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元スレさやか「全てを守れるほど強くなりたい」
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一方的な拳のラッシュが、杏子の体に浴びせられている。
さすがは魔法少女の肉体、普通なら全身打撲で真っ青になっていてもおかしくないほどは殴ったのに、それでも杏子に目立った外傷は無い。
杏子「……!」
反撃しようと何度か腕を突き出したり、脚を振り回したり、杏子も頑張ってはいるが、どうも徒手格闘は苦手分野らしい。
その一発一発を私は難なく弾き飛ばし、着実に杏子の体へとダメージを与え続けていた。
杏子の体が弱り、動きが鈍った時こそが頃合だ。脚を蹴っ飛ばしてダウンさせてやろう。
後は相手のダメージを見下して、自分の有利なように運び続けるだけ。
多少痛めつけるだけで斬りかえしてくるだろうと考えていただけに、良いボーナスタイムをもらえた。
杏子「あんまし調子に乗るんじゃねえぞ……!」
さやか「おっと」
生傷だらけの杏子も、ここまできてついにその黒いヴェールを髪留めの炎に燃やし始めた。
ようやく本気を出してくるつもりになったか。
さやか(けど無駄だよ)
今の最接近した状態からなら、相手に槍を出現させる暇を与えることはない。
少しでもそんな素振りを見せれば、逆に私のつま先が杏子の腹に食い込むだけだ。
となれば簡単に、アバラの一本や二本は折れるだろう。
杏子「“ロッソ・カルーパ”!」
さやか「は、だから無――」
頭の中のイメージをなぞるため、足を杏子の腹部に叩き込む……その前に、私の視界を爆炎が覆い尽くした。
さやか(何……)
勢いづいてどうしようもない体とは裏腹に、頭は至って冷静に働いた。
まず、私は今、炎に噛み付かれている。
比喩ではない。真っ赤な炎の、龍らしきものを象るそれに、脚ごと胴を噛みつかれた。
炎ならば体が突き抜けるかと思いきや、炎には質量らしきものがあるようで、灼熱の牙が身体の中にわずかに食い込んでいるのがわかる。
『ボォオオオッ』
さやか「や、このっ……!?」
炎の龍なんて、そんなシャレにならないものがどこから沸いて出てきたのか。
龍の尻尾を辿っていけば、答えは明瞭だった。
炎の龍は、杏子の髪飾りから伸びていたのだ。
そして喰らい付いた龍は、軽々と私の体を持ち上げて……。
さやか「っぐぁッ!」
鋭い弧を描きながらコンクリの地面へと飛び込み、私を叩きつけて爆散した。
杏子「……チッ、せっかく燃えてきた炎が消えちまったよ……だがこいつを使わせるとはね、アンタ、やっぱりすげーよ」
さやか「……」
焦げついた身体が動かない。
杏子「さて、聞かせてもらおうか……“まだやるか”?」
さやか「……」
髪留めの炎が消えている。
先ほど現れた炎の龍は、髪留めの炎が膨れ上がり、変形したものだった。
意志を持つかのように動き、私をぶっ飛ばしてみせた。
腕も脚も必要としない、魔法少女ならではの強力な技だ。
発動に必要なのは、髪留めの炎だろう。
今まで使い渋っていたところをみると、一度発動させてしまえば炎が消えてしまうというリスクがあったようだ。
となれば、今の杏子の戦闘能力はかなり下がっているはず……。
杏子「“まだやるか”って聞いてるんだよ」
さやか「ぐっ」
腹を蹴られて地面に転がる。
……杏子以上に戦う能力を削がれたのは、私の方らしい。
杏子「さやか、あんたの全力は解った……これ以上やっても無駄だってね」
さやか「……」
何だと。
杏子「これも、聞かれてないけど答えてやるよ……私の願いは“何にも負けないほど強くなりたい”だった」
さやか「……正反対か」
杏子「どうだかね、ただ、私の願いの方が上だったってのは確かだ。魔法少女としての素質とやらもね」
さやか「……私の願いが、下だと」
杏子「ああ、そうとも」
冷えて動かなかった身体に血液が巡り始める。
杏子「私は、本当に強い奴と戦いたいんだ……その勝負のボルテージを、雑魚の冷やかしで下げたくは無い」
雑魚だと。
杏子「つまり、“ワルプルギスの夜”と戦うのは私一人で十分 ――その間、雑魚のアンタらには引っ込んでてもらおうって話さ」
さやか「……」
口の中で奥歯が欠けた。もう限界だ。
さやか「その“ワルプルギスの夜”ってのが何なのかは知らない」
杏子「?」
さやか「それがどんなやつで、どれだけ強いのか、弱いのかも」
杏子「なんだ、知らなかったのかよ」
さやか「だけどそれにしたって、随分と私を見下してくれるじゃないの」
右手一本で体を支え、上体を起こす。
左腕からの流血はゆっくりと続いているが、頭に上る血流を弱めることは出来ていない。
杏子「ああ、見下してるとも、勝負は決まったようなもんだ」
さやか「……」
杏子「強さを願ってもその程度じゃ、これから場数を踏んだところでたかが知れてるさ」
さやか「何……」
杏子「あんたは弱い、まだマミや、ほむらの方が強い部類に入るだろうね」
今……左拳が無いことが残念だ。
もしも左拳があれば……右と、左とで揃っていたならば。
地を這ったまま両の拳を下へ叩きつけることも、両手で頭を掻き毟ることもできただろう。膝を抱えて泣くこともできた。
だけど今は左拳がない。残念だ。もう私の手は、右しかない。
杏子「もし相手もその気なら、次はほむらと戦いたいもんだけど……?」
片腕だけじゃあ、この爆発しそうな気持ちを、全力で発散できそうにない。
さやか「ふざけるなよ、杏子」
杏子「…………なんだ……?」
左腕が焼けるように熱い。
血と魔力が交じり合い、傷口からは煙が噴き出す。
杏子「!? 炎が、また燃え始めやがった……!?」
さやか「まだ決着はついてない」
左手に火傷のような痛みが走り、そこに“手がある”という感覚が戻ってくる。
けど私の手が戻っているわけではない。手首から先は存在していない。
幻肢の感覚があるそこには、青い煙が立ち上るのみ。
けれど、幻ではない。なんとなくだけど、私にはわかる。
杏子「……何が起きてやがる、なんだ、どうしてまだ、アンクが燃えるんだ……!?」
さやか「……まだ終わりじゃない。まだ、立ち塞がった私を、潜り抜けさせはしない」
傷口の煙が手を形取り、拳を作る。
“やれる”。予知に近い確信を握り締めた。
さやか「全てを守るなら、まだまだ強くならなきゃいけない」
これこそが、私が持つ特性魔法!
さやか「こんなところで……力の限界を感じちゃ、いられないのよッ!」
杏子「!?」
銀色の左拳が杏子の右顎に食い込む。
鈍く、それでいて弾けるような音と共に、彼女の身体はぶっ飛んだ。
さやか「……」
杏子を殴り飛ばした左腕を眺める。
魔法少女の格好は形容しがたいものが多いと思っていたけど、これは言葉に表しやすい方だろう。
銀で出来た篭手。そのまま、それだ。
さやか「……へへ」
まるで騎士のようだ。
騎士。人々を守る正義の騎士。
うん、それこそまさに、私にピッタリって感じだ。
杏子「……なるほどね、大した隠し玉だよ」
支柱のポールを二本もへし折るほどにひしゃげたガードレールから、杏子がゆらりと起き上がる。
彼女の髪留めは、今まで見たこともないほど大きく燃え上がっていた。
私でもまだ把握しきれていない強さ、それがあの炎というわけだ。
杏子「それが全力っていうんなら……!」
さやか「待ってよ、杏子」
杏子「ぁあ?」
さやか「“まだやるか”?」
杏子「……上ッ等!」
ガードレールを蹴り飛ばし、紅い姿が飛び掛った。
ここからが私の、本当の勝負。
全てを守るための力、その全力だ。
槍一本。ただし髪留めは燃えている。
あの状態の杏子は、槍ひとつだとしても油断ならない。
法外な力から発揮される攻撃は、時としてこちらの合理的な防御を突き崩すことがあるのだ。
けどそれはもう、杏子だけのものではない。
法外な力なら、たった今私も手に入れたのだから。
さやか「“セルバンテス”!」
杏子「!」
流星の速さで突き出された槍を、同じように突き出した銀の篭手が受け止める。
と、いう表現は正確ではない。
受け止めているのは銀の掌ではなく、その一寸ほど先にある、薄水色の半透明なバリアーだ。
槍の先端は薄氷のバリアーに受け止められ、赤っぽい火花を間欠泉のように吐き出しながらも、全く先へは進まない。
髪を燃やした杏子でさえも突き崩せない防御壁を展開する能力。
これこそが銀の篭手“セルバンテス”。
私の願いが生み出した、最も純粋な形の魔法だ。
杏子「手が痺れるなんざ久々だぜ、オイ!」
突きの勢いを完全相殺された杏子は、隙の無い動きで三歩退く。
間合いを開け終わった頃には既に、槍は両方の手に握られていた。
杏子「随分硬いみえーだが、それなら一丁、力比べをしてみるしかないね」
さやか「……ブンタツ!」
今日二度目の登場となる、双頭剣ブンタツ。
経験上全ての物質を斬り裂いてきて武器に、私は思わず息を呑んだ。
杏子「シンプル、イズ、マーベラス。そっちが最強の盾を出したってんなら、いいぜ! 最強の矛でどついてやるうじゃねえか!」
杏子の武器と私の盾、どっちが強いのか。
互いに譲ずることのない力が今、衝突するのだ。
さやか「……来い!」
私の右手は、サーベルを握っている。
剣を自分の後ろに構えさせ、左の篭手を杏子へ向ける。
そして、銀白の掌が向く先から、ついに両剣を握る杏子が動き出した。
髪留めの炎は暴走する蒸気汽車のように迸り、炎のポニーテールとなっている。
両腕で握る大重量の武器が軽々と振られ、剣の一端が私を捉えた。もう回避は間に合わない。
今まで全ての物体を切り裂いてきた杏子のブンタツ。
対するは、まだ一度しか使っていない、銀の篭手セルバンテス。
でも不思議だ。未知の勝負。
それも大一番であるというのに。
これなら、負ける気がしないわ。なんて、思ってしまうのだ。
ブンタツの刃が肉薄し、同時に青白い半透明の壁が現れる。
赤黒い刃と薄水色の盾が、紫の火花を散らし始めた。
硬度の高い金属に、錆びた鈍いドリルを全力で押し込むような音が響いている。
何から生まれたのかわからない紫色の火花が杏子の方面にだけ降り注ぎ続けている。
青白いバリア越しに見える、煌々と明るい火花の濁流の中で、杏子の殺気立った目が、私を睨んでいた。
杏子「ぉおおおおッ!」
さやか「ぁああぁああッ!」
バリアは空中に固定されるべきものだ。数多のSFチックな漫画を読んできた私はそう考える。
だが私の目の前に展開されている薄氷のようなそれは、ガタガタと激しく振動しているように見えた。
その姿の心細さといったらないが、弱気になっては魔法に影響するかもしれない。
私は自分の力が絶対的な壁であることを信じて、左腕をかざし続ける。
そして信じてみればどうだ。杏子が握っている両剣だって、ガタガタと振動しているではないか。
こっちの盾が消耗しているとするなら、相手の矛だって同じことなのだ。
これは根競べだ。
さやか「越えさせてたまるかぁ~……!」
杏子「貫けぇ……!」
削れゆく足下のアスファルト。
確実に消耗し、一瞬の光として散ってゆく魔力のかけら達。
お互いの武器や、バリアは、その能力が限界であることを表しているのか、段々と亀裂が入り始めている。
そして運命の、決壊の時がやってきた。
杏子「!」
さやか「ぐっ……!?」
ブンタツが、私の展開するバリアを貫いた。
ガラスが割れるよりも随分と派手さのない音で砕けた障壁の向こうは、青の加算のない鮮やかな赤い炎を引き連れて、勢いそのままに私へと突撃する。
――バリアが砕けた。
ブンタツを構えた杏子が迫る。
さやか(――まだ、負けてないッ!)
まだだ。まだ私のバリアが壊れただけにすぎないのだ。
まだ勝負が決まったわけじゃない。
両腕がある。両脚がある。ダウンもしていない。
私は渾身の力で、右手のサーベルを突き出した。
そして、呆気なく砕ける音がした。
杏子「……」
さやか「……」
私のサーベルは、刀身の半分ほどまでがブンタツの刃によって切り裂かれ、すぐに消滅した。
そして私に迫っていた杏子の体が、“トン”と、軽い音を立てて私の体と重なり合う。
思っていたよりも随分と華奢な杏子と抱き合うような形で、私はしばらく目を開いたまま動けずにいた。
杏子「へっ、こんな終わり方をするなんてな」
さやか「……呆気ない」
杏子「ありきたりすぎるだろ、こんなのはよ」
さやか「……ホント」
杏子が私から離れる。
私の腹部に向けて突き出していた手も、握ったを重力のまま、下へ離した。
ブンタツがアスファルトに落ちる。
ブンタツの……私のサーベルとの打ち合いによって全力を使い果たしたブンタツの、柄だけが。
杏子「矛盾ってやつの答えのひとつだ。最強の矛と盾、ぶつけたらどうなるか……」
さやか「両方とも砕けて壊れる、ってこと?」
杏子「そういうことだ」
戦闘狂シスターは、それでも満足げにニカリと微笑んだ。
私のバリアーは砕け散り、杏子のブンタツも砕け散った。
引き分け。そういうことか。
さやか「ははははっ!」
杏子「あっはっはっは!」
私たちは清々しく、そこで笑いあった。
時間を忘れた風に。全てを出し切った風に。
お互いにそんな風を装っていたのだ。
エンディングを飾るに相応しい友情めいた笑い声は、たった4秒間だけのものだった。
さやか「“セルバンテス”ッ!!」
杏子「“ロッソ・カルーパ”ァ!!」
私は残っていた左の篭手で、杏子は僅かに髪留めで燻っていた炎から龍を出して、お互いにぶつけ合った。
拳は杏子の顎を綺麗にぶん殴った。
炎の龍は私の胸へと勢いよく衝突した。
拳にぶっ飛ばされる戦闘狂シスター。
爆風にぶっ飛ばされる私。
仲良くアスファルトの上で気絶していたのだろう。事の結末は、そんな感じだった。
お互いが、最後まで残っていた力を振り絞り、殴りあったのだ。
茜に染まりつつある青空を仰ぎ、先ほど笑いあうよりも遥かに清々しい気分を堪能した私は、悔いなく意識を手放した。
超火力のランスに炎、高い防御力のシールドに起動力、バリエーション豊富な技に必殺の砲撃
ほむほむェ・・・
まあそれを加味しても時間停止ってのは魅力的な能力だけど
ほむほむェ・・・
まあそれを加味しても時間停止ってのは魅力的な能力だけど
† 8月19日
煤子(あれは……)
にぎやかな通りを避けて歩いていた、夕時の頃であった。
煤子の目は、表通りの家族連れへと向けられる。
マミ「今度こそ失敗しないもん! クッキー!」
「ははは、またべちゃべちゃにしないだろうなぁ」
マミ「大丈夫だもん!」
「楽しみにしてるぞ、はっは」
成長著しい時期にあるとはいえ、彼女であることはすぐにわかった。
纏う雰囲気や、癖のある髪。あどけなさはあるが、瓜二つ。間違いない。
煤子「……」
一瞬、表通りへ出ようかとも思った。
だが彼女の両隣には、父と母がいる。
幸せな、完成されたひとつの家族がそこにある。
煤子「……」
彼女は麦藁帽子を深く被り直すことにした。
そして、あと、時間もそろそろ近づいてきた。
なので、教会へ行くことにした。
煤子「水滸伝?」
杏子「はい、参考になるかなって……」
聖堂では、杏子がいくつかの本を広げて読んでいた。
特にその中でも煤子の目に付いたのは、何巻にも続く水滸伝の山である。
煤子「ふふ、勉強熱心は良い事ね」
どこかずれているけれど。とは言わなかった。
煤子「読書、好きなの?」
杏子「はい!昔から好きなんです」
煤子「そう」
昔から。その言葉に後を口ごもる。
杏子「煤子さん?」
煤子「ん?」
杏子「今、とても、暗いかおをしてましたよ?」
煤子「うん、そうね……知ったつもりで、いたのでしょうね」
杏子「?」
煤子「……杏子、学校の勉強もおろそかにしてはいけないわよ」
杏子「……はい……」
杏子は、煤子の優しげに微笑んだ瞳の奥に、確かな悲しみを感じ取った。
† それは8月19日の出来事だった
さやか「……」
苦しさに呻き、薄目を開けた。
見慣れない白い天井。
私の部屋でないことは確かだった。
「さやか」
さやか「……?」
声に顔を向ける。そこには、煤子さんがいた。
椅子に座り、私を心配そうに見つめている。
「丸二日も寝ていたのよ?」
さやか「……二日……?」
「杏子は一日だったけど」
さやか「!」
杏子。
そうだ、私は14歳。四年前のあの日々じゃない。
さやか「杏子!」
ほむら「杏子はもう居ないわ、さやか」
さやか「……ほむら」
彼女は煤子さんではない。ほむらだ。
さやか「……」
見回す。白い部屋だ。
壁らしき場所には、いくつもの絵の額縁が飾られている。
さやか「ほむらの部屋?」
ほむら「ええ、二人ともひどい怪我だったから、連れてきて寝かせたの」
二人とも。私と杏子だ。
ほむら「凄まじい魔力の反応があったから、辺鄙な場所まで来てみたら……もう、柄にもなく血の気が引いたわよ」
さやか「あ、あはは、ほむらが助けてくれたんだ……」
ほむら「大変だったのよ、ソウルジェムもギリギリで……あ」
さやか「ん」
左手を握り締める。
その感覚を覚え、毛布の中をそれを取り出してみれば、銀の篭手ではない生身の腕があった。
さやか「くっついてる……これも治してくれたの?」
ほむら「……ええ、治癒するのにいくつかグリーフシードを使ってね」
さやか「はは、面目ない……世話になりっぱなしだね、私」
杏子との白熱した戦いが、未だに頭の中に残っている。
命を賭けた戦いの中で私の力は覚醒し、新たな魔法“セルバンテス”を手に入れることができた。
半透明のバリアーを出す白銀の篭手。
守りの願いのために生まれた、私だけが持つ特性魔法。
さやか「……良い戦いだったよ」
ほむら「……」
思わず震える左手を握り締めて振り返る。
ほむらはそんな私を冷めた目で見ていた。
さやか「杏子もここで寝てたんだよね?」
ほむら「ええ、彼女も重症だったから……あなたほどではないけど」
さやか「何か言ってた?」
ほむら「……さあ、目覚めたときは、ちょっと子供っぽかったけど」
さやか「?」
ほむら「礼も言わず、すたこらと出ていったわよ」
奥のほうからお湯を注ぐ音が聞こえる。
何か淹れてくれてるのかな。
ほむら「MILO、飲む?」
さやか「あ、ありがとう、嬉しいな」
湯気がほわほわと立つカップを手渡された。
何年か嗅いでいなかった香りが鼻腔をくすぐる。
さやか「……ほぅ……和みますなぁ」
ほむら「……」
壁に浮かぶ額縁を見上げる。
最新のインテリア・イメージフレームとやらだろう。
さすがにうちで買うつもりはないけど、こうして見てみると、欲しくなってくる。
お小遣いで足りるだろうか、なんて。
さやか「……」
ほむら「気付いた?」
さやか「浮かんでるあの絵って」
ほむら「ええ、その通り」
ほむら「あれは魔女のイメージ画像よ」
歯車で出来た、スチームパンクな独楽のようにも見える。
ほむららしいイメージフレームだなぁと薄ぼんやり思って眺めていたが、歯車の反対側にぶら下がる女性の姿を見て、暢気は吹き飛んだ。
さやか「……これ、大きい?」
ほむら「良くわかるわね、全長二百メートルよ」
さやか「……二百メートルだと」
二百メートルの魔女がいる、魔女の結界。
そして見た感じではこの魔女……。
さやか「浮いてる?」
ほむら「ええ、百メートル以上は浮いてるわね」
さやか「……」
口を覆いたくなる気持ち、わかってほしい。
どんな規模の場所で戦えというのだろうか。
それこそ見滝原で戦ったほうが開放的に……。
さやか「……」
ほむら「……顔色、悪いわね」
さやか「ほむら、この魔女もういない?」
ほむら「今はまだ、いないわね」
さやか「……どこに」
ほむら「見滝原に」
さやか「……」
――私は、本当に強い奴と戦いたいんだ
――“ワルプルギスの夜”と戦うのは私一人で十分
さやか「ワルプルギスの夜」
ほむら「! 知ってたの」
さやか「強い奴だ、一人で戦いたい、杏子がそう言ってたんだ」
ほむら「……やっぱり、そう」
さやか「教えてほむら、こいつ、何なのさ」
ほむら「……」
自分のマグカップを飲み干したほむらは、口元のココアを拭って話を始める。
ほむら「見滝原に、この魔女がやってきて……街を壊滅させるわ」
さやか「いつ来るの?」
ほむら「丁度一週間後よ」
さやか「……」
ベッドに寝転がり、天井を仰ぐ。
真っ白な天井に、頭の中の日めくりカレンダーが7枚、横並びに配置される。
一枚一枚の上に浮かび上がる様々な予定のイメージ映像を消去。
かわりに最後の一枚に、魔女の肖像を配置。
……よし。あと一週間か。
ほむら「どうしようか考えているのね」
さやか「うん」
ほむら「……ねえ、さやか」
さやか「ん」
ほむら「一緒に考えましょう」
さやか「うん、そうだね、それがいい」
ほむら「……これが、ワルプルギスの夜対策の全てよ」
さやか「……」
数多の図を用いて聞かされたのは、綿密な戦略だった。
予想出現位置、初撃、その後の動き、追撃。
弾道計算から爆風……何がどうなれば、中学生にこんな知識が刷りこまれるのだろう。
さやか「この、ロケットランチャーってのは……」
ほむら「もう用意してあるわ」
さやか「鉄塔の爆破……」
ほむら「根元付近のカラスの巣に設置済みよ」
さやか「トマホーク……」
ほむら「川への設置は完了したわ」
こわい。
さやか「こ、このレンズ効果爆弾群ってのは……」
ほむら「……それについてはちょっと、時間がなかったわ。今からでも、間に合いそうにはないかもしれない」
さやか「そうなんだ、良かった」
ほむら「良くはないわよ」
さやか「杏子もそうだけど、ほむらもどうしてこの魔女のことを知ってるの?」
ほむら「……結構、有名だもの。魔法少女の間では伝説として語られているわ」
さやか「伝説の魔女ねぇ……ワルプルギスの夜、かぁ」
魔女が集まるヴァルプルギスということは、ブロッケンでの祭りのことだろう。
16世紀の魔女迫害の時代。異端審問のため、女達を誘導尋問し魔女を自白させた記録は多く残っている。
魔女が集まる妖しい集会……。
魔法少女としては、聞いただけでも恐ろしい名前だ。
ほむら「杏子はキュゥべえから聞いたと言っていたわね」
さやか「どうしてやってくる時期までわかるの?」
ほむら「……そうね」
ほむら「そろそろ話してもいいのかしら、この事」
さやか「……」
この事。重い口調から発せられたそれは、きっと“あれ”だ。
今日まで私や、マミさんに対して続けていた隠し事。
ほむら「ねえさやか、全てを話したいと思うんだけど……気をしっかり持って、聞いてくれる?」
さやか「うん、聞くよ。話してくれてありがとう」
ほむら「……ううん、いいえ、違うわ」
ほむら「聞いてくれてありがとう、さやか」
† 8月20日
煤子「ねえ、さやか」
さやか「ん?なあに?」
青空の下で、乾いた木が打ち合わされている。
飲み込みが早いさやかの動きは、一端の剣術として十分に見ることのできるものとなっていた。
正面に対する煤子の動きも、さやかに追いつかれまいと速くなる。
時折麦藁帽子を抑える仕草には、さやかの確かな成長が見て取れるのだった。
煤子「さやかは何故、毎日ここへ来るの?」
さやか「へ? なんで?」
煤子「友達と遊ぶことだって……家族と一緒に過ごすことだって、出来るでしょうに」
さやか「えー、なにそれ」
煤子「自分の好きなこと、何でもできるのよ」
さやか「ここに来る理由なんて、そんなの決まってるよぉ」
頬の汗を吹き飛ばし、さやかは笑った。
さやか「煤子さんと一緒にいるのが、楽しいからだよっ!」
煤子の軽い木刀が、アスファルトの坂を転がっていった。
煤子「……なんで?」
さやかは不思議そうに見上げている。
煤子「楽しいって、私と一緒にいるのに?」
さやか「? なんで?」
何故。
再び、そう言いたげな顔で聞き返される。
煤子「……」
今までは子供だからと何気なく接してきたが、それが逆に、生来より途切れることのなかった緊張をほぐした。
自分が気兼ねせず、相手もそれを感じ取り、お互いが自然体になれている。
気遣いも気苦しさもない、打ち解けているという心境。
さやかからしてみれば、自分との関係は既にそこまで進んでいるのだ。疑問なんて持ち得ない。つまり。
――もう、友達なのだ
煤子「……ああ、そういうことなのね」
涙が頬を滑り、静かに途切れて落ちた。
さやか「煤子さん……?」
煤子「……ごめんなさい、ちょっと、ね」
煤子の涙は止まらなかった。
さやか「大丈夫……?」
煤子「ええ、ごめんなさい……ほんと、私っていつでもそうなの、鈍臭くてね」
薄ピンクのハンカチで両目を覆う。
小さなさやかは、麦藁帽子の下から心配そうに覗き込んでいた。
泣く姿を隠すように、煤子は背中を向ける。
煤子「……あなたと、仲良くできる……できたのなら」
さやか「煤子さん……」
煤子「もっと早く、気付けていたら良かったのにね?」
さやか「……」
その後、煤子は涙の訳を深くは語らなかった。
† それは8月20日の出来事だった
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