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    元スレ菫「見つけた。貴方が私の王だ」咲「えっ」

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    302 :

    乙乙

    >>299
    かじゅといい純くんといい、イケメンより男前て言葉の方が似合うよな

    303 :

    「残念だが、決めたんだろう?」

    「はい。純さんのお陰です。自分にできる事を探して、少しでもやってみようと思います」

    「………」

    「今まで下を向いてきた分、今度は上を向いて」

    「必死になってやってみようと思います。だから……暫くはお会いできません」

    「なら俺がどうこう言えるはずもない。それにな、今生の別れって訳でもないよな」

    「出世しろよ、咲。ここで互いに生きていくのならいつかまた会える日がくるだろうから」

    「…ええ、必ず。すぐには無理だと思いますが、それでも……」

    「絶対に、またお会いしましょう」

    咲が言い終えると、純も立ち上がる。

    見下ろした視線が自然上を向く。

    咲は見下ろしてくる彼女の視線を逸らさない。

    304 = 303 :

    純はどこか楽しそうに笑うと、徐に片腕を差し出してきた。

    こんな事をされたのは初めてだったけれど、

    彼女が何をしたいのかは分かった。

    差し出された腕に向かい自然に咲も腕を差し出す。

    「頑張れよ」

    言われ、手の平をぎゅっと握られる。

    「純さんも」

    声に迷いは無い。

    握られた手の平を、咲もしっかりと握り返してから。

    深く頷いて見せた。


    ■  ■  ■


    305 = 303 :

    神獣である麒麟の特権だ、唯一の王である存在の気配を辿れるのは。

    駆け付けた先に立つ主の姿を見つけた瞬間、驚いて自然に足が止まった。

    咲は一人ではなかった。

    隣に立つ長身の女性の姿が見えた。

    菫の記憶の中には無い。

    自慢ではないけれど、菫は一度見た人間の顔を忘れる事は無い。

    その記憶の中にあの女性がいないという事に不信感が募った。

    なぜ咲と一緒にいるのか分からない。

    菫は素直に混乱を覚えた。

    だから変に途中で立ち止まってしまったのがいけなかったのだと思う。

    本来なら主に所在が分からぬ怪しい人物が近づいているのだから、

    僕としてすぐに助け出さなければいけなかった。

    使令に命じなければいけなかったのに、あの方を守れ、と。

    だけど菫が使令に命じようとした瞬間見えた光景に、そんな思考は綺麗に止まってしまった。

    306 = 303 :

    見つめる先の主は、隣に立つ女性を見上げながら笑っていたから。

    それも会話を交わし、長身の姿をしっかりと見上げていて。

    菫の気のせいでなければあの人は本当に楽しそうに笑っているように見えた。

    だから気付かされる。

    ここへと無理に連れてきて、咲が菫の前であんなに砕けて笑ってくれた瞬間があっただろうかと。

    多分笑いかけてくれた事はある……けれど。

    それはいつだって俯き加減で、どこかこちらを窺うような張り付いた笑顔だった。

    今、菫が見つめる先のように。

    心の底から楽しそうに笑う咲の姿など、菫は見たことがないのだと気付いてしまった。

    途端言い知れぬ痛みを胸に感じる。

    思わず両腕を胸の前で交差させて、そのまま体を抱きしめる。

    沸々と湧き上る衝動を抑え込もうとする。

    慈悲の獣には大凡似つかわしくない感情。

    矜持の高い官吏達に罵られても抱いたことがない痛み。

    無意識に薄ら開いたままだった唇を噛みしめていた。

    307 = 303 :

    目の前では相変わらず笑いながら一言、二言、言葉を交わしている姿がある。

    それが一段落したのか、咲の隣に立つ女性が咲に向かって何気なく腕を差し出した。

    王に向かって礼儀も何も感じられない。

    不敬罪で処断されても文句は言えないだろう。

    なのに差し出された側の主は、気を悪くした風もなくそれを快く受けて女性の手のひらをしっかりと握り返した。

    そこに何か自分が羨むものが見えたような気がして、菫は眩暈を覚える。

    彼女らが近い距離だと感じたのはきっと嘘じゃない。

    あの人は、天が定めた半身であるこの身を見上げてもくれなかった癖に。

    どこの馬の骨とも分からぬ女性をしっかりと見上げて、

    心からの笑顔を浮かべているのだと菫は分かってしまった。

    悲しいのか、悔しいのか。

    もはや菫にも良くわからない。

    湧き上がる衝動を抑え込むのに精一杯だった。

    こんな激情が胸中に巣食っていたのだと今、気付く。

    308 = 303 :

    命じた訳でもないのに、背後に伸びる影より這い出てくる気配を感じた。

    それは完全に姿を現すと、固まって動けない菫の傍らへと寄ってくる。

    『台輔、お心を鎮めて下さい。そのままでは御身を損ないかねません』

    どうか、と心配する女怪の声に一瞬、正気が戻る。

    噛みしめていた唇を解くと、見つめる先の姿達が動くのに気付いた。

    彼女らは手堅い握手を交わすと、また短い会話を交わす。

    そして、何かを得たように頷き合うと、互いに背を向けて歩き始めた。

    見知らぬ女性は外宮のどこかに戻っていくのだろう、更に奥へと消えていく背を見送る。

    対して咲は踵を返し、内宮へと続く道を歩き始めた。

    つまり立ち止まっていた自分がいる方向に、だ。

    思わず片足が後ろに下がった。

    菫はここであの人に鉢合わせするのは嫌だと思った。

    だって無様にも盗み見していたようではないか。

    そんなの菫の矜持が許さないし、この動揺が酷い顔を見られたくもなかった。

    309 = 303 :

    少しの時間でいい、あの人と向き合う気持ちを落ち着かせたい。

    だから菫も同じように踵を返すと、先に内宮に向かい駆け出そうとした。

    その際、寄り添う女怪へと小声で命じる。

    「あの女を追え、素性を突き止めるんだ。主上への礼を欠いた態度、見過ごす事はできん」

    『仰せのままに。ですが、台輔はどうなさいます?』

    「………」

    一拍、置いた間は不自然だったかもしれない。

    だけど女怪は他にいらぬ事も言わず、菫から返ってくる言葉をじっと待っている。

    観念して菫は早口に言葉を返した。

    「……主上と話をする。言って訊かせねばならぬだろう、ご自分の立場を分かっていらっしゃるのかと」

    それは菫というよりは、臣下として、僕として。

    半身としての責務だ。

    間違ってはいない。正当な役目だ。

    310 = 303 :

    女怪は頷いた、けれど控えめではあるが言ってくる。

    『どうか余り強くお言いにならぬよう。主上も、台輔も辛いことになりましょう』

    「お前……」

    菫の言葉が濁る。

    なにか、この内の衝動を見透かされたような心地がした。

    バツが悪くなって顔を顰めるが、それでも心配してくれる女怪に向かって頷いて見せた。

    「分かった……落ち着いて話すから」

    頼む、と短く言うと、女怪は頭を深く垂れると地の底へ消えて行く。

    それを見届けてから菫は早足で駆け出す。

    巡る通路の光景の中、落ち着けと波打つ胸中を叱咤する。

    女怪とも約束した。…冷静になって向き合おう。

    内宮であの人を迎えるための心構えが必要だ。そして言わねばならぬ。

    絶対に、分かってもらわねばならぬのだと思った。


    ■  ■  ■


    311 = 303 :

    今回はここまでです。
    次はまた来週の木曜に投下予定です。

    312 :

    乙 純くん大丈夫かな

    315 :

    おつおつ

    316 :

    菫さんが暴走しそう…
    もっと歩み寄らなきゃ仲良くなれないよ菫さん…

    317 :

    おつ
    菫さん頑張れ

    318 :

    すごく面白い

    319 :

    ふと見つけたが菫さん好き&十二国記好きの私にはたまらんなぁ

    320 :

    純と別れた咲は内殿を過ぎ内宮へと急ぐ。

    そのまま王の居宮である路寝へと辿り着いた。

    今日の咲の執務は終わっているから、みんなは咲がずっと正寝にいたと思っているだろう。

    いなかった事が分かれば、また智美なんかは酷く心配してくれるに違いない。

    それはとても心苦しいので早く居室へと戻らねばと思った。 

    ここには菫や智美が信頼する者達だけを置いているから人は少ない。

    事実、路寝に入ってからここまで咲は誰一人会う事は無かった。

    戻ろうとしている自分にしてみれば好都合ではあったが。

    だけど進む先の壁際にある扉が一つ、まるで咲が通るのを待っていたかのように開く。

    その前を通り過ぎようとしていた咲が思わず立ち止まったのは、開いた扉から不意に現れた姿に驚いたから。

    路寝に彼女がいるのは可笑しい事ではない。

    路寝には王の居宮である正寝とは別に、台輔である菫の居宮である仁重殿もあるのだから。

    ただ咲にしてみれば内緒で戻ろうとしていた時だったから、

    不意打ちに出会ってしまってあからさまに動揺してしまった。

    「……っ」

    自然に挨拶でもすればよかったのかもしれない。

    けれど扉から出てきた菫が、なぜか射るように見つめてきたものだから開いた口は委縮して閉じてしまう。

    321 = 320 :

    変だ。何か菫はいつもとは違う感じがした。

    姿勢を正して佇む姿、真面目な雰囲気は見慣れたものだ。

    が、それに輪をかけて、今咲の目の前にいる彼女からはピリピリした緊張が伝わってくる。

    思わず顔が下を向きそうになるのを必死に耐えた。

    先ほど変わろうと決意した心を忘れてはいない。

    このまま人気のない通路の途中で、無言で向き合っている訳にもいかないと思った。

    菫だってたまたま用事があって仁重殿から出てきた所に、

    咲と鉢合わせしてしまっただけなのかもしれない。

    なら下手に真実を彼女に告げていらぬ心配をさせたくないと思った。

    行動は決まった。咲から挨拶を交わして、今は彼女をこの空気から解放すればいい。

    咲は半身の名前を呼ぼうと口を開いた。が、
     
    「どこに行っていた」

    咲が喋ろうとした気配は伝わっていたと思う。

    けれどそれを断ち切るみたいに鋭く言われたから。

    一瞬、何を言われたのか分からなかった。

    「………」

    薄ら唇を開いたまま、本来伝えようとしていた言葉は綺麗に脳裏から消えてしまう。

    そんな動揺を見せた咲を眼前に立つ菫はどう思ったのか。

    更に畳み掛けるように彼女は言ってくる。

    「今までどこに行っていたのかと、聞いているのだが?」

    ぞわり、と心臓が竦んだ気がした。無意識に口角が引き攣る。

    この瞬間に的確に指摘してきた菫の、その意図をどう推し量ればいいのか。

    322 = 320 :

    まさか、咲が誰にも言わず内宮を抜け出していたことを彼女は知っている?

    その可能性に行き当り、素直に肝が冷えた。ぶわりと額に冷たい汗が浮く。

    咄嗟に言い繕わねばと思った。

    なによりこれ以上、菫に嫌われるのを恐れた。

    「私は…」

    「主上。その前に一つ、聞き知って頂かねばならぬ事がある」

    また被せるように言葉を遮られたから咲は口を噤むしかない。

    淡々とした菫の声は続く。

    「改めて伝えた事はなかったが。王と麒麟とは天が定めた特別な繋がりなんだ」

    「麒麟はな、唯一主人である王の居場所を、その王気でもって辿ることができる」

    「え?」

    思わず間抜けな声が出た。対して菫はそんな咲の動揺など見越していたかのように冷静だ。

    「覚えはないか?貴方がどこにいようとも私は会いに行っていた」

    「その際、私は第三者に主上の居場所を尋ねたことは一度もない」

    何故ならそんな事をせずとも麒麟である菫には主の居場所を自力で探し出す能力があるからだ、と。

    今度こそ本当の意味で咲の心臓は竦んだ。

    そういえば、そうだったかもしれない、と…間抜けな話だが、今頃咲も思い出している。

    初めてここへと連れて来られた時に、自分は不思議に思ったではないか。

    誰にも見つからず逃げ出したはずのこの身を、菫はすぐに追いかけてきた。

    323 = 320 :

    目の前の半身のいつも以上に堅い態度。

    むしろその瞳には苛立ちと怒りとが混ざっているような気がした。

    確定的だ、だから今この瞬間菫が絶妙なタイミングで咲の前に姿を現したのも麒麟としては当たり前なのだ。

    彼女は事実、ここで咲を待っていた。

    「…じゃあ……」

    震える咲の声を受け菫は浅く頷いた。そうだ、と首を縦に振る。 

    「もう分かっている。貴方が軽薄にも供の者も連れずに、勝手に内宮より抜け出していた事はな」

    「………」

    咲は返す言葉が無い。菫の指摘は間違っていなかった。

    主に滲む動揺は、菫の意見に対する肯定と考えてもいいだろう。

    だから改めて、菫は咲に向かって言う。 

    「主上。私はもとより智美からも幾重に渡って言われていたはずだ」

    「貴方はこの才州国の王だ。長く不在だった玉座をようやく埋めてくれた」

    「その事がどんなに重要な事なのか、本当に分かっているのか?」

    その両肩には、もはやこの国の民の命運が掛かっているのだ、と。

    「わ、私は……」

    叱責されて、その声に動揺が滲むのは彼女が責める菫に対して後ろめたさを感じているからだろう。

    でも菫は畳み掛ける言葉を緩めない。

    「宮中といえど、王朝の始まりは即位したばかりの王にしてみればまだ安全とは言えん」

    「だからこそ私達も貴方を守るために慎重に事を運んできたつもりだ。ついこの前も襲われかけた事件があったはずだ」

    324 = 320 :

    「なのに何故こんな時に、不用心にも誰にも告げずに外宮へと出て行った?」

    朱色の瞳には動揺が滲んでいる。それが菫を見上げながら苦しげに細められる。

    と、咲は何かを耐えるように下を向いてしまった。

    つまり今、咲は菫を見ていない。…そんな現状にじわりと胸中に抑え込んでいた衝動が蠢いた。
     
    「……じっと、してはいられなかったんです」

    細い声で、ぽつりと咲が呟く。

    「みんな、私を助けてくれます。もちろん菫さんも」

    「でも、私は?王だと言われても……私は他の誰よりも、世界の条理も人の情理も知らない」

    「……どうしても、自信が持てなかったんです」

    「……………」

    「焦りは日々募っていきました。でも貴重な時間を削ってまで私を助けようとしてくれる貴方達に、これ以上無理を言えるはずがない」

    「何よりの急務は、この国を立て直すことなのだと。それぐらいは私にも分っていましたから」

    「だから……自分で動くしかない、と思ったんです」

    苦悶に満ちた主の言葉。でも、だからこそ菫の内なる衝動も大きくなる。

    一瞬、脳裏に心配して言ってくれた女怪の言葉が掠めたけれど。

    抑え切れない。菫の返す言葉に怒気が混じった。

    「それで貴方は秘密にしていたのか?周りにも、智美や……私にさえも」

    「……すみませんでした」

    菫は頭を振る。違う、謝って欲しいんじゃない。

    「私が許せないと思うのは、その癖どこの誰かも知らぬ奴に対して貴方が……心を許していたから」

    あの時。菫が遠くから見ていても、笑い合う彼女らの雰囲気が伝わってきて。

    その距離の近さを痛感させられた。

    325 = 320 :

    思わず縋るように腕が伸びた。主の両腕へと掴み掛かる。

    腕を掴まれた衝撃で吃驚したのだろう、俯いていた咲の顔が再び上がる。

    朱色の瞳を再び見下ろしながら、菫は胸中に渦巻く衝動を吐き出す。

    「そこまで悩んでいたというのなら、なぜ貴方は私ではなく、あんな知らぬ奴を」

    「す、菫さん、何を」

    動揺は消え、濃い困惑がその瞳に宿った。だが菫の言葉は止まらない。

    「あいつは誰だ?」

    「……っ!」

    ようやく咲も菫が誰の事を尋ねているのか気付いたようだった。

    「見慣れない顔だ、つい最近やってきたのだろう。そんな素性も分からぬ奴をなぜ貴方は警戒しない!?」

    「違います、菫さん。あの人は、そんな人じゃないんです」

    焦って言い返してくる咲の姿に菫は更に苛ついた。腕を掴む力が無意識に強くなる。

    「なぜ断言できる?もしかしたら王である貴方の正体を知っていて、本心を隠し取り込もうと近付いてきたのかもしれない!」

    「あり得ません!あの人は私が王だなんて知らない…私を新米の官吏だと思っていて、心配してくれて…」

    それだけなんです、と咲は必死に言い募るがそれを素直に受け入れられるはずもない。
     
    菫は王であるこの人を守らなければならない。

    それはこの人が起つまで長く苦しんできた民のためであり、この国の麒麟としての菫の責務だ。

    326 = 320 :

    王が玉座にいるだけでも、妖魔の出現を抑え、死んだ大地は生き返る。

    もはや王が不在だった混沌とした時代に舞い戻る訳にはいかない。

    故に、今まで細心の注意を払ってきた。

    前王から続く奸臣はまだこの宮中には多い。

    思い通りにならないと分かれば王がいない時代に戻ってもいいのだと言い切る下種もいるはずだ。

    だから菫も智美も、せめて内宮の路寝だけでも人事を綺麗にしようとした。

    信に足る者だけを招き入れたのは、この人を危険から遠ざけるためだ。

    なのに、その守ろうとしていた本人が安全な場所から一人抜け出していたとう事実に憤りを覚える。

    …………いや、それは建前だ。

    もちろんそれも大事だけれど。

    菫の中に生まれてくる衝動は、その憤りだけで済まされるものではない。

    分かっている、菫は麒麟としての建前より何より悔しくて悔しくて堪らないのだ。

    こうして詰め寄って、主の口から直に聞いてしまった。

    責め立てても、この人は見知らぬ女を悪くないのだと必死に庇っている。

    そこにはあの時遠くから垣間見た、彼女らの信頼の成せるものなのだろう。

    互いに笑い合っていた姿。

    悔しいが菫が咲と出会ってから今まで、あの時のようにこの人が心から楽しそうに笑っている顔を一度も見た事がない。

    あの女なら良くて、自分では駄目な理由はなんだ?

    327 = 320 :

    王と麒麟は一心同体だ、けれど……今の菫はそんな自信が無い。

    麒麟なのに、この人の一番近くにいないのでないかと疑ってしまった。

    その事実に気付いてから胸の内の痛みが酷くて、菫は衝動に突き動かされそうになる。

    主の細い腕を掴む二の腕が小刻みに震える。

    その動揺は、振動となって繋ぐ腕より咲にも伝わっている。

    「!!……震えて……菫さん、大丈夫ですか!?」

    心配そうに見上げてくる顔を、目を細めて菫は見下ろす。

    眉間には皺が寄っていて、きっと今の自分は酷く苦い表情を浮かべているだろう。

    その癖こうして自分に少しでも心を砕いてくれる咲の姿に歓喜を覚える。

    様々に生まれてくる感情が胸中で渦巻いていて……慣れない菫はもはや対応しきれない。

    菫は咲を掴んでいた腕を解き放つ。

    それから瞼を閉じ、呻くように、本心を吐き出した。


    「もう、いやだ」


    「―――…」

    328 = 320 :

    ただこの痛みより解放される術を知りたい。

    唯一この人だけだ。こんなにも自分の感情を良くも悪くも揺さ振ってくれるのは。

    咲と出会う前の自分からは想像もできない程の激情を胸の内に抱えている。

    それが時として、酷い痛みを伴って菫を苦しめてくれるから。


    瞼を閉じた暗い世界はただ静かだった。

    それからどれくらいの時間が過ぎたのか、多分数秒のものだろうけれど。

    菫にしてみれば何時間にも何十時間にも感じた。
     
    ふと、目の前の気配が動いた。

    流れる空気の変化を肌が感じ取っている。

    そして菫は、感情を欠いた、瞼の裏側の暗闇と同じぐらい静かな声を聞いた。


    「 ごめんなさい 」


    重い瞼を上げる。

    菫の目の前は開かれていた。

    今まで確かにいたはずなのに。

    咲の姿は、そこから綺麗に消えてしまっていた。


    ■  ■  ■

    329 = 320 :

    今回はここまでです。
    次はまた来週の木曜に投下予定です。

    330 :


    ついに決裂してしまったか…

    331 :

    本当に今年中に終わるのか?

    332 :

    乙!

    本当にいつもいいところで切りなさるな

    333 :

    別に今年中に終わらなくてもエタらなければおk
    それより菫さんだって辛いのは分かるけどさ、そんな心配なら張りついてろ!って言いたいわ…

    334 :


    むしろ終わらん方が長く楽しめるともいえる
    しかしついに菫さん暴発か、咲さん大丈夫かね?

    335 = 319 :

    抱え込むタイプ同士はどっちかが殻を破らんと腹割って話せないよなぁ
    うーん、人間って難しい

    336 :

    おつ
    なんというか…もどかしいな

    337 :

    菫さんはなんというか押し付けすぎなんだよなぁ
    麒麟だからっていうのはわかるけど、たぶん咲さんから見て話し易さではワハハにも劣ってそうなのが可哀想
    不器用同士のすれ違いって本当につらいな

    338 :

    葉が水面に落ちて、そこに波紋が静かに走った。

    幾重にも続くそれは次第に小さくなっていき…

    時間が経つと、水面の上には落ちた葉だけが水流に浮いている。

    微かにゆらゆら揺れるそれを、咲は何を思うでもなくぼうっと眺めていた。

    取りあえず、人のいない所に行きたかった。

    それで走り続けて辿り着いたのは宮中から続くどこかの中庭だ。

    更に人が来ない場所を探して中庭の生い茂る木々を突き抜けていく。

    すると、開けた場所に出た。

    今まで駆けていた足が緩み、ついには立ち止まる。

    そこは誰の気配もない静かな所だった。

    多分、昔には使われていたのだろう小さく古びた東屋のような建物があり

    その近くには水を湛えた池があった。

    きっと使われなくなっても庭師が手入れだけはしていたのだと思う。

    東屋も池の周囲も荒れているようには思わない。

    339 = 338 :

    走った事で乱れていた息を整えながら、東屋を過ぎ小さな池の縁へと辿り着く。

    そこを囲むように置かれている手頃な岩の一つを見繕い、腰を降ろした。

    芝生の上の爪先を暫く眺め、次に、背後に広がる池を眺めた。

    近くに生える背の高い木から時に落ちてくる葉が池の水面を揺らす。

    それを、どれくらい眺めていたのだろうか。

    ただここから動く気にはなれなかった。

    しかし思っていたよりも心は落ち着いている。

    いや、色々な想いを突き抜けてしまっているといった方が正しいのかもしれない。

    ただこれ以上、何かを考える気にもなれなかった。

    だって、今更何をしても結果は変わらないだろう。

    「………」

    波紋が走る水面を眺めながらも……それだけは理解していた。

    恐れていた瞬間だったが、迎えてみればあっけないものだ。

    340 = 338 :

    菫は咲に向かってしっかりと拒絶の言葉を吐き出した。

    いやだ、と。

    忘れたいが、あの言葉もそれを言った姿も咲の胸の内に焼き付いてしまっている。

    顔を上げて向き合おうと…そう決心した矢先の事だったが。

    もう全てがどうでもよくなってきた。

    だって、自分は遅すぎたのだ。

    悩むのも、気付くのも、決めるのも、全て。

    それでどれ程あの半身を苦しめてきたか、思い知らされたような気がする。

    あんな苦しげに言葉を吐き出す程に、自分は菫を追い詰めてしまっていた。

    咲は小さく息を吐き出す。

    これからどうするべきだろうか?

    今更、今までのように上辺だけでも付き合う事はできない。

    だって咲はそんなに強くはないのだ。

    いやだと存在を拒絶されてまでここに居座る図太さも無い。

    むしろ、解き放ってあげたい。

    341 = 338 :

    ふと数日前に書房にて眺めた書物の内容を思い出す。

    国の成り立ち、構成、国が運営されていく過程が書かれていたその書物には、

    王と麒麟の関係も記されていた。

    麒麟が王を選び、治世が正しい限りはいつまでも栄える。

    反面、悪政を敷けば半身である麒麟は失道し、王が改心せねば麒麟は死に王も死んでしまう。

    そして、こうなのだという。

    王は、王を神にした麒麟を失えば必ず死ぬ。だが、麒麟はそうではない。

    麒麟は王が死んでも死にはしない。

    王が悪政を敷いて改心せねば、失道で死んでしまうだろうが。

    その前に、王が位を天に返上して死ぬか、または弑されれば麒麟は生き残る。

    そして麒麟はまた次の王を探せる。

    健全ではない考えが頭を過ぎる。

    むしろそれが一番いいのではないかと思えてきた。

    「私が…王をおりれば…」

    ぽつりと呟いた瞬間。

    342 = 338 :


    『早まった考えはお止め下さい。台輔が悲しみます』

    水面に走る波紋を眺めていた視界を見開く。

    感情を含まない、淡々とした声だった。

    が、咲にしてみれば聞き覚えのない声だ。

    思わず水面より視線を上げ、そのままぐるりと周囲を見渡してみた。

    「……?」

    そこは、相変わらず咲しかいない。

    こじんまりとした静かな空間に、他者の気配は感じられない。

    けれど確かに声は聞こえた。

    しかも、すぐ側から聞こえたような気がした。

    でも視界の先には誰もいないのだ。

    一体、どこから?

    不安な心地になった頃に、もう一度近くから鮮明に声が聞こえた。

    『どうか、主上』

    思わず肩がビクリと揺れる。

    再び周囲を見渡して誰もいない事を確認する。

    こくりと唾を飲み込んでから、咲は唇を開いた。

    343 = 338 :

    「誰…ですか?」

    反応を待つが、その問いに対しての応えは無い。咲は続けて言う。

    「近くにいるのなら、姿を見せてくれませんか。どこかにいるんですよね?」

    すると、相変わらず淡々とした声が返ってくる。

    『御前に参じるのはお許しください。醜い姿故、以前に主上を酷く驚かせてしまった事がございます』

    その声が、自分が爪先を地に付ける先より聞こえてくる事に咲は気付く。

    そんなの人間には無理だ。だから閃くように思い出した。

    過去に一度だけ見た出来事。

    菫が何も知らぬ自分を迎えに来た時に、地面を水面のように変えて這い出てきた異形の姿達。

    つまり、この声は……妖魔。

    「!…もしかして、菫さんの」

    無意識に呟けば「御意」と短い声が肯定する。

    咲の半身は麒麟として、人が恐れる妖魔をも使役するはずだから。

    その姿達を過去に垣間見たのを咲も覚えていた。

    初めて菫と会った時に、確か虎のような大きな妖魔が地面から這い出てきて、自分は驚いてしまった。

    そのまま意識を失ってしまったはず。

    きっと、妖魔はその事を言っている。

    だが今にしてみれば咲とて理解している。

    一般に人を襲う妖魔とは違い、麒麟に使役される妖魔は、主人に忠実で人を襲わない。

    ならば、こうして声が聞こえてくる妖魔はひょっとして。

    「ずっと、私の側にいたんですか?」

    『台輔に命じられて』

    間髪入れずに返ってきた声に咲が閉口してしまう。

    様々な思惑が脳裏を駆け巡った。

    咲を心配してか、それとも見張るためなのか。

    しかし今更、全て同じ事のようにも思えた。

    344 = 338 :

    『本来ならばご負担を感じぬよう、影ながら御身をお守りするよう命じられていました。…ですがあえて主命に背きました』

    「え?」

    淡々とした声は変わらないが、それが最後の一文だけ更に声が潜められた気がする。

    よくよく脳裏でその言葉を復唱して考えてみれば…

    もしや妖魔は主人である菫の命を背いて、守っていた自分に声を掛けてきたという事なのだろうか。

    「…どうして?」

    『私は主上について廻り全てを見ていましたから』

    『台輔が誤解からああ言ってしまった事も、その誤解から生まれたものを、貴方が素直に受け取ってしまった事も』

    咲は目を見開く。

    爪先を見つめる視界が僅かに振れた。…体が小刻みに震えているからだ。

    同じように震える唇をどうにか動かして返す言葉を吐き出す。

    「誤解だと言ってくれるんですか、あれは……菫さんの本心ではないんですか?」

    『違います。誤解なさいますな』

    咲の問いかけに対して、妖魔は迷いもせずに否定してくれた。

    現金にもからっぽだった胸中に少しの希望が灯る。

    咲はいつの間にか張っていた肩の力をゆっくりと抜いた。

    そして、爪先の向こうに広がる地面を一瞥し、咲はそこに向かって声をかけた。

    「姿を見せてくれませんか?」

    『…もはや主命には背いておりますが。また私のせいで主上がお倒れになられたら、今度こそ台輔に対して申し開きができません』

    「そんなこと…あの時は私も、その、妖魔というのを話に聞くだけで初めて見てしまったから驚いてしまったんです」

    「でも今は大丈夫です。こうして驚かせないようにあなたは気遣ってくれている」

    345 = 338 :

    「それに菫さんに仕えているのだから、あなた達が怖いはずなんてありませんよね」

    咲から姿は見えないが、安心させるように小さく笑う。

    「今度は絶対に驚いたりしません。姿を見せてくれませんか?」

    もう一度、地面に向かって問いかける。

    すると一拍の後、「御意」という声と共に地面が不自然に波打った。

    堅いはずの地質も、生い茂る芝生も一緒になって地面の上に水面の如く波紋が走る。

    と、その中心から獣が豊かな毛並みを揺らしてゆっくりと這い上がってきた。

    咲は妖魔も見た事はなかったけれど、猛獣と呼ばれる獣ももちろん見た事が無い。

    だが、これは虎と恐れられる猛獣に近い姿なのだと聞き知った話から想像できた。

    ただその虎と違う所……目の前に姿を現した妖魔は、異様ともいえる六つの目を持っていた。

    それが一斉に瞬きする様は何か壮観だ。

    咲は妖魔に伝えた通り、以前のようには驚かない。

    ただ、やはりあの時の妖魔だったかと納得した。

    虎の姿をした妖魔は完全に這い上がってくると 、腰を堅い地面に落とし咲に向かって頭を深く下げる。

    『再び、御前を失礼致します』

    咲は妖魔に向かって首を左右に振る。

    「私こそ、以前必要以上に驚いてしまってすみませんでした」

    『人には馴染み難い姿です。そう言って下さるだけで、以前の無作法だった我が身が僅かでも救われます』

    そう言った妖魔の大きな尻尾が、向こうの方で大きくうねった。それを眺める咲は薄く笑う。

    346 = 338 :

    「菫さんも礼儀正しいですが、あなたも同じなんですね」

    『私は兎も角、台輔は清廉な方です。自分にも厳しく周りに対してもそうです』

    『そうしてこなければいけないのだと…随分前から気付いて、あの方はそれを実践してこられましたから』

    「…すごいですね、やっぱり私とは違う」

    声の質を落として、呟くように咲が言う。

    と、何かに気付いた妖魔が深く垂れていた頭を上げた。

    『主上、誤解されませんよう』

    「え?」

    見上げる六つ目と視線とが合う。咲が頭を傾げると、妖魔は言った。

    『主上と台輔では、今までの過程が違います』

    『あの方は生まれた瞬間よりご自身が担う国の責任を自覚し、憂い続けてこなければいけなかった』

    『台輔は人一倍責任感も強い方です。私が使令としてお仕えするようになってから、その姿勢は更に堅固なものになっていきました』

    「………」

    『あの方と一緒に、荒廃が進む国土を幾度となく見て廻りました。その都度、何もできないご自分の無力さを酷く嘆いておられた』

    『そんな日々を過ごす中で、あの方の表情は更に硬く態度も堅固なものになっていきました。どうしてか分かりますか?』

    妖魔に問われ、咲は素直に首を左右に振る。

    『麒麟は善なる神獣です。台輔は麒麟の性として人を信じたかった、けれど、それがままならないのが今のこの国です』

    『人に裏切られる度に、あの方は感情を表に出すのを厭うようになりました』

    『でもそれは人のせいと言うよりは、そんな人らに対して無力であるご自分を許せないようでした』

    347 = 338 :

    淡々とした声で続く話は咲に衝撃を与える。

    妖魔に対して挟む言葉も思い浮かばなかった。

    ただ、自分を迎えにきてくれた菫の姿だけが鮮明に脳裏に浮かぶ。

    あの姿の裏にどれ程の葛藤があったのかを、彼女の妖魔から咲は教えられている。

    『そんな台輔が、徐々にですが変わって来られた。嘆く以外の感情をお見せになるようになりました』

    『怒ったり、女怪はまだぎこちないと言いますが、笑いもします。……主上が来られてからだ』

    「………」

    『私は貴方の葛藤も見て来たつもりです。立場と環境が全く違うここでは戸惑う事も数多いのも分かります』

    『でも、どうかご自身を必要以上に卑下して考えるのはおやめ下さい』

    『何もできないと幾ら仰っても、御身がここにいらしてから、確実にこの国は蘇っています』

    「………」

    『荒れた大地は生き返り、蹂躙を繰り返してきた同胞達はいずこかに消えました』

    『民達も貴方という希望を糧に少しずつ生きていく気力を取り戻しています』

    『…そして、それは台輔が無力に嘆きながらも長く待ち望んでいた、この国本来の姿だ』

    無言で話を聞いていた咲の視界がぼやけた。

    見下ろす形にある六つ目が一斉に細められる。

    妖魔であるはずだが、咲にしてみれば人よりも人らしく労わってくれているように感じた。

    更に、目頭が熱くなる。

    349 :


    長年奴隷してた割りには咲ちゃん結構余裕あるな

    350 = 338 :

    『貴方は、ここにいるだけでこの国だけではなく、この国の麒麟という良心も救っている』

    『主上、どうかあの方だけは信じて下さい』

    その言葉が心に沁みた。

    目尻の堤防を越えて涙がそこから溢れ出した。

    ぽろぽろと頬を伝うそれを拭う事も忘れて、ぼやけた視界の向こうにいる妖魔に咲は言葉を吐き出す。

    「私は……」

    いやだ、と言われてしまった。それは確かに咲を拒絶する言葉だったから。

    一度は向き合おうとしたけれど、結局最後の最後にまた逃げだしてしまった自分が

    今一度半身に正面から立ち向かっていけるだろうか。

    どうして嘆かれます?、そう案じられ咲は浅く首を左右に振る。

    「嘆いてるんじゃないんです…ただ私は今あなたから聞いた話を、きっと菫さん本人から聞かなければいけなかった」

    「そして私自身の事も、彼女に知ってもらわなければいけなかったんです。彼女に嫌われるのを恐れないで」

    『主上』

    「あなたも、智美さんも純さんも…皆こうして教えてくれていたのに。…本当に、私は愚かです…」

    そこで不自然に言葉が途切れる。感情の高ぶりに逆らい切れずに喉の奥が震える。

    それでも唇を一文字に引き衝動を堪えると、掠れた声で言った。


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