなかった。
もう、出かけた後なのだろう。
―――――――――――――――――――――
戸締りをし、家を出る。
―――――――――――――――――――――
ちょうど角を曲がったところ。
見覚えのある顔をみつけた。
壁に背を預け、空を見上げているその少女。
手には、その形から察するに、大きなギターケースなんかを持っている。
「あっ」
こっちに気づく。
唯「おはよう、岡崎くん」
平沢だった。
朋也「おまえ…なにしてんだよ」
唯「ん? 岡崎くんを待ってたんだよ?」
朋也「そういうことじゃなくてさ…」
なにから言っていいのやら…。
191 = 1 :
朋也「もう、とっくに学校始まってんだぞ。むしろ、もう終わるだろ、今日は」
唯「そうだね」
朋也「そうだねって…」
ここまで軽く返されるとは思わなかった。
朋也「つーか、きのう迎えはいらないって言っただろ」
唯「だから、迎えてはないよ。待ってただけだからね」
朋也「同じことだろ…」
唯「いいでしょ、待つだけなら、私の自由だし」
それならいっそ、呼び鈴でも鳴らしてしまえばいいのに。
俺に拒否された上でやるならば、ただ待つよりは手っ取り早いはずだ。
言おうとして…やめる。
もしかしたら、とひとつの考えが頭をよぎった。
こいつは、昨夜俺から聞いた話を考慮して、こんな行動に出たのかもしれない。
俺が親父と接触することにならないよう、下手に干渉することを避けて。
………。
朋也「…朝からずっと待ってたのか」
唯「うん。いつ来てもいいようにね」
そんなの、俺の気分次第で変わってしまうのに。
最悪、サボることだってありうる。現に直前まで迷っていた。
192 = 70 :
渚の再来やな
193 = 43 :
それなのに、こいつは…
朋也「…なんで、そこまで…俺、なんかおまえに気に入られるようなこと、したか」
思い当たる節がない。
むしろ、その逆に当てはまる事例の方が多いような気がする。
唯「う~ん…そう言われると、特別、なにもないような…」
腕を組み、小首をかしげる。
唯「でもさ、人が人を気になるのって、理屈じゃないところもあると思うけどな」
胸を張ってそう言った。
朋也「…おまえ、俺のこと好きなの?」
唯「え?」
朋也「恋愛的な意味で」
唯「へ!? いや…それは…違う…かな?」
流石にそれは自分でも都合がよすぎるとは思ったが。
きっと、こいつはただ、俺のように腐っている奴を放っておけないたちなんだろう。
ストレートにいい人間なんだ。
唯「でも、岡崎くん、かっこいいし、その…いい人が現れると思うよっ」
フォローされてしまった。
194 = 1 :
朋也「そっか。ありがとな」
ぽむ、と彼女のあたまに手を乗せる。
唯「わ…」
朋也「いくか」
唯「うんっ」
―――――――――――――――――――――
朋也「これっきりにしとけよ」
唯「なにが?」
朋也「だから、俺の出待ちだよ」
唯「私と一緒に登校するの、嫌?」
朋也「そうじゃなくて、俺を待ってたら遅刻するって話だよ」
いいや奴だと思うからこそ、巻き込みたくはなかった。
こいつはまともでいるべきだ。
唯「じゃあ、岡崎くんが朝ちゃんと起きればいいんだよ」
朋也「おまえがやめればいいんだ」
唯「やだよ。私、待ってるって決めたんだもん」
195 = 43 :
唯「だから、私がかわいそうだと思うなら、はやく来てね」
朋也「まったく思わないし、今まで通り起きる」
突き放すつもりで、そう言った。
唯「ひどいよっ、開店前のパチンコ店に並ぶ人くらい早くきてよっ」
また、わかりづらい例えを…。
というか、まったく堪えていない様子だ。
初めて会った時の再現のようだった。
唯「あ、今の通じた?」
朋也「まぁ、一応…」
196 = 1 :
唯「よかったぁ、少し自信なかったんだ」
唯「だけど、あえて冒険してみました」
朋也「あ、そ…」
平沢のペースに巻き込まれてしまい、それ以上なにか言う気になれなくなってしまっていた。
こいつのボケをまともに受けてしまうと、こっちの調子が乱される…。
なるべく捌くように心がけよう…。
―――――――――――――――――――――
ふたり、坂を上る。
あたりまえだが、周りには誰もいない。俺たちだけだった。
そんな状況にあるため、なんとなく隣を意識してしまう。
197 = 43 :
俺は平沢をそっと盗み見た。
前を向いて、ひたすらに歩いている。
時々風で髪がそよぐ。
桜を背景にして、景色によく映えていた。
こいつのふわふわとした感じが、春という季節にマッチしているのだ。
俺は、いつかの春原の言葉を思い出す。
確か、軽音部はかわいいこばかりだとか言っていた気がする。
朋也(こいつも、かわいい部類には入るよな…)
大きい目、小さい口、通った鼻筋、弾力のありそうな頬、ふんわりとした髪質…
朋也(つーか、余裕で入るな…)
春原の言ったこと…少なくとも、こいつにはあてはまると思う。
唯「? なに?」
朋也「いや、別に」
俺はすぐに視線を前に戻す。
長く見すぎていたようだ。気づかれてしまった。
唯「?」
―――――――――――――――――――――
教室、四時間目までの休み時間に到着する。
律「唯~、どうしたんだよ」
198 = 1 :
ふたりとも席に着くと、部長がやってきた。
律「とうとう、憂ちゃんに見捨てられたか?」
唯「そんなんじゃないよ~。今日はちょっと先にいってもらっただけだよ」
律「ふーん、先にねぇ…」
ちらり、と俺に目をやる。
律「こいつと登校するために?」
朋也(げ…)
やっぱり、一緒に教室に入ってきたのはまずかったか…。
そういえば、ちらちらとこっちを見ていた奴らもいたような気がする…。
唯「そうだよ」
朋也(おまえ…んなはっきりと…)
律「お? マジだったか」
嫌な汗が出てくる。
話がそういう方向へ向かっているように見えたた。
実際は、平沢の親切心から出発したことなのに。
昨日あったこと、俺が話したこと…
全部含めて、そう決めたというのも、少なからずあるだろう。
そういういきさつを知らずに結果だけ見れば、おおいに誤解される可能性があった。
199 = 181 :
唯可愛唯
200 = 43 :
律「岡崎…あんた、やるねぇ。短期間で、あの唯を落とすなんてな」
唯「落とす…?」
思った通り、ばっちりされていた。
律「いやぁ、唯はそういうこと、興味あるようにみえなかったんだけどなぁ」
朋也「違う。勘違いするな」
律「なにいってんだよ。遅刻してまであんたと登校したかったんだろ」
律「思いっきり惚れられてんじゃん」
朋也「だから、それは…」
どう説明したものだろうか…。
唯「ねぇ、りっちゃん。落とすって、なに? 業界用語?」
律「うん? そんなことも知らないのか、おまえは…」
律「落とすっていうのは、口説き落とすってことだよ」
唯「口説く…って、岡崎くんが、私を?」
律「うん。それで、今ラブラブなんだろ」
唯「そ、そんなんじゃないよっ! 第一、岡崎くんには、私じゃ釣り合わないし…」
みんなの評価 : ★★★×5
類似してるかもしれないスレッド
- 朋也「軽音部? うんたん?」2 (686) - [97%] - 2010/9/25 14:30 ★★★×4
- 億泰「学園都市…っスかァ?」 (369) - [47%] - 2010/10/3 2:31 ★★★×4
- 美也「にぃにー! あっさだよ-?」 (331) - [47%] - 2011/11/21 13:15 ☆
- 京介「ん、何!? これ酒かよ!」 (165) - [44%] - 2013/4/9 14:15 ☆
- 桐乃「え?嘘でしょ?」 (455) - [43%] - 2010/11/24 21:30 ★★
- 照「……2ちゃんねる?」 (356) - [43%] - 2012/6/20 6:00 ★★
トップメニューへ / →のくす牧場書庫について