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    元スレさやか「全てを守れるほど強くなりたい」

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    タグ : - 美樹さやか + - 覚醒さやかちゃん + - 魔法少女まどか☆マギカ + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    802 :

    乙乙

    803 :


    †8月17日


    夕陽に照らされながらの棒術訓練は、日が落ちて、体が冷える頃になるまで続けられた。

    教会よりも少しだけ離れた空き地だ。人気はないため存分に動き、棒を振り回せる。


    棒が打ち鳴らされ、廃屋の壁から乾いた音が跳ね返る。

    その音だけを聞くたびに、杏子は世界に自身と煤子だけしか存在しないような、不思議な錯覚に包まれた。


    煤子「覚えが良いわね」

    杏子「ありがとうございます」


    扱う棒は150cm以上もある、杏子の身の丈を越える代物だ。

    最初の頃こそ閊え振り回されていたが、杏子の言葉を一つ二つと動きの中へ取り込んでいくうちに、見違えるほど上達した。


    煤子「そう、槍は距離を作る武器、退避も攻めもおろそかにはしないで……」

    杏子「えいっ!……槍?」

    煤子「……槍のようなものよ」

    杏子「そうですかぁ……」

    805 :



    杏子「煤子さん、今日は本当にありがとうございました」

    煤子「ええ、良く頑張ったわ」


    夜の闇が、火照った体を冷やす。

    短い帰り道を二人は歩いていた。人通りの少ない道だが、そろそろこの区画へ帰宅のためにやってくる人影も見えはじめるだろう。


    杏子「なんだか、体を動かすことは前からなんですけど……こういうのも、楽しいですね」

    煤子「こういうの、って?」

    杏子「あの、武道っていうか……棒術っていうか……私は戦うことって、野蛮だなって思っていたんですけど」

    煤子「新鮮かしら」

    杏子「はい!」

    煤子「……ふふ、そう。意外だわ、そう思ってもらえるなんて」


    話は長くは続かない。

    二人はすぐに教会の前へ着いた。


    “それじゃあね”と、煤子が口を開こうとした時である。


    杏子「煤子さん」

    煤子「ええ」

    杏子「良かったら……一緒に晩御飯、食べていきませんか?」

    煤子「……え?」

    杏子「だめ、でしょうか……あの、あまり、大したものは出せないかもしれないですけど……」

    煤子「……」


    控えめな口調で誘う杏子に対して、それ以上に口ごもる。


    煤子「いえ、私は……嬉しいけれど、御免なさい。すぐに、帰らなければいけないの」

    杏子「そうですか、すみません」

    煤子「気にしないで、杏子」


    括った後ろ髪を強く翻し、煤子は教会の前を離れていった。



    † それは8月17日の出来事だった

    807 :


    ……美樹さやかがイメージトレーニングを始めて、もう三日が経つ。

    ……“この”さやかは何かが違う。

    彼女が今以上に強くなったら、きっと、すごい魔法少女になる……そう期待していた。


    ……期待を秘めつつ、その三日を過ごしていたけれど。

    その間、魔女との戦いでは苦戦を強いられているようだった。

    戦いを経る度に強くなることも、蕾が開きかけることもなく、さやかはさやかのままだった。

    迫る魔女との肉弾戦では己の未来を探る時間は無かったし、私達も見て見ぬ振りをして手出しをしないということは、できなかった。


    ……さやかは決して弱くはない。

    けれど、元々の素質の差は、あまりにも大きすぎたのかもしれない。

    私やマミと比べても、魔女との戦いにおいてはやや見劣りする姿が、この三日でのさやかの印象だった……。


    ……こんな時、一体どうして、彼女に声をかければいいのだろう。

    ……ちっともわからない。

    808 :

    追いついた
    >>1

    このさやかこそ上条を治すことを願うべきだったかもな。
    特性魔法として高い治癒スキルがあれば接近戦をする上で有利だ。

    809 = 807 :


    †8月18日


    煤子「……」


    天の最も上にまで届きそうな、白い入道雲を見つめていると、彼女の心はひどくざわめいた。

    蒼海をゆっくりと航行する雲から目を離し、膝の上の腕時計に目くれる。


    針は約束の一時間前を指している。が、それは時計が寝ぼけているわけでもなければ、煤子の気が早いわけでもなかった。

    煤子はその時間を退屈には思っていなかった。ただそれだけのことである。


    煤子「……」


    つい最近とも言って良い、慌しく走り回っていた日々を想えば、ベンチの上で呆けることのなんと間の抜けたことだろう。

    複数人の動きを監視し、それらの内面すら伺い、カレンダーを見ては下準備に追われ、時計を見ては仮眠を取り、耳に悪いほど大きく設定したアラーム音に飛び起きるような、張り詰めた日々だったのだが。


    そんな日々をどれくらい続けただろう。煤子自身にさえ、自分の過ごした時間は、もはや正確には覚えられてはいない。

    ただ、自分を背丈より遥かに博識にさせ、それらを裏付ける経験を備えていることは、重く積もってゆく、目に見えて唯一正確な量りだった。


    煤子「……」


    そんな煤子自身でも驚くべきことだったのだが、今こうしてベンチの上で1時間を待つという行為などを、大きな罪だと自責することはなかった。

    逆に「暢気なものね」と、うっすらと自分に微笑みたくなるような、穏やかさすらあった。



    「煤子さーん!」

    煤子「あ……」


    予定よりも何十分か早く、坂道から元気な少女の姿が見え始めた。

    手を振って、無邪気に汗を振りまきながらこちらへとやってくる。



    煤子は、落ち着いた声色が届く距離にまで少女が近寄ってくるのを、麦藁帽子に微笑みを隠しつつ、暫し待った。



    † それは8月18日の出来事だった

    810 :

    あぁぁぁ可愛いよぉぉおおおおおおお

    811 :


    さやか「はぁ」


    ここ最近での魔女との戦いは、順調とは言えなかった。

    結界の中での動きや戦いには体と頭が慣れてきたと思う。


    マミさんやほむらとの連携も上手くいってる、とは思う。


    だけどそれはあくまで三人でのチームプレイが順調に動き出した、っていうことで。

    それだけで、私が強くなったわけではなかった。


    自分の魔法だなんて、そんなよくわからないものをイメージしながら戦うってのは結構な苦痛で、思うように動けず立ち止まったり、攻撃の手が狂ったりすることは、度々あった。

    特訓が実践でのリズムを狂わせているのだ。あんまり良い傾向とはいえない。



    さやか「……」

    :私、力になれないかもしれないけど、悩み事があったら、いつでも言ってね?


    まどかから送信されたメール画面を閉じ、再び毛布の上にごろりと転がる。


    メールの文面を何分か眺め続けて悩んでいたが、返事を出す気にはなれなかった。

    まどかが頼りないわけじゃないけど、人に聞いても見いだせそうも無い悩みだし。


    さやか「はぁ~……」


    かれこれ三日。こんな風に、柄にも無くうじうじと悩み続けているのであった。

    813 :


    そして、悩んだ私は、再びあの坂の上にやってきた。

    見滝原を一望できる、ちょっと高めの静かな場所だ。


    ベンチを独占している缶コーヒーの隣に座り、鬱憤を混ぜた息を一口吐き出す。


    さやか「……ふう」



    涼しい風が吹いている。春の心地よい風だ。

    何ヶ月かすれば、再び茹だるような暑さの季節がやってくるだろう。


    そうすれば、このベンチの上から望める景色だって、あの時と同じように変わるはずだ。

    そこに煤子さんは、居ないけれど……。



    「なっさけねぇ面してんなぁ、オイ」


    隣に置かれたスチール缶が、ブーツの厚底に潰され、メダルのように薄くなってしまった。

    ベンチに仁王立ちした少女は、傲岸な表情で私を見下ろしている。


    さやか「……杏子」

    杏子「よう」

    814 = 813 :


    杏子「今まで何人かの魔法少女を見てきて、知り合いにもなってきたけどさ」

    さやか「?」

    杏子「大概、あんたみたいな顔をし始めた奴は、二週間かそこらで音信不通になっちまうね」

    さやか「……まじっすか」


    そいつはまずいことを聞いてしまった。

    両手で頬を洗うように擦り、叩く。


    さやか「……っし、これでどうかな」

    杏子「知らないよ、そんなこと」

    さやか「はは、そりゃそうだね」


    呆れたようなシスターの表情を、それよりはちょっとあざけるように真似てみた。


    さやか「顔だけ直しても仕方ないしねぇ~……」


    ベンチから立ち上がり、ガードレール際から街を眺望する。


    さやか「……私に会いに来たってことは、戦おうってこと?」

    杏子「当たり前でしょ。わざわざ探したんだから」


    この広い町で、このちっぽけな、人気の無い場所を探すとは……本当に、杏子の戦いにかける執念っていうのはすごいな。

    ……いいや、凄いなぁとか、感心しているばかりではいけない。


    今の私は、彼女のように貪欲に、強さを求めるべきなのだ。

    強い相手を求める。困難や、敵や、障害や……そういった壁と成りえるものを自分から探し、ぶつかってゆく。

    もっともっと、杏子のようになるべきなのかもしれない。


    ……そう、今まではちょっと避けていた考えだけれど。


    私は心の奥のほうでは、杏子に会いたかったのかもしれない。

    杏子に会って、杏子と戦いたかった。


    ある意味、彼女の戦闘狂のような性格を認めることになるけれど……いいや、もう構わない。

    戦闘狂でもなんでもいい。私はなんでもいいから、強くなりたい。

    815 = 813 :


    さやか「……杏子」

    杏子「あン?」

    さやか「闘おう」

    杏子「……へっ、やる気、あるみたいじゃん?」

    さやか「うん」


    拳を握る。

    前回は、どんどん速く強くなっていく杏子に、その武器に圧されてしまった。

    その状況を打破できたのは、地形の有利さだ……地形が広い場所だったら、善戦もできなかっただろう。


    けれど今回は違う。もっと広い、開放的な場所だ。

    前よりも苦戦を強いられると思う。だけど……闘いたい。


    杏子と戦えば、私の中に秘められた力がわかるかもしれない。


    杏子「手加減はしねーからな!」

    さやか「望むところ!」



    青と赤の輝きが、互いの服を包んでゆく。

    816 = 813 :


    魔法少女時特有の身の軽さで、頭の中で燻っていた悩みが凍てついてゆく。

    不明瞭な悩みも、見えてこない展望も、ひとまず氷の中に閉じ込める。


    全ての感情の切り替わりのように、右手に握ったサーベルが真横に閃く。

    逆側から振られた杏子の槍と衝突し、魔法の火花が派手に咲いた。



    杏子「最初から油断はしない、良~ィ反応だ……いや、というよりは同じで先手を打ちに来たか……」

    さやか「変身したら戦闘開始だしね」


    お互いに飛び退き、距離を置く。

    私は坂の上に、杏子はガードレールの上に着地した。


    黒いヴェールの中の悪魔の笑みが、唇をぺろりと湿らせる。



    杏子「……賭けをしない?さやか」

    さやか「シスターがそんなことしていいわけ?」

    杏子「神は寛容だ、問題ないさ」

    さやか「……賭けって?」

    杏子「簡単さ、互いに問いを出して、一回ダウンするごとにそれに答える」

    さやか「ああ……“質問ごっこ”ね」


    サーベルを両手で握り直す。

    つまり、やられればやられるほど、赤裸々な告白をしていかなきゃいけないわけだ。


    別に杏子の赤裸々な秘密なんて、知りたくも無いけれど……。

    818 :


    けれど、本気でぶつかってやる。



    さやか「――」


    七巻きの示。

    0、0、省略の1の右足がコンクリートを擦り、最上段の刃が杏子の額に閃く。


    杏子「っと!」

    さやか「っ」


    とはいえ流石は戦闘狂だ。

    私の予兆の無いとまで言われた剣を避けてみせるとは。


    杏子「へへっ、いいね……そういう“ダウンだけじゃ済まさねえ”って一撃」


    黒いヴェールを裾を払って直し、今度は杏子の方がこちらへと急接近。

    構えは、槍の中心を持つような、一見すると長さを活かせない矛盾した形。


    まさかこっちのサーベルのリーチで相手を?そんなはずはない。


    杏子「だがなァッ!」

    さやか「ぐっ」


    小細工でも決めてくるかと思いきや、予想外、そのまま短い槍を振り払い、力任せな攻撃を仕掛けてきた。

    しっかりと握られた槍の大振りは私のサーベルを押しのけ、体勢をも崩す。


    杏子「まだまだそんなもんじゃ、アタシの闘志は燃えないぜ!?」


    懐にまで入られ、槍のラッシュが続く。

    杏子のヴェールは未だ、ほんの端っこすら燃えていない。

    819 = 818 :


    後ろ1。四跳ねの二閃。

    後ろ1、1。六甲の閂。


    攻めの杏子に対して、どういうわけか、私の体は思うように動かず、圧されるがままだった。


    さやか(強く……なってる……!?)


    槍がバラバラになって、変幻自在に襲い掛かってくるわけでもない。

    苦戦を強いられた双頭剣で猛攻をかけてくるわけでもない。


    ただ一本の槍の攻撃と言うだけ、地形の何某すら関係なく私は圧倒されていた。

    悔しいことに何もできない。


    逆に追い詰められる壁でもあれば策でも閃くのだろうけど、あるのは広いアスファルトの地面のみ。

    新たなサーベルも出せなければ、ハンドガードで殴るなんて器用な真似をする暇もなかった。


    杏子「――スカッと行くよ」

    さやか「――」


    手元の槍が、それこそ魔法のように手の中で滑り、一気にリーチを長くする。

    槍本来の凶暴な攻撃範囲を取り戻したその間合いには、無様にも至近戦に感覚が麻痺した私の胴が、バックステップに全てをゆだね、晒されていた――。



    槍が私の体内を含め、扇状の軌跡を描き、振られた。

    821 :

    面白いです。
    >>1頑張れ!

    824 :



    さやか「――ぁ」



    槍が体内を通過し、血の尾を引いて去っていった。


    肺から空気が漏れる。

    胃と小腸を同時に全摘出する程の手術でなければ、こうも大きな切り口は刻まれないだろう。


    私のへその丁度数センチ上に、真横に深い傷が走っていた。



    杏子「おう、クリティカルだ、決まったな」


    視界に赤色が消え失せうr。

    緑と青の二重にbれる輪郭線が、迫り来る杏子の姿を映していた。


    さやか「あ、……ちくしょ」

    杏子「ほれダウンだ、寝とけ」


    よろめく私の膝を、ブーツの裏面が狙って居tる――


    ……ここえd倒れる訳には行かない――

    ダウンだけは――



    さやか「っ……」

    杏子「おっ?まだサーベルを振り回す余裕があったか」


    剣をどう動かしたか。私自身にも……わkからない。

    ひとまず、杏子らしい影は距離を置いてくれた。


    そして一時的に血の気を失った頭が、意識を取り戻してゆく。

    825 = 824 :


    さやか(危ない、危うく落ちるところだった)


    おそるおそる、鈍い感覚の残る自分の腹を見る。

    布を纏わない自分の胴には、半分近く切れ込みが入っていた。


    血は流れていないし、痛みもない。

    腹の上に金属の紐を当てたような感覚があるのみだ。


    そして、槍が振り抜かれた際に飛沫いたものが、出血の全てだろう。それでも短時間、私の脳の活動を狭めたのだから、恐ろしい。



    杏子「目に生気が戻ったな……まあ、胴体は相変わらずの瀕死ってとこだけど」

    さやか「……」


    サーベルは構えるが、身体へのダメージは大きい。

    果たしてこのまま激しく動いていいのか、否か……。


    ……魔法には、癒しの能力もあったはずだ。

    それを使えばなんとか、この傷も治せるか……?



    杏子「ほら、さっさとダウンした方がいいんじゃない!?」

    さやか「!」


    休憩なんてさせるわけもない。

    杏子は弱った私に対して容赦なく飛び掛った。

    826 :


    ただのミスタイプかと思ってしまった

    828 :


    槍対剣の結果というものは、古来より決まりきっている。

    一対一では五分だろうという意見も散見されるが、それでも達人級が相手であれば、槍使いは勝るのだ。


    さやか「っがァ!?」


    槍先が肩の骨をわずかに砕き、突き刺さる。

    体は宙に浮き、林の中に放り出される。


    さやか「……くっ……」


    肩から僅かに出血している。

    腹は……もう出血は無い。けど完璧に治ったわけでも無いから不安はある。


    それよりも問題なのは、私の体が一度ダウンしてしまったということだ。



    杏子「さーて、お楽しみの質問タイムだ」

    さやか「……」


    倒れてしまった以上は仕方ない。答えてやら無いわけにもいかないだろう。

    隠すことも大してないけれど……ちょっと不安だ。

    829 = 828 :


    杏子「質問だ」

    杏子「“お前は何を願った”」


    ……いきなり、人間の核心を突いてくるなぁ。

    容赦が無いというか……いいや、そのくらい裏表が無いほうが、私には良い。

    答えてやろう。私は胸を張って答えられるものを望んだのだから。


    さやか「私は、……“全てを守れるほど強くなりたい”……そう願った」

    杏子「……ほお」


    肩に手を当て、よろめきながら立ち上がる。

    わずかに滲ませた癒しの魔力は、肩の傷口に染み渡り、ダメージを修復してゆく。


    さやか「あんたにも、同じことを聞いてやる、杏子」

    杏子「ほお……そりゃ楽しみだ」


    肩の傷は完全な不覚だ。けれどそれも治った。腹も問題は無い。

    リベンジといこう。

    833 :


    さやか「はぁ!」

    杏子「っと!」


    サーベルをもう一本増やし、二刀流で攻め込む。

    相手はしっかりと槍を握っているため、猛攻をかけても大した押しにはならないだろう。


    それでも手数だけでも勝ち、杏子優勢の流れを押し返さなくては。


    ……が。


    杏子「どうしたどうした、随分遅いじゃーねえの!?」

    さやか「きゃ」


    鎖骨に槍が食い込み、上半身が強く圧迫される。

    そのまま宙へと投げ出され、心地の良いような、悪いような浮遊感を一瞬味わったかと思えば、背骨から幹へと叩きつけられた。


    ……尻餅だけは着くまいと、思っていたのに。



    杏子「“いつ、煤子さんと出会った”」

    さやか「……四年前、夏休み」

    杏子「……ほお」


    鎖骨が切れてる。けど喉を裂かれなかったのは幸いだ。

    魔力で治すことができれば、まだ……。


    さやか(……!?)


    無意識のうちに見た自分の体の中に違和感を覚える。

    私の腹にあるソウルジェムの、既に三分の一ほどが黒く濁っていたのだ。

    834 :


    さやか(ソウルジェムは魔法少女の要……濁り切ったらどうなるか、考えたことがある)


    さやか(最も楽観的に、“魔力が切れて変身が解ける・魔法が使えなくなる”)

    さやか(次点で“魔力が切れて、そういう魔法少女は死ぬ”)

    さやか(最も恐ろしい可能性は……“……”)

    さやか(関係ない、どうせ死ぬのと同じだ)


    さやか(戦闘不能というより、再起不能になるわけだ……こりゃ、参ったね)


    治癒や戦闘のために魔力を使ったのが少々響いているのかもしれない。


    さやか(……杏子、強すぎる……うーん、どうしたもんかな)


    体を起こし、右のサーベルを杖に、左のサーベルを杏子へと向ける。

    杏子は体をゆらゆらと揺らしながら、ヴェールの中に薄笑いを浮かべて、そこに立っていた。


    杏子「聞かれて無いけど答えてやるよ。アタシもあんたと同じ時期に煤子さんと出会ったんだ」

    さやか「……夏か」

    杏子「私はあの夕焼けの日々を、今でも鮮やかに思い出せる」

    さやか「私だって……あの高い夏空の毎日を、忘れたことはない」


    右のサーベルも杏子へと向ける。


    さやか「……へへ、だから、なんだろうね」

    杏子「?」

    さやか「こういう戦いが……強くなった自分の実践が、とてつもなく楽しいんだ」


    自分の命がかかった勝負だけど、それでもどこか楽しい。

    打開策はどこにあるのか。どうすれば杏子に肩膝つかせてやれるのか。

    今の私には、強くならなければならないという、魔法少女としての使命以上の楽しみがある。

    835 = 834 :


    さやか「はぁあぁああッ!」

    杏子「無駄だっての!」


    二刀流を正面に構え、雄たけびと共に突進を仕掛ける。

    愚直な特攻だと杏子はあざ笑うだろうか?だとしたら少々失望ものだ。

    私は正気を失わない。いつだって頭だけは休ませていない。


    杏子、あんたはどうなのさ。まだその余裕に頭を痺れさせてはいないか。



    さやか「――“アンデルセン”」

    杏子「――!」


    突き出す二刀流が混ざり合わさり、大剣を成す。

    大剣となったアンデルセンは槍よりもわずかに長い。


    少なくとも、サーベルよりは長いと高を括り、柄の端を握らなかった杏子には届くのだ。


    さやか「“ハープーン”!」

    杏子「うげぇッ」


    要するにただの突きだけど、刃は見事に杏子の肋骨に食い込んだ。

    だが普通の突きでは、魔法少女の丈夫な肉体を貫通することは叶わないらしい。


    深く刺さる前に、杏子の身体は吹き飛んでしまった。

    それでも転がっていった紅衣のシスターの飛距離には、幾分爽快な気分を味わえたものだ。

    838 :

    お前ら乙以外にも何かあるだろw
    冬眠が終わって次は春眠とかになったら笑えねーぞ

    839 :


    さやか「“あんたは人を殺したことがある”?」

    杏子「……くは、残念だが……まだ無いんだね、コレが」


    腹から漏れる血を左手で乱暴にこそぎ取り、自身の左瞼に血化粧を飾る。

    赤に縁取られた鋭い目は、今さっきの言葉が信じられないほどの殺意に満ちているように見えた。


    杏子「どうも弱っちい奴相手だと、途中で興ざめしちまうんだよな……けど」


    杏子「アンタと本気でやりあえるなら、なんとか殺すところまでいけそうだ!」

    さやか「来い!」


    杏子の握る槍が二本に分かたれる。

    左右の手に一本ずつ、柄のギリギリ端を握る、リーチを意識した構えだ。


    その分だけこちらは得物を弾きやすいという利点もある。気負いせずに攻めていこう。

    相手の槍と同じくらいの長さの大剣を持っているのだ。力任せに槍をぶっとばしてやる。

    840 = 839 :


    槍が大剣の先を小突く。

    突いては火花、そして後退。回り込んでは突き。その繰り返しだ。


    相手からしてみればヒットアンドアウェイの撹乱作戦だが、私からしてみれば一撃必殺のスズメバチが好機を狙いながらが周囲を旋回しているようなものだ。


    杏子「――」


    無言で回り込みや突撃を仕掛ける杏子の無言には威圧感ある。

    それでも負けてはいられない。


    さやか「ぜいやぁ!」

    杏子「っ!」


    敵の動きを捕捉し、踏み込んでアンデルセンを突き上げる。

    さすがに片手の槍ではアンデルセンをどうこうすることはできないようだ。


    杏子「……ッツツ」


    私の刃は腕に掠ったらしい。杏子の回避もあと一歩のところで間に合わなかったか。


    杏子「へえ、動きが良くなったな。その目だよ」

    さやか「は」

    杏子「その目をしている時が、さやか、アンタは一番強い」

    さやか「……」


    アンデルセンの滑らかな刀身をちらりと覗く。

    銀の鏡面に映し出された、おぼろげな私の表情は……。



    杏子「“ブン”――」

    さやか「しまっ――!?」


    本当に一瞬の油断だったはずだ。正面に捉えていたはずの杏子が視界から消えている。

    いや……大剣の後ろ、アンデルセンが生み出す死角に回り込まれている!



    杏子「“タツ”!」



    アンデルセンの気高い銀が割れ、赤い飛沫と一緒にあらぬ方向へと弾け飛んだ。

    841 = 839 :


    杏子「良いね、ようやくちょっと燃えてきたとこだ」

    さやか「……!」


    二本の槍は融合し、強化武器としての姿を見せていた。

    黒い双頭のオール剣。名前は、ブンタツというのか。それは初めて知った。


    杏子「来いよさやか、こいつを使ってダウンで済むかは知らねーけどな」



    さて……どうしよう。


    左手はどっかに飛んで行った。


    アンデルセンの先30cmは斜めに綺麗に断ち切られ、刺せなくは無いが鈍い剣先になってしまった。

    自慢のリーチが大幅に削られたのはかなり痛い。


    ……いや、左手首から先が無くなった事の方が重大か。

    畜生、相手の姿が見えないからって、迂闊に手を離すんじゃなかったわ。失態だ。そこの遊びを狙われたんだ。


    さやか「いいよ、やってやる……こっちも左手の借りがあるんだ、逃げ帰るわけにはいかない」

    杏子「その意気だ」

    842 :

    熱いな乙

    843 :

    さやかちゃんの左手ゲットした

    844 :

    お前は吉良か

    846 :


    ブンタツって三国志だか水滸伝だかに出てきたような

    847 :


    左手吹っ飛ぶとかほむらなら即死レベル

    848 :

    いったいどこへ向かってるんだろう?

    849 = 839 :


    ブンタツ。その動きは予測困難で、切断力については試すことすら尻込みするほど鋭い。

    これで戦うのは二度目だけど、前もさっきも、容易く武器を吹っ飛ばされてしまった。

    ほぼ無抵抗とはいえ、アンデルセンを斬られてしまっては、打ち合いを始める気にはなれない。



    杏子「そらそらッ!」

    さやか「うっ」


    手も右手だけ。片手で握るアンデルセンは、ちょっと重い。

    振る暇はないし、振ったとして杏子へと届くだろうか……。



    さやか(なら……)


    虚無さえ掴めない、拳すら握れない左手を振りかぶる。

    その意図に気付きようもない杏子は、ちょっとだけ驚いたような顔を見せていた。


    さやか「やっ!」

    杏子「ぐぅ!?」


    振った左手首から血液が迸る。

    赤い飛沫が杏子の顔を叩き、瞳は耐え切れずに閉じた。


    悪役のような攻撃だ。けどこれが私の持てる、今の武器だ。


    さやか「っ」

    杏子「!」


    隙を見せた杏子の肩口へ向けて振られたアンデルセンの鈍い切っ先が、杏子のブンタツにより遮られる。

    攻撃のタイミングを悟られないよう、声を出さずに振ったつもりだったけど……。


    杏子「あぶね……」

    さやか「くっ、防がれたか」


    と心底悔しそうな声を出しながらも。


    杏子「うぶッ」


    私の左足は勢いよく杏子の腹を蹴り上げる。

    850 :


    さやか(きた! このまま畳み掛ける!)


    くの字に折れ曲がった杏子の姿に正気を見た。

    あの杏子が。あの、全く隙を見せなかった杏子が、明らかな不意を見せている。

    これ以上の好機は訪れないだろう。


    さやか「ふんっ」

    杏子「ぐ」


    今だ復活の兆しを見せない杏子の手を蹴り飛ばす。

    ブンタツはその手から離れて、私のアンデルセンを引っ掛けて路傍へと転がっていった。


    これでお互いに武器は無し。

    拳と拳の戦いか、または私からの一方的なリンチがあるのみだ。


    ブンタツを手放した杏子に負けるつもりはない!


    杏子「チクショウ! テメェやりやがったな!」

    さやか「不意打ちされて悔しい!? ざまーみろ!」


    槍無し杏子、恐るるに足らず。

    勇敢にも格闘戦を挑んできた杏子の胸辺りに蹴りをお見舞いする。


    杏子「ッ……!」


    肺の空気を絞り出した声が漏れ、それと同時に私は更に懐へ潜り込む。

    距離を置いてはいけない。ひたすらにインファイトを続けて、槍を使わせる前にボコボコにしてやるのだ。


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