元スレ朋也「軽音部? うんたん?」
SS覧 / PC版 /みんなの評価 : ★★★×5
551 = 43 :
朋也「………」
こいつの言わんとすることはわかる。
つまりは…
春原「行ってみない? 軽音部」
どういう心境の変化だろう。こいつも丸くなったものだ。
でも…
朋也「…行くか。どうせ、暇だしな」
俺も、同じだった。
春原「ああ、暇だからね」
弁当箱を小脇に抱えた平沢が戻ってくるのが見える。
あいつに言ったら、どんな顔をするだろうか。
喜んでくれるだろうか…こんな俺たちでも。
だとするなら、それは少しだけ贅沢なことだと思った。
―――――――――――――――――――――
がちゃり
部室のドアを開け放つ。
唯「ヘイ、ただいまっ」
律「おー、弁当箱回収でき…」
552 = 1 :
春原「よぅ、邪魔するぞ」
朋也「ちっす」
ずかずと入室する俺たち。
律「って、唯、この二匹も連れて来たんかいっ」
春原「単位が匹とはなんだ、こらぁ」
唯「遊びにきてくれたんだよん」
律「うげぇ、めんどくさぁ…」
春原「あんだと、丁重にもてなせ、こらぁ」
紬「いらっしゃい。今、お茶とケーキ用意するね」
春原「お、ムギちゃんはやっぱいい子だね。どっかの部分ハゲと違ってさ」
律「どの部分のこと言ってんだ、コラっ! 返答次第では殺すっ!」
唯「まぁま、りっちゃん、落ち着いて…」
唯「ほら、岡崎くんも、春原くんも座った座った」
平沢に促され、席に着く。
律「ぐぬぬ…」
553 :
1は休憩してないのか
554 = 43 :
春原「けっ…」
唯「険悪だねぇ~…それじゃ、仲直りに、アレをしよう」
唯「はい、春原くん、これくわえて」
春原「ん、ああ…」
春原に棒状の駄菓子をくわえさせる。
唯「で、りっちゃんは、反対側くわえて、食べていく」
唯「そうすると、真ん中までいったとき、仲直りできますっ」
律「やっほう、た~のしそぅ~」
春原「ヒューっ、最高にクールだねっ」
律「って、アホかっ!」
春原「って、アホかっ!」
唯「うわぁ、ふたり同時にノリツッコミされちゃった…」
唯「こういう時って、どう反応すればいいのかわかんないよ…」
唯「澪ちゃん、正しい解答をプリーズっ」
澪「いや、別に何もしなくていいと思うぞ…」
唯「何もしない、か…なるほど、深いね…」
555 = 1 :
澪「そのまんまの意味だからな…」
唯「どうやら、私には高度すぎたみたいで、さばき切れなかったよ…」
唯「ごめんね、りっちゃん、春原くん…」
春原「僕、こいつの土俵に入っていけそうにないんだけど…」
律「ああ、心配するな。付き合いの長いあたしたちでも、たまにそうなるから」
唯「えへへ」
まるで褒められたかのように照れていた。
紬「はい、ふたりとも。どうぞ」
琴吹が俺と春原にそれぞれせんべいとケーキをくれた。
春原「ありがと、ムギちゃん」
朋也「サンキュ」
紬「お茶も用意するから、待っててね」
言って、食器棚の方へ歩いていく。
唯「岡崎くん、おせんべいひとつもらっていい?」
朋也「ああ、別に。つーか、俺も、譲ってもらった身だしな」
556 :
ぶっ続けだよな・・・すごいな
557 = 43 :
唯「えへへ、ありがと」
俺の隣に腰掛ける。
梓「唯先輩っ」
それと同時、中野が金切り声を上げた。
唯「な、なに? あずにゃん…」
梓「そこに座っちゃダメです! 私の席と代わってください!」
唯「へ? な、なんで…」
梓「その人の隣は、危険だからですっ」
唯「そんなことないよ、安全地帯だよ。地元だよ、ホームだよ」
梓「違いますっ、敵地です、アウェイですっ! いいから、とにかく離れてくださいっ」
席を立ち、平沢のところまでやってくる。
梓「ふんっ!」
唯「わぁっ」
ぐいぐいと引っ張り、椅子から立たせた。
席が空いた瞬間、さっと自分が座る。
唯「うう…強引過ぎるよぉ、あずにゃん…」
558 = 1 :
肩を落とし、とぼとぼと旧中野の席へ。
梓「………」
中野は俺に嫌な視線を送り続けていた。
澪「梓…なにも睨むことないだろ。やめなさい」
梓「……はい」
少ししおれたようになり、俺から目を切った。
律「ははは、相変わらず嫌われてんなぁ」
朋也「………」
春原「なに、おまえ、出会い頭にチューでもしようとしたの?」
春原「ズキュゥゥゥウンって擬音鳴らしながらさ」
朋也「無駄無駄無駄無駄ぁっ」
ドドドドドッ!
春原のケーキをフォークで崩していく。
春原「うわ、あにすんだよっ」
紬「おまたせ、お茶が入っ…」
559 = 43 :
そこへ、琴吹がティーカップを持って現れた。
紬「…ごめんなさい。ケーキ、気に入らなかったのね…」
ぼろぼろになったケーキを見て、琴吹が悲しそうな顔でそうこぼした。
春原「い、いや、これはこいつが…」
朋也「死ね、死ね、ってつぶやきながらフォーク突き刺してたぞ」
春原「僕、どんだけ病んでんだよっ!?」
紬「…う、うぅ…」
その綺麗な瞳に涙を溜め始めていた。
律「あーあ、春原が泣ぁかしたぁ」
春原「僕じゃないだろっ!」
春原「岡崎、てめぇっ!」
朋也「そのケーキ、一気食いすれば、なかったことにしてもらえるかもな」
春原「つーか、もとはといえばおまえが…」
紬「…ぐすん…」
朋也「ああ、ほら、早くしないと、本泣きに入っちまうぞ」
560 = 1 :
春原「う…くそぅ…」
皿を掴み、顔を近づけて犬のように食べ始めた。
律「きちゃないなぁ…」
春原「ああ~、超うまかったっ」
たん、と皿をテーブルに置く。
紬「あはは、なんだか滑稽♪」
春原「切り替え早すぎませんかっ!?」
律「わははは! さすがムギ!」
がちゃり
さわ子「お菓子の用意できてるぅ~?」
扉を開け、さわ子さんがだるそうに現れた。
律「入ってきて、第一声がそれかい」
さわ子「いいじゃない、別に。って、あら…」
俺と春原に気づく。
春原「よぅ、さわちゃん」
561 = 43 :
朋也「ちっす」
さわ子「あれ、あんたたち…なに? 新入部員?」
春原「んなわけないじゃん。ただ間借りしてるだけだよ」
春原「まぁ、今風に言うと、借り暮らしのアリエナイッティって感じかな」
某ジブリ映画を思いっきり冒涜していた。
さわ子「確かに、そんなタイトルありえないけど…」
さわ子「なに? つまるところ、たまり場にしてるってだけ?」
春原「噛み砕いて言うと、そうなるかな」
さわ子「…ダメよ。そんなの許されないわ」
やはり、顧問として、部外者が居座ってしまうのを認めるわけにはいかないんだろうか…。
唯「さわちゃん、どうして? 私たちは、別に気にしてないんだよ?」
律「私たちって…あたし、まだなにも言ってないんだけど」
唯「じゃあ、りっちゃんは反対派なの?」
律「う…まぁ、いっても、そんな嫌って程じゃないけどさ…」
唯「ほら、お偉いさんもこう言ってらっしゃるわけだし…」
562 = 1 :
さわ子「そういうことじゃないわ」
唯「なら、どうして?」
さわ子「お菓子の供給が減ったら困るじゃないっ」
ずるぅっ!
紬「先生、それなら気にしないでください。ちゃんと用意しますから」
さわ子「いつものクオリティを維持したまま?」
紬「はい、もちろん」
さわ子「じゃ、いいわ」
あっさり許可が下りてしまった。
なんともいい加減な顧問だった。
―――――――――――――――――――――
さわ子「それにしても…なんだか懐かしい光景ね」
律「なにが?」
さわ子「いや、岡崎と春原のことよ」
春原「あん? 僕たち?」
さわ子「ええ。覚えてない? あんたたちが初めて会った時のこと」
563 = 43 :
さわ子「宿直室で、お茶飲みながら話してたじゃない?」
さわ子「あの時と、なんとなく重なって見えちゃってね」
この人も、俺たちと同様、あの日のことを覚えてくれていたのだ。
さわ子「まぁ、今は、ふたりともが顔腫らしてるわけだけど…」
さわ子「あの時は、春原が大喧嘩してきて、顔がひどいことになってたのよね」
思い出したのか、可笑しそうにやさしく微笑んだ。
さわ子「あなたたち、知ってる? このふたりの、馴・れ・初・め」
唯「うん。春原くんから、聞いたよ」
さわ子「あら? そうなの? 意外ね…」
驚いたように春原を見る。
さわ子「まぁ、でも、このふたりがわざわざ遊びに来るくらいだしね」
さわ子「それくらい仲はいいんでしょう」
春原「まぁ、それも、僕とムギちゃんの仲がめちゃいいってだけの話なんだけどね」
紬「えっと…白昼夢って、ちょっと怖いな」
春原「寝言は寝て言えってことっすかっ!?」
564 = 1 :
律「わははは!」
さわ子「拒絶されてるじゃない」
春原「く…これからさ」
さわ子「ま、がんばんなさいよ、男の子」
ばしっと気合を入れるように、背を叩いていた。
朋也「…あのさ、さわ子さん」
さわ子「ん?」
朋也「あの時のことだけど、やっぱ、幸村のジィさんと打ち合わせしてたのか」
さわ子「ああ…やっぱり、わかっちゃう?」
朋也「まぁな。なんか、でき過ぎてたっていうかさ」
さわ子「そうね。あの話は幸村先生が私に持ちかけてきたんだけどね」
さわ子「私、春原の担任だったから。以前からあんたたちのことで、よく話をされてたのよ」
さわ子「どうにかしてやらないといけない連中がいる、ってね」
やっぱり、そうだった。全て、見透かされていたんだ。
春原「あのジィさん、なにかと世話焼きたがるよね」
565 = 43 :
さわ子「それは、あんたたちが、幸村先生にとって…最後の教え子だからよ」
朋也「最後…?」
さわ子「幸村先生ね、今年で退職されるのよ」
朋也「そうだったのか…知らなかったよ」
春原「僕も」
朋也「でも、俺の担任だったのは一年の時だし…」
朋也「今は担任持ってないんじゃなかったっけか」
さわ子「最後の教え子っていうのは、担任を持ってるとか、そういう意味じゃないわよ」
さわ子「最後に、手間暇かけて指導した、って意味よ」
朋也「ああ…」
さわ子「幸村先生はね、5年前まで、工業高校で教鞭を執っていたの」
さわ子「一時期、生徒の素行が問題になって、有名になった学校ね」
どこの学校を指しているかはわかった。
町の不良が集まる悪名高い高校だ。
さわ子「そこで、ずっと生活指導をしていたのよ」
朋也「あの細い体で?」
566 = 1 :
さわ子「もちろん、今よりは若かったし…それにそういうのは力じゃないでしょ?」
朋也「だな…」
さわ子「とにかく厳しかったの」
春原「マジで…?」
さわ子「ええ、本当よ。親も生活指導室に放り込んで説教したり…武勇伝はたくさんあるわ」
信じられない…。
さわ子「そんな型破りな指導者だったけど…」
さわ子「でも、たったひとつ、貫いたことがあったの」
朋也「なにを」
さわ子「絶対に、学校を辞めさせない」
さわ子「自主退学もさせなかったの」
さわ子「幸村先生は、学校を社会の縮図と考えていたのね」
さわ子「学校で過ごす三年間は、勉強のためだけじゃない」
さわ子「人と接して、友達を作って、協力して…」
さわ子「成功もあったり、失敗もあったり…」
568 = 490 :
そりゃそうだろ
569 = 514 :
てかずっとレスしてるのか。
まあ読んでる自分には需要あるからいいけど。
571 = 452 :
現在423
最高だ
作者よがんがれ超がんがれ
572 = 1 :
さわ子「楽しいこともあったり、辛いこともあったり…」
さわ子「そして、誰もが入学した当初に描いていた卒業という目標に向かって、歩んでいく」
さわ子「それを途中で諦めたり、挫折しちゃったりしたら…」
さわ子「人生に挫折したも同じ」
さわ子「その後に待つ、もっと大きな人生に立ち向かっていけるはずがない」
さわ子「だから、生徒たちを叱るだけでなく、励ましながら、共に歩んでいったのね」
さわ子「でも、この学校に来てからは…」
さわ子「その必要がなくなったの。わかるわよね?」
さわ子「みんなが優秀なの」
さわ子「きっと、幸村先生にとっての教育、自分の教員生活の中で為すべきこと…」
さわ子「それを必要とされず、そして、否定されてしまった5年間だったと思うの」
さわ子「ほとんどの生徒が…中には違う子たちもいるけど…」
平沢たち、軽音部のメンバーをぐるっと見渡した。
さわ子「この学校で過ごす三年間は、人生のひとつのステップとしか考えていないでしょうから」
さわ子「自分の役目だと思っていたことは、ここではなにひとつ必要とされていない」
575 = 43 :
さわ子「それを感じ続けた5年間」
さわ子「そして、その教員生活も、この春終わってしまうの」
朋也「………」
俺も春原も、何も言えなかった。
結局、俺たちは、ガキだったのだ。
あの人がいなければ、俺たちは進級さえできずにいた。
さわ子「…そういうことよ」
朋也「今度、菓子折りでも持っていかなきゃな」
さわ子「それは、いい心がけね。きっと、喜ぶわよ」
春原「水アメでいいよね」
さわ子「馬鹿、お歳召されてるんだから、食べづらいでしょ…」
さわ子「っていうか、そのチョイスも最悪だし」
律「ほんっと、アホだな、おまえは」
春原「るせぇ」
…最後の生徒。
やけにリアルに、その言葉だけが残っていた。
本当に、俺たちでよかったのだろうか。
さわ子さんは、最後に言った。
576 = 1 :
光栄なことね。
いつまでも、ふたりは幸村先生の記憶に残るんでしょうから…と。
これから過ごしていく穏やかな時間…
その中であの人はふと思い出すのだ。
自分が教員だった頃を…。
そして…
最後に卒業させた、出来の悪い生徒ふたりのことを。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
笑ってくれるだろうか。
ただでさえ細いその目を、それ以上に細めて。
何も見えなくなるくらいに。
笑ってくれるだろうか。
その思い出を胸に。
笑ってくれるだろうか…
長い、旅の終わりに。
―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――
577 = 1 :
4/20 火
朋也「毎朝そんなもん持って、大変じゃないのか」
平沢が抱えるギターケース。
見た目、割と体積があり、女の子が抱えるには重そうだった。
唯「全然平気だよ? 愛があるからね、ギー太へのっ」
朋也「ぎーた?」
唯「このギターの名前だよ」
こんこん、と手の甲でケースを叩く。
朋也「名前なんてつけてんのか」
唯「そうだよ。愛着湧きまくりなんだぁ」
朋也「ふぅん、そっか」
唯「岡崎くんは、なにか持ち物に名前つけたりしないの?」
朋也「いや、しないけど」
唯「もったいないよ。なにかつけてみようよっ」
朋也「なにかったってなぁ…」
唯「憂だって、校門前の坂に、サカタって名前つけてるんだよ?」
578 = 43 :
坂が擬人化されていた。
憂「そんなことしてないよぉ…っていうか、もう普通に人の名前だよ、それ」
憂ちゃんも俺と同じ感想を持ったようだった。
朋也(つーか、なんかつけるもんあったかな…)
朋也(まぁいいや、適当に…)
朋也「あそこの、あれ、あの飛び出し注意の看板な」
朋也「あれを春原陽平と名づけよう」
唯「って、縁起悪いよ、それ…」
朋也「そうか?」
唯「うん。だって、あれ、車に衝突されて首から上がなくなってるし」
朋也「身をもって危険だってことを教えてくれてるんだな」
朋也「人身御供みたいで、かっこいいじゃん」
唯「それが縁起悪いって言ってるんですけどっ」
唯「ていうか、愛着のあるものにつけようよ」
朋也「じゃあ…おまえだ」
579 = 1 :
ぽん、と平沢の頭に手を乗せる。
唯「わ、私…? そ、それって…」
朋也「おまえに、『憂ちゃんの二番煎じ』って名前をつけよう」
唯「って、私が姉なのにぃっ!?」
唯「ひどいよっ、ばかっ!」
ひとりでとことこ先へ歩いていった。
憂「あ、お姉ちゃん待ってぇ~」
憂ちゃんもその後を追う。
朋也(朝から元気だな…)
俺はそのままのペースで歩き続けた。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。もう、何も言わずとも、自然とみんなで食堂へ集まるようになっていた。
ほんの二週間前までは、春原とふたり、むさ苦しく食べていたのに。
あの頃からは考えられない。
580 = 43 :
唯「それ、おいしそうだね。ごはんに旗も刺さってて、おもしろいしっ」
春原「だろ? O定食っていって、僕が贔屓にしてるメニューなんだぜ?」
朋也「お子様ランチをカッコつけていうな」
律「お子様ランチなんてあったっけ?」
朋也「月に一度、突如現れるレアメニューなんだよ」
律「そんな遊び心があんのか…やるな、うちの学食も」
唯「春原くん、その旗、私にくれない?」
春原「ああ、いいけど」
唯「やったぁ、ありがとう」
春原から旗を受け取る。
唯「よし、これを…」
ぶす、と自分の弁当に刺した。
唯「憂ランチの完成~」
律「はは、ガキだなぁ」
唯「む、そんなことないもん、えいっ」
581 :
やっと追い付いた
582 = 1 :
旗を取り、それを部長の弁当に突き刺した。
律「あ、なにすんだよっ。こんなのいらねぇっての、おりゃっ」
隣に回す。
和「ごめん、澪」
それだけ言って、流れ作業のように受け流した。
澪「え…私も、ちょっと…ごめん、ムギ」
最後に、琴吹の弁当に行き着く。
紬「あら…」
唯「これがたらい回しって現象だね」
春原「…なんか、ちょっと傷つくんですけど…」
紬「さよなら♪」
バァキァッ!
琴吹の握力で粉々にされ、粉塵がさらさらと空に還っていた。
春原「すげぇいい顔でトドメさしてきたよ、この子っ!」
律「わははは!」
583 = 43 :
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
放課後。軽音部の部室へ赴き、茶をすする。
春原「そういやさぁ、あの水槽なんなの」
部室の隅、台座の上に大きめの水槽が設置されていた。
初めてここに来た時には、あんなものはなかったような気がする。
唯「あれはね、トンちゃんの水槽だよ」
春原「とんちゃん? とんちゃんって生き物がいんの?」
唯「違うんだなぁ。トンちゃんは名前で、種族はスッポンモドキだよ」
唯「まぁ、正確には、あずにゃんの後輩なんだけどね」
澪「いや、スッポンモドキの方が正解だからな…」
春原「スッポンが部員ってこと?」
唯「そうだよ」
それでいいのか、軽音部は…。
春原「もう、なんでもありだね。いっそ、部長もなんかの動物にしちゃえば?」
584 = 1 :
春原「デコからポジション奪い取ったってことで、獰猛なヌーとかさっ」
ヌーにそんなイメージはない。
律「デコだとぉ!? おまえなんか最初から珍獣のクセにっ!」
律「トンちゃんより格下なんだよっ!」
春原「あんだと、コラっ」
律「なんだよっ」
春原「………」
律「………」
朋也「人間の部員はいいのか」
いがみ合うふたりをよそに、そう訊いてみた。
唯「人間の方は、全然きてくれないんだよね…」
唯「だから、せめて雰囲気だけでも、あずにゃんに先輩気分を味わってもらいたくて」
澪「それ、後付じゃないのか?」
澪「おまえが単純に、ホームセンター行った時、欲しがってたように見えたんだけど」
唯「てへっ」
舌を出し、愛嬌でごまかしていた。
585 = 1 :
梓「それでもいいんです。今ではもう、私の大切な後輩ですから」
唯「あずにゃん…」
中野は、俺に向ける厳しい眼差しとは違う、優しい目をしていた。
本来のこいつは、こんなふうなのかもしれない。
それが少しでも俺に向いてくれればいいのだが。
唯「あずにゃんっ、いいこすぎるよっ」
中野の後ろに回り、背後から抱きしめて、頬をすりよせる。
梓「あ…もう、唯先輩…」
春原「うおりゃああああ!」
律「うおりゃああああ!」
突然雄たけびを上げるふたり。
澪「なにやってるんだ、律…」
律「みてわかんないのか!? ポテチ早食い対決だよっ」
律「これで白黒つけてやろうってなっ」
春原「ん? 勝負の最中に余所見とは、余裕だねぇ…」
春原「おまえ、ヘタすりゃ死ぬぜ?」
指についたカスを舐めな取りがら言う。
586 = 1 :
セリフとまったく噛み合っていないその姿。
律「死ぬって言ったほうが死ぬんだよ、ばーかっ」
春原「そんな理屈、僕には通用しないね」
律「どうかな…」
春原「へっ…」
一瞬の間があり…
律「どりゃあああああ!」
春原「どりゃあああああ!」
勝負が再開された。
唯「なんか、楽しそう。私も参加するっ」
澪「やめとけって…」
唯「いいや、やるよっ。私もこの世紀の一戦に参加して、歴史に名を刻みたいからっ」
澪「そんな、おおげさな…」
唯「って、あれ? お菓子がもうないよ…」
机の上に広げられた駄菓子類は、全て空き箱になっていた。
紬「唯ちゃん、タクアンならあるけど、いる?」
587 = 43 :
どこからかタッパーを取り出す。
唯「ほんとに? じゃあ、ちょうだいっ」
紬「はい、どうぞ」
唯「ありがとーっ。よし、いくぞぉ」
ガツガツと勢いよく素手で食べ始めた。
澪「はぁ、まったく…」
―――――――――――――――――――――
律「おし、そんじゃ、もう帰るか」
西日も差し込み始め、会話も途切れてきた頃、部長が言った。
澪「って、まだ練習してないだろ!」
梓「そうですよっ、帰るのは早すぎだと思います」
律「でぇもさぁ、今から準備すんのめんどくさいしぃ」
律「お菓子食べて幸せ気分なとこ邪魔されたくないしぃ」
澪「それが部長の言うことかっ」
ぽかっ
588 = 1 :
律「あでっ」
唯「いいじゃん、澪ちゃん。ここはいったん退いて、様子見したほうがいいよ」
梓「なにと戦ってるんですか、軽音部は…」
澪「ダメだ。今日こそ、ちゃんと練習をだな…」
律「ムギ、食器片付けて帰ろうぜ」
紬「うん」
席を立ち、食器を持って流しに向かった。
澪「って、ああ、もう…」
動き出した部長たちを前にして、呆然と立ち尽くす秋山。
澪「明日は絶対練習するからなっ」
律「へいへい」
以前、平沢は、こんな光景が日常だと言っていたが、まさに聞いていた通りの展開だった。
先日は先に帰ったので、どうだったかは知らないが…
実際目の当たりにしてみて、俺は妙な親近感を覚えていた。
無為で、くだらないけど…でも、笑っていられるような時間。
そんな時間を過ごしているのなら、きっと、俺や春原からそう遠くない位置にいるんだろうから。
もしかしたら、最初から遠慮することはなかったのかもしれない。
だから、平沢は言っていたのだ。俺たちのような奴らでも、受け入れてくれると。
ささいなことを気にするような連中ではないと。
589 = 452 :
万札出すくだりで大爆笑しちまったが
よく考えたら芽衣ちゃん√であったっけね
590 = 43 :
一緒にいれば、きっと楽しいだろうから、と。
全部、本当だった。
―――――――――――――――――――――
唯「えい、影踏~んだっ」
律「あ、やったなっ」
坂を下る途中、影踏みを始めた部長と平沢。
澪「小学生じゃないんだから…」
紬「やんちゃでいいじゃない」
澪「母親みたいなこと言うな、ムギは…」
春原「はは、ほんと、ガキレベルだな。普通、頭狙って踏むだろ」
こいつもガキだった。
律「ガキとはなんだっ」
唯「そうだそうだっ」
律「うりゃうりゃっ」
唯「えいえいっ」
げしげしげしっ!
591 = 1 :
春原の影が踏まれる。
春原「あにすんだ、こらっ」
律「うわ、怒ったぞ、こいつ。逃げろぉい」
唯「うひゃぁい」
春原「うっらぁっ! まてやっ」
どたどたと走り出す三人組。
坂の上り下りを繰り返し、めまぐるしく攻守が入れ替わる。
唯「ひぃ、疲れたぁ…っと、わぁっ」
足がもつれ、体勢が崩れる。
朋也「おいっ…」
たまたま近くにいた俺が咄嗟に支えた。
唯「あ、ありがとう、岡崎くん…」
朋也「気をつけろよ。なんか、おまえ、ふわふわしてて危なっかしいからさ」
唯「えへへ、ごめんね」
だんだんだんだんっ!
地団駄を踏む音。
592 = 43 :
振り返る。
梓「ふんふんふんふんっ!」
中野が俺の影、股間部分を激しく踏み砕こうとしていた。
朋也(わざわざ急所かよ…)
―――――――――――――――――――――
唯「岡崎くーん、どうしたのぉ」
平沢が俺の前方から声をかけくる。
唯「なんでそんなに離れてるのぉ」
朋也「………」
春原と坂の下で別れてからというもの、俺はあの集団の中で男一人になってしまっていた。
あいつがいる間は考えもしなかったが、こうなってみると、異様なことのように思えた。
俺のわずかに残った体裁を気にする心が、輪に入っていくことを拒むのだ。
だから、一定の距離を取るべく、歩幅を調節して歩いていた。
梓「唯先輩、察してあげましょう。岡崎先輩は、きっとアレです」
唯「アレ?」
梓「はい。お腹が痛くて、手ごろな草むらを探しているんです」
梓「それで、私たちの視界から消えて、自然にフェードアウトして…その…」
593 = 1 :
梓「ひっそりと…催す計画だったんでしょう」
唯「ええ? そうなの?」
中野に誘導され、俺がとんでもなく汚い男になろうとしていた。
律「おーい、岡崎、この先に川原あるから、やるなら、そこがいいぞぉ」
朋也「んなアドバイスいらねぇよっ」
急いで平沢たちに追いつく。
唯「岡崎くん、そんなに急いだら、お腹が…」
朋也「もういいっ、そこから離れろっ。俺は腹痛なんかじゃないっ」
唯「でも、あずにゃんが岡崎くんはもう限界だって…」
朋也「信じるなっ。ほら、俺は健康体だ」
その場でぴょんぴょん跳ねてみせる。
唯「あはは、なんか、可愛い」
朋也「これでわかったか?」
唯「うん、まぁね」
なんとか身の潔白を証明できたようだ。
にしても…
594 = 43 :
朋也「おい、おまえ、あんまり変なこと言うなうよ」
梓「あれ? 違いましたか? それは、すみません」
反省した様子もなく、突っぱねたように言う。
朋也(こいつは…)
今後は、もっと警戒しておくべきなのかもしれない。
平気で毒でも盛ってきそうだ。
―――――――――――――――――――――
部長たちとも別れ、平沢とふたりきりになる。
今朝一緒に来た道を、今は引き返すような形で逆行していた。
唯「あ、みて、岡崎くん、バイア○ラ販売します、だってさ」
古ぼけて、いつ貼られたかわからないような、朽ちた張り紙を見て言った。
連絡先なのか、下に電話番号が書いてある。
唯「懐かしいね。バイアグ○って、昔話題になってたけど、結局なんだったんだろう」
唯「岡崎くん、知ってる?」
朋也「さぁな。でも、おまえは多分知らなくていいと思うぞ」
下半身の事情を解決してくれるらしい、ということだけはぼんやりと知っていた。
唯「そう? まぁ、あんまり興味なかったんだけどね」
595 = 43 :
朋也「じゃ、訊くなよ」
唯「素通りしたら、張り紙張った人がかわいそうじゃん」
朋也「悪徳業者だろ、貼ったの」
唯「そうなの? くそぉ、よくもだましたなっ」
唯「電話して、お説教してやるっ」
朋也「おまえそれ、注文してるぞ」
唯「え? 電話しただけで?」
朋也「ああ」
というか、そもそももう繋がらないだろうと思う。
だが、万が一を考えて、そういうことにしておいた。
唯「ちぇ~、私のお説教で改心させようと思ったのになぁ…」
朋也「残念だったな」
頭に手を乗せる。
唯「岡崎くん、手乗せるの好きだよね」
朋也「嫌だったか?」
唯「ううん、逆だよ。もっとしていいよ?」
596 :
本当に面白い
597 = 43 :
朋也「おまえは、乗せられるの好きなのか?」
唯「う~ん、そういうわけじゃないけど…なんか、落ち着くんだよね」
朋也「そっか」
唯「うん。えへへ」
夕日を浴びて、微笑むこいつ。
それを見ているだけで、俺も何故か心が落ち着いた。
―――――――――――――――――――――
唯「じゃあね、また明日」
朋也「ああ、じゃあな」
家の前で別れる。
俺はその背を、見えなくなるまで見送っていた。
少しだけ、別れが名残惜しかった。
いや…かなり、か。
―――――――――――――――――――――
598 = 1 :
4/21 水
唯「へいっ、憂、パァスッ!」
憂「わ、軌道がめちゃくちゃだよぉ」
唯「あ~、ごめんごめ~ん」
このふたりは登校中、小石を蹴って、ずっとキープしたまま進んでいた。
憂「岡崎さん、いきますよっ」
俺にパスが回ってきた。
とりあえず受ける。
朋也「これ、ゴールはどこなんだ」
唯「教室だよっ」
朋也「無理だろ…」
唯「大丈夫、階段とかはリフティングして登るからっ」
そういう問題でもない。
朋也(まぁいいか…)
小石を蹴って、前方に転がす。
唯「お、いいとこ放るねぇ。フリースペースにどんぴしゃだよ」
599 = 1 :
唯「キラーパスってやつだね、見事に裏をかいてるよっ」
そもそも敵なんかない。
朋也(ふぁ…ねむ…)
眠気を感じながらも、はしゃぐ平沢姉妹をぼうっと眺めていた。
結局、この後小石は溝に吸い込まれ、そこでゲームセットになってしまったのだが。
―――――――――――――――――――――
………。
―――――――――――――――――――――
昼。
澪「ひっ! り、律っ…」
律「あん? なんだよ」
澪「い、今あそこの影からこっちをじっと見てる人が…」
律「どこだよ…そんな奴いねぇぞ」
澪「あ…そ、そうか…」
唯「澪ちゃん、こんな昼間から幽霊なんか出ないよ」
律「あー、そうじゃなくてな、こいつさ…」
600 = 1 :
部長が話し出す。
秋山が、朝から誰かの視線を感じて仕方がなく、気味悪がっている…とのことだった。
律「そんで、マジで一人、澪を舐め回すように見てた奴がいたんだけどさ…」
制服の胸ポケットに手を突っ込み、なにやら取り出した。
律「詰め寄ったら、逃げてったんだけど…これ、落としてったんだよな」
プラスチックのカード。
表面には、秋山澪ファンクラブ、と印字され、秋山本人の写真が貼ってあった。
和「ぶっ!…げほげほっ」
真鍋が突然むせていた。
注目が集まる。
唯「和ちゃん、大丈夫?」
和「え、ええ…」
どこか動揺した様子でハンカチを取り出し、口周りを拭き取る真鍋。
和「そ、それで、なにか直接被害はあったの?」
澪「いや…なにもないけど…」
律「でもさぁ、じっと見られてるってのも、なんか目障りじゃん?」
律「だから、どうにかしてやりたいんだけどなぁ…」
みんなの評価 : ★★★×5
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