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    元スレ勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」

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    551 = 538 :



    「これで、明日になったらオレたちのパーティは解散なんだよな……」

    戦士「当然だね。ボクらにだって、戻るべき仕事や場所があるからね」

    「…………」

    僧侶「お前は、どうするつもりなんだ?」

    「まだ決めていないんだ。いや、どうしたらいいのか、わからないって言ったほうが正しいか」

    戦士「帰ってからのことは、キミ自身が考えることだ。ボクらが干渉するようなことじゃない」

    「……そうだな」

    魔法使い「……素直、じゃない」

    「え? オレ?」

    魔法使い「あなたじゃない。彼」

    戦士「……どういうことかな? ボクは勇者くんに対して、思ったことをそのまま言っただけだよ」

    552 = 538 :



    魔法使い「……昨日、私に相談して来た。『勇者くんのことはどうすればいいと思う』って」

    戦士「……」

    「戦士……お前」

    戦士「まっ、ボクらは短い期間とは言え、パーティなんだ。それに勇者くんってアホじゃん?」

    「んっだと!?」

    戦士「仕事のアテぐらい、斡旋してあげてもいいかな。なんて慈悲ぐらいなら与えてあげようと思ってね。
       勇者くんが本当に困り果てて、どうしようもないっていうなら言ってくれよ」

    「……ありがとな、本当に」

    戦士「べつに。人として当然のことをしたまでさ」

    「……みんなも本当にありがとう」

    僧侶「どうしたんだ、急に。まだ私たちの任務は終わっていない。帰ってからだって、引き継ぎとか陛下への報告とかもあるんだ」

    553 = 538 :



    「いや、今のうちに言っておきたかったんだ。自分でもなんか変だなって思うんだけどさ。
      僧侶には命がけで守ってもらったりしてるし、魔法使いにもピンチのときは助けてもらった。
      戦士、お前にはなんだかんだ戦当面での面倒をよく見てもらったしな。
      こんなオレを、見捨てないでくれたんだ」

    魔法使い「……見捨てる、わけがない。私たちは、パーティだから」

    僧侶「持ちつ持たれつだ。何度も言ってるはずだ。私はお前を助けたが、お前も私を助けたんだ」

    戦士「そうだよ、キミは赤ローブの連中を命を賭けて倒したりもしてる」

    「みんな……」

    戦士「まあ、帰ってからの話は帰ってから考えればいいことなのかもしれない。深く考えすぎると、勇者くん、頭パンクしちゃうよ」

    「……とりあえず、帰ったら勉強しようかな」

    僧侶「博識な勇者か、想像つかないな」

    「うるせー。ああ、本当さ……もっとこのパーティで冒険したいなあって、本気で思ってる」

    魔法使い「……そう、ね」

    554 = 538 :



    戦士「ふっ、いつかまたできるときがくるかもしれないよ?」

    「なんかあるのか、そういう機会が」

    戦士「いや、全然ないよ。でも、冒険とかって言うのは自分でしようという意思が一番大事なんじゃない?」

    僧侶「そうだ、自分でなにかをしようとする意思が一番重要なんじゃないか。私がそんなことを言えた義理ではないが」

    戦士「なんなら、仕事とかそういう厄介なしがらみが、なくなる年になったら冒険でもなんでもすればいい」

    魔法使い「……それは、それで楽しそう」

    「まっ、なにはともあれ。まずは明日になってきっちり帰るところだな」

    僧侶「うん、そのとおりだ」

    「というわけてだ、みんな」

    戦士「ん? まだなにか言いたいことがあるのかい?」

    「ああ。これだけは、どうしても伝えておく必要のあることだ」

    戦士「……聞こうか」

    555 = 538 :



    ………………………………………………



    次の日


    エルフ「わざわざ皇宮にま足を運んでもらい、感謝します。しかし、生憎国王陛下は現在席を外しておりますわ」

    戦士「おやおや、これは残念だね。ボクら、お金借りたり空き家借りたり、かなり世話になってるからお礼ぐらい言っておきたかったんだけどね」

    僧侶「多忙なのだろう。仕方がない」

    エルフ「ご理解、感謝いたします」

    「なんだよ、ドラゴンのヤツ。絶対に魔王は来るって断言してたのに」

    戦士「まあ、いいじゃないか。ボクは正直、彼女に会わずに終わるなら、それに越したことはないと思うよ」

    エルフ「今回の外交が、後の互いの発展に繋がることを祈っていますわ」

    戦士「ええ、こちらこそ。本当にお世話になりました。また会える日を、楽しみにしています」

    エルフ「あ、そうだ。勇者さん、あなたに言い忘れていたことがありますわ」

    「オレに? なんか用でもある……があぁっ!?」


    勇者は振り返ろうとして、そこで足を止めてしまう。不意に腹部を焼けるような痛みが走る。
    腹部には長剣のようなものが刺さっていた。

    556 = 538 :


    立っていられない。あまりの痛みに、声にならない声が喉を狭める。
    熱いなにかが逆流してくる。鉄錆の匂いが、口腔内に充満して思わずむせる。


    「ぐっ……ううぅっ…………!」

    僧侶「ゆ、勇者!?」

    エルフ「ごめんなさいね……いいや、ごめんね。お兄さん?」


    エルフの手は、二の腕から下が鋼鉄の剣と化し勇者の腹部を貫いていた。
    不意にエルフの輪郭がぼやける。やがて、淡い光がエルフを包み込むと、瞬く間にその魔物は姿を変えた。

    気づけばそこにいたのは、少女――魔王だった。


    戦士「なっ……!?」

    「やっぱりね。私の姿のままだと、キミの中の『彼ら』が反応するけど、化けて魔力を抑えていれば騙せるわけだ」


    少女はあくまで無表情のままだった。鋼鉄の剣をそのまま、べつの物質へと変換。
    蔓植物に変化させ、勇者の中の獲物を捉えるために、侵食していく。


    「あっ……」


    不意に強烈な違和感が腕を襲った。今、まさに勇者の中を蹂躙していたはずの腕が、不意に重くなる。
    それどころか、熱に浮かされたように腕が熱くなっていく。

    少女はとっさに危険を感じて、腕を勇者から引き抜く。勇者の口もとは、はっきりと笑っていた。

    557 = 538 :



    「なにを……なにをした?」


    勇者の身体から引き抜いた鋼鉄の剣は、錆びつき超高熱で熱されたように真っ赤になっていた。
    しかも、勇者の肉体の傷は煙をあげ、みるみるうちに塞がっていく。まるで、上級回復呪文を浴びたかのようだった。

    いや、よく目を凝らせば勇者の腹部には魔法陣が浮いていた。
    おそらくそれは回復と攻撃を同時に行う、かなり高度な魔法陣だ。だが、なぜそんなものが勇者の腹には拵えられている?


    「わかってたんだよ。いや、ちがうな。想定してたんだ、が正解だな。
      お前がオレを襲うパターンの一つとして、姿を変えて攻撃してくる可能性があるってな」

    「なんで……どうして、私にメタモルフォーゼの能力があるってわかったの?」


    勇者は立ち上がる。パーティのメンバーはすでに構えていた。


    「お前さ、オレと会う前からボロを出してたんだよ。もちろん、会ったあとでもな。
      だがら、わかった。だから、お前が変身能力を持ってる可能性に気づけた」

    「どうやら、私はキミを侮ってたみたいだね」

    「悪いが、オレはこんなところで死ぬつもりはない。どういう事情があるのかも知らないが、お前のものになるつもりはない」


    勇者は叫ぶ。生きるために。自分のために。仲間のために。


    「勝負だ……!」


    558 = 538 :

    今日はここまで

    ラストに近づいていってます

    560 :

    おつー

    手乗り竜は何をされたのか気になるw
    >一回だけ僧侶と魔法使いに色々されていた

    561 :

    バトルが熱い勇者もの最近ないからな
    何故勇者たちが魔王の変身に気づけたのか本気でわからんのだけど説明
    あるのか

    562 = 538 :

    再開します

    どうして少女に返信能力があるかわかったのかはこのあと↓

    563 = 538 :




    ………………………………………………………………



    昨夜



    「実はけっこう前から、気になってたことがあったんだけど……」

    戦士「勇者くん、ストップ……魔法使い。あれを頼む」

    魔法使い「大丈夫。すでに魔法は発動している」

    「……オレたちは監視されているんだったな」

    戦士「勇者くんは顔にすぐ出るからね。けっこう重要な話をしようとしたろ?」

    「さすが、よくわかってらっしゃる」

    僧侶「監視と言えば、例のドラゴンは? 私と魔法使いが色々としてからは、少し避けられてるみたいだが」

    「二人でいるときは、顔を出してくれるんだけどな。今もどこかにはいるんだろうど、まあいいや。話しても大丈夫なんだろ?」

    魔法使い「……大丈夫」

    564 = 538 :




    戦士「屋敷には戻らないで、このまま歩き続けよう。なに、酒場でランチキ騒ぎした後だし、違和感のない行為だよ」

    僧侶「屋敷の中が一番危険だろうな、秘密話をするなら」

    戦士「さっ、勇者くん。話してくれよ」

    「ああ。オレたちを魔界に繋がる魔法陣へと、案内したゴブリンのことを覚えてるか?」

    僧侶「覚えてはいる。けど、それがどうかしたのか?」

    戦士「彼は案内するだけ案内して、ボクらを見送ってそれで終わったでしょ?」

    「やっぱりか」

    魔法使い「……なにが?」

    「あのめちゃくちゃな魔法空間の中で、オレはたしかに見たんだ。
      ゴブリンが魔法空間の中にいたのを」

    565 = 538 :


    戦士「それはたしかなのかい?」

    「たぶん、間違いない。証拠はないけど……」

    僧侶「しかし、そのことがそんなに重要なことなのか?」

    「もう一つある。あの子……つまり、魔王のことなんだけど、あいつが言っていたことで奇妙なことがあった」

    僧侶「『だって魔物がしゃべっただけで、急に叫び出したりするし』って言ったことか?」

    「そう、それ!」

    僧侶「私たち以外の勇者パーティが来ていると、魔王から聞いたときだ。私も引っかかっていた」

    戦士「んー、それってあの魔王が言っていたこと? 勇者くんがゴブリンがしゃべり出して、びっくりして……あっ」

    魔法使い「……なるほど」

    「そうだ。オレがゴブリンが話し出してびっくりしたのは、魔界行きの魔法陣に入る前。
      そして、それを知ってるのはこの中のメンバー以外では、ゴブリンだけだ」

    566 = 538 :




    「この魔界に来てから、一番最初に話しかけてきたのもあの子だったことも、そうだとすると辻褄があう」

    戦士「ちょっと待ってくれ。つまり……勇者くんは、彼女がゴブリンだったって言いたいのかい?
       いや、ごめん。酔いがまだ残ってるなね……つまり、魔王には擬態のような能力があるってことか」

    「うん。オレの予想だけどな。そもそも、オレはあの子に記憶がないなんてことを一度も言ってない。
      なのに、記憶がないことも知っていた」

    戦士「勇み足なような気がしないでもないけどね。魔王に擬態能力がある、っていう根拠はそれだけかい?」

    「実はもう一つある。ゴブリンのくだりを思いだして、さっきサキュバスから話を聞いたんだ」

    魔法使い「……アバズレ」

    「ん? なんか言ったか、魔法使い?」

    魔法使い「……なにも」

    僧侶「話が進まない。お前が聞いたのは、魔王の容姿についてだったな」

    「そう。ほとんどの魔界の住人は、魔王を見たことないらしいな。それでも、噂でどんな感じなのかぐらいは耳にするらしい」

    567 = 538 :




    戦士「へえ、どんな容貌なんだい、魔王っていうのは」

    「似ても似つかない、とだけ言っておく」

    戦士「……ふうん。影武者とか他にも可能性はないこともないけど、考えの一つとしてはありだね」

    僧侶「仮にも魔王だ。それぐらいの力を持っていたとしても不思議ではない」

    「で、みんなにこのことを伝えたのは、あの子がオレのことを狙っている可能性があるからだ」

    戦士「勇者くんを狙う? どうして?」

    「わからん。でも、言っていたんだ。自分のものにならないかってこと。もしかしたら、オレの中のなにかを奪おうとしているのかも」

    魔法使い「……あなたの中の、力を?」

    「うん」

    (あの女の子の目は、オレの中のなにかを見ていた。恋い焦がれた人みたいに……)

    568 = 538 :




    戦士「単なる考えすぎってわけでもないみたいだね……あっ、勇者くんにかぎって、考えすぎってことはないか」

    「いーや! 今回は単なる考えすぎってことはない、はず」

    戦士(ここまでボクたちは色々とあったけど、魔王との邂逅を果たして以降は、かなりの好待遇だ。はたして……)

    僧侶「警戒するべきなのかもな。私たちは、すっかり気が抜けてしまっていることだし」

    戦士「たしかに。勇者くんの潜在能力は、まだまだ未知数だけど。
       それでも魔王が手にしたいと思うだけのものなのかもしれない」

    「あと、最後に一つ。魔王が言っていたことで、『私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね』とも言っていた。
      あの子がオレの近くに来たとき、オレの中のなにかが反応した。魔王だからかもしれない」

    僧侶「その言葉と今まで検証してきたことを照らし合わせたとき、一つあるな。勇者の力を奪うつもりが、魔王にあるなら」

    戦士「どうやらもう少し酔い覚ましのために、歩く必要があるみたいだね」

    魔法使い「夜は長い――」



    …………………………………………………………

    569 = 538 :



    「できれば、手間をかけずに終わらせたかったけど……仕方ないわね」

    「いくぞっ!」


    魔王の力がどれほどのものか、見当もつかない。先手必勝。勇者は魔王に飛びかかる。
    魔法使い一人を後方支援に。戦士と僧侶も勇者に続く。


    「うらああぁっ!」


    鞘から剣を抜き、斬りかかる。一瞬で魔王の小柄な影が、視界から消える。
    遅い。そんな呟きが上から降ってくる。勇者が顔をあげようとしたときには、上から蹴りが下される。
    頭部を鋭い痛みが襲う。視界がぶれる。一瞬のうちに勇者は、床に這いつくばっていた。


    僧侶「勇者……!?」


    僧侶が衝撃波を拳から放つ。床を這う衝撃波をしかし、少女はあっさりと避ける。
    華麗に舞うかのようにステップを刻み、少女はいっきに距離を詰めてくる。
    戦士がとっさに火の魔法を打ち込む。だが、魔王はなんなくやり過ごし――あっさりと僧侶の懐に入ってくる。


    僧侶「……っ!」

    「遅い」


    僧侶が蹴りを繰り出す。
    魔王は、自分の顔に目がけて繰り出されたその足を両手で掴み、その勢いを利用して僧侶を投げ飛ばす。

    570 = 538 :



    なんとか僧侶は受け身をとり、すぐさま飛び起きる。
    だが、それすらも遅すぎた。魔王の拳が視界に飛び込んでくる。
    身体を仰け反らせ、ギリギリこれをかわす。同時に後転跳びと、蹴りを織り交ぜて距離をかせぐ。
    僧侶へと追撃しようとした魔王の背後を青火が襲う。戦士の魔法だ。


    「だがら、遅いのよ」


    体勢を低くし、魔王は火球をかわす。突如、少女の小柄な身体を影が覆った。
    勇者が魔力を込めた剣を魔王へと振り落とす。


    「くらえっ!」


    だが、その隙をついた渾身の一撃はなんなく止められる。
    少女のしなやかな両手が、勇者の剣の柄を握っていた。刃はあと少しで少女の黄金の髪に触れるところまで来ている。
    だが、それ以上剣が先に進まない。体格差はかなりあるはずなのに。
    勇者の力は華奢な少女の手を、押しのけることすらできない。


    「どうしたのかしら? 本気で私を殺す気でいる?」

    勇者「ぐっ……!」


    少女の声はあまりに淡々としていた。気づけば、剣の柄を握る少女の手は、一つになっていた。

    571 = 538 :



    少女の手が離れる。慣性の法則のまま、たたらを踏む。隙だらけになった勇者の鳩尾を、少女の拳が捉える。
    手の輪郭がぼやけるほどの魔力を、込められた拳の威力は想像を遥かに超えていた。


    勇者「かはっ……!!」


    勇者の身体が宙を舞った。背中から落ちる。激痛が背中を走る。肺が圧迫され呼吸が詰まる。


    「……これは」


    少女の足が凍りつく。魔法使いの氷の魔法。魔王の動きを封じた瞬間を見逃す戦士ではない。
    細身の剣へと魔力を集中させる。戦士は地面を蹴り、魔王へと斬りかかった。


    戦士「……!?」


    鈍い音とともに、戦士が瞠目する。
    見えない壁が、戦士の剣を受け止めていた。パリパリと砂糖菓子が割れるような軽快な音。
    魔王の足を掴む氷は、あっさりと砕かれていた。少女が身を翻す。
    と、思ったときには戦士の顔面を少女のしなやかな蹴りが襲う。とっさに剣で顔を庇う。


    戦士「っ痛……!」

    572 = 538 :



    剣とともに戦士が吹っ飛ぶ。戦士自身は受け身を取るが、剣の刀身は折れてしまっていた。


    「本気を出すまでもなく、力の差は絶対。べつに私はあなたたち全員を殺すつもりはない」


    少女が黄金の髪をかき上げる。ようやく立ち上がった勇者たちを見る、赤銅色の瞳に殺意はない。
    嵐を前にした海のように、静かな双眸を細め、勇者パーティを見つめる。

    勇者「力の差は絶対、か……」

    僧侶「まったく歯が立たない。さすがは魔王といったところか」

    戦士「ホントにやんなるね。正直、久々に逃げ出したいと思ったよ」

    「その男を渡してくれれば、あなたたち二人は見逃してあげるわ」

    戦士「……ほほう。それはなかなか魅力的な提案だ。どう思う、僧侶ちゃん?」

    僧侶「そうだな。私もまだ死にたくないし、やりたいことは山ほどある」

    「なら……」

    戦士「ところがどっこい! 生憎だね。魔王相手に、命乞いをした挙句、仲間を売ったなんてことがバレたら、男として台無しだ」

    573 = 538 :



    戦士「それにね。ボクは今、新しい脚本を書かなきゃならないんだけどさ。今度のは勇者くんを主役とした話を書くつもりだ。
       これから勇者くんと提携して、大作を作るつもりだ。だから、ここで勇者くんに死なれるのは困るんだよ」

    僧侶「私もだ。国へ帰って、勇者の作った手料理を食べさせてもらう。私と勇者はそう約束した」

    魔法使い「……私はまだ、酒を奢ってもらっていない」

    「……理解できないわね。これだけの差があって、なお抵抗しようとするの?
       あなたは、あなたの命を差し出せば仲間が助かるというのに私と対峙するの?」
      
    「…………」

    「……勇者なら自己犠牲の精神ぐらい、見せてくれてもいいんじゃないかしら?」

    「そうだな。勝てる可能性が、本当にゼロならな」

    「……」

    574 :



    「今、みんなが言ったとおりだ。オレは約束がある。死んだら約束を果たせない――だったら生きるしかないだろ」

    「こんなに聞き分けが悪いとは、思わなかったわ」

    戦士「勇者くん、まだ生まれてから全然時間たってないんだぜ。むしろ、お利口だよ」

    「うるせーっつーの……まあ、とにかくそういうわけだ。オレは死なない。みんなも死なない。お前を倒して、それで終わりだ」

    「……あなたバカなのね」

    「言われなくても知ってるよ。でも、バカなりにわかることがある」

    「…………なにがわかると言うの?」

    「生きることを諦めたら、絶対に死ぬってことだ――魔法使い!」



    魔法使い「おまたせ」



    魔力が床に染み込むように、広がっていく。魔法陣が次々と展開され、床を埋め尽くしていく。

    575 = 574 :


    少女が小さく溜息をつく。伏せられた瞳がゆっくりと見開かれる。


    「そう。なら、こちらも力ずくでいくしかないわよね」


    赤銅色の瞳が、嵐の夜の波のような怒りを湛えて、爛々と輝く。
    身の毛もよだつような魔力が群青色の輝きとなって、少女を掴む。
    輝きが収まったときには、少女の身体を包み込むように翼が出現していた。
    コウモリの翼を思わせる漆黒のそれが、大きく広がりはためく。


    「今度は、手加減できないかもしれない。最後の通告。今なら、まだ助けてあげるわ」

    「……みんな」

    僧侶「しつこい。とうの昔に決めている、魔王と闘うって」

    戦士「そういうこと。闘って、勝って!」

    魔法使い「生き残る……!」


    魔法使いの言葉が終わるか終わらないか。そのときには勇者の眼前に、魔王が躍り出る。
    その手には不釣り合いな、鋭利な長爪が勇者に振り落とされる。

    だが、その爪が勇者を切り裂くことはなかった。
    魔法陣が煌めく。勇者は一瞬にして溶けるように、魔王の前から消え失せた。

    576 = 574 :


    「……?」


    消えた。文字通り、目の前から。勇者は跡形もなく。
    いったいどこへ……と、こうべを巡らせようとしたときだった。
    背後に魔力と人の気配が顕現した。魔王は一瞬で踵を返し、背後からの剣を漆黒の翼で受け止める。


    「おしい、けど……」

    「ちっ……」


    魔王の背後の魔法陣にはまだ、光の残滓が散らついていた。少女はこの時点で、床に無数に展開された魔法陣が、どういうものか理解した。

    「まだまだ甘い――」


    少女の手が群青色に輝く。少女の手はグロテスクかつ、歪で巨大なものに変わっていた。
    飛び退き、距離をとろうとする勇者を少女の巨大な手が掴む。いや、掴んでいない。

    眩い光。いったいなにが起きたのか。勇者がまたもや視界から消えていた。


    「っ……あぶねえ。危うくやられるところだった」

    戦士「迂闊に近づくのは危険だ、勇者くん」

    577 = 574 :



    「そんなこと言われても、オレは魔法の類は使えないんだ。接近する以外の方法が……」

    戦士「そうなんだよねえ、勇者くんってば魔法使えないんだよね……」

    僧侶「だからこそ、空間移動の魔法陣を展開してるわけだがな」

    「小賢しいっていうのは、こういうことを言うのよね、まったく」


    いくつも展開された魔法陣はすべて、空間転移の魔法陣だった。
    移動する人間が魔法陣に魔力を注ぎ込むことで、発動するタイプのものだ。
    勇者パーティのメンバーは、自分のスピードより遥かに劣るものの、魔法陣によってその部分をカバーしようというわけだ。


    僧侶「一人で突っ込むのは危険だ。私も前衛をやる。後方支援は、戦士と魔法使いに任せる」

    魔法使い「……任せて」

    勇者「いっきにいくぞっ!」

    578 = 574 :



    前方から勇者が魔王に向かって踊りかかる。魔王も同時に突っ込んでくる。
    勇者の剣が魔王に届くよりも、彼女の方が明らかにスピードは速かった。巨手が勇者を握り潰す……いや、すでに魔法陣が発動している。
    勇者が一瞬で移動する。


    僧侶「うしろだっ!」


    僧侶の炎をまとった拳が少女の背中を捉えた。否、翼がはためき魔力による強烈な風が湧き上がる。


    僧侶「っああぁっ!?」


    拳の炎は掻き消え、僧侶が吹っ飛ぶ。咄嗟に勇者が僧侶を受け止める。が、勢いを殺しきれずに壁まで追いやられる。

    だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。少女の足もとから火柱が立ち昇る。やはり、かわされる。
    戦士は舌打ちこそするが、魔法を休めはしない。火の粉を連続で放ちひたすら魔王への攻撃を続ける。

    攻撃の手を休めれば、一瞬で反撃され殺される。

    579 = 574 :



    魔法使い「……発動」


    強烈な魔力が床から湧き上がる。巨大な波がうねりをあげて、魔王へと襲いかかる。
    小柄な影が一瞬にして荒波に飲み込まれる。空間が水を覆う。


    魔法使い「今……」

    僧侶「まかせろ」


    最早定番のコンビネーション技とも言える、魔法使いの魔法からの僧侶の雷の拳。
    雷撃が魔王へと下る。だが、魔王は翼で身を包み、直撃を逃れていた。
    荒れ狂う波は一瞬でやみ、全員が防御用の魔法陣から飛び出し、さらなる攻撃へと移る。


    戦士「勇者くん! 準備はいいかい!?」

    「いつでも!」


    勇者と戦士が、同時に魔王へと挟み込むように走り出す。魔王の片方の変化していなかった手が、突如変化する。
    両の手が巨大かつグロテスクなものとなり、今まさに仕掛けようとしていた勇者と戦士を捉えようとする。

    580 = 574 :



    しかし、魔法陣を利用し二人が同時に消える。べつの位置へと現れた二人が再び魔王へと飛びかかる。

    勇者はこのわずかに自身の魔力をすべて、剣へと集中させた。
    瞬きをする間もあるかないかの、極小の時間。その刹那のときの中で、自身の魔力を剣の先端へと収斂させる。
    時間が許す限り、やってきた修練の中で身に付けた技能。その集大成をここで――発揮する。

    魔王の手が勇者に向かって、再び伸びてくる。自分の身体より、さらに巨大な手が勇者へと掴みかかる。

    さっきは、これを魔法陣でかわした。しかし、集中させた魔力が、時間の経過とともに解けてしまうかもしれない。
    ここで決める。勇者をそのまま、刺突の構えで魔王の手を迎え打った。


    「うおおおぉっ!!」


    魔力が炸裂する。一瞬だけ恐怖が顔を出した。それすらも切り裂くイメージを脳裏へ焼きつける。
    自身の覚悟を剣に乗せ、勇者は咆哮し――その手を突き破った。


    甲高い悲鳴が、室内に響き渡る。足もとを満たすみなもに赤い血が飛び散る。

    581 = 574 :



    戦士「ふぅ……」


    戦士もどうやら上手い具合に、巨大な手をかわし、手首を切り落としていた。
    少女の腕は瞬く間にもとの状態に戻る。魔王が膝からくずおれる。両の肩を自らの手で抱くその姿は、魔王とはあまりにかけ離れていた。

    なにかがおかしい。あまりにも手応えがなさすぎる。
    これならまだ、以前に戦ったゴーレムや赤ローブの男の方が、強く感じるぐらいだった。


    僧侶「……観念するなら今のうちだ、魔王」


    少女は俯いたまま、なにも答えなかった。勇者が一歩踏み出す。金色の髪が邪魔して、少女の表情は窺えない。


    「……もう終わりにしよう。オレはこれ以上キミと……」

    「ふふふふっ……ねえ、いったいなにが終わるって言ったの?」

    「これ以上、オレは闘いたくないんだ。だから……」

    「どうして? 私はあなたを殺そうとしたのよ? なのになんで、あなたは私を殺そうとしないの?」

    「そんなことをしても意味がない。それにオレはキミを殺したいわけじゃない」

    582 = 574 :




    戦士「勇者くん、待て。それ以上近づくのはやめるんだ」

    僧侶「こんな姿とは言え、魔族の王だ」

    「……」

    「……そう。私は魔族の王。この国を束ねる者。彼女に頼まれた。だから。守らなきゃいけない……」


    少女の瞳はひどく虚ろだった。足もとのみなもを見る赤い瞳は輝きを失っていた。


    「彼女? いったいなにを言って……」


    勇者はそこで口を噤んだ。自分の中のなにかが疼くのがわかった。本能が危険だと言っている。
    気づけば、広すぎる空間を、名状しがたい緊張が張り詰め、圧迫していた。


    「――約束を果たさなきゃいけないのは、私もなのよ」


    張り詰めた空気が、悲鳴をあげる。少女を群青色の霧が包み込む。幼い闇はあっという間に夜のそれにとってかわる。


    「な、なんだこれは……!?」


    どこからか出現した猛烈な風に、足もとをすくわれそうになる。いや、これは単なる風ではない。
    黒い風……そうじゃない。
    視認できるようになり、触れることさえ可能になった魔力が、荒れ狂っているのだ。

    583 = 574 :





      「  ――――やく、そ く  ……は、た   す  」



    地の底から響くかのような、低い声が荒波のような魔力の流れを縫って、勇者の耳に届く。
    ただの声でありながら、聞いた瞬間、指先から凍りつくように体温を奪っていく。
    闇をまとった少女の姿は明確には視認できない。だが、それでも真っ赤に輝く瞳だけは、異様な存在感を放って勇者たちを見据えた。


    戦士「いよいよ、敵も本気のようだね……!」


    戦士の声には明らかに、焦りが含まれていた。魔法使いと僧侶にも恐怖の感情が見てとれた。

    絶望の象徴のように闇をまとった魔王が、高く飛び上がる。

    嵐のような魔力を身にまとった魔王が、宙空に浮いたまま身体を屈曲させる。
    魔法使いが、一瞬できた隙をついて魔法を使おうと魔力を集中させる。

    肉が裂ける不快な音ともに、先ほどの翼よりも遥かに大きな翼を羽ばたく。


    魔法使い「くる……っ!」


    魔力の集中を中断し、魔法使いは警告する。
    不意に魔王が身体を仰け反らせる。闇をまとった女王が、獣の慟哭にも似た声をあげる。
    巨大な紫炎が、次々と少女の周りを囲むように浮かび上がる。

    584 = 574 :



    巨大な紫炎のせいで、空間の温度が急激に上昇していた。剣を構える。額の汗を拭おうと、勇者が腕をあげようとして、止めた。

    炎塊が四方に飛び散る。


    「……ウソだろ!?」

    魔法使い「 ―― 」


    魔法使いが呪文を唱える。みなもが刹那のうちに凍りつき、次の瞬間には次々と隆起し氷の壁となる。


    魔法使い「隠れて」


    だが、炎弾はあまりにもあっさりと氷壁を粉砕し、溶かしてしまう。
    そのまま床を穿ち、魔法陣までも破壊する。

    魔法使い、戦士の二人が同時に魔法を放つ。が、縦横無尽に空間を駆け巡る魔王を、捉えることはできない。
    勇者は残った魔力を刀身へと込め、魔王へと投擲する。が、魔王に当たる前に、超高温の熱の塊が一瞬のうちに剣を溶解させてしまった。


    気づけば炎を避けることで、精一杯という状況になっていた。


    「ちくしょおっ!」


    ひたすら走る。止まれば、火の餌食にされてしまう。頭上から紫炎が降ってくる。

    585 = 574 :



    跳ぶ、かわす。わずかに身体のどこかを火が掠めた。だが、そんなことには構っていられない。
    動きを止めれば、間違いなく火に焼かれて死ぬ。

    反撃するタイミングなど、どこにもない。ひたすら逃げ惑うことしかできない。息が切れる。眩暈がする。
    鼓動は速くなっていく一方だった。いったいあとどれだけ逃げられる?


    勇者「ま、魔法使い……!?」


    空間内を走り続ける勇者の目に、飛び込んだのは、魔法使いがつんのめる光景だった。
    石畳の足場は火炎によって、最悪な状態になっていた。今まで自分が蹴躓いていないのが、奇跡にさえ思える。

    地面を蹴る。すでに火の塊が、魔法使いに迫ろうとしていた。間に合え。叫ぶ。

    身体のの内側で、なにかが胎動する。鼓動が一際強く鳴った音が響いた気がした。


    魔法使いに火が直撃する直前。勇者は飛び込む。炎弾と魔法使いの間に割り込み――


    魔法使い「……!」


    炎は勇者の背中を直撃した。

    586 = 574 :



    魔法使いは目をつぶった。身体を超高温の熱に覆われる。溶岩の中に突っ込まれたような熱が、全身を襲った。


    魔法使い「……あっ」


    だが、自分はまだ死んでいない。生きているという感覚がある。
    目を開くと、誰かの影が自分に覆いかぶさっていた。魔法使いが目を見開く。恐怖に擦り切れた記憶が、一瞬にしてもとに戻る。


    勇者「だ、い……じょうぶ、か…………?」

    魔法使い「……あなたは…………どうして!?」

    勇者「お前だって、あのとき……ケルベロスのとき、助けて……くれた、だ、ろ……」


    魔法使いはどうしていいかわからず、こんな状況にも関わらず呆然とする。
    だが、勇者は苦痛に顔を歪めながらも、唇のはし釣り上げた。

    勇者、と叫び声が聞こえる。火がそこまで迫ってきていた。


    魔法使い「にげ――」

    「にげねーよ」


    暗い霧のように現れた魔力が突如、勇者の背中にのしかかる。
    猛禽類を思わす翼が、勢いよくはためく。勇者の背中へと直撃するはずの紫炎を、その翼が薙ぎ払った。

    587 = 574 :



    勇者に手を引っぱられて、魔法使いはすぐさま立ち上がる。
    勇者はいつかと同じように、暗い霧のような魔力を身にまとい翼を生やしていた。


    魔法使い(自身の危険に反応して、潜在能力が覚醒した……?)

    「走るぞ!」

    魔法使い「あ、ありが……」

    「礼はいらない! それより、なんとかして魔王の火を止めないと……!」


    勇者は正気を失ってはいなかった。以前までは、覚醒すると意識をなくしていたが……身体が力に馴染んでいってるのかもしれない。
    火が次々と襲ってくる。走る。


    「どう……どうすれば、いい!? なにか……ヤツを止める手段はないのか!?」

    魔法使いは、走りながら飛んでくる火を見て……一瞬で気づいた。
    いや、これは明らかにわかりやすいことだった。


    魔法使い「火の威力が、はぁはぁ……弱くなっている……」

    「火の威力……そういえば、さっきより……火力が弱い……?」

    588 = 574 :




    考えてみれば、当たり前の話だった。いくら魔王といえど、魔力には限界がある。
    床に仕込んだ魔法陣すらも、無効果にする高威力、高魔力の火炎をこれだけ連発すれば、魔力だって足りなくなる。

    勇者が無事だったのは潜在的な力も去ることながら、火炎の魔力が明らかに弱くなっているからだった。


    魔法使い「これを、あなたに……!」


    魔法使いがマントの下からから、あるものを取り出す。走っているせいで、一瞬だけそれを手に取るのに手間取る。


    「これは、あれか……!?」

    魔法使い「魔王の虚をつくならっ……これ、しかない……」

    「わかった……!」

    僧侶「勇者!」

    「……っ!?」


    僧侶の叫び声が聞こえたときには、魔王が超高速でこちらに迫ってきていた。
    武器もなにもない、どうすればいいんだ――迫る魔王を前に勇者が身構える。

    589 = 574 :


    戦士「そこだあああぁっ!!」


    迫る魔王の横から、戦士が斬りかかる。魔力から生んだ炎で、刀身を包んだ剣が魔王を捉える。
    気迫の一撃だった。魔王である少女が、戦士の気迫の一撃によって吹っ飛ぶ。

    炎がやむ。できた隙をついて、僧侶も勇者たちのもとへと駆け寄る。


    「……助かったぜ、戦士」

    戦士「まったく……相変わらずキミは無茶するね」

    「魔王は……やったのか?」

    僧侶「……いや、まだだ」


    吹き飛び壁に衝突した少女は、すでに起き上がっていた。強力すぎる魔力の波動が少女の髪を持ち上げ、さか立てる。


     「  ――、 じゃ ま   ■■ す ■る な……――  」


    少女が再び飛翔する。紫炎が幽鬼のように少女を囲む。やはり、さっきよりは明らかに数が少ない。


    僧侶「勇者、それを貸せ。私がその役目をやる」

    「……いいのか?」

    僧侶「時間がない。迷ってるヒマはない」


    590 = 574 :



    戦士「ボクからも、ボクの剣を渡しておく。ボクの形見だと思って、今だけ大事に使ってくれ」

    「まだ死んでないだろうが、縁起でもねえ。ていうか、なんで剣をオレに……?」

    戦士「剣しか使えないキミが、剣を持ってないっていうのは致命的だろ。
       ボクなら魔法も使えるからね」

    僧侶「そろそろ、構えた方がいい……!」

    「……僧侶、これについてはお前に任せる。頼んだぜ」

    僧侶「大丈夫だ。まかせておけ」

    魔法使い「……私たちで、時間をかせぐ」

    「……やるぞっ!」


    勇者の声が合図となる。魔王の周辺を囲っていた紫炎が、一斉に勇者たち目がけて放たれる。


    591 = 574 :



    勇者、魔法使い、戦士、僧侶が散開する。


    火の威力も数もやはり弱くなっていたが、しかし、余裕はこちらにもまるでなかった。
    魔力が尽きかけているのは、お互い様だった。そうでなくとも、体力的な限界が近づいている。

    魔法使いと戦士は、魔法攻撃で魔王を狙い撃ちするが、やはり魔王の動きは尋常じゃないスピードだった。
    勇者と僧侶はひたすら魔王を引きつけ走り続ける。苦しい。呼吸過多によって肺が擦り切れるようだった。
    視界が霞む。何発か火が身体を掠めている。

    どれぐらい時間が経過しただろうか。不意に勝機が訪れる。


    僧侶「――もらった」


    ようやく僧侶が魔王の背後をとった。右拳に魔力を込め、グローブでそれを増幅。雷の拳を魔王の背中に見舞う。




     「  ■ま、 … ■■……おう…………を、 なめる……  な  」



    突如、魔王の翼に魔力が行き渡る。雷の拳は、翼の魔力によって弾かれる。
    僧侶が吹っ飛ばされた。壁に背中から衝突し、そのまま動かなくなる。


    「僧侶……っ!」


    勇者が無意識のうちに、僧侶に駆けつけようとしてしまうのを戦士が引き止めた。


    戦士「僧侶ちゃんのことはまかせろ! キミは魔王に集中するんだ!」


    592 = 574 :


    そうだ。彼女がくれたチャンスをここで無駄にするわけにはいかない。
    僧侶の一撃は、魔王の魔力を削りとったらしかった。火の数が明らかに減っている。

    自分に向かってくる炎の処理は、魔法使いと戦士に任せることにした。
    魔力を集中させる。全集中力を細身の剣へと向け、魔力を剣へと注ぎ込む。剣の輪郭が黒い霧によって、ぼやける。
    すべての魔力……自身の得体の知れない力さえも、刀身へとみなぎらせる。己がすべてをこの剣へと込める。

    当てれば、魔王さえも倒せるかもしれない。だが、外せば自分の魔力は空。勝機は確実に消えてしまう。
    タイミングを間違うわけにはいかない。


    魔王が勇者に向かって、突進してくる――この瞬間だ。


    魔王がなにかを叫んでいる。どうでもよかった。自分はただ、この一撃に集中すればいい。
    勇者は魔王を迎え撃つために、地面を蹴る。魔王へと飛びかかる。


    「――――おわりだ!」


    魔力の剣が魔王の首を捉える……瞬間、魔王はしなやかに身体を斜め横にしならせ、これをかわす。
    かわされた。魔王の薄い唇がゆがむ。魔王の長爪が勇者の身体を切り裂く。

    いや、ちがう。実際には少女の爪が裂いたのは、虚空だった。


    「今度こそ正真正銘の終わりだああぁっ!」


    気づけば、魔王の背後に勇者がいた。刀身に込められた魔力が、暗い霧から淡い光へと変わって眩い輝きを放つ。
    光の剣を、勇者は魔王に振り替える間も与えず、突き刺す。

















    ――淡い光が強烈な光となって勇者の視界を埋め尽くす。唐突に勇者の意識はそこで途切れた。

    593 = 574 :



    勇者(ここは……)


    暗い闇に勇者は一人でいた。あたりを見回しても誰もいない。
    この感覚には覚えがある。たしか、以前にもこんなことがあった。記憶が走馬灯のように、次々と現れては消える空間。

    その空間の中央に少女がいた。少女はこちらに気づいていないのか、暗闇を見回して戸惑いの表情を浮かべている。


    (やはり……)


    映像がふいに現れる。その映像の中には、幼い少女がいた。その少女の顔には見覚えがあった。魔王に瓜二つだった。
    少女は誰かを見上げて、しきりに頷いたり首を傾げたりしている。

    これは、魔王である彼女の記憶なんだろうか。

    やがてしばらく待つと、少女が見上げた先にいる女性が映った。
    赤銅色の瞳。黄金の髪。その女性もまた、魔王である少女に瓜二つだった。恐ろしいほど似ている。
    あの少女が大人になれば、おそらくこのような女性になるのだろう。

    しばらくすると、会話のようなものが聞こえてきた。だが、音は小さくなにを言っているのか聞き取れない。
    待ってはみても、一向に音は大きくならなかった。

    女性がしゃがみこんで、幼い少女の瞳を見つめる。なにかを言っている、ということだけはわかった。
    女性に瞳は時間が経つごとに熱を帯び、潤んでいく。

    なぜか最後の言葉だけ、聞こえた。



    『世界と、あのヒトを守って』



    不意に光がどこからか漏れてくる。淡い光はやがて濃くなり、視界を真っ白に埋め尽くす。
    そして、唐突に意識は現実世界へと戻った。

    594 = 574 :



    勇者「――!」


    目が覚めると同時に、勇者は直感した。
    すぐさま、身体を起こそうとしたが、激痛が走って勇者は呻き声を漏らした。


    戦士「大丈夫かい? 勇者くん」

    僧侶「よかった……目、覚めたんだな」

    魔法使い「……安心した」

    「オレ……」

    戦士「勇者くんは気絶したんだよ、不思議なことにね。魔王に剣を刺そうとしたら、その剣がメチャクチャに光ってね。慌てたよ」

    僧侶「光がやんだと思ったら、勇者は気絶していたんだ」

    「そうだったのか……そうだ! あの子は!?」

    戦士「あの子って、魔王のことかい? 魔王ならキミが目覚める数分前に目を覚ましたよ」

    「…………」

    595 = 574 :



    「……よお、元気か? っイテテ……」

    僧侶「っと、無理に起き上がるなよ」

    「……身体中、ボロボロ。その上、あなたたちに負けるしね。いくらこの状態とはいえ、負けるとは思わなかった」

    「4対1、だったからな」

    「私にはちょうどいいハンデ、どころか全然足りないぐらいの戦力差のはずだったんだけどね。
       それで? なにか聞きたいことが、あるんでしょ?」

    「聞きたいこと、というか、確認だな」

    「言って」

    「……これはオレの予想だけどさ。いや、ほとんど直感だな。けれども確信はしてる」

    「前置きが長いわね。さっさと言いなさい」

    「わかった」














    「……お前さ、本当は魔王じゃないだろ?」

    596 = 574 :

    今日はここまでー


    まさか昨日の21時からここに至るまでにこんなに時間かかるなんて……眠る

    597 :

    とても面白いです
    タダで読めるとかラッキーです

    598 :

    読み返してみたら男って名前は実はワザと書いてるんじゃないかと思えてきた
    ストーリー的な意味で

    599 :


    >>598
    男は勇者じゃないからね

    600 = 574 :

    再開します


    ていうかついに600か


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