元スレ八幡「ブラコンめ」沙希「シスコンめ」
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1 :
木曜日
帰り道。
友達とおしゃべりをしたり恋人と手をつないだりして帰路につく高校生はごまんと居る。
そして同様に、誰と話すわけでもなくただ一人哀愁だけを背負って帰路につく高校生も当然居る。
さながら残業上がりのサラリーマンのごとく。
あー、もう皆死なねーかなー。
しかし今日の俺はちゃんと目的をもって歩いている。
我が愛する妹君の為に、百戦錬磨のババアどもが徘徊する死地へと向かわねばならぬのだ。
覚悟を決め、自動ドアを潜る。
夕方時、それ即ちスーパーのタイムセール時。
部活が終わったタイミングでここに寄るとジャストタイミングなんですわ。
うん、今日の我が家は俺が料理担当なんだ。
修学旅行も終わり、秋ももうじき終わろうとしている。
俺の心には一足先に冬が到来している。
しょーがないよねー、フラれちゃったもんねー、いや嘘告白だけど。
あの一件以来俺は部室でも居心地が悪い。
雪ノ下は以前に比べると殆ど毒舌を挟んで来なくなった。最早氷の女王は氷の氷像状態。
由比ヶ浜は頑張って俺に話しかけようとする姿勢は見えるが、無理しているのがバレバレだ。
寒いぜ・・・あの部屋、冷凍ピザとか保存できるんじゃないかな。
対して今目の前に広がる光景はどうだ。
若奥様から魑魅魍魎までよりどりみどりの熱気に溢れているではないか。
あ、今日は鶏肉が安いのね。
オーケィ。
ホットでクールにレッツパーリィだぜ。
今日は親子丼に決定だな。
間を取って兄妹丼とか誕生させちゃるよ。
「「あ」」
鶏肉に手を伸ばし、触れようとしたところで別の何かに触れた。人の手だった。
指先がちょこーっと触れただけだが、相手はすごい勢いでバッっと手を引いた。
川崎沙希
2年F組屈指のブラコンがそこに居た。
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3 = 1 :
「ひ、比企谷か・・・」
「おう、お前も夕飯の買い出しか?」
やべーよ超ビクついてるよ。
思い返せば文化祭が終わったくらいからこいつは俺に対して妙によそよそしい。
こいつの家と俺の家は、駅にしてみれば近い。
学校帰りのタイミングでタイムセールをやっているスーパーで出くわす確率も否定するわけじゃない。
しかし正直なところ、コイツに限らず誰とも会いたくなかったなぁ・・・
最近ステルス機能調子悪くね?
「う、うん・・・今日はあたしが料理担当でね・・・」
マジかよ、比企谷家とカブってんですけどー真似すんなよー。
「そうかそうか・・・で、お前も鶏肉?」
「え?あんたも鶏肉?」
「鶏肉」
「鶏肉」
意味不明なニクニクしいトークの後、一呼吸。
出会い頭は意図せぬ相手と出くわしたためか挙動不審だったがすぐに落ち着きを取り戻したようだ。
その一瞬、ふと悲しげな目をこちらに向けた気がした。
・・・気がしただけか?出会ったのが俺ってのがそんなに悲しい事なのか?心当たりは・・・ありすぎるわ。
「いやー、今日は親子丼にしようと思ってなぁー。小町も肉大好きの肉食系なもんでねぇー。」
「ん・・・大志がから揚げ好きだからさ。今日はゼミもないし、タイムセール狙って少し時間潰してたんだ。」
そういって二人とも同じ商品に手をかけようとする。
「「・・・」」
あれ・・・?もうこれ1パックしかなくね?
4 = 1 :
その時、二人に電流走る。
「へ、へぇー・・・でもよぉ、大志も中学3年だろ?思春期真っ盛りジャン。油モノばかり食べさせるとニキビ増えちゃうんじゃないの?こっちの方がいいって。」
そう言って俺は隣に鎮座していた豆腐を差し出してやる。
クラスメイトの弟の顔面事情をさりげなく気遣ってやる俺カッコイー。
「お、おいおい・・・それはあんたの妹さんだって同じだろ?高校入学前にお肉ばっかり食べてたら体重気にしちゃうんじゃないか?あたしなら気にするね。だからこっちにしときなよ。」
あっさりスルーして俺にアスパラガスを差し出してきやがった。しかもこっちから視線逸らさずに取りやがった。
何それ超テキトー。何でもいいんかい。
にゃろう・・・譲らない気か・・・。
「甘く見ないでくれよ、俺が妹にそんな重荷を背負わせるような雑な料理するわけないだろ?健康管理にはバッチリ気を使ってるだからこの肉は比企谷家のもんだ。」
ちょっと裏声になっちゃったぞ。
「あんたが作るのか。わざわざ気を遣ってもらってるとこ悪いがあたしだって女であり姉なんでね、弟の肌の手入れくらいお手のもんなのだからコレはウチの食卓のから揚げになるの。」
お前もちょっと裏声になるんかい。
「いい加減にしなさいよぉ!?どうしてチミは弟の事になるとそんなムキになるんですかそろそろ突き放してみるのも愛なんじゃないのブラコンぼっちが!」
「あんたに言われたくないんだよいい年こいて妹中心の食生活で恥ずかしくないのかシスコンぼっちめ!」
5 = 1 :
一触即発の睨み合い。
しかし、こいつは割と押しに弱いと思ってたんだがな・・・。
ブラコンこわっ!近寄らんどこ・・・って今すげぇ近いじゃん。
ははぁ・・・さては俺の妹への愛を目の当たりにしてブラコン魂が炎上しちゃった系だな?
いいだろう、ここは白黒はっきりさせて───
「「ああっ!?」」
鶏肉の霊圧が・・・消えた・・・?
振り返る。
そこに鶏肉はあった。
(バ、ババアーーーーーー!?)
名も知らぬババアの手の中に。
そして俺たちが無駄な言い争いをする原因となった"ソレ"は最後の1パックだった。
鶏肉1パックから始まった戦いはババアの不戦勝で幕を閉じた。
6 = 1 :
「なんなのお前、そんなにうちの食卓邪魔したいの?お前のものは俺のもの理論なの?ジャイアンなの?・・・はぁ・・・」
「そんなわけないだろ結局手に入らなかったんだから!・・・はぁ・・・」
お互いお目当てのセール品は全く買えなかったようだ。
スーパーの前で項垂れる俺とブラコン女。
「大体あんた専業主夫志望とか言ってたけど、本当に料理できんの?」
「当たり前だ。なんなら小町の弁当を毎朝でも作れるわ。寝坊の多いお前にゃ無理かもしれんがな。」
「人の事言えんの?あんただって結構遅刻してんじゃん。」
い・・・痛いとこ突くじゃないの・・・
だが俺は比企谷八幡だ。天下一シスコン会が開催されたら千葉で2位くらいには食いこむ自信がある。
こんなブラコンに押されてなるものか。ってか1位誰だよ!
7 = 1 :
「いつもどこで食ってるか知らないけど、購買でパン買ってるとこくらいは見たことあるよ。そんなあんたが弁当だなんて。」
「なんで見たことあるんだよ。それってお前もパン買いに来てるって事じゃねーか。」
「何?そんなにあたしの作った弁当が見たいわけ?疑ってるの?」
「お前こそ俺の弁当スキルを疑いまくってるじゃないか。」
舐めんな、最近の楽しみは毎週月曜のソーマなんだぜ。
「「・・・・・」」
しばしの沈黙。
「ブラコンめ」
「シスコンめ」
「「明日が楽しみだなぁ?」」
こうして木曜日が終わる。
沈黙のコックが2匹、厨房という名の檻から解き放たれた。
9 = 1 :
金曜日
午前の授業が終わり昼休み。2年F組で異変は起こった。
我がクラスには2人のぼっちが確認されている。
比企谷八幡
川崎沙希
ぼっちは本来お互いに干渉し合わないからぼっちであるからして、イベント等以外ではこの2人が教室内で向き合う事はほぼ無い。
はずだった。
最初に動いたのは川崎の方だった。
鞄からお弁当箱らしき包みを取り出し、迷いなくある方向へ歩いていく。
それだけなら誰も気に留めないのだが、向かっていく先にはもう1人のぼっちが座っていた。
いつもなら真っ先に教室から姿を消し、いつの間にか午後の授業に居る男。
比企谷は川崎の行動を視認すると鞄からお弁当箱を取り出し机の上に置く。
そして2人は向き合った。
10 = 1 :
一瞬で教室内が静まり返った。
男女がお互いのお弁当を出し合って見つめ合うなんて光景は、普通に考えれば冷やかしの1つや2つ飛ばされてもいいだろう。
普通であれば。
「・・・・・」
「・・・・・」
(((見つめ合うどころか睨み合いなんですけどぉー!?)))
「席、借りるよ。」
比企谷の前の席に居た女子に一切目もくれず川崎が言い放つ
「は、はひぃ!?」
猛スピードで立ち退く彼女。
そしてやっぱり一切目を逸らさずに座る川崎。
対して一切目を逸らさずに微動だにしない比企谷。
11 = 1 :
(やべーよ怖いよ何なのアレ?ロマンチックのかけらもないんだけど!つーか何でこの組み合わせ!?)
(川崎さん普段から怖い印象だけど今日は一段と怖くいらっしゃるー!)
(比企谷お前いつもの腐った目はドコいったんだよ!?今日は腐った悪魔の瞳じゃねーか!いつもの目は擬態なのぉ!?結局腐ってるけど!)
(そう言えば川崎さんは何かヤンキーっぽいし、比企谷はいつぞや凄い暴言を平然と吐いたらしいし・・・)
(う、動けねぇ!誰か金の針使ってくれぇ!教室内全員石化じゃねーか!)
注目の2人はしばらくするとお互いの弁当を相手側に差し出す。
交換されたお弁当の包みを全く同時に開いていく。
「・・・・・」
「・・・・・」
視線を逸らさずに。
(((弁当を見ろよぉぉぉぉ!!)))
12 = 1 :
(視線を逸らしたら死ぬの?石になるの?確かに俺ら身動き取れないですけど!)
(何で全く同じ動きなんだよフュージョンかよ!魔人はお前らの方だろ!)
(こんな精神と時の部屋はイヤだぁー!超帰りてぇー!)
お弁当の中身が露わになる。
その出来栄えは小さな弁当箱に彩り良く丁寧に詰められた、誰が見ても素晴らしい中身であった。
少なくとも見た目だけでは勝敗を付けられない。
「へぇ・・・言うだけはあるじゃないか。正直驚いたよ、あんたにこんな腕があるなんてね。」
(いや、一切弁当に目ぇ向けてないじゃん!いつ中身確認したんだよ確かにすげぇ小奇麗だけど!A型かよ!)
(つーかあれ比企谷が作ったの!?ふざけんなよ私が作ったのより10倍は美味そうじゃないか[ピーーー]よ!)
(俺のなんてばーちゃんが作った弁当だぞ!かーちゃんですらないんだぞ!)
13 = 1 :
「よせよ、お前の腕前だって中々だぞ?まぁ俺が作ってきたのは小町の弁当を完璧にコピーした弁当だし、当然っちゃ当然よ。」
(手作り弁当の交換会だとぉ!?何だコレ普通なら超羨ましい状況なのに全然羨ましくねぇぇぇ!)
(完璧にコピーってどういう言い回しだよ、Ctrl+AからCtrl+Cしたの?そして弁当箱クリックしてCtrl+Vしたの?)
(つーか小町って誰だよ!)
「随分気合入れてくれたんだ、ご苦労さん。あたしのは大志の弁当を昨日の夕飯のありあわせで作って、更にそれの余りで作ってきたてきとーな弁当だけど。」
(ありあわせの更に余りって何だよ!?それビックリマンチョコのシールのおまけでついてくるウエハースの、更に下に敷いてある厚紙レベルじゃねーか!)
(それだと普段大志クン何食ってるんだよ!どんだけいいもん食ってんだよ小指骨折しろ!)
(つーか大志って誰だよ!)
14 = 1 :
言いたいことを言ったのか、2人は箸をつけ始める。
(あんだけ顔が近いのに全然ドキドキした光景じゃないんですけどむしろハラハラするんですけど!)
(何で食ってる時すら睨み合い!?)
(お前らいい加減弁当見ろよ!顎に第三の目でもついてんのか!)
どれくらい時間が経っただろうか。
お互い完食し、ようやく箸を置いたようだ。
「「やるじゃない」」
15 = 1 :
「味の方も想像以上だったよ。犬のエサレベルと踏んでいたんだがね。」
(川崎さーん!褒めるのかバカにすんのかどっちかにしてー!)
(フェイントかけていきなり近大パンチ仕込んできたよこの人!)
「残念ながら家で飼ってるのは猫でね、ドッグフードは持ち合わせてねぇんだ。」
(かわしたぁ!?立ちパン見てからしゃがみ回避余裕でした!?)
「そいつは俺が妹の為に作ったブツの模造品だぞ?不味いわけないだろ。そっちの弁当こそ驚きだよ。俺はてっきりタッパーにウォッカをブチ込まれてくると思ってたぜ。」
(そのままカウンターのしゃがみ大パンチ!?俺たちしゃがみ大ピンチ!誰一人立ち上がれねぇ!)
(それもう弁当じゃねーよ!丸々酒だよ!進学校で急性アルコール中毒患者を出すつもりか!)
(って妹?さっき言ってた小町って子は妹?)
「大志の弁当のついでって言っただろ。あんたウチの弟をアルコールランプか何かと勘違いしてんじゃないの?」
(立ちパンもフェイントだとぉ!?そのまま直前ガードでやりすごしたぁぁぁ!)
(・・・え?大志ってのは弟?弟って言った?)
(これって・・・)
16 = 1 :
(((ただのシスコンとブラコンのぶつかり合いじゃねーか!!)))
(ちょ・・・え・・・えぇー!?あんなにガン飛ばし合っておいて内容が妹と弟への愛情比べ!?)
(何でこいつらハイレベルな弁当使ってローレベルな争い繰り広げてるわけ!?)
(そんなみみっちい争いの余波ごときで動けない俺ら何なんだよ!あと大志小指燃えろ!見たこともないけれど!)
17 = 1 :
由比ヶ浜は何が起こったのか判らないのか、オロオロとしている。
三浦は女王の威厳はどこへ行ったやら、涙目になっている。トラウマでもあるんだろうか。
葉山は普段のイケメンっぷりからはかけ離れて、変な顔で口を半開きにしている。
海老名は多少余裕があるのだろうか、真剣に携帯で動画撮影している。
戸塚は真っ直ぐ2人の元へ歩いて・・・・歩いて!?
「はい、そこまでだよ2人とも」
(((と、戸塚ぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)))
18 = 1 :
2人の間に割って入って来た。
「何かの勝負事だと思うんだけど、そんなんじゃ決着つかないよ?」
(ど、ど、ど、どういう事だ?石化してたんじゃないのか?)
(というか今まさに悪魔の瞳×4に挟まれてるんだぞ!?状態異常無効なのか?)
(まさかリボンか!?リボン装備しているのか!?)
(リボン装備戸塚だとぉ!?もっとやれ!)
19 = 1 :
「・・・・・」
「・・・・・」
争いが平行線なのを理解したのか、2人の肩から力が抜けていった。
どうやら一時休戦のようだ
「だからさ、来週は僕とお弁当一緒に食べよ?2人で交互に作ってきて、週末に僕が判定するの。」
「・・・ふむ」
「・・・・ん」
「も、勿論、僕もお弁当持ってきて分けてあげるよ?それに・・・僕も八幡や川崎さんと一緒にお昼食べたいし・・・ダメ・・・かな?」
(((と、戸塚ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)))
20 = 1 :
「・・・戸塚がそこまで言うなら聞かないわけにはいかないな。」
「・・・ふん。じゃぁ月曜はあたしから行かせてもらうよ。」
そう言うと2人は教室を静かに出て行った。
(((た、助かった・・・)))
(スゲーよ戸塚。あの状況をたった数秒で打破しやがったマジ天使)
(しかも来週以降の悪魔の晩餐会をナチュラルに普通の食事会に落とし込んだマジ天使)
(悪魔2匹を一瞬で抑え込む戸塚マジ天使)
(ヒキタニ君と川崎さんにヤキモチ焼いて割って入ってくる戸塚君・・・ブッハァ!)
21 = 1 :
放課後
「川崎さんお待たせ。」
「いや、あたし部活やってないから時間は平気だよ。」
「僕も今日は用事があるって言って、抜け出してきちゃった。」
あたしは戸塚に呼び出されていた。
「お昼は急にごめんね。」
「気にしてないよ、大丈夫。」
そう、別にあれは比企谷を憎んでやった行動ではない。
「うん、だと思った。」
そして戸塚はそれを見抜いていたようだ。
22 = 1 :
「川崎さん、ここ最近八幡が元気ないの気づいていたでしょ?」
「まぁね、修学旅行が終わった辺りからどうも変だった。平然を装っているけど、たまに辛そう。」
戸塚は比企谷に対してかなりの信頼を寄せている。
そんなヤツだからだろうか、あたしは素直に思っている事を言った。
多分他のヤツ相手だったら言えないだろうなぁ・・・恥ずかしくて。
これじゃまるでいつもあいつを見てるみたいじゃないか。
23 = 1 :
「昨日の帰り、スーパーであいつと会ったんだ。相変わらず元気なさそうだったけど妹の事になったらちょっとだけ気力が出てきたみたいでね。」
「小町ちゃん、川崎さんの弟さんと同級生だっけ?そっかぁ、それで・・・」
どうやら察してくれたようだ。
「うん、だからちょっと対抗心を煽って、あいつに本気になってもらおうと、ね。小芝居をうって出たのさ。」
まぁちょっとだけ・・・ほんのちょっとだけあたしも本気だったけど。鶏肉目当てだったのは本当だし。
「ハ、ハハ・・・あれ芝居だったんだ・・でもそうだね。あんなに活き活きしてる八幡見るの、久しぶりだった。」
方法はちょっとアレだが、どんな事であれあいつが本気になってくれた。
あの弁当美味しかったな・・・ちょっと悔しい。
24 = 1 :
「・・・八幡はね・・・あんまり関心のない人に対しては結構素直に言っちゃう人なんだ。」
・・・なんとなく判る。あたしもそういう相手にはズケズケと言うところがある。
「でもね・・・ある程度仲良くなった相手には言葉選んじゃうんだよ。」
・・・・・うん。
「そして本音は・・・本当に辛い事や悲しい事は誰にも話さないんだ。」
・・・すごいな戸塚。そこまで見抜いているんだ。
「だから今日のお昼の事は、僕にとってチャンスだったんだ。」
「チャンス?」
「うん、八幡と本当の友達になれるチャンス。八幡が本気になって向き合ってくれるチャンス。」
25 = 1 :
「昼の一件から既に察していたっていうのかい?あんた相当すごいよ・・・。」
あいつ、あたしを突き放す気満々だったし。
「そりゃ最初はちょっと怖かったかな。でも川崎さん、八幡が言い返すのをちゃんと聞いてあげて同じだけ返してあげてた。」
「・・・うん。」
「八幡の言い回しに、ちゃんと同じ位置に立って答えてた。」
「・・・うん。」
「八幡怖い目してたのに、ちゃんと目を逸らさないでいてあげてた。」
あ、それは単純に逸らせなかっただけ。
本当はすごい怖かったの。
「そういうの、僕にはできないから・・・川崎さんと2人がかりなら八幡にもっと近づけると思ったんだ。」
「そっか・・・」
26 = 1 :
なんとなくだが見えてきた・・・。
「だからあいつはシスコンなのかなぁ・・・」
あのシスコンの正体が。
「どういう事?」
「あいつが今一番心を許しているのは妹なんだと思う。多分雪ノ下や由比ヶ浜以上に。」
「うん。」
「要するにあいつは一度心を許した相手にはすごい甘くなるんだと思う。・・・だから必要以上に他人と仲良くならない。」
「あ・・・でもそれじゃ結局・・・」
「そ、だからあいつはシスコンのまま。」
27 = 1 :
恐らくあいつは、あたしとは全く違う"他人との距離の取り方"をしている。
あたしは高い壁を作って周囲を見えないようにし、無関心を貫くやり方。
あいつは深い溝を作って周囲を見つつも、踏み込ませないやり方。
そうだ・・・あいつは周囲をしっかり見て、見渡して、観察した上で、それぞれに対応した深さの溝を掘っているんだ。
強ぇ・・・周囲を見ないやり方をしてきたあたしじゃ、きっと耐えられない。
だけど・・・だからこそ・・・同時に墓穴を掘る事を恐れている。
踏み出してしまえば自分も落ちてしまう。深く掘った穴を埋めるには時間がかかりすぎてしまう。
そしてちゃんと踏み固めなければ・・・やはり崩れ落ちてしまう。
あいつにとって妹は、溝の内側に居る唯一の存在なんだろう。
それこそがコンプレックス。あいつの正体。
28 = 1 :
そんな事を戸塚に話してみると
「そっかぁ・・・うん、僕が感じてたのと大体同じ。ギリギリのところで線を引いた部分があったんだと思う。」
やっぱりか・・・。
男友達でもこの有様じゃ、異性のあたしは溝を埋めるのにどれだけかかるか・・・
「来週一週間で飛び越えられるかなぁ。」
!?
「土日でどれだけ助走つけられるかが勝負だね。」
29 = 1 :
・・・驚愕した。
この戸塚彩加という人物は、ハナから溝を埋めるつもりなんてなかった。
どれだけ溝が深かろうとお構いなしな手段に出ている。
チャンスってそういう事か・・・こいつはワンチャンスで内側の世界へ行くつもりだ。
全く・・・あたしの周りの男はどうしてこう強いヤツばかりなんだろうね・・・
飛び越えるかぁ・・・それなら・・・
「なら、サポーターが必要だな。」
いっそのこと羽を付けて飛べばいい。別にルールとか無いし。
30 :
なにこれおもしろいんですけど
31 = 1 :
奉仕部
「・・・・・」
今日の彼は最初の挨拶以外一言も発していない。
それだけなら今までも似たような事はあった。
修学旅行以来、彼とは部室においてもあまり会話していない。
判っていた、話しかけようとしていないのはむしろ私たちの方だ。
心がモヤモヤする。彼と私たちの距離感は今、大きな亀裂によって離れてしまっている。
32 = 1 :
しかし今日はちょっといつもと違っていた。
彼はいつもは文庫本を黙々と読んでいる。読書という点では今日も変わりはない。
"放課後キッチン"
"今日と明日のお弁当レシピ"
"お手軽ランチ教室"
書物の内容を除けば。
33 = 1 :
彼は専業主夫という馬鹿げた進路希望を望んではいるが、多少の料理スキルは持ち合わせている。
怠惰なこの男の事だ。それ以上の能力は余計だと判断して今まで一定の能力をキープしてきたんだと思う。
それが何故今になって?
「ヒ、ヒッキー・・・川崎さんとの勝負・・・ちゃんと続ける気なんだ。」
川崎さん・・・?勝負・・・?
「あぁ、あいつにだけは絶対に負けるわけにはいかん。」
負けるわけにはいかない・・・ですって?
34 = 1 :
私は小声で由比ヶ浜さんに話しかける。
「あの男が負けたくないだなんで、何があったのかしら?」
"負ける事に関しては最強"を貫いてきたこの男から、明確な勝利への渇望が湧き出ている。
「今日、川崎さんがヒッキーにお弁当渡したんだよ・・・それでヒッキーも川崎さんにお弁当渡したの。お互いの手作りみたい。」
一瞬言葉を忘れそうになる。
「まさか・・・ありえないわ・・・」
35 = 1 :
比企谷君が女の子と手作り弁当を交換?
自分でもよくわからない衝動に駆られる。
「そりゃあたしもね、最初は川崎さんがヒッキーの所へお弁当持って行った時はびっくりしたんだけど・・・」
「したのだけれど・・・?」
「全然その・・・イチャイチャーみたいな空気じゃなくて・・・既に険悪ムードだったの・・・教室の全員が動けなくなるくらい・・・」
ますます意味が判らない。
「それがね・・・なんかわかんないけど川崎さんとケンカ・・・?してるみたいで・・・」
「喧嘩・・・?あまり穏やかではないわね・・・それが何故料理資料を読んでいる事やお弁当に繋がるのかしら?」
「あ、うん。ケンカの原因はわかんないんだけど内容は判るんだ・・・ハハ・・・」
「・・・?」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
36 = 1 :
「呆れた・・・」
「ハハ・・・まぁ・・・そうだよね。」
元々妹さんへの歪んだ愛情が強烈な男とは思っていたけど、まさか対抗馬が居るとは。
シスコン、というカテゴリでは私も身に覚えが無いわけではない。
完璧な存在である姉が私にはいる。故に劣等感を感じることもある。
これも一種のシスコンのうちなんだろう。
しかし同じシスコンでも私と彼は全く違う方向性だ。彼はこれでもかと言うくらいに溺愛している。
そう、私と彼が似ているわけではない。
彼が妹の話をし始めると、大体の人間は引いてしまう内容だ。
だからこそ、全く引かずにぶつかってくる存在が居る事が意外だった。
37 = 1 :
少し・・・逸らしていた目を向けてみよう。
悔しいからではない。決して。
「ア、アハハー・・・あ、あたしもお弁当一緒に持っていこうかなー・・・なーんて・・・」
「そうだな、作れたらな。」
「はうぅ!」
由比ヶ浜さん、3秒で撃沈。
「あら、私はお弁当くらい作れるわよ。」
「お前じゃ無理だ、勝負にならん。」
迷いなく返してきた。
「どういう事かしら?私の料理があなたのそれに劣るとでも?」
「料理の出来がどうこうじゃねーんだ。お前、姉に対して手作り弁当作れるか?」
「・・・・・無理ね。」
私は試合放棄した。
「ゆ・・・ゆきのんがあっさり沈んだ!?」
38 = 1 :
「そういう事だ、これは兄の意地を賭けた負けられない戦いなんだよ。」
「ものすごくしょーもない戦いに見えるんだけど・・・」
「低レベル極まりないわね・・・」
くだらない・・・けど・・・そんなくだらないやり取りを久しぶりにやった。
だから今日の所は私の負けにしてあげる。
姉さんにお弁当作る機会は今後無いでしょうけど。
「そんなわけだしよ。他の事ならともかく、この勝負に限っては俺1人で挑まにゃ意味がないのさ。」
あ・・・
「んじゃそろそろいい時間だしけぇーるわ。またな。」
39 = 1 :
「ゆきのん・・・あれって・・・」
「・・・えぇ。」
"他の事ならともかく"
「他の事だったら、ちゃんと頼ってくれるのかな。」
由比ヶ浜さんが私の気持ちを代弁してくれる。
「だといいわね・・・」
こんな距離になったって、しっかりと、彼はこちらを見ているのだ。
40 = 30 :
これを上げないなんてもったいない。
41 = 1 :
「それにちょっとだけ、元気になった気がするんだぁ。」
「お昼の話かしら?」
「うん。確かにその・・・トゲのあるやりとりだったけど・・・アハハ・・・」
まぁ・・・まだちょっとぎこちない私たちだけれども・・・それでも・・・
今日はほんの少しだけ、奉仕部が以前のような空気に戻った気がした。
42 = 1 :
日曜日
先週の一件以来、俺は鈍った料理スキルを磨きあげるべく奮闘を続けている。
金、土曜と一心不乱に献立を頭に叩き込み、今日から実践開始だ。
恐らく川崎家の事だ、普段ゼミがあるとき以外は川崎本人が料理担当していると予想される。
対して比企谷家はたまに俺が担当するくらいで殆どが小町担当だ。
ま、まぁそれでも負ける気はしないけど?足元がお留守になる前に補強くらいはね?
「お兄ちゃんおはよ~・・・ってお兄ちゃんが日曜なのに小町より早く起きてる!?しかも朝食作ってるー!?」
「おう、おはようさん。ちょっとばかし理由があってなー。」
43 = 1 :
小町には今日から一週間、俺が料理を担当することを伝えた。
ゼミの日は仕方ないので、その日だけは自分で作るとも伝えた。
「お兄ちゃん急にどうしたの?そりゃお兄ちゃんの料理食べられる機会が増えるのは嬉しいけど。あ、今の・・・」
「小町的にポイント高い、だろ?まぁちょっとな。今週の火、木、それと金曜日は弁当作っていかないといけねぇんだ。」
「お、お、お兄ちゃんがお弁当作り!?ま、まさかとは思うけどそれって誰かと一緒に食べるって事!?」
「あぁ、その通りだ。」
予想通りの反応どうもありがとうよ。
その後ちょっと可愛いニヤけ面になることも想定済みだ。
「へぇ~、それってもしかして~、結衣さんと一緒に食べるの~?それともクラス跨いでまで雪乃さんの所へ行くのぉ~?」
44 = 1 :
全く予想を裏切らないマイシスター。だが俺の答えはきっと小町にとっては変化球だろう。
「いや、川崎と戸塚。明日は川崎が作ってきて、そっから交互に作る。」
「ほわっ!?た、大志くんのお姉さんとですってー!?しかもお兄ちゃんに対してお弁当を作って来るですってー!?って・・・戸塚さんも?」
「あぁ、明日から一週間、川崎と弁当勝負だ。戸塚はそのジャッジ。」
まったく珍しい組み合わせもあったもんだ。
「まったく珍しい組み合わせもあるもんだねぇ~」
何コレ、当たり前のように心読んでるよこの子。サイコメトラーなの?EIJIなの?触れられてもいないんですけどぉー?
ハッ!?もしかして逆!?俺がサトラレ!?だから皆して俺が何もしてないのに『うわ何あいつキモーい』とかそんな目で見てたわけ!?
45 = 1 :
「しかし第三勢力か~。小町の視界に入らないところで着々と力をつけていたとは驚きだよ~。」
なんだよ第三勢力って。ジャンプ・サンデーの間に入ってくるマガジン的存在?
確かに川崎のキャラ的にはマガジンっぽいけどさぁ。
どっちかっつーと俺は戸塚とBOYS BEだよ!君のいる街にぬぷぬぷっとアゲインしたいよ!
そのうち第四勢力にチャンピオンが来るの?
フジケン連載最中にエイケン始まっちゃうような気まずいぽわぽわした存在なの?それとも背中に鬼背負ったモンスター勢力?
46 :
やべえ彩ちゃんカッコいい……
惚れるわ、いやすでに惚れてたわ
47 = 1 :
回答者の居ない質問攻めを虚空に投げかけていると小町の携帯が悲鳴を上げ始めた。
「小町ぃーメールだぞー。」
「あいあーい。」
携帯をぽちぽちいじくりまわしている小町を横目に朝食を並べる。さっぱりとした和食だ。
「準備できたぞ。いつでもどうぞ。」
「ちょっと待っててー。一緒に食べよー。」
こういう事サラリと言うところでポイント高いアピールしない所がポイント高いわ。
なんか胸のこのへんとかあのへんとかがキュンってなっちゃっただろキュンって。
「「いただきまーす。」」
48 = 1 :
「あ、お兄ちゃん。小町今日お昼前くらいから友達と会う事になったの。」
「あいよー。弁当はいるか?昼前だったら一緒に作っちゃってもいいけど?」
「ほんっとそのポイントの高さ他の人に向けてあげられないかなー。ま、今回は大丈夫だよ。色々あって、相手が奢ってくれるみたいだし。」
「あー、もしかしてさっきのメールってその事か。わかったよ、夕飯は戻ってくるの?」
「うん、そこまで時間掛からないよ。」
「そーかぁ。今日は親2人揃って休日出勤みたいだし、夕飯のリクエストあれば聞くぞ。」
まったく不憫なものである。
カレンダーが赤い日に職場に足向けるなんざ、考えただけでも死にたくなる。働きたくねぇー。
49 = 1 :
「そうだなぁー・・・ドリアが食べたい!」
完全にサイゼ脳だよこれ。サイゼ舌だよこれ。ミラノ風の追い風に乗ってきちゃったよこれぇ。
「ま、今日は時間たっぷりあるし・・・299円の挑戦状受けてやるよ。」
「おぉー、マジですか。お兄ちゃん本気だなぁ・・・これはひょっとするとひょっとするかも・・・」
小町が小声で何かブツブツ言っている。だがそれくらいの挑戦は受けて立たねばこの一週間、勝ち残れない。
あ、弁当用のちっさいグラタンとかに応用できるかも。一緒に作って試してみよ。
50 = 1 :
「それじゃ、いってきまーす!」
「おぅ、いってらっしゃっせー。」
さて・・・具は何にすっかな。
エビかナスか・・・キノコもありかな。
久しく感じていなかった微かな充実感。
いつも無気力を装い、"それなりに"を目標点にしていた自分が、何かに本気に取り組んでいる事に。
この時俺は気づいていなかった。
そして俺たちの弁当ウォーゲームが始まる。
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