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    元スレ和「フランスより」咲「愛をこめて」

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    みんなの評価 : ★★★
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    202 :

    待ってます

    203 :

    お前色んな咲の出てくる百合スレで待ってる待ってるって定期的に書き込んでるけど
    そんなレスするぐらいならどこがよかったとか面白かったとかの感想書いてやれよ
    保守のつもりなら速報では1ヶ月以内に一度レスが付けば必要ない

    204 :

    横からですまんが確かにそう思ったので言いたいこと書く

    >>1 咲のど、いやのど咲か、書いてくれてありがとう 本当に感謝してる
    最近はこの2人の二次作品がめっぽう減ってきてるから現在進行形で更新してくれてるとかまじですばら
    一ファンとして尊敬してる。こんくらいすごい文書くの時間かかるのわかるからマイペースでがんばってほしい
    あと完結した暁には印刷して毎日枕の下に敷いて寝たいと思ってる…ダメなら言ってください…こんな夢を見たいんだ…

    205 :

    お待たせしました。
    少ししか書き溜めできてませんが投下します。

    206 = 1 :

    翌日は早朝から貴子との仕事が入っていた。

    取材の最終日とあって予想外に忙しくなる。

    本来は夕暮れまでには全ての予定を消化して、

    夜にはみんなで打ち上げをすることになっていた。

    ところが昼過ぎに訪れたギャラリーでちょっとしたトラブルに巻き込まれてしまった。

    おかげでスケジュールが次々と狂いだし、

    最後の取材を終えた時には深夜に近い時間帯となってしまった。

    当然、全員がクタクタに疲れきっている。

    リーダー「これじゃあ、とても打ち上げというわけにはいかないねぇ」

    シンガポール・チームのリーダーが力なく笑いかけてきた。

    咲も同じように情けない笑みを返す。

    リーダー「ねぇ、咲。ちょっと提案なんだけれど」

    「なんでしょう?」

    リーダー「もし君と貴子の都合がよければ、明日打ち上げをしないか?」

    その言葉に他のスタッフたちも顔を明るくして頷いた。

    207 = 1 :

    リーダー「君たちには本当に感謝しているし、こういう終わり方も何だか味気ないじゃないか」

    リーダー「是非ともこれまでのお礼にご馳走させてくれよ」

    「えぇっと……」

    好意は嬉しいが、自分で判断は出来ない。

    咲は目下の上司である貴子を頼った。

    「なんか、そういう申し出をいただいたんですけど……」

    貴子「ありがたいことじゃないか。夕方なら私は都合がいいけど、咲は?」

    「私も大丈夫です」

    咲の場合、元々予定なんてあってないようなものだ。

    貴子「それじゃあ、お言葉に甘えることにしようか」

    貴子の返事を伝えると、シンガポール・チームが破願する。

    それが、くすぐったくも嬉しかった。

    ■  ■  ■

    208 = 1 :

    「あー、疲れたぁ……」

    ホテルに戻った頃には日付を越えてしまっていた。

    体は疲労で重く、階段を登るのもやっとだ。

    「オツカレサマ」というカルロの言葉にも、生返事しかできなかった。

    「し、死ぬぅ……」

    ドサリと乱暴に身体をベッドの上に投げ出す。

    本来ならせめて着替えだけでもすべきだろうが、とてもそんな気力はない。

    シャワーを浴びるなどもっての他だった。


    (そういえば、今日は和ちゃんに会えなかったな……)

    昨日は一応顔をあわせたとはいえ、朝の慌しい中だ。

    実質ここ二日ほど和とまともに言葉も交わしていない。

    それまでは、何かと都合をつけて彼女の働く洋菓子店に出向いていたのに。

    思えば再会してからほとんど毎日のように和と会っていた。

    それがたった数日会わないだけで、なんだか随分彼女が遠くなってしまった気がする。

    209 = 1 :

    (でも、今はこれで良かったのかも)

    何せ、しばらくはまともな顔を和に見せられそうにもない。

    あのパーティの夜に加え、憧と話したことで六年前の件もすっかり思い出してしまった。

    とても和の前で平静を装う自信などなかった。

    それに暫くは独りで考える時間が必要だと思った。

    咲は今、六年前からなおざりにしてきた和との関係に名前と定義をつけねばならない。


    (私は和ちゃんのことをどう思っているのか、……かぁ)


    昨日憧に問われたことが咲の脳裏に蘇る。

    友達かと言われれば、迷うことなく頷くだろう。

    疎遠にしていた六年は決して短い時間ではないし、最後はひどい有様だった。

    けれども和や他の仲間たちと過ごした日々は咲の宝物だ。

    自ら縁を断ち切ったとしても、その気持ちが褪せることはない。

    そうでなかったら、どうしてあの再会の夜に和の手を取っただろうか。

    210 = 1 :

    (でも……『特別』とは違うのかな)

    憧が考えている「特別」とは――「恋仲」だ。

    「うーん……」

    考えつつ、ゴロリと寝返りをうった。

    六年前ならまだ可能性はあったかもしれない。

    二人の仲は確かに他の友人より突き抜けたものだった。

    何かの折に言葉でももらっていれば――きっと、今こんなに悩まずに済んでいたのだろう。

    けれどもその前に和との縁が切れてしまった。

    咲の脳裏に、六年前と先日に見た和の苦い顔が重なる。

    あの大会の日、和の自尊心を傷つけてしまったことが深く胸に突き刺さる。

    和はおそらくあの日の自分の行為を今だ許してはいないだろう。

    だから、うぬぼれてはいけない。

    いくら和が昔のように接してくれたとしても、彼女の憤りは消えてないのだ。


    「それなのに、あんなに優しく抱くから……」

    これでは咲だってそのうち憧たちのような勘違いをしてしまうかも知れない。

    「和ちゃんの、バカ」

    自分でも理不尽だと思う呟きを最後に、咲はとうとう眠りの底へと沈んでいった。


    ■  ■  ■


    211 = 1 :

    今回はここまでです。

    >>203
    レスは乙だけでも凄く嬉しいのでお気遣いなく。

    >>204
    丁寧な感想ありがとうございます。
    頑張って完結させますので、その時はこんな駄文で宜しければぜひ枕の下に敷いてやって下さい。

    212 :

    乙です
    パリが舞台ってのがお洒落な感じで良いね

    213 :

    おつおつ

    214 :

    ところでエロシーンはカットしたままですか

    215 :

    待ってた

    216 :

    続き楽しみにしてる

    219 :

    その日の午前中は、観光には行かずにホテルで過ごした。

    近所のスーパーでデリを買い込み、先日手に入れた写真集を眺める――いつか立てた予定の通りだ。

    意外と疲労が残っていたこともあって、我ながらよい判断だと咲は思う。

    和の元へは行かなかった。

    恥ずかしい想い出に加えて、昨日から妙に彼女に対しては悲観的になっている。

    一日たてば落ち着くかと思ったが、やはりまともな顔で和に会うことはできないと思った。


    「さて、と……」

    シンガポール・チームとの打ち上げは、夜の七時からである。

    場所は明華が勤めるレストランだった。

    軽く身支度を整えた咲は、多少迷いながらも無事入り口にまでたどり着く。

    明華「咲さん!」

    相変わらず趣のある店の前で、明華が迎えてくれた。

    クライアントと貴子はすでに到着しているとのことで、咲の案内を引き受けてくれたのである。

    「こんばんは、明華さん。またお邪魔できて嬉しいです」

    明華「夜は昼とまた違いますからね。今度はデザートまでしっかり食べてくださいね」

    「が、頑張ります」


    通されたのは一番奥の大きなテーブルだった。

    この一角はパーテーションで区切られていて、ちょっとした個室のように設えてある。

    そこには明華の言葉どおり咲以外のメンバーが勢揃いしていた。

    「すみません、お待たせしてしまって……」

    リーダー「いや、こちらが早く着きすぎたんだ。貴子のお勧めのお店だろう。もう楽しみで楽しみで……」

    そう答えるクライアントは今にも舌なめずりしそうな勢いである。

    220 = 1 :

    乾杯は、辛口のシャンパンから始まった。

    前菜はパリ名物のエスカルゴに店の名物である野菜のココットである。

    素材の持ち味を活かした料理は、相変わらず咲たち東洋人の舌に馴染んだ。


    リーダー「さぁ、咲。遠慮なく呑んで!」

    シンガポール・チームのリーダーは、華僑ということで大層な呑ませ上手である。

    グラスが空きそうになると絶妙なタイミングで勧めてくるので、咲もついつい杯を重ねてしまった。

    食事をしながらとはいえ、あっという間に酔いが回ってくる。

    様々な言葉のごった煮が飛び交う様は、聞いているこちらも楽しかった。


    リーダー「そういえば、咲は観光で来ていたんだって?」

    リーダーにそう水を向けられたのは、メインの一品目が来た頃だった。

    熱々の鴨肉のローストに舌鼓を打っていると、目の前の赤ら顔がニコニコと笑ってこちらを見ている。

    「はい。縁あって旅行券と休暇を貰ったので……」

    リーダー「それはラッキーだったね。じゃあ、帰ったらまた仕事に戻るのかい?」

    「それは……」

    正直、咲は迷っていた。

    和や貴子たちのおかげで今回の旅は予想以上に楽しいものである。

    日本であれだけ磨耗していた心も随分癒されたように思えた。

    221 = 1 :

    まだ筆を取るに至ってはいないが、「旅の記憶を忘れないうちに」という欲は沸いている。

    けれども前の仕事に戻れるかというと――途端に何も考えられなくなった。

    急に始まった咲の沈黙をどう捉えたのだろうか。

    リーダーはふっと真面目な顔になって、ゆっくりと話し出す。

    リーダー「君にはあくまで通訳として仕事してもらったけれども、私は君の作る言葉が好きだよ」

    「……」

    リーダー「とてもわかりやすかった。言葉をただ置き換えるのではなく、その背景や周囲にまで気を配って訳してくれたね」

    「ありがとう、ございます……」

    彼の言葉は嬉しかったが、同時に戸惑いもした。

    通訳についての謝辞は折に触れて伝えてもらっていて、正直これ以上は自分には過ぎているように思う。

    しかしリーダーの目はひたすら真っ直ぐに咲を見つめるのみだ。

    リーダー「ライターとしての君の仕事は見ていないけど、あれだけ言葉を大事にしているんだ。きっと素晴らしいものだと確信してる」

    リーダー「これまでもこれからも、困難はたくさんあると思う。けれど自信と誇りを持って仕事を頑張ってほしい」

    それは、間違いなく励ましの言葉だった。

    咲の仕事への迷いなどを、この経験豊かな男性は感じ取っていたのだろう。

    だから「胸をはれ」と。

    そうやって堂々と仕事に取り組みなさい――そう言ってくれたのだ。

    「……はい。ありがとうございます」

    222 = 1 :

    感謝の言葉を呟くと同時に、心の中に靄がかかったような気になる。

    (仕事に誇り、か……)

    リーダー「咲?どうしたんだ、顔色が悪いけれど」

    「あ……えっと、少し酔ってしまったみたいです」

    リーダー「そうなのか。大丈夫かい?」

    「はい。ちょっと表の風に当たって酔いを醒ましてきますね」

    リーダー「一緒に着いていこうか?」

    「いえ、一人で大丈夫ですから」

    リーダーの気遣いに微笑みながら、咲は出口へと向かっていった。



    夜のパリをひとり歩き出す。

    無心になって歩いていたところで、はっと我に返り歩みを止める。

    気づいたら見知らぬ街角にいた。

    昼間とは違って灯りも少なく薄暗い中では通り名を確認することもままならない。

    「しまった……、これじゃ明華さんのお店が分からないよ……」

    有り金を置いてきてしまったので、タクシーに乗ることも出来ない。

    運の悪いことに携帯電話の電池も切れていた。

    223 = 1 :

    (せめて通り名だけ分かればいいんだけど……)

    看板を見落とさぬようにゆっくりと歩いていれば、ようやく一つに出会えた。

    心もとない外灯の下で地図と照らし合わせると、バスティーユとの境目にいるらしい。

    (よかった。これなら何とか歩いて帰れそう)

    方向と道筋をしっかり確認すると、咲は再び歩き始めた。

    (早く戻らないと、皆さんが心配しちゃうかな……)

    焦る心の中、ふと和の顔が頭に浮かんだ。

    (和ちゃんか……)

    彼女との関係は、まだ自分の中でケリがついていない。

    この旅行が終わるまでにはどうにかなっているのだろうか。


    そんなことをつらつらと考えている時だった。

    ――ドンッ

    「わっ」

    ふいに咲は誰かとぶつかった。

    考え事が祟って、路地から出てくる人影に気がつけなかったのだ。

    「エクスキューズ・モワ……」

    片言のフランス語で謝って、咲はすぐにその場を離れるつもりだった。

    「咲?」

    それなのに、相手は急に咲の腕を掴んできた。

    224 = 1 :

    「咲…そうだわ、やっぱり咲じゃない!」

    相手は、はしゃいだ様子で英語をまくしたてる。

    その声に咲はかすかに聞き覚えがあった。

    「…エマ?」

    エマ「覚えていてくれたのね!」

    それは初日にカフェで出会ったフランス人の女性だったのだ。

    彼女もどこかで呑んだ帰りなのか、吐息からはアルコールの臭いが漂ってくる。

    エマ「あれからずっと心配していたのよ……あの桃色の髪の女は?」

    「今はひとりです。これからホテルに帰るところで……あの、離してください」

    エマ「そう、ひとりなの」

    咲の願いとは反対にエマは決して手を離そうとはしなかった。

    それどころかぐいぐいと咲を自分の元へと寄せようとする。

    エマ「咲……二度も会うなんて、私たちはやっぱり運命なのよ!」

    「やめてくださいっ」

    抵抗をしたくても酔った身体は思うように力が入らない。

    あっという間にエマに抱きこまれ、気がつけば彼女の顔が間近にあった。

    225 = 1 :

    エマ「咲……」

    「や、やめ……っ」


    「Arretez!!」


    路地に突然の怒声が響く。

    いつの間にか咲の前に見知った背中が立ちふさがっていた。

    いつかを髣髴とさせる和の登場に、エマの顔が夜目にも真っ青になっていくのがわかった。

    そのまま彼女は咲には一瞥もせずに逃げ出していく。

    「咲さん」

    その姿を呆然と見ていた咲は、恐ろしく低い声に呼ばれておずおずと振り返った。

    「和ちゃ……」

    ――パンッ!

    彼女の目をまともに見る前に、頬が急に熱くなった。

    平手を打たれたと気づいたのは、しばらくしてヒリヒリと痛み始めてからだ。

    226 = 1 :

    「何やってるんですかっ!」

    頬を押さえている咲を、和は容赦なく怒鳴りつける。

    「勝手に街へ飛び出してこんなところまで…前に危ないって言ったでしょう!何考えてるんですかっ」

    「あ……」

    ようやく自分の愚考を叱られているのだと気づいて、咲の目に涙が滲みはじめる。

    「……」

    それを見て和がぐっと息を呑んだ。

    無言で咲を胸に抱き寄せると、そのままどこかへ電話をかける。

    「もしもし、明華さんですか?咲さんを見つけました。ブレゲ=サバンの方まで行ってて……」

    「はい、無事です。変な輩に絡まれてまして…まだ少し取り乱しているみたいですし、このまま私が引き取ります」
     
    話し終えると、和の掌が咲の頭を優しく撫でた。

    「というわけで、今夜は私のところに来てもらいます」

    「落ち着きました?」と尋ねられ、返事の代わりにぎゅっと抱きつく。

    安堵か呆れか判別できない甘いため息が、和からこぼれおちた。


    ■  ■  ■

    227 = 1 :

    今回はここまでです。

    228 :

    咲さんスキありすぎぃ!

    229 :

    おつ

    232 :

    咲さんにはレズを引き寄せるフェロモンでもあるのだろうか

    233 :

    続き楽しみにしてます

    234 :

    やっと追いついた

    235 :

    ヨーロッパじゃ咲みたいな性格は少なそうだしなぁ

    236 :

    さり気無くテイクアウトされてるんですが、それは

    237 :

    そろそろ来ないかなー

    238 :

    「適当に座っていてください」

    二回目の訪問となる和の部屋は、記憶よりも随分と散らかっていた。

    特にテーブルの上が酷い。

    粉や何かの液体で汚れ、ボールや木ベラなどが散乱している。

    「お菓子作ってたの?」

    「はい。……憧に聞いたんでしょう?」

    「卒業試験」のことを言っているのだとわかり、咲はこくりと頷いた。

    (こんなに遅くまで……頑張ってるんだね)

    改めて見れば、ただのお菓子作りではなく試作品を手がけているのがわかった。

    粉まみれのデザイン画が何枚か落ちていたからだ。

    「とりあえず、これでも飲んでください」

    そう言って和から手渡されたのはマグカップに入っているショコラだった。

    暖かい湯気と共に、ほんのりチョコレートとは違う甘い香りがたっている。

    何かのリキュールが入っているらしい。

    そっと一口すすれば、体の芯がポカポカと温まるのがわかった。

    「先ほど貴子さんから連絡がありました」

    咲が座っているソファの向かいに腰掛けた和が、咲と同じようにショコラを口にする。

    「なかなか戻ってこないから心配したって」

    「そっか……貴子さんには今度お詫びに行かないと」

    239 = 1 :

    「私も…明華さんから咲さんが戻ってこないと連絡が来た時、どうしようかと思いました」

    「あ……」

    「見つけられて、よかったです」

    「……うん。ありがとう和ちゃん」

    「……」

    「……」

    甘く穏やかな沈黙だった。

    ショコラの温かさもあって、咲はついうとうとしそうになる。

    「あの……日本で、何かあったんですか?」

    彼女にしてはおずおずと切り出された問いは、咲の胸に突き刺さる。

    そんな咲の気持ちを読み取ったのだろうか。

    和が困ったように顔を歪めた。

    「貴子さんが、咲さんは何やら仕事の事で悩んでいるようだと言ってましたので」

    「それは……」

    「……」

    「……大したことじゃないよ」

    ようやく口に出来たのは、そんな逃げだった。

    けれども和は逃してくれなかった。

    「大したことなくても私は知りたいです」

    そう囁きながら、和の柔らかな指が咲の口元に触れた。

    240 = 1 :

    「知りたいです。咲さんのことなら何だって……私が知らないことを、全部」

    その目はただひたすらに真っ直ぐ咲を見つめている。

    (あぁ、もう……駄目だ)

    その感覚は、あまりに唐突にすとんと咲の中に落ちてきた。

    こんな目で見つめられたらもう自分をごまかすことは出来ない。

    何か口にしようとすれば、あの散らかったテーブルが見える。

    ここまで自分の仕事に真摯な和に、咲の現状はどのように映るだろうか。

    それがとても怖かった。

    (きっと幻滅される。『また逃げ出したのか』って)

    握り締めた手に爪がちりちりと突き刺さる。

    (もう、友達とも呼んでくれないかもしれない)

    ギュッと固く目を瞑る。

    (でも今更それが何だっていうの……!)

    最後の決心をつけるために、咲は大きく息を吸った。


    「……私は、ゴーストライターをしていたの……」



    241 = 1 :



    「……そうですか」

    長いようで短い咲の話が終わった時、和はただ一言そう呟いた。

    (まぁ、そうとしか言い様がないし)

    改めて口にすると無様なこれまでに咲だって辟易しているのだ。

    「呆れちゃうよね」

    ぼそりと漏らした言葉に、和のこめかみがひくりと動く。

    「中々実現しない作家の夢を諦めて手に入れた仕事のはずなのに……誇りも何も持てなくて」

    「……」

    「最初は割り切っていたつもりだったの。正規のライターだって名前が載るのはそう多くはないし」

    「好きな文章書いてお金がもらえるなら……って。でも、やっぱり駄目だった」

    「……」

    「私の書いた本が別の人の名前で紹介されているのを見て、本当に腹がたって」

    あの時のどうしようもない屈辱感を思い出し、咲はギュッと拳を握る。

    「その内どんどん文を書くことが苦行になっていって……決定打は、最後に手がけたエッセイだった」

    「海外でモデルとして活躍している人で。書きたいことを箇条書きにしてもらうだけで、あとは全部私が書いたんだけど」

    気がつくと咲の手は力の込めすぎで青くなりかけていた。

    「すごく、自信を持って仕事に取り組んでいた人なの」

    「思っていた以上に困難を歩んでいたらしいけど、卑屈じゃなくて。それこそ自分の全てに誇りをもっているような人で……」

    喉奥から、言葉の代わりに嗚咽があふれそうになる。

    それを咲は必死に堪えていた。

    242 = 1 :

    「その人に比べたら、自分は一体……一度そう考え出したら、もう何も書けなく、なって」

    いつの間にか溜まっていた涙が、咲の意志を無視してぽたりと零れ落ちる。

    「その人のエッセイは、根性で書き上げたんだけど、あとは……もう、何も」

    「……」

    「パリに来ても、周りはみんな仕事に一生懸命な人ばかりで……」

    「貴子さんもシンガポールの人たちも、和ちゃんやお店の人たちだって、誰もがみんな輝いていて」

    咲の脳裏には、この数日間のことが目まぐるしく蘇っていた。

    異国の地で、それぞれの人生を堂々と歩んでいる人たち。

    「皆に比べたら、自分は本当に情けないなって……ここへ来て、ずっとそう思ってた」

    シンガポールのリーダーから語られた「自分」は、ある意味咲が理想としていた姿で――

    だからこそ現実との差を叩きつけられた気がしたのだ。

    和は相変わらず何も言わなかった。

    ただじっと咲を見つめている。

    その視線が心に痛かった。

    「呆れたでしょ」

    咲にとって、和もまた輝いている一人だった。

    確かに今は大きな壁にぶつかっているかもしれない。

    けれども彼女が真剣に菓子作りに取り組んでいることは、あの汚れたテーブルを見ればわかる。

    243 = 1 :

    和は昔からそうだった。

    何事にも決して手を抜いたり妥協したりすることはなかった。

    それに比べ――。

    「私は逃げてばかりで……麻雀からも、仕事からも。高校の時から何も変わってない……」

    「……それを言うなら私もですよ」

    ようやく吐き出された和の声は、どこか苦いものが混ざっていた。

    「私だって、いつも逃げてばっかりです」

    「でも、和ちゃんは今だってこうやって……」

    咲は思わずあのテーブルを指差した。

    けれども和は首を横に振った。

    「あれだって、結局逃げでしかないんです……一人前になりたくて、やってるわけじゃないですから」

    「え……?」

    「ただ、日本に帰る言い訳が欲しかっただけです」

    そう言い捨てた和の顔がぐしゃりと歪んだ。

    「それに、私は咲さんにも麻雀部の皆にも嫌な思いをさせてしまいましたから」

    244 = 1 :

    転校の話を咲たちに黙っていたこと。

    それが元で皆との絆を壊してしまったこと。

    「ずっと悩んでいたんです。高校を卒業しても、ずっとその事が頭から離れませんでした」

    「……」

    やがて大学に入学し、将来を考えはじめた時。

    これまでやってきた独りよがりな麻雀ではなく、何か人の役に立つような仕事に就きたい。

    多くの人を笑顔にするような、そんな仕事。

    「パティシエの道を歩もうと思ったのは、その時からです。……でも……」


    単身パリに来てみて思い知らされたこと。

    テレビで見るほど綺麗じゃないし、食べ物だって外れもある。

    言葉だって難しい。

    極めつけが人間関係。

    「個人主義の国だからあまり干渉はされないものだと思っていたんですが、働いてみれば色々スタッフが煩いですし」

    とつとつと語られる和の本音は、咲には全く予想外のことで。

    咲はただ言葉もなく和の話に聞き入っていた。

    245 = 1 :

    「私も咲さんみたいに全部嫌になった時がありました。そういう時に……咲さんの顔を思い出して」

    「私……?」

    「そうしたら、酷く咲さんに会いたくなっしまって」

    「……」

    「でも、こんな私でなくちゃんと成長した姿で咲さんに会いたい。そう思って仕事も真面目に取り組みました」

    相変わらず眉間には皺を寄せたまま、和がうっすらと笑う。

    「で、卒業試験を受けて……本当はすぐにでも合格して日本に帰って咲さんに会いたかったんですけど、このザマです」

    「……そこまでして、私なんかに……」

    「どうして」という言葉が、自然に乾いた喉から漏れでてくる。

    「それは、」

    咲の吐息のようなかすかな声を、和は拾い上げてしまったようだった。

    「咲さんことが好きだから」

    「え……」

    「やっぱり、分かってませんでしたね」

    またも驚きで目を見張る咲に、和は「鈍感」と告げた。

    「高校の時からずっと好きでした。咲さんのことだけ見てました」

    「え……と、それは友人としてじゃなく……?」

    「恋愛対象として、です」

    246 = 1 :

    今回はここまでです。

    247 :

    乙 待ってた!

    249 :

    なんかこう、胸にきた

    250 = 1 :

    「私も咲さんみたいに全部嫌になった時がありました。そういう時に……咲さんの顔を思い出して」

    「私……?」

    「そうしたら、酷く咲さんに会いたくなっしまって」

    「……」

    「でも、こんな私でなくちゃんと成長した姿で咲さんに会いたい。そう思って仕事も真面目に取り組みました」

    相変わらず眉間には皺を寄せたまま、和がうっすらと笑う。

    「で、卒業試験を受けて……本当はすぐにでも合格して日本に帰って咲さんに会いたかったんですけど、このザマです」

    「……そこまでして、私なんかに……」

    「どうして」という言葉が、自然に乾いた喉から漏れでてくる。

    「それは、」

    咲の吐息のようなかすかな声を、和は拾い上げてしまったようだった。

    「咲さんのことが好きだから」

    「え……」

    「やっぱり、分かってませんでしたね」

    またも驚きで目を見張る咲に、和は「鈍感」と告げた。

    「高校の時からずっと好きでした。咲さんのことだけ見てました」

    「え……と、それは友人としてじゃなく……?」

    「恋愛対象として、です」


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