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    元スレ和「フランスより」咲「愛をこめて」

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    101 :

    >>100
    社会のルールを知らないニートに言われてもね……^^;

    102 :

    >>100
    百合豚ってなんなんですか?
    教えて下さい。

    103 :

    期待してます

    104 :

    待ってるよー

    105 :

    翌朝の目覚めは、すっきりとしたものだった。

    「うーん……」

    程よい弾力のベッドの上で咲は大きく伸びをする。

    天井まである細長い窓からは柔らかな日の光が差し込んでいた。

    噂どおり、パリはまだまだ寒い。

    しかしこうして見る日差しは明らかに春の色だった。

    「オハヨウ!」

    身支度を整えて地下の食堂まで降りると、陽気な白人男性が片言の日本語で出迎えてくれた。

    彼がこのプチホテルの管理人兼マダム・ミチコの夫である。名をカルロといった。

    カルロ「オレの爺さんはミラノからこの国にやってきたんだ。それからはずっと家族でこのホテルを切り盛りしてきたのさ」

    アメリカほどではないがフランスもまた移民の国である。

    ただし彼らの立場は決して楽なものではない。

    自国民の利益を第一に守るため、法律や社会慣習に厳しいものがあるのだ。

    ミチコ夫人と結婚するにいたったのは、そういった「どうしようもない移民の哀愁」をお互いに共有できたからだという。

    望んでこの国にやってきたけれども、その全ての苦労に納得できるわけではない。

    そんなやりきれない気持ちを抱え、この夫婦はパリを乗り越えて――やがて二人には共通の夢のようなものが出来た。

    カルロ「何でもしてやれるわけじゃない。けどこの街にやってきた『余所者』達のちょっとした駆け込み寺になれないかなってさ」

    パリで生活するには住む場所を決めるのが全ての基点である。

    ところが東京以上に深刻な住宅不足に陥っているパリで、外国人がアパルトマンを借りるのは容易ではない。

    1ヶ月以上かかることも普通にあるらしい。

    106 = 1 :

    カルロ「だからといってホテル暮らしじゃ金もすぐに尽きるしな」

    カルロ「それなら部屋探しが終わるまで、うちの空いている部屋を格安で使ってもらうのはどうだろう…って」

    カルロ「そうミチコが言い出したんだよ」

    「それが、あの屋根裏部屋ですか?」

    カルロ「あぁ。旅行客に使ってもらうには不便すぎるだろ?昔からあんまり人気もなくて、もてあましていてね…」

    カルロ「まぁ、お互いにメリットがある名案だったてことさ」

    最初の駆け込み客はミチコを頼ってやってきた年下の従妹だった。

    それ以来、二人の親戚や友人の紹介を持って様々な人々があの屋根裏部屋の世話になってきた。

    カルロ「もちろん和もだよ」

    「そうなんですか」

    朝食を準備しながらカルロの口はポンポンと調子よく開く。

    それに相槌を打っているうちに、咲の目の前には様々な皿が並んだ。

    焼きたてのクロワッサンにハムとチーズ、それにオレンジジュースのグラスである。

    仕上げに「コーヒーと紅茶、どっちにするかい?」と訊かれ、少し悩んだあとに紅茶を選んだ。

    カルロ「Bonappetit!これがパリジャンの朝ごはんだ」

    カルロ自慢のクロワッサンは日本では見たことがないくらい大きなものだった。

    口に含めばすぐにぱりぱりと音をたてて皮が崩れ、バターの香ばしく甘い香りが咥内いっぱいに広がる。

    量は決して多いとは言えないが、少食の咲にとっては充分だった。

    それどころか朝からチーズなんて食べられるか心配していたくらいである。

    ところが、しっかり肉の味のするハムとの相性が抜群で、平らげるのに何も苦労はいらなかった。

    107 = 1 :

    ひとしきり口が落ち着いたところでオレンジジュースのグラスを取った。

    爽やかな酸味が喉に嬉しい。絞りたてのジュースならではの風味である。

    「ご馳走様でした。美味しかったです」

    食後の紅茶をちまちまと飲みながら、咲は辺りをそっと見渡した。

    地下といえどもここは正確には半地下というべき場所だった。

    たった三段の階段があり、その先はフロントとロビーになっていた。

    一応食堂と名乗ってはいるものの、このスペースにテーブルは咲が座っているものも含めて三つしかない。

    昨日は色々とありすぎてちゃんと把握できていなかったが、

    どうやらこのホテルはうなぎの寝床のような形になっているらしい。

    間口が狭く、奥にぐんと細長く広がっている。

    日本では京都などの古都でよく見られる形だ。

    日本だと税金対策であのような形が流行ったと聞くが、はたしてパリの場合はどうなのだろう。

    そんなことをつらつらと考えていると、フロントの方から軽い靴音が聞こえた。

    待機してたらしいミチコさんが「Bonjour!」と誰かに呼びかけている。

    それにぼそりと「Bonjour」と返す声に、咲はもちろん聞き覚えがあった。

    「和ちゃん、おはよう」

    「おはようございます、咲さん」

    食堂に入ってきた和が咲に向かって歩いてきた。

    「和ちゃん、今日はよろしくお願いします」

    咲はぺこりと頭を下げた。

    今日は和をガイドにパリを観光する予定なのである。

    「はい。朝食を終えたのなら早速行きましょうか」

    108 = 1 :

    ホテルを出てすぐに和は大通りを下りはじめた。

    昨日歩いた大通りと同じように、こちらの通りにも石造りのビルが延々と並んでいる。

    やはり内装は自由なのか、それぞれの店にあわせた看板やショーウィンドウが目に楽しかった。

    「そうそう、あのスーパーは覚えておくといいですよ」

    そう言って和が指差したのは、白地に濃いピンク色のサインが印象的な店舗だった。

    「割と遅くまでやっていますし、何よりデリが美味しいんです」

    「デリ……お惣菜とかお弁当だっけ?」

    「はい。私はクスクスとか好きです。食べたことありますか?」

    和のいう料理名に心当たりはなかった。

    聞けばアフリカ伝来のパスタのようなもので、カレーライスのような料理として食べるらしい。

    「アフリカかぁ……今まで全く知らなかったよ」

    「私もこちらにきて初めて食べました。最初は変な味だと思いましたけど、慣れると意外とクセになるんです」

    「クスクス以外にもあるの?」

    「お菓子もありますよ。凄い色をしてます。この近くに店があるから後で行ってみますか?」

    その誘いに咲は勢いよく頷いた。

    「アフリカ以外にも、日本で見たことのなかった料理が沢山ありました……ギリシャとかレバノンとか」

    「なんか、すごいなぁ……」

    咲ほぅと感嘆の吐息を漏らす。

    列挙される異国の名前は、それだけでパリが移民の街であることも教えてくれた。

    今朝方聞いたばかりのカルロの話が現実のものとしてまた咲の身に染みていく。

    109 = 1 :

    「ところで、パリのどんなところが見たいんですか?」

    そう尋ねられたのは、大きな交差点に差し掛かったところだった。

    目の前には石造りの橋が架かっていて、その奥にテレビで見たことのある教会がそびえている。

    「ベタなコースに行くのなら、ルーブルとかオルセーとか……その辺りならここから歩いていけますし」

    「エッフェル塔やモンマルトルなどになると、メトロに乗らなきゃいけませんけど」

    「うーん……」

    咲はしばし悩んだ。

    ルーブルもオルセーも、咲が是非行きたいと思っていた場所だ。

    エッフェル塔はもちろん、有名な映画の舞台になったモンマルトルも気になっている。

    けれども、それでは何だかもったいない気がした。

    咲はちらりと隣の和を見る。


    ――本当に、久しぶりの再会だった。

    高校卒業後、咲は東京の大学に、和は地元の大学にそれぞれ進学した。

    もうあまり会う機会はないと思っていた。

    事実、別れてから昨日になるまでその息災すら知らなかったのだ。

    それが、またあの頃のように彼女が隣にいる――和の隣に、いる。

    そんな奇跡の様な偶然を、ただの観光でつぶすのは本当にもったいない気がした。

    110 = 1 :

    「せっかくだし、和ちゃんのオススメでお願いしたいなぁって」

    そう咲が切り返すと、和は怪訝な表情になった。

    「オススメ、ですか?」

    「うん。和ちゃんが好きな場所とか好きなお店とか……そういうところが知りたいな」

    「私、こちらに来てからすぐ働きづくめになったもので、観光できそうなところは知りませんよ?」

    「観光名所は自分でもなんとか行けそうだし……それよりも、またあのお菓子屋さんでお茶してみたいな」

    上目遣いに「和ちゃんさえよければ」と付け加えれば、何故か和はふいと視線をそらした。

    「最後まであのホテルでお世話になろうと決めたし、もしこの近くに詳しいのなら色々教えてもらいたいの」

    「……分かりました」

    「この辺も観光地といえばそうですし……土地勘をつけておけば安心ですからね」

    そう言って和は橋の方へと歩きはじめる。

    「メトロを使う方が早いですが、とりあえず今日は歩きます」

    「ちゃんと道覚えてくださいね」

    「うん……!」

    咲は慌ててその背中を追いかけた。


    ■  ■  ■

    111 = 1 :

    石造りの橋を渡り、例の大きな教会を横目に真っ直ぐ進む。

    巨大な長方形を二つ並べたような不思議な形の建物こそが、かの有名なノートルダム大聖堂であった。

    「今わたしたちがいるのがシテっていう小さな島です」

    「ここが、パリ発祥の地……」

    ガイドブックなどで知ってはいたが、今実際にその土地を踏んでいると思うと感慨深い。

    このシテ島に鎮座する先ほどのノートルダム大聖堂と西にそびえたつエッフェル塔――

    その間が、いわゆる「パリの中心部」となるらしい。

    「だから、これから行くバスティーユもちょっと外れていますし、北駅なんて……」

    「あーもう、わかったって!私が不勉強だったから……っ」

    和の説教であの散々な日を思い出しそうになり、咲は思わず耳を塞いだ。

    その様子を見て和の目が柔らかく細められる。


    シテ島を渡ったあとは、東に向かってセーヌ川沿いを歩くことになった。

    石畳の遊歩道には揃いの緑色の屋根を携えた屋台が行儀よく並んでいる。

    「あれは何を売っているの?」

    日本で屋台といえば食べ物が中心だが、どうやらこちらは別のものを取り扱っているらしい。

    咲の目に飛び込んできたのは少し古めかしい絵画やポスターのようなものだった。

    好奇心に推されて近寄ろうとすると、「ダメです」と不機嫌な声で和に止められた。

    112 = 1 :

    「咲さんは、アレに近づいちゃダメです」

    「どうして?危ないものには思えないけど……」

    「ダメッたらダメです。絶対に離れなくなっちゃうんですから……」

    そう言ってぐいぐいと引っ張られてしまえば咲に抵抗するすべはない。

    名残惜しくも咲はその正体を諦めざるをえなかった。

    「店まではまだまだ歩くんですからね」

    咲を緑の屋台の誘惑から引き離すために和はぐんと早足になる。

    それを小走りで追いかけながら、咲はちらちらと辺りを見回していた。

    (とても静かで……穏やかだな)

    今頃になってやっと気づいたことだが、パリは静かな街だった。

    もちろん世界有数の大都市なので喧騒とは無縁でいられない。

    しかし日本にいると必ずまとわりついてくる何かのBGMや街宣の音はいっさい聞こえなかった。

    それが寂しいのではなく心地よい。

    道を往く人々は実に様々だった。

    咲たちのような観光客もいれば、通勤中なのかスーツを着てせかせか歩く人もいる。

    犬を連れた老夫婦やジョギングを楽しんでいるスエット姿もちらほら見かけた。

    113 = 1 :

    しばらく川沿いを歩いていたところで、ふいに和が方向を変えた。

    斜めに入るやや細い道を進んでいけば、金とブロンズで出来たモニュメントが見えた。

    これなら咲にもわかる――バスティーユ広場だ。

    「あのホテルから歩いてこれるんだ……」

    時計を見ると、ホテルからここまで三十分ほどである。

    「天気もよくて時間もあるなら散歩にはもってこいですけど、私は面倒ですね」

    「お金はかかりますがメトロを使った方が早いです」

    「でも、私はこうやって和ちゃんと歩けて楽しかったよ」

    にこりと笑ってそう言うと、和は頬を赤く染めた。

    視線を明後日の方向に投げていてもごまかしようもない。

    「次、こっちですから……」

    少し拗ねたような口調に、咲はこっそりと笑いをこぼした。


    夜と昼間では大分様子が違うとはいえ、どことなく見覚えのある通りに出る。

    この辺りはやはり目抜き通りの一つであるらしかった。

    カフェもその他の店も、昨晩と同じように其々賑わっている。

    114 = 1 :

    ――くぅ

    少し間抜けな音が聞こえたのはその時だった。

    シーフードレストランらしき店頭で香ばしい匂いに気をとられていた咲が、ぱっとお腹を抑える。

    「咲さん?」

    「あ、あはは……」

    「……まぁ、それなりにいい時間ですからね」

    時計を見ると十一時半少し手前だった。

    バスティーユ界隈で少し寄り道していたこともあって、ここまでくるのに一時間程かかったらしい。

    久しぶりにそれなりの距離を歩いたせいもあるだろう。

    気がつけば空腹と疲労が咲の体に満ちていた。

    もっとも、それは決して不快なものではない。

    (こんなにお腹が空いたの、随分となかった気がするな……)

    「安くて美味しい所がありますから、そこに行きましょう」

    「うん」

    115 = 1 :

    元々の目的地である例の洋菓子店を通り過ぎて、和はひょいとある路地に入った。

    咲は昨晩のことを思い出して一瞬身がすくむ。

    その様子に気づいたのか、和が無言ですっと手を差し出してきた。

    (……これも、久しぶりだな)

    そっと和の手をとると、やはり懐かしい体温があった。

    高校の頃は迷子癖のある咲を見失わないようにと、こうやって和に手を引かれていたものだ。

    本当に、懐かしい想い出だ。

    「あちらのお店なんですけど」

    和の指が指し示す先にはえんじ色の壁で彩られた小さなレストランが見えた。

    同じ色の日除けには太い金文字で「Cafe du Marais」と記されている。

    「カフェなんだ」

    「店の名前はそうですが、実際はビストロ……というか定食屋です」

    間口が随分と狭い店だった。

    大通りの店と同じように外にもテーブルがあるにはあったが、

    あまりに小さいせいか誰も座っている客はいない。

    「Bonjour!」

    和が勢いよくドアを開けた。カランコロンと古いベルの音が鳴る。

    「ボ、ボン・ジュー」

    和の陰に隠れるように、咲も続いて入った。

    昨日の店とは違うとわかっていても、いかにも地元民が使いそうな店はどうしても気後れしてしまう。

    116 = 1 :

    老人「Bonjour……oh,nodoka!」

    出迎えてくれたのは柳のように細い老人だった。

    ぱりっとした白いシャツに黒のギャルソンエプロンをきりりと締め、胸元は蝶ネクタイで決めている。

    どうも二人は顔見知りらしく、その場でフランス語の会話が始まる。

    当然咲には何が何やらさっぱりわからない。

    「……」

    退屈紛れに厨房の方に視線を向ける。

    入り口の正面が厨房に面するカウンター席になっているため、咲の位置からよく見えた。

    働いている料理人は二人ほどだった。

    ふいにそのうちのひとりがこちらを振り向き、咲たちの方へと向かってきた。

    明華「あら、あなたは……」

    「あ、臨海女子の……」

    明華「明華です。宮永咲さんですよね?和からよく話を聞いてますよ」

    「えっ?」

    「明華さん!余計なことは言わなくていいんです」

    明華の言葉を、和の叫び声が邪魔をする。

    「それより私達は食事をしに来たんです」

    明華「お食事ですか、了解しました。それでは宮永さん、ゆっくりしていって下さいね」

    そう言ってにこりと咲に微笑んだ明華は厨房へと戻っていく。

    117 = 1 :

    ウェイターに案内されたのは、奥の方にある席だった。

    二人だというのにゆったりとした四人がけのテーブルである。

    「明華さんもパリに住んでるんだね」

    椅子に座ると、咲は早速気になったことを尋ねた。

    「ええ。なんでも父親と進路でもめた挙句に家出をして、こちらにいる知り合いを頼ってきたらしいです」

    「で、その方のコネでこの店で雇ってもらったんだそうです」

    「へぇ……そうなんだ」

    そんなことを話していると、いつの間にオーダーしていたのか一品目が運ばれてきた。

    美しい翡翠色をしたスープだ。さらにグラスに注がれた白ワインが当たり前のように置かれる。

    「あの、これって……」

    「呑めませんか?」

    「ううん、それは大丈夫だけど」

    何せこれは夕食ではなく昼食だ。

    日の出ている間に酒を飲む習慣などない咲はどうしても面食らってしまう。

    けれども和にとってはごく当たり前のことらしい。

    「これ、店からのサービスだそうです」

    「そうなの?」

    思わず咲がウェイターを見ると、入り口そばで控えていた老紳士は茶目っ気たっぷりにウィンクを返してきた。

    「まあ、とりあえず『パリへようこそ』ということで」

    グラスを掲げた和に従って、咲も慌ててワインに手を伸ばす。

    ・咲「乾杯」

    カチン、と澄んだ音が耳に心地よく響いた。

    118 = 1 :

    今回はここまでです。
    次回はまた1ヶ月ほど開きます。

    120 :

    乙 やっぱり咲和は良い

    121 :

    ゴミスレだな。はよ屑百合豚死 ね

    123 :

    のどっちはパパママと同じようにお堅い人生ルートだと思ってたけど
    パリで暮らしてるのも結構違和感ないな

    124 :

    咲百合豚はキモい妄想のためならフランスとその国民すら犠牲にするのか
    はよ土下座して謝れよ

    125 :

    期待してる

    126 :

    1ヶ月長いなぁ

    127 :

    おつおつ

    128 :

    「はー、おいしかった……!」

    すっかり満腹になった咲は充足感にため息をついた。

    その正面で、和はデザートのチョコレートムースを頬張っている。

    フランス語で「menu/ムニュ」という定食は、スープ・メインディッシュ・デザートに食後のお茶というスタイルだ。

    もちろんパンも添えられていて、これが中々しっかりしたものである。

    皮は固く中はもっちりとしていて、噛めば噛むほど味が出てくるのだ。

    「小食の咲さんにしては結構食べましたね」

    「うん。あっさりしてたんで、するっと入っちゃったよ」

    フランス料理というとこってりしたものをイメージしていたのだが、

    ここの料理はどれもあっさりとした味付けであった。

    素材の持ち味を活かすというのがモットーらしく、塩ベースの料理はどこか日本的で舌に馴染む。

    メインはチキンソテーだった。

    かなりのボリュームで食べきれるか心配だったが、これも結局最後まで平らげてしまった。

    シンプルだけど深い味わいのソースは明華が担当したらしい。

    厨房からひょこひょこ顔を出してはこちらをうかがっていたのが何だか微笑ましかった。

    129 = 1 :

    「本当に美味しかったよ。ご馳走様でした、明華さん」

    明華「しばらくはこっちにいるんでしょう?よかったら、また来てくださいね」

    「はい。今度は夜にでも……」

    別れ際にそう明華に挨拶していると、ぐいと和に腕をひっぱられた。

    「ほら、ここじゃ邪魔だから行きますよ」

    「ち、ちょっと待ってよ和ちゃん!」

    明華「また、咲さんと来てくださいね。和」

    「……」

    こちらをニヤニヤと見つめる明華とウェイターに別れを告げて、咲は和と共に店を出る。

    「あ、和ちゃん……ご馳走様でした」

    「……いえ」

    支払いはいつの間にか和がすませてしまっていた。

    「今日だけ特別」と言われてしまえば、咲も素直に甘えるしかなくなってしまう。

    (この次は、私が……)

    そう思って、咲ははたと気がついた。

    (次っていつだろう?)

    今日はたまたま和が休みで、こうして案内してもらえている。

    けれども明日以降は彼女にだって仕事があるだろう。

    咲の滞在中にまた休みがかぶるのは難しそうであったし、帰国後ならなおさらだ。

    お互いに生活の基盤が別の国にあるのに、そう易々と「次の機会」があるわけがない。

    なんだか急に寂しくなってしまって、咲はそっと鼻をすんと鳴らした。


    ■  ■  ■

    130 = 1 :

    そのまま和の勤め先へ向かってもよかったのだが、二人は腹ごなしにまずは付近を散策することにした。

    咲が道すがら色んな店に興味をもったせいだ。

    「ねえ和ちゃん。あのお店も覗いてみていいかな?」

    「……またですか」

    咲が袖を引くと、和はげんなりとした声を出した。

    それでも結局は咲に付き添ってくれる姿にまた懐かしさを覚えて嬉しくなる。

    咲の目に留まったのは本屋だった。

    店の外にはワゴンがあって、色とりどりの本がぎっしりと詰まっている。

    表紙からみるに、どうも美術書が中心のようだった。

    この辺りは有名なポンピドゥー・センターに程近く、さらにはピカソ美術館など小さめのミュージアムがたくさんある。

    その影響か、芸術関係や個性的な品揃えの店が多かった。

    「本なんて重くて持ち帰りにくいですし、程ほどにしておいた方がいいですよ」

    和の小言を聞き流しながら、咲はいそいそとワゴンへ駆け寄った。

    本は名画集から前衛的な写真集まで多種多様で、言葉はわからずとも捲っているだけで楽しい。

    (たくさんは無理でも、一冊くらいは持って帰りたいなぁ……)

    自然とそういう欲がわいてきて、咲は己のことなのに驚いた。

    本を買いたいと思うなんて、そういえば随分久しぶりだということに気づいたのだ。

    131 = 1 :

    ライター業をしているくらいなので、咲はそもそも本が好きだ。

    高校の頃などは暇さえあるといつも何かを読んでいて、

    久からは「活字ジャンキー」と揶揄されたものだった。

    それだけ好きでいつも渇望していたものに執着しなくなったのは、いつからだろう。

    気がついたら咲にとって本は「書かされているもの」になっていた。

    仕事をしている以上離れられないもので、プライベートではあまり目に入れたくないものになってしまっていた。

    そんな気持ちを忘れてしまっていたのは、ひとえにここにあるどの本も個性的な装丁をしているからだろう。

    咲が日頃触れていた画一的な本とはまるで違うため、一応は同じ本なのに全く別の代物に思えるのだ。

    「うーん、一冊となると中々迷うなぁ……」

    「咲さん、まだですか?」

    「もうちょっと待ってて」

    和の催促にそう返した咲は、ひとまず候補を二つに絞った。

    一冊は色使いとアングルが個性的な風景写真集で、もう一冊は古いポスターを集めた画集である。

    「うぅーん……」

    「咲さん」

    「わ、わかったからっ。決めたよ!」

    132 = 1 :

    咲は写真集のほうを手に取った。

    画集も捨てがたいのだが、こちらは日本でも人気のあるアール・ヌーヴォーが中心だ。

    いつか母国でも似たような本が手に入るかもしれない。

    「じゃあ買ってくるね」

    「一人で大丈夫ですか?」

    「うーん、英語通じるかな?」

    「よほどの年寄りでなければ大丈夫だと思います」

    「わかった。行ってくるね」

    「「はい。待ってます」

    和に見送られて、咲は店の中へと入る。

    他の店と同じように古い建物を改装した店内はうっすらと紙とインクの匂いがした。

    天井までの背の高い本棚がいくつもあって、その向こうにレジカウンターが見える。

    中に座っている店員は30代くらいの男性だった。

    「ボン・ジュー」と2回ほど声をかけたところで、やっと店員は咲の方を向いてくれた。

    和の言葉を信じて英語で話しかければ意外なほど流暢に返答される。

    店員「この本ね。20ユーロだよ」

    「ありがとうございます」

    133 = 1 :

    店員「はい……君は旅行?」

    「ええ、観光できました」

    店員「日本人?それとも中国から?」

    「え、あの、日本人ですが」

    店員「そうか。英語しゃべってるから中国人かもしれないと思ったんだ……日本か。いいね、好きな国だよ」

    そういうと、先ほどまでむすっとした顔が笑みの形に綻ぶ。

    店員「遠いから行ったことはないけれども……景色が素晴らしいね。写真集やテレビでよく見る」

    「あ、ありがとうございます」

    そう返答した咲の胸は気恥ずかしさと誇らしさでいっぱいだった。

    フランス人は親日家が多いと聞くけれども、こうして面と向かって褒められると感慨深いものがある。

    真っ赤に染まっているだろう頬を隠すようにうつむきながら咲は本を受け取る。

    その白い手に、何故か店員がそっと己の手を添えた。

    「え、あの……」

    店員「見たところ連れがいないようだけど、一人旅かい?」

    「えぇ?」

    134 = 1 :

    店員「この辺りは道が複雑で迷いやすい。私はもうすぐ上がれるから、君さえよければ……」

    「咲さん、遅いです!」

    店員の声を遮ったのは不機嫌さを隠していない和の叫びだった。

    小さなドアからぬっと顔だけを突き出している。

    店員「……連れがいたのかい」

    「はい、案内してもらっていて……ですから、あの、失礼します」

    ぺこりとお辞儀をして、慌てて和の元へと戻った。

    その腕をむんずと捕まえて、和が咲を店外へと引きずり出す。

    「まったく……ちょっと目を放した隙に何をやってるんですか!」

    「何って……世間話をしていただけで……」

    「世間話?どう見てもナンパでしょう」

    キッと和の眉間の皺がますます深くなった。

    「まったく、咲さんは隙がありすぎです!昔より抜けてるんじゃないですか?」

    「な……っ、和ちゃんが大げさなだけだよ!」

    「……そう思いたければ思えばいいです」

    そう突き放すように言い捨てた和だが、言葉の勢いとは裏腹にそっと咲を抱き込んだ。

    「ほんと……危なっかしいんですから」

    聞こえた声は、どこか甘い響きがあった。


    ■  ■  ■


    135 = 1 :

    平穏というには色々あったが、無事付近の散策を楽しんだ咲は和と共に彼女の勤め先へと足を運んだ。

    当初の目的だった、あの洋菓子店である。

    「Bonjour!」

    「あら、いらっしゃい宮永さん」

    和と共に中に入ると、憧がカウンターで出迎えてくれた。

    「どうだった?パリ観光は」

    「うん、色々と楽しめたよ。本も買えたし」

    「そういえば宮永さんは無類の本好きだものね。よく和から話を聞いてるわ」

    「和ちゃん、そんなに私の話をするんだ……」

    「それはもう。耳にタコができるほど、ね」

    意味深な笑みでそう言った憧が、他の客に呼ばれてそちらへと向かっていく。

    同時に同僚と言葉を交わしていた和が咲の方へと歩いてくる。

    その時、カランとドアベルが鳴った。

    気になって振り向けば、女性が二人店へと入ってくる。

    「珍しいな。和が休みの日に顔を出すなんて」

    「友達を案内してきただけです、カレン」

    カレン「そうか」

    そのカレンと呼ばれた女性の隣に佇んでいる、スーツ姿の女性を咲はまじまじと見つめていた。

    「あの、どこかでお会いしたことが…?」

    136 = 1 :

    貴子「ああ。以前に風越のコーチをしていた久保貴子だ。よく覚えていたな」

    「ああ、やっぱり……!でもどうしてパリに?」

    カレン「まあその話は後で説明するとして。……君が咲だな?」

    「えっ?あ、はい」

    貴子との会話を遮り、カレンが話しかけてきた。

    カレン「和から話をよく聞いていたよ。ようこそパリへ!私はこの店のオーナーのカレンという」

    「ええっ!?」

    なんと彼女はこの店のオーナーパティシエだった。

    若くしてその才能を認められ、本人曰く「腕試し」にこの美食の町で店を開くことにしたのだという。

    「はじめまして。宮永咲と申します」

    そう自己紹介すると、カレンはなぜか感慨深く頷いていた。

    カレン「うんうん、そうか……君があの咲か……」

    それに対して咲は「えぇ、その、はい」などといったはっきりしない声しか出せなかった。

    (ここでもまた……和ちゃんったら、いったい私の何を話してるんだろ?)

    高校以来会うことのなかった自分を忘れずに気にかけていてくれたのは素直に嬉しいが、

    その反面穴に入りたいような気恥ずかしさもしっかりある。

    137 = 1 :

    そんな声無き咲の問いに、周囲は誰も答えてはくれなかった。

    カレンは和と咲を交互に忙しなく見比べて、なんだか含んだ笑みを浮かべるばかりである。

    「……カレン。咲さんに失礼なのでやめてください」

    カレン「そうはいっても、あの『咲さん』がやっと和の元に……」

    「カレン!」

    カレン「わかった!わかってるよ和。嬉しいだけでからかうつもりはないんだ」

    「……もう」

    貴子「ところで、こちらとしては早く本題を切り出したいんだが」

    カレン「貴子のこともちゃんとわかってるって」

    カレン「ときに咲、君英語できるんだって?」

    「え、はい一応は」

    カレン「だそうだ。良かったな貴子」

    貴子「ああ。…宮永、簡単な通訳を頼めないか?」

    「えっ?でも、そんな通訳できるほどじゃ…」

    貴子「それでも日常会話なら支障がないんだろう?」

    「はい」

    貴子「なら、ぜひともお願いしたい。いや恥ずかしながら、私は英語がからきし駄目でな…」

    そう言って貴子は名刺を一枚咲に差し出してきた。

    138 = 1 :

    風越のコーチを辞めた彼女の今の仕事は、エージェントと呼ばれる「何でも屋」であるらしい。

    学生の頃の在仏経験を活かして、主に日本の出版社向けに様々な取材の約束を取り付けるのが主な業務だ。

    貴子「それが、懇意にしている出版社経由でシンガポールからの仕事が入ってな」

    「シンガポール?」

    貴子「一応向こうも多少はフランス語の知識があるらしいが、出来れば英語でコミュニケーションをとりたいと言われてしまって…」

    ところが肝心の貴子は英語が不得手。

    そこで、彼女は友人である日系フランス人のカレンを頼ることにした。

    彼女の店には海外から来た英語話者が何人かいたからだ。

    貴子「それで英語のできる従業員を借りようかと思っていたんだが、皆スケジュールが中々会わないらしくてな」

    貴子「で、途方に暮れていた所に丁度良く宮永がやってきた、というわけだ」

    「でも私は旅行客ですよ?その、お仕事だったらマズイんじゃ…」

    貴子「一緒にいて、たまに会話を手伝ってくれるだけでいいんだ。それくらいならバイトにもならないだろう」

    貴子「巡るのは観光地だし、リサーチをかねて会食もするから食費も浮くぞ」

    貴子「あまり沢山は渡せないが、もちろん心づけも用意するし…」

    貴子の勢いに戸惑いながら、咲は和を見やった。

    和は何故か眉間に皺を刻んだ難しい顔をしている。

    139 = 1 :

    「和ちゃん…」

    何だか急に心細くなって、咲は和の袖を引っ張った。

    「私、どうしたら…」

    「…貴子さんが、ずっと一緒にいてくれるんですよね?」

    ずっと黙っていた和が、ぼそりと口を開いた。

    貴子「それはもちろん。彼女が泊まっているホテルまで責任もって送るさ」

    「大体、どの辺を回るつもりなんですか?」

    貴子「オペラ界隈とサンジェルマン付近だな。両方の対比を魅せる企画なんだ」

    「そうですか…」

    和は暫し何かを考えているようであった。

    咲にとっては長い沈黙が続いたあと、「そういうことなら」と和が口を開く。

    「咲さんを貸してあげます」

    「和ちゃんっ?」

    慌てて抗議の意を込めて和の袖を強く引っ張った。

    しかし和はさっきとはまるで違う余裕めいた顔で咲を見つめるばかりだ。

    「昨日と今日とで思い知りましたけど、咲さんを一人にしていると危なっかしすぎます。すぐにナンパされるし」

    「だから、アレは和ちゃんが大げさに…」

    140 = 1 :

    「私がずっとついているわけにもいかないですし…その点、貴子さんと一緒なら安心できます」

    そう言い切る和の傍らで、何故か貴子が誇らしげにうんうんと頷いていた。

    貴子「宮永、四日ほど力を貸してくれないだろうか」

    「え、でも…」

    「貴子さんは観光では頼りになりますよ。この辺に詳しいですし」

    貴子「宮永、頼む」

    「わ、わかりましたっ」

    咲はとうとう降参した。

    確かによく考えれば咲にとっても大いにメリットのある話だ。

    なんせ仕事の同行とはいえパリのエキスパートに案内してもらえる。

    和と会わなくなったらどうしようという不安もこれでなくなったし、何より彼女は和と懇意にしているらしい。

    今日でまた途切れるかもと思った和との縁が、もう少し続くかもしれない。

    「少しでもお役に立てるよう、頑張ります」

    貴子「ああ、よろしく頼む」

    握手を交わす咲と貴子を、カレンは微笑ましげに見つめていた。

    和は、何ともいえない曖昧な表情だった。


    ■  ■  ■


    141 = 1 :

    今回はここまでです。
    次はまた1ヶ月ほど開きます。

    142 :

    乙 咲はホント隙だらけだなぁ

    144 :

    待ってた

    145 :

    やっぱ咲和は自然で良いな

    146 :

    コーチもいんのか
    池田に振られて日本を離れたかったのかな

    147 :

    期待してます

    148 :

    貴子「元々はある富豪が妻に送った舞踏会用の別邸で、ご覧の通り中国風の意匠が随所に施されています……咲」

    「はい。Ah,here is one of the historic theater in Paris. Originally, it was……」

    久方ぶりに頭をフル回転させながら、咲は貴子の言葉を英語になおしていく。

    流されるままにはじめた貴子の手伝いは想像以上に楽しいものだった。

    いくら英語が出来るといえども、専門的な言葉となると難しい。

    電子辞書が片時も離せない不恰好な通訳になってしまったが、

    貴子にも彼女のクライアントにもそこそこ評価をもらえている。


    今日は仕事を始めて三日目だった。

    前半はパリの中心地として名高いオペラ地区を巡り、

    念願だったルーブル美術館にも少しではあるが滞在することが出来た。

    今はセーヌ川の向こう岸に広がるサンジェルマン地区を周っている。

    高級デパートが立ち並ぶハイソな雰囲気の右岸とは違って、どこか下町を感じさせるエリアだ。

    妖艶で退廃的な香りのする古い映画館、学生街でもあるこの地区で愛されてきた本屋、

    最新鋭のファッションアイテムをそろえたブティック――様々なパリの一面を楽しませてもらったあと、

    咲たちは貴子オススメのカフェで一息ついていた。

    149 = 1 :

    貴子「こちらは、パリでも歴史ある映画館の一つです」

    150 = 1 :

    貴子「こちらは、パリでも歴史ある映画館の一つです」

    貴子「元々はある富豪が妻に送った舞踏会用の別邸で、ご覧の通り中国風の意匠が随所に施されています……咲」

    「はい。Ah,here is one of the historic theater in Paris. Originally, it was……」

    久方ぶりに頭をフル回転させながら、咲は貴子の言葉を英語になおしていく。

    流されるままにはじめた貴子の手伝いは想像以上に楽しいものだった。

    いくら英語が出来るといえども、専門的な言葉となると難しい。

    電子辞書が片時も離せない不恰好な通訳になってしまったが、

    貴子にも彼女のクライアントにもそこそこ評価をもらえている。


    今日は仕事を始めて三日目だった。

    前半はパリの中心地として名高いオペラ地区を巡り、

    念願だったルーブル美術館にも少しではあるが滞在することが出来た。

    今はセーヌ川の向こう岸に広がるサンジェルマン地区を周っている。

    高級デパートが立ち並ぶハイソな雰囲気の右岸とは違って、どこか下町を感じさせるエリアだ。

    妖艶で退廃的な香りのする古い映画館、学生街でもあるこの地区で愛されてきた本屋、

    最新鋭のファッションアイテムをそろえたブティック――様々なパリの一面を楽しませてもらったあと、

    咲たちは貴子オススメのカフェで一息ついていた。


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