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元スレ仗助「艦隊これくしょんンンン~~~~?」
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大井は。
己の乗員を、兵員を、仲間を。
彼らこそを何よりも大切に想っていたし、彼らこその持つ理想を誇っていた。
軍人は夢を見ない。
でも皆、己の国に尽くす事に――正確には家族と、家族を取り巻く環境と、家族を育てたその国を愛する。
己の血族を守るのは、どんな動物も行うだろう。
だが血族のみならず、その集合体を――――その先を、外を守る為に命を懸けられるのはきっと人間だけだ。
だからこそ尊い。
己の家族を、己の故郷を、己の国土を、己の育ってきた歴史を愛し――その為に戦えるのは、“勇気”と“愛”――貫く為の覚悟だ。
そんな乗員を誇らしく思う。気持ちを共にする仲間を大事に思う。
あの結果を間違いと言われようが、あの戦闘を卑しいと言われようが――想いは“真”だったのだ、と。
だからこそ彼女は見極めなくてはならなかった。己たちのかつての信条を、真にできる司令官なのか――と。
裏表があるとか、性格に難があると神めいた誰かに言われようと構わぬ。
ただ、仲間を大切に考える情の深い船。
故に、
(後悔させてやるわ……! あんな風に、横合いから殴り付けて……何よりも、仲間を嘲笑った『行為』を……!)
しかし、そんな怒りとは裏腹に――大井の頭はどこまでも静かに沈降していく。
自分が敵ならば、どうする?――そんな自問自答。
視界が利かない。レーダーも使えない。しかし圧倒的に有利。
対する艦娘――大井ら――は、接近して攻撃を加える事だけに一縷の望みを託す。
ならばきっと。
奴は天龍にしたように。加賀にしたように、嘲笑いに来る。
顔を見せぬまま、絶望に歪む相手の表情を拝まぬままに殺す事はしない。一撃で手足をもいだり致命傷を与えたとしても、必ず大井を笑いに来る。
煙に紛れたままの、辺りを薙ぎ払う盲撃ちはない。
必ずや大井を突き止め、そして吹き飛ばし、それから止めを刺す。
(その顔を見せた時に……吹き飛ばしてやる……!)
ならば――敢えて。
敢えて位置を知らせて、撃たせる。
そこから、不可避の一撃を叩き込む――――それしかない。
この至近距離。
位置を知る方法はもう、音しかない。
ならば、機関音や航行音を頼りに襲い来る筈のレ級を――――その動きを誘発する。
「提督……」
『なんスか、大井さん? まだ動きは……』
「これから作ります。見逃さないで」
『……なんか仕掛ける気ッスか?』
「……」
未だに――東方仗助へ、大井は信頼を寄せてはいない。
本当に優秀な提督ならば、あの演習で敗れはしないだろう。勝利する筈だ。
それが大井の求める提督。
だからむしろ、あの空条承太郎という男の方が、よほど大井が理想としている提督像に近い。彼ならきっと間違えない。
ただ彼の力の有効さは知っている。期待しているのは、そこだけ。故に最低限の事――しかし必要な事しか伝えなかった。
(……覚悟を、決めるのよ。覚悟を……!)
そして――大井の大腿、大井の長脛。そして左腕。
それぞれに一つずつ、計五つが備えられた魚雷管が鎌首を擡げた。
そのまま、回頭――一つに付き四連装。それが五つで二十門。
その全てが、大井の意に沿って連動。
彼女の前方には黒煙。視界は煤に埋め尽くされ、煽り上がる熱気に電子欺瞞紙が靡いて上空へ。
『大井さん、まだ何の動きも見えねーけどよぉ――――』
「ならいいです。……少なくとも、動いていたせいで避けられる事はないという事だから」
海上火災。
暗黒色のカーテンめいて、彼女の内と外とを区別する。火勢に付かれて、もうもうと秩序なく蠢くその様の先に望むのは、果たして何か。
視界いっぱい。多少仰いだところで、空など見えぬ。
噴き出したかと思えば渦を巻き、揺らいだかと思えば気にせず蒼天を覆い尽くさんと立ち上る煤けた積雲。
互いにもう、射程圏内。
訓練用の大井の弾頭とて、直撃被弾すれば損傷は免れぬ距離。
そして――
『……ンだと、野郎ッ! 人の形だけじゃなく、戦術までも猿真似ッスか――――!?』
「……向こうも燃料を燃したのね」
東方仗助からの、レ級の観測情報が途絶える。
同じくレ級も、航空燃料を撒いて己の動きの秘匿を始めたのである。
それは即ち――大井へと攻撃を仕掛ける、そんな意思。
やはり、だ。
やはり敵は、大井と同じ土俵に上がろうとした。
主砲であたりを薙ぎ払おうなどとはせずに、“火災に紛れて攻撃する手段”を選んだ。
その理由など――決まっている。
大井を、嘲笑うために。
同じ場面で戦いを行い、そして大井を出し抜いて、その悔しがり絶望する様を眺める為に――行動を重ねてきた。
ならば彼女の行う事はただ一つ。
依然変わりなく、当初と同じ行動を行う――ただそれだけ。
(乗った時点で……そこは既に、危険海域よ)
大井の作った音目掛けて、そちらにレ級が主砲を動かしたなら――それを東方仗助が察知したなら。
そこで仗助が伝えるレ級の砲塔の方向は、大井を撃ちぬかんとしたものであるから。
大井とレ級を結ぶ直線の角度となる。
即ち大井は、その角度に対して百八十度を加えた方向目掛けて魚雷を全弾撃ち放てばいい。
それで確実に、命中する。
しかし――だ。しかし、レ級は己の姿を隠した。仗助から観測されぬよう、炎を壁に身を隠した。
だがこれを悔やむまい。
何故なら、その手段では良くても相打ちにしかならないから。
大井が狙うのはただ一つ。レ級への意趣返し。
得意げになったそこを、ブッ飛ばす。だからこそ、相手が策に打って出たというのは好都合。
そして、
「どこに居ようと、この距離なら……!」
軽快な発射音の後、上がる着水音。その数実に二十一――前方に対して扇状に、圧縮空気により撃ち出された酸素魚雷。
宛ら散弾銃。
大井を中心に、前方に弧を取りその範囲を薙ぎ払うかの如き魚雷の発射。
着水と共に、波間を潜り、その上の炎を潜る。白銀の筒が、海のそれと混じり蒼く染まり――やがて黒に飲まれた。
航跡を探らせぬ酸素魚雷は、命中のその瞬間まで静かに海中を進むだろう。
底の遠い、群青色の海原を。
いくつが、そのままどこかへ流されるか。二十のうち、いくつが命中するだろう。いくつが、無駄になるだろう。
そんな事は――大井にはどうでもよかった。
「――――」
視界が突如として、白色に染まった。
無声映画の如く――――しかもそれが緩やかに上映するかの如く。
第三者が銀幕に映し出す映像を眺める風に、大井は、己の目に映る光景を眺めていた。
がくん、と上に揺れた。
視野の中、黒煙の領域が減る。コマ送りにした画像めいて、下へ下へと追いやられる。
代わりに広がる、空色の空間――その先に浮かんだ強烈な円形の光源。
かと思えば、そんな画面が止まる。
次に映し出されたのは、光を吸収して徐々に黒色へと向かっていく青一面。その内に一つ、余計に黒いもの。
気が付くと、その黒しか眼前にはなくて――もう一度、画面が跳ねた。
撃たれたのだ。そして、宙を舞ったのだ、大井は。
かふ、と息が漏れる。
大井は――彼女は不思議と痛みを感じては居なかった。ただ、体が偉く動かしがたいという事実がある。
やがて、音が戻る。ぱちぱちと、火が弾ける音。
完全なる航行不能。
強烈に足を削られたサッカプレイヤーか、或いはゲレンデを転がり落ちたスキーヤーの様に、海原に倒れ伏す。
それでも浮いていられるのは、彼女が艦娘であるから。
至近弾。
直撃には至らぬも、しかし強烈な衝撃で大井の装甲服を破壊し、そして装備の殆どを破壊した。
(痛っ……なんて、ざまなの……)
俯せに倒れる大井が、力なく前方を見る。やはり火の手――好き勝手に隆起して変形する、黒煙と大火のコントラスト。
その膜が、不自然に揺らめいた。
煙の奥、そちらに吸い寄せられるかの如く。しかし何かに弾かれ渦を産み、また噴き出してくる。
そして一か所異なる黒色――光沢のあるそれは、始めに確認したレ級のフードの淵。
やはり、予想通り――倒れた大井を眺めに来た。
レ級が、顔を覗かせた。戦闘不能に追い込んだ大井を弄ばんと、顔を見せようとしたのだ。
それこそが――
(視界を封じた時点で…………この結末になるのよ……!)
そのフード目掛けて――海中から、静かに撃ち出された酸素魚雷。
(『甲標的』……すでに……仕掛けたわ……!)
本体から切り離されて自律する子機――それが即ち、甲標的。
重雷装巡洋艦へと転身した大井が搭載できる、遠隔操縦的な小型の潜水魚雷艇。妖精が動かす、魚雷を打つ為の潜水艦のような者。
重雷装巡洋艦となった彼女は既にそれを手に入れている。
空条承太郎との戦いで観測役として使用したように、その小型艇を放った。魚雷に紛れて。
『方向が分からぬから』――『無差別大量に攻撃をばら撒いた』。
レ級にそう思わせる事が大井の狙い。実際のところ、視界が封じられているなら正解である攻撃だが……。
今回ばかりは、意味が違う。
その、無差別攻撃。
一斉に上がった、投じられた魚雷の音の中心に大井は居る。海中を進み来る複数の魚雷を辿ったその先に、大井がいる。
『方向が分からぬから』――『無差別大量に攻撃をばら撒いた』――『相打ち覚悟で』。
そう思わせると同時に、大井の位置を知らせるのが目的であったのだ。レ級に対して。
そうすればレ級は、音を頼りに大井を撃つ。
即死させるのではなく、傷を負わせて戦闘不能にするために大井を撃つ。
必ず嘲笑を向けに訪れる。
それこそが、大井の唯一の活路。
加賀や瑞鶴の艦載機の如く、その持ち主が死亡せぬ限りはまだ甲標的の稼働は可能。
上がった水音二十一の内の一の甲標的。
したり顔で姿を現したレ級目掛けて、本体はもう再起不能だと思わせて、その調子に乗った面を叩き壊す――――。
相打ちでは駄目だ。
これなら致命傷だが、死ぬ事はない。止めを刺しに来るその時こそ、レ級の最期になるのだ。
そう、たった今まさに撃ち出された魚雷が、もう数瞬もしないうちにレ級に着弾して――
「……え」
想像した爆音が、上がらない。
装備の不良かと――ここに来てそんな結末なのかと、大井は冷や汗を垂らした。ここまで策に嵌めながら。
しかし。
だがしかし、そんな不測事態ではなかった。
「そんな……囮……!?」
更に煙を掻き分け現れたのは、レ級のフード。
ただそれだけで、肝心の肉体は見つからない。
コートを、艦載機に被せて…………そして移動させていた、それだけだった。
出来の悪い照る照る坊主が如く、頭部を為す艦載機に釣られて揺らめくコートの裾。
しかし、違う。晴れを祈願する布人形とは違う。
雨を払い快晴を望むのではなく――――それが告げるのは絶望。
(……ぁ)
――アキャキャキャ、という笑い声が聞こえた。
大井の視界の端、鋼鉄で出来た恐竜の頭部が如き先端を持つレ級が照準。
既に対処は間に合わない。
大井はもう、倒れ伏している。動きようなんてものはない。
そしてこれほどの至近距離で、戦艦の主砲などを受けたなら――そんな巡洋艦の末路など決まっている。
粉みじんに吹き飛ぶ。跡形も残らず、血煙と化す。
「――ッ」
固く目を閉じる大井。
脳内を巡る、走馬灯。
きっと同じく人としてこの世界に生まれ変わるだろう、姉妹艦の北上に会いたいと願いながら――それも叶わず。
そして、海域を進めるうちに手にした重雷装巡洋艦としての力を敵に撃つ事なく――。
大見得を切っておきながら、提督に何も見せずに終わる。
尊厳を穢された仲間の仇を討つ事もできない。
それが――――人としての現身を得てまで、彼女が成し遂げたかった事なのか。
しかし、彼女の想いなど関係ない。
無情にも照準した戦艦レ級の主砲は、本来の意味での零距離射撃――つまりは水平射を敢行。
竜の頭部、その側頭部に位置する砲身――四門が、容赦なく爆炎を撒き散らし、
「このぉ……っ」
大井を庇って飛び出した山城に、命中した。
派手に装甲が吹き飛ぶ。
砲撃のその衝撃、着弾と共に生まれる爆炎が彼女の衣服を吹き飛ばし、背部の艤装を撃滅する。
折れ、曲がり、先端が粉々に吹き飛んだ砲身。砲塔は稼働を諦めるほどの黒煙を漏らし、飛び散る衣が花吹雪が如く舞う。
明らかなる大破。後一撃でも貰えば、致死するほどの損害。
しかしそれでも山城は、歯を食い縛り脚部の艤装に力を流す。生まれる波紋と、前方へと加速するその肉体。
これほどの距離ならば、いくら模擬演習弾と言っても戦艦レ級に損害を与えられるだろう。
だが、肝心のその砲口は最早どこを向く事もない。既に破砕し、無残を晒すだけ。
ならば、なにをするか。
決まっている――――白兵戦だ。
「必ず、直すって……何度でも直すって……提督は言ったのよ……!」
喩え砲身が破壊されても、艤装を失っても、装甲が砕かれても――前に進む事が出来るのであれば。
山城はまだ戦える。
戦艦のその出力で組み合えば、殴り合えば、衝突し合えば――如何な戦艦レ級とて、無事では済まない。
応じたのは――喜色めいたレ級の笑み。妖艶さすらも孕んだ、酷薄な嘲笑。
両手を広げたレ級の背後の背嚢から飛び出す、二機の航空機。
背中の組織が剥がれ落ち、空中で成形され、やがてあの独特の滑り気ある紡錘形の機影を構成し――疾走。
咄嗟に腕で頭を庇い、目を閉じる山城。
殆ど存在しない装甲を叩く鋼の弾丸がけたたましい音を鳴らし、そのまま飛び去る――直後。
「なっ――」
右手を鉤状に、飛びかかるレ級。
目指す先は山城の顎部。白く細い首に続いた、頭部の下辺部。
そう――このままきっと、掴むと同時に彼女の顔面を引き千切るだろう。
その右手で顔を皮を剥ぎ、一笑に伏して彼女の遺体を蹂躙するだろう。
まさに絶体絶命。
(ああ……ねえさま…………提督…………)
しかしそれでも負けてやらぬと――――赤い瞳を細めて睨み付ける山城の。
その目に、映ったのは。
「うわあああああああああああああああ――――――――――――ッ!」
燃料が生み出した黒煙と業火を裂いて、レ級の背後から飛びかかる一つの影。
天龍が手にした、艦首を模した刀を携えて――――両手で腰だめに握って、飛びかかる卯月だった。
←To be continued...
「なあ……オレたち水雷屋って、何が仕事だと思う?」
「……船団の護衛とか? 空母の護衛とか?」
「いいや、違うぜ。オレたち水雷戦隊は――誰よりも果敢に、誰よりも素早く、肉薄して……敵艦に魚雷を叩き込むのが仕事だ」
だからこそ、夜戦は水雷戦隊の華だと――天龍は笑う。
水雷戦隊は切り込み屋だ。
誰よりも苛烈に、その装甲と引き換えの快速と敏捷性を元に敵陣を切り開くのである。
昼間の、お互いの距離が判りやすい砲撃戦とは違う。
月明かりと星明かりしかない、時には雲によってそれすらも隠されて――相手との距離が判らぬ夜の海で。
誰もが忌避し、誰もが慎重になるそんな海で――だからこそ肉薄して攻撃を叩き込むのだ。
「『暗殺』だ。『暗殺』しかない」
「え……?」
「正面から『暗殺』するんだよ、卯月。今おめーには誰も注目してない。侮ってんだよ……ただでさえ貧弱な駆逐艦で、武器なんて持ってないって」
「でもそれ……本当だっぴょん」
「そう、『本当』だよな。だから――だがそれがいいんだぜ。本当だから、いい」
目の前、血だらけで笑う天龍の言葉が理解できない。
天龍から近未来的な刀の艤装を預かった卯月は、しばし呆然と天龍を眺めた。
何がおかしいのか細かく笑う天龍の口元から吹き出る血が、彼女が冗談を口にしてはいない――と卯月に告げる。
「オレの刀を貸すし……オレが舞台も整えてやる……」
「……」
「ただし――」と、頭を振って瞳を閉じた。
「やるのはおめーだぜ、卯月。お前が……お前じゃなきゃできない。お前が奴を『暗殺』するんだ」
「……うーちゃんに、そんな事本当にできると思ってるっぴょん?」
「ああ、できるね。今はナリが――心もか?――もガキになっちゃあいるが……おめーは歴戦の駆逐艦、卯月だろ?」
奴に目にものを見せてやれ。
そう笑った天龍は、親指で戦場を指差すのだった――。
卯月という駆逐艦の話だ――。
彼女は睦月型駆逐艦四番艦として生まれたが、後に卯月型一番艦ネームシップに名を変える。
理由は単純。
彼女の姉たちが、戦の中次々に沈没していったから。
だからその等級を、卯月型と変える事になった。
その時卯月は考えた。
――――これからは自分が一番お姉ちゃんだ。だから、死んだ姉たちの分も活躍しなければならない。
その誓いの通り。卯月は確かに活躍した。
上海事変から始まる古参艦として、護衛任務に攻略任務――八面六臂に飛び回ったし、沈んだ船の生存者の救助も行った。
しかし、皮肉ながら。そんな風に活躍する卯月とは対照的に。
今度は、妹たちが敵の刃にかかって命を落としていった。
最後に残ったのは、卯月ともう一隻。
睦月型の最終番艦十二番艦にして、最後の生き残り、夕月。
そんな彼女を最後に――一番下の妹を残して死ぬ。それも、同じ任務の最中に。
或いは姉として妹を守れたらなら良かったろう。若しくは姉たちのように順番に消えていったのなら良かったろう。
だが、卯月は妹たちを失いつつも生き永らえ、そして最後の最後で一番下の妹を遺してしまった。
そんな妹も、翌日に砲撃処分を受けて沈没――――睦月型はそうして全てが海の藻屑となった。
乗組員が思った事は別だろう。
だが、駆逐艦として、船として卯月が感じたのは悔しさである。
いや、駆逐艦という存在に思考や魂があるのかは判らない。
ただ、それを人間の言葉に直すとするなら彼女が死に際に強く望んだのは――『守る事』だった。それが彼女の願いだった。
だからこそ、だからこそ卯月は――。
(うーちゃんが……皆を守る……! やらせない、っぴょん!)
悪魔の化身に等しい深海棲艦に、身一つで正対せんと――黒煙に紛れて接近を図る。
その手に携えたのは、天龍から預かったサイバーめいた片刃の剣。
艦首を模し作られた艤装そのものは、弾薬とは無関係――模擬演習弾に関わらず本物。
即ち、攻撃を打ち込む事が可能であるのだ。
やるのはもう、卯月しかない。
「うわあああああああああああああああ――――――――――――ッ!」
吶喊。
革靴めいた脚部艤装。踏み込むたび、噴き出す海水。
宙に浮いたレ級を背後から捉えんと、迫る卯月の小さな肉体。
映し出されるのは、山城目掛けて突撃するレ級の背中。骨色の、女性の肉体。――されどどことなく人と異なる印象のそれ。
その背中へと。
空中では制御が取れぬそこを目標に。
刀――炎を刀身に映して怪しく光る、その切っ先を突き刺さんと、
「――!?」
瞬間、振り返り、剥き出しにされた牙。レ級の冷笑。
にやけた瞳。
これは、今まさに刺殺されんと――暗殺されようとしているものの眼差しではない。
肩越しに歯を剥いたそいつは、卯月を嘲た。
空中で、放たれる主砲。レ級の三連装砲。
無論の事、狙いなどある筈ない。最早暴挙と呼ぶのもおこがましいほど、空中で爆炎を広げただけ。
しかしながら、戦艦の主砲はその威力と相当するほどの反動を持つ。
人間の仮の身をもつ以前の巨大な船体を、放つ瞬間沈みこませるほど。
必然――レ級は虚空で姿勢を転換し、体勢を変換し、軌道を変化させて卯月の攻撃を躱した。
飛び越えたその先は、山城の背後。
「きゃっ!?」
一閃――尻尾の横薙ぎで跳ね飛ばされる山城の肉体。
目標は――右手一本、刀を構えた卯月。
息を飲んだ。同時に踏み込み。
駆逐艦特有の機敏さで山城を回避――本音を言うなら仲間を受け止めたい――した卯月の。
視界いっぱいを覆っていた山城の躰が外れてからの、その先。
その眼前で、両手を広げるレ級。
掌で暴れ回る小動物を観察するかの如き――嗜虐的で、悦楽的な双眸。
「……っ、うーちゃんを――舐めるなっぴょん!」
奥歯を噛み締め、戦速を最大に。
明らかにレ級は油断している。所詮、取るに足らない駆逐艦だと慢心している。
それこそが、卯月の付け入る隙である。
そう――再度、片手剣での刺突を敢行し、
「あ」
だが悲しきかな、既に防がれた時点で暗殺は暗殺として機能しない。
繰り出した卯月の突きは――「二度は見飽きた」とばかりに、尻尾の頭部によって防がれた。
刀身を蝕む、歯茎。食い縛られた歯に挟まれた、近未来的な片手剣。
そのまま、その頭部の額に位置する三連装砲が照準――剣を握る卯月の頭部に、砲口を突きつけた。
「ッ」
だが、まだ。
尻尾で受け止めていると言う事は――その先にレ級の躰があるという何よりの証左。
熟練者特有の――思考よりも/感情よりも/恐怖よりも尚速く、反射的に卯月は魚雷を発射に掛かった。
しかし――それこそ嘲笑だ。
レ級の尻尾はまさに文字通り、尻尾――つまり体の一部だ。
鋼鉄の船体の、決まりきった動きしか出来ぬ箇所ではない。装置ではない。
容易くその首を傾けて、噛み締めた剣ごと卯月の射線を変更させた。
哀れ――無情にも、レ級の隣を過ぎ去る魚雷筒。
(……うーちゃんは駆逐艦だから、戦艦には敵わない)
暗殺を防がれ、攻撃も逸らされた卯月。
その瞳にあるのは、絶望――――――ではない。
(だったら……自分に出来る事を、やるだけっぴょん……!)
刀を咥えるレ級の攻撃区間、恐竜の頭部――その額に備え付けられた三連装砲が照準。
万力の如く揺るがぬ白歯に受け止められた剣は揺るがぬ。
そのまま、その剣の先の卯月を撃ちぬかんとし――意趣返し。卯月は刀を手放し、射線から逃れた。
着水。
その衝撃で円形に揺らぐ海面を受けつつ、両舷の出力を一杯に――最接近。
唯一の武器すら手放した卯月に何が出来るか。
逃げる事か?
震える事か?
命乞いをする事か?
答えは全て――――――否だ。
闘う事。そして護る事――それこそが、戦闘艦艇として、艦娘として、駆逐艦として為す事。
(うーちゃんは駆逐艦だから、こんな戦艦を倒せる力なんてない……)
右腿と左腿に装着された、魚雷発射装置。三連装の酸素魚雷。
その残り――左手側のそれを引き抜いて、レ級目掛けて投げつける――――即座に。
己の手にした単装砲から轟音。
煙幕の如く、空中で破裂する魚雷。
(でも、時間を稼げば……稼げばきっと……!)
それを尻目に――また魚雷。左手に握りしめて、前進突撃。
撃って通じぬなら、直接叩き付ける――。
模擬演習弾。加えて、相手は戦艦の装甲。
最早当然、貫く事など不可能であるが――――しかし牽制にはなる。
右手の単装砲を発射/発射/発射――牽制。
可能な限りのダブル/トリプルタップで、レ級の顔面に着弾。
「うわあああああああああああ――――――――ッ」
そのままついに接近。
ごくごく至近距離。無論の事、船体下部=船底に叩き付けねば魚雷は意味はない。
このままレ級に叩きつけても、一発での轟沈など不可能。
しかしそれでも、打撃にはなる。何かしらの一撃にはなる。
そうすれば、後につなげる事が叶うと――――疾走する卯月のその、小さな肉体が。
その、余りにも矮躯の、年若い少女の腹部が。
その腹部目掛けて。
「――ぁ」
ここぞとばかりに微笑を浮かべたレ級の表情を、その瞳一杯に映し出して――――卯月の目が見開かれる。
笑い一つ。
レ級の右手が、卯月の腹部を貫通していた。
「う……」
「あ……」
『卯月ィィィィィ――――――――――ッ!』
山城と、大井の叫びが重なる=二人とも重傷/それ以上の損害を負った卯月。
人間としても、船としても致命傷。
その土手っ腹を貫かれて――――生存など時間の問題。
「……け、ない」
だが、卯月は。
腹部を穿孔されてなおも――未だ諦めない。
「うー、ちゃん……負けないっぴょん」
寧ろ目標が固定されたと。これでこそ、己の行動に意味があるのだと。
単装砲を手放して、その右手。己の腹部へと埋まったレ級の腕を押さえて。
その顔面へと――――鼻っ柱へと、左の魚雷を叩き付けた。
ここで、仮に――。
ここで仮に言い表すとしたのならば。この状況を表すとしたのならば、一体何が適当だろうか。
数多の言葉を重ねる事が出来る。幾多の比喩を用意する事が出来る。
しかしきっと適当なのは――――この場合尤も適当なのは。
「そんな……そこまで……して……」
「ねえ……さま……」
端的に言って――――“絶望”。その二文字のみ。
確かに卯月は接近した。接触した。肉薄し、魚雷を叩き込んだ。
その腹部を貫かれてまで、レ級へと一撃を打ち込む事に成功した。
だが――――所詮はただの模擬演習弾だという事か。
それともやはり魚雷というのは、装甲の覆われていない船体下部に撃ちこんでこそ意味があるという事か。
それともレ級の装甲が並はずれて強力なのか。
いずれにしても、卯月の特攻めいた一撃ですらも――――レ級は無傷。
煙が晴れたその先、至近距離の爆発にて己の指先を傷付けた卯月とは全く対照的に。
傷跡一つ、煤一つすらなく――まるで損害がないのだ。
「か……ぁ……」
貫かれた腹部。
裂けるチーズの如き、破断した筋繊維。人差し指にかかる肉の糸。
皮膚を分断し、筋膜を破断し、臓器を撹拌し、脊椎を両断したレ級の右手。
弄ぶようにその五指に付着した卯月の体液を捏ね回し、ついでとばかりに人差し指で機関部の艤装を弾く。
キンッと鳴る音と、その衝撃に呻く卯月が奏でる二重奏。人間楽器。
右腕一本、臓物を揺り動かし潰し抜けたレ級が嗤う。
ぱくぱくと、酸素を求めるのか――それとも苦痛を漏らすのか。喘ぐ卯月。無情にただ開閉する小さな口。
「……ぃ、つ」
卯月の末期の声を――おそらくは真実絶望と恐怖に歪んで放たれるそれを、味わわんと。
喉を喘鳴させて脂汗を浮かべる卯月の肉体を、耳元まで引き寄せるレ級。
山城も大井も、なすすべなく見守るしかない。
これから仲間の一人の尊厳が――――更に損なわれる事を。
「ぁ……ぃ、の……」
ごぷりと、卯月は口から血を吹き出して。
「あい……つの……ちか、ら……なら……」
それでもその譫言めいた呟きに、恐怖はない。
吹き出る血潮と口腔を満たす唾液が交じり合って、口角から泡となって飛沫を撒く。
そんな中でも――――。
それは、単純に為された。
「これ、で…………わら、う……のは……おまえじゃ……な、くて……うー……ちゃん、の方……だ……っぴょん」
祈るように。
嘲るように。
縋るように。
宥めるように。
勝ち誇るように。
「あい、つの……能力……を……いち……ばん……目の当たりにしたのは……うーちゃんだから」
卯月は目に苦痛の涙を浮かべて、しかし何よりも気高い瞳のまま笑う。
レ級の零す醜悪な嘲笑とは、質が違う。
例えそこが暗闇の広野であっても。鉄格子に囲われた泥の中であっても。
星を見て、空を見上げてまた前に進めるからこその人間。
その気高き宝石のような覚悟と意思こそが、人を人足らしめる勇気の讃歌。
「だからきっと……来る、って……きて、くれる…………って、信じてる……っ……ぴょ、ん……」
そして、その言葉の通りに、
「ドラァァァ――――――――ッ!!!」
東方仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】の一撃が、その間に割り込んだ。
空中で、側面から戦艦レ級を殴り付ける。
されど強力な戦艦の装甲を貫く事は、如何な【クレイジー・ダイヤモンド】と言えども不可能。
だとしても、打ち据える拳に籠められた力は、卯月とレ級を引き剥がすには十分過ぎるものだった。
反動を受けた仗助は空中を舞い、腹部を貫かれた卯月を抱えて着水する。盛大に上がる飛沫。
「気合い入ってるじゃねーか、卯月おめーよぉ~」
彼の手に握られたのは、一部が破損した魚雷。缶ジュースほどの直径・ペットボトルほどの長さ。
それを卯月に翳すと共に、彼女の懐から小さな破片が飛び出し合致する。
そう、卯月の放った魚雷は初めからレ級に直撃させる目的ではない。
東方仗助の待つ島に目掛けて撃ち込み――そして彼が修復して、駆け付けてくれる事を期待してのもの。
東方仗助はスタンド使いとは言え生身である。泳いで移動するには距離がありすぎる。
だが――スタンド【クレイジー・ダイヤモンド】の修復する力ならば、艦娘よりも早く到着出来るのだ。
これは、最も近くでその驚異に曝された卯月だからこそ出来る芸当だ。
「うー……ちゃ、ん……信じて、たっ……ぴょん」
「……」
「しれー、かん……優し……い……から、きて……くれ、る……って……」
「……ああ」
「しれい……かん、うーちゃんじゃ……ここ、まで……だから……」
「判ってるぜ。後は任せな」
「あり……が、とう…………これ……は、嘘じゃない……っ……ぴょ……ん」
「静かにしてな」
抱き抱えた卯月の傷を治して、波間に横たえる仗助。
彼の瞳には闘志。
生身である。海上を航行できない。たった今判ったように、戦艦の装甲を貫けない。
それでも彼は、レ級を睨み付けた。視線の先五メートル。
「うちの艦娘に、ズイブンな事をしてくれるじゃねえか……オメーよぉ~~~」
構える【クレイジー・ダイヤモンド】の上半身が波間から浮き上がり、当人は胸まで浸かった東方仗助。
相対するレ級は酷薄な冷笑。
この世全ての希望を嘲り、願望を踏みにじり、勇気を見下すそんな三日月の口許。
事実として、戦艦の主砲一撃で東方仗助は爆散する。
そんな砲塔を稼働し、仗助の頭部に照準。発射と共に、たとえ腕で受け止めようが衝撃で東方仗助は致死する。
それは何よりも雄弁であり、何よりも絶対な真理。天の自明にして、地の理。
だが、
「遅せえッ! ドラァッ!」
振りかぶった【クレイジー・ダイヤモンド】が殴り付けたのは海面。
巻き起こる波が――海上に立つレ級の足場そのものを変質させ、照準が逸れる。
無意味に空を睨む砲口と、吐き出された硝煙を帯びた爆風。
二の拳、【クレイジー・ダイヤモンド】の左が宙を薙ぐ。
途端に巻き起こる――砲身目掛けて逆流する砂の雨。黒い粒。
「火薬と海水を直した――錆び付くんだなッ、塩でも巻き込んでよォォォ――――――ッ」
無論、仮にも海を征く船だ。その程度では錆び付きもしない。
だが、海水に含まれた塩が宙に散り、爆風に混じった硝煙が修復と共に塩を引き込み砲塔にこびりつく。
言わずもがな、発射すれば暴発する。
必然的に、レ級に取れるのは【クレイジー・ダイヤモンド】に対しての近接戦闘――――――――否ッ!
「提督っ!」
傷だらけの大井が叫んだ。
水面からも視認できる白煙の尾を引いた二本の魚雷が、一直線に仗助を目指す。
魚雷に長ける大井だからこそ、その威力の恐ろしさは知っている。
爆発すれば、戦艦ですらただでは済まされない――それが魚雷。一撃必倒の海の長槍。
況してや東方仗助は人間であるため、海では自在に動けず魚雷への唯一の生還法、回避が使えない。
しかし、
「爆発してーッつーんなら、させてやるぜ……それもたっぷり」
【クレイジー・ダイヤモンド】は、敢えて魚雷を殴り付け叩き折った。
へし折れ、飛沫と共に海面を飛び出す魚雷。
衝撃に信管が作動し、爆裂するよりも――しかし早く。
「ただし……てめーんとこで、だけどよぉ――――――」
【クレイジー・ダイヤモンド】により修復された魚雷は、壊され直された勢いのまま真反対に、その主目掛けて殺到する。
己を害さんとする己の武装に、しかしレ級は笑みを零し続ける。
強烈な衝撃と水柱、吹き上がる水煙。
生まれた波に仗助の体が揺り動かされ、その背後の卯月が揺らいだ。
ふと、背後に意識を取られそうになる仗助だが――気は緩めない。未だに、奴の重圧はある。
その凄味を、肌で感じるのだ。
生半可なスタンド使いでは餌にしかならず、東方仗助と【クレイジー・ダイヤモンド】をしても一手間違えれば詰みに追い込まれる強敵だ……と。
そして、水煙の一部が黒ずんだ。浮かび上がる影――敵の接近。
「ドラドラドラァ!」
右の三連打。
確かな手応え。破砕する音と感触――――違うッ!
戦艦の装甲は簡単には砕けない。つまりこれは……。
(――囮だとォ!?)
そして、仗助の目尻――尻尾を振り上げ左から回り込んだレ級。
叩き潰されて無事に済む筈がない。きっと防御の上からでも、骨を破砕するだろう。
何より――今は防御がない。
右の打撃を繰り出した【クレイジー・ダイヤモンド】。仗助の左半身は開いたまま。
レ級は見事に隙をついた。ここから防御に向かおうとも、仗助は間に合わない。そのまま生身に尾撃を浴びて、見事に圧殺されるだろう。
――しかし、空を切るレ級の降り下ろし。
咄嗟に仗助は、破砕した囮を『直して』いた。
レ級に使える囮など、何かを投擲したのでもなければ残るは奴が搭載した航空機のみ。
果たして――仗助の予想は的中した。
再生され、飛翔を再開する航空機をそのまま掴んだ【クレイジー・ダイヤモンド】。見事仗助は、尻尾の殺害範囲を脱していた。
ただし――。
「なんとか……咄嗟に防御だけはしたものの……」
仗助の頬を伝う出血。
空を切るレ級の尾撃は、そのまま海水を打った。だが、そのあまりのパワーに噴き上げられた飛沫が破壊力を持ったのだ。
強力な圧力を用いて水を撃ち出し研磨する機械があるように、レ級の一撃は海水を刃物に変えていた。
何とか無理矢理スタンドで庇ったものの、しかし不意を打たれた形の仗助には初撃の回避が精一杯。
余裕を以て防御とはいかず、防ぎきれぬ海水の刃がその体を苛んだ。
派手に着水。仗助を振り払ったレ級の艦載機が、周囲の旋回体勢に移行した。
「マジにこいつぁ……戦艦ってのはデタラメなパワーだぜ……。当たるかどうかはともかくとしてよぉ~」
至近距離で爆撃を受けたように、激しく上半身から出血する東方仗助。
傷口に染みる海水に顔を歪めつつ、【クレイジー・ダイヤモンド】を保つ仗助。
確かにレ級の破壊力は驚異であるし、そのハングリーさも、強度もすべからく驚異的。
しかしながら、決して【クレイジー・ダイヤモンド】はそれに劣らない。速度なら確実に上。
だが――そこで仗助は驚愕した。
レ級の狙いは、海水を跳ね上げて攻撃する事ではない。
「……おめー」
緊張感がそのまま音となり、文字となり、虚空に貼り付いたかと錯覚するほどの気配。
例えば風呂場の浴槽、湯面に思い切り腕を叩きつければ判るだろうが……腕の力に押しのけられ作られた空間へと、周囲から水が雪崩れ込む。
それと同じように。
レ級の攻撃は、仗助を打ち砕く為ではなく……意識を失い、海面を漂う卯月の体を呼び寄せ引き上げる事が目的。
尾に生えた頭部。その牙が卯月のセーラー服の襟を食み、レ級へと引き寄せる。
手中に堕ちるとは、この事か。
ふにふにと、意識のない卯月の唇を押さえるレ級の人指し指。
弄ぶような蠱惑的な動き。娼婦が誘惑するかの如く、海水に濡れた人指し指を口紅とばかりに撫で付ける。
これは卯月に対する侮辱であり、仗助に対する挑発。
そのまま許すなら、少女に更なる辱しめを与えるであろうと連想させる婀娜っぽい動き。
「動くんじゃあねえッ!」
睨み付ける仗助の烈火の視線も、然れど微風同然だと応じるレ級。
逆に向けたるは嘲笑。
警告するかの如く、二人を囲んでその場を旋回する航空機。意味深にエンジンを空吹かし音を強める。さながら雀蜂の羽音。
そのまま無抵抗となった仗助を撃ち殺さんべく、威圧の飛行を続けた――嘲る瞳。
どちらが優位か判らせようと行われる、示威行為。
「……」
レ級の右手が、卯月の首に滑り込んだ。
愛おしげな、恋人との逢瀬めいた愛撫の動き――――だが実態は人質。
仗助が余計な行動をとれば、その瞬間に卯月の首を掻き切る準備は完了している……と。
「俺の方こそ動くな、って面だよなぁ~……おめーのそれ」
そんな脅迫と、海上を自在に航行出来ない東方仗助。【クレイジー・ダイヤモンド】の射程からも遠い。
大井が静かにレ級の背後に回り込もうとするが、応じて音を強めた艦載機。
敢えての低空飛行で、その脅威を再認識させんと機動を行っていた。大井の舌打ち。
(『イチかバチか』をしようとしたら卯月は確実に殺されるわ……)
唇を噛み締める大井。
このまま仗助が無抵抗なら、喜んでレ級は仗助を殺すだろう。それから大井たちを血祭りに上げる。
ただ、仗助が如何なる抵抗を行ったとしても……きっとレ級は喜んで卯月の身体を盾に使う。
それから攻撃するだろう。或いは卯月の身体を投げ付けたり、囮に使って攻撃するかも知れない。
このまま時間を稼げるならそれがいいが――しかしそれを許すレ級のでもあるまい。
事実、卯月の喉に爪を立てた。
ぷつりと血が、滲む。
「『動くな』」
仗助が、一言呟いた。
静かな――やけに落ち着き払った声。
「いや、まったくほんとーにそんな感じだぜ……なるほどその通りっつーかよぉ~~~~~」
そんな仗助の上を押さえた艦上爆撃機。
彼目掛けて、降下を開始する。加賀が瑞鶴に仕掛けたそれの再現がごとき、急降下爆撃。
背面を向けて大空に腹を晒しての反転。一直線のその動きに、大井は思わず息を飲む。
如何なる東方仗助とその【クレイジー・ダイヤモンド】だとしても、無抵抗で爆撃を受けて無傷に遣り過ごせる筈がない。
跡形もなく吹き飛び、爆風の中で絶命する。それは確実だ。
当の本人は両手をだらりと下げて、海面に突っ込んだまま。恰も、もう応戦をしない――と。
そのまま、だが彼は、
「そして、こんなときに言うのも……なんつー悪いんスけど……山城さん」
チラリと仗助は首を傾け、背後の山城を見た。
煤けた頬。艤装から立ち上る黒煙と、痛々しい裂傷を負った白く極め細やかな肌。
弾け飛んでしまった衣装に代わって、その豊満な胸元を腕に隠す。
首を傾けながら振り返る仗助は、飄々と続けた。
「言いましたよね、あんたが壊れたら……『百篇でも二百篇でも直す』って」
「はい。……信じてたわ。信じて、ました……!」
だから山城は、前方に出て戦った。
東方仗助の【クレイジー・ダイヤモンド】なら直してくれると――。
きっと彼なら山城を直してくれると信じていたから――だなら彼女は踏み留まって敵と相対した。
そして、
「確かに弾ばっかりは演習用だけどよォ――――」
波間から上体を浮かべる仗助と、逞しい【クレイジー・ダイヤモンド】のヴィジョン。
歪めた目許で彼目掛けて照準する戦艦レ級を前に、不敵を崩さぬ東方仗助。
その右手が、海面に引き上げられる。飛沫の尾を引いて、深海棲艦を照準する右手人差し指。
「キッチリてめーをブチ壊すためには……それでも何にも問題はねーよなぁ~~~~~~~~」
その指が握り込まれた。
ぐっ、と力を籠めて生まれた握り拳が引き絞られる。
それと共に、深海棲艦の体が浮き上がった。卯月の喉から手が離れる。
仗助目掛けて、迫り来るその肉体。
仗助は警告を破った。不動を強要するレ級の要求を蹴り飛ばし、右手を持ち上げたのだ。
静止状態からの急加速には、誰もが瞠目するだろう。
「同じく戦艦の装甲なら……それも【クレイジー・ダイヤモンド】の力で、『戻ろうとし続ける』装甲ならよォォォ――――――――ッ」
しかし――違う。
驚愕に目を見開いたのはレ級であり、東方仗助は塩水に濡れた髪を掻き上げただけ。
それもそうだろう。
まさに仗助の言葉通り、卯月の魚雷にて戦闘海域を目指す彼は――既に触れていたのだ。
砕け散った、山城の装甲に。
またしても言葉通りに。彼女自身がそう告げたように、山城は仗助を信じた。
仗助がきっと山城の装甲を直してくれると信じて、その装甲が砕け散った場所と己を結ぶ直線に深海棲艦が割り入るように――。
二度目撃した【クレイジー・ダイヤモンド】の能力を信頼して、そこ射線に深海棲艦が含まれるように立ち回った。
この作戦は、誰が欠けても立ち居かない。
「殺させない……提督を、絶対に……!」
山城が、壊れかけの砲身を照準。艤装で巻き起こる爆発。
しかし代わりに吐き出される対空散弾が、爆撃を行わんとする敵爆撃機をその破片で飲み込んだ。
同時――。
「提督!」
レ級の後方。
大井の叫びと共に放たれる、酸素魚雷。
意識を喪った卯月を確保。その艤装を外部から稼働させ発射させたのだ。
勿論、模擬演習弾。直接的に深海棲艦を破壊するほどの力はないが――
「グレートっスよ、大井さん」
しかし不意に山城の装甲の破片を受けつつ、何とか体勢を立て直し、尚も踏み留まろうとするレ級を押し出すには十分。
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