元スレ志希「フレちゃんがうつになりまして。」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ☆
1 :
あるひとりの少女のおはなし。
女の子は1歳のとき、部屋のすみっこに転がっていたルービックキューブに興味をもった。
カラフルな立方体をじっと眺めて、手にとって、ぺたぺたぺた。
さてはて、ばらばらに配列されたこの赤や黄色にはどうやら法則性があるらしい。構成しているのは12の端ピースと8の角ピース。
なるほどなるほど、遊び方はわかった。どうやらこの色を合わせてやればいいらしい。それじゃいっちょ戯れてみようかにゃ。
女の子は120秒で立方体のカオス状態に秩序を与えてみせた。
見守っていたダッドとママはなぜだかてんやわんやの大騒ぎ。
信じられない、うちの娘は天才だ!
写真に向けてポーズをとらされる、はいチーズ。パシャリ。
女の子は要求通りにピースサインをしながら、こんなことを考える。
あーあ、たった120秒しか暇つぶしできなかったなぁ、なんてね。
それから少女は9歳でルービックキューブの数式を有群論を用いて証明してみせて、ダッドとママには甘いケーキとお固い物理学の本をいっしょに欲しがった。
まわりのお年頃の子たちは、おとぎ話のプリンセスとかくまさんのぬいぐるみとかに興味津々だったけれど、少女の頭脳はピタゴラスの定理が成り立つ3の数を見つける方法でしめられていた。
学校のテストが、答案用紙の裏にラクガキをどれだけ多く書けるかというゲームに成り果てたころ、少女は海の向こうのユニバーシティをつぎのお遊技場に選んだ。
あそこのね、ランチはそこそこ美味しかったかな。ハンバーガーがね、手のひらよりおっきくてサワークリームがたっぷりかかってるやつ。あと陽射しは日本よりぽかぽかしててお昼寝には向いてたにゃ~。
あ、あるひとりの少女って前置きしてたけどね、これあたし、一之瀬志希ちゃんのはなしね、以後そこんとこよろしく、っていまさらか~。にゃはは。
そんじゃ話をもどそっか。
えっと、スカンクのあのキョーレツな匂いを科学的に配合できるかの話だっけ。え、違う?
あ、そうそう、大学の話、大学の話ね、うーんと、じつはあんま憶えてないんだよねー。
だって、つまんなかったんだもん。
たいそう権威があるという学会の発表会でド新米のあたしが気ままに論述してみせたあとに、教授が絶句して降参だというように一斉にペンを置いたことも。
30年かけても解を導けなかった問を君のような年端もいかぬ子供が解き明かすなんてとても信じられんなと、恨み節たっぷりにいわれたことも。
それからあたしが黒板にチョークをはしらせるたびに、おーまいがーという一言と共に四方八方からカメラのフラッシュが炊かれたことも。
ぜーんぶ、どうでもよかった。
あたしにとっては、どれもこれもルービックキューブの色を揃える程度の暇つぶしでしかなかった。
それからなんやかんやあってアイドルになって。
なんやかんやってとこは省略するね、説明すると長くなるし疲れるし、そんでそんで、アイドルになって宮本フレデリカちゃんとデュエトを組んだ。
レイジー・レイジーだって。「だらけている」2人組だって、おもしろー。
フレちゃんはね、とっても刺激的。
だってさ、このアイスおいしいねって話してたと思ったらいつのまにか南極大陸の話題を経由してペンギンはなんでお空を飛べないのかって議題にすり替わっちゃうんだよ。
それは水泳や歩行能力に特化するために飛翔能力を捨てるように進化してったからだよってあたしが答えるとフレちゃんは、
へー、じゃあ人間も昔はお空飛べたのかな、そんで雲の上をふわふわしてだらだらしてたんだけど、やっぱり地に足つけてしっかり生きていかにゃいかんって思い直して飛ばなくなったのかなー、そう考えると日本のサラリーマンってえらいねー、なんて。
あたしは教授が仏頂面でカッチリ型にはめこんで導く理論よりも、フレちゃんが笑いながらその日の気分で導く理論のほうが、好みだった。
フレちゃんは、あたしの想定を軽々と飛び越えてくる。
そんなフレちゃんがある日ぽつりと呟いたひとこと。
「なんだか、消えてなくなりたいなぁ」
あたしに何度も投げかけられた“信じられない”という言葉をひゃっぺん繰り返しても足りないくらい。
「なんだかこのままね、お空をどこまでも飛んでって、いなくなっちゃいたいかなぁ……」
フレちゃんの身に信じられないことが、起こったのだ。
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2 :
しきフレ!
5 = 1 :
きっと、やっとの想いで絞り出せた言葉だったんだと、思う。
混じりっけのない天然モノの金髪をぐしゃぐしゃにさせて、グリーンアップルの瞳をぐらぐらに揺らしてフレちゃんはたしかにそう言った。
それでも、いつものように笑いながら呟くものだから。誤魔化すように、いつもの鼻歌を必死に鳴らすものだから。
その場にいただれもかれもが、その異常性に気付かなかったのだ。あたしも含めて。
「あははっ、フレちゃーんまるであたしみたいなこというんだねー。あたしはいつでもお空飛んで趣味のお散歩したいなぁって思ってるよー。みんなは失踪とか徘徊とかいうけどねー。でもこれからライブだしー」
「ライブ、ライブ、そっか、これからライブかぁ」
「そそっ、まぁワイヤーで吊り上げて上空から登場するって仕掛けも面白そうだしできそうだけど、あんま無茶ぶりするとまたスタッフに困ったやつみたいな顔されるし、ただでさえあたしが変なことしないかマークされてるんだよねー」
「ライブ、ライブ、ライブ……あーそっかぁ、ライブかぁ、あれ、ライブってなんだっけ?」
「えーまたフレちゃんそういうこというー? 日本語で演奏会、フランス語でコンセール、スペイン語でムジカのライブだよー」
ぼんやりと何もない空間をみつめながら“ライブ”という言葉をぶつぶつと繰り返すフレちゃん。
むむ、なにがそんなにフレちゃんセンサーに引っかかったんだろう。
フレちゃんはたまに街を歩いてると突然爆笑することがある。
なにがそんなに面白いのかときくと、炭酸ドリンクの広告看板のさわやかなスポーツマンにチョビヒゲを脳内で足してみたらどうなるんだろうと考えて実際に足してみたら、それはもうとってもお似合いだったらしい。
こんなに面白いのならスポーツ選手は全員チョビヒゲをくっつけて試合すればいいのに、そうすれば選手も観客もみんな笑顔になって世界平和だよねーハッピーニューイヤーだねー!と、真夏にフレちゃんはひとりで新年を迎える。
今回もきっと、フレちゃんは独自の宮本フレデリカ理論を駆使して、ライブというとりとめもない単語にとびきりの楽しさを与えるんだろにゃあ。
あたしはちょっぴりワクワクしながら次の言葉を待っていた。どこからなにが飛び出してくるんだろう。
鬼が出るか蛇が出るか、なんてフレちゃんから飛び出すものはいつだって、もっとポップでファンシーなものなのだけれど。
7 :
もの凄く志希にゃんっぽい文だな
8 :
なんだかすごいスレをひらいちゃったぞ
期待
9 :
ところがどっこい、フレちゃんの口から飛び出したものはとても平凡で単純なものだった。
いや、“フレちゃんの口から”という条件に限っていえば逆に、これほど驚かされるセリフはなかったんだけど。
「うーんとね、ライブ、出たくないかも」
「え、フレちゃん、いまなんて? りぴーとあふたみー?」
「アタシ、今日はもう閉店したい」
オーウ、晴天の霹靂。24時間365日新春売り尽くしセールをやっているかと思ったフレちゃん商店はどうやら閉店の危機らしい。
ちなみに売り物はスマイルとそもそも最初からウケを狙ってないから絶対にすべらない話とほんのちょっとのフランス語(類似品アリ)とおまけにテキトーさもサービスで添えて。
そんなフレちゃんがライブを目前にもう店じまいだなんて。これはニューヨークのメガバンクが経済破綻して世界的金融危機が訪れるくらいのショックなんじゃないだろーか。
ガガーン、フレデリカショックにより石油は値上がり、車は売れず、世界の食卓からは野菜が1品消えちゃって、汗水流して働くお父さんの給料は減りつづける、そして失業者は毎年30万人のペースで膨れ上がるのでした。ちゃんちゃん。
なんてまるでめでたくない脱線話はひとまず置いといて。
いやいや、たしかにフレちゃんはレッスンが終わると「あー、疲れたから今日はおしまい、もう家に帰りたいなー、ジェット機で!」だとか冗談でいうことはあるのだけれどそれはあくまで冗談のはなしで。
たった今言った「出たくない」にも「閉店したい」にはなんのユーモアもつづかない。
ネガティブなワードがネガティブのまんま、フレちゃんからじわりとにじみ出た。
「どしたの、お腹痛いとか? 昨日ブリュレ食べすぎちゃった?」
「うぅん、昨日はなにも食べて、ないし」
「えっ、なにもってブリュレじゃなく焼きプリンは食べたよとかそういうんじゃなく、一切食物を経口摂取してないってこと?」
「ケー、コー、けーこー? こけこっこ?」
「丸一日何も口にいれてないってこと」
「え、あー、うん、そうなるかなー、なんか食欲なくて」
「へぇ、そうなんだ、ふーむ」
いつものフレちゃんだったらここで、ねぇねぇブリュレと焼きプリンの違いってねー、志希ちゃん知ってる? えっとね、私もわかんなーい☆なんて言ってくるんだけどなぁ。
ちなみに生クリームをのせて砂糖を焦がすのがブリュレ、牛乳ベースで蒸し焼きするのが焼きプリン、なんてどうでもいいか。フレちゃんが前に作ってくれたのは、どっちもおんなじくらい美味しかったし。
緊張で食べ物が喉を通らなくなることは誰にでもある、あ、私にはなかったけれど。残念無念。
たとえば、事務所のカリスマギャルこと城ヶ崎の美嘉ちゃんなんかはああみえてとっても繊細でマジメな子だから、いの一番の舞台ではお昼のお弁当にまったく手をつけないこともままにある(それでもステージでは最高のパフォーマンスをやってのけるのだから驚きだね)。
それでも、フレちゃんが緊張で何も食べられない?
だってねぇ、あのフレちゃんだよ?
10 = 9 :
あたしの宮本フレデリカ評。
なにもないつまらない、まっさらなキャンバスに七色の色彩を描ける子。要約させていただくとまぁ、大体そんな感じ。
どこからともなく、“面白さ”とか“喜び”とかの絵筆を拾ってきて、テクニックもディテールもしっちゃかめっちゃかなのに兎にも角にも立派な絵画にしてしまう。
あーゴメン、まぁ時には作品にすらならないときもあるんだけれど、それでもフレちゃんは絵具まみれになりながらけらけらと笑ってのける。あはは、楽しかったねーなんてとても満足そうに。
だから、フレちゃんはいつだってどんなときだって、きらきらと輝く絵筆を見落とさないように笑って日々を過ごしているのだ。
ライブといえば、そんな光のかけらがいっぱい落ちていて。フレちゃんがいつも、なによりも心待ちにしているものだった。
そんなライブに、出たくないと、フレちゃんはたしかに言った。
こないだのライブの前夜には楽しみで楽しみでしかたなくてご褒美のボンボン・ショコラを先取りしちゃった、なんて写真を送ってきたフレちゃんが。
ほわい?
なんとか原因を究明しようと思考をぐるぐる巡らせていると、不意にひびいたノックの音で、あたしの脳内方程式は中断させられる。
みやればそこには、ふくふくと頬っぺたをふくらませたご満悦なプロモーターさん。
レイジー・レイジーをたいそう気に入っていて、都心にビルが建つくらいのお金を投資してくれたっていうとてもお偉いお方、なり。伝聞。
「いやぁ、もうすぐ開演だね、君たちはこれまで本当に私の期待以上の成果をあげてくれたよ」
あたしの興味は彼にはなくて、どっかの本に記されていた処世術を駆使して挨拶を懇切丁寧そこそこに終わらせる。
そーりー、とてもお偉いお方。お詫びは志希ちゃんスペシャル惚れ薬なんかでどうですか、なんてあなたにとってはスキャンダルに発展しかねませんね。
ちらりと脇を見やる。フレちゃんは机につっぷして、ぴくりとも動かない。
「この公演には企業一丸となって力をいれていてね、今までの集大成のようなものなんだ、よろしく頼むよ」
電池が切れたようになんの反応も示さないフレちゃん。
フレちゃん、喋れない? ……。ふむ。そっかそっか。わかったわかった。
それじゃあたしが代わりに、言ってあげるね。正解か間違いかは、フレちゃんと神のみぞ知るー。
「あの、あたしからひとつ要望があります」
「おぉ、どうしたんだね、一之瀬くん、なんでも言ってくれたまえ」
「大変申し訳ありませんが、宮本フレデリカ、一之瀬志希、両名ともライブの出場を辞退したいのですが」
「……なんだと?」
にこにこしてた恵比寿さまのようなお顔がとたんに崩れていって。
わお、こんなとこから鬼が出てきたねー。
11 :
一之瀬じゃなくて一ノ瀬……
12 = 9 :
>>11
ぐあああ本当にすいません…
わかってたはずなのにまるで気づきませんでした…
以後重々気をつけます…
13 :
誤字なんざ脳内補正で余裕でスルー出来る程面白い
続きに期待!!
14 = 9 :
フレちゃんがあのとびきりの楽しさを拒絶するなんてまだ信じられなかった。
だけどそれでも、とても弱々しいものだったけれどあたしに意志を示したのだ。かの哲人曰く、自由意志は尊重されて然るべき、なり。断定。
ま、脳科学でも物理学でもそんな自分勝手な意志なんて存在しないって否定されてるんだけどさ。それはともかくここでは存分に活用させていただきますか。
「フレデリカちゃんの体調が優れないようですので、このままではとても2人でステージにあがれません」
「……冗談だろう、もう満員の客が君たちを待ち望んでいるんだ。さぁ、立ちあがってくれ。10分後には数千人の前に顔を出すんだ」
「この埋め合わせは、のちに必ず」
「そういう問題じゃない! 君たちは今回のイベントのメインアクターなんだ、いまさら出演できませんで済まされるか! 我が企業の信用問題に関わる!」
「ですが、無理をおしてまで出演し中途半端なパフォーマンスを披露してしまうこともまた、ファンとイベントの信頼を失ってしまうのでは?」
「……っ体調が少しくらい悪いくらいでなんだ、君たちはプロなんだろう! プロならどんな状況でもやり切ってこそだろ、それで金を貰ってるんだろう!」
「プロである以前に、わたし達はひとりの人間です、せめて1時間でもいいですから延期させてくれませんか」 にゃはっ、それにしてもなんともあたしらしくないセリフ。
「できん、自分勝手な子供のわがままに付き合えるか! この公演には大金を支払って各界から著名人を呼んでいるんだぞ! 私の面子を潰す気か! いいか、一分の失敗も許されない、やるんだ!」
あぁ、それが本音ね。さてはて、困ったにゃあ。
あたしが知ってる、この手の業界人にはひとつやふたつは沸いてでてくる黒いウワサをつっついたら逆上させちゃって効果は薄そうだし。
延期すらも許さないとなると、予防線を張っておいたあたしひとりで出演するという譲歩案もまかり通りそうにない。
いっそ、失踪しちゃう? あたし的にはお散歩と言っていただきたいのだけれど。まぁどっちでもいいけどね。
んーでもそれはさすがにヤバいかなー。あたしが原因で日本の失業率を増やしちゃうかも。ま、0、1%くらいだろうしさほど影響ないかな、ダメか。
そんなことを考えていると。
「……うっそー☆」
あまりに不釣合いな、素っ頓狂な声が聴こえたから。
「あはは、志希ちゃんビックリした? 気まぐれネコちゃんの志希ちゃんを飽きさせないためのさー、フレちゃん流の変化球のギャグ、魔球だよー」
フレちゃんが、いつもとお変わりなく元気そうに立ち上がるものだから。
「消えてなくなる魔球、アブラカタブラ、ひらけゴマ! 食らえ必殺ビスキュイ・ド・サヴォワ~! あれ、いつのまにか洋菓子になっちゃった」
いつもの独自の宮本フレデリカ理論をあたしの前で見事に展開してくれるものだから。
つい気が抜けてしまって(フレちゃんはよくもわるくも、本当に場の空気を乱すのがお上手だ)。
あたしはこのとき最もしてはいけない、安易な解を導いてしまったのだ。
「ほんとうはね、昨日はいっぱいご飯食べたよ。あ、ご飯じゃなくてパンだけど。フランスパン。フレちゃんおフランスだからね。あれ、そういえばパンでも夕ご飯っていうよね。なんで夕パンにならないんだろ?」
なんでもない、みんなを驚かせるためのいつものただのジョークかもだなんて。
「ライブ、出るよー」
15 = 9 :
……。
そしてフレちゃんは満員のファンが待つステージの直前で
あっけなくこわれた。
ごめんね、志希ちゃんごめんね、あたしやっぱもうだめかも。
なんかさ、アタシおかしくなっちゃったかも。
よくわかんないけど、よくわかんないけどさぁ。
なんかさ。
……しにたいよぉ。
誰にでも発症する可能性がある病ってのは知識として知っていた。
なりやすい性格の傾向はあるけれど、どんな人にも頭に引き金が引かれることがある病。
人が想像することは、必ず現実になるものだとはいうけれど。
あまりに宮本フレデリカとその病がかけ離れすぎていてこれっぽちもイメージできていなかった。
ほんとうに、フレちゃんはあたしの想定を飛び越えてくる。
まさか。もう何度だって繰り返すけれど、あまりにまさか、すぎて。
いつもテキトーで悩みがなさそうだと周囲から評されるフレちゃんは。
重度のうつ病だったのだ。
16 = 9 :
今日はここまで
明日また
17 :
おつ
18 :
とんでもないネタこさえてきたな……あれは読んだけどのほほんとしたマンガに見えてかなり重たかった思い出があるなぁ
期待
19 :
十数レスでこの文量
エタって欲しくないしもっと分けたりペース落としてもいいと思うよ
頑張って
20 :
自分を気遣ってくれる仲間がいて、それが嬉しくもあり辛くもあって。
だから頑張ろうとして折れちゃったフレちゃん……悲しいなぁ
21 :
期待しちゃう
22 :
ツレがうつに~、の方はドラマで泰造が欝役やってる回をちらっと観たな
あれ観てた頃はふーんって感じだったけど、今はちょっと他人事じゃないからこういうSS読んでても動悸がするわ
志希にゃんが語ってるせいか妙に生々しい
23 :
………。
……。
…。
24 = 23 :
あ、思い出した。
2位の女の子のおはなしをしよっか。
女の子っていってもあたしより大分年上だったんだけどね。
名前は、うーんとね、知らない。
忘れたとか思いだしたくないとか別にそーゆーわけじゃなく、そもそも一度しか会ったことがないんだよねー。
それでもその子はあたしの名前を毎日のように話題にだしてたみたいで、ひょっとしてあたしって案外モテモテ? なんちゃって。
キャンパス内でいっとうお日様がぽかぽかするベンチでお昼寝してたとき。
「一ノ瀬志希、こんなところで優雅にサボり?」
名前を呼ばれて瞳を持ち上げる。なになに、志希ちゃん只今充電中にゃのだけれどー。
「はーい、ぐっどいぶにんぐ。 あれ、ないすとぅーみーちゅーかな?」
「天才さまはいいわね、目が真っ赤になるまで学術書とにらめっこする必要なんてなくて」
むむ、なんで初対面でそんなにこわいお顔をしてるのかな?
ためしに鼻をすんすん。ハスハス。ん、あーこれあたしの苦手なにおいだ。
ネズミとかの嗅覚に優れた動物は同種の感情を嗅ぎ分けられる。嬉しいとか、哀しいとか。
あたしもたま~~~に鼻の調子がいいときには、わかるのだ、においで相手の気持ちがおおよそね、なんて言っても誰も信じないんだけどー。
このにおいは、うん、たぶん怒ってるときのにおいだね?
25 = 23 :
「……あんたが来てから、わたしはいっつも2番手で、あんたばっかりちやほやされて」
苦手なにおいが濃くなってくる。
くっと鼻をつまみたくなるけれど、しなかった。
「そうやっていっつも余裕ぶって、みんなを見下した態度とって」
「見下してる、んー? のんのん、それはちがうよー、あたしはここでお昼寝したいからお昼寝してるだけ。ここってこの時間帯は風が気持ちよくって木漏れ日がちょうどいいしさー」
ネズミにはネズミの法則があって、ネコにはネコの法則がある。
あたしはあたしの法則でただ動いてるだけで。そこに見下すも見上げるもない。
むしろ何事にも興味が3分しか持続しないあたしにとっては、きちんと講義に出席して、品行方正に生きてる学生のほうがあたしよりよっぽど偉いと思ってるんだけ──。
「そういうのを見下してるっていうのよ!」
「んにゃっ!?」
分厚い辞書が飛んできた。ばさりと地面に落ちる。ラインマーカーがいくつも重なって文字が滲むほど引かれた辞書。
ふむ、それじゃあたしはどうすればいいんだろう。あたしらしくふつーにしてるとダメとなると、逆におもいっきり見下した態度をとってあげれば満足するんだろうか。
わたくし一ノ瀬志希は僭越ながらふだんの素行がたいへん悪いにも関わらず試験となると不本意ながらいつも満点をとってしまって、教授陣からは手厚い寵愛を受けております。世の有象無象はあたしに道をゆずりなさい。かしこかしこまりましてかしこ。
うぇ、ブキミー。やだやだ。そんなことしたくないなぁ。
ねぇねぇそれよりせっかくのご縁なのだからこれからランチでハンバーガーでも食べながらお話して、お腹も気持ちも知識もふくらませようよ。
きっとそのほうがお互い幸せになれるよ。
26 = 23 :
「……おかしい、こんなのありえない。あんたより何倍も努力してるわたしがあんたなんかに負けるはずない。ましてや年下なんかに! わたしが正しい。間違ってるのはあんたなんだ」
「うーん、そうかもね、きっとそう、あたしも頑張った人がまるで報われない世界なんてつまらなくて退屈だって思うよ、ねぇねぇところで、きみの名前はなんていうの? わっちゅあねーむ?」
「あんたさえいなければ、あんたさえいなくなれば……」
「んー? ゴメンよく聴こえ」
「……ッ……このッ──」
わお。
去り際に投げつけられた言葉は、こっちでは感嘆詞として使われるけれどジャパニーズTVでは放送禁止用語。
あ、でもこっちにきてから母国の番組はめっきり観れてないから今では改訂されたのかもしれない。
そういえばあの月9のドラマは一体どんな結末を迎えたんだろう。
帰国したらDVDで確認してみようかな。覚えてればだけど。
あたしはしばらくぼんやりしたあと、地面に転がっていた辞書を拾い上げて、ぱっぱと砂を払って事務室に届けてあげた。
それからあたしはまもなくこっちの生活に飽きちゃって。
太平洋をびゅびゅびゅーんと渡ってふつーのJKになる。
2位だったあの子があたしのいなくなった大学で一番になれたのかは、観測してないから検証しようがない。
にゃー。
飽きたから、このはなしはおしまい。
27 = 23 :
……。
ぐるぐる。ぽわん。
試験管の液体がオレンジからグリーンに変化する。んよし、実験成功。
一時的にキッチンのスペースを分けてもらった即席のラボにしては上出来、上出来。
フレちゃんの私物のアロマポッドに出来上がったばかりの液体をとろりと注ぐ。
ん、ちゃんとイイにおい。
「ねぇ、フレちゃん知ってるー? その心の風邪にはさーラベンダーのにおいが効果テキメンらしいよー。志希ちゃん特製で配合してみたいんだけどどうかなー」
フレちゃんは、ちょっと疲れちゃっただけなのだ。
脳内のセロトニンとノルアドレナリンがほんのちょっとだけ減っちゃって、うまく心と体のバランスがとれてないだけ。
ただそれだけなのだ。
このにおいで中枢神経をぴぴっと刺激してあげてリラクゼーション効果を与えてあげれば。
きっと、お布団の亀さんから卒業できるのだ。
あの日「しにたい」という言葉を必死に絞り出して、うずくまって、金髪をぐしゃぐしゃして。
もうただの一歩も動けなくなってしまったフレちゃんがそのまま寝込んでからもう3日目になる。
28 = 23 :
今日はここまで
明日また
29 = 23 :
誤字修正
志希ちゃん特製で配合してみたいんだけどどうかなー
↓
志希ちゃん特製で配合してみたんだけどどうかなー
30 :
乙乙
31 :
乙乙
今日も楽しく読ませてもらったよ
32 :
志希にゃんが乗り移ってるんじゃないかってくらい志希にゃんだな
33 :
さてさて。もいっちょ働きますか。
ビーカーに濃褐色のリキッドと4.5mlの乳白色のどろどろしたポーションを流し込んで、攪拌棒で混ぜ合わせる。
ガラス内部のエントロピーがじわじわ増大していって、やがて安定する。
琥珀色の飲料性物質のできあがり。
ん、またアヤシイの作ってるんじゃないかって? にゃはは、ちがうちがう。
これコーヒーねー。
でぃすいずぶるーまうんてんぶれんど、あんだすたん?
そんな実験器具でコーヒーを飲むなんてきみはマッドサイエンティストかなにかかい、なんてオーバーリアクションでジョークを飛ばしたのは誰だったっけ。
持ちやすいし耐熱性にも耐久性にも優れてから案外イイもんなんだよーってあたしが反論したらこれまた大袈裟に自分の首を絞めてべーと舌を出したポーズをしたカレ。
まぁある日カレがコーヒーと惚れ薬を間違えて飲んじゃったのが原因で学園史上最大のパンデミックが引き起こされてからというものの、あたしの称号がホントにマッドサイエンティストになっちゃんだけど。
うん、きみはとても正しかった!
うそうそ、ジャパニーズジョーク。8割はね。うんまぁそんな感じ。
「フレちゃーんキッチンの引き出し開けるねー、もう開けちゃったけどー」
ピンク色の引き出しを展開すると、小さな包丁と果物ナイフが丁寧にしまわれていた。
ひょいと拾い上げて、手を伸ばさないと取りだせない戸棚に移しておく。それと他にはハサミとカッター。戸棚へ。ケーキスライサー。戸棚へ。
野菜の皮むき器。ふむ、これはどうしようか。
34 = 33 :
ビーカーのコーヒーを口に含みながら考える。
レイジー・レイジーの無期限活動停止が発表されたのは今日のお昼のできごと。
客観的にみればどうやら人気絶頂だったらしいユニットの突然の活動停止宣言はSNSのトレンドをかっさらう程度には話題になったらしい。
休止の理由はおざなりだった学業に集中するため。なんてギャグみたいで笑っちゃうよねー。
真相を知っているのはあたしと事務所のごく一部の人間だけだった。
だから主にあたしがフレちゃんの看病を担当することになったのはある意味当然のなりゆきで。
いいかぜったいに人体実験だけはするなよってあたしをなんだと思ってるのかな? マッドサイエンティスト?
それとくれぐれもアイドルなんだからリストカットだけはさせないようにしてくれって忠告通りに刃物をしまっているけれど。
そもそもフレちゃんは現在それすらも実行するような気力が起きないのは幸か不幸か。
自傷行為はある意味、生きている実感を得たいがためにするのだ。
フレちゃんは今、生きようとする気持ちがすっぽりと抜け落ちてしまっている。
どーしたものか。
「せ、なか」
そのとき、まあるい布団の盛り上がりから、声がした。
「んん……背中が、いたい……」
フレちゃん観察記3日目。
ラベンダーの香りが効いたのか否か。
28時間ぶりにフレちゃんは意味のある言葉を発した。
35 = 33 :
>>33
持ちやすいし耐熱性にも耐久性にも優れてから
↓
持ちやすいし耐熱性にも耐久性にも優れてるから
また明日
37 :
おつおつ
38 :
おつ
デレステでキュートのエースやってくれてる2人だから余計クるものがあるなぁ
39 :
>>1は志希にゃんそのものなんじゃなかろうか
40 :
次元の壁を越えたのか...
41 :
久しぶりに地の文上手い人来たな
気体
42 :
いつでも筆記できるように即席ラボのあらゆる場所にクリッピングしておいた付箋にさらさらと筆をすべらせる。
なんとなく医学レポートっぽい感じを出したくてドイツ語にしておいた。特に意味はない。
あ、万一フレちゃんに見られても平気なようにってのはあるか。
フランスのお人形(なぜかマトリョーシカが1匹混じってた。露仏同盟かな?)に囲まれたベッドに近づいて、掛布団をそっとめくる。
お人形に負けないくらいキレイでなだらかな曲線を描く体はきゅっと丸まっていて。
本人曰く寝癖でなったというあざやかな金髪はこれ以上ないくらいぼさぼさで。
チャームポイントのくりくりしたまんまるの瞳は窮屈に閉じられている。
額に脂汗をじわりと滲ませたフレちゃんは今まで見たことない険しい表情をしていた。
丸まった背中にそっと手のひらをあてて一定のリズムで上下にさする。
「はーい、フレちゃーんちょっと触診するねー」
「う……」
手のひらにこつこつとした硬い感触が伝わってくる。
「おーだいぶ背骨が浮き上がっちゃってるねー。よしよし、ダイエットはここまでにしておいて今日は流動食にチャレンジしてみよっかー」
キッチンに戻って、コンロに火をつける。
てってってーてってってってれー。
突然ですが志希ちゃん3分クッキングのお時間です。
本日は3分で誰でも作れる簡単お料理をご紹介します。
まずは鍋に火をつけまして30秒。そのあいだにご飯を炊く準備をするふりをしましょう。
そうしているうちに30秒たちましたね。
はい、予め用意しておいたものがこちらのおかゆになります。おしまい。
「調理も調合も組み合わせて1つのものを作るって点ではまぁおんなじようなもんだよねー。あーでも真心なる非科学的な成分を込めれば不思議な化学反応を起こすってとこは違うのかな?」
逆説的に考えればあたしの料理が通用すればあたしなんかにも真心があるっていう証明になるのかなー。
それはなんだかちょっと興味あるなー。
それじゃ早速フレちゃんに検証してもらおっか。
フレちゃんの華奢な体を抱き起こす。
スプーンにほかほか湯気がたつおかゆをのっけて、蒼白い唇の近くまで運ぶ。
「はーい、あーん。どぅ、とろわー。なんちゃってー。フレちゃん今度このネタつかっていいよー、にゃはは」
フレちゃんはあたしの手元をじっと見つめてからスプーンを口に含む。
くっ、とおかゆが通り抜ける音が、か細い喉の奥で鳴った。
43 :
うわぁ辛え
44 = 42 :
ん? どうかな?
目で合図すると、一瞬、あたしとかっちり視線が合わさってすぐに逸らされる。
あーもうそんなに床をみつめてもお金は落ちてることはあるかもしれないけれど幸せは落ちてないよーってのはあたしじゃなくてフレちゃんのセリフ。
フレちゃんは、たしかめるようにお腹をさする。あたしは動作が落ち着くのを確認してからスプーンを持ちなおして。
2口目。
3口目。
4口目で。
途端。
フレちゃんは口元を手で覆って、ぶるぶると体を小刻みにふるえはじめてから。
「うっ……おぇ……」
ぱたた、とパステルピンクのふかふかな絨毯にアンバランスな色合いの飛沫が散った。
つんとしたにおいが鼻をかすめる。
内容物(といってもほとんど半透明のスープのような酸性液だったんだけれど)を吐き出したフレちゃんは、体を痙攣させて、えづきながら生理的な涙を一粒落とす。
少量の液体を吐いたあとでも、ひゅうひゅうとそれでも空気を必死に吐き出そうとする。
嘔吐反応、かぁ。
どうどう、今のはいちばん苦しい吐き方だねー。
背中をさすりながら思考をこらしてみる。
うーん、あたしの料理が吐くほど不味かったという楽観的すぎる結論はだせないなー。
明日はヨーグルトにゼラチンを混ぜたりとかもうちょっと楽に食べられるものにしよう。
ティッシュで拭き取って、くるくると丸めてお皿に乗せて立ち上がろうとすると、不意に手を掴まれた。
「ごめ、んね。シキちゃん、せっかく作ってくれたのに、おいしかったのに」
「一流パティシエのフレちゃんにそう言われるなんて光栄だねー」
「それに、よごしちゃって、ごめんね、ごめんね」
「あーいーよいーよ、白衣の替えはたくさん用意してきたし吐瀉物の処理は初めてってワケじゃないしー、まぁこれも医療行為の一環でしょー」
吐瀉物の処理が手慣れてるJKってのも我ながらあんまりカワイクないなーって思うけど。
ま、洗濯機の水道代と電気代をいただいてチャラにしておくねぇ、とフレちゃんに笑顔を向けてみせる。
あたし別に全然気にしてないからさー、だからそんな顔しないでよ。
そんなごめん、なんて何度も言わなくていいってば。
いっそ、ごっめーん☆ フレちゃん汁でちゃったー。しるぶぷれー? なんてけらけら笑い飛ばして、文字通り溜飲を下げていただきたいんだけど。
洗濯機に白衣を放り込んで、付箋に新しい文字を書きこむ。
おそらく心因性による嘔吐・食欲減退・筋肉の緊張・背中の痛み、エトセトラエトセトラ.。
あとはえっと、ヨーグルトってどのメーカーがいいのかな。
「ふむむ」
あたしは医者でも調理師でも介護士でも心理カウンセラーでもおいかわ牧場経営主でもなく、人呼んでマッドサイエンティスト。
……でもなくて、そもそもあたしはおなじ“科学者”でもケミカリストの方なんだけど訂正する機会は訪れそうにない。
だからまーあたしは付け焼刃で挑むしかないし、これからの展望を開けるほど知恵に明るくないのだけれど。
ぼふっ。
ソファに身をもたげて小さなちいさな溜息をひとつ。
「これは長期戦になりそうかなぁ」
45 :
待ってた
46 = 42 :
>>44
ケミカリスト
↓
ケミスト
また明日
一応結末まで全部決まってるしそれほど長くない話のはずなのでもうちょっと書くペース早められるようがんばります
47 :
乙。無理してエタってもアレだし自分のペースでおなしゃす
48 :
>>44
修正
あーもうそんなに床をみつめてもお金は落ちてることはあるかもしれないけれど幸せは落ちてないよーってのはあたしじゃなくてフレちゃんのセリフ。
↓
あーもうそんなに床をみつめてもお金は落ちてることはあるかもしれないけれど幸せは落ちてないよーってのはあたしじゃなくてフレちゃんの語録。
意味が通りづらかったので
49 = 48 :
>>44
脱字修正
フレちゃんは口元を手で覆って、ぶるぶると体を小刻みにふるえはじめてから
↓
フレちゃんは口元を手で覆って、ぶるぶると体を小刻みにふるえはじめさせてから
何度も申し訳ない
ではまた明日
50 :
お疲れ様
完結までゆったりついて行くよ
みんなの評価 : ☆
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