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    元スレ和「フランスより」咲「愛をこめて」

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    みんなの評価 : ★★★
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    51 :

    菫咲だと荒れないのに和咲だとなんで荒れるんですかねぇ

    52 = 1 :

    それからは、まるで映画を早送りで見ているようだった。

    一瞬蚊帳の外にいたエマが我を取り戻し、咲にはわからない言葉で和に何かを話しかける。

    機嫌が悪く和を追い出そうとしているのはわかった。

    それに対し、和が低くやはり異国の言葉を吐き出す。

    エマは途端に顔色を変え、こちらに一瞥もくれずに明るい大通りへと消えていった。

    「え……」

    助かった、のだろうか。

    咲の体から一気に力が抜けていく。

    自分を支えることもできずに、その場へ座り込みそうになった。

    「何をやってるんですか」

    それを寸前で引き止めたのは和だった。彼女の手は咲の腕を掴んでいる。

    「というか……どうしてこんなところに咲さんがいるんですか」

    和の声は固く、視線はぎろりと冷たかった。

    咲の腕を掴んでいる手には、割と容赦のない力が込められている。

    とても旧友との偶然の再会を喜んでいるようには思えなかった。

    むしろこの場にいた咲を責めたてているようだ。

    「……」

    咲は答えあぐねていた。

    うまく言葉を見つけられないでいると、

    が再度「ねぇ、咲さん」といらだった声をあげた。

    53 = 1 :

    「……さっきのあの人、お知り合いなんですか?」

    「さっきのあの人」とは、恐らくエマのことであろう。

    咲はますます困ってしまった。

    今日会ったばかりとはいえ、一応エマは色々よくしてくれた人だ。

    見知らぬ、とは言い切れない。

    「えと……知っているといえばそうかも……」

    「はぁ?」

    仕方なしに答えを濁せば、和の声がさらに不機嫌なものに変わった。

    「では合意の上だってことですか?私はただのお邪魔虫だったようですね」

    「合意の上って……違うよ!それは絶対に違うから!」

    ここで初めて咲は和の質問の意図がわかった。

    さらにとんでもない勘違いをされていることに気づき、慌てて首を横に振る。

    「私、観光でこの街に来たばかりで……そしたら、彼女が親切に道案内を……」

    「……してもらった報酬に、まんまと喰われそうになったワケですね」

    「喰わ……っ?」

    明け透けな和の言葉に、咲の頬がかぁっと熱くなる。

    それを見た和が盛大にため息を吐き出した。

    54 = 1 :

    「あ、あの人は女の人だよ!」

    「だから?この街じゃそんなこと関係ないんですよ!」

    和の目がまた剣呑に光った。

    「観光で浮かれているところに、現地の優しそうな女性に声かけられて…いい気になってホイホイついて行って」

    その眉間に、きゅっと深い皺が刻まれる。

    「バカじゃないんですか!」

    和が吼えた。

    「ただでさえ日本の観光客はいいカモにされるっていうのに……」

    「私がたまたま近くにいなかったら、貞操が奪われていたかも知れませんよ!?」

    「う……っ」

    咲は耳が痛かった。確かに和の言う通りである。

    結局、咲はエマにつけこまれていたのだ。

    ちょっとした親切を真に受けて、とんでもない目に合うところだった。

    もっと運が悪ければ、奪われていたのは貞操どころか財産や命だったかもしれない。

    55 = 1 :

    「大体、観光ならどうしてこんなところにいるんですか!?」

    「ルーブルとかエッフェル塔とか、もっとメジャーなところに行けばよかったんです!」

    咲を置き去りにして、和の叱責は続いていた。

    その厳しい言葉のどれもが、咲の無知と無謀を責めている。

    「というか、ただでさえ咲さんは色々と危なっかしい人なのに…独りでこんなところに旅行とかありえません!」

    「……」

    「むしろ日本から出てきては駄目です!」

    その言葉に、咲の奥で何かがぷちんと切れた。

    「……んで」

    「咲さん?」

    「なんで、私ばっかりこんな目にあうのっ!」

    「さ、咲さん?」

    うろたえる和の姿があっという間にぼやけて大きく歪み、

    すぐにクリアになったかと思えば頬に熱いものが走る。

    「日本でも散々な目にあって、それを忘れたいからせっかくパリまでやってきたのに……」

    この旅行――いや、それ以前から溜まっていたものが、大粒の涙となって咲から溢れだす。

    「もぉ、やだぁぁあああっ!」

    まるで子供のように泣きじゃくる咲の声が、石造りの狭い路地に響きわたった。

    「……ごめんなさい。少し言い過ぎました」

    咲の視界が暗くなったのは、それから少し間を置いてからだった。

    押し付けられたところからトクトクと心の音が聞こえて、

    咲は和に抱きこまれていると気がつく。

    56 = 1 :

    「咲さんに泣かれると、困ってしまいます…」


    ――咲さんに泣かれると困ります

    咲の脳裏に、今の和の声より少しトーンの高い同じ言葉が蘇る。

    そうだ、昔も一回だけ和の前で盛大に泣いたことがあった。

    家族のことで悩んでいた際、堪らなくなってついわんわんと泣き崩れたのだ。

    「……あの時も、そういえば抱きしめてくれたよね」

    「咲さん?」

    「ごめんね。取り乱しちゃって…」

    和の腕の中はいつも不思議だった。

    そこにすっぽり収まってしまうといつだって心がポカポカと暖かくなる。

    「ちょっと、この街に来てから色々あって……ダメだね。和ちゃんは私を助けてくれたのに」

    涙を拭いて「ありがとう」と笑いかければ「たまたまです」と少し拗ねたような声が返ってきた。

    それもあまりに懐かしく、咲はますます笑みを深める。

    「何、笑ってるんですか?」

    「いや。変わってないなぁと思って」

    「……そんなことはありません。あれから何年たったと思ってるんですか?」

    その言葉が軽く思えるくらい、和とは久しぶりだった。

    最後に和の正面に立ったのはいつのことだろう…

    少なくとも、今日まで咲の中の和は高校生で止まっていた。

    「本当に、久しぶりだね」

    万感込めてそう言えば、和がふいとそっぽを向く。

    ちらりと見えたその耳朶は少しだけ赤かった。

    57 = 1 :


    散々泣きわめいたせいか、少し喉が腫れている。

    それでも何とか呼吸が落ち着いたところで、和はようやくその腕をほどいた。

    「大丈夫ですか?」

    咲は頷く。その様子を見て、和の口の端がかすかに持ち上がった。

    「それなら送っていきます」

    そうボソリと呟いて、和は咲に手を差し伸べる。

    「ホテル、市内にとってるんでしょう?街外れほどじゃないですが、このあたりだって治安がいい方じゃないですから」

    「……和ちゃんは、パリは長いの?」

    あれだけ流暢にフランス語を話していたのだ。

    和が咲のような観光客だとは全く思えなかった。

    さらにはパリの土地勘もあるようで――恐らく年単位で住んでいるに違いない。

    咲の推測は的を得ていたようで、和は「はい」と答えた。

    「色々あって、今はこちらで働いているんです」

    「そうなんだ…」

    訊きたいことは、たくさんあった。

    今の職業、住んでいる場所、この街に来たきっかけ――今まで、何をしていたのか。

    「……」

    けれども和が纏う空気が許さなかった。

    和の顔は少しだけこわばっていて、無言のうちに拒絶を伝えてくる。

    「あ……」

    出てきそうになる問いかけを咲はぐっと飲み込んだ。

    一呼吸おいて、思考を切り替えるために先ほどの答えを口に出す。

    58 = 1 :

    「その、ここからメトロに乗って結構かかるんだけど……」

    「結構って、いったいどこに泊まってるんですか?」

    「北駅の近く」

    「北駅っ!?」

    咲がその名前を口にした途端、和の目尻がギリギリとつりあがった。

    「なんてところに泊まってるんですか!」

    「え、ええっ?そんなにマズい場所だったの?」

    「もちろん駅前ですよね? まさか……」

    「ちょっとそこから歩いたところなんだけど……」

    「馬鹿じゃないんですかっ!」

    呆れてため息――などという勢いではなかった。

    再度咲を叱りつけると、和はポケットから携帯を取り出す。

    「何泊でとってるんですか?」

    「二泊。滞在自体は十日の予定なんだけど…」

    「わかりました。……荷物はホテルに置いてきているんですか?」

    「ううん。その、鍵がかからなかったし荷物少ないんで」

    そう言って、咲は例のボストンバッグを抱えなおしてみせた。

    それを確認した和が短く頷く。

    「では、電話番号」

    「え?」

    「ホテルの電話番号です。教えてください」

    言われるがままに、咲はホテルの連絡先が印刷された紙を和に渡した。

    59 = 1 :

    紙を受け取るや否や、和の指がものすごいスピードでボタンを操作する。

    「……Allo?」

    しばらくするとフロントにつながったようだった。

    なにやら険しい顔と声で、和が電話に向かって話している。

    しばらく怒鳴りあい寸前の応酬が続いたあと、おもむろに和が電話を切った。

    「あの、和ちゃん……」

    「咲さんのホテル、キャンセルしておきましたから」

    あっさり言われたその言葉に咲は目を丸くする。

    「ちょっ……それ、どういう意味っ?」

    「一泊分無駄になりましたけど、鍵もかからない無法地帯に泊まるよりはマシでしょう」

    「だからって……私、これからどこに泊まれば……」

    「ちゃんと案内しますから。大人しくついてきてください」

    混乱した頭のまま抗議しようとした咲の手を、和が強く握りしめた。

    「……お願いします」

    その懐かしい体温に、咲はそれ以上何も言えなくなってしまう。

    いつかの日々を思い出しながら、咲は仕方なしに和のあとを追った。

    60 = 1 :

    今回はここまでです。
    次はしばらく開きます。

    62 = 29 :

    おつ
    こっちも十二国記も楽しみにしてます

    64 :

    やっぱ咲和は良い

    65 :

    このあと、和にズッコンバッコンするために咲の股から生えてくるアレは何センチくらいなんだい?
    だいたい60センチくらいかい?

    66 :

    和咲大好きです。
    続き楽しみにしてます。

    68 :

    いいぞいいぞ

    69 :

    期待してる

    70 :

    こっちはゆっくり進行なのかな

    71 :

    早く来て

    72 :

    楽しみにしてます

    73 :


    「大して変わりはないですから」と言われて、咲はパリの夜道をひたすら歩いていた。

    その手はしかと和に掴まれているが、二人の間に会話はない。

    観光客と地元民の声が入り混じった喧騒だけが唯一の音だった。

    石畳の道を過ぎると一際大きな通りに出た。

    見上げるような大きな木々が規則正しく平行に並んで道と街を彩っている。

    北駅やバスティーユ界隈と同じように、ここでもそっくりな石造りの建物がみっしりと並んでいる。

    恐らく同じくらい古いものだろうに、あのホテルのような「残念感」は全く感じられなかった。

    ライトに照らされた淡いクリーム色の石は夜目であることを差し引いても美しい。

    やっと、咲はそう思えた。

    (場所が違うだけで、こんなに変わるなんて……)

    和に遅れをとらぬよう気をつけながらも、咲は周囲の建物にあちこち目をやってしまう。

    外観は古く画一的でも、内装は実に多種多様であった。

    モダンに設えたもの、クラシカルな雰囲気を残したもの、斬新でポップなデザイン――

    まるでバラバラなのだが、外観が同じせいかどの店舗もこの街並みにしっくりと馴染んでいる。

    74 = 1 :

    「あ……」

    あたりを見回す咲の目に飛び込んできたのは、一つのショーウィンドウであった。

    白をベースに少し濃い目のピンクと紫をあしらった個性的な配色でまとめてある。

    どうやら洋菓子店らしく、美しく細工の施されたチョコレートやケーキがピカピカと宝石のように光っていた。

    「……おいしそう」

    咲の咥内に、思わず唾が溜まる。

    そういえば今日は色々ありすぎて結局夕食を食いはぐれてしまっていた。

    咲はかなりの小食だが、それでも腹はきちんと減る。

    意識したとたん鳴りそうになるそこへ咲はぐっと力を込めた。

    (……あとで和ちゃんにここまでの道のりを教えてもらおう)

    そうすれば、滞在中にまた来れる――そう咲が決心した時だった。

    「え?」

    和がふいに方向を変える。

    そして何のためらいもなく例のショーウィンドウのある店のドアを開けた。

    「え、えぇ?」

    咲はワケがわからなかった。

    てっきりどこか別のホテルを案内してもらうのだと思っていたのだ。

    それとも入り口が洋菓子店というだけで、そこから上はホテルなのだろうか。

    パリがどうかはわからないが、海外ではそういう複合的なつくりのビルが多いと聞く。

    75 = 1 :

    引っ張り込まれた店内は、ショーウィンドウと同じようにセンスよくまとめられていた。

    どちらかというと派手な配色なのに、不思議と下世話な印象はない。

    むしろ居心地よく思えてくるくらいだった。

    「ちょっとそこで待っていてくれますか?」

    そう言って和が指差したのは、奥にあるテーブルだった。

    決して広くない店内だが半分は喫茶コーナーになっているらしい。

    大き目のテーブルが三つに、極々小さなテーブルが二つ。

    その小さなテーブルに座ってろ、ということらしい。

    言われるままに席に着くと、和はすぐにカウンターへと向かった。

    奥の方から二人ほどスタッフが出てくる。

    「…あっ!」

    そのうちの一人を見て、咲は驚きのあまり声をあげる。

    彼女はまじまじと見つめてくる咲の方へと向かってきた。

    「久しぶりね、宮永さん」

    「新子さんも。お久しぶり」

    和が二人の会話を見やりながらが唐突にカウンターの奥へと消えていく。

    誰も咎めないところみると、和はどうやらこの店の関係者のようだった。

    恐らく勤め先なのだろう。

    76 = 1 :

    「和はまだこっちで少し仕事があるの。退屈だろうけど待っていてくれる?」

    ――これでも食べながら。

    そう言って差し出されたのは、小さなエクレアだった。

    もっとも咲が知っているものとは随分違う。

    コンビニで売られているものより一回り小さいかわりに可愛らしいデコレーションが施されていた。

    コーティングのチョコレートは白とピンクで、

    中にたっぷりと詰められたクリームからは宝石のようなベリーが顔をのぞかせている。

    「食べるのがもったいないくらいだね」

    思わず感嘆のため息を漏らすと、憧はくすりと笑った。

    「ま、食べてみてよ」

    再度憧に薦められ、咲はようやくエクレアを手に取った。

    そのままカプリとかじりつくと、濃厚な甘味とさわやかな酸味が口いっぱいに広がる。

    咲は思わず目を細めた。

    「美味しい…!」

    「気に入ってくれたみたいで良かったわ」

    そんな咲を満足げに見ると、憧は紅茶らしきポットとカップを置いて再びカウンターに戻っていく。

    「Bonjour!」

    そこにはすでに何人かの客がいた。

    憧はどうも接客要員らしく、次々と客をさばいていた。

    77 :

    エタったかと思ったで

    78 = 1 :

    訪れている人は若い女性が中心だが、中には男性もいる。

    持ち帰る人とその場で食べる人の割合は四対一くらいだった。

    「ごちそう様でした」

    ゆっくり味わって食べていたものの、やはり小さなエクレアはすぐに咲の腹に消えてしまった。

    一緒に出された紅茶はまだ残っていたので、それもまた大事に飲んでいく。

    何か特別なものなのか、今まで飲んだことのない香りと味だ。

    「お待たせしました」

    和がやっと咲の元に戻ってきたのは、その紅茶も最後の一滴を飲み終えた時だった。

    おもむろに空いている隣の席に腰掛けると「疲れました」と肩をぐりぐりと回している。

    「お仕事お疲れ様……お菓子屋さんだったんだね」

    「はい」

    「そっか。和ちゃん、料理得意だったもんね」

    「高校時代もよくケーキとか作ってきてくれてたし」

    「…覚えてくれていたんですね」

    「当たり前だよ」

    そう言って咲が笑むと、和は僅かに頬を赤くした。

    「そのうち部長も対抗してケーキ作ってきてたよね」

    「ああ、あの真っ黒焦げのケーキの味は忘れられません…」

    79 = 1 :

    「部長お手製のケーキ食べた後、ばったりと倒れちゃったんだよね。和ちゃん」

    「あの時はみんな大騒ぎして大変だったよ」

    くすくすと笑いながら言う咲に、和が真っ赤になって叫ぶ。

    「そ、そこは忘れてください!」

    「嫌だよーだ」

    「忘れてくれないと、咲さんでも容赦しませんよ!」

    物騒な言葉とともに和の手が咲の頭を盛大に撫でくりまわした。

    あの頃と全く変わらない遣り取りに、咲の中で忘れかけていた懐かしさがまた火を灯す。

    「ねぇ、二人とも」

    じゃれあう二人の動きを止めたのは憧の声だった。

    「これからどうするの?宮永さんは今日の宿がまだ見つかってないんだって?」

    「あ、うん」

    「もし、宮永さんさえよければ……」

    「それなら、ミヤコさんところに連れて行くつもりです」

    憧の言葉をさえぎったのは和だった。

    「この時期なら、例の部屋も空いてるでしょう」

    「あぁ、ミヤコさんのところなら安心ね。ここからも近いし」

    「ミヤコさん?」

    いきなり出てきた日本人の名前に、咲は目をパチクリさせる。

    80 = 1 :

    「この店から10分ほど歩いたところにあるプチホテルのマダムなの」

    「この辺に住む日本人の顔役みたいな人でね、私たちも随分世話になったわ」

    「咲さんが最初に選んだところよりも、絶対にマシですから」

    「最初はどこに泊まるつもりだったの?」

    「北駅の裏手です」

    「ふきゅっ」

    和の答えに憧の顔が引きつった。

    改めてとんでもないところに泊まろうとしていたのだと咲は思い知らされる。

    (サイトでは「格安ホテルを探すならココ!」なんて書いてあったんだけどな……)

    「あまり飛び込みは歓迎されないんだけど、和の紹介ならまず問題はないわね」

    憧の横で、和が横柄に頷いた。

    「そういうわけですから。私はこのまま咲さん送っていきます」

    すっと立ち上がると、和は咲の手をまたしっかりと掴んだ。

    「では」

    最初と同様に咲を引っぱり、和はそのまま店を出ようとした。

    「ちょっと待って」

    それを止めにかかったのは憧だ。

    「宮永さんも今日は疲れているだろうし、いくら近いからって徒歩はやめなさいよ」

    「でも10分もかかりませんよ?」

    81 = 1 :

    「私も今日はもう終わりだし、車で送っていってあげるよ」

    「憧の車、狭いので苦手です」

    「ワガママ言わないの」

    そうピシャリと言い放つと、憧は一人で店の外へと出ていってしまった。

    それを見送りながらプクッと頬を膨らませている和を見て、

    とうとう咲は堪えきれずに噴出してしまう。

    「なんですか、咲さん」

    「ううん。新子さんと息が合ってるなぁって」

    「別に……たまたま憧とは入店が一緒だったってだけです」

    和が相変わらずの拗ねた声を出す。

    その様子を見るだけで、本当に気安い仲なのだと知れた。

    「良い仕事環境みたいで良かったね、和ちゃん」

    少しの間しか見ていないが、心の底からそう思えた。

    異国の地で働くのは想像以上の苦労があるだろうが、

    和がいい職場と同僚に囲まれていることは、咲にとっても嬉しい事実だった。

    「……私の人生を変えたのは、咲さんですよ」

    ぼそりと、下を向いた和が呟く。

    「え、今、なんて……?」

    「和、宮永さんお待たせ!」

    聞き返す間もなく、店の入口から憧が顔を出した。


    ■  ■  ■


    82 = 1 :

    憧の車は小さくて丸っこい形をしていた。

    パリの細い路地を巡るにはこういう小型車が便利らしい。

    「はあ…、だから嫌だったんです」

    後ろの座席で窮屈そうに座っている和が文句を零す。

    「あともう少しだから」


    憧の言葉の通り、車はほどなくしてゆっくりとある路地に停まった。

    「ここなの?」

    「そうよ。通り側に看板が見えるでしょ?」

    咲たちは先ほどまで走っていた大通りに出る。

    看板は無数に出ていたが、人目でホテルとわかる星付のものはひとつだけだった。

    「Hotel Latin」という文字が暗闇に浮かび上がっている。

    入り口は、びっくりするほど狭かった。

    北駅のあのホテルと同じか、もしかしたらもう少し小さいかもしれない。

    よく磨かれたガラス戸の向こうはちょっとした廊下になっていて、その奥にフロントデスクが見える。

    「では行きますよ」

    当たり前のように咲の荷物を持つと、和がスタスタと歩き始める。

    その背中を咲は慌てて追った。

    さらにその後ろを、ゆっくりと憧が歩いてくる。

    83 = 1 :

    「あら、いらっしゃい」

    「Bonsoir」と和が声をかけるまでもなく、フロントのスタッフはすぐに咲たちに気づいたようだった。

    少しふくよかな中年の女性である。恐らく彼女が「ミヤコさん」だろう。

    「彼女は日本から来たんですが、とんでもないを宿とってまして」

    「例の部屋が空いていたら貸してほしいんですが」

    ミヤコ「あらあら。パリは初めてかしら」

    「はい。その、北駅がダメなエリアだって知らなくて……」

    ミヤコ「あっちにしてしまったのね。あの辺りもいいホテルがないわけじゃないけど、初めての人にはきついかもねぇ」

    「そのようで……」

    ミヤコ「パリにはどれくらいのおつもり?」

    「一応、十日を考えています」

    そんな会話を交わしながら、ミヤコはなにやらパソコンを弄りはじめた。

    やや大げさな音をたてて何かを印刷すると、それを咲に提示してみせる。

    ミヤコ「北駅のホテルほど安くは出来なけれども、こちらでどうかしら?」

    そこには英語とフランス語で一泊あたりと十日間合計の宿泊費が書いてあった。

    一日五十ユーロは確かに少々予算オーバーだが、背に腹はかえられない。

    「こちらで、お世話になりたいと思います」

    ミヤコ「ちょっと狭いお部屋だけれども、そこは我慢してちょうだいね」

    「……あの部屋よりひどくなければ、大丈夫です」

    忘れかけていた惨状を思い出し、咲の声がぐっと重くなる。

    それをケラケラと笑い飛ばすとミヤコは一枚の鍵を渡してきた。

    カードキーではなく昔ながらの鍵だ。

    84 = 1 :

    ミヤコ「場所は和と憧が知っているわ。ちゃんと案内してあげてね」

    「分かりました」

    ミヤコ「あ、でもエレベーターは一人しかダメよ」

    「それも分かっています」

    そう返すと、和は一人でさっさと階段を登りはじめてしまった。

    「えっと、私は……」

    「部屋は最上階だから、宮永さんがエレベーター使って」

    憧が指差した方を見ると、北駅のホテルで見たのと似た小さな扉がある。

    咲が一人なんとか入れこめそうな狭い空間が、エレベーターとのことだった。

    「そこのボタンを占めたら、勝手に動き始めるから」

    「え、あ、うん」

    憧の指示通りに押すと、ガコンガコンとすごい音をたてて扉が閉まる。

    「じゃ、上でね!」

    憧の明るい声を下に聞きながら、咲を乗せたエレベーターはやはり大きな音で喚きながら上へと登っていく。

    ――ガ……ッコン!

    「わっ」

    二分ほど乗っていただろうか。

    よろけるくらいの衝撃と共にエレベーターが止まった。

    ほどなくして、締まる時と同じような騒音と共にエレベーターの扉が開いていく。

    「お疲れ様」

    扉の向こうには、すでに憧と和が待っていた。

    85 = 1 :

    日本のホテルのようなエレベーターホールなどなく、

    エレベーターを降りた先はすぐに狭い廊下になっている。

    「ここから先は階段だけですから」

    「まだ登るの?」

    「はい。部屋、屋根裏ですから」

    「屋根裏っ?」

    予想もしなかった場所に絶句していると、憧がその背中を押してくる。

    「まぁ、絶対に北駅のホテルよりはいいはずだから」

    「はずっ?」

    不安は増すばかりだったが、ここでやめるわけにもいかない。

    咲は大人しく古い木の階段を登りはじめた。

    ――そして再び言葉を失った。

    小さな扉を開いた先には、こじんまりとした穏やかな空間があった。

    オレンジ色の小さなランプに照らされた先には小さなベッドが置いてある。

    シーツは真っ白ではなく、暖かみのある黄色をベースにパッチワークのような幾何学模様が散らばっていた。

    ベッドから視線をはずして周囲を見渡せば、木製の小さな机とクローゼットが目に入る。

    なにより、細長くて大きな窓があった。

    今はカーテンで閉めきられているが、きっとあの通りを眺めることが出来るのだろう。

    「ちょっと狭いけど、居心地はいいはずよ」

    「大丈夫ですよ。私だってここで一ヶ月暮らしたんですから」

    86 = 1 :

    「和ちゃんもここに泊まったことあるの?」

    「はい、こちらに来た頃に。中々家が見つからなかったもので」

    「そういう日系のね、駆け込み寺みたいなところなんだよ」

    「狭くて移動が大変な代わりに、宿代はこの辺りでは破格」

    「もっとも怪しいヤツは長期間泊められないってことで、基本紹介がないと無理だけど」

    「へぇ……」

    「私もお世話になったわ。懐かしいな……バスタブはないけどシャワー浴びられるのも嬉しかったし」

    その言葉に合わせて目を向ければ、確かに奥にもう一つ扉が見える。

    あれがシャワーと洗面台にトイレのブースだということだった。

    「すごい……」

    ここは、咲がまさに夢見ていたパリのプチホテルだった。

    大きく斜めに切り取られた天井がなければ、とても屋根裏だとは思えないほどに。

    しばし感じ入っていると、憧が「じゃあ」といって鍵を手渡してきた。

    「私たちはそろそろ帰るわ」

    「新子さん、今日は本当にありがとう。……和ちゃんも」

    咲は、改めて和の前に立って深く頭を下げる。

    87 = 1 :

    「路地裏の件といい……和ちゃんがいなかったら、とんでもないことになってたよ」

    「別にいいですよ。危なっかしい咲さんをほっとけなかっただけですし」

    そっけない言葉遣いと裏腹に、和の声は柔らかかった。

    「それで、明日からどうするんですか?」

    「特に予定は決めてないけど……」

    「わかりました。……それじゃあ、明日は勝手にココから出ないでください」

    「えっ?」

    急に語気を強めて言い放たれた言葉に咲は耳を疑った。

    「出ないでって……私だって、観光くらい……」

    「独りで行く気ですか?また今日みたいな事になったらどうするんですか」

    「あ、あれは本当にイレギュラーで……」

    「信用できません」

    咲の言い訳を一蹴すると、和は咲とじっと目線を合わせた。

    「だから、明日は私が迎えにくるまでここにいてください」

    「え、それって……」

    「明日はお休みですし、私が街を案内してあげますから」

    そう言って咲の頭をふわりと撫でると、和は憧と共に扉の向こうへと消えていった。


    ■  ■  ■

    88 = 1 :

    今回はここまでです。
    こちらは月1のスローペースになります。

    89 :

    乙乙

    90 :

    乙 まったりと待ってるよ

    92 :

    上げときます

    93 :

    咲百合豚ってマジアホだわ
    和も咲もきったないオヤジに乳揉まれたり、ションベン噴射されたりのレイーポされることで活きるキャラなのによwwwwwwwwwwwwwwwwww

    94 :

    咲和はアニメ監督も認める公式カプ

    95 = 93 :

    >>94
    それって遠回しに、だからもっとお金貢いでねって言う意味だからな
    わかった?ATM百合豚くん^^

    96 :

    まあ名無しの暴言より公式コメントのが重いわな

    97 :

    >>95
    ゆりぶたってどういう意味ですか?教えてください!

    98 :

    百合の根っこで育てた豚

    99 :

    >>98
    おいしそう

    100 :

    アニメの公式コメントが全て

    百合豚というキマイラがいかに社会のルールを知らないのか良く分かる言い分だなw


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