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    元スレ勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」

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    501 = 488 :


    ハルピュイア「やはり愚かだな、人間」


    ハルピュイアは小さく独りごちた。なぜ、わざわざ攻撃をする箇所を叫ぶ必要があったのか。
    それではこちらに、そこを防御してくれと言っているようなものだ。もはやそこまで気が回らないのかもしれない。

    ゴーレムのその巨体すべてに魔力を回すことは、いくら魔族と言えども不可能。
    だからこそ、最初にこの状態のゴーレムを出そうとはしなかった。しかし、この弱点は技量で埋められないものではない。
    どうするか。常にゴーレムの身体に流れる魔力を移動させればいい。

    敵の攻撃が来るタイミングに合わせて、自分が魔力をコントロールし集中させたり、四散させたりする。

    勇者一行は宣言通り、ゴーレムのみぞおちを集中して攻撃してきた。
    ならばそこに魔力を移動させる。ただ、それだけで簡単に攻撃をやり過ごすことができた。


    ハルピュイア(ふっ……この程度か。そろそろ終わらせるか)


    だが、そこで気づく。まだ今の攻撃で肝心の勇者が攻撃をしていないことに。


    「やっぱりな……」


    自分と勇者の距離はかなりあるはずなのに、なぜかそのつぶやきは聞こえた。唇のはしが、なにかを確信したのかつり上がっていた。
    刺突の構えとともに地面を蹴り、勇者はゴーレムの股関節部分へと跳んでいた。

    502 = 488 :



    「やっぱりな……」


    ここ何日間かの訓練でわかったことが、勇者にはあった。
    自分は魔力の流れに鋭敏である、ということだ。
    そして、戦っている最中に気づいたことがある。魔力がゴーレムの体内で絶えず移動しているということだ。

    ならば、魔力の流れが薄い場所を狙えば……勇者は駆ける、賭ける。
    魔力を集中させる。体力も限界が近い。この一撃にすべてを込める。
    魔力を剣に注ぐ。刀身、否、剣の先端。本当に剣のわずかな部分だけに自身のすべての魔力を注ぎ込む。

    なぜか、ゴーレムの魔力の流れが勇者には手に取るようにわかった。
    三人の攻撃によりゴーレムの中の魔力の大半が、みぞおちに集まっていた。


    「そこだあああああああああっ!」


    地面を蹴る。股関節部分、そこに目がけて剣を突き立てる。


    「……っ!!」


    今まで一度も刺さらなかった剣が、たしかにゴーレムの肉体に刺さっていた。

    503 = 488 :



    剣先にのみ収斂していた魔力。それを勇者は解き放つイメージをする。
    ほんのわずかだけ逡巡したが、勇者は最初に決めていたイメージを脳裏に描く。

    突き抜けるイメージ。魔力を一筋の流れに変えて、剣のように放つ。
    一秒あるかないかの時間の中で、勇者はその脳内の映像を現実へと変える。


    「っおおおおおおおおおっ!!」


    なにかが裂ける音が聞こえた、と思った。魔力は確かな質量をもって見えない剣となり、ゴーレムを突き抜けた。


    ハルピュイア「なっ……馬鹿なっ!?」


    ゴーレムの股関節部分を突き抜け、剣の先端から放出された魔力が、魔族の身体へと吸い込まれる。
    超高速の刃は、ハルピュイアの大腿部を肉体を切り裂いていた。


    ハルピュイア「ぐっ……!!」


    ハルピュイアの顔が苦痛にゆがむ。ゴーレムの動きが止まった。

    504 = 488 :


    ハルピュイア「な、なんだこの魔力は……!?」


    単純な傷だけでなく、これを負わせた魔力がハルピュイアの体内の魔力をかき乱していく。
    ゴーレムの制御ができない。これだけの巨大な質量をもち、かつ特別な魔物は、魔力がなければ制御できない。

    ゴーレムが膝からくずおれる。腕や手、胴体など次々と身体のパーツが崩れ落ちた。
    ゴーレムのすべてのパーツが煙をあげ泥と土へと還っていく。


    「や、やった……のか?」

    戦士「お見事。でもまだ、終わってはいないよ」

    魔法使い「ハルピュイアは、生きてる」

    ハルピュイア「お、おのれ……人間の分際で……」

    ハルピュイアが地面に手をつく。この広間を構成する魔力を吸い上げているのだ。

    僧侶「まだやる気か」

    ハルピュイア「私の野望を成し遂げる。そのためには、ここでやられるわけにはいかんのだ!」

    505 = 488 :















    「ごめんなさい、ハルピュイア。貴方のすべてはここで終わりよ」











    506 = 488 :



    凛とした声だった。決して声量があるわけではなかった。
    しかし、この広すぎる空間に、その声は透き通る鐘の音のように響いた。

    最初に気づいたのは戦士だった。ハルピュイアの背後の壁が突如、壊れた。
    けぶの中から巨大な手が現れた。皮膚が剥がれ落ちたかのような、真っ赤なグロテスクな巨大な手。
    人間一人より遥かに大きなその手がハルピュイアを握ったのだ。


    ハルピュイア「かっ……!?」

     「私のいない間になにをしようとしたのかしら? いいえ、すでに伯爵によって調査は終わっている」

    ハルピュイア「……ぐああぁっ……へ、へい、か……!?」


    巨大な手が魔物を地面へと押しつける。断末魔の悲鳴。肉が潰れる悲鳴。
    ハルピュイアという魔族は一瞬にして血と肉塊に成り果てた。

    507 = 488 :



    勇者パーティは突然起きたその現象に、ただ驚くことしかできなかった。
    今しがたハルピュイアを圧砕した手は、勇者が瞬きをしたときには消えていた。


    「な、なんなんだ今のは……?」

    エルフ「駆けつけるのが遅くなって申し訳ございません。少々他のゴーレムに手こずりましたわ」


    突き破った壁から現れたのはエルフだった。
    一瞬あの手がエルフのものだったのか、という考えがよぎった。
    だが、勇者は本能的にその思考がちがうことに気づいていた。


    僧侶「今のはいったいなんなんだ?」

     「私の『手』だよ」


    僧侶の声に答えたのは、もう一つの声だった。そして、その声は先ほどハルピュイアへ死の宣告をした声だった。
    エルフの背後に小柄な影が一つあった。


    「やあ、お兄さんとお姉さん。久しぶりだね、って言うほど久しぶりでもないかな。
       いや、でもでも。元気そうでなによりだよ」

    「お前……」


    情報屋の少女だった。だが、なぜ彼女がここに?

    508 :

    魔王だったのか!?

    509 = 488 :


    「おやおや? まるで私がここにいることが不思議みたいだね」


    少女は無邪気に笑った。僧侶の顔が、なにかを思い出したように驚愕の表情を作る。
    しかし、そのことについて聞こうとした勇者は、胸の内側でなにかが脈打つのを感じて口を閉じた。

    この感覚は……この少女から感じる『なにか』にどこか、覚えがあった。
    まるで鏡の中の自分に話しかけられたような、未知の感覚。
    自分の中の一部か、あるいは全部が少女によって騒ついているようだった。


    (なんだ、この感覚は……いや、そうじゃない……)

    「お前は……何者なんだ……?」


    無意識にそんな言葉が口をついた。少女は勇者へと向き直ると「私?」とにっこりと笑った。

    少女は言った。












    「私が魔王だよ」

    510 = 488 :

    今日はここまで

    500いってしまった
    みなさんありがとうごさまいます

    513 :

    乙乙
    魔王ちゃんだったのか

    515 :

    意図的なのか、メタ視点による勇み足なのか
    「私”が”魔王」とは、あの手の持ち主は誰なのか?(=誰が魔王なのか?)という疑問に対しては相応しいけど、
    会話としてはあなたは誰ですか?との問いかけなので、その直の答えとしては違和感があるなぁ
    とかいってますが、
    本当に言いたいことは乙

    516 :

    勇者が魔王を探してると知っての言葉だろ
    まあ無粋な詮索はこのへんとして、乙!

    518 :

    繝励メ蜀埼幕

    519 = 518 :



    全員の表情が驚愕に凍りつく。


    戦士「いやいや、なにを言ってるんだ? キミが魔王だなんて……」


    戦士の言葉はそこで途切れた。


    「なにかな? 私が魔王であることが、そんなにおかしいかな?」


    少女の小さな唇は、相変わらず笑みの形を保っていた。
    あどけなささえ感じさせる表情から、彼女が魔王であると思う者などいるはずがなかった。
    しかし戦士の口を塞いだのは、まぎれもない少女の全身から撒き散らされる魔力だった。
    その小柄な身体から溢れる魔力は尋常ではなかった。近づいただけで、その魔力が毒のように身体を蝕んでいく。

    なにより、一番恐ろしいのは。


    (これだけの魔力を、どこに隠していたんだ……)


    自分たちは何度か、少女と会っている。会話さえしている。
    だが、そのときの少女からは魔力の片鱗すら感じられなかった。


    「こうして会うのは、初めてだね」

    520 = 518 :




    「魔王……キミが魔王なのか?」

    「そうだよ。キミたちの気持ちはわかるよ、そうだね。
       いきなり魔王だ、なんて自己紹介されても困っちゃうよね?」

    「……」


    少女が一歩一歩近づいてくる。足もとから未知の恐怖が這い上がってくる。指一本動かすことすらできない。瞬きすらも。
    全身の毛穴が開いて、汗が滲み出る。鼓動が早くなっていく。
    目の前の少女が、魔王であるというのは最早疑いようがないことだった。


    「こんなに早く覚醒してくれるなんてね。『あなた』に、早く会いたかった」


    絹織物を素材とした長衣に身を包んだ少女は、魔王に相応しい風格を漂わせている。
    気づけば少女と勇者の距離は、ほとんどなくなっていた。自分の胸ほどしかない少女相手に、勇者は紛れもない恐怖を感じていた。

    少女の白い繊手が、勇者の胸に置かれる。

    521 = 518 :



    勇者「……っ」


    胸に触れた少女の手。わずかに浮いた青い血管がやけに目についた。
    胸に手を置かれただけなのに、喉は締めつけられ、呼吸は浅くなっていく。


    「色々と協力、ありがとう」

    エルフ「陛下を弑逆奉ろうとした者は、あなた方のおかげで排除することができました、感謝します」


    少女の背後で、エルフが頭を下げた。
    言葉は、喉に張り付いていて何も出てこなかった。そんな勇者を少女は慈しむように見上げる。
    赤みを帯びた黒い双眸が、勇者の顔を覗き込む。幼い闇を湛えた赤い瞳の向こうに映っているのは、自分であって、自分じゃない。

    胸に置かれた手をゆっくりと滑らせ、勇者のおとがいへと持っていく。


    「ねえ――私のものにならない?」


    じだを打った声は、甘く呪うかのようだった。胸の鼓動が大きくなっていくのとは裏腹に、すべての音がぼんやりと曖昧に溶けていく。
    身体の内側で得体の知れないなにかが、疼く。これは……。


    「……なるほどね。私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね」


    なにを言っているのか、まるで理解できない。
    少女の手が離れる。自分の中のなにかの鼓動が止んだ。

    522 = 518 :




    時間にして数十秒のことでありながら、あまりにも長く感じられた。勇者は顎を伝う汗を拭った。


    「キミたちには、色々と迷惑をかけたね。色々と話したいことは、あるけど状況が状況だ。
       とりあえずは、いったんここは任せて。キミたちは……」

    エルフ「私の屋敷で待機させますわ。よろしいかしら?」

    戦士「……現時点では、全然状況もつかめないしね。それでいいんじゃない?」


    誰もなにも言わなかった。発言した戦士の唇も血の気が失せ、頬は青ざめていた。


    エルフ「誰か。この者たちを屋敷へ」

    「またあとでね」

    「……」


    勇者たちはエルフに軽く会釈をして兵士についていく。
    少女たちに背を向け、勇者たちは歩き出す。背後に『魔王』の気配を感じながら。

    523 :


    ………………………………………………………………


    戦士「はあ……とりあえず無事に屋敷に戻ってこれてよかったね。
       しかし、予想していた形とは、まったくちがう結果になったね……」

    「……」

    僧侶「……いったいなにがどうなってるんだ……そもそも、魔王は失踪していたんじゃないのか」

    魔法使い「……」

    戦士「うーん、ていうか、あの子が魔王だったなんてね。ちょっと信じられないよね」

    戦士(あの子が魔王だっていうなら、単なる人間としてバイトしてたってすごい事実だけど。
       魔界の人間は魔王の顔を知らなかったのかな?)

    僧侶「だが、あの雰囲気や魔力は少なくとも、ただの人間じゃない」

    戦士「ていうか、魔法使いちゃんはともかくさ。勇者くんは黙りこくったままだけど、大丈夫かい?」

    「ん……ああ、悪い。オレもけっこう衝撃的だったからさ」

    戦士「なんか勇者くん、あの子に言われてたけどあれは新手の勧誘かなにかなのかな?」

    「さあな」

    524 = 523 :



    戦士「わからないことばかりだけど、それはボクらが考えても仕方ないことだ。
       まあ、持ってきた親書や勲章とか贈り物が無駄にならなくてよかったよ」

    「これからどうなるんだ?」

    戦士「魔界外交ってだけで極めてイレギュラーな外交だからね。
       普通、こういうのって歴訪経験があって、かつ、留学とかしたことがある人間がやるもんなんだけどね」

    僧侶「お前も留学経験とか、あるんじゃないのか?」

    戦士「短期で何国かはね。まあ、そもそも……」

    戦士(今から考えれば、外交なんて二の次だったしね。
    人手不足という理由だけで、こんな人選はありえない。
       陛下がなにを考えられているのかは、わからなけど)

    「なんだよ?」

    戦士「いや、とりあえずこうして魔王に会えたんだ。それにボクらでもある程度の調査はできてるからね。
       細かい段取りはわからないけど、そう長くは滞在しない。国へ戻って陛下に報告。後任者に引継ぎ。それでボクらの旅は終わりだ。
       もしかしたら、こっちでもなんらかの宴ぐらいはしてもらえるんじゃない?」

    僧侶「そうか。もう少しここにいて、魔界を見たい気もするが」

    525 = 523 :



    「難しいことはよくわからないけど、旅はもう少しで終わるのか」

    戦士「まあ、もしかしたらこれを機に、和親通商条約締結とかも視野にあるのかもしれない」

    僧侶「魔物たちとそんなことをするなんて、現実は物語より、よほど奇妙だな」

    戦士「うちの国からしたら、魔界よりも近隣諸国の連中の方がよほど驚異なんだよ。利用できるなら陛下は魔界だって使うつもりなんだよ、おそらく」

    魔法使い「本当にこれで、終わる……」

    (全然釈然としないな。この冒険が終わる? 本当にこれで何事もなく終われるのか?)

    戦士「釈然としない、って顔をしてるね。勇者くんはなにか気にいらないことでもあるのかい?」

    「自分でもよくわからん。でも、無事に終わるならなんでもいいのかもな」

    僧侶「コトはあまりに大規模だ。しょせん、私たちのような凡愚市井にどうこうできる話ではない」

    戦士「それでもさ。これがきっかけでボクらの国が発展していけば、ボクらは後々まで語り継がれる英雄だよ。それこそ、勇者のようにね」

    「……」

    526 = 523 :


    …………………………………………………………



    エルフ「こうして陛下がその椅子に腰掛ける姿を拝見するのは、久々なような気がしますわ」

    「そうね。とは言ってもそれほど、離れていたわけでもないのだけどね。
       でもなぜか、彼らがこちらに来てからの何日間は、密度が濃くて不思議と長く感じたわ。
       まあ、『アレ』のせいもあるのだけど」

    エルフ「……あの者たちの処置はどうするのですか?」

    「……」

    エルフ「お言葉ですけれど、なぜあの場であの男から力を奪わなかったのです?」

    「いいえ、あの場で彼の力を奪取するのはおそらく不可能だったわ。『彼ら』が私を警戒していたわ」

    エルフ「それでは、不可能……?」

    「難しい、わね。でも無理ではないわ。ようは警戒させなけれざいい、それだけよ」

    エルフ「なにか考えがあるみたいですわね」

    「一応ね」

    527 = 523 :



    エルフ「魔界への闖入者……例の03小隊隊長殺害容疑のかかっている者たちはどうなさるんですの?」

    「これだけ調査の手を伸ばしても見つからない。もしかしたら、もうこの国にはいないかもしれない」

    エルフ「いいのですか?」

    「今は、ね。これが人間同士なら国際問題に発展する可能性もあるけれど。今はそのことはいいわ」

    エルフ「公爵の部下たちの処置はどのように?」

    「任せるわ」

    エルフ「一つ、質問よろしいですか?」

    「どうして、ハルピュイアを殺したのか、ってことでしょう?」

    エルフ「ええ。いくら公爵が本格的に動き出す前から、調査をしていたとは言え、殺めては聞きだせるものも聞き出せませんわ。
        彼は機関の責任者でもありましたし」

    528 = 523 :



    「……殺すつもりはなかったのよ。」

    エルフ「では……」

    「確実に限界が近づいてる、そういうことかしらね。力の調節すら既にできなくなってるわ」

    エルフ「力を使いすぎたのでは?」

    「もちろん、それもあるかもしれないけど。それと、機関の後任者については、すでに決まっているから問題ない……少し席を外すわ」

    エルフ「また、あの場所ですか?」

    「ええ。あとのことは頼むわ。彼らの監視は続行すること。あと手厚い待遇をね」

    エルフ「……御心のままに」


    ………………………………………………

    529 = 523 :

    今日は少なくてすみません
    ここまで


    >>515たしかになんか変ですね。まあ早く魔王だよーって名乗りたかった勢いってことで流しちゃってください

    533 = 532 :


    …………………………………………………………



    鬱蒼とした木々の下、彼らは戦っていた。

    『勇者』は襲いくる魔物の攻撃を避け、背後に回った。
    敵は大柄な魔物だ。しかし、なぜかその魔物の姿ははっきりしない。が、そんなことはどうでもよかった。
    とにかく倒す、それだけだ。剣を振り上げ、切っ先に魔力を集中。バチバチと大気を震わす音。
    強烈な光。帯電体と化した剣。それで容赦なく冗談から切りつける。当たった――いや、敵の皮膚を掠めはしたもののなんとか、かわしていた。


    『戦士』、と叫ぶ。すでに戦士は魔物の足もとに狙いを定め、その大剣で切りつけた。
    筋骨隆々とした腕による切りつけは、魔物の脚を切り落としていた。苦痛の悲鳴。得意げに戦士が勇者に向けて、視線を送る。


    背後で高らかに『魔法使い』が呪文を唱えた。巨大な火柱がなんの前置きもなく湧き上がる。
    たちまち、炎は魔物を飲み込んだ。魔物がその熱さに耐えかね、地面を転がる。
    彼女はこれ以上攻撃をする必要はないと判断したらしい。任せたわよ、と叫んだ。


    最早勝負は決まっている。


    突如、身体を高揚感が包んだ。足の爪先から頭頂部まで熱で覆われたような感覚。力がみなぎってくる。
    『僧侶』の魔力強化の呪文だ。全身の細胞が覚醒し、魔力が膨れ上がる。増幅した魔力を刀身にみなぎらせる。
    窮鼠猫を噛むとはまさにこのこと、魔物はやけくそになって最後の突進をしかけてくる。が、あまりに遅すぎた。
    『勇者』の雷を帯びた剣は、その魔物が悲鳴をあげる暇すら与えることなく首から上を切り落としている。


    戦いが終わった。額に浮いた汗を拭い、一息つく。『勇者』は仲間の顔を見た。見慣れた光景だ。
    冒険の記憶の断片――いや、なんだこの記憶は? 誰だお前らは? 今の戦いはなんだ?
    突如、違和感が頭をもたげる。不意に誰かの叫び声とともに、なにもかもが一瞬で暗闇にとってかわった。

    534 = 532 :


    ……………………………………………………



    「……っ、あれ? オレ、寝てたのか」

    (なんだ今のは? いや、単なる夢か? それにしては妙に鮮明な気が……ていうか、今何時だ?)

    「……本、読んでたら寝ちゃったみたいだな」


    (オレたちが魔王と名乗る少女と出会って、五日が経過した。
      あれからオレたちと魔王が直接会ったのは、一度しかなかった。皇宮で親書や贈呈品を渡したそのとき限りだった。
      その後エルフさんの屋敷で、こっそりと宴をしたり、魔界のいくつかの施設の視察をしたり意外なほど平和にことは進んでいった。
      だが、戦士いわくオレたちもそうそう長居はしていられないらしい。いよいよ、明日には帰ることになった)

    「ちょっとちょっと、大丈夫ですか? うなされていたみたいですが」

    「ん、ああ……そうなのか。けっこうカッコいい夢を見てたはずなんだけどな」

    (あの子……魔王の下僕のこの小さなドラゴンは、オレたちパーティの監視ということで、ずっとオレにつきまとっている。
      まあ、べつになにかをされるわけでもなければ、基本的には見えないところにいるようにしているみたいだ。
      だからそんなに気にならないが、一回だけ僧侶と魔法使いに色々されていた)

    「顔色もいささか悪いようですが、なんならお冷でも持って来ましょうか?」

    「お前、コップよりちょっと大きいぐらいなのにそんなことできるのか……」

    「ええ。これでも一応本来は魔王様に仕えるドラゴンですからね」

    535 = 532 :



    「ていうか、あの女の子……魔王はあれから姿を見せないけどなにやってんだ?」

    「あなたが言っているのは陛下のことですか? それなら、残念ながら私の口からは……」

    「そうか。じゃあさ、なんかオレについては聞いてないか?」

    「どういうことでしょうか?」

    「いや、魔王のヤツ、オレよりオレのことに詳しそうだったからさ。なにか知らないかなあと思って」

    「……あなたについて、陛下からはなにもお聞きしていません」

    「そうか。あの子ならオレの秘密も知ってるんじゃないかと思うんだ。いや、たぶん間違いなく知ってるんだ」



    『ねえ――私のものにならない?」』

    『……なるほどね。私がこの状態だと勝手に覚醒してしまうんだね」』



    (そう、あの子は間違いなくオレのことを知っている。オレの中のなにかがあの子にも反応していたし……)

    536 = 532 :



    「どちらにしよう、あなたたちは明日には帰途につくわけです。ならば、細かいことを気にせずに、この魔界を堪能するべきなのでは?」

    「たしかにな。視察とか、事情聴取とかに追われて案外、魔界のことよく見れなかったもんな」

    「魔界に来るような機会は生きてるうちには、もうないかもしれませんよ?」

    「そうだな。ああ、そうか……本当に明日にはここを出ちゃうんだよな」

    「今さらですね」

    「帰ったらどうなるんだろう?」

    「そんなことを私に聞かれても、ねえ……」

    「べつにお前に聞いてないよ。ひとり言だ」

    「……」

    537 = 532 :



    (帰ったら……オレはどうなるんだ? 勇者でもなければ、そもそも人間でもない。
      王様がなにを考えてるのか、それすらもわからない。この任務が終わったあと、オレにどういう処置を取るべきだったんだ。
      八百年前、封印された勇者。そうだと思っていたオレは得体の知れない作りものだ。帰るべき場所もない。
      この任務が終われば、パーティもバラバラになる。みんなと一緒にいることもなくなる……)

    「あっ……」

    「どうなさいました?」

    「いや、ちょっと気になることがあってさ」

    (そうだ。オレは『八百年前の勇者』ってことになってた。なんでだ?
      そうじゃなくても、オレのこの曖昧な記憶は八百年前の勇者のもの……そうだ。自分の正体を知ったときに気づくべきだった。
      どっからこの『八百年前の勇者』という記憶はもってこられたのか)

    「明日さ、魔王には会えるかな?」

    「陛下でしたら会えますよ、必ず」

    「断言したな。なんかこれだけ姿を見せないと会えなくても、おかしくないような気がするけどな」

    「私は嘘はつかないんですよ」

    「じゃあ、お前の言葉を信じてみるよ」

    「ええ、必ず会えますよ」

    538 :

    ……………………………………………………………



    魔法使い「……やはり、この魔界は人型の魔物が、多すぎる」

    僧侶「ああ、私も同感だ。だが、この仮説が本当だったら、それはある意味当然なのかもな」

    魔法使い「そう。仮説、だけど。あの研究機関が牢獄にあったこと。そして、うちの国にもあの機関の情報があった」

    「……なんか難しい感じの話をしているな」

    僧侶「勇者か、食後すぐ寝るのは胃によくないぞ」

    「おう……いったい、なんの話をしてたんだ?」

    僧侶「実は私と魔法使いで、魔物について話してたんだ」

    「二人とも魔物好きだったな、そういえば」

    僧侶「まあ趣味の話をしていただけなんだが、たまたま魔界の制度のことを思い出したんだ」

    「どういうことだ?」

    僧侶「いつか、お前がサキュバスの娘を見て、自分の記憶のサキュバスとはずいぶんとちがう、そう言ってただろ?」

    539 = 538 :




    「……言ったな、たぶん」

    魔法使い「返事が曖昧」

    僧侶「他にもこの帝国には人型の魔物が妙に多い、という話もしたな? いや、覚えていないならそれでもいい」

    「それは覚えてる。ていうか実際、魔界に来てからは色んな人型の魔物を見たし。
      新しい魔物も見た。オレの記憶にはない魔物たちだった」

    僧侶「そして、もう一つ。いつかこの国の人材補給制度についても話をしたな……その顔は覚えていない顔だな」

    「えっと……なんだっけ?」

    魔法使い「……あなたはこの話を聞いたとき、怒ってた」

    「思い出した! 人間を魔族の奴隷にする、ってヤツだろ?」

    魔法使い「せいかい」

    540 = 538 :



    「でも、人型の魔物が多いって話とその制度の話がどう結びつくんだ?」

    僧侶「もう一つ。あの地下牢だ。犯罪者を幽閉するあの地下牢と一緒にあったのは?」

    「魔物の研究をするところ、だな」

    僧侶「最後に。調べてわかったことがあるんだが、この国の人口だ。
       通常、魔物の繁殖率は人間の比ではないんだ。だから、人口比ではどうやっても魔物たちのほうが高くなる」

    魔法使い「しかし、この国では人間と魔物の人口比はほとんど変わらない。いいえ、魔物のほうがわずかに低い」

    僧侶「人型の魔物の多さ。昔よりも人に近くなっている魔物。人間を魔族の奴隷にする人材補給制度。牢獄と研究機関。
       そして、本来ならあり得ない人間と魔物の人口比。これらが示すのは……」

    戦士「ふあああぁ……」

    「……え?」

    僧侶「……」

    541 = 538 :



    「ソファで寝てたのかよ。全然気づかなかった」

    戦士「キミたち、声が大きいよ。ボクがせっかく夢の中で美女たちとの宴を楽しんでいたというのに……」

    「知らねーよ」

    僧侶「話を続けるぞ。これからようやく話の核心に入ろうとしていたのに……」

    戦士「その話をすることに意味はあるのかい?」

    魔法使い「……」

    僧侶「なにが言いたい?」

    戦士「キミらの話し合いは、夢うつつで聞いてたよ」

    542 = 538 :



    僧侶「……私たちは単なる話し合いをしているだけだ」

    戦士「ボクらには見張りもついている。今だってどういう手段を用いてかはわからない。
       けど、間違いなく監視はされてるよ」

    「危険、だってことか?」

    戦士「勇者くんにしては、なかなか察しがいいね。そうだ、ボクらは必要以上に魔界のことに首を突っ込むべきじゃない」

    魔法使い「……間違ってはいない」

    戦士「帰るまでは胸に閉まっておくべきだろうね、そのことは」

    「……」

    戦士「知らない方がいいこともある。少なくとも今は」

    僧侶「……そうだな。勇者、悪いがこの話はなかったことにしてくれ」

    「……わかった」

    543 = 538 :




    戦士「まあ、今日は最後の魔界だ。せっかくだしどこかで飲まない?」

    魔法使い「ほう……」

    僧侶「たしかに。明日には私たちは帰らなければならないからな。
       最後ぐらいは羽を伸ばしてもいいかもな」

    魔法使い「みんなで……飲む」

    「なんか嬉しそうだな、魔法使い」

    (みんなでお酒を飲みたいって、言ってたもんな)

    戦士「そういうわけだし、街へ繰り出そうじゃないか!」

    魔法使い「……おお」

    「最後の晩餐ってわけだな!」

    僧侶「……うん、そうだな」

    544 = 538 :


    ……………………………………………………



    魔法使い「ぷはぁっ……うまいわね、ふふっ。あら、なにかしら? そんなにじっと見られても、私はなにもあなたにはあげないわよ」

    僧侶「べつに。私はただ、魔法使いの豹変ぶりを見ていただけだ。それに……」

    魔法使い「どうしたの? 気になることでもあるの?」

    僧侶「いや、この地域でこうやってお酒を飲んでる人間が珍しいのか、色んな魔族が見てくるから少し気になっただけだ」

    魔法使い「そんなの気にしなければ、いいじゃない」

    僧侶「魔法使いはお酒を摂取すると、とことん変わるんだな」

    魔法使い「アルコールは人を変えるのよ。あなたはお酒、飲まないの……って、たしかアルコールはダメだったかしら?」

    僧侶「ああ。前にも言ったとおりだ。基本的にアルコールは飲めない」

    「魔法使い、すごい勢いで飲んでるけど大丈夫なのか? ここんところ飲んでなかったからか、すげー飲んでるな」

    545 = 538 :


    僧侶「ある意味羨ましいな」

    「僧侶もほんのちょっとぐらい口つければいいじゃん」

    僧侶「いや……なにかあったら困る」

    「なにがあるんだよ」

    僧侶「……それより、戦士は? 三十分ぐらい前に席を立ってから一向に戻ってこないが」

    魔法使い「魔界のビールは薄いわね。おそらく醸造の仕方がかなり古いやり方だからなんだろうけど、これじゃあいくらでも飲めてしまうわ……ひっく」

    「本当に大丈夫かよ」

    魔法使い「あなたもこのビールなら飲めるんじゃないかしら?」

    僧侶「しつこい。私は料理だけで十分だ」

    魔法使い「お酒を飲めないっていうのは、人生の七割は損してると思ったほうがいいわよ」


    546 = 538 :

    僧侶「……そんなに?」


    魔法使い「ええ」

    「あ、戦士のヤツ、女の子連れて戻ってきた……って、あれって……」

    僧侶「あの定食屋のサキュバスじゃないか?」

    戦士「やあやあ! たまたまそこで会ったんだけど、話が合うもんだから一緒に飲もうって話に……」

    サキュバス「わあお! あのときのお兄さんとお姉さんじゃん! アタシのこと覚えてる!?」

    戦士「え? なに、勇者くんと僧侶ちゃんはサキュバスちゃんと知り合いなのかい?」

    「知り合いっていうか、まあ、たまたま入った店の店員だっただけの話だけどな」

    サキュバス「なに言っちゃってんの? アタシのことナンパしたくせにー」

    戦士「ナンパ? キミがこんな麗しい女性をナンパだなんて、ちょっと信じられないね」

    547 = 538 :


    「だから、あれはナンパじゃないって言っただろ?」

    サキュバス「へー。あんな神妙な顔して、『オレのこと、どう思った?』なんていきなり聞いてきたくせにー」

    戦士「おやおや、勇者くん。ボクはどうやらキミを見くびっていたようだよ」

    「どういうことだよ!?」

    サキュバス「いやー、でも世間ってすごく狭いよね。こんな風に、意図してなくても簡単に再開しちゃうなんてね」

     「おいおい、ソウルメイトじゃねーか!? お前!?」

    戦士「んんんっ!? この声は……」

    ゴブリン「よおソウルメイトぉっ! まさかこっちでお前に会うとはな!」

    戦士「あ、ああ……どうも」

    548 = 538 :



    ゴブリン「おいおい! どうしたよ、顔が引きつってるぜ。さては、オレと飲めるから武者震いでそんな顔になっちまってんのか?」

    戦士「え? あ、いや……」

    ゴブリン「まあなんでもいい。あっちでヤロウだけで飲もうぜ!」

    戦士「だれかたすけて~!」

    「たしか、あれは戦士か飲み比べで勝ったとか言ってたゴブリンだったな」

    僧侶「こっちの地区にいるのは、魔族だから当然か」

    サキュバス「なんかよくわかんないけど、世間ってやっぱり狭いんだね」

    「どうやらそうみたいだな」

    サキュバス「まあ、アタシらはしっぽりと飲もうよ。お兄さんの話も聞きたいしね」

    「べつに話すようなことなんて、なんもねーよ」

    549 = 538 :



    サキュバス「つまんないなあ。男はスキャンダラスな話題を常に一つくらいは持ってなきゃ」

    「そうなのか、魔法使い?」

    魔法使い「スリルなものを求める女には、そういうのが必要なんじゃないかしらね。ふふっ、まあおつむりの軽い女にはそういうのがわかりやすいのよ」

    サキュバス「あれ? もしかしてアタシ、悪口言われてない?」

    魔法使い「ごめんなさい、そんなつもりは毛頭なかったんだけれど……ふふっ」

    サキュバス「……せっかくだし飲みましょうか」

    魔法使い「ええ、喜んで」

    僧侶「なんか、すごいな……」

    「ああ。あっちじゃ戦士とゴブリンが飲み比べし始めてるしな」

    (そういえば、ゴブリンと言えばずっと気になってることがあったな……)

    「なあ、僧侶。魔界に来るとき、魔法陣を使ったときのこと覚えてるか?」

    僧侶「ん? どうしたんだ藪から棒に」

    「実はけっこう前から、気になってたことがあったんだけど……」

    550 = 538 :



    …………………………………………………………



    戦士「ああ……今日ほど魔法使いがいてくれてよかったと思ったことはなかったよ」

    僧侶「見ているこっちが、怖いぐらいに飲んでたな。いくら今日が魔界最後の日だからって、ハメを外しすぎなのはどうかと思うぞ」

    魔法使い「……でも、楽しかった」

    「そうだな。オレも楽しかったよ。魔法使いがいなかったら、オレも屋敷まで戻れなかったかもしれなかったけど」

    僧侶「私も飲めればなあ……」

    「なんか言ったか?」

    僧侶「……なんにもだ」

    戦士「本当に、楽しかったね」

    「……そうだな。魔物がどうとか人間がどうとか、そんなの関係ないんだなって、あの空間にいて思ったよ」

    僧侶「たしかにな。酒のテンションのせいもあるのかもしれないけど、みんな楽しそうだった」

    魔法使い「……私も、楽しかった」


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