元スレめぐり「比企谷くん、バレンタインデーって知ってる?」八幡「はい?」
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251 = 1 :
めぐり「いいね、それ! 採用!」
八幡「自分で言っておいてなんですけど、そんなすぐに採用していいんすかね……」
めぐり「いいに決まってるよ、みんなも反対しないだろうし」
ただのフラッシュアイディアだったのだが、めぐりさんの反応は良好だ。
まぁこれなら用意するのは紙とペンと、紙を貼る板かなんか程度だろうし、スペースさえ確保出来るなら経済面では特に負担を強いることは無いだろう。
めぐり「比企谷くんは素敵なことを考えるね」
八幡「別にそんなもんじゃないですよ、七夕の短冊みたいなもんじゃないですか」
めぐり「それでもだよ」
妙にぴしゃっと言い切られてしまった。
少し驚いてめぐりさんの顔を窺うと、大真面目な表情で俺を見つめている。
めぐり「比企谷くんの一生懸命考えてくれたアイディアだもん、絶対盛り上がるよっ!」
や、一生懸命っていうほどのもんじゃないですけどね……。
しかしぐっと拳を握って燃えているようなめぐりさんに水を差すのも気が引けたので、特に何か突っ込むことはしなかった。
めぐり「じゃあ早速明日みんなにも言おうね」
八幡「大丈夫ですかね……」
めぐり「大丈夫だよ~!」
めぐりさんが励ますように俺の肩をぽんと叩きながらそう断言してくれた。
……ふと思いついただけのものだったが、この人に太鼓判を押してもらえるなら大丈夫だと自信がみなぎってくるから不思議だ。
252 = 1 :
ありがとうございました~と店員のお姉さんの声を背中に受けながら歩き始めると、ばっと俺の手がめぐりさんに掴まれた。
めぐり「比企谷くん、絶対にイベント成功させようね」
八幡「……そうですね」
掴まれた左手にめぐりさんの体温を感じながら、今週の金曜日にまで迫ったイベントに想いを馳せる。
去年までの俺には無縁だったバレンタインデー。
だが今年はどういうわけか、そのイベントを盛り上げる側に立ってしまっている。
本当に何がどうなってこうなったんだっけな……と、横にいるめぐりさんに目線をやった。
楽しそうに笑っているそのめぐりさんの周りには、ほんわかとした雰囲気が醸し出されている。
俺もこのほんわかさにやられちまったのかなと、誰に聞かせるわけでもなく、ぼそっと呟いた。
253 = 1 :
× × ×
太陽が沈み、あたりが暗くなっていく。
それでも新宿駅の前はまだまだ人が多く、騒がしく賑わっている。
そんな駅前に、俺とめぐりさんはいた。あっちこっちを周り、そろそろ帰ろうかという算段である。
結構歩いたからか、それとも他の要因のせいか、改めて自分の身体の調子を確かめると随分と疲労が溜まっているように感じた。
しかしその疲れをどうにか顔に出さないように努めながらめぐりさんの方を見ると、こちらは疲れ? 何それ食えるの? とばかりにいつものほんわかとした笑顔を浮かべている。
めぐり「ん~、今日は楽しかったね~」
そう言って両腕を高く突き上げながら伸びをするめぐりさん。同時に繋がれている俺の腕も万歳をするように高く上に挙がる。
254 = 1 :
めぐり「比企谷くんはどうだったかな、今日は」
ちらっとこちらを窺うように上目遣いで見ながら、そう尋ねてきた。しかしこちらも答えは決まっている。
八幡「そりゃ、俺だって楽しかったですよ」
めぐり「なら良かったっ」
今日だけで何度見たか分からない笑顔を浮かべながら、めぐりさんはぱっと俺と繋いでいた手を離した。
唐突に消えた手の温もりを求めるように手を少し握ってみたが、その手ではひんやりとした空気しか掴めなかった。
めぐり「また来れるといいね」
八幡「また……ですか」
そう呟きながら、その「また」の存在を考える。
めぐりさんと俺の今の関係など、依頼者と請負人だ。
つまりこのバレンタインデーのイベントが終われば、また今まで通りの先輩と後輩に戻る。
まして、めぐりさんは卒業を間近に控えた三年生だ。卒業してしまえば、先輩と後輩ですらなくなる。
もうすぐ自分らを繋ぐ縁など何も無くなるだろうに、めぐりさんはその「また」の存在を疑いもせずに言う。
人と人の関係なんて想像以上に危うい。比較的身近である奉仕部の彼女らとの関係だって、いつまでも続くなんて保障はどこにも無い。
卒業してしまうめぐりさんと俺の関係なんて、あと一ヶ月も続くか分からないだろうに。
255 = 1 :
めぐり「うん、またいつか比企谷くんとデート出来るといいなって」
八幡「……」
今まで他人との関係を続けようだなんて滅多に考えてこなかったから、よくは分からない。
しかし、俺が続けようと思えば──そしてめぐりさんもそれを望んでいるのなら、もしかしたら、俺たちの関係は続いていくのかもしれない。
八幡「……そうっすね。また今度、機会があれば」
めぐり「うん、楽しみにしてるよ」
そう言うと、めぐりさんはたったっと改札口へ向かった。なんとなくその背中を眺めていると、くるっとめぐりさんが振り返る。
めぐり「どうしたの比企谷くーん、置いていっちゃうよー」
ぶんぶんと手を振ってきためぐりさんがどこか可笑しくって、ふっと笑いが漏れてしまった。
八幡「今行きますって」
その背をゆっくりと追いながら、めぐりさんとの距離を詰めていく。
この関係も、これ以上詰めていけるのだろうか。
そんな俺らしからぬことを少しだけ考えた。
詰めれば詰めるほど、別れる時に苦しい思いをするのは理解しているはずなのに。
256 = 1 :
翌日の月曜日。
放課後の会議室に集まった奉仕部と生徒会の前で、昨日思いついたアイディアについて説明をした。
体育館の一角に、メッセージカードとそれを貼るスペースを用意するというもの。
めぐりさんはああ言ってくれたが、他の人はどうだろうかと反応を窺っていると、由比ヶ浜ががたっと立ち上がって前のめりの姿勢になった。ちょっと胸元にあるものが揺れたのが気になったが、そこからは全力で目を逸らす。負けない! 人間は欲望なんかに負けない!
結衣「いいじゃん! そういうの女子も好きだしさ!」
由比ヶ浜の反応は割と良好なようだ。目を輝かせながら俺の方を見ている。
その隣にいる一色は少々驚いたような顔つきになりながらこちらを見ていた。
いろは「うわ、先輩にしては普通にいいですね……びっくりしました」
八幡「だろ? 俺も俺にしては普通過ぎて、我ながら驚いてるくらいだ」
いろは「自覚あったんですか……」
ジト目になっている一色の目線を受け流しながら、ふっと自虐的な笑みを浮かべた。
本当に発案元が俺だとは思えないくらい普通だよね。まぁ元ネタとか七夕の短冊とかだから多少はね?
257 = 1 :
次に雪ノ下の方を見てみると、こちらも一色に似たような驚愕の表情を浮かべている。
いや、すごい分かるんだけど君たちその反応は失礼過ぎない? いや、すっごい分かるんだけどさ。
雪乃「意外ね、あなたならもう少し斜め下な発案をしてくると思ったのだけれど」
八幡「ほう。例えばどんなことを言い出すとでも思ったんだ、お前は」
雪乃「花火と称して火薬を用意して、体育館をパニックにさせて中止に追い込もうとするくらいはやりかねないと思っていたわ」
八幡「その発想をするお前の方がこえぇよ」
さすがの俺でもそこまではやらん。やるにしてもルームミストと称して消火器を使うとか、もうちょっと人的被害の無さそうなもので中止に追いやる。
他の生徒会役員の反応も概ね良好であり、そのまま採用となりそうな流れだ。
めぐりさんの方を向くと、ぐっと親指を立てながらこちらに笑顔を向けていた。うーん、確かなほんわかめぐりんパワーを感じる。
結衣「や、でも変な意味じゃないけど本当にヒッキーらしくないよねー。この前おでかけした時に考え付いたの?」
八幡「え? ああ、まぁ……」
さすがにここで堂々とめぐりさんとデートした時に思いつきました! とも言えなかったので適当に誤魔化しておいた。
案が通ったので自分の席に戻ると、めぐりさんがポンと肩を叩いてきたのでそちらを向く。
258 = 1 :
めぐり「比企谷くん、お疲れさま」
八幡「まだ早いっすよ、本番ではどうなるか分からないですし」
めぐり「大丈夫だって! 昨日も言ったけど、比企谷くんの一生懸命考えたアイディアだから、絶対盛り上がると思うんだ」
結衣「……昨日?」
げっと由比ヶ浜の方を振り返ると、何やら疑わしき目でこちらを見ていた。よく見れば、一色と雪ノ下まで身を乗り出している。
結衣「昨日、めぐり先輩と何か話してたの?」
八幡「えっ、あっいや、その相談みたいな」
めぐり「昨日はねー、比企谷くんと新宿にデートしに行ってたんだ~」
がばっとめぐりさんの方を振り返ったが、えへへ~とほんわかした笑顔を浮かべているだけで、爆弾を投下した自覚は無いようだ。
ギギギ……と再び由比ヶ浜たちの方を見やると、三人ともがじとっとした視線をこちらに向けている。
結衣「あっ、そ、そうだったんだ、あはは……」
雪乃「で、デート……そう」
いろは「新宿とか、随分とオシャレなところまで出かけてたんですね?」
うーん、なんかこの部屋寒い……寒くない? 暖房効いてるはずなんだけどなー。おかしいなー。
しかし、当のめぐりさんだけは暖かい笑顔を浮かべたままであった。
259 = 1 :
× × ×
八幡「ふぅ……」
マッ缶の中身を全て飲み干し、空き缶を机に置くとカチッと音が鳴った。
今日の分の会議は先ほど終わり、皆はそれぞれ帰り支度を始めている。
窓から外を見やればすでにもう暗い。冬のこの時期は暗くなるのが本当に早いな。
先ほどのめぐりさんとの新宿デート云々に関しては、バレンタインデーのイベントのアイディアがまだ思いついていなかったからそれの取材で出かけただけと弁明をし、一応三人からのじとっとした視線からは解放されていた。
もちろん手を繋いだとかそこら辺の話は一切していない。さすがに恥ずかしかったので……。
八幡「……」
俺も荷物をまとめるとバックを肩にかける。片手に空き缶を持ち、そのまま席を立とうとすると、開いた方の手をぐいっと引かれた。
見ればめぐりさんが昨日のように俺の手を握っている。
260 = 1 :
めぐり「比企谷くん、一緒に帰ろ?」
八幡「ちょっ、めぐりさん!?」
ここ学校だからはぐれる心配とかないですよ? だから手を繋ぐ必要はどこにもないと思うんですけど?
しかしめぐりさんはそのまま俺の手を握ったまま、強引に引っ張って、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら教室を出ようとする。
後ろでガッターンと椅子が派手に倒れるような音がしたが、そちらを振り向いている余裕はなかった。
廊下に出るとさすがに気恥ずかしくなり、申し訳なく思いながら控えめにその手を払った。
八幡「いや、あの、めぐりさん、別にここで手を繋ぐ必要はなくないすか……」
めぐり「あっ……ご、ごめん……嫌だったよね……」
しゅんと俯いてしまっためぐりさんの顔が暗く落ち込む。
うぐぐ、そう落ち込まれるとこちらまで落ち込んでしまいそうになるが、かと言ってここでもう一度手を繋ぎ直すのはさすがに躊躇われる。
ごほんごほんと誤魔化すように咳払いをしながら、慎重に言葉を選んでいく。
261 = 1 :
八幡「別に嫌とかじゃないんですけど……そのですね、さすがに学校では恥ずかしいというか」
ほら、付き合ってるわけでもないし。ねぇ? ただ勘違いしそうになるのとあまりの恥ずかしさ故にやめていただきたいというだけで。
俺がそう言うと、めぐりさんは顔を上げて俺の目を見つめた。
めぐり「嫌ではないの?」
八幡「ま、まぁ、嫌、ではない……です」
むしろめぐりさんの手とかずっと握っていたいまである。嫌な訳が無い。
すると、めぐりさんの顔にほんわかとした笑顔が舞い戻ってきた。
めぐり「そっか、ならいいんだ。……ごめんね、比企谷くん。場所もわきまえずに」
八幡「いや、本当に嫌って訳じゃなかったんで……むしろ嬉しいくらいですし」
そう言ってしまってから、はっと自分の発言を思い返す。
なんか今恥ずかしいこと言ってしまわなかったかと、めぐりさんの顔を見ると、ぷいっと顔をそむけられてしまった。
262 = 1 :
八幡「あっ、いや、すみません、なんか変なことを」
さっきからキョドりまくりで申し訳なくなるが、この状況で冷静さを保てというのも中々に難しい話だ。
めぐり「そっか、嬉しいんだ……」
八幡「あの、めぐりさーん?」
何か小さい声で呟いたような気がしたが、その声は俺の耳には届くことはなかった。
聞き直そうと声を掛けようとするが、その前にめぐりさんが笑いながらこちらを振り向く。
ほんわかとした雰囲気に圧倒され、今なんか言いました? とは聞きづらくなってしまった。
めぐり「じゃ、帰ろっか」
そのまま廊下を歩くめぐりさんの半歩後ろをついていくように俺も歩き出す。
カツンカツンと、俺とめぐりさんの足音が人気のない廊下に響く。
俺の心臓の鼓動まで響いていないだろうかと少し前を歩くめぐりさんを見たが、彼女はふふーんと何かを口ずさみながら一歩一歩楽しそうに歩いていた。
そんな楽しそうなめぐりさんが、いつまでも楽しそうにいてくれたらなと思う。
だけど将来、ほんわかと楽しそうに笑うめぐりさんの隣には、きっと違う人が立っているのだろう。
俺ではない、違う誰かが。
263 = 1 :
× × ×
俺のアイディアが採用された月曜日の会議から数日が過ぎた。
今日はもう木曜日の朝で、バレンタインデーの前日である。
教室の端でぼっちで頬杖をついている俺にまで、活気付いているような、浮ついているような、そんな教室の雰囲気が伝わってきている。
そんな教室の中でも、一際騒がしいのはいつもの集団だ。
戸部「っべーわ、もう明日じゃん?」
大岡「やー、マジ俺ら今年もやばいかも」
大和「確かに」
教室中どこでも聞こえるような戸部の喧しいような騒々しいような、ていうか普通にうるさい声に対して、大岡と大和が重々しく頷いた。
264 = 1 :
そんな三人に対して、葉山は苦笑を浮かべながらまぁまぁと声を掛ける。
葉山「明日はイベントでバンドやるし、上手くやれればチョコくらい貰えるかも知れないだろ」
大岡「そりゃ隼人くんはそうだろうけどよー……」
そんな葉山の励ましはあまり効果がなかったのか、大岡は深刻そうに肩を落とした。あの僻み根性、なかなかにクズくて好感が持てる。俺くらいになれば黙ってスルーするのだが。
そういえば今の葉山の言葉で思い出したのだが、明日体育館で行なわれるバレンタインデーイベントではいくつかの有志団体が出し物を行なうはずであった。
そして葉山たちは文化祭と同様に有志でバンドを演奏するはずだ。確かその時のメンバーは葉山とそこにいる戸部、大和、大岡、そして……。
三浦「……」
近くにいる三浦は、やや目を細めて自分の神をくるくると指で巻きながら葉山たちのやり取りを眺めていた。
その三浦からは、いつもの堂々とした女王の威厳はあまり感じられない。朱に染まった顔つきで葉山のことを一心に見つめているその姿は、ただの一人の恋する乙女だろう。
その三浦の近くでは海老名さんと由比ヶ浜が立っていた。海老名さんは何やら真剣な表情でうんうんと何かに納得したように頷いている。
265 = 1 :
海老名「上手くヤれればチョコを……隼人くん、まさかそうやってヒキタニくんからチョコを」
その言葉が言い終わる前にすぱーんといい音が響き渡った。海老名さんの頭をはたいた三浦がポケットティッシュを取り出すと、そのまま海老名さんに押し付けていた。
三浦「海老名、鼻血」
姫菜「あ、ありがとありがと」
しかし海老名さん、今なんかおっそろしいことを言おうとしてなかったか……。何故か分からんけど尻の穴がきゅっと引き締まってしまった。
俺は誰にもチョコなんてやらんぞ、まして葉山になど……いや、そういえば戸塚に渡す用を考えていなかったな……何か渡すか? 戸塚にはホワイトチョコなどが似合うのではないだろうか。受け取っておくれ、俺のホワイトチョコを……。
いかんいかん、どっかの腐った意識が俺にも乗り移ってしまっているようだ。考えてない、白いドロドロとしたものを戸塚の顔にぶっかけたところを想像とか全く考えてない。あくまで溶かしたホワイトチョコだオーケー?
戸部「いやでもさー、葉山くんだったら普通にたくさん貰えるべ?」
葉山「あ、ああ、だったらいいな……」
なんもかんもあの葉山が悪いと視線をやると、ふと葉山の表情に影が差したように見えた。
八幡「……?」
何か違和感を覚えるが、それに思考を巡らせる前にホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
葉山「ほら、席つけ。戸部もな」
戸部「うえー」
渋々と言った様子で戸部も自分の席に戻る。先ほど言った言葉に関しては特に気にしていないようだ。
それを見た葉山も自分の席に向かって歩き出す。その葉山の顔には先ほどちらっと見えたような気がした影はどこにもなく、いつも通りのムカつくスマイルが浮かんでいる。
今見たのはなんだったのだろうかと考える前に、教室の扉が開かれて担任の教師が中に入ってきた。
266 = 1 :
× × ×
そして授業を過ごし、帰りのホームルームが終わる。
ホームルームを終えた放課後の教室は賑やかになり始め、暖かい雰囲気が漂い始めてきた。
やれ明日のバレンタインデーイベントがどうのこうのといった声が聞こえてくる。
あんたら本当に青春してますねぇ、俺はこれからそのバレンタインデーの仕事に向かうんですけど、ちょっとくらい労ってくれてもよくない? いや別に本当に労ってほしいわけではないのだが。
今日の放課後の体育館では部活動は行なわれず、明日のイベントのための飾りつけなどの準備が行われる。
奉仕部も生徒会に混じり、これからその準備をする予定である。
正直に言ってこのクソ寒い日のクソ寒いであろう体育館で作業とか本気で凍死を覚悟しなきゃいけないレベルだと思うのだが、もしサボりでもしたら雪ノ下に北極海辺りにまで流されて本当に凍死させられそうなので、渋々手伝うことにした。
騒がしい教室を後にして廊下に出ると、冷たく乾いた空気が体を包み込んだ。
暖房の効いた教室に戻ろうという考えが脳裏を掠めたが、それはそれでリア充共の熱い騒ぎのせいで焼死するおそれがあったので、仕方なく体育館に向かって歩き始めた。
267 = 1 :
はぁ、なんであんな奴らのために俺は頑張ってしまっているのだろうと己に流れる社蓄の血を恨めしく思っていると、後ろからぱたぱたと後を追ってくる軽やかな足音が響いてきた。
こんな賑やかな歩き方をするのは由比ヶ浜くらいだろうと思って少し歩調を緩めると、すぐに横に由比ヶ浜が追いついてくる。
隣に並んだ由比ヶ浜がげしっと鞄で俺の腰を打ってきた。
結衣「なんで先に行くし」
八幡「いや、別に一緒に行くとか行ってないし……」
そういった約束をした覚えもないし、鞄で打たれる筋合いもない。ていうか地味に痛いからそれやめてね?
不満な様子でむくれていた由比ヶ浜だったが、すぐにいつも通りの様子に戻るとそういえばさと話を切り出してきた。
結衣「優美子と姫菜もさ、後で手伝いに来てくれるって」
八幡「そうなのか」
葉山たちグラウンドを使う運動部は今日も普通に部活だろうが、三浦たちは別にやることもなくて暇なのだろう。
268 = 1 :
由比ヶ浜と並びながら体育館に向かっていると、その道中でえっちらほっちら重そうな段ボール箱を運んでいるめぐりさんを発見した。
そのめぐりさんも俺たちに気が付くと、ほわっとした笑顔を浮かべ、手を振ろうとした矢先に両手がふさがっていることに気が付き、ものすごく慌てている。この流れ前にも見たな。
俺はすぐにそこに駆け寄ると、めぐりさんが落としそうになっていた荷物を支えた。
八幡「持ちますよ、めぐりさん」
めぐり「わぁ、比企谷くんありがとう!」
そのめぐりさんの持っていた段ボール箱を受け取ると、由比ヶ浜もたたっとやってきた。
結衣「あっ、城廻先輩こんにちは」
めぐり「こんにちはー、由比ヶ浜さん」
勢いでめぐりさんから受け取ったはいいけど、これすっげぇ重い……。多分イベント関係の荷物なんだろうが、一体何が入っているのだろうか。
そのまま三人で体育館まで歩いていると、由比ヶ浜が唐突に声を掛けてきた。
269 = 1 :
結衣「ヒッキーさ、結構気ぃ効くよね」
八幡「そりゃな。気が効き過ぎていつも教室では皆の邪魔にならないように過ごしてるし」
結衣「いや、逆に悪目立ちしてると思うんだけど……」
馬鹿なことを言うな、このステルスヒッキーの迷彩を見破れる者なんてそうそういない。ここからはステルスヒッキーの独壇場っすよ! ああ、戸塚は特別。英語でいうとスペシャルだ。
俺みたいにプロテクション(人間)を持っていると、あらゆる人間から目標にも取られないしダメージも軽減するしブロックもされない。いや、ブロックはされてるか。なんならスパム報告されてるまである。
結衣「気が効くのは、城廻先輩相手だからかな……」
めぐり「あはは、由比ヶ浜さんとはそういう話もできるんだね……」
八幡「?」
右隣にいる由比ヶ浜と左隣にいるめぐりさんが同時に小声で何か呟いたおかげで、どちらも何を言っているかよく聞き取れなかった。
まぁ何か大事な用事ならちゃんともう一度伝えてくれるだろうと考えていると、ようやく体育館に到着した。
中に入ったところで荷物を降ろすと、ふぅっと一息つく。
270 = 1 :
めぐり「ありがとうね、比企谷くん」
八幡「いえ、これくらいは」
そうは言ったが、手には結構な疲労感が残っている。めぐりさんこれ女手一つで運ぶつもりだったんですか……。
体育館の中には、生徒会役員が数名と、あといくつか段ボール箱がちらほらと置いてあるだけだった。
めぐり「今、雪ノ下さんと一色さんには生徒会に色々取りに行ってもらってるんだ」
八幡「ああ、なるほど」
ここに姿が見えないと思っていたらそういうことか。ていうか、俺たちもホームルーム終わってすぐにやってきたはずなのに仕事始めるの早すぎない? お前らんところのホームルーム数秒で終わってるとちゃいますのん?
めぐり「じゃ、二人ともイベントの準備をお願いね。 頑張るぞー! おー!」
八幡「お、おー……」
ぐっと握った拳を天井に向けて勢いよく突き上げためぐりさんに続いて、空気を読んで控えめに手を上げた。見れば隣の由比ヶ浜も少々戸惑いながらも小さく手を上げていた。
さて、これからがイベントの準備だ。
ひとまず何を手伝えばいいのかを知るため、奥の方で忙しそうにしている副会長に指示を仰ぐ必要があるだろう。
271 = 1 :
めぐめぐめぐりん☆めぐりんぱわー
アニメ11話、原作11巻、そして円盤特典α全てに目を通しましたが、このSSの設定は10.5巻の続きという設定のまま進行して行きたいと思います。よろしくお願いします。
だから11巻前に書き終えたかったんだよ(届かぬ想い)
具体的には葉山くんがチョコを受け取る云々辺りに違和感を覚えるかもしれませんが、御了承ください。
あと原作八幡もバレンタインといえばボビーを思いついてた辺りさすがだなーとか思いました。まる。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
272 :
お疲れ様です
273 :
もうa読んだのかよwwww
274 :
原作は投げ捨てるもの
11巻どうすっかなー
最近糞化半端ないし
275 :
>>274
知らねぇよ
お前の思想はどうでもいい
276 :
思想とはまた大きくでたな
277 :
むしろ原作すら二次創作の一つに思えてきた俺がいる
乙、めぐりっしゅされるんじゃ~
278 :
手を繋ぐだけで云々やってる初々しい二人なのにどうしてハッピーエンドにならなそうなんだろう
279 :
めぐりんの爆弾投下は本当に天然なのか疑わしいな
280 :
一回目が天然で二回目が故意とかだったよい……よくない?
281 :
あ^~いいっすね~
282 :
めぐりんからも三浦からもどことなく漂うバッドエンド臭
283 :
めぐりんぱわーときらりんぱわー(モバマス)、どっちが強力なの?
284 = 282 :
ほんわかとにょわーが組み合わさってにょんわかになる
285 :
× × ×
八幡「ふう……」
俺は手に持っていた段ボール箱を雑に床に放り出すと、軽く息をついた。
体育館の中の空気は実に冷え込んでいるが、その中で動いている人たちの熱気とモチベーションはそれなりに高そうに見える。
バレンタインデーイベント前日のこの準備には、俺たち奉仕部や一色たち生徒会だけでなく、三浦や海老名さんといった有志でのお手伝いもそれなりにやってきている。
本日体育館が使えなくなった都合上、部活が休みになった体育館を使う部活の生徒が特に多い。バスケ部やバレー部などの一部の生徒が手伝いに来ているようだ。
286 = 1 :
そういった目立つ体育会系や生徒会がステージ周りなどの目立つところの準備を進めていたので、俺は入り口の近くでぼっち作業を始めることにした。
そう、自分で提案したメッセージカードを貼るスペース作りである。
この体育館の入り口の辺りのスペースは何も使わないとのことだったので、そこら一帯を自分のスペースとして使わせてもらうことになった。
思ったより広いので、メッセージカードを貼る板を固定するのも少々大変かもしれない。
さてどう用意しようかと思案し始めていたその時、入り口の方に、見慣れた白衣をふわっと広げながら入ってくる人が見えた。
その白衣の人物はきょろきょろと体育館を見渡した後に俺のことを見つけると、そのまま真っ直ぐに向かってくる。
平塚「ちっ、男女がいちゃこら青春してる空気が漂ってるな……」
何か恨めしげに呟いたのは、やはり平塚静(独身・アラサー)であった。
死ぬほど不満げに言うが、今俺の周りには青春してる空気なんか微塵もないんだよなぁ……。
287 = 1 :
八幡「なんで先生がここに……」
平塚「このイベントの準備の監督を丸投……任されたんだ。こういう仕事は若手に来るのが常だからな。ほら、私、若手だから。若手だから」
大事なことなので二回言いましたよこの人……。ていうか今、丸投げされたって言いかけましたよね?
少々の同情と哀れみの込めた視線を送ると、平塚先生はごほんごほんとわざとらしく咳払いをして誤魔化そうとする。
平塚「あー、時に比企谷はきちんと仕事をしているのかね」
八幡「めちゃくちゃやってますよ……この前も説明したと思いますけど、あのメッセージカードのやつを今作ってる途中です」
平塚「ふむ?」
俺がそう説明すると、平塚先生は興味深そうに俺の周りに散らばっている道具などをじろじろと眺めた。
一応この前の会議で平塚先生にもメッセージカードの件に関しては伝えてある。その際には雪ノ下たちと同じように随分と似合わないことを考えるじゃないかと言われたものだ。
288 = 1 :
平塚「やはり比企谷が考えたとは思えないアイディアだな……」
そして今再び、そのことを掘り返された。
八幡「いや、そんな俺が普通のこと考えたら似合わないですかね……」
平塚「ああ、似合わないとも」
八幡「即答っすか……」
まぁ自分でも似合わないと自覚はしているが、こうも他人に似合わない似合わないと言われ続けると、少しくらい肯定的な意見をくれたっていいじゃないかという気持ちにもなる。
平塚先生はステージの方に目をやりながら、言葉を続けた。その目の先には、めぐりさんや一色を中心とした輪が出来上がっている。
平塚「君がそうやって変わってきたような気がするのは、城廻のおかげか?」
八幡「んなっ」
思わず手に持っていたトンカチを落としそうになる。寸ででなんとか落とさずに持ち直すと、平塚先生の方を見やる。すると、何かニヤニヤとした顔面でこちらの方を見ていた。
289 = 1 :
平塚「ふむ、まさか城廻と君が……一体何があったのかね」
八幡「いや、別に何も……ていうか、なんでそこで城廻先輩の名前が出てくるんですかね」
冷静さを保つように努めながらそう軽く返す。
平塚先生は一瞬だけピタッと固まると、肩をわなわなと震わせながら何やら燃えた視線をこちらに送っている。
なんだなんだと思っていると、平塚先生は小さな声で言葉を発し始めた。
平塚「これは、とある目撃情報なんだがな……この前の放課後、廊下で手を繋ぎながら帰ろうとしていた男女がいたそうな」
八幡「へ、へぇ……」
平塚「聞けば女の方はお下げがよく似合う美少女で、男の方は程よく目が腐っていると言う事だが……答えろ比企谷、どおおおいうことだあああっ!!?」
平塚先生がそう叫ぶと同時に俺の両肩をがしっと強く掴んだ。
ていうか、あれ見られてたのか……放課後の会議室前の廊下とか他に誰もいないだろうと思ってたから完全に油断していた。
290 = 1 :
八幡「いや、その、その目撃者さんの見間違えじゃないんですかね……」
平塚「あんな目が腐った奴、お前以外に有り得る訳がないだろう!!」
目撃者あんたかよ。
それに目が腐ってるかどうかで人を判別するのやめてもらえません?
八幡「ほ、ほら、平塚先生、このメッセージカード使いますか? ほら結婚相手募集とか書いておけばどうふぅっ!!!」
話題を逸らすために別の話題を出したが、それを言い終わるより前に、腹部に強烈な衝撃を受けて俺はがくっと膝をつく。
鈍く走る痛みにうーんうーんと唸りながら腹を抑えて顔を上げると、平塚先生は、先ほどまでとは違うどこか優しい笑みを浮かべていた。
291 = 1 :
平塚「まぁ、君にそういう繋がりが出来たのであれば喜ぶべきなのだろうな。奉仕部の二人は知っているのか?」
八幡「いや……待ってください平塚先生……何か誤解を……」
痛みの引かない腹をさすりながら立ち上がって平塚先生の顔を見ると、きょとんと首を傾げていた。あんたその挙動死ぬほど似合わないから年齢考えろ。
八幡「別に俺とめぐりさんは、付き合ってたりとかはしてないんすけど……」
平塚「……ほう、なら何故城廻と手を繋いでいたり名前で読んでいたりするのか、説明してもらおうか」
げっ、やべ、思わずめぐりさん呼びしてたぜ……。
しかし平塚先生はそこまでして聞きたがるのだろう……あれか? 結婚を焦る時期になると男女の関係全てがそういう風に見えてくるのか? なにそれこわい。
とはいえ俺とめぐりさんの間には本当に何の特別な繋がりもないので、ここは弁解しておくべきだろう。めぐりさんのためにも。
292 = 1 :
八幡「あれはめぐ……城廻先輩がそうしろって言うからそうしてるだけで」
平塚「ふむ、随分と好かれたようだな」
八幡「好かれ……いや、あれはそういうんじゃないでしょ。城廻先輩は誰にでもああだと思うんすけど」
平塚「そんなことはないさ」
八幡「そんなことって……」
最後の平塚先生の言葉は、いつもよりどこか真剣さが含まれている。表情も先のような冗談めかした顔ではなく、真摯な優しい眼差しに満ちていた。思わず、俺は言葉を詰まらせる。
そんな俺の様子を見た平塚先生がくすりと笑う。
平塚「城廻は誰にでも優しそうに見えるが、気を許していない人間と手を繋ぐような子ではないと思うよ。それは君も分かっているだろうに」
八幡「……いや、ほら、ペットみたいにでも思われてるんじゃないですかね。忠犬ハチ公とか」
八幡だけにハチ公ってね!
ほら、文化祭でも体育祭でも今回でも文句一つ言うことなく身を粉にして働く俺の姿とかまさに忠犬みたいなところあると思う。多分駅の前で待ってても像とか立たないけど。
293 = 1 :
平塚「まったく、君のその捻くれ具合は去年と大して変わらんなぁ」
はぁ~とわざとらしいほどに大きなため息をついたまま、手をこめかみに当てて呆れているような平塚先生はいつも通りの平塚先生だ。
少し間を置いてこちらの方を向いた。
平塚「君自身はどう思う? 自分は変わったかと思うか?」
八幡「変わった、んですかね……」
平塚先生の言葉を受けて、ふとこの一年間近くを振り返る。雪ノ下と会って、由比ヶ浜と会って、戸塚と会って、めぐりさんと会って、一色と会って。
それまでの十六年間に比べ、随分と濃い一年を過ごしたのは事実だ。
去年の四月の自分と、今の自分を比べてみて、全く変わっていないとは言えないとは、自分でも思う。
ちょっとやそっとで変わるものが個性なわけがないとか言っていた頃に比べると確かに変わっているのかもしれない。自分の過去の発言を思い出しながら、思わずふっと笑いが漏れてしまった。
294 = 1 :
平塚「今の君ならば……他の子たちからの好意も、きちんと受け取れるようになっていると私は信じるよ。城廻だけじゃなくてね」
八幡「……いやそう言われてもちょっと」
平塚「さぁ、あとは自分で考えろ。死ぬほど悩んでそして結論を導き出せ。それでこそ青春だ」
ぱぁんと俺の肩を強く叩くと、平塚先生は白衣を翻しながら俺に背を向けた。
数歩進むと、そこでピタッと立ち止まる。そして首だけこちらを向くとにかっと少年のように笑った。
平塚「もう一度言うぞ。今の君ならばやれるって、私は信じているからな」
そう言い残すと、平塚先生はそのままステージの方に向かって歩き去っていく。もう立ち止まることはなく、俺はその背中をただじっと見届けていた。
平塚先生の言葉を脳内で反芻させながら、俺も振り返って作業場に戻る。
ぴゅうと近くの入り口から流れてきた冷たい風が、顔を撫でた。思わずぶるっと体を捩らせる。
寒さを忘れるために作業に打ち込もうと、先ほど雑に放り出していた段ボール箱のガムテープを乱暴に剥がした。
忘れようとしたのは寒さか、それとも他の思考か。
それすらも今は忘れようと、頭の中を作業のことでいっぱいに埋め尽くした。
295 = 1 :
めっぐめっぐ……めぐりさんの霊圧が……消えた……?
これから俺ガイル続最終話がTBS及びCBCにて放映予定です。お見逃しのないように。
また、思いつきで書き始めてしまったこのSSもそろそろ終盤です。もう少しだけお付き合いくださいませ。
それでは書き溜めしてから、また来ます。
296 :
>>295
乙
298 :
平塚先生格好良い……誰かもらってあげて!
299 :
平塚先生がかっこいいSSは良SS
300 :
平塚先生SS最近減ったな
かっこいいのに
みんなの評価 : ☆
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