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    元スレ和「フランスより」咲「愛をこめて」

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    みんなの評価 : ★★★
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    1 :

    ー注ー

    フランス・パリを舞台にした和咲です
    2人とも社会人になってます
    別のスレで書かせて頂いてる十二国記パロの合間にちょこっと書く程度なので更新は遅いです

    以上、苦手な方はブラウザバックお願いします

    SSWiki :http://ss.vip2ch.com/jmp/1410793480

    2 = 1 :

    咲は途方に暮れていた。

    何かの間違いではないかと思ってもう一度手にした地図を見る。

    少しくたびれた紙には、味気ないフォントで住所とホテル名が印字されていた。

    そのどちらもが目の前の看板と全く同じである。

    「……写真と全然違うんだけど」

    ぼそりとこぼれた言葉に応えてくれる者は誰もいない。

    咲が出国前にサイトで見たのは、小洒落た建物だった。

    古い石造りで、少しむらのあるグレーが歴史を感じさせる。

    随分と小さそうだったが、どうせ一人で泊まるので気にならなかった。

    それよりもプチホテルという響きに魅かれる。

    日本の画一的なホテルよりよほど面白そうだった。

    ところが咲の目の前にあるのは――今にも崩れ落ちそうな、おんぼろ宿である。

    外壁には無数のひびが入り、ところどころカビのような黒い汚れがこびりついていた。

    路面を見れば、誰が捨てたのか無数のゴミが散らばっている。

    「こんなところで最初の夜を過ごすなんて……」

    咲の口から深いため息が吐き出された。

    元々疲れきっていた体がますます重くなる。

    「はぁ……」

    後悔しても、もう遅い。

    大体この旅行には最初からケチばかりついていた。

    3 :

    十二国記の人か
    期待せずにはいられない

    5 = 1 :



    ■  ■  ■


    咲は小さな編集プロダクションで働くライターである。

    そう言えば聞こえはいいが、実際の仕事はろくでもないものだ。

    朝晩関係なしに締切に追われ、どんな無茶苦茶なテーマにも全力で取り組まねばならない。

    そのくせ咲の名前はどの雑誌・書籍にもクレジットされることはなかった。

    なぜなら咲はライターはライターでも「ゴーストライター」

    ――表舞台には決して出ることのない、秘密裏の代筆屋である。

    芸能人のエッセイ、最近話題の企業家によるビジネス書、ブロガーによるハウツー本など

    咲が今までに手がけた本は数知れない。

    鋭い洞察力とそつのない文章力のおかげで、ゴーストライターとしては常に引っ張りだこだった。

    作家専属の誘いも何度かあったくらいである。

    もっとも咲自身はその誘いすら直接受けることはほとんどなかった。

    ゴーストライターとしてその存在を外に知られるわけにはいかない咲は、常に社内にひっこんでいたからである。

    仕事や打ち合わせの窓口は全く別の人間が担当していた。

    メールですら、別の社員が受け取った上で転送されてくるのみである。

    作品はあれど、書き手の存在はひたすらあやふやな幻のライター――それが、咲だった。

    (まぁ、全部過去の話だけど)

    6 = 1 :

    思い出すのは数週間前、実質上の解雇宣告を受けた時のことだ。

    編集長「咲、お前しばらく来なくていいぞ」

    軽く肩を叩かれ、編集長にそう告げられた。

    まるで食事の誘いをかけているような気軽さであった。

    「来なくていいって……どういうことですか?」

    編集長「そのままだ。お前、このところ一文も書けてねぇじゃないか」

    「それは……っ」

    咲はスランプ状態一ヶ月を突破したところだった。

    何か書かねばと思ってもひとつも言葉が思い浮かんでこない。

    資料を読んでも、情報が頭の中を通り抜けるだけで何も残らなかった。

    未だかつて経験したことのない大スランプである。

    その間も咲の元へ仕事は舞い込んできたが、今は全て別のライターの手に委ねられている。

    この業界、重視されるのは結局質ではなく納期だ。

    編集長「まぁ、スランプ自体は誰にもあることだし。咲の場合、今までずっと働きっぱなしだったしな」

    「……」

    編集長「ここでいっちょ、気分転換に旅行にでも行ったらどうだ? コレ、やるからさ」

    「はぁ……」

    編集長がポケットから出してきたのは、紙切れの束だった。

    よく見れば有名な航空会社のロゴと金額が入っている。どうやら商品券のようであった。

    7 :

    あっちが終わってないのに何やってんだよ…
    菫咲好きだと思って期待してたのにガッカリだわ…

    8 = 1 :

    編集長「全部で10万円分ある」

    「え……」

    編集長「マイレージで交換したんだよ。ほら、数年前やたらと海外に飛ばされていたときあっただろ」

    編集長「あの時溜まったヤツの期限が切れそうで換えたんだが、結局ソイツも使えねぇままでさぁ」

    「……」

    編集長「という訳でスランプの見舞金代わりにやるから、使い切って体験記の一つでも書いてくるまで会社に来るな」

    満面の笑みとともに親切ごかして言われたものの、咲にとっては死刑宣告に等しかった。

    というのも咲は正規の社員ではない。

    時間で雇われているのではなく「原稿一本いくら」の形で食い扶持を稼いでいた。

    さらにフリーではなく、あくまでこの編プロと専属契約を結んでいるので他から仕事を得ることは出来ない。

    「会社に来るな」とは、すなわちライターとしての収入が閉ざされることを意味していた。



    「たった10万で、何が出来るっていうの……」

    ワンルームの自宅で寝転がったまま、咲は独りこぼす。

    手にしたこの商品券が、咲が会社を去るにあたって与えられた全てだった。

    いわば、退職金だ。

    「たった、10万円」

    それでなくてもこのところ咲の生活は苦しい。

    例のスランプで、一ヶ月の間一銭も得られなかったからだ。

    浪費するたちではないので今までの貯金はあるが、将来のことを考えると容易に取り崩せなかった。

    9 = 1 :

    「いっそ金券ショップにでも売ろうかな…」

    安く買い叩かれるだろうが、それでも現金が手に入る。

    中々いいアイデアのように思えたが、実行するには例の編集長が怖かった。

    昔は大手政治部の記者として鳴らしていたらしいあの男は、

    時折とんでもないところからとんでもない情報を仕入れてくる。

    警察の会議机の下に潜り込んで事件をすっぱ抜いたという過去は伊達ではないのだ。

    咲が商品券を売り飛ばしたことを気づかれる恐れは大いにある。

    どうしようもなくなって、咲はごろりと横を向いた。

    このところ片づけをサボっていたせいで、部屋には読みかけの本が散らばっている。

    目の前にあるその一つが妙に気になって、咲は手に取った。

    パラパラとページを捲っていると、あるフレーズが目にとまった。


    「ふらんすへ行きたしと思えども、ふらんすはあまりに遠し……」

    荻原朔太郎の詩「旅情」の一文である。

    「ふらんすは、あまりに遠し……」

    彼の生きた時代には、海外へ行くなら船が基本だった。

    たどり着くだけで数ヶ月はかかる、長い長い旅路である。

    「まぁ、今だってフランスは遠い国だけど……」

    それでも現代には飛行機がある。

    乗り継ぎ便を利用したとしても、10数時間しかかからない。

    10 :

    ここまで書き手にいろんな設定づけをされると
    咲saki-キャラの名前だけを借りた別の作品としか思えないわ

    11 = 1 :

    「ふらんすへ、行きたしと……」

    咲の口から、再び詩のフレーズが零れおちる。

    フランスに憧れた作家は多かった。

    永井荷風や遠藤周作に渋澤龍彦――もっともその影響は日本人に留まらない。

    いつの時代も、世界中がこの芸術の国に魅了されてきた。

    「……」

    咲はもう一度例の商品券を見つめた。

    今、フランスに行くのにはいくらぐらいかかるのだろう。

    この10万円で、足りるだろうか。

    「少なくとも10万円分の費用は浮くってことだよね」

    自分の中に、何か決心のようなものが灯っていく。

    「パスポートの期限ってどうなってたっけ…」

    緩慢に立ち上がると、咲はしまい場所を忘れたパスポートを探し始めた。


    ■  ■  ■

    12 = 1 :

    ――こうして、咲はフランスはパリへとやってきたのである。

    旅行のシーズンからは外れていることもあって、航空券は意外とすんなり取れた。

    貰った商品券を全て使ってしまったが、無事日本の航空会社による直行便を抑える。

    羽田発の深夜便は、就航直後ということもあって様々なキャンペーンを張っていた。

    エコノミーでもふんだんに振舞われるフランスを意識した飲み物や機内食、

    事前に購入したガイドブックの美しい写真もあって、咲の心はいよいよ浮き立つ。

    (私、これからフランスに行くんだ……テレビや本でしか知らなかった、あのパリへ)

    その気持ちがガラガラと音をたてて崩れ落ちたのは、空港に到着してすぐのことであった。



    「え……どこへ行けばいいの?」

    荷物を持ったまま、咲はぽつんと独り立ち尽くす。

    早朝のシャルル・ド・ゴール空港は薄暗かった。

    機内にいた沢山の人はいつの間にかいなくなっていて、降りるのに手間取っていた咲は取り残された形となる。

    周囲には係員の姿すら見つからず、唯一申し訳程度に英語表記のある案内看板が頼りだった。

    13 = 1 :

    「えーっと、こっちでいいんだよね……」

    大きな不安を抱えたまま、咲は出口を探して歩きはじめた。

    (英語だけでもやっておいてよかったよ)

    英文科の大学へと進んだ咲には、カナダに留学していた経験がある。

    ネイティブには程遠いが、英語の資料も何とか原文で読める。

    咲がゴーストライターとして重宝された特技の一つだった。

    「空港だし……いざとなれば英語で道を訊いても大丈夫だよね」

    そんなこんなで難儀しながらも、咲は出口に向かって進んでいく。

    途中うっかり乗り継ぎの列に紛れ込みそうになりながらも

    1時間後にはなんとか空港から出ることができていた。

    「えぇっと……」

    ガイドブックや事前にネットで調べたところによると、空港からパリ市街へ向かうルートは主に三つある。

    タクシー、シャトルバス、電車――金銭と時間帯から、咲はほとんど迷うことなく電車を選んだ。

    RER(地域急行鉄 道網)B線は、様々な観光案内で頻出する路線である。

    ――ところが、これが大失敗だった。

    14 = 1 :

    (ななななんなんなの、この電車は!)

    咲は荷物を抱えながら、隅っこでふるふると震えている。

    それは咲が今までに乗ったどの電車よりも古くて汚く、危なげな空気に満ちていた。

    シートのほとんどは薄汚れていて、ところどころ破けている。

    窓は砂埃で灰色に曇り、床にはゴミがたくさん落ちていた。

    目線をそらせばよくわからないラクガキが目に入る。

    人はあまり乗っていなかった。

    咲のような旅行者が数人、やはり心細そうに隅っこに固まっている。

    その中に余裕綽々で座っているのが、ひとりの若いフランス人だった。

    肌の色が濃いので移民かもしれない。

    荷物を何も持たず、ガムをくちゃくちゃと噛んでいる様がどうにも恐ろしかった。

    そんな乗客は、駅を過ぎるごとに数を増していく。

    中にはフランス語で何かをしゃべりながらあからさまに旅行客を哂っている者もいた。

    「……っ」

    咲は、手にした大き目のボストンバックをギュッと握り締める。

    荷物を少なくしたのは正解だったかもしれない。

    元々服装に気を使う方ではないし、現地で買うのも面白いと思って数日分しか用意してこなかったのだ。

    例のヤバそうな乗客の視線は、常に大きなスーツケースを携えている人々に向けられていた。

    15 = 1 :

    30分ほどで目的駅に着いたが、咲には一時間くらいに感じられた。

    電車から降りた瞬間、背中にかいた汗がすっと冷えるのを感じて驚く。

    どうやら自分でも気づかないほどに緊張していたらしい。

    「さてと……また、か」

    そして咲は再びため息をついた。

    パリでも有数の規模を誇るターミナル・北駅(Gare du Nord)は、あのシャルル・ド・ゴール空港と同じ雰囲気があった。

    すなわち、やたらと大きくて広く、薄暗い。

    しかも困ったことに空港と違ってあまり英語が通じなかった。

    どうも向こうは聞くことができてもしゃべることができないらしい。

    たまに話せる係員にいきあってもなまりがひどく、咲が聞きなおすことが多々あった。

    方々さまよった挙句、やっと出口にたどり着いた時にはすでに日は高く上っていた。

    時計を見ると、予定より随分と遅い。

    思わぬ時間のロスに、咲はまた深いため息をついた。

    (でも……まぁいいか)

    何せ急ぐ旅ではない。添乗員もつかない個人旅行なので、時間の束縛は一切なかった。

    ポケットに忍ばせていた地図を見ながら、咲はパリの道を一歩一歩踏みしめる。

    テレビで見たのと同じ石畳が、妙に歩きづらかった。

    ――そして何とかたどり着いた宿泊先で、咲は呆然と立ち尽くすことになる。

    16 = 1 :


    「……」

    目をこすっても、頬を叩いても、目の前の光景が変わることはない。

    相変わらずそこにはサイトで見たような洒落たプチホテルではなく、今にも潰れそうなボロ宿があるだけだ。

    「ここが、パリで初めて過ごす場所……」

    咲はもう一度深く長いため息を吐いた。

    そして、意を決して荷物を持ち直す。

    「嘆いていても仕方ないよね」

    薄汚れたドアノブに手をかけた。

    ――ガラン、ガラン。

    少し調子外れのベルの音が耳を掠めていく。

    ホテルの玄関ホールは狭かった。

    実家の玄関とそう大きさが変わらないかもしれない。

    少し奥にいった脇にフロントデスクがあり、痩せぎすの若い女性がひとり座っていた。

    手持ち無沙汰に新聞を読んでおり、口はへの字に曲がっている。

    マンガに出てくるような無愛想さだった。

    「えーっと、ボン・ジュー……?」

    恐る恐る声をかけると、女性は咲をギロリと睨みつけてくる。

    しばらく沈黙が続いた後、なまりの強い英語で「宿泊?」と訊いてきた。

    「あ、はい」

    慌てて英語で答えると、カバンから印刷してきた予約表を渡す。

    17 = 1 :

    「先日予約したサキ・ミヤナガです。シングルルームをお願いしていると思うのですが……」

    咲の言葉に女性は何も返さなかった。黙ったままパソコンを弄りはじめる。

    しばらくして咲の予約を見つけたらしい。 

    デスクから鍵を取り出すと、咲によこしてきた。

    「5階、515号室」

    「メ、メルシー……」

    終始ニコリともしない従業員に面食らいながらも、咲は言われた部屋へと向かおうとした。

    (5階ということは、エレベーター使った方がいいかな)

    そうしてくるりとエレベーターの方を向いたところで、咲はまた呆然とすることになる。

    「え、故障?」

    人一人がやっと入れるくらいの小さなエレベーターには張り紙がしてあった。

    フランス語はよくわからないが、なんとなく壊れていることはわかる。

    何より紐か何かで封鎖されてしまっているのだ。

    戸惑う咲に、例の女性が「階段!」と冷たい声を投げかける。

    辺りを見回せば、古ぼけた螺旋階段が目に入った。

    「これを登っていくの?……5階まで?」

    くらりと眩暈がするけれども、他に方法があるわけもない。

    咲はぐったりと重い体に鞭打つと、のそりのそりと階段を登りはじめた。

    (スーツケースじゃなくて、本当によかった……)

    ――もっとも、悲劇はここで収まらなかった。

    18 = 1 :

    「う……っ」

    やっとたどり着いた515室、ドアを開けた途端襲ってきたのは何とも言えない臭気だった。

    カビ臭いのとホコリ臭いのが、入り混じったような感じだ。

    「何なの、この部屋!」

    そればかりではない。咲を出迎えたのは部屋一面のベッドであった。

    別にベッドが特別大きいというわけではない。部屋が極端に狭いのだ。

    しかも三角形に近い変形らしく、ベッドの向こうに行くにはベッドを乗り越えなければならないようだ。

    シャワールームやトイレにクローゼットなど、サイトに記載されていた設備は確かに揃っている。

    しかしその状態はひどいものだった。

    シャワールームはところどころヒビとカビが目立ち、トイレにはなんと便座がない。

    ドサリ、と肩からボストンバックが落ちる。

    目の奥から溢れてきそうになった熱いものを、すんでのところで咲は堪えた。

    「こんなの……普通ありえないよ」

    咲は決して安宿が初めてではない。

    19 = 1 :

    仕事柄色んなところに安い経費で飛ばされてきた。

    国内であれば、場末のホテルになど何度もお世話になっている。

    それでもここまでひどいのは見たことがなかった。

    むしろ生半可に国内の安宿に慣れていたからこそ

    外国、しかもフランスの安宿がここまでだとは思いもしなかったのだ。

    「……二泊にしておいてよかった」

    今回の旅の日程は、およそ十日間。

    その間できれば色んなところに泊まりたいと咲は考えていた。

    調べると、パリではよほどの人気ホテルやシーズンでない限り、当日訪れても案外泊まれるものらしい。

    そこで最初の二日間だけ事前予約しておいて、あとは現地で探すことにしていたのだ。

    「まぁ、最初にドン底経験しておいたら後で何があってもショック受けないよね」

    空笑いをしながら、咲はもう一度二日間の宿を見渡した。

    「……多分」

    部屋の隅を何か黒いものがよぎったのは、 気のせいにしておきたい。


    ■  ■  ■


    20 :

    咲さんたくましいなw

    21 = 1 :

    「なんとか、たどり着けたよ……」


    長い階段を登りきり、咲は深く息を吐いた。

    ここは北駅からメトロで南に下ったところにあるバスティーユ駅である。

    その名の通り、かのフランス革命の大舞台となった場所であり、駅の壁画などにその名残を見ることが出来る。

    ホームの一部では、バスティーユ牢獄の遺跡が今も残されているらしい。

    もっとも咲の目的は歴史建造物の見学ではなかった。

    慣れないメトロに苦戦しながらもここまでやってきたのは、気分転換に憧れのカフェで一服するためである。

    「ええっと……っと」

    メモしたノートを開いた途端に肩からずり落ちたカバンを、咲はなおざりに持ち直した。

    本来ならこのボストンバッグはホテルに置いてくるはずだった。

    ところが、例のボロ部屋はなんと鍵が壊れていたのである。

    フロントに文句を言ってもスタッフはちっとも取り合ってくれなかった。

    「私たちは安全だ」などと言われても、咲が安心できるわけがない。

    貴重品を置いていくわけではないといえども、どうしても不安にかられてしまう。

    結局何とか持ち歩けそうだということで、このボストンバッグを抱えて出かける羽目になったのである。

    22 = 1 :

    お目当てのカフェは、駅から少し離れた路地の奥にあるとのことだった。

    咲の好きな作家のお気に入りで、彼のエッセイによく出てくる店である。

    地元の人にも人気らしくテレビ番組にもしばしば映っていた。

    「この辺りのはずなんだけど……」

    パリの街は複雑だけれど、意外と迷いにくい。

    というのも小さな路地ですら通りには全て名前がつけられているからだ。

    さらに、通り名は比較的わかりやすく看板の形で示されている。

    地図にも住所にもその通り名が明記されているので、

    首尾よく通りを発見できれば目的地におのずとたどり着けるというわけだ。


    咲が目指す通りも、同様にすぐ見つけることが出来た。

    大通り沿いの派手な店には目もくれず、咲は薄暗い石造りの路地へと入る。

    目的の店はちょうど短い通りのちょうど真ん中にあって、少し色あせた赤い日除けが目立っていた。

    大通りに面した店はどこも客で埋まっていたが、それはここも同じようだった。

    路地裏にあるとはいえ「人気の」と謳われているのは伊達ではないらしい。

    とはいえ観光客らしき姿は咲以外には見当たらなかった。

    テラス席で銘々にくつろいでいるのは明らかに地元民である。

    まさしく自分が知りたかった「本当のパリ」の予感に、咲の胸は久しぶりに高鳴った。

    23 = 1 :

    困ったことに外に店員の姿は見当たらなかった。

    テラスの客は少し咲に目をやったあとは、それぞれのおしゃべりや読書に戻ってしまっている。

    やむを得ずに咲は覚悟を決めて店の中へと首を突っ込んだ。

    外のテラスとはうってかわって、中はとても薄暗い。

    しかし奥のカウンターで客と話し込んでいるスタッフらしき姿は確認できた。

    「ボン・ジュー」

    咲は声をかける。できるだけ大きな声を出したはずだった。

    (えぇ……?)

    けれども店員も客も咲の方を見向きもしない。

    困り果てた咲は、もう一度声を張り上げた。

    「ボン……ッ」と叫んだところで、いかにも「面倒くさい」という雰囲気で店員が動いた。

    眼鏡をかけた細身の白人男性で、レンズのせいか表情はわかりづらかった。

    「あの……ここでコーヒーと軽いものをいただきたいのですが」

    一か八か、英語で話しかけてみる。

    そもそも簡単な挨拶しかフランス語が出来ないので、ここで通じなければ色々とあきらめざるをえない。

    最近の若いフランス人は英語が話せると聞いての賭けだったのだが、どうやら咲は勝ったようだった。

    24 = 1 :

    店員「観光のお客さん?」

    「あ、はい。今朝日本から着いたばかりで……」

    店員「悪いけど、今日は満席なんだ」

    「えっ?」

    何か聞き間違えたのかと思った。

    確かに店は空いているとは言いがたいが、それでも空席はいくつかある。

    目で確認しただけでも、テラス席に一テーブル、店内は二テーブル分空きがあった。

    咲の視線で言いたいことがわかったのだろう。店員はわざとらしくため息をついてみせた。

    店員「生憎、そこもあっちも埋まっているんだ」

    「それは、どういう……?」

    店員「もうすぐ2時だろ」

    咲の問いに、店員は壁にかかった時計を指差した。

    店員「そろそろ、テラスのあの席にはマリーばあさんがやってくる」

    「はぁ……」

    店員「それから三十分くらいしたら、右の席にはアンソニーが、奥の席にはルイのじいさんが座ることになっている」

    「……」

    店員「わかるかい、日本のお嬢さん。ここはこの町の人たちのためのカフェだ。どの席も、まずは常連さんのためにあるんだよ」

    店員の英語はわかりやすく、咲の心に突き刺さった。

    25 = 1 :

    店員「君が探しているような『パリらしい』カフェなら大通りに沢山あったろう?地元民には地元民の、観光客には観光客のための店がある」

    店員「それが、パリという街だ」

    「そんな……」

    憧れだった場所で突きつけられた「パリの現実」に、目の奥がぎゅっとしびれてくる――その時だった。

    「Hey!」

    誰かがふいに大きな声をあげる。

    注文かと思いきや、その若い女性はキラキラとした笑みを浮かべてこちらを見ていた。

    店員とはやはり顔見知りらしく、親しげに声をかけている。

    2人は暫く何やら言い合いをしていたが、フランス語だったために咲には何が何やらさっぱりだった。

    やがて店員の方が「お手上げ」と言わんばかりに首を振ると、何処かへといってしまう。

    あっけにとられている咲だったが、間を置かずさらに度肝を抜かれることになった。

    「コチラへ、ドーゾ」

    ぎこちないが、日本語で話しかけられたのである。

    例の若い女性が、ニコニコと咲に手を差し伸べていた。

    「えっと……」

    「オチャ、イカガデスカ?」

    そう言って、女性は空いている自分の正面の椅子を指差す。

    どうやら咲に相席をもちかけているらしい。

    「え……えぇっ?」

    目をぱちくりさせている咲に、女性はさらに満面の笑みを差し向けた。

    26 = 1 :

    女性の名前はエマといった。

    どうやら日本に興味があるらしく、日本語は独学で覚えたそうだ。

    もっとも、なんなく意思疎通するにはレベルが足りないらしい。

    咲が英語話者であるとわかると、すぐに切り替えてきた。

    エマ「観光に来たっていうけど、パリは初めて?」

    「はい」

    エマ「じゃあ、本当にびっくりしたでしょう」

    エマの言葉に咲は苦笑する。

    「いえ、私の勉強不足でした。なんだか失礼をしてしまったみたいで」

    エマ「そんなことないわよ!ジャンってば、頭が固くて爺みたいなの」

    エマ「もっとも今回のことは、私にはちょっとラッキーだったけれど」

    「それは、どういう……?」

    首を傾げた咲に、エマはウインクを寄こす。

    エマ「だってこういうチャンスがなければ、あなたのような可愛い子とお茶なんてできなかったからね」

    さらに柔らかく手まで握られてしまい、咲の頬に羞恥と困惑で朱がさしていく。

    「可愛いだなんて……」

    エマ「あら、咲はとってもチャーミングよ。もっと自信を持って!」

    「はぁ……」

    27 = 1 :

    多少面食らうところはあったが、エマは非常に面白い人物だった。

    彼女自身もこのあたりに越してきて地元民としては日が浅いらしく、

    色々困ったことなどを面白おかしく聞かせてくれる。

    逆にエマは日本や咲自身のことをたくさん知りたがった。

    当たり障りのないことを話してやっても、様々なリアクションを交えながら聞いてくれる。


    エマ「ねぇ、このあと予定はある?」

    そう訊かれて、咲は随分と時間がたってしまっていることに気づいた。

    最初にエマが頼んでくれたカフェ・ラテもすっかり空になっている。

    「そうですね、そろそろお暇しないと…」

    エマ「なにか急ぎの用事でも?」

    「いえ、特にはないんですが」

    咲の答えに、エマは笑みをいっそう深めた。

    エマ「それなら、この近辺を案内がてら一緒にゴハンも食べましょうよ」

    彼女の申し出は、正直に言うとありがたかった。

    如何せんパリは初めてだし、このカフェでの失敗もある。

    パリっ子の道案内ほど心強いものはないだろう。

    28 = 1 :

    「でも、会ったばかりなのにそこまでしてもらうのは……」

    渋る咲に、エマは「日本人ねぇ」と笑う。

    エマ「今日は私は休暇だし、咲とゴハンが食べられるなら嬉しいわ」

    エマ「今は恋人もいないしね。独りで暇してたのよ。だから、ね」

    そうまくしたてるエマに腕までつかまれては、咲も断るすべを知らない。


    結局お茶をご馳走になったあげくに観光案内までしてもらうことになった。

    エマ「じゃあ、行きましょう」

    浮き足立つエマに引き連れられて咲はカフェをあとにする。

    ふと振り返ると、あきれ果てたような例の店員が見えた。

    その冷えた視線が、どうにもひっかかっていた。


    ■  ■  ■


    29 :

    エイスリンかと思った

    30 = 1 :

    パリは薄暗がりに染まりつつあった。

    この街では蛍光灯の白い光にはあまりお目にかからない。

    黄色味を帯びた柔らか光が、無数に瞬いては建物を照らしている。

    それは確かに写真やテレビで見たような幻想的な光景だった。

    エマ「綺麗でしょう」

    「えぇ、本当に……」

    ほぅと感嘆の吐息を漏らした咲の耳朶を、エマの柔らかい声が掠める。


    いい夕暮れだった。

    気温は確かに東京よりもうんと寒いが、美しい光景に興奮しているせいか気にならなかった。

    エマの話は相変わらず面白く、咲はところどころでクスリと笑ってしまう。

    エマ「路地に入るけど、こっちが目当ての店の近道なのよ」

    誘われて足を踏み入れたのは、石畳の小さな路地だった。

    あのカフェがあったところに雰囲気は似ているが、それよりも少し道幅が狭いように思える。

    「どんなお店なんですか?」

    エマ「美味しいわよ。フレンチじゃなくてスパニッシュなんだけど」

    エマ「とにかくエビや魚が最高なの。日本人はシーフードが好きなんでしょ?」

    「そうですね。私も大好きです」

    エマ「あの店の茹でエビを食べたら、咲は日本に帰りたくなくなるかもね!」

    「ふふ……っ」

    31 = 1 :

    エマの言葉に咲は再び笑い声をあげた。

    それに何故かエマは何も応えなかった。

    怪訝に思って顔をのぞくと、実に穏やかな顔でこちらをじっと見つめている。

    そのヘーゼル色の目だけが光っているようだった。

    エマ「……咲は本当にかわいいわね」

    「エマ……?」

    エマ「あなたは本当にかわいくて、チャーミングで……あぁっ、やっぱりもう我慢できないっ!」

    視界が、急に流れた。

    何が起きたのかを咲が把握できたのは、背中に鈍い痛みを覚えたからだ。

    店と店の隙間の路地裏に引っ張り込まれ、壁に押さえつけらえている。

    「何をす……んむっ!?」

    抗議の声をあげる暇すらなく、咲は呼吸を奪われていた。

    その唇を、熱い何かが覆っている。

    エマに口付けられているのだと気がついたときには、舌の侵入を許していた。

    「ふ……っん、ん、んぁ……はっ」

    エマ「ふぁっ……ああ、咲。あなた本当にかわいいわ」

    息を整えきれない咲に対し、エマが恍惚とした声を投げかけてくる。

    32 = 1 :

    エマ「カフェで逢った時から、こうしてみたくて仕方なかったのよ…」

    「ふざけないでください!同性の…しかも初対面の人に何を…っ」

    エマ「同性?初対面?それこそ何の問題があるのかしら?」

    きっと睨みつける咲すら愛しいと言わんばかりに、エマはニタリと笑った。

    エマ「ここはパリ、自由と恋愛の街よ。気が合えば、誰だってアバンチュールが楽しめる……」

    エマ「咲だって、私の誘いにのってくれたでしょう?」

    「私は、そんなつもりじゃ……っ」

    咲の背に、ぞわりとしたものが走った。

    厚着しているはずの衣服を押し分けて、エマの手が自分の肌を直にまさぐっている。

    「あ……やめ……っ」

    エマ「本当に滑らかで……シルクみたい。堪らないわ」

    咲が必死になってもがいているのを意にも介さず、エマは舌なめずりした。

    エマ「美味しいものを食べて呑んで…それから咲をいただこうと思っていたけど、つまみ食いくらいならいいわよね」

    その言葉に咲の頭は真っ白になっていく。

    「や、やだ……っ」

    エマ「いい子にして、咲。気持ちよくしてあげるから、大人しく……」

    「いやあああっ!」

    咲は力の限り大きな叫び声をあげた。

    人気のない路地だとわかってはいても、わずかばかりの助けの可能性にかけて。

    33 = 1 :

    その祈りが届いたのだろうか。

    「……」

    ふと、視界が真っ暗になった。

    咲に手をかけようとしていたエマが横を見上げたまま動きを止めている。

    その様子につられるように、咲も同じ方向を見上げた。

    路地の入り口をふさいでいた人物は、影になっていてよく見えない。

    その人物がこちらに話しかけてきた。

    エマが慌てふためいて何かを喚く。

    2人ともフランス語を話しているせいで、その内容は咲にはさっぱりわからなかった。

    けれども何か助けのヒントにならないかと耳をすませているうちに、どうにも奇妙な感覚が咲を支配していく。

    (この声……聞いたことがある……あっ!?)

    高校の時の友人の面影と目の前の姿が、咲の脳裏でピタリとあっていく。


    「和ちゃん…?」

    「咲、さん…?」


    それは間違いなく日本語だった。


    咲・「「やっぱり……!」」


    2人の日本人の声が、見事にシンクロする。

    まさしく高校でともに青春を過ごした友人――原村和であった。

    34 = 1 :

    とりあえずここまで。

    十二国の方は最終話までのプロットは書き終えてますので今年中には余裕で終わります。
    どちらも必ず完結させますので、宜しければお暇な時にでも覗いてやって下さい。

    35 = 20 :

    乙 なかなか面白い

    36 :

    >>10
    それは正直わかる
    でも面白ければ良いとも思う

    37 :

    >>10京太郎(小声)

    38 :

    久々の咲和スレ!期待

    39 :

    百合豚ってホントカスだわ
    京太郎がみんなにモテてるのは公式だし
    こんな捏造スレは京太郎スレではありえない
    速報で百合は嫌われるっていい加減覚えろ

    40 :


    咲さん無警戒すぎる

    41 = 38 :

    出会ってもいないキャラと何故か恋愛関係になってる京太郎スレの方がよっぽど変だよな

    42 = 39 :

    京太郎安価読んだことないだろ

    美少女同士のレズなんて現実には殆どいないのに馬鹿じゃねーの
    現実のレズビアンは片方が性同一性障害のオナベで
    女の方は好きになった「男」がたまたま実は戸籍上女だったというだけが殆ど

    43 :

    京太郎がアカギ並に麻雀強かったり、勝手に阿知賀を共学にしたりと
    京豚さんだって派手に設定壊しまくってるじゃないですかー

    44 :

    麻雀要素のあるなしはでかいわな

    45 = 39 :

    とにかく速報咲スレに百合はいらない
    深夜かVIP行け

    46 :

    >>45
    なんだこいつ

    47 :

    まず高山なんとかしろよ咲百合オタはさ~

    あのキチガイ大人しくさせなきゃここで真面目にやっている>>1も同類の京太郎コンプレックスマンと見なされちゃうじゃんか~wwww

    48 :

    京豚が顔真っ赤にしてると聞いて

    49 = 47 :

    >>48
    ならすぐに反応しちゃうお前の顔は真っ赤どころかマグマ色だね^^


    京コンプ辛すぎるのうwwwwwwwwww

    50 :

    乙 俺も海外行ってホテルで幻滅したことあるから気持ち分かるw


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