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    元スレ菫「見つけた。貴方が私の王だ」咲「えっ」

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    みんなの評価 : ★★★×4
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    451 :

    ぐおおおおお
    そうか。残念だがそれはこの作品が仕上がるのを待つ楽しみを持てるからいいや。

    日曜日冷え込むかもしらんから気を付けて、悪化させないようにな

    452 :

    乙 咲さんやばい
    菫さん復活はよ!

    453 :

    乙乙
    最後の場面の時系列がいつかによるな
    ちょっと前でありますように

    454 :

    待て。今何と言ったか。

    ぶわりと額に冷や汗が噴き出る。

    智美は顔を上げて周囲をぐるりと見渡す。

    人気のない通路は先ほどと変わらない。

    他者の気配も感じ取れなかった。

    智美「………」

    所詮人の感覚ではあるが足音一つ、物音一つ聞き取れないのなら近くに人はいないだろう。

    果たして菫がこの状態になってからどれくらいの時間が経ったのか。

    自分が菫と別れてから、今までの時間を考えるとかなり経っている。

    動かなくては。

    決意すると同時に、智美は今だ自分の腕をギリギリと掴んだままの菫に目を向けた。

    智美「菫ちん、分かった。すぐに探す」

    智美「必ず見つけるから、私の腕を離してくれ。手配してくる」

    「………」

    強めの言葉で言うと分かってくれたようで、

    掴んでいた彼女の腕がゆっくりと離れていく。

    そのまま再びそこに蹲るように顔を伏せてしまった菫に

    「ごめん、もうちょっとここで待ってて」と言い置くと、

    智美は屈み気味だった体躯を起こして踵を返す。

    455 = 338 :

    再び人気の無い通路を智美は急いで引き返した。

    ここから一番近い詰所に駆け込み、そこにいた守備兵に事情を掻い摘んで話し指示する。

    守備兵から官吏を含め、この正寝で働いている人々は信頼できる人間だ。

    が、いかんせん数が少な過ぎる。

    念のため自室に戻っていないかを調べさせたが、無人だったと言う。

    探す範囲が広がった。

    だが圧倒的に人手が足りない。

    だからと言って外部に助けを求めるか?

    いや、それこそ本末転倒だ。

    以前の襲撃未遂事件の真相もはっきりと解明していないから、

    むしろ更なる愚行を助長させてしまうのではと智美は危惧する。

    それに、もしも今回も未遂で終わったしても

    こちらの足元を見られてしまうかもしれない。

    信頼の置けない奴に貸しを作るなどもっての他だ。

    後に何を要求されるか分かったもんじゃない。

    智美は指示を出し続けながら必死に考える。

    せめて内宮から出ていないと思いたいが……

    456 = 338 :

    考えている間に、使いに出していた一人が戻ってきた。

    智美「内宮の守備兵が、何人か消えている?」

    所詮王と台輔の居住空間であるこの場所の話ではなかったが、同じ内宮での話だ。

    守備面で落ち度があってはならないだろう。

    なのに要所要所を守護するはずの兵士が数人、

    持ち場を離れてしまって騒ぎになっているという。

    智美「………?」

    時機が悪い、というか。

    こんな時に他の不安要素など抱えたくもなかったが。

    内宮の大事であれば……と、ある人物が脳裏に浮かんだ。

    内宰である塞ならば、その騒ぎの何かしらを知っているのではないか?

    元々彼女は内宮の不安要素に頭を痛めていた。

    手の内に余る事案があると言っていたから、協力し合えるかもしれない。

    ついでに人手も貸してくれると大変有難い。

    他を頼るよりかは、まだ信頼できる人柄でもある塞を頼りたかった。

    先程戻ってきたばかりの使いの者を労ってから

    すまないが、と今一度の使いを頼む。

    快く引き受けてくれた姿に多少は励まされながら塞との取次ぎを頼んだ。

    内宮で起こっている混乱の訳と、人手を貸して欲しいという旨だ。

    それが済んでから、一度菫の元に戻る事にした。

    457 = 338 :

    本当は智美とて主である王の捜索に参加したかったが。

    同様に麒麟の少女の事も心配だった。

    なによりあの菫の状態を支え元に戻してやることこそ、

    王を探し出す一番の近道にも思えたからだ。

    その場の指揮を他の官吏に任せ、菫の元へと急いで戻る。

    先に菫の世話をする女御を向かわせてはいたから、どうにか居室までは移動したらしい。

    先ほどまで菫が蹲っていて、今は無人になった通路を突っ切り智美は彼女の居室へと辿り着く。

    そのまま奥に進んでいくと……いた。

    菫は用意された椅子に座ってはいたが、先ほどと状態は同じに見える。

    蹲っていて両手で顔を覆い俯いてしまっていた。

    その側には心配そうに女御が寄り添っている。

    彼女は近付いてくる智美の気配に気付いたのだろう。

    顔を上げてこちらを認識すると、少しだけ安堵したように表情を緩めた。

    智美は視線で彼女に相槌を打つと、蹲るその姿の傍らに膝を落とした。

    内なる衝動を抑え込むように顔を伏せるその姿、菫の肩は小刻みに震えていた。

    智美「………」

    458 = 338 :

    智美は側に控える女御に、菫を落ち着かせるために温かい飲み物を持ってきてくれないかと頼んだ。

    本当は彼女だって心配しているだろう。

    でも聡い彼女は余計な事を言わずに頷く。

    「用意してきます」と一言だけ告げて、女御は静かに部屋を後にする。

    遠ざかって行く足音を背に、智美は穏やかな声を心掛けて菫に伝える。

    こうも動揺が酷い菫に更なる負担を掛けたくはなかった。

    けれど現状を変えるためにはどうしても彼女に伝えねばなるまい。

    智美「主上を探すよう、皆に頼んできた」

    「……っ」

    顔を伏せたままの菫の体が大きく揺れた。

    そんな彼女の様子を見つめながら智美は思う。

    あの菫が、こんな気弱な姿を他者に晒してしまう程の決定的な行き違いが王と麒麟の間にあったのだと。

    彼女にしてみれば、本来の麒麟としての能力を阻害してしまえるほどの事。

    しかし第三者である智美にしてみれば、彼女らの行き違いは些細なものだった。

    互いの事を尋ねても、互いを大事に想っているのは聞いていたし。

    ただどっちも奥手で距離感を計りかねているのは少し気にしていた。

    それでも歩み寄ろうとしている姿勢を知り、それをニヤニヤしながら見送っていたものだから。

    きっと彼女らの誤解なんてすぐになくなるだろうと智美なりに楽観していたのだ。

    459 = 338 :

    自分は他に考えなければいけない心配事もあったし、溜まっていた仕事に忙殺されてもいた。

    ……なんて、この姿を前にしてみれば言い訳にしかならない。

    少し自己嫌悪を覚えた。

    が、頭を軽く左右に振ってそれを振り払う。

    後悔するのは後だ 、彼女らを支えると心に決めたのだから。

    今できる事をしなければいけない。

    そして今、優先しなくてはいけないのは消えてしまった王を探し出して保護する事だ。

    この国のためにも、それは急務だった。

    故にこんな状態の菫には酷だとは思うけれど、智美は彼女に言わなければいけない。

    立ち直ってもらわなければいけない。

    仲間達は必死に王を探してくれている。

    だけどそれよりも確実に辿り着く方法をこの麒麟の少女だけが知っている。

    智美「必死に主上を探している。けど今の宮中は不安定だ、この前の事件の全容だって分かっていない」

    智美「そんな中で探すのにも限度がある。私達はまだ人手が足りないんだ」

    智美「なぁ、菫ちん。私が何を言いたいのかわかるよな?」

    顔を覆う菫の手の中より、すぐに苦しげに声が聞こえてくる。

    「……駄目だ、だってあの方の意志で……いなくなったんだ。私は……」

    智美「それでも探さなきゃいけないんだ。…何があったのか聞かない。王と麒麟の問題だ」

    智美「だけど何があったにせよ主上だけは守らなくちゃいけない。この国のためでもあるけど」

    智美「なによりこうして苦しんでいる菫ちん自身のためにも、もう一度会って話さなきゃ駄目だ」

    460 = 338 :

    言い聞かせるように智美は言う。

    けれど目の前の頭が左右に振れる。

    できない、という仕草。

    彼女は途切れ途切れに呟いた。

    「………私はきっとまた間違ってしまう。いつも、こうだ」

    「望んでいても、何もできない。麒麟だと持て囃されていても、私に誰かを救えた事があったか?」

    「だからあの人も、あんな声を残して……私の前から消えていってしまった」

    その詳細までは分かるまい、今の菫の状態ならば説明もできまい。

    彼女は酷く混乱している。

    けれど菫が言った情景が鮮明に智美の脳裏には浮かんだ。

    やっぱり行き違いがあったのだろう、彼女の不器用さは折り紙付だ。

    だから智美は素直に相槌を打つ。

    智美「そうだな、菫ちん。私も今まで何回も言ってきたよな。どうしても菫ちんは相手に伝える言葉が足りないって」

    智美「尚且つその無愛想も相成ったんじゃあ相手が誤解してしまっても仕方ない、委縮だってしてしまうかもしれない」

    「………」

    智美「でもさ。菫ちんがそうやって相手に言葉を伝えるのを諦めるようにしてしまったのは、きっと私達のせいなんだろう」

    智美「私を含めたこの国も民も今まで随分病んでいたから。ずっと正しい事を言う菫ちんの言葉を聞こうともしなかった」

    智美「だから……菫ちんは表情を失い、口数も少なくなっていった」

    何をしても、言っても、無駄だと思わせてしまった。

    461 = 338 :

    智美は初めて菫を見た時の事を思い出す。

    鋭い眼差しを周囲に向け、他者を寄せ付けないようにして佇む姿が鮮明に浮かぶ。

    麒麟の癖にあんな冷たい姿勢へと追い詰めてしまったのは、紛れもないこの国だ。

    智美「王と台輔の行き違いを生んでしまったのなら、それは菫ちん一人の責任じゃない」

    智美「私を含め、この国全てに責任がある」

    一人で抱え込まないでくれ、と智美は言う。

    すると見つめる先の顔を覆う白い手が浮こうとする。

    智美はそれを更に促すために彼女へと伝える。

    智美「顔を上げてくれ、菫ちん」

    智美「菫ちんが周囲に絶望して何もできないと嘆いても…それでも私達に、王という希望を与えてくれたじゃないか」

    少なくともそのお陰で智美はこの国は未来を描けると知った。

    生まれてこのかた、近場の役所の末端まで不正に塗れた国の姿しか知らなかった。

    それが当たり前だと思っていた。

    けれど違うと教えてくれたのは、紛れもない、それを正そうとしてきた菫の姿を見たからだ。

    そんな彼女が、天意を得た王をこの国に与えてくれた。

    見た目はか弱いが、菫と同じぐらい誠実で、努力を知る人だ。

    そんな王を支えていくことができれば、智美の故郷にいる両親のように

    真っ当に生きる人達が真っ当に評価される国へと変えていく事だってできるはず。

    それは本当にすごい事なのだと智美は思う。

    462 = 338 :

    「…………」

    目の前の俯いていた体躯が揺れた。

    その顔を覆っていた手がゆっくりとした動作で降ろされる。

    そして菫は伏せていた顔を上げた。

    顔を向き合わせる形になったから見えた表情に、智美は思わず苦笑を浮かべてしまった。

    泣きそうな一歩手前の弱々しい顔。

    こんな姿も、他者を寄せ付けなかった菫の本来の姿なのだろう。

    元来、麒麟とは優しい生き物だ。

    この姿をどうか王であるあの人にも分かって欲しい。

    孤高で、他人を寄せ付けない姿勢だけではないから。

    所詮、彼女も神獣ではあるが、こんなにも人と変わりない。

    きっと支え合わなければ生きていけない。

    それはこの国も同じだったから……それができなかったから、今まで酷く歪んでいた。

    智美「折角宿った希望を、希望だけで終わらせないでくれ。この国も、未来があるのだと信じさせて欲しいんだ」

    智美「菫ちんにしてみれば、私らの言葉なんて今更虫が良過ぎるかもしれないけど」

    見つめる先の、紫の瞳が細められる。

    「………………いや」

    掠れた声、続けて「そんなことは、ない」と。

    首を左右に振ってくれた。

    463 = 338 :

    やはり麒麟だなと思う。

    そんな姿に感謝を抱く一方で、このまま悠長に会話を続けていられない現実があるのも忘れていない。

    彼女を気遣いながらも、今一度改めて頼んだ。

    智美「なら、やってくれるか?」

    「………」

    いなくなってしまったという王の、その王気を麒麟だけが感じ取る事ができる。

    確かに人手を上げて王を探してはいるが、もっと早く確実なのはやはり麒麟の導きだろう。

    智美に言われ、意を決したように菫は赤くなった瞼を閉じた。

    そのまま黙り込んで数秒、神妙な顔付きなっていたそれが、途中で不自然にぐにゃりと歪んだ。

    智美「菫ちん」

    思わず智美は彼女の名前を呼ぶ。

    菫は片腕を上げると、自分の胸の上の辺りを搔き毟るように掴む。

    智美「大丈夫か?」

    心配して問い掛ければ菫は胸を抑えながらも浅く頷いた。

    再び薄ら開いた瞼の向こうに、苦しみからか揺れる紫の瞳が見える。

    「……怖いんだ、私は」

    表情と同じぐらい苦しげな菫の声。

    智美「?なにが」

    問えば、菫はそのままに苦く笑う。自嘲気味と言っていい。

    464 = 338 :

    「お前は私をそんなにも買って言ってくれるが。そんなに褒められたものでもないんだ」

    「見ろ……たかが一人に拒絶される瞬間が怖くて、この様だ」

    智美「………」

    「気高くも無い、むしろ浅ましい」

    「……私はな。お前とあの方との遣り取り一つすら妬んでいた」

    「だってお前は身構えたりされないだろう?あんなに気安く言い合えるのに…なぜそれが私にはできないのかと」

    智美「菫ちん……」

    「王と麒麟だ、誰よりも近いはずだ。誓約を交わした時に、私はそれが真実だと確信した」

    「でも今は分からない…自信が無い。だってあの方は、お前やあの女のように…」

    「私に、笑いかけてはくれなかったから」

    羨ましかったのだ。無性に。

    そう思った瞬間、胸の内が苦しくなったと言う。

    今まで辛い事があっても氷のような心を確立させ、遣り過ごしてきたのに。

    今回に限って、王であるあの人が絡む限り、それができないのだと菫は吐き捨てる。

    智美にしてみればそんな彼女の姿は、麒麟と言う神獣ではなくむしろとても人間味に溢れている。

    思わず感慨深く言ってしまった。

    465 = 338 :

    智美「菫ちんも、可愛い所があるんだな」

    「……お前な」

    気弱な声の中に、瞬時に剣呑なものが混じる。

    智美は慌てて冗談、冗談!と誤魔化した。

    少々落差が激しすぎやしないか?と智美はため息を吐く。

    どうやらあくまでも菫を混乱させてしまうのは、良いも悪いも主である王なのだという言う話。

    ならば智美は何をするべきなのか明白に分かった気がした。

    気安い空気のまま、智美はあえて笑って彼女に言う。

    智美「ならさ、今の菫ちんの本心を一度でも主上に言った事はあるのか?」

    「……こんな情けない話、言えるはずが無い」

    にべもない。ある意味今までの菫らしい態度ではあるが。

    智美は首を左右に振って言い返す。

    智美「情けなくない。それにさっき言ったよな」

    智美「菫ちんはさ、相手に気持ちを伝える事に消極的になっていたんだろうって」

    「…………」

    神妙な顔付きになった菫は数秒の無言の後、短く「わからん」とだけ言う。

    ならば智美は更に補足してやるまでだ。

    智美「私は今までの菫ちんを見てきてそう思うよ。どうせ言っても無駄だろうって態度」

    智美「でもさ、あの人は今まで菫ちんが見て、言葉が届かなかった人達とは違うから」

    466 = 338 :

    智美「麒麟に選ばれて、それに驕るでも無く、むしろ恥じないよう努力を続けていた」

    智美「確かにまだ頼りないけど、いい人だ。まぁそんなの一番に見てきた菫ちんなら分かってるよな」

    「私は……」

    ぎこちない声。もしまだ否定する言葉を吐き出すようなら、と。

    先手を打って智美は言った。

    智美「諦めないでくれよ。今までは無駄だったかもしれないけど、これからは違う」

    智美「言わないと伝わらない事はたくさんある。…今みたいに、たとえ行き違いがあったって」

    智美「またその気持ちを伝えればいいんだからな」

    「…………」

    目の前で完全に菫は押し黙ってしまった。

    だがその胸の上を抑え込むようにしていた腕が解かれ、降ろされる。

    淡々とした仕草に智美は心配になって問い掛ける。

    智美「……やっぱり言いたくないか?」

    すると菫は確かに首を左右に振る。

    「……お前の通りになったらいいな、とは思う。けれど私は、あの方に逃げられてしまったんだ」

    智美「なら尚更追いかけて本心を伝えなきゃだめだろ?」

    間髪入れずに智美が言い返す。

    菫は僅かに目を見開いた。

    467 = 338 :

    そして今度は瞼を開けたまま、何もない宙を見上げた。

    智美はその仕草に見覚えがあった。

    王気を探す仕草だ。

    今度は胸の痛みに苦しまずに集中できているようだ。

    暫くの後、菫は徐に座っていた椅子より立ち上がった。

    智美も彼女に倣って、床に付けていた膝を延ばして立ち上がる。

    我慢できずに「どうだ?」と問い掛ければ。

    菫は宙を見上げていた瞼を閉じて頷いた。

    智美からは大丈夫、という仕草に見えた。

    事実、彼女は言う。

    「………行ってくる。伝えに」

    そっか、と智美は破顔した。

    つまり彼女は王の居場所を掴んだと言う事だろう。
     
    と同時にどこからともなく声がする。


    『その言葉を聞いて、安堵いたしました』

    468 = 338 :

    智美は慌てて周囲を見渡す。

    先ほど退室した女御が帰ってきたのかと思ったが、彼女の声でもなかった。

    しかし周囲には誰の姿も無い。

    智美「……?」

    頭を捻るがそれでも危機感を抱かなかったのは、

    同じように声を耳にした菫が全く動じてなかったからだ。

    彼女はむしろ聞こえてきた声の存在を把握しているようだった。

    少し離れた床に視線を落としそこへと言い放つ。

    「お前……戻ってきたのか」

    『むしろ、お迎えに上がったと言った方が正しいかと思います』

    その瞬間、菫が見下ろしている床の辺りが不自然に波打つ。

    ぐにゃりと水面のように揺れると、そこから大きな獣の体躯が這い上がってきた。

    さすがにその姿を見れば智美とて理解する。

    聞こえてきた声は、妖魔だ。

    しかも神獣である麒麟に仕える菫の使令に違いない。

    完全に床の上へと這い上がってきた使令は頭を下げながら言う。

    『台輔、まずはお詫びを』

    『姿を見せず陰ながら主上をお守りするように命じられていたのに、その主命に背きました』

    智美には意味が分からなかったが、聞いていた菫はハッとしたように蒼褪める。

    469 = 338 :

    「あの方の前に姿を現したのか?お前は以前…!」

    『はい、伝えたのですが主上は構わないと仰って下さいました。以前の無礼もお許し下さいました』

    『ですから、こうしてあの方の願いを台輔にお伝えしに戻ってきたのです』

    「…願い?いや、あの方は今…中庭の方にいるのは分かっているが」

    『ええ、ご安心下さい。今は長く使われていない奥の東屋にいらっしゃいます』

    『あの場所なら庭師ぐらいしか知らないので安全です』

    『無理にお連れしなかったのは、今まで涙を流しておられたので…』

    「…っ」

    菫が息を呑む気配が伝わってくる。

    確かに動揺しても仕方がない。

    不意打ちだったせいか智美とて胸が締め付けられる感覚を覚えた。

    王である少女の姿が脳裏に浮かぶ。

    あの朱色の瞳いっぱいに涙を溜めた姿を想像すると心がざわついた。

    智美でもこうなのだから、案の定、菫の必要以上に堅い声が聞こえる。

    「……私のせいか」

    涙を流すほどに、あの方を傷つけてしまったのか。

    だが対して使令は「誤解なされませんように」と言う。

    『主上は今までのご自分を嘆き、ただ台輔の事を案じておられた。まだ間に合うのかと』

    「……間に合う?」

    『今まで言えなかった事を伝えて、聞けなかった事を聞きたいのだと』

    『まだ間に合うのならば、台輔ともう一度話をしたいのだと主上は仰っておいででした』

    「………」

    470 = 338 :

    菫は押し黙った。

    が、今まで纏っていた緊張が薄れていくのはよく分かる。

    思わず智美は笑いながら彼女に目を向けた。

    智美「やっぱり主上と菫ちんとはどこか似てるな。同じ事考えてる」

    智美「なぁ、行こう」

    「……………ああ」

    促す言葉に対して、素直に菫は頷く。

    頷いて俯いてしまったからその表情までは見えなかったが、

    髪からのぞく耳朶が赤くなっていた事には気付いていた。

    さすがにそれには突っ込まないでいてやったけれど。

    数秒の後、気持ちの整理がつき俯いていた顔を上げた菫は。

    落ち着いた表情で「迎えに行こう」と告げた。


    ■  ■  ■

    471 = 338 :

    鞘の先を地面に押し当てて、誠子はそこに簡単な地図を書く。

    大雑把な内宮を示したものだ。

    出来上がりそうな頃に、誠子は傍らで憮然とした面持ちでそれを見守っていた純に言った。

    誠子「本当に動くのか?台輔の使令をここで待ってた方が確実じゃないのか?」

    誠子「あの妖魔も言ってたじゃないか。麒麟は王の居場所が分かるんだって」

    「…で、どのくらいで麒麟に確認して帰ってくんだよ、わからねーだろ。んな悠長な事してられっかよ」

    「第一、お前塞に言われて内宮の守備兵の配置確認したろ?」

    純に言われて、地面に地図を引き終えた誠子は頷く。

    誠子「まぁ、把握はしたな」

    「なら俺が言いたい事も分かるはずだ。…目星つけて、動いた方が速い」

    吐き捨てるように言う純の姿に苛立ちが浮かぶ。

    それを一瞥した誠子は諦めたように肩を竦めた。まぁいつもの事だ。

    軍で卒長を務めるようになってからは分別を覚え、無謀は控えていたが。

    元来純は喧嘩っ早いし、堪え性も無い。

    だが勘はいいし判断力と行動力も優れている。

    それで戦場において誠子は何度か命拾いもしていた。

    こいつなら、本当に王の命すら救うかもしれない。

    所詮、誠子とてここにやってきた時点で覚悟は決めている。

    だから口では嫌々「仕方ない」と言いながらも、

    喜々として手に持っていた鞘で再び地面を指し示した。

    472 = 338 :

    誠子「憧だっけ、あの官吏が言っていた人数とは多少の誤差はあるな」

    誠子「ここと、ここと、こっちもだな。2~3人ずつ消えているのはなんでだと思う?」

    「……少人数で行動してんなら、何か探してるんだろ」  

    純は言い切り、誠子も頷いた。

    索敵の際、敵に見つかる可能性も考えて3人が限度だ。

    誠子「何を探しているのかは…明白だな。で、次に考えるのは奴らが動いている経路だ」

    誠子「例え少人数で移動していても、最後に落ち合う場所が必要になるだろうし、それはどこなのか?」

    誠子「なんて話だが、事は単純だ。こんなの全体の地図と兵士の配置さえ頭に入っていれば、おのずと予想は付く」

    地面に架かれた地図の一か所に鞘の先を当てる。

    誠子「まずは兵士が消えた場所は除外すべきだな。戻って来た報告もなかったようだし、何より周囲が異変に気付いて騒ぎ出した」

    誠子「ここまで騒ぎが大きくなったんなら、奴らももはや目的を果たして奴らなりの保険を手にしなきゃ姿は現さんだろう」

    「…………」

    誠子「王と台輔がいる正寝も除外だ。きっと他よりも王や台輔に対する警備の目は厳しいし、注目もされる」

    誠子「そんなとこにわざわざ出向いて行く馬鹿はいない」

    言いながら地図の要所、要所を鞘の先で潰していく。

    すると、おのずと地図の空白の部分は限られてくる。

    それを見ていた純は呟いた。

    「…守備兵も、意外と万遍無く配置してたんだな」

    誠子「ほんと、長く干渉され続けた結果だな。“塞の苦労が手に取るように分かる”とあの官吏が言っていた通りだ」

    473 = 338 :

    誠子「まぁ軍も散々だったが、ここも似たようなもんだな」

    誠子「主上がいなければ、きっと守備兵の失踪とて有耶無耶にされていたかもしれねぇ」

    「ヒデェ話」

    誠子「違いない。しかし…塞の読みだが、奴らの目的」

    誠子「肝心な主上が、本当に安全な場所を抜け出してわざわざ単独で行動していると…お前も思うのか?」

    そっちの方が信憑性が薄いのでは?と、誠子は思う。

    だって信じ難いだろう、一国の王が一人で歩くなどと。

    軍にいた頃だって、将軍などは身辺を守護するために必要以上に兵を侍らせていた。

    その光景が頭にあるから、誠子はどうにもしっくりこないのだ。

    けれどそんな話をじっと聞いていた純は言う。

    「王って言っても、麒麟に選ばれるまでは普通の奴と何ら変わらねぇだろ」

    「ここでも軍でも、他人の苦労の上で踏ん反り返ってるようなツラの皮の厚い奴らとは…多分違う」

    「今の自分に対して失望もするし、これからの未来に不安だって持つ。それが一国を支える王となれば、尚更だ」

    「だってよ、悩んでて、できる事を探したいって言ってた。…ああ。だからあいつ、自信がないって言ってたのか…」

    誠子「…?」

    純の殊勝な言い様にも驚いているが何より、彼女の言葉の最後が気になった。

    誠子に伝えるというよりは、まるで純自身に言い聞かせているように聞こえたからだ。

    474 = 338 :

    そういえば、誠子からすれば起こっている事件に対して断片的な情報しか入ってこない。

    さっきの塞の執務室での出来事だって、なぜ妖魔は純を追って来たのだろう?

    彼女らは何か言っていた。塞も純も、妖魔との話の筋は通っているようだった。

    その妖魔は台輔の使いでもある。

    誠子「……まぁ、いいさ。主上でも台輔でも恩を売れるのなら、私らの未来も安泰だからな」

    軽い気持ちで言うと、純は顔を顰めた。

    多分誠子の言い方が気にいらないという事だろうが、

    結局彼女はその事に対してそれ以上突っ込んでこなかった。

    ただ舌打ちだけすると、足元の地図を見ながら言う。

    「……万遍なく送り込んでいたとしたら、可笑しいな」

    誠子が鞘の先で消して行った箇所を追っていくと、それが無い空白の部分がある。

    不自然に見えた。誠子も同感だ。

    誠子「きっと相手も死にもの狂いだろう。自分らの安泰を守るか、破滅するか」

    誠子「主上の一挙一動、つぶさに誰かしらが監視していたのかもしれない」

    誠子「なら守備兵が消えた箇所は、主上がそこにはいないのだと…奴らは分かっているからだ」

    言い切ると、聞いていた純は地図を足の裏で消した。

    そのまま誠子に走り出す合図を送る。

    地図を描くために外していた剣の鞘を腰に差し直すと、誠子は頷いた。

    地を蹴ると同時に、純が言う。

    475 = 338 :

    「消えていない箇所の守備兵は、見張りだな。近くにそいつらが集まってると見るべきだ」

    誠子は前を走り出した背を追い掛けながら、ふと思う。

    短気ではあるが、やはり純は肝心な所では冷静に考えて行動する。

    見えてはいないだろうが、誠子は頷いた。

    誠子「ああ。それであの官吏が言っていた人数とだいたい合う。しかし、誰かはわからんぞ?」

    守備兵の数も多い。その中から敵側である見張り2~3人にどうやって目星を付けるのかと問えば、

    走る速度を上げながら純は当たり前の事のように言い放った。

    「ンなの、聞いて一瞬でも目を反らした奴に決まってんだろ!!」

    誠子「…………」

    王に剣を向ける奴らだから、叩けば後ろめたい反応があるはずだ、と。

    迷いもなく純は言い返してくれた。

    それを聞いた誠子は走りながらも唖然とする。

    冷静だと思っていたんだが。まぁでも、言われてみればそれは正しいかもしれない。

    ここに来る前までは考えた事もなかったが……先ほどの、塞の執務室での話。

    もしも、だ。誠子自身が主上に剣を向ける立場になったら?と考えたら…

    ゾワゾワと胸中が意味も無く騒いだ。

    476 = 338 :

    多分、戦場とはまた違った“怖い”という感覚。

    だから自分ならできないだろうと思った。

    する必要もないし、そんな気持ちになってまで無謀をしたくも無い。

    なるほど、純の言った通りだ。

    まだ愚王かも分からないと言うのに。

    余程後ろめたい事をしてきた奴とか、追い詰められた奴じゃなきゃできないだろう。

    思わず誠子は苦笑した。

    誠子「それでいこう、ただし力み過ぎるなよ。すぐに切れるのも無しだ」

    背中しか見えないのに、自分の小言に対する純の苛立ちが伝わってくる。

    こういうのは長年の付き合いの賜物だろう。

    ただ、返事が無い。

    「純」ともう一度念を押すと彼女は観念したのか、

    分かった!と乱暴な声を上げたのだった。


    ■  ■  ■

    477 = 338 :

    今回はここまでです。
    次はまた来週の木曜に更新予定です。

    478 :


    木曜まで楽しみに待ってる
    主上は今どうなってるんだ…。

    480 :

    乙乙時系列逆で良かった
    走れ純くん!急げ純くん!!間に合え純くん!!!

    481 :

    こっち優先っぽくて本当によかった……
    というか、妖魔いないで主上は大丈夫なのか?

    482 :

    使令が先に扉を出て行く。

    その後を追って、菫も部屋の外へと出た。

    背後には付き従う智美の気配もある。

    向かうべき所は決まっていた。そのための導も感じ取っている。

    だが出てから数歩進んだ所で、目の前を歩く使令の足が突然止まった。

    菫は何事かと思い先の通路を見る。

    と同時に床の底から見知った姿が現れた。

    人間の姿に酷似しているが、腕に羽毛を生やした半分は鳥のような女性。

    自分に仕える妖魔だ。

    そういえば彼女には数刻前に一人の女の素性を調べるよう命じていたはず。

    少しだけ胸の痛みを思い出した。

    それは自分がまだあの女の事を気にしている証拠だろう。

    ならばこのまま歩きながらでも彼女の話を聞こうかと思ったが。

    菫が迎える前に、彼女はなぜか性急な態度で近付いてくると口速く告げた。

    『台輔、大事が起こったようです。今は急ぎ主上の安全を確保しなければなりません』

    どうか、いらっしゃる場所をお教え下さい、と彼女は言った。

    だが菫にしてみればまるで寝耳に水だ。

    「何…だと?」

    そうぎこちなく言い返してしまったのも、

    菫なりに彼女の言った内容を正確に飲み込んでいなかったからだ。

    483 = 338 :

    そんな動揺は声と態度からも彼女に伝わったのだろう、すぐに簡潔に教えてくれる。

    後を追った女は内宰である塞の手の者だった事。

    内宰と知り合いの秋官から、夏官の一部に不穏な動きがあった事。

    密告もあり、その裏付けを終えた今、夏官より内宮に配備されていた守備兵の一部が消えてしまった事。
     
    同じように聞いていた智美が背後から声を上げる。

    智美「!!……守備兵の異変は報告が来ていた、まさか、あれか」

    続いて苦々しく呻く声がする。

    そして意を決したように菫に向かって告げる。

    智美「台輔、これは私達が思っているよりも悪い方向に事が動いている」

    智美「主上を監視していた目はどこにでもあったんだ。それが今動き出したのは様々な要因が重なったから」

    智美「わざわざ台輔である菫ちんに挨拶しにきていたから、本当なら長期的に私らを懐柔する事も考えていたかもしれない」

    智美「でも予定外に起きた密告とそれに伴う塞殿側の重圧が悠長な選択を諦めさせた。奴ら、もう後がないと分かったんだ」

    「……!!」

    智美「そして何より……王と麒麟との仲違いにも気付いてしまった」

    智美「だからまだ経験も浅い主上を抱き込む事に懸けたんだ。あいつら、何としてでもそうするつもりだ」

    智美の語尾の強さにゾワリと悪寒が背を走るのを感じた。

    484 = 338 :

    『申し訳ありません。私が離れたばかりに』

    話を聞いていたのだろう、傍らの獣の使令が自分に向かって頭を下げる。

    が、それに対して菫は動揺に震えながらも頭を振った。

    「お前だけのせいではない。私の浅はかさがお前にそうさせた」

    言った言葉に痛感した。が、その動揺を飲み込むと菫は強い口調で使令達に命じる。

    「お前たちはすぐに向かって、主上を守れ。中庭の奥だ、場所は分かっているな」

    獣の毛並みを揺らした使令はすぐに了承する。

    それに続くはずの女怪が、塞側の手練が途中で待機している事を告げるとそれに対して智美が対処すると言った。

    智美「その者達には私の手の者を向かわせます、他にも応援も集めなくては。使令殿らは行ってください」

    智美が言い終えると同時に、異形の姿達は地の底に消えていく。

    菫の命じた通り、主を守りに行ったのだ。

    見届けると、無意識に頭が上がった。

    抱いた危機感より神経が研ぎ澄まされたのか、続いていく王気はすぐに掴んだ。

    思わずそこに向かって菫は足を踏み出そうとする。

    だが、一歩足を踏み出した所で後ろから伸びて来た腕に掴まれから歩みを止められてしまった。

    智美「駄目だ、菫ちん」

    どうして、そう思い後ろを向く。

    視線が合った瞬間、智美は首を左右に振って言う。

    485 = 338 :

    智美「状況が変わった。今貴方が行ってもどうにもならないだろう」

    智美「最悪血を見るかもしれないし……麒麟には辛い」

    「……お前っ!!」

    無意識に考えないようにしていた事を直に言われた。

    怒りを抱いて相手を睨み付けると、智美は冷静な口調を崩さずにただ言葉を続ける。

    智美「私になら幾ら怒ってもいい、でもこうなった原因も考えてくれ。要因はたくさんあるって言ったよな?」

    智美「もちろん騒ぎを起こした奴らが一番許せない、自己中もいい所だ。そいつらは排除する、必ずだ」

    智美「…けどな、主上と麒麟とがもっと分かりあっていたら、そいつらに付け入る隙を与える事も無かったかもしれない」

    そう言い切った言葉にドクリと胸の内が波打つ。

    まるで頭から冷水を浴びせられた気がした。

    抱いたはずの怒りが急激に萎んでいく。

    智美の言い分が正しいのだと分かっているからだ。

    その動揺は顔に浮かんでいたのだと思う。

    だから、智美は掴んでいた菫の腕を離した。

    そのまま早足で立ち止まったまま動かない菫の前を横切ると、去る際にもう一度振り返って言う。

    智美「さっき言った話の続きになるな、菫ちん。……素直になれよ。その言葉も気持ちも絶対に届くから」

    「………」

    智美「 大丈夫だ。必ず、無事にお連れする」

    言い切ると、智美は再び背を向けて去っていく。

    486 = 338 :

    遠ざかっていく足音を聞きながら、菫はそこから動くこともできずに静かに瞼を閉じた。

    集中すれば、今でもこうして感じ取れる王気に安堵を覚える。

    確かに、そこにいる。

    大丈夫。まだあの人は無事だから、こうして自分は感じ取る事ができている。

    だから菫は一心に願う。

    ――――戻ってきてくれ

    智美に言われた事を思い出している。

    ……そうだな、と今なら素直に頷ける。

    脳裏にはぎこちなく笑う儚い姿が浮かんだ。

    到底まだ王らしくない頼りない姿だが

    菫にしてみれば自分の意義に対する許しをくれた、唯一無二の存在だから。

    あの人の他に代わりなどいない。

    だから必ず、自分の元へ戻ってきてほしい。

    自分が本心を伝えるのが不慣れなのは分かっている。

    上手くできないかもしれないが……それでも智美に指摘された事。

    今度は諦めずにあの人に伝えたいと言葉と気持ちがあるのだ。

    そのためにも絶対に、私の元に。

    ただ、王である少女の帰還だけを一心に願った。


    ■  ■  ■

    487 = 338 :

    誠子は前方より聞こえる悲鳴の声を耳にしながら、たった十数分前の出来事を思い出している。

    確か自分はこうなる事を心配して腐れ縁に忠告したはずだ。

    力み過ぎるなよ。すぐに切れるのも無しだ、と。
     
    全く、純の性格を考えれば的確な忠告だったと思う。

    半分呆れた表情を浮かべ事の成り行きを見守っていた。

    正直な話、もう奴を止める切欠を逃したと誠子は自覚している。

    事の初めはまだ、純なりに抑えていたと思う。

    だが勘だけは長けた女なのだ。

    軍で変に揉まれたせいか相手に嘘をつかれたり、後ろめたい気持ちを持ってると嗅ぎつけるのだ。

    だから何組目かの守備兵に声を掛け、2~3言交わした次の瞬間。

    誠子が止める間も無く、純は目の前の屈強な兵士を問答無用で蹴り倒した。

    誠子は唖然と見ていた。多分相手も一瞬の事で避ける暇も無かったと思う。

    そのまま無駄の無い動きで倒れ込んだ兵士の胸の甲冑の上辺りに片足を載せると

    純は体重を掛けて身動きを取れないようにした。

    すぐ近くにもう二人の守備兵がいたのだが、急な展開に驚いてか彼らの反応は鈍かった。

    純はその内の一人の胸元を瞬時に掴むと引き寄せて締め上げる。

    くぐもった声が足元の悲鳴と一緒に周囲に響く。

    488 = 338 :

    誠子が手を出すでもなく、数秒の内に二人の兵士の身動きを封じてしまったものだから

    残った一人が弾かれたように逃げ出そうとした。

    すると、それまで蚊帳の外だった誠子にも鋭い声が飛んでくる。

    「オイ、逃がすなよ」

    言われるまでも無い。

    都合良く兵士達の背後は行き止まりだったから、逃げ出そうとした姿は自分の横を通らないといけない。

    仕方ない、と誠子は緩慢な動作で脇を通り抜けようとした兵士に足払いをしてやる。

    無様な悲鳴を上げて倒れ込んだ奴から見るに、体格は立派だが場数は踏んでいない兵士のようだ。

    うつ伏せに倒れ込んだ兵士の首元を抑え込むと、

    誠子「大人しくしてた方が良い、あいつは怖いぞ」

    と親切心から忠告してやった。

    案の定、目の前からは凄んだ声がする。

    「言い淀みやがったなテメェ。目も反らした。決定だ」

    「3秒だけ時間をやる、さっさと吐け。テメェらの仲間はどこだ?」

    誠子「…………」

    3秒か、奴が言い終わった瞬間、猶予は終わるな。

    と哀れみを込めて誠子が眺めていると、殊更高い悲鳴が響き渡った。

    ついでに鈍い音もしたから、多分あばら骨が数本圧迫され逝ったんじゃないかと想像する。

    489 = 338 :

    純は有言実行で、尚且つ今はとてもキレている。

    手加減はしないだろう。

    純が片腕で締め上げている兵士の呻き声はいつの間にか消え、泡を吹いていた。

    これでもし人違いだったら笑えないが……責任は塞に取ってもらう予定だし深く考えない事にする。

    それに、純は本当に勘はいいのだ。

    瞬時に絞め上げたせいかもしれないが、彼らが逃げ出そうとした行動も怪しい。

    誠子が抑え込む体躯がこうも震えているのは果たして純の暴挙を恐れてか。

    それとも痛い所を突かれて動揺したせいか。

    五分五分かな、と思った。

    だから聞こえてくる悲鳴を背に、誠子は下に抑え込んだ兵士に向かってあえて軽い口調で言う。

    誠子「なぁ、ああはなりたくないだろう?私はまだこうして優しいお伺いを立てているが……」

    誠子「あっちの女は相手に情けを掛けないからな。きっと今締上げている二人が、吐く前に落ちれば次はあんたの番だ」

    すると狙ったかのように純に床へと踏み付けられた兵士が苦痛の声を上げた。

    追い込むのには丁度いい。事実、誠子の下の体躯は怯えるように震えが大きくなった。

    誠子「もしあんたが関係ないというのなら、なんで言い訳もしないでそんなに震えてんだ?」

    誠子「仮にも腰に得物差しといて、怖いとか情けない事言うなよ。まさか誰かに義理立てでもしてんのなら、もっとやめとけ」

    誠子「どうせ、そいつは今日限りで終わる」

    490 = 338 :

    誠子「尚且つ私達は暴漢でも無いぞ。正規の、内宰の指示に従って動いてんだから」

    兵士「……!!」

    誠子「後に都合が悪くなるのはどっちかわかるだろ?」

    誠子「あんたが僅かでもこの国に対して、主上に対してすまないという気持ちを抱いているのなら、すぐに全てを吐くべきだ」

    誠子「よく良心に聞けよ。あんたに対する親切心で言ってるんだが、なぁ、どうだ?」

    出来る限り情緒たっぷりに言い聞かせてやる。

    すると、ぐしゃりと前方で床に何かが落ちた音がした。

    確かめるまでもない。首を締め上げられ、泡を吹いていた男が床に沈んだ音だった。

    白目まで剥いてる姿が見えたから、間に合ったら蘇生してやろうと思う。

    全ては誠子が抑えつけている男次第だ。

    純の踏み付けている男すら、多分こいつが吐かないと最悪死ぬかもしれない。

    痺れを切らした純が踏み付けていた足を上げると、

    倒れ込んだ男の顎を容赦なく蹴り上げるのが見えた。

    ……合掌しておこう。あれじゃ、暫くは何も言えまい。

    だがそんな光景は誠子が抑え込む兵士を改心させる切欠にはなったようだ。 

    すぐに訪れる純という厄災に絶望してか、または良心が疼いたのか下から掠れ声が上がる。

    兵士「俺だって嫌だったんだ!…だけど今更、逆らえるはずもない、だから……!」

    誠子「………ほぉ」

    意外と呆気なかった。

    やはり軍で叩き上げた奴らとは違い、ここに送られてくる兵士なんぞは少し柔い気がする。

    491 = 338 :

    純に落とされた奴らは不可抗力だが、誠子が抑えつけた奴なんかは指一本失っていない。

    こいつら体格は見劣りしないが、いかんせん根を上げるのが早すぎる。

    王を守るべき輩がこうでは有事の際は不安を覚えるだろう。

    なるほど。塞の不安はもっともだ。

    これを機にこうした不安な輩は一掃してしまった方がいい。

    感慨深く誠子が思っていると、カツンと足音が響いた。
     
    意識がそちらに向かう。

    床に倒れ込んでいる兵士らはピクリとも動かない。

    それらを背に、怒気を纏った純が近づいてくる。

    自然と、誠子は下に抑え込んでいた男を解放した。

    だが自由になったはずの男は倒れ込んだまま何事かを一生懸命に呟いている。

    自分は悪くない、だとか。仕方なかったんだ、とか。

    そんな男のすぐ側に辿り着いた純は、徐に片足を上げた。

    一瞬止めようかなと思ったのは、純が切れているのが分かっていたからだ。

    冷静な思考ではない、だから折角の手掛かりまで潰されちゃ本末転倒だと誠子は危惧した。

    しかし誠子が制止の腕を延ばす前に純は動いた。
     
    ダン!

    上がった足が勢いよく降ろされてしまう。

    その衝撃で床が揺れたのを感じた。

    492 = 338 :

    この一撃を喰らったとしたら無事では済まないだろう。

    事実、先ほどまで聞こえていた男の錯乱した声がピタリと消えてしまっていた。

    やっちまったか……そう思いながら誠子は衝撃の発生源に目をやる。

    すると意外にも男の五体満足な姿があった。

    だがその目を極限まで開いた顔は恐怖に染まっている。

    それもそのはず、男の顔面擦れ擦れに純の足首が覗いている。

    少しでも狙いがずれれば男の頭部の骨は粉々になっていただろう。

    男も想像しているのか、顔面に冷や汗が噴き出している。

    そんな男に向かって冷たい声が降った。

    「いらん事をぺちゃくちゃと耳障りったらありゃしねぇ。誰がテメェの情けねぇ言い訳なんぞ聞きたいと言ったかよ、あ?」

    「ただ、尋ねた事だけを簡潔に吐け。もう一度だけ聞いてやる、テメェらの馬鹿な仲間はどこだ?」

    また場違いなことを抜かしたらその顔面、轢き殺してやる。

    と最大級のドスをきかせた声に男は震えあがった。

    誠子にしてみれば、そんな純の暴挙に対して突っ込みどころが満載だ。

    相変わらず卒長までいったくせにガラが悪いな、とか。

    意外にも相手から情報を引き出すための理性は残っていたのな、とか。

    轢き殺すとか言ってるけど、わざわざ馬でも引っ張ってくんの、とか。

    背後の兵士二人、まだ生きてんのかよ、とか。

    ただそんな脳内に駆け巡った突っ込みを吹き飛ばすかのように、純に脅された男は泣きながら叫んだ。

    493 = 338 :

    兵士「言うから!……奥だ、今は使われていない中庭の、奥!」

    誠子は口笛を吹く。

    対して純は屈むと、倒れ込む男の首元を掴んで有無を言わさず持ち上げた。

    足元が震えているせいか、立たせた男はよろめいたがそれを睨みつけて純は檄を飛ばす。

    「手を離すが、倒れんなよ。喜べ、手前のなけなしの良心を救ってやる」

    「主上に対して申し訳ないと思う心が残ってンなら、お前が死に物狂いで走って、俺をそこまで案内しろ」

    今すぐにだ、と押し殺した声を受け、震えていた男の足がピンと伸びた。

    誠子「………」

    ただブチ切れているだけかと思ったが、男一人の口を割らせた手並みは賞賛できる。

    そんな純の行動を端から見守っていた誠子も徐に立ち上がった。

    取りあえず自分の行動は背後の倒れた兵士達の蘇生からだろう。

    宮中を騒がせた敵ではあるが、後ほど今回の騒動について証言もしてもらわねばなるまい。

    ただ、純は先に行くだろうとは思った。

    言葉が無くとも互いの役目は理解している。

    眼前で脅された男はハイッ!と上擦った声を上げると、

    純を案内するために一目散に駆け出したのだった。


    ■  ■  ■

    494 = 338 :

    すぐに茂みを利用して逃げ出したのは正解だったと思う。

    だけど多勢に無勢だ。

    案の定、逃げ込んだ茂みの向こうから木々を掻き分ける音と衝撃とが伝わってくる。

    ここで息を潜めていてもいつかは見つかってしまうだろう。

    咲は腰を低くしたままに地面を這って移動し始めた。

    仙籍に入ってから自分がどう変わったのか余り自覚はなかったが。

    こうして動き廻ってみて以前とは違い、疲れ易さからは遠ざかったような気がする。

    息は切れているが、走れる余力はある。

    これが不老不死の一環かもしれないが、背後から迫ってくる凶器に好き好んで挑もうとは思わなかった。

    口にして脅されただけだが、彼らは冬器という特殊な武器を持っている。

    学習した限りでは、不老不死である仙籍さえ滅する呪具だ。王も例外では無い。

    それを持った彼らに捕まったらどうなるだろうか。

    彼らの前から逃げる直前に、はっきり断ると叫んだ手前。

    もはや向こうも穏便な対応はしてくれないだろう。

    事実、背後から迫ってくる気配には殺気が滲んでいる。

    脅されるか……最悪、屠られるか。

    495 = 338 :

    遅くなりました。今回はここまでです。
    次は来週の木曜に更新予定です。

    496 :

    待ってました!乙

    498 :

    取るに足らない疑問なんだが、どうして王は照じゃないんだ?麒麟が菫なら主上は照だろ

    499 :

    照は主役の器じゃないからね、仕方ない

    500 :

    乙です
    来週で一区切りつくかな


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