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元スレ晴人「宙に舞う牙」
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黄金の鎧を纏う鉄馬が夜の街を爆走する。
鉄馬の周りには様々な色をした甲虫が群れをなしていた。鉄馬は群れを避けるようにして走る。群れの行進は鉄馬にとってはあまりにも遅すぎた。
有象無象の虫どもが自分の背に乗る主の行く手を阻んでいる。
鉄馬は甲虫全てを黄金の鎧を纏った体で弾き飛ばしてしまいたかったが、それは主であるキバが許さない。
結果として鉄馬――ブロンブースターはキバの意思通り道路を走る車の列を右に左に時には跳ねて、一度も止まることなく駆け抜けた。
「とんでもないな。俺のバイクよりずっと速い! イカす音楽の一つでもかけたらどうだ? ノリノリだぜ、きっと」
キバの後ろに座るウィザードはブロンブースターから振り落とされないように力を入れながら、それに必死になっている自分を隠すようにおちゃらけた。
冗談に特に反応もせずキバは聞こえてくるファンガイアの音楽を辿り、ブロンブースターを進ませる。
音楽が大きくハッキリと聞こえたとほぼ同時にウィザードも上空で飛行するファンガイアを視界に捉えた。
「今度は途中で帰るなよ。ファンガイア」
ウィザードはソードガンを魔法陣から取り出すとファンガイアに向けて何度も引き金をひいた。
しかし追手に気づいたファンガイアも素早い動きで銀の弾丸をかわすとステンドグラス調の銃で応戦してきた。
キバとウィザードは瞬時に身を屈めて、空を降ってくる銃弾の雨をやりすごす。無数の弾丸がブロンブースターの装甲に弾かれてあちこちで火花を散らした。
地上から空へ、空から地上へ高速で移動しながらの激しい銃撃戦が続いた。
「埒があかないな……っと、危ないあぶない!」愚痴るように銃を撃ち続けるウィザード。
「……………………」
するとそれまでファンガイアを追いかけ、ブロンブースターの操縦に専念していたキバに動きがあった。
大きなビルの前にあるT字路に差し掛かった途端キバはブロンブースターのスピードを一気に上げるとビルへと直進した。
このままではビルに突っ込むことになる。それでもキバはスピードを一切緩めなかった。
激突する寸前、ブロンブースターのフロントが大きく持ち上がった。前輪が頑強な鉄筋コンクリートの壁を破壊するようにめり込む。
その時マオーブーストエンジンのブースター14発全てが点火した。
あがる爆音と火柱。
ブロンブースターは垂直なビルの壁面を駆け上った。
鉄馬の周りには様々な色をした甲虫が群れをなしていた。鉄馬は群れを避けるようにして走る。群れの行進は鉄馬にとってはあまりにも遅すぎた。
有象無象の虫どもが自分の背に乗る主の行く手を阻んでいる。
鉄馬は甲虫全てを黄金の鎧を纏った体で弾き飛ばしてしまいたかったが、それは主であるキバが許さない。
結果として鉄馬――ブロンブースターはキバの意思通り道路を走る車の列を右に左に時には跳ねて、一度も止まることなく駆け抜けた。
「とんでもないな。俺のバイクよりずっと速い! イカす音楽の一つでもかけたらどうだ? ノリノリだぜ、きっと」
キバの後ろに座るウィザードはブロンブースターから振り落とされないように力を入れながら、それに必死になっている自分を隠すようにおちゃらけた。
冗談に特に反応もせずキバは聞こえてくるファンガイアの音楽を辿り、ブロンブースターを進ませる。
音楽が大きくハッキリと聞こえたとほぼ同時にウィザードも上空で飛行するファンガイアを視界に捉えた。
「今度は途中で帰るなよ。ファンガイア」
ウィザードはソードガンを魔法陣から取り出すとファンガイアに向けて何度も引き金をひいた。
しかし追手に気づいたファンガイアも素早い動きで銀の弾丸をかわすとステンドグラス調の銃で応戦してきた。
キバとウィザードは瞬時に身を屈めて、空を降ってくる銃弾の雨をやりすごす。無数の弾丸がブロンブースターの装甲に弾かれてあちこちで火花を散らした。
地上から空へ、空から地上へ高速で移動しながらの激しい銃撃戦が続いた。
「埒があかないな……っと、危ないあぶない!」愚痴るように銃を撃ち続けるウィザード。
「……………………」
するとそれまでファンガイアを追いかけ、ブロンブースターの操縦に専念していたキバに動きがあった。
大きなビルの前にあるT字路に差し掛かった途端キバはブロンブースターのスピードを一気に上げるとビルへと直進した。
このままではビルに突っ込むことになる。それでもキバはスピードを一切緩めなかった。
激突する寸前、ブロンブースターのフロントが大きく持ち上がった。前輪が頑強な鉄筋コンクリートの壁を破壊するようにめり込む。
その時マオーブーストエンジンのブースター14発全てが点火した。
あがる爆音と火柱。
ブロンブースターは垂直なビルの壁面を駆け上った。
重力を無視した壁走りを披露するブロンブースターはカーブをして壁の縁まで走ると別のビルの壁に跳び移った。
ファンガイアは銃撃で撃ち落とそうとするが、ブロンブースターは次々とビルを跳び移りながら凄まじい速度でファンガイアに近づいていく。
自分の攻撃では止められない。気がつくとファンガイアは逃げてばかりになっていた。
必死になって空を飛ぶが背中から聞こえる猛々しいエンジン音が一向に遠くならない。むしろ近づいていた。
後ろを見るといくつものビルにブロンブースターが足跡を刻みつけるように輓き割った窓ガラスと黒焦げた轍が破壊の痕となって残っていた。
痕を辿った先には自分を追う黄金の重バイク。それは長い胴体と金色の頭をした巨大な怪物が自分を喰らおうとしているかのようだった。
怪物には狙った獲物はけして逃がさないという意志がある。
ファンガイアは黄金の怪物が追って来られない程に空高くへ飛行した。
しかし怪物は高層ビルの壁を一直線に這いながら猛スピードで追いかけてくる。
「ハッ!」
怪物の乗り手であるキバは気合の声を上げてエンジンをフルスロットルにした。
怪物がこれまでにない咆哮をする。ブロンブースターは最高速度の時速1550キロへ到達した。
噴火のような爆発力で高層ビルの壁を越えて更にその向こう側の夜空へと飛んでいく。
「…………」
キバはウィザードを一瞥した。
「任せてくれ」
ウィザードは必殺の指輪をはめた。
「フィナーレだ」
ウィザードは幕引きの呪文を唱える指輪をベルトに詠み込ませてブロンブースターから高くジャンプする。
燃え盛る炎になるウィザードの赤いコートが月と重なった。
陽炎が起こり、金色の月が蠱惑的に揺らめく。
そして、ゆらぎの中から放たれたウィザードのストライクウィザードがファンガイアに炸裂した。
キックの勢いのままビルの屋上に着地するウィザード。遅れてブロンブースターも着地した。
夜空から月に照らされた色鮮やかなガラス片が花びらのように舞い落ちてくる。
二人はしばらくその光景を見つめていた。
ファンガイアは銃撃で撃ち落とそうとするが、ブロンブースターは次々とビルを跳び移りながら凄まじい速度でファンガイアに近づいていく。
自分の攻撃では止められない。気がつくとファンガイアは逃げてばかりになっていた。
必死になって空を飛ぶが背中から聞こえる猛々しいエンジン音が一向に遠くならない。むしろ近づいていた。
後ろを見るといくつものビルにブロンブースターが足跡を刻みつけるように輓き割った窓ガラスと黒焦げた轍が破壊の痕となって残っていた。
痕を辿った先には自分を追う黄金の重バイク。それは長い胴体と金色の頭をした巨大な怪物が自分を喰らおうとしているかのようだった。
怪物には狙った獲物はけして逃がさないという意志がある。
ファンガイアは黄金の怪物が追って来られない程に空高くへ飛行した。
しかし怪物は高層ビルの壁を一直線に這いながら猛スピードで追いかけてくる。
「ハッ!」
怪物の乗り手であるキバは気合の声を上げてエンジンをフルスロットルにした。
怪物がこれまでにない咆哮をする。ブロンブースターは最高速度の時速1550キロへ到達した。
噴火のような爆発力で高層ビルの壁を越えて更にその向こう側の夜空へと飛んでいく。
「…………」
キバはウィザードを一瞥した。
「任せてくれ」
ウィザードは必殺の指輪をはめた。
「フィナーレだ」
ウィザードは幕引きの呪文を唱える指輪をベルトに詠み込ませてブロンブースターから高くジャンプする。
燃え盛る炎になるウィザードの赤いコートが月と重なった。
陽炎が起こり、金色の月が蠱惑的に揺らめく。
そして、ゆらぎの中から放たれたウィザードのストライクウィザードがファンガイアに炸裂した。
キックの勢いのままビルの屋上に着地するウィザード。遅れてブロンブースターも着地した。
夜空から月に照らされた色鮮やかなガラス片が花びらのように舞い落ちてくる。
二人はしばらくその光景を見つめていた。
カブトエクステンダーのキャストオフした時とかWのバイオレンス回だっけ、ああいうマシンを使った市街戦というのはいいものだよね
後なんてたってミラジョボビッチのウルトラヴァイオレット
後なんてたってミラジョボビッチのウルトラヴァイオレット
仁藤はどこまでも広がる暗闇の中にいた。
黒い空からは金色の粒が降ってきて黒い地面に吸い込まれるように消える。手の上で粒が積もる。金色の砂だ、と仁藤は思った。
ここが何処かを仁藤は知っている。ビーストドライバーを介して仁藤と仁藤の中に宿っているキマイラが直接顔を合わせるための精神世界だ。
「いるんだろ。キマイラ」
手の中の砂を息で吹き飛ばす。すると金色の砂塵に照らされた暗闇の向こうから一匹の巨大な怪物が悠然と歩いてきた。
その外見――獅子の顔と手足、バッファローの胴体、肩には片翼の隼と片ヒレのイルカ、下肢にはカメレオンの顔があり、そこから伸びた舌が尻尾のように動いている――は正しく神話に出てくる怪物そのものだ。
ビーストドライバーに封印されていた複数の獣の力を持つファントム・キマイラだ。
「何の用だよ。わざわざ呼び出して」
「むざむざ負けを晒しおって」
「あのバッタのファントムのことか? あんな隠し玉があるなんて思わねえよ」
「言い訳など聞くつもりはない!」
キマイラが吠えた。暗闇の中で空気が震えて、仁藤は気圧されそうになるが真っ向から睨み返す。
「お前のやることは唯一つ。ファントムを狩り、我に魔力を捧げることだ」
「出してくるネタは分かったんだ。もう負けねえよ」
「負けぬか……自分の姿をよく見てみるがいい」
「は?」
仁藤はキマイラの言っていることが分からず首を傾げた。すると胸の辺りに痒みにもにた小さな痛みが走った。
蚊か、と思いシャツの上から触ってみる。だが、手に帰ってくる感触は蚊の大きさではない。もっと大きい。
服の中に何かがいる。仁藤はシャツの中に手を突っ込んで、痒みの原因を摘んで引っ張り出した。
それは先の戦いでビーストを喰い荒らした茶緑の昆虫……バッタだった。
バッタはじたばた脚を動かしている。
「こんなのただのイナゴじゃねえか。食ってやるよ」
仁藤はバッタを丸呑みした。これで痒みは引くはずだ。そう思った。
だが痒みは収まらなかった。今度は腕に猛烈な痒みが襲った。
視線を落とした仁藤はギョッとした。
シャツの袖の部分が大きく膨れ上がっていた。シャツの袖は大量の皺を作り、ひとりでに波うつ。
袖は風船のように膨らんでいく。やがて張り詰めて弾けるようにシャツの袖から大量のバッタが溢れでてきた。
暗闇に降る金色の砂のなかにバッタが飛び交う。恐ろしい数だ。
バッタ達は瞬く間に仁藤の全身にはりつく。服の裾から潜り込んで体を這っていくバッタもいた。
バッタの群れは仁藤に顎を開き、食らいつく。
「がああああああああっ!」
仁藤に激痛が走った。
全身を蠢くバッタ達の食事に血が出そうな程に叫びをあげる。
「ああああああ! おがっ……んぐっぉっ!?」
その叫びも長くは続かなかった。口の中にバッタが雪崩のように入り込んできた。
猛烈な吐き気が襲う。苦しさにむせ喘いだ。それでもバッタの侵入は止まらない。
何匹ものバッタが仁藤の体の中へなだれ込む。口から火の棒を突っ込まれるよな熱さと激痛が襲う。
体の内と外。
仁藤の体はバッタの群れに食い潰されていく。
喰われる? この俺が喰われるだと!?
必死に抵抗しようともがき足掻くが体の自由が効かない。
キマイラは食われていく仁藤を見下ろしている。
「あっ……あっ……あっ……」
仁藤は目を見開き、キマイラに向かってバッタのまとわりつく手を伸ばして呻くように繰り返した。
キマイラは仁藤に死刑宣告をするように冷たい声で言い放つ。
「それが貴様の末路だ」
仁藤の視界がバッタで埋まる。
助けを求めるように伸ばした手は震えながらゆっくりと落ちていった。
黒い空からは金色の粒が降ってきて黒い地面に吸い込まれるように消える。手の上で粒が積もる。金色の砂だ、と仁藤は思った。
ここが何処かを仁藤は知っている。ビーストドライバーを介して仁藤と仁藤の中に宿っているキマイラが直接顔を合わせるための精神世界だ。
「いるんだろ。キマイラ」
手の中の砂を息で吹き飛ばす。すると金色の砂塵に照らされた暗闇の向こうから一匹の巨大な怪物が悠然と歩いてきた。
その外見――獅子の顔と手足、バッファローの胴体、肩には片翼の隼と片ヒレのイルカ、下肢にはカメレオンの顔があり、そこから伸びた舌が尻尾のように動いている――は正しく神話に出てくる怪物そのものだ。
ビーストドライバーに封印されていた複数の獣の力を持つファントム・キマイラだ。
「何の用だよ。わざわざ呼び出して」
「むざむざ負けを晒しおって」
「あのバッタのファントムのことか? あんな隠し玉があるなんて思わねえよ」
「言い訳など聞くつもりはない!」
キマイラが吠えた。暗闇の中で空気が震えて、仁藤は気圧されそうになるが真っ向から睨み返す。
「お前のやることは唯一つ。ファントムを狩り、我に魔力を捧げることだ」
「出してくるネタは分かったんだ。もう負けねえよ」
「負けぬか……自分の姿をよく見てみるがいい」
「は?」
仁藤はキマイラの言っていることが分からず首を傾げた。すると胸の辺りに痒みにもにた小さな痛みが走った。
蚊か、と思いシャツの上から触ってみる。だが、手に帰ってくる感触は蚊の大きさではない。もっと大きい。
服の中に何かがいる。仁藤はシャツの中に手を突っ込んで、痒みの原因を摘んで引っ張り出した。
それは先の戦いでビーストを喰い荒らした茶緑の昆虫……バッタだった。
バッタはじたばた脚を動かしている。
「こんなのただのイナゴじゃねえか。食ってやるよ」
仁藤はバッタを丸呑みした。これで痒みは引くはずだ。そう思った。
だが痒みは収まらなかった。今度は腕に猛烈な痒みが襲った。
視線を落とした仁藤はギョッとした。
シャツの袖の部分が大きく膨れ上がっていた。シャツの袖は大量の皺を作り、ひとりでに波うつ。
袖は風船のように膨らんでいく。やがて張り詰めて弾けるようにシャツの袖から大量のバッタが溢れでてきた。
暗闇に降る金色の砂のなかにバッタが飛び交う。恐ろしい数だ。
バッタ達は瞬く間に仁藤の全身にはりつく。服の裾から潜り込んで体を這っていくバッタもいた。
バッタの群れは仁藤に顎を開き、食らいつく。
「がああああああああっ!」
仁藤に激痛が走った。
全身を蠢くバッタ達の食事に血が出そうな程に叫びをあげる。
「ああああああ! おがっ……んぐっぉっ!?」
その叫びも長くは続かなかった。口の中にバッタが雪崩のように入り込んできた。
猛烈な吐き気が襲う。苦しさにむせ喘いだ。それでもバッタの侵入は止まらない。
何匹ものバッタが仁藤の体の中へなだれ込む。口から火の棒を突っ込まれるよな熱さと激痛が襲う。
体の内と外。
仁藤の体はバッタの群れに食い潰されていく。
喰われる? この俺が喰われるだと!?
必死に抵抗しようともがき足掻くが体の自由が効かない。
キマイラは食われていく仁藤を見下ろしている。
「あっ……あっ……あっ……」
仁藤は目を見開き、キマイラに向かってバッタのまとわりつく手を伸ばして呻くように繰り返した。
キマイラは仁藤に死刑宣告をするように冷たい声で言い放つ。
「それが貴様の末路だ」
仁藤の視界がバッタで埋まる。
助けを求めるように伸ばした手は震えながらゆっくりと落ちていった。
KΑBUTΩ
出会いのきっかけというのはいつも些細で一瞬なものだ。
引ったくりの現場に居合わせていた時だったり、
行きつけの豆腐屋で絹ごしを買おうとした時だったり、
女に怒鳴られた時だったり、
サッカーの試合に助っ人として参加した時だったり、
それは長い時間の流れの中で見れば本当に一瞬にしか過ぎない。
だが、その一瞬こそがこの俺――天の道を往き、総てを司る男、天道総司の未来を作りだした。
俺の手の中にある未来は全て一瞬の積み重ね。
あらゆる一瞬が俺の中で奇跡に姿を変え、培われていき1分……いや1秒前の俺を速く強く進化させていく。
進化。眩しい響きだ。
俺は既に人間という枠組みを越えて「天道総司」という誰も到達できないステージへと進化していた。
そして今回の出会いもやはり同じで俺を更に進化させた。
当然きっかけは些細で一瞬なもので……
「ねえ、お兄ちゃん。レストラン・アギトって知ってる?」
俺の妹である天道樹花の一言からだった。
(つづかない)
出会いのきっかけというのはいつも些細で一瞬なものだ。
引ったくりの現場に居合わせていた時だったり、
行きつけの豆腐屋で絹ごしを買おうとした時だったり、
女に怒鳴られた時だったり、
サッカーの試合に助っ人として参加した時だったり、
それは長い時間の流れの中で見れば本当に一瞬にしか過ぎない。
だが、その一瞬こそがこの俺――天の道を往き、総てを司る男、天道総司の未来を作りだした。
俺の手の中にある未来は全て一瞬の積み重ね。
あらゆる一瞬が俺の中で奇跡に姿を変え、培われていき1分……いや1秒前の俺を速く強く進化させていく。
進化。眩しい響きだ。
俺は既に人間という枠組みを越えて「天道総司」という誰も到達できないステージへと進化していた。
そして今回の出会いもやはり同じで俺を更に進化させた。
当然きっかけは些細で一瞬なもので……
「ねえ、お兄ちゃん。レストラン・アギトって知ってる?」
俺の妹である天道樹花の一言からだった。
(つづかない)
カブトについて語り合ってた時に「かぶと」をF7ではなく間違えてF9押して「kabuto」に変換しちゃったのがきっかけ
「うおおおおおおあああああああああああああっ!!」
叫び声を上げて起き上がった仁藤は、自分が現実世界へ戻ったことに気づくのには少し時間がかかった。
息を荒げながら手を見る。バッタはいない。
両手で覆うように顔を触り、次いで体をまさぐる。バッタの感触はない。
最後に汗で湿ったシャツの襟を引っ張って首元から腹にかけてシャツの中を覗く。バッタはどこにも貼りついていなかった。
助かった…………
仁藤は自分が生きていることに実感が湧いてくると安堵の息をついた。
冷静になって辺りを見回すと自分が知らない部屋でベッドに寝かされていたことに気づいた。
ここが誰の部屋かは分からない。だが予想することは出来た。自分の着ているシャツは自分のじゃない。白地に青い文字でプリントされている「753」という数字。
まさか、と思った時に部屋の扉が開いた。
「起きたか。仁藤くん」
「やっぱりおっさんか」
部屋に入ってきた人物は仁藤が予想した通り名護だった。
「俺をここまで運んだのか?」
「ああ、弟子を見捨てる訳にはいくまい。あのファントムのことなら心配しなくていい。かなりの深手を負わせたはずだ」
名護はさも当然のように言った。
「そうかよ……」
仁藤は少し苦い顔で答えた。ちくしょう、と心の中で漏らす。
自分を倒した目の前の男にファントムに敗北した自分の姿を見られてしまったのが悔しかった。
しかも自分はズタボロになったのにあっちは涼しい顔で傷一つない。実力差を見せつけられた気がした。
「ここは俺の所属している組織が持っている仮住まいだ。俺はファンガイアの強硬派の動向を探るために外に出る」
言って、名護は仁藤にベッド近くに置いてある服を渡した。
「君のテントから適当に拝借してきた。風呂を使うなら好きに使ってくれ。ボタンを押せば勝手に沸く」
「そうさせてもらうぜ。ベタついてしょうがねえ」
名護が部屋を出ていくと仁藤は浴室へ向かった。
脱衣所で服を脱いだ仁藤は洗面台に映る自分の体をじっと見つめた。
体にバッタは一匹もついていない。それでもやはり気になって鏡に背中を向けて振りむき見たりして何度も確認した。
どうしてもキマイラとの精神世界でのバッタに喰われる自分が払拭できない。
「下らねえ。あんなのは所詮イメージだ。現実じゃねえ」
言葉にしてまとわりつく不安を追い出そうとする。
すると仁藤の腹が鳴った。不安とは無縁な腹の音を聞くと少し笑えた。
風呂からあがったら飯でも食いに行こうと決めた。
シャワーで体を洗い流して、少し熱めの風呂にはいる。まどろみにも似た心地よさが体を包む。リラックスした仁藤には先ほどまでの不安が消えていた。
「あのファントム……次は必ず食ってやるぜ!」
決意を固めて仁藤は意気込む。
その時、仁藤の耳に音が聞こえてきた。
「?」
天井を見上げる。備え付けられた換気扇の音だと思った。
それにしては音が違う気がした。空気が流れていく音がじゃない。もっと激しく振動する不気味な音だ。
仁藤はその音を知っていた。仁藤の中で一つの感情が沸き起こる。それは恐怖だった。
羽音だ。俺を喰らい尽くすあの羽音だ!
その瞬間だった。天井の換気扇のカバーが弾けるように外れると同時におびただしい数のバッタが降ってきた。
「うああああああああああああああっ!!」
仁藤は狂ったように叫んだ。浴槽の中でもがく。その拍子に浴槽の栓が抜けた。
浴槽の湯は減っていく代わりにバッタでいっぱいになっていく。
バッタで満たされた浴槽の中で、何百ともわからない6本脚が仁藤の体を蠢き、這い回る。
その不快感が仁藤を更に狂わして、あの精神世界での恐怖のイメージを加速させる。
「あああああっ! あああああああああああああっ!」
恐怖と絶望に駆られた仁藤はなおも叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
仁藤は身をよじりながら浴槽から飛び出した。パニックになったせいか体が上手く動けずに体が床に叩きつけられる。
うつぶせの姿勢から顔をあげると排水口が見えた。排水口の奥の真っ黒な空間からは羽音を立ててバッタが一匹また一匹とあふれる様に跳び出してきている。
仁藤は体を転がして浴室から勢いよく出た。
息が苦しい。全力疾走した後のように心臓が激しく高鳴っていた。
全身のすべての毛穴が開き、シャワーで流した汗が冷たくなって滲みでている。
仁藤は激しく震えながら浴室の方を見た。
浴室には何もいなかった。羽音も聞こえず換気扇の回る音だけがした。
「……………………くっそお」
瞳に涙が溜まってくる。拳を固く握り床に落とす。
「くっそっ! くっそおおっ! ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
仁藤はむせび泣くように叫びながら拳を何度も床に叩きつけた。
叫び声を上げて起き上がった仁藤は、自分が現実世界へ戻ったことに気づくのには少し時間がかかった。
息を荒げながら手を見る。バッタはいない。
両手で覆うように顔を触り、次いで体をまさぐる。バッタの感触はない。
最後に汗で湿ったシャツの襟を引っ張って首元から腹にかけてシャツの中を覗く。バッタはどこにも貼りついていなかった。
助かった…………
仁藤は自分が生きていることに実感が湧いてくると安堵の息をついた。
冷静になって辺りを見回すと自分が知らない部屋でベッドに寝かされていたことに気づいた。
ここが誰の部屋かは分からない。だが予想することは出来た。自分の着ているシャツは自分のじゃない。白地に青い文字でプリントされている「753」という数字。
まさか、と思った時に部屋の扉が開いた。
「起きたか。仁藤くん」
「やっぱりおっさんか」
部屋に入ってきた人物は仁藤が予想した通り名護だった。
「俺をここまで運んだのか?」
「ああ、弟子を見捨てる訳にはいくまい。あのファントムのことなら心配しなくていい。かなりの深手を負わせたはずだ」
名護はさも当然のように言った。
「そうかよ……」
仁藤は少し苦い顔で答えた。ちくしょう、と心の中で漏らす。
自分を倒した目の前の男にファントムに敗北した自分の姿を見られてしまったのが悔しかった。
しかも自分はズタボロになったのにあっちは涼しい顔で傷一つない。実力差を見せつけられた気がした。
「ここは俺の所属している組織が持っている仮住まいだ。俺はファンガイアの強硬派の動向を探るために外に出る」
言って、名護は仁藤にベッド近くに置いてある服を渡した。
「君のテントから適当に拝借してきた。風呂を使うなら好きに使ってくれ。ボタンを押せば勝手に沸く」
「そうさせてもらうぜ。ベタついてしょうがねえ」
名護が部屋を出ていくと仁藤は浴室へ向かった。
脱衣所で服を脱いだ仁藤は洗面台に映る自分の体をじっと見つめた。
体にバッタは一匹もついていない。それでもやはり気になって鏡に背中を向けて振りむき見たりして何度も確認した。
どうしてもキマイラとの精神世界でのバッタに喰われる自分が払拭できない。
「下らねえ。あんなのは所詮イメージだ。現実じゃねえ」
言葉にしてまとわりつく不安を追い出そうとする。
すると仁藤の腹が鳴った。不安とは無縁な腹の音を聞くと少し笑えた。
風呂からあがったら飯でも食いに行こうと決めた。
シャワーで体を洗い流して、少し熱めの風呂にはいる。まどろみにも似た心地よさが体を包む。リラックスした仁藤には先ほどまでの不安が消えていた。
「あのファントム……次は必ず食ってやるぜ!」
決意を固めて仁藤は意気込む。
その時、仁藤の耳に音が聞こえてきた。
「?」
天井を見上げる。備え付けられた換気扇の音だと思った。
それにしては音が違う気がした。空気が流れていく音がじゃない。もっと激しく振動する不気味な音だ。
仁藤はその音を知っていた。仁藤の中で一つの感情が沸き起こる。それは恐怖だった。
羽音だ。俺を喰らい尽くすあの羽音だ!
その瞬間だった。天井の換気扇のカバーが弾けるように外れると同時におびただしい数のバッタが降ってきた。
「うああああああああああああああっ!!」
仁藤は狂ったように叫んだ。浴槽の中でもがく。その拍子に浴槽の栓が抜けた。
浴槽の湯は減っていく代わりにバッタでいっぱいになっていく。
バッタで満たされた浴槽の中で、何百ともわからない6本脚が仁藤の体を蠢き、這い回る。
その不快感が仁藤を更に狂わして、あの精神世界での恐怖のイメージを加速させる。
「あああああっ! あああああああああああああっ!」
恐怖と絶望に駆られた仁藤はなおも叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
仁藤は身をよじりながら浴槽から飛び出した。パニックになったせいか体が上手く動けずに体が床に叩きつけられる。
うつぶせの姿勢から顔をあげると排水口が見えた。排水口の奥の真っ黒な空間からは羽音を立ててバッタが一匹また一匹とあふれる様に跳び出してきている。
仁藤は体を転がして浴室から勢いよく出た。
息が苦しい。全力疾走した後のように心臓が激しく高鳴っていた。
全身のすべての毛穴が開き、シャワーで流した汗が冷たくなって滲みでている。
仁藤は激しく震えながら浴室の方を見た。
浴室には何もいなかった。羽音も聞こえず換気扇の回る音だけがした。
「……………………くっそお」
瞳に涙が溜まってくる。拳を固く握り床に落とす。
「くっそっ! くっそおおっ! ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
仁藤はむせび泣くように叫びながら拳を何度も床に叩きつけた。
>>766
続いたらこのスレと同じで最初の勢いだけで後からグダグダになるよ……
続いたらこのスレと同じで最初の勢いだけで後からグダグダになるよ……
仁藤はひとり、広場のベンチに座りながら風呂上りの後に予定していた食事をしていた。
あの部屋には一秒と長くいたくなかった。バッタが何処からでも湧いて出てきそうな気がした。キッチンの食器棚や冷蔵庫の中、テレビの裏、ベッドやソファーの下、目に見えない死角となってしまう部分から突然バッタたちがゾロゾロと出てくると思うとゾッとした。
特にトイレには入りたくなかった。浴室と同じで、いやそれ以上に狭い密室でバッタの入口の換気扇もある。そんなバッタの籠で大群に襲われたら今度こそ自分は壊れてしまう。
何処か広々とした場所にいこうと思った。視界を遮るものが少ない、なるべく平坦な場所へだ。
部屋から一番近くのコンビニで買えるだけの食料(おにぎりやパン、弁当など表向きから見える包装がビニールやプラスチックの全て透明なものばかり選んで、菓子の様に包装が派手だったり、缶詰のように中身が見えないものは一つとして買っていなかった)とマヨネーズを数本買うと買った商品にマヨネーズをかけて、それを食べながら周囲を気にしながら早足で広場に来た。
広場はその名の通り広々とした場所で、そこで談笑する人々や遊ぶ子供たちの笑顔を見ていると心が少しだけ楽になった。
だが、しばらくするとまたバッタのイメージが蘇ってくる。
バッタは小さい。何処からだって現れることが出来る。
もしかしたら自分が座っているベンチの下から、少し離れたところで遊び疲れた子供が喉を鳴らして飲んでいる水飲み場にある銀色の網目の側溝から出てくるかもしれない。
遠くに緑が生い茂る木が見える。目に見えないだけで、あの葉っぱ一枚一枚の裏にバッタが張りついているかもしれない。
頭にこびりつく絶望的なイメージはしつこくこびりついて消えない。
仁藤は食べる。食べ続けた。食べるのを止めてしまえば死んでしまうかのような勢いで食べる。貪るといった方が正しい。
普段なら美味いうまいと言いながら食事を楽しむ仁藤だが今は終始無言だった。味も食感も香りも気にせず無心で食べることで他のことを考える隙を与えない。自分の意識を殺して機械的に食事を摂ればバッタのイメージそのものは浮かび上がらなかった。
空腹は既に通り越して満腹になっていた。それでも仁藤は自分という器に食べ物とマヨネーズをひたすら詰め込んだ。
ふいに仁藤の手が空を掴んだ。何もない手。買った食べ物全てを胃袋に放り込んだようだ。
食物。何か食物はないのか。
大きめの白ビニール袋の中に手を突っ込んでみてもゴミを漁る音しかしない。
仁藤は反対の手に持っていたマヨネーズのチューブを口に含んで中身を吸った。1本、2本とチューブが空にしていく。マヨネーズのチューブも全て失くなった。仁藤はまた食べ物を探そうとした。だが既に食べ物もマヨネーズもない。
どうすりゃあいい……
仁藤は考えた。視点が落ちて自分の胸が目に入る。仁藤は自分の食べたものでいっぱいになっている内蔵の辺りを見つめた。
あるじゃねえか、食物。
名案を思いついた仁藤は早速実行しようとした。躊躇いはなかった。動物だってやっていることだ。なら人間がやってもおかしいことじゃない。人差し指を伸ばして口内の闇に突き指そうとする。
その時、悲鳴が聞こえてきた。
首をあげると広場の人が悲鳴をあげて逃げ惑い、それを無数の灰色のファントム・グールが奇っ怪な動きで追い詰めていた。
(灰色の木偶か……あんなものでも我の腹の足しにはなる。仁藤、分かっているな?)
頭の中でキマイラが狩りを命じる。ああ、と答えた仁藤はゆっくりと立ち上がる。
食物だ。今度はあれを食ってやるぜ。
仁藤は指輪をして構えると獲物であるファントムに狙いをすます。
途端、絶望のイメージが仁藤にフラッシュバックした。バッタのファントム、パズズの吐き出すバッタに全身を食い尽くされる自分が浮かぶ。
指輪をドライバーのソケットにはめようとした手が止まった。
(仁藤、何をしている。早く変身して我に魔力を捧げろ!)
キマイラは厳しい口調で狩りを促すが仁藤には届かなかった。仁藤の体は金縛りにあったように動かなかった。
「変身!」
すると別の方からイクサに変身した名護がグールの群れに飛び込んだ。
イクサは血の様に赤い刀身のイクサカリバーを振り回して灰色の怪物を次々と切り裂いていく。瞬く間にグールの群れを全滅した。
仁藤はその光景を他人事のように見ていた。ちょうどテレビでも見るように。
(仁藤! 貴様、臆したな!)
キマイラの怒号が仁藤の頭に響いた。臆病という単語が仁藤の癪に障った。
「んだと! 俺がビビってたっていうのかよ!」
咄嗟に反発する仁藤を無視してキマイラは続ける。
(ならば何故ビーストとなり戦わなかった。貴様と我の契約よもや忘れたとは言わせんぞ)
「それは」
(貴様は我の力を以て戦いの中に飛び込む。それは貴様自身を死に近づけることと同じ)
「分かりきったことを言いやがってだから何だってんだよ?」
(貴様は戦いの中の死を恐怖している。特に貴様を倒したあのファントムからもたらされる惨たらしい最後にな。だから力を振るおうとしなかった)
キマイラの――仁藤の中に巣食う力の主の言葉には有無を言わせぬ強さがあった。
仁藤は押し黙ることしかできなかった。キマイラは自分の中に宿っているファントムだ。当然、今日の自分の一部始終を見ているのだ。あの絶望のイメージに捕らわれて惨めに悲鳴をあげて、それから逃げようと一心不乱に食事をする自分を誰よりも近いところから見ていた。
(死の間際すら楽しもうとした貴様が死を恐怖する。実に滑稽だな)
キマイラは仁藤を嘲り笑う。その笑い声は仁藤の心をかき乱した。
「ああぁあああああっ! うるっせえよ!」
仁藤は怒鳴るとビーストドライバーを外して乱暴に地面へ叩きつけた。
キマイラとの繋がりが途切れて頭に響くキマイラの声は消えた。
仁藤は苛立ちを隠せない様子でその場から逃げるように走り去った。
「仁藤くん……」
そんな仁藤の背中を名護は見つめていた。
あの部屋には一秒と長くいたくなかった。バッタが何処からでも湧いて出てきそうな気がした。キッチンの食器棚や冷蔵庫の中、テレビの裏、ベッドやソファーの下、目に見えない死角となってしまう部分から突然バッタたちがゾロゾロと出てくると思うとゾッとした。
特にトイレには入りたくなかった。浴室と同じで、いやそれ以上に狭い密室でバッタの入口の換気扇もある。そんなバッタの籠で大群に襲われたら今度こそ自分は壊れてしまう。
何処か広々とした場所にいこうと思った。視界を遮るものが少ない、なるべく平坦な場所へだ。
部屋から一番近くのコンビニで買えるだけの食料(おにぎりやパン、弁当など表向きから見える包装がビニールやプラスチックの全て透明なものばかり選んで、菓子の様に包装が派手だったり、缶詰のように中身が見えないものは一つとして買っていなかった)とマヨネーズを数本買うと買った商品にマヨネーズをかけて、それを食べながら周囲を気にしながら早足で広場に来た。
広場はその名の通り広々とした場所で、そこで談笑する人々や遊ぶ子供たちの笑顔を見ていると心が少しだけ楽になった。
だが、しばらくするとまたバッタのイメージが蘇ってくる。
バッタは小さい。何処からだって現れることが出来る。
もしかしたら自分が座っているベンチの下から、少し離れたところで遊び疲れた子供が喉を鳴らして飲んでいる水飲み場にある銀色の網目の側溝から出てくるかもしれない。
遠くに緑が生い茂る木が見える。目に見えないだけで、あの葉っぱ一枚一枚の裏にバッタが張りついているかもしれない。
頭にこびりつく絶望的なイメージはしつこくこびりついて消えない。
仁藤は食べる。食べ続けた。食べるのを止めてしまえば死んでしまうかのような勢いで食べる。貪るといった方が正しい。
普段なら美味いうまいと言いながら食事を楽しむ仁藤だが今は終始無言だった。味も食感も香りも気にせず無心で食べることで他のことを考える隙を与えない。自分の意識を殺して機械的に食事を摂ればバッタのイメージそのものは浮かび上がらなかった。
空腹は既に通り越して満腹になっていた。それでも仁藤は自分という器に食べ物とマヨネーズをひたすら詰め込んだ。
ふいに仁藤の手が空を掴んだ。何もない手。買った食べ物全てを胃袋に放り込んだようだ。
食物。何か食物はないのか。
大きめの白ビニール袋の中に手を突っ込んでみてもゴミを漁る音しかしない。
仁藤は反対の手に持っていたマヨネーズのチューブを口に含んで中身を吸った。1本、2本とチューブが空にしていく。マヨネーズのチューブも全て失くなった。仁藤はまた食べ物を探そうとした。だが既に食べ物もマヨネーズもない。
どうすりゃあいい……
仁藤は考えた。視点が落ちて自分の胸が目に入る。仁藤は自分の食べたものでいっぱいになっている内蔵の辺りを見つめた。
あるじゃねえか、食物。
名案を思いついた仁藤は早速実行しようとした。躊躇いはなかった。動物だってやっていることだ。なら人間がやってもおかしいことじゃない。人差し指を伸ばして口内の闇に突き指そうとする。
その時、悲鳴が聞こえてきた。
首をあげると広場の人が悲鳴をあげて逃げ惑い、それを無数の灰色のファントム・グールが奇っ怪な動きで追い詰めていた。
(灰色の木偶か……あんなものでも我の腹の足しにはなる。仁藤、分かっているな?)
頭の中でキマイラが狩りを命じる。ああ、と答えた仁藤はゆっくりと立ち上がる。
食物だ。今度はあれを食ってやるぜ。
仁藤は指輪をして構えると獲物であるファントムに狙いをすます。
途端、絶望のイメージが仁藤にフラッシュバックした。バッタのファントム、パズズの吐き出すバッタに全身を食い尽くされる自分が浮かぶ。
指輪をドライバーのソケットにはめようとした手が止まった。
(仁藤、何をしている。早く変身して我に魔力を捧げろ!)
キマイラは厳しい口調で狩りを促すが仁藤には届かなかった。仁藤の体は金縛りにあったように動かなかった。
「変身!」
すると別の方からイクサに変身した名護がグールの群れに飛び込んだ。
イクサは血の様に赤い刀身のイクサカリバーを振り回して灰色の怪物を次々と切り裂いていく。瞬く間にグールの群れを全滅した。
仁藤はその光景を他人事のように見ていた。ちょうどテレビでも見るように。
(仁藤! 貴様、臆したな!)
キマイラの怒号が仁藤の頭に響いた。臆病という単語が仁藤の癪に障った。
「んだと! 俺がビビってたっていうのかよ!」
咄嗟に反発する仁藤を無視してキマイラは続ける。
(ならば何故ビーストとなり戦わなかった。貴様と我の契約よもや忘れたとは言わせんぞ)
「それは」
(貴様は我の力を以て戦いの中に飛び込む。それは貴様自身を死に近づけることと同じ)
「分かりきったことを言いやがってだから何だってんだよ?」
(貴様は戦いの中の死を恐怖している。特に貴様を倒したあのファントムからもたらされる惨たらしい最後にな。だから力を振るおうとしなかった)
キマイラの――仁藤の中に巣食う力の主の言葉には有無を言わせぬ強さがあった。
仁藤は押し黙ることしかできなかった。キマイラは自分の中に宿っているファントムだ。当然、今日の自分の一部始終を見ているのだ。あの絶望のイメージに捕らわれて惨めに悲鳴をあげて、それから逃げようと一心不乱に食事をする自分を誰よりも近いところから見ていた。
(死の間際すら楽しもうとした貴様が死を恐怖する。実に滑稽だな)
キマイラは仁藤を嘲り笑う。その笑い声は仁藤の心をかき乱した。
「ああぁあああああっ! うるっせえよ!」
仁藤は怒鳴るとビーストドライバーを外して乱暴に地面へ叩きつけた。
キマイラとの繋がりが途切れて頭に響くキマイラの声は消えた。
仁藤は苛立ちを隠せない様子でその場から逃げるように走り去った。
「仁藤くん……」
そんな仁藤の背中を名護は見つめていた。
仁藤が名護の部屋で起きた頃、今川望――パズズも自室で目を覚ました。
体調はあまり良い方ではなく頭が重い。イクサに貫かれた腹部に触れると焼けるような痛みが走った。
望、と自分のゲートの名前を呼ぶ声がする。希がお湯の入った桶とタオルを持って部屋に入ってきた。
「起きたんだ」
「うん。いまさっきね」
「そう」
短い会話を交わしながら希は桶の中にタオルを浸して絞った。
その間に望はシャツの襟を引っ張り、脱ぐように見せかけて一瞬、腹の傷を確認した。特に傷跡はない。そのままシャツを脱いだ。
望はタオルを貰おうとしたが希は渡さなかった。
「私が拭いてあげる」
言いながら希は望のベッドの横に座った。スプリングが軋む音がする。二人の距離は近かった。
「え? 別に自分でやれるよ」
「いいから。いいから」
希は望の体を清拭し始めた。温かいタオルで望の、弟の、想い寄せる相手の裸身を撫でていく。
「びっくりしたんだからね。大きな音がしたかと思ったら、望が倒れていたんだよ」
「ごめん。自分で思っている以上に調子崩していたみたい」
嘘だ、と希は思った。調子を崩しただけであれ程にグッタリするとは考えられなかった。
でも望は自分に心配をかけないためにも本当のことは教えないで隠すに違いない。今もそうだった。だから希は深くは追求しなかった。
代わりに背中を拭きながら「重くて運ぶの大変だった」と愚痴ってたやった。
望は「じゃあ、痩せなくちゃね」と返した。
二人はしばらく笑いあった。
笑いが収まってくると希は望の背中にそっと触れた。
温かい。望、ちゃんと生きているんだ。
温もりを確かめるように背中に顔をうずめた。
「姉さん」
「良かった……本当に良かった……」
「…………」
姉の声と涙に望は困惑していた。
料理をしている時に包丁で指を切った時は泣いていた。だがどこか怪我をしている様には見えない。
恋愛ドラマや映画を見た時も泣いていた。それならば姉はテレビのあるリビングにいるはずだ。ここで思い出し泣きをしたとも思えない。
ならば何か泣きたくなる程に嫌なことがあったのだろうか。
望は過去の記憶を色々と探ってみるが今の希に近いケースが存在しなかった。
なあ、姉さん。どうして泣いているのさ?
望――パズズには希が泣いている理由が分からなかった。
体調はあまり良い方ではなく頭が重い。イクサに貫かれた腹部に触れると焼けるような痛みが走った。
望、と自分のゲートの名前を呼ぶ声がする。希がお湯の入った桶とタオルを持って部屋に入ってきた。
「起きたんだ」
「うん。いまさっきね」
「そう」
短い会話を交わしながら希は桶の中にタオルを浸して絞った。
その間に望はシャツの襟を引っ張り、脱ぐように見せかけて一瞬、腹の傷を確認した。特に傷跡はない。そのままシャツを脱いだ。
望はタオルを貰おうとしたが希は渡さなかった。
「私が拭いてあげる」
言いながら希は望のベッドの横に座った。スプリングが軋む音がする。二人の距離は近かった。
「え? 別に自分でやれるよ」
「いいから。いいから」
希は望の体を清拭し始めた。温かいタオルで望の、弟の、想い寄せる相手の裸身を撫でていく。
「びっくりしたんだからね。大きな音がしたかと思ったら、望が倒れていたんだよ」
「ごめん。自分で思っている以上に調子崩していたみたい」
嘘だ、と希は思った。調子を崩しただけであれ程にグッタリするとは考えられなかった。
でも望は自分に心配をかけないためにも本当のことは教えないで隠すに違いない。今もそうだった。だから希は深くは追求しなかった。
代わりに背中を拭きながら「重くて運ぶの大変だった」と愚痴ってたやった。
望は「じゃあ、痩せなくちゃね」と返した。
二人はしばらく笑いあった。
笑いが収まってくると希は望の背中にそっと触れた。
温かい。望、ちゃんと生きているんだ。
温もりを確かめるように背中に顔をうずめた。
「姉さん」
「良かった……本当に良かった……」
「…………」
姉の声と涙に望は困惑していた。
料理をしている時に包丁で指を切った時は泣いていた。だがどこか怪我をしている様には見えない。
恋愛ドラマや映画を見た時も泣いていた。それならば姉はテレビのあるリビングにいるはずだ。ここで思い出し泣きをしたとも思えない。
ならば何か泣きたくなる程に嫌なことがあったのだろうか。
望は過去の記憶を色々と探ってみるが今の希に近いケースが存在しなかった。
なあ、姉さん。どうして泣いているのさ?
望――パズズには希が泣いている理由が分からなかった。
「姉さん。昨日の夕飯まだ残ってるかな?」
望は努めて優しい声で希に問いかけた。泣いている姉を安心させるためにはこういう態度をとるべきだと過去の記憶にあった。
「捨てるのも勿体ないからお昼ご飯にでもしようと思って冷蔵庫に入れてある」
「じゃあ温めてきてくれないかな。昨日の夜から何も食べてないから」
望は希と向き合い悪戯っぽく笑った。傷で痛む腹をさすって空腹を訴える。
「分かった。待っててね」
「あんまり温めすぎないでよ」
「望は熱いの苦手だもんね」
望の様子を見て、安心した希は部屋を出た。
部屋の外から聞こえる希の足音が遠ざかっていった時だった。
「見せつけてくれるわね」
何者かの声が望の部屋に響き渡った。望の顔が先ほどまでの姉に向けていた優しい表情から打って変わり敵意のある険しいものになった。
望は部屋の隅にある姿見の鏡に目をやった。
「覗き見とは嫌な趣味だな。それともそうやって俺たちの生活を見張っているのか?」
すると鏡は答えた。
「ファントムを管理するのは私の役目でもあるわ。ワイズマンに仇なすファントムが現れないようにね」
鏡に人間に化けたメデューサの姿が浮かび上がる。ミサだ。
ミサは鏡に映っているが望の部屋にはいない。魔力が像となって鏡に映っているのだ。
望はうんざりした。口うるさい鬱陶しい上司がやってきた気分だった。
「パズズ、いつまで寝ているの。早くお前のやるべきことをしなさい」
上司はノルマをこなすように小言を言いに来た。
「ゲートを絶望させることか。少し休ませてから行かせろ。既に魔法使いは一人始末した」
「古の魔法使いのこと?」
「指輪の魔法使いではないけれど魔法使いは魔法使いだ。これで邪魔するやつは減った。あとはゲートに死の恐怖を見せるだけだ。もういいだろ。消えてくれ」
目の前の鬱陶しい蛇のような女と顔を合わせていたくないので突き放すように言った。
するとミサは小さく笑う。小馬鹿にするような卑下な笑みだった。
「古の魔法使いは生きているわ」
「なに?」
望は鏡を睨む。どう考えても古の魔法使いが負ったダメージは致命傷のはず。生きているはずがない。
「古の魔法使いは治癒の魔法を持っているのよ」
「そういうことか」舌打ちする望。誤算だった。これでは仕切り直しだ。
「詰めが甘かったわね。トドメを刺さなかったの?」
「邪魔が入った。白い鎧の男……」
灼熱の光る剣を突き刺された痛みはハッキリと覚えている。魔法使いでもないのに人を遥かに超えた力をもつ男だった。
「あいつは何者だ」
「……ただの部外者よ」
望の問いにミサは一瞬だけ忌々しげな顔をして答えた。
「ともかくお前はまだ役割を果たしていない。なら分かっているわね?」
「ああ……」望はベッドから起き上がった。
「頑張りなさい。全てはワイズマンのために」ミサは珍しく優しい声を残して鏡から消えた。
望はタンスから使っていないバスタオルを取り出して姿見全体に被せた。
これで姿見は何も映せない。また覗かれるなんて冗談じゃない。
どうせ代わりはいるんだろ、点数稼ぎの蛇女。
望は努めて優しい声で希に問いかけた。泣いている姉を安心させるためにはこういう態度をとるべきだと過去の記憶にあった。
「捨てるのも勿体ないからお昼ご飯にでもしようと思って冷蔵庫に入れてある」
「じゃあ温めてきてくれないかな。昨日の夜から何も食べてないから」
望は希と向き合い悪戯っぽく笑った。傷で痛む腹をさすって空腹を訴える。
「分かった。待っててね」
「あんまり温めすぎないでよ」
「望は熱いの苦手だもんね」
望の様子を見て、安心した希は部屋を出た。
部屋の外から聞こえる希の足音が遠ざかっていった時だった。
「見せつけてくれるわね」
何者かの声が望の部屋に響き渡った。望の顔が先ほどまでの姉に向けていた優しい表情から打って変わり敵意のある険しいものになった。
望は部屋の隅にある姿見の鏡に目をやった。
「覗き見とは嫌な趣味だな。それともそうやって俺たちの生活を見張っているのか?」
すると鏡は答えた。
「ファントムを管理するのは私の役目でもあるわ。ワイズマンに仇なすファントムが現れないようにね」
鏡に人間に化けたメデューサの姿が浮かび上がる。ミサだ。
ミサは鏡に映っているが望の部屋にはいない。魔力が像となって鏡に映っているのだ。
望はうんざりした。口うるさい鬱陶しい上司がやってきた気分だった。
「パズズ、いつまで寝ているの。早くお前のやるべきことをしなさい」
上司はノルマをこなすように小言を言いに来た。
「ゲートを絶望させることか。少し休ませてから行かせろ。既に魔法使いは一人始末した」
「古の魔法使いのこと?」
「指輪の魔法使いではないけれど魔法使いは魔法使いだ。これで邪魔するやつは減った。あとはゲートに死の恐怖を見せるだけだ。もういいだろ。消えてくれ」
目の前の鬱陶しい蛇のような女と顔を合わせていたくないので突き放すように言った。
するとミサは小さく笑う。小馬鹿にするような卑下な笑みだった。
「古の魔法使いは生きているわ」
「なに?」
望は鏡を睨む。どう考えても古の魔法使いが負ったダメージは致命傷のはず。生きているはずがない。
「古の魔法使いは治癒の魔法を持っているのよ」
「そういうことか」舌打ちする望。誤算だった。これでは仕切り直しだ。
「詰めが甘かったわね。トドメを刺さなかったの?」
「邪魔が入った。白い鎧の男……」
灼熱の光る剣を突き刺された痛みはハッキリと覚えている。魔法使いでもないのに人を遥かに超えた力をもつ男だった。
「あいつは何者だ」
「……ただの部外者よ」
望の問いにミサは一瞬だけ忌々しげな顔をして答えた。
「ともかくお前はまだ役割を果たしていない。なら分かっているわね?」
「ああ……」望はベッドから起き上がった。
「頑張りなさい。全てはワイズマンのために」ミサは珍しく優しい声を残して鏡から消えた。
望はタンスから使っていないバスタオルを取り出して姿見全体に被せた。
これで姿見は何も映せない。また覗かれるなんて冗談じゃない。
どうせ代わりはいるんだろ、点数稼ぎの蛇女。
階段を下りたところで望の耳に小さな吐息が聞こえた。
リビングを覗くと椅子に座った希が眠っていた。望の無事に安心して昨日からの緊張が切れた影響だった。
心地よさげな姉の寝顔。望は姉の部屋までピンクのケープを取りにいき、希を起こさないように掛けた。
希の体に柔らかいピンクの花びらが添えられていく。やがてリビングに一輪の桃色の花が咲いた。
可憐な花になった姉を見て、望は姉の姿をてるてる坊主とからかったことを謝ろうと思った。
望はテーブルの自分の席に置いてある希が温めた昨日の夕飯を食べ始める。
捨ててしまってもよかったが、それは希に悪い。
主食、白米。合わせのひきわり納豆をかけて食べる。口の中が噛んだ米と糸を引く納豆で粘ついた。
主菜、秋刀魚の焼きポン酢漬け。焦げ目のつく小麦粉の衣にポン酢が染みて柔らかくなっていた。
副菜、卵焼き。黄色くて柔らかい。
付け合せ、きゅうりと白菜の漬物。汁っけがあって少し歯ごたえがあった。
汁物、豆腐とおくらの味噌汁。おくらが入っているので若干のとろみがあった。
最後に水を飲んで口の中を洗い流す。
こうして望は味の分からない温かい食事を済ませた。
食べた食器を洗い、片付けて外に出ようとした時だった。
そうだ。書置きを残しておこう。また心配させるといけない。
望はメモ用紙にペンを走らせた。文章を書きながら姉を見る。その目には強い意思が宿っていた。
「今度こそ終わらせてくるから……」
そう呟くと望は続きを書いた。
「いってきます」
望は家を出た。
姉さんへ
用事があるので外に出ています。遅くなるかもしれなけれど心配しないでください。
今度はちゃんと夕飯までには帰ってきます。
望より
追伸。昨日の夕飯、俺の好きな味付けでとっても美味しかったよ。ありがとう。また今度作ってよ。
リビングを覗くと椅子に座った希が眠っていた。望の無事に安心して昨日からの緊張が切れた影響だった。
心地よさげな姉の寝顔。望は姉の部屋までピンクのケープを取りにいき、希を起こさないように掛けた。
希の体に柔らかいピンクの花びらが添えられていく。やがてリビングに一輪の桃色の花が咲いた。
可憐な花になった姉を見て、望は姉の姿をてるてる坊主とからかったことを謝ろうと思った。
望はテーブルの自分の席に置いてある希が温めた昨日の夕飯を食べ始める。
捨ててしまってもよかったが、それは希に悪い。
主食、白米。合わせのひきわり納豆をかけて食べる。口の中が噛んだ米と糸を引く納豆で粘ついた。
主菜、秋刀魚の焼きポン酢漬け。焦げ目のつく小麦粉の衣にポン酢が染みて柔らかくなっていた。
副菜、卵焼き。黄色くて柔らかい。
付け合せ、きゅうりと白菜の漬物。汁っけがあって少し歯ごたえがあった。
汁物、豆腐とおくらの味噌汁。おくらが入っているので若干のとろみがあった。
最後に水を飲んで口の中を洗い流す。
こうして望は味の分からない温かい食事を済ませた。
食べた食器を洗い、片付けて外に出ようとした時だった。
そうだ。書置きを残しておこう。また心配させるといけない。
望はメモ用紙にペンを走らせた。文章を書きながら姉を見る。その目には強い意思が宿っていた。
「今度こそ終わらせてくるから……」
そう呟くと望は続きを書いた。
「いってきます」
望は家を出た。
姉さんへ
用事があるので外に出ています。遅くなるかもしれなけれど心配しないでください。
今度はちゃんと夕飯までには帰ってきます。
望より
追伸。昨日の夕飯、俺の好きな味付けでとっても美味しかったよ。ありがとう。また今度作ってよ。
家を出た望はその足でショッピングモールまでやって来た。モールにはたくさんの客で賑わっている。そこに望が狙うべきゲートはいなかった。
望には考えがあった。どうせゲートを狙っても魔法使いの邪魔が入るのは分かりきっている。ならば最初から魔法使いに狙いを定めてしまおう。
これだけ人の多い所で騒ぎを起こせば魔法使いも来るに違いない。望はゲートを絶望させる前に邪魔な魔法使いを倒そうとした。
今度は骨まで食い尽くしてしまおう。何も残らないくらい。全部。
望が事を起こそうとパズズに変わろうとした時、ひと組のカップルに目がいった。
カップルはショーウィンドウに飾られた白いウエディングドレスを見ながら幸せそうな顔で話している。片割れの女の左の薬指には指輪がついていた。
「ねえ、これすっごく可愛くない? あたし結婚式にこれ着たい!」
「はあ? バカ言ってんじゃねえよ。高すぎだ。レンタルで十分だろ」
「バカってなによ。一生に一度しか着ないのよ? だったら思いっきり贅沢したいじゃない!」
「あのな。そんな所に金を使うなら、その金で美味い飯食った方がいいに決まってるだろ」
「むぅ……」
「贅沢はそいつで我慢しろよ。三ヶ月分どころじゃねえんだから」
「これ、あれなんでしょ? ジル何とかじゃないんだっけ」
「ああ、本物だよ」
「それってあんたの気持ちが本物ってことだよね。あたしってば愛されてるーーっ!」
「おまえ、恥ずかしいやつだな。キモい」
「なに照れてんの?」
「うるせーーよ」
カップルは互いに幸せな顔をしていた。自分と姉もああいう風になれるだろうか。
望の記憶には希と一緒に外に出かけたことがなかった。きっと体の弱い希を気遣った結果なのだろう。
ふと望は思いついた。
これが終わったら姉さんと一緒に外へ出かけよう。遠くじゃなくてもいい。ただ家の近くをぐるりと周るだけでもいいから。
同じものを見て、同じ感覚を分かち合いたい。
なによりも最愛の姉と楽しい時間を過ごしたい。ちょうど、あのカップルのように。
望の中にそんなありふれた小さな希望が生まれた。
絶望から生まれたファントムの自分が希望を抱く。少しおかしかった。
……そろそろ始めるか。
これ以上カップルの顔を見ていたら自分の中で何かがぶれてしまいそうだった。
望の体が蜃気楼のように揺れると人間の体を捨てて、本来のパズズとしての姿に戻った。
バッタの異形になった瞬間、モールの中は恐怖と絶望の悲鳴でいっぱいになった。
パズズは魔石を放り投げてグールを生み出した。続けて大量のバッタを吐き出す。
グール達は手に持った武器で辺りを力任せに破壊し始めた。ショーウィンドウのガラスの割れる音があちこちで響く。
ガラス貼りの天井から見える青い空を黒く染めてしまう数のバッタ達は、不気味な羽音を立ててモールのあちこちに群がった。中には逃げた客が落とした食べ物に群がり食い漁るバッタの群れもあった。
破壊と蝗害は普段は客で賑わうモールの美しい景観をあっという間に真逆のものにした。
客たちは力の限り逃げ惑う。その中に先ほどのカップルもいた。カップルは愛する人を離さないように手を固く握りあいながら逃げていた。
「そうだ。逃げろ逃げろ!」パズズは煽った「絶望も追って来られないほど遠くにな!」
悲鳴が遠ざかるとパズズは割れたショーウィンドウに飾られたウエディングドレスに触れた。
ドレスは吐き出したバッタ達に食われて、無数の虫食い穴でボロボロの白布に変わり果てていた。
パズズがドレスを捨てると雷のような激しい音と共に近くにグールが転がってきた。
グールの胸から煙が吹いていた。
客が逃げていった方向からこちらに近づく足音があった。
そこにはイクサナックルを突き出すように構えている名護がいた。
パズズの腹の傷が疼いた。
「またお前か」
「それは俺の台詞だ。今度こそ仁藤くんの借りを返してもらう」
名護は振り返ることなくナックルを後ろ手に突き出した。激しい音と放電を伴う衝撃波が放たれると名護を後ろから襲おうとしたグールは黒焦げになった。
「変身!」
名護はイクサに変身するとそのままバーストモードへ移行し、パズズにイクサカリバーのガンモードで射撃した。パズズは小さく横に跳んでかわす。
「ちょうどいい。魔法使いでなくてもお前は邪魔だ。ここで消してやる」
パズズの体から無数の羽音が響いいてくる。イクサは構えた。するとイクサの足元で爆発が起こった。パズズの攻撃ではない。新手だった。
「手伝ってあげるわよ。パズズ」
パズズの後ろから歩いてきたのはミサだった。ミサはイクサの前に出ると苦しく転がっているグールを冷たい目で見下ろす。
「役立たずね」
邪魔な小石を蹴るようにしてグールの顔面がミサの足で飛ばされた。
「お前、ファントムを狩ってくれたわね。バジリスクや何体ものグール。おまけに今度はパズズまで」
イクサを見るミサの瞳に怒りが宿る。空気が恐るように震えだした。
「ワイズマンの計画の邪魔をして……」
ミサの黒髪が怒りに呼応するように伸び始めた。地面についてもまだ余ってしまう程に伸びた黒髪は複雑に絡み合い、無数の黒い束を作った。束のひとつひとつは蛇のようにしなり動く。
頭から黒い蛇を生やしたミサは蛇を自分の体に巻きつかせた。蛇たちはミサの肌にくい込みほどに深く絡みつく。
蛇に抱かれたミサは熱い吐息を漏らした。ミサの体が人からファントムへと変わっていく。
自分の仕える主のために力を使う。それがミサには堪らなかった。
ワイズマン、貴方の邪魔は誰にもさせません。私が貴方の希望を叶えましょう。ゲートも必ず絶望させます。その為なら私はどれだけのファントムも犠牲にします。貴方の喜びが何もない私を満たしてくれる。貴方の希望を邪魔するものがいるならば私が総て排除します。魔法使いも、この街にきた黒い怪物たちも、そして目の前の鎧の男も。
「私はお前を許さない!」
ミサはファントム・メデューサへと姿を変えた。
望には考えがあった。どうせゲートを狙っても魔法使いの邪魔が入るのは分かりきっている。ならば最初から魔法使いに狙いを定めてしまおう。
これだけ人の多い所で騒ぎを起こせば魔法使いも来るに違いない。望はゲートを絶望させる前に邪魔な魔法使いを倒そうとした。
今度は骨まで食い尽くしてしまおう。何も残らないくらい。全部。
望が事を起こそうとパズズに変わろうとした時、ひと組のカップルに目がいった。
カップルはショーウィンドウに飾られた白いウエディングドレスを見ながら幸せそうな顔で話している。片割れの女の左の薬指には指輪がついていた。
「ねえ、これすっごく可愛くない? あたし結婚式にこれ着たい!」
「はあ? バカ言ってんじゃねえよ。高すぎだ。レンタルで十分だろ」
「バカってなによ。一生に一度しか着ないのよ? だったら思いっきり贅沢したいじゃない!」
「あのな。そんな所に金を使うなら、その金で美味い飯食った方がいいに決まってるだろ」
「むぅ……」
「贅沢はそいつで我慢しろよ。三ヶ月分どころじゃねえんだから」
「これ、あれなんでしょ? ジル何とかじゃないんだっけ」
「ああ、本物だよ」
「それってあんたの気持ちが本物ってことだよね。あたしってば愛されてるーーっ!」
「おまえ、恥ずかしいやつだな。キモい」
「なに照れてんの?」
「うるせーーよ」
カップルは互いに幸せな顔をしていた。自分と姉もああいう風になれるだろうか。
望の記憶には希と一緒に外に出かけたことがなかった。きっと体の弱い希を気遣った結果なのだろう。
ふと望は思いついた。
これが終わったら姉さんと一緒に外へ出かけよう。遠くじゃなくてもいい。ただ家の近くをぐるりと周るだけでもいいから。
同じものを見て、同じ感覚を分かち合いたい。
なによりも最愛の姉と楽しい時間を過ごしたい。ちょうど、あのカップルのように。
望の中にそんなありふれた小さな希望が生まれた。
絶望から生まれたファントムの自分が希望を抱く。少しおかしかった。
……そろそろ始めるか。
これ以上カップルの顔を見ていたら自分の中で何かがぶれてしまいそうだった。
望の体が蜃気楼のように揺れると人間の体を捨てて、本来のパズズとしての姿に戻った。
バッタの異形になった瞬間、モールの中は恐怖と絶望の悲鳴でいっぱいになった。
パズズは魔石を放り投げてグールを生み出した。続けて大量のバッタを吐き出す。
グール達は手に持った武器で辺りを力任せに破壊し始めた。ショーウィンドウのガラスの割れる音があちこちで響く。
ガラス貼りの天井から見える青い空を黒く染めてしまう数のバッタ達は、不気味な羽音を立ててモールのあちこちに群がった。中には逃げた客が落とした食べ物に群がり食い漁るバッタの群れもあった。
破壊と蝗害は普段は客で賑わうモールの美しい景観をあっという間に真逆のものにした。
客たちは力の限り逃げ惑う。その中に先ほどのカップルもいた。カップルは愛する人を離さないように手を固く握りあいながら逃げていた。
「そうだ。逃げろ逃げろ!」パズズは煽った「絶望も追って来られないほど遠くにな!」
悲鳴が遠ざかるとパズズは割れたショーウィンドウに飾られたウエディングドレスに触れた。
ドレスは吐き出したバッタ達に食われて、無数の虫食い穴でボロボロの白布に変わり果てていた。
パズズがドレスを捨てると雷のような激しい音と共に近くにグールが転がってきた。
グールの胸から煙が吹いていた。
客が逃げていった方向からこちらに近づく足音があった。
そこにはイクサナックルを突き出すように構えている名護がいた。
パズズの腹の傷が疼いた。
「またお前か」
「それは俺の台詞だ。今度こそ仁藤くんの借りを返してもらう」
名護は振り返ることなくナックルを後ろ手に突き出した。激しい音と放電を伴う衝撃波が放たれると名護を後ろから襲おうとしたグールは黒焦げになった。
「変身!」
名護はイクサに変身するとそのままバーストモードへ移行し、パズズにイクサカリバーのガンモードで射撃した。パズズは小さく横に跳んでかわす。
「ちょうどいい。魔法使いでなくてもお前は邪魔だ。ここで消してやる」
パズズの体から無数の羽音が響いいてくる。イクサは構えた。するとイクサの足元で爆発が起こった。パズズの攻撃ではない。新手だった。
「手伝ってあげるわよ。パズズ」
パズズの後ろから歩いてきたのはミサだった。ミサはイクサの前に出ると苦しく転がっているグールを冷たい目で見下ろす。
「役立たずね」
邪魔な小石を蹴るようにしてグールの顔面がミサの足で飛ばされた。
「お前、ファントムを狩ってくれたわね。バジリスクや何体ものグール。おまけに今度はパズズまで」
イクサを見るミサの瞳に怒りが宿る。空気が恐るように震えだした。
「ワイズマンの計画の邪魔をして……」
ミサの黒髪が怒りに呼応するように伸び始めた。地面についてもまだ余ってしまう程に伸びた黒髪は複雑に絡み合い、無数の黒い束を作った。束のひとつひとつは蛇のようにしなり動く。
頭から黒い蛇を生やしたミサは蛇を自分の体に巻きつかせた。蛇たちはミサの肌にくい込みほどに深く絡みつく。
蛇に抱かれたミサは熱い吐息を漏らした。ミサの体が人からファントムへと変わっていく。
自分の仕える主のために力を使う。それがミサには堪らなかった。
ワイズマン、貴方の邪魔は誰にもさせません。私が貴方の希望を叶えましょう。ゲートも必ず絶望させます。その為なら私はどれだけのファントムも犠牲にします。貴方の喜びが何もない私を満たしてくれる。貴方の希望を邪魔するものがいるならば私が総て排除します。魔法使いも、この街にきた黒い怪物たちも、そして目の前の鎧の男も。
「私はお前を許さない!」
ミサはファントム・メデューサへと姿を変えた。
仁藤はテントの中で横になっていた。外は太陽が昇っている昼時だが、閉め切ったテントの中は薄暗い。
「俺はビビってなんかねえ……」
キマイラの臆している、という言葉に言い返すように、そして自分に言い聞かせるように口にした。だが、その言葉は弱々しかった。いつものエネルギーに漲った面影はどこにもなかった。
自分が死を恐れているなんてバカな話だ。ビーストドライバーを手にして、キマイラを体に宿してからの自分は命懸けの生活を送っていた。
ファントムとの戦いの中で命を落とす可能性だってある。仮に戦いで命を落とさなくてもキマイラに喰わせる魔力という餌が底を尽きたらキマイラに喰われる。
自分には死がつきまとっているのだ。だが死を恐れたことはなかった。
幼い頃から好奇心のままに生きてきた仁藤には死というものを真面目に考えたことなど無かった。死ぬ時は死ぬ。そんな程度の考えだった。
仁藤にとってビーストの力を使う上での死の危険など精々自分の人生を面白くするスパイスでしかない。
死の危険など知ったことではない。そんなことより誰も触れたことのない神秘的な古代の力を使う楽しみの方が圧倒的に強かった。命懸けの生活故にとても刹那的な生き方だった。
死ぬ時は死ぬ。そんな程度の考え。
だが今は違った。仁藤はパズズとの戦いで死を恐れてしまっていた。大量のバッタに喰われていく自分の体。惨たらしい自分の最後がいつまでも頭から離れない。
死の恐怖で絶望しろ!
いつも下らないと思っていたファントムお決まりの台詞が今ではその意味が分かる気がした。
明確な死のイメージが休むことなく襲ってきて怯える。
それこそ心の支え――希望になってくれる、こんな恐怖をぶっ飛ばしてくれそうな魔法使いでもいなきゃ狂ってしまいそうだ。頭に戦友でありライバルでもある指輪の魔法使いの姿が浮かんだ。
「晴人……アイツなら俺の希望に」
そこまで呟きかけて仁藤は慌てて頭を横に振った。
ふざけんな! それじゃあ俺がアイツに負けたみてえじゃねえか!
仁藤はライバルに甘えようとした自分にどうしよもない程の怒りが込み上がった。
晴人は自分の全てを投げ打ってでも絶望から多くの人の希望を守る魔法使い。その覚悟は並大抵のものではないと仁藤は知っていたし、尊敬もしていた。
だからこそ同じ魔法使いとして、男として晴人に負ける訳にはいかない。
もし晴人が今の自分のように追い詰められたらどうするだろうか。きっと晴人は逃げないで戦うに違いない。操真晴人とはそういう男だ。
俺はどうだ、仁藤功介?
仁藤は自分に問いてみた。
俺はこんなところビクビクして引きこもってるような男なのか?
ちげえだろ。
死の恐怖?
所詮は訳のわかんねえ妄想じゃねえか。俺はまだ死んでもいねえし死ぬつもりもねえ。
俺は晴人に勝つ男だ。
アイツに出来ることが俺にできねえわけねえじゃねえか!
大体よ……そもそも逃げるってのが俺の中でありえねえんだよ。
自問自答する内に仁藤の中で闘志が燃えてきた。
その時、テントの中に鳥のような鳴き声をあげながら使い魔のグリフォンが入ってきた。
グリフォンが来た理由は一つしかない。獲物を見つけたのだ。
仁藤は立ち上がり、楽しそうに笑う。
そうだ。俺にとってこの死の恐怖ってやつも今まで感じたこともねえ未知の領域だ。
知らねえことがあったらどうする?
答えは既に出ている。仁藤はテントを飛びだす。
「逃げるよりも立ち向かって、飛び込んだ方がおもしれえっ!!」
「俺はビビってなんかねえ……」
キマイラの臆している、という言葉に言い返すように、そして自分に言い聞かせるように口にした。だが、その言葉は弱々しかった。いつものエネルギーに漲った面影はどこにもなかった。
自分が死を恐れているなんてバカな話だ。ビーストドライバーを手にして、キマイラを体に宿してからの自分は命懸けの生活を送っていた。
ファントムとの戦いの中で命を落とす可能性だってある。仮に戦いで命を落とさなくてもキマイラに喰わせる魔力という餌が底を尽きたらキマイラに喰われる。
自分には死がつきまとっているのだ。だが死を恐れたことはなかった。
幼い頃から好奇心のままに生きてきた仁藤には死というものを真面目に考えたことなど無かった。死ぬ時は死ぬ。そんな程度の考えだった。
仁藤にとってビーストの力を使う上での死の危険など精々自分の人生を面白くするスパイスでしかない。
死の危険など知ったことではない。そんなことより誰も触れたことのない神秘的な古代の力を使う楽しみの方が圧倒的に強かった。命懸けの生活故にとても刹那的な生き方だった。
死ぬ時は死ぬ。そんな程度の考え。
だが今は違った。仁藤はパズズとの戦いで死を恐れてしまっていた。大量のバッタに喰われていく自分の体。惨たらしい自分の最後がいつまでも頭から離れない。
死の恐怖で絶望しろ!
いつも下らないと思っていたファントムお決まりの台詞が今ではその意味が分かる気がした。
明確な死のイメージが休むことなく襲ってきて怯える。
それこそ心の支え――希望になってくれる、こんな恐怖をぶっ飛ばしてくれそうな魔法使いでもいなきゃ狂ってしまいそうだ。頭に戦友でありライバルでもある指輪の魔法使いの姿が浮かんだ。
「晴人……アイツなら俺の希望に」
そこまで呟きかけて仁藤は慌てて頭を横に振った。
ふざけんな! それじゃあ俺がアイツに負けたみてえじゃねえか!
仁藤はライバルに甘えようとした自分にどうしよもない程の怒りが込み上がった。
晴人は自分の全てを投げ打ってでも絶望から多くの人の希望を守る魔法使い。その覚悟は並大抵のものではないと仁藤は知っていたし、尊敬もしていた。
だからこそ同じ魔法使いとして、男として晴人に負ける訳にはいかない。
もし晴人が今の自分のように追い詰められたらどうするだろうか。きっと晴人は逃げないで戦うに違いない。操真晴人とはそういう男だ。
俺はどうだ、仁藤功介?
仁藤は自分に問いてみた。
俺はこんなところビクビクして引きこもってるような男なのか?
ちげえだろ。
死の恐怖?
所詮は訳のわかんねえ妄想じゃねえか。俺はまだ死んでもいねえし死ぬつもりもねえ。
俺は晴人に勝つ男だ。
アイツに出来ることが俺にできねえわけねえじゃねえか!
大体よ……そもそも逃げるってのが俺の中でありえねえんだよ。
自問自答する内に仁藤の中で闘志が燃えてきた。
その時、テントの中に鳥のような鳴き声をあげながら使い魔のグリフォンが入ってきた。
グリフォンが来た理由は一つしかない。獲物を見つけたのだ。
仁藤は立ち上がり、楽しそうに笑う。
そうだ。俺にとってこの死の恐怖ってやつも今まで感じたこともねえ未知の領域だ。
知らねえことがあったらどうする?
答えは既に出ている。仁藤はテントを飛びだす。
「逃げるよりも立ち向かって、飛び込んだ方がおもしれえっ!!」
イクサの武器イクサカリバーが数度振るわれる。パズズはイクサの剣を身を翻してかわした。切っ先が体を横切る度に背中に悪寒が走る。
イクサカリバーの刀身ブラッディ・エッジが描く紅い弧は鮮血が飛び散ったように見えて、自分が斬られたのかと錯覚すらした。
集中して見切らなければならない。でなければ本当に自分の血が飛び散ってしまう。
それほどまでにイクサを操る名護の戦士としての剣の腕前は凄まじく、一太刀一太刀に気迫がこもっており正確だった。徐々に追い詰められている。
「はぁっ!!」
イクサはパズズに斬りかかろうとした。だが自分を飲み込もうとする巨大な殺意を感じ取るとすぐさまに体の向きを変えて、殺意を剣で受け止める。
激しい火花が飛ぶ。殺意の正体はメデューサの杖の武器『アロガント』だった。
「お前も、もう一人の鎧の男も、あの化物たちも、魔法使いも、私以外のファントムも……全部邪魔なのよ。消えろ……消えてしまえ!!」
激しい感情を顕にするメデューサのアロガントがイクサを襲う。メデューサの攻撃は蛇のように執拗で止まることなく続いた。
イクサはメデューサの攻撃を捌き、反撃を試みようとした。しかしイクサのモニターに襲いかかってくるパズズが映されていた。
メデューサを蹴り飛ばしてパズズと相対しようとした瞬間イクサの視界が激しく揺れる。イクサのマスクを力いっぱい殴られた。
次は胸部の装甲。高速移動と長距離ジャンプを可能とするパズズの脚から放たれる強烈なローリングソバットがマトモにはいった。
イクサはショッピングモール内の無人の喫茶店へ吹っ飛ばされた。破壊されたイスやテーブル、ガラス片をどかしながら立ち上がり体勢を整えるイクサ。
モニターには直撃を受けた胸部に備えられたソルエンジンの出力が落ちていることが警告として表示されていた。
状況は劣勢。だが敵は目の前にいる。逃げるわけにはいかない。戦士に後退はないのだ。
イクサは剣を構えてメデューサとパズズに立ち向かった。
パズズの顎が大きく開くとバッタの大群が津波のように吐き出された。イクサは銀色のフエッスルを読み込ませてブロウクンファングで相殺する。
その隙を突くように強大な蛇がイクサに絡みつく。メデューサの頭部から生えている蛇たちだ。
イクサは脱出しようと力をいれるが蛇は荒縄のように四肢をキツく縛りあげて解くことはできなかった。
「爆ぜなさい」
メデューサが睨みを効かせた瞬間、イクサの全身がスパークしてあちこちから爆発が起きた。魔力をエネルギーとして送り込まれてイクサのシステムのあちこちで回路がショートしたのだ。
「があああああっ!!」
拘束されたまま全身を焼かれるイクサの凄惨な光景。この世の悪を裁く崇高な使命をもった聖なる存在が磔と火炙りを受ける。名護の全身に激痛と屈辱が容赦なく襲った。
やがてイクサは膝から崩れ落ちた。イクサの姿が解除されて生身の名護の姿に戻る。
二体のファントムが死刑を執行するかのようにゆっくりと名護に近づいてきた。
「さあ、お別れよ。死の恐怖で絶望しなさい」
無様に地面に伏す名護を見下ろしながらメデューサは嘲笑い、アロガントを先を名護に突きつける。
「俺を舐めるな……」
「なんですって?」
「お前たちに、この俺の……名護啓介の魂を汚せはしない」
名護はボロボロの体を気力で起き上がらせてイクサナックルで変身しようとする。絶望的な状況でも、その瞳は闘志で燃え盛っていた。
名護は少しも諦めていない。
その抵抗が余裕な態度をしていたメデューサを怒りで爆発させた。
「ならば絶望する間もなく死になさい!」
トドメを刺そうとアロガントを振り上げた、その時だった。
「うおおおおおおおおっ!」
仁藤が全速力で走ってきてメデューサに体当たりをした。
息を切らしながら苦しそうに立つ仁藤を名護は驚いた。
「何をしに来たんだ、仁藤くん。逃げ出した、君が」
仁藤の背中に向かって名護が厳しい言葉をぶつけた。
「俺は……どうしようもねえバカだ」
仁藤は大きくため息をついた。
死の恐怖に取り憑かれ怯える自分。戦うことを恐れて古の力を宿した神秘の魔法具ビーストドライバーを手放した自分。ライバルにすがろうとした自分。
「逃げるなんて俺じゃねえんだよ」
余りにも、余りにも自分らしくない。それが気に入らない。
「俺は俺であることを取り戻すために来た!」
仁藤はパズズに指をさして力強く宣言する。
「だから、まずはてめえを食ってケジメをつける」
ファントムと向かい合う仁藤に、もはやバッタの大群のーー死の恐怖のイメージは浮かばなかった。完全に吹っ切れた。不敵な笑さへ浮かべてる。
すると仁藤の元へ何かが飛んできた。仁藤はキャッチすると自分の手の中に収まった「それ」を見つめた。
「おっさん、これ……」
仁藤の手に握られていたのは檻のような装飾が施されたベルトのバックル――ビーストドライバーだった。
「俺が回収していた。もしもの時にな。仁藤くん、使いなさい。君のその強い心のままに!」
「ありがてえ!」
自称コーチからの激励を受けた仁藤はビーストドライバーを装着した。その瞬間ドライバーを通して仁藤とキマイラが繋がった。
金色の砂が舞う闇の中で魔獣キマイラは佇んでいた。その表情は読めない。
「キマイラ……」
ビーストドライバーを外して一度は力を放棄したことへの謝罪や自分の弱さを指摘してくれたことへの感謝、これからの自分の決意や覚悟、伝えたいことが沢山あって上手く言葉にできなかった。
「皆まで言うな」
キマイラは仁藤の気持ちを察しているかのように仁藤の口癖をいった。
「んだよ、それ。俺のセリフじゃねえか」照れ隠しに悪態をつく。
「それより仁藤、我は腹が減った」
「ああ、極上の一品を用意してやるよ」
「期待しておこう。存分に働くがいい!」
キマイラの巨大な体が金色の砂となって仁藤の体に吸い込まれていくと仁藤は現実世界に意識が戻った。
「いくぞ、仁藤くん」名護は仁藤と隣でイクサナックルを構えていた。
「ああ、やろうぜ……コーチ!」
「ふむ、ようやく認めてくれたか」
「ボロボロでもくたばるんじゃねえぞ。俺はあんたを超えるんだからな。それが弟子の役目だろ?」
「超えられない存在だからこそ師匠なのだがな」
「へっ、言ってろよ……」
ドライバーオン!
レ・デ・ィ……
「「変身!!」」
セット! オープン! L! I! O! N! ライオーン!
イ・ク・サ・フィ・ス・ト・オ・ン……
仁藤と名護は同時に変身する。金色の魔法陣とイクサのフレームがそれぞれの体に重なるとビーストとイクサが姿を現した。
ダイスサーベルを取り出すビーストとイクサカリバーを取り出すイクサ。二人はその剣を二体のファントムに向けた。
「ファントム……その命!!」
「俺に捧げな!!」
名護さんと仁藤を絡ませたのは最後の二行を言わせたかったから、というのが出発点
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