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    元スレ勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」

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    301 :

    再  開

    302 = 301 :


    獰猛な魔物は次なる獲物を勇者へと定めたらしい。首を低くし跳躍の構えをとる。


    (オレは……オレはどうすればいい?)


    間違いなく自分は死ぬという確信。
    足は凍りついたように動かない。
    剣の柄を握っている手が指先から急速に冷えていく。
    身体の震えが止まらない。

    魔物が吠える。

    どうしたらいいのかがわからなかった。
    本能で恐怖を感じることはできる。
    だが、空っぽの記憶は虚空そのもので、この状況でどうするべきなのかまるで検討もつかない。

    過去の自分……記憶があったときの自分ならどうしたのだろう。


    (そもそもオレは……)


    勇者の思考はそこで途切れる。
    襲ってくる衝撃と激痛。ケルベロスの爪に横から腹を切り裂かれたのだ。
    血が噴き出る。大きく吹っ飛んで壁に衝突した。
    様々な感覚が一度に身体を苛み、勇者は呻くことすらできなかった。


    (……死ぬのか、オレは)

    303 = 301 :



    勇者の感情は、嵐が過ぎ去ったあとの海のように穏やかだった。
    なぜかはわからなかったが、勇者はここに来て自分という存在を突き放していた。
    そもそも自分はとうの昔に死んだのだ。なにを今さら生にしがみつく必要がある?


    (ああ……でも……)


    自分を庇ってくれた二人はまだ生きているのだろうか? 顔をあげる余力すらないため、確認はできなかった。
    どうして、彼女たちは自分をかばってくれたのだろう。どうして勇者であるはずの自分が庇ってもらっているのだろうか。

    このパーティを守らなければならなかったのは、他でもない自分のはずだ。

    まだまだ短すぎる付き合いでしかない連中だが。

    たしかにこれからも一緒にいたい、そう思えた仲間たちなのだ。

    獣の息遣いがすぐそばでした。すでに目は機能していないのかもしれない。なにも見えない。
    僧侶、魔法使い、戦士、ここに来てから会った人たちの顔が脳裏をよぎる。


    「ごめ、ん……み、んな…………」


    獣の咆哮が聞こえる。自分が潰れる音がした。もっと生きたい、と思った。

    304 = 301 :


    どこまでも深い闇に飲み込まれていく気がした。


    (オレは死んだのか?)


    死後の世界、だろうか。あたりを見回してみても、闇一面の景色が広がってるいるだけ。
    しかし、なにかが聞こえる。規則正しくリズムを刻むそれは胸の内側にこびりつくように響く。


    (……なんだ?)


    初めて味わう形容しがたい感覚。奇妙なそれに思わず勇者は訝る。
    なにもない空間に、走馬灯のように凄まじい速度で景色が浮かんでは消えていく。それは勇者の脳に直接入って来るかのようでさえあった。


    (……なんだこの感覚……!?)


    頭蓋骨に熱い液体を注がれたような感覚に、勇者はひたいを押さえる。
    見たことのある光景もあったが、大半は見たことのないものばかりだった。
    なぜかそれが過去の誰かの記憶であるということが、本能的にわかった。

    規則正しく刻まれるリズム音が徐々に大きくなっていく。
    同時に気づく。その音が自分の胸の内側からしていることに。


    勇者が暗闇の中で最後に見たのは、魔王と姫が楽しそうに笑いあっている光景だった。

    305 = 301 :



    ケルベロスは勇者の背中を容赦無く潰した。間違いなくそこでこいつは死んだ。
    真っ先に殺せと命じられていた勇者は殺した。あとはまだ虫の息ではあるが、かろうじて生き延びている二人の女。

    残りの獲物を仕留めようと、死んだ勇者に背中を向ける。

    突如背後でおぞましほどの魔力の奔流を感じて、ケルベロスは飛び退いた。全身の毛が逆立っていた。
    体勢を素早く整え、背後へと向き直る。


    魔物は見た、目に見えるほどの質量を持った魔力を身にまとった人間を。
    それはさっき殺したはずの勇者だった。


    黒い霧のような魔力は勇者の輪郭を縁取るように、虚空に滲んでいた。
    ケルベロスの爪にやられたはずの身体の傷を縫合するかのように、魔力の霧が傷口に染みていく。
    瞬く間に勇者の傷口が癒えていく。

    「……」

    黒い霧のせいで勇者の表情は見えない。だが、明らかにさっきとは別人だ。
    魔物は本能的に、ここでこいつを殺さないと危険だと判断し、その男に飛びかかる。
    胴体めがけて、爪で横薙ぎにする。並の人間ならこれだけで死ぬ。

    だが、そうはならなかった。

    306 = 301 :



    男の腕がケルベロスの爪を受け止めていた。ケルベロスの表情が驚愕のそれになる。
    人間の腕力で、ケルベロスの攻撃を受け止められるわけがない。なのに、こいつはあっさりと受け止めた。

    男の腕を霧が包み込む。すぐに霧が弾けるように消える。男の腕はまるで取り替えたかのようにべつのものになっていた。
    オークの腕を思わすそれは、しかし、手は黒々と変色しており、異様に長い爪はケルベロスの足に食い込んで肉をえぐっていた。

    なにが起きているのケルベロスには理解できなかった。

    さらにあり得ないことが起きた。勇者の腕に掴まれた部分が、恐ろしいほどの膂力により肉ごとえぐり取られたのだ。

    ケルベロスが激痛に悲鳴をあげる。咄嗟に距離をとる。目の前の男は化物そのものだった。
    ケルベロスはすぐさま火炎球を放つ。直撃、炎の塊に勇者が飲み込まれる。

    否、炎の球は勇者に当たってはいなかった。
    猛禽類を思わす翼が勇者を包み込むように展開され、炎弾から身を守っていた。

    「……」

    ケルベロスはここに来て完全に確信した。自分ではこの化物に勝つことなどできないと。逃げるしか、ないと。

    だが、それは叶わなかった。

    307 = 301 :



    「…………のが……さ、ない……」

    初めて勇者だった化物が口を開いた。
    ケルベロスが逃げようとあげた足を、なにかツタのようなものが掴んでいた。

    それは勇者のところから伸びていた。

    勇者のオークの腕とは反対側の腕。その腕は関節部分から指先にかけて、蔓植物のようなものに変化していた。
    信じられないほどの力で、そのツタのようなものに引っ張られる。
    ケルベロスは抵抗するものの、まるで意味がなかった
    ツタに引きずられ、気づけば化物はすぐそばにいた。

    足に絡みつていたツタが解かれる。ケルベロスが逃げるなら、この瞬間しかない。

    だが、突然違和感が身体を突き抜けた。熱の塊に肉体を侵されたかのようだった。


    「……にが……さない……」


    ケルベロスの口腔に勇者のツタが突き刺さっていた。

    308 = 301 :


    (……オレは、なにを、してる……る?)

    視界にツタのようなものが映る。それはケルベロスの身体を何度も突き刺しては抜き、また突き刺すという行為を続けていた。
    とうにケルベロスは絶命していた。

    魔法使い「……正気に、もどって…………」

    「あっ……」

    魔法使い「あなたは……はぁ、勇者、なんだから……」

    モヤがかかったかのような思考が鮮明になっていく。
    勇者の身体を包んでいた、黒い霧が消えていく。腕も元どおりになったが、翼だけはそのままだった。
    勇者は満身創痍の魔法使いに駆け寄る。

    「魔法使いっ……! よかった……よかった!」

    魔法使い「……なんとか、咄嗟に魔方陣を展開できた……それより僧侶を……。
         まだ、助けられるかもしれない」

    「本当か!?」

    309 = 301 :



    ……………………………………………………



    「僧侶、しっかりしろ! おいっ!」

    魔法使い「……下手に、動かしては、ダメ。まだ、息はある」

    「オレが……オレのせいなんだ! お前も僧侶もこんな風になったのは……! 助かる方法があるならなんでもする……! たのむ!
      魔法使いっ! なにか、なにかないのか!? 僧侶を助ける手段は!?」

    魔法使い「……手段なら、ある……はぁはぁ……」

    「お、おい、魔法使い……大丈夫なのか?」

    魔法使い「早めに処置をしないと、私も危険かもしれない……けど、今は彼女が先」

    「わ、わかった。どうすればいい?」

    魔法使い「この先は行き止まりのように、見える……けど、あれは別室へとつながっている。まずはそこへ」

    「わかった……」

    310 = 301 :


    「たしかに扉のようには見えるが、これをどうすればいい?」

    魔法使い「少し待って……」

    「ああ……」

    魔法使い「……おそらく、こうすれば……」

    「扉が開いてく……よしっ、中に入るんだよな?」

    魔法使い「……ここで、間違いない。ついてきて」

    311 = 301 :


    ……………………………………


    「な、なんだこの部屋は……? 魔物が……」

    魔法使い「数々の培養槽……そこに入れられた魔物たち。ここは、魔物開発の研究機関」

    「なんで、牢獄のあるところにこんな場所が……」

    魔法使い「魔物実験の材料調達のため……」

    「それってどういう意味……いや、そんなことは今はどうでもいい! それよりどうやって僧侶を助けるんだ!?」

    魔法使い「……私たちは……運が、いい。あれ」

    「あれは、なんだ?」

    魔法使い「……説明はあと。とにかく、こっちへ」

    312 = 301 :



    魔法使い「この培養槽へ、僧侶を……」

    「このガラスの槽みたいなものに入れればいいんだな?」

    魔法使い「……うん」

    「よし……できたぞ、魔法使い」

    魔法使い「この培養槽の培養液は、術の効果を増幅させる効果がある。これで私の回復魔法の効力を底上げして、僧侶を治癒する……」

    「回復魔法って……使えるのか!?」

    魔法使い「説明はあと……そして、彼女を助けるために一つおねがいしたい」

    「なんだ? なんでも言ってくれ!」

    魔法使い「あなたの魔力を……私に託して」

    313 = 301 :



    「魔力をお前に渡せばいいのか? でもどうやって?」

    魔法使い「この杖を媒介にする。もはや私の魔力はほとんど残ってない。だから、あなたの魔力を私に流し込んで」

    「ああ、わかった。オレの魔力をお前に託す。頼んだ」

    魔法使い「……まかせて」

    魔法使い(……とは言っても私の使える回復魔法単体は、そこまでのものじゃない。
        文献とかを探しても、やはり上位のレベルの魔法になればなるほど、当時の資料などは見つからなくなっている。
        だからこの培養装置で無理やり、私の術を強化するしかない……これだけの傷、成功する確率は低い。でも、やるしかない)

    魔法使い「……魔力を、送って」

    「……いくぞ」

    314 = 301 :



    魔法使い「……っ!」

    魔法使い(送られてきた魔力をひたすら術に変換して、培養装置を経由して僧侶へ送る……)

    「……頼むぞ、魔法使い……っ!」

    魔法使い(だけど、彼の魔力はやはりおかしい……送られてくる、魔力の半分も術に変換できない……)

    魔法使い「……くっ」

    魔法使い(媒介のための杖が、彼の魔力で壊れかけている……このままじゃあ……回復を続けられない)

    「オレは、最悪どうなってもいい……! 魔法使いっ! だから、僧侶を……」

    魔法使い(……)

    魔法使い「……どうして?」

    「え?」

    315 = 301 :



    魔法使い「どうしてそこまで、人のために必死になれる……?」

    「それは、僧侶がオレを助けてくれたから……いや、それだけじゃない。
      ただ、なにもわからないオレでも。僧侶や、お前や戦士が死んだら悲しい……それだけはわかる。
      だから、オレは必死になるんだと思う」

    魔法使い「……!」

    魔法使い(私たちが死んだら悲しい、か……)

    魔法使い「送る魔力の量をあげて……」

    「おうっ!」

    魔法使い( 術のレベルを技術ではなく、魔力で強引に引き上げる……集中して……集中!)

    魔法使い「おねがい……!」


    …………………………………………………………

    316 = 301 :


    「…………杖が、壊れた……!」

    魔法使い「……大丈夫。おそらく、回復魔法による治癒は成功した。傷口は完璧に治っている」

    「本当か……!? おい、僧侶! 今、こん中から出してやるからなっ!」

    魔法使い(単純な自然回復とちがって、魔法による回復は傷を癒すだけじゃなく、他人の魔力の施しを受ける。
         ……血管に他人の血を流される、とまではいかなくても、それに近い種類の負担があると言われている。
        だからこそ、人体への後々の影響が危険な場合がある。今回は私と彼の二人の魔力を流したけど、はたして……)

    「僧侶! しっかりしろ、大丈夫か? 僧侶……!」

    魔法使い「……大丈夫、みたい」

    「……あっ」

    僧侶「……ん、うん……わた、しは? ……生きているのか?」

    317 = 301 :


    「僧侶! やった……やったぞ! 魔法使い、成功したぞっ!」

    魔法使い「うん」

    僧侶「なっ、なんだ……なにが起きている? 私はたしかケルベロスの攻撃を受けて……って、傷がない……どうなってるんだ?」


    (オレたちは僧侶に、僧侶が回復するまでの経由を簡単に説明した。
     僧侶は目を白黒させて聞いていたが、やがて納得したのか、そうか、と一言だけこぼした。
     そして同じようにダメージを負っていた魔法使いも、槽の中で回復魔法を自分に使い、傷を癒した)


    僧侶「なぜ、国で禁止されている回復魔法が使えるのかとか、気になることはほかにもあるが、まずはこれだけは言っておかないとな。
       本当にありがとう、二人のおかげでなんとか助かったよ」

    魔法使い「礼ならお酒でしてくれればいい」

    「むしろ、オレがお前に例を言わなきゃならない。あの時おまえがオレを庇ってくれたから……」

    僧侶「そうなのか?」

    「え? 覚えていないのか!?」

    318 = 301 :


    僧侶「いや、どうもそこらへんだけ記憶が曖昧だ……死にかけたせいかもしれない」

    「本当にオレのせいだ! すまなかった!」

    僧侶「……んー」

    「オレにできることなら、なんでもする! 傷口が痛むっていうならおんぶでもする!」

    僧侶「この歳でおんぶは勘弁してくれ……でも、まあそんなに謝る必要はないんじゃないか?」

    「……?」

    僧侶「その時の私は死に物狂いでお前を助けたんだ。だったら……それは私がお前を本能的に助けたいと思った証拠だ」

    「どういうことだ?」

    僧侶「……そういうことだ。それに、なにより二人のおかげで私は生きている。それで十分だ」

    319 = 301 :


    「魔法使いも、本当にありがとう! また今度酒を飲みにいこう」

    魔法使い「奢ってくれるなら……」

    「もちろん。いくらでも飲ましてやるよ」

    僧侶「とりあえずここを出よう。見張りたちがきてもおかしくない頃合いだ」

    魔法使い(どうする、か……このままここを出るか)

    「どうした、魔法使い? なにか気になることでもあるのか?」

    魔法使い「……なにも。脱出する」

    320 = 301 :


    次の刹那、勇者の横を青い炎が勇者の頬をかすめた。

    「……!? なんだ!?」

    勇者が振り返った先には二人の男がいた。

    一人は赤いローブを身にまとい、ケルベロスを僧侶たちにけしかけた張本人。
    そして、もう一人は。

    「……なんで、お前がそいつと……一緒にいるんだ?」



    戦士「……なんでだろうね。勇者くん」



    戦士は剣を鞘から抜き、それを勇者へと向けた。

    戦士「キミは危険すぎる。それゆえに始末しなきゃならない。悪いけど、死んでもうよ」

    321 = 301 :

    今日はここまで

    地の文ばっかになってすみません

    322 :

    おつ

    323 :

    毎回切り方が上手いんだよおおおおおおおおお乙?

    325 :

    魔法使い自身の回復はどうなったんだべか

    326 :

    地の文はバトルシーンだけ使ってるのかな?
    誤字脱字が気になるけど上手いから自分は増えても構わない

    327 :

    >>325
    >>317の中盤に書いてある

    328 = 325 :

    >>327
    ありがとう見逃してたorz

    329 :

    かなりスパルタだけど一応勇者の成長にあわせて障害が高くなるようにはなってる、かな?!


    330 :

    腕がオークやらツタになったりと怖すぎ

    331 :

    前の作品から全部読んで追いついた
    楽しみにしてる

    332 :

    再開
    レス
    あり
    がと
    うご
    ざいはげみに
    ますなります

    333 = 332 :


    魔法使い「まって……! 彼は……」

    戦士「待たないよ。ボクは辛抱強い方じゃないし、どちらにしよう、これは王の命令に含まれていたことだ」

    「なに言ってんだ!? 戦士、お前はオレたちの仲間だろうが!」

    「話にならんな。俺も手を貸す。さっさとおわらせるぞ」

    戦士「悪いけどボク一人にやらせてくれない? もとからキミたちはボクらのバックアップみたいなものだろ?
       お手伝いと余計な世話はまったくの別物だよ」

    「……勝手にしろ。俺はその間にここらの実験データを回収させて……」

    戦士「だからさあ。余計なことはするなって言ってんだよ。すべてボクがやる、キミは黙って見てろよ」

    「ふっ、いいだろ。そこまで大口を叩くのなら見学させてもらおうか」

    334 = 332 :


    戦士「構えなよ、勇者くん」

    「……本気なのか?」

    戦士「どうもキミはキミ自身の認識ができていないみたいだね。勇者様くん、自分の姿がどうなっているかわかっていないのかい?」

    「オレの姿?」

    戦士「背中に意識を傾けてみなよ。わかるだろ、自分の背中に生えてるものが」

    「……え? な、なんだこれ……」

    僧侶「私もずっと気になっていたんだが、その勇者の背中から生えている翼はなんなんだ?」

    「なんだよこれ!? オレの背中から生えてんのか!?」

    335 = 332 :



    「ふっ、哀れだな。自分が何者かわからない、自分が異形の存在だというのに自覚がないとは」

    「どうなってるんだ!? なんなんだよこれは!?」

    魔法使い「それは……」

    戦士「勇者くん、戸惑ってるところに悪いけどそろそろやらせてもらうよ」

    魔法使い(……やっぱり私の回復魔法は完璧には程遠い。表面上の身体の傷を取り除くことはできても、戦闘できるほどには回復していない……)

    僧侶「なにを考えてるんだ、戦士!?」

    戦士「さあね!」

    戦士が仕掛けてくる。勇者が自身の身体の異変に戸惑っている隙に、素早いステップで距離を詰める。

    戦士「ボクより遥かに弱いんだから集中しないと、死ぬよっ!」

    336 :


    「ま、まてっ……」

    戦士「何度も言わせんなよ、ボクは待てないんだよ」


    気づけば戦士が勇者の懐に入り込んでいた。
    未だに戦闘体勢を作れないでいる勇者のみぞおちを、剣の柄で容赦なく突く。


    「ぐっ……!」

    戦士「ボクが本気だっていうのが伝わってないのかな? 仕方ないな、じゃあボクが本気でキミを殺す気だっていうのをわかってもらおうか」


    腕を掴まれる。戦士は器用に剣の柄を持ち替えていた、剣の刃が勇者に吸い込まれる。


    「ちっ、くしょおおぉっ!」


    剣の先端が勇者の服に触れる直前、渾身の力で勇者は戦士を蹴り飛ばした。素早く距離をとる。
    しかし、それを戦士はなんなくガードしてやりすごす。それどころか青い炎がすでに勇者に目がけて放たれていた。

    337 = 336 :


    (なんとかこの炎をなんとかしないと……!)


    まだ魔力が身体に残っているというのは、感覚でわかった。
    魔力を剣の刀身に込める。徐々にコツが掴めてきたのか、初回よりも時間をかけずにできた。

    炎が迫ってくる。剣を横薙ぎにし炎を魔力で振り払う。だが炎の数が多すぎる。炎が肩や足を掠める。
    咄嗟に横転してなんとか炎をやり過ごす。防戦一方だった。


    戦士「手応えがなさすぎて不安になるよ、勇者くん?」


    炎を相手に手間取っていたら、戦士がすぐそこまで迫っていた。
    細身の剣で勇者の胴体に向かっての突きを繰り出してくる。
    なんとか、剣の刀身で受けるも鋭すぎる突きは、手の感覚を奪うほどの痺れをもたらした。


    「……っ!」

    戦士「どうしたの、勇者くん? いや、勇者。キミは勇者じゃないのかい? この程度でやられていいのかい?」

    「お前こそ……! なんで、どうして……」

    戦士「ボクに質問されても困るね。ボクに質問したいのなら、ボクを力づくでねじ伏せろ!」


    戦士が飛び退く。距離を置いたかと思うと、剣を中空に向けて突き立てる。
    ここにきて勇者は魔力の強力な流れを感じた。戦士の剣に魔力が集中していくのがわかる。


    戦士「そろそろ終わりにしようか」

    338 = 336 :




    「やらせるか!」


    魔力が別の物質へと転換されていく。火の玉だ。だが今度はサイズも数もさっきのものとは比較にならない。
    無数の巨大な火の玉が、浮かび上がる。明らかに室温が上がっていた。
    あれを発動されたらよけきれない。術が発動する前に術者を叩くしかない。


    (間に合うか!?)

    戦士「遅いんだよ、キミは」


    戦士の言った通りだった。勇者が戦士のもとへとたどり着く前に術はすでに発動していた。
    巨大な火の玉が勇者に向かって降り注ぐ。

    剣に魔力を込めようとするが間に合わない。超高熱の青い炎が迫る。


    (やばい……!)


    胸の奥で低く響くかのような鼓動がした。身体の内側のどこかで水が湧くような、魔力が溢れてくるのがわかる。

    炎が直撃する。視界が青く染まり、全身を灼熱が支配した。

    339 = 336 :



    ………………………………………………


    戦士「普通ならこれで死ぬんだけどな」

    自分が扱える呪文の中でも、かなり高い魔力を要する魔法を使った。
    青い炎が空間を埋め尽くし、景色を歪ませていた。


    僧侶「勇者!」


    僧侶の悲鳴のような叫び。それに答える声はなかった。
    しかし、戦士は確信していた。彼が死んでいないことを。勇者はまだ生きていると。

    不意に炎が切り裂かれたかのように割れた。
    否、黒い霧のようなものが、突然蜃気楼のように現れ青い炎をぬりつぶしていく。
    禍々しい魔力をはっきりと感じた。肌が泡立つのを自覚した。さっきまで相対していた勇者が、炎の中から姿を表す。

    勇者は猛禽類を思わす巨大な翼に身を包み、炎から身を守っていた。


    戦士「それがキミの本来の姿ってわけかい」


    勇者はなにも答えない。


    戦士「まったく……さっきまではうろたえまくってたのに、今度はえらく超然としてるじゃないか。今度こそ殺す……」


    再び火を放つ。さすがに先ほどのレベルの術を連発するのは負担がかかりすぎる。
    低下力魔法でまずは相手の出方をうかがうことにする。

    340 = 336 :



    勇者「……」


    勇者の翼がはためくように大きく開く。同時に凄まじい突風が起こり、炎をすべて吹き飛ばした。


    戦士「なるほど……」


    翼が開くとともに起きた風が炎を払った、ように見えたがそうではない。
    翼から発せられた強すぎる魔力が、炎をなぎ払ったのだ。人間とはかけ離れた技だ。


    勇者「ううぅ……」


    勇者の翼が大きく動く。勇者が地面を蹴り、凄まじい勢いで走り出す。
    黒い霧とともに身にまとった殺気の凄まじさに、戦士は知らないうちに後ずさりしていた。

    戦士が放つ炎は茶褐色の翼がなぎ払ってまるで効果をなさない。

    しかし、戦士は構わず炎を連発する。

    戦士(この程度の火力じゃ、無理か)

    勇者の持つ剣を黒い霧が包みこむ。闇の剣と化したそれを勇者は予備動作なしで投擲する。
    もちろん、対象は戦士だった。魔力の塊が神速のスピードで戦士に吸い込まれる。

    初めて戦士の表情が焦りに歪む。


    戦士「……っ!!」


    凄まじい衝撃。部屋全体が揺れ、土煙が戦士そのものを覆い隠した。

    341 = 336 :


    戦士「……さすがに、命の危険を感じたよ」


    間一髪だった。煙の中から戦士が現れる。魔力の塊と化した剣は壁に突き刺さっていた。


    戦士(今なら武器はない、素手の状態……畳み込むチャンス)


    その考えが甘いと知るのに時間はかからなかった。
    勇者の手が黒い霧に覆われていく。霧から現れたのは関節から下が長剣と化した手だった。
    勇者はその場から動こうとはしなかった。剣と化した腕、それを戦士に向ける。
    訝る戦士の表情が驚愕のそれに変わる。


    戦士「うそだろっ……!?」


    刀身が伸びたのだ。速すぎる。横っ飛びに避ける。剣が風を斬る音が、耳にこびりついた。息を飲む。
    少しでも動きを止めれば、間違いなく殺される。気づけば狩る側と狩られる側が入れ替わっていた。
    伸びた剣が壁を深く穿つ。魔法を唱える……否、不可能だった。

    戦士「しまった……」

    謎の触手が足首に絡みついていた。

    342 = 336 :


    剣で触手を切り落とそうとしたが、恐ろしいほどの力で引きずられ体勢が崩れ尻から落ちる。
    なんの抵抗もできないまま、戦士は勇者の目の前まで引きずられていた。

    濃密な霧が勇者を覆っていてその顔は見えない。それでも自分の知っているだろう表情がその顔に浮かんでいないのだけは予想がついた。


    戦士(ここまで、か……)


    死の剣が振り上げられる。奇妙な感覚だった。死を目前にして、胸中はひどく穏やかだった。
    ずいぶん昔、誰から見ても子どもと言われる年齢のときにも死にかけたことがあった。あのときはただひたすら泣き叫んでいた。

    振り上げられた剣が、落ちる。

    一瞬が永遠に引き伸ばされる。剣が止まって見えた。

    色々なことが一瞬で脳裏をかけめぐる。ローブ下に隠していたものを取り出す。そしてそれを放とうとして……戦士はやめた。


    勇者「ぐおおおぉぉ……」


    苦痛に呻くかのような悲痛な声。勇者の剣は止まって見えたのが自分の錯覚だと知った。
    実際に止まっていたのだ。勇者がその剣をギリギリで止めたのだ。

    勇者「うおおおおおおおおおおおぉっ」

    霧が勇者の咆哮とともに霧散する。戦士の足に絡んでいた触手が黒い霧となって、同じように消えていく。

    戦士「なるほど、ね……」

    343 = 336 :



    どうして自分が死を目前にして、ここまで穏やかにいられたのかを理解して戦士は独りごちた。
    勇者の前まで引きずられたときには、彼の殺気はすでに完全に消え失せていたのだ。


    「はぁはぁ……オレは…………オレは……」

    戦士「やあ、調子はどうだい? ずいぶんと破天荒になったもんだね。勇者くん?」

    「……オレはいったいなにを……」


    翼も霧となって蒸発していく。完全にもとの姿に戻っていた。


    戦士「ボクが誰かはわかるかい?」

    「……戦士」

    戦士「オーケー、そこまでわかってるなら大丈夫だね。じゃあ……パーンチッ!」

    「いってぇ! な、なにするんだ!?」

    344 = 336 :


    戦士「なにをする? 今キミはボクにそう聞いたのかい?」

    「ああ言った! 状況がまったく掴めていないのに急に殴られたからなっ!」

    戦士「なにを言ってるんだ!? こっちは危うく死にかけたんだぞ!? パンチ一発で済ますボクの懐の広さに感謝しろよ!」

    「それは……いや、たしかに危うく殺しかけたがそれはお前もだろうが!」

    戦士は剣の柄を握り直した。魔力を込める。

    戦士「あ、いや、それを言われると……」

    剣を抜けるように、柄を握る。

    戦士「いや、じゃあさ、こうしない?」

    「……なんだよ?」

    剣を引き抜く。

    345 = 336 :











    次の瞬間、戦士の背中を目がけて光弾が放たれる。






    戦士は引き抜いた剣で自らの背中を襲おうとしていた、光の球を切り裂いた。









    346 = 336 :


    「……!」

    戦士「……とりあえず、まずはボクらで共闘して敵を倒そう。交流を深めるための親睦会だ」

    「……なぜだ、戦士。そいつを殺さないという選択肢をとる? 血迷ったか?」

    戦士「わりとボクって悩みとかと無縁な人間に思われるけど、意外としょっちゅう迷ったりしてるんだよ」

    「……」

    戦士「けど、まあ血迷うのは初めてかもね。勇者くん!」

    「……なんだ。さっきからオレだけ置いてけぼり状態で困ってんだけど」

    戦士「とりあえずこの流れで言うのはいささか以上におかしいんだけどさ。ボクを信じてくれないか?」

    「まったく……裏切ったり信じてくれって言ったり、お前、メチャクチャすぎるだろ」

    347 = 336 :



    戦士「我ながらそう思うよ。理路整然からは程遠い」

    「お前は間違いなくなにか知ってるな?」

    戦士「少なくとも頭の悪いキミよりはね」

    「オレのこともなにかしってるだろ?」

    戦士「うーん……まあね」

    「全部洗いざらい教えろ、それでオレは許してやるよ」

    戦士「ボクの方は……まあいいや、とりあえずはボクとキミでこいつを倒す。話はそれからだ」

    「了解……!」

    「……まったく、手間をかけさせてくれる」

    348 = 336 :


    「俺はてっきりこいつが正気に戻った隙をついて、刺し殺してくれるのかと思ったのになあ」

    戦士「残念だったね。ボクは卑怯なことをするにしても、正々堂々とやるタイプなんだよね。
       まあそれに、キミとボクって致命的に相性があわないしね」

    「……ハナっからこうする予定だったのか?」

    戦士「言ったろ? 迷っていたって。まあ天秤は彼の方へと傾いたみたいだね」

    「まあいい。貴様らに生きていられては都合が悪いことになりそうだ。
      利用価値もなくなった以上……消えてもらおうか」

    僧侶「……私たちも加勢する」

    戦士「いや、キミと魔法使いの傷は……」

    魔法使い「……完治には程遠い。無理に動くことは……推奨できない」

    僧侶「だが、二人であの男とやるのは厳しいんじゃ……」

    「らくではないな……でも!」

    戦士「倒せない敵じゃない!」

    349 = 336 :


    戦士「今回はキミら二人はオブサーバーってことで頼むよ。せいぜいボクらのかっこいい姿を堪能してくれ。
       と、その前に……」

    「ん?」

    戦士「これを飲んでくれよ……なに、悪いものじゃない。さっきみたいなキミの暴走を抑えるものだ」

    「来ないのならこっちからいくぞっ!」

    戦士「とりあえず飲め! 飲むんだ勇者くん!」

    「あぁーもういい! ……んっ、飲んだぞ!」

    戦士「よし、いくよ!」

    「ああ!」

    350 = 336 :



    僧侶(……あのとき、ケルベロスをよこした後、私たちはこいつからは逃げ切ってなんとかケルベロス一体を狙った。
       こいつは強い、少なくとも私と魔法使いのペアでは勝てる可能性はかぎりなく低かった。
       この二人はいったいどうやって戦う気だ……?)

    戦士「勇者くん、キミは前衛を頼むよ! サポートにはボクが回る!」

    「言われなくても!」

    「ふっ、勇者でオレを引きつけ、その間に戦士の魔法術で狙い撃ち……浅はかだな!」

    僧侶(その戦略と似たものは私たちもやったが……前回使った戦術は読まれてまるでこいつには通じなかった)

    戦士「すばっしこいなあ! 勇者くん、もっと引きつけて!」

    「うるせえ! とっくにやって……うおっ!?」

    「貴様ごときがこの俺の相手になると思うなっ!」

    僧侶(勇者はまだ普段通り動けている。しかし……戦士の出す術の頻度が少ない。
       魔力が足りなくなってるということが、明らかじゃないか……)


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