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元スレ武内P「大人の魅力、ですか」
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乙だけどつい数日前に武内Pと濃厚(意味臭)な絡みをしたような
>>782書きます
早朝の冷たい空気が頬を撫でていく。
乾燥しているこの季節の風は、私達アイドルには厄介な敵だ。
髪のセットは乱れるし、ホコリっぽいから、喉も痛みやすい。
それでも、朝早いだけマシなのだろうけど。
事務所の敷地に入ると、横手にある緑地スペースに後輩アイドルの姿が見えた。
確かあの子は、彼が担当していた子だ。
大きなツインテールを揺らしながら、何かを必死に探している。
声をかけようかとも思ったけれど、今は、この風から避難するのが先決だ。
この渇いた風は、私には、とても良くない。
だから、早くお城の中に逃げ込まないと。
入り口を抜け、エントランスホールに敷かれた赤い絨毯の上を歩く。
上等なそれは、気を抜くと足を取られてしまいそう。
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
声の聞こえた先で、アイドルの子と、その担当プロデューサーの男性が挨拶を交わしていた。
その、何気ない、とても当たり前のやり取りが、無性に羨ましくなる。
これは、冷たい、渇いた風に当てられたせい。
私が彼の姿を見なくなって、もう一ヶ月が経とうとしているのとは、全く関係が無い。
彼は、先月の頭から、アメリカの関連会社へ研修のため出向している。
何でも、第二期シンデレラプロジェクトへの空白期間の間に、
彼の今後の事も考え、スキルアップのためにと専務が提案したらしい。
彼は、当然のように初めはその話を断った。
それもそのはずで、彼は現在もシンデレラプロジェクトの一期生を抱える、
そうね、とても優秀なプロデューサーだもの。
そんな、仕事人間の彼が自分の今後のためとは言え、
手放しで今担当しているアイドルを放って海外へ行くとは到底考えられない。
だが、最終的に彼はその話を受けた。
頑として首を縦に振らなかった彼を説得したのは、彼の関わったアイドル達だった。
でも、説得……と、言うのかしら、あれは?
エントランスホールで大勢のアイドル達に囲まれながら、
正座されられている彼の姿はちょっぴり可哀想だったわ!
……そう、丁度、この位置で正座してたのよね、彼。
勿論、この話が彼にとって良い話だというのはわかっている。
けれど、調子が狂ってしまうのだ。
あの、大きな背中と、低い声、そして、ちょっぴり立った寝癖。
「……おはようございます」
ちゃんと周りに誰も居ない事を確認して、彼が正座していた場所に向かって挨拶。
誰かにこんな姿を見られたら、また高垣楓が変なことをしていると思われちゃうものね。
・ ・ ・
仕事の打ち合わせが終わり、談話スペースでホットコーヒーでホッと一息。
お昼にはまだ早いからか、いつもは誰かが居るのに今日は私一人だ。
最近、調子が出ないからこういった一人の時間は、正直ありがたい。
そんな時、ふと、談話スペースの脇に置かれた黒いぴにゃこら太のぬいぐるみが目に飛び込んできた。
黒いぴにゃこら太は目つきが悪く、体色と同じ黒いネクタイをしていて、寝癖が立っている。
私はそれがとても可愛いと思うのだけど、あまり同意は得られない。
「……」
立ち上がって、黒いぴにゃこら太に近づく。
見れば見るほど、この子と彼は似ているように思える。
そう考えたら、言いたい事の一つや二つは言っても良い気がしてきた。
「いつ帰ってくるか位、教えてくれたって」
彼にその義務は無いし、私達はそんな間柄では無い。
だけど、行き場を失くした私の挨拶の責任はどう取ってくれるのかしら。
「……」
ピン、と、黒いぴにゃこら太のオデコを指で弾いた。
それが彼にとっても、この子にとっても言いがかりの八つ当たりだと気づき、
謝罪の気持ちを込めて、黒いぴにゃこら太の頭を優しく撫でた。
その姿を誰かに見られていたらしく、後日、瑞樹さんと早苗さんに飲みに誘われた。
気晴らしと言われたけれど、私には意味がよくわからなかった。
仕事の打ち合わせが終わり、談話スペースでホットコーヒーでホッと一息。
お昼にはまだ早いからか、いつもは誰かが居るのに今日は私一人だ。
最近、調子が出ないからこういった一人の時間は、正直ありがたい。
そんな時、ふと、談話スペースの脇に置かれた黒いぴにゃこら太のぬいぐるみが目に飛び込んできた。
黒いぴにゃこら太は目つきが悪く、体色と同じ黒いネクタイをしていて、寝癖が立っている。
私はそれがとても可愛いと思うのだけど、あまり同意は得られない。
「……」
立ち上がって、黒いぴにゃこら太に近づく。
見れば見るほど、この子と彼は似ているように思える。
そう考えたら、言いたい事の一つや二つは言っても良い気がしてきた。
「いつ帰ってくるか位、教えてくれたって」
彼にその義務は無いし、私達はそんな間柄では無い。
だけど、行き場を失くした私の挨拶の責任はどう取ってくれるのかしら。
「……」
ピン、と、黒いぴにゃこら太のオデコを指で弾いた。
それが彼にとっても、この子にとっても言いがかりの八つ当たりだと気づき、
謝罪の気持ちを込めて、黒いぴにゃこら太の頭を優しく撫でた。
その姿を誰かに見られていたらしく、後日、瑞樹さんと早苗さんに飲みに誘われた。
気晴らしと言われたけれど、私には意味がよくわからなかった。
・ ・ ・
彼の姿を見なくなって、もう二ヶ月が経った。
初めの頃は上手く回っていなかった歯車も、
今では少しずつ噛み合い始め、彼が居なくても、大丈夫になりつつある。
「――すみません! もう一枚お願いします!」
私を除いて。
「はい、よろしくお願いします」
今は、雑誌に使用される写真撮影中。
モデル時代からこの手の仕事には慣れたものだったが、
最近では、こうしてスムーズにいかない時がしばしば出てきた。
ばしばし撮ってくれてるけれど、どうにも、上手くいかない。
「笑顔で! 良い笑顔を一枚、お願いします!」
――良い笑顔。
その言葉を聞き、胸がドキリと跳ね上がった気がした。
……そうだ、彼も向こうで頑張っているのだ。
それなのに、こんな体たらくとは……とても、情けない。
私はアイドル、高垣楓。
どんな時も、輝いていなくては。
彼の姿を見なくなって、もう二ヶ月が経った。
初めの頃は上手く回っていなかった歯車も、
今では少しずつ噛み合い始め、彼が居なくても、大丈夫になりつつある。
「――すみません! もう一枚お願いします!」
私を除いて。
「はい、よろしくお願いします」
今は、雑誌に使用される写真撮影中。
モデル時代からこの手の仕事には慣れたものだったが、
最近では、こうしてスムーズにいかない時がしばしば出てきた。
ばしばし撮ってくれてるけれど、どうにも、上手くいかない。
「笑顔で! 良い笑顔を一枚、お願いします!」
――良い笑顔。
その言葉を聞き、胸がドキリと跳ね上がった気がした。
……そうだ、彼も向こうで頑張っているのだ。
それなのに、こんな体たらくとは……とても、情けない。
私はアイドル、高垣楓。
どんな時も、輝いていなくては。
・ ・ ・
「……」
自宅のベッドに腰掛け、携帯の画面をじっと見つめる。
今までも、そしてこれからも当然のように彼から連絡は無いだろう。
だったら、いっそ私から連絡してしまおうかとも思う。
そうすれば、今のこのモヤモヤから解放されるだろうから。
「……」
彼の研修が長引いているのは、向こうのボスが彼を気に入ったかららしい。
本来の予定では、もうとっくに帰ってきていてもおかしくないようなのだ。
全く、あんな人を気に入るだなんて、向こうの人はよっぽどの変わり者なのね!
「……」
だけど……彼が電話に出たとして、何と言えばいいのかしら?
いつ帰ってくるの?
早く帰ってきてください。
早く会いた――……違う違う! 今のは違いますから!
「……!」
携帯をベッド脇に置き、体を投げ出して枕に顔を埋める。
ひんやりとした枕の冷たさが、顔の火照りを冷やしてくれる。
いい歳をして何をしているのだろう、私は。
これではまるで、恋する少女ではないか。
「……」
自宅のベッドに腰掛け、携帯の画面をじっと見つめる。
今までも、そしてこれからも当然のように彼から連絡は無いだろう。
だったら、いっそ私から連絡してしまおうかとも思う。
そうすれば、今のこのモヤモヤから解放されるだろうから。
「……」
彼の研修が長引いているのは、向こうのボスが彼を気に入ったかららしい。
本来の予定では、もうとっくに帰ってきていてもおかしくないようなのだ。
全く、あんな人を気に入るだなんて、向こうの人はよっぽどの変わり者なのね!
「……」
だけど……彼が電話に出たとして、何と言えばいいのかしら?
いつ帰ってくるの?
早く帰ってきてください。
早く会いた――……違う違う! 今のは違いますから!
「……!」
携帯をベッド脇に置き、体を投げ出して枕に顔を埋める。
ひんやりとした枕の冷たさが、顔の火照りを冷やしてくれる。
いい歳をして何をしているのだろう、私は。
これではまるで、恋する少女ではないか。
・ ・ ・
今日の風も、とても渇いている。
とても強いそれに抗いながら、私は今日も事務所へ向かっている。
都会の人混みすらもすり抜けていく風は、私の心すらも凍えさせようとしているようだ。
だから、私はココロを閉ざし、仕事に打ち込んでいた。
一時期は調子を崩していたが、今では、元の通り何の問題も無い。
ファンの人達の笑顔に支えられているから、私は大丈夫だ。
……ただ、ちょっとお酒の量が増えたかもしれない。
ヒュウと風が強く吹き、私は目を細めた。
「っ……」
そして、その視線の先には、
「……!」
人混みにおいてなお目立つ、黒いスーツの、長身の男性が歩いていた。
何故だろう、自然と足取りが早くなる。
気を抜いたら、今にも走り出してしまいそうだ。
だけど駄目、ここで目立ったら騒ぎになってしまうもの。
だから、バレないように近づいて……ふふっ、驚かしちゃいましょう♪
今日の風も、とても渇いている。
とても強いそれに抗いながら、私は今日も事務所へ向かっている。
都会の人混みすらもすり抜けていく風は、私の心すらも凍えさせようとしているようだ。
だから、私はココロを閉ざし、仕事に打ち込んでいた。
一時期は調子を崩していたが、今では、元の通り何の問題も無い。
ファンの人達の笑顔に支えられているから、私は大丈夫だ。
……ただ、ちょっとお酒の量が増えたかもしれない。
ヒュウと風が強く吹き、私は目を細めた。
「っ……」
そして、その視線の先には、
「……!」
人混みにおいてなお目立つ、黒いスーツの、長身の男性が歩いていた。
何故だろう、自然と足取りが早くなる。
気を抜いたら、今にも走り出してしまいそうだ。
だけど駄目、ここで目立ったら騒ぎになってしまうもの。
だから、バレないように近づいて……ふふっ、驚かしちゃいましょう♪
「……ふふっ」
抜き足、差し足、忍び足。
バレないように、見つからないように。
「……」
……いつの間にか、私の足は止まっていた。
先を歩く男性は、背丈が同じくらいの、全くの別人だったのだ。
近づいてみれば、体格も違うし、特徴的な寝癖も無かった。
背筋の伸び具合も、歩き方も、何もかも。
「……」
立ち止まった私を避けるようにして、通行人の人たちは通り過ぎていく。
中には、私が高垣楓だと気付いた人も居たようだが、今は朝の忙しい時間帯だ。
遅刻と引き換えにしてまでも、立ち止まって見ようという人は居なかった。
……ああ、駄目だ。
もう、一度溢れてしまった想いは止められない。
「……会いたい」
今すぐ、貴方に会いたい。
「――高垣さん?」
忘れもしない……この、低い声は間違えようがない。
「っ……!」
目の前には、記憶と変わらない、彼が立っていた。
「お久しぶりです」
本当に久しぶりだと言うのに、彼は変わらない。
「……お久し、ぶりです」
なんとか声を出したが、それだけで精一杯。
「立ち止まっていては他の方の通行の妨げになりますから、歩きながら」
彼は、そう言うと私に背を向け、ゆっくりと歩き出した。
フラフラと、つられるように彼について私も歩き出す。
「……」
彼の背中を見ているだけで、不思議な気分になる。
久々だと言うのに、変わらない彼の態度へ対する怒り?
私に会っても、全然嬉しそうにしていない事への悲しみ?
「すみません、言い忘れていました」
彼は、立ち止まって振り返り、言った。
「おはようございます」
その言葉を聞き、私の心に、とても言葉に出来ない痛みが生まれた。
私は、今、恋に落ちたのだ。
「おはようございます」
自分の気持ちに名前がついた。
ただ、それだけなのに、彼が居なかった時のモヤモヤとした想いが、
スルリと溶けるように胸の中に落ちてきた。
「……やっと、帰ってこられました」
この気持を伝える勇気は私には無い。
けれど、愛しいと思う気持ちが、風の中で舞い踊ってしまいそう。
今は、少しでも近くに貴方を感じていたい。
「ふふっ、もうアメリカから帰ってこないんじゃないかと思ってました」
無言で彼の隣に並び、歩みを揃える。
アイドルとプロデューサーでも、こうやって隣り合って歩くだけならば良いだろう。
これ以上踏み出す力は、私には無い。
こうやって、冗談交じりの会話が出来るだけで――
「いえ、それは有り得ません」
彼は、再び立ち止まり、私を真っすぐ見て、
「向こうには、貴女が居ませんから」
……そう、言った。
私がもしも鳥だったならば、今はあの白い雲を通り抜ける程高く飛べるだろう。
私達の間に吹く、溢れる想いの詰まった、こいかぜに乗って。
おわり
乙 これはいい武楓
武Pの無意識な天然たらし発言に翻弄されてどぎまぎする乙女きらりんオナシャス!
武Pの無意識な天然たらし発言に翻弄されてどぎまぎする乙女きらりんオナシャス!
>>821
下品な武あり……?
下品な武あり……?
>>821
確かに下品な武あり見たいな
確かに下品な武あり見たいな
「こうやってくっついてると、恋人同士に見えるかな★」
冗談交じりに投げかけられた言葉と共に、絡められた腕の感触に驚く。
此処は、シンデレラ達の舞踏会終了後、事務所へ戻るためのバスの車内。
「城ヶ崎さん?」
私に声をかけてきた主は、カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉。
桃色の髪を結い上げ、所謂ギャルメイクをした彼女はとても魅力的なアイドルの一人だ。
彼女の突然の行動に驚き目を向けると、
「……アタシ……無事に帰れたら、アンタに伝えたい事があるんだ」
顔面を蒼白にした彼女が、
「……う……ヤバい……うっぷ……もう……!」
本来は入り口である筈の口を――出口にする寸前だった。
「待ってください! 今、エチケット袋を!」
繰り返し言うが、此処はバスの車内……それも、酔いにくい筈の中頃。
沢山の魅力的なアイドル達を乗せた、見るものが見れば天国の様な車内。
それが今から、地獄に変わろうとしていた。
偶然が積み重なって起こった事象を人は奇跡と呼ぶ。
しかし、私が今体験しているのは奇跡と呼ぶには程遠い、悪夢だった。
「城ヶ崎さん! ここに! ここにお願いします!」
誰しも、乗り物に酔った経験はあるだろう。
それは、揺れ等の原因があるものが大半だと思う。
しかし稀に、特に原因は無いのに酔ってしまった事はないだろうか。
原因はわからないのに……そう、偶々、偶然に。
「……ゴメン……ゴメンね……うおえっ……!」
私……いや、私を除く彼女達――アイドルが、
「大丈夫です、城ヶ崎さん。私が、ついていますから」
偶然にも、
「美嘉ちゃん声抑えてーっ! オエッて声でこっちもくるから!」
全員、盛大に酔っていた。
今の声は誰だったろう……いや、そんな事を気にしている場合ではない。
そんな事を気にしている場合があるなら、目の前の事態に対処するのが先決。
そして、これから起こる二次被害、三次被害に備えてシミュレーションをするべきだ。
「うっ……お、おうっ、ええええええっ!」
地獄のステージの、幕が上がった。
人が嘔吐する姿に、年齢、性別、容姿、その他諸々の要素はなんら関わってこない。
人はただ、嘔吐する時はマーライオンになるのみ。
「おえっ……おおろおおっ!」
城ヶ崎さんの背中をゆっくりとさすりながら、彼女が吐瀉する声を聞いていた。
目の端に涙が浮かんでいるのは、人が物を吐く時に出る反射だけでなく、
舞台の幕を上げてしまったという自責の念も含まれているだろう。
情けなさ、申し訳無さ……その他、様々な感情が篭った涙が、ポトリとエチケット袋の中に消えていった。
「……うっ……ふうっ……!」
……終わった、のか?
「おええええっ!」
ただの間奏だったようだ。
カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉のライブは終わらない。
口からどんどん流れ落ちていくカリスマは、音と、そして臭いを他のアイドル達にも届けていく。
アイドル達の吐き気は、加速度的にエスカレートしていく。
「……ふぅ……ふぅ……もう、出ないっぽい」
「お疲れ様です。これで、口をすすいでください」
「……サンキュ」
「すすいだ後は、そのままエチケット袋の中に吐き捨ててしまってください」
一つの戦いが、終わった。
胃の内容物を出し切ってしまった事で楽になったのか、彼女の顔色も先程よりはマシになった。
しかし、その顔には欠片程のカリスマも感じられず、今はただ、体調の悪い一人の少女がそこに居た。
「……うん、吐いてちょっとスッキリしたかも」
「そうですか。エチケット袋の口をしっかり縛り、休んでいてください」
「……オッケー」
ひとまず、これで城ヶ崎さんは大丈夫だろう。
大丈夫でなければ、困る。
「皆さん! 座席の前にエチケット袋が用意してあります!」
「おえええええっ!」
私が言うまでもなく、それは理解していたようだ。
今の声は……いや、考えるのはよそう。
「もし、助けが必要な場合は声をかけてください! それか手を挙げて――」
スッ、と、二桁近い数の手が挙がった。
「……!」
絶望は、まだまだこれからだ。
いくら私とて、同時に複数の人間を助けるのは不可能だ。
しかし、不幸中の幸いと言うべきか……手を挙げているのは、並んだ席の片方のみ。
隣の席に座っている人には、まだ若干ながらも余裕があるという事だ。
「可能な限りすぐに向かいます! それまで、席が隣の人は手助けをお願いします!」
これならば、最悪の事態は免れるだろう。
「はいっ! わかりま……あ……うっぷ……おえええっ!」
私に返事をするために、大きく息を吸い込んでしまったのだろう。
しかし、それはこの車内に漂う臭いを考えれば自殺行為と言える。
今吐いた方の隣は……良し、まだ大丈夫そうだ。
「返事はしなくて大丈夫です! 皆さん! 頑張りましょう!」
プロデューサーとして仕事をしてきて、これ程絶望的な状況はそうは無い。
だが、私はこんな状況にも関わらず、感動してしまっていた。
アイドル達は、自分が辛い状況だと言うにも関わらず、
隣の席で吐いた友を気遣い、優しい言葉をかけ、背中をさす……ああ、貰いゲロをしている。
心動かされている暇が合ったら、体を動かさなくては。
「――諸星さん、お待たせしました」
「……ごめんねぇ……Pちゃん」
私が諸星さんの元へ向かったのには理由がある。
彼女の隣に座っている双葉さんは割と早い段階で嘔吐し、既にグッタリとしているからだ。
諸星さんは、自身の吐き気をこらえながらも、周囲のアイドル達を助けてくれていた。
「いいえ、謝る必要はありません。よく、頑張ってくださいました」
「にょうっぷ、わー☆……えへへ、照れる……んに゙ぃ……!」
そんな彼女が自ら助けを求め、手を挙げた時の覚悟はいか程のものだったか。
私には到底推し量ることは出来ないし、また、彼女もそれを望んでは居ないだろう。
今、彼女に対してすべき事はたった一つ。
「諸星さん、エチケット袋は私が持っていますので、遠慮なくどうぞ」
「Pちゃ……ん……うっぷ」
限界を越え、震えてエチケット袋が持てなくなった彼女の手の代わりをする事だけだ。
背中から片方の腕を回し、体を彼女に密着させ、まるで恋人のように寄り添う。
諸星さんが驚いて目を見開いた直後、
「おぶううううえっ!」
体がくの時に曲がり、盛大に排出が始まった。
間に合って、良かった。
「おうっ、お、えええっ!」
思えば、諸星さんにはいつも助けられてきた。
彼女の明るさと笑顔のパワーに、プロジェクトは陰ながら支えられていたのだ。
だから、今は、彼女を私が支えなくては。
そう、思った時――
「……あとは、杏に任せてよ」
そんな声と共に、エチケット袋を持つ手に小さな手が添えられた。
「――双葉さん?」
先程までグッタリとしていた筈の双葉さんが、決意の篭った眼差しでこちらを見ていた。
顔色は決して良いとは言えず、お世辞にも頼もしいとは言い難い。
だが、
「さっきはきらりが助けてくれたんだから、今度は杏の番っしょ」
双葉さんが浮かべた笑顔は、とても力強く、何よりも美しいものだった。
「……うっぷ、杏ちゃ……おえええっ!」
「ああもう、喋らないで良いよ……ほら、杏ときらりで、あんきらなんだからさ」
確かに、このバスの中は地獄かも知れない。
だが、地獄にも、花は咲くのだ。
「……ほら、早く他の子の所に行ってあげなよ!」
「うんうん……皆、うぷ……Pちゃんを待ってるにぃ……おうえっ!」
何とも頼もしい少女達――いや、アイドル達なのだろう。
私は、彼女達の担当をしている事を誇りに思う。
「諸星さん、双葉さん、ありがとうございます! 何かありましたら、すぐに呼んでください!」
エチケット袋を持って両手が使えない双葉さんの代わりに、
諸星さんがまるで普段双葉さんがしているようにサムズアップしてきた。
無理をしてでも私を送り出してくれた彼女達のためにも。
私の助けを必要としている、アイドル達のためにも。
「……――お待たせしました、鷺沢さん」
この局面を乗り切らなくてならない。
「……鷺沢さん?」
鷺沢さんは、顔面蒼白のまま、手を挙げて、窓の外を見続けていた。
「あの……違う、んです……おえっ……!」
手を挙げている鷺沢さんの隣には、橘さんが顔を真っ青にして座っていた。
見るからに限界と言った様子の彼女の口元に、慌ててエチケット袋を当てる。
それを視界の端に捉えていたのか、驚くようなスピードで自分用のエチケット袋を開くと口元にやり、
「おええええっ!」
鷺沢さんは、吐いた。
「……おうえええっ!」
続けて、橘さんも吐いた。
橘さんの小さな手では、エチケット袋を取り落としてしまう可能性がある。
しかし、橘さんのエチケット袋を持っていては、鷺沢さんは自分のためのそれを持つことが出来ない。
既に限界を越えていた鷺沢さんは、この状況を作るために手を挙げていたのだ。
鷺沢さんは、橘さんも、エチケットも守ったのだ。
「「おうぅえええっ!」」
専務……今なら、貴女が彼女達にユニットを組ませた理由が、良くわかります。
しかし、欲を言うならばこの状況でわかりたくはありませんでした。
「……おうっ、ええっ!」
吐き続ける、橘さんを見る。
まだ12歳の彼女の背中はとても小さく、震えている。
「橘さん、我慢せず全部出しきってしまいましょう」
私に迷惑をかけまいと思ってか、彼女は一度決壊した後も、吐くのを我慢しようとしていた。
その誇り高い、大人たらんとする姿勢はとても微笑ましい。
だが、今は我慢するべき場面ではないのだ。
ここで中途半端に終わらせて、再び波が来た時にすぐエチケット袋は用意出来ないだろう。
「大丈夫です、橘さん」
橘さんの小さな胃に収まっていた物の量は、多くない。
なので、片手でもエチケット袋を支える事は十分に可能だ。
「私が、ついていますから」
左手でエチケット袋を持ち、右手で橘さんの背中をやさしくさすった。
「おっ……おうっ、えええっ!」
堰を切ったように橘さんの口から流れ出たものは、微かにイチゴの臭いがした。
「……ふぅ……ふぅ……もう、大丈夫です……ずずっ!」
「お疲れ様です。これで、口をすすいでください」
「……ありがとう、ございます……ずずっ!」
「すすいだ後は、そのままエチケット袋の中に吐き捨ててしまってください」
12歳と言っても、大人であろうとする橘さんは今回の事を恥ずかしく思っているのだろう。
しかし、今回は状況が状況だし、不運が重なった結果だ。
あまり気に病まないで欲しいと思うのだが……こんな時に私の口が上手く回らない事が悔やまれる。
「ご迷惑を……ずずっ……おかけしました……ずずっ」
彼女の中で色々な感情が渦巻いているのがわかる。
流れる涙を服の袖でこすっている。
赤くなった鼻をすすって――
「……ずずっ」
――パスタだ。
橘さんの、向かって右の鼻の穴から、チョロリとパスタが顔を出している。
「いえ……お気になさらず」
一刻も早く、アレをなんとかしなくては――!
「お疲れ様です。これで、口をすすいでください」
「……ありがとう、ございます……ずずっ!」
「すすいだ後は、そのままエチケット袋の中に吐き捨ててしまってください」
12歳と言っても、大人であろうとする橘さんは今回の事を恥ずかしく思っているのだろう。
しかし、今回は状況が状況だし、不運が重なった結果だ。
あまり気に病まないで欲しいと思うのだが……こんな時に私の口が上手く回らない事が悔やまれる。
「ご迷惑を……ずずっ……おかけしました……ずずっ」
彼女の中で色々な感情が渦巻いているのがわかる。
流れる涙を服の袖でこすっている。
赤くなった鼻をすすって――
「……ずずっ」
――パスタだ。
橘さんの、向かって右の鼻の穴から、チョロリとパスタが顔を出している。
「いえ……お気になさらず」
一刻も早く、アレをなんとかしなくては――!
「……橘さん。貴女は、とっても立派なアイドルです」
「急に……ずずっ……どうしたんですか……ずずっ」
腰を曲げ、座っている橘さんと目線を合わせながら言った。
目線が合わせると、あれが見れば見るほどパスタだとわかる。
「今回の事を恥ずかしいと思っているのですね」
「はい……ずずっ……だって、当然です……ずずっ」
ポケットからティッシュを出し、一枚目で彼女の口の周りを拭う。
子供ではないのだからと嫌がる可能性も考えたが、
今は私の話に耳を傾ける事に集中しているようだ。
「しかし、人間ならばこういう事も有ります。例えそれが、アイドルであっても」
「……だけど……ずずっ」
「そうですね……では、またこの様な事態が起こった時に――」
そして二枚目で、橘さんの鼻を拭いつつ――
「――今度は、他の誰かを助けてあげられるよう、成長していく」
――パスタを抜き取る。
「……と、言うのはどうでしょうか?」
「っ……! 凄い、です! なんだか、とてもスッキリした気分です!」
橘さんは、顔を輝かせて言った。
パスタの長さは、3センチ。
この輝きを消さないためにも、よく噛んで食べなさいと、今言うべきではないだろう。
「スッキリしましたか……はい、それは何よりです」
「はい!」
「橘さん――良い、笑顔です」
「……えへへ」
絶望的な状況の中でも、未来を見据える少女が居る。
アイドル、橘ありすは、とても強い少女だ。
「その……えっと、ですね」
「? はい、何でしょうか、橘さん?」
「あの……あり――」
「プロデューサー! 助けてー!」
「っ!? すみません、もう、行かなくては!」
「はっ、はい!」
「それでは失礼します。もしも余裕があれば、鷺沢さんをお願いします、橘さん」
「あっ……」
いけない、今はまだここは戦場なのだ。
立ち止まるわけには、いかない。
私の助けを待つ、アイドル達のためにも。
「……ありがとうございました。それと……ありすで、良いです」
・ ・ ・
……これが、346プロのアイドル達が袋を持って高速道路のSAに押し寄せた真相です。
この話が汚いと思いますか?
私は、そうは思いません。
私は、この件で彼女達の美しさを見せられました。
彼女達アイドルの、とても素晴らしい輝きを。
……えっ? また、同じ状況になりたいか、ですか?
そうですね……はい、絶対に嫌ですね。
あんな状況はもう……はい。
聞いていただき、ありがとうございます。
やっと心の整理がついたので、誰か、口が堅い人に聞いて貰いたかったのです。
意外……ですか?
そう、ですね……そうかもしれません。
しかし――私にも吐き出したい時はあるのです。
おわり
……これが、346プロのアイドル達が袋を持って高速道路のSAに押し寄せた真相です。
この話が汚いと思いますか?
私は、そうは思いません。
私は、この件で彼女達の美しさを見せられました。
彼女達アイドルの、とても素晴らしい輝きを。
……えっ? また、同じ状況になりたいか、ですか?
そうですね……はい、絶対に嫌ですね。
あんな状況はもう……はい。
聞いていただき、ありがとうございます。
やっと心の整理がついたので、誰か、口が堅い人に聞いて貰いたかったのです。
意外……ですか?
そう、ですね……そうかもしれません。
しかし――私にも吐き出したい時はあるのです。
おわり
やはりありすちゃんは吐いてもヒロインw
今週のバレンタインも可愛かったし綺麗な武ありを…
今週のバレンタインも可愛かったし綺麗な武ありを…
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