私的良スレ書庫
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元スレにこ「きっと青春が聞こえる」
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翌朝。若干の寝不足に瞼をこすりながら教室のドアを開ける。
にこ「おはよー」
これは、今までの私になかった習慣。最初はどぎまぎしたけど、今ではちらほら返してくれる人も増えてきた。
ところがどっこい。聞きなれた三人娘の声はそのどれにも混じっていなかった。
にこ「ありゃ?」
珍しく四人の中で一番乗りだったらしい。
ま、そんな日もありますか。
自分の席に座りスマホでもいじってようかしらんと思うや否や、隣に立つ気配。
おや、と思い見上げると、クラスメイトの何某さんが立っていた。
「おはよう」
にこ「……おはよう」
え、なに? なんで急に改めてあいさつされたの?
疑問をぶつける間もなく、相手はくるりと踵を返す。
「ついてきて」
にこ「あ、ちょっ……」
私の声も聞かず、教室を出て行こうとしてしまう。
にこ「もう、なんなのよ……」
悪態をつきながらも、放っておくわけにもいかず、私は席を立った。
振り返ることもしない背中に渋々ついていくと、そこは人気のない階段裏だった。
にこ「なぁに? あいにくラブレターは受け付けてないんだけど」
「ふぅん? やっぱり覚えてないんだ」
にこ「はぁ? 覚えてないってなにを、」
「あーんな恥ずかしいこと人にさせておいて、さ」
にこ「恥ずかしいことって、――!」
言われて、ようやく気づく。
今の今まで忘れていた自分に嫌気がさした。
そうだ。二年生のころはこの子がクラスにいたからずっと気分が浮かなかったというのに――
にこ「あんた……アイドル研究部にいた……」
「あ、思い出してくれたんだ」
くすくすと笑うその顔は、しかし「あの時」の彼女の顔とは重ならない。
『もう、付き合ってらんないから』
そう言い放った、あの時の表情とは。
にこ「……今更なんの用よ」
「ん? 別に特別用事があったわけじゃないの。ただ、ずいぶん楽しそうだなーって思って」
にこ「楽しそう?」
「あの三人と。うまくやってるみたいじゃない」
にこ「なっ!」
「毎日一緒にお昼ご飯食べて、放課後は遊びに行って。充実してるみたいね」
にこ「……悪い?」
「怖い顔しないでよ、だれもそんなこと言ってないじゃない」
一呼吸おいて。
「ただね、私はひとつだけ、確認したかっただけなの」
にこ「確認?」
「そ」
そういうと彼女は歩き出し、すれ違いざまにぽつりと呟く。
彼女が残したその言葉は。
「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」
とても、とても、重く。
にこ「――――」
天秤が、ぐらりと揺らぐのを感じた。
竹達「――箸が止まってるよ? にこっち」
にこ「えっ」
お昼休み。例によって例のごとく四人で机を囲むけど、食欲は湧いてこなかった。
飯塚「体調悪い? 保健室行く?」
竹達「これこれ、またこのパターンかい」
後藤「調子が悪いなら無理して食べる必要ないわ、私がもらってあげるもの」
竹達「えーいあんたもやめんか!」
ぎゃーぎゃー騒いでる三人は、いつも通り変わりなくて。
変わってしまったのは、きっと、私。
だから、だから――
竹達「――え、マジでどうしたの?」
飯塚「だだだ、大丈夫!?」
後藤「落ち着いて、ね?」
にこ「ぅ……ぅぅうう……」
涙が出るほど苦しいのも、私のせい。
にこ「私ね……ひっく、やっぱりね、無理……みたい、だった……ひぐっ」
竹達「む、無理って、なにが?」
にこ「アイドル……諦められない、の……」
飯塚「アイドルって、にこちゃんが一年生の時やってたっていう? でもそれって駄目になっちゃったんじゃ……」
にこ「うん……でも、でもね……やっぱり諦められない……」
後藤「…………」
にこ「みんなと楽しく過ごせればいいって、思ってたけど……」
にこ「だけどそれって、今までの私に、嘘つくことになっちゃう」
にこ「ひとりぼっちになるまで自分を貫いた、あの時の自分に、申し訳が立たない」
にこ「それに、なにより」
いっかい、深呼吸。
にこ「私、やっぱり、アイドル好きだもん」
竹達「や、それはわかったけど……それがなんで急に泣き出したことにつながるわけ?」
にこ「それ、は……」
言い出しづらい部分に触れられ、言いよどむ。
だけど、曖昧にしちゃだめだ。
ちゃんと、けりつけないといけないことだから。
後藤「――私たちとお別れするから、よね?」
にこ「っ」
口を開こうとした矢先。
思っていたことを言い当てられる。
飯塚「お、お別れ!? なんで!?」
後藤「……私が言って、いいのかしら?」
ちら、と視線を向けられる。
うまく説明できる自信がなかったから、正直、ありがたい申し出ではある。
だけど、なんで私の考えてることが、わかるの? この子は。
後藤「私もね。このグループで唯一部活に所属してるから、なんとなくにこの気持ちはわかるの」
私の心中を知ってか知らずか、問いに答える後藤。
後藤「物理的に一緒にいられる時間が少なくなるからっていうのも、もちろんあるんだけどね」
後藤「根本的に、熱量が違うの」
竹達「熱量?」
後藤「うん。例えば私なんかは、部活やってるときなんかは『やるぞー!』ってすごく熱いエネルギーを持ってるんだけど」
後藤「みんなといるときは、なんていくか……ぬるま湯につかってるような、ほんわかーな気持ちになるの」
後藤「オンとオフ、っていえばわかりやすいかしら」
竹達「だ、だけど、ごとーちゃんはそれでも私らと一緒にいるわけじゃん? だったらにこっちだって……」
後藤「私は今の部活に入ったの、高校からだからねぇ。正直、そんなに熱心なわけでもないの」
後藤「だから部活のことを全く考えない、オフの時間を作れる」
後藤「だけど、にこの場合は――そうじゃ、ないんでしょ?」
にこ「――――」
後藤の言う通り。
私にとってアイドルは、かけがえのない生きざま。
だからこそ、やるからには中途半端を、だれよりも自分が許せない。
目標があり。努力があり。必死さがあり。練習があり。練磨があり。
ひたすらに毎日を、中身のあるものにさせていく。
アニメの主人公、宇宙ナンバーワンアイドルにこにーになるためには。
女子高生Aであっては、いけない。
にこ「ごめん……」
だからこれは、二度目の決別。
この世界に来たあの日、九人という形に別れを告げた私は。
ひどく自分勝手な理由で、今度はこの四人という形に別れを告げている。
嫌われたって、おかしくない。
飯塚「…………」
竹達「…………」
二人とも、うつむいたまま言葉を発しない。
後藤「ね、二人とも……にこのこと勝手だって思うかもしれないけど、でも――」
飯塚・竹達「焦ったぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
にこ・後藤「…………へ?」
竹達「いやそれってさ、要はこのゆるぅい雰囲気に流されちゃだめだーってだけでしょ?」
にこ「う、うん」
飯塚「じゃあさ、廊下ですれ違った時に『元気―?』とか挨拶していいんだよね」
にこ「も、もちろん!」
竹達「電話とか立ち話だってセーフでしょ?」
にこ「え、あ、そう、だけど……」
飯塚「それって、全然お別れじゃないよー」クスクス
にこ「う、え、そう?」
竹達「そーそー。そんなの全然さ――友達の範疇じゃん」
にこ「――――」
あ、やば。
また目頭、熱くなってきた。
後藤「なんだか、一本取られちゃった感じね?」
それから散々「重くとらえすぎ」とかからかわれて。
三年生になるまでは今の関係を続けることを伝えて。
一緒にご飯を食べて。
授業を受けて。
放課後は四人でボウリングに行って。
お別れして。
帰ってきて昨日のように布団に耐えれこんだところで――再び涙があふれてきた。
にこ「うううぅぅぅ……!」
アイドルへ向けて、再燃焼していく中でも。
このひだまりのような心地よい温かさは、きっとどこかで残り続けていくんだろうな、と思った。
年度が変わり、四月某日。
ついに運命の日――音ノ木坂廃校告知の日がやってきた。
登校し、校門をくぐる前。一度足を止める。
にこ「――よし」
気合は十分。覚悟も十分。
今日、ここからすべてが始まっていく。
この世界に来てからまだひと月程度しか経ってないのに、ずいぶんいろいろなことがあったように感じる。
――ちょっとは成長、できたかな?
にこ「なんてね」
少しだけ固まっていた緊張を、笑顔で解きほぐす。
うん、やっぱりにこにーは笑顔でいなくちゃね。
さて。行きますか。
これから始まる、かつて始まったμ'sの誕生へ向けて、私は一歩踏み出すのだった。
――その日。結局放課後まで待っても、廃校の告知が張り出されることはなかった。
ここまで
ようやくプロローグが終了しました
やっとほかのμ'sのメンバーが出せる
ようやくプロローグが終了しました
やっとほかのμ'sのメンバーが出せる
日付を勘違いしてたかな、と思って三日待った。
何かイレギュラーが発生したのかも、と思って五日待った。
半分くらいあきらめて、一週間待った。
十日経った頃――私は学校へ行かなくなった。
にこママ「じゃあ私仕事行くけど……ほんとに看病してなくて大丈夫?」
にこ「……ん。大丈夫だから」
にこママ「だけどもう三日でしょ? ただの腹痛っていってもこれだけ続くなら……」
にこ「大丈夫だから。寝てれば……よくなるから……」
にこママ「……明日も変わらないようだったら、病院へ行きましょう。いいわね?」
にこ「…………」
にこママ「……行ってきます」
見送りの言葉を返すこともできず、黙ったまま家のドアが閉まる音を聞く。
さすがにママもおかしいと思い始めたみたい。
たぶん、私がずる休みしてるって気づいてる、よね。
にこ「……はぁ」
なんだかほんとにおなか痛くなってきそう。
眠って、目覚めて、ご飯食べて、眠って。
この三日間それだけを繰り返してた。
いつか目覚めたら。
全てが夢でした、ってなればいいのに。
そんなことを願いながら、だけどそんなことにならないってわかりながら。
ただ無駄に時間を削っていくことに焦りながら。
もう――なにもする気になれなかった。
にこ(これ……ずっと学校行かなかったらどうなるんだろ?)
不登校?
ひきこもり?
卒業もできなければ、進学もできない、の?
にこ「――――っ」
じわりと心を蝕む予想に背筋が震えた。
どうしよう、どうしよう――
――――――
――――
――
「――というわけで、本日特集するのは今大人気のスクールアイドル、A-RISEです!」
にこ「――ん、」
いつの間にか落ちていた眠りから目覚める。
つけっぱなしにしていたテレビは夕方のニュース番組を垂れ流していた。
にこ(やば、電気代もったいない……って、A-RISE?)
聞きなれた名前と、流れ出した曲に意識がはっきりする。
Can I do? I take it, baby! Can I do? I take it, baby!
にこ(これ――Private Wars?)
かつては私たちがラブライブで下した相手が――画面の中で、輝いていた。
かつてμ'sができる前。飽きるまでリピートしてた曲。
What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``
ほら正義と狡さ手にして
What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``
ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?
歌詞なんか見なくても口ずさめるほど聞いていた曲。
もう辞めちゃうの?
根気がないのね
ああ…真剣に欲しくはないのね
そんな曲が、今になって。
What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``
ただ聖なる少女は趣味じゃない
What`cha do what`cha do? I know ``Dangerous Wars``
ただ人生勝負を投げたら撤退でしょう?
にこ「――――」
What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``
ほら正義と狡さ手にして
What`cha do what`cha do? I do ``Private Wars``
ほら人生ちょっとの勇気と情熱でしょう?
私の心を打ちのめすのは――なんでなの。
テレビから流れる曲を、呆然と聞いていたものだから。
ピンポーン。
にこ「あ、はーい」
不意に鳴ったチャイムの音につい反応してしまった。
にこ(あ、しまっ……)
と思っても後の祭り。宅急便だろうが宗教勧誘だろうが居留守は使えなくなってしまった。
まあ、別に本当に具合が悪いわけじゃないから、居留守使う必要もないんだけどさ。
にこ「はーい、どちらさ……ま?」
なーんて油断してたものだから、ドアを開けた瞬間、時間が止まってしまった。
「こんにちは、矢澤さん」
にこ「あな、た……」
だって、予想できる?
ドアの前に――例の元アイドル研究部員が立ってるだなんて。
にこ「……麦茶しかないけど」
「気をつかわなくていいのに。病人でしょう?」
にこ「もう治ったから、大丈夫よ」
「そう、じゃあ明日は出てこれるのね。安心したわ」
にこ「…………」
ほんと、わけがわからない。
なんで私は今この子のおもてなしをしてるわけ?
「じゃあ、これ。今のうちに渡しておくわね」
にこ「あ、ありがと……」
渡されたのは、私が休んでる間に配られたプリントの数々。
どうも同じクラスであるこの子が私のお見舞いに選ばれたらしい。
――この子、三年の時も同じクラスだったっけ?
「これ……」
にこ「え?」
いぶかし気に見ていると、彼女はつけっぱなしになっていたテレビに視線を向ける。
ニュースはいまだ変わらずA-RISEの特集を続けていた。
「今一番人気のスクールアイドル、A-RISEか……」
にこ「…………」
何の含みもないはずのその言葉が、なぜだろう、いやに私の心をささくれ立たせる。
「すごいわね。ここまで上り詰めればスクールアイドルだって立派なものだわ」
にこ「……立派じゃなくて悪かったわね」
「誰もそんなこと言ってないじゃない?」
にこ「言ってるようなものでしょ!? そーよ、たしかに今の私は仲間一人いないちっぽけなぼっちよ!」
にこ「だけど、だけど私だって、前までは……!」
「前?」
にこ「…………」
「なんで急に押し黙っちゃうのよ」クスクス
なんで、なんて言えない。
私がこのA-RISEより人気のグループにいた、なんて、信じてもらえるはずがなかった。
「あの子たちと、距離をとったんだって?」
にこ「え?」
「春休み前まで仲良かったあの三人。クラスが変わったからっていうのもあるんだろうけど、それにしても極端じゃない?」
にこ「それ、は……」
「……矢澤さんの中には、あったんじゃないの?」
にこ「え?」
「あの関係を断ち切ってでも、作りたい関係が。あったんじゃないの?」
にこ「なんで、それ……」
「あ、本当にそうなんだ。カマかけてみるものね」クスクス
にこ「…………」
「怒らないでよ。別に馬鹿にしてるわけじゃないわ」
「ただ、今の矢澤さんを見てると、なにがしたいのかわからないんだもん」
にこ「なっ、」
「ねえ、もう一度聞くわ」
やめて、と言うより早く。
「あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?」
再度、彼女の言葉が私を射抜く。
「――長居しちゃったわね。お大事に」
手早く荷物をまとめると、彼女は私が返事する前に出て行ってしまった。
にこ「――――」
押し黙るみじめな私をよそに、A-RISEだけが、画面の向こう側で笑顔を振りまいていた。
翌日。彼女にああ言った手前休むこともできず、私はいやいやながら登校した。
教室のドアを開けても、二、三人が視線を向けて、それだけ。
まあ、別にいいけどさ。
「…………」
一番後ろの席で、あの子がにやにやしてるのだけは、なんだか癪にさわった。
お昼休みにアイドル研究部へ逃げる癖は、残念ながら復活してしまった。
ママお手製のお弁当を片手に提げつつ、部室へ向かう。
にこ(アイドル。あいどる。愛弗……)
何かを考えているようで、実は考えていないまま、とぼとぼ廊下を進む。
ここにきて気づかされたことが、ひとつ。
私――μ'sに関しては、穂乃果たちにおんぶにだっこだったんだ。
あの子が作ったグループに、私が「入れてもらった」だけ。
私がしてたことといえば、意地張って彼女らをつぶそうとしてたことくらい。
自分からアイドルの道を進むのは――そのころ、とっくにやめてたんだ。
にこ「ほんと……私、なにがしたいんだろう」
昔も、今も。
やりたいことははっきりしてるはずなのに、なんでこんな中途半端なんだろう。
「ほらー、やっぱり誰もいないみたいだよ? 早く行こうよー」
「あ、うん……おかしいな……」
と。私の目指す先から会話が聞こえる。
「一人しか残ってなかったんでしょ? やめちゃったんだよ、きっと」
「そう、なのかなぁ……」
「だからさ、一緒に陸上部やろうよ! きっと楽しいよ」
「で、でも……私運動苦手だし……」
「なおさらだよ! 一緒にがんばって大会とか出られるようになろうよ!」
「う、うーん……」
「そもそも入部するかどうかも決めてなかったんでしょ? ここ。だったらすぱっと諦めちゃおうよ」
「そう、かな……」
会話から察するに、部活に悩む一年生、ってところかしら。
あーはいはい、美しい青春模様は私と関係ないところで――
って、ちょっと待った。
この声が聞こえてるのって、私が向かってる場所――アイドル研究部の部室前から、よね。
というか、というか!
この、聞き覚えのある声って、まさか――
凛「ほら、とりあえずご飯食べにいこ、かよちん。食堂埋まっちゃうにゃ!」
花陽「あ、ちょ、引っ張らないで凛ちゃぁぁぁん!」
曲がり角を曲がり、勢いよく私とすれ違った二つの人影は。
にこ「は、ははは……」
忘れもしない、大好きな二人の後輩。
嘘、だって、花陽が?
自分から、アイドル研究部を訪ねてきたの?
あんな内気で、穂乃果たちに半ば無理やり勧誘されてようやくμ'sに入った、あの子が――
にこ「く、くくく……」
なんだか、笑えて来ちゃった。
そっか。そうだよね。
やりたいから――やるんだよね。
『あなたが私たちを置き去りにしてまで守ってたものは――もう、いいの?』
今ならはっきり答えられる。
よくなんか、ない。
私はまだ、全然――μ'sのこと、諦めてないんだから!
にこ(なければ、作ればいいじゃない!)
そうだ。いつまでも穂乃果頼りじゃ先輩として情けないもんね。
誰も作らないなら、私がμ'sを作っちゃえばいいのよ。
あの九人を――この手で、もう一度集めてやる。
にこ「それが、私のやりたいことだから」
思い立ったが吉日とは昔の偉い人の言葉。
その日の放課後、私は一年生の教室へ顔を出していた。
「小泉さーん、お客さんだよー」
ちょうど教室を出ようとしていたクラスの子に、花陽を呼ぶよう頼むと。
花陽「は、ははは、はひ!?」
わかりやすいくらい動揺してる声が教室から飛んできた。
目を白黒させつつ隣にいる人物を見やる。
一言二言会話をすると、とてとてと危うい足取りで近づいてくる。
花陽「わ、私ですか?」
不安げに瞳が揺れている。
ま、入学してひと月も経ってないのに急に三年生から呼び出されたら、花陽でなくてもこんな反応にはなるだろうけど。
にこ「そ、間違ってないわよ。はな……小泉さん」
花陽「は、はぁ……」
危ない危ない。ついいつもの癖で下の名前で呼びそうになっちゃったわ。
凛「で、三年生がかよちんになんの用ですか?」
少しつっけんどんに尋ねてきたのは、当然のようについてきていた凛である。
もちろんこの子にも用があるわけだからなにも問題はないけれど。
にこ「そんなに構えないでよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから」
凛「別に、そんなつもりは……」
否定しながらも、警戒は解いていない様子。
ほんとこの子、猫みたいねぇ。
にこ「あなたたち、今日のお昼アイドル研究部の部室に来てたでしょ?」
花陽「えっ」
凛「なんで知ってるんですか?」
にこ「あなたたちの去り際にすれ違ったの、気づかなかった?」
顔を見合わせる二人。
同時に顔を横に振るということは、案の定気づいていなかったのだろう。
にこ「ちょっと話が聞こえたんだけど、アイドルに興味あるんでしょ?」
花陽「そうですけど……あなたは?」
にこ「ああ、名乗ってなかったわね。私は矢澤にこ。アイドル研究部の唯一の部員にして、当然部長よ」
花陽「え!?」
途端、花陽の目に輝きが灯る。
にこ「単刀直入に聞くわ。あなた、アイドル研究部に入らない?」
花陽「は……はい! ――あ、」
力強くうなずいた後、何かに気づいたように花陽は顔を曇らせる。
視線はそのまま隣に立つ凛へ向けられる。
花陽「あの、凛ちゃん。陸上部のこと、なんだけど……」
凛「かーよちん」
言いずらそうにする花陽のセリフを、笑顔で遮る凛。
凛「凛に気を遣う必要なんて全然ないんだよ? かよちんは、かよちんがやりたいようにするのが一番だから」
凛「そう。やりたいことやるのが―― 一番、だから」
花陽「凛ちゃん……」
にこ「あのー、しんみりしてるところ悪いんだけど」
にこ「私としてはあなたにも入って欲しいの――星空さん?」
花陽・凛「え?」
そう、花陽だけじゃ意味がない。
だって私がそろえたいのはμ'sの九人。
凛だってそのうちの一人なんだから。
にこ「どうかしら? 小泉さんとも仲がいいみたいだし、きっと馴染むはずだわ。陸上部のこともあるかもしれないけど、」
凛「私はいいです」
にこ「…………え?」
ぴしゃりと。
強い否定の言葉だった。
凛「私は――いいです。アイドルとか、そういうの、似合わないから……」
にこ「や、でも……」
凛「いいです」
有無を言わさぬ否定は、変わらず。
凛「じゃあ、私はもう陸上部に仮入部してるから……失礼します」
凛「かよちん、頑張ってね」
花陽「……うん。凛ちゃんもね」
にこ「あ、ちょっ……」
止める間もなく、凛は荷物をまとめ教室を走り去っていった。
花陽「あの……矢澤先輩?」
にこ「っ、と。なに?」
ぼーっとしていた私の意識を花陽の声が引き戻す。
まさかあんなに頑なに拒否されるなんて……穂乃果の話と違うんだもの。
花陽「先輩がなんで凜ちゃんを誘ったのかはわからないですけど……凛ちゃんは、アイドルとか、そういうのはやらないと思います」
にこ「なん、で?」
花陽「その、あんまり詳しくは言えないんですけど……凛ちゃん、可愛い格好するのに抵抗あるから……」
にこ「…………」
それは知ってる。
スカートをはいて男の子にからかわれたりして、自分には可愛い恰好は似合わないと思い込み。
以来ボーイッシュな恰好を好むようになった、とは。
でも、だからってアイドルをやることを拒むほどではなかったはず。
にこ「――変わってるってこと、なの?」
花陽「?」
私の独り言に首をかしげる花陽。
この子にしたってそう、μ'sに加わるまで穂乃果の強引な勧誘や凛と真姫ちゃんの後押しがあったはず。
にも関わらず、彼女がこうも素直にアイドル研究部の門を叩いたということは。
――元の世界とは、変わってるってこと、なの?
花陽「あの、先輩? どうしたんですか?」
心配そうにこちらをのぞき込む花陽に構うこともできないほど。
にこ「――――」
私は、この世界の厳しさを噛みしめていた。
短めですがここまで
凛ちゃん編の始まりです
編ってつけるほど長引くかもわからんけど
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